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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14行ケ565審決取消請求事件 判例 特許

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審決分類 審判 全部無効 4項(134条6項)独立特許用件 無効としない G02B
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない G02B
審判 全部無効 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張 無効としない G02B
審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない G02B
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備 無効としない G02B
管理番号 1089386
審判番号 無効2000-35492  
総通号数 50 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1988-03-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2000-09-13 
確定日 2004-01-16 
事件の表示 上記当事者間の特許第2677268号「超コンパクトな広角域を含む高変倍率ズ-ムレンズ系」の特許無効審判事件についてされた平成13年7月31日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成13(行ケ)年第0405号平成14年5月21日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 【1】手続の経緯
本無効審判事件の審理の対象である特許第2677268号は、昭和61年9月9日に出願され、平成9年7月25日に設定登録された。そして、平成12年8月13日付け(平成12年9月13日差出)で、請求人である株式会社シグマより、本件の特許発明に対して無効の審判が請求され、答弁書提出期間内の平成13年1月4日に被請求人から明細書の訂正請求がなされ、同年7月31日に、訂正を認め本件特許発明を無効とする旨の審決がなされ、その謄本は同年8月13日に両当事者に送達された。
これに対して、被請求人は、上記審決の取消しを求めて、東京高等裁判所に提訴し、本事件が平成13年(行ケ)405号事件として係属中の平成14年1月8日に、被請求人は本件の明細書の訂正を求める審判(訂正2002-39004号事件)を請求し、同年2月14日、上記訂正を認める旨の審決がなされ、同審決は同年3月19日に確定登録された。
そして、平成13年(行ケ)405号事件について、平成13年7月31日にした審決を取消す旨の判決(平成14年5月21日判決言渡)がなされ、同判決は確定した。

本件の無効審判事件において両当事者がなした主な手続は以下のとおりである。
請求人の手続
(平成12年8月13日付け(平成12年9月13日差出)「審判請求書」提出…甲第1〜6号証添付。
(平成13年3月21日付け)「口頭審理陳述要領書」提出…甲第5号証の2、甲第7、8号証、甲第9号証の1〜3、甲第10〜14号証添付。
(平成13年4月3日)「口頭審理」における陳述。
(平成13年5月7日付け)「答弁書」提出。
(平成14年8月22日付け)審尋に対する「回答書」提出。…甲第15〜17号証添付。

被請求人の手続
(平成13年1月4日付け)「答弁書」提出。
(平成13年1月4日付け)「訂正請求書」提出。
ただし、訂正2002-39004号事件の審決の確定により、取下げられたものとして取扱う。
(平成13年1月5日付け)「手続補正書」(上記「訂正請求書」の補正)提出。
(平成13年4月3日付け)「口頭審理陳述要領書」提出…乙第1号証添付。
(平成13年4月3日)「口頭審理」における陳述。
(平成13年4月3日付け)「口頭審理における補足資料」提出。
(平成13年5月7日付け)「回答書」提出…乙第2号証添付。
(平成13年9月10日)東京高等裁判所に審決取消を求めて提訴。

【2】本件特許発明
訂正2002-39004号事件の審決の確定により、本件の特許請求の範囲第1項に記載された発明の要旨は、本件の明細書の特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、以下のものと認められる。
「物体側より順に、正屈折力の第1群、負屈折力の第2群、及び正屈折力の第3群を有し、この第3群が前群及び後群の2群に分けられるとともに、短焦点距離端から長焦点距離端へのズーミングに際して、第1群及び第3群前群及び後群を各々像面側から物体側へ移動し、前記第1・第2群間、第2・第3群間及び前記第3群の前群・後群間の空気間隔を変化させることによりズーミングを行ない、かつ、前記第2群が物体側から順に、像側により強い曲率を有する第1負レンズ、第2負レンズ、第3正レンズ及び第4負レンズから構成されるとともに、前記第3群後群中のいずれかのレンズに非球面を有し、以下の条件を満足することを特徴とする超コンパクトな広角域を含む高変倍率ズームレンズ系:
0.5< fIII W / fW <0.9
(|X|-|Xo|)/(Co(N'-N))<0
0.01<ΔdIII/fW<0.3
0.02<fW /fIIIB<2.0
但し、
fIII W:第3群の広角端での,焦点距離、
fW:全系の最短焦点距離、
fIIIB:第3群後群の焦点距離、
ΔdIII:広角端における第3群の全長から望遠端における第3群の全長をひいた量、
Co:非球面の規準となる球面の曲率、
N:非球面より物体側の屈折率、
N':非球面より像側の屈折率、
X:下の式で表わされる光軸からの高さYにおける光軸方向の変位量、
X=Xo+A4Y4+A6Y6+A8Y8+A10Y10+・・・・
Xo: 下の式で表される非球面の基準となる球面の形状、
Xo=CoY2/(1+(1-Co2Y2)1/2)、
A:非球面係数。」(以下、「本件特許発明」という。)

【3】当事者の主張
請求人が、審判請求書の請求の理由において主張する第1の無効理由は、本件特許発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるというものである。第1の無効理由に関する当事者の主張は、概ね、以下の「【3-1】請求人の主張」及び「【3-2】被請求人の主張」のとおりである。
また、請求人が、審判請求書の請求の理由において主張する第2の無効理由は、本件特許発明の明細書における発明の詳細な説明には、間違ったデータを示して、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されたものということができないので、本件特許は特許法第36条第3項の規定に違反して特許されたというものである。
さらに、先の審決が取消された後、当審が発した、訂正後の本件特許発明についての意見を求めた審尋に対して、請求人は、平成14年8月22日付け「回答書」において、訂正後の発明は、依然として甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである旨及び訂正の要件を満たさない旨、概ね、以下の「【3-3】」のとおりの主張をしている。

【3-1】第1の無効理由(特許法第29条第2項)についての請求人の主張
[1]本件特許発明と甲第1号証に記載された発明との対比
本件特許発明と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は、物体側より順に正屈折力の第1群、負屈折力の第2群、及び正屈折力の第3群を有し、この第3群が前群及び後群の2群に分けられるとともに、短焦点距離端から長焦点距離端へのズーミングに際して、第1群及び第3群前群及び後群を各々像面側から物体側へ移動し、前記第1群と第2群間、第2群と第3群間及び前記第3群の前群・後群間の空気間隔を変化させることによりズーミングを行い、かつ第2群が物体側から順に、像側により強い曲率を有する第1負レンズ、第2負レンズ、第3正レンズ及び第4負レンズから構成される高性能でコンパクトな広角域を含む高変倍率ズームレンズ系である点で一致し、
本件特許発明のズームレンズ系が条件(2)を満足する非球面を第3群のいずれかのレンズに配置したものであるに対し、甲第1号証に開示されているズームレンズの第3群にはどこにも非球面を配置していない点で相違する。

[2]相違点についての判断
本件特許発明の非球面の作用について
本件特許発明における条件(2)を満足する非球面とは、特許公報のコラム5の20行〜31行に記載されるように「当該の面が正のパワーを有する面であればレンズ光軸から離れるにつれて、正の屈折力がゆるくなる面形状であること、あるいは当該の面が負のパワーを有するものであれば、レンズ光軸から離れるにつれて、負の屈折力が強くなる面形状であること」を意味するものであるが、前記のように甲第2号証に用いられている非球面も同様の面形状である。
そして、本件の明細書では、条件(2)を満足する非球面とすることによりサジタル横収差の高次フレアを補正するとの説明に対し、甲第2号証では、球面収差、非点収差を補正するとの表現を採っており、補正の内容が相違するように見えるが、サジタル横収差の高次フレアは本質的には球面収差と同一であるから、本件特許発明における非球面を使用した目的と甲第1号証における非球面の使用目的の球面収差を補正する目的とは同一である。

