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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
管理番号 1016631
異議申立番号 異議1998-71776  
総通号数 12 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1995-10-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 1998-04-15 
確定日 1999-12-13 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第2664336号「酸化物系複合被膜を有する低鉄損一方向性珪素鋼板およびその製造方法」の請求項1ないし8に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第2664336号の請求項1、3、5ないし8に係る特許を維持する。 
理由 I.手続きの経緯
本件特許第2664336号の請求項1〜8に係る発明は、平成6年4月12日に特許出願され、平成9年6月20日にその発明について特許の設定登録がなされたところ、川崎製鉄株式会社より、特許異議の申立てを受けたもので、その後、取消理由通知がされ、その指定期間内である平成10年10月26日に訂正請求がされ、該訂正請求に対して、取消理由通知がされ、その指定期間内である平成11年7月30日に、新たな訂正請求がされると共に、平成10年10月26日付訂正請求の取下げがなされたものである。
II.訂正の要旨
平成11年7月30日付訂正請求における訂正の要旨は、次のとおりである。
a-1.特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の【請求項2】及び【請求項4】を、削除する。
a-2.特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の【請求項1】及び【請求項3】に「表面に酸化マグネシウム」とあるのを「フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム」と訂正する。
a-3.特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の【請求項5】及び【請求項7】に「仕上げ焼鈍が完了した一方向性珪素鋼板表面」とあるのを、「仕上げ焼鈍が完了して表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された一方向性珪素鋼板表面」と訂正すると共に、【請求項7】に「、りん酸および/またはりん酸塩」とあるのを削除する。
b.明細書の段落【0007】を「本発明は、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜を有する一方向性珪素鋼板、および、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素-非晶質酸化物系複合被膜を有する一方向性珪素鋼板、を要旨とする。」と訂正する。
c.明細書の段落【0008】の記載を「また、仕上げ焼鈍が完了してフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめる製造方法を要旨とする。さらに、酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである製造方法を要旨とする。
また、仕上げ焼鈍が完了してフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物、ほう酸および/またはほう酸塩を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめることによる製造方法を要旨とする。さらに、酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである製造方法を要旨とする。」と訂正する。
d.明細書の段落【0011】を削除する。
e.明細書の段落【0012】の記載中「また、結晶質コーディエライト、・・・・から選択される。」とある記載を削除する。
f.明細書の段落【0017】の記載を「ここでいう仕上げ焼鈍が完了した鋼板とは、従来公知の方法によって仕上げ焼鈍を行い、表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板である。」
と訂正する。
g.明細書の段落【0024】の記載中「、りん酸および/またはりん酸塩」とあるのを削除する。
h.明細書の段落【0025】の記載中「りん酸および/またはりん酸塩・・・・が好適に用いられる。」とあるのを削除する。
i.明細書の段落【0026】の記載中「、りん酸および/またはりん酸塩」とあるのを削除する。
j.明細書の段落【0030】、【0031】及び【0032】の記載を削除する。
k.明細書の段落【0036】、【0037】及び【0038】の記載を削除する。
l.明細書の段落【0039】の記載中「鋼板、あるいは著しい低鉄損化を目的とした鏡面化鋼板のいずれに対しても良好」とあるのを、「鋼板に対して良好」と訂正する。
III.訂正の適否についての判断
1.訂正の目的、新規事項の追加、拡張又は変更の有無
上記訂正a-1.は、請求項を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当する。
上記訂正a-2.及びa-3.は、訂正前の明細書の段落【0017】の「従来公知の方法によって仕上げ焼鈍を行い、表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板」の記載及び同明細書の段落【0027】及び【0033】の実施例の記載に基づき、請求項に記載された鋼板の表面について、より限定された「フォルステライト質の1次被膜が形成された」ものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮に該当する。また、請求項7の記載において、非晶質酸化物被膜を形成させるための化合物としては、「ほう酸および/またはほう酸塩、りん酸および/またはりん酸塩」としていたのを、段落【0033】及び段落【0035】に記載の実施例に具体的に開示した「ほう酸および/またはほう酸塩」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当する。
