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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B41J
管理番号 1081270
異議申立番号 異議2002-70730  
総通号数 45 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1994-10-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2002-03-25 
確定日 2003-03-24 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3212178号「インクジェットプリントヘッド及びインクジェットプリンタの記録方法」の請求項1ないし10に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3212178号の請求項1ないし8、10に係る特許を取り消す。 同請求項9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願から本件決定に至る経緯を箇条書きすると次のとおりである。
・平成5年4月16日 日立工機株式会社により本件出願
・平成12年2月3日 出願人名義変更届提出(承継後の出願人が特許権者である)
・平成13年6月14日付け特許査定
・同年7月19日 特許第3212178号として設定登録
・平成14年3月25日 特許異議申立人東谷満より、請求項1〜請求項10に係る特許に対して特許異議申立
・同年5月28日付けで、当審にて取消理由通知
・同年7月29日 特許権者より特許異議意見書及び訂正請求書(後に取り下げ)提出
・同年9月5日付けで当審にて、特許異議申立人に対して審尋
・同年10月17日 特許異議申立人より回答書提出
・同年10月30日付けで、当審にて再度の取消理由通知
・平成15年1月14日 特許権者より特許異議意見書及び訂正請求書提出

第2 訂正の可否の判断
平成15年1月14日付けの訂正請求について検討する。
1.訂正の内容
〈訂正事項1-1〉
請求項1記載の「Si基板」、「薄膜発熱抵抗体列」、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」及び「前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」を、「長尺のSi基板」、「このSi基板の長手方向に沿って形成された薄膜発熱抵抗体列」、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された溝であって」及び「前記共通インク溝の溝方向に沿って前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」とそれぞれ訂正する。
〈訂正事項1-2〉
段落【0006】記載の「Si基板」、「薄膜発熱抵抗体列」、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」及び「前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」を、「長尺のSi基板」、「このSi基板の長手方向に沿って形成された薄膜発熱抵抗体列」、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された溝であって」及び「前記共通インク溝の溝方向に沿って前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」とそれぞれ訂正する。
〈訂正事項2-1〉
請求項2記載の「前記共通インク溝は少なくとも1つ以上形成され」を、「前記共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され」と訂正する。
〈訂正事項2-2〉
段落【0007】記載の「前記共通インク溝は少なくとも1つ以上形成され」を、「前記共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され」と訂正する。
〈訂正事項3-1〉
請求項3を「Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、
前記薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板上の前記一方の面に形成され、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッド。」と訂正する。
〈訂正事項3-2〉
段落【0007】記載の「また、前記Si基板上の前記一方の面に、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路が形成されているのが好ましく、また、」を、「また、上記目的は、Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、前記薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、前記Si基板上の前記一方の面に形成され、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路と、前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッドによっても達成される。
ここで、」と訂正する。
〈訂正事項4-1〉
請求項6を、「Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に少なくとも2列形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に少なくとも2列設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッド。」と訂正する。
〈訂正事項4-2〉
段落【0007】の「さらに、前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、前記Si基板上に少なくとも2列形成されているのが好ましく、」を、「さらに、上記目的は、Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に少なくとも2列形成された薄膜発熱抵抗体列と、この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に少なくとも2列設けられた複数のオリフィスと、前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッドによっても達成される。
また、」と訂正する。
〈訂正事項5-1〉
請求項8を、「Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有し、
前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、少なくとも被記録媒体上の記録幅と同じ長さ分、形成されることを特徴とするインクジェットプリントヘッド。」と訂正する。
〈訂正事項5-2〉
段落【0007】記載の「また、前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、少なくとも被記録媒体上の記録幅と同じ長さ分、形成されるのが好ましい。」を、「また、上記目的は、Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有し、前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、少なくとも被記録媒体上の記録幅と同じ長さ分、形成されることを特徴とするインクジェットプリントヘッドによっても達成される。」と訂正する。
〈訂正事項6-1〉
請求項9記載の「前記薄膜発熱抵抗体列は、インクと直接接触するものである」を「前記薄膜発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触するものである」と訂正する。
〈訂正事項6-2〉
段落【0007】記載の「さらに、前記薄膜発熱抵抗体列は、インクと直接接触するものであるのが好ましい。」を、「その際、前記薄膜発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触するものであるのが好ましい。」と訂正する。

2.訂正の目的の判断
訂正事項1-1は、訂正前請求項1記載の「Si基板」が長尺状である旨限定し、「薄膜発熱抵抗体列」が「Si基板の長手方向に沿って形成された」旨限定し、「共通インク溝」が「Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された溝」である旨限定するものであるから、請求項1(並びに、これを引用する請求項2、請求項7、請求項9及び請求項10)を減縮することをことを目的とする訂正であり、訂正事項1-2は訂正事項1-1と整合性を持たせるための訂正であると認める。
訂正事項2-1は、訂正前請求項2記載の「共通インク溝」が「フォトエッチング加工により」形成されたものである旨限定するものであるから、請求項2(並びに、これを引用する請求項7、請求項9及び請求項10)を減縮することをことを目的とする訂正であり、訂正事項2-2は訂正事項2-1と整合性を持たせるための訂正であると認める。
訂正事項3-1によれば、訂正後の請求項3は訂正前請求項1、同請求項2及び同請求項3の構成要件をすべて備えるものであるから、訂正前請求項3が引用している請求項1または2を、実質的に請求項2のみを引用するとした上で独立形式に書き換え、さらに、「Si基板」が「Siウエハの一部分」である旨限定し、「共通インク溝」が「Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝」である旨限定するものであるから、請求項3(並びに、これを引用する請求項4、請求項5、請求項7、請求項9及び請求項10)を減縮することをことを目的とする訂正であり、訂正事項3-2は訂正事項3-1と整合性を持たせるための訂正であると認める。
訂正事項4-1によれば、訂正後の請求項6は訂正前請求項1、同請求項2及び同請求項6の構成要件をすべて備えるものであるから、訂正前請求項6が引用している請求項1〜5を、実質的に請求項2のみを引用するとした上で独立形式に書き換え、さらに、「Si基板」が「Siウエハの一部分」である旨限定し、「薄膜発熱抵抗体列」が少なくとも2列形成されている旨限定し、「共通インク溝」が「Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝」である旨限定するものであるから、請求項6(並びに、これを引用する請求項9及び請求項10)を減縮することをことを目的とする訂正であり、訂正事項4-2は訂正事項4-1と整合性を持たせるための訂正であると認める。
訂正事項5-1によれば、訂正後の請求項8は訂正前請求項1、同請求項2及び同請求項8の構成要件をすべて備えるものであるから、訂正前請求項6が引用している請求項1〜7を、実質的に請求項2のみを引用するとした上で独立形式に書き換え、さらに、「Si基板」が「Siウエハの一部分」である旨限定し、「共通インク溝」が「Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝」である旨限定するものであるから、請求項8(並びに、これを引用する請求項9及び請求項10)を減縮することをことを目的とする訂正であり、訂正事項5-2は訂正事項5-1と整合性を持たせるための訂正であると認める。
訂正事項6-1は、「薄膜発熱抵抗体列」を「Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列」である旨限定するものであるから、請求項9(及びこれを引用する請求項10)を減縮することを目的とする訂正であり、訂正事項6-2は訂正事項6-1と整合性を持たせるための訂正であると認める。
以上のとおり、訂正事項1-1〜訂正事項6-2は、特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正であるから、特許法120条の4第2項ただし書き1号の規定に適合する。なお、後記第4 5.で述べることにかんがみれば、訂正事項2-1及び訂正事項2-2については、特許請求の範囲を減縮しない無意味・無目的な訂正であるとの解釈の余地があるが、その場合であっても、本件訂正を全体としてみれば、特許請求の範囲の減縮を目的としておりそれ以外の目的を有するものではない。

3.新規事項の追加及び特許請求の範囲の拡張・変更についての判断
訂正事項1-1及び1-2の「長尺のSi基板」は、願書に添付した明細書(以下「特許明細書」といい、願書に添付した図面を「特許図面」といい、これらをあわせて「特許明細書等」という。)の段落【0009】の「ラインプリンタ用ヘッドとしての長尺のSi基板であってもその機械的強度を損なうことなく製造できるようになるのである。」との記載、及び特許図面【図1】に基づくものであり、特許明細書等に記載されている。
訂正事項1-1及び1-2の「Si基板の長手方向に沿って形成された薄膜発熱抵抗体列」、「Si基板の長手方向に沿って形成された溝」及び「共通インク溝の溝方向に沿って前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」は、上記段落【0009】の記載及び【図1】から直接的かつ一義的に導かれる。すなわち、「ラインプリンタ用ヘッドとしての長尺のSi基板」を用いることの技術的意義は、長尺性を利用して長手方向に沿って多数の薄膜発熱抵抗体を形成することにあり、そうであれば薄膜発熱抵抗体列近傍に形成される共通インク溝も長手方向に沿って形成せざるを得ず、「間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」も長手方向に沿って形成せざるを得ない。
訂正事項1-1及び1-2の「Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に・・・形成された溝」、並びに訂正事項3-1、3-2、4-1、4-2、5-1及び5-2の「Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝」は、特許明細書段落【0024】の「Si基板9に約150μmの深さのSi基板内インク溝11をフォトエッチングで形成する」との記載及び特許図面【図5】に基づくものであり、特許明細書等に記載されている。
訂正事項2-1及び2-2の「共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され」は、上記段落【0024】の記載に基づくものであり、特許明細書等に記載されている。
訂正事項3-1、3-2、4-1、4-2、5-1及び5-2の「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」は、特許明細書段落【0024】の「このようにして加工したSiウエハを規定のサイズに切断加工し、図1に示したようにヘッド実装フレーム3に実装すればヘッドとして完成する。」との記載に基づくものであり、特許明細書等に記載されている。
訂正事項4-1及び4-2の「少なくとも2列形成された薄膜発熱抵抗体列」は、特許明細書段落【0007】の「前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、前記Si基板上に少なくとも2列形成されているのが好ましく、前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、1または2列形成されている前記Si基板を、前記実装フレーム上に複数個並べて設けるのが好ましい。」との記載から直接的かつ一義的に導き出せるものである。すなわち、オリフィスと薄膜発熱抵抗体は1対1に対応している(訂正前請求項1)から、オリフィス列が2列以上の場合は薄膜発熱抵抗体列も2列以上となる。
訂正事項6-1及び6-2の「記薄膜発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列」は、特許明細書段落【0010】の「Ta?Si?SiO合金薄膜抵抗体とNiまたはWからなる薄膜導体のみから構成される発熱抵抗体を用い」との記載、又は段落【0030】の「Ta?Si?SiO合金薄膜抵抗体・・・を用いて実施例1と同一の一体型ラインヘッドを作製し」との記載に基づくものであり、特許明細書等に記載されている。
以上のとおりであるから、本件訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものと認める。
また、本件訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。
したがって、本件訂正は、平成6年法律第116号附則6条1項が、同法の施行前にした特許出願に係る特許の願書に添付した明細書又は図面の訂正については、なお従前の例によるとすることにより、平成11年法律第41号による改正前の特許法120条の4第3項において準用する同法126条2項及び3項が読み替えられて準用される平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1項ただし書き前文及び2項の規定に規定に適合する。

