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審決分類 審判 一部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない B29C
審判 一部無効 1項3号刊行物記載 無効としない B29C
審判 一部無効 2項進歩性 無効としない B29C
審判 一部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 無効としない B29C
管理番号 1084535
審判番号 無効2000-35172  
総通号数 47 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1984-12-20 
種別 無効の審決 
審判請求日 2000-04-05 
確定日 2003-10-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第1893038号「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム及びその製造方法」の特許無効審判事件についてされた平成14年 9月25日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成14年(行ケ)第0561号平成15年 3月12日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第1893038号に係る発明の出願の経緯は、次のとおりである。
昭和58年 6月10日 本件出願(特願昭58-102713号)
平成 4年 3月23日 出願公告(特公平4-16330号)
平成 5年 6月28日 手続補正
平成 6年12月26日 登録
平成12年04月05日 無効審判請求(請求人)
平成12年05月18日 請求書副本送達
平成12年07月17日付答弁書(被請求人)
平成12年08月14日 上申書(被請求人)
平成13年01月04日 弁駁書(請求人)
平成13年01月25日付無効理由通知(当審)36条
平成13年04月09日 意見書
平成13年05月21日付審尋審判(対被請求人)
平成13年07月30日 審尋回答書(被請求人)
平成13年11月15日 上申書(被請求人)
平成14年 9月25日 「本件特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とする」との審決がなされた。
その後、東京高等裁判所に審決取消請求事件が提起され、その訴訟係属中の平成14年11月25日付けで訂正審判の請求がなされ、訂正2002-39247号事件として審理し、平成15年2月12日付けで訂正認容の審決がなされ、訂正認容の審決は確定し、その後、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成14年(行ケ)第561号、平成15年3月12日判決言渡)があったものである。

2.本件特許発明
上記したように訂正審判の請求が確定したので、本件特許第1893038号の訂正後の特許請求の範囲第1項に記載された発明(昭和58年6月10日出願、平成6年12月26日設定登録。以下「特許発明1」という。)の要旨は、平成14年11月25日付け審判請求書に添付された訂正明細書の記載からみて、訂正後の特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものである。
「 1.少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで、且つ炭化水素系可塑剤Bを添加して縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上に二軸延伸したものであって、初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上であることを特徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。 」

3.請求人の主張
これに対して、無効審判請求人(以下、「請求人」という。)は、本件訂正前の特許請求の範囲請求項1に記載された発明(以下、「訂正前の本件発明1」という。)の特許を無効とする、との審決を求め、その理由として、下記の甲第1号証ないし第5号証を証拠方法として提出し、
(1)炭化水素系可塑剤Bとして流動パラフィンを用いた場合、本件発明1の特許に規定する物性をもつ超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムが得られるか否かを確認する甲第5号証の実験報告書によれば、たとえ本件明細書の実施例の記載や他の技術的常識を参酌したとしても、当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえず、本件発明1の特許に係わる出願(以下、「本件出願」という)は、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない、
(2)訂正前の本件発明1は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であるか、若しくは甲第1号証乃至甲第4号証に記載された発明または事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は第2項の規定により特許を受けることができない、
ものであるから、訂正前の本件発明1の特許は、特許法第123条第1項第1号及び第3号の規定により、無効とすべきである旨主張する。
なお、請求人は、「訂正前の本件発明1の特許に係る出願は、特許法第36条第4項の要件を満たしていない」と主張するが、本件特許に係る出願は、昭和58年の出願であり、昭和60年法律第41号附則により改正前の法律が適用されるから、請求人の主張を上記のように認定した。

甲第1号証:欧州特許出願公開第0024810号明細書、および同訳文
甲第2号証:特開昭52-155221号公報、第4頁左下欄下段〜右下欄上段
甲第3号証:「Colloid and Polymer Science」、第258巻、第7号(1980年発行)、第891〜894頁、および同訳文
甲第4号証:欧州特許出願公開第0024810号明細書に記載された例13に関する平成12年2月1日付け実験報告書(作成者:東燃化学株式会社 技術開発センター 河野公一、滝田耕太郎)
甲第5号証:特公平4-16330号公報に記載された実施例1に関する平成12年2月1日付け実験報告書(作成者:東燃化学株式会社 技術開発センター 河野公一、滝田耕太郎)