甲第1号証のズームレンズ系に甲第2号証の非球面を適用することについて
甲第1号証の第1図と本件特許発明における第1図とを対比すれば、直ちにわかるように、レンズ構成及び各レンズ群の動かし方は同じであり、本質的な差はない。相違点は第3群の後群に非球面を設けた点である。一方甲第2号証を見ると、レンズ構成および各レンズ群の動かし方が同じで、しかも本件特許発明における第3群の後群に対応する第4群に非球面を配置するという発明が記載されており、その構成及び収差補正技術としては本件特許発明と本質的な差はない。レンズ設計は、甲第12号証の97頁に説明する手順で行われており、レンズ設計技術は試行錯誤の技術であることは共通の認識である。試行錯誤ということは、例えば非球面化は決められた面を非球面にするのでなく、非球面化の可能性のある全ての面一つ一つについて収差補正を行いその中からベストな面を選択することである。本件特許発明のズームレンズの非球面位置も、コンピュータによる自動設計が行なわれるので、こうしたプロセスの帰結として当業者が容易に実施出来る設計的事項に過ぎない。したがって甲第2号証に示す第4群のレンズに非球面を入れるというヒントが与えられれば、甲第1号証に開示された構成のズームレンズ系の第3群に非球面を導入することは当業者にとって当然の帰結であり、極めて容易である。
甲第2号証、2頁左上欄11〜17行目には、『ズームレンズの全長およびレンズ外径を小さく構成し高性能化を図るためには、各レンズ群の屈折力を強くするとともに屈折力分担を適正に決めなければならない。この場合一般に屈折力を強くすると諸収差の発生量が増大し、ズーミングによる収差変動を除去することが困難となる。』と記載され、また、同2頁右上欄12〜18行目には、『そこで前記ズームレンズの第3レンズ群から射出する光束を収斂光束とすることによってさらに全長を短くする方法があるが、この方法はズーミングによる収差変動の除去が難しく、高性能なズームレンズを達成するのが困難であった。』と記載されている。ここで云う前記とは、同2頁上部右欄の7行に記載される特開昭57-168209号公報、即ち甲第1号証を指すものである。すなわち、第3 レンズ群から射出する光束を収斂光束とするということは、第3群の屈折力を強くすれば良いということと同一である。してみれば、被請求人が主張する、甲第1号証の第3群の屈折力を強くすれば良いという着想は、当業者といえども着想できるものではない、との主張は誤りであり、甲第2号証から容易に着想し得るものと言わざるを得ない。
また、ズームレンズをコンパクト化するには屈折力を強くする必要があり、その結果諸収差の発生が増大する。このようなことは、ズームレンズに限らず、すべてのレンズ系における原理的事項である。したがって、甲第2号証で示すまでもなく、甲第1号証の第3群の屈折力を強くすれば良いという着想は、当業者にとって、何ら特別なことではなく、日常的に行われる設計手法の一つであって、困難性は全くないものである。また、非球面の置かれる位置も「第3群後群中に設ける方が良い」と当業者にとって当たり前のことを述べている。この点甲第 2 号証に開示されるズームレンズでは、第3レンズ群、(本件特許発明における第3群の前群に対応する)に設けた実施例が示され、かつ前記のようにその実施態様項の特許請求の範囲の第2項に明記されており非球面の設ける位置も同一である。しかも、非球面を設けたことにより、高性能なコンパクトなズームレンズを提供出来るという効果も同一である。
また、被請求人は「前提となるズームレンズ系の構成が異なる2つのズームレンズ系がある場合に、一方のズームレンズ系に開示されている非球面の形状を構成が異なる他方のズームレンズ系に適用して特定の位置に配置することは、不可能であるとされている。」と主張するが、そのような主張を誰が論じているのか、被請求人は明確にしていない。またこの考え方は誤りである。全く同じ非球面係数の非球面であれば、他のレンズ系の特定の位置に配置することは困難であり、同一出願の他の実施例に配置することさえ不可能である。しかし、ある条件の範囲内での非球面形状を構成が異なるレンズ系の特定位置に配置し、同様な効果を得ることは、当業者にとって慣用技術である。例えば、球面収差を補正するために、絞り面上に非球面を配置すれば球面収差を主に補正することができ、レトロタイプの第1面のように軸外光線高が高く、軸上光線高が低い位置に配置すれば歪曲収差を主に制御できる。このような光学設計手法は収差論から導き出されており、出版物にも明記されている。1986年8月31日 東海大学出版会発行 中川治平 著「レンズ設計工学」(甲第10号証)173頁や昭和57年10月1日(株)写真工業出版社発行 「写真工業 10月号」(甲第11号証)22頁〜23頁には、これらの設計原理を示している。
してみれば、特許請求の範囲第1項記載の本件特許発明は、甲第1号証及び甲第 2 号証に記載のものから、当業者が推考容易であり、特許法第29条第2項の規定に違反して特許を受けたものであるから、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。

【3-2】第1の無効理由(特許法第29条第2項)についての被請求人の主張
[1]甲第2号証が開示する技術内容について
甲第2号証に開示されたズームレンズが本件特許発明に係るズームレンズ系とは、全く異なる構成のズームレンズである。甲第2号証に開示されたズームレンズは、物体側より順に正の屈折力の第1レンズ群、負の屈折力の第2レンズ群、正の屈折力の第3レンズ群、そして第4レンズ群の4つのレンズ群を有するズームレンズにおいて、短焦点距離端から長焦点距離端へのズーミングに際して、第1群及び第3群が各々像面側から物体側へ移動し、第2群及び第4群は移動するか若しくは像面に対して固定されるもので、第3群の少なくとも1つのレンズ面を非球面としたものである(甲第2号証第1頁左下欄5行〜16行、第1頁右下欄17行〜20行、第4頁左下欄13行〜18行参照)。なお、甲第2号証の第8図には、短焦点距離端から長焦点距離端へズーミングを行う場合の各レンズ群の移動方向が図示されている。
以上説明した通り、甲第2号証のものにズームレンズ系を構成するレンズ群の中の第3 レンズ群の少なくとも1つのレンズ面を非球面とすることが開示されているにしても、本件特許発明に係るズームレンズ系と甲第2号証に開示されたズームレンズ系とは、レンズ系を構成する群構成と、ズーミングにおける各群の動きが全く相違し、両者はズームレンズ系の基本構成が全く相違するものである。

[2]相違点についての判断
本件特許発明では、第3群のいずれかの面に条件(2)で規定する非球面を採用して、ズーム全域で球面収差とサジタル横収差の高次フレアをバランス良く補正している。これに対し、甲第1号証には、非球面の採用による球面収差とサジタル横収差の高次フレアの補正に関しては一切記載がなく、示唆する記載もない。また、甲第2号証には、非球面を使用して球面収差と非点収差を同時に補正するとの記載があるにしても、非球面の採用による球面収差とサジタル横収差の高次フレアの補正に関しては一切記載がなく、示唆する記載もない。仮に、甲第1号証のズームレンズ系に甲第2号証に開示された非球面を適用したとしても、前記したとおり、ズームレンズ系の構成(ズームレンズ系を構成するレンズ群の配置とズーミング動作の状態)が異なるために、当然補正可能な収差は異なるから、その適用についての動機付けがなく、また、甲第2号証の開示内容からは非球面を配置する位置を特定することができない。

