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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載 無効としない C12M
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない C12M
管理番号 1144324
審判番号 無効2002-35399  
総通号数 83 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1998-08-04 
種別 無効の審決 
審判請求日 2002-09-20 
確定日 2004-05-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第3136129号発明「核酸増幅反応モニター装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3136129号の請求項1ないし7にかかる発明(以下、それぞれ「本件発明1」、「本件発明2」…「本件発明7」という。)についての出願は、平成4年5月6日に出願した特願平4-158454号(パリ条約による優先権主張1991年5月2日、米国)の一部を平成10年2月2日に新たな特許出願として出願され、平成12年12月1日にその特許の設定登録がなされ、その後、平成14年9月20日付けで請求人バイオ-ラッド・ラボラトリーズ・インコーポレーテッドより特許無効審判が請求され、平成15年4月16日付けで被請求人ピーイー コーポレイション(エヌワイ)より答弁書が提出され、平成15年7月3日に口頭審理を行った後、請求人及び被請求人より上申書が提出されたものである。

2.本件特許にかかる発明
本件発明1ないし7は、特許された明細書及び図面の記載から見て、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターするための装置であって、1又は複数の核酸増幅反応混合物を収容するための支持体を有する熱循環器、及び前記1又は複数の核酸増幅反応混合物に光学的に連係される光学系を有し、ここで該光学系は、前記1又は複数の核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定するために作用し得る検出器を有し、これにより、複数の循環期間にわたって各光学シグナルの循環依存的変化を測定することが可能である、ことを特徴とする装置。
【請求項2】 単一の核酸増幅反応混合物のみを収容するようにされた、請求項1に記載の装置。
【請求項3】 複数の核酸増幅反応混合物を収容するようにされた、請求項1に記載の装置。
【請求項4】 前記検出器が蛍光発生シグナル検出するように作用する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の装置。
【請求項5】 前記検出器が、各反応混合物からの光シグナルを集めるための1又は複数の光ファイバーリードを有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の装置。
【請求項6】 前記1又は複数の核酸増幅反応混合物を収容するための1又は複数の反応容器をさらに有する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項7】 前記検出器が、各反応混合物からの光シグナルを集めるための1又は複数の光ファイバーリードを有し、そして各光ファイバーリードが、前記1又は複数の反応容器の各々の透明な又は半透明なキャップと光学的に連係するようにされている、請求項6に記載の装置。」

3.請求人の主張
これに対し、請求人は、本件審判請求に際し、
甲第1号証(特許第3007477号公報)、
甲第2号証(特開平7-163397号公報)、
甲第3号証(宝酒造株式会社作成 商品パンフレット「PERKIN ELMER CETUS DNA Amplification System」)、
甲第4号証(SPEX作成 商品パンフレット「FLUOROLOG-2」)、
甲第5号証(SPEX作成 商品パンフレット「1950 Fiberoptic Sample Accessory」)、
甲第6号証(SPEX作成 商品カタログ「FLUOROLOG-3 アクセサリー」)、
甲第7号証(欧州特許出願公開第266881号公報(1988年))、
甲第8号証(BioTechniques 8巻3号296-308頁(1990年))、
甲第9号証 特許庁発行「昭和53年審査基準」のうちの「出願の分割」および「発明の同一性に関する審査基準」の部分、及び、
甲第10号証 特許第3136129号公報(本件)
を提示し、さらに、
平成15年6月9日付け口頭審理陳述要領書に添付して、
参考資料1(東京化学同人発行「生化学辞典(第2版)」(1990年11月22日発行)870頁および1034頁)、
参考資料2(親発明の出願:特願平4-158454号に関して早期審査を請求する際に提出された早期審査に関する事情説明書)、
参考資料3(特願平4-158454号の審査過程において平成11年8月9日に提出された出願人による意見書)、
参考資料4(特願平4-158454号の審査過程において平成11年8月9日に提出された出願人による手続補正書)、
参考資料5(平成6年12月発行の審査基準「第V部 特殊な出願 第1章 出願の分割」の最初の頁)、及び、
参考資料6(Kornberg, A., 1974, DNA Synthesis, p.226-233, W. H. Freman and Co., San Francisco)を、
平成15年6月20日付け上申書に添付して、
参考資料7(Richardson, J.P., 1973, J. Mol. Biol.,78 : 703-714)を
平成15年7月3日に付け口頭審理陳述要領書(2)に添付して、
参考資料8(Chehab et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol. 86, pp.9178-9182, 1989)、及び、
参考資料9(REPORT ON EVOLUTION RESEARCH(進化の研究についてのレポート)、マックス・プランク生物物理化学研究所、生化学動態研究部、表紙、巻頭言、1〜2、53〜56、65頁)を、また、
平成15年7月31日付け上申書に添付して、
参考資料10(REPORT ON EVOLUTION RESEARCH(進化の研究についてのレポート)、マックス・プランク生物物理化学研究所、生化学動態研究部、表紙、巻頭言、目次および48〜56頁)、及び、
参考資料11(「進化の研究についてのレポート(REPORT ON EVOLUTION RESEARCH)」の位置づけ、刊行日等について宣言した、Dr. Ruthild Winkler-Oswatitshによる宣誓供述書)
を提出して、本件発明1ないし7は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効にすべきものであると主張し、その理由として次の(1)及び(2)を挙げている。

