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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 訂正を認めない。無効とする(申立て全部成立) C12N
審判 全部無効 1項3号刊行物記載 訂正を認めない。無効とする(申立て全部成立) C12N
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備 訂正を認めない。無効とする(申立て全部成立) C12N
審判 全部無効 4項(134条6項)独立特許用件 訂正を認めない。無効とする(申立て全部成立) C12N
審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 訂正を認めない。無効とする(申立て全部成立) C12N
管理番号 1114336
審判番号 審判1998-35134  
総通号数 65 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1985-11-18 
種別 無効の審決 
審判請求日 1998-04-02 
確定日 2005-03-28 
事件の表示 上記当事者間の特許第2651442号発明「遺伝子発現を調節するポリヌクレオチド構築物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第2651442号の特許請求の範囲第1項ないし第34項に記載された発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1.本件の経緯の概要
本件特許第2651442号についての手続きの経緯の概要は以下のとおりである。
昭和59年10月20日 特許出願(優先権主張 1983年10月20日、1984年3月1日)
平成9年5月23日 特許権の設定登録
平成10年4月2日 特許の無効の審判の請求(甲第1〜15号証提出)
平成11年12月22日 被請求人より上申書(1)提出
平成11年8月26日 被請求人より答弁書(1)提出(乙第1〜10号証提出)
平成12年6月20日 請求人より弁駁書提出(甲第16〜20号証提出)
平成13年1月22日 被請求人より答弁書(2)提出(乙第11〜17号証提出)
平成13年5月11日 請求人より口頭陳述要領書提出
被請求人より口頭陳述要領書提出(乙第18〜30号証提出)
平成13年5月11日 第1回口頭審理
平成13年5月23日 請求人より上申書提出(甲第21〜26号証提出)
平成13年6月11日 無効理由通知
平成13年12月13日 被請求人より意見書及び訂正請求書提出
平成14年1月24日 請求人に対して審尋
平成14年2月6日 被請求人より上申書(2)提出
平成14年7月16日 請求人より回答書
平成14年11月13日 被請求人に対して審尋
平成14年12月18日 被請求人より回答書(参考文献1提出)
平成16年8月23日 訂正拒絶理由通知及び書面審理通知

第2.訂正の適否について
〔1〕 平成13年12月13日付で訂正請求された訂正の趣旨は、本件特許の明細書を請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正を求めるにあり、その訂正の要旨は、特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲の第1,第5,第18及び第24項における「転写終結配列」を「ρ因子非依存性ターミネーター」に、同第1及び第18項における「ポリヌクレオチド配列」を「非天然のリボヌクレオチド配列」に、そして同第1,第5,第18及び第24項における「遺伝子の機能を調節」を「遺伝子の翻訳を阻害」に訂正し、かつ同第3及び第20項を削除し、あわせて不明りょうな記載の釈明を目的としてそれに伴う請求項番号の整合性をとることを求めるものである。

〔2〕 被請求人の主張する如く、特許請求の範囲を前記のように訂正することは、願書に添付した明細書に記載された事項の範囲内において特許請求の範囲を減縮するものであって、かつこれら訂正は、いずれも実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではないと認められる。
しかしながら、下記〔3〕乃至〔5〕に述べるように、訂正後の特許請求の範囲第1乃至第32項に記載された発明は、依然として引用文献1〜9の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができるものであるから特許法第29条第2項の規定に該当し、また、訂正後の特許請求の範囲の記載と明細書中の記載が一致していないため、特許請求の範囲中には発明の構成に欠くことができない事項が記載されておらず、反対に発明の詳細な説明中には特許請求の範囲に記載された発明が当業者が容易に実施できる程度に記載されていない、という記載不備があるので、訂正後の本願は、特許法第36条第3項及び4項の規定を満たさない。
したがって、訂正後の特許請求の範囲第1乃至第32項に記載された発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、平成6年改正前特許法第126条第3項に規定する要件を満たしていないため、当該訂正は認められない。

〔3〕 訂正明細書の特許請求の範囲第1項、及び第17項に記載された訂正後の本件第1番目及び第2番目の発明は下記の通りである(以下、前者を、単に「訂正後の本件発明」ともいう)。