【3-3】訂正後の特許発明についての請求人の主張
[1]特許法第29条第2項進歩性について
本件特許発明が全文訂正明細書記載のように訂正されたとしても、甲第1号証の特開昭57-168209号公報の実施例には新たに追加した条件(3)と条件(4)を満足するものが開示されており、また平成13年7月31日付無効審判審決書42頁22行〜24行において、第3群のいずれかのレンズに非球面を設けることは当業者が容易に発明できたものであると認定し、更に請求人目身が全文訂正明細書5頁24行〜27行において『ここで、軸外のサジタル横収差の高次フレアの補正に重点をおく場合は、非球面を第3群中のできるだけ像側の位置に置くことが望ましく、第3群後群中に設ける方がよい。しかし第3群前群の後方のレンズに設けても後群中に設けるのとほぼ同じ効果が得られる。』との効果説明(訂正審判の際見落とした第1点)をしていることから明らかなように、非球面を設ける位置を後群に特定したからと言って進歩性が生ずることはないので、無効審決の認定に影響を及ぼすものではない。
また、条件(2)の非球面の形状は、同審決書の37頁19行〜21行に記載されるように、甲第2号証のものと同形状である。
従って、本件特許発明は甲第1号証と甲第2号証刊行物に記載された発明に基づき当業者が容易に推考できるものである。
前記審決書で、第3群のいずれかのレンズに非球面を設けることは進歩性がないものと認定していることと(審決書第38頁第8行〜第11行)、全文訂正明細書5頁24行〜27行記載の『ここで、軸外のサジタル横収差の高次フレアの補正に重点をおく場合は、非球面を第3群中のできるだけ像側の位置に置くことが望ましく、第3群後群中に設ける方がよい。しかし第3群前群の後方のレンズに設けても後群中に設けるのとほぼ同じ効果が得られる。』との効果説明を勘案すれば、特許請求の範囲に条件(3)と条件(4)を追加すると共に、非球面を設ける位置を第3群後群中に特定したからといって、『本件発明は、甲第1号証及び甲第2号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである』(審決書42頁22行〜24行)という審決の結論には影響を及ぼすことはないので、無効審決を違法として取消すことはできないものである。
なお、甲第2号証の特開昭60-178421号公報3頁左上欄17行〜19行には、『前述の非球面を絞りよりもできるだけ像側に配置することが、非点収差の効果が高い。』(訂正審判の審理の際見落とした第2点)と非球面の配置に対してまったく同様の記載がされている。
甲第2号証に示すズームレンズは非球面を適用する目的である収差の対象は異なるが、この点については、無効審決書40頁14行〜18行において、結像性能の改善のために非球面を適用すること自体は当事者が格別困難なく試みることであると説示している。
更に、同審決書38頁3行〜11行に記載されるように、レンズ系の収差の改善に非球面を適用することは甲第13号証に示されており、当業者が熟知していた事項である。
したがって、第3群に非球面を設けること自体、当事者が推考容易であり、しかも、被請求人も全文訂正明細書(甲第15号証)5頁24行〜27行において、非球面の前群配置は後群配置と同程度の差でしかないことを認識しており、後群配置が技術上特別の意義、格別優れた効果が生じるということは認められないので、全文訂正明細書のように訂正されたとしても特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

[2]訂正審判審決書12頁以下に記載の相違点2についての判断の誤り
訂正審判審決書(甲第16号証)12頁20行〜25行において、審決は「しかしながら、甲第2号証においては、非球面は第3レンズ群III(本件発明の第3群前群に相当)に配置されていることが、甲第2号証の5頁〜6頁に記載された数値実施例1,2,3,4として示され、それを前提として作用効果が説明されている。してみると、甲第2号証のものは、第4レンズ群IV(本件発明の第3群後群に相当)に非球面を配置することの示唆、並びにその配置の変更によりもたらされる非球面の作用及び効果を示しているとは認められない。」と述べ、第3群後群に非球面を配することが当業者にとって容易でない論拠とした。しかし、これは誤りである。
訂正審決において引用した、甲第2号証には「……。後述する本発明の数値実施例では非球面を1面使用しているが、複数面に使用した場合には、より効果が高くなることは言うまでもない。」(4頁左下欄4行〜6行)(訂正審判の審理の際見落とした第3点)との記述が存在している。
この記述は甲第2号証の内容から判断すれば、複数の非球面の配置が第3群に限ると限定しているものではない。すなわち甲第2号証は、甲第2号証に述べられているような条件さえあれば第3群以外の群にも非球面を配置してよいこと、第3群以外のレンズに非球面を設けても同様な効果が得られることを示唆しているのである。従って、上記の認定は誤りである。
甲第2号証は、同公報4頁左下欄最下行〜右下欄3行記載の『第4レンズ群を除いて、3つのレンズ群で構成し、これらのレンズ群に各々収差補正を分担させることによっても同様に本発明の目的を達成することができる』との記述から明らかなように3群構成のパワー配置が基本になっているシステムである。
一方、本件特許発明は、4群構成とうたわずあえて第3群前群・後群と表現していることから明らかなように、第3群に公知のフローティング技術を導入したものであり、思想的本質的に3群ズームシステムである。
したがって、甲2号証と本件特許発明は、共に、本質的に3群構成のシステムであり、甲2号証の第3群に本件特許発明の第3群前群・後群が対応する。であるからして、甲2号証から本件特許の非球面位置を想到することは、当業者にとってきわめて容易であることが明らかである。
次に、本質的に構成の等しい本件特許発明と甲第2号証の非球面の使用法について述べる。
本件特許発明の非球面の配置及び効果は、全文訂正明細書5頁10行〜13行及び同頁25行〜28行に記載されるように『第3群(III)のいずれかの面に条件式(2)で示されるような形状の非球面を導入することによって、コンパクトでありながらなおかつ高性能化を計っている』、『軸外のサジタル横収差の高次フレアの補正に重点をおく場合は、できるだけ像側の位置に置くことが望ましく、第3群後群中に設ける方がよい。しかし第3群の前群内の後方レンズに設けても後群中に設けるのとほぼ同じ効果が得られる。』である。
この記述から明らかなように、本件特許発明の非球面の配置は、第3群内のいずれかの面に置くことを主としている。文面には第3群後群中に設ける方がよいとの記述があるが、第3群前群内の後方のレンズに設けても後群中に設けるのとほぼ同じ効果が得られると明記してあり、第3群後群内に限定した際の技術的優位性はない。
一方、甲第2号証の非球面の配置および効果は、公報3頁左上欄17行〜19行及び同3頁右上欄11行〜13行に記載されるように『前述の非球面を絞りよりもできるだけ像側に配置することが非点収差の補正に効果が高い』、『軸外光線の通過位置がレンズ周辺部分となり、非点収差補正の効果を高めることができるので好ましい』である。
これらの技術的説明は、できるだけ像面に近い位置に非球面を配置したほうが軸外収差を良好に補正しやすいことを示唆するものである。
してみれば、本件特許発明の第3群後群中に非球面を配置するとの記述は、甲第2号証のできるだけ像側に非球面を配置することと同一になる。
訂正審判審決書では『甲第2号証に示された形状の非球面を、甲第2号証で示された位置、すなわち第3群前群中に配置するに止まり、本件発明の相違点2に係る『第3群後群中』に特定形状の非球面を配置するという構成には至らない』(審決書12頁36行〜38行)との判断であるが、上記のように本件特許発明と甲第2号証は同じ3群構成のパワー配置を持ち、非球面の配置及び効果は、本質的に同じであることから、本件特許発明は甲第1号証及び甲第2号証により当業者が容易に想到できた事項であり、特許性は認められるものではなく、訂正審決の判断は誤りである。
さらに、審決文では故意に脱落させているが、甲第2号証には「又前記非球面レンズ3Aを該レンズ3Bより像面側に配置することにより軸外光束の通過位置がレンズ周辺部となり、非点収差補正の効果を高めることができるので好ましい。」(公報3頁右上欄9行〜13行)(訂正審判の審理の際見落とした第4点)とある。
ここにもまた非球面を絞りより像面に近い位置、すなわち第3群後群に配置することが効果的である示唆がなされている。
したがって、甲第2号証及び周知の事項から第3群後群の非球面を想到することは当事者にとってきわめて容易であり、困難性もない。
審決は、決められた結論を導くために甲第2号証に記述されている上記の説明を無視し、レンズ設計分野における常識を無視した極めて恣意的なものと言わざるをえない。甲第2号証の非球面は「球面収差、非点収差をオーバー方向に補正可能としている」(公報3頁左上欄5行〜7行)が、本件特許発明は第3群後群に非球面を配置して「ズーム全域で球面収差とサジタル横収差における高次フレアをバランスよく補正すること」を実現したとして効果の差をことさらに強調し(訂正審判審決書第12頁第28行〜第29行)、ここに技術的な意義があると描き出すことによって審決を合理化している。
しかし、残念ながら非球面の効果の技術的な意義は認め難い。何故ならば本件非球面が第3群前群にあっても、後群にあっても、同じ効果が得られることは前述のように訂正審決決定時の全文訂正明細書の本文中に明記されているからである。(第5頁第24行〜第27行)また、審決が12頁18行〜19行において認めているように、本件特許と甲第2号証に開示された非球面は共に条件(2)を満たしている形状である。同じような形状であることに加えて、前述したように非球面位置にも大差がないのであるから、訂正後の本件特許発明と甲第2号証の非球面は作用の点で質的な差がないと考えるのが妥当である。
以上の如く、訂正審決は、審決結果を導くための説明に都合の良いように、甲第2号証に記載された事実を歪曲し、隠蔽若しくは見落として判断したと断ぜざるをえない。本件特許発明は当業者が甲第1号証及び甲第2号証記載の発明から容易に想到できるものである。それにもかかわらず訂正後の特許請求の範囲第1項記載の発明を特許出願の際独立して特許を受けることができるものと認定したのは極めて恣意的であり、この審決は違法であると言わざるを得ない。

