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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D03D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D03D
管理番号 1134370
異議申立番号 異議2003-73720  
総通号数 77 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2000-02-22 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-26 
確定日 2006-03-15 
異議申立件数
事件の表示 特許第3442291号「伸縮性ポリエステル織物及びその製造方法」の請求項1ないし5に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3442291号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3442291号は、平成10年8月6日に特許出願され、平成15年6月20日にその特許権の設定登録がされ、その後、特許異議申立人 ユニチカ株式会社により特許異議の申立てがあり、その後、平成17年3月7日付で特許権者に対して審尋がされ、その指定期間内である平成17年5月9日付けで回答書が提出され、平成17年6月15日付けで取消の理由が通知され、その指定期間内である平成17年8月12日付けで特許異議意見書が提出されたものである。


2.特許査定時の明細書の特許請求の範囲の記載
特許査定時の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし5には、以下のとおり記載されている。

【請求項1】 互いに粘度が異なり、かつ少なくとも一方がカチオン可染ポリマーである2種のポリエステルポリマーが接合されてなり、単繊維繊度が2デニール以上、10000/D1/2(D:デニール)の撚糸状態での伸長復元率が7%以上、捲縮発現伸長率が0.2%以上のコンジュゲートフィラメント糸条に撚係数A(A=T・D1/2、T:撚糸数(回/m)、D:デニール)が8000〜23000の撚りが施された撚糸を、経糸または緯糸のいずれか一方に用いて織物が構成され、織物の該撚糸の存在する長手方向の伸長率が5〜30%、伸長回復率が85%以上及び乾熱収縮率が5%以下であることを特徴とする伸縮性ポリエステル織物。
【請求項2】 カチオン可染ポリマーが、スルホン酸金属塩基含有の第三成分を0.5〜5モル%共重合したエチレンテレフタレート単位主体の共重合ポリエステルである請求項1記載の伸縮性ポリエステル織物。
【請求項3】 2種のポリエステルポリマーが、接合比(重量比)30/70〜70/30で接合されてなる請求項1または請求項2記載の伸縮性ポリエステル織物。
【請求項4】 互いに粘度が異なり、かつ少なくとも一方がカチオン可染ポリマーである2種のポリエステルポリマーが接合されてなり、単繊維繊度が2デニール以上、10000/D1/2(D:デニール)の撚糸での伸長復元率が7%以上、捲縮発現伸長率が0.2%以上のコンジュゲートフィラメント糸条に撚係数A(A=T・D1/2、T:撚糸数(回/m)、D:デニール)が8000〜23000の撚りを施し、該撚糸を経糸または緯糸のいずれか一方に用い、製織して織物とした後、織物に加熱リラックス処理を施して用いた撚糸の長手方向に織物原長に対する収縮率で15〜50%収縮させることを特徴とする伸縮性ポリエステル織物の製造方法。
【請求項5】 カチオン可染ポリマーが、スルホン酸金属塩基含有の第三成分を0.5〜5モル%共重合したエチレンテレフタレート単位主体の共重合ポリエステルである請求項4記載の伸縮性ポリエステル織物の製造方法。


3 特許異議申立ての理由の概要
特許異議申立人は、証拠として下記甲第1ないし5号証を提出し、特許請求の範囲請求項1ないし5に係る発明は、当業者が甲第1ないし3号証に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、また本件特許は、特許法第36条第4項及び第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、上記請求項1ないし5に係る発明の特許は取り消すべきものである旨の主張をしている。


甲第1号証:特開昭61-63717号公報
甲第2号証:特開平5-311533号公報
甲第3号証:特開平9-250048号公報
甲第4号証:特公昭63-28151号公報
甲第5号証:特開平4-300357号公報

