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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200580136 審決 特許
無効200135035 審決 特許
無効200135318 審決 特許
無効200480135 審決 特許
無効200680157 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) H01J
管理番号 1144081
審判番号 無効2003-35241  
総通号数 83 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1990-06-07 
種別 無効の審決 
審判請求日 2003-06-12 
確定日 2006-10-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第2829339号発明「高圧水銀蒸気放電ランプ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第2829339号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1.本件の経緯の概要
本件特許第2829339号についての手続きの経緯の概要は以下のとおりである。
平成元年4月20日 特許出願(パリ条約による優先権主張198 8年4月21日 独国)
平成10年9月25日 特許権の設定登録
平成10年11月25日 特許公報の発行
平成15年6月12日 無効審判請求
平成16年1月29日 答弁書の提出

第2.本件発明
本件の請求項1ないし3に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明3」という。)は、特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された、以下のとおりのものである。
「【請求項1】タングステン電極と、実質的に水銀、希ガスおよび動作状態における遊離ハロゲンより成る封入物とを有する、高温に耐えることのできる材料より成る容器を有する高圧水銀蒸気放電ランプにおいて、水銀の量は0.2mg/mm3より多く、水銀蒸気圧は200バールよりも高く、管壁負荷は1w/mm2より大きく、またハロゲンC1,BrまたはIの少なくとも1つが10-6と10-4μmol/mm3の間で存することを特徴とする高圧水銀蒸気放電ランプ。
【請求項2】水銀の量は0.2と0.35mg/mm3の間にあり、動作時の水銀蒸気圧は200と350バールの間にある請求項1記載の高圧水銀蒸気放電ランプ。
【請求項3】ランプは青放射線を阻止するフィルタで取囲まれた請求項1または2記載の高圧水銀蒸気放電ランプ。」

第3.請求人の請求の趣旨及び理由の概要
請求人(岩崎電気株式会社)は、「特許2829339号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の甲第1号証ないし甲第11号証を提示し、以下の理由により、本件の請求項1ないし3に係る特許は、無効にすべきものであると主張している。
無効理由1:
本件の明細書の記載は以下(ア)ないし(ウ)の点で特許法第36条の規定に違反しているから、同法第123条第1項第3号の規定により本特許は無効とされるべきである。
(ア)本特許請求項1に記載されている『水銀蒸気圧は200バールよりも高く、』という構成は、本特許明細書を参照しても不特定であり、本特許の発明の詳細な説明は、当業者が本特許発明を容易に実施できる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載していないから、特許法第36条第3項の規定に違反している。
(イ)本特許請求項1に記載されている『ハロゲンC1、BrまたはIの少なくとも1つが10-6と10-4μmol/mm3の間で存すること』という構成について、
(a)本特許の発明として「遊離ハロゲン」の量を意味するにも拘らず、本特許請求項1では単に『ハロゲン』と記載されているに過ぎないこと、及び、本特許の発明の詳細な説明では「遊離ハロゲン」の量についての説明がないだけでなく、実施例ではハロゲンの封入量の説明があることから、本特許の請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなく、また、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあるとは到底いえず、特許法第36条第4項第1号及び第2号の規定に適合しておらず、
(b)このハロゲン量の数値限定という構成は、本特許明細書を参照しても不特定であり、本特許の発明の詳細な説明は、当業者が本特許発明を容易に実施できる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載していないから、特許法第36条第3項の規定に違反している。
(ウ)本特許発明の目的の一つである『長い寿命も有する高圧水銀蒸気放電ランプ』を供するための要件について、
(a)本特許の対象となる発明ではランプ電力50w超では、この目的を達成することができないにもかかわらず、本特許請求項1にはランプ電力に関して何らの記載もなく、また、本特許の発明の詳細な説明にも、ランプ電力に関するなんらの記載がないだけでなく、「ランプ電力50w以下」との要件を示唆する事項が一切記載されていないことから、本特許の請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなく、また、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあるとは到底いえず、特許法第36条第4項第1号及び第2号の規定に適合しておらず、
(b)本特許の発明の詳細な説明は、当業者が本特許発明を容易に実施できる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載していないから、特許法第36条第3項の規定に違反している。
無効理由2:
本特許請求項1、2及び3に係る発明は、その出願前に頒布された刊行物である甲第1号証、甲第9号証、甲第10号証及び甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたのであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同法第123条第1項第1号の規定に該当し、本特許は無効とされるべきである。

甲第1号証:ダブリュ.エレンバースほか著、「高圧水銀蒸気放電」195 1年発行(W.Elenbaas,“THE HIGH PRESSURE MERCURY VAPOUR DISCHARGE”,1951,North-Holland Publishing Company)及び抄

甲第2号証:ジェイ.ジェイ.ロウクほか著、「水銀及びアルゴンの交流放 電の理論的解説」1975 年発行(J.J.Lowke,R.J.Zollweg,
and R.W.Liebermann,“Theoretical description of ac arcs
in mercury and argon”,Journal of Applied Physics,Vol.
46,No.2,February 1975)及び抄訳
甲第3号証:特公昭37-7094号公報
甲第4号証:イー.フイッシャー著、「プロジェクションTVシステム用超 高圧放電ランプ」1998年発行(E.Fischer,“ULTRA HIGH
PERFORMANCE DISCHARGE LAMPS FOR PROJECTION TV SYSTEMS”
The 8th International Symposium on the Science and Techn
ology of Light Sources(LS-8) 30.8-3.9,1998)及び抄訳
甲第5号証:フィリップス・インターナショナル・ビーヴイの2001年3 月23日付レター及び抄訳
甲第6号証:フィリップス・グループが、ドイツにおいて、申請人のランプ を搭載したプロジェクターを販売している会社に対する特許侵 害訴訟の訴状及び抄訳
甲第7号証:フィリップス・グループの2001年8月9日付レター及び抄 訳
甲第8号証:特許第3390047号公報
甲第9号証:米国特許第2,094,694号明細書及び抄訳
甲第10号証:特開昭53-139377号公報
甲第11号証:特許出願公開昭54-150871号公報

