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審決分類 |
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 B32B 審判 全部申し立て 2項進歩性 B32B 審判 全部申し立て 特120条の4、2項訂正請求(平成8年1月1日以降) B32B 審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備 B32B |
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管理番号 | 1134329 |
異議申立番号 | 異議2003-73139 |
総通号数 | 77 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 1995-08-08 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2003-12-15 |
確定日 | 2006-02-13 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第3460288号「耐摩耗性に優れた表面被覆部材」の請求項1ないし7に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 訂正を認める。 特許第3460288号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 |
理由 |
1.手続の経緯 特許第3460288号の請求項1ないし7に係る発明についての出願は、平成 6年 1月21日に出願され、平成15年 8月15日にその発明について特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人 中井朱美(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、取消理由(起案日:平成17年 4月26日)(以下、「第1回取消理由」という。)が通知され、その指定期間内である平成17年 7月11日付けで特許異議意見書が提出されるとともに、訂正請求がされ、次いで、訂正拒絶理由を兼ねる再度の取消理由(起案日:平成17年 9月 2日)(以下、「第2回取消理由」という。)が通知され、その指定期間内である平成17年11月14日付けで特許異議意見書が提出され、先の訂正請求が取り下げられるとともに、再度の訂正請求がされたものである。 2.訂正の適否についての判断 2-1.訂正の内容 本件訂正請求に係る訂正の内容は、平成17年11月14日付け訂正請求書及びそれに添付された訂正明細書の記載からみて、以下のとおりのものである。(なお、下記下線は、訂正箇所を明かにするため、当審が便宜上付したものである。また、特許権者が区分した訂正事項をまとまりのあるものについては、括って表記した。) ・訂正事項1ないし3: 特許査定時の明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲の、 「【請求項1】 IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種以上の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせた硬質被膜を母材表面に持つことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材。」との記載を、 「【請求項1】 IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの積層周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせ、かつ前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜を母材表面に持つことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材。」と訂正する。 ・訂正事項4ないし5: 本件特許明細書の特許請求の範囲の、 「【請求項2】 WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスから成る母材の表面に請求項1記載の硬質被膜を設けてある切削工具又は耐摩工具。」との記載を、 「【請求項2】 WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスから成る母材の表面に、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの積層周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせ、かつ前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜を設けてある切削工具。」と訂正する。 ・訂正事項6ないし8: 同特許請求の範囲の【請求項3】ないし【請求項5】中の末尾の「切削工具又は耐摩工具。」との記載を、何れも「切削工具。」と訂正する。 ・訂正事項9ないし10: 同特許請求の範囲の、 「【請求項6】 前記硬質被膜として、50nm以下の周期でTiとAlの濃度が連続的に変化する窒化物被膜を有している請求項2記載の切削工具又は耐摩工具。」との記載を、 「【請求項6】 前記硬質被膜として、50nm以下の積層周期でTiとAlの濃度が連続的に変化する窒化物被膜を有している請求項2記載の切削工具。」と訂正する。 ・訂正事項11: 同特許請求の範囲の【請求項7】中の末尾の「切削工具又は耐摩工具。」との記載を、「切削工具。」と訂正する。 ・訂正事項12: 同段落【0001】の、 「なお、この部材の代表的な用途としては切削工具や耐摩工具が挙げられる。」との記載を、 「なお、この部材の代表的な用途としては切削工具が挙げられる。」と訂正する。 ・訂正事項13ないし14: 同段落【0002】の、 「【従来の技術】 切削工具、耐摩工具の耐摩耗性を向上させるため、これ等の工具の母材表面に」との記載を、 「【従来の技術】 切削工具の耐摩耗性を向上させるため、この工具の母材表面に」と訂正する。 ・訂正事項15: 同段落【0007】の、 「この表面被覆部材を切削工具や耐摩工具として利用する場合」との記載を、 「この表面被覆部材を切削工具として利用する場合」と訂正する。 ・訂正事項16: 同段落【0008】の「また、切削用途、耐摩用途では特に、」との記載を、「また、切削用途では特に、」と訂正する。 ・訂正事項17: 同段落【0010】の、 「優れた切削工具、耐摩工具となり得る」との記載を、 「優れた切削工具となり得る」と訂正する。 ・訂正事項18: 同段落【0015】の、 「なお、本発明を切削工具や耐摩工具に応用する際の母材は、」との記載を、 「なお、本発明を切削工具に応用する際の母材は、」と訂正する。 ・訂正事項19: 同段落【0019】の、 「以上の方法にて表1に示される層構成の硬質被膜層を形成することにより、本発明の表面被覆切削チップを製造した(実施例I)。」との記載を、 「以上の方法にて表1、2に示される層構成の硬質被膜層を形成することにより、本発明の表面被覆切削チップを製造した(実施例I-1、実施例I-2)。」と訂正する。 ・訂正事項20: 同段落【0022】の【表1】中の表題である「TiAlN(実施例I)」との記載を、「(実施例I-1)」と訂正する。 ・訂正事項21ないし23: 同【表1】中の「種別」が本発明表面被覆チップ母材超硬合金の項「5」、「6」及び「11」とされている実施例を削除する。 ・訂正事項24: 同段落【0023】の【表2】中の表題である「TiAlN(実施例I)」との記載を、「(実施例I-2)」と訂正する。 ・訂正事項25: 同段落【0024】の【表3】中の表題である「ZrHfC(実施例II)」との記載を、「(実施例II)」と訂正する。 ・訂正事項26: 同【表3】中の「種別」が「F」の「硬質被膜層」の欄の「蒸発源としてTiAl合金を使用して作ったZrHfC」との記載を、「蒸発源としてZrHf合金を使用して作ったZrHfC」と訂正する。 ・訂正事項27: 同段落【0025】の【表4】中の表題である「TiHfC(実施例III)」との記載を、「(実施例III)」と訂正する。 ・訂正事項28: 同段落【0028】の、 「切削工具や耐摩工具として用いると、」との記載を、 「切削工具として用いると、」と訂正する。 ・訂正事項29: 同段落【0029】の、 「なお、本発明の部材は、切削工具、耐摩工具はもとより、」との記載を、 「なお、本発明の部材は、切削工具はもとより、」と訂正する。 2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否 (1)訂正事項1について 訂正事項1は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載の「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種以上の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物」との構成要件を、「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物」と訂正するもので、当該訂正により、用いられる上記「元素」の種類は、訂正前の「2種以上」から「2種」に限定されることになるから、当該訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められ、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (2)訂正事項2について 訂正事項2は、同請求項1に記載の「0.4nm〜50nmの周期」との記載を「0.4nm〜50nmの積層周期」と訂正するもので、当該訂正は、訂正前の「周期」が、何についての周期であるのか明りょうでなかったものを「積層」方向の周期であることを規定するものであって、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであると認められる。 更に、本件特許明細書、段落【0012】及び段落【0014】には「積層周期」との記載があることから、当該訂正事項2に係る訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (3)訂正事項3について (3-1)訂正事項3は、上記訂正事項1ないし2に係る訂正に併せて、請求項1の記載を更に訂正するものであって、「2種の元素」(上記訂正事項1参照)の「窒化物」等を特定範囲の「積層周期」(上記訂正事項2参照)で「組成を連続的に変化させて」、「全体の膜厚」が特定範囲となるように「組合わせた硬質被膜」との該請求項1の記載において、前記「組合わせた硬質被膜」との部分の記載を、「組合わせ、かつ前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜」と訂正するものである。 当該訂正事項3に係る訂正は、訂正前の上記「組成を連続的に変化させて」との記載の意味をより明りょうなものとするものであって、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであると解される。 (3-2)当該訂正事項3に関連する本件特許明細書及び図面の記載事項は、以下のとおりである。 本件特許明細書、段落【0011】には、「1種の純粋な化合物の層から別の純粋な化合物の層との間で例えばTiとAlが徐々に置換されて連続的に組成が変化する構造(図4)をもった硬質膜を形成すると、この膜が優れた耐摩耗性及び靱性を示すというものである。」と記載されている。 同段落【0012】には、「図4における濃淡はAl又はTiの濃度分布を示すもので、TiN層にはAlが、AlN層にはTiが各中心部に向かって相互に変化する状態を示すものである。」と記載されている。 同段落【0014】には、「例えばTiN→TiAlN→TiNというようにTiNとTi50%、Al50%の窒化物の間で傾斜させてもよい。」と記載されている。 同段落【0018】には、「ここで真空アーク放電によりTiターゲット、Alターゲットを蒸発、イオン化させることにより、切削チップがTiとAlの混合蒸気の中を通過することになる。このとき、被覆対象の切削チップを回転させることで表面にAlNからAlの濃度が下がり、逆にTiの濃度が増してTiAlN、そしてTiNへ、更にTiNからTiの濃度が下がり、Alの濃度が増して再びAlNへと連続的に組成の変化する組成変化の繰り返し層を持った膜を形成することができた。」と記載されている。 また、図4には、「連続的に組成の変化するTiN←→AlN膜」の表題とともに、図の縦方向に連続的かつ周期的に「AlN」→「TiN」→「AlN」と繰り返して徐々に変化する縞模様状の濃淡が記載されていると認められる。 (3-3)上記本件特許明細書及び図面の記載からみて、訂正前の請求項1に記載の「硬質被膜」は、例えば、上記図4に記載のとおり、「連続的に組成の変化するTiN←→AlN膜」であり、このものは、上記段落【0018】の記載からみて、「AlN」→「Alの濃度が下がり、逆にTiの濃度が増して」いる状態のもの→「TiAlN」→次いで「Alの濃度が下がり、逆にTiの濃度が増して」いる状態のもの→「TiN」→「Tiの濃度が下がり、Alの濃度が増して」いる状態のもの→「TiAlN」→次いで「Tiの濃度が下がり、Alの濃度が増して」いる状態のもの→再び「AlN」となる「連続的に組成の変化する組成変化の繰り返し層を持った膜」であると認められる。 そして、上記「AlN」はアルミニウムの窒化物であり、また、上記「TiN」はチタンの窒化物であって、何れも、上記段落【0011】に「純粋な化合物」と記載されているものに該当し、また、当該訂正事項3に係る上記「純粋な元素の化合物」に該当すると認められる。 更に、上記「TiAlN」は、上記段落【0014】に記載のとおり、「Ti50%、Al50%の窒化物」であると解される。 したがって、上記「連続的に組成の変化する組成変化の繰り返し層を持った膜」において、「AlN」から「TiN」へ至る間は、Tiが0原子%を超え100原子%未満の範囲内で、AlがTiによって徐々に置換された窒化物(即ち、化合物)となっており、その過程で上記「Ti50%、Al50%の窒化物」を経由し、次に、「TiN」から「AlN」へ至る間は、Alが0原子%を超え100原子%未満の範囲内で、TiがAlによって徐々に置換された窒化物となっており、その過程で上記「Ti50%、Al50%の窒化物」を経由する構造となっているものと解される。 よって、当該訂正事項3に係る「前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜」との構成要件は、実質上本件特許明細書及び図面に記載されているから、当該訂正事項3に係る訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (4)訂正事項4について 訂正前の請求項2には、「請求項1に記載の硬質被膜」と記載されている。 そして、訂正事項4は、該請求項2について、「請求項1に記載の」との記載により請求項1に係る表面被覆部材を引用するがごとく解されるところ、請求項1に記載の表面被覆部材の構成要件に係る「硬質被膜」の構成のみを引用するものであることを明らかにするため、上記訂正事項1ないし3に係る訂正により訂正された請求項1に記載の「硬質被膜」をそのまま記載し、前記請求項2を独立形式の請求項とするものであるから、当該訂正事項4に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものと解される。また、「硬質被膜」に係る訂正は、上記訂正事項1ないし3については、上記(1)ないし(3)に記載した理由と同様の理由により訂正は認められるから、当該訂正事項4に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (5)訂正事項5ないし8、及び訂正事項10ないし11について これらの訂正事項は、特許請求の範囲の訂正に係り、訂正前の請求項2ないし7の末尾記載の「切削工具又は耐摩工具。」との記載を、何れも「切削工具。」