また、上記訂正a-1.〜a-3.は、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
上記訂正b.〜1.は、上記訂正a-1.〜a-3.によって、特許請求の範囲を減縮することに伴って生じた明細書の明りょうでない記載の釈明を目的とするものであって、また、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
2.独立特許要件の判断
(1)請求項1、3及び5〜8に係る発明
訂正後の請求項1、3及び5〜8に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1、3及び5〜8に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜を有する低鉄損一方向性珪素鋼板。
【請求項3】フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素-非晶質酸化物系複合被膜を有する低鉄損一方向性珪素鋼板。
【請求項5】仕上げ焼鈍が完了して表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された一方向性珪素鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめる低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。
【請求項6】酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである請求項5に記載の低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。
【請求項7】仕上げ焼鈍が完了して表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された一方向性珪素鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物、ほう酸および/またはほう酸塩を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめる低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。
【請求項8】酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである請求項7に記載の低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。」
(2)取り消し理由の趣旨
当審が通知した取り消し理由は、(理由1)訂正前の本件請求項1〜2に係る発明は、引用刊行物1(特開平6-17261号公報)に記載された発明であるから、訂正前の本件請求項1〜2に係る発明の特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。
(理由2)訂正前の本件請求項1、2、5及び6に係る発明は、引用刊行物1及び引用刊行物2(特開平5-226134号公報)に記載された発明に基づいて、また、訂正前の本件請求項3、4、7及び8項に係る発明は、引用刊行物1、引用刊行物2、引用刊行物3(特開平6-65755号公報)及び引用刊行物4(特開平5-279747号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1〜8に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。」というものである。
(3)引用刊行物の記載
引用刊行物1には、被膜特性と磁気特性に優れた一方向性珪素鋼板に関して、「【請求項1】Si:2.0〜5.0重量%を含有し、残部が実質的にFeからなる一方向性珪素鋼板の表面に、二次再結晶焼鈍時に生成され、かつ主体がフォルステライト(Mg2 SiO4)とAlを含む酸化物で構成されている一次被膜を有することを特徴とする被膜特性と磁気特性に優れた一方向性珪素鋼板。
【請求項2】Si:2.0〜5.0重量%を含有し、残部が実質的にFeからなる一方向性珪素鋼板の表面に、二次再結晶焼鈍時に生成され、かつ主体がフォルステライト(Mg2 SiO4)とAl及びSiを含む酸化物で構成されている一次被膜を有することを特徴とする被膜特性と磁気特性に優れた一方向性珪素鋼板。
【請求項3】Alを含む酸化物の主体がスピネル(MgAl2 O4)である請求項1記載の被膜特性と磁気特性に優れた一方向性珪素鋼板。
【請求項4】Al及びSiを含む酸化物の主体がスピネル(MgAl2O4)及びコージライト(Mg2 Al4 Si5 O18)である請求項2記載の被膜特性と磁気特性に優れた一方向性珪素鋼板。
【請求項5】Al及びSiを含む酸化物の主体がスピネル(MgAl2O4)及びサファーリン(Mg4 Al10Si2 O23)である請求項2記載の被膜特性と磁気特性に優れた一方向性珪素鋼板。
【請求項6】Al及びSiを含む酸化物の主体がスピネル、コージライト及びサファーリンである請求項2記載の被膜特性と磁気特性に優れた一方向性珪素鋼板。」(特許請求の範囲1〜6)が記載されている。
引用刊行物2には、「仕上焼鈍後の一方向性電磁鋼板の表面に、最大径が0.1μm以下のセラミック前駆体粒子を含み、pHを5.5以下または8.0以上に調整したゾルを塗布し、乾燥・ゲル化後、500〜1350℃の温度で焼付けることを特徴とする低鉄損方向性電磁鋼板の張力被膜形成方法。」(特許請求の範囲【請求項1】)に関して、「本発明の被膜形成方法はかかる思想に基づいてなされたものであり、被膜形成材料として表面に塗布するゾルに大きな特徴を有するものであり、従来のゾル・ゲル法による被膜形成技術の延長線上にあるものではない。
本発明で使用する鋼板は仕上焼鈍が完了したものであれば、いかなる鋼板も使用可能である。代表的に用いられる鋼板としてはマグネシア粉末を焼鈍分離剤として塗布して仕上焼鈍を行ったもの、またこの鋼板から表面に生成したフォルステライト層(グラス被膜)を酸に浸漬して除去したもの等である。さらに、これに水素中で平坦化焼鈍を施すかあるいは化学研磨、電解研磨等の鏡面化処理を施す等の平坦化処理をすると鉄損値が著しく低減される場合には、これらの処理を施した鋼板も好適に使用される。また酸化アルミニウム等被膜形成に対して不活性な粉末を塗布して被膜を形成させない条件で仕上焼鈍を行って得た、表面にほとんど被膜の存在しない鋼板も特に支障なく使用可能である。
