• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 発明同一 無効とする。(申立て全部成立) A01G
管理番号 1074472
審判番号 無効2001-35224  
総通号数 41 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1984-06-19 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-05-25 
確定日 2003-01-27 
事件の表示 上記当事者間の特許第1684539号発明「育苗用土」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第1684539号発明の特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明
本件特許第1684539号に係る発明(以下、本件特許発明という。)は、昭和57年12月9日に特許出願され、平成3年7月29日に出願公告(特公平3ー49525号)がされた後、平成4年7月31日に設定登録されたもので、その発明の要旨は、明細書の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりものもである。



「 ー(CH2ーCH)ー
l
COO-Na+で表される繰返し単位を0.01〜25モル%含有するアクリルアミド共重合体を土壌に混合してなることを特徴とする、土付苗の育苗用土。」(以下、
「ー(CH2ーCH)ー
l
COO」を「[Acr]」という。)
なお、本件は、昭和57年12月9日の出願であって、発明の数は1であるから、特許請求の範囲第2項、第3項は、同第1項の実施態様項と認め、本件特許発明の要旨を上記のように認定した。

2.請求人の主張
請求人は、本件特許発明は、本件特許の出願の日前の他の特許出願であって、本件特許出願後に出願公開されたものの願書に最初に添付した明細書(甲第1号証)に記載された発明と同一であり、また、本件特許出願に係る発明の発明者と当該他の特許出願の発明の発明者とが同一ではなく、さらに本件特許出願の時にその出願人と当該他の特許出願の出願人とが同一のものでないから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は無効とされるべきものであると主張し、証拠方法として甲第1号証(特願昭57ー167241号の願書に最初に添付された明細書(特開昭59ー59119号公報))及び甲第2号証(片倉チッカリン株式会社旭川工場品質管理室室長牧野哲夫作成の「試験成績証明書」)を提出し、さらに、平成14年2月25日付け審判事件弁駁書において、甲第3号証(ダイヤニトリックス株式会社野田技術センター所長田辺茂作成の「試験成績証明書ー2」)、甲第4号証(経営開発センター出版部編、「水溶性高分子水分散型樹脂の最新加工・改質技術と用途開発 総合技術資料集」、昭和56年1月23日、経営開発センター出版部外発行、191頁)、甲第5号証(片倉チッカリン株式会社旭川工場品質管理室室長牧野哲夫の「試験成績証明書ー3」)を、また、平成14年5月29日付け上申書において、甲第6号証(片倉チッカリン株式会社旭川工場品質管理室室長牧野哲夫作成の「試験成績証明書」)、甲第7号証(北海道立中央農業試験場長下野勝昭作成の「分析結果報告書」)を提出している。

3.被請求人の主張
これに対して、被請求人は、平成13年8月24日付け審判事件答弁書において、乙第1号証(本件特許公告公報)、乙第2号証(住化農業資材株式会社技術開発部部長長谷川亮作成の「試験成績書証明書(A)」)、乙第3号証(住化農業資材株式会社技術開発部部長長谷川亮作成の「試験成績証明書(B)」)を、平成14年4月30日付け審判事件答弁書(2)において、乙第4号証(みのる産業株式会社研究本部常務取締役梶谷恭一および住化農業資材株式会社技術開発部部長長谷川亮作成の「試験計画書」)、乙第5号証(大阪市立工業研究所長武田徳司作成の「報告書」)、乙第6号証(住友化学工業株式会社新居浜1ー2課曽我部栄治作成の「アクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体、アクリルアミド/アクリル酸共重合体、アクリルアミド重合体の分析値」)、乙第7号証(財団法人日本建築総合試験所所長森田司郎、土質基礎試験室長下平祐司作成の「アクリル系固化剤の培土固化性能比較試験報告書」)、乙第8号証(住化農業資材株式会社技術開発部部長長谷川亮作成の「試験報告書」)、乙第9号証(経営開発センター出版部編、「水溶性高分子水分散型樹脂の最新加工・改質技術と用途開発 