と訂正するものであり、選択肢を削除していることから、これらの訂正事項に係る訂正は、何れも、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするもので、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (6)訂正事項9について 訂正事項9は、訂正前の請求項6中の「周期」との記載を「積層周期」と訂正するものであり、当該訂正事項9に係る訂正は、上記(2)に記載した理由と同様の理由により、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (7)訂正事項12ないし18、及び訂正事項28ないし29について これらの訂正事項は、何れも、上記特許請求の範囲の訂正に係る訂正事項5ないし8、及び訂正事項10ないし11に係る、訂正前の請求項2ないし7についての訂正(上記(5)参照)と整合を図るためにするものであって、これらの訂正事項に係る訂正は、何れも、明りょうでない記載の釈明を目的とするものと認められ、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (8)訂正事項19ないし20,及び訂正事項24について これらの訂正事項は、何れも、表1及び表2の実施例番号を含む表題の記載が不明りょうであったものを、明りょうとするものと解されるから、これらの訂正事項に係る訂正は、何れも、明りょうでない記載の釈明を目的とするものと認められ、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (9)訂正事項21ないし23について これらの訂正事項は、表1中の「種別」が「5」、「6」及び「11」とされている実施例として記載されている事項が実施例として明りょうでなかったものを、削除するものであるから、これらの訂正事項に係る訂正は、何れも、明りょうでない記載の釈明を目的とするものと認められ、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (10)訂正事項25について 訂正事項25は、表3中の表題の記載が表3に記載の実施例の内容と一致していなかったものを、実施例の内容を表すようにするもので、記載を明りょうにするものであるから、当該訂正事項25に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (11)訂正事項26について 表3中の「種別」が「F」の「硬質被膜層」の欄の「蒸発源としてTiAl合金を使用して作ったZrHfC」との記載は、表3の他の実施例を参酌して見る限り、前記「TiAl合金」が誤記であり、「ZrHf合金」と記載されるべきことは自明である。 そして、訂正事項26は、訂正前の上記「TiAl合金」との記載を「ZrHf合金」と訂正するものであるから、当該訂正事項26に係る訂正は、誤記の訂正を目的とするものと認められ、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (12)訂正事項27について 訂正事項27は、表4中の表題の記載が表4に記載の実施例の内容と一致していなかったものを、実施例の内容を表すようにするものであるから、明りょうとするものと解されるから、当該訂正事項27に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものと認められ、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 2-3.まとめ 以上のとおり、平成17年11月14日付け訂正請求に係る訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例とされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。 3.本件発明 上記2.のとおり、上記訂正が認められることから、本件特許の請求項1ないし7に係る発明(以下、順に、「本件発明1」、「本件発明2」等という。)は、上記訂正請求書に添付された訂正明細書(以下、単に「訂正明細書」という。)及び願書に添付された図面の記載からみて、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される、以下のとおりのものと認める。 「【請求項1】 IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの積層周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせ、かつ前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜を母材表面に持つことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材。 【請求項2】 WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスから成る母材の表面に、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの積層周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせ、かつ前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜を設けてある切削工具。 【請求項3】 前記母材と硬質被膜との界面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層を配してある請求項2記載の切削工具。 【請求項4】 前記中間層がTiの窒化物、炭化物、炭窒化物、又はそれ等の積層物である請求項3記載の切削工具。 【請求項5】 前記硬質被膜の表面に、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、もしくはそれ等の積層物から成る表層膜を配した請求項2、3又は4記載の切削工具。 【請求項6】 前記硬質被膜として、50nm以下の積層周期でTiとAlの濃度が連続的に変化する窒化物被膜を有している請求項2記載の切削工具。 【請求項7】 前記母材と硬質被膜との界面にTiの窒化物からなる中間層を有している請求項6記載の切削工具。」 4.特許異議申立てについて 4-1.特許異議申立て理由の概要 申立人は、証拠方法として、甲第1号証(特開平3-120353号公報)、甲第2号証(特開昭61-26786号公報)、甲第3号証(本件特許出願(特願平6-5132号)の審査過程で本件特許権者が提出した平成15年3月14日付け意見書)及び甲第4号証(特開平4-201002号公報)を提出して、本件請求項1に係る発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、また、本件請求項2ないし7に係る発明は、甲第1号証及び甲第4号証に記載された発明に基づいて、何れも、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1ないし7に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるので、取り消されるべき旨、主張している。 4-2.甲各号証の記載事項 (1)甲第1号証(特開平3-120353号公報)の記載事項 (1a)「切削工具又は耐摩工具からなる母材の表面に、層厚0.01〜0.2μmのTiN層とAlN層を交互に10層以上積層して全体の層厚0.5〜8μmの被覆層を設けたことを特徴とする切削・耐摩工具用表面被覆超硬部材。」(特許請求の範囲) (1b)「〔実施例〕 母材として、組成がJIS規格P30(具体的には WC-20wt%TiC-10wt%Co)、形状が同SNG432の超硬合金製切削チップを用意し、その表面に下記の如く真空アーク放電を用いたイオンプレーテイング法により、下記第2表に示す被覆層を形成して本発明例の切削チツプ試料とした。 即ち、成膜装置内に、TiターゲツトとAlターゲツトを対向させて配置し、両ターゲット間の中間点を中心として回転するリング状の母材保持治具の中心を通る直径上の2点に、母材である上記切削チップを夫々装着した。この状態で、切削チップを20rpmで回転させながら、成膜装置内を真空度1×10-2torrのArガス雰囲気に保ち、両切削チップに-2000Vの電圧をかけて洗浄を行ない、500℃まで加熱した後、Arガスを排気した。その後、切削チップの回転を続けたまま成膜装置内にN2ガスを300cc/minの割合で導入し、真空アーク放電によりTiターゲツトとAlターゲツトを共に蒸発、イオン化させることにより、切削チツプがTiターゲツト近くを通過するときTiNを及びAlターゲツト近くを通過するときAlNを夫々切削チップ上に形成させるようにして、各切削チップ表面にTiN層とAlN層を交互に積層した。