本発明で用いるゾルには最大粒子径が0.1μm以下のセラミック前駆体粒子を含んでいる。セラミック前駆体粒子とは焼付け後にセラミックスとなる粒子の総称であり、例えば金属酸化物、金属酸化物の水和物、金属水酸化物、シュウ酸塩、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、あるいはそれらの複合体などがある。セラミックスの材質としては、いかなるものも使用可能であるが、以下の理由により酸化アルミニウム、酸化珪素、酸化チタン、コーディエライト、ムライト、スピネル、ジルコン等が好適に用いられる。従来より電磁鋼板への張力は熱膨張係数の小さい被膜材質を選択し、鋼板との熱膨張係数差によって冷却時に生じる応力を利用して付与していた。しかしながら熱膨張係数差だけでなく、被膜材質のヤング率等も鋼板への張力付与に影響を及ぼす因子であることが特開昭48-39338号公報で指摘されている。従って被膜の材質には上記のいずれかを満たすもの、あるいは両者を兼ね備えたものが望ましい。」(段落【0013】〜【0014】)と記載されている。
引用刊行物3には、「【請求項1】酸化アルミニウム-酸化硼素系複合被膜が表面に形成されたことを特徴とする低鉄損方向性電磁鋼板。」(特許請求の範囲請求項1)に関して、「【0005】鋼板に高い張力を付与し、その結果として鉄損値を低減させるためには、鋼板上に形成せしめる被膜の材質が特に重要である。従来、工業的には上述のグラス被膜(フォルステライト質被膜)、およびその表面のコロイダルシリカ-リン酸系被膜の両者によって鉄損を低減させられることがわかっている。しかしながら、さらに格段の低鉄損を実現するために、張力付与性のより高い被膜材質へのニーズが高まっている。」(段落【0005】)、「【作用】本発明の低鉄損方向性電磁鋼板は、従来公知の方法で仕上焼鈍を行って表面フォルステライト質のグラス被膜が形成された鋼板、またこの表面に生成しているグラス被膜および内部酸化層を酸に浸漬して除去した鋼板、さらにそれを水素中で平坦化焼鈍を施した鋼板、あるいは化学研磨、電解研磨等の研磨を施した鋼板上に酸化アルミニウム-酸化硼素系の複合被膜を形成したものである。」(段落【0008】)、「被膜のもう一方の材質である酸化硼素については、鋼板との熱膨張係数差が大きいと考えられることの他に、被膜の焼き付け工程においてその存在が酸化アルミニウムの焼成温度を低減して焼成を容易にすること、また被膜の鋼板への密着性を助長する働きがあることを見い出したものである。」(段落【0012】)と記載されている。
引用刊行物4には、「【請求項1】方向性電磁鋼板にコロイド状シリカと燐酸塩を主とする絶縁コーティングを施すに当たり、鋼板との密着性が前記絶縁コーティングよりも大きな下地皮膜を片面当たり4g/m2 以下で形成した後、前記絶縁コーティングを施すことを特徴とする、密着性に優れた方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成方法。
【請求項2】下地皮膜形成を、Al,Mg,Sr,Ba,Feのうちから選ばれるいずれか1種または2種以上の第一燐酸塩水溶液もしくは燐酸水溶液を鋼板表面に塗布し、350℃以上の温度で焼き付けることを特徴とする請求項1記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成方法。
【請求項3】下地皮膜形成を、珪酸リチウム(Li2 O・nSiO2)、珪酸ナトリウム(Na2 O・nSiO2)、珪酸カリウム(K2 O・nSiO2)のうちから選ばれるいずれか1種または2種以上の水溶液を鋼板表面に塗布し、350℃以上の温度で焼き付けることを特徴とする請求項1記載の方向性電磁鋼板の絶縁皮膜形成方法。(特許請求の範囲請求項1〜3)に関して、「【産業上の利用分野】本発明は表面にフォルステライト皮膜を持たない方向性電磁鋼板、さらには鏡面ないしそれに近い状態に調整した仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板の表面に、高い密着性を持つ高張力の絶縁皮膜を形成する方法を提供するものである。」(段落【0001】)と記載されている。
(4)対比・判断
a.第29条第1項3号違反について
(請求項1に係る発明について)
訂正後の本件請求項1に係る発明と引用例1に記載された発明を対比すると、(一致点)両者は、「表面にフォルステライトを含む酸化物の1次被膜を有する一方向性珪素鋼板」で一致するが、(相違点)前者は、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜を2次被膜として有しているのに対して、後者は、アルミニウム及び珪素を含む酸化物(主体はスピネル)は、フォルステライトと共に1次被膜の構成成分として含有される点で、相違している。
したがって、請求項1に係る発明は、引用刊行物1に記載された発明であるとすることはできない。
b.第29条第2項違反について
(請求項1に係る発明について)
請求項1に係る発明と引用刊行物1に記載された発明を対比すると、上記した相違点が認められる。
そして、請求項1に係る発明では、該相違点により、得られる一方向性珪素鋼板の特性(鉄損)等の点で、引用刊行物1に記載のものとは、明確な差違を有していることが認められる。
よって、仕上げ焼鈍が完了した一方向性珪素鋼板の表面に、セラミック前駆体粒子を含んだゾルを塗布、乾燥・ゲル化後、500〜1350℃の温度で焼き付け、セラミックの被膜を形成することが、引用刊行物2に記載されているからといって、フォルステライトの1次被膜の形成された表面に、セラミックの被膜として、「酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜」を形成すべく、該被膜の前駆体原料を選定して、該複合被膜を有する一方向性珪素鋼板とすることは、引用刊行物1及び引用刊行物2に記載に基づいて当業者が容易に想到し得たこととすることはできない。
(請求項3に係る発明について)
請求項3に係る発明と引用刊行物1に記載された発明を対比すると、両者は、請求項1に係る発明と同様の一致点を有し、(相違点)前者は、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素-非晶質酸化物系複合被膜を2次被膜として有しているのに対して、後者は、アルミニウム及び珪素を含む酸化物(主体はスピネル)は、フォルステライトと共に1次被膜の構成成分として含有されるという相違点を有している。