なお、甲第4及び5号証は技術常識を立証するために提出された証拠である。


4 取消理由の内容
当審が平成17年6月15日付けで通知した取消の理由は以下のとおりのものである。

1.本件特許は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。


A.本件特許明細書の特許請求の範囲請求項1、4には「10000/D1/2(D:デニール)の撚糸(状態)での伸長復元率が7%以上、捲縮発現伸長率が0.2%以上のコンジュゲートフィラメント糸条」と記載されている。この記載によると、測定時における撚糸状態は、フィラメント糸のデニール数が小さくなると、撚り回数が大きく設定されるから、例えば100デニールより小さいときには、撚り回数は1000回/mを超えることになる。そして撚り回数が1000回/mを超える場合、撚り回数が大きいがために撚糸にビリなどが生じて、本件の「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の正確な測定が不可能になると思われる。
したがって、撚糸にビリなどが発生しないように何らかの手段を講じる必要があるが、(1)一般的なビリの発生を防止する手段である撚り止めセットを行って測定する場合、(2)平成17年5月9日付けで提出された回答書に記載の撚り止めセットを行うことなく測定する場合、のいずれも以下に述べるように測定する試料の調整方法が不明で、そのため「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の値が一義的に定まるとはいえないから、上記請求項に係る発明は、当業者が実施し得る程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(1)撚り止めセットを行って測定する場合
撚り止めセットは加熱によることが通常であるが、本件特許明細書では撚糸のセット温度条件などは記載されていない。一方で「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」は、特許明細書段落【0009】の測定方法の記載からして、熱的特性に係るものであると思われ、撚り止めセットを行う場合、同じ糸条であってもセット温度条件等によって測定値が変化してしまわないようにすることが、どのようにして可能であるのか明らかではない。
(2)撚り止めセットを行うことなく測定する場合
i)上記回答書では「撚糸シリンダーから糸を解除しカセ取りする際に、適度な張力を掛けながらカセ取りすればビリは発生せず、撚り止めセットを行うことなく測定が可能」「また、その後の、熱処理や長さを測定する際も、カセ取りしたサンプルを極端にゆるめることなく取り扱えば、ビリの発生もありません。」と記載されているが、「適度な張力を掛けながら」「極端にゆるめることなく取り扱えば」というように、サンプルの取り扱い条件が曖昧な記載になっている。カセ取り時の張力や、カセ取りしたサンプルの取り扱いの条件が異なると、「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の値に影響を与えるものと思われるが、「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の値は、カセ取り時の張力や、カセ取りしたサンプルの取り扱いの条件が異なるとしてもそれに影響されず、常に一定の値を示すというなら、データを添付して釈明されたい。
また、JIS規格にはカセ取り時の張力、カセ取りしたサンプルの取り扱いについて規定されていて、いちいち記載するまでもなく、当業者であれば一定の条件でサンプルを取り扱い、測定を行うというならば、公知文献等の証拠を提示して釈明されたい。
ii)上記回答書では「具体的には下図に示すように、撚糸シリンダーを布地(フェルト)で覆い解除される糸を撚糸シリンダ-の鍔と布地の間で把持させながら、カセ取りすればビリのないカセ取りサンプルが得られます。」と記載されているが、これは本件特許明細書で伸長復元率についての規定としているJIS L 1090には記載されていない方法である。撚糸のサンプルの調整においてこの方法を採用することが、別途、JIS規格にて規定されているなど、技術常識であるというならば、公知文献等の証拠を提示して釈明されたい。

B.上記A.について釈明し得たとしても、以下に記載するように、「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の測定について、当業者が実施し得る程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
すなわち、本件特許明細書には上記(1)(2)のいずれで測定する試料の調整をしたものか記載されておらず、また上記回答書の記載も、撚り止めセットをすることなく測定する試料を調整する方法の提示にとどまっていて、本件においてその方法により試料の調整をしたかを明らかにしていない。一方、撚糸は撚り止めセットの有無で物性が異なると思われ、それに応じて「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」ともに異なる値となると解されるから、本件特許明細書の記載では、「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の値が一義的に定まるものとはいえない。


2.本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。


A.上記1.にて詳述したように、本件請求項1、4に係る発明の「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の値が一義的に定まるとはいえないから、上記請求項及びそれらを引用する請求項に係る発明は、発明の範囲が明確ではない。

B.請求項1の「互いに粘度が異なり、……撚糸状態での伸長復元率が7%以上、捲縮発現伸長率が0.2%以上のコンジュゲートフィラメント糸条に撚係数A(A=T・D1/2、T:撚糸数(回/m)、D:デニール)が8000〜23000の撚りが施された撚糸を、経糸または緯糸のいずれか一方に用いて織物が構成され」との記載の、撚糸に関する「伸長復元率」「捲縮発現伸長率」、殊に「捲縮発現伸長率」は、特許明細書段落【0009】の記載によると、撚糸が受ける熱的な履歴に左右される物性と解されるから、織物を構成する撚糸が「撚糸状態での伸長復元率が7%以上、捲縮発現伸長率が0.2%以上」である「織物」は、何ら処理加工されていない製織時点の段階を意味すると認められる。
一方、後段の「長手方向の伸長率が5〜30%、伸長回復率が85%以上及び乾熱収縮率が5%以下であることを特徴とする伸縮性ポリエステル織物。」という部分では、その「長手方向の伸長率」「伸長回復率」「乾熱収縮率」は、製織して得た織物に加熱リラックス処理を施して、はじめて達成される性能と解されることから、この部分の「織物」とは加熱リラックス処理後の「織物」を意味すると認められる。
したがって、請求項1では、それぞれ製造行程上の異なる段階にあり、状態の異なる「織物」を、区別することなく「織物」と記載していることになり、請求項1に係る発明は内容が明確ではない。