総合技術資料集」、昭和56年1月23日、経営開発センター出版部外発行、21頁)、乙第10号証(中村亦夫監修、「水溶性高分子」、昭和48年7月1日、化学工業社発行、102〜103頁)を、平成14年6月18日付け審判事件上申書において、乙第11号証(西貞夫監修、「新編野菜園芸ハンドブック」、2001年3月22日、株式会社養賢堂発行、148頁および153頁)、乙第12号証(CDーROM版、「農業技術大系2001野菜編第6巻基礎編」、2001年、社団法人農山漁村文化協会発行、157〜158頁)、乙第13号証(久馬-剛ら共著、「新土壌学」、1987年3月10日第4版、株式会社朝倉書店発行、105〜107頁)、乙第14号証(高井康雄ら著、「土壌通論」、1986年4月10日第12刷、株式会社朝倉書店発行、80頁)を提出して概ね下記のように述べている。
(1)甲第1号証には、アクリル酸ナトリウムとアクリルアミドとの共重合体のアクリル酸ナトリウムの含量を規定する記載はない。
従って、アクリルアミド共重合体を硬度向上剤として使用する場合において、本件発明の特徴部分であるアクリル酸ナトリウムの好適なモル%が甲第1号証には開示されていない。(平成13年8月24日付け審判事件答弁書)
(2)本件特許発明は、アクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体中のアクリル酸ナトリウムが、土壌中で容易にーCOO-Na+ とに解離する点に着目し、これを利用して、特に、移植の際に崩れにくい土付苗を実現するのに適した土壌添加剤を完成させたものである。しかも、この技術思想は、請求項1において、アクリル酸ナトリウムの化学式を「ーCOO-」と「Na+」とを用いて表記していることからも明らかなように、特許請求の範囲に明確に記載されている。
これに対して、甲第1号証には、上記の技術思想について一切開示されておらず、結局、本件特許発明とは実質的に異なる技術思想が開示されているにすぎないものである。(平成14年4月30日付け審判事件答弁書(2))
(3)特許法第29条の2の適用においては、「当初明細書の発明の記載が後願を拒絶する理由となる以上、その記載内容は、特定の技術事項について具体的な技術思想を示し、補正または分割した場合に、それを特許請求の範囲に記載することができる事項に関するものであることが必要」(東京高判平成元年11月30日、「特許と企業」、253号、68頁)である。
甲第1号証にはアクリル酸ナトリウム成分の割合が何ら記載されていないから、本件特許のアクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体について、補正により甲第1号証の特許請求の範囲に記載することができないのは明らかである。(平成14年6月18日付け審判事件上申書)
(4)アクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体とアクリルアミドーアクリル酸共重合体との対比
(i)アクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体は水に可溶であり、水溶液中で「ーCOO-」と「Na+」とに電離する。
それゆえ、当該共重合体を土壌に混合すると、土壌中では実質的に、[Acr]-Na+で表される繰返し単位、即ち、本件特許発明の特徴部分をなす「ーCOO-」を0.01〜25モル%含むことになる。
そして、「ーCOO-」は培土中のAI、Fe等の多価金属と反応して架橋構造を形成することによってゲル化して、育苗培土用糊剤として作用する。
アクリルアミドーアクリル酸共重合体は、水に難溶であり、培土中でアクリル酸の「COOH」は「ーCOO-」と「H+」にほとんど電離しない(乙第2号証)。
したがって,培土中で[Acr]Hの繰り返し単位を含む。
したがって、アクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体とアクリルアミドーアクリル酸共重合体とでは、土壌中での効果も異なる(乙第3号証)から代替物ではない。(平成13年8月24日付け審判事件答弁書)
