• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1138707
審判番号 不服2001-20579  
総通号数 80 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1993-10-14 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2001-11-16 
確定日 2006-06-21 
事件の表示 平成 3年特許願第508033号「細胞増殖性疾患に対する遺伝子療法」拒絶査定不服審判事件〔平成 3年10月17日国際公開、WO91/15580、平成 5年10月14日国内公表、特表平 5-507067〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.本願の経緯及び本件発明
本願は、平成2年4月10日(パリ条約による優先権主張、1990年4月10日、米国)を国際出願日とする特許出願であって、その請求項1乃至13に係る発明は、平成12年12月27日付手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1乃至13の記載により特定されている。そのうちの請求項1、2及び7に係る発明は以下の通りである(以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
【請求項1】コードされたペプチドの表現を指示する抑制的成長調節遺伝子を含む良性の病理的細胞増殖性疾患治療用薬剤組成物。
【請求項2】抑制的成長調節遺伝子をコード表現するDNAが遺伝子組換え発現ベクターである請求項1記載の薬剤組成物。
【請求項7】抑制的成長調節遺伝子が、網膜芽腫遺伝子、p53遺伝子、p85遺伝子、p107遺伝子、p130遺伝子、DDC遺伝子及びNF-1遺伝子によって構成されるグループから選択されるものである請求項2記載の薬剤組成物。

第2.原査定の理由
上記各請求項に対する原査定の拒絶の理由は、
(1)本願請求項1〜8,10〜13に係る発明は、下記の引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(2)「網膜芽腫遺伝子」以外の「抑制的成長調節遺伝子」を用いて本願請求項1〜7、9〜13に記載された発明を実施するために、当業者といえども相当な試行錯誤を要したものと認められるので、本願は明細書の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
というものである。

引用例1:Science,1990,Vol.247,P.712-715

そこで、以下上記理由(1)及び(2)の妥当性について検討する。

第3.特許法第29条第2項違反について:理由(1)
1.引用例1の記載
原査定の拒絶の理由に引用された引用例1には、以下のことが記載されている。
(イ)「ヒト前立腺ガン細胞株であるDU145において、リン酸化網膜芽腫遺伝子(以下「Rb遺伝子」とする。)の蛋白質は正常な型のリン酸化Rb蛋白質と比較して先まで泳動した。同様に抗血清による免疫検定によってもDU145において変異Rb蛋白質が検出された。」(第712頁右欄第16〜22行)
(ロ)「DU145のRb遺伝子のエクソン21からのmRNAに105塩基の欠失が存在した。」(第713頁左欄第16〜20行)
(ハ)「ヒト前立腺ガン細胞株DU145に、レトロウイルスベクターを用いてRb遺伝子を導入したものと導入しないものをそれぞれヌードマウスの右腹及び左腹に移植したところ、Rb遺伝子を導入した細胞を移植した右腹の方が腫瘍の大きさが常に小さかった。」(第714頁左欄第40〜44行)
(ニ)「右腹の腫瘍は外来性Rb遺伝子を発現しないDU145により形成された。外来性Rb遺伝子をもつ細胞は腫瘍を形成しなかった。右腹の小さい腫瘍はごく少量混じっていたRb遺伝子をもたない細胞が増殖したものである。」(第714頁右欄第3〜10行)
(ホ)「Rb遺伝子の不活性化は通常のガンの発生に重要な役割をもっており、腫瘍細胞において正常Rb遺伝子がコードする蛋白質を復元することは臨床的な有用性を有している。」(第714頁右欄欄第20〜30行)

