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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D06N
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D06N
管理番号 1132568
異議申立番号 異議2003-71662  
総通号数 76 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1999-05-11 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-07-04 
確定日 2005-12-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3361976号「ヌバック調人工皮革」の請求項1に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3361976号の請求項1に係る特許を取り消す。 
理由 I.手続の経緯

本件特許第3361976号は、平成9年10月21日の出願であって、平成14年10月18日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対して特許異議申立人 株式会社クラレから特許異議の申立てがなされ、平成16年12月10日付けで審尋がなされ、その指定期間内である平成17年1月28日に回答書が提出され、同年2月14日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年4月20日に、特許異議意見書が提出されるとともに訂正請求がされ、同年7月12日に本件特許の技術説明の面接がなされ、同年7月13日付けで訂正拒絶理由が通知され、その指定期間内である同年9月20日に特許異議意見書が提出されたものである。


II.訂正の適否についての判断

1.訂正の内容

本件訂正は、以下の訂正事項a〜eからなるものと認める。

訂正事項a:特許明細書段落【0002】の記載「特開昭63-50580公報」を、「特開昭63-50580号公報」と訂正する。

訂正事項b:特許明細書段落【0008】の記載「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分の繊維の根元から繊維の先までの直線距離でなく、最長部分の平均実測値をいい、」を、「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分の、繊維の根元から繊維の先までの直線距離でなく、最長部分の平均実測値をいい、」と訂正する。

訂正事項c:特許明細書段落【0008】の記載「最大部分の平均巾」を、「最大部分の巾」と訂正する。

訂正事項d:特許明細書段落【0017】の記載「のが好ましい」を、「が好ましい」と訂正する。

訂正事項e:特許明細書段落【0026】の記載を削除し、以下の段落番号を繰り上げる。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否

2-1.訂正事項aについて

訂正事項aは、公開公報番号の後に「号」なる記載がなかったが、これを加えたものであり、訂正前の記載「特開昭63-50580公報」が「特開昭63-50580号公報」の意であることは明白であるから、誤記の訂正を目的としたものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

2-2.訂正事項bについて

訂正事項bは、記載「立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分の」と記載「繊維の根元から繊維の先までの直線距離でなく」の間に読点「、」を加えたものであり、記載「立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分の」が、「直線距離」及び「最長部分の平均実測値」にかかることは明らかであって、両記載間に読点「、」があるものとして読むのは、当業者において自明であるところ、訂正前の記載では、「繊維の根元・・・」にかかる誤った文章となっていたものであるから、誤記の訂正を目的とした明細書又は図面の訂正に該当し、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

2-3.訂正事項cについて

訂正事項cは、訂正前の記載「最大部分の平均巾」において「平均」を削除するものであって、「巾Y」は個々の立毛状極細繊維束に対する値であることは図1の記載から明らかであり、1つの繊維束において平均巾という表現は不適切であるから、上記記載「最大部分の平均巾」が「最大部分の巾」の誤記であることは明らかである。
したがって、訂正事項cは、誤記の訂正を目的としたものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

2-4.訂正事項dについて

訂正前の記載「のが好ましい」は、「が好ましい」の誤記であることは明らかであるから、訂正事項dは、 誤記の訂正を目的としたものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

2-5.訂正事項eについて

訂正事項eは、段落【0026】と【0027】においてほぼ同じ内容が重複して記載されていたものを、段落【0026】の記載を削除して重複記載を解消したものであり、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書又は図面の訂正に該当し、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。


3.むすび

以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する特許法第126条第2項から第4項までの規定に適合するので、当該訂正を認める。


III.特許異議の申立てについての判断

1.通知された取消理由の概略

平成17年2月14日付けの取消理由通知書に示された取消理由は、概略、以下のとおりである。

『1)本件特許は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
2)本件特許は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。



1)特許法第36条第6項違反について
本件発明の発明を特定するための事項である「(2)該人工皮革の少なくとも一方の表面に存在する立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係が、下記式(a)0.3≦X/Y≦8.0 ・・・(a)を満足する範囲にあること」に関して、明細書段落【0008】には、上記長さX、巾YおよびX/Yの定義および測定方法が一応記載されているが、上記記載及び出願時の技術常識を考慮しても、上記長さX、巾YおよびX/Yの定義および測定方法が以下の(1)〜(3)の点で不明であり、上記長さX、巾YおよびX/Yを明確に把握できないから、本件発明は明確でなく、本件特許出願は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

(1)上記段落【0008】の記載「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分」、「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある最大部分」の意味、および上記「部分」をその「部分」以外と判別し、設定する手段が不明である。
審尋(平成16年12月10日付け)に対する回答書(平成17年1月28日付け)において、「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分」とは、「立毛状極細繊維が(立毛状極細繊維束に対して、その極細繊維の本数が)少なくとも5%ある(存在する)部分」を意味し、言い換えれば、X/Yの値を求める立毛状極細繊維束の対象から、繊維束から遊離した極細繊維などの「本数が5%未満である部分」を除く意図の記載であり、「5%」が「極細繊維の本数」に関する数値であることは、段落【0006】の記載から明らかであり、さらに、極細繊維の本数は、電子顕微鏡は被写界深度が深く繊維束全体に焦点を合わせることが容易であるから、得られた拡大写真から求めることができる旨主張している。
・・・・
・・「5%」が「極細繊維の本数」に関する数値であるとしても、「立毛状極細繊維束に対して」とは、繊維束の何に対することを意味しているのか、「繊維束から遊離した極細繊維」と「立毛状極細繊維」をどのような基準で区別するのか、電子顕微鏡で撮影した場合繊維束全体に焦点を合わせることができるとはいっても、繊維により隠れた極細繊維をどのように数えるのかが、依然として不明である。