[3]訂正による特許請求の範囲の拡張・変更及び明細書の記載不備について
訂正後の特許請求の範囲第1項に記載の条件(1)は、第3群(前群と後群とで)の広角端の焦点距離を規定し、条件(4)は第3群後群の焦点距離を規定している。いま全系の最短焦点距離を実施例に準じて28ミリにとれば、条件(1)より14<fIIIw<25.2 条件(4)より14<fIIIB<1400である。条件式の意味はfIIIw,fIIIBがこの範囲内ならどんな値であってもよいということであるから、fIIIw=25.0、fIIIB=14.1の組み合わせが可能である。例えばdw=5のときfIIIF=-20.87であり、dw=10とすればfIIIF=-9.40である。即ち条件(1)、(2)から常識的なdwの値に対してfIIIFがマイナスになるケースが生じるのである。同じ条件でfIIIFが実施例のようなプラスの値になるためには前後群の間隔をfIIIBより大きくしなければならず、超コンパクトをうたう本件特許発明の主旨との矛盾が増大する一方である。この事実は条件(4)の設定がいかにいい加減であるかを示すものにほかならない。また、 f IIIw とf IIIBが実施例に近い数値であっても、dwを大きくすればfIIIFがマイナスになる。dwは広角端における第3群前後群の主点間距離であるから何の制約もうたわれていない。無論、dwが大きい解は現実性がない。ということは、本件特許発明の意図する超コンパクト化を実現するにはdwを小さくすることが必要である。そのためには第3群前群fIIIFは適切なプラスの値でなければならない。当該特許発明は、詳細な説明からも、また実施例がいずれも正の屈折力であることなどの状況証拠からも、第3群前群が正の屈折力でなければならないことを示している。被請求人も、訂正審判の審判請求書(甲第17号証)の11頁第20行〜第26行に『条件(4)は、実質的に第3レンズ群後群が正屈折力を有していることを表わしている。条件(4)を加えることにより、訂正後の特許第1項記載の発明に係るズームレンズ系は、物体側から順に、正屈折力の第1群、負屈折力の第2群、及び正屈折力の第3群を有し、この第3群が共に正屈折力の前群と後群との2群に分けられるのである。これによりズームレンズ系の全長を短くすることができ、ズームレンズ系のコンパクト化に顕著な効果を奏するのである。』と、前群が正屈折力のものであることを説明している。
ところが、前述のように、特定される条件からは負の解が導き出されることになり被請求人の説明とは矛盾することになる。
このように負の解があるということは、訂正後の特許請求の範囲第1項記載の発明には超コンパクト化にはならない発明が包含されていることに外ならないので、訂正後の特許請求の範囲第1項記載の発明は実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであると謂わざるを得ないものである。
訂正後の特許請求の範囲第1項の内容は、条件(4)を追加したためこれまでに縷々述べたように超コンパクト化の効果が得られない発明までも包含する内容になっており、発明の詳細な説明に記載される特許を受けようとする発明とは内容が不一致であり、明細書記載には不備がある。

【4】証拠に記載された事項
甲第1号証:(特開昭57‐168209号公報)
(2頁左上欄2〜右上欄4行)
「本発明はズーム領域が広角から望遠までを含み、ズーム比が2.3倍を越えるスチルカメラ用としては高変倍率を有するズームレンズ系に関する。…本発明は、これらの欠点を克服し、高性能でコンパクトな広角域を含む高変倍比ズームレンズ系を提供することを目的とするものである。」と記載されている。
2頁右上欄6行〜左下欄下から6行には、「本発明にかかるズームレンズ系は、物体側より順に正屈折力の第1群(I)、負屈折力の第2群(II)で始まるズームレンズ系において、第1群(I)は2枚の正レンズと1枚の負レンズより成り、第2群(II)は、物体側より順に負屈折力の第1成分(II-1)、正屈折力の第2成分(II-2)、負屈折力の第3成分(II-3)より構成し、第1成分(II-1)は少なくとも2枚の負レンズから成り第2成分(II-2)は少なくとも1枚の物体側に強い曲率を持つ正レンズより成り、第3成分(II-3)は少なくとも1枚の物体側に強い曲率を持つ負レンズより成るとともに、全系の最短焦点距離が、実画面の対角線長より短かく、かつ下記の条件式を満足することを特徴とするズームレンズ系である。
0.6<|fI II|/fW<1.2 (1)
0.5<fII-1/ fII <1.0 (2)
rII-2< rII-1 (3)
但し、
fW:全系の最短焦点距離、
fI II:最短焦点距離の状態で第1群と第2群の合成焦点距離、
fII:第2群の焦点距離
fII-1:第2群第1成分の焦点距離、
rII-1: 第2群第1成分の最像側面の曲率半径、
rII-2: 第2群第2成分の最物体側面の曲率半径。」と記載されている。
3頁右下欄6〜16行には、「以下に本発明の実施例を示す。なお、第1、3、5、7、9、11、13図はそれぞれ下記の本発明の実施例1、2、3、4、5、6、7の最短焦点距離におけるレンズ構成であり、下方に示す実線は、最長焦点距離側へのレンズ群移動形式を示す。また、破線の直線はそのレンズ群がズーミング中移動しないことを示す。また、第2、4、6、8、10、12、14図は、それぞれ順に上記実施例の収差図である。収差図において、<L>、<M>、<S>はそれぞれ、最長焦点距離、中間焦点距離、最短焦点距離の状態であることを示す。」
(第1、3、5、7、9、11、13図)
それぞれ実施例1、2、3、4、5、6、7の最短焦点距離におけるレンズ構成、及び最短焦点距離から最長焦点距離側へのレンズ群の移動形式が図示されている。
(4〜5頁)
実施例1〜7の最短焦点距離、中間焦点距離、最長焦点距離の状態でのレンズ構成データが示されている。

