• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08B
管理番号 1048565
異議申立番号 異議2000-73302  
総通号数 24 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-08-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2000-08-28 
確定日 2001-10-15 
異議申立件数
事件の表示 特許第3014357号「角膜上皮層伸展促進剤」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3014357号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由
【1】手続の経緯・本件発明

特許第3014357号の請求項1及び請求項2に係る発明は、昭和63年3月17日に出願された特願昭63-62028号の分割出願として特許出願され、平成11年12月17日にその特許権の設定登録がなされたものであり、本件特許明細書(以下単に明細書ということがある)の特許請求の範囲の請求項1、請求項2に記載されたとおりの、以下のものである。

「 【請求項1】 分子量が50〜120万のヒアルロン酸又はその塩のみを有効成分として含有し、該有効成分の濃度が200〜5,000μg/mlである、角膜上皮層の伸展促進剤(涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症治療剤としてのものを除く)。
【請求項2】 分子量が50〜120万のヒアルロン酸又はその塩が溶液中に200〜5,000μg/ml含まれるように添加することを特徴とする、角膜上皮層伸展促進剤の製造方法。 」


【2】特許異議申立ての理由の概要

特許異議申立人宮崎幸雄(以下申立人という)は、甲第1〜12号証を提出し、特許異議申立書(以下申立書という)において、以下のように述べている。

(1) 本件特許出願は、「涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症治療剤としてのものを除く」という要旨変更の補正がなされた平成11年11月11日にしたものとみなされる(繰り下げ擬制)ものである。従って、本件請求項1及び請求項2に係る発明は、甲第5号証(特開平1-238530号公報(本件分割出願の原出願の公開特許公報))に記載された発明であり、また甲第6号証( 最近の新薬(第47集) 1996年版 (1996年4月3日発行) 株式会社薬事日報社 第316頁〜第319頁) )及び甲第7号証( ‘ヒアレイン0.1 ヒアレインミニ0.1 ヒアレインミニ0.3’(ヒアルロン酸ナトリウム点眼液)の製品説明書 1995年5月参天製薬株式会社作成 )に記載された発明であってかつこれらの甲号証により公然実施されたものと認められるから、特許法第29条第1項各号の規定に該当し、特許を受けることができないものである。よって、本件請求項1,2に係る発明の特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、同法第113条第1項第2号の規定により取り消すべきものである。

(2) たとえ上記(1)の繰り下げ擬制が認められないにしても、本件請求項1,2に係る発明は、甲第8号証乃至甲第12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。よって、本件請求項1,2に係る発明の特許は、同法第113条第1項第2号の規定により取り消すべきものである。

(3) なお、申立人が提出した甲号証のうち、
・甲第1号証は、特開平10-226704号公報(本件特許出願の公開特許公報)、
・甲第2号証は、特願平10-12203号(本件特許出願についてなされた平成11年11月11日付手続補正書の写し、
・甲第3号証は、特願平10-12203号(本件特許出願について平成11年9月14日付で発送された拒絶理由通知書の写し(起案日:平成11年9月9日))、
・甲第4号証は、特願昭63-62028号(本件特許出願の原出願)についてなされた平成10年1月26日付手続補正書の写し、
である。