(2)上記段落【0008】の記載「最長部分の平均実測値」、「最大部分の平均巾」の意味が不明である。
審尋に対する回答書において、X/Yの値は、写真中の繊維束から得られる最大のX/Yの値と最小のX/Yの値を測定して得ることができる旨主張しているが、上記主張は、明細書の上記記載「最長部分の平均実測値」、「最大部分の平均巾」と矛盾する。

(3)表面に多数存在する立毛状極細繊維束の中から、どのようにして一定数の繊維束を抽出して長さX、巾Yを測定するのか。特に電子顕微鏡写真から測定する繊維束を選択する基準が不明である。
回答書に添付した技術説明資料1の写真をみると、選択、測定した繊維束以外にも繊維束が存在するものと認められ、写真から特定の繊維束を選択する基準が不明である。

2)特許法第36条第4項違反について

本件発明の発明を特定するための事項である「(2)該人工皮革の少なくとも一方の表面に存在する立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係が、下記式(a)0.3≦X/Y≦8.0 ・・・(a)を満足する範囲にあること」に関して、発明の詳細な説明段落【0008】に、その定義、測定方法が一応記載されているが、その定義、測定方法が上記取消理由1)の(1)〜(3)の点で不明であるから、発明の詳細な説明の記載は、本件発明を当業者が容易に実施することができる程度のものとはいえない。
(以下、取消理由1)の(1)、(2)、(3)に対応する取消理由2)を、それぞれ、「取消理由2)の(1)」、「取消理由2)の(2)」、「取消理由2)の(3)」という。) 』


2.当審の判断

以下、平成17年2月14日付けで通知された上記取消理由1)の(1)、(3)、及び2)の(1)〜(3)について順に判断する。

2-1.本件特許請求の範囲

本件訂正後特許明細書の特許請求の範囲の請求項1には、以下のように記載されている。
「ヌバック調人工皮革において、下記(1)〜(3)
(1)該人工皮革を構成する不織布が、単繊度0.2de以下の極細繊維束からなること、
(2)該人工皮革の少なくとも一方の表面に存在する立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係が、下記式(a)
0.3≦X/Y≦8.0 ・・・(a)
を満足する範囲にあること、
(3)該立毛状極細繊維束が400〜3000本/cm2を満足する範囲にあること、
を満たすことを特徴とするヌバック調人工皮革。」


2-2.取消理由1)特許法第36条第6項違反について

2-2-1.取消理由1)の(1)について

本件請求項1に係る発明における「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係」、「X/Y」について、明細書段落【0008】には、「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係は、ヌバック調人工皮革の少なくとも一方の表面を電子顕微鏡を用いて写真撮影し、得られた拡大写真をもとに求めることができる。立毛状極細繊維束の長さXは、立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分の、繊維の根元から繊維の先までの直線距離でなく、最長部分の平均実測値をいい、立毛状極細繊維束の巾Yは、立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある最大部分の巾をいうものとする。」と、その定義および測定方法が一応記載されている。

しかしながら、上記段落【0008】の記載「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分」及び「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある最大部分」の意味、および上記「部分」をその「部分」以外と判別し設定する手段が、以下のa)及びb)の理由から、依然として不明である。

以下に詳述する。

a)
[理由]
段落【0008】において、「5%」の基準を「立毛状極細繊維束に対して」としているが、立毛状極細繊維束の何に対しての意なのか、上記記載からは理解できない。また、「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分」と表現しているからには、「立毛状極細繊維束」は「立毛状極細繊維」と立毛状極細繊維以外のもの(繊維)から構成されているものと認められるが、それが何か不明である。
[特許権者の主張]
これに対して、特許権者は、平成17年4月20日付け特許異議意見書において、「立毛状極細繊維束に対して」とは、「立毛状極細繊維束を構成する全極細繊維の本数に対して」を意味し、「立毛状極細繊維束」は極細繊維の集合体である旨主張する。そして、「立毛状極細繊維束」における「立毛状極細繊維」以外の繊維とは何かという不備の指摘に関し、特許権者は、平成17年9月20日付け特許異議意見書においては、「立毛状極細繊維束」とは2つの意味があり、すなわち、特許請求の範囲等で使用される「立毛状極細繊維束」は「最終的に人工皮革の表面に形成される立毛状となった極細繊維束」の意であるのに対し、段落【0022】や【0028】で使用される「立毛状極細繊維束」は「最終的に人工皮革の表面に立毛を形成したときに立毛状となるバフィング処理前の極細繊維束」の意であり、上記「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分」の「立毛状極細繊維束」は、後者の「最終的に人工皮革の表面に立毛を形成したときに立毛状となるバフィング処理前の極細繊維束」を意味し、この場合の「立毛状極細繊維束」には、繊維束から遊離する(予定の)極細繊維が含有され、この遊離する(予定の)極細繊維が「立毛状極細繊維束」における「立毛状極細繊維」以外の繊維である旨、上記バフィング処理前の極細繊維束は束として一塊であるため、その断面の拡大写真から容易にその本数を測定可能である旨主張する。
[上記主張についての判断]
上記主張について検討すると、「立毛状極細繊維束に対して」とは、「立毛状極細繊維束を構成する全極細繊維の本数に対して」ということは概念としては理解できるが、「立毛状極細繊維束を構成する全極細繊維の本数」を具体的にどのような手法で測定するのかが不明であり、やはり「立毛状極細繊維束に対して」の技術的意味を理解することができない。「立毛状極細繊維束」を「最終的に人工皮革の表面に立毛を形成したときに立毛状となるバフィング処理前の極細繊維束」とみなし、その繊維束中の全極細繊維の本数を「立毛状極細繊維束を構成する全極細繊維の本数」とするという特許権者の主張は、特許明細書の記載から読み取れないし、当業者において自明であるともいえない。また、バフィング処理前の極細繊維束は束として一塊であるため、その断面の拡大写真から容易にその本数を測定可能であるという主張についても、断面写真を用いて本数を測定することは特許明細書に記載されていない。また、仮に断面写真を用いたとしても、断面の写真では、繊維束の一断面しか観察できず、かつ、極細繊維が重なり合って1本1本の繊維を十分に識別できるとは考えられないので、拡大したとしても極細繊維の本数を正確に測定できるとはいえない。
よって、特許権者の主張は、失当である。

