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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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審判199223900 | 審決 | 特許 |
無効2007800196 | 審決 | 特許 |
無効200480218 | 審決 | 特許 |
無効200335505 | 審決 | 特許 |
審判199721765 | 審決 | 特許 |
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審決分類 |
審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) A61K |
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管理番号 | 1109066 |
審判番号 | 審判1996-10996 |
総通号数 | 62 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 1978-09-05 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 1996-07-05 |
確定日 | 2005-01-04 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第1490163号「新規生理活性物質、その製造方法及び鎮痛、鎮静、抗アレルギ-作用を有する医薬」の特許無効審判事件についてされた平成 9年 6月18日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成9(行ケ)年第215号平成11年 7月15日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 |
結論 | 特許第1490163号を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 |
理由 |
1.手続の経緯 本件特許第1490163号発明は、昭和52年2月17日に特許出願され、昭和63年8月5日の出願公告を経て、平成元年4月7日に特許権の設定の登録がされたものである。 これに対して、請求人によって、本件特許を無効にすべき旨の審判が請求され、平成9年6月18日付けで「本件審判の請求は、成り立たない」旨の審決がされ、この審決に対して東京高等裁判所に出訴(平成9年(行ケ)第215号)され、平成11年7月15日に東京高等裁判所において審決を取消す旨の判決がされた。 被請求人は、 平成11年7月29日に本件特許について訂正審判(平成11年審判第39065号)を請求し、平成15年5月30日付けで「訂正を認める」旨の審決がされ、平成15年6月11日に確定した。 2.本件特許発明 本件特許発明の要旨は、訂正審判(平成11年審判第39065号、平成11年7月29日請求)の審判請求書に添付された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項(1)〜(3)に記載された次のとおりのものと認められる。 (なお、○数字は、[]数字に書き換えている。) (1) 次の物理化学的性質: [1] 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末 [2] 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶 [3] 紫外線吸収:UVmax255-275nm [4] ニンヒドリン反応:陽性 [5] 本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、 [6] 本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かし、この液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、 [7] 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして [8] 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、 を有する物質を有効成分とする鎮痛剤。 (2) 次の物理化学的性質: [1] 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末 [2] 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶 [3] 紫外線吸収:UVmax255-275nm [4] ニンヒドリン反応:陽性 [5] 本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、 [6] 本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かし、この液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、 [7] 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして [8] 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、 を有する物質を有効成分とする鎮静剤。 (3) 次の物理化学的性質: [1] 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末 [2] 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶 [3] 紫外線吸収:UVmax255-275nm [4] ニンヒドリン反応:陽性 [5] 本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、 [6] 本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かし、この液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、 [7] 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして [8] 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、 を有する物質を有効成分とする抗アレルギー剤。 3.当事者の主張 (1)請求人の主張 審判請求人は、本件特許発明、すなわち本件請求項(1)、(2)及び(3)[それぞれ、訂正前の請求項(2)、(3)及び(4)に対応する]に係る発明について、以下の理由により無効とすべきである旨を主張し、証拠方法として、甲第1〜7号証を提出している。 (ア)本件特許発明は、本出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができるものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 (イ)本件特許発明は、物質が何ら特定されていないので、産業上利用することができる発明としたものとはいえず、特許法第29条第1項柱書の規定に該当しない。 (2)被請求人の主張 被請求人は、請求人の主張はいずれも理由がないと主張し、証拠方法として乙第1〜7号証を提出している。 4.当事者の提出した証拠 (1)請求人が提出した証拠 甲第1号証 薬学雑誌, 96(10), 1247〜1254(1976) 「ワクシニアウイルスで感染した家兎皮膚組織中の生物活性物 質の研究」 甲第2号証 基礎と臨床, 11(1), 309〜320(1977) 「腰痛性疾患を主体とした、いわゆる症候性神経痛に対する ノイロトロピンの治療方法」 甲第3号証 基礎と臨床, 25(2), 177〜181(1976) 「鼻アレルギーに対するNeurotropinの使用経験」 甲第4号証 日本薬理学雑誌, 72(5), 573〜584(1976) 「マウスにおけるノイロトロピンの鎮痛効果とSARTストレス マウスにおける薬物の鎮痛作用」 甲第5号証 日本薬理学雑誌, 72(7), 879〜890(1976) 「Neurotropinの中枢ならびに降圧作用と抗潰瘍作用」 甲第7号証 実験報告書-ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出物の 物理化学的性質について- (藤本製薬株式会社創薬研究所 北野栄作ら、平成8年2月8日作成) (2)被請求人が提出した証拠 乙第1号証 診断と治療, 64(2), 349〜354(1976) 「アレルギー素因をもつ固体に発生した片頭痛に対する ノイロトロピンの作用」 乙第2号証 薬理と治療, 4(12), 3161〜3167(1976) 「ノイロトロピン特号の各種皮膚疾患に対する治療効果」 乙第3号証 「ノイロトロピン」添付文書(昭和44年3月31日付) 神経鎮静剤ノイロトロピン-Neurotropin- 乙第4号証 特許第186832号特許証並びに同特許公報(特公昭25-4206号) 乙第5号証 「A NEW DIRECTION IN THE ASTHMA TREATMENT BASED ON THE THEORY OF THE MOVEMENT OF TENSION IN PARASYMPATHETIC NERVOUS SYSTEM」 by MASUICHI TAKANO (1952年発行) 目次、43〜47頁、及びその抜粋翻訳文 乙第6号証 大阪大学薬学部小濱靖弘助教授作成の「陳述書」 (平成8年4月11日付) 5.