【3】対比・判断

(1)【2】(1)について

申立人は、この理由に関し申立書において、本件請求項1、2の各発明に係る角膜上皮層の伸展促進剤で「涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症治療剤としてのものを除く」ものについては、本件特許出願当初の明細書及び図面に記載されておらず、かつ本件特許出願当初の明細書及び図面の記載からみて自明であるともいえない、という旨を主張している。
この点について検討するに、本件特許明細書中、及び本件特許出願時の明細書(甲第1号証)中において、本件各請求項に記載される剤の角膜上皮層の障害に対する治療用途として具体的に記載されているのは、【0009】に「本発明の治療剤は、ヒトを含む哺乳動物の涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症、すなわち・・・などの障害の角膜上皮層の伸展を促進する治療剤として、疾患部位に局所的に投与される薬剤である。」との箇所のみであって、角膜上皮層の伸展促進剤で「涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症治療剤としてのものを除く」ものについて、少なくとも具体的な文言上の記載はみられない。
しかしながら、明細書の【0007】中にある「・・・ヒアルロン酸が角膜上皮層の伸展促進作用を有することを見出し、・・・」との記載や、同【0008】にある「本発明は、ヒアルロン酸又はその塩を有効成分として含有することを特徴とする角膜上皮層の伸展促進剤に関するものである。」との記載や、あるいは同【0028】の「本発明によれば、角膜上皮層の伸展促進薬及び角膜移植後の上皮層治癒促進薬を提供することができる。」との記載は、伸展促進が望まれる角膜上皮層について当該伸展促進が望まれるに至った原因に関連する疾病の有無や、当該疾病の種類等について、何等限定するものではない。また、明細書の実施例1における角膜片の培養試験において、角膜上皮層の伸展促進について具体的に有利な効果が認められた旨の記載は、上記の伸展促進が望まれるに至った原因に関連する疾病の有無や当該疾病の種類等によらず、ヒアルロン酸又はその塩が元来角膜上皮層の伸展促進作用を奏することを、具体的に裏付けるものである。
加えて、例えば、点眼薬、眼科医用材料等の毒性試験、眼刺激性試験、角膜上皮細胞の代謝試験または増殖試験等のための試料として、或いは膜移植技術に用いる移植片として、即ち「涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症治療剤として」以外の用途において、培養された哺乳動物の角膜上皮細胞が利用されることは、本件特許出願時既に技術常識であったと認められるし(要すれば、例えば申立人が特許異議意見書に添付した資料3(特開昭62-272978号公報。特に第1〜2頁の[産業上の利用分野][従来技術][発明が解決しようとする問題点]の項)、同資料4(特開昭62-198601号公報。特に第1〜2頁の(産業上の利用分野)(従来の技術・発明が解決しようとする問題点)の項)、同資料5(特公昭63-53961号公報(特に第1頁第2欄第1行〜第2頁第4欄第36行)参照)、またこのように利用される角膜上皮細胞を調製するに際し、細胞の伸展促進が望まれることは当然の課題である。
してみると、前記本件特許出願時の技術常識を併せて考慮すれば、上で挙げた明細書中の【0007】【0008】【0028】及び実施例1の記載から、ヒアルロン酸又はその塩が有する角膜上皮層伸展促進に係る性質を利用して培養された角膜上皮細胞が、「涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症治療剤として」以外の用途にも供せられるものであると、当業者は認識するものである。
したがって、角膜上皮層の伸展促進剤のうち「涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症治療剤してのもの」以外の用途について、本件特許出願当初の明細書に記載されていたものといえるから、本件出願時が「涙液分泌不全を伴わない角膜上皮層障害症治療剤としてのものを除く」旨の補正がなされた平成11年11月11日付手続補正書が提出された時にまで繰り下げ擬制されるべきものであるとすることはできず、よって、同日以降に頒布された刊行物である甲第5〜7号証の記載について検討するまでもなく、本件特許出願日以降に頒布されたと認められる甲第5〜7号証に記載された発明との対比から、本件請求項1,2の発明に係る特許が特許法29条の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。
以上から、この理由に係る申立人の主張は採用できない。

(2)【2】(2)について

(2-1)甲第8〜12号証の記載事項

(A) 甲第8号証(第12回角膜カンファランス 第4回日本角膜移植学会抄録集(発表日:昭和63年2月19日〜20日))には、角膜上皮障害を呈した涙液減少症の症例に対するヒアルロン酸及びムチンを主成分とする人工涙液について記載されており、「・・・角膜上皮障害を呈した涙液減少症(乾性角結膜炎、スティブンス・ジョンソン症候群、トラコーマ)11症例に対し、ヒアルロン酸、ムチン及び両者の混合液を主成分とした人工涙液の点眼を試み、・・・、各々の原因疾患及び病期により効果の多様性を認めた。また、実験的には白色家兎10羽を用い開瞼させた状態で温風を当てることで角膜上皮障害を作成した。これに対し同様の3種類の点眼剤を各々2段階の濃度で点眼し経時的に試料を用意してその修復過程につき組織学的検索を行ったところ、ムチンのみの点眼剤に比べ、ヒアルロン酸を含む点眼剤の方が、より効果的である等興味ある結果を得た。」と記載されている。

(B) 甲第9号証(Cornea 1, (1982) 1(2) p.133-136 )には、ヒアルロン酸Na(商品名ヒーロン)がドライアイの治療に有効である旨記載されており、特にヒアルロン酸ナトリウムの0.1%希釈液を涙液代替物として重い乾性角膜炎患者20名に投与したところ、全ての患者において痛み及び羞明の急速な改善がみられたことが記載されている(例えばp.133左欄のABSTRACT)。