b)
[理由]
段落【0008】の「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある」という記載に関して、「立毛状極細繊維が少なくとも5%ある」部分を選択するには、「立毛状極細繊維」の本数を測定する必要があると考えられるが、電子顕微鏡写真では微細繊維が重なり合って1本1本の繊維の本数を正確に測定することは困難であり、その測定手段が不明であるから、上記記載の技術的意味が理解できない。
[特許権者の主張]
これに対して、特許権者は、審尋に対する回答書(平成17年1月28日付け)において、極細繊維の本数は、電子顕微鏡は被写界深度が深く繊維束全体に焦点を合わせることが容易であるから、得られた拡大写真から求めることができる旨主張し、平成17年4月20日付け特許異議意見書においては、『「5%」という数字は単に「一部である」ことを明確に定義したに過ぎず、電子顕微鏡写真等から明白な場合にまで、繊維の裏に隠れた微細繊維の本数を必ず厳密に数えなければならないとするものではありません。』と主張し、平成17年9月20日付け特許異議意見書においては、「立毛状極細繊維束」を「最終的に人工皮革の表面に立毛を形成したときに立毛状となるバフィング処理前の極細繊維束」としてみなし、バフィング処理前の極細繊維束は束として一塊であるため、その断面の拡大写真から容易に前記繊維束中の全極細繊維の本数を測定でき、そして、最終的に立毛状となった極細繊維束において、立毛を構成しない、繊維束から遊離した極細繊維の本数も容易に測定でき、上記バフィング処理前の極細繊維束の本数と、最終的に立毛状となった極細繊維束から遊離した、立毛を構成しない極細繊維の本数とから、「立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分」を特定できる旨主張している。
[上記主張についての判断]
上記主張について検討する。
まず、回答書、平成17年4月20日付け特許異議意見書、及び平成17年9月20日付け特許異議意見書における主張は、それぞれ全く異なっており、一貫性がないものである。よって、これらの主張は信憑性に欠けるものである。
最新の平成17年9月20日付け特許異議意見書における主張について検討すると、「立毛状極細繊維束」を「最終的に人工皮革の表面に立毛を形成したときに立毛状となるバフィング処理前の極細繊維束」とみなして測定した、繊維束中の全極細繊維の本数と、最終的に立毛状となった極細繊維束において測定した、立毛を構成しない、繊維束から遊離した極細繊維の本数とから、「立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分」を特定するという考え方は、特許明細書の記載から読み取れないし、当業者において自明であるともいえない。また、バフィング処理前の極細繊維束は束として一塊であるため、その断面の拡大写真から容易にその本数を測定可能であるという主張についても、断面写真を用いて本数を測定することは特許明細書に記載されていない。また、仮に断面写真を用いたとしても、断面の写真では、繊維束の一断面しか観察できず、かつ、極細繊維が重なり合って1本1本の繊維を十分に識別できるとは考えられないので、拡大したとしても極細繊維の本数を正確に測定できるとはいえない。さらに、全極細繊維の本数を測定する対象である、バフィング処理前の極細繊維束と、遊離した極細繊維の本数、繊維束の長さX及び巾Yを測定する対象である、最終的に立毛状となった極細繊維束とは、同じ繊維束であることが必要であるが、これらをどのように対応させるのかも不明である。
よって、特許権者の主張は失当である。

したがって、上記a)及びb)で述べたように、明細書の記載を参酌しても、本件請求項1に係る発明における記載「立毛状繊維繊維束」を明確に把握することができず、その結果、立毛状極細繊維束の長さX、巾Y、及びX/Yも明確に把握できないから、請求項1に係る発明は明確でない。


2-2-2.取消理由1)の(3)について

[理由]
本件請求項1に係る発明における「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係」、「X/Y」に関して、明細書段落【0008】には、「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係は、ヌバック調人工皮革の少なくとも一方の表面を電子顕微鏡を用いて写真撮影し、得られた拡大写真をもとに求めることができる。」と記載されている。そして、回答書に添付された技術説明資料1の「測定方法の具体例を示す電子顕微鏡(SEM)写真」をみると、多数の立毛状極細繊維束が存在し、選択、測定した立毛状極細繊維束を白線で囲んだ測定データも示されているが、該写真中には白線で囲まれた繊維束以外にも立毛状極細繊維束が観察され、電子顕微鏡写真から測定対象の繊維束を選択する基準が不明であるから、結局、立毛状極細繊維束の長さX、巾Y、及びX/Yの技術的意味が定まらない。
[特許権者の主張]
これに対し、特許権者は、平成17年4月20日付け特許異議意見書において、本件発明において必要な数値は、単独のX、Yの値、X/Yの平均値ではなく、X/Yの最大値と最小値であり、X/Yの値の大小は写真中の繊維束を目視観察することにより容易に判断でき、最大値と最小値を有する繊維束は容易に選択できるから、繊維束を選択する特別な基準は必要とされない旨主張している。
[上記主張についての判断]
しかしながら、回答書に添付された技術説明資料1の写真を見ても、最大値、最小値を有する繊維束が目視のみで判断できるとはいえず、白線で囲まれた繊維束以外にもかなり横長である繊維束や縦長である繊維束が見られるから、上記主張は採用できない。
したがって、立毛状極細繊維束の長さX、巾Y、及びX/Yの技術的意味が明確でないから、請求項1に係る発明は明確でない。