4.訂正の判断の結論
よって、平成15年1月14日付けの訂正請求による訂正を認める。

第3 特許異議申立理由及び取消理由
1.平成14年10月30日付け取消理由の骨子
請求項1、請求項2に係る発明は、特開昭61-125857号公報(以下「引用例1」という。)、特開昭60-236758号公報(以下「引用例2」という。)及び特開昭60-206653号公報(以下「引用例3」という。)に記載の発明並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明できた。特開平5-31898号公報(以下「引用例4」という。)記載の発明を考慮すればなお一層容易に発明できた。
請求項3〜請求項5に係る発明は、引用例1〜引用例4に記載の発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明できた。
請求項6〜請求項8に係る発明は、引用例1〜引用例4、特開昭60-262657号公報(以下「引用例5」という。)に記載の発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明できた。
請求項9に係る発明は、引用例1〜引用例5及び特開昭63-183855号公報(以下「引用例6」という。)に記載の発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明できた。
請求項10に係る発明は、請求項1〜請求項9に係る発明が当業者が容易に発明できるとの理由、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明できた。

2.特許異議申立理由及び平成14年5月28日付け取消理由の骨子
請求項1、請求項2、請求項6及び請求項8に係る発明は、引用例2〜引用例5記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できた。
請求項3〜請求項5に係る発明は、引用例2〜引用例5、特開平2-258266号公報記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できた。
請求項7に係る発明は、引用例2〜引用例5、特開昭63-64757号公報記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できた。
請求項9に係る発明は、引用例2〜引用例4及び引用例6記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できた。
請求項10に係る発明は、引用例2〜引用例4及び特開平4-226379号公報記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できた。

なお、平成14年10月17日付け回答書において、各請求項に係る発明が容易想到であることの証拠として、引用例1をつけ加えている。

第4 特許異議申立についての当審の判断
1.本件発明の認定
第2で述べたとおり、平成15年1月14日付けの訂正請求による訂正が認められるから、本件の請求項1〜請求項10に係る発明は、同訂正請求書に添付された訂正明細書の特許請求の範囲に記載された、以下のとおりのものと認める。以下では、請求項1〜請求項10に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明10」という。
【請求項1】長尺のSi基板の一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝の溝方向に沿って前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッド。
【請求項2】前記共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され、前記連結用インク孔は、前記共通インク溝1つに対して複数個間歇的にあけられている請求項1に記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項3】Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、
前記薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の一方の面に形成され、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッド。
【請求項4】前記複数のオリフィスは、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられたオリフィス用フィルムにあけられ、前記複数の個別インク通路は、前記オリフィス用フィルムと、前記Si基板の前記一方の面と、これらの間に介在する耐水性被覆材製隔壁とで形成され、前記薄膜発熱抵抗体列を駆動する前記駆動用集積回路デバイス領域の全面が、前記個別インク通路を形成する前記隔壁によって被覆されている請求項3に記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項5】前記駆動用集積回路が、シフトレジスタ回路およびドライバ回路を有し、外部からの信号に応じて順次連続して前記各発熱抵抗体にパルス通電することによってインク吐出を連続的に行う請求項3または4に記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項6】Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に少なくとも2列形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に少なくとも2列設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッド。
【請求項7】前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が1または2列設けられている前記Si基板を前記実装フレーム上に複数個並べて設けた請求項1〜5のいずれかに記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項8】Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有し、
前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、少なくとも被記録媒体上の記録幅と同じ長さ分、形成されることを特徴とするインクジェットプリントヘッド。
【請求項9】前記薄膜発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触するものである請求項1〜8のいずれかに記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項10】請求項1〜9のいずれかに記載のインクジェットプリントヘッドを用いて、被記録媒体に記録するに際し、前記記録媒体を等速搬送させることを特徴とする記録方法。

2.引用例1記載の発明
(1)引用例1の記載事項
引用例1には以下の記載がある。
・「本発明は・・・記録用液体の小滴を形成する為の手段を有するインクジェット記録ヘッドに関する。」(1頁右下欄3〜5行)
・「本発明の目的は、・・・インクリフィル性良好な、すなわち高吐出応答周波数を可能にするインクジェット記録ヘッドを提供する事にある。」(2頁左下欄12〜16行)
・「第1図に示すように、ガラス,セラミックス,プラスチックスまたは金属等の適当な基板1上に所望の個数のインク吐出圧を発生させる発熱素子2(図においては4個)を配設し、さらに次のようにして電極を配設する。」(2頁右下欄1〜5行)
・「次に第2図で示すように基板1上に凹形断面のインク貯蔵部5を形成する。その方法としては・・・エッチング等があげられる。・・・また、エッチングは、通常のICの製造工程で行われるホトリソグラフィーの手法を用いて行う事ができる。インク貯蔵部5の形状,深さ,位置等は基板の強度,インクのリフィル性等を考えて自由に決める事ができる。」(3頁左上欄2〜13行)
・「次にインク貯蔵部5の底に基板1を貫通するインク供給口6を形成した後、発熱素子2の両側に位置するように基板1上にインク流路壁7を配設し、さらにこれらインク流路壁7およびインク貯蔵部5を囲むように枠8を形成する(第3図)。・・・所望のパターンを有するホトマスク(レジスト)を該樹脂上に位置決めして配置した後、露光・現像する。得られたレジストパターン(インク流路壁、枠8)は耐インク性を高める為に熱または紫外線の照射により効果を完結する。」(3頁左上欄14行〜右上欄9行)
・「ついでこのようにして得られた基板1上に、第4図に示すように吐出口10を有するフラットなオリフィス板9を貼合せる。吐出口10は発熱素子2の真上になるように位置合せしてある。」(3頁右上欄10〜13行)
・「本発明によれば、・・・インクリフィル性が向上したためインク吐出応答周波数が著しく向上し高速記録が可能となった。」(4頁左上欄本文2〜5行)

(2)引用例1記載の発明の認定
引用例の上記記載におけるホトリソグラフィーの手法によるエッチングは、フォトエッチングということができる。
したがって、上記記載を含む引用例1の全記載及び図示によれば、引用例1には、
「基板上に形成された所望の個数のインク吐出圧を発生させる発熱素子、発熱素子の真上になる位置に設けられたオリフィス板内の吐出口、発熱素子の両側に位置するように基板上に形成されたインク流路壁、基板上にフォトエッチングにより形成された凹形断面のインク貯蔵部、インク貯蔵部の底に基板を貫通するよう形成されたインク供給口、とを備えるインクジェット記録ヘッド。」(以下「引用例発明1」という。)が記載されていると認めることができる。

3.本件発明1と引用例発明1との一致点及び相違点
引用例発明1の「所望の個数」及び「発熱素子」は、本件発明1の「複数」及び「薄膜発熱抵抗体」に相当し、引用例発明1における「所望の個数」の「発熱素子」総体は「薄膜発熱抵抗体列」といえる。
引用例発明1の「吐出口」は本件発明1の「オリフィス」に相当するものであり、引用例発明1において「吐出口」が「発熱素子の真上になる位置に設けられ」ていることは、本件発明1において「複数のオリフィス」が「薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられ」ていることと異ならない。
引用例発明1において、インク流路壁の間で発熱素子の上部となる部分はインク流路であり、これは本件発明1の「個別インク通路」に相当し、引用例発明1が「複数のオリフィスの各々に対応して基板の一方の面上に設けられ、その各々が薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路」との構成を有することは明らかである。
引用例発明1の「インク貯蔵部」と本件発明1の「共通インク溝」とは、基板の一方の面から他方の面に向けて深さを持つように形成され、複数の個別インク通路の各々と連通する凹部である点で一致する。
引用例発明1の「インク供給口」と本件発明1の「連結用インク孔」とは、上記凹部にインクを導くために基板にあけられた孔である点で一致するから、引用例発明1の「インク供給口」を「連結用インク孔」と称することができる。
引用例発明1の「インクジェット記録ヘッド」と本件発明1の「インクジェットプリントヘッド」が同義であることはいうまでもない。
そうすると、本件発明1と引用例発明1とは、「基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、前記複数のオリフィスの各々に対応して前記基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、前記基板の前記一方の面から他方の面に向けて深さを持つように、前記基板の前記一方の面に形成され、前記複数の個別インク通路の各々と連通する凹部と、前記凹部にインクを導くために基板にあけられた連結用インク孔と、を有するインクジェットプリントヘッド。」である点で一致し、以下の各点で相違する。