当審の判断 (1)上記3.(1)(ア)で述べた請求人の主張は、より具体的には、本件特許発明の有効成分物質は、甲第1号証に記載された抽出物IIと同一であり、鎮痛作用、鎮静作用及び抗アレルギー作用は、ワクシニアウイルスを接種し、発痘させた動物組織から得られる有効成分たる生理活性物質に固有の性質であり、鎮痛剤、鎮静剤又は抗アレルギー剤として使用されることも甲第2〜5号証により周知であるから、本件発明は、当業者が容易に発明できたものであるというにある。 そこで、この主張について以下に検討する。 (2)本件特許発明の有効成分物質について 上述した平成9年(行ケ)第215号判決は、訂正前の特許請求の範囲(1)に記載された発明の生理活性物質、すなわち 「 次の物理化学的性質: [1] 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末 [2] 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶 [3] 紫外線吸収:UVmax255-275nm [4] ニンヒドリン反応:陽性 [5] 本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、 [6] 本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かし、この液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、 [7] 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして [8] 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、 を有する新規生理活性物質。」 は、甲第1号証(判決の甲第3号証)に記載された抽出物IIと同一のものであると認定している(判決書30頁7〜8行)。 この認定は、上記判決において結論を導くために必要な事実認定であり、行政事件訴訟法第33条第1項により、当審を拘束するものである。 そして、本件特許発明の有効成分物質が、訂正前の特許請求の範囲(1)に記載された生理活性物質と同一の物質であることは、明細書の記載から明らかであるから、本件特許発明の有効成分物質は、甲第1号証の抽出物IIと同一の物質である。 そこで、甲第1号証の抽出物IIを有効成分とする鎮痛剤、鎮静剤及び抗アレルギー剤を、当業者が容易に発明することができたかどうかについて、以下に検討する。 (3)甲第1号証の抽出物IIの製造方法について (ア)甲第1号証には、同号証第1247〜1248頁において、「Takinoら4)はワクシニアウイルスで感染した家兔の皮膚組織から調製した抽出物がアレルギー性疾患に有効で、自律神経の異常な興奮に対して鎮静作用を示すことを報告している ・・・がいずれもその作用を発現する化学的本体については研究が遅れている。著者らはワクシニアウイルスで感染した家兔皮膚組織中のウイルス抑制活性以外の生物活性に注目し、ウイルスを死滅させた抽出液を粗分画し、まず種々の生物活性スクリーリングを行った。」と記載され、それを受ける形で第1248頁の「実験方法」の「感染組織」の項でワクシニアウイルスを接種して発痘した家兎の皮膚組織を細砕して抽出材料とし、「感染組織から生物活性分画の調製」の項で、「組織6.0kgを用いTakino4)の方法に準じ10倍量の2%フェノール中に2日間放置後ワーリングブレンダーを用いてホモジナイズ抽出し、抽出液をpH5.0およびpH9.2にてそれぞれ沸騰させた後pH4.5において活性炭吸着を行ない、pH9.6にて活性炭より溶出される分画を減圧濃縮し、抽出物II 200mlを得た。乾物量は120mg/mlであった。」(1248頁最下行〜1249頁Fig.1の下3行)と記載されている。 この記載からみて、甲第1号証の抽出物IIは、Takinoら4)の抽出物と同じ生物活性を示す抽出物を得るために、Takino4)の方法に準じた抽出方法によって得られたものと解される。 (イ)Takino4)の方法について 甲第1号証1248頁の「Takino4)の方法」の記載中、添字の4)が同号証1247頁の脚注4)を意味することは明らかであって、ここに参照された複数の論文のうち著者名がTakinoとローマ字で記載された最初の論文、すなわち被請求人が提出した乙第5号証を示していると考えられるから、「Takinoの方法」とは、乙第5号証に記載された方法であると認められる。 このことは、乙第6号証において、甲第1号証の共同執筆者の一人である小濱靖弘博士が、「この論文の研究は、ワクシニアウイルスで感染した家兎皮膚組織中の胃酸分泌抑制物質を分離精製することを目的に実施したものである(論文第1248頁4〜5行)。