「【訂正後の第1項】遺伝子を有する細胞内に存在するときにポリヌクレオチド配列を生産するセグメントを有する非天然のポリヌクレオチド構成物であって、該セグメントは
(a)転写プロモーター配列;
(b)ρ因子非依存性ターミネーター;および、その間に、
(c)ポリヌクレオチドコード配列;
を有し、該構成物は該遺伝子から生産されるRNA転写物の少なくとも一部に相補的な非天然のリボヌクレオチド配列を生産し、そして、該相補的なポリヌクレオチド配列は該遺伝子の翻訳を阻害する、非天然のポリヌクレオチド構成物。

【訂正後の第17項】
遺伝子を有する細胞内に存在するときにポリヌクレオチド配列を生産するセグメントを有する非天然のポリヌクレオチド構成物がその中に包含されたべクターであって、該セグメントは
(a)転写プロモーター配列;
(b)ρ因子非依存性ターミネーター;およびその間に
(c)ポリヌクレオチドコード配列;
を有し、該構成物は該遺伝子から生産されるRNA転写物の少なくとも一部に相補的な非天然のリボヌクレオチドを生産し、そして、該相補的なポリヌクレオチド配列は該遺伝子の翻訳を阻害する、ベクター。

ここで、上記訂正後の特許請求の範囲第1項及び第17項に記載される「ρ因子非依存性ターミネーター」という用語の解釈についてまず検討する。
当審では、平成14年11月13日付で被請求人に対して、前記訂正により特許請求の範囲の減縮を目的として第1項及び第17項における「転写終結因子」の用語を「ρ因子非依存性ターミネーター」に限定したことについて、当該「ρ因子非依存性ターミネーター」という用語は、特許明細書中の記載事項及び当該訂正の経緯からみて、通常の技術用語としての「ρ因子非依存性ターミネーター」であること、すなわち「原核生物のRNAポリメラーゼの転写終結を引き起こすことのできる2つの構造的特徴である、ステム・ループ構造を作るパリンドローム領域と、その後の連続した数個のU塩基の並びを有する転写終結シグナル」を指すものであり、当該「ρ因子非依存性ターミネーター」配列の存在が本件の人工mic遺伝子の重要な構造的特徴であることを認定する旨を審尋した。
一方、これに対して被請求人は、平成14年11月13日付回答書により、当該「ρ因子非依存性ターミネーター」は、上記「特定のターミネータ構造」には限定されず、「ρ因子に依存しないターミネーター(すなわち、転写を終結させる因子)」の意味として使用していること(第2頁下から2行〜第3頁7行)、さらに、「転写終結という機能があれば十分(同第5頁19〜20行)」、「転写が終結しているのであれば、どのような構成をとってもよい(同第6頁15〜16行)」旨を述べ、当該「ρ因子非依存性ターミネーター」という用語が、構造的な特徴を規定したものではなく、単に転写を終結させる機能で特定したものであることを再三にわたり主張している。
上記審尋でも述べたように、「ρ因子非依存性ターミネーター」という用語は、本件優先日前の当該技術分野の教科書的な学術書などでも一般的に用いられている学術用語であるから、あえて当該用語を特許請求の範囲中に記載する以上、本来は当該学術用語としての意味に一義的に規定され、任意の転写終結シグナルも包含するかのような解釈は成り立たないはずである。
しかしながら、ここでは、当該「ρ因子非依存性ターミネーター」という用語解釈に関し、一応被請求人の主張に従って解釈することとし、当該用語は、「ρ因子に依存しない」ことのみが規定されているだけで、何ら構造的な特徴を規定するものではなく、訂正前の特許明細書の特許請求の範囲に記載された「転写終結配列」と同程度の意味で用いられた用語として、以下述べる。