〈相違点1〉本件発明1が、「基板」について「長尺上のSi基板」と限定し、「薄膜発熱抵抗体列」の配列方向を「基板の長手方向に沿って」と限定し、「凹部」について「基板の長手方向に沿って形成された溝」と限定しているのに対し、引用例発明1がかかる限定をしていない点。
〈相違点2〉「凹部」と「薄膜発熱抵抗体列」の位置関係について、本件発明1が「近傍」と限定しているのに対し、引用例発明1がかかる限定をしていない点。
〈相違点3〉本件発明1が「Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレーム」を有するとし、「連結用インク孔」が「共通インク溝」と「実装フレーム上の前記インク供給用通路」を連通する旨限定しているのに対し、引用例発明1がこれに相当する構成を有するかどうか明らかでない点。
〈相違点4〉「連結用インク孔」について、本件発明1が「共通インク溝の溝方向に沿って」「間歇的にあけられ」ている旨限定しているのに対し、引用例発明1ではその限定がない(実施例では1つしかあけられていない。)点。

4.本件発明1と引用例発明1との相違点の判断
(1)相違点1の判断
引用例発明1の実施例では薄膜発熱抵抗体は4個であるが、この個数を増大すれば薄膜発熱抵抗体列方向の長さが長くなるが、直交する方向の長さを長くすることは無意味であるから、個数を増大すればするほど基板は長尺状といえる形状になり、かつ薄膜発熱抵抗体列の配列方向が「基板の長手方向に沿って」となり、「凹部」が「基板の長手方向に沿って形成された溝」といえる形状となることは自明である。
すなわち、相違点1に係る本件発明1の構成のうち基板材料を除く構成は、薄膜発熱抵抗体数(及びオリフィス数)を相当程度増大させた結果必然的に至る構成にすぎないから、この構成の容易想到性の判断は、基板を長尺状と称してよい程度まで薄膜発熱抵抗体数及びオリフィス数を増大させることが容易かどうかの判断に帰することとなる。
薄膜発熱抵抗体数が大であるほど高速記録を行えることは当業者の技術常識である。引用例発明1自体も、高速記録を目的として発明されたものであり、引用例発明1はインク吐出応答周波数の改善との観点から高速記録を達成すべく発明されたものであるが、それとは別に1つの列のオリフィス数の増大によって高速記録が実現できる以上、引用例発明1における薄膜発熱抵抗体列を長くし、列内の薄膜発熱抵抗体数及びオリフィス数を多くすることは当業者が当然試みることである。いわんや、引用例1は本件出願のおよそ7年前に頒布された刊行物であり、「インクジェットプリントヘッド」がこの7年間に長足の進歩の進歩を遂げ、本件出願当時にはその進歩を踏まえた上で、更に高速記録に向けての技術開発が行われていたことに疑いの余地はない。そうであれば、本件出願当時に引用例1に接した当業者は、引用例発明1の薄膜発熱抵抗体数及びオリフィス数を「4」と理解するのではなく、その当時実現されている数に拡大して理解するのが必至である。
引用例2には、「記録ヘッド部をfull lineタイプで高密度マルチオリフィス化された記録ヘッドが容易に具現化できる」(2頁左上欄2〜4行)、及び「発熱抵抗層及び電極の設けられた基板上に、更に感光性樹脂を用いたフォトリソグラフィー法等によって、オリフィスと、該オリフィスに連通し、熱作用部を有する液流路を設けて、・・・本発明の液体噴射記録ヘッドの一例の主要部の内部構造を第7図に示す。・・・71はオリフィス、72液流路壁、73は第1の共通液室、74は第2の共通液室、75は第1の共通液室と第2の共通液室を連通する貫通孔、76は天板、77は液流路である。」(6頁右上欄14行〜左下欄6行)との記載があり、第7図では基板上に設けられた第1の共通液室73が長尺状といえる程度に細長く形成されている。
引用例4には、「1001はn個のオリフィス1002と図には示さないがそれぞれのオリフィスにノズル溝を持つ天板であり、ヒーターボード1003のn個の吐出ヒーターアレー1005とそれぞれ一対一の対応で組み合わさりノズルおよびインク液室を形成する。」(段落【0018】)、「ヒーターボードの構成(断面図)を示す基板1003はおもにシリコンを用いるがその他半導体を構成できる様な材料であれば良い。」(段落【0020】)、及び「1つのヒーターボード1003内にライン幅分のヒーターを配列してもかまわない。」(段落【0032】)との記載があり、1つのヒーターボード内にライン幅分のヒーターを配列した場合、基板が長尺状となることは明らかである。
そして、引用例発明1の基板を長尺状とするに当たり、そのことを困難ならしめる要因があると認めることもできず、引用例2及び引用例4の上記記載によれば長尺状の基板は本件出願当時既に実現されていたと認めることができる。したがって、相違点1に係る本件発明1の構成のうち基板材料を除く構成は、当業者が容易に想到できた構成である。

相違点1に係る本件発明1の構成のうち基板材料について検討する。引用例発明1は、基板材料をSiとするものではないが、Siとしていけない理由はない。そして、基板材料をSiとすることは周知である(例えば、引用例2、引用例4、引用例5又は引用例6を参照。)。また、引用例発明1の基板をSiとすることと長尺状とすることに技術的関連があると認めるべき理由もない。したがって、引用例発明1の基板としてSiを採用することは当業者にとって容易である。

特許権者は、平成15年1月14日付け特許異議意見書において、
「Si基板に溝深さを持つように共通インク溝を形成してSi基板の厚さを薄くすると、もともと機械的強度の弱いSi基板の機械的強度を益々弱くさせることになります。しかし、第1発明(決定注.本件発明1)のようにSi基板の長手方向に沿って共通のインク溝を形成することで、・・・長手方向(・・・)における機械的強度の低下を抑制することができます。・・・すなわち、特許明細書・・・に記載されるように、「長尺のSi基板であってもその機械的強度を損なうことなく製造でき」るといった顕著な効果が得られます。」、
「Si基板の機械的強度が損なわれないように、Si基板の力学的強度の異方性に着目してSi基板の長手方向に沿って共通インク溝を形成する構成、・・・を導き出すことはできません。」、及び
「引用例1に開示するような正方形あるいはこれに近い矩形形状の凹部を力学的強度の弱い「Si基板」に形成するのでは、基板厚さの薄い凹部の領域が基板面上で2次元状に広がり、・・・Si基板の力学的強度の維持を確保することはできません。したがって、引用例1の基板は、・・・Si基板を意図的に除外したものと考えるのが適切であり」(この主張は本件発明3に対する主張として述べられたものであるが、その趣旨は本件発明1にも当てはまるので、ここで検討する。)
などと主張する。
訂正明細書に「長尺のSi基板であってもその機械的強度を損なうことなく製造できる」(段落【0009】)と記載があることは事実であるが、機械的強度又は力学的強度に言及した記載はこの1箇所のみである。一般に機械的強度の弱い部材に対して機械的処理を行えば機械的強度を損なう可能性があることは常識といえることであり、訂正明細書には、製造に当たり機械的処理を行う旨の記載がなく、共通インク溝及び連結用インク孔形成も「フォトエッチングで形成する」(【請求項2】、段落【0024】)旨記載されていることからすれば、訂正明細書段落【0009】の上記記載は機械的強度を損なうような処理をせずに製造できることを意味するにすぎず、特許権者が主張するように、長手方向に沿って共通のインク溝を形成することで、長手方向における機械的強度の低下を抑制できると理解すべき理由はない。ところで、訂正明細書記載の「フォトエッチングで形成する」は、引用例1記載の「エッチングは、通常のICの製造工程で行われるホトリソグラフィーの手法を用いて行う事ができる。」と同旨である(引用例1には、インク供給口をフォトエッチングで形成する旨の記載はないが、フォトエッチングを採用できない理由もない。)。仮に、長尺のSi基板を採用することに機械的強度の点で困難性があるのだとすれば、本件発明1の構成又は本件発明1の製造工程に、その困難性を回避するための技術的特徴がなければならないところ、本件発明1の構成にそのような特徴がないことは明らかであり、製造工程にも特徴がないことは、訂正明細書に採用された製造工程が引用例1記載の工程と格別異ならないことから明らかである。
したがって、長尺のSi基板を採用することに格別の困難性があるということはできないから、上記特許権者の主張を採用することはできない。

以上のことから、相違点1に係る本件発明1の構成は、引用例発明1及び本件出願当時の当業者の技術常識・周知技術に基づいて、当業者が容易に想到できたものである。

(2)相違点2の判断
「凹部」と「薄膜発熱抵抗体列」が近い方が、インクをスムーズに供給できることは自明であるから、相違点(2)に係る本件発明1の構成は設計事項程度である。

(3)相違点3の判断
引用例1には特段の記載はないけれども、基板の面であって薄膜発熱抵抗体列の形成されていない面(これが本件発明1の「他方の面」である。)に実装フレームを装着することは通常であり、その場合インクの供給を確保するため、その実装フレームにインク供給用通路を設けることは必然である。念のため証拠をあげると、引用例3には、「基板2をヘッド支持板6上に載置して固着する。基板2およびヘッド支持板6には両者を連通する記録液供給口9,9’をあける。」(2頁右下欄5〜7行)との記載があり、ここにいう「ヘッド支持板6」が本件発明1の「実装フレーム」に相当するものである。
したがって、相違点(3)に係る本件発明1の構成も設計事項程度である。