(1)進歩性
本件発明1ないし7の特許は、甲第3号証ないし甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(2)出願日の遡及(分割要件)
本件発明は、設定登録されたもとの出願(原出願)特許第3007477号(甲第1号証、特願平4-158454号)の発明と同一の発明であり、特許法第44条第1項に規定する分割出願の要件を満たさないから、本件特許の出願日は遡及せず、原出願との関係で特許法第39条第1項に違反してされたものであり、また、新規性進歩性は現実の出願日である平成10年2月2日を基準に判断しなければならないところ、本件発明1ないし7の特許は、甲第1号証(にかかる特許公開公報)もしくは甲第2号証に記載されたものであり、又は、それらに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第1号、第3号、又は、同条第2項の規定に違反してされたものである。

4.被請求人の主張
これに対し、被請求人は、
乙第1号証(「細胞工学別冊、目で見る実験ノートシリーズ、新版 バイオ実験 イラストレーテッド 3+ 本当に増えるPCR」、表紙、13-16、43、45-46、48-49、169、180、184〜186頁および奥付)、
乙第2号証(Higuchi R et al.,: Biotechnology 10:413-417, 1992)、
乙第3号証(審査基準、特許法第39条のセクション、1〜15頁および備考(平成6年12月改定))、
乙第4号証(BIO-RAD社のPCR装置カタログ、表紙および第10頁)、
乙第5号証(東京地方裁判所判決 平成14年(ワ)9503号 平成15年4月14日)、
乙第6号証(日本バイオ・ラッドラボラトリーズ社カタログ「iCyclerTM iQ リアルタイムPCR解析システム」)、
乙第7号証(技術説明書(東京地方裁判所 平成14年(ワ)第9503号、平成14年9月2日付、日本バイオラッド株式会社側提出))、
乙第8号証(木下ら、蛋白質核酸酵素、Vol. 37, No. 2, pp.135-143 (1992))、
乙第9号証(「遺伝子工学研究用試薬・関連機器カタログNo. 3」フナコシ薬品株式会社、1989年11月1日発行、161-167頁および200頁)、
乙第10号証(生化学辞典 第2版、635頁および奥付)、及び、
乙第11号証(理化学辞典 第4版、410頁および奥付)
を提示して、請求人の主張はいずれも失当である旨、主張している。

5.当審の判断
5.1 進歩性について
(1)甲第3号証〜甲第6号証について
甲第3号証〜甲第6号証は発行日が明らかではないから、本件特許の優先権主張日である1991年5月2日以前に頒布されたものと認めることはできない。
しかしながら、以下では、この点をさておいて検討する。

(2)参考資料9〜11について
「REPORT ON EVOLUTION RESEARCH」からの抜粋である参考資料9及び10は、請求人より、それぞれ口頭審理直前の口頭審理陳述要領書、口頭審理後の上申書においてはじめて提出されたものであり、その中で示される内容の一部(資料9及び10の第55頁第16〜28行)及びそれに関する請求人の主張から判断すると、この参考資料の提出は、実質的に無効理由の根拠となる証拠を変更するものと認められる。
したがって、参考資料9及び10は、特許法第131条第2項本文において規定する審判請求書の要旨の変更に該当するものであるから、採用できない。
なお、参考資料11のRuthild Winkler-Oswatitsh博士の宣誓供述書には、この「REPORT ON EVOLUTION RESEARCH」が「研究チームの内部研究記録として書かれており、Dr. M. Eigen教授の明らかな指示によりMPGの内部用としてのみ使用された。私の知識によれば、その報告書は、ゲッティンゲンのMax-Planck-Institut fur Biophysikalishe Chemieで1991年4月18〜20日に開催された国際会議Selection-natural and unnatural ? in biotechnologyの期間中に、初めて一般に公開された。」と記されるのみであり、この「一般に公開された」という文言だけでは、その「内部研究記録」が特許法第29条第1項第3号で規定する「頒布された刊行物」に該当すると、ただちに確認できない。
さらに、上記参考資料9又は10の第55頁第16〜28行の記載では、例えば、PCR装置に用いる「蛍光指示薬」について具体的に記載されていないため、当該装置をもって核酸増幅反応の複数の循環期間にわたって光学シグナルの循環依存的変化を測定することが可能であるかどうか不明であるから、ただちに本件発明が、これらの資料に記載の発明と同一であると、あるいは、これらの資料に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると言うことはできない。

(3)本件発明1と甲第3号証に記載された発明との対比
甲第3号証には、1又は複数の核酸増幅反応混合物を収容するための支持体を有する熱循環器が記載されており、当該点で本件発明1と甲第3号証に記載された発明は一致する。
しかしながら、本件発明1が、「複数の熱循環にわたって核酸増幅反応をモニターするための装置であること」、「1又は複数の核酸増幅反応混合物に光学的に連係される光学系を有すること」、「光学系は、前記1又は複数の核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定するために作用し得る検出器を有すること」、これにより、「複数の循環期間にわたって各光学シグナルの循環依存的変化を測定することが可能であること」、という構成を有するのに対し、後者はこれらの構成を有さない点で相違する。

