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審判番号(事件番号) データベース 権利
異議200171906 審決 特許
異議199971254 審決 特許
異議199971260 審決 特許
無効200035269 審決 特許

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審決分類 審判 訂正 2項進歩性 訂正しない A23D
審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正しない A23D
審判 訂正 特36 条4項詳細な説明の記載不備 訂正しない A23D
管理番号 1108745
審判番号 訂正2004-39048  
総通号数 62 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1994-06-16 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2004-03-09 
確定日 2004-12-16 
事件の表示 特許第2731035号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.請求の要旨
本件審判の請求の要旨は、特許第2731035号発明(平成4年1月22日特許出願(パリ条約による優先権主張1991年1月24日、米国)、平成9年12月19日設定登録)の明細書及び図面を審判請求書に添付した訂正明細書及び図面のとおり、すなわち、下記(1-1)〜(1-3)のとおり訂正することを求めるものである。
(1-1)訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1「【請求項1】(a)DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油を得、ここで前記DHAとARAはトリグリセリドの形であり、(b)これらの油を、調合乳に含まれるDHAとARAの量が母乳に含まれるDHAとARAの量と同等となるような量だけ、調合乳に加える、調合乳にDHAとARAを補う方法。」を、「【請求項1】(a)DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油を得、ここで前記DHAとARAはトリグリセリドの形であり、(b)これらの油を、調合乳に含まれるDHAとARAの量が母乳に含まれるDHAとARAの量と同等となるような量だけ、調合乳に加える、本質的にEPAを含まない調合乳にDHAとARAを補う方法。」と訂正する。
(1-2)訂正事項b
特許請求の範囲の請求項15〜18を削除する。
(1-3)訂正事項c
特許請求の範囲の請求項19「【請求項19】DHAに富む微生物油とARAに富む微生物油の混合物からなり、これらの油がDHAとARAのレベルが母乳に含まれるDHAとARAの量と同等となるような量で含まれ、前記DHAと前記ARAはトリグリセリドの形であり、前記微生物油は本質的にEPAを含まない調合乳。」を、「【請求項15】DHAに富む微生物油とARAに富む微生物油の混合物からなり、これらの油がDHAとARAのレベルが母乳に含まれるDHAとARAの量と同等となるような量で含まれ、前記DHAと前記ARAはトリグリセリドの形であり、前記微生物油は本質的にEPAを含まない、本質的にEPAを含まない調合乳。」と訂正する。

2.当審の判断
(2-1)当審が通知した訂正拒絶理由
(2-1-1)本件訂正事項a、bおよびcは、特許法第126条第1項第1号で規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、本件訂正審判請求が認められるためには、当該請求が、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号。以下「平成6年改正法」という。)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、平成6年改正法による改正前の特許法第126条第3項に規定する要件を満たすこと、すなわち、これらの訂正事項の対象となる本件訂正後の請求項1〜7および15に係る発明(以下、それぞれ、訂正後の発明1〜7、15という)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであることが必要である。

(2-1-2)これにつき、当審は、平成16年4月15日付で、訂正後の発明1〜7および15は、以下の2点で、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、本件訂正審判請求は拒絶されるべきものである旨を通知した。
(i)本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が「DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、これらに含まれるDHAとARAがトリグリセリドの形であるもの」を容易に得ることができる程度に記載されていないから、本件特許出願は、訂正後の発明1〜15について、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
(ii)仮に、本件特許出願が上記要件を満たす、すなわち、本件明細書の発明の詳細な説明が、当業者が「DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、これらに含まれるDHAとARAがトリグリセリドの形であるもの」を容易に得ることができる程度に記載されているとした場合は、訂正後の発明1〜7、15は、本件優先日前に頒布された下記の刊行物1、3〜8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けられないものである。

刊行物1;ドイツ特許公報No.3920679 C2
刊行物2;ヨーロッパ特許公開No.0231904 A2
刊行物3;雪印乳業研究所報告第90号(1990)
刊行物4;Process Biochemistry,p.117-125(1989)
刊行物5;J.Dispersion Science and Technology 10(4&5),p.561-579(1989)
刊行物6;Biotechnology,Vol.4,p.186-196(1986)
刊行物7;米国特許No.4938984
刊行物8;Biochemica et Biophysica Acta 316,p.56-65(1973)

(2-1-3)これに対して、請求人は、平成16年6月24日付で意見書を提出した。
そこで、上記2点について、訂正後のこれらの発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かを、以下、検討する。

(2-2)本件特許出願が、訂正後の発明1〜15について、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしているか、どうかについて
(2-2-1)訂正後の発明における「DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、DHAとARAがトリグリセリドの形であるもの」とは「DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、これらに含まれるDHAとARAが全てトリグリセリドの形であるもの」を意味するものと認められる。
一方、本件明細書には、実施例1、2にARAを含有する微生物油を得たことが記載され、また、実施例3には、DHAを含有する微生物油を得たことが記載されているが、これらは粗製油であり、実施例1には当該微生物油がトリグリセリドのほかにリン脂質を含むことが記載され、また、実施例2、3には当該微生物油がこれらの脂肪酸をどのような形態で含むかについて記載されていない。また、実施例5以降には、調合乳に配合する微生物油としてDHASCO(DHAを含有する単細胞油)、ARASCO(ARAを含有する単細胞油)を用いることが記載されているが、これらについては、実施例1〜3の微生物から得られる旨が記載されているだけであって、これらの微生物からどのようにして得るのか、また、その具体的な組成はどのようなものであるか(脂肪酸をどのような形態で含むのか、等)については何も記載されていない。また、実施例以外の明細書の記載をみても、微生物油に関するこれらの事項について実施例を上回る具体的な記載はない。
そうすると、本件明細書には、「DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、これらに含まれるDHAとARAが全てトリグリセリドの形であるもの」は記載されているとはいえず、また、トリグリセリド以外の脂質成分を含む微生物油からトリグリセリドのみを分離する適切な手段について記載されているとはいえない。