5 当審の判断
5-1 審尋について
本件の特許請求の範囲請求項1ないし5の記載は、「伸長復元率」という物性による特定を発明を特定するために必要と認める事項として含むものである。
この「伸長復元率」について、当審が平成17年3月7日付けでした審尋において、(1)として本件の「伸長復元率」について、JIS L 1090 8.12の「伸縮復元率」との異同について釈明を求めたところ、特許権者は平成17年5月9日付け回答書にて「本件の「伸長復元率」、JIS L-1090 8.12の伸縮復元率は同じものであります」と回答をしている。
そこでJIS L 1090をみると、上記審尋及び回答書には、JIS L-1090の「8.12」と記載されているが、JIS L-1090には「8.12」という項目は存在せず、一方で、「5.8 伸縮復元率」という試験方法の規定があることから、上記審尋及び回答書中の「JIS L-1090 8.12」とは「JIS L 1090 5.8」の誤記であると解される。
また、JIS L 1090には、「伸長復元率」という試験方法は存在しないが、願書に添付した明細書の「伸長復元率」について説明する「伸長復元率は、JIS L-1090で測定される糸の捲縮の強さを示す値であり、伸縮復元率が7%未満では糸の捲縮が弱く織物での伸長時の復元力が弱くなる。」(段落【0009】)という記載には、「伸長復元率」とともに「伸縮復元率」という用語が記載されていること、及びJIS L 1090には「伸縮復元率」の他には糸を伸長させた後の復元に関する試験方法の規定はないことを考慮すると、本件の「伸長復元率」とは「伸縮復元率」の誤記であると解される。
また、特許権者が平成17年5月9日付けで提出した回答書に添付された(財)日本化学繊維検査協会の試験証明書には「試験方法 伸縮復元率 JIS L 1013(旧JIS L 1090-1992)」と記載され、平成17年8月12日付けで提出した意見書に添付された(財)日本化学繊維検査協会の試験証明書No.CK-27025-2及びNo.CK-27025-4には「試験方法 伸縮復元率 JIS L 1013」と記載されている。
他方、JIS L 1090は平成11年4月20日に廃止されたが、伸縮復元率の試験方法は1992年に制定され現在も使用されているJIS L 1013 8.12に規定されている。JIS L 1090の「伸縮復元率」の試験方法とJIS L 1013の「伸縮復元率」の試験方法とを比較すると明らかなとおり両者は同じものである。
したがって、本件特許明細書に記載の「伸長復元率」は、「JIS L1090 伸縮復元率」及び「JIS L 1013 伸縮復元率」と同じものと認定できる。

5-2 通知した取消理由の妥当性についての判断
5-2-1 理由1.A.について
まず、上記取消理由の理由1.B.について検討する。
理由1.B.に対して特許権者は上記審尋の回答書と意見書にて、「本願発明において、「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」は撚糸セットを行わずに測定したもの」と主張するとともに、実際に実験を行った結果を記載した試験証明書を添付し、当該主張を証明しようとしている。
一方、願書に添付した明細書をみても、「粘度が異なり、かつ少なくとも一方がカチオン可染ポリマーである2種のポリエステルポリマーが接合されてなり、単繊維繊度が2デニール以上、10000/D1/2(D:デニール)の撚糸状態での伸長復元率が7%以上、捲縮発現伸長率が0.2%以上のコンジュゲートフィラメント糸条」と記載されており、撚糸状態でセットすることは記載されていないから、技術的に、撚糸セットを行わずに測定する方法を採用していると推認できる。
したがって、本件発明に係る「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の測定は、撚糸セットを行わずに測定したものであるので、理由1.A.(1)の「撚り止めセットを行って測定する場合」について検討を要しない。
そこで、理由1.A.(2)「撚り止めセットを行わずに測定する場合」において指摘した点について検討する。