(ii)乙第9号証に記載のとおり、「高分子弱酸であるポリアクリル酸ではカルボキシル基は一部分だけが解離している。」一方、ポリアクリル酸ナトリウムでは、「ーCOONaは100%、ーCOO-とNa+とに解離するから、ポリアクリル酸イオンの荷電量は中和度とともに増大する。」、その結果、乙第10号証に記載のとおり、ポリアクリル酸は、水溶液中でも「ごくわずかイオン化され、かたくコイル状」であるのに対して、ポリアクリル酸ナトリウムは「ポリマー鎖のカルボキシルグループがイオン化されればされるほど、電荷の相互反撥力がポリマー鎖をいっそう非コイル状とすると同時に棒状」であり、両者の構造は全く異なっている。
ポリアクリル酸とポリアクリル酸ナトリウムとの水溶液中での構造の相違から考察して、アクリルアミド/アクリル酸共重合体とアクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体との水溶液中でのイオン化の容易さ、構造も同様に異なっていると推定できる。
このような差は、バインダーの溶解、拡散とアルミニウムイオンなどの多価カチオンによる架橋反応が並行して進行する土壌の硬化現象に影響を与えると理解できる。(平成14年4月30日付け審判事件答弁書(2))
(iii)乙第7号証および乙第8号証の結果から、アクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体は、水溶性のアクリルアミド重合体と比較して土壌硬度向上の特性が優れていた。アニオン度0.2モル%のアクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体であっても、土壌硬度向上の特性はアクリルアミド重合体よりも優れていた。
アニオン度が25モル%程度以上のアクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体では、培土の可溶性アルミニウム含量が低い場合に、十分な土壌硬度向上効果が得られない場合があった。
このように、アクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体は、アクリルアミド/アクリル酸共重合体のみならずアクリルアミド重合体と比較しても、土壌硬度向上に関する性能が優れていること、アクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体による土壌硬度向上が培土特性の影響を受けずに安定しているアニオン度の領域は、概ね25モル%以下であること、が示された。すなわち、アクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体とアクリルアミド/アクリル酸共重合体との土壌硬化の性能が大きく異なったのは、まさにこの事実を裏付けるものといえる。
前述した試験結果からもわかるように、アクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体中のアクリル酸ナトリウムの割合が一定の割合を超えると、特に、多価カチオンの含量が低い培土の場合には、その土壌硬化性能が低下する傾向を示す。
したがって、培土の特性によらず安定した土壌硬化性を実現するためには、アクリル酸ナトリウムの割合を一定の割合以下にする必要があり、本件特許発明は、まさに、このような観点からアクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体中のアクリル酸ナトリウムの割合を一定の範囲(即ち、0.01〜25モル%)にすることで、培土の特性によらず優れた硬化性をもつ土壌添加剤を実現したものである。(平成14年4月30日付け審判事件答弁書(2))
(iv)乙第7号証および乙第8号証の試験結果から、本件特許のアクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体と、甲第1号証の実施例に記載のアクリルアミドーアクリル酸共重合体およびアクリルアミド重合体とは、土壌の固化作用に関して全く相違することが明らかである。