尚、積層する各TiN層とAlN層の層厚はアーク放電量を調整して制御し、被覆層全体の層厚は成膜時間によつて制御した。」(第2頁下左欄10行〜下右欄16行) (1c)種別;本発明表面被覆チツプ 1、コーテイング方式 PVDの被覆層の項、「層厚0.01μmのTiN層と層厚0.01μmのAlN層を350層交互に積層した被覆層,全体で3.5μm」(第3頁上右欄、「第2表」中) (1d)「本発明によれば、低速切削は勿論高速切削においても優れた耐摩耗性と耐欠損性を兼ね備え、長期に亘つて優れた切削性能を持続しうる切削・耐摩工具用表面被覆超硬部材を提供することが出来る。」(第3頁下左欄2〜6行) (2)甲第2号証(特開昭61-26786号公報)の記載事項 (2a)「剛性の基体上に適用する被覆膜であって、複数個の重ねた多層ユニツトを特徴としており、各ユニツトが少なくとも2個の組成的に異なる薄い層を含んでおり、各層がそのバルク被覆特性を充分得られるだけの厚さをもち、前記被覆膜の特性が前記層の個々の性質の結合である被覆膜。」(特許請求の範囲、第1項) (2b)「前記層がおよそ0.005ミクロンからおよそ0.5ミクロンの厚さの範囲内にある特許請求の範囲第1項に記載の被覆膜。」(特許請求の範囲、第3項) (2c)「各ユニツトの前記層の少なくとも1層が、次の物質、即ち、炭素、タングステンと炭素、炭素とアルミニウムと酸素、チタンとホウ素、タングステンとホウ素、シリコンと窒素、ホウ素と窒素、タンタルと炭素、チタンと窒素、及びチタンと炭素を含む材料から成るグループから選択した硬度を与えるための材料によって構成される特許請求の範囲第1項に記載の被覆膜。」(特許請求の範囲、第7項) (2d)「スパツタリングにより多重層被膜を形成する1方法は、被覆する品物又は工具を支持するコンベヤを用いる。スパツタリング用ターゲツトはコンベヤ外周上に相互に間隔をとって配置される。各ターゲツトは多層ユニツトの特定層に対してデポジツトされるべき材料に対応する。スパツタリングのあいだ、コンベヤは回転し、従つてコンベヤによって支えられた各々の品物は各ターゲツトの面前を通過する。特定の品物がターゲツトを通過すると、そのターゲツトから材料の薄い層が品物の表面上にデポジツトされる。」(第9頁左上欄下2行〜右上欄9行) (2e)「本発明多層被覆膜の特定の2層間の境界面は2層中に存在する材料の結合であり得ることが理解されるべきである。従ってある程度の層の混合又は重なりが存在するかもしれない。混合又は重なりの量は、1層をもうひとつの層上にスパツタリングする時に使用されるターゲツト電力及び/又はバイアス及び/又は背景ガスを調節することによって制御することができる。もっと高い電力、もっと高いバイアスまたはもっと多量の背景ガスが通例では基準の層と適用する層の間の境界面の混合又は重なりの分量が多くなると、得られよう。粘着性を向上させるためにこれがむしろ望ましい場合もあるだろう。」(第11頁左上欄3〜15行) (3)甲第3号証(本件特許出願に係る意見書)の記載事項 「この発明は、2つのターゲツトを対向させた配置の中で基材を回転させてnmオーダーの周期で組成を変化させる被膜の製造方法も開示しており(明細書の段落0018および図1)、このような方法でなければ、nmオーダーの周期で組成を変化させた、数百あるいは数千層にも及ぶような超多層被膜を形成することは困難です。」(第2頁32〜36行) (4)甲第4号証(特開平4-201002号公報)の記載事項 (4a)「(2) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる基体の表面に、 平均層厚で0.1〜1μmの窒化チタンからなる密着性物理蒸着被覆層を介して、 平均層厚で0.5〜5μmのTiとAlの複合窒化物からなる耐摩耗性物理蒸着被覆層を形成し、 さらに、その上に同じく平均層厚で0.1〜3μmの窒化チタンからなる耐欠損性物理蒸着被覆層、を形成してなる表面被覆サーメット製切削工具。」(特許請求の範囲、請求項2) (4b)「この発明の切削工具において、これを構成する被覆層の平均層厚を上記の通りに限定した理由を説明する。 (a)密着性物理蒸着被覆層 このTiN被覆層には、上記のとおり基体および(Ti,Al)N被覆層に対して強固に接合し、苛酷な切削条件下でも(Ti,Al)N被覆層の剥離を防止する作用がある」(第2頁下左欄1〜8行) (4c)「(c)耐欠損性物理蒸着被覆層 最外層に形成されるTiN被覆層には切刃の耐欠損性を改善する作用がある」(第2頁下右欄9〜11行) 5.取消理由について 5-1.第1回取消理由について 当審が通知した第1回取消理由の概要は、以下のとおりである。 [取消理由1a] 本件請求項1,2及び6に係る発明は、その特許出願前に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であり、本件請求項1,2及び6に係る発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。 [取消理由1b] 本件請求項3ないし5,7に係る発明は、その特許出願前に頒布された刊行物である甲第1、第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件請求項3ないし5及び7に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 [取消理由1c] 本件特許明細書、発明の詳細な説明の記載は不備であって、特許請求の範囲に記載された発明を、当業者が容易に実施できる程度に記載されているものとは認められないから、本件請求項1ないし7に係る特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 5-2.第2回取消理由について 当審が通知した第2回取消理由の概要は、以下のとおりである。 [取消理由2a] 本件請求項1ないし7に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された発明とはいえないから、本件請求項1ないし7に係る特許は、特許法第36条第5項第1号及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 [取消理由2b] 本件特許明細書の特許請求の範囲には、特許を受けようと発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものではないから、本件請求項1ないし7に係る特許は、特許法第36条第5項第2号及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 [取消理由2c] 本件特許明細書、発明の詳細な説明の記載は不備であって、特許請求の範囲に記載された発明を、当業者が容易に実施できる程度に記載されているものとは認められないから、本件請求項1ないし7に係る特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 なお、当該取消理由は、第1回取消理由の通知に対して、本件特許権者が平成17年 7月11日付けでした訂正請求に係る訂正に対する訂正拒絶理由を兼ねて通知されたものであるが、前記訂正請求は、後に取り下げられたから、前記訂正拒絶理由に相当する部分は省略してある。 6.当審の判断 6-1.第1回取消理由についての判断 当該取消理由は、特許法第36条第4項違反に係る取消理由1cを含むものであるが、その内容は、後記「第2回取消理由」に記載の特許法第36条第4項並びに第5項及び第6項違反に係る取消理由の部分と実質上重複するものであることから、前記特許法第36条第4項違反に係る取消理由1cについては、下記「6-2.第2回取消理由についての判断」の項において判断した。 (1)取消理由1a:特許法第29条第1項第3号違反について (1-1)本件発明1について 本件発明1は、上記3.のとおり、「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの積層周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせ、かつ前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜を母材表面に持つことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材」である。 