第4.被請求人の反論の概要
被請求人は、平成16年1月29日付答弁書において、概ね、以下のように反論している。
無効理由1に対して
(ア)の主張について
被請求人は、下記の乙第1号証及び乙第2号証を提出するとともに、本件特許の請求項1に記載の「水銀蒸気圧」に関して、本件特許明細書には、出願時の技術常識からみて、出願に係る発明が正確に理解でき、かつ再現(追試)できる程度に記載されている、すなわち、当業者は本件特許発明を容易に実施することができるので、本件特許の請求項1における「水銀蒸気圧は200バールよりも高く」との記載に関する請求人の主張は、妥当性を欠くものである。

乙第1号証:「高圧水銀蒸気ランプ-基礎と応用」第35頁(Elenbaas著、 1966年)
乙第2号証:「圧力、直径、および電流強度の関数としての高圧水銀放電の 勾配」第787〜792頁(Elenbaas著、Physica 2,1935 年)
(イ)の主張について
本件特許の請求項1における「ハロゲンCl,BrまたはIの少なくとも1つが10-6と10-4μmol/mm3の間で存すること」との記載における「ハロゲン」は、「水銀およびタングステン以外の金属とハロゲン化物を形成していないハロゲン」を意味することは当業者にとって明らかでああり、このことは本件特許明細書の記載に基づき当業者が正確に理解することができる。
また、本件特許の請求項1に記載の「ハロゲン」の量は、ランプに封入したハロゲンの量に基づいて当業者が容易に決定することができ、例えば、本件特許発明のランプにあっては、水銀およびタングステン以外の金属のハロゲン化物を含んでいないので、水銀およびタングステン以外の金属、すなわち不純物が極力存在しない清浄な条件下でハロゲンを封入し、その封入量を測定しておくことにより、「水銀およびタングステン以外の金属とハロゲン化物を形成していないハロゲンの量」を知ることができ、このような場合にあっては、ランプへのハロゲン封入量が実質的に本件特許請求項1の「ハロゲン」の量となる。
このように、本件特許の請求項1に記載の「ハロゲン」の量に関して、本件特許明細書には、出願時の技術常識からみて、出願に係る発明が正確に理解でき、かつ再現(追試)できる程度に記載されていると言え、当業者は本件特許発明を容易に実施することができるので、本件特許は、特許法36条第3項の規定をも満たすものである。

(ウ)の主張について
本件特許明細書の如何なる箇所にも、「ランプ電力が50w超では当該目的を達成することができない」との記載を見出すことはできない。
請求人は、「ランプ電力が50w超では当該目的を達成することができない」ことの根拠として、本件特許明細書の記載ではなく、特許第3390047号の特許明細書の記載を挙げているが、本件特許発明は、本件特許明細書に開示された内容に基づいて解されるべきことは言うまでもない。
本件特許発明の発明者にあっては、出願当時においてランプ電力を50w超とした場合に伴う技術的課題についての認識が無く、また本件特許発明はそのような技術的課題を解決する発明でもない以上、ランプ電力は本件特許発明の構成要素にはなり得ないものである。
よって、請求人の上記主張は具体的根拠を完全に欠いており、失当であると言わざるを得ない。

無効理由2に対して
本件発明は、水銀の量を0.2mg/mm3より多く、水銀蒸気圧を200バールよりも高く、管壁負荷を1w/mm2よりも大きく、またハロゲンCl,Brまたは1の少なくとも1つが10-6と10-4μmol/mm3の間で存するようにすることにより、高い輝度と十分な光出力だけでなく更に改良された演色性、さらには5000時間以上という驚異的に長い寿命をも実現することができるとの有利な効果が得られる(本件特許明細書第3欄19〜29行目および第4欄24〜31行目)のに対し、以下のとおり、甲第1号証及び甲第9ないし11号証の各証拠には、本件特許請求項1で特定する上記水銀量、上記水銀蒸気圧、上記管壁負荷、及び上記ハロゲン量を選択することについての開示または示唆は無く、また、それにより実現される上記有利な効果についての開示または示唆もない。
したがって、甲第1号証及び甲第9ないし11号証を組み合わせたとしても、上記開示または示唆が得られないことは明らかであり、よって、本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、甲第1号証および甲第9ないし11号証から当業者が容易になしえたものではない。
甲第1号証について
水銀蒸気圧35気圧、75気圧、160気圧、および300気圧における放射光スペクトル分布の開示がある。
しかしながら、ランプ中にハロゲンを含有させるとの如何なる記載も見当たらず、甲第1号証は、ランプ中にハロゲンCl,BrまたはIの少なくとも1つを10-6と10‐4μmol/mm3の間の量存在させることについて何ら開示または示唆するものではない。
また、甲第1号証は、ランプの管壁負荷を1w/mm2よりも大きくすることについても何ら開示または示唆していない。

甲第9号証について
連続スペクトルとして存在する赤色光の部分を有する光を放出する水銀蒸気ランプが開示されており(第1頁右欄24〜28行目)、その蒸気圧を約200気圧にしたことが記載されている(第11頁右欄31〜42行目)。
しかしながら、ランプ中にハロゲンを含有させるとの如何なる記載も見当たらず、ランプ中にハロゲンCl,Brまたは1の少なくとも1つを10‐6と10‐4μmol/mm3の間の量存在させることについて何ら開示または示唆するものではない。
また、ランプの管壁負荷をlw/mm2よりも大きくすることについても何ら開示または示唆していない。