4.被請求人の主張
一方、被請求人は、請求人の無効理由(1)及び(2)は、いずれも根拠を欠くものであり、失当である。その理由として、答弁書、回答書及び上申書等に添付された下記の乙第1号証ないし乙第11号証を証拠方法として提出し、
(1)甲第5号証の実験報告書を根拠として、訂正前の本件発明1に係るフィルムは、当業者が容易に実施できるように記載されていないから、本件出願は特許法第36条第3項の規定に違反するので訂正前の本件発明1は特許を受けることができないという請求人の無効理由(1)は根拠を欠くものであり、明らかに失当である、
(2)訂正前の本件発明1の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは甲第1号証に記載も示唆もされていない、甲第1号証に記載された発明とは全く相違するものであり、かつ甲第4号証は到底、甲第1号証の「欧州特許出願明細書(以下、EP特許という)の実施例13」の追試実験結果を記載した実験報告書とは言えないものであり、しかも、訂正前の本件発明1とは無関係の甲第2号証や甲第3号証を組合わせても、訂正前の本件発明1を何ら予測し得るものではないから、訂正前の本件発明1は、本件出願前に頒布された甲第1ないし第4号証の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない、
旨主張する。

(答弁書提出時)
乙第1号証 : 平成12年7月7日付け実験報告書(三井化学株式会社 高分子研究所フイルムグループ 主席研究員 八木和雄、主任研究員 橋本暁直)
乙第2号証 : 2000年7月12日付宣言書(写し)(英国ブリストル大学物理学部助教授 ピーター・ジョン・バーハム博士自署)

(意見書提出時)
乙第3号証:2001年4月6日付け鑑定意見(作成者 九州大学大学院工学研究院長 工学府長工学部長 工学博士 梶山千里、添付書類:化学総説No.8,P21-37(1975))
乙第4号証:平成13年4月4日付実験報告書(三井化学株式会社 高分子研究所フィルムグループ 主席研究員 八木和雄、橋本暁直)

(平成13年7月30日付回答書、平成13年11月15日付上申)
乙第5号証:『岩波 理化学辞典 第3版増補版』1126頁(写し)
乙第6号証:『広辞苑』2300頁(写し)
乙第7号証:『プラスチック大辞典』314頁(写し)
乙第8号証:『化学大辞典』2270頁(写し)
乙第9号証:「通産省公報No.13504」、通商産業調査会、14頁、平成8年2月20日発行(写し)
乙第10号証:特許庁編「平成6年改正特許法等における審査及び審判の運用」、社団法人発明協会、目次及び29頁〜37頁、平成7年6月28日発行(写し)
乙第11号証:2001年11月1日付東京工業大学 教授 工学博士 奥井徳昌作成鑑定意見、(添付書類:「化学繊維の紡糸とフィルムの成形(II)157頁〜161頁、「高分子概論」195頁〜207頁、215〜220頁、参考資料:鑑定意見者(奥井徳昌)経歴)