そして、甲第1号証では、この土壌の固化作用に関する相違については全く言及されていないから、本件特許のアクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体の土壌の固化作用は、甲第1号証から容易に類推することができない顕著な効果であり、本件特許は甲第1号証に記載された発明を越える貢献をもたらすものである。
したがって、本件特許のアクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体を土壌に混合してなる土付苗の育苗用土に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と同一ではない。(平成14年6月18日付け審判事件上申書)
(5)本件特許はたとえ技術常識(特開昭50ー70489号公報、特開昭51ー124570号公報、特開昭51ー74866号公報)を考慮しても、甲第1号証に記載されているものではない。
上記公開特許公報に記載の発明は、いずれも土壌の団粒化による土質改善を目的としたものであり、移植時の機械的衝撃に耐え得る強度を有する土付苗を得ることを目的とする本件特許とは明らかに目的が異なっている。
土壌の団粒化は、本件特許や甲第1号証における土壌の固化とはまったく異なる概念である。乙第13号証に記載のとおり、土壌を構成する単位粒子が凝集して塊になった構造のことであり、土壌の団粒化の程度が高いほど、土壌の空隙率が高まり、作物の生産に適しているとされる。したがって、土壌の団粒化の目的とするところは土壌空隙率の向上による作物生産力の改善であり、一方、本件特許や甲第1号証における土壌の固化の目的は機械移植に耐え得る士付苗を得ることであるから、両者は目的が全く異なるものである。
また、土壌の団粒は、乙第13号証によれば、一般に、孔径0.2〜2mmの篩で分級することにより評価されるものであり、直径が0.2〜2mm程度の不定形な構造である。また、乙第14号証には、土壌の団粒とは約2〜5mm以下の構造のものであることが記載されている。
一方、本件特許や甲第1号証における土壌の固化により得られる構造は、直径1〜数cm、高さ1〜数cmの整形された構造である。
したがって、土壌の団粒化と土壌の固化とは、大きさ・形状が全く異なり、それゆえ、必要とされる技術および性能も全く異なる。
また、上記公開特許公報に記載の発明においては、土壌改良剤の製造において、珪酸や珪酸塩鉱物類の焼成粉末の担体を必須成分としているのに対して、本件特許はこのような担体を必要としないという構成上の点においても異なっている。さらに、上記公開特許公報において(共)重合体を添加することは、土壌粒子の団粒化をはかることを目的とするものであるから、ある程度の力を移植時に加えても崩れないような機械的強度を土付苗に付与する効果があるとは認め難い。
したがって、上記公開特許公報に記載の発明は、その構成・目的・効果が本件特許とは本質的に相違するものである。よって、アクリルアミド/アクリル酸ナトリウム共重合体を土壌に混合して育苗用土として利用する技術は本件特許の出願時に公知ではなく、ましてや周知でもない。(平成14年6月18日付け審判事件上申書)

4.甲第1号証記載に発明
甲第1号証(特願昭57ー167241号の願書に最初に添付された明細書(特開昭59ー59119号公報)、以下先願明細書という。なお、摘示箇所は、公報の頁等であり、下線は、本審決書において付記した。)には、
(ア)「1.アクリルアミド重合体および/または共重合体(A)からなる移植用育苗培土の硬度向上剤。
2.(A)の使用量が培土総重量の0.5〜10%である特許請求の範囲第1項記載の向上剤。
3.アクリルアミド共重合体がアニオン性アクリルアミド共重合体である特許請求の範囲第1項または第2項記載の向上剤。
4.アニオン性アクリルアミド共重合体がアクリルアミドと(メタ)アクリル酸(塩)との共重合体である特許請求の範囲第1項〜第3項のいずれかに記載の向上剤。」(特許請求の範囲)、
(イ)「本発明者らは移植の際の着根土壌塊の硬度を向上して崩れにくくし、根部の損傷や移植不全を防止し、定植後の活着を改善することを主目的として鋭意検討した結果、本発明に到達した。すなわち、本発明はアクリルアミド重合体および/または共重合体(A)からなる移植用育苗培土の硬度向上剤である。」(1頁右欄下から1行〜2頁左上欄6行)、