2-2-3.小括

以上のことから、本件請求項1に係る発明は明確でなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。


2-3.取消理由2)特許法第36条第4項違反について

2-3-1.取消理由2)の(1)について

上記2-2-1.で述べたように、本件請求項1に係る発明における「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係」、「X/Y」についての、発明の詳細な説明の段落【0008】の記載「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分」及び「立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある最大部分」の意味、および上記「部分」をその「部分」以外と判別し設定する手段が、発明の詳細な説明の他の記載、技術常識等を参酌しても不明であり、その結果、請求項1に係る発明における「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係」、「X/Y」の測定方法が理解できないから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項1に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分とはいえない。


2-3-2.取消理由2)の(2)について

本件請求項1に係る発明における「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係」、「X/Y」に関して、発明の詳細な説明の段落【0008】「立毛状極細繊維束の長さXは、・・・繊維の根元から繊維の先までの直線距離でなく、最長部分の平均実測値をいい、立毛状極細繊維束の巾Yは、・・・最大部分の巾をいうものとする。」と記載され、平成17年4月20日付け特許異議意見書においては、「長さX」は、繊維束を構成する複数の極細繊維の曲線に沿った最長部分の値の平均値である旨主張しているが、立毛状極細繊維束中の全ての立毛状極細繊維の長さを一本一本どのような方法で測定するのか、特に繊維束の裏側の隠れた極細繊維の長さをどのような手段で測定するのかが、発明の詳細な説明や技術常識を参酌しても不明である。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項1に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分とはいえない。


2-3-3.取消理由2)の(3)について

本件請求項1に係る発明における「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係」、「X/Y」に関して、明細書段落【0008】には、「立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係は、ヌバック調人工皮革の少なくとも一方の表面を電子顕微鏡を用いて写真撮影し、得られた拡大写真をもとに求めることができる。」と記載されるが、上記2-2-2.で述べたように、電子顕微鏡写真から測定対象の立毛状極細繊維束を選択する基準が不明であるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項1に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分とはいえない。


2-3-4.小括

以上のことから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件請求項1に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されておらず、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。


