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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B60T
管理番号 1072774
審判番号 不服2000-10140  
総通号数 40 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1993-04-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2000-07-06 
確定日 2003-02-20 
事件の表示 平成 3年特許願第270734号「車両用トラクション制御装置」拒絶査定に対する審判事件[平成 5年 4月27日出願公開、特開平 5-105063]について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯の概要・本願発明
本願は、平成3年10月18日の出願であって、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成11年1月22日(受付日)付け及び平成12年7月27日(受付日)付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】従動輪及び駆動輪の減速スリップを検出する減速スリップ検出手段と、
減速スリップの発生状況に応じて車輪ロックを抑制するべく各輪の制動液圧をリザーバに抜きとり、該リザーバ内のブレーキ液をマスタシリンダ側へ戻すポンプを作動させる減速スリップブレーキ制御システムと、
駆動輪の加速スリップを検出する加速スリップ検出手段と、
加速スリップの発生状況に応じて加速スリップを抑制するべく駆動輪に制動力を与える加速スリップブレーキ制御システムと、
加速スリップの発生状況に応じて加速スリップを抑制するべくエンジンの出力を低減する加速スリップ内燃機関出力制御システムと、
加速スリップの検出に基づき加速スリップブレーキ制御作動要求信号を出力する加速スリップブレーキ制御作動要求手段と、
減速スリップブレーキ制御中に加速スリップブレーキ制御作動要求が出力された場合、加速スリップ内燃機関出力制御は直ちに行ない、所定時間経過した後に減速スリップブレーキ制御から加速スリップブレーキ制御に切換える減速加速制御切換手段と、
を備えている事を特徴とする車両用トラクション制御装置。」

2.引用刊行物の記載事項
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用した、特開昭62-166151号公報(以下、「刊行物1」という。)には、加速スリップ制御とアンチスキッド制御とを行なう車両のスリップ制御装置に関して下記の事項ア〜エが図面とともに記載されている。
ア;「[発明の解決しようとする問題点]
上記の車両のスリップ制御装置は、例えばブレーキペダルが踏み込まれるとアンチスキッド装置として働き、アクセルペダルが踏み込まれると加速スリップ制御装置として働くよう構成される。
しかし、上記構成は雪の坂道などのように、車体が後ずさりするために、ブレーキを踏みながら発進したい時に問題が発生する。
即ち、上記の如く、アクセルペダルとブレーキペダルとを同時に踏み込むと、上記スリップ制御装置は、ブレーキペダルが踏み込まれたことにより、アンチスキッド装置として働こうとし、制動力を緩めようとする。一方このスリップ制御装置はアクセルペダルが踏み込まれたことから車両加速スリップ制御装置として働こうとし、制動装置によって駆動輪の回転を抑制しようとする。このように互いに矛盾する動作を行なおうとするためにスリップ制御装置は、正しい動作を行なうことができない。例えば、上記の如く、アクセルペダルとブレーキペダルとを同時に踏み込んだ時に、制動装置の部分についてアンチスキッド制御が優先するような油圧系統をとることは可能である。しかし、このような場合でも、加速スリップ制御手段は制動装置が正しく動作しているものとして制御を実行する。そのため正しい加速スリップ制御は行なわれない。また、制御装置の部分について加速スリップ制御を優先させると正しいアンチスキッド制御は行なわれない。
いずれにしても、アクセルペダルとブレーキペダルとを同時に踏み込んだ時には、スリップ率を適正な値(例えば20%)近傍に制御することはできない。」(第2頁右上欄12行〜右下欄3行)

