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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H05K
管理番号 1147951
審判番号 無効2006-80106  
総通号数 85 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2005-11-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2006-06-05 
確定日 2006-11-27 
事件の表示 上記当事者間の特許第3647446号発明「タグ用磁気シールドシートおよびタグ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3647446号の請求項1ないし8に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯・本件発明

本件特許第3647446号は、平成16年5月14日に出願され、平成17年2月18日に特許権の設定登録がなされたものである。その後、平成18年6月5日に、請求人・大同特殊鋼株式会社より、その請求項1ないし8に係る発明について、特許無効審判が請求され、これに対して、同年8月21日に被請求人より答弁書が提出されたものである。
そして、本件特許第3647446号の請求項1ないし8に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明8」という。)は、本件特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された次のとおりのものである。

「 【請求項1】
周波数が13.56MHzの電磁波の信号を送受信するためのアンテナ素子と、アンテナ素子に電気的に接続され、アンテナ素子で受信される信号に応答して、アンテナ素子から信号を送信させる集積回路とを備えるタグを、金属製の部材の近傍で用いるにあたって、アンテナ素子と金属製の部材との間に設けられるタグ用磁気シールドシートであって、
周波数が13.56MHzの電磁波における複素比透磁率μの実部μ’が30以上でありかつ複素比透磁率μの虚部μ”が6以下であり、
周波数が13.56MHzの電磁波における複素比誘電率εの虚部ε”が500以下であり、
周波数が100MHz?1GHzの電磁波における複素比透磁率μの実部μ’が7以上でありかつ複素比透磁率μの虚部μ”が7以上であるシールド層を含むことを特徴とするタグ用磁気シールドシート。
【請求項2】
前記シールド層は、ポリマーに偏平な軟磁性金属紛が混合される材料から成り、
軟磁性金属紛は、歪みおよび折れを含む形状変形を生じることなく、配向された状態で密に分散されていることを特徴とする請求項1記載のタグ用磁気シールドシート。
【請求項3】
体積固有抵抗値が106Ωcm以上であることを特徴とする請求項1または2記載のタグ用磁気シールドシート。
【請求項4】
可撓性を有することを特徴とする請求項1?3のいずれか1つに記載のタグ用磁気シールドシート。
【請求項5】
熱伝導性が付与されていることを特徴とする請求項1?4のいずれか1つに記載のタグ用磁気シールドシート。
【請求項6】
難燃性が付与されていることを特徴とする請求項1?5のいずれか1つに記載のタグ用磁気シールドシート。
【請求項7】
少なくとも一表面部に粘着性が付与されていることを特徴とする請求項1?6のいずれか1つに記載のタグ用磁気シールドシート。
【請求項8】
周波数が13.56MHzの電磁波の信号を送受信するためのアンテナ素子と、
アンテナ素子に電気的に接続され、アンテナ素子で受信される信号に応答して、アンテナ素子から信号を送信させる集積回路と、
請求項1?7のいずれか1つに記載のタグ用磁気シールドシートとを含むことを特徴とするタグ。 」

第2.請求人の主張

これに対して、請求人は、本件特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、本件発明1ないし8は、その出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許明細書は、記載が不備であって、特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号に規定された要件を満たすものではないから、本件特許は無効とすべきものであると主張し、証拠方法として甲第1号証ないし甲第12号証を提出している。

甲第1号証:特開2000-113142号公報
甲第2号証:特開2001-210510号公報
甲第3号証:再公表特許WO02/000954号公報
甲第4号証:特開2002-246828号公報
甲第5号証:特開2002-290131号公報
甲第6号証:特開2003-327831号公報
甲第7号証:特開2003-332784号公報
甲第8号証:特開2004-18003号公報
甲第9号証:特開2004-111956号公報
甲第10号証:特開2004-140322号公報
甲第11号証:清水康敬、杉浦行著、「電磁妨害波の基本と対策」、初版第1刷、社団法人電子情報通信学会、平成7年9月20日、p.78-79
甲第12号証:橋本修著、「電波吸収体のはなし」、初版、日刊工業新聞社、2001年6月29日、p.67-75

