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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C12N
管理番号 1058267
異議申立番号 異議1998-73718  
総通号数 30 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1992-01-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 1998-07-28 
確定日 2002-04-22 
異議申立件数
事件の表示 特許第2706704号「組換ヒト肝実質細胞増殖因子」の請求項1〜3係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第2706704号の請求項1〜3に係る特許を維持する。 
理由 I.本件発明
特許第2706704号(平成2年8月11日出願(平成1年6月5日、特許法第42条の2第1項の優先権主張)、平成9年10月17日設定登録)の請求項1〜3に係る発明(以下本件発明1〜3という。)は、願書に添付された明細書(特許明細書)の特許請求の範囲に記載されたとおりのものである。
(以下、特許法第42条の2第1項に係る優先権を単に優先権という。)

ところで、本件特許に係る出願である特願平2-212818号(下記(iii))と関連の出願との関係等は、下記のとおりである。



(i)特願平1-142697号(平成1年6月5日出願)(以下、基礎出願という。)
(i-1)手続補正書(平成1年8月4日)
(i-2)手続き補正書(受託証(受託番号FERMP-11050:受託日平成1年10月16日)の写し)の提出(平成1年10月26日)
(ii)特願平2-134487号(平成2年5月24日出願):上記(i)の出願に基づく優先権を主張するもの(以下、原出願という。)
(iii)特願平2-212818号(平成2年8月11日出願):上記(ii)を原出願とする新たな出願(分割出願)であって、上記(i)の出願に基づく優先権主張をするもの(以下、本件出願という。)

II.特許異議申立てについて
II-1 特許異議申立てについての概要
特許異議申立人三菱化学株式会社は、下記甲第1〜4号証及び参考資料を提出して、本件特許についての上記優先権主張は無効であり、本件特許発明についての新規性(特許法第29条第1項第3号)の判断時は本件出願の原出願についての現実の出願日(平成2年5月24日)であるところ、その出願日より前に国内で頒布されていた刊行物:Nature,Vol.342,pp.440‐443,1989(甲第2号証)には、本件特許の請求項1に記載されたアミノ酸配列(a)及び請求項3に記載された塩基配列(a)と完全同一の配列が記載されているから、請求項1又は3に係る発明は新規性を有しない、また、甲第2号証に記載されたDNAは請求項2に記載された定義を満足するから、請求項2に係る発明も新規性を有しないと主張している。



甲第1号証:特願平1-142697号(基礎出願)の願書に最初に添付された第4図
甲第2号証:Nature,Vol.342,pp.440-443,1989(発行日:平成1年11月23日)
甲第3号証:本件特許の審査において提出された平成9年4月4日付け早期審査に関する事情説明書
甲第4号証:特開平3-72883号公報
参考資料:特許ニュース(財団法人通商産業調査会発行)、平成6年6月9日及び平成6年6月13日号、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)事件〔平成6年2月25日大阪高等裁判所判決(控訴審:平成3年(ネ)第2485号特許権侵害予防請求事件)〕の「第4 優先権主張の可否」の部分)

II-2 特許異議申立てについての検討
II-2-1 アミノ酸及び塩基配列の補正と優先権主張の可否
本件特許に係る願書に添付された明細書(特許明細書)の特許請求の範囲における当該蛋白のアミノ酸番号160のアミノ酸(アミノ酸名は、以下、三文字表記で記載する。)は、His、それに対応する塩基配列は、CACであって、それらは、本件出願及びその原出願の願書に最初に添付した明細及び図面においても相違ないが、基礎出願の願書に最初に添付された明細書及び図面(甲第1号証)をみると、160番目のアミノ酸及び塩基配列はそれぞれ、Leu、CTCであって、上記配列と相違している(なお、アミノ酸LeuをHisへ、塩基配列CTCをCACとする変更は、職権で調査したところ、平成1年8月4日付け手続き補正書(上記Iの(i-1))により行われている。)。
そして、本件発明1〜3が特許法第29条第1項第3号で規定する発明に該当するとして提示された甲第2号証の発行日は、基礎出願の出願後、原出願の出願前である。
そうしてみると、原出願の分割出願に係る本件特許の発明1〜3が特許法第29条第1項第3号で規定する発明に該当するというには、特許異議申立人がいうように、配列の変更によって、当該優先権の主張が認められないものであること、が前提となる。