イ;「[問題点を解決するための手段]
上記問題点を解決するために本発明は第1図に例示する如き、次の構成を採用した。
即ち、本発明は、
車輪駆動出力制御部M1及び駆動輪制動力制御部M2を備え、運転者により車両加速の指示がされた時に駆動輪M3のスリップ率が所定値近傍におさまるように上記制御部M1,M2により車輪駆動出力及び駆動輪制動力の少なくとも一方を調整する加速スリップ制御手段M4と、
車輪制動制御部M5を備え、運転者により車両制動の指示がされた時に車輪M6のスリップ率が所定値近傍におさまるように上記制御部M5により車輪制動力を調整するアンチスキッド制御手段M7と、
を有する車両のスリップ制御装置において、
さらに、運転者により車両加速及び車両制動の指示が同時にされているか否かを判定する車両制動判定手段M8を有すると共に、
加速スリップ制御手段M4が、上記車両制動判定手段M8にて運転者による車両加速及び車両制動の指示が同時にされていると判定されると駆動輪制動力制御部M2を用いることを禁止する禁止部M9を備えることを特徴とする車両のスリップ制御装置を要旨とする。
ここで加速スリップ制御手段M4は、駆動輪M3のスリップ率を駆動輪速度と例えば遊動輪速度あるいは車両の加速度の積分値から求めた車両の走行速度とから求め、該スリップ率が最も回転トルクの大きくなる値(例えば20%)近傍となるように、例えばスロットルバルブや点火時期を制御することによって車輪駆動出力を調整する駆動輪制動力制御部M2とを備えるものである。
上記車輪駆動出力の調整に用いるスロットルバルブは、内燃機関内に設けられたアクセルペダルとリンクされていないスロットルバルブであって、例えばアクセルペダルと連動する第1スロットルバルブの上流あるいは下流に設けられた第2スロットルバルブやリンクレススロットルバルブである。
同じく車輪駆動出力の調整に用いられる点火時期の制御は、例えばディストリビュータの真空進角装置、又は電子制御式の点火装置のトリガ時間を制御することによって行なわれる。
又、駆動輪制動力の調整に用いる制御装置は、例えばブレーキペダルの踏込量に応じて駆動されるブレーキマスタシリンダとは別に設けられた第2のマスタシリンダを駆動することによってブレーキ油圧を制御し、駆動輪の回転を抑制するものを用いる。
この加速スリップ制御手段M4は、下り坂等における加速時に働かないように、運転者により車両加速の指示がされた時のみ働く。この運転者の指示は、例えばアクセルスイッチや第1スロットルの開度によって判定することができる。即ち、アクセルペダルがふみこまれた時を車両加速の指示がでたときとするのである。
又、アンチスキッド制御手段M7は、車輪M6のスリップ率を車輪M6の速度と例えば車両の加速度の積分値から求めた車両の走行速度とから求め、該スリップ率がタイヤの路面との摩擦力が最大となる値(例えば20%)近傍となるように制動装置のブレーキ油圧を制御することによって車輪制動力を調整する車輪制動制御部M5を備えるのである。
上記ブレーキ油圧の制御は、例えば、制動用の油圧系統の圧力を3位置3ポート弁等によって減圧・保持・加圧の如く制御するものであり、車輪M6の制動時のスリップ状態を検出して過剰な制動力が車輪に働いて、車輪のロック・横滑り等を生じることなく、制動力を最大限に発揮できるよう車輪制動力を制御するものである。
このアンチスキッド制御手段M7の車輪制動制御部M5で使用する制動装置は加速スリップ制御手段M4の駆動輪制動力制御部M2で使用する制動装置と共通化してもよい。」(第2頁右下欄4行〜第3頁右下欄1行)

ウ;「[作用]
本発明のスリップ制御装置は、
加速の指示がある時には、加速スリップ制御手段M4を用い、車輪駆動出力制御部M1及び/又は駆動輪制動力制御部M2によって駆動輪M3のスリップ率を所定値近傍におさめ、
制動の指示がある時には、アンチスキッド制御手段M7を用い、車輪制動制御部M5によって車輪M6のスリップ率を所定値近傍におさめ、
さらに加速の指示と制動の指示が同時にでていると車両制動判定手段M8で判定されると、加速スリップ制御手段M4は禁止手段M9により駆動輪制動力制御部M2を用いず駆動出力制御部M1によって駆動輪M3のスリップ制御を行ない、一方、アンチスキッド制御手段M7は、車両制動制御部M5により車輪M6のスリップ制御を行なう。」(第3頁右下欄2行〜17行)

エ;「[発明の効果]
本発明の車両のスリップ制御装置は、運転者による車両加速の指示と制動の指示とが同時に出た場合、アンチスキッド制御手段と車輪駆動出力制御部のみによる加速スリップ制御手段とによって、スリップ制御を行なう。そのため、従来の加速スリップ制御手段とアンチスキッド制御手段とを備えたスリップ制御装置のように、上記の如き両方の指示が同時に出た場合に正しいスリップ制御が不可能となることはなく、そのような場合でも確実なスリップ制御が可能であり、車両の安全性がより向上する。」(第9頁左上欄6行〜17行)