第3.被請求人の主張

一方、被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、本件発明1ないし8は、その出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、本件特許明細書は、特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号に規定された要件を満たすものであるから、請求人の主張にはいずれも理由がないと主張し、証拠方法として乙第1号証ないし乙第11号証を提出している。

乙第1号証:「最新 電磁波の吸収と遮蔽」、p.38-39,88-89,233,237,1262-1265
乙第2号証:特許第3255221号公報
乙第3号証:特許第3255222号公報
乙第4号証:特許第3293554号公報
乙第5号証:特許第3436300号公報
乙第6号証:特許第3570512号公報
乙第7号証:特許第3262948号公報
乙第8号証:橋本修著、「高周波領域における材料定数測定法」、第1版、森北出版株式会社、2003年8月26日、p.1-29
乙第9号証:Agilent Technologies、“8753ネットワーク・アナライザ・ファミリ、30kHz?6GHz(2006年10月31日販売終了)”、[online]、[2006年7月18日検索]、インターネット
乙第10号証:Agilent Technologies、“インピーダンス・アナライザ”、[online]、[2006年7月18日検索]、インターネット
乙第11号証:Agilent Technologies、“Agilent Technologies E4991A RFインピーダンス/マテリアル・アナライザ”、[online]、インターネット

第4.甲第1号証ないし甲第11号証の記載事項

1.甲第1号証:特開2000-113142号公報

(1-1)【0001】には、「【発明の属する技術分野】本発明は情報記憶装置に関し、例えば物流過程及び在庫管理等において使用される非接触型の商品識別用のタグに適用して好適なものである。」との記載がある。

(1-2)【0026】には、「【課題を解決するための手段】かかる課題を解決するため本発明においては、対象物の被着面に貼り付けられ、所定の情報が記憶された記憶手段と当該記憶手段に導通接続された所定のループ形状でなるアンテナとを有する情報記憶装置において、対象物の被着面とアンテナとの間に介在するように配置された高透磁率材料からなる磁気吸収板を設けるようにした。」との記載がある。

(1-3)【0027】には、「この結果、対象物の被着面が金属材からなる場合でも、外部から与えられる変調磁界を対象物の被着面に漏らすことなくアンテナに吸収させることができ、この結果当該変調磁界に応じてアンテナから発生した誘導電圧を記憶手段に与えることによって確実に情報を読み取ることができる。」との記載がある。

(1-4)【0029】には、「・・・補強板3ABの下面に感圧性接着フィルム3ACを介して例えばセンダスト(Sendust )(透磁率が約26)等の高透磁率材料からなる磁気吸収板21の一面を貼り付けると共に、当該磁気吸収板21の他面に感圧性接着フィルム22を介して剥離紙3ADを剥離自在に貼り付けるようにしてタグ基板20Aを積層形成した・・・」との記載がある。

(1-5)【0030】には、「この高透磁率材料からなる磁気吸収板21は、外部から与えられる磁界が微弱であっても強く磁化する性質を有するため、当該磁気吸収板21の周囲に金属材が存在しても、当該金属材に磁界が漏れることなく吸収することができる。」との記載がある。

(1-6)【0036】には、「・・・磁気吸収板21として、センダスト(Sendust )を適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、フェライト(Ferrite )やカーボニル鉄などの他の高透磁率材料(すなわち軟磁性材料)を磁気吸収板として適用することができる。」との記載がある。

(1-7)【0037】には、「この場合、透磁率が10以上の高透磁率材料からなる磁気吸収板21を適用すれば、リードライトアンテナ9から発生する変調磁界MFを実用上十分にタグアンテナ5に吸収させることができ、この結果当該タグアンテナ5から発生する誘導電圧を実用上十分にメモリIC4に与えることができる。」との記載がある。

