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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200580274 審決 特許
無効200480150 審決 特許
無効200680260 審決 特許
無効200235015 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備  C09K
審判 全部無効 2項進歩性  C09K
審判 全部無効 特29条特許要件(新規)  C09K
管理番号 1136985
審判番号 無効2005-80227  
総通号数 79 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1995-01-13 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-07-22 
確定日 2006-05-01 
事件の表示 上記当事者間の特許第2543825号発明「蓄光性蛍光体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明

本件特許第2543825号の請求項1〜13に係る発明についての出願は、平成6年1月21日(優先権主張平成5年4月28日)に出願され、平成8年7月25日にその特許権の設定登録がなされ、特許異議の申立てがなされ、特許無効審判が請求され、それぞれ決定及び審決が確定したものであって、その経緯は次のとおりである。
[特許異議の申立て]
平成9年異議第71641号:複数異議全5件、
最先申立日 平成9年4月11日
訂正請求:平成10年3月24日
異議決定(訂正認容、特許維持):平成10年7月16日
[特許無効審判]
無効第2001-35090号:平成13年3月6日請求
請求人:ケミテック株式会社
審決(請求不成立):平成14年6月5日
平成14年(行ケ)第351号:平成14年7月12日出訴
判決(請求棄却):平成15年9月25日
審決確定:平成15年10月9日
[特許無効審判]
無効第2004-35101号:平成16年2月20日請求
請求人:ケミテック株式会社
審決(請求不成立):平成16年6月10日
審決確定:平成16年7月22日
[特許無効審判]
無効第2004-80003号:平成16年4月5日請求
請求人:エーソンエンタープライズ株式会社
審決(請求不成立):平成17年4月27日
審決確定:平成17年6月10日

これに対して、平成17年7月22日に、請求人TDOグラフィックス株式会社より無効審判請求がなされ、平成17年8月30日に甲第1〜4、12号証についての翻訳である手続補正書が提出され、平成17年11月4日に答弁書が提出され、平成18年2月16日に第1回口頭審理がなされ、同日付けで、請求人、被請求人双方から口頭審理陳述要領書が提出され、その後平成18年2月21日に請求人から上申書が提出されたものであって、その特許請求の範囲の請求項1〜13に係る発明(以下、「本件発明1〜13」という。)は、平成10年3月24日になされた訂正請求の訂正請求書に添付された訂正明細書(以下、「特許明細書」という。)及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1〜13に記載された次のとおりのものである。

「【請求項1】 MAl2 O4 で表わされる化合物で、Mは、カルシウム、ストロンチウム、バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをMで表わす金属元素に対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてネオジム、サマリウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をMで表わす金属元素に対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項2】 SrAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをSrに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてジスプロシウムをSrに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項3】 SrAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをSrに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてネオジムをSrに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項4】 SrAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをSrに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてサマリウムをSrに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項5】 SrAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをSrに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をSrに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項6】 CaAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてネオジム、サマリウム、ジスプロシウム、ツリウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項7】 CaAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてホルミウム、エルビウム、イッテルビウム、ルテチウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項8】 CaAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてランタン、ガドリニウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項9】 CaAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてネオジムと、ランタン、ジスプロシウム、ガドリニウム、ホルミウム、エルビウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素とをCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項10】 CaAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてネオジムと、サマリウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素とをCaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項11】 BaAl2 O4 で表わされる化合物を母結晶にすると共に、賦活剤としてユウロピウムをBaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加し、さらに共賦活剤としてネオジム、サマリウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をBaに対するモル%で0.002 %以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項12】 母結晶中にマグネシウムを添加したことを特徴とする請求項1または2記載の蓄光性蛍光体。
【請求項13】 母結晶中にカルシウム、バリウムのいずれか一方を添加したことを特徴とする請求項2記載の蓄光性蛍光体。」

2.請求人の主張の概要

請求人は、本件発明1〜13に係る特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠として、審判請求書に添付して甲第1〜21号証を提出し、さらに、口頭審理陳述要領書に添付して甲第22〜27号証を提出し、以下の無効理由1〜3を主張している。
[無効理由1]
本件発明1〜13は、甲第1〜11号証に記載された事項からすると、本件発明の構成のみでは目的とする効果を得ることはできないため、発明未完成であり、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていない。
すなわち、本件発明1〜13は、従来から知られている硫化物系蛍光体とは全く異なる新規の蓄光性蛍光体材料に関するものであり、市販の硫化物系蛍光体と比べても遥かに長時間、高輝度の残光特性を有する、という効果を奏するものである(特許明細書段落【0097】)ところ、甲第1〜4号証の学術論文に示されるように、ホウ素の存在無くしてSrAl2O4:Eu2+,Dy3+(「SrAl2O4:Eu,Dy」も同じ意味。両者ともに、以下、場合によっては「SAED」または「SAED蛍光体」という。)を製造しても上記の発明の効果が得られず、甲第5号証に示されるように、被請求人のSAED製品の製造にもホウ素は使われており、甲第6〜10号証に示されるように、ホウ素を使用せずに製造したSAEDはホウ素を用いて製造したSAEDに比べて著しく残光輝度性能が劣っており、このように、ホウ素なくしては本件発明の上記効果は得られないのであるから、ホウ素を必要不可欠として特許請求の範囲に記載してない以上、本件発明は未完成である、というものである。
[無効理由2]
本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が実施をすることができる程度に記載されていないため、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
[無効理由3]
本件発明1〜13は、甲第13、14、20及び21号証を勘案すれば、あるいはさらに甲第22、27号証を考慮すれば、本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第15〜19号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって本件発明1〜13の特許は、特許法第123条第1項第2号及び第4号に該当するから、無効とされるべきである。