2.対比
記載(イ)及び(ロ)からみて、引用例1で用いられたヒト前立腺ガン細胞株DU125は、Rb遺伝子の一部が欠失することでRbタンパク質が変異しているヒトガン細胞株であるといえるから、本件発明における「病理的細胞増殖性疾患の増殖細胞」に相当し、記載(ハ)及び記載(ニ)によれば、当該「増殖細胞」にRb遺伝子を導入したことで、その細胞増殖が抑制されたものと解される。
そして、記載(ホ)では、これら実験結果に基づいて、Rb遺伝子が不活性化されることが通常のガンの発生に重要な役割を有すること、即ちRb遺伝子が一般的なガン抑制遺伝子であることを推論すると共に、正常なRb遺伝子の導入によるRb蛋白質の復元を「臨床的」に応用すること、即ちRb遺伝子を「病理的細胞増殖性疾患」に対する「治療用薬剤組成物」として用いることの可能性を強く示唆している。
一方、請求項1を引用する請求項12の薬剤組成物が、「内在抑制的成長調節遺伝子が非活性であるか、又は存在しない、若しくは、抑制的成長調節遺伝子の表現、又はその抑制的成長調節遺伝子生成物を阻害される細胞増殖性疾患の増殖細胞の成長を阻害するものである」ことが記載されているから、請求項1の薬剤組成物としては「内在抑制的成長調節遺伝子が非活性であるか、又は存在しない」ことで「病理的細胞増殖性疾患」となった場合の「治療用薬剤組成物」が包含されている。また、請求項12を引用する請求項13には「増殖細胞が変異した内在抑制的成長調節遺伝子を持つ細胞増殖性疾患を治療するものである」ことが記載されているので、請求項12の「内在抑制的成長調節遺伝子が非活性であるか、又は存在しない」場合として、「内在抑制的成長調節遺伝子が変異した場合」を包含するから、請求項1の薬剤組成物としては、「変異した内在抑制的成長調節遺伝子」を有することで「良性の病理的細胞増殖性疾患」となった場合の治療用薬剤組成物が包含されるものと解される。
また、本件発明の「コードされたペプチドの表現を指示する抑制的成長調節遺伝子」として「Rb遺伝子」を用いる場合が含まれることは、請求項1を間接的に引用する請求項7で、抑制的成長調節遺伝子の1例としてRb遺伝子が挙げられていることからも明らかであるから、結局、本件発明には、Rb遺伝子を用いた、内在性のRb遺伝子が変異することによって引き起こされた良性の病理的細胞増殖性疾患を治療するための薬剤組成物が包含されることになる。
そうしてみると、本件発明と引用例1に記載された発明とは、「コードされたペプチドの表現を指示する抑制的成長調節遺伝子」を用いて、病理的細胞増殖性疾患における増殖細胞の増殖を抑制する点で一致するが、
(1)前者では、抑制的成長調節遺伝子を用いる対象の病理的細胞増殖性疾患が、特に「良性」のものに限定されているのに対し、後者では、そのような限定はなく、むしろ「悪性」の病理的細胞増殖性疾患を対象としている点。
(2)前者が「治療用薬剤組成物」に係る発明であるのに対し、後者には「治療用薬剤組成物」自体の記載はなく、単に「治療用薬剤組成物」として用いることができる可能性が強く示唆されているにすぎない点。
において相違する。