甲第2号証:(特開昭60‐178421号公報)
(特許請求の範囲第1項)
「物体側より順に正の屈折力の第1レンズ群、負の屈折力の第2 レンズ群、正の屈折力の第3 レンズ群そして第4レンズ群の4つのレンズ群を有したズームレンズにおいて、前記第1レンズ群及び第3 レンズ群を物体側へ移動させ、前記第2 レンズ群と第4 レンズ群を移動若しくは固定させることによって広角側から望遠側へズーミンクを行い、前記第3レンズ群中に少なくとも1つの正の屈折力のレンズ3Aを有するようにし、前記レンズ3Aの少なくとも1つのレンズ面を非球面としたことを特徴とするコンパクトなズームレンズ。」
(特許請求の範囲第2項)
「前記レンズ3Aのレンズ面の非球面をレンズの周辺部にいくに従い正の屈折力が弱まるような形状としたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のコンパクトなズームレンズ。」
(特許請求の範囲第4項)
「前記第4レンズ群を物体側に凸面を向けた少なくとも1つの正屈折力のレンズ面を有するようにしたことを特徴とする特許請求の範囲第3項記載のコンパクトなズームレンズ。」
(2頁左上欄8行〜左下欄1行)
「最近、小型軽量の高性能のコンパクトなズームレンズが写真用カメラ、ビデオカメラ、TVカメラ等に要求されている。ズームレンズのレンズ全長及びレンズ外形を小さく構成し高性能化を図るためには、各レンズ群の屈折力を強くすると共に屈折力分担を適正に決めなければならない。この場合一般に屈折力を強くすると諸収差の発生量が増大し、ズーミングによる収差変動を除去することが困難となる。ズームレンズのコンパクト化を図る別の方法としてズーミングに際して多数のレンズ群を移動させてズーミングを行い収差変動を押さえる方法がある。この方法の一例として物体側から順に正の屈折力の第1レンズ群、負の屈折力の第2レンズ群、正の屈折力の第3レンズ群、そして正の屈折力の第4レンズ群で構成し、ズーミングに際して前記4つのレンズ群を移動させるとともに前記第3レンズ群から射出する軸上光束がほぼ平行となる屈折力配分としたズームレンズが特開昭57-168209号公報、特開昭57-169716号公報等で提案されている。これらで提案されているズームレンズは第3レンズ群から射出される軸上光束がほぼ平行である為ズームレンズのコンパクト化には限界があった。そこで前記ズームレンズの第3レンズ群から射出する光束を収斂光束とすることによってさらにレンズ全長を短くする方法があるが、この方法はズーミングによる収差変動の除去が難しく、高性能なズームレンズを達成するのが困難であった。
本発明は高性能なコンパクトなズームレンズの提供を目的とし、非球面レンズを効果的に用いることによって本発明の目的を良好に達成している。」
(2頁左下欄2〜14行)
「本発明の目的を達成する為のコンパクトなズームレンズの主たる特徴は物体側より順に正の屈折力の第1レンズ群、負の屈折力の第2 レンズ群、正の屈折力の第3 レンズ群そして第4レンズ群の4つのレンズ群を有したズームレンズにおいて、前記第1レンズ群及び第3 レンズ群を物体側へ移動させ、前記第2 レンズ群と第4 レンズ群を移動若しくは固定させることによって広角側から望遠側へズーミンクを行い、前記第3レンズ群は少なくとも1つの正の屈折力のレンズ3Aを有しており、前記レンズ3Aの少なくとも1つのレンズ面を非球面としたことである。」
(2頁右下欄18〜3頁左下欄12行)
「…非球面の形状として好ましくはレンズの周辺部にいくに従い正の屈折力が弱まるような形状とすることによって球面収差と非点収差を同時に補正している。すなわち、第3レンズ群の屈折力を強めることにより、球面収差が周辺部分でアンダーに、非点収差が軸外でアンダーとなるが、周辺部分で屈折力を弱める非球面とすることにより、球面週、非点収差ともにオーバー方向に補正可能としているのである。尚第3レンズ群中に負の屈折力のレンズがあり、このレンズ面にレンズ周辺部にいくに従い負の屈折力が強まる形状の非球面を施しても良いが、前述の如く正の屈折力のレンズに施した方が収差補正が容易となり好ましい。」
(4頁左下欄13行〜右下欄6行)
「尚本発明のズームレンズにおいてはズーミングに際して第2レンズ群と第4レンズ群を移動させても良いが第2レンズ群のみを移動させて第4レンズ群を固定させておいても良い。第4レンズ群を固定させればレンズ鏡筒が簡単となり好ましい。又本発明では第4レンズ群によって収差補正及びレンズ全長の短縮化を行っているが、第4レンズ群を除いて、3つのレンズ群で構成し、これらのレンズ群に各々収差補正を分担させることによっても同様に本発明の目的を達成することができる。後述する本発明の数値実施例では非球面を1面使用しているが、複数面に使用した場合には、より効果が高くなることは言うまでもない。」
(5頁〜6頁)
数値実施例1,2,3,4の短焦点距離、中間焦点距離、長焦点距離の状態でのレンズ構成データが示されている。
(添付された図面)
第1図,第2図,第3図には、数値実施例1,2,3のレンズ系の断面図が、また、第8図)には数値実施例4のレンズ系の断面図と移動の仕方が図示され、第4図,第5図,第6図には数値実施例1,2,3のレンズ系の収差図が示されている。

甲第3号証:
特願昭61-212965(本件の特許出願)についての拒絶理由に対する平成8年1月25日付け「意見書」の内容が示されている。

甲第4号証:
特願昭61-212965(本件の特許出願)拒絶査定に対する審判事件の「審判請求理由補充書」の内容が示されている。

甲第5号証:松井吉哉著「レンズ設計法」共立出版株式会社昭和54年10月10日発行、82〜85頁
球面収差に関し、3次収差と5次収差についての説明が記載されている。

甲第5号証の2:松井吉哉著「レンズ設計法」共立出版株式会社昭和54年10月10日発行、77〜81頁
球面収差に関し、3次収差と5次収差についての説明が記載されている。

甲第6号証:社団法人 応用物理学会、光学懇話会「光学特集頁 No.91」、86〜89、98頁
5次収差について説明が記載されている。

甲第7号証:
特願昭61-212965(本件の特許出願)における平成7年11月2日付け「拒絶理由通知書」の内容が示されている。

甲第8号証:
特願昭61-212965(本件の特許出願)における平成8年3月5日付け「拒絶査定」の内容が示されている。

甲第9号証の1:
「本件特許における実施例1についての実験」の結果が示されている。

甲第9号証の2:
「甲第2号証における実施例2についての実験」の結果が示されている。

甲第9号証の3:
「甲第2号証における実施例3についての実験」の結果が示されている。

甲第10号証:中川治平著「レンズ設計工学」東海大学出版会1986年8月31日発行、122〜173頁
(147〜148頁)
多群ズームレンズの構成と収差補正について、「さらに、フローティングの概念も適用できて多様な展開が可能であろう。ある部分のレンズ間隔をズーミングに対応して変えてやれば、収差上の困難が打開できる。……」と記載。
(123頁)
収差補正の手法について、「フローテイング」を「レンズシステム内の部分を動かすことで収差を変える方式」と説明し、「この概念に含まれる諸要素を特殊化することによって多様な展開が可能である。すなわちレンズ系内の部分の選択は多様であり、その動かし方、対象とする収差も多様で、多くの組み合わせが考えられる。なお収差の概念も焦点距離やバックフォーカスなどを含めた「レンズパラメータの関数」と考える方がより一般性を与えよう。」と記載。

甲第11号証:写真工業、Vol. 40、No. 10(1982)、22〜23頁
非球面を用いた設計について、a)絞り面に非球面を導入すると、球面収差だけをコントロールできる、 b)絞り面以外に非球面を使うと、絞りから離れるに従い、全ての収差が変化する。特定収差を単独でコントロールできない、 c)絞りから遠い面に非球面を配置するほど軸外収差のコントロールが容易になる、 d)絞りから遠い面に非球面を配置するほど歪曲のコントロールが容易となる、非点収差に与える影響も無視できないと説明。