(4)請求人の主張
請求人は、これについて、以下(a)〜(d)の旨を主張している。
(a)本件優先日当時の生化学分野において、被検物を容器に収納し、そこで起こる生化学的反応を蛍光の変化として光学系を通して取り出し、リアルタイムで測定するための装置が公知であり(甲第4号証〜甲第8号証)、そのような蛍光測定装置の測定対象として、刻々と状況が変化するサンプルを選択することは当業者であれば通常行うことであった(甲第7号証、甲第8号証)。核酸増幅反応混合物がポリメラーゼチェインリアクション(PCR)中に刻々と変化することは本件優先日当時の当業者であれば認識していたことから(甲第3号証)、蛍光測定装置の測定対象としてPCR反応を選択することは、当業者にとって容易であった。
すなわち、甲第5号証の光ファイバーの検出波長や耐性温度領域は、PCRの蛍光測定に必要とされる範囲をカバーするものであるから、甲第4号証〜甲第6号証に示す光ファイバーを備えた蛍光測定装置の用途としてPCRを選択することに何の障害もない。
また甲第7、8号証に記載の装置も培養液中で刻々とその状況が変化するものであり、そのような刻々と状況が変化する測定対象として、生細胞を選択するのか、PCR反応混合物を選択するのかといった程度の相違はわずかな差でしかない。
参考資料8には、PCRの分析に、蛍光標識された増幅プライマーを用い、その蛍光を光ファイバーを通して蛍光測定器で測定することも記載されている。
さらに本件優先日当時、PCR反応混合物中に標識を添加して反応を行うという概念は、例えば本件明細書【0007】に記載されているとおり、標識された増幅プライマーをPCR反応混合物中に添加して使用することが公知であったから、PCR反応混合物中の標識として、標識された増幅プライマーの代わりに、核酸標識試薬として公知のエチジウムブロマイドを選択することは当業者にとって容易なことであった。
したがって本件発明は、内部の状態が刻々と変化する生化学的試料としてのPCR反応を、生化学分野におけるリアルタイム測定装置の一つである蛍光測定装置により測定する、という研究者や技術者の素朴な着想に過ぎない。
(b)この種の装置発明の当業者は、生化学者というよりは装置を製造販売する医療機器メーカーもしくは実験機器メーカーなどの開発者、研究者が中心である。
「当業者」とは、発明の属する技術分野の出願時の技術常識を有し、研究、開発のための通常の技術的手段を用いることができ、材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮でき、かつ本願発明の属する技術分野の出願時の技術水準にあるもの全てを自らの知識とすることができる者が想定されているところ、そのような当業者であれば、公知のリアルタイム測定のための蛍光測定装置と公知のPCR装置とを結び付けて考えることは困難である、とする方が不自然である。
そして本件発明の装置としての効果は、このような単純な着想的発明の結果、増幅サイクル数などのPCR反応を測定すれば得られる当然のデーターに過ぎず、一方、標的核酸の当初量の定量等の効果は、装置メーカーの技術者ではなく、生化学者が考えたデーター処理法によるものである。
本件発明は、装置としての規定はされているが、実質的にはPCR技術とリアルタイム測定装置との結びつきを着想して表現すればそのようになるという程度の、装置としては極めて抽象的な概念としての規定しかされていない。当該発明の概念が生化学者によって生み出されたものとしても、それが本件発明では装置として規定されている以上、装置分野の技術者のレベルで特許性は判断されるべきである。
そうであれば、本件発明装置が、単にPCRを行うための装置とリアルタイム測定を行うための蛍光測定装置とを、その蛍光測定装置に付属する光ファイバーにより接続しただけのものであり、従来技術と比較した場合に新規な特徴的な構成は存在しないことからも、公知のPCRを行うための装置と、リアルタイム測定を行うための蛍光測定装置とを結びつけることは、当業者であれば当然に考えることであったといえる。
(c)本件発明装置は、既知の熱循環器と既知の光学系と連係させたことにより、「複数の循環期間にわたって光学シグナルの循環依存的変化を測定することが可能」な装置である。この装置から得られるものは「循環依存的変化を示す光学シグナル」でしかなく、初期DNA量定量のためには、「PCRおよび信号検出に続く」解析、すなわち、既知標準を使用した標準曲線の作成、その標準曲線と得られた試料からの光学シグナルとの対比などが必要であるが、この解析は本件発明装置とは関係ない作業である。本件明細書の例VIII、図6でも、測定されているのは蛍光強度であってDNA量ではない。
そして図6では、PCR反応がプラトー相に達していないため、「プラトー相に達したサイクル数から初期DNA量を測定する」というDNA定量が可能であったかどうか不明であるし、実際に標的核酸の定量も行っていないから、例VIIIは、「プラトー相に達するに要するサイクル数を確認することによる定量方法」の実施例たりえない。また、本件明細書【0085】は、プラトー相に達したサイクル数が試料の初期DNA量と関連を有していることは示唆しているが、具体的なデーター処理方法を含めて定量法の記載はない。
したがって本件発明装置からでは、「循環依存的変化を示す光学シグナル」を検出した結果、「プラトー相に達するに要するサイクル数」が確認できるだけであり、標的核酸量の初期量定量という効果は本件発明装置の提供による効果とは言えない。
(d)PCR反応混合物中のPCR生成物以外の核酸や不純物からの蛍光を排除できないから、本件発明装置では、PCR反応混合物の蛍光シグナル量の変化をモニターすることはできても、PCR反応混合物中の標的核酸のみをモニターして定量することはできない。例えばプライマーと核酸は、配列に100%の相同性がなくとも非特異的にアニールして増幅することがしばしばある。一度標的核酸以外の核酸分子が増幅されれば、次サイクルからはその非特異的に増幅された核酸配列がプライマーにより増幅され、爆発的に増幅が進行してしまう。
また乙第1号証には、「PCR生成物を分離することなくPCR溶液のまま定量を行える画期的な方法」は、「リポーターとクエンチャーを結合させたオリゴヌクレオチドプローブを用いた定量法」であると記載され、乙第6号証の「Intercalation Dyes(挿入蛍光試薬)」の項の説明からは、挿入蛍光試薬から得られる蛍光を測定しただけでは標的核酸の定量まではできず補正が必要であることが読みとれる。したがって、本件発明の装置によっては標的核酸の定量ができない。