(4)相違点4の判断
引用例発明1の基板を長尺状といえる程度まで薄膜発熱抵抗体数(及びオリフィス数)を増大させること、及び引用例発明1の「凹部」(インク貯蔵部)を「基板の長手方向に沿って形成された溝」といえる形状にすることが当業者にとって想到容易であることは(1)で述べたとおりである。引用例発明1の「インク供給口」は「インク貯蔵部」にインクを供給するものであるが、この「インク貯蔵部」が細長い形状となった場合に、長手方向長さよりも相当短い「インク供給口」が1つだけであっては、「インク供給口」から相当離れた位置の「インク貯蔵部」及びその付近の「吐出口」に円滑にインクを供給する上で支障を来すことは明らかである。特に引用例発明1が「インクリフィル性良好な、すなわち高吐出応答周波数を可能にするインクジェット記録ヘッドを提供する」ことを目的としている以上、すべての「吐出口」に円滑にインクを供給するためには、「インク供給口」を「インク貯蔵部」の形状に合わせた細長形状とするか、「インク供給口」を複数形成する(その場合、当然「間歇的」となる。)しかない。
そして、引用例2には、前記(1)で摘記した記載があり、第7図には、貫通孔75(本件発明1の「連通用インク孔」に相当する。)が、複数形成されたものが記載されている。
そうすると、相違点4に係る本件発明1の構成は、相違点1に係る本件発明1の構成を採用するに当たり、付随的かつ自然に採用する構成にすぎず、これも設計事項程度である。

(5)本件発明1の進歩性の判断
相違点1〜相違点4に係る本件発明1の構成を採用することによる作用効果も、当業者が予測できる範囲内であり、格別とはいえない。
したがって、本件発明1は、引用例発明1、引用例2〜3記載の発明、並びに本件出願当時の当業者の技術常識・周知技術に基づいて、当業者が容易に想到できたものである。

5.本件発明2の進歩性の判断
本件発明2は本件発明1に対して、「共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され」ていること、及び「連結用インク孔は、前記共通インク溝1つに対して複数個間歇的にあけられている」ことを限定するものである。
本件発明2(並びに請求項2を引用する本件発明4、本件発明5、本件発明7及び本件発明9)は「インクジェットプリントヘッド」の発明であって(請求項2を引用する本件発明10は、インクジェットプリントヘッドを用いた記録方法の発明である。)、インクジェットプリントヘッドの製造方法の発明ではない。そして、「フォトエッチング加工により」とは「共通インク溝」の製造工程を限定するものであるから、加工工程をもって本件発明2の構成(並びに本件発明4、本件発明5、本件発明7、本件発明9及び本件発明10の構成)とすることはできない。また、「少なくとも1つ以上」とは「0」でないことをいうだけであるから、実質的に何の限定にもならない。さらに、「連結用インク孔は、前記共通インク溝1つに対して複数個間歇的にあけられている」とは、共通インク溝が複数ある場合にのみ意味を有する限定であるが、請求項1及び請求項2にはその限定がないから、結局無意味な限定である。
したがって、本件発明1が当業者にとって容易想到である以上、本件発明2も当業者にとって容易想到である。
なお仮に、「フォトエッチング加工により」及び「連結用インク孔は、前記共通インク溝1つに対して複数個間歇的にあけられている」が意味のある限定であるとしても、上記結論に影響を及ぼすものではない。すなわち、引用例発明1自体、「凹部」(インク貯蔵部)は「フォトエッチング加工により」形成されており、引用例発明1の基板をSiに変更した際に、同加工が不可能又は困難となるわけではなく、前記4.(4)の判断は、1つの共通インク溝に対して連結用インク孔を複数とすることが容易想到である旨の判断であるからである。

6.本件発明3の進歩性の判断
詳細は省略するが、本件発明3と引用例発明1との相違点は、相違点2〜相違点4、「本件発明3が「基板」を「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」と限定し、「凹部」について「溝」と限定しているのに対し、引用例発明1がかかる限定をしていない点」(以下「相違点1’」という。)、及び「本件発明3が「Si基板の一方の面に形成され、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路」を有するのに対し、引用例発明1が同構成を有さない点」(以下「相違点5」という。)であり、その余の相違点は存在しない。
相違点1’に係る本件発明3の構成は、「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」とすることは以外は、相違点1に係る本件発明1の構成によって充足される構成である。そして、「Si基板」が「Siウエハの一部分を基板とした」ものであるか否かによって、製造された装置の発明及び同装置の使用方法の発明が異なると解することは困難であるから、進歩性の判断においてSiウエハの一部分を基板とすることの容易性を論ずる必要はそもそもない。仮にその必要性があるとしても、「Si基板」を得るに当たり「Siウエハの一部分」を用いることは、あまりにもありふれており、このことにより進歩性が生じることはあり得ない。
引用例4には、「本発明によれば、吐出ヒーターと、吐出ヒーターに電気的に接続された機能素子と、機能素子をシリアル画像データーに対応して選択的に駆動する集積回路と外部との電気接点とを同一基板に形成する」(段落【0011】)、及び「吐出ヒーター、機能素子、機能素子をシリアル画像データーに対応して選択的に駆動する集積回路と、外部との電気接点を同一基板上に形成する」(段落【0039】)との記載があり、ここでいう「吐出ヒーター」及び「集積回路」は本件発明3の「薄膜発熱抵抗体」及び「駆動用集積回路」に相当するものであり、これらが電気的に接続される以上、「吐出ヒーター」と「集積回路」は基板の同一面に形成されている。さらに、引用例4記載の基板がSiであることは、Si基板の周知例としてあげたとおりである。すなわち、相違点5に係る本件発明3の構成は、引用例4に記載された構成であり、同構成を引用例発明1に採用することは当業者にとって容易である。
相違点1’〜相違点5に係る構成を採用したことによる格別の作用効果が存すると認めることもできないから、本件発明3も当業者にとって容易想到である。

7.本件発明4の進歩性の判断
本件発明4は、本件発明3を「前記複数のオリフィスは、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられたオリフィス用フィルムにあけられ」及び「前記複数の個別インク通路は、前記オリフィス用フィルムと、前記Si基板の前記一方の面と、これらの間に介在する耐水性被覆材製隔壁とで形成され、前記薄膜発熱抵抗体列を駆動する前記駆動用集積回路デバイス領域の全面が、前記個別インク通路を形成する前記隔壁によって被覆されている」と限定するものである。
引用例発明1の「オリフィス板」は、「フィルム」であることを除いて本件発明4の「オリフィス用フィルム」と一致する。そして、引用例発明1の「オリフィス板」が厚すぎてはインクの吐出特性上不都合なことが明らかであるから、これをフィルムとすることは設計事項程度である。
引用例発明1の「インク流路壁」は本件発明4の「耐水性被覆材製隔壁」に相当するものであり、引用例発明1ではこの隔壁が感光性樹脂を露光・現像することにより形成されるが、基板に駆動用集積回路を形成する場合(これが容易であることは6.で述べたとおりである。)には、これを覆う部分を残すように露光することは設計事項程度である。
そして、上記限定事項による格別の作用効果を認めることもできないから、本件発明4も当業者にとって容易想到である。

8.本件発明5の進歩性の判断
本件発明5は、本件発明3又は本件発明4を、「前記駆動用集積回路が、シフトレジスタ回路およびドライバ回路を有し、外部からの信号に応じて順次連続して前記各発熱抵抗体にパルス通電することによってインク吐出を連続的に行う」と限定するものである。
「シフトレジスタ回路およびドライバ回路を有し」との構成について、「ドライバ回路」と「駆動回路」は英語と日本語の相違しかなく、通常の概念では「シフトレジスタ回路」は「ドライバ回路」の一環をなすものである。訂正明細書にも、「シフトレジスタ回路」と「ドライバ回路」との関係、及び「ドライバ回路」の詳細についての説明はない。そうすると、「シフトレジスタ回路およびドライバ回路」とは、シフトレジスタ回路を含むドライバ回路と解するのが妥当であり、それはインクジェットプリントヘッドの駆動回路としては周知であり(一例として引用例4を参照。)、これを引用例発明1に採用することは設計事項程度である。
また、薄膜発熱抵抗体数及びオリフィス数を増大させることが容易であることは4.で述べたとおりであるが、引用例4の「個別パッド18は吐出ヒーター1005に直結している為それぞれに大電流(・・・)が流れ、さらにVHパッドにはそのn倍の電流が流れることになりすべての配線が大電流が流れる電源ラインとなる。」(段落【0007】)との記載に照らせば、薄膜発熱抵抗体数及びオリフィス数を増大させた際には、大電流対策を講じる必要があることは当業者に自明である。
他方、大電流を回避するものとして、すべての薄膜発熱抵抗体を一斉に駆動するのではなく順次に駆動することは周知である(例えば、特開昭55-49270号公報、特開昭55-132256号公報又は特開平4-133752号公報参照。)ばかりか、引用例4の「ディレイ回路13はストローブ信号3の入力波形に対して、各ヒーター毎に任意にディレイを設定してある回路であり、このディレイ波形とラッチされたデータ信号の論理積を取りその出力としている。吐出ヒーターには、さらにこのディレイ出力と、イネーブル出力8の論理積を取ったものが入力される。」(段落【0027】)との記載も順次駆動を記載したものと認められる。したがって、「外部からの信号に応じて順次連続して前記各発熱抵抗体にパルス通電することによってインク吐出を連続的に行う」ことにも困難性を認めることができない。
そして、上記限定事項による格別の作用効果を認めることもできないから、本件発明5も当業者にとって容易想到である。