そこで、まず、この点について検討する。

II-2-1-1特許異議申立人の主張
ところで、特許異議申立人は、優先権主張の可否について概ね以下のように述べている。

その配列の相違が本件発明者らの主観的な観点からみて誤記に該当するものであるか否かと、基礎出願の出願当時の技術水準やその出願の明細書及び図面の全体から見て、配列の変更が当業者にとっても明らかな誤記の訂正であると認められるか否かによって、当該配列の同一性を判断するのが合理的であること。
そうでないと、要旨が変更された発明についてまで優先権の効果を認めることになり、先願主義の趣旨に反する結果となること。特に、本件特許権者が本件特許の審査段階で提出した早期審査に関する事情説明書(甲第3号証)に記載されているように、本件特許発明に関連する発明を記載した特許出願が基礎出願の出願時(平成1年6月5日)の前後に多数出願されていることから、本件特許についての優先権主張の手続きが厳密に適用されなければ、先願主義が破壊され、後願者に種々の不利益を生ぜしめること。

そして、特許異議申立人は、配列の変更に伴う優先権主張の適否の判断手法は、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)事件の判決〔平成6年2月25日大阪高裁裁判所判決(控訴審:平成3年(ネ)第2485号特許権侵害予防請求事件)〕において示されている(参考資料)ことを指摘し、当該観点からみて、本件アミノ酸及び塩基配列の変更が誤記の訂正に相当しないとして、以下(1)〜(3)のように述べている。

(1)配列の変更は主観的誤記に係るものとは言えない。
基礎出願には、ラット肝由来のcDNAライブラリーから得られたRBC1cDNAを用いて、ヒト肝由来cDNAライブラリーから陽性クローン:HBC25を取得し、さらにHBC25cDNAをプローブとして陽性クローン:HAC19を得、HBC25cDNAとHACI9cDNAの塩基配列を組み合わせることにより、ヒトHGFの全塩基配列を決定したことが記載されている(基礎出願の願書に最初に添付した明細書第25〜30頁の(4)及び(5))。
一方基礎出願と原出願の出願日の間に頒布された甲第2号証(本件発明者らの研究論文で、本件特許明細書に開示された配列と同一の配列を開示している)には、基礎出願と異なる遺伝子クローニング過程が説明されている。すなわち、甲第2号証には、ラット肝由来のcDNAライブラリーからRBC1cDNAを用いて、ヒト肝由来cDNAライブラリーから陽性クローン:HBC1及びHBC25を取得し、さらにHBC25cDNAをプローブとして陽性クローン:HAC69及びHAC102を得て、本件特許の請求項1に記載されたものと同一のヒトHGFの全長配列を決定しており(第441頁第2a図及び第442頁右欄11〜15行)、基礎出願に記載された遺伝子クローニング方法と、本件発明者らの研究論文に記載された遺伝子クローニング方法は一致しておらず、甲第2号証に係るNature誌掲載にあたって本件発明者らが新たにcDNAを取得し直していることが示されているから、本件特許明細書(及び原出願)に記載された塩基配列が基礎出願の出願時に既に得られていたと考えることは著しく経験則に反すると言わざるを得ず、両者の配列の相違が、本件発明者らの主観的な観点からみて単なる誤記に相当するものではないことは明白である。
(2)当該配列の変更は、当業者にとって明らかな誤記の訂正とはいえない。
基礎出願の出願当時の当業者には、一般的に、同一の生物学的機能を有する蛋白質には種々のアミノ酸変異体が存在する可能性があり、実質的に同一の遺伝子取得方法によってそれぞれ異なる変異体蛋白質の遺伝子をクローニングする可能性があることは周知であった(例えば、甲第3号証の表1に示された特許出願においては本件特許発明と類似の遺伝子が複数開示されている。)。基礎出願明細書と本件特許(及び原出願:特願平2-134487号)の明細書に記載された遺伝子の取得方法は実質的に同一であるが、遺伝子の取得方法が実質的に同一であるからといって、当業者は、両者の配列の相違が単なる誤記であり、それらが同一の遺伝子であるとは判断できないことは明らかである。
また、塩基配列の決定方法は、基礎出願の出願当時(1989年6月5日)においては、非常に長いDNAの塩基配列をも正確に決定できる方法が確立されていたので、当業者は、この出願に開示された配列に誤りがあるとは予測しないはずである。
実際、基礎出願に約2ヶ月遅れて出願された特願平1-209449号の明細書及び図面(特開平3-72883号公報:甲第4号証)には、本件特許の請求項1に記載された遺伝子と類似の遺伝子(アミノ酸が14個相違する蛋白質をコードする遺伝子)の正確なアミノ酸配列及び核酸配列が決定されている。
さらに、仮に、基礎出願の明細書に記載された遺伝子取得方法を追試することにより、当業者が本件特許発明に係る正しい遺伝子を取得できる可能性があるとしても、追試には相当な労力と時間が必要であり、追試した者でなければそれが誤記であるか否かを判断できないうえ、追試により変異体遺伝子をクローニングする可能性もあるから、追試しなければ誤記であることが分からないようなものは当業者にとって明らかな誤記ということはできない。
(3)なお、基礎出願については、平成1年10月26日にプラスミドの受託番号を加える手続補正書が提出されてるが、上記t-PA事件の判決の優先権主張における出願内容の同一性を判断する基準書類についての判示事項からすると、プラスミド寄託により発明の完成を云々することは失当である。