3.まとめ

以上のとおりであるから、本件請求項1に係る特許は、特許法第36条第4項及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ヌバック調人工皮革
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】ヌバック調人工皮革において、下記(1)〜(3)
(1)該人工皮革を構成する不織布が、単繊度0.2de以下の極細繊維束からなること、
(2)該人工皮革の少なくとも一方の表面に存在する立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係が、下記式(a)
0.3≦X/Y≦8.0 ・・・(a)
を満足する範囲にあること、
(3)該立毛状極細繊維束が400〜3000本/cm2を満足する範囲にあること、
を満たすことを特徴とするヌバック調人工皮革。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、天然皮革における高級ヌバック外観の特徴である、短く、均一かつ緻密な立毛外観、そこから得られるシャープなライティング効果およびサラッとしながらも吸い付くようなヌメリ感を有するヌバック調人工皮革に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来、毛足の長い立毛を有するスエード調の人工皮革および毛足の極めて短い立毛を有するヌバック調の人工皮革について、様々な提案がなされ非常に多彩な商品が開発されてきた。近年、その中でも特にヌバック調人工皮革について、極細繊維を用いた立毛を有するものの提案が活発に行われている。例えば、特公昭62-42076号公報には、極細繊維からなる立毛を有するシート状物の製造方法において、立毛を有する基材に樹脂を含浸または塗布して立毛を固定し、次いで立毛面をカレンダーロールでプレスすることによって立毛を毛羽伏せして密着させた後、起毛面をバフイングする方法が記載されている。また、特公昭62-42075号公報には、極細繊維からなる立毛を有するシート状物の製造方法において、その立毛面をカレンダーロールでプレスすることによって立毛を毛羽伏せして密着し、次いでその基材に樹脂を含浸または塗布した後、起毛面をバフイングする方法が記載されている。特開昭63-50580号公報には、単繊度0.3de以下の極細繊維絡合不織布に弾性重合体を含有した繊維質シートに弾性重合体を塗布し、必要によりエンボシングし、バフイングを行った後、10%以上の面積収縮を付与することにより、立毛部と銀面との混在した表面とする方法が記載されている。特開平3-161576号公報には、まず極細可能な複合繊維からなる不織布の表層のみを極細繊維化し、次いでその不織布に弾性樹脂を含浸、凝固した後、不織布内部の繊維を溶剤等で溶解抽出処理して極細化し、その最表面を起毛する方法が記載されている。また、特開平4-136280号公報には、繊維集合体に弾性重合体を主体とした重合体を含有し繊維質シートとなし、該表面に非繊維状で平均粒径10μ以下かつ見かけ密度0.1〜0.3g/cm3のコラーゲン粉末とポリウレタンを主体とした重合体との組成液を塗布し、エンボス加工し、次いで塗布面を起毛処理する方法が記載されている。さらに、特開平7-133592号公報には、極細繊維および/または極細繊維束からなる絡合不織布と、その絡合空間に存在する弾性重合体の緻密な発泡体とからなる表面平滑な繊維質基体層の表面に、基体層の極細繊維と連続する極細立毛を形成した後、その立毛面に弾性重合体を主体とした樹脂を塗布し、その立毛と混在一体化した多孔質層を形成し、さらに起毛処理することにより極細立毛の一部をシート表面に露出させる方法が記載されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
このような従来の方法を用いて得られるヌバック調人工皮革は、毛足が短いものや毛足の長すぎるもの等各種あるが、その立毛繊維を観察すると一本一本がランダムに絡みあっているかロープ状となっている。また、極細繊維束を使用しているものについても、その多くはロープ状に絡み合い、スエード調の人工皮革は得られるものの、天然皮革のもつシャープなライティング効果と、サラッとしながらも吸い付くようなヌメリ感を持つ毛足の短い本格的なヌバック調人工皮革は、未だ得られていない。そこで、本願は、従来の人工皮革では持ち得なかった天然皮革ヌバックのもつ高級感、すなわちシャープなライティング効果とサラッとしながらも吸い付くようなヌメリ感を併せもつヌバック調人工皮革皮を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】
そこで、本発明者らはかかる目的を達成するため鋭意研究を行った結果、人工皮革の表面層に立毛繊維束を多数存在させることが、天然皮革ヌバックのもつ高級感、すなわちシャープなライティング効果と、サラッとしながらも吸い付くようなヌメリ感を併せもった表面層を形成することとなるという知見を得て本発明に到達した。
【0005】
すなわち、本発明は、ヌバック調人工皮革において、下記(1)〜(3)
(1)該人工皮革を構成する不織布が、単繊度0.2de以下の極細繊維束からなること、
(2)該人工皮革の少なくとも一方の表面に存在する立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係が、下記式(a)
0.3≦X/Y≦8.0 ・・・(a)
を満足する範囲にあること、
(3)該立毛状極細繊維束が400〜3000本/cm2を満足する範囲にあること、
を満たすことを特徴とするヌバック調人工皮革である。
【0006】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のヌバック調人工皮革は、(1)該人工皮革を構成する不織布が単繊度0.2de以下の極細繊維束からなるものである。極細繊維を形成する高分子重合体としては、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン12等のポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステルが挙げられる。極細繊維の単繊度は、0.2de以下であり、好ましくは、0.1de以下である。なお、単繊度は平均単繊度であればよい。該極細繊維は、束状になっていることが必要であり、一つの束に極細繊維が好ましくは、10本から1000本、更に好ましくは、20本から700本含まれていることが好ましい。更に、極細繊維には、例えば、シリコン樹脂、高級脂肪酸等の添加剤が含有されていることが好ましく、その含有量は、0.1〜5%であることが好ましい。
【0007】
また、本発明のヌバック調人工皮革は、(2)該人工皮革の少なくとも一方の表面に存在する立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係が、上記式(a)を満足する範囲にあり、好ましくは0.5≦X/Y≦7.0の範囲にあること、(3)該立毛状極細繊維束が400〜3000本/cm2を満足する範囲にあり、好ましくは600〜2500本/cm2を満足する範囲にあること、を満たすことが必要である。