〔4〕特許法第29条第2項違反について:
引用文献1(先の刊行物1)には、「本発明のもう一つの側面は、細胞内のその他の生体成分の活性を実質的に妨害することなく細胞内の1以上の生体成分の活性を選択的に抑制する方法である。この方法は特定の生体成分を解読するmRNAの部分に実質的に相補的な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを形成する工程、及びこのオリゴヌクレオチドを細胞内に入れて運ばれたmRNAとハイブリッド形成させる工程を含むものである。これによりmRNAの蛋白質への翻訳の妨害が生ずる。」(対応する特表昭58-501771号公報、第3頁左欄6〜14行)」と記載されている。
ここで、上記「オリゴヌクレオチド」は、標的遺伝子のmRNAの部分配列に相補的なポリヌクレオチド配列に基づいて形成されたものであり、当該mRNAにハイブリダイズさせて標的タンパク質の翻訳を選択的に妨害するのであるから、まさに、細胞内の標的タンパク質のRNA転写物に対して「アンチセンスヌクレオチド」として働き翻訳を阻害するポリヌクレオチド配列に相当するといえる。
そして、一般に「オリゴヌクレオチド」というとき、DNA及びRNAの両者を意味するが、当該引用文献1においても、「このオリゴヌクレオチドはデオキシリボヌクレオチド(即ちDNA)であってもよく、(同第3頁右上欄9〜11行)」と記載されるように、デオキシリボヌクレオチド(即ちDNA)のみに限定されるものでもなく、ましてRNAを除外するものではない。
しかも、下記引用文献2〜6(甲第1〜5号証)に記載されるように、本件優先日当時は、大腸菌など細胞内の天然の蛋白質発現調節機構として、細胞内で転写されたRNAが、細胞内遺伝子のmRNAにハイブリダイズして、その翻訳を阻害することも周知であったといえるから、引用文献1において細胞内で有効に遺伝子のmRNAの翻訳阻害作用を発揮させようとする「アンチセンスヌクレオチド」としては、むしろ「アンチセンスRNA」として働かせようとする方が自然であり、その際に、細胞内でRNAを得るための常套手段である「ベクター法」を適用しようとすることも自然に想起することである。
ところで、下記引用文献2〜4を詳細に検討するに、これら文献には、R1プラスミドの複製に関わるrepA遺伝子のリーダー配列中のアンチセンス側に逆方向に転写されるcopA遺伝子が存在し、転写されたCopA-RNAがRepA-mRNAのリーダー配列中の相補配列部分(CopT-RNA)にハイブリダイズすることでRepA-mRNAの翻訳を阻害することが記載されている。
そして、当該天然アンチセンスRNAがRepA遺伝子転写物であるRepA-mRNAの翻訳を阻害することを確認するため、RepA遺伝子にレポーター遺伝子を繋いだrepA-lacZ遺伝子を有するプラスミド(pJL99等)を用いて細胞内で生産されたRNA転写物に対して、pBR322にcopAフラグメントを組み込んで構築したプラスミドである、pOU504(引用文献2)、pOU423(引用文献3)、pKN423及びpOU545(引用文献4)により細胞内で転写されたCopA-RNAが、「アンチセンスRNA」として上記RNA転写物の翻訳を阻害したこと(ガラクトシダーゼ産生を低下させたこと)が確認されている。
このことは、まさに、引用文献2〜4においては、細胞内で「アンチセンスRNA」として働かせたいポリヌクレオチド配列を、ベクターに繋いで細胞に導入して、当該配列をRNA転写物として得、細胞内の標的遺伝子のmRNAにハイブリダイズさせてその翻訳の阻害を起こさせていることであるから、アンチセンスRNAを「ベクター法」で導入した技術であるということができる。
このように、引用文献2〜4において、「ベクター法」で導入して細胞内で転写させたRNAが「アンチセンスRNA」として正しく機能することを確認した実験結果に接した当業者にとって、引用文献1の方法を実施しようとするにあたり、「アンチセンス」ヌクレオチドを「ベクター法」を用いて細胞内に導入しRNAに転写させて「アンチセンスRNA」として働かせようとすることは極めて自然な事柄である。
そして、ポリヌクレオチドフラグメントを含むベクターを用いて細胞を形質転換する際に、当該フラグメントを細胞内で適切にRNA転写させるためには、その上流に転写プロモーターを繋ぐことは当然であり、またアンチセンスRNAとして働かせたい対応フラグメントのみを転写させたければ、その下流に「転写終結配列」を設けることは当業者にとっては当然の発想である。例えば、引用文献8(刊行物2)にはpBR322-大腸菌の系を用いた形質転換において、「転写ターミネーター」がないと強いプロモーターを用いた場合に読み飛ばしが起こり導入した外来遺伝子のクローニングが困難になることが記載されていることからみても、特に対象細胞として大腸菌などの原核細胞を選択した場合には、一定の長さの転写物を得ようとすれば「転写ターミネーター」、即ち周知の大腸菌用「ρ因子非依存性ターミネーター」を用いることに何らの困難性も見出せない。
なるほど、引用文献2〜4において、ベクターを構築するにあたり「ρ因子非依存性ターミネーター」等の「転写終結配列」を繋ぐことは明示されていないが、特に引用文献4Fig.2にも記載されるように、CopA-RNAは、その全ヌクレオチド配列のみならず、5'末端側にLoopIを有し、3'末端側はG+Cに富むLoopIIのステムループ構造及びそれに続く「UUUUUGCUUUU」という3'末端配列を有するものであり、当該構造がまさに引用文献7(甲第24号証)などにも記載される周知の大腸菌「ρ因子非依存性ターミネーター」領域の共通構造に相当するものであることを正確に理解するはずである。
そうしてみると、引用文献2〜4に接した当業者は、引用文献2〜4のアンチセンスRNA作成用のプラスミドにおいて積極的に「ρ因子非依存性ターミネーター」を挿入しなかったのは、天然アンチセンスRNAであるCop-RNAのヌクレオチド配列中に、既に「ρ因子非依存性ターミネーター」に相当する配列が備わっていたからであると解釈すると考えられるから、当該手法を引用文献1のアンチセンスヌクレオチドの場合のような非天然ヌクレオチド配列に適用して、当該ヌクレオチド配列のみをRNAに転写させたいときに、下流側に「ρ因子非依存性ターミネーター」配列を設けようとする上記自然な発想を妨げる要因とはならない。