II-2-1-2 検討・判断
本件の基礎出願の願昭に最初に添付された明細書には、第4図としてヒトHGFの塩基配列及びそれから推定されるアミノ酸配列が記載されている。
ところで、ヒト生理活性蛋白に複数のクリングル構造をもつものがあること、各クリングルは決まった位置でジスルフィド結合してループ状の立体構造を形成するものであること、各クリングルのアミノ酸配列は、相同性が高いこと、更に、配列中には各クリングル間で相違する部分と不変部分すなわち保存性が高い部分があることは当該技術分野において周知であったところ(例えば、松尾理編「t-PAとPro-UK」学際企画株式会社発行(昭和61年11月15日発行(以下、刊行物1という。)第41〜43及び第46頁,日本臨床第47巻第4号第71〜80頁(1989年4月1日発行))、当業者であれば、当該アミノ酸配列のN末端側に明らかにこのような特徴点を備える4つの箇所に気づくといえるから、ヒトHGFが4つのクリングル構造をもつ蛋白であると結論づけることに無理はない。
そこで、本件特許の請求項1及び3に係る配列の補正前の配列、すなわち、基礎出願の願書に最初に添付されている第4図の塩基配列及びアミノ酸配列(160番目のアミノ酸はLeu、対応する塩基配列がCTCのもの)について、各クリングル間で対応する位置のアミノ酸を比較してみると、アミノ酸位置160番を含むクリングル(以下、第1クリングルという。他のクリングルをアミノ酸配列に沿って順に第2、第3、第4クリングルという。)の160番目に対応する第2〜第4クリングルのアミノ酸はすべてHisであるから当該箇所は保存性が高い部位といえる。
そして、係る1個違いのアミノ酸で構成される箇所において、異なる1個のアミノ酸への変換は「保存的置換」が行われるのが通常であると認められるところ(「蛋白質 構造・機能・進化」1986年(株)化学同人発行第188頁には、「ポリペプチド鎖のある座位における突然変異の固定化率は、機能保全という要請によって制約を受ける。機能を最も失いにくい変異は「保存的な置換」の場合であり、類似した残基への変異を示す。ここで、類似とは側鎖の大きさや形、柔らかさ、電荷の有無などの諸性質を意味する。」と記載されている。)、基礎出願の願書に最初に添付された明細書には、取得した遺伝子を哺乳動物細胞(サルCOS細胞、マウスC127細胞チャイニーズハムスターCHO細胞)において発現させてHGF活性を確認していることが記載されていると認められる(第7頁第5行〜第20頁第12行,実施例1〜3)。
そうしてみると、第2〜4クリングルの当該箇所のアミノ酸は親水性のアミノ酸Hisであるから、第1クリングルの160番目のアミノ酸が疎水性の高いアミノ酸のLeuとなっていることは異常であり、あり得ない置換であると当業者は認識するはずである。
そして、上述のように160番目は保存性の高い部位であるから、第1クリングルの160番目のアミノ酸は、第2〜第4クリングルの対応位置のアミノ酸であるHisであると考えるのが自然である。
なお、多クリングル構造を有する蛋白として周知の蛋白であり、本件発明に係るHGFとアミノ酸配列で約38%の相同性があるプラスミノーゲンのアミノ酸配列を見てみると、HGFの160番目に対応する第2〜5クリングルのアミノ酸はHisであるが、第1クリングルのそれはProとなっている。
しかしながら、基礎出願には、塩基配列はシーケネース(ユナイテッド ステート バイオケミカル社)を用いてジオキシ法によって決定したことが記載されているところ(第27頁)、ジオキシ法の最後の工程は4本のレーンのオートラジオグラフィーの塩基を短い鎖長から順番に読みとるものであるが、上述のように当該アミノ酸がLeuでないとすると、上記読みとりが誤っているということになる。そして、アミノ酸Proをコードする塩基配列は、CCT、CCC、CCA、及び、CCGであって、必ずCCで始まっており、1つのレーン(Cのレーン)において2つ連続するバンドを何度も誤って読みとる蓋然性は非常に小さいと認められる。