(2-2-2)これにつき、審判請求人は、審判請求書において、「DHAとARAがトリグリセリドの形であるもの」とは「DHAとARAが実質的に全てトリグリセリドの形である精製油」を意味するものと解するべきである旨、また、当審の訂正拒絶理由通知に対し提出した意見書においては、「100%純粋な物質を現実に得るのは不可能であるから、実施可能要件として、100%純粋な物質が実際に得られたことを明細書に記載することまでも要求されるわけではなく、発明の目的にかない、発明の効果を奏する程度にまで精製された物質が記載されていれば実施可能要件を満たしていると扱われるべきである」旨を主張し、本件特許明細書の実施例5に、調合乳に対し、DHASCO、ARASCOを添加することが記載されているところ、食用油は通常必ず精製されるものであるから、本件特許明細書を読む当業者にとっては、実施例5で使われているDHASCO、ARASCOが精製油であることは明らかであり、また、本件特許明細書には、DHASCO、ARASCOの精製方法は記載されていないが、実施例1や3の粗製油が参考資料3〜5などに記載された慣用手段によって精製できることは当業者にとって自明であり、また、この精製によって実質上すべての脂肪酸がトリグリセリド構造になるから、本件特許明細書は、本件発明に対し特許法36条4項の要件を満たすものであると主張する。

(2-2-3)審判請求人の上記主張は、実際に得られた微生物油がリン脂質などの不純物を完全に除ききれないものであっても、それを調合乳に配合したときに、トリグリセリドのみからなる場合と同等の効果が得られるのであれば、当該微生物油は実質的にトリグリセリドからなる微生物油というべきであり、当該微生物油が得られたことをもって、トリグリセリドからなる微生物油について実施可能要件を満たすとすべきであり、また、本件特許明細書に記載されたDHASCOおよびARASCOはこのような微生物油に該当するから、本件特許明細書は、本件発明に対し特許法36条4項の要件を満たすものであるということと解される。
しかしながら、上述のとおり、本件特許明細書には、実施例5等で使われているDHASCO、及びARASCOが、具体的にどの程度のトリグリセリドからなり、トリグリセリド以外をどの程度含むのかについては、何も記載されていない。
そして、審判請求人自身も、本件特許の異議決定取消請求事件(平成15年(行ケ)第318号)の原告第1準備書面においては、本件発明において調合乳に配合する微生物油は「トリグリセリドの形であるDHA(ARA)に富みEPAを本質的に含まない」ものである旨、主張しており、そのような微生物油にはリン脂質等、トリグリセリド以外の成分を一定量含む粗製油も包含される(同第5準備書面4頁12〜19行)こと、また、PUFA(多価不飽和脂肪酸)を調合乳に配合する従来技術が記載された、後述する刊行物1にも、「使用した脂肪酸は本発明による脂肪配合物中に遊離して存在するのではなく、エステル化してあり、使用する油脂に応じてトリグリセリド、リン脂質又はコレステロールエステルとして存在する。」(審判請求人が上記異議決定取消請求事件で提出した甲第3号証の訳文2頁24〜26行)と記載されているように、従来調合乳に配合されるのは必ずしもトリグリセリドからなるものに限られなかったと認められることからすれば、本件明細書に調合乳に配合されることが記載されていることをもって、直ちに上記DHASCO及びARASCOが実質的にトリグリセリドからなる精製油であるとはいえない。
従って、本件特許明細書に、DHASCO及びARASCOを調合乳に配合することについて記載されていることをもって、調合乳に配合する微生物油として、DHAとARAが実質的にトリグリセリドからなる精製油を用いることが記載されているとはいえない。
また、仮に、事実として上記DHASCOおよびARASCOが調合乳に配合するうえで実質的にトリグリセリドからなる精製油とよべるほどの純度を有するものであったとしても、上述のとおり、本件明細書には、当該DHASCO及びARASCOの具体的な組成が記載されていないから、本件発明の調合乳に添加するべき微生物油としては、どの程度のトリグリセリドを含むことが必要であり、どの程度までトリグリセリド以外の成分を含んでよいのか、すなわち、本件発明の目的にかなうトリグリセリドの純度はどの程度であり、本件発明において、どの程度が「実質的に」全てトリグリセリドといえるのか不明である。

(2-2-4)審判請求人は油脂の精製が慣用手段であることを立証するために参考資料3〜5を引用しているが、これらは油脂の精製に関わる一般文献であり、あるいは酵母の産生する単細胞油に関するものであって、本件発明で用いる微生物油の精製に関するものではないうえ、上述のとおり、本件発明の目的にかなうトリグリセリドの純度がどの程度であるか本件明細書には記載されていないから、これらの文献に記載された慣用手段をどのように適用すれば、本件発明の目的にかなう精製ができるのか、明らかとはいえない。

(2-2-5)まとめ
以上のとおりであるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が「DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、これらに含まれるDHAとARAが実質的に全てトリグリセリドの形であるもの」を容易に得ることができる程度に記載されているとは認められない。
よって、審判請求人の上記主張を考慮しても、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が、当該「DHAとARAがトリグリセリドの形である」微生物油を発明の構成に欠くことのできない事項の1つとする、訂正後の発明1〜15を容易に実施することができる程度に記載されているものとは認められない。