同じく引用した、特開平1-197160号公報(以下、「刊行物2」という。)には、アンチスキッド制御手段とトラクション制御手段とを備えた車両の制動制御装置に関して、下記の事項オ〜ケが図面とともに記載されている。
オ;「車輪制動時車輪がロックしないように制動力を制御するアンチスキッド制御手段と、前記車輪のうち駆動輪が駆動トルクによってスリップするのを抑制するように前記駆動輪の駆動トルクを制御するトラクション制御手段とを備えてなる車両の制動制御装置において、
前記トラクション制御手段は、前記アンチスキッド制御手段による制御が行われているときには、制御を行わないように構成されていることを特徴とする車両の制動制御装置。」(特許請求の範囲の欄)

カ;「(発明が解決しようとする課題)
しかしながら、このような制動制御装置を採用した場合には、次のような不都合が考えられる。すなわち、アンチスキッド制御手段においては、ある1つの車輪の車輪速が他の車輪の車輪速から推定される車体速に対して小さくなり所定の設定値未満になったとき、あるいは車輪の加速度が所定の負の設定値未満になったとき等にアンチスキッド制御を開始するようになっており、一方、トラクション制御手段においては、駆動輪速が従動輪速から推定される車体速に対して大きくなり所定の設定値を超えたとき、あるいは駆動輪の加速度が所定の設定値を超えたとき等にトラクション制御を開始するようになっている。したがって、これら両制御手段の操作部すなわちブレーキ液圧供給経路が共用されるものである場合には、アンチスキッド制御の最中であっても、駆動輪速が上記設定値を超えたときには、トラクション制御が開始されてしまうこととなる。しかしながら、アンチスキッド制御中に生ずる駆動輪速あるいは駆動輪加速度の上昇は駆動輪の駆動トルクによるものではなく、したがって、たとえトラクション制御が開始されたとしてもこれは本来なされるべきトラクション制御ではない。さらに、このトラクション制御開始により、アンチスキッド制御において適正に制御されていたブレーキ液圧が乱されるため、アンチスキッド制御手段も誤作動し、車輪がロックしてしまう等の悪影響を受けることとなる。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、アンチスキッド制御およびトラクション制御が可能で、かつ、アンチスキッド制御を、トラクション制御による悪影響を受けることなく行うことのできる制動制御装置を提供することを目的とするものである。」(第2頁左上欄1行〜右上欄16行)

キ;「(課題を解決するための手段)
本発明による車両の制動制御装置は、アンチスキッド制御中はトラクション制御を行わない構成とすることにより、上記目的達成を図るようにしたものである。すなわち、車両制動時車輪がロックしないように制動力を制御するアンチスキッド制御手段と、前記車輪のうち駆動輪が駆動トルクによってスリップするのを抑制するように前記駆動輪の駆動トルクを制御するトラクション制御手段とを備えてなる車両の制動制御装置において、前記トラクション制御手段は、前記アンチスキッド制御手段による制御が行われているときには、制御を行わないように構成されていることを特徴とするものである。
上記「トラクション制御手段」は、「アンチスキッド制御手段による制御が行われているときには、制御を行わないように構成されている」ものであるが、その意味するところは以下のとおりである。すなわち、アンチスキッド制御中はトラクション制御を開始させないように構成されているものであって、かつ、トラクション制御中は、アンチスキッド制御を開始させないように構成されているもの、あるいはアンチスキッド制御を開始させてトラクション制御を中止させるように構成されているものであることを意味する。したがって、例えば、1つのコントローラを用いてアンチスキッド制御とトラクション制御とを行うようにし、このコントローラによる制御領域を分けるような構成としてもよいし、あるいは、両制御を別個のコントローラを用いて行うようにし、両制御がラップして行われる状態になったときにはアンチスキッド制御を優先させるような構成としてもよい。このアンチスキッド制御を優先させて行うための判別基準としては、例えば、ブレーキ信号(ブレーキペダルの踏込みが行われているか否か)を用いることができる。」(第2頁右上欄17行〜右下欄12行)

ク;「(作用)
上記構成に示すように、トラクション制御手段は、アンチスキッド制御手段による制御が行われているときには、制御を行わないように構成されているので、アンチスキッド制御手段とトラクション制御手段とを備えた制動制御装置を構成してアンチスキッド制御およびトラクション制御を行うようにしても、両制御手段による制御が相互に干渉することがない。すなわち、アンチスキッド制動中にトラクション制御手段の誤作動が発生するといった事態が回避され、かつ、この誤作動により、適正に制御されていたブレーキ液圧が乱されてアンチスキッド制御手段の誤作動が発生するといった事態が回避される。」(第2頁右下欄13行〜第3頁右上欄6行)