したがって、引用文献1の方法において、細胞内で標的遺伝子のRNA転写物に対する「アンチセンス」ヌクレオチドとして働くヌクレオチド配列を、引用文献2〜4などと同様に転写プロモーター下流に繋いだベクターで細胞内に導入して細胞内で転写させて「アンチセンスRNA」として機能させること、及びその際に当該ヌクレオチド下流には「ρ因子非依存性ターミネーター」など「転写終結配列」を繋いだベクターを用いることは、本件優先日前の技術常識を勘案すれば、当業者にとって容易に想到し得ることである。
そして、訂正後の本件発明における「ρ因子非依存性ターミネーター」には立体的障害を引き起こすような特別な構造のものに限らず、単に「転写終結」機能のみを呈する配列も含むものであることからも、特許請求の範囲に記載された各構成要件に基づく効果については、上記各引用文献の記載事項からみて十分予測される範囲内のものであって格別のものということはできない。
訂正後の本件第2番目の発明についても同様である。
よって、訂正後の本件第1番目及び第2番目の発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることはできない。

<引用文献>
引用文献1(刊行物1):PCT国際公開パンフレットWO83/01451号(特表昭58-501771号に対応)
引用文献2(甲第1号証):The EMBO Journal,Vol.2,No.1,1983,p.93-98
引用文献3(甲第2号証):Mol Gen Genet(1981)184:56-61
引用文献4(甲第3号証):Mol Gen Genet(1982)187:486-493
引用文献5(甲第4号証):Cell 34,683-691(Sep.1983)
引用文献6(甲第5号証):Nature 294,623-624(17Dec.1981)
引用文献7(甲第24号証):Nuc.Aci.Res. 9(3),563-577(1981)
引用文献8(刊行物2):Gene 18,319-328(1982)

〔5〕特許法第36条第3項及び第4項違反について:

1.「ρ因子非依存性ターミネーター」について:
上述の如く、当該「ρ因子非依存性ターミネーター」の用語は、一応被請求人の主張に従って、「ρ因子に依存しない」ことのみが規定されているだけで、何ら構造的な特徴を規定するものではなく、訂正前の特許明細書の特許請求の範囲に記載された「転写終結配列」と同程度の意味で用いられたものと解釈するから、先の無効理由通知書で指摘した用語「転写終結配列」についての記載不備がそのまま解消されずに残っていることになる。
ここで、被請求人は、回答書第4〜5頁において、明細書記載のmic(ompC)及びmic(ompA)に関する第二及び第三の実施態様が、ループa(3'側のステム・ループ構造)のような特定の構造がなくてもアンチセンス効果を発揮することを立証している旨を主張しているので、まずその点について検討する。

