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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性 無効としない G06F
審判 一部無効 1項3号刊行物記載 無効としない G06F
管理番号 1096155
審判番号 無効2003-35245  
総通号数 54 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2004-06-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2003-06-17 
確定日 2004-05-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第2621842号発明「生体高分子-リガンド分子の安定複合体構造の探索方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明
1-1 本件特許第2621842号の請求項1〜3に係る発明についての出願は、平成5年(1993年)3月26日(優先権主張平成4年(1992年)3月27日、日本国)を国際出願日とする出願であって、平成9年4月4日にその発明について特許の設定登録がされたものである。

1-2 これに対して、請求人は、証拠方法として甲第1号証及び甲第2号証を提出し、本件の請求項1に係る発明は、本件特許優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない発明に該当し、また、同刊行物に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明であるから、本件請求項1に係る発明の特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである旨主張している。

1-3 これに対し、被請求人は乙第1号証及び参考資料1〜9を提出し、本件発明は、甲第1号証に記載された発明ではなく、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない旨反論している。

1-4 本件請求項1に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】(1)生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定したダミー原子とリガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅することにより、生体高分子-リガンド分子間の水素結合様式を網羅する第1工程、
(2)前記のダミー原子間の距離と前記の水素結合性ヘテロ原子間の距離を比較することにより、生体高分子-リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定する第2工程、及び
(3)第2工程で得られた水素結合様式と配座毎に、リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子とダミー原子との対応関係に基づいてリガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換えることにより生体高分子-リガンド分子の複合体構造を得る第3工程
を含む生体高分子-リガンド分子の安定複合体の構造を探索する方法。」
(以下、「本件発明」という。)

2.引用例の記載事項
本件請求人が提出した甲第1号証刊行物(Hans-Joachim Bohm ”The computer program LUDI:A new method for de novo design of enzyme inhibitors” Journal of Computer-Aided Molecular Design,6(1992),61-78)(以下、「引用例」という。)には、以下の事項が記載されている。

2-1 「低分子を蛋白質構造の溝(例えば酸素の活性部位)に対し、酵素との間に水素結合が形成され疎水性ポケットが疎水性原子団で埋まるように配置する。新たなコンピュータープログラムを示す。
本プログラムは3段階で働く。始めに、水素結合を形成するか疎水性ポケットを埋めるのに適した空間中の離散的な位置である、相互作用サイトを計算する。相互作用サイトは、ケンブリッジ構造データベースを検索して得られた非結合接触の分布から導かれる。相互作用部位の別の導き方は、規則の使用である。第2の段階では、分子フラグメントを相互作用部位に対して適合する。現在我々は、この適合のために600フラグメントのライブラリを用いている。現在のプログラムの最終段階は、幾つかの、あるいは全ての適合されたフラグメントを、一つの分子につなぎ合わせることである。これはブリッジフラグメントを用いて行われる。安息香酸の結晶パッキングと酵素であるジヒドロ葉酸還元酵素およびトリプシンについて、適用例を示す。」(61頁、summaryの1〜3行、訳文1頁6〜15行参照)

2-2「強力で選択的な新たな酵素阻害剤の設計は、現代の論理的薬物設計における最も重要な応用の一つである。」(61頁下10〜下11行、訳文1頁下12〜下11行)

2-3「2番目のアプローチは、分子フラグメントに基づくものである。このアイデアは、酵素と水素結合が形成でき疎水性ポケットが疎水性フラグメントで埋まるように、活性部位に分子フラグメントを配置するというものである。これらのフラグメントは適切なスペーサーフラグメントによって一つの分子を作るべく連結される。このアプローチはいくつかの潜在的な利点がある。この方法は高速であり、また、連結されるフラグメントの可能な組合せが多数あるため、発生できる分子の多様性が膨大である、などの点である。本論文中で記述されるコンピュータープログラムLUDI[12]では、このフラグメントに基づくアプローチを採用する。」
(62頁24〜30行、訳文2頁18〜24行参照)