この相違点について検討すると、請求項1に係る発明で述べたように、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、「酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜」を有するようにすることは、引用刊行物1及び2の記載から導き出すことはできない。
したがって、引用刊行物3における、「酸化アルミニウム-酸化硼素系複合被膜」を被膜の密着性改善のために表面に形成することの記載、及び、引用刊行物4における、表面にフォルステライト皮膜を持たない方向性電磁鋼板を対象とした、方向性電磁鋼板の表面に、「高い密着性を持つ高張力の絶縁皮膜を形成する方法において、下地皮膜形成を、Al,Mg,Sr,Ba,Feのうちから選ばれるいずれか1種または2種以上の第一燐酸塩水溶液もしくは燐酸水溶液を鋼板表面に塗布し、350℃以上の温度で焼き付けること」の記載を組み合わせても、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、「酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜」に、更に非晶質酸化物を成分として加えた「酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素-非晶質酸化物系複合被膜」を形成することは、引用刊行物1〜4の記載から当業者が容易に想起し得たこととすることはできない。
(請求項5〜6に係る発明について)
請求項5〜6に係る発明は、実質的に請求項1に係る発明の製造方法に相当するといえるから、仕上げ焼鈍が完了して表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された一方向性珪素鋼板表面に、特定の組成成分からなる酸化物被膜を形成すべく、「酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付ける」ことは、請求項1において述べた理由と同様の理由により、刊行物1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たこととすることはできない。
(請求項7〜8に係る発明について)
請求項7〜8に係る発明は、実質的に請求項3に係る発明の製造方法に相当するといえるから、仕上げ焼鈍が完了して表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された一方向性珪素鋼板表面に、特定の組成成分からなる酸化物被膜を形成すべく、「酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物、ほう酸および/またはほう酸塩を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付ける」ことは、請求項3において述べた理由と同様の理由により、刊行物1〜4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たこととすることはできない。
したがって、訂正後の本件請求項1に係る発明が、引用刊行物1に記載された発明と同一であるとすることはできないし、また、訂正後の本件請求項1、3、及び5〜8に係る発明が、引用刊行物1〜4に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものとすることもできない。
よって、訂正後の請求項1、3及び5〜8に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができない発明であるとすることはできない。
3.むすび
してみると、上記訂正請求は、特許法第120条の4第2項、同条第3項で準用する第126条第2〜4項の規定に適合するので、上記訂正を認める。
IV.特許異議の申立についての判断
1.申立理由の概要
申立人 川崎製鉄株式会社(以下、「申立人」という)は、証拠として、甲第1号証(「引用刊行物1」に相当)及び甲第2号証(「引用刊行物2」に相当)、甲第3号証(「引用刊行物3」に相当)及び甲第4号証(「引用刊行物4」に相当)を提出し、(1)訂正前の請求項1〜2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と同一であるか、又は、甲第1及び2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、訂正前の請求項1に係る発明の特許は、特許法第29条第1項第3号又は同法第29条第2項に違反してなされたものであり特許を取り消すべきである、
(2)訂正前の請求項1〜8に係る発明は、甲第1〜4号証に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜8に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許を取り消すべきである、旨主張している。
2.判断
上記III.で述べたように、請求項2及び4を削除する訂正がなされ、上記訂正は認めるので、申立人の主張(1)及び(2)に係る訂正前の請求項は、その対象が存在しないものとなった。
そして、本件請求項1、3及び5〜8に係る発明は、訂正後の請求項1、3及び5〜8に記載されたとおりのものであって、訂正後の請求項1に係る発明は、上記III.2.(4)で述べたように、取消理由通知で引用した引用例1(「甲第1号証」に相当)に記載された発明と同一であるとすることはできないし、また、取消理由通知で引用した引用刊行物1(「甲第1号証」に相当)及び引用刊行物2(「甲第2号証」に相当)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
そして、上記III.2.(4)で述べたように、訂正後の請求項3及び5〜8に係る発明は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証及び甲第4号証を組み合わせ考慮しても、当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
V.むすび