甲第10号証について
電極を有する発光管内に所定量の水銀を封入してなる高圧水銀ランプが開示されており、実施例には、発光管内径D、発光長L、および封入水銀量MHgの数値が記載されており、これらの数値および水銀の原子量(200.59)を用いて、ランプ容積V=L×π×(D/2)2 、封入水銀濃度CHg=200.59×MHg/Vに基づき、封入水銀濃度CHgを概算すると、実施例1(イ)ないし(ハ)、実施例2、実施例3及び実施例4におけるランプの封入水銀濃度は、それぞれ「0.0033」「0.0022」「0.0040」「0.0019」「0.0019」「0.0019」であり、いすれも本件特許発明のランプにおける水銀濃度である「0.2mg/mm3」よりも桁違いに低く、また、このように桁違いに少ない水銀濃度は、甲第10号証のランプにおける水銀蒸気圧が、本件特許発明のランプにおける200バールを超える水銀蒸気圧よりも桁違いに低いものであることを十分に示唆するものである。
また、実施例に記載される封入ヨウ素量MIおよび先に算出したランプ容積Vを用いて、ランプ中のヨウ素濃度(10-4μmol/mm3)を算出すると、各実施例では「10.5」「2.5」「1.4」「1.6」「3.8」「3.8」となり、いずれも本件特許発明におけるハロゲン濃度の上限値である10-4μmol/mm3を超えている。
さらに、各実施例の管壁負荷(w/mm2)は、「0.093」、「0.152」、「0.28」であり、いずれも本件特許発明における管壁負荷の下限値である1w/mm2よりもかなり小さくなっている。
特に、甲第10号証に開示されるランプの紫外線出力維持率が1000時間点灯後に65〜79%程度にすぎないことを勘案すれば(実施例1〜4)、実質上一定の出力(△ζ<2%)と実質上不変の色座標(△x,△y<0.05)を5000時間以上にわたって維持できるという本件特許発明のランプの驚異的に長い寿命は、本件特許発明の進歩性を肯定するに十分な顕著な効果である。

甲第11号証について
内部に水銀と希ガスと臭素が封入された発光管を備えた高圧水銀放電灯が開示されており、発光管内に封入される臭素の封入量を、発光管内容積1cc当たり0.1×10-6〜6×10-6グラム原子との記載がある。
しかしながら、発光管内部に封入されたとされる水銀量は16.6mg/cc、すなわち0.0166mg/mm3とされており、これは、本件特許発明のランプにおける水銀濃度である0.2mg/mm3よりも桁違いに低く、また、このように桁違いに少ない水銀濃度は、水銀蒸気圧が、本件特許発明のランプにおける200バールを超える水銀蒸気圧よりも桁違いに低いものであることを十分に示唆するものである。
また、発光管内部に封入される上記ハロゲン量をモルにすると、1.0×10-4〜6×10-3μmol/mm3であり、この下限値は、本件特許発明のランプにおけるハロゲン量の上限値である10-4μmol/mm3に相当するから、本件特許発明における「10-6と10-4μmol/mm3の間」という低い範囲を開示または示唆するものではなく、実施例で発光管内部に封入されたハロゲン量はHgBr2の形態で1.05×10-6グラム原子であり、発光管の容積が5.3ccであることから、モル濃度を算出すると、3.96×10-4μmol/mm3となり、本件特許発明のランプにおける上限値である10-4μmol/mm3よりもかなり多い。
さらに、管壁負荷を1w/mm2よりも大きくすることについても何ら開示または示唆されておらず、実施例における管壁負荷は85w/cm2、すなわち0.85w/mm2であり、本件特許発明における管壁負荷の下限値である1w/mm2よりも小さくなっている。
特に、甲第11号証に開示されるランプの寿命がせいぜい350時間程度にすぎないことを勘案すれば(第2頁左下欄13行目)、実質上一定の出力(△ζ<2%)と実質上不変の色座標(△x,△y<0.05)を5000時間以上にわたって維持できるという本件特許発明のランプの驚異的に長い寿命は、本件特許発明の進歩性を肯定するに十分な顕著な効果である。

第5.当審における判断
以下、無効理由2について検討する。
1.甲号各証に記載された技術的事項
本件の優先日の前に頒布された刊行物である、甲第1号証、甲第9号証、甲第10号証及び甲第11号証に記載された技術的事項について記載する。なお、甲第1号証及び甲第9号証については、請求人の提出した翻訳文による。
甲第9号証(以下、「刊行物1」とする):
発光蒸気放電装置に係る発明に関し、
(1a)発明の目的について、「我々の発明の目的の一つは、良い色特性が、高効率を有しつつ、極めて高い表面輝度又は本質的な輝度をもって作用する発光蒸気放電装置を供することである。さらに、極めて高い蒸気圧を使用できる構成及び動作方法を供することも目的とするものである。」(第1頁左欄第4〜11行)
(1b)発明が提供するランプについて、「構成及び動作の新しい原理によって、数百気圧まで動作する放電蒸気ランプを供することができるのである。」(第1頁左欄第55行〜右欄第3行)
(1c)発光色について、「我々の発明を具体化する水銀蒸気ランプからの光は、本質的に赤色光(連続スペクトルとして存在)を有し、それゆえ、現存する水銀アークランプの光よりも、より白色光に近いのである。」(同第1頁右欄第24〜28行)
(1d)容器について、「幾分拡大された尺度の断面で示される第6図を参照すると、透明な材料、例えば融解石英、又は高温及び高圧での温度勾配に耐えることができる適当なガラスによって作られた容器1が示されている。」(第2頁左欄第21〜26行)
(1e)電極について、「それらは、タングステンの細いワイヤがらせん状に巻きつけられたタングステンワイヤで構成されうる。」(第2頁左欄第68〜70行)
(1f)水銀及び希ガスについて、「4で示されている少量の水銀は、容器を十分に排気した後に且つ容器が封止される前に、容器の中に封入される。我々は、また、後に述べるように、電極を引き離しているスペース間での放電の始動を促進するために、特に好ましいのは希ガスであるが、ガスを低気圧で封入する。」(第2頁左欄第32〜39行)
(1g)水銀の量について、「例えば、約0.5cm3の内容積をもつ管において、当該管の中で100気圧を維持するために要求される飽和水銀蒸気の重量は、液体水銀の温度が全空間の温度であった場合には、たった約100mgである。そのため、放電空間の大部分は放電路に沿っていて、液体水銀の温度をはるかに超えた温度になり、いくらかの未蒸発水銀が未だに残っている一方で、この水銀量の約半分は、そのような蒸気圧に到達するために必要以上に存在しているのである。」(第2頁右欄第11〜23行)
(1h)第5図について、「この曲線を取り出してみると、入力された 100W/cm から600W/cmへのワットの増加は、40気圧から200気圧の蒸気圧の増加を伴っている。」(第7頁左欄第27〜31行)
(1i)第18図に図示する例について、「第18図で示されているような各端部を有する電極構造を備え、記載しているように内径1mm、壁厚1mm、数センチメートルの圧力で始動ガスを封入している水冷ランプは、いかなる酸化物によっても加工されていない電極で動作される。電極間のスペースは10mmで、ランプの電流は1.5アンペア、電極間の電圧は800ボルト、管内の圧力は約200気圧であった。最大輝度は160,000 CP/cm2であった。」(第11頁右欄第31〜42行)
と記載されている。