(5)判断
(5-1)
確かに、甲第7号証及び甲第8号証には、生細胞等の試料を、光ファイバーを用いて、または用いずして、試料をサンプルプレート上から物理的に動かすことなく、リアルタイムで光学シグナルを検出することが記載されていると認められる。また、甲第5号証に記載の光ファイバーが、蛍光測定装置の付属品であり、生化学用途に適用されること、その検出波長領域がエチジウムブロマイドの検出波長を含むものであること、その耐用温度がPCR反応の温度領域をカバーするものであること、及び、PCR自体が優先日当時、生化学分野の当業者に周知のものであることも認められる。
しかしながら、甲第4号証〜甲第8号証のいずれにも、「PCR反応する核酸増幅反応混合物の光学シグナルの循環依存的変化を、複数の熱循環期間にわたって測定すること」については、記載も示唆もされていないものであって、以下に示すとおり、甲第3号証〜甲第8号証を合わせてみても、本件発明1を想到することが当業者に容易に為し得たものであるとは言えない。
請求人の提出したいずれの甲号証及び参考資料を見ても、PCRによる核酸増幅反応混合物に蛍光試料を添加するなどにより、その混合物の光学シグナルが、核酸増幅反応中に、複数の熱循環に依存的に変化をすることが、本件優先日当時当業者に知られていたと認めることはできない。
請求人は、公知のリアルタイム測定のための蛍光測定装置の測定対象として、刻々と状況が変化する公知のPCR装置を選択することに何の障害もない、それは装置発明の当業者にとってはなおさらである旨、主張する。
しかしながら、刻々と変化する生化学反応を蛍光強度の変化として測定する装置や光ファイバーが公知であり、かつ、PCR反応に用いる核酸増幅反応混合物が反応中に刻々と変化することが公知であっても、その反応混合物の光学シグナルが核酸増幅反応中に刻々と変化して、それを測定することにより何らかの意味のある情報が得られることが公知でなければ、それを光学装置によって測定しようという発想を持ちようがなく、このことは、生化学分野の当業者であるか、装置分野の当業者であるかにより、変わるものではない。
この点につき請求人は、参考資料8や本件明細書【0007】の記載をあげ、「(蛍光)標識された増幅プライマー」をPCRに添加して、核酸増幅反応混合物の当該標識からのシグナルを測定することは当業者に公知であった旨、主張する。
しかしながら、これらはプライマーが蛍光標的核酸にアニールして伸長した後に、その伸長した核酸を、PCR反応終了後に反応混合物から分離して、当該伸長核酸の存在及び量を確認するために蛍光標識されているものにすぎない。すなわち、反応後の分離操作を行う前に核酸増幅反応混合物の標識シグナルを測定しても、PCR反応によって生じた伸長核酸の蛍光標識からのシグナルと、伸長しなかったプライマーからのシグナルとを識別できない。したがって、仮に、これらの伸長核酸からの蛍光標識シグナルと、非伸長プライマーからの蛍光標識シグナルとを区別できない核酸増幅反応混合物を複数の循環期間にわたって外部から測定しても、そこに意味のある経時的変化を見出すことはできないのだから、その蛍光標識によるシグナルを、核酸増幅の反応中に測定しようという動機付けにはなり得ないのである。
さらに請求人は、この「標識された増幅プライマー」の代わりに、核酸標識試薬として公知の「エチジウムブロマイド」を選択することは当業者に容易に為し得た、と主張するが、遊離のエチジウムブロマイドと「蛍光標識された増幅プライマー」は、後者がプライマーに結合しているものであって、特異的な配列の検出を行うためのものであるのに対し、前者はプライマーに結合しておらず、特異的な配列の検出を行うものではない点で異なるものであるから、両者は同等ではなく、当業者が置換し得たとは言えない。
また、この請求人の主張が、「標識された増幅プライマー」の標識として「エチジウムブロマイド」を選択することが当業者に容易に為し得た、という主張と解しても、上記「標識された増幅プライマー」と、その状況は変わらない。
すなわち、本件発明は、エチジウムブロマイドを核酸に標識として付けるようなことはせず、遊離の状態で核酸増幅反応混合物中に添加することにより、「エチジウムブロマイドが一本鎖核酸には結合しないが、二本鎖核酸には一時的に結合して蛍光シグナルを増大させ、その二本鎖核酸が一本鎖となったときには再び遊離して蛍光シグナルを低下させる」(本件明細書【0013】、【0032】、【0073】)という性質を利用して、熱循環器の温度の上げ下げに連動して変化するDNAの一本鎖、二本鎖の光学シグナルを循環依存的変化として検出可能としているものである(本件明細書【0031】、【0073】、【0122】)。一方、これを増幅プライマーに予め標識してしまった場合には、核酸増幅反応混合物を、PCR反応中外部から蛍光測定しても、上記「標識された増幅プライマー」の場合と同様、このような一本鎖、二本鎖に連動した、意味のある蛍光シグナル強度の循環依存変化は見られないのである。
そうであってみると、核酸増幅反応混合物を複数の熱循環期間にわたって、その光学シグナルを測定しようとする動機付けが、本件優先日前に当業者にあったものとは言えない。
したがって、甲第4号証〜甲第6号証に示されるような蛍光測定装置や光ファイバーが生化学用途のリアルタイムの蛍光測定に使用されるものであっても、それを、複数の熱循環期間にわたる核酸増幅反応混合物の光学シグナルの循環依存的変化を測定するために用いることが、当業者に容易に想到し得たものであるとは言えない。また、そうであるから、甲第3号証〜甲第8号証を合わせてみても、本件発明1の構成を想到することが当業者に容易に為し得たものであるとは言えない。