(2-3)訂正後の発明1〜15が、特許法第29条第2項の規定により特許を受けられないものであるか、どうかについて
上述のように、「DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、これらに含まれるDHAとARAがトリグリセリドの形であるもの」は、本件明細書に当業者が容易に得ることができる程度に記載されているものとは認められないと当審は判断するが、仮に審判請求人が主張するように、本件明細書の記載に基づき当業者はこのような微生物油を容易に得ることができるとした場合、そのような前提のもとで、訂正後の発明1〜15が、特許法第29条第2項の規定により特許を受けられないものであるか、どうかについて、以下、検討する。

(2-3-1)訂正後の発明1について
(2-3-1-1)訂正後の発明1
訂正後の発明1は、「(a)DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油を得、ここで前記DHAとARAはトリグリセリドの形であり、(b)これらの油を、調合乳に含まれるDHAとARAの量が母乳に含まれるDHAとARAの量と同等となるような量だけ、調合乳に加える、本質的にEPAを含まない調合乳にDHAとARAを補う方法。」というものである。

(2-3-1-2)引用刊行物の記載
刊行物3:
143頁左欄2〜14行に「哺乳動物の乳児にとって、母乳がもっとも適した完全栄養物であることは広く認識されている。…しかし母乳の分泌不足や質的な不良および母親の疾病や母乳を介した母子感染の防止などの理由により、人工栄養を必要とする場合がある。これまで人乳の組成を目標として育児用調製粉乳の改良開発が行われてきたが、依然として、調製粉乳は多くの質的な面で人乳に劣る。調製粉乳をより人乳に近似させるためには、人乳組成の研究とその生理的、栄養的意義の解明が今後とも必須と考える。」と記載され、また、174頁右欄4〜6行に「調製粉乳の脂肪組成としては、…人乳の脂肪酸組成およびトリグリセライド組成が乳児の脂質栄養上最も望ましいと考えられる。」と記載されており、これらの記載から、本件の優先日前に、母乳に替わる乳児用の人工的な調合乳の需要があり、その組成としては、乳児に対する脂質栄養上の観点から、母乳の脂肪酸組成及びトリグリセライド組成が最も望ましいと考えられていたことが認められる。
また、同刊行物には、ヒトの母乳の脂肪酸組成及びトリグリセライド組成を調査したことが記載され、脂肪酸のうち特に多価不飽和脂肪酸類(PUFA)については、196頁左欄21〜35行に「食餌中のPUFAの量、種類及びn-6/n-3比は、細胞膜の脂質組成やエイコサノイド産生に影響することから、PUFAの代謝と乳児の成長発達との関連性が最近注目されている。…日本人の乳汁には、ジホモ-γ-リノレン酸やアラキドン酸などのn-6系PUFAが総脂肪酸中で1〜2%およびエイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸などのn-3系PUFAが1.5〜2.5%含まれており、これらの脂肪酸は乳児の成長発達に重要な栄養成分であるとするこれまでの報告を支持する結果であった。」と記載され、その重要性が認識されており、155頁のTable1-5には、母乳中の全油脂の脂肪酸組成が記載され、母乳中には、DHA、ARA、EPAが含まれていること、そしてEPAの含有量は、DHA、ARAより少ないことが示されている。
また、トリグリセライド等の脂質組成については、160頁左欄2〜10行に「人乳のトリグリセリドは脂質中の95%をしめる主要な成分であり、乳児の大きなカロリー源であるとともに、必須脂肪酸の給源となっている。従って、トリグリセリドと総脂質の脂肪酸組成は類似している。総脂質の脂肪酸にはトリグリセリドのほか、コレステロールエステル、リン脂質および糖脂質などの長鎖脂肪酸も含まれる。しかし、これらの脂質の含量は総脂質中0.5〜1.0%にすぎず、総脂質の脂肪酸組成には影響しないと考えられる。」と、その大部分がトリグリセライドであることが記載されている。
そして、母乳に近似する調合乳を得る手段について、174頁右欄7〜15行に「現在の油脂の加工技術では、人乳のトリグリセライド構造と完全に一致する脂肪を調製粉乳に配合することは困難である。したがって、配合可能な油脂を選択し、その組み合わせによって人乳脂肪のすぐれた特徴を調製粉乳に反映させることが重要と考えられる。また一方、個々の脂肪酸の乳児に対する栄養生理的機能を明らかにして、調製粉乳の脂肪配合に応用していくことも必要である。」と記載され、調合乳を母乳と同じ脂肪酸組成及びトリグリセリド組成に近づけるためには、配合可能な油脂を適切に選択することが必要であることが示されている。

刊行物1:
調合乳などの乳児食が有するべき脂肪酸組成について、2頁3〜6行に「乳児の成長する生体は新しい細胞壁材料の合成に、特に神経系及び脳が発達する際、大量のコレステロール、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸を必要とすることが知られている。」とPUFAの重要な旨が記載され、2頁20〜23行に「従来の乳児食は母乳とは異なり微量の長鎖多不飽和脂肪酸を、それぞれ最高0.05〜0.1wt%含有しているにすぎない。…それゆえ従来の、従って周知の乳児食は栄養生理学上満足できるものでない。」と、従来の調合乳にはこれらの成分が十分含まれていないことが記載され、2頁29〜31行に「所要のポリエン脂肪酸を乳児に与えるための欧州特許出願明細書第87101310.8号にドコサヘキサエン酸とアラキドン酸を1:2.0〜1:3.0の割合で含有した脂肪配合物が記載してある。」と、調合乳に加えるPUFAとして、特にARAとDHAについて着目した事例が紹介され、6頁の表には、母乳中のARA含量が0.4mg/100mlであり、EPAが痕跡量であり、DHAの含量が0.2mg/100mlであること、および、従来の調合乳においてはこれらの脂肪酸が検出できないことが記載されている。
また、3頁25行に、微生物油が、調合乳に配合する油脂の一例として挙げられている。