一方、甲第1号証(特開平3-120353号公報)に記載された発明は、上記摘示記載(1a)のとおり、母材の表面に「層厚0.01〜0.2μmのTiN層とAlN層を交互に10層以上積層して全体の層厚0.5〜8μmの被覆層を設けたこと」を構成要件とする「切削・耐摩工具用表面被覆超硬部材」に係るものである。そして、前記「TiN」及び「AlN」は、本件発明1に係る「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物」に該当すると認められ、また、前記「被覆層」が「硬質被膜」であることは自明であり、その「TiN層」及び「AlN層」を交互に積層した構造の周期、即ち、積層周期は、20〜400nmの範囲であると認められる。そして、前記「被覆層」は、「TiN」、即ち、Tiの窒化物と、「AlN」、即ち、Alの窒化物とを、組み合わせたものに該当すると認められる。 したがって、本件発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比するに、両者は、Ti及びAlの窒化物を20nm〜50nmの積層周期で、全体の膜厚が0.5〜8μmとなるように組み合わせた硬質被膜を母材表面に持つ耐摩耗性に優れた表面被覆超硬部材である点において一致している。 そして、硬質被膜が、本件発明1では、「前記連続的な組成変化が、Ti、Alの2種の一方の純粋な元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物の層を経て他方の純粋な元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物の層を経て一方の純粋な元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物の層となる構造を繰り返す」もの(以下、「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」という。ただし、以下、「窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物」を「窒化物等」と表記する。)であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では、「TiN層とAlN層を交互に積層した」ものである点で相違している。 甲第1号証に記載の上記「被覆層」は、単に、TiN層とAlN層を交互に繰り返して積層した構造のものであり、本件発明1に係る上記「硬質被膜」は、2種の元素の窒化物等を「組成を連続的に変化」させて組み合わせたもので、上記「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」の積層構造のものであるから、同一の層構成からなるものであるとは、到底、いうことはできない。 また、両者の形成手段についてみると、本件発明1に係る上記「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」の形成手段については、訂正明細書の段落【0018】に、「蒸着装置1内の一方にTiターゲット2を設置し、その向い側にAlターゲット3を設置し、その中央でターンテーブル4上の切削チップTAが一分間に50回転するように調節した後、・・・。ここで真空アーク放電によりTiターゲット、Alターゲットを蒸発、イオン化させることにより、切削チップがTiとAlの混合蒸気の中を通過することになる。このとき、被覆対象の切削チップを回転させることで表面にAlNからAlの濃度が下がり、逆にTiの濃度が増してTiAlN、そしてTiNへ、更にTiNからTiの濃度が下がり、Alの濃度が増して再びAlNへと連続的に組成の変化する組成変化の繰り返し層を持った膜を形成することができた。」と記載されている。 これに対して、甲第1号証に記載の上記「被覆層」の形成手段については、上記摘示記載(1b)のとおり、「即ち、成膜装置内に、TiターゲツトとAlターゲツトを対向させて配置し、両ターゲット間の中間点を中心として回転するリング状の母材保持治具の中心を通る直径上の2点に、母材である上記切削チップを夫々装着した。・・・その後、切削チップの回転を続けたまま・・・真空アーク放電によりTiターゲツトとAlターゲツトを共に蒸発、イオン化させることにより、切削チツプがTiターゲツト近くを通過するときTiNを及びAlターゲツト近くを通過するときAlNを夫々切削チップ上に形成させるようにして、各切削チップ表面にTiN層とAlN層を交互に積層した。」と記載されている。 つまり、本件発明1に係る訂正明細書には、TiとAlとの2つのターゲットの「中央でターンテーブル4上の切削チップTA」を回転させる方法が記載されているのに対して、甲第1号証には「両ターゲット間の中間点を中心として回転するリング状の母材保持治具」を用い、これに「切削チップ」を母材保持治具の中心を通る直径上の2点に装着して回転させる方法が記載されているのであるから、本件発明1に係る上記「特定積層構造の硬質被膜」の層構造の具体的形成手段と、甲第1号証に記載の発明に係る上記「被覆層」の層構造の具体的形成手段とは相違しているので、両者において形成される層構造は形成手段の面からも明らかに異なるものといえる。 したがって、甲第1号証には、本件発明1に係る上記「特定積層構造の硬質被膜」に係る構成が記載されていないから、相違点は実質的な相違点といえる。 よって、本件発明1が刊行物1に記載された発明に該当するとはいえないから、本件発明1に係る特許が、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるとはいえない。 (1-2)本件発明2及び6について 本件発明2は、上記3.のとおりの「切削工具」であり、特定の母材の表面に「特定積層構造の硬質被膜」を形成したものであり、「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」の構成は本件発明1と同じであるから、その構成において、上記6-1.(1)に記載した理由と同様の理由により、甲第1号証に記載された発明に該当するとはいえない。 また、本件発明6は、請求項2を引用するものであるから、本件発明2と同様に甲第1号証に記載された発明に該当するとはいえない。 よって、本件発明2及び6に係る特許が、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるとはいえない。 (2)取消理由1b;特許法第29条第2項違反について (2-1)本件発明2について 本件発明3ないし5、及び本件発明7は、いずれも本件発明2を引用しているので、まず、本件発明2について検討する。 本件発明2は、上記3.のとおりの「切削工具」であり、訂正により請求項1を引用しない形式に訂正されたが、実質的には請求項1の構成を引用するものであるから、本件発明2(前者)と甲第1号証に記載された発明(後者)とを対比するに、両者は、母材の表面にTi及びAlの窒化物を20nm〜50nmの積層周期で、全体の膜厚が0.5〜8μmとなるように組み合わせた窒化物等硬質被膜を設けてある切削工具である点において一致しているものと認められる。一方、両者は、少なくとも上記6-1.(1)に記載したのと同様に、本件発明2が「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では「TiN層とAlN層を交互に積層した被覆層」である点で相違している。 上記相違点について検討するに、甲第4号証(特開平4-201002号公報)には、上記摘示記載(4a)ないし(4c)のとおり、概略、「TiとAlの複合窒化物からなる耐摩耗性物理蒸着被覆層」を形成した「表面被覆サーメット製切削工具」が記載されているが、前記「耐摩耗性物理蒸着被覆層」自体は、多層構造のものではないことから、上記相違点に係る「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」の構成については、記載されておらず、示唆もない。 したがって、上記相違点は、甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものということはできない。 