特許明細書第9頁右欄27〜45行には、「一般的なmicクローン化ベクター、pJDC402の組み立ては、第6図に示されるように二つのループの間のpMH044中のDNA断片を除去することによって達成される。終結部位の直接上流のRsaI部位は、pMY140の部分的分解に続いてEcoRIリンカーを挿入することによってEcoRI部位に移された。得られたプラスミド,pMY044はEcoRIで部分的に分解され、続いてXbaIで完全に分解された。線状DNA断片の一本鎖線部分はDNAポリメラーゼI(大きい断片)によって充たされ、それからT4DNAリガーゼで処理されて、その結果XbaIとRsaI部位の間に断片を有しないプラスミド、pJDC402が形成された。・・・そして人工mic遺伝子からのRNA転写は該micRNAと似た構造を有するRNAを生成する。挿入されるDNAから誘導される部分は二つのループ構造(その一つは5'そしてもう一つは3'末端)によってサンドイッチされる。」と記載されている。(下線は合議体による。)
これは、参考文献1のFig.5に示されるlpp遺伝子のmRNAの推定二次構造中の5'側「ヘヤピンVII」中のPvuII部位と3'側「ヘヤピンII」のRsaI部位に挟まれるフラグメントが除去されたことに相当するから、残りのステムループ構造を残したpJDC402においては、まさに唯一のXbaI部位に挿入されたヌクレオチド配列は二つのループ構造(「ヘヤピンVIII」と「ヘヤピンI」)によってサンドイッチされた構造として転写されることを意味する。本件特許明細書第10頁左欄16〜33行には、lpp遺伝子配列から得た、SD配列とプロリポ蛋白質の最初の29個のアミノ酸残基をコードするDNA断片を、反対の方向でpJDC402の唯一のXbaI部位に挿入して構築したプラスミドpJDC412から転写された2種類のmic(lpp)RNAが第6図Bのa:及びb:として図示されているが、両者の3'側のステムループ構造こそが、pJDC402に由来する上記3'側の「ヘヤピンI」に相当する。
mic(ompC)及びmic(ompA)は、いずれも発現ベクターpJDC402の唯一のXbaI部位にそれぞれompC、ompA部分配列が逆向き方向に挿入されたものである(同第11頁左欄33〜40行、右欄43〜46行など)ことからみて、転写されたmic(ompC)RNA及びmic(ompA)RNAにも当然pJDC402自身の配列に由来する3'側のステムループ構造(「ヘヤピンI」)、即ち「ρ因子非依存性ターミネーター」に相当する構造的特徴を有しているといえるから、被請求人の主張は失当である。
そうしてみると、特許公報第7頁右欄8行〜15行、第9頁右欄5行〜11行、24行〜27行、43行〜45行などの記載を検討しても、本件特許明細書中には、ベクターに挿入するべき「転写終結配列」としては、少なくとも本来の大腸菌由来「ρ因子非依存性ターミネーター」と同様の「3'側のステムループ構造」という特徴的構造の存在がmicF機能(アンチセンス効果)にとって必須であることが明記されているというべきであり、単に「DNAからRNAへの転写を終結させる配列」であればよいことについては開示されていると認めることはできない。
そうであるから、訂正後の本件特許請求の範囲第1項には「3'側の大きなループ構造」に関する必須の構成が記載されていない不備があり、本件明細書は当該構造を有さない「転写終結配列」を用いた場合の発明が当業者が容易に実施できるように記載されていない。

<参考文献>
参考文献1:J.Biol.Chem.,255(1)210-216(1980)