刊行物4、5、8:
刊行物4、5に記載されているように、本件の優先日前には、すでに、食物に含まれるべき栄養としてPUFAの重要さが認識されており、魚油などの従来の供給源では将来的な不足が予想されるため、代替の供給源として微生物の生産する油が期待され、各種の微生物について調査、分析が行われており、その中で、ARAについては、適切な条件下においてはこれを主に生産し、EPAなどの他のPUFAを生産しない微生物(Mortierella alpina 1S-4)が見出されていたことが刊行物5に記載され、また、DHAについても、これを主に生産し、EPAなどの他のPUFAを生産しない微生物(Crypthecodinium cohnii)が見出されていたことが刊行物4および8に記載されており、これらの微生物に含まれるARAおよびDHAは、少なくともその一部がトリグリセリドの形であることも、これらの刊行物に記載されている。そして、刊行物5には、微生物に含まれる脂質をn-ヘキサンにより抽出して、微生物油を得ることも記載されており、このような方法で抽出された微生物油の主な成分は中性脂質であるトリグリセリドとなることは明らかであり、食品に添加するトリグリセリドを主成分とする微生物油の抽出方法としてはこのn-ヘキサンによる方法が適切であって、この方法を他の微生物から微生物油を抽出する際にも適用できることは明らかであると認められる。

(2-3-1-3)訂正後の発明1と引用刊行物記載の発明との対比・判断
刊行物3の記載から、母乳に替わる乳児用の人工的な調合乳の組成は、母乳の脂肪酸組成およびトリグリセライド組成が最も望ましいと考えられていたことが認められ、また、刊行物3には、母乳中に含まれるDHA、ARAなどの微量のPUFAが乳児の成長発達に重要な栄養成分であること、母乳の脂質組成はその大部分がトリグリセライドであることが記載され、調合乳を母乳と同じ脂肪酸組成およびトリグリセライド組成に近づけるためには、配合可能な天然油脂を適切に選択することが必要であることが示されている。
そうすると、刊行物3には、「本来母乳に含まれているDHA、ARAなどのPUFAを主にトリグリセリドの形で含む天然の油脂を、調合乳に含まれるそれらのPUFAの量が母乳に含まれる量と同等となるような量だけ、調合乳に加える、調合乳に本来母乳に含まれているPUFAを補う方法。」が記載されているといえる。
そこで、訂正後の発明1と刊行物3に記載された発明を対比すると、両者は、前者が、
(ア)調合乳に添加する天然の油脂として、DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、これらに含まれるDHAとARAがトリグリセリドの形であるものを得、これを用いるものであり、
(イ)調合乳に対し、本来母乳に含まれているPUFAのうち、特にDHAとARAを補うものであり、
(ウ)DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油が補われる調合乳が本質的にEPAを含まないものであり、したがって、これらを補った後の調合乳も本質的にEPAを含まないものである、
のに対し、後者はこれらの点について特に記載されていない点で相違する。

これらの相違点について、以下検討すると、
(2-3-1-3-1)上記(ア)の相違点については、刊行物4、5、8の記載からみて、DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油は、ともに、本件の優先権主張日前に公知であるといえ、また、これらの微生物油を食品などに添加する油脂源として用いることも公知であったと認められる。
そして、DHAに富みEPAを本質的に含まない微生物油と、ARAに富みEPAを本質的に含まない微生物油であって、これらに含まれるDHAとARAがトリグリセリドの形であるものは、上記(2-3)で述べた前提に基づけば、刊行物4、5、8に記載された微生物から粗製油を抽出することしか具体的に記載されていない本件明細書の記載に基づき当業者が容易に得ることができるというのであるから、これと同様に、刊行物4、5、8に記載された微生物油を本件出願時周知の手法により精製することによって、適宜に得られるものであるということになる。

(2-3-1-3-2)上記(イ)の相違点については、母乳に含まれるPUFAはDHAとARAに限られるものではないが、このことは、当業者が調合乳にDHAとARAを補うことを妨げるものではない。
これについて、審判請求人は、本件特許の異議事件の審理の過程で提出した平成15年2月3日付の意見書において、「母乳にふくまれ、従来の調合乳にふくまれない成分は、ARAとDHAだけではないから、本件発明において、ARAとDHAに着目しこれのみを調合乳に配合することは容易に想到できることではない」旨、主張している。
しかしながら、
(i)訂正後の発明1は、当該発明の方法によりDHAとARAが添加された後の調合乳にDHAとARAが母乳に含まれる量と同等の量含まれ、EPAは本質的に含まれないことを規定しているが、その他のPUFA等の、調合乳のそれ以外の構成成分については、何も規定していない。すなわち、訂正後の発明1は、DHAとARAを添加するときには本質的にEPAを含ませないこと、および添加後の調合乳にDHAとARAが母乳に含まれる量と同等の量含まれ、EPAが本質的に含まれないことのみを規定するものであり、添加の対象となる調合乳を、請求人のいうところの、「母乳にふくまれるその他のPUFA等の成分を含まない、従来の調合乳」に限定するものではない。そして、そのような従来の調合乳に不足する種々のPUFAを配合した調合乳は、刊行物1等により、本件優先権主張日においては公知であり、訂正後の発明1におけるDHA、ARAの添加の対象となる調合乳はこのようなものを排除するものではないから、審判請求人の上記主張は、訂正後の発明1に対するものとしても、妥当なものではない。
しかも、
(ii)仮に、訂正後の発明1が、今後、更に、「母乳に含まれるPUFAのうち、DHAとARAのみを含有する調合乳」に限定されたとしても、刊行物3および1にも記載されているように、DHAとARAは、ともに、母乳に含まれ従来の調合乳に不足するPUFAのうちでもその重要性が認識されていたものであるから、調合乳にこれらを母乳に含まれる程度の量、含有させることは、当業者が容易に想起し得ることである。そして、本件明細書を見ても、調合乳に、PUFAとして、ARAとDHAのみが母乳と同等の量含有され、EPAおよび他の長鎖PUFA成分は含有されないことにより、換言すれば、ARA、DHA以外の長鎖PUFAが母乳に本来含まれる量含まれない様にすることにより、これらを本来母乳に含まれる程度の量含む場合に比べて有利な効果が得られるともいえず、また、PUFA類を含まない調合乳にARAとDHAのみを母乳と同等の量添加することだけで母乳に匹敵する十分な効果が得られるともいえないから、このような再度の訂正がなされた発明であっても、予想外の格別の効果を有するものということはできず、審判請求人の上記主張は妥当ではない。
そして、母乳に含まれるPUFAは、いずれも少量であり、しかも含有量はそれぞれ異なる。したがって、いずれかのPUFAを母乳に含まれる量添加する際には、当該PUFAの添加に伴って他のPUFAも添加され、それにより当該他のPUFAが母乳に含まれる量を超えて含有されるなどの事態は望ましくないことは明らかであるから、いずれかのPUFAを添加するために用いる油脂はPUFAとしては当該いずれかのPUFAのみを含有するものが適切であることは、明らかである。
してみると、調合乳にDHAとARAを補うこと、および、そのために調合乳に添加する油脂として、刊行物4、5、8によって公知の上記(ア)の微生物油を選択することは、当業者が、刊行物3および1の教示に従って母乳に近いPUFA組成の調合乳を得ようとする中で、容易に想到し得たことである。