(5-2)
一方、本件発明1は、上記甲第3号証〜甲第8号証からは当業者に容易に想到し得ない構成を採ることにより、反応混合物中に当初からあった標的核酸の容易な定量が可能である、という当業者に予測外の格別の効果を奏するものである。具体的には、本件明細書の実施例VIII、図6、【0085】に記載のとおり、本件発明装置では、核酸増幅反応混合物中の当初の標的核酸量が多いほど、少ない熱循環(サイクル)数で蛍光シグナルがプラトー相に達し、一方、当初の標的核酸量が少ないほど、光学シグナルがプラトー相に達するまでに要するサイクル数が多くなることから、核酸増幅反応混合物の光学シグナルがプラトー相に達するまでに要するサイクル数と、既知標準の一連の希釈物から得られる光学シグナルがプラトー相に達するまでに要するサイクル数とを比較することにより、反応混合物中にあった標的核酸の当初量を知ることができる、という当業者に予測外の格別な効果を奏するものである。
これに対し請求人は、例VIII、図6、【0085】などでは具体的な定量結果が示されていないから、本件明細書の記載からだけでは標的核酸量の初期量定量はできない旨、主張する。
しかしながら、本件明細書の【0085】には、核酸増幅反応混合物中の当初の標的核酸量が多いほど、少ないサイクル数で蛍光シグナルがプラトー相に達し、一方、当初の標的核酸量が少ないほど、光学シグナルがプラトー相に達するまでに要するサイクル数が多くなること、したがって、核酸増幅反応混合物の光学シグナルがプラトー相に達するまでに要するサイクル数と、既知標準の一連の希釈物から得られる光学シグナルがプラトー相に達するまでに要するサイクル数とを比較することにより、反応混合物中にあった標的核酸の当初量を知ることができる、旨の記載がある。
そして、本件明細書の図6によれば、二本鎖核酸に対応する光学シグナルが6000秒を超えたあたりからプラトー相となっていることが明らかであり、そこまでに要したサイクル数を数えることも可能である。
してみると、このサイクル数と、既知標準の一連の希釈物から得られる光学シグナルがプラトー相に達するまでに要するサイクル数とを比較することにより、反応混合物中にあった標的核酸の当初量は算出できるから、例VIIIにおいて、特に実際の定量が行われていなくとも、当業者は、この算出方法を理解し得たものと認める。
そして、このように当業者は本件発明装置を用いることにより、PCR反応の核酸増幅反応混合物の核酸を分離することなく、当初の標的核酸量を定量できるのであるから、請求人が上記(d)で主張するような、条件によっては標的核酸の定量ができないケースが想定し得たとしても、そのような特殊なケースが存在することをもって、本件発明装置によっては標的核酸の定量ができないと言うことはできない。
また、請求人は、このような既知標準を使用した解析は本件発明装置とは関係ない作業である旨も主張する。
しかしながら、本件発明装置において「複数の循環期間にわたって光学シグナルの循環依存的変化を測定する」との特定は、本件明細書の上記内容に鑑みれば、当該循環依存的変化の測定から蛍光シグナルサイクルを得ることによって、標的核酸の当初量の算出を行うことを意図する特定であることが明らかであるし、当該算出は、このような構成をとることによって可能となるものであるから、本件発明の構成と、標的核酸の当初量の算出にかかる効果とは密接不可分なものと認められる。