甲第1号証(以下、「刊行物2」とする。):
「高圧水銀蒸気放電」と題して、その第128頁には、
(2a)「第67図 電流を約一定にし、電圧、電位傾度及び入力/cmを増加した際の、水冷高圧水銀蒸気ランプの波長に対するエネルギー分布のブロック図[50,96](座標yは、単位ワット入力及び単位Å当りの放射エネルギーを表す)。」
と記載され、該第67図には、水銀蒸気圧35気圧、75気圧、160気圧及び300気圧(1気圧は1.013バール)の高圧水銀蒸気ランプの放射光スペクトルが示されており、
(2b)160気圧のランプでの放射光スペクトルを示す左下の図には、「d=0.2cm I=1.15A E=593V/cm P=580W/cm p=160atm ・・・」
(2c)300気圧のランプでの放射光スペクトルを示す右下の図には、「d=0.2cm I=1.22A E=953V/cm P=990W/cm p=300atm ・・・」
と記載されており、
(2d)該第67図からは、水銀蒸気圧を35気圧から300気圧に増加するにつれて放射スペクトルの可視光域での増加がみてとれ、特に300気圧のものにおいては、放射スペクトルは赤色部分で連続したスペクトルとなっており、赤色域での増加がみてとれる。

甲第11号証(以下、「刊行物3」とする。):
(3a)「内部に水銀と始動用希ガスと臭素とが封入された石英製の発光管、この発光管内に配された1対のタングステンからなる電極を備えた高管壁負荷の超高圧水銀放電灯。」(特許請求の範囲第1項)
(3b)「発光管内に封入される臭素の封入量を、発光管内容積1cc当り0.1×10-6グラム原子〜6×10-6グラム原子としたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の超高圧水銀放電灯。」(同第2項)
に関し、
(3c)従来技術について、「超高圧水銀ランプは点灯状態において、その発光管(1)内の水銀蒸気圧は十数気圧ないし数十気圧と高く、しかもその通電々流が大きいので、電極(6)、(7)は著しい熱衝撃を受けるとともに、その管壁負荷(管電力/発光管内表面積)が16〜35[W/cm2]と大きく発光管(1)は大きい熱負荷を受けているため、その電極(6)、(7)を構成しているトリウムタングステンが飛散し、この飛散物が発光管(1)の内壁に付着して、発光管(1)を黒化させると同時に発光管(1)の失透の一因となり、点灯時間の経過とともに黒化も失透も増大して、ついには発光管(1)に破裂を誘引した。
この欠点を除去するために、従来、発光管内にヨウ化水銀等のハロゲン化水銀を封入した超高圧水銀灯が提案され、管壁負荷が16〜35[W/cm2]のものにあってはある程度の効果を呈した。しかし管壁負荷が35W/cm2を越えるような高管壁負荷の超高圧水銀放電灯においては失透を防止するという点については効果はあるものの、点灯中に電極構造材料がトリウムタングステンであるため電極(6)、(7)先端に無数の凹凸の発生が見られ、アークスポットがこの形成された凸部を移動してアークが動揺するという欠点が生じた。さらに、(6)、(7)を構成するトリウムタングステンの飛散による発光管壁の黒化も激しく短寿命であった。」(第1頁右下欄第12行〜第2頁左上欄下から第3行)
(3d)この発明について、「この発明は上記欠点に鑑みてなされたもので、発光管内に臭素を封入するとともに、電極を構成する材料としてタングステンを用いたことにより、高管壁負荷のものにあっても黒化および失透が防止されて長寿命になり、かつ水平点灯用にも使用できる超高圧水銀放電灯を提供するものである。」(第2頁右上欄下から第8〜2行)
(3e)実施例として、「上記発光管(1)を水酸基の含有量の少ない石英いわゆる無水石英製とするとともに、その内径21[mm]、内容積を5.3[cc]とし、この発光管(1)内部にアルゴンガス40[cc]と水銀16.6[mg/cc]と1.05×10-6[グラム原子]の臭素を臭化水銀[HgBr2]の形で封入し、電極(6),(7)を純タングステン棒として電極(6),(7)間長を13.5[mm]とした超高圧水銀放電灯を作製したものである。
この様に構成された超高圧水銀放電灯を管電力1200[W]、管電流13.4[A]、管電圧100[V]とし、管壁負荷が約85[W/cm2]で点灯したところ、350時間点灯後においても発光管(1)上部の石英の失透は発生せずまた黒化も少なく、しかも点灯期間中アークが安定しており良好な特性が得られた。水平点灯した場合にも上記と同様に良好な特性が得られた。」(第2頁左下欄第1行〜下から第4行)
(3f)「この様に上記実施例のものが良好な特性が得られた理由としては、放電灯点灯中、電極(6),(7)から飛散されたタングステンが発光管(1)の内壁に付着しても、これが発光管(1)内の臭素と化合してすぐに臭化タングステンとなり、管内壁のクリーンアップにつながり、黒化および失透を防いだものと考えられる。」(第2頁右下欄第5〜11行)
と記載されている。