(ウ)「本発明におけるアクリルアミド重合体および/または共重合体(A)としてはアクリルアミドの重合体およびアクリルアミドと他の共重合可能な単量体との共重合体があげられる。他の共重合可能な単量体としては下記の単量体があげられる。1.アニオン性単量体 (1)カルボキシル基またはカルボン酸塩形基含有単量体 不飽和モノカルボン酸(塩)〔(メタ)アクリル酸(塩)など〕、・・・上記および以下において、塩としてはアルカリ金属(Na Kなど)の塩、・・・があげられる。これらのうち好ましいのはアルカリ金属の塩である。」(2頁左上欄7行〜右上欄2行)
(エ)「アクリルアミド重合体および/または共重合体の例としては・・・アニオン性共重合体(ポリアクリルアミドの加水分解物、アクリルアミドー(メタ)アクリル酸ソーダ共重合体、・・・、アクリルアミドービニルスルホン酸ソーダ共重合体、・・・などがあげられる。これらのうちで好ましいのは非イオン性アクリルアミド(共)重合体およびアニオン性アクリルアミド共重合体であり、とくに好ましいものはアクリルアミドと(メタ)アクリル酸(塩)との共重合体である。アクリルアミド重合体および/または共重合体の分子量は通常10万以上、好ましくは100万以上である。」(2頁右下欄15行〜3頁左上欄19行)、
(オ)「本発明の硬度向上剤の適用の対象となる移植用育苗培土において、育苗を行う対象の苗としては、蔬菜類たとえばタマネギ、ナス、キュウリ、トマトなどの苗があげられる。」(3頁左上欄20行〜右上欄3行)、
(カ)「育苗培土に対する硬度向上剤の添加量はアクリルアミドおよび/または共重合体の固形分換算で培土総重量に対して通常0.5ないし10%、とくに好ましくは1.5ないし5%である。添加量が0.5%未満では成育苗移植時の着根土壌塊の硬度が不十分であり、また、10%より多くなると植物の成長を阻害する。」(3頁右上欄14行〜20行)、
(キ)「次に硬度向上剤の使用法の一例を示すとつぎのとおりである。すなわち培土に硬度向上剤を加え、混合機(V型混合機、リボンミキサー、など)で充分混合する。・・・硬度向上剤を混合した培土をポット(大きさは通常、直径4〜10cm、高さは5〜10cm)あるいは任意の大きさの箱(通常、高さは5〜10cm)に充填し、次に種子を播き、さらにその上に硬度向上剤を混合した培土で覆った後、軽く突き固める。種子の発芽に適した温度(たとえば20〜25℃)で、1日、1〜2回の割合で灌水反復し、発芽、成育せしめる。移植時期の数日前より灌水を止め、土壌水分量が20〜25%程度になるまで自然乾燥される。移植は成育苗をポットより着土したまゝはずし、育苗箱の場合には根部をできるだけ傷つけないように苗を分割し、定植用畑地へ移植する。本発明の硬度向上剤を用いた場合には成育苗の着根土壌塊の硬度は培土の種類にもよるが一軸圧縮強度で通常2kg/cm2以上とくに2〜5kg/cm2である。これに対し本発明の硬度向上剤を用いない場合には一軸圧縮強度で通常1kg/cm2以下であり、着根土壌塊は崩れ易い。」(3頁左下欄1行〜右下欄7行)、
(ク)「実施例1 くみあい粒状培土ーK(呉羽化学工業(株)製)1kgに表ー1に記載の本発明の硬度向上剤各15gをV型混合機で均一に混合したのち、水150gを加えてさらに混合した。この培土を直径5cm高さ7cmのポット内に高さ5cmまで充填し、種子(玉ネギ、トマト)2〜3粒を播き、さらにこの上に同培土を2cm覆土したのち、高さが2/3になるまで突き固めた。播種後、温室内(20〜25℃)で育生した。播種後1日1回の割合いで灌水した。種子は正常に発芽し成育が観察された。玉ネギは苗丈約10cm、トマトは5〜6葉まで成長した時点で灌水を止め、自然乾燥により水切りを行った。土壌水分量が20〜25%になった時点でポットをはずし、成育苗の土壌塊の強度をインストロン型万能強度試験機を用いて一軸圧縮強度を測定した。比較のため本発明の硬度向上剤を混合しない場合についても行った。これらの結果を表ー1に示す。表ー1から明らかなように本発明の硬度向上剤を用いた場合には一軸圧縮強度がいずれも2〜5kg/cm2の範囲にあり、用いなかった場合に比べて著しく強度が向上していることが判る。また、別に上記ポットよりはずした着根土壌塊を高さ1mより地面へ自然落下させたところ、本発明の硬度向上剤を用いなかった場合には土壌塊は粉々に崩壊したが、本発明の硬度向上剤を用いたものはいずれも亀裂を生じたり、粉々に崩れたりしなかった。」(4頁左上欄8行〜右上欄16行)と記載され、
