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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1101039
審判番号 不服2002-13461  
総通号数 57 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1999-01-12 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2002-07-18 
確定日 2004-08-05 
事件の表示 平成10年特許願第111738号「サーマルヘッドおよびその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成11年 1月12日出願公開、特開平11- 5323〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯・本願発明の認定
本願は平成10年4月22日の出願(優先権主張平成9年4月22日)であって、その請求項2に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成14年2月4日付けで補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲【請求項2】に記載された事項によって特定されるとおりの次のものと認める。
「発熱体を保護する保護膜として、前記発熱体側に、セラミックスを主成分とする少なくとも1層からなる下層保護膜を形成し、この下層保護膜上に、炭素を主成分とする上層保護膜を形成して、サーマルヘッドを製造するに際し、
前記下層保護膜に表面処理を施して、前記表面の表面粗度Raの値を5〜500nmとした後、前記上層保護膜を形成することを特徴とするサーマルヘッドの製造方法。」

第2 当審の判断
1.引用刊行物記載の発明の認定
原査定の拒絶の理由に引用された特開平7-132628号公報(以下「引用例」という。)には、「基板上に発熱抵抗体を形成する工程と、前記発熱抵抗体上に保護層を形成する工程とからなるサーマルヘッドの製造方法において、前記保護層を形成する工程は、シリコン系化合物層を形成する工程と、このシリコン系化合物層の表面を還元性雰囲気で処理した後、ダイヤモンドライクカーボン膜を形成する工程とからなることを特徴とするサーマルヘッドの製造方法。」との発明(【請求項2】。以下「引用例発明」という。)が記載されている。

2.本願発明と引用例発明との一致点及び相違点の認定
引用例発明の「発熱抵抗体」及び「保護層」は、本願発明の「発熱体」及び「保護膜」にそれぞれ相当する。
本願発明の「セラミックスを主成分とする少なくとも1層からなる下層保護膜」について、本願明細書には「下層保護膜88としては、・・・セラミックスを主成分とするものであれば特に限定されず、各種のセラミックス材料が使用可能である。・・・・・・具体的には、窒化珪素(Si3N4)、炭化珪素(SiC)、酸化タンタル(Ta2O5)、酸化アルミニウム(Al2O3)、サイアロン(SiAlON)、ラシオン(LaSiON)、酸化珪素(SiO2)、窒化アルミニウム(AlN)、窒化ホウ素(BN)、酸化セレン(SeO)、窒化チタン(TiN)、炭化チタン(TiC)、炭窒化チタン(TiCN)、窒化クロム(CrN)、およびこれらの混合物等が例示される。」(段落【0027】〜段落【0028】)との記載がある。他方引用例には、「本発明に係わるシリコン系化合物層とは、比較的じん性が高く、発熱抵抗体と反応しない無機シリコン化合物からなる薄膜層をいう。そのような薄膜層材料としては、SiOx単体、SiOxとSiNyとの混合物あるいはMo、W、Tiなどの高融点金属と多結晶シリコンとの合金であるシリサイトを挙げることができる。」(段落【0011】)及び「下部保護層5はRFスパッタリングにより形成した。SiO2膜形成時にはターゲットとしてSiO2焼結体を用い、SiON膜形成時にはSiO2とSi3N4とを混合した焼結体を用いた。」(段落【0017】)との記載がある。これら本願明細書と引用例の記載を比較すれば、引用例発明の「シリコン系化合物層」は本願発明の「セラミックスを主成分とする・・・下層保護膜」に相当し、「少なくとも1層からなる」との文言は本願発明と引用例発明との相違点を構成するものではない。