ケ;「(発明の効果)
したがって、本発明によれば、1つの制動制御装置でアンチスキッド制御およびトラクション制御を行うことができ、かつ、アンチスキッド制御を、トラクション制御による悪影響を受けることなく行うことができる。」(第3頁左上欄7行〜12行)

3.対比・判断
刊行物1(特開昭62-166151号公報)に記載された上記記載事項ア〜エからみて、刊行物1に記載された発明の「車輪M6のスリップ率を車輪M6の速度と例えば車両の加速度の積分値から求めた車両の走行速度とから求めるための手段」、「アンチスキッド制御手段M7」、「駆動輪M3のスリップ率を駆動輪速度と例えば遊動輪速度あるいは車両の加速度の積分値から求めた車両の走行速度とから求めるための手段」、「駆動輪制動力制御部M2」、「車輪駆動出力制御部M1」、「加速スリップ制御手段M4」及び「車両のスリップ制御装置」は、夫々機能的に本願発明の「減速スリップ検出手段」、「減速スリップブレーキ制御システム」、「加速スリップ検出手段」、「加速スリップブレーキ制御システム」、「加速スリップ内燃機関出力制御システム」、「加速スリップブレーキ制御作動要求手段」及び「車両用トラクション制御装置」に相当するものであるから、本願発明の用語を使用して本願発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると、両者は、「従動輪及び駆動輪の減速スリップを検出する減速スリップ検出手段と、減速スリップの発生状況に応じて車輪ロックを抑制する減速スリップブレーキ制御システムと、駆動輪の加速スリップを検出する加速スリップ検出手段と、加速スリップの発生状況に応じて加速スリップを抑制するべく駆動輪に制動力を与える加速スリップブレーキ制御システムと、加速スリップの発生状況に応じて加速スリップを抑制するべくエンジンの出力を低減する加速スリップ内燃機関出力制御システムと、加速スリップの検出に基づき加速スリップブレーキ制御作動要求信号を出力する加速スリップブレーキ制御作動要求手段と、減速スリップブレーキ制御中に加速スリップブレーキ制御作動要求が出力された場合、加速スリップ内燃機関出力制御は直ちに行なう車両用トラクション制御装置。」で一致しており、下記の2点で相違している。

相違点1;本願発明の減速スリップブレーキ制御システムは、減速スリップの発生状況に応じて車輪ロックを抑制するべく各輪の制動液圧をリザーバに抜きとり、該リザーバ内のブレーキ液をマスタシリンダ側へ戻すポンプを作動させるものであるのに対して、刊行物1に記載された発明のアンチスキッド制御手段M7が本願発明のような減速スリップブレーキ制御システムのような構成を採用しているものであるかどうか必ずしも明確ではない点。

相違点2;本願発明では、減速スリップブレーキ制御中に加速スリップブレーキ制御作動要求が出力された場合、加速スリップ内燃機関出力制御は直ちに行ない、所定時間経過した後に減速スリップブレーキ制御から加速スリップブレーキ制御に切換える減速加速制御切換手段を備えたものであるのに対して、刊行物1に記載された発明では、アンチスキッド制御手段M7による制御中(減速スリップブレーキ制御中)に加速スリップブレーキ制御作動要求が出力された場合、駆動輪制動力制御部M2の作動(加速スリップブレーキ制御)を禁止し、車輪駆動出力制御部M1による制御(加速スリップ内燃機関出力制御)は直ちに行なうものではあるが、本願発明のように所定時間経過した後にアンチスキッド制御手段M7による制御(減速スリップブレーキ制御)から駆動輪制動力制御部M2(加速スリップブレーキ)による制御に切換える減速加速制御切換手段は備えられていない点。

上記相違点1について検討するに、刊行物1に記載された車両のスリップ制御装置に使用するアンチスキッド制御手段(減速スリップブレーキシステム)としては、各種の周知のアンチスキッド制御手段を採用することができるものであり、請求人も承知しているように本願発明のような減速スリップブレーキ制御システム(アンチスキッド制御手段)は本願出願前周知の事項(例えば、特開平2-231256号公報等参照)にすぎないものであるから、アンチスキッド制御手段として本願発明のような減速ブレーキ制御システムを採用することは、当業者であれば適宜採用することができる程度の事項にすぎないものである。