(証拠方法:甲号証)

甲第1号証:Abanti Nag, T.R.N.Kutty,"Role of B2O3 on the phase
stability and long phosphorescence of SrAl2O4:Eu,Dy"、
Journal of Alloys and Compounds, 2003,
Vol.354, p.221-231
甲第2号証:Abanti Nag, T.R.N.Kutty,"The mechanism of long
phosphorescence of SrAl2-xBxO4(0 Sr4Al14-xBxO25(0.1 Dy3+"
Materials Research Bulletin, 2004, Vol.39, p.331-342
甲第3号証:I-Cherng Chen and Teng-Ming Chen,"Sol-gel synthesis
and the effect of boron addition on the phosphorescent
properties of SrAl2O4:Eu2+,Dy3+ phosphors"
Journal of Material Research, 2001, Vol.16, p.644-651
甲第4号証:Yeon-Tae YU,Byoung-Gyu KIM and Jeong-Mo YOON,
"Effect of B2O3 on the Afterglow Characteristics of
Eu2+,Dy3+-Codoped SrAl2O4 Phosphor"
資源と素材、1999、第115巻、
第705〜708頁、
甲第5号証:2004年(平成16年)11月22日付け、
財団法人日本食品分析センター作成の、
「分析試験成績書」
甲第6号証:2005年4月7日付け、
山東倫博発光材料股#有限公司、技術部、郎軍昌作成の、
「ホウ素なしサンプル製造工程」と題する書面
(注:#は「にんべんに分」の漢字を表す。以下同様。)
甲第7号証:2005年(平成17年)4月28日付け、
財団法人日本食品分析センター作成の、
「分析試験成績書」
甲第8号証:平成17年4月8日付け、
TDOグラフィックス株式会社蓄光事業部
斉郷和秀作成の、
「ホウ素を含有しないアルミン酸塩ストロンチウム
系顔料の蓄光特性の検討」と題する書面
甲第9号証:LG-401とホウ素なしLG-401の残光輝度
測定用に作成された試料の写真
甲第10号証:平成17年4月20日付け、
東京都立産業技術研究所長作成の、「成績書」
甲第11号証:吉藤幸朔著熊谷健一補訂「特許法概説(第13版)」、
株式会社有斐閣、2001年6月20日第13版
第3刷発行、第58〜59頁
甲第12号証:山東倫博発光材料股#有限公司のホームページ
http://www.lunbo.com/english/chanpin.html
甲第13号証:平成7年5月31日付け、
本件特許の審査における手続補正書
甲第14号証:平成7年10月17日付け、
本件特許の審査における拒絶理由通知書
甲第15号証:特開昭63-191887号公報
甲第16号証:特開昭63-191886号公報
甲第17号証:特開昭61-254689号公報
甲第18号証:特開昭59-102979号公報
甲第19号証:特開平6-248265号公報
甲第20号証:平成7年12月25日付け、
本件特許の審査における手続補正書
甲第21号証:平成7年12月25日付け、
本件特許の審査における意見書
甲第22号証:久保亮五外3名編、「岩波理化学辞典第4版」、
株式会社岩波書店、1991年1月10日第4版
第5刷発行、第1340頁、
「ランタノイド収縮」の項
甲第23号証:「表6.2 イオン半径」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/er/Min_G2.html
甲第24号証:新潟大学のウェブページの写し
http://researchers.adm.niigata-
u.ac.jp/public/SATOMineo_a.html,
http://researchers.adm.niigata-
u.ac.jp/public/SATOMineo_b.html
甲第25号証:財団法人日本食品分析センターによる、
「ホウ素(ホウ酸)の分析方法-ICP発光分析法-」
甲第26号証:平成17年4月4日付け、
株式会社東レリサーチセンター作成の、「御見積書」
甲第27号証:特開平3-72595号公報

3.被請求人の答弁の概要

これに対し、被請求人は、答弁書、口頭審理陳述要領書及びこれらの書類に添付して乙第1〜18号証を提出し、[無効理由1]については、ホウ素を使用しなくとも蓄光性蛍光体が得られ、[無効理由2]については、本件の発明の詳細な説明には、当業者が実施することができる程度に記載されており、[無効理由3]については、甲第15〜19号証に記載されているのは、いずれも、残光が観察されることが短所とされる照明用蛍光灯用蛍光体に関する発明であるから、これらの発明に基いて、あるいは他の発明をさらに考慮しても、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、請求人の主張には理由がない旨、答弁している。

(乙号証)