(C) 甲第10号証(特開昭60-84225号公報)には、「分子量が20万〜300万の高分子ヒアルロン酸非毒性塩を含む点眼剤」(特許請求の範囲(1))「高分子ヒアルロン酸非毒性塩の濃度が0.01〜10mg/mlである特許請求の範囲第(1)項記載の点眼剤」(特許請求の範囲(2))について記載されており、「高分子ヒアルロン酸非毒性塩を点眼した場合、開瞼時は、角膜、粘膜表面上に高粘性物質として留まり、・・・、角膜と結膜の摩擦を少なくして、角膜と結膜を保護する作用を示す。従って、高分子ヒアルロン酸非毒性塩は、涙液減少症、角膜潰瘍等の眼疾患に際して、・・・、角膜と結膜の摩擦を少なくし、角膜を保護する作用を有する。さらに・・・保水性を有するものであるところから、角膜表面が乾燥するのを防止し、角膜表皮の脱落を阻止し、角膜乾燥症の治療を早める作用を有するものである。」(第1頁右下欄下から第3行〜第2頁左上欄第11行)と記載されており、また、特に分子量220万、120万、70万の各高分子ヒアルロン酸ナトリウム塩(各々10mg/ml(第2頁左下欄第11〜12行))の高分子ヒアルロン酸ナトリウム塩のずり速度とずり応力との関係について示されており(第1図)、分子量70万の高分子ヒアルロン酸ナトリウム塩(10mg/ml(第2頁左下欄第11〜12行))1%生理食塩水溶液のずり速度とずり応力との関係について示されており(第2図)、分子量160万で5mg/ml又は2mg/mlのヒアルロン酸ナトリウム生理食塩水溶液の急性毒性又は点眼毒性について記載されており(急性毒性については第2〜3頁実験例2、点眼毒性については第3頁実験例3)、点眼剤の製剤例として、分子量50万のヒアルロン酸ナトリウムを10g/1000ml(≒10000μg/mlと認められる)の濃度の組成としたもの(第3頁の製剤例2)が記載されている。

(D) 甲第11号証(特開昭61-28503号公報)には、「有効成分としての眼科的活性を有する薬物の有効量と、ヒアルロン酸の実質的に純粋な画分またはその塩を含む薬学的に許容し得る担体基剤または希釈剤から成る眼科用医薬組成物。」(特許請求の範囲12)、「該ヒアルロン酸画分が、約50,000〜約100,000、約250,000〜約350,000、または約500,000〜約730,000の平均分子量を有する第12項に記載の医薬組成物。」(特許請求の範囲13)について記載されており、「本発明は、治療的効用を有し、しかも使用時になんら炎症性を示さないヒアルロン酸(以下HAと略称する)の特定分子量の画分に関する。本発明に示すHA画分の一つは・・・、第2のHA画分は眼球内液の代用液として眼内使用に有用であり、また・・・。さらにそれらのHA画分は、眼科用薬の賦形薬として角膜上皮とよく適合し得る製剤を調製し、眼科用薬の活性を高めるのに有用であることが明らかにされた。」(第2頁右下欄第8〜18行)と記載されており、また、「本出願方法によって分離される最初の画分はヒアラスチン(HYALASTIN)と命名され、約50,000〜約100,000の平均分子量を有する。・・・第2の画分はヒアレクチン(HYALECTIN)と命名され、約500,000〜約730,000の平均分子量を有する。このヒアレクチンは眼球内液の代用液として眼科手術の際に使用され、」(第3頁左下欄第4〜13行)と記載され、「ヒアレクチン画分は細胞可動化活性が非常に小さく、従って創傷には有用でないと推定される。然し、ヒアレクチンは平均分子量が高く、内部粘度(inherent viscosity)も高いので、眼内注射および関節内注射用として有用であり、」(第7頁右下欄最下行〜第8頁左上欄第5行)と記載され、「平均分子量が約500,000〜730,000であるヒアレクチンは、その高い分子量と内部粘度の故に、眼内注射および関節内注射に有用であることが示され、同時にこれらの薬学的適用では回避すべき不快な副作用である細胞可動化活性または炎症反応を亢進しなかった。」(第9頁左上欄第10〜15行)と記載され、「眼内適用製剤」としてヒアレクチンナトリウム塩又はカリウム塩を含む製剤例10,11,12(ヒアレクチン塩の配合濃度は順に10mg/ml(≒10000μg/ml)、60mg/5ml(12mg/ml≒12000μg/ml)、40mg/2ml(20mg/ml≒20000μg/ml))が記載されている(第10頁左下〜右下欄)。また、「ヒアルロン酸は、種々の分子の担体として使用でき、効果的であることが研究され、特に角膜表皮に対する耐容性と適合性(即ち、感作現象を起こさない)が完全に保証され、眼科用薬基剤として使用される。」(第11頁右上欄第11〜15行)と記載され、かつ、「ヒアルロン酸を賦形薬として含有する製剤が、それらに調合されている主薬の生物学的利用能(バイオアベイラビリティー)を高めるかどうか、また主薬と組合わせることによって相乗効果を生じるかどうかを、特に眼科領域における活性、若しくは有用性を有する薬物について検討することを目的とし」(第11頁右下欄第9〜15行)て、複数の実験例が記載されており、同実験例中には当該ヒアルロン酸としてヒアレクチンを採用したものも記載されており(I、II、IV(第12〜17頁))、これらの実験例の結論として「硝酸ピロカルピンのような抗線内症薬、トリアムシノロンのような抗アレルギーおよび抗炎症薬、EGFのような眼の組織治癒を促進させる組織治癒および細胞増殖促進薬、ストレプトマイシンおよびゲンタマイシンのような抗生物質からなる医薬品は、すべてHAを基剤として使用し、効果的に投与できる。」(第17頁右上欄第6〜12行)と記載されている。さらに、「・・・ヒアレクチンだけを賦形薬として使用した」(第17頁左下欄第18〜20行)点眼剤として、製剤例1,2が記載されている。