したがって、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、訂正後の請求項1、3及び5〜8に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に訂正後の請求項1、3及び5〜8に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
酸化物系複合被膜を有する低鉄損一方向性珪素鋼板およびその製造方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜を有する低鉄損一方向性珪素鋼板。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】 フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素-非晶質酸化物系複合被膜を有する低鉄損一方向性珪素鋼板。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】 仕上げ焼鈍が完了して表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された一方向性珪素鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめる低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。
【請求項6】 酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである請求項5に記載の低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。
【請求項7】 仕上げ焼鈍が完了して表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された一方向性珪素鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物、ほう酸および/またはほう酸塩を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめる低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。
【請求項8】 酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである請求項7に記載の低鉄損一方向性珪素鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、鋼板に大きな張力を付与する被膜を表面に有することで、鉄損が低減された一方向性珪素鋼板、およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
一方向性珪素鋼板は、(110),〔001〕を主方位とする結晶組織を有し、磁気鉄芯材料として多用されており特にエネルギーロスを少なくするために鉄損の小さい材料が求められている。一方向性珪素鋼板の鉄損を低減する手段としては、仕上げ焼鈍後の鋼板表面にレーザービームを照射して局部的な歪を与え、それによって磁区を細分化する方法が特開昭58-26405号公報に開示されている。また鉄芯加工後の歪取り焼鈍(応力除去焼鈍)を施した後もその効果が消失しない磁区細分化手段が、例えば特開昭62-86175号公報に開示されている。
【0003】
一方で、鉄および珪素を含有する鉄合金は結晶磁気異方性が大きいため、外部張力を付加すると磁区の細分化が起こり、鉄損の主要素である渦電流損失を低下させることができる。したがって、5%以下の珪素を含有する一方向性珪素鋼板の鉄損の低減には鋼板に張力を付与することが有効であり、1.5kgf/mm2程度までの張力付与によって効果的に鉄損が低減できることが知られている。この張力は通常、表面に形成された被膜によって付与される。
【0004】
従来、一方向性珪素鋼板には、仕上げ焼鈍工程で鋼板表面の酸化物と焼鈍分離剤とが反応して生成するフォルステライドを主体とする1次被膜、および特開昭48-39338号公報等に開示されたコロイト状シリカとりん酸塩とを主体とするコーティング液を焼き付けることによって生成する2次被膜の2層の被膜によって1.0kgf/mm2程度の張力が付与されている。したがって、これら現行被膜の場合、より大きな張力付与による鉄損改善の余地は残されているものの、被膜を厚くすることによる付与張力の増加は占積率の低下をもたらすため好ましくない。
【0005】
また、一方向性珪素鋼板の鉄損を改善するもうひとつの方法として、仕上げ焼鈍後の鋼板表面の凹凸や表面近傍の内部酸化層を除去して鏡面仕上げを行い、その表面に金属メッキを施す方法が特公昭52-24499号公報に、さらにその表面に張力被膜を形成する方法が例えば特公昭56-4150号公報、特開昭61-201732号公報、特公昭63-54767号公報、特開平2-213488号公報等に開示されている。これらの場合においても、被膜による鋼板への張力付与の大きい方が鉄損改善効果が大きい。これらのことから、密着性に優れ、薄くて鋼板に大きな張力が付与できる被膜が望まれていた。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、これら従来技術における問題点を解決し、鋼板に大きな張力を付与する被膜を表面に有することにより鉄損が低減された一方向性珪素鋼板、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明は、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜を有する一方向性珪素鋼板、および、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素-非晶質酸化物系複合被膜を有する一方向性珪素鋼板、を要旨とする。
【0008】
また、仕上げ焼鈍が完了してフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめる製造方法を要旨とする。さらに、酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである製造方法を要旨とする。