3.判断
(3-1)相違点(1)について
ところで、本件発明では、「病理的細胞増殖性疾患」として、特に「良性」の場合のみに限定されているが、本件明細書には、病理的細胞増殖性疾患において、「良性」の状態で留まる場合と「悪性」の状態に至る場合との「抑制的成長調節遺伝子」に関連する機構的説明も、「抑制的成長遺伝子」を「治療用薬剤組成物」として病理的細胞増殖性疾患の増殖細胞に対して用いた場合に、当該病理的細胞増殖性疾患が「良性」であるか「悪性」であるかによってどのような治療上の差異が見られるのかについての説明もない。
また、本件明細書中には、唯一実施例のあるRb遺伝子についても、内在性Rb遺伝子の不活性化程度と病理的細胞増殖性疾患の「悪性度」との相関関係に関する記載はなく、両者の関連性は不明であるから、内在性Rb遺伝子が変異したことで引き起こされる病理的細胞増殖性疾患が必ず「悪性」となるとはいえない。
そして、病理的細胞増殖性疾患を治療するに際し、「良性」の場合の方が「悪性」の場合よりも治療が困難であるとはいえず、むしろいずれも遺伝子自体の異常もしくはその発現機構の異常によると考えられている点では共通するから、「悪性」の場合の増殖細胞に対して「増殖抑制」という治療効果を発揮する薬剤組成物に対して、「良性」の場合の増殖細胞に対しても同様の「増殖抑制」効果を期待することは自然である。
そうしてみると、引用例1においてRb遺伝子を用いて病理的細胞増殖性疾患の増殖細胞であるガン細胞の増殖を抑制しようとする際に、「病理的細胞増殖性疾患」のうち「悪性」のものだけでなく「良性」のものに対しても適用しようとすることは、当業者が適宜行う程度の事柄であるというべきである。
そして、本件明細書中ではRb遺伝子を細胞内に導入して確認された効果はすべてイン・ビトロの細胞レベルでの実験である。内発性Rb蛋白質欠損ヒト水疱腫瘍細胞株TCCSUP(例3)、骨髄腫SaOS2細胞株(例4)が典型的な「良性」の「病理的細胞増殖性疾患」のモデルであるとはいえない以上、当該結果をもって特に「病理的細胞増殖疾患」のうちの「良性」な疾患に対する治療に用いられることを示したことにはならない。単に、これら腫瘍細胞株にRb遺伝子を導入することで、細胞増殖が抑制される(例4の場合は抑制されることがある)程度のことは、引用例1の記載から充分に予測される程度の事柄である。
なお、審判請求人は、審判請求書において、本件発明の作用効果に関し、本願はすでに細胞にあったRb遺伝子発現を越える量の導入されたRb遺伝子の過剰発現によって、過剰な量のRb蛋白質を含ませ、細胞の増殖を停止させるものであるのに対し、引用例1はRb遺伝子が不活性化したガン細胞にRb遺伝子を再導入することで正常な細胞成長コントロールを回復するものである点で相違することを主張している。
しかしながら、例2において用いられたヒト線維芽細胞株WS-1株は、正常細胞である点で、そもそも本件発明における「良性の病理的細胞増殖疾患」のモデルとならないことは明らかである。正常Rb遺伝子が発現している正常細胞の増殖を抑制したこと自体は引用例1からは予測できないとしても、「病理的細胞増殖疾患」のうち、正常Rb遺伝子を発現している場合に「良性」となる等の腫瘍の「悪性化メカニズム」との相関が不明である以上、この点は本件発明における効果とは無関係である。

(3-2)相違点(2)について
引用例1における記載(ハ)の実験例は、ヌードマウス腹部に移植したヒト前立腺ガン細胞株の腫瘍化を阻止できたことを示すものである。マウス自身の腫瘍細胞の増殖を抑制したわけではないから「治療用薬剤組成物」としての具体的記載とまでいえないとしても、記載(ホ)におけるRb遺伝子の臨床的な応用についての示唆も考え合わせれば、Rb遺伝子を用いた「病理的細胞増殖性疾患」のための「治療用薬剤組成物」についても充分教示する記載であるというべきである。
そもそも、本件実施例中の記載は全て細胞レベルのイン・ビトロ実験であることは上記(3-1)で指摘したとおりであり、具体的な「治療用薬剤組成物」の記載がない点は引用例1と変わるところはない。
そうしてみると、当該相違点(2)は実質的な相違点とはいえない。

4.まとめ:
以上述べたとおり、本件発明は引用例1の記載に基づいて当業者が容易に想到できる程度のものであり、他の請求項に係る発明も同様であるから、本件各請求項に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることはできない。