「表ー1」(4頁左下欄)には、本発明の硬度向上剤として、アクリルアミド重合体(平均分子量200万)、アクリルアミド重合体(平均分子量1000万)、アクリルアミドーメタクリル酸エチル共重合体(モル比4:1、平均分子量100万)、アクリルアミドーアクリル酸共重合体(モル比5:1、平均分子量1500万)、アクリルアミドービニルスルホン酸ソーダ共重合体(モル比10:1、平均分子量100万)、アクリルアミドーメタクリロイルエチル・トリメチルアンモニウクロライド(モル比5:1、平均分子量200万)が記載され、一軸圧縮強度は、それぞれ、3.6kg/cm2、4.6kg/cm2、2.2kg/cm2、4.3kg/cm2、2.2kg/cm2、2.9kg/cm2であること、硬度向上剤無添加(比較)では、0.7kg/cm2であることが記載されている。

先願明細書の特許請求の範囲には、アクリルアミド重合体および/または共重合体からなる移植用育苗培土の硬度向上剤に関する発明が記載されているところ(上記(ア))、発明の詳細な説明の項には、特許請求の範囲第1、3および4項でいう移植用育苗培土の硬度向上剤(以下、単に硬度向上剤ともいう)として、「アクリルアミド-(メタ)アクリルソーダ共重合体」が例示されている(上記(エ)。ここでいうソーダは、ナトリウムのことであるから、以下、ナトリウムの用語を用いる。)。この「アクリルアミド-(メタ)アクリルナトリウム共重合体」が「アクリルアミド-アクリル酸ナトリウム共重合体」と「アクリルアミド-メタクリル酸ナトリウム共重合体」の2つを意味することは明らかである(両者をまとめて言うときの慣用の記載である。)。そして、上記(エ)には、特に好ましい土壌の硬度向上剤として、「アクリルアミドと(メタ)アクリル酸(塩)との共重合体」が示され、同(ウ)の「カルボキシ基またはカルボン酸塩・・・塩としてはアルカリ金属・・・・これらのうち、好ましいのはアルカリ金属の塩である。」とされていることからすると、先願明細書には、特に好ましい硬度向上剤として、「アクリルアミド-アクリル酸ナトリウム共重合体」が記載されていると認められる。
また、上記(キ)から、先願明細書には「硬度向上剤は、培土に混合して育苗培土とし、この育苗培土で成育した成育苗を着土したまま、移植すること」が記載されているといえる。
そして、「培土」は「土壌」、「育苗培土」は「育苗用土」であり、上記「・・・成育苗を着土したまま、移植・・・」するということは、移植される苗は「土付」ということになる。
そうすると、先願明細書には、「アクリルアミド-アクリル酸ナトリウム共重合体を土壌に混合してなる土付苗の育苗用土」が記載されているといえる。
なお、先願明細書の記載からすると、「アクリルアミド-アクリル酸ナトリウム共重合体を土壌に混合してなる土付苗の育苗用土」の実施が不可能である事情は見あたらない。

5.対比
本件特許発明と先願明細書に記載された発明とを比較すると、アクリルアミド-アクリル酸ナトリウム共重合体のアクリル酸ナトリウム部分を「アクリル酸ナトリウム」と言語で表現するか、[Acr]-Na+と表現するかによって化合物としての相違はないから、
両者は、「[Acr]-Na+で表される繰り返し単位を有するアクリルアミド共重合体を含有するアクリルアミド共重合体を土壌に混合してなる、土付苗の育苗用土」である点で一致するが、本件特許発明では、[Acr]-Na+で表される繰り返し単位を0.01〜25モル%含有しているの対し、先願発明では、[Acr]-Na+で表される繰り返し単位の含有量が記載されてない点で一応相違する。

6.当審の判断
先願明細書には、アクリルアミド共重合体として、とくに好ましいものはアクリルアミドと(メタ)アクリル酸(塩)との共重合体であり、その共重合体としてアクリルアミドー(メタ)アクリル酸ソーダが記載されていることは前示のとおりであり、前記「アクリルアミドと(メタ)アクリル酸(塩)との共重合体」との記載は、「アクリルアミドーアクリル酸、アクリルアミドーアクリル酸塩、アクリルアミドーメタクリル酸、アクリルアミドーメタクリル酸塩」の4種の共重合体についてこれらが全て等価的に採用できることを示しているものといえる(先願明細書には、これら共重合体の特性が異なるとする記載は認められない。)。
そして、実施例1に係る表ー1には、アクリルアミドーアクリル酸共重合体について、そのアクリルアミドとアクリル酸とのモル比として、5:1のものが示されており、これはアクリルアミドーアクリル酸共重合体中のアクリル酸の含有量が約16.7モル%に相当するものである。