そして、本件発明2は、上記「特定積層構造の硬質被膜」の層構成を取ることにより、訂正明細書の段落【0028】に記載のとおり、「所定周期で連続的に組成を変化させて構成した硬質被膜が、優れた耐摩耗性、溶着防止特性、耐酸化性、摺動特性、耐マイクロチッピング性を有し、従来の被膜と同等以上の硬さを持ちながら靱性も兼ね備えている上、その被膜をPVD法で形成できるため、切削工具として用いると、長期に渡って良好な工具性能を維持し続ける」との優れた作用・効果を奏するものと認められる。 よって、本件発明2が、甲第1及び第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (2-2)本件発明3ないし5、及び本件発明7について 上記(2-1)で記載したとおり、本件発明2が、甲第1及び第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないので、本件発明3ないし5、及び本件発明7は、何れも、直接的又は間接的に請求項2を引用するものであるから、本件発明2と同様に、甲第1及び第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (2-3)まとめ 以上のことから、本件請求項2に係る発明、並びに、請求項2を引用する本件請求項3ないし5、及び7に係る特許が、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。 6-2.第2回取消理由についての判断 (1)取消理由2a:特許法第36条第5項第1号及び第6項違反について 訂正明細書の請求項1は、上記3.のとおり、「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物」と訂正され、積層される材料が2種類のものに限定された。 つまり、訂正前の請求項1に係る上記「元素」が3種以上である場合は、削除されたから、本件発明1ないし7は、発明の詳細な説明に記載されたものであると認められるので、本件発明1ないし7に係る特許が、特許法第36条第5項第1号及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。 (2)取消理由2b:特許法第36条第5項第2号及び第6項違反について 訂正明細書の請求項1は、上記3.のとおり、「0.4nm〜50nmの積層周期で組成を連続的に変化させて」と訂正され、組成を連続的に変化するのが積層構造であることを明らかにした。 また、請求項2ないし請求項7の工具について、何れも、「切削工具」のみに訂正され、発明の対象の工具についても特定され、明確になった。 したがって、訂正明細書の特許請求の範囲の記載が不備であるとはいえないから、本件発明1ないし7に係る特許が、特許法第36条第5項第2号及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。 (3)取消理由2c:特許法第36条第4項違反について (3-1)「TiAlN」等の記載について 訂正明細書の段落【0018】には、「表面にAlNからAlの濃度が下がり、逆にTiの濃度が増してTiAlN、そしてTiNへ、更にTiNからTiの濃度が下がり、Alの濃度が増して再びAlNへと連続的に組成の変化する組成変化の繰り返し層」と記載されている。そして、段落【0014】には、「例えばTiN→TiAlN→TiNというようにTiNとTi50%、Al50%の窒化物の間で傾斜させてもよい。」と記載されているから、前記段落【0018】に記載の「TiAlN」は、同じく、「Ti50%、Al50%の窒化物」を意味すると解するのが自然であり、したがって、同段落の「逆にTiの濃度が増してTiAlN、そして・・・」との記載は、「Ti50%、Al50%の窒化物」である状態を経由するとの趣旨であると解されるから、同段落の記載に、特段の矛盾ないし、明りょうでない点はない。 次に、訂正明細書の表1ないし表4(段落【0022】ないし段落【0025】)の表題は、訂正により「(実施例I-1)」ないし「(実施例III)」と訂正され、各表に記載している内容を説明する該当段落【0019】の記載と表の表題の表記とが一致するように発明の詳細な説明が記載されているから、特段、明りょうでない点はない。 また、表1中の「種別」「F」(従来例)の欄に「蒸発源としてTiAl合金を使用して作ったTiAlN」と記載されているが、合金の窒化物の意味と解して、特段の不自然ないし不都合な点はない。表3中の「種別」「F」(従来例)の欄の訂正後の「蒸発源としてZrHf合金を使用して作ったZrHfC」、及び表4中の「種別」「F」(従来例)の欄の「蒸発源としてTiHf合金を使用して作ったTiHfC」の記載についても、同様である。 (3-2)訂正前の表1中の「種別」「5」、「6」及び「11」(なお、第2回取消理由理由の「種別」「10」との記載は記載している内容から明らかなように「11」の誤記である)の記載事項は、上記訂正により削除されたので、前記「種別」に関し、訂正明細書の記載に明りょうでない点はない。 (3-3)訂正明細書の表1(実施例I-1)及び表2(実施例I-2)の双方に、比較例を含め「硬質被膜層」の組成・構造が同一でありながら、「連続掘削」及び/又は「断続掘削」の「逃げ面摩耗幅(mm)」の値が異なる試験結果となっているが、表1と表2の各々において、得られた結果に同じような増減傾向が現れており、同一実験を繰り返した際の、実験誤差の範囲内の変動と見なすことができることから、前記記載に特段の不備があるとまではいえない。 (3-4)まとめ 上記のとおり、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載が不備であるとはいえないから、本件発明1ないし7に係る特許が、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。 6-3.特許異議申立て理由:特許法第29条第2項違反についての判断 (1)本件発明1について 本件発明1(前者)と甲第1号証に記載された発明(後者)とを対比するに、両者には、上記6-1.(1)において記載したとおりの一致点及び相違点がある。 そこで、上記相違点について検討する。 甲第2号証には、上記摘示記載(2a)ないし(2c)のとおり、剛性の基体上に適用する被覆膜であって、その被覆膜が複数個の重ねた多層ユニットを特徴としており、各ユニットが少なくとも2個の組成的に異なる薄い層を含んでおり、各層がアルミニウム、チタン等を含む材料によって構成され、かつおよそ0.005ミクロンからおよそ0.5ミクロンの厚さをもつ被覆膜に係る発明が記載されていると認められる。 そして、上記被覆膜を形成する方法として、甲第2号証には、上記摘示記載(2d)からみて、「スパッタリングにより多重層被膜を形成する」ことが記載されており、また、被覆する品物又は工具を支持するコンベヤを用い、組成が異なる2個のスパッタリング用ターゲットをコンベヤ外周に対向して配置し、スパッタリングのあいだ、コンベヤを回転させ、スパッタリングの際に、コンベヤによって支えられた各々の品物は各ターゲットの面前を通過すると、そのターゲットから材料の薄い層が品物の表面上にデポジットされるものであるから、前記態様において、組成が異なる2個のスパッタリング用ターゲットからターゲット材料の薄い層が品物の表面上にデポジットされる結果、得られる被膜は、組成が異なる材料の層が交互に積層した構造のものとなると解され、結局、甲第2号証に記載された被覆膜は、甲第1号証に記載された被膜の構造と実質上同じようなものであって、本件発明1に係る「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」とは、その構造において相違するものである。 また、甲第2号証には、上記摘示記載(2e)のとおり、「本発明多層被覆膜の特定の2層間の境界面は2層中に存在する材料の結合であり得ることが理解されるべきである。従ってある程度の層の混合又は重なりが存在するかもしれない。」と記載されているが、この他に具体的記載がないことから、前記「2層間の境界面」に「2層中に存在する材料の結合」ないし「ある程度の層の混合又は重なり」があり得ることが示唆されているにしても、当該摘示記載(2e)に基づき、当業者が本件発明1に係る「硬質被膜」における上記「組成を連続的に変化」させた構造であって、かつ「前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造」を容易に想到し得るとすることはできない。 