2-4「2.アルゴリズムの記述
本コンピュータプログラムを記述するために、相互作用部位、分子フラグメント、ブリッジという3つの用語を定義しておくのが有用である。
相互作用部位(interaction site)は空間中の点であり、酵素には占有されず、阻害剤の官能基の原子が酵素と好ましい相互作用をすることができる場所である。現行のプログラムは4つの異なる相互作用部位のタイプを区別している:親油性アリファティック Lali、親油性アロマティックLaro、水素供与性DX、水素受容性A-Yである。LaliとLaroで表されるアロファテイックとアロマティック相互作用部位は、疎水相互作用の形成に適している。D-XとA-Yで表H-供与性およびH-受容性部位は酵素との水素結合の形成に適している。水素結合は方向性が強いので、H-供与性および H-受容性部位は方向についての情報も保持できるようにベクトルの形で保存される。これらのベクトルはD-XとA-Yの原子対で表現される。このため、水素供与性相互作用部位D(極性の水素が酵素と水素結合を作れる位置)が見つかったら、Dと結合し、Dから1.00Å離れた所にある推定上の原子Xの最適位置も保存される。水素受容性相互作用部位A(例えば酸素や窒素原子が酵素と水素結合を作れる位置)が見つかったら、Aから1.23Å離れた所にある第二の位置のY原子も保存する。これらのベクトルのそれぞれの長さは、引き続く分子の適合において、N‐HやO-H基(水素供与性相互作用部位DXに適合される)あるいはカルボニル基C=O(水素受容性相互作用部位A-Yに適合される)を含む分子の適合を単純化するように選んでいる。このようにH-供与性とH-受容性相互作用部位に原子対を使用することで、引き続いて行われるフラグメントの適合を直接的にすることができるのだが、2つの位置を使わないフラグメントもある;例えばエーテル部分を含むフラグメントをH-受容性部位に適合するときには、エーテル酸素は位置Aに適合するが、位置Yは使用しない。
分子フラグメント(molecular fragment)は理想的な構造を有する低分子あるいは官能基である。現行のプログラムで使用されている分子フラグメントの例は、ベンゼンや酢酸である。もちろん、ペプチドや置換芳香環化合物のような大きな分子を分子フラグメントとして使用することもできる。
ブリッジ(bridge)は分子フラグメントに非常によく似ている。これもまた理想的な構造を有する低分子である。ブリッジは分子フラグメント間に適合され、それらを一つの分子に併合させる。
本プログラムは3つのモジュール、BSITES、FRAGMT、BRIDGE から成る。BSITES は潜在的な相互作用部位を発生する。FRAGMT は分子フラグメントを選択し、それらを潜在的な相互作用部位に適合させる。BRIDGEはブリッジフラグメントを選択し、分子フラグメントを1つの分子に融合させる。」
(63頁1〜31行、訳文3頁6行〜4頁4行)

2-5「2.1.潜在的な相互作用部位の計算(BSITES)
本プログラムは3段階で働く。最初の段階では、潜在的な相互作用部位を以下のようにして計算する。プログラムは、原子タイプと結合状態に基づいて、蛋白質原子を以下の4つのカテゴリーにクラス分けする:
(1)H-供与性:NまたはOに結合した全ての水素;
(2)H-受容性:水素が結合していない全ての窒素原子と、全ての酸素原子;
(3)アロマテイック:Phe,Tyr, His,Trp の芳香環に現れる炭素原子;
(4)アリファテイック:全てのアリファテイック炭素原子
LUDIでは、相互作用部位の発生に3つの異なるアプローチを用いることができるようになっている:
(1)規則に基づく(以下を参照);
(2)CSDから導かれた統計的な水素結合の分布や非結合接触パターンを利用;
(3)プログラムGRID〔5〕の出力を利用」
(64頁下12〜下8行、訳文5頁1〜12行)