乙第1号証:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典 3 縮刷版」、
共立出版株式会社、昭和51年9月10日縮刷版
第19刷発行、第300頁、
「けいこうたい 螢光体」の項
乙第2号証:足立吟也、「カラーテレビブラウン管に用いられている
蛍光体」
化学と教育、1990、第38巻、第4号、
社団法人日本化学会、平成2年8月20日発行、
第386〜390頁
乙第3号証:蛍光体同学会編「蛍光体ハンドブック」、
株式会社オーム社、平成3年6月20日第1版第2刷発行、
第xiv頁「蛍光体に関する"ことば"について」、
第65-66、68、69、170-172、209、227-228、291-293頁
乙第4号証:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典 3 縮刷版」、
共立出版株式会社、昭和51年9月10日縮刷版
第19刷発行、第643頁、「こたい 固体」の項
乙第5号証:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典 3 縮刷版」、
共立出版株式会社、昭和51年9月10日縮刷版
第19刷発行、第642頁、
「こそうはんのう 固相反応」の項
乙第6号証:田中景子、外2名、「SrAl2O4:Eu2+,Dy3+
蓄光体の残光特性に及ぼすフラックス効果」、
資源と素材、1998、第114巻、第13号、
第965〜969頁
乙第7号証:平成17年3月7日付け、新潟大学工学部
化学システム工学科教授佐藤峰夫作成の、
「N夜光 G-300M及びN夜光 SG-1000R
試験分析報告書」
乙第8号証:平成17年3月3日付け、根本特殊化学株式会社
塩原雅美作成の、「ホウ酸を使用せずに焼成した
SrAl2O4:Eu,Dyに関する光学特性評価報告書」
乙第9号証:2005年(平成17年)6月6日付け、
財団法人日本食品分析センター作成の、「試験報告書」
乙第10号証:平成17年6月10日付け、
東京都立産業技術研究所長作成の、「成績書」
乙第11号証:平成17年6月14日付け、根本特殊化学株式会社
塩原雅美作成の、「N夜光/LumiNova”○R”SG-1000R
LotNo.SLM-010 ホウ素の定量分析および残光輝度測定
における測定試料の同一性について」
(注:”○R”は○の中にRがあることを示す。以下同様。)
乙第12号証:平成17年12月26日、
平塚公証役場横浜地方法務局所属公証人
麻生興太郎作成の公正証書正本
「平成17年第285号 蓄光性蛍光体N夜光/
LumiNova”○R”SG-1000Rの製造
および梱包等に関する事実実験公正証書」
乙第13号証:2006年(平成18年)1月12日付け、財団法人
日本食品分析センター作成の、「分析試験成績書」
乙第14号証:平成18年1月19日付け、
東京都立産業技術研究所長作成の、「成績書」
乙第15号証:平成18年1月23日、
東京法務局所属公証人吉川亘作成の公正証書正本
「平成18年第12号 蓄光性蛍光体N夜光/
LumiNova”○R”SG-1000Rの点検
及び分析試験機関への提出等に関する事実実験公正証書」
乙第16号証:高崎久子、外2名、「Eu、Dy共ドープ
SrO-Al2O3 系蛍光体の長残光特性」、
Journal of the Ceramic Society of Japan、1996、
第104巻、第4号、第322〜326頁、
乙第17号証:T.Katsumata, et al.,"Growth and characteristics of
long persistent SrAl2O4- and CaAl2O4-based phosphor
crystals by a floating zone technique"、
Journal of Crystal Growth、1998、第183巻、
第361〜365頁
乙第18号証:特許第3268431号特許公報