そして、本件発明1は、訂正明細書の段落【0028】に記載のとおり、「所定周期で連続的に組成を変化させて構成した硬質被膜が、優れた耐摩耗性、溶着防止特性、耐酸化性、摺動特性、耐マイクロチッピング性を有し、従来の被膜と同等以上の硬さを持ちながら靱性も兼ね備えている上、その被膜をPVD法で形成できるため、切削工具として用いると、長期に渡って良好な工具性能を維持し続ける」との優れた作用・効果を奏するものと認められる。 したがって、本件発明1が、甲第1号証及び甲第2号証に記載の発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 なお、甲第3号証は、本件発明に係る出願における審査段階で特許権者が提出した意見書であり、上記相違点である「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」に関する証拠ではない。 また、甲第4号証については、すでに当審が通知した第1回取消理由に対する上記「6-1.(2)」において記載したとおりであり、相違点である「特定積層構造の窒化物等硬質被膜」について記載も示唆もない。 (2)本件発明2ないし7について 本件発明2は、上記3.のとおりの「切削工具」であり、実質的に請求項1の構成を有するものであるから、本件発明2(前者)と甲第1号証に記載された発明(後者)とを対比するに、両者は、少なくとも上記6-1.(2)において記載したとおりの一致点及び相違点がある。そして、相違点は、甲第1号証に記載も示唆もなく、実質的な相違点であり、また、相違点の積層構造は周知の積層層構造ともいえないから、相違点は甲第1号証に基づいて当業者が容易に想到し得るものとはいえない。 そして、本件発明2も、本件発明1と同様に、上記6-3.(1)に記載したとおりの優れた作用・効果を奏するものと認められる。 したがって、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。 また、本件発明6は、請求項2を引用するものであるから、本件発明2について記載したのと同様の理由により、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。 本件発明3ないし5、及び本件発明7は、請求項2を引用するもので、実質的に請求項1の構成を有するものであるから、本件発明3ないし5、及び本件発明7と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は、少なくとも上記6-1.(2)において記載したとおりの一致点及び相違点を有するものであり、証拠として提出された刊行物もおなじであるから、本件発明3ないし5、及び本件発明7、さらには本件発明2、6についても上記6-1.(2)に記載したとおり理由により、甲第1及び第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。 (3)まとめ 以上のとおり、本件発明1ないし7に係る特許が、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。 8.むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件発明1ないし7に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件発明1ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 したがって、本件発明1ないし7に係る特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。 よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 耐摩耗性に優れた表面被覆部材 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの積層周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせ、かつ前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜を母材表面に持つことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材。 【請求項2】WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスからなる母材の表面に、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの積層周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせ、かつ前記連続的な組成変化が、前記2種の一方の純粋な元素の化合物の層からその一方の純粋な元素と他方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て他方の純粋な元素の化合物の層となり、さらにその他方の純粋な元素の化合物の層からその他方の純粋な元素と一方の純粋な元素が徐々に置換された化合物の層を経て一方の純粋な元素の化合物の層となる構造を繰り返す硬質被膜を設けてある切削工具。 【請求項3】前記母材と硬質被膜との界面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層を配してある請求項2記載の切削工具。 【請求項4】前記中間層がTiの窒化物、炭化物、炭窒化物、又はそれ等の積層物である請求項3記載の切削工具。 【請求項5】前記硬質被膜の表面に、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、もしくはそれ等の積層物から成る表層膜を配した請求項2、3又は4記載の切削工具。 【請求項6】前記硬質被膜として、50nm以下の積層周期でTiとAlの濃度が連続的に変化する窒化物被膜を有している請求項2記載の切削工具。 【請求項7】前記母材と硬質被膜との界面にTiの窒化物からなる中間層を有している請求項6記載の切削工具。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】 本発明は、WC基超硬合金、サーメット、セラミックス等を母材とし、その母材の表面に硬質物質を特殊な層構成にして被覆することにより、母材の耐欠損性を維持しながら耐摩耗性を向上させた表面被覆部材に関する。なお、この部材の代表的な用途としては切削工具が挙げられる。 【0002】 【従来の技術】 切削工具の耐摩耗性を向上させるため、この工具の母材表面にPVD法やCVD法によりTi、Hf、Zrの炭化物、窒化物、炭窒化物やAlの酸化物から成る単層又は複層の被覆膜を設けることは既に一般化している。この硬質被膜をもつ表面被覆部材の中でも特に、硬質被膜をPVD法で形成するものは、母材強度の劣化なしに耐摩耗性を向上できるという特長があり、ドリル、エンドミル、フライス切削用スローアウェイチップなど強度の要求される切削用途に適応されている。 【0003】 【発明が解決しようとする課題】 Alの酸化物被膜は、耐摩耗性に関して非常に好ましいものであるが、PVD法ではこのAlの酸化膜を安定して被覆するのが難しく、母材強度の面からPVD法を用いる部材についてはこのAlの酸化被膜は実用化に至っていない。 【0004】 現在実用化されているものは、Ti、Hf、Zr等の窒化物の被膜である。ところが、この種の被膜は、特に、高速切削用途での耐摩性が不足し、早期に寿命に至っている。 【0005】 そこで、本発明は、PVD法での形成が可能であり、しかも従来のPVD法による被膜に比べて格段に優れている被膜をもった表面被覆部材を提供しようとするものである。 【0006】 【課題を解決するための手段】 上記の課題を解決するため、本発明においては、母材表面に設ける硬質被膜を、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2種以上の元素の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物を0.4nm〜50nmの周期で組成を連続的に変化させて全体の膜厚が0.5〜10μmとなるように組合わせた構造の膜となしたのである。 【0007】 この表面被覆部材を切削工具として利用する場合の母材材料は、WC基超硬合金、サーメット、セラミックスなどが適している。 