そうすると、先願明細書に記載の前記アクリルアミドと(メタ)アクリル酸(塩)との共重合体との記載から、先願明細書に記載されたアクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体についても、そのモル比は5:1、即ち、アクリル酸ナトリウムの含有量がアクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体中の約16.7モル%であるものが実質的に記載されていることになる。また、前記表ー1の記載から、他の単量体を含まないアクリルアミド重合体が、前記アクリルアミドーアクリル酸共重合体(モル比5:1)と同程度の効果を示していることからすると、アクリル酸の含有量が約16.7モル%以下のアクリルアミドーアクリル酸共重合体(モル比5:1以下)であっても相応の効果を示すといえるから、アクリル酸の含有量が約16.7モル%以下のものも実質的に記載されていることになり、アクリル酸ナトリウムの含有量が約16.7モル%以下のアクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体も同様といえる。
そうであれば、本件発明の[Acr]-Na+で表される繰返し単位を0.01〜25モル%含有するアクリルアミド共重合体は、先願明細書に記載された発明を含むこととなる。
したがって、本件発明は、先願明細書に記載された発明と同一である。

7.被請求人の主張に対して、
(1)について、
上記当審の判断に記載のとおりである。
(2)について、
先願明細書においては、ーCOO-とNa+の解離について記載するところはないが、土壌に混合される成分が同じである以上、本件特許発明は、先願明細書に記載された発明と同一といわざるを得ない。
したがって、本件特許発明が上記解離に着目したものであるとしても、発明の構成が同一である以上、別発明を構成するということはできない。
(3)について、
先願明細書の「アクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体」のアクリル酸ナトリウム単量体の含有モル%は、上述のように0.01〜25モル%の範囲内のものが含まれると認められるから、本件特許発明が先願明細書に記載された発明と同一でないとすることはできない。
(4)について、
被請求人は、「アクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体」は「アクリルアミドーアクリル酸共重合体」の代替物でないこと、「アクリルアミド-アクリル酸ナトリウム共重合体」はアクリルアミド重合体や「アクリルアミドーアクリル酸共重合体」と硬化メカニズムが異なるし、それらより格別すぐれた効果を奏すると主張し、その根拠として乙第7、8号証を提出している。
しかし、先願明細書には、アクリルアミド共重合体のアクリルアミドと共重合する単量体がアニオン性であるものについて、酸とその塩は、硬度向上剤として同様なものとして記載されており(例えば、2頁「カルボン酸(塩)」、「ビニルスルホン酸(塩)」)、アクリル酸(塩)についても、特許請求の範囲第4項及び上記(ウ)、(エ)に同様なものとして記載されている。そして、このことは、表1において、「カルボン酸(塩)」の例としては、酸(アクリル酸)が、「スルホン酸(塩)」の場合は塩(ナトリウム塩)が記載されていることからも窺える。
そして、本件特許発明においても、「アクリルアミド-アクリル酸ナトリウム共重合体」の土壌硬化メカニズムはともかく、それが土壌硬化のために添加されるものであることに変わりはないところ、「アクリルアミド-アクリル酸ナトリウム共重合体」の硬度向上剤としての効果(本件明細書第2表(0.7mからの自然落下試験)(6欄))は、先願明細書のそれと比較して格別予想外にすぐれていない(先願明細書表1、表2及び「ポットよりはずした着根土壌塊を高さ1mより地面に自然落下させたところ、・・・本発明の硬度向上剤を用いたものはいずれも亀裂を生じたり、粉々に崩れたりしなかった。」(上記(ク))の記載)。