5.証拠の記載事項
甲第1号証:
甲第1号証は、「高分子量結晶性重合体ゲルから溶剤を除去する方法及びそれから製造する成形品」に関するものであって、
ア.「微結晶形成能を示す一般的重合体はポリ(エチレン)、ポリプロピレンなどのポリオレフィン、ポリ(ヒドロキシブチラート)-以下PHBという-を含む高分子量ポリ(エステル)、ポリ(アミド)、・・・である。」(訳文第4頁9〜13行)
イ.「重合体の分子量は、鎖長に沿って少なくとも3個の結合点をもつ重合体鎖をかなりの数許容する(これはゲル形成に必要な限界である)に十分な長さの鎖を提供するのに十分大きい分子量であるべきである。・・・例えばポリ(エチレン)、ポリ(プロピレン)及びポリ(テトラフルオロエチレン)などでは、分子量は何も問題ないほど十分に高い。こうして、上記物質は0.5×106又はそれより大きい平均分子量で一般に入手可能であり、・・・ポリ(アミド)例えばナイロン66又はポリエステル例えばポリ(エチレンテレフタレート)の品種は、繊維を調製し又は成形品に注入成形するために入手可能であるが、一般的に0.1×106より小さい平均分子量を有している。そして、形成されるゲルは実際に顆粒でありそして高分子量物質によるゲルよりもかなり劣る機械的不完全性があるので、本発明による成形品の製造に使用するにはかなり劣っている。」(第4頁18行〜第5頁6行)
ウ.「本明細書に開示の手順により結晶性重合体から形成したゲルは通常、溶剤が、重合体物質とゆるやかに結びついておりそして伸びたゲルから容易に抜き出されるものである。こうして、溶剤液体に懸濁されていたとしてもポリ(エチレン)ゲルは約2日間を越えて重合体とはじめから結びついていた溶剤の50%を排出する。このゲルの脱溶剤自由な特性はゲルに応力をかける処理によって成形品を製造するのに理想的に適したものにゲルをつくり上げる。こうして、ゲルを単純に相対する2表面間で押圧して溶剤を実質的に除去して重合体薄膜を残すことができる。他方、かなり激しさの少ない応力を用いて溶剤を排出可能である。ポリ(エチレン)ゲルから繊維を延伸するなどゲルの延伸で発生する内部応力は溶剤の実質的量を絞り出させるのに十分である。規則的変形処理では溶剤の一部だけを除去することが望ましい。というのは、繊維又は薄膜上の製品に別途加工するのに1部分残った溶剤は有益だからである。こうして、本質的に全ての溶剤を押圧で除去した薄膜はたぶん極僅かな量の溶剤の存在のために、室温で一軸延伸されてもとの長さの1000〜1500%の伸び率にすることが可能である。他方に於いて、この同じ薄膜(所望ならば真空炉での)は、室温で脆い。しかしながら例えば乾燥させて溶剤を全て除去した製品は、重合体の溶融温度に至る高温で容易に製造可能である。これらの処理が重合体は配向する段階を含んでいる場合には、物理特性に於いて、顕著な改良が結果し重合体の溶融処理又は単結晶沈殿処理のような別の形の重合体処理によって配向されたものよりも優れている。」(第9頁11行〜第10頁1行)
エ.「例13 `Hostalen´GUR(高分子量線状ポリエチレン)(3g)を還流してキシレン(400ml)に溶解した。高温溶液を20cm径ペトリ皿にたらした。(中略)冷却すると、最初は溶剤が占めていた容積の殆どをゲルが占めて形成した。上向きの皿においてゲルに対して孔あきスクリーンを押圧してゲルから溶剤を除去した後、引き続いて、空気中で8時間乾燥させた。得られた生成物は、いくらか繊維材料の存在を示す脆性の白色シートであって、50〜100μmの厚さを有した。赤外分析は、キシレンが存在しないことを示した。乾燥されたシートから正方板状サンプル(6cm×6cm)を切り出して120℃の温度で二軸延伸した。両方の方向に同時に3:1の倍率でサンプルを延伸した。サンプルの薄肉部は、高い延伸倍率の適用を妨げた。延伸フィルムは、透明であったが、未延伸シートの繊維質特性のために不均質であった。この方法で調製した8枚のフィルムの平均厚さは、8.35μmであり、しかも、平均弾性率は、2.4±0.6GN/m2であった。これらの数値は、溶融して調製した普通の線状高密度ポリエチレンフィルムに比べてかなり高いものであるが、もっと厚い原反シートを用いてもっと高い延伸倍率で延伸すると、さらに高い数値が得られると予想される。」(同訳文第19頁第16行〜第20頁第3行;欧州特許出願公開明細書)
と記載されている。