【0008】
ここで、立毛状極細繊維束の長さXと巾Yとの関係は、ヌバック調人工皮革の少なくとも一方の表面を電子顕微鏡を用いて写真撮影し、得られた拡大写真をもとに求めることができる。立毛状極細繊維束の長さXは、立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある部分の、繊維の根元から繊維の先までの直線距離でなく、最長部分の平均実測値をいい、立毛状極細繊維束の巾Yは、立毛状極細繊維束に対して立毛状極細繊維が少なくとも5%ある最大部分の巾をいうものとする。X/Yの値が、0.3未満である場合にはヌメリタッチが発現されず、表層の樹脂のタッチが強調されたものとなり、目的とする効果が得られない。また、X/Yの値が、8.0を越える場合には、立毛状極細繊維束が絡み合っている状態となり表面がざらつき、目的とする効果が得られない。すなわちX/Yの値が、式(a)を満足する範囲にあるときはじめて、立毛状極細繊維束が平行に並んだ凹凸を指で感知することにより、天然皮革のようなヌメリタッチを感じることができると推測される。
【0009】
さらに、この立毛状極細繊維束が400〜3000本/cm2を満足することが必要であるが、この範囲に満たすことによって、均一なライティング効果が得られる。この値が、400本/cm2未満の場合には、ライティング効果が乏しくなる。一方、3000本/cm2を越える場合には、実質的に立毛状極細繊維束の根元を固定するために表層に塗布する樹脂量が少なくなり、立毛状極細繊維束を固定する力が弱くなるため、バフィングを行った後の立毛状極細繊維束の長さにバラツキが生じ、表面外観が粗となるという欠点が生じる。
【0010】
本発明のヌバック調人工皮革の製造方法は、従来公知の方法により製造することができる。ここで、本発明のヌバック調人工皮革の製造方法を具体的に説明する。
単繊度20de以下、好ましくは1de〜10deの極細繊維束形成性繊維を用いて不織布を作成する。ここで、極細繊維束形成性繊維とは、後に溶剤処理あるいは溶割処理等することによって極細化した後の単繊度を0.2de以下とすることができる繊維をいう。該極細繊維束形成性繊維としては、例えば、多成分の高分子重合体からなる複合繊維が挙げられ、複合繊維の形態としては、例えば、海島型、貼り合わせ型等が挙げられるが、海島型を用いることが好ましい。用いられる高分子重合体の種類としては、上記ポリアミド、ポリエステルのほか、ポリエチレン、ポリプロピレン、高分子量ポリエチレングリコール、ポリスチレン、ポリアクリレート等を挙げることができる。
【0011】
海島型複合繊維である極細繊維束形成性繊維を、従来公知のカード、ランダムウェッバー、クロスレーヤー等にかけてウェブを形成する。得られたウェブの厚さ方向に対して、好ましくは500〜3000本/cm2、特に好ましくは、800〜2000本/cm2のバーブ貫通パンチング本数でニードルパンチングを施し、極細繊維束形成性繊維を絡合させ、不織布を作成する。バーブ貫通パンチング本数が500本/cm2未満では、不織布の絡合が不十分となり強度不足となり、それを用いて作成されたヌバック調人工皮革のライティング効果も不十分となるため好ましくない。また、バーブ貫通パンチング本数が3000本/cm2よりも多くなると、ニードルパンチングを過剰に受け、絡合繊維の損傷が大きくなり、不織布にへたりが発生するため好ましくない。ここで、バーブ貫通パンチング本数とは、使用するニードルとして少なくとも1つのバーブを有するものを使用し、最先端に位置するバーブがウェブの厚さ方向に貫通する深さでパンチングを行った時の打ち込み本数を1cm2当たりの値に換算した数値をいう。ニードルパンチングを施すことにより不織布を構成する繊維の並び方を不織布の厚さ方向にそろえることが好ましい。絡合方法としては、その他高圧水流を用いる方法、あるいは、ニードルパンチングと高圧水流を用いる方法とを併用する方法等を用いることができる。得られた不織布を加熱処理し、複合繊維の海成分を軟化させた後、カレンダーロール等で加圧処理し、厚さ、見かけ密度および面平滑性の調整を行なうことが好ましい。この調整は、目的とする人工皮革の用途により任意に設定できるが、例えば不織布の厚さは、0.5〜3.0mm、見かけ密度0.25〜0.45g/cm3、フラット面とすることが好ましい。この場合、加熱されたカレンダーロールで加圧することにより、加熱処理と加圧処理とを同時に行うことができるので特に好ましい。
【0012】
このようにして得られた不織布に高分子弾性重合体の溶液または分散液を含浸付与し、凝固させ、基材を作成する。ここで用いられる高分子弾性重合体としては、ポリウレタンエラストマー、ポリウレアエラストマー、ポリウレタン・ポリウレアエラストマー、ポリアクリル酸樹脂、アクリロニトリル・ブタジエンエラストマー、スチレン・ブタジエンエラストマー等が挙げられるが、なかでもポリウレタンエラストマー、ポリウレアポリウレアエラストマー、ポリウレタン・ポリウレアエラストマー等のポリウレタン系が好ましい。これらポリウレタン系エラストマーは、平均分子量500〜4000のポリエーテルグリコール、ポリエステルグリコール、ポリエステル・エーテルグリコール、ポリカプロラクトングリコール、ポリカーボネートグリコール等から選ばれた、一種または二種以上のポリマーグリコールと、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート、キシリレジンイソシアネート、トリレジンイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、イソフォロンジイソシアネート等の有機ジイソシアネートと、低分子グリコール、ジアミン、ヒドラジン、又は有機酸ヒドラジッド、アミノ酸ヒドラジッド等のヒドラジン誘導体等から選ばれた鎖伸長剤とを反応させて得られたものである。
【0013】
また前記高分子弾性重合体を不織布中に含浸させるためには、通常、該高分子弾性重合体を有機溶剤溶液または分散液(水性エマルジョンを含む)の形で不織布に含浸させる。ここで、高分子弾性重合体の溶剤を含む溶液としては、ジメチルホルムアミド、ジエチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、テトラヒドロフラン等の高分子弾性重合体の良溶媒からなる溶液、これらに水、アルコール、メチルエチルケトン等を混合した溶液、または、これらに更に高分子弾性重合体を混合した溶液等が好ましく用いられる。これらの高分子弾性重合体の溶剤を含む溶液は、前記高分子弾性重合体の一部を溶解、または、膨潤させる必要があることから、高分子弾性重合体の溶剤を少なくとも50%以上、好ましくは70%以上含有することが好ましい。含浸させる高分子弾性重合体の濃度は、ヌバック調人工皮革としてのソフト性、ヌバック調人工皮革表面の緻密性、繊維立毛密度等の点から、8〜20%であることが好ましく、12〜18%であること特に好ましい。濃度が8%より低いと、風合いはソフトになるが表面の立毛感が粗くなり、ヌバック調の外観が得られ難くなる。一方、濃度20%より高いと、外観は緻密性が向上し、立毛もヌバック調の毛足の短いものに近づくが、風合いが固くなるという欠点がある。含浸させる高分子弾性重合体は、不織布の重量に対して15%〜45%範囲で選定することが好ましい。