甲第10号証(以下、「刊行物4」とする。):
(4a)「電極を有する発光管内に希ガスと所定量の水銀を封入するとともに、その封入水銀量をMHg(モル)、管壁負荷をWL(W/cm2)で表わしたとき、0.2MHg/WL2(モル)以上で15MHg/WL2(モル)以下の範囲のハロゲンを上記発光管内に封入してなる高圧水銀ランプ。」(特許請求の範囲)に関し、
(4b)発明の技術分野について、「この発明は発光管内に水銀および希ガスの他にハロゲンを封入してなる高圧水銀ランプに係り、特に封入ハロゲン量を特定の範囲にすることにより寿命の向上を計ろうとするものである。」(第1頁左下欄下から第9〜6行)
(4c)従来技術について、「一般にこの種のランプは第1図に示すように、高温高圧に耐える透光性石英ガラスの発光管(1)と、・・・電極(2)とを備え、発光管(1)内には所定量の水銀と始動電圧を下げるためのアルゴンガスが封入されている。また電極(2)は第2図に示すように難溶性金属たとえばタングステンの芯線(3)にタングステンコイル(4)を装着し、このコイル(4)内部に電子放射性物質(5)が固定用のタングステンロッド(6)によって保持されているのが普通であるが、」(第1頁右下欄第9〜19行)
(4d)従来技術の問題点について、「これらの金属または酸化物を電子放射性物質として用いても、熱蒸発あるいはスパッタをしないわけではなく、したがって点灯中に発光管の内面に付着し、発光管が黒化して紫外線放射を妨げると同時に、発光管(1)の材料である透光性石英ガラスに失透核を形成し失透現象を生じさせる。そして点灯時間の経過とともに黒化および失透現象が進行して著しい紫外線出力の低下を来たすと同時に、失透現象が石英ガラスの外表面まで達すると外気が発光管内にリークして点灯不能になる等の事故が発生する。このような現象は発光管の管壁負荷が大きいほど短期間に起こり、」(第2頁左上欄下から第9行〜右上欄第4行)
(4e)発明の目的について、「この発明は・・・黒化を軽減し、早期に点灯不能となる石英ガラスの失透を防止して、寿命の向上を計った高圧水銀ランプを提供しようとするものである。」(第2頁右上欄第11〜14行)
と記載され、
(4f)実施例1として、第1図に示す発光管内に水銀とアルゴンガスとヨウ素を以下のように封入したことが第1、2表に示され、
実施例1 (イ) (ロ) (ハ)
発光管内径(cm) 1.95 2.1 2.5
発光長(cm) 7 10.0 12.5
管壁負荷(W/cm2) 9.3 15.1 28.0
封入水銀量(10-4モル) 3.48 3.79 12.2
封入ヨウ素量(10-5モル)2.2 0.88 0.88
(審決注:(イ)の発光長を「70」とすると、管壁負荷が10分の1になるので、「7」の誤記と認定した。)
(4g)「紫外線出力維持率を向上させ、発光管の失透現象を防止するためには封入ヨウ素量を封入水銀量MHgに比例させ、管壁負荷WLの2乗に反比例して封入する必要があることが判明した。」(第3頁左上欄第5〜9行)
(4h)「したがって封入ヨウ素量の制御で黒化を軽減し、発光管失透を防止する効果は、封入ヨウ素量MIの絶対量によるものでなく、kの値すなわちMI /(MHg/WL2)によるものであることが理解される。・・・kの値を0.2以上で15以下の範囲になるように水銀およびヨウ素を封入することにより、黒化を軽減し発光管の失透現象を改善して働程中の紫外線出力維持を向上させることができる。」(第3頁左上欄下から第2行〜右上欄第12行)
と記載され、
(4i)実施例2ないし4として、前記実施例1(ロ)の発光管仕様でヨウ素封入量及び水銀封入量を変更したものが記載されており、実施例1と同様に記載すると、以下のようになる。
実施例2 実施例3 実施例4
発光管内径(cm) 2.1 2.1 2.1
発光長(cm) 10.0 10.0 10.0
封入水銀量(10-4モル) 3.24 3.24 3.24
封入ヨウ素量(10-5モル)0.55 1.32 1.32

2.本件発明1について
2.1.対比
本件発明1と刊行物1(甲第9号証)に記載された発明とを対比する。
(ア)刊行物1に記載された放電ランプは、容器が高温に耐えることのできる材料である石英よりなるものであって(摘記事項(1d)参照)、電極にはタングステンが用いられ(摘記事項(1e)参照)、容器内には水銀と希ガスが封入されている(摘記事項(1f)参照)おり、これらの点では、本件発明1と相違するものではない。
(イ)摘記事項(1a)及び(1b)からみて、刊行物1に記載された発明は、数百気圧までの高い蒸気圧で動作する放電ランプを提供するものであり、また、摘記事項(1c)からみて、得られるランプは赤色光(連続スペクトルとして存在)を有しているものと認められるが、これらのことは、本件明細書の「約300バールの動作圧力では、可視放射の連続部分は明らかに50%の上にある。その結果、放射された光スペクトルの赤部分も増される。」という記載に相当するものである。
また、刊行物1の第18図の実施例においては、「管内の圧力は約200気圧であった。」(摘記事項(1i)参照)と記載されており、1気圧=1.013バールであって、管内の希ガスは少量であるから、該実施例には、水銀蒸気圧が「約200バール」であることが記載されているといえる。
(ウ)前記実施例中には、水銀の量については具体的な記載はないが、刊行物1には、「約0.5cm3の内容積をもつ管において、当該管の中で100気圧を維持するために要求される飽和水銀蒸気の重量は、液体水銀の温度が全空間の温度であった場合には、たった約100mgである。」(摘記事項(1g)参照)と記載されており、該記載から、100気圧を維持するために要求される飽和水銀蒸気の重量が「0.2mg/mm3」であると計算され、「約200気圧」を維持するために要求される飽和水蒸気の重量はこの「0.2mg/mm3」以上であることは明らかであるから、封入される水銀の量は0.2mg/mm3以上であるといえる。
(エ)刊行物1には、本件発明1の管壁負荷w/mm2に相当する直接の記載はないが、第18図に示す実施例では(摘記事項(1i)参照)、ランプの電流は1.5アンペア、電極間の電圧は800ボルトであるから、ワット数は、1200wである。該実施例における発光管の長さが記載されていないために発光内壁の表面積は不明であるが、発光管の内径が1mmであるから、内壁の周方向の長さは3.14mmとなり、管壁負荷が1w/mm2となる発光管の長さは約382mmと計算される。この400mmに近い長さは、内径1mmに比べて非常に長いものであって、刊行物1記載の発明においては発光管の長さは少なくともこの算出された長さより少ないことは明らかであるから、管壁負荷が1w/mm3以上であることも明らかである。
以上の(ア)ないし(エ)を踏まえると、本件発明1と刊行物1に記載された発明とは、
「タングステン電極と、実質的に水銀および希ガスより成る封入物とを有する、高温に耐えることのできる材料より成る容器を有する高圧水銀蒸気放電ランプにおいて、水銀の量は0.2mg/mm3より多く、水銀蒸気圧は高く、管壁負荷は1w/mm2より大きい高圧水銀蒸気放電ランプ。」
である点で一致しており、以下の点で相違している。
相違点1:
水銀蒸気圧を高くする点について、本件発明1では、「200バールより高く」としているのに対し、刊行物1には、「数百気圧まで」或いは「約200気圧」という記載があるものの、「200バールより高く」という直接の記載はない点。
相違点2:
本件発明では、封入物として、「動作状態における遊離ハロゲン」を有し、かつ、その「ハロゲンC1,BrまたはIの少なくとも1つが10-6と10-4μmol/mm3の間で存する」としているのに対して、刊行物1には、ハロゲンを封入することについての記載はない点。