(5-3)
よって、請求人の主張はいずれも採用できず、本件発明1は、甲第3号証〜甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
また、本件発明2〜7は本件発明1をさらに構成上、限定したものであるから、本件発明1と同様に、甲第3号証〜甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることもできない。
以上のとおりであるから、たとえ甲第3号証〜甲第6号証が、本件特許の優先日よりも前に頒布されたものとした場合であっても、本件発明1〜7の特許は、甲第3号証〜甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである、とすることはできない。

5.2 出願日の遡及(分割要件)について

(1)甲第1号証にかかる発明
甲第1号証の請求項1ないし25にかかる発明(以下、それぞれ「原発明1」、「原発明2」…「原発明25」という。)は、次のとおりのものである。
「【請求項1】 試料中の標的核酸を検出するに際し:(a)前記試料と、DNA結合試剤であって、二重鎖核酸に結合した場合に検出可能な信号を与え、該信号は該試剤が未結合の場合に該試剤により与えられる信号と区別可能であることをもって特徴付けられるDNA結合試剤と、増幅用試薬とを含んでなる増幅反応混合物を用意し;
(b)工程(a)の混合物により生じる前記信号の量を光ファイバにより読み取って測定し;
(c)前記混合物を前記標的核酸の増幅条件下で処理し;
(d)工程(c)の混合物により生じる前記信号の量を光ファイバにより読み取って測定し;そして(e)増幅の有無を測定する、工程を含んでなる試料中の標的核酸の検出方法。
【請求項2】 前記DNA結合試剤が、この試剤が二重鎖核酸に結合した場合の検出可能な信号の量が、前記試剤が未結合である場合に生じる検出可能な信号の量より大きいことによって更に特徴付けられる請求項1に記載の方法。
【請求項3】 前記DNA結合試剤が、挿入試剤である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】 前記挿入試剤が、螢光性染料である請求項3に記載の方法。
【請求項5】 工程(e)における螢光の増大が、増幅の生起を示す請求項4に記載の方法。
【請求項6】 工程(b)および(d)において生成される信号の量が、前記混合物をUV光に露出することにより測定され、工程(e)において、工程(b)および(d)にて生成される信号の相対量を比較して増幅生起の有無を測定する請求項5に記載の方法。
【請求項7】 前記螢光染料がエチジウムブロマイドである請求項4〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】 生成される信号の量が、分光螢光測定装置を用いて測定される請求項4〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】 増幅前の前試料中の標的核酸の量が、増幅前後の螢光増大を測定することにより定量される請求項4〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】 前記標的核酸が、遺伝性または感染性疾患を示すものである請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】 試料中の標的核酸の増幅中、二重鎖核酸の増加を監視するに際し;
(a)前記試料と、DNA結合試剤であって、二重鎖核酸に結合した場合に検出可能な信号を与え、該信号は該試剤が未結合の場合に該試剤により与えられる信号と区別可能であることをもって特徴付けられるDNA結合試剤とを含んでなる増幅反応混合物を用意し;
(b)工程(a)の混合物により生じる前記信号の量を測定し;
(c)前記混合物を前記標的核酸の増幅条件下で処理し;そして
(d)この処理工程(c)の間に混合物により生じる前記信号の量を測定する、工程を含んでなる二重鎖核酸増大の監視方法。
【請求項12】 試料中の標的核酸を量的に決定するに際し;
(a)前記試料と、DNA結合試剤であって、二重鎖核酸に結合した場合に検出可能な信号を与え、該信号は該試剤が未結合の場合に該試剤により与えられる信号と区別可能であることをもって特徴付けられるDNA結合試剤とを含んでなる増幅反応混合物を用意し;
(b)工程(a)の混合物により生じる前記信号の量を測定し;
(c)前記混合物を前記標的核酸の増幅条件下で処理し;
(d)この処理工程(c)の間に混合物により生じる前記信号の量を測定し;そして
(e)前記工程(d)の測定から、増幅前の標的核酸の量を決定する;
工程を含んでなる方法。
【請求項13】 前記処理工程の間に生成する信号の測定のために、工程(b)および(d)におてい光ファイバおよび分光螢光測定装置が使用される請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】 工程(d)において、信号の量が増幅反応中継続的に測定される請求項11〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】 前記DNA結合試剤が、挿入試剤である請求項11〜14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】 前記挿入試剤が、螢光染料である請求項15に記載の方法。
【請求項17】 前記螢光染料が、エチジウムブロマイドである請求項16に記載の方法。
【請求項18】 前記増幅反応が、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)である請求項1〜17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】 二重鎖核酸に結合した場合に検出可能な信号を与え、該信号は該試剤が未結合の場合に該試剤により与えられる信号と区別可能であることをもって特徴付けられる挿入試剤を含む増幅反応用増幅混合物を含んでなる標的核酸増幅用キットであって、前記増幅反応用増幅混合物がプライマを含まないことを特徴とする標的核酸増幅用キット。
【請求項20】 前記挿入試剤が螢光染料である請求項19に記載のキット。
【請求項21】 前記螢光染料がエチジウムブロマイドである請求項20に記載のキット。
【請求項22】 前記増幅混合物がPCR緩衝剤である請求項19〜21のいずれか1項に記載のキット。
【請求項23】 前記エチジウムブロマイドが、PCR反応において0.15μMと40.6μMとの間の染料を与えるために適した濃度をもって存在する請求項22項に記載のキット。
【請求項24】 前記増幅混合物が、それぞれPCRにおいて標的核酸の増幅に適した濃度で存在するTris-HCl、pH8.0〜8.3およびKClを含んでなる請求項22または23に記載のキット。
【請求項25】 DNAポリメラーゼ、MgCl2 、およびdNTP類をも含む請求項19〜23のいずれか1項に記載のキット。」