【0014】
得られた基材は、基材厚さの60〜95%、更には、65〜90%にスクイーズすることが好ましい。スクイーズ率が60%未満では、基材中に含まれる高分子弾性重合体の量が少なく、得られたヌバック調人工皮革の毛足が長くなり、不均一なものとなり、スクイーズ率が95%を越える場合には、最終的に得られるシート表面が樹脂ライクなものとなり、本発明の目的とするヌバック調人工皮革を得ることが困難となる。スクイーズ率を上記範囲とすることにより、得られたヌバック調人工皮革の立毛密度が高く、立毛状態の均質性が優れたものが得られる。
【0015】
次いで、含浸させた高分子弾性重合体を、基材中で凝固させる。高分子弾性重合体を凝固させる方法としては、公知の湿式凝固法、乾式凝固法のいずれによっても良いが、該基材中の高分子弾性重合体の凝固状態は、多孔質状に凝固しているのが好ましい。また、該基材の表面に、含浸させた高分子弾性重合体と同種または異種の高分子弾性重合体の薄い被覆層を設けてもよい。ここで、適宜加圧処理を行うことができる。その後、基材を構成する複合繊維の少なくとも一種の高分子重合体を溶解、抽出除去し、極細繊維束とする。不織布を構成する繊維として、複合繊維を用いることにより、該複合繊維を極細化すると同時に極細繊維束となるという製造工程上の有利さから、不織布を構成する繊維として、複合繊維を用いることが好ましい。溶解除去する高分子重合体がポリアミドである場合には、溶解除去剤として、アルカリ金属またはアルカリ土類金属と低級アルコールとの混合液、蟻酸等を用いることができ、ポリエステルの場合には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ水溶液を用いることができ、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリアクリレート等の場合には、ベンゼン、トルエン、キシレン等を用いることができる。
【0016】
その後、該極細化された基材の表面に高分子弾性重合体の溶剤を含む溶液を、付与する。この方法は、従来公知の方法であれば特に限定されず、例えば、グラビアコーター、スプレーコータによる塗布などが挙げられる。この工程においては、グラビアロール等によって基材を軽くニップしながら、該溶液の付与を行うことが好ましい。次いで、高分子弾性重合体の溶剤を含む溶液を除去し、高分子弾性重合体を固化させるために、脱溶液処理を行う。該脱溶液処理方法としては、熱風乾燥機を使用する乾式法や、水等の液体中に浸漬させる湿式法等が挙げられるが、乾式法を用いることが前記の高分子弾性重合体の溶剤を含む液体の使用料を少なくできることから好ましい。該溶液付与、脱溶液処理は、少なくとも2〜6回繰り返すことが好ましく、回数が多い程、最終的に得られるヌバック調人工皮革表面の均質性は向上するが、6回を越えると該表面が固くなる傾向が認められ、好ましくない。また、基材の非立毛表面への溶液の付与量は、5〜100g/m2であることが好ましい。溶液付与量が5g/m2より少ないと、最終的に得られるヌバック調人工皮革表面の立毛繊維が長くなり、目的とするヌバック調人工皮革が得られ難くなる。一方、100g/m2を超えると最終的に得られるヌバック調人工皮革表面が固くなり、脱溶剤に長時間かかるようになる。
【0017】
極細化処理され、更に高分子弾性重合体の溶剤を含む溶液を付与された基材の表面にバフイング処理を施すことにより、立毛表面を形成する。バフイング処理は、サンドペーパー、サンドクロス、サンドネット、サンドロール、ブラシ、砥石、針布等を用いて行うことができるが、ヌバック調の非常に短い立毛を得るためには、サンドペーパーを用いることが好ましい。さらに、用いるサンドペーパーは、目の細かいものを用いることが好ましく、更に軽くバフイングすることが好ましい。目の粗いものを用いて、強くバフイングすると表面が荒れて、目的とするヌバック調の外観を得ることができなくなる。バフイング処理を行った表面に、高分子弾性重合体の溶剤を含む溶液を塗布することは、最終的に得られるヌバック調人工皮革の表面の立毛繊維量が少なく、表面の立毛状態が不均質なものとなり、かつ、表面の立毛密度が低くなるためこのましくない。
【0018】
さらに、本発明のヌバック調人工皮革の製造方法では、必要に応じて、任意の段階で通常用いられる染色加工、揉み処理等による風合い加工、その他、柔軟剤、撥水剤等の機能性付与剤を処理することによる仕上げ加工を施すことができる。また、染色加工においては、拡布状で染色することが好ましい。
【0019】
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、実施例中における%、部、比率は、断りのない限り重量によるものである。
【0020】
〔実施例1〕
島成分であるナイロン-6、海成分である低密度ポリエチレン、そして添加剤であるシリコーンを、50/49.5/0.5の割合で混合し、混合紡糸した。得られた繊維は、繊度5.0de、カット長51mmであった。これをカードとクロスレイヤーを用いてウェブとし、ニードルパンチングを2000本/cm2実施し、次いで150℃の熱風チャンバーで加熱処理し、基体が冷える前に30℃のカレンダーロールでプレスし、目付け約560g/m2、厚さ1.9mm、見かけ密度0.30g/cm3の絡合繊維不織布を得た。
【0021】
次に、分子量1800のポリブチレンアジペート、分子量2050のポリテトラメチレンエーテルグリコール、4,4-ジフェニルメタンジイソシアネート、エチレングリコールを反応させて得たポリウレタンエラストマーであって、イソシアナートに基づく窒素含有量が、4.5%であるポリウレタンエラストマーのジメチルホルムアミド溶液(濃度15%)を、先に得た絡合繊維質不織布に含浸し、更に15%のDMF水溶液中に浸漬し凝固させた後、40℃の温水中で十分洗浄し、135℃の熱風チャンバーで乾燥して、弾性重合体含浸基材を得た。
【0022】
この基材を80℃のトルエン中でディップとニップを繰り返してポリエチレン成分を溶解除去し、複合繊維の極細化を行った。その後、90℃の温水中で基材に含まれているトルエンを共沸除去し、120℃の熱風チャンバーで乾燥した。ここで得られた極細繊維の平均単繊度は、0.005de、立毛状極細繊維束の中の極細繊維は約500本であった。その後、基材表面に、200メッシュのグラビアコーターを用いて、ジメチルホルムアミドを9g/m2の割合で塗布し、乾熱乾燥する操作を4回繰り返した。
【0023】
得られた基材の表面に、600メッシュのサンドペーパーで非常に軽いバフイングを4回実施し、立毛表面を形成した後、下記の条件で染色を行った。