2.訂正後の本件発明が対象とする細胞として高等植物などの真核生物細胞も包含している点について:
本件特許明細書(特許公報第4頁左欄28行〜最下行など)によると、「本発明の実施は、・・・真核細胞・・・に適用されることが出来、そして一般的には、発現される遺伝物質を含む生物体に適用されることができる。」「例えば真核生物体の核の中に直接導入することにより、・・・」と記載されており、前記訂正においてもこれら記載は削除されておらず、特許請求の範囲中の「細胞」が「原核細胞」のみを意味することを明確にする旨の訂正事項はないから、訂正後の本件発明においても、高等植物など真核生物細胞の核内染色体中の遺伝子の翻訳を阻害する場合が依然として包含されているといえる。
この点は、訂正後の特許請求の範囲の第1項及び第17項の実施態様項に相当する同第3項及び第19項においても「細胞の核の染色体遺伝物質に取り込まれ、あるいは結合すること」が必須の要件となっていることからも明らかである。
ところで、真核生物細胞の場合、アンチセンス構築物が細胞核内の染色体中に組み込まれ、かつ有効なアンチセンスRNAとして働くためには、アンチセンス構築物が核内の染色体中に組み込まれたとしても、必要に応じて転写され、しかもそのアンチセンスRNAが分解されることなく核外の細胞質中に出て、さらに目的とするターゲットmRNAにハイブリダイズしてその翻訳を阻害する、という何段階もの解決すべき障害が存在する。
そうであるにもかかわらず、本件特許明細書中には真核生物細胞に適用するための具体的な手段は全く記載されておらず、真核細胞中での遺伝子の翻訳を阻害することができるようなアンチセンス構築物についての開示は全くないとするのが相当である。
しかも、真核生物細胞のポリメラーゼの転写終結のためのシグナルについては本件出願後の1997年になっても依然としてあまりわかってない(LEWIN「遺伝子 第5版」東京化学同人(第5版第1刷1996年6月25日発行)第390頁左欄21〜22行など参照)ことからみても、真核生物細胞用のアンチセンスRNAのためのベクターに組み込むべき「転写終結配列」がどのようなヌクレオチド配列であるのかすら不明である。
したがって、訂正後の本件発明のうち、少なくとも対象細胞が真核生物細胞の場合について、本件特許明細書には当業者が実施可能な程度に記載されておらず、実質的な開示がない。

3.以上述べたように、上記訂正後の本願は特許法第36条第3項及び第4項に規定する要件を満たしていない。

〔6〕付記:
被請求人に対して平成16年8月23日付で上記したと同様の趣旨の訂正拒絶理由を通知したところ、被請求人からは指定期間内には何らの応答もなかった。

第3.本件発明
上記した如く、平成13年12月13日付でなされた訂正請求に基づく訂正は認められないから、本願第1番目及び第2番目の発明の要旨は、特許明細書の特許請求の範囲に記載された第1項、及び第18項に記載された下記の通りのものである。(本願第1番目の発明を、単に「本件発明」ともいう。)
「第1項:
遺伝子を有する細胞内に存在するときにポリヌクレオチド配列を生産するセグメントを有する非天然のポリヌクレオチド構成物であって、該セグメントは
(a)転写プロモーター配列;
(b)転写終結配列;および、その間に、
(c)ポリヌクレオチドコード配列;
を有し、該構成物は該遺伝子から生産されるRNA転写物の少なくとも一部に相補的なポリヌクレオチド配列を生産し、そして、該相補的なポリヌクレオチド配列は該遺伝子の機能を調節する、非天然のポリヌクレオチド構成物。

第18項:
遺伝子を有する細胞内に存在するときにポリヌクレオチド配列を生産するセグメントを有する非天然のポリヌクレオチド構成物がその中に包含されたべクターであって、該セグメントは
(a)転写プロモーター配列;
(b)転写終結配列;およびその間に
(c)ポリヌクレオチドコード配列;
を有し、該構成物は該遺伝子から生産されるRNA転写物の少なくとも一部に相補的なポリヌクレオチド配列を生産し、そして、該相補的なポリヌクレオチド配列は該遺伝子の機能を調節する、ベクター。」