その分離方法として、・・・1948年の瀧野増市博士の論文(引用文献4の筆頭に記載したもの)に記載された抽出方法に準拠した方法(論文では抽出物IIを得る方法として記載)・・・を採用した。」と述べていることによっても支持される。 (ウ)甲第1号証の方法と乙第5号証の方法の対比 乙第5号証の方法は、甲第1号証の方法とは下記(ウ-2)の(i)〜(v)の点で相違するが、以下に述べるように、いずれもそれによって得られる抽出物に生理活性物質としての違いをもたらすほどの相違でない。以下に、まず乙第5号証と乙第4号証の関係について整理した上で、甲第1号証の方法と乙第5号証の方法の相違点について検討する。 (ウ-1)乙第5号証と乙第4号証の関係について a.平成8年11月5日付けの本件審判事件答弁書において、本件被請求人は、その第4頁第20行から第5頁第2行に、 「昭和44年当時に発売されていた「ノイロトロピン」の添付書類(乙第3号証)には、この注射剤が日本製法特許第186832号(乙第4号証:特公昭25-4206号公報)の実施品であることが明記されていることから、甲第4号証、甲第5号証、乙第1号証及び乙第2号証で引用されている1950年(昭和25年)の上記特許公報とは、発明者が瀧野増市(滝野増市と同じ)である昭和25年11月30日付公告の特許公報(乙第4号証)であることが明らかである。その他、「ノイロトロピン」に関して説明がなされている文献としては、1952年に発行された上記瀧野増市博士の著書(乙第5号証)がある。 上記乙第4号証及び同第5号証で明らかにされている本件特許出願前の「ノイロトロピン」(以下、公知物質と称す)の物理化学的性質をまとめてみると以下のとおりである。」 と記載している。 この記載は、乙第5号証及び乙第4号証に記載された生理活性物質が同一物質、すなわち甲第2〜4号証や乙第1〜2号証にも記載された「ノイロトロピン」であることを認めているものといえる。 b.そこで、乙第5号証の記載と乙第4号証の記載を対比検討する。 (b-1)乙第5号証には、その43頁4行に「X.アレルギー疾患、特に喘息の根本治療に有用な牛痘苗から得られた有効成分(ノイロトロピン)」(翻訳文1枚目)との表題に続いて、ノイロトロピンに関する記載があり、ノイロトロピンの性状については、45頁下から3行〜46頁2行に「ノイロトロピンは白色無定形の粉末で、アルコール、アセトン若しくはエーテルに溶けないが、水には可溶である。本品は透析されず且つカオリン粉末あるいは活性炭に吸着される。如何なる蛋白質反応およびニンヒドリン反応に対しても、本品の水溶液は陰性を示す。本品は熱に安定でモーリッシュ反応陽性を示す。希塩酸(0.5%)を加え2乃至3時間沸騰させることで、本品は分解する。」(翻訳文2枚目)と記載されている。この記載は、乙第4号証において得られた物質の性状として同号証2頁右欄に1〜6として箇条書きで記載されたものと完全に一致する。 (b-2)ノイロトロピンの製造方法については、乙第5号証46頁〜47頁の「+2)」の項(翻訳文2枚目〜4枚目)に記載されており、乙第5号証の翻訳文の記載に基づいて乙第4号証1頁右欄に記載された第1工程〜第6工程と対比すると、翻訳文2枚目下から5行〜最下行の「牛痘を接種して・・・・・。この摩砕物に5倍量の生理食塩水を加える。」は第1工程に、翻訳文3枚目1行の「ついで、この懸濁液を-5〜-20℃で完全に凍らせる。」は第2工程に、翻訳文3頁1行〜5行の「その後、この凍結懸濁液を・・・上層をとり濾過する。」は第3工程に、それぞれ対応する。また、翻訳文3枚目11行〜16行の「次いでその濾液に・・・(・・・2〜5倍量)を滴下し、容器を5時間攪拌する。」は第4工程に、翻訳文3枚目16行の「この攪拌した・・・酢酸を添加する。」は第5工程に、対応する。そして、乙第5号証の翻訳文3枚目6行〜10行の「このようにして得られた・・・液からウイルスを分離する」部分と乙第4号証の第6工程は、いずれも不要な蛋白質の除去及びウイルス等の感染性物質の除去のためのものであり、どの段階でこの除去処理を行うかは、当業者が適宜に行うことである。 そうすると、乙第5号証の方法と乙第4号証の方法には、相互に得られる生理活性物質が実質的に相違するものとなる程の違いはない。 c.したがって、乙第5号証と乙第4号証は、相互に同等の方法により、実質的に同一の生理活性物質、すなわちノイロトロピンを製造しているものと認められる。 (ウ-2)甲第1号証の方法と乙第5号証の方法の相違点について (i)最初に生理的食塩水が使用されている点 乙第5号証と同等の方法により実質的に同一の生理活性物質を得る乙第4号証の発明の詳細な説明の欄の第1頁右欄第4〜5行には、「生理食塩水又は石炭酸加グリセリン水」(第1工程)とあるので、生理食塩水と石炭酸加グリセリン水(フェノール加グリセリン水)のどちらを用いても同一の最終抽出物が得られるはずである。一方、フエノール水の場合(抽出物II)と本件発明のフェノール加グリセリン水の場合(特公昭63-39572号)も、やはり同じ抽出物が得られることは、上記判決に認定するとおりである(判決32頁3行〜33頁5行)。 