また、仕上げ焼鈍が完了してフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物、ほう酸および/またはほう酸塩を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめることによる製造方法を要旨とする。さらに、酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである製造方法を要旨とする。
【0009】
【作用】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明の一方向性珪素鋼板は、その表面に酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜を有している。従来より、珪素鋼板への張力付与には熱膨張係数の小さい被膜材質を選択し、鋼板との熱膨張係数差によって冷却時に生じる応力を利用していた。しかしながら、熱膨張係数だけではなく、被膜材質のヤング率も鋼板への張力付与に影響をおよぼす因子であることが指摘されている。本発明の被膜構成成分の役割を明確に規定することは不可能であるが、酸化アルミニウム成分はヤング率が比較的大きく、また酸化珪素成分は熱膨張係数を比較的小さくすることができ、これに酸化マグネシウムを複合化することで鋼板に大きな張力が付与されていると推察している。
【0010】
酸化マグネシウムはペリクレースとよばれるものだけが結晶相として知られているが、酸化アルミニウムには、α-,γ-,δ-,θ-等いくつかの結晶系が存在し、鋼板への張力付与効果はそれぞれの結晶系において必ずしも同一ではない。しかしながら、本発明の酸化アルミニウムはこのいずれであっても差し支えない。また必ずしも良好な結晶性を有する結晶である必要はなく、結晶性のあまり良くない非晶質的なもの、あるいは結晶の前駆体となるような化合物であっても構わない。
酸化珪素も数種類の結晶系と非晶質相が知られているが、このうち、シリカガラスとよばれる非晶質相が熱膨張係数が比較的小さく、特に好適に用いられる。結晶質SiO2は非晶質相と比較すると熱膨張係数は大きくなるものの、被膜の耐スティッキング性向上等の観点から用いられる場合がある。
【0011】
(削除)
【0012】
本発明の複合被膜中の酸化マグネシウム、酸化アルミニウムと酸化珪素の存在割合は、比較的幅広い範囲とすることが可能であり、いかなる割合とすることもできる。しかしながら複合被膜の特長を最大限に発揮させるためにはそれぞれの成分を最低でも被膜全体に対する重量割合で5%、好ましくは10%以上含有させるのが良い。 (以下削除)
【0013】
本発明のもうひとつの一方向性珪素鋼板表面には、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素-非晶質酸化物系複合被膜を有している。酸化マグネシウム成分、酸化アルミニウム成分、酸化珪素成分の役割はすでに述べた通りであるが、非晶質酸化物成分の役割として、鋼板への張力付与にはそれほど大きな効果はなく、表面平滑性、下地鋼板との密着性等を大きく改善していると推察している。なかでも、珪素、ほう素、りんの少なくとも1種を成分として含む非晶質相がとりわけこの効果が顕著であることを見い出した。特にガラス状物質を形成しているときに著しく大きな効果が得られる。非晶質相中の珪素、ほう素、りんの含有量は、それぞれの酸化物換算の合計で非晶質相全体に対する重量割合で50%以上、好ましくは70%以上である。
【0014】
また、非晶質相には珪素、ほう素、りん以外に微量の成分を含有していても一向に差し支えない。可能性のある元素としては、被膜主成分であるAl,Mg、母材構成成分であるFe、1次被膜成分であるTi,Mn,Sの他にLi,Na,K,Ca,Sr,Ba,V,Cr,Ni,Co,Cuをはじめとするアルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属元素、あるいはSn,Pb,Bi,Sb等があげられる。
【0015】
非晶質相全体としての含有量は特に制限はないが、あまり多くなりすぎると鋼板への張力付与が十分でなくなるため、被膜全体に対する重量割合で90%以下、より好ましくは70%以下である。また少なすぎる場合には、十分に平滑な被膜表面、良好な密着性が得られない場合があるため、被膜全体に対する重量割合で5%以上、より好ましくは10%wt以上含有することが望ましい。
本発明の一方向性珪素鋼板表面の被膜は、厚すぎる場合には占積率が低下するため目的に応じてできるだけ薄いものが良く、ひとつの目安としては鋼板厚さの5%以下である。より好ましくは鋼板厚さの2%以下である。また張力付与の観点からは、極端に薄くては十分な効果が得られず、0.1μm以上が望ましい。
【0016】
以下に、本発明の一方向性珪素鋼板を好適に製造する方法について述べる。
ひとつは、仕上げ焼鈍が完了した鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成することによる製造方法である。
【0017】
ここでいう仕上げ焼鈍が完了した鋼板とは、従来公知の方法によって仕上げ焼鈍を行い、表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板である。 (以下削除)
【0018】
酸化マグネシウム前駆体化合物は、焼き付け後(熱処理)に酸化マグネシウムとなる化合物の総称であり、酸化マグネシウムはもとより、水酸化マグネシウム、あるいは硝酸マグネシウム、塩化マグネシウムをはじめとする各種のマグネシウム塩等を指す。酸化アルミニウム前駆体化合物も同様に、焼き付け後(熱処理)に酸化アルミニウムとなる化合物の総称であり、酸化アルミニウムはもとより、ベーマイトのようなAl2O3・nH2Oで表記される酸化アルミニウムの水和物、水酸化アルミニウム、あるいは硝酸アルミニウム、塩化アルミニウムをはじめとする各種のアルミニウム塩等を指す。酸化珪素前駆体化合物も、やはり焼き付け後に酸化珪素となる化合物の総称であり、酸化珪素の水和物、酸化水酸化珪素、各種珪素化合物等が好適に用いられる。
【0019】
これらの原料を分散媒に分散させて懸濁液(スラリー)を作製する。分散媒は作業性、コスト等の点から水が最も好適であるが、他の工程で特に支障がなければ有機溶媒、あるいはこれらの混合物が使用できる。スラリーを作製した時点で原料のうちのある種のものは溶解する可能性があるが、これは一向に差し支えない。
【0020】