2.2.相違点についての判断
2.2.1.相違点1について
(1)相違点1に係る構成を採用した理由について、本件明細書には、「より高い水銀蒸気圧では光出力と演色評価数が著しく増加することがわかったが、これは連続部分の強烈な増加によるものである。200バールより大きな高い圧力では、準分子状態(quasi molecular state)よりの連続放射のほかに、実際の束縛分子状態(bound molecule state)の帯放射も寄与するものと考えられる。約300バールの動作圧力では、可視放射の連続部分は明らかに50%の上にある。その結果、放射スペクトルの赤部分も増される。」(特許掲載公報第3欄第34〜42行)と記載されている。

(2)これに対し、刊行物1には、「数百気圧までの高い蒸気圧で動作する放電ランプを供することができる」(摘記事項(1b))及び「我々の発明を具体化する水銀蒸気ランプからの光は、本質的に赤色光(連続スペクトルとして存在)を有し、それゆえ、現存する水銀アークランプの光よりも、より白色光に近いのである。」(摘記事項(1c))と記載されており、高い水銀蒸気圧を採用した理由においては、本件発明1と異なるものではないが、その具体的な数値については、「この曲線を取り出してみると、入力された 100W/cm から600W/cmへのワットの増加は、40気圧から200気圧の蒸気圧の増加を伴っている。」(摘記事項(1h))及び「管内の圧力は約200気圧であった。」(摘記事項(1i))の記載があるだけで、「200バールより高く」することを具体的に示す記載はない。

(3)しかしながら、刊行物2の第67図には、水銀蒸気圧を35気圧から300気圧に増加するにつれて放射スペクトルの可視光域での増加がみてとれ、特に300気圧のものにおいては、放射スペクトルは赤色部分で連続したスペクトルとなっており、赤色域での増加がみてとれる。
してみれば、当業者であれば、刊行物2の記載に基づいて、可視光域での増加を目的として、刊行物1に記載された発明において、水銀蒸気圧を「200バールより高く」することは格別な創意を要することなく容易に想到し得るものである。
そして、本件明細書及び図面の記載をみても、「200バール」という数値に予期しない格別な臨界的意義があるとも認められない。
したがって、刊行物1に記載された発明において、相違点1に係る構成を採用することは、刊行物1及び刊行物2に記載された発明の基づいて当業者が容易になし得るものである。

2.2.2.相違点2について
(1)本件明細書(特許掲載公報第4欄第4〜19行)には、「電極の非常に小さな寸法は、電極から蒸発したタングステンによる容器壁の黒化の増加をきたすおそれがある。けれども、このような容器の黒化は絶対に避けねばならない、というのは、さもなければ壁温が熱放射の吸収の増加のために寿命中に高くなり、ランプ容器の破裂をきたすからである。タングステンの輸送によるこのような容器壁の黒化を避ける手段として、本発明の高圧水銀蒸気放電ランプは、ハロゲンCl、Brまたは1の少なくとも1つの少量を有する。これ等のハロゲンはタングステン輸送サイクルを生じ、これにより、蒸発したタングステンは電極に戻される。本発明の高圧水銀蒸気放電ランプでは、使用されるハロゲンは臭素(Br)であるのが有効で、この臭素は、約0.1ミリバールの封入圧力でCH2Br2の形でランプに入れられる。この化合物は、ランプが点灯すると同時に分解される。」と記載されており、該記載からすると、電極から蒸発するタングステンによる容器壁の黒化によるランプ容器の破裂を避けるために、上記相違点2に関する構成要件を採用したものと理解される。