引用例発明の「ダイヤモンドライクカーボン膜」は本願発明の「炭素を主成分とする上層保護膜」に相当し、引用例発明においては「シリコン系化合物層の表面を還元性雰囲気で処理した後、ダイヤモンドライクカーボン膜を形成する」のであるから、シリコン系化合物層を発熱抵抗体側に形成し、その上にダイヤモンドライクカーボン膜を形成しているといえ、そのことは本願発明の「発熱体側に、セラミックスを主成分とする少なくとも1層からなる下層保護膜を形成し」及び「下層保護膜上に、炭素を主成分とする上層保護膜を形成」と一致する。なお、「下部」及び「上部」との表現は、引用例においてもされている(例えば「上部保護層に用いられるダイヤモンドライクカーボン膜」(段落【0015】)及び「下部保護層に用いれるSiOx単体、SiOxとSiNyとの混合物からなるシリコン系化合物」(段落【0016】)。)
引用例発明の「シリコン系化合物層の表面を還元性雰囲気で処理」は表面処理である点で、本願発明の「下層保護膜に表面処理を施して」と一致する。
したがって、本願発明と引用例発明とは、
「発熱体を保護する保護膜として、前記発熱体側に、セラミックスを主成分とする少なくとも1層からなる下層保護膜を形成し、この下層保護膜上に、炭素を主成分とする上層保護膜を形成して、サーマルヘッドを製造するに際し、
前記下層保護膜に表面処理を施した後、前記上層保護膜を形成するサーマルヘッドの製造方法。」である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点〉本願発明の表面処理が「表面の表面粗度Raの値を5〜500nm」とする処理であるのに対し、引用例発明のそれは「表面を還元性雰囲気で処理」であり、表面粗度Raの値がその処理によってどうなるのか不明である点。

3.相違点についての判断及び本願発明の進歩性の判断
原査定の拒絶の理由に引用された特開昭63-67762号公報には、「インナリード3と封止樹脂8との接合部が両者の熱膨張係数の差に起因する応力によってスリップし、そこに剥離が発生する場合がある。」(2頁右上欄3〜5行)及び「本リードフレームは、封止樹脂と接する面即ちインナリードの表面に梨地状の粗化加工面即ち微小凹凸の形成された面が設けられており、この凹凸が封止樹脂と噛み合うので、・・・インナリードと封止樹脂の接合強度が高くなり、両者の接合部がスリップするのを防止する。」(2頁左下欄16行〜右下欄4行)との各記載があり、これら記載によると、2部材を接合するに当たり、その一方の表面を粗化加工しておくことが、接合強度を高める上で有用であることが把握できる。
このように表面を粗面とすることにより接合強度を高めることは、上記文献以外にも、
特開平2-297939号公報に「半導体基板上に第1の薄膜としてポリシリコン膜を堆積する工程と、その表面を物理的または化学的方法によって粗面に形成する工程と、及び、上記の粗面上に第2の薄膜としてシリサイド膜を堆積する工程を含む・・・ポリシリコン膜とシリサイド膜の密着性が増大されるから剥離等を生ぜず」(2頁左上欄1〜10行)と、
特開平4-144171号公報に「粗面化工程を経た基板は、その後の工程で形成される保護層に対して優れた密着性を有し、これによって保護膜の剥離による性能の低下のない」(3頁左上欄1〜4行)と、
特開平5-235149号公報に「表面粗度を付ける技術として、モリブデン(Mo)溶射法が挙げられ、これは防着板と内部治具にモリブデンを溶射して、その表面に多孔質の構造の層を形成して、その層に付着させて剥離し難くくしている。」(段落【0010】)及び「防着板母材の黒鉛12の表面に50μm程度の粗度を施し、CVD法によって、500μmの均一な膜厚の高密度SiC膜13を形成する。この防着板の表面にTiNを連続して、2000μm程度成膜しても、剥離が無かったことを確認した。」(段落【0022】)と、
特開平8-165576号公報に「ダイヤモンドと基体との密着性が向上する理由に関しては、放電加工面は凹凸が激しく、アンカー効果によるものと考えられる。」(段落【0005】)と、
特開平7-193051号公報に「薄膜表面を粗面化することは、例えば素子の作製において化学的に密着性の弱い場合に、膜と膜との密着性を上げることが可能となり」(段落【0002】)と、並びに
特開平7-11444号公報に「母材の表面は、その表面粗度がRmaxで0.1μm以上の凹凸を有していることが好ましい。これは、母材の表面を大きくすることによって、母材と膜との接触面積を増大させるのに効果的である。この凹凸の上限値については、密着性向上という観点だけからすれば特に限定されるものではない」(段落【0012】)と記載されているように本願出願当時には周知というべきである。