こうして得たスラリーをロールコーター等のコーター、ディップ法、スプレー吹き付け、あるいは電気泳動等、従来公知の方法によって仕上げ焼鈍が完了した一方向性珪素鋼板表面に塗布する。乾燥後、500〜1350℃で焼き付けることによって表面に酸化物被膜を形成する。焼き付け時の雰囲気は、窒素等の不活性ガス雰囲気、窒素-水素混合雰囲気等の還元雰囲気が好ましく、空気、あるいは酸素を含む雰囲気は鋼板を酸化させる可能性があり、好ましくない。雰囲気ガスの露点については特に制限はない。焼き付け温度が500℃未満の場合、塗布した前駆体が酸化物とならない場合があり、また焼き付け温度が低いため十分な張力が発現せず、好ましくない。一方、1350℃を超える場合、特に大きな不都合はないものの経済的でなく、より好ましくは1250℃以下である。
【0021】
前述のスラリーのうち、酸化アルミニウム前駆体、酸化珪素前駆体化合物として、いわゆるゾルとよばれる微粒子分散系を用いることにより薄くて均一、かつ密着性の良い被膜が得られる場合がある。これは表面に非金属物質が存在せず、金属面上に直接被膜を形成するような場合に特に顕著である。かかるときには上述の微粒子分散系ゾル、あるいは可溶性成分を含んだゾルが好適に用いられる。
塗布液としてゾル溶液を用いる場合には、酸化アルミニウム前駆体化合物として上述のベーマイトゾル、および/またはアルミナゾルとよばれているものが作業性、あるいは価格の点から特に好適に用いられる。一方、酸化珪素前駆体ゾルとしては種々のものが使用可能であるが、SiO2・nH2O、またはSiOx(OH)yなる化学式で表記されるシリカゾル、および/またはコロイダルシリカがやはり作業性、価格の点から好適に用いられる。
【0022】
なかでも、酸化珪素前駆体ゾルとしてSi(OCZH2Z+1)4なる化学式のアルキルシリケート、および/またはその加水分解物が好適に用いられる。アルキルシリケートは金属アルコキシドの1種であるが、加水分解が比較的緩慢であり、前駆体として安定した性状が得られる。アルキルシリケートは通常、加水分解によって珪素の水酸化物、あるいは酸化珪素の水和物を形成するが、ある種の被膜を形成する場合においてはアルキルシリケートをそのまま用いるより、その加水分解物を用いた方が好ましいケースが存在する。このような場合には加水分解後の前駆体ゾルが好適に用いられる。これには、▲1▼あらかじめ加水分解した後、他の成分と混合する方法、▲2▼他の成分と混合しつつ加水分解を並行させ、必要に応じて熟成を加える、等いくつかの方法が考えられるが、本発明ではこのいずれであっても特に支障はない。
【0023】
好ましいアルキルシリケート化合物としては、なかでも加水分解速度の速い、炭素数zの少ないものであり、好ましくはz≦3程度であるが、z=1のメチルシリケートは加水分解によって生成するメチルアルコールに有害性が存在するため、z=2のエチルシリケートが特に好適に用いられる。
上述のように酸化アルミニウム前駆体化合物として酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物として酸化珪素前駆体ゾルを用いる場合、酸化マグネシウム前駆体化合物としては気相法等によって作製した酸化マグネシウム超微粉末、液相法等によって作製した微粉末あるいはその分散系、可溶性マグネシウム塩類を用いることが好ましく、これによってきわめてミクロなレベルでの均一混合が実現する。
【0024】
酸化アルミニウム、酸化珪素の前駆体ゾルの使用においても、前述のスラリーの場合と同様に分散媒、特に水に分散させて使用することが可能である。特に良好な分散性を得るために、酸、アルカリ等の添加による塗布液のpH制御等はしばしば用いられる手法であり、本発明においても特に支障なく行うことができる。また、鋼板への塗布性を改善するための極微量の界面活性剤等の添加についても全く問題がない。
もうひとつの製造方法としては、仕上げ焼鈍が完了した鋼板表面に酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物、ほう酸および/またはほう酸塩を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成することによる製造方法である。
【0025】
ほう酸および/またはほう酸塩としてはH3BO3で表わされるオルトほう酸が価格等の点から最も好ましいが、HBO2で表わされるメタほう酸、B2O3で表わされる酸化ほう素、あるいはこれらの混合物も用いることができる。また、ほう酸塩として、ほう酸リチウム、ほう酸ナトリウム等のほう酸アルカリ、ほう酸アルミニウム、ほう酸亜鉛、ほう酸バリウム、ほう酸鉛等が好適に用いられる。 (以下削除)
【0026】
第2の製造方法においても前述の第1の製造方法と同様に、酸化アルミニウム前駆体、酸化珪素前駆体化合物として、いわゆるゾルとよばれる微粒子分散系を用いることにより薄くて均一、かつ密着性の良い被膜が得られる場合がある。かかるときには上述の微粒子分散系ゾル、あるいは可溶性成分を含んだゾルが好適に用いられる。
ほう酸および/またはほう酸塩の配合量は、幅広い範囲から選択することが可能であるが、高い張力付与という本被膜の優れた特徴を損なわないためには、酸化物換算の合計量で全固形分量(酸化物換算)の50wt%以下、好ましくは30wt%以下である。
以下に本発明を実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はかかる実施例にのみ限定されるものではない。
【0027】
【実施例】
実施例1
市販の酸化マグネシウム微粉末、酸化アルミニウム粉末(α-Al2O3)、酸化珪素粉末を表1に示した割合に混合し、これに蒸留水を加えてスラリーを作製した。これを、Siを3.2%含有する厚さ0.2mmの仕上げ焼鈍が完了した一方向性珪素鋼板(フォルステライト質の1次被膜あり)に片面4g/m2となるように塗布、乾燥後、H2を5vol%含有するN2雰囲気中で800℃、5分問焼き付けることによって表面に酸化物被膜を形成した。
【0028】
化学分析、X線回折、電子顕微鏡等の結果から、得られた被膜はMgO,α-Al2O3、およびとSiO2系の非晶質相を主体としていることがわかった。20mmφの円柱の周囲に、その角度が180度となるように巻き付け試験を行い、その剥離状況から評価した被膜の密着性はきわめて良好であった。片面の被膜を除去し、板の曲がりから測定した鋼板への付与張力、および磁気特性を表1に記した。
表1の結果から、いずれも著しく鉄損の低い一方向性珪素鋼板が得られていることがわかる。また表面に形成された被膜の化学的安定性もきわめて良好であった。