甲第2号証:
甲第2号証は、繊維状重合体結晶の連続製造方法及びその装置に関するもので、
オ.「本発明は、流動溶液中で種結晶を縦方向に成長させ、成長速度に等しい平均速度で、結晶性重合体の溶液から成長中の重合体フィラメントを取り出すことにより、結晶性重合体の溶液からフィラメント状重合体結晶を連続的に製造する方法に関する。」(第2頁上左欄16行〜同頁上右欄1行)
カ.「線状ポリエチレンをp-キシレンに溶解して0.5%溶液に調製した。このポリエチレン(商品名、ホスタレンGUR)の特性は、次の通りであった。
135℃でデカリン中の固有粘度:15dl/g(浸透法による)数平均分子量 Mn=10×10,000(135℃、α-クロロナフタレン中の光分散による)重量平均分子量 Mw=1.5×1,000,000ポリエチレン溶液を、耐酸化剤・・・で安定させ、すべての実験を純粋な窒素ふん囲気下で行なつた」(第4頁下左欄17行〜同頁下右欄7行)
と記載されている。

甲第3号証:
甲第3号証は、溶液からキャストされた高分子量ポリエチレンの超延伸に関するもので、
キ.「高分子物質の究極の機械的特性は、巨大分子の分子量、延伸及び整列に依存するということが長い間にわたり認識されてきた。・・・押出成型物を延伸することにより配向させることは、一見有利であるように思われる(1-3)。ポリマーの融点以下の温度では失敗している。これは、主にこれらの高分子量物質の高い粘性に起因するためであり、この結果、延伸されると、破断を起こす。・・・例えば、2重量%のデカリン溶液から紡糸することにより得られたポリエチレン繊維は、120℃の温度、・・・30倍の延伸倍率に容易に延伸することができた。・・・ポリエチレン繊維の溶融結晶化された物資は、同じ様な延伸条件下では、僅か5倍にしか延伸することができなかった(3,6,7)。」(訳文第1頁下から21〜下から8行)
ク.「数平均分子量が2×l05、重量平均分子量が1.5×106の高分子量ポリエチレンであるHostalen・GURが用いられた。緻密に詰められた粉末は、160℃で0.16mmのシートに圧縮成形された。これらのフィルムは、室温に冷却され固形化された。・・・上記と同じポリマーのフィルムは、同じポリエチレンを溶解する2重量%のデカリン(・・・)溶液からキャスティングすることによりフィルムを調製された。・・・ゲルから室温で溶媒を蒸発させると、厚さ0.14mmのポリエチレンフィルムが得られたが、そのフィルムは、依然として4重量%のデカリンを含有していた。・・・エタノールで抽出することにより除去した。」(訳文第2頁2〜15行)、
ケ.「溶液キャスト法で得られたフィルムは、延伸倍率の増加に伴って引張り強度、弾性率等の機械的特性が向上し、現在のところ、46倍までの高延伸倍率の達成が可能である旨(第893頁右欄第51行〜58行、同訳文第5頁第13行〜19行)、および溶液キャスト法で得られたフィルムを6倍に延伸した場合の引張り強度と弾性率は、それぞれ0.6GPaと13GPaであるのに対し、40倍に延伸した場合の引張り強度と弾性率は、それぞれ3.0GPaと108GPaである旨(第893頁右欄第51行〜56行、同訳文第5頁第13行〜16行、および第894頁上欄の表1、同訳文第6頁第1行〜7行)
と記載されている。