2-6 「2.1.1.規則に基づく相互作用部位の発生
潜在的な相互作用部位は、以下の規則により発生される:
(1) 酵素の原子がH-供与性であれば、4つの水素受容性相互作用部位A-Yが以下の幾何学的条件によって配置される。RH..A=1.9Å、RA.Y=1.23Å、∠O/N-H..A=180° H..A-Y=120° O/N-H..A-Y=0°,90°,180°,270°
(2)酵素の原子がH-受容性(酸素)であれば、2つの水素供与性相互作用部位D-Xが、RO..D =1.9Å,RD..X=1.0Å、∠O..D-X=180° C-O..D=120° D‐XグループはR-C-Oグループの面内にあると仮定する。:∠R-C-O..D=0°,180°
(3)酵素の原子がプロトネートしていないHisの側鎖窒素であれば、水素供与正相互作用部位D-XグループをRN..D=1.9Å、∠N..D-X=180° C-N-C角の2等分線上に発生させる。」
(65頁1〜11行、訳文5頁13〜24行)

2-7「2.2.分子フラグメントの適合(FRAGMT)
次の段階は、前段階で発生した相互作用部位への分子フラグメントの適合であり、以下のように行われる。距離を判定基準として、分子フラグメントと適合するような適切なペア、3つ組、あるいは4つ組を相互作用部位のリストから検索する。適切な相互作用部位を選ぶのに用いられる判定基準は、相互作用部位間の距離の2乗 Rij2に基づいている。これらの値が、与えられたある範囲内(デフォルトの範囲は最適値Ropt2からRmin2=(Ropt-2△Rmax)2,Rmax2=(Ropt+2△Rmax)2として計算される。△Rmaxの典型的な値は0.2‐0.6 Åである)にあれば、フラグメントの適合が実行される。例えば、もし3つのアロマティック相互作用部位i,j,kが適切な距離Rij2,,Rik2,Rjk2を伴って見つかったとすれば、例えばフェニル基のような親油的フラグメントの3原子(例えば原子1,3,5)がこれら3点以上に適合される。分子フラグメントの適合は、Kabschにより発表されたアルゴリズム〔24〕を用いた平方二乗根(RMS)重ね合わせによって行われる。RMS値がユーザー定義の値(典型的には(0.2〜0.6Å)より小さく、適合されたフラグメントと酵素の間にファンデルワールス重なりが無い場合に、分子フラグメントの適合が認められる。分子フラグメントの適合が認められると、その座標がPDB形式で保存される。
分子フラグメントは、本プログラムによってフラグメントライブラリから読み込まれる。これらのフラグメントの各々について、3〜8個の原子が相互作用部位への重ね合わせ用に定義される。フラグメントライブラリは、典型的には5〜30原子からなる構造群を含んでいる。ライブラリに含まれるフラグメントの典型的な例を表2に示す。フラグメントライブラリは、CVFF力場 [25] による力場計算あるいは実験的に決定された結晶構造から得られる低エネルギーの配座にある適切な分子を、注意深く選択することで手作業で作成した。現在のところ、フラグメントライブラリは600の登録項目を含んでいる。酵素トリプシンの活性部位について、全フラグメントを用いた計算はVAX11/785で20分程度を要する。
フラグメントライブラリは PDB 形式を用いている。本プログラムでは、フラグメント名と原子数をへツダ行に持つPDBファイルをライブラリに加えるだけで、ユーザーが自分で新たなフラグメントを定義できるようになっている。これはプログラムに一切変更を加えることなく可能である。フラグメントライプラリに追加する新たなフラグメントごとに、ユーザーは相互作用部位の適合に用いる原子を選び、また各原子についてこれに適合する相互作用部位のタイプを選択しなければならない。適合手続きの対象となる原子の選択は、アセトンのような小さな分子については比較的簡単である:全ての重原子が選択され、アリファテイック炭素はアリファテイック相互作用部位に適合し、カルボニル基はH-受容性相互作用部位に適合される。ジペプチドや置換複素環化合物などの、より大きなフラグメントでは、状況はもっと複雑になる。これは、フラグメントの適合の対象原子に成りうる原子や官能基が複数存在するからである。この問題を解決する一つの可能な方策は、フラグメントごとに幾つかの独立な対象原子の集合を用いることである。
実際、現行のフラグメントライブラリ中の比較的大きなフラグメントの幾つかについては、本プログラムは異なる対象原子の集合を用いて分子を相互作用部位に適合する試行を複数回行なう。例えば、フラグメントである 2,4‐ジアミノプテリジン(3.2節で議論する)について、LUDIは5通りの異なる対象原子の集合を用いている。現在我々は、いかなる与えられた分子についても、最も有望と思われる対象原子を自動的に選ぶための手続きについて研究中である。
(68頁18行〜69頁下14行、訳文9頁9行〜10頁下9行)