4.甲号各証及び乙号各証に記載された事項

甲第1号証には、「長残光燐光体SrAl2O4:Eu2+,Dy3+へのB2O3添加の役割を調べた。SEMの結果によれば、B2O3は粒成長を促進するための単なる不活性の高温融剤(フラックス)ではない。」こと(第221頁Abstract欄)が記載され、「図9.(a)・・・(b)10分間の長波長紫外線照射後の、SAEDB0及びSA6EDBxとSAEDB0.05との減衰時間の比較。」(第229頁左欄)が示され、その説明として「図9(b)から、SAEDB0からの相対的な燐光性はとても弱いことがわかり、第一の減衰部に相当する単一の指数関数的減衰曲線にフィットする。・・・ホウ酸化物が欠如していると持続時間がとても短くなる。また、Dy3+のみでは長残光燐光性を生み出すことはできないと結論できる。」(第229頁左欄下から5行〜右欄表3の下7行)と記載され、さらに「Eu2+とDy3+で共賦活されたストロンチウムアルミネートの燐光特性は、B2O3の存在に極めて強く依存する。SAEDB0の場合(すなわちB2O3が存在しない場合)、化合物はSrAl2O4:Eu2+,Dy3+の純粋な結晶相であるにもかかわらず、長残光性を全く示さない。しかし、SAEDB0.05の場合、状況は異なってくる。その化合物は長残光燐光性を示す。」(第230頁の右欄Discussion欄)と記載されている。
甲第2号証には、「ストロンチウムアルミン酸塩を添加したEu(II)+Dy(III)の長時間の燐光性を理解する上でのB2O3の役割が研究された。IRと固体状態の27Al MAS NMRスペクトルは、SrAl2O4とSr4Al14O25のAlO4下部構造におけるBO4としてのホウ素の結合を示す。」こと(第331頁Abstract欄)が記載され、「図5.SAEDBx及びS4A7EDBxにおいてB2O3が添加された組成と添加されない組成における残光時間の比較。」(第338頁)が示され、「燐光体の残光時間は初期材料の構成によって劇的に変化する(表2)。・・・したがって、Dy3+またはEu2+のみでは長残光を与えないと結論できる。Dy3++Eu2+とホウ酸(AlO4に代わるBO4)の両方の存在が長残光の実現のために必要である。」(第338頁図5の下3〜11行)と記載されている。
甲第3号証には、「新しいゾル・ゲル方法により合成された長残光燐光体SrAl2O4:Eu2+,Dy3+(SAED)へのホウ素添加による微細構造と残光特性が体系的に調べられた。ホウ素を添加したSAED(BSAED)相は、ボロンを添加しないものと商用の燐光体に比べ発光輝度と残光時間が飛躍的に改善されることが観察された。」(第644頁上段)ことが記載され、「我々は青緑燐光性で長残光特性を持ったSrAl2O4:Eu,Dy蛍光体の形成へと導く効果的なゾル・ゲル法を行った。我々は、SrAl2O4:Eu,Dyの合成反応へのホウ素またはホウ酸の添加がフラックスとして作用するだけでなく、燐光性強度を高め、残光時間を長くすることを発見した。」(第650頁IV.CONCLUSIONS欄)と記載されている。
甲第4号証には、「Eu2+,Dy3+で共ドープされたSrAl2O4燐光体の残光特性におけるB2O3の影響」(第705頁上段)について記載され、「図2.様々なB2O3含有量SAEDPから発せられる燐光の残光特性。」が示されている。
甲第5号証には、被請求人製品である「G-300M」のホウ素含有量をICP発光分析により試験したところ、ホウ素が含まれていた、という分析試験成績が記載されている。
甲第6号証には、山東倫博発光材料股#有限公司により行われた「ホウ素なしサンプル」と「ホウ素ありLG-401」の製造工程が記載され、甲第7号証には、「ホウ素なしLG-401」にはホウ素が検出されない、という分析試験成績が記載され、甲第8号証には、「LG-401」と「ホウ素なしサンプル」の発光輝度の測定データが記載され、甲第9号証は2種類の蛍光板の写真であり、甲第10号証には、「ホウ素なしLG401」と「LG401」の輝度測定の測定データが記載されている。
甲第11号証には、「未完成発明」について説明されている。
甲第12号証には、「山東倫博発光材料股#有限公司により製造された希土活性アルカリ土類アルミン珪酸塩蛍光顔料は、化学式がMO・aAl2O3・bSiO2・cL:fXで、高温固相反応により化合される。目新しく、長い時間効果を有し、環境にやさしい素材である。」(I.Intruduction欄)と記載されている。
甲第13号証は、平成7年5月31日付けの本件特許の審査における手続補正書であり、甲第14号証は、平成7年10月17日付けの本件特許の審査における拒絶理由通知書である。
甲第15号証には、2価のユーロピウムで付活されたバリウム・アルミネートに酸化ガドリニウムを固溶させてなる蛍光体が記載され、高演色形蛍光ランプの効率改善を課題とする旨、記載されている。
甲第16号証には、2価のユーロピウムで付活されたストロンチウム・アルミネートに酸化ガドリニウムを固溶させてなる蛍光体が記載され、高演色形蛍光ランプの効率改善を課題とする旨、記載されている。
甲第17号証には、2価のユーロピウムで付活された特定の組成を有するバリウムマグネシウムアルミネート螢光体が記載され、紫外線励起に対して高効率の青色発光を示す螢光体である旨、記載されている。
甲第18号証には、二価のユーロピウムで付活されたアルカリ土類金属アルミン酸塩螢光体のアルミニウムの一部をホウ素、ガリウム、イットリウムおよびランタンの群から選ばれる少なくとも一種の元素で置換し、特定の組成を有する螢光体が記載され、螢光ランプへの適用に適する旨、記載されている。
甲第19号証には、特定の組成を有するユウロピウム賦活バリウムマグネシウムアルミン酸塩青色発光蛍光体が記載され、蛍光ランプ用青色発光蛍光体である旨、記載されている。
甲第20号証は、平成7年12月25日付けの本件特許の審査における手続補正書であり、甲第21号証は、平成7年12月25日付けの本件特許の審査における意見書である。
甲第22号証には、「ランタノイド収縮」について説明され、甲第23号証には、EuとDyのイオン半径が記載されている。
甲第24号証には、新潟大学工学部化学システム工学科教授佐藤峰夫氏の研究課題・業績等について記載されている。
甲第25号証には、ホウ素の分析方法について記載されている。
甲第26号証は、株式会社東レリサーチセンターが顔料中のB分析について作成した見積書であり、「Bの検出限界2.5ppm程度(前処理検討も含め、分析試料を数十g程度ご支給ください。)」という記載がされている。
甲第27号証には、X線増感紙及び燐光体組成物について記載され、「これらの研究を示す目的は、ジスプロシウムが残光を減少するための満足できる添加物とは見られなかったことを示すことである。」(21頁左下欄)、「ジスプロシウムは、置換ルミネセンスの強度を減少させるにもかかわらず、残光を3〜5倍増加した。」(21頁右下欄)という記載がされている。