(2)本件発明1と原発明との対比
請求人は、本件発明1と、原発明11〜18とを比較して両者は同一である旨、主張している。
しかしながら、本件発明1では、装置の発明と方法の発明という発明のカテゴリーにおいて相違する以外に、「核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定をする」という構成が必須のものであるが、原発明11〜18のいずれも当該構成を有していない。

(3)請求人の主張
これについて請求人は、原発明14に「増幅反応中継続的に測定される」という特定があり、これを実現するためには「核酸増幅反応混合物を閉じたまま」で反応させる必要があるから、「増幅反応中継続的に測定される」の構成の中に、「閉じたままで」という構成が必然的に含まれる旨、主張する。
具体的には下記(a)〜(e)に示した旨の理由を、当該主張の根拠として挙げている。
(a)核酸増幅反応中に反応容器を開けて内部からサンプルを取り出して蛍光測定装置で測定すれば、簡便性に劣り、交差夾雑が大きくなってしまうから、この測定方法では、甲第1号証の【0030】に記載の「迅速、簡便で、試料間の交差夾雑の可能性を減少」という当該発明の解決すべき課題が解決されない。
(b)PCRの反応原理から考えて、当該反応において二重鎖DNAを検出する場合、1回の熱サイクルの中でも二重鎖DNAの生成が完了した時点、すなわち温度を下げきってから再び温度を上げはじめるときに測定することが理想だが、その瞬間に、反応容器の蓋を開け、ピペッティングし、一定量溶液を取り出してから蓋を閉じる、という一連の作業を完了することは不可能である。
(c)反応容器の蓋を開けると容器内部の温度が低下してしまい、増幅反応が止まったり、温度条件がサイクルごとに変化してしまって、閉じた系の核酸増幅反応から得られる結果とは異なるものとなる。
(d)分光蛍光測定装置による解析ではサンプル採取の必要があるため、採取の度に反応条件が変化して一定条件で反応を行うことができず、また、採取の度に反応混合物が減り、通常20〜30回の反応を繰り返すPCRの全体にわたって「継続的に測定」することはできない。
(e)甲第1号証の【0030】には、「本発明によれば、増幅された核酸が、一旦、増幅反応が開始された後は反応容器を開くことなく検出され、また反応に引続く付加的な処理または操作工程も要さない」と記載されているから、当号証に記載の発明は、反応容器を開くことなく検出を行う方法を開示している。

(4)判断
しかしながら、この請求人の主張は以下の理由で採用することができない。
(4-1)請求人の主張(a)〜(d)に対して
甲第1号証の例IVおよび図2には、「標的核酸の入った試料」と「エチジウムブロマイド」を含む「同一増幅反応混合物」を入れた容器を5本一組で用意して、同時に核酸増殖反応をさせ、5本それぞれを0、17、21、25及び29サイクルで蓋を開けて蛍光測定を行ったこと、そして「男性2ng」、「男性60ng」の系では、これら5つのサイクルのそれぞれで得られたデーターを合わせることにより、蛍光増大、すなわち核酸増殖反応の増大を確認したことが記載されている。また、この例IVには、「試料中の標的DNAが多いほど、反応物はより速く測定可能な蛍光増大を得、最終的には蛍光のプラトー水準に達する。事実、反応物の蛍光が測定可能に増大を開始した時点は、増幅前にどの程度標的が存在したかを示す効果的な定量的尺度である」と示されており、この例の測定結果より、増幅前の標的核酸量を決定できることも明らかである。
このように、この例は、「二重鎖核酸に結合した場合に検出可能な信号を与え、該信号は該試剤が未結合の場合に該試剤により与えられる信号と区別可能であることをもって特徴付けられるDNA結合試剤」に該当する「エチジウムブロマイド」と、「標的核酸の入った試料」を含む同一増幅反応混合物を入れた容器を、蛍光測定するサイクル数の分だけ一組として用意し、それらを同時に核酸増殖反応させながら、異なるサイクルで順に蓋を開けてサンプルを採取して蛍光測定を継続して行うことにより、それらの測定結果を全体的に見て核酸増殖の増大確認や、増幅前の標的核酸量の決定を行うものであって、原発明11、12、14〜18(但し、原発明14〜18については原発明13を引用する部分については除く)の構成をすべて満たすから、これらの発明の実施の態様と解することができる。
この例は、このような複数の反応容器から得られる蛍光測定結果を全体的にみることによってはじめて意味をなすものであるから、「継続的に測定する一つの反応・測定系」と解すべきものではあるが、個々のサンプル採取時には容器の蓋が開けられるので、本件発明1の「核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定をする」には該当しない。そして、サンプル採取を終えた容器から再びサンプルを採取することはないので、上記請求人主張の(a)〜(d)の問題は生じない。
したがって、原発明11、12、14〜18(但し、原発明13を引用する部分については除く)には、「核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定をする」という構成を持たない実施の態様が含まれる。