甲第4号証(以下、実験報告書1という):
甲第4号証は、甲第1号証(欧州特許出願公開第0024810号明細書)の例13に開示された高分子量線状ポリエチレン2軸延伸フィルムの初期弾性率と破断強度を測定することを目的として実施した実験の報告書であって、
コ.「(1)乾燥シートの調製 ▲1▼高分子量線状ポリエチレンとして、ヘキスト社(現、セラニーズ社)製のHostalen GUR4120(注)3grを、120℃にて還流してキシレン400mlに溶解した。・・・室温にて、48時間乾燥させた。得られた生成物は、脆性白色シートで、50〜100μmの厚さを有していた。この乾燥シート(脆性白色シート)中のキシレンの存在の有無を・・・結果、キシレンの存在が確認できなかった。(2)二軸延伸フィルムの調製 ・・・正方板状物(9.5cm×9.5cm)を切り出し、・・・同時に、3:1(3×3の延伸倍率(縦×横))の比率まで、供試体を延伸し、二軸延伸フィルムを得た。(3)二軸延伸フィルムの評価 初期弾性率っは、・・・10-4sec-1(0.006min-1)、ASTM D 882に準拠した0.1min-1、及び特公平4-16330号公報の第5頁に記載された実施例1と同様の0.25min-1の3通りの伸張速度にて求めた。また、破断強度は、・・・2通りの伸長速度にて求めた。評価回数(n数)は3とした。3枚のフィルムの平均厚さは、5.5μm・・・であった。・・・(注)・・・「欧州特許出願第0024810号の出願がなされた当時、Hostalen GURの標準銘柄はHostalen GUR412であり、Hostalen GURの物性や性能を検討している文献等で単にHostalen GURと引用されていたら、それはHostalen GUR412を指していると解釈できる。また、当時のHostalen GURにはいくつかの銘柄があるが、その中で最も極限粘度[η]が小さい銘柄はHostalen GUR412であって、その極限粘度[η]は約19dl/gである。・・・銘柄番号が3桁から4桁に変更されたが、・・・Hostalen GUR4120になった。・・・極限粘度[η]を実測ったところ、18.5dl/gであった。」(第2頁17行〜第4頁1行)
サ.「6.実験結果 初期弾性率は3通りの伸長速度にて求めたが、その結果の数値に大きな差異が認められなかったため、・・・例1と同様の10-4sec-1(0.006min-1)の伸長速度にて求めた値を表1に示した。また、破断強度は2通りの・・・大きな差異が認められなかったため、特公平4-16330号公報の第5頁に記載された実施例1と同様の0.25min-1の伸長速度にて求めた数値を表1に示した。・・・平均初期弾性率は、2.25×104kgf/cm2であり、・・・平均引張破断強度は、1,780kgf/cm2であった。」(第4頁2〜15行)

甲第5号証(以下、実験報告書2という):
シ.「1.実験目的 特公平4-16330号公報の第5頁に記載された実施例1に準じた実験例を、同公報の方法で追試して、二軸延伸フィルムを得た上で、該二軸延伸フィルムの評価を行い、・・・初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910以上になるかを調査・確認する。」(第2頁1〜5行)
ス.「(1)二軸延伸フィルムの成形 ▲1▼樹脂組成A、B、C 超高分子量ポリエチレン(粘度平均分子量235万、極限粘度[η]15.8dl/g)・・・、高密度ポリエチレン(重量平均分子量35万、極限粘度[η]4.0dl/g)・・・樹脂ブレンド物Aを用いた。この樹脂ブレンド物Aの極限粘度[η]7.05dl/gである。また、・・・さらに、超高分子量ポリエチレン・・・のみの樹脂Cを用いた。」(第2頁16〜29行)
セ.「▲2▼炭化水素系可塑剤 流動パラフィンA(粘度51cSt@40℃,比重0.862)及び流動パラフィン(粘度93cSt@40℃,比重0.865)を用いた。これらの流動パラフィンA,Bの沸点は、いずれも超高分子量ポリオレフィンの融点よりはるかに高い。」(第2頁30行〜第3頁4行)
ソ.「▲3▼樹脂組成物 上記樹脂ブレンド物A・・と炭化水素系可塑剤として流動パラフィンA又は流動パラフィンB・・との配合割合を種々変えた樹脂組成物7種・・・樹脂C・・と・・・流動パラフィンB・・・との樹脂組成物7種を用いた。」(第3頁5〜12行)
タ.「▲4▼二軸延伸フィルムの成形 上記樹脂組成物を二軸混練機(TEX54)で、温度200℃にて混練し、ダイから溶融押出し又はプレス温度190℃でプレス成形して、厚み0.8〜1.5mmの均一なシートを得た。・・・延伸温度90〜120℃の条件、5×5倍の延伸倍率(縦×横)で、二軸延伸し、均一な厚さの二軸延伸フィルムを得た。」(第3頁13〜18行)
チ.「8.まとめ ・・・炭化水素系可塑剤として流動パラフィンを用いた場合には、使用流動パラフィンの種類等を適宜選択しても、決して、特許請求の範囲で規定された、二軸延伸フィルムの初期弾性率が7300kg/cm2以上となるものではないと判明した。」(第5頁下から5行〜第6頁第2行)