2-8 全てのフラグメントは剛体として扱われる。しかし、内部の柔軟部はライブラリ中に一つのフラグメントについて幾つかの配座を含めておくことで扱える。柔軟な分子の一例はジペプチドで、この場合はラマチャンドランプロット [26] の高頻度領域に相当する複数の配座がライブラリに保存されている。もう一つの例が、例えばナフトールのような水酸基を含む化合物で、水酸基の2つのロータマーがフラグメントライブラリに保存されている。
フラグメントの相互作用部位への適合のしかたについては、明らかに膨大な数の可能性が存在する。我々の経験では、相互作用部位ごとに複数のフラグメントを適合させ、目視による観察と手作業で融合させるべき適切なフラグメントを選択するのが有効である。」
(69頁下13〜下6行、訳文10頁下8〜末行)

2-9「2.3.フラグメントのブリッジング(BRIDGE)
現在の本プログラムの最終段階は、適合されたフラグメントの幾つか若しくは全てを、一つの分子に連結する作業を含んでいる。これはブリッジライブラリ(PDB形式)に蓄積されているブリッジフラグメントによって行われる。ここで使用するアルゴリズムは、Barlettと共同研究者らによって開発されたプログラム CAVEAT[27]に幾分似通っている。プログラムはまず近接する2つのフラグメントを特定し、両方のフラグメント中で最も近接する水素原子を特定する。これら2つの水素原子は、隣接する重原子と共にブリッジ選択の際のリンク部位として使用される。最も適切なブリッジは、ブリッジフラグメントを両方のリンク部位に、前節で述べたのと似た方法で適合することで見つける。ブリッジの末端原子はリンク部位上に適合させる。幾つかのブリッジについては、適合に相互作用部位も用いる。例えば、-CH2COO-ブリッジは、適切な2つのリンク部位と、1つのH-受容性部位に適合される。ここでもKabschアルゴリズム[24]が最小二乗重ね合わせに用いられる。プログラムは、全てのフラグメントを1個の分子に融合させることを試みる。発生したブリッジは最終的にPDB形式で保存される。」
(69頁下5行〜70頁8行、訳文11頁1〜13行)

2-10「3.1.安息香酸の結晶パッキング
最初の非常に単純なテスト例として、我々はプログラムを安息香酸(CSD Refcode BENZAC01[28] )の結晶パッキングに適用した。この構造をCSDから取り出し、複数の単位格子を分子モデリングプログラムパッケージSYBYL[29]を用いて発生した。
・・・<中略>・・・
LUDIが発生した出力を図4〜6に示す。プログラムモジュールBSITESで発生した相互作用部位を図4に示す。H-供与性1個、H-受容性1個と14個のアロマティック相互作用部位が発生されている。次のステップで、モジュールFRAGMTが安息香酸分子を発生した相互作用部位を用いてキャビティの中に再適合する。安息香酸フラグメントは4つの相互作用部位上に適合される:H-供与性1個、H-受容性1個と2個のアロマティック相互作用部位である。-COOH基とメタ位にある2個の炭素原子が安息香酸フラグメントの対象原子として使用された。」
(70頁12行〜下3行、訳文11頁17行〜12頁1行)