(4-2)原発明13との関係について
また、処理工程の間に生成する信号の測定のために、光ファイバーおよび分光蛍光測定装置が使用される、原発明13に関連して、甲第1号証の【0067】には、「反応ウエルまたはチューブが、外部光が蛍光測定に影響を与えることを防止すべく光封止されている限り、任意の上部プレート、試験管キャップ、または蓋装置で光ファイバリードを有するものであるか、または取付け可能なものが適している。例VIIIの本発明の実施の態様において、光ファイバを取付けるために反応チューブの蓋は取除いた。しかしながら、透明または半透明のキャップを有する反応容器を使用する場合には、線を試験管中に挿入する必要がなくなる。線が、増幅反応成分に物理的に接触することなく、反応チューブに光ファイバ線を挿入できれば望ましいことは明らかであろう。表面または容器が加熱および冷却可能な分光螢光測定装置においては、光ファイバは不要である。光ファイバは、サーモサイクラと分光螢光測定装置とが独立して装置される場合に必要となる。」と記載されており、例えば暗室内で反応を行わせるなど、反応ウェルまたはチューブが光封止状態にある限りは、チューブの蓋を取り除いて光ファイバーを取り付けるなどしてもよいものである。
したがって、原発明13、及び、原発明13を引用する原発明14〜18にかかる「光ファイバー」を用いる発明にも、「核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定をする」という構成を有していない実施の態様が含まれ得る。

(4-3)請求人の主張(e)に対して
確かに、甲第1号証の【0030】には、「本発明によれば、増幅された核酸が、一旦、増幅反応が開始された後は反応容器を開くことなく検出され、また反応に引続く付加的な処理または操作工程も要さない」と記載されている。
しかしながら、請求項にかかる発明は、明確である場合、請求項の記載どおりに認定すべきであるから、原発明において「反応容器を開くことなく」行うことが何も特定されていないのに、発明の詳細な説明に上述のような記載があることによって、原発明がそのように特定されている、と解すべきではない。
また、本件発明が甲第1号証にかかる特許出願の分割出願であって、甲第1号証の発明の詳細な説明に、本件発明に係る記載も多く含まれていることを考慮すると、この記載は、同甲号証の発明の詳細な説明などに記載されている複数の例や発明のうちで本件発明に関するものについて言及しているものとも解されるから、当該記載があることのみによって原発明11〜18が「反応容器を開くことなく検出を行う方法」のみを示すものとすることはできない。

(4-4)
したがって、原発明14に「増幅反応中継続的に測定される」という特定があっても、これが「核酸増幅反応混合物を閉じたまま」で反応させることのみを必然的に意味するものと解することはできない。
よって、本件発明1と原発明1〜18とは、装置の発明と方法の発明という発明のカテゴリーにおいて相違する以外に、前者では、「核酸増幅反応混合物を閉じたままで各反応混合物からの光シグナル測定をする」という構成が必須のものであるのに対し、後者は当該構成を有していない点で両者は相違する。
同様の理由で、他のいずれの原発明1〜10、19〜25とも、本件発明1は相違する。
また、本件発明2〜7は本件発明1をさらに構成上、限定したものであるから、本件発明1と同様に、他のいずれの原発明とも相違する。
以上のとおりであるから、本件発明は、設定登録された原出願甲第1号証の請求項にかかる発明と同一の発明ではないから、特許法第44条第1項に規定する分割出願の要件を満たし、本件特許の出願日は原出願の出願された平成4年5月6日(優先権主張1991年5月2日)である。したがって、本件発明1ないし7の特許は、原出願との関係で特許法第39条第1項に違反してされたものであるとすることはできず、また、甲第1号証(にかかる特許公開公報)もしくは甲第2号証は本件優先日よりも後に頒布されたものであるから、これらの甲号証に基づいて特許法第29条第1項第1号、第3号、又は、同条第2項の規定に違反してされたものであるとすることもできない。
なお、本件は平成4年5月6日に出願された出願から分割出願されたものであるので、その分割要件の判断については、基本的に甲第9号証(昭和53年4月発行の審査基準)が適用され、分割出願と原出願との同一性の判断は、乙第3号証(平成6年12月発行の審査基準)が適用される。

6.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2003-12-09 
結審通知日 2003-12-12 
審決日 2003-12-25 
出願番号 特願平10-21236
審決分類 P 1 112・ 121- Y (C12M)
P 1 112・ 113- Y (C12M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉住 和之六笠 紀子  
特許庁審判長 種村 慈樹
特許庁審判官 鵜飼 健
田村 聖子
登録日 2000-12-01 
登録番号 特許第3136129号(P3136129)
発明の名称 核酸増幅反応モニター装置  
代理人 山本 秀策  
代理人 鈴木 修  
復代理人 下田 憲雅  
代理人 深澤 憲広  
代理人 木村 耕太郎  
代理人 伊藤 茂  
代理人 江尻 ひろ子  
代理人 深井 俊至  

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