そうすると、生理的食塩水とフェノール加グリセリン水の場合が同じで、フェノール加グリセリン水とフェノール水の場合も同じであるから、生理食塩水の場合とフェノール水の場合の抽出物は同じということなる。 したがって、乙第5証の生理食塩水と甲第1号証のフェノール水の相違は、最終抽出物に生理活性物質としての違いをもたらすほどの相違ではない。 (ii)懸濁液の凍結・融解工程が存在する点 乙第4号証の第1頁右欄下から7〜5行に、第2工程(凍結工程),第3工程(融解工程)を行うと細胞が融解して乳剤内に含有するヴィルス及び有効成分の抽出が容易となり自然多量の有効成分が得られる旨の記載があり、これらの工程は抽出を容易にし多くの量の有効成分を得るためであることが説明されている。この凍結・融解工程の繰り返しは、組織乃至細胞内の水を氷にして膨張させて組織乃至細胞を物理的な力によって傷つけ、融解した時に成分の抽出を容易にするものと理解される。 これに対し、甲第1号証ではこの物理的な力によって組織乃至細胞を傷つけ成分の溶出を容易にする操作として、ホモジナイズ、すなわち組織乃至細胞を機械的に破砕する方法が用いられている。凍結・融解工程もホモジナイズ工程も、技術的には、組織ないし細胞を傷つけ、成分の溶出を容易にするための物理的手段であり、得られる物質に化学的な変化を生ぜしめるものではない。 (iii)加熱処理後にpH5に調整している点、(iv)弱アルカリで沸騰する工程がない点及び(vi)最終工程に蛋白質の除去工程を含む点 これらの工程は、以下に述べる通り、いずれも蛋白質を除く工程に関するものである。 甲第1号証におけるpH5.0での1時間の煮沸、pH9.2での30分の煮沸は熱凝固性蛋白、酸性凝固性蛋白、塩基凝固性蛋白を沈澱・除去する操作である。これに対して、乙第5号証では、1時間の煮沸、pH5への調整、クロロホルム処理が行われており、それぞれ熱凝固性蛋白、酸凝固性蛋白、残存蛋白の除去と説明されている。(乙第5号証第46頁下から第19〜16行(訳文第2枚目第6〜8行)、同第46頁下から第5行〜第47頁3行(訳文第2枚目下から3行〜第3枚目第6行))。これらは全て各種蛋白質を除去するための方法としてよく知られた方法であり、乙第5号証のクロロホルム処理は、甲第1号証の弱アルカリで沸騰する工程に対応するものである。 なお、乙第5号証と同等の方法である乙第4号証では、pH7.4〜7.8とした液を60〜80℃、1日1回3日間加温すると、蛋白質が変性して沈澱してくる(明細書第1頁右欄第6工程)と記載されている。すなわち、乙第4号証の第6工程と、(iv)の工程とは、両方ともアルカリ性において温度を加えて蛋白質を変性させるという点で技術的に同じ意味を有している。乙第4号証ではpHと温度が低いとはいえ、60から80℃の温度であれば蛋白質は十分に変性して凝集沈澱するし、それを補うだけの長時間の処理が施されているから、蛋白質を除去する工程として両者の意義は同一ということが出来る。そして、甲第1号証と同様に、乙第4号証でも、乙第5号証で行われるクロロホルム処理は行われていない。 注射剤などの製造工程において、体内への異種蛋白質の混入を避けるために、加熱、pH調整、有機溶媒、塩、薬剤或はそれらの組み合わせなど複数の方法によって、蛋白質を変性して凝集・沈澱させ、ろ過によって除去することは、周知慣用の手段ということができる。 抽出物IIおよび乙第5号証の抽出物はいずれも最終的に不要な蛋白質を含まない物質とする必要があるから、その除去方法として公知の方法が適宜選択されただけであって、両者間の具体的処理或いは実施時期に多少の相違はあっても、蛋白を除去するという技術的意義は同じであり、抽出物中に含まれる有効物質を変化させて生理活性物質として別物質とするような相違ではない。 (v)カオリンを使用している点 乙第5号証においては吸着剤としてカオリンが用いられ、甲第1号証では吸着剤として活性炭が使用されている。しかし、乙第5号証第45頁下から2 行(翻訳文2枚目3行)には「カオリン粉末あるいは活性炭に吸着される」とあり、本件特許の特公昭63-39572号公報の第3頁左欄にも、吸着剤として「活性炭、カオリン、(他)」と、これら吸着剤を並列的に記載し、同等の吸着剤として挙げている。 したがって、吸着剤として活性炭およびカオリンのいずれを用いても、同じ原料であるワクシニアウイルスを接種した家兎炎症皮膚組織から、実質的に同一の有効成分を持った生理活性物質が抽出されることは明らかである。 (4)甲第1号証の抽出物IIと乙第5号証の物質の同一性について 甲第1号証に記載の抽出物IIの抽出条件に従って調整されたワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出物について物理化学的性質を試験した結果が[1]〜[8]として記載されており、本件特許請求の範囲の[1]〜[8]に記載された性質(数値と反応)とすべて一致していることは、上記判決に認定するとおりである。 