ところで引用例には、「SiOx単体、SiOxとSiNyとの混合物からなるシリコン系化合物層は、その表面を還元性雰囲気で表面処理を行うと、この上層に形成されるダイヤモンドライクカーボン膜との付着力をより向上させることができることを見出だした。」(段落【0011】)及び「本発明においては下層保護膜を還元雰囲気で表面処理を行うことにより、ダイヤモンドライクカーボン膜との付着力が向上する。」(段落【0016】)との記載があるから、引用例発明の「表面を還元性雰囲気で処理」が、シリコン系化合物層(下層保護膜)表面の化学的性状を改変することにより、同層とダイヤモンドライクカーボン膜(上層保護膜)との付着力向上を目的とした表面処理であることは明らかであるが、その付着力がどの程度であるのか確定的なことは引用例の記載からは判然としない。そして、引用例発明の付着力がどの程度であろうと、より付着力を高めるために上記周知技術を適用してシリコン系化合物層(下層保護膜)表面を粗面化することには十分な動機があるといわなければならない。
その際、付着力を高めるための粗面化であるからには、表面粗度Raの値はある程度大きくなければならないから、これを5nm以上とすることは、適宜実験等を行うことによって当業者が選択できる設計事項というべきである。また、表面粗度Raの値を500nm以上とすることは付着力向上という観点では有用であるかもしれない(例えば、前掲特開平5-235149号公報には、粗度の定義が明らかでないものの、その数値からみて本願発明の上限を超える表面粗度Raを形成することが記載されている。)が、反面そのためにはシリコン系化合物層の厚さを表面粗度Raよりも相当程度大きくしておかなければならない。ところが、シリコン系化合物層をみだりに厚くすることは熱伝導を悪くすることにつながるから避けなければならず、実際引用例には「シリコン系化合物からなる薄膜層が0.5〜1.0μm」(段落【0013】)及び「下部保護膜の厚みは0.5μm」(段落【0017】)との記載があり、この程度の厚さのシリコン系化合物層の表面粗度Raの値を500nm以上とすることは不可能である。
以上を総合すれば、引用例発明に、シリコン系化合物層の表面粗度Raの値を5〜500nmとするような表面処理を施すこと、すなわち相違点に係る本願発明の発明特定事項を採用することは、上記周知技術にかんがみ当業者が容易に想到できたといわざるを得ない。
この点請求人は「本発明に係るカーボンヘッドにおいてカーボン膜が受ける熱ストレスは、高速のパルス状(ON/OFF)のものであって、・・・半導体装置のインナーリードが受ける熱ストレスとは、比較にならないほどの強さを有し、カーボン膜に要求される密着性もこれに耐え得るようなレベルのものであるというような点で、技術を簡単に転用できるような環境ではない。」(平成14年10月24日付け手続補正書(方式)5頁4〜8行)と主張するが、カーボン膜に要求される密着性が高いレベルであればあるほど、引用例発明におけるシリコン系化合物層とダイヤモンドライクカーボン膜の密着性をより向上させることには強い動機があることになる。請求人はまた、「基準を上限側を含めて明確化したことは、前述の実験結果からも明らかなように、技術的にも特許的にも非常に意味のあることで、カーボンヘッドにおける実用レベルの耐久寿命を付与するための有効な条件として本発明者等が見出したものであり」(同書5頁19〜22行)とも主張するが、進歩性の判断において問われるのは、上限又は下限を明確化することではなく、上限及び下限によって規定される数値範囲内の1つの数値を採用することの容易性である。より具体的にいえば、従来常識とされている数値よりも桁外れに大きい上限値を設定したとしても、下限値が従来値と異ならないか、下限値を超えるものが従来値から想到容易であれば、新規性又は進歩性は否定される。他方、従来常識とされている数値よりも桁外れに大きい上限値を設定すると同時に、下限値も従来の常識値よりも相当程度大きいのであれば、作用効果を勘案しつつ進歩性が評価されることがあり得るにとどまる。以上のとおりであるから、上記請求人の主張は到底採用することができない。
また、相違点に係る本願発明の発明特定事項を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本願発明は引用例発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第3 むすび
本願発明が特許を受けることができない以上、本願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-06-08 
結審通知日 2004-06-08 
審決日 2004-06-21 
出願番号 特願平10-111738
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 上田 正樹  
特許庁審判長 番場 得造
特許庁審判官 津田 俊明
清水 康司
発明の名称 サーマルヘッドおよびその製造方法  
代理人 三和 晴子  
代理人 福島 弘薫  
代理人 渡辺 望稔  

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