当審注:なお、丸囲み数字は、▲▼付き数字で表現した。

6.当審の判断
6-1.特許法第36条違反について
(1)無効理由通知で指摘した特許法第36条違反の点について
当審で通知した無効理由通知の概要は、「本件特許明細書の発明の詳細な説明が、上記本件特許発明を当業者が容易に実施できるように記載されているものとは認められない」というものであり、訂正の審判請求により本件発明1は炭化水素系可塑剤Bを添加して二軸延伸することを明確に規定しており、上記無効理由通知の理由は解消されたものと認められるので、無効理由通知で特許法第36条第3項の規定に違反していると指摘した点については理由がないものと認められる。

(2)無効審判請求で指摘された第36条第4項(注:第3項(昭和60年法)の誤記)について
無効審判請求における主張は、概略以下のとおりである。
実験報告書2(甲第5号証)によれば、流動パラフィンを使用した場合には、初期弾性率が7300kg/cm2以上の高分子量線状ポリエチレン2軸延伸フィルムが得られないことが判る。本件の明細書は、炭化水素系可塑剤Bとして流動パラフィンを使用したときには、たとえ本件明細書の実施例の記載や他の技術的常識を参酌したとしても、当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえず、結局のところ、本件出願は、特許法第36条第4項に規定する要件を具備していないといわざるを得ない。
先ず、本件特許明細書第6頁5行〜第9頁16行には、炭化水素系可塑剤Bについて具体的に例示すると共に、備えるべき条件等が具体的に記載されている。さらに、超高分子量ポリオレフィンAとして超高分子量ポリエチレンを選択した場合には、炭化水素系可塑剤Bとして相溶性の点から好ましいとしているパラフィン系ワックスを用いた、発明の実施の形態が実施例1〜4として具体的に記載されている。このように特許明細書には、当業者が超高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルムの本件発明1を容易に実施し得いる程度に記載しているものと認められる。
また、実験報告書2には、実施例1に準じて追試された実験例であると記載しているが、上記摘示記載シ.〜チ.によれば、樹脂組成物(樹脂ブレンド物)は、高密度ポリエチレン極限粘度[η]4.0dl/gのものをブレンドしたもので、本件明細書には極限粘度[η]が5dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンと記載されているにもかかわらず、極限粘度を満足するものではないだけでなく、わざわざブレンド物を選択するなど実験結果が満足しないように、故意に実験条件が設定されていると取れるものであり、この点のみをしても実施例1に準じた追試とは認められない。
さらに付記するならば、炭化水素系可塑剤Bとして選択した流動パラフィンについて確かに融点40℃以上という条件は満たすものの、本件明細書にはその他の条件として超高分子量ポリオレフィンに混合して混合物のMFRが規定した範囲内に入らないと超高分子量ポリオレフィン本来の特徴である優れた特性を発揮できない虞があるとしているにもかかわらず、混合物のMFRを明記することもなく、また、二軸延伸フィルムの製造にしても、混練温度、溶融押出温度、シートの厚みなどの条件が異なるとともに、二軸延伸フィルムの厚みも明記するところがなく、実施例1に準じた追試というにはほど遠い実験内容である。
実験報告書2を根拠に、特許請求の範囲で規定された、二軸延伸フィルムの初期弾性率が7300kg/cm2以上となるものではないとしているが、上述したように実験報告書2に記載された追試自体信用できないものであり、これを根拠にして明細書の記載が当業者が容易に実施し得る程度に記載されていないとすることはできない。