甲第12号証:「写真レンズハンドブック」(株)写真工業出版社昭和53年2月15日発行、97、104頁
(97頁)
コンピュータを使ったレンズの設計の自動化が進められている旨説明。
(104頁)
周辺球面収差は、軸外のサジタル方向に現われる球面収差であると説明。

甲第13号証:「レンズの科学入門(下)」(株)朝日ソノラマ昭和56年9月14日発行、98〜103頁
(99頁以下)
非球面を導入した場合の収差補正効果について説明。
(103頁)
フローテイングを併用することによる利点を述べている。

甲第14号証:久保田広著「光学」(株)岩波書店1979年9月25日発行、68〜71頁
コンラデイは、球面における屈折で生ずるすべての収差は球面収差が形を変えて表れたものであることを示した旨説明。

甲第15号証: 平成14年1月8日付けで提出された全文訂正明細書写し。

甲第16号証: 訂正2002-39004号事件の審決写し。

甲第17号証: 平成14年1月8日付けで提出された訂正請求書写し。

乙第1号証:松井吉哉著「レンズ設計法」共立出版株式会社昭和59年4月10日発行、82〜113頁
(113頁第14行〜第18行)
「光学系の個々の面の3次収差係数は、その面が置かれている前後の近軸関係によって決まるから、光学系の中の一部分に変形を与えてもその前後の近軸関係が変わらないようにくふうすれば、その他の部分の3 次収差係数には何ら影響を及ぼさないはずである。この3次収差係数の性質に着目すると、設計手順を簡略化できる。」
(112 頁第16行〜18行)
「一方、5次収差係数に関する公式は一般に複雑であるから、これから設計の常識になっている具体的事項を抽出することは困難で、きわめて一般的な傾向を指摘できるだけである。」
(88頁)
「5次の物体の収差係数を計算するには、次に示す(4.8a)、(4.8b)、(4.8c)により面固有の項を計算したのち、(4.9)により、先行する面による3次収差のcross termを加えて最終的な係数の値を求める。(4.8b)、(4.8c)の計算は、面が非球面の場合に限り必要である。」
(87頁)
「式(4.5)」中に「Ψν≡(N'ν-Nν)bν」、「式(4.6a)」中に「Iν=hν4(Qν2Δν(1/Ns)+Ψν)」

乙第2号証:松井吉哉著「レンズ設計法」共立出版株式会社昭和59年4月10日発行、60〜67頁
(61頁19行〜62頁3行)
非点収差と像面湾曲の曲線は一応軸外光に対する結像性能を示すにしても、これらの曲線からは軸外光の挙動に関して大雑把な把握はできるにしても詳細な分析を行うことができない旨説明。
(65頁21行〜66頁)
軸外光に対する結像性能は、メリデオナル光束(子午的成分)とサジタル光束(球欠的成分)の2種類の横収差図を描くことにより詳細に表現することができる旨説明。

請求人の提出した甲第9号証の1、甲第9号証の2及び甲第9号証の3は私文書と認められるところ、これら文書の作成者の記名・押印がなく、作成日も明らかにされていないが、被請求人はこれら証拠の成立性については争っていない。

【5】当審の判断
【5-1】第2の無効理由(特許法第36条第3項)について
本件の特許明細書は、訂正請求書により、再現不可能な訂正前の実施例2と実施例4が削除されたから、請求人が主張する不備は存在しない。

【5-2】第1の無効理由(特許法第29条第2項)について
[1]甲第1号証に記載された発明
甲第1号証の記載からみて甲第1号証には、高性能でコンパクトな広角域を含む高変倍比ズームレンズ系であって、物体側より順に正屈折力の第1群(I)、負屈折力の第2群(II)で始まるズームレンズ系において、第1群(I)は2枚の正レンズと1枚の負レンズより成り、第2群(II)は、物体側より順に負屈折力の第1成分(II-1)、正屈折力の第2成分(II-2)、負屈折力の第3成分(II-3)より構成し、第1成分(II-1)は少なくとも2枚の負レンズから成り第2成分(II-2)は少なくとも1枚の物体側に強い曲率を持つ正レンズより成り、第3成分(II-3)は少なくとも1枚の物体側に強い曲率を持つ負レンズより成るとともに、全系の最短焦点距離が、実画面の対角線長より短かいズームレンズ系の発明が記載されている。
そして、甲第1号証の実施例1、2、3、5、6のレンズ構成データ及びそれらの構成図である第1、3、5、9、11図からみて、実施例1、2、3、5、6のズームレンズ系は、上記第2群の像側に第3群としてIII-1とIII-2とを備える。甲第1号証の実施例1、2、3、5、6のレンズ構成データ及びそれらの構成図である第1、3、5、9、11図からみて、負屈折力の第1成分(II-1)は像側により強い曲率を有することが明らかである。
また、第1、3、5、9、11図に実線で示される最短焦点距離側から最長焦点距離側へのレンズ群移動形式、および最短焦点距離、中間焦点距離、最長焦点距離の状態での実施例1、2、3、5、6のレンズ構成データから、上記ズームレンズ系は短焦点距離端から長焦点距離端へのズーミングに際して、第1群(I)、第3群のIII-1及び第3群のIII-2を像面側から物体側へ移動し、第1・第2群間,第2・第3群間及び第3群のIII-1・III-2間の空気間隔を変化させることによりズーミングを行なっていることが明らかである。
さらに、当該第3群の広角端での焦点距離は、全系の最短焦点距離に対して0.5と0.9との間の値であることは明らかである。第1回口頭審理(「第1回口頭審理調書」参照)及び請求人の「答弁書」の内容からみてこの点に当事者間の争いはない。

してみると、甲第1号証の実施例1、2、3、5、6として、
「高性能でコンパクトな広角域を含む高変倍比ズームレンズ系であって、全系の最短焦点距離が、実画面の対角線長より短かいズームレンズ系において、物体側より順に正屈折力の第1群(I)、負屈折力の第2群(II)で始まるズームレンズ系において、第1群(I)は2枚の正レンズと1枚の負レンズとより成り、第2群(II)は、物体側より順に負屈折力の第1成分(II-1)、正屈折力の第2成分(II-2)、負屈折力の第3成分(II-3)より構成し、第1成分(II-1)は少なくとも2枚の負レンズから成り第2成分(II-2)は少なくとも1枚の物体側に強い曲率を持つ正レンズより成り、第3成分(II-3)は少なくとも1枚の物体側に強い曲率を持つ負レンズより成るとともに、第2群の像側に第3群のIII-1と第3群のIII-2 を備え、短焦点距離端から長焦点距離端へのズーミングに際して、第1群(I)、第3群のIII-1及び第3群のIII-2を像面側から物体側へ移動し、第1・第2群間,第2・第3群間及び第3群のIII-1・III-2間の空気間隔を変化させることによりズーミングを行ない、当該第3群の広角端での焦点距離は、全系の最短焦点距離に対して0.5と0.9との間の値であるズームレンズ系」
なる発明が記載されている。

[2]対比
本件特許発明と甲第1号証に実施例1、2、3、5、6としてして記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、引用発明における
a「第1群(I)」、
b「第2群(II)」、
c「第3群のIII-1」、「第3群のIII-2」、
d第1成分(II-1)の「少なくとも2枚の負レンズ」、
e「正屈折力の第2成分(II-2)」及び
f「負屈折力の第3成分(II-3)」
は、本件特許発明における、
a「第1群」、
b「第2群」、
c「第3群前群」、「第3群後群」、
d第2群の「第1負レンズ」と第2群の「第2負レンズ」、
e第2群の「第3正レンズ」及び
f第2群の「第4負レンズ」
に相当する。
また、引用発明において、0.5<(第3群の広角端での焦点距離)/(全系の最短焦点距離)<0.9であり、0.01<(広角端における第3群の全長から望遠端における第3群の全長をひいた量)/(全系の最短焦点距離)<0.3であり、0.02<(全系の最短焦点距離)/(第3群のIII-2の焦点距離)<0.2である。