9.本件発明6の進歩性の判断
本件発明6を本件発明3との関係でいうと、本件発明3の「前記Si基板の一方の面に形成され、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路」を必須の構成とせず、代わりに「薄膜発熱抵抗体列」及び「オリフィス列」が「少なくとも2列」であることを必須の構成とするものである。
しかし、引用例5には、「第3図(b)は・・・図中符号31は記録ヘッド部全体を示し、32は前記の記録ヘッドの基板である。・・・35は、・・・液体をそれぞれの発熱素子へ供給する所のノズル37と、液滴を記録媒体(不図示)へ飛翔させる所の吐出口36を形成した記録液を封じこめるための天板である。」(3頁右下欄10行〜4頁左上欄3行)との記載があり、第3図(b)には吐出口列(本件発明6の「オリフィス列」に相当する。)が2列形成されていることが図示されている。引用例5には、発熱素子列(本件発明6の「薄膜発熱抵抗体列」に相当する。)が2列であることの直接的記載はないが自明である。そして、引用例5記載の上記構成を引用例発明1に適用することを阻害する要因は見当たらない。
特許権者は、平成15年1月14日付け特許異議意見書において、「引用例5では、第3図(b)等において溝方向および溝深さを持った共通インク溝が基板に形成されておらず」と主張するが、溝方向および溝深さを持った共通インク溝を基板に形成することと、「薄膜発熱抵抗体列」及び「オリフィス列」を「少なくとも2列」とすることに技術的関連があるとしなければならない理由はない。
したがって、本件発明6の上記構成は引用例5記載の発明に基づいて想到容易であり、上記構成による格別の作用効果を認めることもできないから、本件発明6も当業者にとって容易想到である。

10.本件発明7の進歩性の判断
本件発明7は、本件発明1〜5を「前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が1または2列設けられている前記Si基板を前記実装フレーム上に複数個並べて設けた」と限定するものである。
まず「オリフィス列が1または2列」との限定についていうと、引用例発明1のオリフィス列は1列であるから、引用例発明1との新たな相違点となるものではない。
また、「Si基板を前記実装フレーム上に複数個並べて設けた」との構成は、本件出願当時周知であり(例えば、引用例4又は引用例5参照。)、この周知の構成を引用例発明1に採用できない理由はない。
そして、上記限定事項による格別の作用効果を認めることもできないから、本件発明7も当業者にとって容易想到である。

11.本件発明8の進歩性の判断
本件発明8を本件発明3との関係でいうと、本件発明3の「前記Si基板の一方の面に形成され、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路」を必須の構成とせず、代わりに「前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、少なくとも被記録媒体上の記録幅と同じ長さ分、形成される」ことを必須の構成とするものである。
しかし、この限定構成は周知であり(例えば引用例4又は引用例5参照。)、この周知の構成を引用例発明1に採用できない理由もない。
そして、上記限定事項による格別の作用効果を認めることもできないから、本件発明8も当業者にとって容易想到である。

12.本件発明9の進歩性の判断
本件発明9は、「前記薄膜発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触するものである」ことを必須の構成としている。
特許異議申立人は、本件発明9は、引用例2〜引用例4及び引用例6記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できた旨主張していることは第3で述べたとおりであり、特に薄膜発熱抵抗体列がインクと直接接触するとの構成が、引用例6(特許異議申立人が提出した甲第7号証)により公知であると主張している。
確かに、特許異議申立人が主張するとおり、引用例6には「加熱状態変化を発生させる発熱体の材料としてTa-N-SiO2あるいはTa-SiO2を使用し、前記発熱体に電力を供給する薄膜回路の最表面層が該発熱体材料自身またはTiであり、該発熱体材料の一部分または全面が直接記録液に触れる」(1頁右下欄16行〜2頁左上欄1行)との記載があり、薄膜発熱抵抗体列がインクと直接接触するとの構成が引用例6に記載されていることは認められる。しかし、引用例6記載の薄膜発熱抵抗体列材料は「Ta-N-SiO2」又は「Ta-SiO2」であって、本件発明9の「Ta-Si-SiO合金」ではない。
特許異議申立人が提出した全証拠及び引用例1(回答書添付の参考資料)を精査しても、「薄膜発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触する」との構成を見出すことができない。
したがって、特許異議申立人が主張する理由及び証拠によっては、当業者が本件発明9を容易に発明できたということはできない。

13.本件発明10の進歩性の判断
本件発明1〜8が当業者にとって想到容易であること、特に先行するすべての請求項を引用する本件発明8が当業者にとって想到容易であることは既に述べたとおりである。
本件発明10は、請求項1〜9を引用しているから、請求項1〜8(特に請求項8)を引用するものを包含する。
そして、本件発明8は「オリフィス列が、少なくとも被記録媒体上の記録幅と同じ長さ分、形成される」ものであるが、これは1行の記録動作を同時又は極めて短時間に行う構成である。そしてかかる構成を有する場合に、記録媒体を等速搬送することは、レーザービームプリンタ等において普通に行われていることである。ちなみに、引用例4の「図17はそのヘッドユニット25を用いたライン記録装置を示す。・・・図17において201Aおよび201Bは記録媒体Rを副走査方向VSに挾持搬送するために設けた搬送手段としてのローラ対である。」(段落【0032】)との記載も、1行の記録動作を同時又は極めて短時間に行うとともに記録媒体を等速搬送することを示唆するものといえる。
すなわち、本件発明10は、本件発明1〜8(特に本件発明8)を使用する上で、極めてありふれた使用形態を限定したのすぎないものであるから、格別の作用効果もなく、当業者が容易に発明できたものである。