6-2.特許法第29条違反について
(1)特許法第29条第1項第3号について
本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明と対比すると、両者は、「高分子量ポリエチレンを原料とし、縦方向と横方向とに延伸してなる高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルム」の点で一致し、
相違点1:本件特許発明1は「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリエチレン」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では極限粘度について特に明記されておらず、高分子量ポリエチレンであるHostalenGURを使用することが記載されている点、
相違点2:本件特許発明1は「炭化水素系可塑剤Bを添加して縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上(以下、延伸倍率5×5以上という)に二軸延伸したもの」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では溶液キャスト法によりシートを形成し、縦方向の延伸倍率が3倍及び横方向の延伸倍率が3倍(以下、延伸倍率3×3という)に二軸延伸したものである点、(当審注:下線部は当審が付記した)
相違点3:本件特許発明1は当該二軸延伸フィルムが「初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上である」と特定されているのに対し、甲第1号証に記載された発明では、弾性率が2.4±0.6GN/m2と特定するのみで、破断強度については特に規定していない点
で相違している。
甲第1号証に記載の発明は、縦方向の延伸倍率が3倍及び横方向の延伸倍率が3倍に二軸延伸したものであって、縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上に二軸延伸したものについては記載されていない。
したがって、実験報告書1を参酌して、上記相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲第1号証に記載されているものとはいえない。
実験報告書1に記載されている実験内容は、試験サンプルの作成過程において、乾燥条件が異なり、脆性白色シートとの記載はあるが繊維材料の存在を示す記載も未延伸シートの繊維質特性のために不均質であった旨の記載もないものであり、また、乾燥されたシートから切り出すサンプルの大きさも、延伸フィルムの厚さも異なる。そして、測定条件において、初期弾性率、破断強度を求める伸長速度についても、甲第1号証の例13には明記されていないことから、それぞれ、甲第1号証の他の例の伸長速度と本件特許発明1の実施例1の伸長速度を利用して測定している。
このように、実験報告書1は甲第1号証の忠実な追試とは認められないから、実験報告書1に記載の甲第1号証に記載された例13の二軸延伸フィルムについての初期弾性率、破断強度を参酌することはできない。