特許権者は上記意見書において、通常、ビリやスナールの発生し易い糸をカセ取りする場合にはビリやスナールが入らないように試料に応じた適切な防止法を実施することは当業者が一般的に行う手段であるとし、(財)日本化学繊維検査協会の試験証明書No.CK-25025-2(以下、「試験証明書1」という。)を提示して、サンプリングの方法として、「フェルト式」「ヒゲ付ビリ止めキャップ式」「ボビンを横にした状態」により測定した「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の結果から、各測定方法によりカセ取り時の張力は異なるが、「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」には影響しない旨の主張をするからこの主張について検討する。

(i)「伸長復元率」について
(i)-1 測定する試料の作成方法について
JIS L 1090の伸縮復元率の試験方法には、測定する試料の作成について、「5.8 伸縮復元率 初荷重をかけて かせ長 約40cm,巻き数10回の小かせを作る。」と規定されている。さらに、「初荷重」について、JIS L 1090 2.(12)に下記のとおり規定されている
「初荷重 糸が伸長せず,まっすぐになる程度の荷重
備考 荷重が影響する場合の試験(4)には,初荷重として49/50 mN×20×9×表示テックス{1/10 gf×20×表示デニール}数を用いる。ただし、この荷重が適切でない場合は,図2に示す初期の荷重伸長曲線の原点の近くでの伸びの変化に対する荷重変化の最大点Aにおける接線が伸び軸に交わる点Tから垂線を描き,その荷重伸長曲線の交わる点F0に相当する荷重を用いる。
注(4)荷重が影響する場合とは,正量繊度,引張強さ及び伸び率,より数,熱水収縮率又は伸縮復元率をいう。」

上記の規定によると、JIS L 1090の伸縮復元率を測定する小かせのかせ取り方法(以下、「JIS法サンプリング方法」という。)は、初荷重として49/50 mN×20×9×表示テックス{1/10 gf×20×表示デニール}数を用いるか、この荷重が適切でない場合は,上記の荷重伸長曲線を使用して求められる荷重を用いて、小かせを作るものと認められるから、いずれにしても一定の荷重をかけて小かせを作るものである。
これに対して、上記試験証明書1の試験方法の欄に「尚。通常ビリやスナールの発生し易い糸をカセ取りする場合にはビリやスナールが入らないように試料に応じた適切な防止法を実施。」、試験結果の欄に「伸縮復元率:サンプリング機が手動で2点固定式のため巻き取り荷重の確認不可」と記載されていることから、JIS法サンプリング方法とは異なる方法で測定する小かせを作成したものと認められる。
特許権者は意見書にて、「ジェットルーム織布(日本繊維機械学会発行)77頁」(以下、「参考文献1」という。)を提示して、「びり防止装置円盤にテグスを通したもの、スプリングテープを円周状に固定したもの等を装着することが一般的であるとも述べている。
しかし、参考文献1に記載された「びり防止装置」とは、よこ糸のびり防止装置であって、JIS法サンプリング方法におけるびり防止装置ではなく、しかも意見書にはさらに「フェルト式」「ヒゲ付ビリ止めキャップ式」「ボビンを横にした状態」などの複数のびり防止装置が記載されている。したがって、びり防止装置としていずれの装置が、JIS法サンプリング方法に代替して使用することが標準の方法であるかは定まらない。
意見書及び参考文献1をみても、「フェルト式」「ヒゲ付ビリ止めキャップ式」「ボビンを横にした状態」をびり防止装置として採用することがあること示しているだけで、JISサンプリング方法に代替する標準の方法であることを立証するものではなく、他に証拠の提示もないものである。
以上のことから、特許権者の主張するこれらの方法は、いずれもJIS法サンプリング方法に代替して使用する標準の方法であるとはいえない。
(i)-2 試料の作成方法と「伸長復元率」の関係について
試験証明書1をみると、その試験結果の欄には、SD56T12V210C Z1415T/Mという試料の「伸縮復元率」は、サンプリング方法が「フェルト式(荷重を一番低い状態)」の欄に「11.7%」、「ヒゲ付ビリ止めキャップ式」の欄に「13.2%」、「ボビンを横にした状態」の欄に「13.1%」と記載されている。またSD110T24V210C Z1000T/Mという試料の「伸縮復元率」は、サンプリング方法が「フェルト式(荷重を一番低い状態)」の欄に「14.5%」、「ヒゲ付ビリ止めキャップ式」の欄に「15.3%」、「ボビンを横にした状態」の欄に「15.5%」と記載されている。
上記の試験結果によると、同じSD56T12V210C Z1415T/Mという試料でも、測定する小かせのサンプリング方式が異なることで、「伸縮復元率」は最小11.7%から最大13.2%まで1.5%の差があり、SD110T24V210C Z1000T/Mという試料でも、最小14.5%、最大15.5%と1.0%の差がある。
このように、試験証明書1の試験結果からは、撚糸の撚り回数が1000回/mを超えるような大きい撚り回数で撚り止めセットを行うことなく測定する場合の「伸長復元率」は、同じ試料であっても小かせのサンプリング方法に依存して一定の値を示すものではないといわざるをえず、特許権者の上記の主張は試験結果と矛盾するものである。そして、他に特許権者の上記の主張を裏付ける合理的な根拠も見いだせないから、上記の主張については認められない。
(i)-3 まとめ
本件の特許請求の範囲請求項1及び4に係る「伸長復元率」は、撚糸の撚り回数が1000回/mを超えるような大きい撚り回数で撚り止めセットを行うことなく測定する場合の小かせを作る方法が、JIS L 1090の規定された小かせを作る方法ではないにもかかわらず、願書に添付された明細書には記載されていないものである。そして、「伸長復元率」は測定する小かせを作る方法によって変動するから、小かせを作る方法が記載されていない本件特許は、明細書又は図面の記載に不備があり、当業者が実施しうる程度に明確かつ十分に記載されているとすることはできない。