第4.特許法第36条違反について:理由(2)
本件請求項7では、「抑制的成長調節遺伝子」として、網膜芽腫遺伝子(Rb遺伝子)以外にp53遺伝子、p107遺伝子など多数の遺伝子を列挙しているが、これら多数の遺伝子のうち、本件明細書中で実施例として、実際に腫瘍細胞などに投与してその増殖抑制を確認した「抑制的成長調節遺伝子」は、Rb遺伝子のみである。
請求人は、審判請求書において、「網膜芽腫遺伝子と請求項7に記載された他の抑制的成長調節遺伝子とは「一つの細胞内に存在している場合、あるいは一つの細胞に提供されたときに細胞成長、あるいは増殖に貢献する遺伝子あるいは遺伝子コード表現領域」いう共通の性質を有するものであり、このことは、本願明細書第12頁第7行〜第13頁第11行に記載のとおりである。そして、本願発明の薬剤組成物において網膜芽腫遺伝子の代わりに他の抑制的成長調節遺伝子を使用できることが当業者にとって明らかなことは、例えば、明細書第24頁第6〜9行に記載のとおりである。さらに、これら抑制的成長調節遺伝子の生物学的に抑制効果を持つ投与量は、本願明細書の例3〜4並びに図3〜5で示された組織培養、あるいは腫瘍成長、細胞培養、他の当業者に知られている方法で、影響を評価することによって決めることができることは、本願明細書の第18頁第8〜13行に記載されている。」と主張している。
確かに、「抑制的成長調節遺伝子」として挙げられた各遺伝子は、細胞成長、あるいは増殖に貢献する遺伝子であるという共通の性質を有しており、投与方法等についても本願明細書に一般的記載はある。
しかしながら、「抑制的成長調節遺伝子」といってもこれら各遺伝子の作用機序がRb遺伝子と同一であるとはいえず、対象となる疾患や細胞においても増殖の異常をきたす要因は様々なものがあるから、実際に実施例において増殖抑制が認められたRb遺伝子における結果をもって、直ちに他の遺伝子を用いた場合でも同様の効果が奏せられることにはならない。また、形質転換の方法や投与量についても明細書には一般的記載があるのみであり、様々や抑制的成長調節遺伝子や疾患を対象とするこれらの条件を決定するには通常当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行なう必要がある。
そうであるから、請求項7に係る発明について、発明の詳細な説明は、当業者が容易に実施できる程度にその目的、構成、効果が記載されているものとは認められない。
ところで、請求項7は、請求項1を引用する請求項2をさらに引用して記載しているのであるから、請求項1における「抑制的成長調節遺伝子」にもRb遺伝子以外の多数の遺伝子が包含されていることになり、請求項1及び請求項1を引用する請求項2乃至6及び請求項9乃至13に係る発明についても、同様の不備がある。

第5.付記:
ところで、当審では平成17年9月22日付で請求人に対して、当合議体の上記判断と共に、「その他の特許法第36条上の記載不備について」として下記の点、すなわち、
請求項1に係る発明が「良性の病理的細胞増殖性疾患治療用薬剤組成物」に関するものであるといえるにもかかわらず、本件明細書の実施例としてRb遺伝子を用いて増殖細胞の増殖抑制作用を確認したのは、正常細胞に属するヒト線維芽細胞株WS-1株(例2)と共に、むしろ「悪性」の病理的細胞増殖性疾患モデルともいえる、内発性Rb蛋白質欠損ヒト水疱腫瘍細胞株TCCSUP(例3)及び骨髄腫SaOS2細胞株(例4)という実験のみ、すなわち「良性」の病理的細胞増殖性疾患モデルでもない細胞レベルの実験のみであるため、これらの結果から、直ちにRb遺伝子を「良性」の病理的細胞増殖性疾患の治療用に用いることができるといえない点、
を指摘した審尋を行ったが、請求人からはこれに対する何らの応答もない。

第6.むすび
以上述べたとおり、本願各請求項に係る発明は、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、また、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないので、本出願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおりに審決する。
 
審理終結日 2006-01-19 
結審通知日 2006-01-24 
審決日 2006-02-08 
出願番号 特願平3-508033
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
P 1 8・ 531- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 新見 浩一  
特許庁審判長 佐伯 裕子
特許庁審判官 鵜飼 健
鈴木 恵理子
発明の名称 細胞増殖性疾患に対する遺伝子療法  
代理人 佐田 守雄  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