(2)特許法第29条第2項違反について
本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明と対比すると、上記(1)に記載したと同様の、一致点及び相違点1〜相違点3の相違点がある。
上記相違点について、検討する。
相違点1について
甲第2号証(1977年出願)を提示してHostalenGURという商品名のポリエチレンの135℃でデカリン中の固有粘度は、15dl/gである旨が明記されており、また、甲第1号証についての実験報告書1中で、超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムの原料樹脂として1979年当時の甲第1号証記載のHostalenGURが、本件特許発明1(1983年出願)の極限粘度を満足するものと解することができるので、両者は相違点1で実質的に差異があるとは認められない。
相違点2について
延伸倍率により延伸フィルムの初期弾性率、破断強度、及び延伸状態によるフィルムの状態が異なることは明らかであり、甲第1号証の延伸倍率3×3の二軸延伸フィルムは、延伸倍率5×5以上の二軸延伸フィルムとは相違するものであるから、本件特許発明1は甲第1号証に記載された発明とは認めることができないことは上述のとおりである。
ところで、甲第1号証の前記摘示記載エ.には「これらの数値は、溶融して調製した普通の線状高密度ポリエチレンフィルムに比べてかなり高いものであるが、もっと厚い原反シートを用いてもっと高い延伸倍率で延伸すると、さらに高い数値が得られると予想される。」と記載されているが、ここにいうさらに高い数値とは「弾性率」のことであることは明らかであり、甲第1号証に記載された発明において全く記載も示唆もされていない「破断強度」をも意味するものとは解することができない。
また、二軸延伸フィルムでは、縦横方向に延伸処理するため引張強度は増加するが破断強度は一般的に低下するもので、延伸倍率の増加と共に単純に増加するものとは認められず、甲第1号証に上記記載があるからといって、延伸倍率5×5以上の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムが得られるとの記載とも示唆するものとも認められないし、得られるとの保証もない。
してみると、甲第1号証の上記摘示記載の延伸倍率3×3のものをもって、延伸倍率5×5以上のものが示唆されているとは認められないから、上記相違点2の点が当業者が容易になし得たものとすることもできない。
相違点3について
甲第1号証の例13の追試として実験報告書1(甲第4号証)を提示しているが、延伸倍率が3×3の二軸延伸フィルムであって、本件特許発明1の二軸延伸フィルムとはこの点で既に相違している。
そして、上記相違点2で触れたように、破断強度が本件特許発明1に特定されている数値の延伸倍率5×5以上のものが製造でき得るのか、実験的に証明できるにも係わらず、例13の延伸倍率3×3の二軸延伸フィルムのみの追試しか行わず、しかも、その追試は乾燥条件が異なり、脆性白色シートとの記載はあるが繊維材料の存在を示す記載も未延伸シートの繊維質特性のために不均質であった旨の記載もない未延伸シートであって、乾燥されたシートから切り出すサンプルの大きさも、延伸フィルムの厚さも異なるもので、初期弾性率、破断強度を求める伸長速度についても、甲第1号証の例13には明記されていないことから、それぞれ、甲第1号証の他の例の伸長速度と本件発明の実施例1の伸長速度を利用して測定している。
このように、実験報告書1に記載の実験は、甲第1号証に記載された例13の二軸延伸フィルムの初期弾性率、破断強度を忠実な追試条件で測定しているものとは認められないので、甲第1号証の二軸延伸フィルムが上記相違点3の物性を示すことを証明するものとは認められない。
したがって、上記相違点3の点でも、本件特許発明1は甲第1号証に記載された発明と相違し、また、相違点3の物性の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムが得られるとする記載も示唆も認められないし、上記相違点3について他の証拠を検討しても、上記相違点3の物性の二軸延伸フィルムが得られるとする証拠もないことから、上記相違点3の点が当業者が容易になし得たものとすることもできない。
そして、甲第3号証は溶液キャスト法で得られた高分子量ポリエチレンフィルムが超延伸できることが記載されているが、それは、本件特許発明1のような2軸延伸フイルムではなく、1軸延伸フィルムにおいて本件特許発明1に特定されている弾性率のものが可能であることが記載されているにすぎない。

以上のとおり、上記甲第1号証乃至甲第4号証には、本件特許発明1の上記相違点2及び相違点3の点について記載も示唆もされていないし、またこれらの点が周知の事項であるとする何らの証拠も提出されていないから、本件発明1は、上記甲第1号証乃至甲第4号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることができない。

6-3.まとめ
以上のとおり、本件特許発明1の特許は、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとは認められない、
また、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明とは認められないし、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明及び事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることができない。

7.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2002-06-25 
結審通知日 2002-06-28 
審決日 2002-09-25 
出願番号 特願昭58-102713
審決分類 P 1 122・ 531- Y (B29C)
P 1 122・ 121- Y (B29C)
P 1 122・ 534- Y (B29C)
P 1 122・ 113- Y (B29C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田中 久直松井 佳章  
特許庁審判長 石井 淑久
特許庁審判官 高梨 操
石井 克彦
登録日 1994-12-26 
登録番号 特許第1893038号(P1893038)
発明の名称 超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム及びその製造方法  
復代理人 増井 忠弐  
代理人 小田島 平吉  
代理人 森崎 博之  
代理人 吉野 正己  
代理人 牧野 利秋  
復代理人 深井 俊至  
代理人 鈴木 修  
代理人 小西 恵  
代理人 辻河 哲爾  
代理人 竹田 稔  
代理人 江角 洋治  
代理人 河備 健二  

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