(2)ところで、刊行物3及び刊行物4に記載されているとおり、動作状態において遊離ハロゲンとなるようなハロゲンを発光管内に封入し、蒸発したタングステンによる容器の黒化を防止することは、本件の優先日の前に既に良く知られているところである。
すなわち、刊行物3には、「内部に水銀と始動用希ガスと臭素とが封入された石英製の発光管、この発光管内に配された1対のタングステンからなる電極を備えた高管壁負荷の超高圧水銀放電灯において、発光管内に封入される臭素の封入量を、発光管内容積1cc当り0.1×10-6グラム原子〜6×10-6グラム原子とする」(特許請求の範囲第2項参照)ことが記載され、その作用効果については、「発光管内に臭素を封入するとともに、電極を構成する材料としてタングステンを用いたことにより、高管壁負荷のものにあっても黒化および失透が防止されて長寿命になり、」(摘記事項(3d)参照)及び「この様に上記実施例のものが良好な特性が得られた理由としては、放電灯点灯中、電極(6),(7)から飛散されたタングステンが発光管(1)の内壁に付着しても、これが発光管(1)内の臭素と化合してすぐに臭化タングステンとなり、管内壁のクリーニングにつながり、黒化および失透を防いだものと考えられる。」(摘記事項(3f)参照)と記載されている。
また、刊行物4には、「電極を有する発光管内に希ガスと所定量の水銀を封入するとともに、その封入水銀量をMHg(モル)、管壁負荷をWL(W/cm2)で表わしたとき、0.2MHg/WL2(モル)以上で15MHg/WL2(モル)以下の範囲のハロゲンを上記発光管内に封入してなる高圧水銀ランプ。」(摘記事項(4a))が記載されており、「点灯中に発光管の内面に付着し、発光管が黒化して紫外線放射を妨げると同時に、発光管の材料である透光性石英ガラスに失透核を形成し、失透現象を生じさせる。そして点灯時間の経過とともに黒化および失透現象が進行して著しい紫外線出力の低下を来たすと同時に、失透減少が石英ガラスの外表面まで達すると外気が発光管内にリークして点灯不能になる等の事故が発生する。このような現象は発光管の管壁負荷が大きいほど短期間に起こり、」(摘記事項(4d))という従来技術の問題を解決するものであることが記載されている。

(3)被請求人が主張するとおり(前項「第4.被請求人の反論の概要」参照)、刊行物3に記載された発明では、実施例に記載された水銀量が16.6mg/cc、すなわち0.0166mg/mm3であることからみて、刊行物1に記載された放電ランプ(水銀の量は0.2mg/mm3より多く、水銀蒸気圧も約200気圧と高い放電ランプ)あるいは本件発明1の放電ランプに比較すると、刊行物3に記載された放電ランプの水銀量及び水銀蒸気圧は1桁ほど低いものであるといえる。
同様に、刊行物4に記載された発明では、実施例1に記載された水銀の原子量(200.59)を用いて、ランプ容積V=L×π×(D/2)2 、封入水銀濃度CHg=200.59×MHg/Vに基づき、封入水銀濃度CHgを概算すると、実施例1(イ)ないし(ハ)及び実施例2ないし4におけるランプの封入水銀濃度は、それぞれ「0.0033」「0.0022」「0.0040」「0.0019」「0.0019」「0.0019」であることからみて、刊行物1に記載された放電ランプあるいは本件発明1の放電ランプに比較すると、刊行物3に記載された放電ランプの水銀量及び水銀蒸気圧は1桁ほど低いものであるといえる。
しかしながら、刊行物1に記載された放電ランプのように、水銀蒸気圧が高い放電ランプにおいては、管壁負荷も高くなることは当然に予想されるところであり、一方、前述のとおり、刊行物3(摘記事項(3c)参照)及び刊行物4(摘記事項(4d)参照)には、発光管の黒化及び失透現象は、管壁負荷が高い程重大な問題となることが記載されているのであるから、当業者であれば、刊行物1記載の発明において、タングステンの飛散による黒化及び失透を防止することを目的として、動作状態における遊離ハロゲンを発光管内に封入することは、刊行物3及び刊行物4に記載された発明に基づいて容易になし得るものである。
したがって、刊行物3及び刊行物4に記載された放電ランプの水銀量が1桁ほど低く、水銀蒸気圧が低いものであっても、そのことで、刊行物1に記載された発明に、刊行物3及び刊行物4に記載された発明を適用しえない根拠とすることはできない。

(4)つぎにハロゲンの封入量を特定している点ついて検討する。
刊行物3に記載された発明では、臭素の封入量を、0.1×10-6グラム原子〜6×10-6グラム原子、すなわち、1.0×10-4〜6×10-3μmol/mm3としており、本件発明1で特定する「10-6と10-4μmol/mm3の間」とは、「1.0×10-4μmol/mm3」だけで一致している。
しかしながら、刊行物3及び刊行物4に記載された技術手段を、刊行物1に記載された発明に適用するにあたり、刊行物3に記載されたハロゲンの封入量の範囲をそのまま適用せず、刊行物1に記載された放電ランプに最適なハロゲンの封入量を別個に定める程度のことは、当業者であれば、当然になされる技術的事項にすぎない。
そして、本件明細書及び図面の記載をみても、
「10-6と10-4μmol/mm3の間」という数値に格別な臨界的意義があるとは認められない。
被請求人は、答弁書において、刊行物3に記載された発明について、「実際に発光管内部に封入されたとされるハロゲン量はHgBr2の形態で1.05×10-6グラム原子であり、発光管の容積5.3ccとを用いて、発光管内部に封入されたハロゲン濃度を算出すると、3.96×10-4μmol/mm3となり、本件特許発明のランプにおけるハロゲン量の上限値である10-4μmol/mm3よりもかなり多いことが分かります。」と主張しているが(前項「第4.被請求人の反論の概要」参照)、一方では、本件の特許請求の範囲に記載された「ハロゲン」は「水銀およびタングステン以外の金属とハロゲン化物を形成していないハロゲン」を意味するものであると主張し、被請求人の親会社のレターである甲第5号証によれば、「全ハロゲン封入量のかなりの部分は遊離状態になく、他の原子と結合して化学サイクルに寄与しない。ハロゲンに一部は常に水銀ハライドの形態でHgと結合している。ハロゲンの他の部分は、電極、石英壁等からフリーともなる不純物と結合している。その結果、全ハロゲン封入の一部が化学サイクルに関し遊離ハロゲンとして利用可能である。」とし、その量は0.5であるとしている。
してみると、刊行物3に記載された実施例において、封入されたHgBr2量をそのまま計算した結果に基づいて、本件発明で特定するハロゲン量よりもかなり多いとする被請求人の主張は、前記の被請求人の主張と矛盾するものである。
そして、本件の特許請求の範囲に記載された「ハロゲン」が、被請求人の主張とおり、「水銀およびタングステン以外の金属とハロゲン化物を形成していないハロゲン」を意味するものであるとすると、甲第5号証に記載されているところの、遊離ハロゲンが封入ハロゲン量の0.5であることや、不純物の存在等を考慮すれば、刊行物3に記載された発光管内に封入すべきハロゲン化物の量に比較して、本件発明1で特定する量の範囲が低くなることは当然である。
したがって、相違点イのうち、「ハロゲンC1,BrまたはIの少なくとも1つが10-6と10-4μmol/mm3の間」と特定することについても、格別な創意を要することなく容易に想到し得るものである。