(2-3-1-3-3)上記(ウ)の相違点については、本来母乳に含まれるEPAの量は痕跡程度のものであるから、調合乳にこれを本質的に含ませないようにする程度のことは、当業者が、刊行物3および1の教示に従って母乳に近いPUFA組成の調合乳を得ようとする中で、適宜に試みる範囲内のことと認められる。
これにつき、審判請求人は、審判請求書において、「本件発明の調合乳は、母乳中に含まれ必須のPUFAの1つであると考えられていたEPAを本質的に含まない点で、母乳と同じPUFA組成を有すべきであるとの刊行物1および3の教えに反するものである。」(審判請求書13頁12〜15行)、「母乳と異なり、EPAを本質的に含まない本件発明の調合乳は、本件優先日当時の技術常識に反するものであり、本件発明の進歩性の確たる証拠である。」(審判請求書16頁16〜18行)と主張している。
しかしながら、審判請求人はEPAを微量含む本件明細書の実施例10の調合乳をも訂正後の発明1に含まれるものとしていることからみて、訂正後のクレームにおける「本質的にEPAを含まない」とは、EPAをある程度含むことをも意図しているものであるところ、本件明細書には、「本質的にEPAを含まない」とはどの程度の量のEPAを含んでもよいことを意味するのかについて、何も規定されていない。してみると、そもそも訂正後の発明1による調合乳のEPA含量は、本来母乳に含まれている程度の量と区別が付けがたいものであり、この点で訂正後の発明1による調合乳と母乳とが格別相違するとはいえない。
そして、今後、仮に上記「本質的に」の意味するところが明らかにされる等、本件発明の調合乳のEPA含量が母乳のそれと区別し得るものとなったとしても、天然の母乳が人工乳の理想的なモデルとされていることからすれば、調合乳に含まれるARA、DHAおよびEPAの量が母乳に含まれる程度の量であるときに、それらの脂肪酸に関しては、最も母乳に近い適切な効果が得られるであろうと期待することが自然であるから、ARAとDHAが母乳と同じ程度の量含まれる調合乳にEPAを本質的に含有させないことにより、ARA、DHAおよびEPAが母乳に含まれる程度の量含まれる場合と比べて格別の効果があるとは、直ちに想定することができない。

これにつき、審判請求人は、訂正後の本件発明について、
「本件発明は、個々の脂肪酸の乳児に対する栄養生理機能が明らかでない状況の下で、2つの必須の多不飽和脂肪酸であるARAおよびDHAが、EPAの本質的な非存在下、幼児あるいは妊娠している女性に対して重要な栄養補給上の利益を与えることができるとの新規な発見に基づいている」(審判請求書13頁7〜12行)、「本件発明の調合乳は、母乳に含まれるEPAを本質的に含有しないから、当該調合乳を摂取した乳幼児は、食事中に含まれる植物油由来のリノレン酸のARAへの代謝変換が抑制されることなく、筋肉、器官および血管組織の重要な要素であるARAを体内で生成できるという効果を奏する(本件特許明細書3欄40〜49行)。EPAを添加した調合乳の場合には、体内でのARAの生合成が抑制されるから、高レベルのARA含有微生物油の添加が必要となると解釈される(本件特許明細書6欄10〜15行)。EPAを含有しない本件発明の調合乳ではこのような問題は生じない。また、実施例5および10に記載されているように、本件発明のEPAを実質的に含有しないDHASCOおよびARASCOからなるブレンドは、菜食主義の母親の母乳中のDHAレベルを何でも食べる母親のものと同程度にまで高める。このことは、DHAの前駆体であるEPAを含まない本件発明の調合乳はDHAの体内での生成を阻害し、DHAのバランスをこわさないことを意味する。このように、EPAを実質的に含む母乳あるいは調合乳と比べて、本件発明の調合乳は、本質的にEPAを含まないことにより体内でのARAやDHAの生成が阻害されることなくバランスを保ってARAやDHAが必要とされる機能を発揮するという顕著な効果を奏する。」(審判請求書17頁20〜18頁9行)旨、本件発明の調合乳が母乳に含まれる程度の量EPAを含む場合と比べて格別の効果を有することを主張し、また、その効果を裏付けるものとして、参考資料9〜11(いずれも、本件出願日後に頒布されたものと認められる。)を提出している。