(ii) 「捲縮発現伸長率」について
(ii)-1 測定する試料の作成方法について
「捲縮発現伸長率」は、本件の願書に添付された明細書には、
「捲縮発現伸長率は、糸を周長1.125mの検尺機にて5回転させて綛とし、綛に見かけデニールの0.02倍の初荷重を掛けた状態で150℃で5分間乾熱処理してその時の長さL1を求めた後除重し、見かけデニールの0.1倍の荷重を掛けその長さL2を求め、
捲縮発現伸長率(%)=[(L2-L1)/L1]×100
の式にて算出される。」(段落【0009】)
と記載されているが、綛とする際の糸の取り扱いの条件は記載されておらず不明である。
(ii)-2 試料の作成方法と「捲縮発現伸長率」の関係について
「捲縮発現伸長率」は、特許権者独自の試験方法による物性と解されるものであり、綛とする際の糸の取り扱いの条件が記載されていないとしても、かせの形態の糸物性を測定する標準の方法が存在するならば、当業者であれば、それを適用してかせを作成することが想定される。
一方、上記意見書において特許権者は「フェルト式」「ヒゲ付ビリ止めキャップ式」「ボビンを横にした状態」での小かせの作成方法が一般的であり、各測定方法により「捲縮発現伸長率」には影響しない旨の主張をする、
そこで試験証明書1をみると、その試験結果の欄には、SD56T12V210C Z1415T/Mという試料の「捲縮発現伸長率」は、サンプリング方法が「フェルト式(荷重を一番低い状態)」の欄に「0.3%」、「ヒゲ付ビリ止めキャップ式」の欄に「0.3%」、「ボビンを横にした状態」の欄に「0.4%」と記載されている。
上記の試験結果によると、本件の特許請求の範囲請求項1及び4に記載の「捲縮発現伸長率」は、同じ試料であっても綛を作る方法に依存して一定の値をとるものではないと認められる。
したがって、特許権者の上記の主張は試験結果と矛盾するものであり、他にこの主張を裏付ける合理的な根拠も見いだせないから、上記の主張は妥当なものではない。
(ii)-3 まとめ
「捲縮発現伸長率」の値は、撚糸の撚り回数が1000回/mを超えるような大きい撚り回数で撚り止めセットを行うことなく測定する場合は、測定する綛の作成方法に依存して変動するものである。仮に「フェルト式」「ヒゲ付ビリ止めキャップ式」「ボビンを横にした状態」といった方法が、撚糸を取り扱う際の一般的な方法として当業者に知られていて、これらの方法を綛の作成に適用したものであっても、いずれの方法で測定する綛を作成するかによって「捲縮発現伸長率」が変動するから、測定する綛の作成方法の記載がない本件特許は、明細書又は図面の記載に不備があり、当業者が実施しうる程度に明確かつ十分に記載されているとすることはできない。