よって、両者は、
「物体側より順に、正屈折力の第1群,負屈折力の第2群,及び正屈折力の第3群を有し、この第3群が前群及び後群の2群に分けられるとともに、短焦点距離端から長焦点距離端へのズーミングに際して、第1群及び第3群前群及び後群を各々像面側から物体側へ移動し、前記第1・第2群間,第2・第3群間及び前記第3群の前群・後群間の空気間隔を変化させることによりズーミングを行ない、かつ、前記第2群が物体側から順に、像側により強い曲率を有する第1負レンズ,第2負レンズ,第3正レンズ及び第4負レンズから構成され以下の条件を満足することを特徴とするコンパクトな広角域を含む高変倍率ズームレンズ系:
0.5< fIII W / fW <0.9
0.01<ΔdIII/fW<0.3
0.02< fW/fIIIB<0.2
但し、
fIII W:第3群の広角端での,焦点距離、
fW:全系の最短焦点距離
fIIIB:第3群後群の焦点距離、
ΔdIII:広角端における第3群の全長から望遠端における第3群の全長をひいた量」
の点で一致する。

そして、両者は、以下の点で相違する。
相違点1:
本件特許発明は超コンパクトと規定しているのに対して、引用発明はコンパクトと規定している点。
相違点2:
本件特許発明は第3群後群中のいずれかのレンズに非球面を有し、(|X|-|Xo|)/(Co(N'-N))<0なる条件を満足するのに対し、引用発明は非球面を有さず、(|X|-|Xo|)/(Co(N'-N))<0なる条件について記載していない点。
但し、
Co:非球面の規準となる球面の曲率、
N:非球面より物体側の屈折率、
N':非球面より像側の屈折率、
X:下の式で表わされる光軸からの高さYにおける光軸方向の変位量、
X=Xo+A4Y4+A6Y6+A8Y8+A10Y10+・・・・
Xo: 下の式で表される非球面の基準となる球面の形状、
Xo=CoY2/(1+(1-Co2Y2)1/2)、
A:非球面係数。

[3]相違点についての判断
相違点1について:
相違点1について判断するに、引用発明のズームレンズ系も、小型化を目的としてなされたものであり、超コンパクトと規定するかコンパクトと規定するかによって、格別の技術的意義の差異が生じるものとは認められない。
したがって、相違点1は、本件特許発明と引用発明との実質的な相違点であるとは認められない。

相違点2について:
次に相違点2について判断する。
甲第2号証には、「物体側より順に正の屈折力の第1レンズ群、負の屈折力の第2 レンズ群、正の屈折力の第3 レンズ群そして第4レンズ群の4つのレンズ群を有したズームレンズにおいて、前記第1レンズ群及び第3 レンズ群を物体側へ移動させ、前記第2 レンズ群と第4 レンズ群を移動若しくは固定させることによって広角側から望遠側へズーミンクを行い、前記第3レンズ群中に少なくとも1つの正の屈折力のレンズ3Aを有するようにし、前記レンズ3Aの少なくとも1つのレンズ面を非球面としたことを特徴とするコンパクトなズームレンズ」において、非球面として「好ましくはレンズの周辺部にいくに従い正の屈折力が弱まるような形状」、または「負の屈折力のレンズがあり、このレンズ面にレンズ周辺部にいくに従い負の屈折力が強まる形状」とすることによって、高性能なコンパクトなズームレンズの提供という目的を達成することが記載されている。
ここで、甲第2号証に開示された非球面の形状が、(|X|-|Xo|)/(Co(N'-N))<0なる条件を満たす形状であることは、その記載から明らかである。
しかしながら、甲第2号証においては、非球面は第3レンズ群III(本件特許発明の第3群前群に相当)中に配置されていることが、甲第2号証の5頁〜6頁に記載された数値実施例1,2,3,4として示され、それを前提として作用効果が説明されている。してみると、甲第2号証のものは、第4レンズ群IV(本件特許発明の第3群後群に相当)に非球面を配置することの示唆、並びにその配置の変更によりもたらされる非球面の作用及び効果を示しているとは認められない。甲第2号証の記載事項が、第4レンズ群IV(本件特許発明の第3群後群に相当)に非球面を配置することまで示唆していないことについては後述(下記[4]参照)する。
一方、本件特許発明は、非球面を配置する位置を第3群後群中と規定する構成及び他の本件特許発明の構成により、球面収差とサジタル横収差における高次フレアに特に着目して「ズーム全域の球面収差と軸外のサジタル横収差における高次フレアをバランスよく補正すること」 (本件の特許掲載公報第5欄29〜30行)を実現したものであり、この点で、非球面を配置する位置を第3群後群中と規定したことによる技術上の意義が認められる。
したがって、引用発明と、非球面を採用した甲第2号証のものとは、ズームレンズ系としての基本的構成が共通であり、かつ、用途、画角、焦点距離、全長等の機能的仕様も類似しているので甲第2号証の技術事項を引用発明に適用すること自体は、甲第10号証、甲第11号証及び甲第13号証に記載された技術水準からみて当業者が容易に想到できる事項であるとしても、引用発明に、甲第2号証に示された形状の非球面を、甲第2号証で示された位置、すなわち第3群前群中に配置するに止まり、本件特許発明の相違点2に係る「第3群後群中」に特定形状の非球面を配置するという構成には至らない。
そして、引用発明に、甲第2号証に示された形状の非球面を適用するに当たり、その位置を、本件特許発明のように第3群後群中に変更することは、その変更の合理的な動機が引用発明、甲第2号証及び周知の事項からは導き出せず、かつ、甲第2号証のものとは異なる非球面の位置を選択している点に技術上の意義が存在する以上、相違点2に係る本件特許発明の構成が引用発明及び甲第2号証の記載から当業者が容易に想到できた事項であるとすることはできない。

[4]平成14年8月22日付け回答書における請求人の主張について
請求人は、甲第2号証において、「特開昭60-178421号公報3頁左上欄17行〜19行には、『前述の非球面を絞りよりもできるだけ像側に配置することが、非点収差の補正(合議体注:「の補正」を挿入)に効果が高い。』(訂正審判の審理の際見落とした第2点)」、「『後述する本発明の数値実施例では非球面を1面使用しているが、複数面に使用した場合には、より効果が高くなることは言うまでもない。』(4頁左(合議体注:「右」の誤り)下欄4行〜6行)(訂正審判の審理の際見落とした第3点)」、「『又前記非球面レンズ3Aを該レンズ3Bより像面側に配置することにより軸外光束の通過位置がレンズ周辺部分(合議体注:「分」を挿入)となり、非点収差補正の効果を高めることができるので好ましい。』(公報3頁右上欄9行〜13行)(訂正審判の審理の際見落とした第4点)」という記載があること、及び「請求人目身が全文訂正明細書5頁24行〜27行において『ここで、軸外のサジタル横収差の高次フレアの補正に重点をおく場合は、非球面を第3群中のできるだけ像側の位置に置くことが望ましく、第3群後群中に設ける方がよい。しかし第3群前群の後方のレンズに設けても後群中に設けるのとほぼ同じ効果が得られる。』との効果説明(訂正審判の際見落とした第1点)をしている」点を根拠として、引用発明の第3群のIII-2(本件特許発明の第3群後群に相当)に甲第2号証の非球面を適用することが容易であると主張している。
しかし、甲第2号証の非球面の位置についての上記記載は、前記第3点を除いてそれらの記載の直前に「絞りは第3レンズ群の物体側か、もしくはレンズ群中の比較的物体側に設定することによって・・・」(前記第2点の直前)、「第3レンズ群中に負の屈折力のレンズ3Bを少なくとも1枚使用することにより、発散レンズ面で第3レンズ群の正の屈折力に起因する収差を補正することができる。」(前記第4点の直前)と記載されており、さらに、前記第3点は、単に非球面の数について記載しているのであって、位置について規定しているのではない。したがって、甲第2号証の明細書及び図面の記載(前記【4】甲第2号証参照)から、第3レンズ群III(本件特許発明の第3群前群に相当)に配置されていることが明らかである。この点は甲第2号証の実施例のレンズ構成データからも明らかである。このように、甲第2号証において、非球面を第4レンズ群IV(本件特許発明の第3群後群に相当)に配置することの示唆は認められない。
また、訂正後の明細書の発明の詳細な説明に、「軸外のサジタル横収差の高次フレアの補正に重点をおく場合は、非球面を第3群中のできるだけ像側の位置に置くことが望ましく、第3群後群中に設ける方がよい。しかし第3群前群の後方のレンズに設けても後群中に設けるのとほぼ同じ効果が得られる。」との記載は、非球面を第3群後群に配置する方が望ましいことを意味し、「ほぼ同じ効果が得られる」は、厳密な意味で「同じ効果が得られる」ことを意味しているとは認められないから、全文訂正明細書における前記第1点の記載は、本件特許発明の構成と何ら矛盾するものではない。
以上のとおり、請求人の上記主張は失当である。