しかしながら、当該主張は、以下の点からみて、妥当なものではない。
(i)本件明細書には、調合乳にDHAとARAを天然の母乳程度含有させ、EPAを本質的に含有させないことによる効果が具体的にどのようなものであり、どの程度のものであるのか記載されていないから、これにより格別な効果が得られるとはいえない。
すなわち、本件明細書には、調合乳にEPAを含有させないことによる効果に関連しては、請求人が審判請求書で主張する上述のようなことは記載されておらず、「これらのうち、アラキドン酸(ARA)のような特定の長鎖の酸はヒトの体内で新たに合成できない。γ-リノレン酸(GLA)、次いでARAに変換されるリノレン酸(LOA)を代謝することによってのみ、人の体はARAを生成することができる。また、LOAは食事からだけ得ることのできる必須酸である。さらに、食事中に存在するEPAはLOAのARAへ代謝変換を抑制する〔Carlsonら、INFORM,1,306(1990年)〕。」(審判請求人の指摘する特許明細書3欄40〜49行に相当する、特許掲載公報2頁左欄下14〜3行)、および、「「魚油」は魚から得られる油である。このような油は典型的にはDHAを3%〜約20%の量で含有する。しかしながら、典型的には魚油はまた、体内でのARAの生成を抑制するEPAを含有する。高レベルのARAを含有する微生物油の魚油含有組成物への添加は実質的にこの問題を克服する。」(審判請求人の指摘する特許明細書6欄10〜15行に相当する、特許掲載公報3頁右欄10〜13行)という記載があるのみであり、食事にEPAを加えることによりどのような影響がどの程度起こるかについて、具体的には何ら示しておらず、ましてや、調合乳にDHAとARAを天然の母乳程度含有させたときに、EPAを本質的に含有させないことにより、具体的にどのような効果が、どの程度得られるのかは、全く不明である。
また、訂正後の発明1及び15の実施例である、ARASCOとDHASCOのみを添加した実施例5の調合乳については、EPAの含有量が0であり、EPAを母乳が含有する程度すら含ませないものであるが、訂正後の発明1のこの特定の態様についても、調合乳にARAとDHAのみが母乳と同等の量含有され、EPAおよび他の長鎖PUFA成分は含有されないことにより、換言すれば、ARA、DHA以外の長鎖PUFAが母乳に本来含まれる量含まれない様にすることにより、特に、EPAが母乳に本来含まれる程度の微少量すらもふくまれない様にすることにより、これらを本来母乳に含まれる程度の量含む場合に比べて有利な効果が得られるのかどうか、また、PUFA類を含まない調合乳にARAとDHAのみを母乳と同等の量添加することだけで母乳に匹敵する十分な効果が得られるのかどうかについては、本件特許明細書を精査しても何も記載されておらず、全く不明である。
むしろ、本件特許明細書には、ARA、DHAとともにEPAを母乳程度の量含む実施例6、9が記載され、また、EPAを母乳が含む量を超えて含有する実施例7が記載され、これらの実施例について、訂正後の発明1の実施例とされる実施例5、10等がこれらと比べて格別の効果がある旨、本件明細書には記載されていないこと、また、審判請求人の上記指摘箇所中の、「…典型的には魚油はまた、体内でのARAの生成を抑制するEPAを含有する。高レベルのARAを含有する微生物油の魚油含有組成物への添加は実質的にこの問題を克服する。」という記載は、調合乳にEPAがある程度含まれても、ARAが十分含まれていれば、EPAによる弊害は生じない、とも解されることからすれば、調合乳にDHAとARAを天然の母乳程度含有させたときに、調合乳にEPAを本質的に含有させないことにより格別の効果があるとは到底考えられず、また、調合乳に母乳程度の量のEPAすら含ませないことにより格別の効果があるとは到底考えられない。
審判請求人は、「刊行物1の訳文9頁の表には、母乳中のEPAが痕跡(0.1%未満)であると示されている。…刊行物3の153頁のTable1-3によれば、母乳中のEPAは、初乳中に0.24%、1ヶ月乳に0.11%、2ヶ月乳に0.20%含まれ、155頁のTable1-5によれば、本研究でのEPAは、0.11%、Gibsonらによれば、0.16%である。したがって、EPAの量は、上記表に示されたARA、DHA同様に無視できる量ではない。」(審判請求書9頁19〜26行)とも主張するが、当該Table1-3に記載された、母乳中のEPA量がその時期に応じて変化する事実自体が、母乳中に微量であってもEPAが存在する意義を明らかにするものというべきであり、このことをもっても、DHA、ARAを母乳程度の量含む調合乳中に母乳程度の量のEPAすら含まないことにより、格別の効果があるとはいえないことは明らかである。
審判請求人は、本件特許に対する異議決定取消請求事件(平成15年(行ケ)第318号)の原告第1回準備書面において、本件明細書の上述の、「公知文献により、EPAは幼児の体内でのARA合成を抑制することが知られている」旨の記載は誤りであり、この点は原告が自ら見出したことであって、本願優先日前に公知のことではないと主張している。そうであればなおのこと、この点について、また、調合乳にDHAとARAを天然の母乳程度含有させたときにEPAを本質的に含有させないときの効果について、審判請求人は、具体的に裏付ける実証データ等を示すべきであったというべきであり、このような具体的裏付けの伴わない審判請求人の主張に基づき、これにより格別の効果があるとは到底認めることはできない。
(ii)審判請求人は、上述のとおり、本件調合乳の効果を裏付けるものとして参考資料9〜11を提出しているが、これらは、いずれも本件出願日後に頒布されたものと認められるうえ、その内容をみても、以下に述べるように、本件調合乳が母乳に含まれる程度の量のEPAすら含まないことにより格別の効果を奏することを裏付けるものとはいえない。