乙第1号証には、螢光体についての説明がなされており、乙第2号証には蛍光体の発光のしくみが記載され、乙第3号証には、蛍光体に関することばが説明され、残光、熱ルミネセンス、融剤等について記載され、乙第4号証には固体について、乙第5号証には固相反応について、それぞれ説明されている。
乙第6号証には、SrAl2O4:Eu2+,Dy3+蓄光体の残光特性とフラックスとの関係について記載されている。
乙第7号証には、根本特殊化学株式会社が販売している「G-300M(ロット番号DM-092)」と「N夜光 SG-1000R(ロット番号1450SLGSO-1)」について、ホウ素含有量の定量結果と母結晶の同定結果が記載されている。
乙第8号証には、ホウ酸を使用せずに高温(1450℃)で焼成、合成したSrAl2O4:Eu,Dy蓄光性蛍光体「N夜光 SG-1000R(ロット番号1450SLGSO-1)」についての粒度分布測定、残光輝度測定、励起スペクトル及び発光スペクトルの測定結果が記載されている。
乙第9号証には、「N夜光/LumiNova”○R”SG-1000R LotNo.SLM-010」のホウ素の定量したところ、検出されなかったことが記載されている。
乙第10号証には、「SG-1000R、ロットNo.SLM-010」と「G-300M、ロットNo.DM-092」の輝度の測定結果が記載されている。
乙第11号証には、「N夜光 SG-1000R、ロット番号.SLM-010」について、財団法人日本食品分析センターにICP発光分析法によるホウ素の定量を依頼したこと、「N夜光 SG-1000R、ロット番号.SLM-010」と「N夜光 G-300M、ロットNo.DM-092」について東京都立産業技術研究所に残光輝度の測定を依頼したことが記載されている。
乙第12号証には、「N夜光/LumiNova”○R” SG-1000R」をホウ素の混入なしで製造し、酸洗なしで小分けされ梱包されたことが記載されている。
乙第13号証には、「N夜光/LumiNova”○R”SG-1000R(Lot No.SLM-014)」からはホウ素が検出されなかったことが記載されている。
乙第14号証には、「N夜光/LumiNova”○R”SG-1000R(Lot No.SLM-014)」の残光輝度測定の結果が記載されている。
乙第15号証には、「N夜光/LumiNova”○R” SG-1000R」を点検し、財団法人日本食品分析センターに届けICP発光分析法によるホウ素の定量を依頼したこと、東京都立産業技術研究所に届け残光輝度の測定を依頼したことが記載されている。
乙第16号証には、Eu、Dy共ドープしたSrO-Al2O3とEu2+単独ドープしたSrO-Al2O3との残光時間を比較した結果が記載されている。
乙第17号証には、SrAl2O4:Eu,Dyの単結晶について記載されている。
乙第18号証には、残光特性を有するアルミン酸塩系蛍光体の製造方法について記載されている。