さらに、回答書における、訂正が特許請求の範囲の拡張・変更に該当し、また、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明とが矛盾するので、平成14年1月8日に請求した訂正は、訂正の要件を満たさない旨の主張は、本無効審判の請求の要旨を変更するものであり、本件の審理において採用することはできない。
なお、この点について付言するに、訂正前の特許請求の範囲第1項に記載された発明の構成に、発明の詳細な説明に記載されていた条件式(3)及び(4)を付加することにより、特許請求の範囲を減縮したものであり、この減縮によって、本件特許発明の目的・作用・効果を質的に変えるものとは認められないから、上記訂正は、特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものに該当しないとした判断は妥当である。
また、条件式(1)及び(4)から、被請求人が説明する技術内容と矛盾する解を導くことができること自体は、本件特許明細書の記載不備と直接関係するものは認められない。さらに、条件式(1)及び(4)が発明の詳細な説明で謳う「超コンパクト化」と矛盾する解をも一部に含むとしても、「超コンパクト化」に必要な技術事項を本件特許発明の構成とし、当該技術事項を満足し本件特許発明の目的を達成できる実施例が具体的なレンズ構成データとして発明の詳細な説明に開示されている。すなわち、本件の特許請求の範囲第1項には、「超コンパクト化」に必要な技術事項、すなわち発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載され、発明の詳細な説明には当業者が容易に本件特許発明を実施できる程度に技術事項が開示されていると認められる。そして、本件特許発明の構成である技術事項をレンズ構成データとして具体化するに当たり、当業者ならば、本件特許発明の技術事項の範囲内でパラメータ間の調整を行い、目的を達成することができるから、本件特許発明の技術的範囲内で目的を達しない構成データの選択が可能であるということのみでは特許請求の範囲の記載が不備であるとすることはできない。

[5]甲第1号証に甲第2号証の非球面を適用したシミュレーションについて
平成13年4月3日の口頭審理において当審が審尋した「甲第1号証に甲第2号証の非球面を適用して本件の構成に至るとするためには、甲第1号証の実施例(第1、3、9、11図)の収差(できればサジタル横収差)と、前記実施例のIII‐2群の正レンズの物側の面に、甲第2号証の第1図の数値実施例1の非球面係数A、B、C、D、Eを直接いれた場合の収差とを比較し、当該収差が改善されることが確認されなければならない。」という事項に対して、当事者の回答をみると、引用発明に甲第2号証の第1図の数値実施例1の非球面係数A、B、C、D、Eを直接適用した場合には引用発明の性能を下回るものしか得られていない。これは、レンズ系に非球面を適用する際に、レンズ構成を変更する場合、当業者ならば当然行う手順を踏んでいないためと考えられる。ここで、当業者ならば当然行う手順とは、コンピュータを使ったレンズの設計の手順(甲第12号証参照)であり、レンズ構成に含まれる多数のパラメータを微調整して最適化する手順である。このような手順を踏むことなく、最適化した球面のみからなるレンズ系に非球面係数を直接適用しただけの場合には、一般に最適条件からはずれること、同様に非球面を使用して最適化したレンズ系から、他のパラメータを変えることなく非球面係数のみを「0」にした場合には、一般に最適条件からはずれることは当業者の常識であり、非球面係数を含むパラメータを変更する場合には、それ以外のパラメータとの間で微調整する手順を踏まなければならない。
被請求人が回答書で主張する「非球面を使用した光学系は、非球面の使用を前提として全光学系で収差補正のバランスをとるように構成されているから、非球面を使用した光学系から非球面項だけを削除した場合は、球面のみを使用した光学系と比較して収差の状態が悪くなるのは当然であり、非球面を使用した光学系の収差図と、非球面を使用した光学系から非球面項だけを削除した収差図とを比較する技術的意義は全くなく、」と述べ、請求人が「非球面係数はそのレンズの他のパラメータとの強い相関のなかで決められている。したがって、非球面データをそのまま別のレンズに導入すると違った相関が生じ、収拾できない収差になってしまう。わかり易く言えば、球面だけで収差が補正されているシステムにそのままのレンズ構成で、非球面を導入すると、補正がオーバーあるいはアンダーとなってしまい収拾できない収差になってしまいます。球面だけで収差が補正されているシステムに非球面を導入する場合は、球面系の収差を崩してから導入するのが設計者共通の認識になっている。」と述べているが、これらの見解は、レンズの構成データを変更する場合には、多数のパラメータを微調整して最適化しなければならないという当業者の前記常識を言い表したものと認められる。
以上の当業者の常識を考慮すると、甲第2号証の非球面のパラメータである非球面係数を、他のパラメータとの調整をとることなく引用発明に直接適用した場合に性能が悪化することは自然であり、他のパラメータとの調整をとることなく引用発明に甲第2号証の非球面係数を直接適用した結果、引用発明の性能が悪化した事実は、当業者が普通に採用する前記手順を踏んで、引用発明に甲第2号証の非球面を適用したときにも、引用発明の性能が悪化することを意味するものではない。
また、前記審尋の結果は、甲第1号証の第3群のIII-2に甲第2号証の非球面を適用して、本件特許発明の構成を充足するものとなったにもかかわらず、その性能が悪化して本件特許発明の目的を達成できないものとなるという矛盾を生じるが、これは前記審尋においては、前記「当業者ならば当然行う手順」を省略して適用した場合の結果を求めたからであり、前記審尋の結果は、本件特許発明の構成によっては本件特許発明の目的を達成できないということを意味するものではない。

【6】結び
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては本件の特許請求の範囲第1項に記載された発明の特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2001-07-10 
結審通知日 2001-07-16 
審決日 2001-07-31 
出願番号 特願昭61-212965
審決分類 P 1 112・ 532- Y (G02B)
P 1 112・ 531- Y (G02B)
P 1 112・ 854- Y (G02B)
P 1 112・ 121- Y (G02B)
P 1 112・ 856- Y (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 瀬川 勝久  
特許庁審判長 森 正幸
特許庁審判官 北川 清伸
柏崎 正男
登録日 1997-07-25 
登録番号 特許第2677268号(P2677268)
発明の名称 超コンパクトな広角域を含む高変倍率ズ-ムレンズ系  
代理人 服部 修一  
代理人 貞重 和生  
代理人 天野 正景  

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