第4.判断
〔1〕新規性について:
1.上記引用文献2〜4(甲第1〜3号証)には、R1プラスミドの複製に関わるrepA遺伝子のリーダー配列中のアンチセンス側に逆方向に転写されるcopA遺伝子が存在し、転写されたCopA-RNAがRepA-mRNAのリーダー配列中の相補配列部分(CopT-RNA)にハイブリダイズすることでRepA-mRNAの翻訳を阻害すること、及びその確認のための種々の実験結果が記載されている。
当該実験で使用されたpOU504(引用文献2)、pOU423(引用文献3)、pKN423及びpOU545(引用文献4)は、いずれもpBR322にcopA遺伝子を組み込んで構築したプラスミドであり、repA-lacZ遺伝子を有するプラスミドpJL99等から生産されたRNA転写物の翻訳工程を阻害してガラクトシダーゼ産生を低下させたことが記載されている。ここで、lacZ遺伝子は単なるレポーター遺伝子であるから、当該結果はRepA-mRNAの翻訳阻害を観察していることに他ならない。
してみれば、上記copA遺伝子含有プラスミドは、repA遺伝子を有する大腸菌内でrepA遺伝子から生産されるRNA転写物の一部(CopT-RNA)に相補的なCopA-RNAを生産し、当該RNAがrepA遺伝子の機能を調節(Rep蛋白の発現を阻害)するものであるといえるから、「遺伝子を有する細胞内に存在するときにポリヌクレオチド配列を生産するセグメントを有する非天然のポリヌクレオチド構成物であって、該構成物は該遺伝子から生産されるRNA転写物の少なくとも一部に相補的なポリヌクレオチド配列を生産し、そして、該相補的なポリヌクレオチド配列は該遺伝子の機能を調節する、非天然のポリヌクレオチド構成物」である点で、本件発明と軌を一にするものである。
ところで、本件出願後の文献である参考文献2(甲第21号証)によれば、CopA-RNAは、93ヌクレオチドの転写物として分離されており、その構造は、5'末端側にLoopIを有し、3'末端側はG+Cに富むLoopIIのステムループ構造及びそれに続く「UUUUUGCUUUU」という3'末端配列を有するものである。そして、この3'末端側のG+Cに富むステムループ構造及びそれに続く「U」の連続した終結配列は、まさに大腸菌のρ因子非依存性ターミネーター領域(参考文献3(甲第22号証)、参考文献4(甲第23号証)及び引用文献7(甲第24号証)など参照)の共通構造を備えている。その上、CopA-RNAが一定の長さの転写物として分離されていることからみてもcopA遺伝子には何らかの転写を終結させる機構が存在するといえるので、当該ステムループ構造に続く終結配列がCopA-RNA自身が有している「転写終結配列」であるとするのが自然である。
また、2つのRNA間において正確に相補性を有する領域の割合が低ければ両者のハイブリダイズの程度は当然に低くなるから、もしもCopA-RNAの転写が終結せずに余分な配列が長く付いたものであれば、十分なハイブリダイズ効果が得られないはずである。引用文献2(Table.II及びIII)及び引用文献4(Table.2〜4及び第489頁左欄1〜4行)などに記載されたcopA遺伝子含有プラスミドの極めてシャープなβガラクトシダーゼ活性低下効果が得られているという実験結果も、copT配列と同じ長さのCopA-RNAが生産されていることを裏付けるものである。
以上のことから、copA遺伝子を含む発現ベクターである上記pOU504、pOU423、pKN423及びpOU545は、いずれもcopA遺伝子由来の天然の「転写終結配列」を有し、かつ当然プロモーターも有しているから、結局、「(a)転写プロモーター配列、(b)転写終結配列およびその間に(c)ポリヌクレオチドコード配列を有するセグメント」を有しているということができる。
したがって、本件発明における非天然のポリヌクレオチド構成物の中には引用文献2〜4に記載されたpOU504、pOU423、pKN423及びpOU545プラスミドが包含される。