5.当審の判断

(1)無効理由1について

(1-1)本件発明1

(a)請求人は、甲第1〜4号証の記載を根拠にして、「長時間・高輝度の残光特性を有するためには、SrAl2O4:Eu2+,Dy3+蛍光体の結晶内部にホウ素が存在することは必要不可欠である」と主張し、被請求人は、蛍光体についての一般的説明がなされている乙第1〜5号証の記載と、本件出願後に刊行された論文ではあるが蛍光体とフラックスとの関係を述べた論文である乙第6号証の記載を根拠にして、「ホウ素は単にフラックスにすぎない」と答弁している。
(a-1)そこで本件特許明細書におけるホウ素に関する記載をみると、「またこれらの蓄光性蛍光体の合成に際しては、フラックスとしてたとえば硼酸を 1〜10重量%の範囲で添加することができる。ここで添加量が、 1重量%以下であるとフラックス効果がなくなるし、10重量%を越えると固化し、その後の粉砕、分級作業が困難となる。」(特許明細書段落【0018】)、「[SrAl2 O4 :Eu蛍光体の合成とその特性]試料1-(1)試薬特級の炭酸ストロンチウム146.1 g(0.99モル)およびアルミナ102 g(1モル)に賦活剤としてユウロピウムを酸化ユウロピウム(Eu2 O3)で 1.76g(0.005 モル)添加し、更にフラックスとしてたとえば硼酸を 5g(0.08モル)添加し、ボールミルを用いて充分に混合した後、この試料を電気炉を用いて窒素-水素混合ガス(97:3)気流中(流量:0.1 リットル毎分)で、1300℃、1時間焼成した。」(同段落【0019】)、「実施例1.SrAl2 O4 :Eu、Dy蛍光体の合成とその特性 試料2-(1)試薬特級の炭酸ストロンチウム144.6 g(0.98モル)およびアルミナ102 g(1モル)に賦活剤としてユウロピウムを酸化ユウロピウム(Eu2 O3 )で1.76g(0 .005モル)を更に共賦活剤としてジスプロシウムを酸化ジスプロシウム(Dy2O3)で1.87g(0.005 モル)添加し、更にフラックスとしてたとえば硼酸を 5g(0.08モル)添加し、ボールミルを用いて充分に混合した後、この試料を電気炉を用いて窒素-水素混合ガス(97:3)気流中(流量:0.1リットル毎分)で、1300℃、1時間焼成した。」(同段落【0030】)とされ、他の実施例においても「前述と同様の方法で」、「既述の方法で」と記載されている。
そうすると、本件特許明細書の記載からは、硼酸として添加されるホウ素はその記載どおりフラックスとして用いられているものと解され、特許明細書に記載された上記「 1重量%以下であるとフラックス効果がなくなるし、10重量%を越えると固化し、その後の粉砕、分級作業が困難となる。」という説明も、答弁書第17頁2〜5行に記載される「1)固相反応における原料物質同士の接触の機会を増加する。2)反応温度を引き下げ、反応を促進する。3)母結晶の結晶性を良くし、粒子の成長を促進する。4)賦活剤、共賦活剤の母結晶中への拡散を促進する。」旨のフラックスに関する一般的説明と矛盾するものではない。すなわち、ホウ素をフラックスとして添加することにより、より温和な引き下げられた反応温度において、賦活剤や共賦活剤がよりよく母結晶中に拡散され、結晶性も良好な、望まれる性状を有する蛍光体が得やすくなるのであり、本件発明1もそれに従った、と解するのが自然である。
(a-2)請求人は、ホウ素がSAED蛍光体の優れたフラックスであると記載された乙第6号証と、ホウ素は結晶内部にあるとする甲第1〜4号証との観点の相違について、口頭審理陳述要領書第4頁16〜22行において「乙第6号証は1998年に公表され、一方、甲第1号証は2003年に、甲第2号証は2004年に、甲第3号証は2001年に、甲第4号証は1999年に公表されているから、乙第6号証は甲第1〜4号証が公表される前に公表されたことになる。すなわち、乙第6号証は、甲第1〜4号証によってホウ素がSAEDの長時間蛍光機能に必要である、という知見が得られる前に公表された論文であり、ホウ素が蛍光特性に影響を与えることを全く前提に含めずにホウ素のフラックスとしての役割にのみ注目した論文であるに過ぎない。」旨、述べている。
これに対して被請求人は、「甲第1〜2号証において、SAEDの結晶内部にホウ素が存在することが必要不可欠であるというのは誤りであるか単に仮説であり、甲第3〜4号証は推論の開示に留まるものである」旨(答弁書第18頁下から4行〜第25頁17行)、述べ、さらに具体的には、「甲第1〜2号証の実験は、原料の配合比率に誤りを犯したこと、ホウ素をフラックスとして使用しない場合も、使用した場合と同様に焼成温度を1200〜1300℃と低い温度で行ったこと、により、母結晶であるSrAl2O4にEu、Dyが十分にドープされなかったものである」旨(口頭審理陳述要領書第8頁7〜14行)、答弁し、一方、請求人は、第1回口頭審理において、原料比率を本件発明1と同様にして実験した結果を提出する用意がある旨、述べている。
(a-3)ところで、発明が完成されているかあるいは未完成部分を包含しているかを判断するのは、現時点での技術常識によるものではなく発明の出願時の技術常識によるものであるから、本件特許出願時において、ホウ素をどのように考えるのが技術常識であったかをみるに、提出されたいずれの甲号証にも、本件特許出願時において、「SAED蛍光体の結晶内部にホウ素が存在することは必要不可欠である」ことを示すものはない。一方、本件特許出願前に公表された乙第3号証には「アルミン酸塩蛍光体において、適量のフラックスを用いること、フラックスとしては酸化ほう素系の化合物が有効であること」(第227頁右欄下から4行〜第228頁左欄下から6行)が記載されているのであるから、本件特許出願時においては、「アルミン酸塩蛍光体を製造する際にはホウ素をフラックスとして用いること」が、技術常識であったものと解される。
(a-4)そうしてみると、甲第1〜4号証の記載内容が正しいものであるか否かにかかわらず、本件特許出願後に公表されたこれらの甲号証の内容を根拠に、本件発明1の完成・未完成を論じることはできない。
(a-5)以上のとおり、本件特許明細書にはホウ素をフラックスとして用いることが記載され、これは特許明細書全体の記載を検討しても何ら矛盾するものではなく、しかも、本件特許出願時において、ホウ素をフラックスとして用いることは技術常識であったと認められるから、甲第1〜4号証に記載された内容を根拠にして、本件発明1が未完成である、とすることはできない。

(b)請求人は甲第5号証により、被請求人の製品であるG-300Mにもホウ素が含まれている旨、述べている。
被請求人の製品であるG-300Mがホウ素を含有していることは被請求人も認めるところである(乙第7号証)が、ホウ素を含有するSAED蛍光体は、本件発明1であるホウ素を必須成分としないSAED蛍光体とは異なるものであるから、甲第5号証を根拠にして、本件発明1を未完成であるとすることはできない。