もっとも、乙7号証の表ー2の試験結果を含水率20%に補正した別表3及び乙8号証の表ー1の記載によれば、アクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体は、アクリルアミド重合体やアクリルアミドーアクリル酸共重合体よりも一軸圧縮強度が優れていること、アクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体は、上記別表3では、アニオン度の増加にともなって、(一部例外はあるが)一軸圧縮強度は向上し、みのるタマネギ専用培土では、最高値は28.1モル%、次いで24.5モル%、くみあい粒状培土Kでは、最高値は24.5モル%、次いで28.1モル%であること、上記表ー2において、培土A(みのるタマネギ専用培土)では、5.8モル%及び28.1モル%、培土B(くみあい粒状培土K)では、5.8モル%および19.3モル%、培土C(くみあい粒状覆土(無肥料)水稲用育苗培土)では、5.8モル%及び18.1モル%、培土D(くみあい宇部粒状培土2号)では、5.8モル%及び18.1モル%、培土E(くみあい育苗培土クリーン2号暖)では、6.8モル%及び18.1モル%、培土F(くみあい粒状培土H(すじまき用)水稲用育苗培土)では、5.8モル%及び18.1モル%と、それぞれ2つの強度のピークを有することが認められる。
しかしながら、本件特許明細書には、「共重合体の[Acr]-Na+単位の含有量は0.01〜25モル%、好ましくは0.1〜5モル%である。含有量が25モル%を越えると根鉢強度が落ちるので好ましくない。一方、0.01モル%以下では共重合体としての効果が得られない。」(3欄30〜37行)と記載され、第2表(6欄)の強度テスト結果(0.7mからの自然落下試験)では、上記好ましい範囲である、育苗用土番号1(アクリル酸ナトリウム含有量2モル%)は、「崩れなし100、2割以上崩れ0」、育苗用土番号2(アクリル酸ナトリウム含有量5モル%)は「崩れなし98、2割以上崩れ2」であり、上限値である、育苗用土番号3(アクリル酸ナトリウム含有量25モル%)は「崩れなし85、2割以上崩れ15」であって、上記好ましい範囲及び限定理由に沿うように、アクリル酸ナトリウム含有量の増加と共に、強度は低下する傾向を示しており、アクリル酸ナトリウム含有量24.5モル%または28.1モル%で最高値を示す上記別表3の試験結果及び上記好ましい範囲(0.1〜5モル%)を超える含有量で最高値を示す上記表ー1の試験結果とは一致しない。
してみると、乙第7、8号証の試験結果からは、本件特許発明で開示した共重合体の特性を示すものとはいえないから、これらの試験結果から直ちに、アクリルアミドーアクリル酸ナトリウム共重合体が、アクリルアミド重合体やアクリルアミドーアクリル酸共重合体よりも優れた効果を奏するものとはいえない。
(5)について、
特開昭50ー70489号公報、特開昭51ー124570号公報、特開昭51ー74866号公報で示される技術常識の考慮にかかわらず、結論に変わりがないことは上記説示から明らかである。

8.むすび
以上のとおり、本件特許発明は、その出願日前の出願であって、その出願後に出願公開された他の出願の願書に最初に添付された上記先願明細書に記載された発明と同一であり、しかも、本件発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、本件出願の時において、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないから、本件特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当する。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する
 
審理終結日 2002-11-15 
結審通知日 2002-11-20 
審決日 2002-12-16 
出願番号 特願昭57-215955
審決分類 P 1 122・ 161- Z (A01G)
最終処分 成立  
前審関与審査官 星野 浩一  
特許庁審判長 田中 倫子
特許庁審判官 鈴木 寛治
谷口 浩行
登録日 1992-07-31 
登録番号 特許第1684539号(P1684539)
発明の名称 育苗用土  
代理人 大屋 憲一  
代理人 平木 祐輔  
代理人 原 謙三  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