すなわち、参考資料9は、2004年2月6日にアクセスされたEPAに関するインターネット上の記事であり、そこには、「成長と発育」欄に「適正なバランスのω-3脂肪酸は、正常な成長と発育に不可欠である。栄養学の専門家は、幼児用の処方と食事におけるω-3脂肪酸のそれぞれのタイプの適正な摂取量について勧告を発している。これらの勧告によると、幼児の食事処方におけるEPA摂取量は0.1%以下であるべきである。」(1頁下1行〜2頁6行)と、「小児」欄に「・EPAは、天然には乳汁中に見出される。それゆえ、母乳で育てられる幼児は十分な量のEPAを受け取っているはずである。・ISSFALは、幼児用処方は0.1%以下のEPAを含有すべきことを勧告している。」(2頁下10〜6行)と、また「注意事項」欄に「EPAを含むサプリメントは、初期の発育に必要とされるもう一つのω-3脂肪酸であるDHAとの適正なバランスを損なうので、幼児や小さな子供には推奨できないであろう。このことは、妊娠している女性も魚油サプリメントの摂取には注意深くあるべきであることを示唆する。」(3頁15〜20行)と記載されいる。
この文献は、幼児の食事処方におけるEPA摂取量は0.1%以下であるべきとの勧告を紹介しているが、同時に母乳程度の量のEPAも適切であることが示されているといえるうえ、そもそも本件明細書の表2のデータによれば母乳に含まれるEPAの量は0.03%であり、さらに、欧米人の母乳に含まれるEPAの量は平均的には0.1%あるいはそれ以下程度のものと認められる(例えば、R.G.ジェンセン著「母乳の脂質」195頁の表8には、母乳6試料中のEPA含量を調べたところ、0.2%のものが1例、0.1%が2例であり、他の3例は痕跡量(すなわち、0.1%よりは少ない量)であったことが示されている。)から、この勧告は、DHAとARAを母乳程度の量含む調合乳が母乳に含まれる程度の量のEPAすら含まないことにより格別の効果を奏することを裏付けるものとはいえない。
また、参考資料10(Am J Clin Nutr 1993;57(suppl):801S-6S))は、1993年に頒布された刊行物であり、そこには早産児に対するEPAおよびDHAの影響について、「重回帰分析は、MDI(8ベイリーの精神発達指数)はEPAの濃度増加と負に関連していたが、MDIおよびPDI(ベイリーの精神運動発達指数)はDHAの濃度増加と正に関連していた。カールソンらは、血清リン脂質アラキドン酸が早産児のMDIおよびファガンス試験と正に関連したと報告している。今回の研究では、血清リン脂質アラキドン酸は、無理にモデルにしようとしても、いずれのモデルに対しても有意の貢献をしなかった。EPAは、しかしながら、DHAがリン脂質アラキドン酸の濃度に影響を与えないような条件下において、細胞膜リン脂質への取り込みについてアラキドン酸と競合することが示された。この研究で見出された、その他の変数が制御されたときのEPAとMDI間の負の関連は、それゆえ、カールソンらによって報告されたアラキドン酸との正の関連と同様の生物学的メカニズムを反映するものであり、早産児は1歳の時点でもEPAをDHAに代謝する能力が少ないであろうことを示唆するものである。幼児用の処方、特に早産のVLBW(誕生時の体重が非常に少ない)児用の処方は、それゆえ、前もって形成されたDHAあるいはα-リノレン酸を、現在推奨されているよりも高い濃度で含有すべきであろう。この結果は、同時に、早産児の処方にEPAを含むことの有害であるかもしれない効果を考慮し、徹底的に評価すべきであることを示唆している。」(804S頁右欄24〜47行)と記載され、これを受けて「この結果は、幼児用処方は前もって形成されたDHAを含むべきであり、また、DHAに加えてEPAを過剰に供給することは早産児には有害であろうことを示唆する。」(801S頁左欄アブストラクト15〜17行)と記載されている。
この文献は、早産児に関するものであり、しかも、「DHAに加えてEPAを過剰に供給することは早産児には有害であろう」という記載は、幼児食はEPAを全く含むべきではないということを意味しないから、DHA、ARAを母乳程度の量含む調合乳が母乳に含まれる程度の量のEPAすら含まないことにより格別の効果を奏することを裏付けるものとはいえない。
そして、参考資料11(「Fats and Oils in human nutrition」Report of a joint expert consultation 57)は、発行年が示されていないが、1993年の文献が引用されていることから、1993年以後に頒布されたものであり、そこには「幼児食」の項の「未熟児」の部分に「必須脂肪酸の存在状態についての生化学的指標に関するいくつかの研究が、長鎖の多価不飽和脂肪酸を食事に添加することによる影響を実証している。海産物オイルによる補充が用いられる(EPA/DHA=2:1)と、これはアラキドン酸のレベルを危うくし、このことはある研究においては成長に反対に影響することが見出されている。…海産物オイルの使用に伴う貧弱な成長をアラキドン酸の抑制という事態と結びつけた、この初期の懸念は、EPA/DHA比が1:10の低EPA含量の海産物オイルを使用することにより取り除かれた。これは体重増加を危うくせず、12ヶ月で、より高いベイリーの精神発育スコアを得る結果となった。チューブにより人乳で育てられた早産児と処方物で育てられた者とを比較した8年間のフォローアップ研究では、処方物によって育てられた子供達のほうが8ポイント低いIQを示した。…母親の食事には多様性があるものの、食制限のない女性達から得られた乳組成のデータは諮問委員会の勧告の基礎をなすものである。」(53頁11〜31行)と、「正常産児」の部分に「可能なときは常に、幼児食のより望ましい供給源は、人乳である。」(53頁下4行)、「立証責任は、人工的処方は原則として母乳とは異なるべきであると提案する者に課せられるべきである。」(54頁24〜25行)と、また、「供給源」の項に「人乳は、生後1ヶ月の乳児食における脂肪と長鎖多価不飽和脂肪酸にとって、最善の、また唯一つ時が証明した供給源であることを銘記すべきである。」(55頁下6〜5行)と記載されている。
この文献は、長鎖の多価不飽和脂肪酸を食事に添加する際に、EPA/DHA比が1:10のものを用いることにより、EPA/DHA=2:1のものを用いた場合の欠点が除かれることを記載しているが、このことは直ちにEPA/DHA比が1:10以下でなければならないことを意味しないうえ、この文献は、同時に、母乳が幼児食の最もよい供給源であることも記載しており、DHAとARAを母乳程度の量含む調合乳に母乳に含まれる程度の量のEPAすら含ませないことにより格別の効果を奏することを裏付けるものとはいえない。