【0029】
【表1】

【0030】
(削除)
【0031】
(削除)
【0032】
(削除)
【0033】
実施例3
市販の酸化マグネシウム微粉末、べーマイト粉末(平均粒径:100nm)、エチルシリケート、ほう酸試薬を表3に示した割合に混合し、これに蒸留水を加えて混合ゾルを作製した。これを、Siを3.2%含有する厚さ0.2mmの仕上げ焼鈍が完了した一方向性珪素鋼板(フォルステライト質の1次被膜あり)に片面4g/m2となるよりに塗布、乾燥後、H2を3vol%含有するN2雰囲気中で850℃、3分間焼き付けることによって表面に酸化物被膜を形成した。
【0034】
化学分析、X線回折、電子顕微鏡等の結果から測定した被膜の構成相を表3に記した。ほう素を含有する結晶質相が観察されないことより、ほう素成分は非晶質相となって存在していることがわかる。実施例1と同様にして評価した被膜の密着性はきわめて良好であった。片面の被膜を除去し、板の曲がりから測定した鋼板への付与張力、および磁気特性を表3に併記した。
表3の結果から、いずれも著しく鉄損の低い一方向性珪素鋼板が得られていることがわかる。また表面に形成された被膜の化学的安定性もきわめて良好であった。
【0035】
【表3】

【0036】
(削除)
【0037】
(削除)
【0038】
(削除)
【0039】
【発明の効果】
本発明により、特定成分の被膜を有し、化学的に安定で、かつその張力付与効果によって鉄損が著しく改善された一方向性珪素鋼板、およびその製造方法を提供することができる。本発明は特に、従来から用いられている1次被膜を有する鋼板に対して良好な特性を示し、汎用性の観点からも工業的効果は甚大である。
 
訂正の要旨 平成11年7月30日付訂正請求における訂正の要旨は、次のとおりである。
a-1.特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の【請求項2】及び【請求項4】を、削除する。
a-2.特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の【請求項1】及び【請求項3】に「表面に酸化マグネシウム」とあるのを「フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム」と訂正する。
a-3.特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の【請求項5】及び【請求項7】に「仕上げ焼鈍が完了した一方向性珪素鋼板表面」とあるのを、「仕上げ焼鈍が完了して表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された一方向性珪素鋼板表面」と訂正すると共に、【請求項7】に「、りん酸および/またはりん酸塩」とあるのを削除する。
b.明細書の段落【0007】を「本発明は、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素系複合被膜を有する一方向性珪素鋼板、および、フォルステライト質の1次被膜が形成された表面に、酸化マグネシウム-酸化アルミニウム-酸化珪素-非晶質酸化物系複合被膜を有する一方向性珪素鋼板、を要旨とする。」と訂正する。
c.明細書の段落【0008】の記載を「また、仕上げ焼鈍が完了してフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめる製造方法を要旨とする。さらに、酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである製造方法を要旨とする。
また、仕上げ焼鈍が完了してフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板表面に、酸化マグネシウム前駆体化合物、酸化アルミニウム前駆体化合物、酸化珪素前駆体化合物、ほう酸および/またはほう酸塩を含む懸濁液を塗布、乾燥後、500〜1350℃の温度で焼き付け、酸化物被膜を形成せしめることによる製造方法を要旨とする。さらに、酸化アルミニウム前駆体化合物が酸化アルミニウム前駆体ゾル、酸化珪素前駆体化合物が酸化珪素前駆体ゾルである製造方法を要旨とする。」と訂正する。
d.明細書の段落【0011】を削除する。
e.明細書の段落【0012】の記載中「また、結晶質コーディエライト、・・・・から選択される。」とある記載を削除する。
f.明細書の段落【0017】の記載を「ここでいう仕上げ焼鈍が完了した鋼板とは、従来公知の方法によって仕上げ焼鈍を行い、表面にフォルステライト質の1次被膜が形成された鋼板である。」と訂正する。
g.明細書の段落【0024】の記載中「、りん酸および/またはりん酸塩」とあるのを削除する。
h.明細書の段落【0025】の記載中「りん酸および/またはりん酸塩・・・・が好適に用いられる。」とあるのを削除する。
i.明細書の段落【0026】の記載中「、りん酸および/またはりん酸塩」とあるのを削除する。
j.明細書の段落【0030】、【0031】及び【0032】の記載を削除する。
k.明細書の段落【0036】、【0037】及び【0038】の記載を削除する。
l.明細書の段落【0039】の記載中「鋼板、あるいは著しい低鉄損化を目的とした鏡面化鋼板のいずれに対しても良好」とあるのを、「鋼板に対して良好」 と訂正する。
異議決定日 1999-11-10 
出願番号 特願平6-73613
審決分類 P 1 651・ 113- YA (C23C)
P 1 651・ 121- YA (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 長者 義久  
特許庁審判長 酒井 正己
特許庁審判官 森竹 義昭
高梨 操
登録日 1997-06-20 
登録番号 特許第2664336号(P2664336)
権利者 新日本製鐵株式会社
発明の名称 酸化物系複合被膜を有する低鉄損一方向性珪素鋼板およびその製造方法  
代理人 杉村 純子  
代理人 杉村 暁秀  
代理人 中谷 光夫  
代理人 田村 弘明  
代理人 徳永 博  
代理人 茶野木 立夫  
代理人 田村 弘明  
代理人 高見 和明  
代理人 茶野木 立夫  
代理人 杉村 興作  
代理人 藤谷 史朗  
代理人 青木 純雄  
代理人 梅本 政夫  

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