2-11「3.2.DHFR-MTX複合体
2番目のテスト例として、本プログラムを抗ガン剤メトトレキセート(MTX)との複合体として結晶化されたジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)[30] に適用することにした(Brookhaven PDB[1] 中での登録項目 4DFR)。
・・・(中略)・・・
1番目の計算結果を図7に示す。2,4-ジアミノプテリジン分子は活性部位に正しい方向で適合されている。
・・・(中略)・・・
2番目の計算では、DHFRとMTXの両方に水素結合することが知られている水分子(#A405)を入力ファイルに加えた。ここでもLUDIは2,4‐ジアミノプテリジンをDHFRの活性部位に正しく適合した -しかし今回は、適合の際に異なる対象原子の集合を用いている。
・・・(中略)・・・
3番目の計算で発生したフラグメントを図8に示す。アミジノフラグメント#1とカルボキシルフラグメント#2 は、メトトレキセート分子中のプテリジン部分やσ-COO 基と比較しても良い位置にきている。これら2つのフラグメントは、DHFRのAspA27,ArgA57と、MTXと同じ水素結合を形成している。
・・・(中略)・・・
2番目の計算で発生したフラグメントを、モジュールBRIDGE の入力として使用した。ブリッジフラグメントを図9に示す。
・・・(中略)・・・」
(70頁下2行〜74頁18行、訳文12頁10行〜15頁下6行)

2-12「3.3.トリプシン-ペンザミジン複合体
本論文の最後の例は、阻害剤ベンザミジンとの複合体として結晶化された酵素トリプシン[32](Brookhaven PDBの登録項目 3PTB)に関するものである。
・・・<中略>・・・
”規則に基づく”相互作用部位を用いた最初の計算は失敗した。LUDIは、ベンザミジンをトリプシンの特異的ポケットに適合できなかったのである。
・・・<中略>・・・
CSD分布から導かれた相互作用部位を使用した2番目の計算結果を図10に示す。」
(74頁4行〜75頁17行、訳文16頁2〜13行)

2-13「4.議論と結論
我々は、蛋白質に対するリガンドの自動設計、例えば酵素阻害剤の設計、のための新たなプログラムLUDIを開発した。このプログラムは、分子フラグメントを、酵素との水素結合が形成され疎水性ポケットが埋められるように、酵素の活性部位に配置する。これらのフラグメントは適切なスベーサー(「ブリッジ」)によって連結され、一つの分子が作られる。アルゴリズムは高速で(例えば、トリプシンの活性部位について600フラグメントを用いた計算に要する時間は、VAX 11/785で20分以下、Silicon Graphics 4D25では2分以下である)、使いやすい。新たなフラグメントの追加も、フラグメントライブラリに対応する PDB ファイルを加えるだけで可能である。これはプログラムに一切変更を加えずに行なえる。」
(75頁5〜13行、訳文17頁1〜8行)

2-14「LUDIの適用例を幾つか示した。本プログラムは安息香酸分子を安息香酸の結晶パッキング中のキャビテイに正確に戻した。酵素DHFRについては、MTX中の対応する官能基がDHFRと強い水素結合を形成する位置と非常に近い所に、2つのフラグメントを適合した。さらに、フェニル環は MTX の芳香環の近傍に配置された。トリプシンについては、規則に基づいた相互作用部位を用いた場合に、本プログラムはペンザミジンフラグメントを酵素の特異性ポケットに適合する事ができなかった。しかし、CSDの結晶データの統計的評価から得られた非結合接触の分布から相互作用部位を発生させると、ベンザミジンフラグメントは正しく配置される。さらにプログラムは、600分子のライブラリの中から他に3種類の分子をトリプシン阻害剤の候補分子として特定することに成功した。」
(75頁14〜76頁4行、訳文17頁9〜18行)

2-15「このアプローチの究極の目的は、明らかに酵素阻害剤の完全自動設計である。本論文中に示された結果は有望ではあるものの、依然として完全自動的手続きには遠いことを認識すべきであろう。」(76頁5〜7行、訳文17頁19〜21行)

なお、甲第2号証は、本件特許権に基づく差止請求事件の判決である。
(東京地裁、平成13年(ワ)第21278号 特許権侵害差止請求事件判決、平成15年2月6日)

3.対比・判断

3-1 引用例には、「強力で選択的な新たな酵素阻害剤の設計は、現代の論理的薬物設計における最も重要な応用の一つである。」(上記2-2参照)、「我々は、蛋白質に対するリガンドの自動設計、例えば酵素阻害剤の設計、のための新たなプログラムLUDIを開発した。」(上記2-13参照)「このアプローチの究極の目的は、明らかに酵素阻害剤の完全自動設計である。」(上記2-15参照)、「低分子を蛋白質構造の溝(例えば酸素の活性部位)に対し、酵素との間に水素結合が形成され疎水性ポケットが疎水性原子団で埋まるように配置する。」と記載されている(上記2-1参照)。