上記相違点2について検討するに、刊行物1に記載された発明では、加速スリップを制御するためには、車輪駆動出力制御部M1による制御と駆動輪制動力制御部M2による制御とを適宜選択するか両者を併用することができるものである。
そして、刊行物1に記載された発明において、アンチスキッド制御手段M7による制御中に駆動輪制動力制御部M2を用いることを禁止する技術的意義は、アンチスキッド制御手段M7によるアンチスキッド制御中に駆動輪制動力制御部M2による駆動輪の制動力の制御を行うとアンチスキッド制御が正確に行えないことから禁止するものであって、アンチスキッド制御手段M7による制御が終了した後は、駆動輪制動力制御部M2を用いることができるもの(禁止されないもの)であるから、適宜、駆動輪制動力制御部M2による制御を選択するか、あるいは車輪駆動出力制御部M1による制御と駆動輪制動力制御部M2による制御とを併用することができるものであることは、当業者であれば容易に理解できることである。
さらに、刊行物2にも記載(記載事項エ〜ク参照)されているようにアンチスキッド制御手段による制御が行われているときには、トラクション制御手段による車輪の制動力制御がアンチスキッド制御手段による車輪の制動力制御に悪影響を与えることがないようにトラクション制御手段による制御(駆動輪制動力制御部M2による制御)を行わないようにし、アンチスキッド制御手段による車輪の制動力制御が終了した後は、トラクション制御手段による車輪の制動力制御に切換えること(本願発明の「減速加速制御切換手段を備えること」に相当)も、本願出願前当業者に知られた事項にすぎないものである。
ところで、本願発明では、減速加速制御切換手段によって所定時間経過した後に減速スリップブレーキ制御から加速ブレーキ制御に切換えるものであるが、「所定時間経過した後に」という用語は出願当初の明細書中には使用されておらず、平成12年7月27日(受付日)付け手続補正書による手続補正によって初めて使用された用語であるので、出願当初の明細書に記載された範囲内で「所定時間経過した後に」の技術的意義を検討すると、発明の詳細な説明の記載及び図8のタイムチャートを参酌すれば、「所定時間経過した後に」とは、「ABSブレーキ制御非作動信号AS=0が出力される時間である時間t2の時点」である「ABSブレーキ制御の終了時点」と理解する以外にないものである。
そうすると、刊行物2に記載された上記技術事項を刊行物1に記載された発明に採用して、本願発明の上記相違点2に係る構成のように、アンチスキッド制御手段M7による制御が終了した後(所定時間経過した後)に駆動輪制動力制御部M2の制御に切り換える減速加速制御切換手段を設けることは、当業者が必要に応じて容易に想到することができる程度の事項と認める。

また、本願発明による効果も、刊行物1,2に記載された事項から当業者であれば予測することができる程度の事項であって、格別のものとはいえない。

なお、請求人は、審判請求書中で概略「引用文献1,2、3に記載された発明には、本願発明の解決課題の記載もなく、これらを組み合わせても本願発明にならない以上、引用文献1,2,3に記載された発明に基いて本願発明を容易に想到し得るという拒絶理由に承服できない。」旨主張しているが、請求人が主張する「減速スリップブレーキ制御から加速スリップブレーキ制御への切換時、加速スリップ抑制要求に応えながら、ブレーキ制御過多による減速感の発生やブレーキ引き摺り気味による減速感の発生防止を達成したものである。」点も、上記刊行物1に記載された発明に刊行物2に記載された事項を採用する(減速スリップブレーキ制御時には加速ブレーキ制御を行わず、内燃機関出力制御のみを直ちに行ない、減速スリップブレーキ制御の終了時に加速ブレーキ制御に切り換える)ことによって必然的に達成されるものであるから、請求人の審判請求書での上記主張も採用することができない。

4.むすび
以上のとおりであるから、本願発明(請求項1に係る発明)は、刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2002-12-10 
結審通知日 2002-12-17 
審決日 2003-01-06 
出願番号 特願平3-270734
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B60T)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 奥 直也戸田 耕太郎  
特許庁審判長 村本 佳史
特許庁審判官 町田 隆志
前田 幸雄
発明の名称 車両用トラクション制御装置  
代理人 朝倉 悟  

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