第5 むすび
以上のとおり、本件発明1〜本件発明8及び本件発明10は、当業者が容易に発明できたものであるから、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令205号)4条2項の規定により、これら発明の特許は取り消されなければならない。
他方、本件発明9の特許については、特許異議申立人が主張する理由及び証拠によっては、取り消すことができない。他に、本件発明9の特許を取り消すべき理由も発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
インクジェットプリントヘッド及びインクジェットプリンタの記録方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長尺のSi基板の一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝の溝方向に沿って前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッド。
【請求項2】
前記共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され、前記連結用インク孔は、前記共通インク溝1つに対して複数個間歇的にあけられている請求項1に記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項3】
Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、
前記薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の一方の面に形成され、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッド。
【請求項4】
前記複数のオリフィスは、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられたオリフィス用フィルムにあけられ、前記複数の個別インク通路は、前記オリフィス用フィルムと、前記Si基板の前記一方の面と、これらの間に介在する耐水性被覆材製隔壁とで形成され、前記薄膜発熱抵抗体列を駆動する前記駆動用集積回路デバイス領域の全面が、前記個別インク通路を形成する前記隔壁によって被覆されている請求項3に記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項5】
前記駆動用集積回路が、シフトレジスタ回路およびドライバ回路を有し、外部からの信号に応じて順次連続して前記各発熱抵抗体にパルス通電することによってインク吐出を連続的に行う請求項3または4に記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項6】
Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に少なくとも2列形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に少なくとも2列設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッド。
【請求項7】
前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が1または2列設けられている前記Si基板を前記実装フレーム上に複数個並べて設けた請求項1〜5のいずれかに記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項8】
Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有し、
前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、少なくとも被記録媒体上の記録幅と同じ長さ分、形成されることを特徴とするインクジェットプリントヘッド。
【請求項9】
前記薄膜発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触するものである請求項1〜8のいずれかに記載のインクジェットプリントヘッド。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載のインクジェットプリントヘッドを用いて、被記録媒体に記録するに際し、前記記録媒体を等速搬送させることを特徴とする記録方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、熱エネルギを利用してインク液滴を記録媒体に向けて飛翔させる形式のインクジェットプリントヘッドおよびこれを用いた記録方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
パルス加熱によってインクの一部を急速に気化させ、その膨張力によってインク液滴をオリフィスから吐出させる方式のインクジェット記録装置は特開昭48-9622号公報、特開昭54-51837号公報等によって開示されている。
【0003】
このパルス加熱の最も簡便な方法は発熱抵抗体にパルス通電することであり、その具体的な方法が社団法人、日本工業技術振興協会主催のハードコピー先端技術研究会(1992年2月26日開催)、またはHewlett-Packard-Journal,Aug.1988で発表されている。これら従来の発熱抵抗体の共通する基本的構成は、図8に示すように、薄膜抵抗体43と薄膜導体44を酸化防止層45で被覆し、この上に該酸化防止層45のキャビテーション破壊を防ぐ目的で、耐キャビテーション層46、47を1〜2層被覆するというものであった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
このような発熱抵抗体を用いた従来のインクジェットプリントヘッドはその製造技術面の制約から大規模なラインヘッドを実現することが難しく、ほとんど全てのインクジェットプリンタは縦に並んだ数十〜数百ノズルのヘッドを記録紙幅だけ横方向に走査して印字するシリアルタイプとなっている。このために記録速度は遅く、その改善は本分野の最大の開発課題となっていた。
【0005】
この開発課題に対して、2通りの解決方法が考えられる。一つはインク噴射の繰り返し周期を速くして記録速度を向上させる方法であり、他の一つはノズル数を多くして記録速度を向上させる方法である。本発明は、後者の具体的な解決策を提供するものである。即ち数千ノズル以上/ヘッドという大規模な高集積ヘッドを実現すると共に、その製造と組み立て実装方法についても容易に量産化できるようにするのが本発明の目的である。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記目的は、長尺のSi基板の一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された薄膜発熱抵抗体列と、この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝の溝方向に沿って前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッドによって達成される。
【0007】
ここで、前記共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され、前記連結用インク孔は、前記共通インク溝1つに対して複数個間歇的にあけられているのが好ましい。
また、上記目的は、Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、前記薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、前記Si基板の一方の面に形成され、前記薄膜発熱抵抗体列と接続される駆動用集積回路と、前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッドによっても達成される。
ここで、前記複数のオリフィスは、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられたオリフィス用フィルムにあけられ、前記複数の個別インク通路は、前記オリフィス用フィルムと、前記Si基板の前記一方の面と、これらの間に介在する耐水性被覆材製隔壁とで形成され、前記薄膜発熱抵抗体列を駆動する前記駆動用集積回路デバイス領域の全面が、前記個別インク通路を形成する前記隔壁によって被覆されているのが好ましい。さらに、前記駆動用集積回路が、シフトレジスタ回路およびドライバ回路を有し、外部からの信号に応じて順次連続して前記各発熱抵抗体にパルス通電することによってインク吐出を連続的に行うのが好ましい。
さらに、上記目的は、Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に少なくとも2列形成された薄膜発熱抵抗体列と、この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に少なくとも2列設けられた複数のオリフィスと、前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有することを特徴とするインクジェットプリントヘッドによっても達成される。
また、前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が1または2列設けられている前記Si基板を前記実装フレーム上に複数個並べて設けるのが好ましい。
また、上記目的は、Siウエハの一部分を基板としたSi基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記共通インク溝1つに対して前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔と、を有し、前記オリフィスを複数個配列したオリフィス列が、少なくとも被記録媒体上の記録幅と同じ長さ分、形成されることを特徴とするインクジェットプリントヘッドによっても達成される。
その際、前記薄膜発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触するものであるのが好ましい。
【0008】
また、上記目的は、前記インクジェットプリントヘッドを用いて、被記録媒体に記録するに際し、前記記録媒体を等速搬送させることによって達成することができる。
【0009】
【作用】
上記のように構成されるインクジェットプリントヘッドは、実施例で詳細に説明するように、個別インク通路へのインクの供給がSi基板内の共通インク溝から十分行われると共に、該Si基板内の共通インク溝への実装フレーム側からのインクの供給が実装フレーム内のインク溝(インク供給通路)からSi基板内にあけられた複数個の連結用インク孔を通して十分に供給でき、しかも、例えばラインプリンタ用ヘッドとしての長尺のSi基板であってもその機械的強度を損なうことなく製造できるようになるのである。これによって2次元的に配列された数千ノズル以上のインクジェットプリントヘッドが一体構造で製造することができ、1〜2万ノズルのフルカラー用小型ラインヘッドとこれを用いた超高速インクジェットカラープリンタさえ実現することができるのである。しかもこれらを駆動する制御用信号線と電源線の本数が10〜20本程度と大幅に削減されるので、例えばラインヘッドの接続実装が非常に簡略化され、ヘッドとプリンタの小型、低コスト化に大きく貢献するのである。
【0010】
すなわち、特願平5-68257号公報に記載のように、前記酸化防止層45と耐キャビテーション層46、47を不要とする発熱抵抗体、耐パルス性、耐酸化性、耐キャビテーション性、耐電食性に優れたCr-Si-SiOまたはTa-Si-SiO合金薄膜抵抗体とNiまたはWからなる薄膜導体のみから構成される発熱抵抗体を用い、上記構成のインクジェットプリントヘッドを用いることで、発熱抵抗体がインクと直接接触しているため、パルス加熱によるインクの急激な気化とそれによるインクの吐出特性が大幅に改善され、熱効率の大幅な改善(30〜60倍)と吐出周波数の向上を図ることができる。
【0011】
このように、従来技術に比較して、大幅に小さな投入エネルギでインク噴射が可能となるので、この発熱抵抗体を駆動用集積回路チップ上のデバイス領域に近接して形成しても、もはや駆動用集積回路デバイスを加熱して温度上昇をもたらすこともなく、非常に簡単な構成のモノリシックLSIヘッドを実現することができるようになった。この新しい技術によって、多くのインク噴射ノズルを持つオンデマンド型インクジェットプリントヘッドが高密度に集積化して製造することができるようになり、しかもその駆動を制御する配線本数が大幅に削減できるので実装方法も非常に簡略化することができる。
【0012】
【実施例】
以下、図面を用いて実施例を説明する。
【0013】
〔実施例1〕
A4フルカラーインクジェットプリンタ用一体型ラインヘッドのオリフィス側から見た正面図を図1に、その側面図を図2に示す。このヘッドには、例えば360dpi(ドット/インチ)の密度で3024ヶのオリフィスが配列されているオリフィス列、すなわちブラック用オリフィス列2-1、イエロー用オリフィス列2-2、シアン用オリフィス列2-3、マゼンダ用オリフィス列2-4が210mmの長さに総数12096ヶ並んでいる。このラインヘッドのオリフィス面が例えば下向きになるようセットし、オリフィス面から1〜2mm離してオリフィス列と垂直方向にA4用紙を等速走行させながらカラーインクを吐出させてフルカラー記録する。仮に、インクの吐出周波数を2kHzと遅くしても、約2秒でA4用紙へのフルカラー印刷が完了する。
【0014】
このような高速記録の場合、記録紙の搬送制御はステップ送りよりも等速送りの方が有利となるが、本発明のヘッドを用いればこの等速送りが可能となる。まず、消費電力についてであるが、3024ヶ/ラインの発熱抵抗体を一括駆動やブロック駆動すると薄膜導体、特に共通配線導体の通電容量を越える場合が多く、また、最大投入電力が大きくなるという問題点がある。これを効果的に避けるには、インクの吐出走査を連続化するという方法がある。すなわち、3024ドット/ラインを500μS(2kHz)の時間内で連続的に順次吐出させ、これを繰り返して等速搬送中の記録紙上に印字するのである。各ドットヘの印加パルス幅は、例えば1μSなので、吐出状態(パルス印加中)にあるドットは常に連続する6ドットまたはそれ以下となり、1ページ分の印字が完了するまでの2秒間、この動作が続くのである。このような記録モードで稼動させると、インク吐出に必要な1ドット当たりの投入電力は0.5W/dotなので、最大投入電力は3W以下という小さなものとなる(フルカラー記録の場合で12W以下)。なお、上記の例では吐出周波数を2kHzとわざわざ遅くしているが、これでもA4記録で20ppm(ページ/分)という高速記録となる。
【0015】
第2の問題は、上記のように連続送りの記録紙上にラインヘッドで連続走査記録すると、記録ラインが1ドット分だけ傾斜する。しかし、その量は360dpiの場合、60〜70μmと小さく、実用的には何ら問題となる量ではない。しかも2分割基板である本実施例の場合は更に小さく、30〜40μmとなっている。また、送行中の記録紙へのインク液滴の着地による変形量は約1μmであり、記録ドットサイズである60〜70μmφに比較して無視できる量である。
【0016】
一方、吐出走査の連続化は駆動回路を簡略化させる効果を生み出す。すなわち、従来のブロック駆動や一括駆動に必要であったラッチ回路が不要となり、シフトレジスタ回路とドライバ回路のみで発熱抵抗体を駆動させることができるようになる。そしてこれらの駆動に必要な配線本数も、データ線、クロック線、グランドが各1本と電源線が2本の計5本で済むことになる。
【0017】
このように、吐出走査の連続化と記録紙の等速搬送は、最大投入電力の大幅削減(1/2〜1/3化)、駆動回路の簡略化と低コスト化(約2/3化)、駆動制御に必要な配線本数の大幅削減(1513〜88本→5本)、技術的に非常に難しい高精度ステップ搬送を技術的に容易な等速搬送に変えても印字品質が劣化しない、等の非常に大きな効果をもたらす。なお、ここで述べた種々の数値の裏付けはこれから述べる文中で詳細に説明する。
【0018】
次にヘッドの構造について、図1のA-A’断面を示す図3をも参照しながら説明する。
【0019】
駆動用LSIが形成されているSi基板9上にインク噴射ノズル列を形成する一体型ラインヘッドは、ヘッド実装フレーム3上に、同一形状のインクジェットプリントヘッド基板(あるいは、単にヘッド基板という)1、1’を中央で突き合わせた配置でダイボンディングして組立られている。ヘッド基板1、1’はSi基板から作られているので、ヘッド実装フレーム3はSiの線膨張係数とよく一致している42アロイで製作し、加工後、Niメッキを全面に施して耐食性を付与してある。1/2サイズのヘッド基板1、1’を中央で突き合わせているのは、モノリシックLSIヘッドの製造がSiウエハを用いた半導体プロセスによって製造しなければならないことによっており、現時点では6インチウエハを用いても最大長140mm程度のヘッドしか得られないからである。このため、中央部で隣合うオリフィス間の距離をどこまでつめられるかでラインヘッドのドット密度が決定されており、量産を前提とした実用限界は約400dpiとなる。勿論、ヘッド基板1、1’をその基板の縦方向の幅(約8mm)だけずらして設けるようにすれば、この限界がなくなることはいうまでもない。
【0020】
ヘッド基板1、1’にはそれぞれ1512ヶのオリフィス2が4列並んでいるが、各列のオリフィス2に対応した1512ヶの発熱抵抗体16を駆動する信号線と電源線は前記のように5本となるので、4列分の20本を両端部でテープキャリアで接続し、ヘッド実装フレーム3の裏側に取付けられているコネクタ7、7’に接続、テープキャリアは押え金具4、4’でカバーして固定されている。ヘッド基板1、1’の幅は約8mmであるので、基板端でのテープキャリアの接続配線密度は約3本/mmとなり、接続実装技術としては容易なレベルのものである。一方、もし従来技術で本実施例と同様のヘッドを製作しようとすれば、片側のヘッド基板だけで約6000本のワイヤボンディングが必要となり、しかも複数列のオリフィスを越えて接続しなければならず、技術的に不可能であることが理解できよう。
【0021】
さて、インクの供給は6及び6’の各供給口から行われるが、図3に示すように、例えば供給口6-1からのブラックインクはまずヘッド実装フレーム3内に設けられているインク溝8-1に導かれる。これをB-B’断面図である図4で見ると、ヘッド実装フレーム3内のインク溝8-1と、これに平行に設けられているSi基板9内の共通インク溝11-1とは、Si基板9に間歇的にあけられている複数個の連結用インク孔10-1によって連通されており、必要かつ充分な量のブラックインクがSi基板9内の共通インク溝11-1に供給されるようになっている。すなわち、インク供給口6、6’から供給された4色のインクは、お互いに混色することなく、必要且つ充分な量のインクがそれぞれのSi基板内共通インク溝11に供給されるのである。
【0022】
次にC部拡大図である図5、及びこのD-D’断面図である図6を参照しながら説明する。Si基板内インク溝11-3に満たされたインクは、オリフィス2-3の一つ一つに対応して設けられている個別インク通路13-3に導かれ、発熱抵抗体16のパルス発熱によって瞬間的にオリフィス2-3からインク液滴となって飛び出し、オリフィス2-3の前面に置かれた記録紙(図示せず)にドット状の記録を行うのは通常のインクジェット記録装置と同様である。本実施例では、この発熱抵抗体16とこれに電流を供給する配線導体17、18に、本出願人の既発明(特願平5-68257号)に記載のCr-Si-SiO合金薄膜抵抗体とNi薄膜導体を適用し、それぞれの膜厚を約700Åと1μmとした。また、これら薄膜抵抗体16と配線導体17、18の下層には約1500Åの厚さのTa2O5耐エッチング層と約2μmの厚さのSiO2断熱層が形成されているが、ここに図示することを省略した。なお、薄膜抵抗体16の抵抗値は約1500Ωである。
【0023】
各薄膜抵抗体16に接続されている個別Ni配線導体18は、それぞれに対応したスルーホール接続部20を通して駆動用LSI12-3のコレクタ電極に接続されている。駆動用LSI12-3はシフトレジスタ回路とドライバ回路からなっている。そして1512個の発熱抵抗体を順次駆動するための制御用配線導体19は、各ドットの吐出に関する0、1信号を順次送るためのデータ線が1本、その時間を規定するクロック線が1本、ドライバ回路の電源線とLSIデバイスの電源線が各1本、これにグランド線の1本を加えた5本あればよいことになる。そして4色分の駆動制御用ペデスタル(Si基板9上に形成されている外部回路との接続パッド)20ヶがヘッド基板1、1’の端部に設けられているので、外部からの制御信号をコネクタ7、7’と接続用テープキャリア(図示せず)を通してこれら20ヶのペデスタルに送ってやればよいことは既に述べた通りである。
【0024】
Si基板9に約150μmの深さのSi基板内インク溝11をフォトエッチングで形成するためには、耐エッチング性に優れた無機レジスト(SiO2やSi3N4層)か有機レジスト(ポリイミド系)を用いれば可能である。そしてSi基板とヘッド実装フレーム3の間の連結用インク孔10はSi基板の裏面から同様にフォトエッチングして形成した。このようにして加工したSiウエハの表面に耐水性フィルムレジストを接着し、オリフィス対応個別インク通路13とSi基板内インク溝11の部分のレジストが除去されるように露光・現像した後レジストを硬化させて隔壁15とし、この上に厚さ約50μmのPETフィルム14を紫外線硬化接着剤で接着する。このPETフィルム14にオリフィス2を垂直にあけるのはドライエッチングによって行った。なお、前記耐水性フィルムレジスト15の代わりに耐水性能の優れたポリイミド材料を用いてもよい。これら耐水性被覆材15が駆動用LSIデバイスの全領域をカバーしており、水性インク等に対するパッシベーション機能も果たしている。このようにして加工したSiウエハを規定のサイズに切断加工し、図1に示したようにヘッド実装フレーム3に実装すればヘッドとして完成する。なお、Siウエハを切断加工する部分のフィルムレジストとPETフィルムは、フォトエッチ加工時に除去しておく方が切断加工性がよい。
【0025】
このようにして製作したヘッドに各インクを満たし、コネクタ7、7’より駆動信号を送って印字を行わせたが、この場合の駆動条件を表1にまとめてある。
【0026】
【表1】