(5)以上のとおり、刊行物1に記載された発明において、相違点2に係る構成を採用することは、刊行物3及び刊行物4に記載された発明の基づいて当業者が容易になし得るものである。

2.2.3.相違点についてのまとめ
以上のとおり、相違点1及び相違点2のいずれにも困難性は認められず、また、本件発明1においては、相違点1による効果は赤色部分の増加した連続スペクトルという点にあり、相違点2による効果はハロゲン-タングステン輸送サイクルによる発光管の黒化及び失透現象を防止するという点にあるものであって、これらの相違点を組み合わせることによりそれ以上の予期し得ない格別な効果を奏しているとすることもできない。
したがって、本件発明1は、刊行物1ないし4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3.本件発明2について
本件発明2では、本件発明1の特定事項に加えて、「水銀の量は0.2と0.3 5mg/mm3の間にあり、動作時の水銀蒸気圧は200と350バールの間にある」としている。
そこで、本件発明2と刊行物1に記載された発明とを対比すると、刊行物1に記載された発明でも、水銀の量は0.2mg/mm3より多く、また、水銀蒸気圧が約200バールのものが実例として記載されていることは、「対比」の項で既に述べたとおりである。
よって、両者は、前述の相違点2と以下の相違点3で相違しているといえる。
相違点3:
本件発明1では、「水銀の量は0.2と0.3 5mg/mm3の間にあり、動作時の水銀蒸気圧は200と350バールの間にある」としているのに対し、刊行物1には、この様な数値についての具体的な記載はない。
そこで、相違点2についてはすでに述べたとおりであるので、以下、相違点3について検討する。
刊行物2の第67図には、水銀蒸気圧を35気圧から300気圧に増加するにつれて放射スペクトルの可視光域での増加がみてとれ、特に300気圧(1気圧=1.013バール)のものにおいては、放射スペクトルは赤色部分で連続したスペクトルとなっており、赤色域での増加がみてとれる。
してみれば、当業者であれば、可視光域での増加を目的として、刊行物1に記載された発明において、水銀蒸気圧を「200と350バールの間」とすることは格別な創意を要することなく容易に想到し得るものである。
また、封入水銀量のデータは、該第67図には記載されていないが、本件明細書にも、従来技術の説明において、「ドイツ国特許公告公報第1489417号より知られた超高圧水銀蒸気放電ランプは、・・・6.5mgの水銀が封入され、これは0.12mg/mm3の水銀量に相当する。水銀蒸気圧は約120バールになることができる。」(第2欄第9〜14行)及び「英国特許明細書第1109135号には、0.15mg/mm3までの水銀(これは約150バールの水銀蒸気圧に相当する)が封入された・・・」(第3欄第8〜10行)と記載されているように、水銀蒸気圧を、発光管内の水銀封入量の1000倍の値になるものとして近似されることは、本件の優先日の前にすでに周知であるから、200と350バール間の水銀蒸気圧を得るための水銀の量を、0.2と0.3 5mg/mm3の間とすることに困難性はない。
そして、本件明細書及び図面の記載をみても、上記限定した数値に予期しない格別な臨界的意義があるとも認められない。
したがって、本件発明2は、刊行物1ないし4に記載された発明に基づいて、容易に発明をすることができたものである。

4.本件発明3について
本件発明3は、本件発明1の特定事項又は本件発明2の特的事項に「ランプは青放射線を阻止するフィルタで取囲まれた」という事項を付加するものである。
そこで、本件発明3と刊行物1に記載された発明とを対比すると、上記相違点1、2あるいは相違点2、3に加えて、以下の相違点4でも相違している。
相違点4:
本件発明4では、「ランプは青放射線を阻止するフィルタで取囲まれた」
としているのに対して、刊行物1にはフィルタに関する記載がない点。
相違点1ないし3については、すでに述べたとおりであるので、以下、相違点4について検討する。
本件明細書(特許掲載公報第4欄第36〜40行)に、「ハロゲン化物を有する高圧水銀蒸気放電ランプにおいて、フィルタの使用により青放射部分を減らすこと、したがって放出された放射の色の改良を得ることは、英国特許明細書第1539429号より知られていることを指摘すべきであろう。」と記載されているように、ランプに青放射線を阻止するフィルタを設けることは、本件の優先日の前にすでに知られているところであるから、相違点4については、格別な創意を有するものではない。
したがって、本件発明3は、刊行物1ないし4に記載された発明に基づいて、容易に発明をすることができたものである。

第6.むすび
以上のとおり、本件発明1ないし3は、本件の優先日の前に頒布された刊行物1ないし4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件発明1ないし3についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効にすべきものである。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-03-16 
結審通知日 2004-03-19 
審決日 2004-03-31 
出願番号 特願平1-98984
審決分類 P 1 112・ 121- Z (H01J)
最終処分 成立  
前審関与審査官 小川 浩史  
特許庁審判長 江藤 保子
特許庁審判官 三輪 学
樋口 信宏
登録日 1998-09-25 
登録番号 特許第2829339号(P2829339)
発明の名称 高圧水銀蒸気放電ランプ  
代理人 川崎 康  
代理人 吉武 賢次  
代理人 外立 憲治  
代理人 紺野 昭男  
代理人 高村 雅晴  
代理人 中村 行孝  
代理人 大平 興毅  
代理人 間宮 順  
代理人 橘谷 英俊  
代理人 柳川 鋭士  
代理人 吉元 弘  
代理人 横田 修孝  
代理人 佐藤 泰和  

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