してみれば、160番目のアミノ酸はProではないと考えるのが自然である。
結局、基礎出願の願書に最初に添付した明細書及び図面及び技術常識からすると、第4図に記載されたアミノ酸配列の160番目のLeuは、明らかな誤記であって、Hisであるといえる。
そして、上述の塩基配列の読みとりにおいて、HisであるところをLeuとしているということは、160番目のアミノ酸をコードする塩基配列の読みとりを誤ったということになる(読みとりを誤る可能性がないとはいえないことは当業者にとって明らかである。)。
ところで、Hisをコードする塩基配列はCACとCATと2つある。
しかしながら、取得した当該配列がCATであったとすると、読みとったCTCとは2カ所異なるので、読み誤りは2カ所ということになり、そのような読みとりの誤りは可能性が非常に小さいと考えるのが自然であるから、Hisをコードしている塩基はCACであったといえる。
以上検討したところからすると、160番目のアミノ酸配列及びそれをコードする塩基配列の補正は、基礎出願に開示されたアミノ酸、塩基配列及び技術常識から当業者が理解できる範囲のものといえ、明らかな誤記の補正に係るものと認められる。
そして、上記説示からすると、特許異議申立人の主張するNature投稿の時期、その内容(配列を決めたクローンに係る事項等)等(上記II-2-1-1)を更に検討する必要が無いことは明らかである。
なお、特許異議申立人は、配列を決めたクローンが基礎出願とNature誌で一部相違することをもって「新たにcDNAを取得し直している」と述べているが、同一のcDNAライブラリーから相当数の陽性クローンが得られることは当業者がしばしば経験するところであり、特許出願と、学術雑誌への投稿に際して配列解析に採用するクローンが一部異なることは諸事情からあり得ることと認められるので、本件基礎出願において採用したクローンとNature誌記載のクローンが一部異なることをもって直ちに、「新たにcDNAを取得し直している」とすることはできない。

以上のとおりであるから、本件特許に係る発明について、上記優先権の主張は認められる。

II-2-2 新規性(特許法第29条第1項第3号)に係る検討
上述のとおり優先権の主張が認められるので、更に詳細に検討するまでもなく、本件発明1〜3は、甲第2号証に記載された発明によってその新規性が否定されることはない。

III.結び
以上のとおりであるから、特許異議の申立の理由及び証拠によっては本件発明1〜3の発明の特許を取り消すことはできない。
又、他に本件発明1〜3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2002-04-02 
出願番号 特願平2-212818
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C12N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鵜飼 健  
特許庁審判長 田中 倫子
特許庁審判官 徳廣 正道
佐伯 裕子
登録日 1997-10-17 
登録番号 特許第2706704号(P2706704)
権利者 中村 敏一
発明の名称 組換ヒト肝実質細胞増殖因子  
代理人 今村 正純  
代理人 釜田 淳爾  
代理人 塩澤 寿夫  
代理人 廣瀬 孝美  

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