2.引用文献2に記載されるSau3A断片のcopT配列が転写されるように挿入したプラスミドpJL232も、産生したCopT-RNAはCopA-RNAにハイブリダイズしてcopA遺伝子の本来的「機能」、即ちRepA-mRNAの翻訳を阻害する「機能」をまさに阻害(即ち「調節」)しているから、copA含有プラスミドと同様「遺伝子を有する細胞内に存在するときにポリヌクレオチド配列を生産するセグメントを有する非天然のポリヌクレオチド構成物であって、該構成物は該遺伝子から生産されるRNA転写物の少なくとも一部に相補的なポリヌクレオチド配列を生産し、そして、該相補的なポリヌクレオチド配列は該遺伝子の機能を調節する、非天然のポリヌクレオチド構成物」であるといえる。
しかも、copT配列は引用文献4Fig.2に記載されるCopA-RNAがハイブリダイズする相手の相補配列であるから、CopT-RNAはCopA-RNAと同様に下流側にCGリッチのステムループ構造を有しそれに続くAの連続配列がある。「ρ非依存性ターミネーター」とは3'末端がU連続配列ではなくA連続配列である点で相違するものの、立体構造的には極めて類似していることからみて、少なくとも「転写終結配列」として働くであろうと推定することに無理はない。
加えて、引用文献2で用いられた上記pJL232プラスミドは参考文献5及び6の記載を検討してみると、もともとλリプレッサー遺伝子(cI)由来のターミネーターを有していおり、当該ターミネーターの位置はcopT遺伝子が挿入された位置の下流側のごく近傍であるといえるから、たとえcopT遺伝子自身の3'末端配列が「転写終結配列」として機能できなかった場合でも、それに続くcI由来ターミネーターが「転写終結配列」として機能するはずである。
結局、当該pJL232は、いずれにしても「(a)転写プロモーター配列、(b)転写終結配列およびその間に(c)ポリヌクレオチドコード配列を有するセグメント」を有しているものである。
したがって、本件発明における非天然のポリヌクレオチド構成物の中には引用文献2に記載されたpJL232プラスミドが包含される。

3.以上のことから、本件発明は引用文献2〜4に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当する。

4.本願第2番目の発明も、同様の理由で特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることはできない。

<参考文献>
参考文献2(甲第21号証):Nuc.Aci.Res. 14(6),2523-2538(1986)
参考文献3(甲第22号証):J.Mol.Biol. 301,27-33(2000)
参考文献4(甲第23号証):Science 266,822-825(1994)
参考文献5(甲第25号証):Nature 276,301-302(1978)
参考文献6(甲第26号証):Gene 17,247-258(1982)

〔2〕進歩性について:

本件優先日前の技術常識を勘案すれば、引用文献1の方法において、引用文献2〜4などに記載された「ベクター法」を適用して細胞内に導入し、細胞内で転写させて「アンチセンスRNA」として機能させることが、当業者にとって容易に想到し得ることであり、そのことにより奏せられる効果も上記各引用文献の記載事項から十分予測される範囲内のものであることは、上記第3.〔4〕で述べた通りである。
したがって、本願第1番目及び第2番目の発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることはできない。

〔3〕明細書の記載不備について:
上述の如く、本件出願に対する訂正は認められないので、平成13年6月11日付無効理由通知において指摘した本件特許明細書中の記載不備、すなわち、(1)特許請求の範囲第1項に記載される「遺伝子の機能を調節する」という用語の意味するところが不明である点、及び(2)同「転写終結配列」について「3'側の大きなループ構造」に関する必須の構成が記載されていない不備、当該構造を有さない「転写終結配列」を用いた場合の発明が当業者が容易に実施できるように特許明細書中に記載されていない不備、はいずれも解消していない。
したがって、本願は、特許法第36条第3項及び第4項に規定する要件を満たしていない。

第5.結び
以上述べたとおり、本願第1番目及び第2番目の発明は、引用文献2〜4に記載された発明であるか、あるいは本件優先権主張日前の技術常識を勘案すれば引用文献1〜4及び9の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第29条第1項第3号もしくは同第2項の規定に違反してなされたものである。
また、本願は特許法第36条第3項及び第4項に規定する要件を満たすものでもない。
したがって、本件特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効にすべきものである。
よって、結論の通り審決する。
 
審理終結日 2004-10-19 
結審通知日 2004-10-21 
審決日 2004-11-15 
出願番号 特願昭59-221117
審決分類 P 1 112・ 532- ZB (C12N)
P 1 112・ 121- ZB (C12N)
P 1 112・ 113- ZB (C12N)
P 1 112・ 856- ZB (C12N)
P 1 112・ 531- ZB (C12N)
最終処分 成立  
前審関与審査官 新見 浩一  
特許庁審判長 佐伯 裕子
特許庁審判官 種村 慈樹
鵜飼 健
登録日 1997-05-23 
登録番号 特許第2651442号(P2651442)
発明の名称 遺伝子発現を調節するポリヌクレオチド構築物  
代理人 山本 秀策  
代理人 平木 祐輔  
代理人 大屋 憲一  
代理人 石井 貞次  

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