(E) 甲第12号証(Fortschr Ophthalmol, (1984) 81 p.588-591)には、高重合体ヒアルロン酸ナトリウム(Healon)による前眼部腐食(外傷)の治療について記載されており、前記高重合体ヒアルロン酸ナトリウムが腐食障害の眼に対する投与において角膜上皮層の再生作用を有する旨記載されている。

(2-2)対比、判断

(A) 本件請求項1に係る発明(以下第一発明という)と甲第8〜10、12号証の各々とを対比するに、ヒアルロン酸又はその塩を角膜関連の疾病又は外傷の治療剤の有効成分として配合する点では共通しているが、第一発明においては、有効成分としてのヒアルロン酸又はその塩について、分子量が50〜120万でありかつ濃度が200〜5,000μg/mlであることを要件としているのに対し、かかる分子量及び濃度に係る特定範囲内の値を同時に満たすヒアルロン酸又はその塩を採用することについては、各甲号証のいずれにも具体的に記載されていないという点で、少なくとも相違している。
特に、甲第8号証においては、人工涙液において採用するヒアルロン酸の分子量や濃度について具体的な記載ないし示唆は一切みられないし、甲第9,12号証においてヒアルロン酸ナトリウムとして採用されている「Healon」(甲第9号証記載の「Healon(登録商標)」と甲第12号証記載の「Healon」は同一のものと認められる)の分子量は200万以上であって(甲第12号証p.588右欄第3行参照)、第一発明における分子量に係る規定範囲から外れたものである。
また、甲第10号証の高分子ヒアルロン酸非毒性塩の分子量として、第一発明における分子量に係る規定範囲と重複する範囲(20万〜300万)をとり得ることが記載されており、配合する濃度の点でも、第一発明における規定範囲を包含する数値範囲(0.01〜10mg/ml)をとり得ることが一応記載されているものの、分子量が50〜120万であり、かつ濃度が200〜5,000μg/mlの範囲である旨の要件を同時に満たすヒアルロン酸又はその塩を採用することについて、具体的に記載ないし示唆されているわけではない。
そして、本件第一発明は、上記のような特定の分子量及び濃度に係る要件を同時に満たすヒアルロン酸又はその塩を採用することを要件とすることにより、そうでない場合と比較して、その角膜上皮層の伸張促進作用において、特に特許異議意見書に添付された資料1及び2に示されるような、各甲号証のいずれの記載からも予期し得ない優れた効果を奏するものである。
してみれば、本件第一発明は、少なくとも甲第8〜10、12号証の各甲号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(B)また、本件第一発明と甲第11号証に記載された発明を対比するに、特定の分子量のヒアルロン酸又はその塩を眼内用薬剤の配合成分として採用する点において両者は一応共通しているが、前者では、特定範囲内の分子量及び濃度を有するヒアルロン酸又はその塩のみを、特に角膜上皮層の伸張促進剤の有効成分として採用することを要件としているのに対し、後者では、前記特定範囲内の分子量及び濃度と重複するヒアルロン酸又はその塩(ヒアレクチンがこれに相当する)が角膜上皮層の伸張促進作用を奏せしめるものであることについて具体的に記載されておらず、また当該伸張促進作用について示唆する記載も見当たらない、という点で相違している。
特にこの相違点に関し、例えば甲第11号証第12〜17頁の実験例I、II、IVにおいて採用されているヒアレクチンは、本件第一発明の分子量に係る規定を満たすヒアルロン酸ナトリウム塩であるが、これら実験例におけるヒアルロン酸は薬効成分ではなく基剤として採用されているものであって、同基剤であるヒアルロン酸塩が同時に配合されている各薬効成分の治癒活性の向上に寄与することはうかがえるものの、ヒアルロン酸自体の治癒活性について示唆するものではなく、ましてや、ヒアルロン酸塩が角質上皮層の伸展促進作用を奏するものであることは何等示唆されていない。