(c)請求人は甲第6〜10号証により、請求人が中国から輸入販売しているLG-401のホウ素を導入しない以外は同組成試料(ホウ素なしLG-401)を作成し(甲第6号証)、ホウ素が検出されないことを確認し(甲第7号証)、それぞれの残光輝度を測定したところ(甲第8〜10号証)、ホウ素なしLG-401はJIS規格を満たしていないから(審判請求書第10頁の表1)、高輝度、長残光の蓄光性材料を得るためにはホウ素が重要であることがわかり、したがって、ホウ素を必要不可欠として特許請求の範囲に記載してない以上、本件発明1は未完成である、と主張する。
確かに請求人の製造したホウ素なしLG-401の残光輝度は甲第7〜10号証をみる限りJIS規格を満たしておらず、したがって、本件特許明細書で述べている効果を奏していないといえる。
ところで、本件発明1を未完成とするには、本件特許請求の範囲の請求項1に係る発明が、請求項に記載された構成要件からでは本件発明の課題を解決することが明らかに不可能である、すなわち、具体的には、「ホウ素を含有しないSAED蛍光体は、長時間、高輝度の残光特性を有することはできない」といわねばならない。
(c-1)そこで、被請求人が口頭審理陳述要領書に添付して提出した、公正証書として作成された乙第12号証及び乙第15号証、その分析試験成績書である乙第13号証、その残光輝度測定成績書である乙第14号証を詳細に検討する。
乙第12号証には、「蓄光性蛍光体 N夜光/LumiNova”○R” SG-1000R」の製造に際し、1)原料として、未開封の新品であり添付された別添資料1〜4によりホウ素が混入されていないことの確認された、炭酸ストロンチウム、アルミナ、酸化ユウロピウム及び酸化ジスプロシウムの所定量を秤取り、2)ボールミルを用いて充分に混合した後、3)これを新品のアルミナるつぼに充填し、電気炉を用いて窒素および水素の混合ガス下で、1450℃、24時間焼成し、4)電気炉から取り出し冷却し、焼成品を篩い分けし、梱包し、5)アルミパック5個と粉末セル1個としたことが記載されており、この実験作業中、ホウ素が添加されたり原料のすり替えなどが無く、焼成品の塊及び粉末に対する酸洗浄等の処理がなされていないことを、公証人が確認したものである。
また、乙第15号証には、乙第12号証により製造され梱包された「N夜光/LumiNova”○R” SG-1000R」の、1個のアルミパックを財団法人日本食品分析センターに提出し、粉末セルを東京都立産業技術研究所に提出したことが記載されており、一連の作業中、粉末のすり替えなどの不正行為がないことを、公証人が確認したものである。
乙第13号証には、このようにして、財団法人日本食品分析センターに提出された「N夜光/LumiNova”○R” SG-1000R」のホウ素を同センターにおいて分析試験したところ、ICP発光分析法を用い、検出限界0.01%で、ホウ素を検出しなかったことが記載されている。
乙第14号証には、このようにして、東京都立産業技術研究所に提出された「N夜光/LumiNova”○R”」の残光輝度を同研究所においてJIS Z 9107に基づき測定したところ、励起後の経過時間が5分、10分、20分、60分であるときに、輝度(mcd/m2)がそれぞれ614、349、180、57.0であったことが記載されている。
(c-2)乙第12号証において行われた実験は、本件の実施例1において用いられたのと同じ原料、すなわち、炭酸ストロンチウム、アルミナ、酸化ユウロピウム及び酸化ジスプロシウムを所定量用い、フラックスを用いず、実施例1におけるのよりも高温で長時間焼成したものであるところ、この実験により得られた蛍光体は、乙第13〜15号証によれば、ホウ素は検出されず、しかも十分な残光輝度を有するものである。
なお、この実験で得られた蓄光性蛍光体は、原料を所定量用いると記載されているのみで、実際に用いた原料の重量は記載されていないから、本件発明1で特定する範囲のユウロピウムとジスプロシウムの量を有する蓄光性蛍光体である、と断定することはできないが、「ユウロピウム、ジスプロシウムで賦活されたアルミン酸塩ストロンチウムである蓄光性蛍光体、すなわちSAED蛍光体」が得られているのであるから、ユウロピウムとジスプロシウムの量も、常識的には、賦活剤として機能する有効量、例えば本件請求項1に記載されるような「金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下」であるか、この範囲と極めて近い範囲であると考えられる。
このように、乙第12〜15号証から、本件発明1と同じかあるいはこれと極めて近い組成を有しホウ素を含有しないSAED蛍光体がJIS規格を満たす残光輝度を有することは明らかであるから、本件発明1は、請求項1に記載された構成要件を有することで、特許明細書の段落【0097】に記載されているように、十分に長時間、高輝度の残光特性を有するものである。
(c-3)そうしてみると、ホウ素を含有しないSAED蛍光体の中に十分な残光特性を有しないものがあったとしても、十分な残光特性を有する蛍光体が現実に得られているのであるから、甲第6〜10号証によっても、本件発明1が未完成であるとすることはできない。