(2-3-1-3-4)してみると、訂正後の発明1の方法により調製された調合乳は、EPAを本質的に含まないことにより格別の効果が得られるとはいえない。そして、このことからすれば、訂正後の発明1は、当業者が、刊行物3の教示に基づき、調合粉乳の組成を人乳組成に近づける試みを行うなかで、刊行物3および1等により、調合乳に不足し、添加する必要があるとされていたARA、DHA等のPUFAのうち、刊行物4、5および8によりPUFAについては単独の脂肪酸のみを組成とする微生物油が入手可能であることが公知となっていたARAとDHAを、当該微生物油を用いて調合乳に母乳程度の量となる量、補充したものにすぎないというべきであるから、訂正後の発明1は、これらの刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたというべきものである。
従って、訂正後の発明1は、上記刊行物1、3〜6および8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2-3-2)訂正後の発明2〜7について
(2-3-2-1)訂正後の発明2は、訂正後の発明1の方法においてARAを含む油として少なくとも20%のARAを含むものを用いることを、また、訂正後の発明3は、訂正後の発明1の方法においてDHAを含む油として少なくとも25%のDHAを含むものを用いることを要旨とするものであるが、刊行物5にはM.alpina 1S-4が47.7〜56.2%のARAを含有する油を、また、刊行物8にはC.cohniiが25%のDHAを含有するトリアシルグリセロールを産生することが記載されている。
(2-3-2-2)訂正後の発明4は、訂正後の発明1の方法においてARA含有油とDHA含有油を加えることにより調合乳におけるこれらの含有比ARA:DHAを約5:1〜約2:1とすることを、また、訂正後の発明5は、同比を約2:1とすることを要旨とするものであるが、刊行物1には母乳におけるARA:DHAが約2:1であることが記載されている。
(2-3-2-3)訂正後の発明6は、訂正後の発明1の方法においてARAを含む油をARAに富みEPAを本質的に含まない油の生産を誘導する条件下で、Pythium insidiousum又はM.alpinaを培養して得ることを、また、訂正後の発明7は、訂正後の発明1の方法においてDHAを含む油をDHA生産種のCrypthecodiniumを培養して得ることを要旨とするものであるが、刊行物5にはM.alpina 1S-4が20〜28℃においてARAに富みEPAを本質的に含まない油を生産することが、また、刊行物8にはC.cohniiがDHAに富みEPAを本質的に含まない油を産生することが記載されている。
従って、訂正後の発明2〜7は、訂正後の発明1と同様にして、上記刊行物1、3〜6および8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2-3-3)訂正後の発明15について
(2-3-3-1)訂正後の発明15は、「DHAに富む微生物油とARAに富む微生物油の混合物からなり、これらの油がDHAとARAのレベルが母乳に含まれるDHAとARAの量と同等となるような量で含まれ、前記DHAと前記ARAはトリグリセリドの形であり、前記微生物油は本質的にEPAを含まない、本質的にEPAを含まない調合乳。」というものである。
訂正後の発明1について上述したように、訂正後の発明15の調合乳は、EPAを本質的に含まないことにより格別の効果が得られるとはいえない。そして、このことからすれば、訂正後の発明15は、当業者が、刊行物3の教示に基づき、調合粉乳の組成を人乳組成に近づける試みを行うなかで、刊行物3および1等により、調合乳に不足し、添加する必要があるとされていたARA、DHA等のPUFAのうち、刊行物4、5および8によりPUFAについては単独の脂肪酸のみを組成とする微生物油が入手可能であることが公知となっていたARAとDHAを、当該微生物油を用いて調合乳に母乳程度の量となる量、補充したものにすぎないというべきであるから、訂正後の発明15は、これらの刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたというべきものである。
従って、訂正後の発明15は、上記刊行物1、3〜6および8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
3.むすび
以上のとおりであるから、本件訂正審判の請求は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号。以下「平成6年改正法」という。)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、平成6年改正法による改正前の特許法第126条第3項に規定する要件を満たさない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-07-14 
結審通知日 2004-07-15 
審決日 2004-08-13 
出願番号 特願平4-504606
審決分類 P 1 41・ 856- Z (A23D)
P 1 41・ 531- Z (A23D)
P 1 41・ 121- Z (A23D)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 河野 直樹
特許庁審判官 種村 慈樹
佐伯 裕子
田中 久直
柿沢 恵子
登録日 1997-12-19 
登録番号 特許第2731035号(P2731035)
発明の名称 微生物油混合物およびその使用  
代理人 大屋 憲一  
代理人 平木 祐輔  
代理人 石井 貞次  
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