また、甲第11号証の第17頁右下欄に製剤例1、製剤例2として示される、ヒアルロン酸ナトリウム塩含有「人工涙液に使用し得る点眼薬」についても、採用されるヒアルロン酸ナトリウム塩がヒアレクチンであること、及び該ヒアレクチンの濃度が0.1%(製剤例1)、0.2%(製剤例2)であることから、いずれも本件第一発明に規定されるヒアルロン酸の分子量及び濃度に係る規定を満たしてはいるものの、これら製剤例がヒアルロン酸を賦形薬(基剤)として配合してなるものであることは既に述べたとおりであり、ヒアルロン酸塩が角膜上皮層の伸展促進作用を有することはもとより、これら製剤例に係る人工涙液が角膜上皮層の伸展促進剤として採用されることについて示唆するものでもない。
そして、本件第一発明は、上記のような特定の分子量及び濃度に係る要件を同時に満たすヒアルロン酸又はその塩を採用することを要件とすることにより、角膜上皮層の伸展促進作用において、明細書及び特許異議意見書に添付された資料1,資料2に記載されるような顕著な効果を奏するものである。
してみれば、本件第一発明について、甲第11号証に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。

(C) さらに、上記のような、本件第一発明において特定の分子量及び濃度範囲のヒアルロン酸又はその塩のみを有効成分とすることによる、特許異議意見書に添付された資料1,2から読みとれるような角膜上皮層の伸展促進剤としての顕著な効果について、甲第8号証〜第12号証のいずれも示唆するものではないことから、上記特定の分子量及び濃度範囲のヒアルロン酸又はその塩を採用する点、及び角膜上皮層の治療促進のための剤である点を同時に具備することが、甲第8号証〜甲第12号証のいずれかを組み合わせることにより当業者にとり容易に想到し得たことであるとすることもできない。
よって、本件第一発明は、甲第8〜12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(D) また、本件の請求項2に係る発明については、同発明に係る製造方法における製造対象が角膜上皮層伸展促進剤であること、及び該角膜上皮層伸展促進剤におけるヒアルロン酸又はその塩が、その分子量及び濃度において請求項1の発明に係る剤におけるヒアルロン酸がとり得る分子量及び濃度に係る範囲と共通するものであるから、上記(A)、(B)で述べたと同様の理由により、甲第8〜12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものとすることはできない。


【4】むすび

以上のとおりであるから、特許異議申立人が申し立てた理由及びその証拠方法によっては、本件請求項1及び2に係る発明についての特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び2に係る発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおりに決定する。
 
異議決定日 2001-09-27 
出願番号 特願平10-12203
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C08B)
P 1 651・ 113- Y (C08B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 弘實 謙二松浦 新司瀬下 浩一  
特許庁審判長 脇村 善一
特許庁審判官 大久保 元浩
宮本 和子
登録日 1999-12-17 
登録番号 特許第3014357号(P3014357)
権利者 生化学工業株式会社
発明の名称 角膜上皮層伸展促進剤  
代理人 伊藤 温  
代理人 篠田 文雄  
代理人 津国 肇  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