(d)以上のとおり、請求人の提出した証拠及び主張からでは、本件発明1を未完成であるとすることはできない。

(1-2)本件発明2

本件発明2は、SrAl2 O4 を母結晶とし、賦活剤としてユウロピウムを共賦活剤としてジスプロシウムを添加した蓄光性蛍光体に関するものであって、該発明については、まさに上記(1-1)で論じたとおりであるから、(1-1)で判断したのと同様に、請求人の提出した証拠及び主張からでは、本件発明2を未完成であるとすることはできない。

(1-3)本件発明3〜13

本件発明3〜13の蛍光体組成については、請求人は何ら具体的証拠を示していないから、請求人の単なる主張からでは、本件発明3〜13を未完成であるとすることはできない。

(1-4)無効理由1のまとめ

請求人の提出した他の甲号証を考慮しても、上記(1-1)〜(1-3)の判断に変わりはないから、本件発明1〜13の特許は、特許法第29条第1項柱書の規定に違反してされたものではない。

(2)無効理由2について

請求人は、甲第6号証によればホウ素なしLG-401は長残光性を示さず、甲第1〜4号証によればホウ素を含有しないものは長残光性を示さないところ、甲第12号証からすると甲第6号証において蛍光体を製造した者は当業者と認められ、また、甲第1〜4号証の著者も論文内容からみて当業者と認められるのであるから、ホウ素を含有しない本件発明は、本件の発明の詳細な説明には、当業者がその実施をすることができる程度に記載されていない旨、主張している。
しかしながら、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、多くの実施例で確認できるように、硼酸をフラックスとして用いたものではあるが、長時間、高輝度の残光特性を有するものが記載されている。そして、フラックスが、上記(1)(1-1)(a)(a-1)に示したように、一般的に「1)固相反応における原料物質同士の接触の機会を増加する。2)反応温度を引き下げ、反応を促進する。3)母結晶の結晶性を良くし、粒子の成長を促進する。4)賦活剤、共賦活剤の母結晶中への拡散を促進する。」という性質を有するものであることは当業者によく知られるところであるから、特許明細書にフラックスを用いて製造された例があれば、何らかの理由でフラックスを用いずに同様の蛍光体を製造しようとすれば、フラックスの上記1)〜4)の性質を考慮しつつ、より高温において製造すればよい、ということは当業者に自明であると認められる。
そして、事実、乙第12〜15号証においては、本件特許明細書に具体的に記載された1300℃よりも高い温度、すなわち1450℃で焼成することにより、ホウ素を含有しないSAED蛍光体を得ているのである。
そうしてみると、ホウ素を用いずに製造した蛍光体は具体的には本件特許明細書に記載されていないが、特許明細書に具体的に記載された事項である「ホウ素をフラックスとして用いて蛍光体を製造したこと」、及び当業者に周知の事項である「フラックスを用いない場合はより高温で製造する必要があること」、を考慮すれば、ホウ素を用いずにより高温で反応させて所望の蛍光体を得ることは、本件特許明細書に記載されているに等しいか、または十分に示唆されているものと認められる。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に記載されているものと認められ、本件発明1〜13の特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。

(3)無効理由3について

請求人は、本件の審査段階における、拒絶理由通知である甲第14号証、被請求人の提出した手続補正書である甲第13、20号証、同意見書である甲第21号証を勘案すれば、あるいはさらに甲第22号証、甲第27号証の記載を考慮すれば、本件発明1〜13は甲第15〜19号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、と主張している。
甲第15〜19号証に記載されているのは、いずれもユーロピウムで賦活されたアルミン酸塩蛍光体に関するものではあるものの、すべて蛍光ランプに適する蛍光体であって、長時間の残光特性の改良を課題とするものではなく、事実、これらの甲号証には残光特性に関する記載はなされていない。
そうしてみると、甲第15〜19号証に記載された事項から、長時間の残光特性を得る、という技術思想は導けないのであるから、これらの甲号証に記載された発明に基づいて、その共賦活剤を変更したり、あるいは、蛍光体の組成自体を変更したりすることにより、長時間の残光特性を有する蛍光体を得ることが当業者にとって容易であるとすることはできず、本件発明1〜13は、これらの甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。さらに甲第13、14、20〜22、27号証の記載を合わせ考慮しても、この判断に変わりはない。
なお、甲第19号証は公開日が平成6年9月6日であるから、本件出願前に頒布された刊行物ではない。
よって、本件発明1〜13の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

(4)結論

したがって、上記無効理由1〜3はいずれも理由がなく、本件発明1〜13の特許は、特許法第123条第1項第2号及び第4号に該当しない。

6.むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明1〜13の特許を無効とすることができない。
審判に関する費用は、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-03-01 
結審通知日 2006-03-07 
審決日 2006-03-22 
出願番号 特願平6-4984
審決分類 P 1 113・ 1- Y (C09K)
P 1 113・ 121- Y (C09K)
P 1 113・ 531- Y (C09K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山本 昌広  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 井上 彌一
天野 宏樹
登録日 1996-07-25 
登録番号 特許第2543825号(P2543825)
発明の名称 蓄光性蛍光体  
代理人 戸谷 由布子  
代理人 飯田 秀郷  
代理人 工藤 一郎  
代理人 黒田 博道  
代理人 早稲本 和徳  

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