一方、本件明細書には「薬物や生体内活性物質が生理活性を発現するには、標的となる生体高分子(細胞間のシグナル伝達に関与する薬理学的受容体だけでなく、酵素、サイトカイン蛋白その他の蛋白質、およびそれらを主成分とする複合体、核酸を含む)に強く結合することが必要である。」(本件公報第4欄第12〜15行)、「これら生体高分子に結合する低分子量の化合物分子(薬物分子、酵素の基質・阻害剤・補酵素分子、その他)をリガンド分子と呼ぶ。リガンド分子としては、薬物分子の候補、例えばこれから合成しようとする薬物分子も含む。こうした生体高分子とリガンド分子の安定な結合には、生体高分子の立体構造中にあるリガンドを結合する溝や窪み(リガンド結合部位と呼ぶ)の形状とリガンド分子の表面の形状がカギ穴とカギのように相補的になっていること、及び、両分子の間に特別な親和力をもたらす相互作用が働くことが必要である。」(同20〜30行)と記載されている。

したがって、引用例における「酵素等の蛋白質」、「低分子及びリガンド」は、本件発明の「生体高分子」、「リガンド分子」と同一であり、本件発明の「生体高分子-リガンド分子の安定複合体の構造を探索する方法」は、引用例記載の発明と目的が共通するものと認められる。

しかし、引用例の発明は、酵素と水素結合が形成でき疎水性ポケットが疎水性フラグメントで埋まるように、活性部位に分子フラグメントを配置し、フラグメントを適切なスペーサーフラグメントによって一つの分子を作るべく連結する(上記2-1、2-3、2-7参照)ものであるのに対し、本件発明は、リガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子と、生体高分子側に設定されたダミー原子との対応付けを行って生体高分子-リガンド分子の安定複合体構造を得るものであって、リガンド分子をフラグメントから組立ることを構成に欠くことのできない事項としていない点で相違すると認められる。
そして、引用例の発明において、分子フラグメントに基づくアプローチを採用するのは、「このアプローチはいくつかの潜在的な利点がある。この方法は高速であり、また、連結されるフラグメントの可能な組合せが多数あるため、発生できる分子の多様性が膨大である、などの点である。」(上記2-3参照)と記載されていることから見て、フラグメントに基づくアプローチではない手段を採用することが当業者にとって容易であるということはできない。

したがって、本件発明は引用例に記載された発明であるということはできず、また、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとも認めることはできない。

3-2 なお、請求人は下記のとおり主張しているので更に検討する。
ア.第1工程において、本件発明の「組合わせ的に網羅」とは、ダミー原子とリガンド分子の一部の水素結合性ヘテロ原子との対応付けを組合わせ的に網羅する場合も包含するから、本件発明の「ダミー原子とリガンド分子中の水素結合性へテロ原子との対応づけを組合せ的に細羅することにより、生体高分子-リガンド分子間の水素結合様式を網羅する」は、引用例の分子フラグメントを用いて相互作用部位との適合を行う工程と同一である。(審判請求書7頁、口頭審理陳述要領書4頁)

しかし、本件発明は、上記のとおりリガンド分子の一部の水素結合性ヘテロ原子について対応付けを網羅するとしても、リガンド分子(の部分)を連結して一つの分子を作るものではないから、本件発明が引用例に記載された発明であるとすることはできない。

イ.第2工程において「同時に推定する」について、引用例には「全てのフラグメントは剛体として扱われる,しかし、内部の柔軟性はライブラリ中に一つのフラグメントについて幾つかの配座を含めておくことで扱える(上記2-8参照)」と記載されているから、そのようなフラグメントについては、水素結合性部分の結合様式と配座を同時に推定しうる点で、本件発明は引用例記載の発明と同一である。(審判請求書8頁、口頭審理陳述要領書5頁)