【0008】 また、切削用途では特に、母材と硬質被膜との界面及び/若しくは硬質被膜の表面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層や表層膜を配することも有効なことである。この中間層や表層膜は、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、又はそれ等の積層物が特に好ましい。 【0009】 以下、本発明の構成について更に詳細に述べる。 【0010】 IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siの中から選ばれた2種類以上の金属からなる合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物の被膜を形成した表面被覆硬質部材は、優れた切削工具となり得ることがこれまでに良く知られているが、発明者らはこれらの膜について、形成された膜の微視的な構造とその特徴を研究していくうちに以下のような重大な知見を得るに至った。 【0011】 その知見とは、上記合金の窒化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物のうち2種以上の化合物の均一な混合物で硬質膜を構成したり(図2)化合物の多層の薄膜として硬質膜を形成する(図3)のではなく、1種の純粋な化合物の層から別の純粋な化合物の層との間で例えばTiとAlが徐々に置換されて連続的に組成が変化する構造(図4)をもった硬質膜を形成すると、この膜が優れた耐摩耗性および靱性を示すというものである。これは、層と層の間で組成が連続的に、かつ急激に変わるため、大きな歪が蓄積されるためであると考えられる。 【0012】 ここで注意すべきことは膜厚50nm以下の2種類の薄膜を積層させていくにあたり積層周期(2種の薄膜1層ずつの和、図4においては、たとえばAlNから始まってTiNに変わり再びAlNに戻るまでの範囲を云う)が100nm以上あるとその間に多数の転位が導入されてしまうために歪が緩和されてしまい、硬質膜としての優れた性質を失う。図4における濃淡はAl又はTiの濃度分布を示すもので、TiN層にはAlが、AlN層にはTiが各中心部に向かって相互に変化する状態を示すものである。 【0013】 また、層と層の間隔を0.2nm未満にすることは製造技術上困難である。 【0014】 なお、積層周期内での組成傾斜については積層周期全域にわたって組成を傾斜させることも可能であるし、積層周期の一部にわたって実施することも可能である。傾斜させる組成に関しても2種の材料の濃度を自由に設定することができる。例えばTiN→TiAlN→TiNというようにTiNとTi50%、Al50%の窒化物の間で傾斜させてもよい。さらにくわえてこの多層膜を形成する際、硬質被膜と母材の界面、または、硬質被膜の最表面にIV族金属元素の窒化物、炭窒化物、炭化物、酸化物を形成しておくと、さらに良好な耐摩耗性を得ることができるという知見を得た。 【0015】 なお、本発明を切削工具に応用する際の母材は、勿論高速度鋼等であってもよい。 【0016】 【実施例】 以下に、本発明の表面被覆部材の具体例とその製造方法について説明する。 【0017】 基板母材として、JIS規格P30の超硬合金と、サーメットと、セラミックスを用意した。母材の形状はJIS・SNG432の切削チップである。この切削チップを、公知の真空アーク蒸着法によりターゲットとしてTiとAl、ZrとHf、およびTiとHfの3種の組合せを用いて被覆を行なった。 【0018】 図1に示すように、蒸着装置1内の一方にTiターゲット2を設置し、その向い側にAlターゲット3を設置し、その中央でターンテーブル4上の切削チップTAが一分間に50回転するように調節した後、炉内をArガス1×10-2Torrの真空度に保ち、切削チップに-2000Vの電圧をかけて洗浄を行い、さらに、500℃まで加熱した後、Arを排気してN2ガスを300CC/minの割合で導入した。ここで真空アーク放電によりTiターゲット、Alターゲットを蒸発、イオン化させることにより、切削チップがTiとAlの混合蒸気の中を通過することになる。このとき、被覆対象の切削チップを回転させることで表面にAlNからAlの濃度が下がり、逆にTiの濃度が増してTiAlN、そしてTiNへ、更にTiNからTiの濃度が下がり、Alの濃度が増して再びAlNへと連続的に組成の変化する組成変化の繰り返し層を持った膜を形成することができた。全体の層厚は被覆時間によって制御した。 【0019】 以上の方法にて表1、2に示される層構成の硬質被膜層を形成することにより、本発明の表面被覆切削チップを製造した(実施例I-1、実施例I-2)。同様にターゲットとしてZrとHf、反応ガスとしてCH4を使用し、連続的に組成が変化してZrCとHfCになる膜を形成した(実施例II)。また、ターゲットとしてTiとHf、反応ガスとしてCH4を用い連続的に組成が変化してTiCとHfCになる膜を形成した(実施例III)。 【0020】 さらに、比較のため、同じ切削チップを同じ装置にて表面にTiおよびAlの窒化物、炭化物、炭窒化物のうちの1種類の単層、もしくは2種類以上の複層を形成した表面被覆切削チップA〜Cをそれぞれ製造し、通常良く用いられているCVD法にてコーティングした表面被覆切削チップD、Eも用意した。また、Fとして、通常良く知られている合金の蒸発源を使用して作製したTiAlN膜被覆の切削チップを用意した。また、Gとして組成が連続的に変わるのではなく、図3のように2種類の層が断続的に入れ変わるTiNとAlNの積層膜を形成した表面被覆切削チップを用意した。また、ZrHfCおよびTiHfCについても同様な層構成をもつ表面被覆切削チップを用意した。これらをまとめて表1、表2、表3、表4に示す。 【0021】 次に、これらの試作表面被覆切削チップについて、連続切削試験、および断続切削試験を表5に示した条件にて行ない、切れ刃の逃げ面摩耗量を測定した。その結果を表1〜表4に併せて示す。 【0022】 【表1】 【0023】 【表2】 【0024】 【表3】 【0025】 【表4】 【0026】 【表5】 【0027】 表1〜表4に示す切削実験結果から判るように、本発明の表面被覆切削チップは、いずれも従来の被覆切削チップA〜Fと同様の材料で硬質被膜を形成したにも拘らず、従来チップに比べてはるかに優れた耐欠損性と耐摩耗性を発揮する。 【0028】 【発明の効果】 以上述べたように、本発明の表面被覆部材は、所定周期で連続的に組成を変化させて構成した硬質被膜が、優れた耐摩耗性、溶着防止特性、耐酸化性、摺動特性、耐マイクロチッピング性を有し、従来の被膜と同等以上の硬さを持ちながら靱性も兼ね備えている上、その被膜をPVD法で形成できるため、切削工具として用いると、長期に渡って良好な工具性能を維持し続けると言う効果が得られる。 【0029】 なお、本発明の部材は、切削工具はもとより、表面の摩滅防止が要求される摺動部品等に利用しても寿命延長の効果がある。 【図面の簡単な説明】 【図1】 本発明の表面被覆部材の製造方法の一例を示す線図 【図2】 硬質被膜の層構成の説明図(従来品) 【図3】 硬質被膜の層構成の説明図(従来品) 【図4】 硬質被膜の層構成の説明図(本発明の一例) 【符号の説明】 1 真空アーク蒸着装置 2、3 ターゲット 4 ターンテーブル TA 切削チップ |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2006-01-20 |
出願番号 | 特願平6-5132 |
審決分類 |
P
1
651・
832-
YA
(B32B)
P 1 651・ 531- YA (B32B) P 1 651・ 534- YA (B32B) P 1 651・ 121- YA (B32B) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 細井 龍史 |
特許庁審判長 |
石井 淑久 |
特許庁審判官 |
鴨野 研一 芦原 ゆりか |
登録日 | 2003-08-15 |
登録番号 | 特許第3460288号(P3460288) |
権利者 | 住友電工ハードメタル株式会社 |
発明の名称 | 耐摩耗性に優れた表面被覆部材 |
代理人 | 東尾 正博 |
代理人 | 鳥居 和久 |
代理人 | 鳥居 和久 |
代理人 | 東尾 正博 |
代理人 | 鎌田 文二 |
代理人 | 鎌田 文二 |