【0024】
染色乾燥した後、柔軟剤もしくは撥水剤の付与、揉み加工などの仕上げ加工を必要に応じて行うことによって、非常に高級感のある外観、すなわちシャープなライティング効果と、サラッとしながらも吸い付くようなヌメリ感をもつヌバック調人工皮革得ることができた。得られたヌバック調人工皮革のX/Yは2.0〜6.5、立毛状極細繊維束の割合は、800本/cm2であった。
【0025】
〔実施例2〕
実施例1と同様の組成で混合紡糸し、得られたフィラメントを空気イジェクターで引き取り、金網上に積層ウエブを作ったのち、ニードルパンチングを500本/cm2実施した。次いで、150℃の熱風チャンバーで加熱処理し、基体が冷える前に30℃のカレンダーロールでプレスし、目付け約300g/m2、厚さ1.0mm、見かけ密度0.30g/cm3の絡合繊維不織布を得た。
【0026】
次に、分子量1800のポリブチレンアジペート、分子量2050のポリテトラメチレンエーテルグリコール、4,4-ジフェニルメタンジイソシアネート、エチレングリコールを反応させて得たポリウレタンエラストマーであって、かつイソシアナートに基づく窒素含有量が、4.5%であるポリウレタンエラストマーのジメチルホルムアミド溶液(濃度15%)を、先に得た絡合繊維質不織布に含浸し、15%のDMF水溶液中に浸漬し凝固させた後、40℃の温水中で十分洗浄し、135℃の熱風チャンバーで乾燥して、弾性重合体含浸基材を得た。
【0027】
この基材を80℃のトルエン中でディプとニップを繰り返してポリエチレン成分を溶解除去し、複合繊維の極細化を行った。その後、90℃の温水中で基材に含まれているトルエンを共沸除去し、120℃の熱風チャンバーで乾燥した。ここで得られた極細繊維の平均単繊度は、0.004de、立毛状極細繊維束の中の極細繊維は約500本であった。但し、一部サラミ状なっているものもあった。その後、基材表面に200メッシュのグラビアコーターを用いて、ジメチルホルムアミドを9g/m2の割合で塗布し、乾熱乾燥する操作を4回繰り返した。
【0028】
このようにして得られた基材の表面に、800メッシュのサンドペーパーで非常に軽いバフイングを3回実施し、立毛表面を形成し、染色、乾燥した後、柔軟剤もしくは撥水剤の付与、揉み加工などの仕上げ加工を必要に応じて行うことによって、非常に高級感のある外観、すなわちシャープなライティング効果とサラッとしながらも吸い付くようなヌメリ感を有し、軽量なヌバック調人工皮革を得ることができた。得られたヌバック調人工皮革のX/Yは0.6〜5.5、立毛状極細繊維束の割合は、1200本/cm2であった。
【0029】
〔比較例1〕
島成分であるナイロン-6、海成分である低密度ポリエチレンを50/50で混合し、混合紡糸を行った。得られた繊維は、繊度5.0de、カット長51mmであった。実施例1と同様な加工を実施した。不織布の見掛け密度は0.30g/cm3であった。ここで得られたヌバック調人工皮革の極細繊維の平均単繊度は、0.003de、立毛状極細繊維束の中の極細繊維は約600本、X/Yは1.0〜7.0、立毛状極細繊維束の割合は310本/cm2であった。
得られた人工皮革は、ヌバック調の短い毛足は得られたものの、そのライティング効果はシャープさに欠けたものとなり、ヌメリタッチも劣るものであり、立毛状極細繊維束は捻れ絡まったものが多かった。
【0030】
〔比較例2〕
島成分であるナイロン-6、海成分である低密度ポリエチレンを50/50で混合し、混合紡糸を行った。得られた繊維は、繊度5.0de、カット長51mmであった。極細化された表面基材の表面に溶液を付与せず、かつ、目の粗い120メッシュのサンドペーパーを用いて2回バフィングする以外は、実施例1と同様な加工を実施した。不織布の見掛け密度は0.30g/cm3であった。ここで得られた極細繊維の平均単繊度は、0.003de、立毛状極細繊維束の中の極細繊維は約600本、X/Yは9.0〜25.0、立毛状極細繊維束の割合は600本/cm2であった。
得られた人工皮革表面は、毛足が長く、捻れたものとなり、表面にはやや凹凸があるものの、ヌメリタッチに乏しく、ざらつくものだった。
【0031】
【発明の効果】
本発明のヌバック調人工皮革は、天然皮革に類似した短く、均一かつ緻密な立毛外観を有するものであり、かつ、そのような立毛外観を有することにより該ヌバック調人工皮革表面にシャープなライティング効果と、サラッとしながらも吸い付くようなヌメリ感を有した高品位なヌバック調人工皮革である。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明における立毛状極細繊維束のモデル図である。
【符号の説明】
X:人工皮革の少なくとも一方の表面に存在する立毛状極細繊維束の長さ(μm)
Y:人工皮革の少なくとも一方の表面に存在する立毛状極細繊維束の巾(μm)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-10-27 
出願番号 特願平9-288305
審決分類 P 1 651・ 536- ZA (D06N)
P 1 651・ 537- ZA (D06N)
最終処分 取消  
前審関与審査官 佐野 健治  
特許庁審判長 松井 佳章
特許庁審判官 芦原 ゆりか
野村 康秀
登録日 2002-10-18 
登録番号 特許第3361976号(P3361976)
権利者 帝人株式会社
発明の名称 ヌバック調人工皮革  
代理人 三原 秀子  
代理人 三原 秀子  

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