【0027】
本実施例に採用したCr-Si-SiO合金薄膜抵抗体16/Ni薄膜導体17、18による保護層のない発熱抵抗体が、1μSまたはそれ以下という超短パルス通電加熱によって非常に効率のよいインクジェットプリンタ用ヒータとなることは本出願人の既出願(特願平5-68257号)に記した通りである。すなわち、従来技術による保護層を持つ発熱抵抗体に比較して、1ドット当りの必要印加エネルギは1/30〜1/60となり、インク吐出による熱流出を考えない場合でさえ、ヘッドの温度の上昇は、A4サイズ1枚印刷当り、最高(4色ベタ印刷)でも1℃以下という値にしかならない。印字に必要な投入エネルギが非常に小さい本実施例の場合、吐出インクが持ち出す熱エネルギの相対比が大きくなるので、A4フルカラー印刷を100枚連続印刷した場合のヘッド温度でも、その上昇は10℃以下という小さなものであった。これはヘッド実装フレーム3に自然放熱フィンを付加すれば、連続して高速印刷を行ってもなんら冷却したり温度制御する必要がないことを示している。これが従来技術の場合では、30〜60倍の投入エネルギのほとんど全てがヘッドの加熱に使われるので、本実施例のような高速連続印刷などを行うことが熱的な面からも困難であったのである。
【0028】
表1に示した駆動条件は、ヘッド基板1、1’に対しそれぞれの左端ドットから走査速度3MHzで順次連続駆動させるケースを示している。これと同じ印刷速度であるがもう一つの駆動方法として、ヘッド基板1、1’を一本のラインヘッドと見なし、その左端ドットから走査速度6MHzで順次連続駆動させるケースがある。この場合も上記走査速度以外は表1と全く同一条件で駆動することになるが、印字ラインの傾きが倍の60〜70μmとなることだけが印刷結果の相違点となり、どちらにしても実用上問題とならない量である。
【0029】
このようにしてフルカラー高速印刷した画像がカラー写真に近いプリントとなったことは言うまでもなく、特に記録紙の等速搬送記録が高品質画像を安価に得られる重要な手段となっていることを示した。なお、本実施例に示した高速連続印刷を実用レベルで実現するには印刷後のインクの高速乾燥手段を具体化する必要があったがそれらについては別の実施例で説明する。
【0030】
〔実施例2〕
本出願人の既出願(特願平5-68257号)で明らかにしたように、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体とNi薄膜導体からなる発熱抵抗体は実施例1で述べたCr-Si-SiO合金薄膜抵抗体とNi薄膜導体からなる発熱抵抗体とほとんど同一の特性を示す。そこで、前者の組合せからなる発熱抵抗体を用いて実施例1と同一の一体型ラインヘッドを作製し、同様の評価を行ったところ、表1に示す駆動条件でフルカラー印刷が実施例1と同様の画質で得られることが分かった。
【0031】
〔実施例3〕
本出願人の既出願(特願平5-68257号)に記したように、Cr-Si-SiOまたはTa-Si-SiO合金薄膜導体と共に用いる耐電食性に優れた薄膜導体としてはNiが最適材料である。しかしこれに次いで優れた耐電食性を示すW薄膜導体について、今回、Cr-Si-SiOまたはTa-Si-SiO合金薄膜抵抗体の薄膜導体として用いた発熱抵抗体の水中での信頼性試験を実施したところ、10億パルスの連続パルス印加試験に合格し、Ni薄膜導体と同等の性能を示すことが分かった。Niが強磁性材料であるため、その高速スパッタリング成膜に特別な強磁場マグネトロンスパッタリング装置が必要であり、半導体プロセスラインとは別のラインで処理する必要があるなどの製造上の制約がある。これに対し、耐電食性に若干劣るとはいえ、非磁性のWは通常のマグネトロンスパッタリング装置を用いて半導体プロセスと同一ライン内で処理することができ、電気抵抗もNiより小さいという有利な特性を持っている。実用寿命という点でも上記のように合格しているので、Niの代替材料として充分実用できることが分かった。
【0032】
〔実施例4〕
実施例1ではA4フルカラー用ラインヘッドの例を示したが、6インチウエハを用いればB4フルカラー用ラインヘッドが製造できることは説明するまでもないであろう。しかしこのようにノズルの集積度を高くし、更にノズルの集積密度を例えば600dpiにする場合に遭遇する大きな課題に歩溜りの問題がある。これを解決する基本的課題はSiプロセスの歩溜り向上と発熱抵抗体形成プロセスの歩溜り向上、並びにこれらの上に形成するノズル形成プロセスの歩溜り向上であることはいうまでもない。今一つは、集積度の低いヘッドを作り、この中の良品ヘッドをヘッド実装フレーム上に組み立て、結果的に集積度の高いヘッドを安価に作る方法がある。
【0033】
例えば図1に示すA4フルカラー用ラインヘッドを2mm幅の単色用ヘッド基板、すなわちオリフィス列が1列のものから作ることを試みた。Siウエハから単色用ヘッド基板を切り出す場合、フルダイシングを行ってその外形寸法の精度を±3μm以内に納めた。このようにして作った8本の単色用ヘッド基板をヘッド実装フレーム3上でそれぞれ突き合わせながらダイボンディングを行ったが、チップ間に接着剤が入ることもあってライン間の距離に組み立て誤差が発生し、両端に位置するライン間には最大20μmのバラツキがでることが分かった。そこでこの位置ずれをインク吐出のタイミングを制御することで補正する方法を採用し、実用的には4色一体型ヘッド基板との差の見られない画像を得ることができた。この補正量は組み立て誤差当り、ライン駆動のタイミングを7μS/μmだけずらせばよく、調整用テスト画像を用いる方法で容易に調整することが可能であった。
【0034】
〔実施例5〕
実施例1、2及び3についてはラインヘッドを前提に述べてあるが、A3サイズ以上の記録紙に印字する場合とか、A4サイズであっても集積度の低いヘッドで印字する場合、ヘッドを記録紙上で副走査方向に走査しながら印字する必要がある。特に印字速度が数ppmと遅くても安いプリンタが必要な場合は集積度の低い小型ヘッドを利用するのが有利となる場合がある。この場合でも、実施例1及び2で述べた構造のヘッドがそのまま利用でき、駆動制御用信号線の本数が5本/色と少ないことはヘッド周りの実装コストを大幅に削減する効果がある。なお、インク吐出を順次、連続して行うことによる印字の傾きは、ヘッドをその分だけ傾けて走査することによって容易に解決できるので必要に応じて採用すればよい。この場合はあらかじめ傾斜した配列でヘッド基板を作っておく方法を用いてもよい。また、吐出繰り返し周波数を最高の5kHzまで高速化するとか、本出願人の既出願(特願平5-68257号)に記載のポンピングヒータ採用による高速ヘッドとして印刷速度を速くすることも有効である。
【0035】
〔実施例6〕
実施例1で述べたインクジェットプリンタヘッドは、4色フルカラー用のラインヘッドであり、記録紙搬送速度を150mm/Sとした例である。この場合のインク吐出周波数は2kHzとわざと遅くしてあるが、これでも記録紙上のインクの乾燥が間に合わず、次に説明するようなインクの速乾手段を設ける必要がある。
【0036】
図7はそのインクの速乾手段を説明する横から見た断面図である。図7に示す31〜36は、本出願人の既発明(特開平4-166966号)と同種の記録紙加熱装置であり、自己温度制御機能を持つPTCサーミスタヒータ31によって記録紙28を一定温度に加熱して送り出す働きをさせている。この加熱装置はPTCヒータ31のキュリー点以上には昇温することがなく、ここでは150℃程度のキュリー温度のPTCヒータを用いて記録紙28を80〜90℃に昇温させている。また、加熱効率をよくするために加圧ローラ35で記録紙28を圧接搬送させているが、加熱搬送面が平坦なため、封筒なども「しわ」になることもなく加熱することができる。
【0037】
80〜90℃に加熱された記録紙28はベルト支持体23の周りを記録紙搬送速度と同期して摺動している記録紙搬送ベルト22上に搬送されてくる。この記録紙搬送ベルト22には約0.5mmΦの穴が3〜4mmピッチで縦横にあけられており、これとほぼ同ピッチで吸引穴24があけられているベルト支持体23の吸引ダクト25からの吸引で記録紙28が記録紙搬送ベルト22上に吸着されて搬送されるようになっている。ただし、記録紙搬送ベルト22がベルト支持体23に強く吸着されないよう、ベルト支持体23の表面は±100μm程度の凹凸を付けてある。このようにして、あらかじめ加熱された記録紙28が記録紙搬送ベルト22上に固定されてインクジェットプリントヘッド基板1の直下に搬送され、印字される。あらかじめ80〜90℃に加熱されている記録紙に付着したインクは急速に乾燥し、その水蒸気は吸引ノズル21から排気されてインクジェットプリントヘッド基板1に付着しないように配慮されている。この実施例では記録紙の搬送速度を150mm/Sとしているが、印字後0.3〜0.4秒で乾燥するので、図7のドライブローラ26から左側に排出された記録紙は通常の取扱いが可能であった。
【0038】
この実施例の特徴は、非常にコンパクトな加熱装置で急速且つ安全な加熱を実現したことにある。これをインク付着後の加熱によって乾燥させる場合を想定すると、非接触での急速加熱、すなわち赤外線加熱などの方法を採用する必要があるが、その大きさと安全性を考えると本実施例の数倍の規模となることは明らかである。なお、ヘッド1の表面のクリーニングなどのためには22〜27の記録紙搬送系を30mm程度左側に移動させるなどの対策が必要であるが、これらについては省略する。
【0039】
【発明の効果】
本発明によれば、高密度で且つ2次元的に配列された大規模な数のインク吐出用ノズルを持つインクジェットプリントヘッドを作ることができ、従来技術によるインクジェットプリンタの唯一とも言える欠点であった遅い印刷速度を飛躍的(10〜100倍)に改善することができる。しかも大規模な数のインク吐出用ノズルを駆動するLSIがシフトレジスタ回路とドライバ回路のみから構成されるという簡素化と、これらを制御する信号線と電源線の総数が基本的には5本ですむという大幅削減が可能となり、ヘッド製造コストを大幅に低減できる。そしてこれらは従来技術では製造の難しかったラインヘッドをも比較的容易に製造することを可能とし、等速搬送中の記録紙に連続印刷することを実現させ、記録紙搬送制御の容易化と消費電力の大幅削減、並びにヘッド温度の無制御化を達成した。
【0040】
また、記録後のインクの乾燥を高速化させたことは、インクジェットプリンタの高速印刷実現のためのもう一つの重要な基本技術をクリアしたことになる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の実施例となるインクジェットプリントヘッドの上面図である。
【図2】 図1の側面図である。
【図3】 図1のA-A´断面図である。
【図4】 図1のB-B´断面図である。
【図5】 図4のC部拡大図である。
【図6】 図5のD-D´断面図である。
【図7】 本発明の他の実施例となるインクジェットプリンタの側面図である。
【図8】 従来の発熱抵抗体を示す断面図である。
【符号の説明】
1はインクジェットヘッド基板、2はオリフィス、3はヘッド実装フレーム、4は押え金具、5は止めネジ、8は実装フレーム内インク溝、10は連結用インク孔、11は共通インク溝、13は個別インク通路である。
 