(iii)「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」の試験結果の再現性について
平成17年5月9日付け回答書に添付された(財)日本化学繊維検査協会 試験証明書(以下、「試験証明書2」という。)には、その試験結果の欄に、SD56T12V210C Z1415T/Mという試料の伸縮復元率が「8.4%」、捲縮発現伸長率は「0.3%」、SD110T24V210C Z1000T/Mという試料の伸縮復元率が「11.8%」、捲縮発現伸長率は「0.2%」と記載されている。
上記した試験証明書1と試験証明書2とは、両方ともSD56T12V210C Z1415T/MまたはSD110T24V210C Z1000T/Mという同じ試料の試験に関する内容である。そして、同じ試料を同じ撚り止めセットなしで、同じフェルト式という条件で小かせを作り、同じJIS L 1090の伸縮復元率の試験方法で、または同じ捲縮発現伸長率の試験法で、同じ日本化学繊維検査協会という検査機関が測定したものである。
しかし、そうであるにも拘わらずSD56T12V210C Z1415T/Mの伸縮復元率は試験証明書1の11.7%の対して試験証明書2では8.4%であり、SD110T24V210C Z1000T/Mの伸縮復元率は試験証明書1の14.5%に対して試験証明書2では11.8%、捲縮発現伸長率も試験証明書1が0.4%に対して試験証明書2では0.2%と異なる結果になっている。
そうすると、試験証明書1及び2の試験結果から、そもそも撚糸の撚り回数が1000回/mを超えるような大きい撚り回数で撚り止めセットを行うことなく測定する方法は、「伸長復元率」、「捲縮発現伸長率」ともに再現性のある試験方法とは認められない。そして、本件の発明の詳細な説明の記載は、「伸長復元率」、「捲縮発現伸長率」の試験結果に再現性がなく一義的に定まらないから、当業者が実施しうる程度に明確かつ十分に記載されているとすることはできない。

5-2-2 理由2.A.について
上記5-2-1にて検討したように、本件の特許請求の範囲請求項1ないし5の発明特定事項である「伸長復元率」、「捲縮発現伸長率」は、ともに願書に添付した明細書に記載されていない条件に依存して変動するものであり、試験結果の再現性も欠くものである。
一応、上記試験証明書1及び2に記載された試験結果は、いずれも「伸長復元率7%以上」、「捲縮発現伸長率0.2%以上」の範囲内に含まれるが、「伸長復元率」、「捲縮発現伸長率」ともにそれらの下限値から離れた値である。上記試験証明書1の試験結果をみると、フェルト式で測定する小かせを作った場合の「伸長復元率」は、ヒゲ付ビリ止めキャップ式やボビンを横にした状態で測定する小かせを作った場合と比較して小さい値を示しているから、例えば測定する小かせをボビンを横にした状態で作ったもので「伸長復元率」が7%であるか、7%以上であっても7%に極めて近い値の試料では、小かせを作る方法をフェルト式に変更して「伸長復元率」を測定すると7%未満となり請求項1に記載の範囲に属さなくなることもあると推認される。またフェルト式で測定する小かせを作った場合でも、「伸長復元率」が7%に極めて近い値の試料では、測定毎に請求項1に記載の範囲に属する場合と、属さなくなる場合があると推認される。
このように、請求項1ないし5に記載の「伸長復元率」及び「捲縮発現伸長率」が一義的に定まるものではないから発明の範囲が明確であるとはいえない。

5-2-3 まとめ
以上のように、本件特許は、明細書及び図面の記載に不備があるから特許法第36条第4項の規定に違反するものであり、また特許請求の範囲の記載に不備があるから特許法第36条第6項第2号の規定する要件を満たしておらず、当審の通知した取消の理由は妥当である。


6 むすび
以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第36条第4項及び第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2006-01-25 
出願番号 特願平10-233461
審決分類 P 1 651・ 537- Z (D03D)
P 1 651・ 536- Z (D03D)
最終処分 取消  
前審関与審査官 細井 龍史渕野 留香  
特許庁審判長 石井 淑久
特許庁審判官 芦原 ゆりか
澤村 茂実
登録日 2003-06-20 
登録番号 特許第3442291号(P3442291)
権利者 三菱レイヨン株式会社
発明の名称 伸縮性ポリエステル織物及びその製造方法  

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