この抽出物IIの[1]〜[8]と乙第5号証に記載された物質の物性は、以下(i)〜(iii)の点で相違するが、以下に述べるように、これらの相違は両者が生理活性物質として同一といえなくなる程の相違をもたらすものではない。 (i)性状、特に色の点 色の判定は感覚による試験であるため試料量、観察方法または主観などで、色が異なって感じる場合があり、たとえ着色したものでもそれが軽微な場合は「白色」と表現されることもある。そして、甲第1号証においてカラム分画などによって成分の単離を行う前の抽出物には不活性な成分(夾雑物)と思われる成分が多数含まれているように、生体組織を原料として抽出物を得る方法では生体成分由来の夾雑物がある程度混在するから、着色程度に違いが生じることもある。 甲第1号証の製造方法と乙第5号証の方法は、同じ原料から同等の有効物質を採取するための同等の方法であることは上記(3)に既に述べた通りであるから、抽出物の色の表現の違いは、得られた抽出物を生理活性物質として実質的に異なるとものとするような違いとはいえない。 (ii)アルコール、アセトンに対する溶解性の点 「可溶」、「不溶」という表現は厳密なものではなく、同じ物であっても基準の取り方により変わってくる。また、上に述べたとおり、本件抽出物は有効成分以外に同じ原料由来の夾雑物を含んだ状態の組成物であるから、生物活性物質としての有効成分は同一であっても、存在する夾雑物によっては組成物としての溶解性に影響がでてくる可能性もある。 したがって、溶解性に関する表現の違いが本件における生理活性物質としての相違につながるとはいえない。 (iii)ニンヒドリン反応の点 ニンヒドリン反応は、生体組織中に多数含まれるアミノ酸、ペプチドなどに反応して発色する反応であって、それらの比色定量にも用いられる極めて鋭敏な反応である。 乙第5号証において、その抽出物は非透析性、すなわち透析膜を通過しない物質であるとされ、「得られたろ液から塩類を除くために透析する。」(同訳文4枚目第13〜14行)と記載されているから、抽出物に含まれていた塩類は、半透性膜であるコロジューム膜で透析することによって取り除かれたことになる。そして、ニンヒドリン反応で陽性を示すアミノ酸、ペプチドなども、塩類と同様にコロジューム膜で透析により取り除かれる性質を有している。 抽出物IIと乙第5号証の抽出物は、同じ原料から同等の方法により抽出されたものであることは既に詳述した通りであり、抽出物の原料となっている動物組織にはもともと多数のアミノ酸、ペプチド類が含まれるから、乙第5号証の透析前の抽出物に、アミノ酸、ペプチドなどのニンヒドリン反応に対して陽性を示す物質が含まれることは明らかである。 そうすると、乙第5号証には、その透析後の抽出物の物性として、非透析性であり、ニンヒドリン反応陰性であることが記載されていると解され、本件明細書に記載された方法に透析工程がないことや、乙第4号証の特許請求の範囲では透析工程を構成要件としていないことからみても、甲第1号証に記載された抽出物IIと実質的に異なる生理活性物質が記載されているということはできない。 (5)以上のとおり、甲第1号証の抽出物IIは、乙第5号証に記載された生理活性物質、すなわちノイロトロピン、と同等の生理活性物質であると認められる。 (6)そして、ノイロトロピンに鎮痛・鎮静・抗アレルギー作用があることは、甲第2〜5号証に記載されている(乙第1〜5号証にも記載されている)ように、本件出願前に知られているから、ノイロトロピンと同等の生理活性物質である甲第1号証の抽出物IIを有効成分とする鎮痛剤(請求項1)、鎮静剤(請求項2)及び抗アレルギー剤(請求項3)は、当業者が容易に発明できたものと認められる。 6.むすび 以上のとおり、本件特許発明は、特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものと認められるので、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 1997-06-03 |
結審通知日 | 1997-06-13 |
審決日 | 1997-06-18 |
出願番号 | 特願昭52-16498 |
審決分類 |
P
1
112・
121-
Z
(A61K)
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最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 吉村 康男 |
特許庁審判長 |
竹林 則幸 |
特許庁審判官 |
深津 弘 横尾 俊一 眞壽田 順啓 森田 ひとみ |
登録日 | 1989-04-07 |
登録番号 | 特許第1490163号(P1490163) |
発明の名称 | 新規生理活性物質、その製造方法及び鎮痛、鎮静、抗アレルギ-作用を有する医薬 |
代理人 | 谷 良隆 |
代理人 | 中村 壽夫 |
代理人 | 萼 経夫 |