しかし、引用例の方法において、一部のフラグメントについて水素結合の様式と配座が同時に推定できたとしても、本件発明は、フラグメントをブリッジフラグメントによって連結するものではないから、引用例記載の発明と同一であるとはいえない。
ウ.本件特許発明1の第3工程は、いったんリガンド分子の部分構造の座標を生体高分子の座標系に置き換えた後、最終的にリガンド分子の全原子の座標を生体高分子の座標系に置き換えるような態様をも包含するものと解されるから、本件発明には引用例における分子フラグメントの適合の態様も包含される。(審判請求書9頁、口頭審理陳述要領書5頁)

しかし、適合の態様が分子フラグメントの適用の態様を含むとしても、上記のとおり、本件発明は、分子フラグメントをブリッジフラグメントによって連結するものではないから、引用例記載の発明と同一であるとはいえない。

エ.本件発明の「生体高分子-リガンド分子の安定複合体の構造を探索する方法」は、引用例に記載されている。(口頭審理陳述要領書6〜9頁)

しかし、最初の安息香酸の分子パッキングへの適用例(上記2-10参照)は、生体高分子とリガンドとの関係を示すものではなく、次のDHFR(ジヒドロ葉酸還元酵素)とMTX(メトトレキセ-ト)複合体の例は、ジアミノプテリジン等のフラグメントについて適合性を判断した後、フラグメントを連結しており、しかも得られた分子はMTXとは異なるものになっている(上記2-11参照)から、本件発明とは異なるものである。

3番目のトリプシンとベンザミジンの例では、ベンザミジンはそれ自体フラグメントとしてライブラリに加えうるものであると同時に、トリプシンの阻害剤であって、本件発明のリガンドに相当する分子であるが、「”規則に基づく”相互作用部位を用いた最初の計算は失敗した。」と記載されているように、「規則に基づく」アプローチ(すなわち、水素結合部分に基づいて適合性を判断する)した場合は適合できず、「CSD分布から導かれた相互作用部位を使用した2番目の計算結果」で適合させることができたと記載されている。(上記2-12参照)

ところで、請求人は、本件発明における「ダミー原子」について、引用例における「相互作用部位」とは、空間中の点であり、酵素には占有されず、阻害剤の官能基の原子が酵素と好ましい相互作用をすることができる場所であって(上記2-4参照)、蛋白質原子のH供与性原子およびH受容性原子のそれぞれについて潜在的な相互作用部位が発生されるものである(上記2-5、2-6参照)から、本件発明の「ダミー原子」は引用例の「相互作用部位」と同一である」と主張している。
(請求書6頁、口頭審理陳述要領書3頁)
そうであれば、本件発明の「ダミー原子」は”規則に基づいて”発生される「相互作用部位」(上記2-6)であると認めることができるから、2番目の方法で採用された”CDSから導かれる非接触の調査に基づく”「相互作用部位」ではない。
したがって、引用例のトリプシンとベンザミジンの例は、本件発明の「生体高分子中の水素結合性官能基の水素結合の相手となり得るヘテロ原子の位置に設定したダミー原子とリガンド分子中の水素結合性ヘテロ原子との対応づけを組合せ的に網羅し、ダミー原子間の距離と前記の水素結合性ヘテロ原子間の距離を比較することにより、生体高分子-リガンド分子間の水素結合様式及びリガンド分子の水素結合性部分の配座を同時に推定」しているものと同一であると認めることはできない。

したがって、請求人の上記ア〜エの主張は何れも採用することができない。

4.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1に係る発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2003-12-26 
出願番号 特願平5-517287
審決分類 P 1 122・ 121- Y (G06F)
P 1 122・ 113- Y (G06F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田中 幸雄  
特許庁審判長 小川 謙
特許庁審判官 横尾 俊一
江頭 信彦
登録日 1997-04-04 
登録番号 特許第2621842号(P2621842)
発明の名称 生体高分子-リガンド分子の安定複合体構造の探索方法  
復代理人 今村 正純  
代理人 城山 康文  
代理人 中野 憲一  
代理人 間山 世津子  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  
代理人 田中 玲子  
代理人 板井 典子  
代理人 田中 成志  

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