訂正の要旨 a.特許請求の範囲の請求項1に記載の「Si基板」を「長尺のSi基板」と訂正し、「薄膜発熱抵抗体列」を「このSi基板の長手方向に沿って形成された薄膜発熱抵抗体列」と訂正し、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」を「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された溝であって」と訂正し、さらに、「前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」を「前記共通インク溝の溝方向に沿って前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」と訂正する。
これに伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、明瞭でない記載の釈明を目的として、特許明細書第2頁第4欄第25〜42行目に記載の「Si基板」を「長尺のSi基板」と訂正し、「薄膜発熱抵抗体列」を「このSi基板の長手方向に沿って形成された薄膜発熱抵抗体列」と訂正し、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」を「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に、このSi基板の長手方向に沿って形成された溝であって」と訂正し、さらに、「前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」を「前記共通インク溝の溝方向に沿って前記Si基板に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」と訂正する。
b.特許請求の範囲の請求項2の「前記共通インク溝は少なくとも1つ以上形成され」は、「前記共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され」と、訂正する。これに伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との整合を図るため、明瞭でない記載の釈明を目的として、特許明細書第2頁第4欄第44〜45行目に記載の「前記共通インク溝は少なくとも1つ以上形成され」は、「前記共通インク溝は、フォトエッチング加工により少なくとも1つ以上形成され」と、訂正する。
c.特許請求の範囲の請求項3は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1、2、3をまとめ独立請求項とし、「Si基板」を「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」と訂正し、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」を「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって」と訂正する。これに伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、明瞭でない記載の釈明を目的として、特許明細書第2頁第4欄第46〜49行目に記載の「また、前記Si基板上の・・・のが好ましく」を、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1、2、3の内容をまとめ、「Si基板」を「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」と訂正し、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」を「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって」と訂正する。
d.特許請求の範囲の請求項6は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1、2、6をまとめ独立請求項とし、「Si基板」を「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」と訂正し、「Si基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列」を「Si基板の一方の面に少なくとも2列形成された薄膜発熱抵抗体」と訂正し、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」を「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって」と訂正する。これに伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、明瞭でない記載の釈明を目的として、特許明細書第3頁第5欄第10〜13行目に記載の「さらに、前記オリフィスを・・・2列形成されているのが好ましく」を、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1、2、6の内容をまとめ、「Si基板」を「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」と訂正し、「Si基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列」を「Si基板の一方の面に少なくとも2列形成された薄膜発熱抵抗体列」と訂正し、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」を「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって」と訂正する。
e.特許請求の範囲の請求項8は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1、2、8をまとめ独立請求項とし、「Si基板」を「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」と訂正し、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」を「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって」と訂正する。これに伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、明瞭でない記載の釈明を目的として、特許明細書第3頁第5欄第15〜18行目に記載の「また、前記オリフィスを・・・形成されるのが好ましい。」を、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1、2、8の内容をまとめ、「Si基板」を「Siウエハの一部分を基板としたSi基板」と訂正し、「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され」を「前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面から他方の面に向けて溝深さを持つように、前記Si基板の前記一方の面に形成された少なくとも1つ以上の溝であって」と訂正する。
f.特許請求の範囲の請求項9に記載の「前記発熱抵抗体列は、インクと直接接触するものである」を、「前記発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触するものである」と訂正する。これに伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との整合を図るため、明瞭でない記載の釈明を目的として、特許明細書第3頁第5欄第18〜19行目に記載の「前記発熱抵抗体列は、インクと直接接触するものである」を、「前記発熱抵抗体列は、Ta-Si-SiO合金薄膜抵抗体の列であり、インクと直接接触するものである」と訂正する。
異議決定日 2003-02-03 
出願番号 特願平5-90123
審決分類 P 1 651・ 121- ZD (B41J)
最終処分 一部取消  
前審関与審査官 藤本 義仁  
特許庁審判長 小沢 和英
特許庁審判官 津田 俊明
中村 圭伸
登録日 2001-07-19 
登録番号 特許第3212178号(P3212178)
権利者 富士写真フイルム株式会社
発明の名称 インクジェットプリントヘッド及びインクジェットプリンタの記録方法  
代理人 渡辺 望稔  
代理人 渡辺 望稔  

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