2.甲第2号証:特開2001-210510号公報

(2-1)【0001】には、「【発明の属する技術分野】本発明は、高周波領域における磁気損失特性に優れた磁性体に関し、更に詳しくは、高周波電子部品あるいは電子機器において問題となる不要輻射の抑制に有効な複素透磁率特性に優れた軟磁性体と、それを用いた複合磁性体に関する。」との記載がある。

(2-2)【0030】には、「一方、本発明の複合磁性体を得るための副材料として用いる結合剤としては、電子回路近傍での利用を考慮し、優れた可撓性及び難燃性を得ることができる塩素化ポリエチレンが好適である・・・」との記載がある。

3.甲第3号証:再公表特許WO02/000954号公報

(3-1)【要約】には、「この発明は、高周波帯でも磁気損失項(μr”)が十分大きく、特に100MHz以上の高周波帯での電磁波吸収性能に優れた電磁波吸収シート用軟磁性合金粉末、電磁波吸収シート並びにそれらの製造方法の提供を目的とし、Fe-Si系合金またはFe-Ni系合金において、特定の組成範囲とした時、磁気損失項(μr”)が大きく向上し、該組成範囲の合金に応じた粒径、厚み、アスペクト比などの条件を最適化することによって、高周波帯で優れた電磁波吸収特性を発現し、偏平状の電磁波吸収シート用軟磁性合金粉末が得られる。」との記載がある。

4.甲第4号証:特開2002-246828号公報

(4-1)【要約】には、「【課題】・・・トランスポンダが取付けられる物品がどのような材質で形成されていても、トランスポンダは確実に作動する。
【解決手段】 電磁遮蔽板13は軟磁性粉末又は軟磁性フレークを耐熱性プラスチックに分散することにより形成され、この電磁遮蔽板13の表面上に設けられたコイル14は電磁遮蔽板13に直交する軸線を中心とする渦巻き状に形成される。電磁遮蔽板13の表面に取付けられたICチップ16はコイル14に電気的に接続され、このICチップ16には取付物品12毎に異なる固有の情報が記憶される。耐熱性プラスチックは少なくとも200℃の加熱雰囲気中で軟化又は劣化しない耐熱性を有し、電磁遮蔽板13の電気抵抗率は1×106Ω・cm以上である。」との記載がある。

(4-2)【0001】には、「【発明の属する技術分野】本発明は、RFID(無線周波数識別:Radio Frequency Identification)技術を用いたタグや、EAS(電子式物品監視:Electronic Article Surveillance)技術を用いたタグや、リーダライタ等のトランスポンダに用いられるアンテナに関するものである。」との記載がある。

(4-3)【0005】には、「・・・更に表面が導電性材料や強磁性材料により形成された物品12にトランスポンダ10を取付けた状態で、トランスポンダ10に向って電波を発信すると、トランスポンダのアンテナ17は電磁遮蔽板13により上記物品12から電磁遮蔽されるので、このアンテナ17を含む共振回路のQ値は低下せず、共振回路の自己インダクタンスは殆ど変化せず、共振回路の共振の幅は鋭さを保つ。ここでQ値とは角周波数をωとし、共振回路の抵抗分をrとするとき、ωL/rで定義される数値であり、このQ値が高いほど渦電流等による損失が少なくなり、共振の幅が鋭くなることが知られている。」との記載がある。

(4-4)【0009】には、「【発明の実施の形態】・・・物品12はこの実施の形態では自動車であり、RFID用タグ10はこの自動車12の金属製のフレーム12a(鋼板等の導電性を有する磁性材料により形成されたフレーム)にエンジンに接近して取付けられる。・・・更にコイル14と電磁遮蔽板13とによりタグ用アンテナ17が構成される。・・・」との記載がある。

(4-5)【0014】には、「上記軟磁性材料の粉末としては、粒径が1?100μmの粉末を用いることが好ましい。また軟磁性材料のフレークとしては、上記粉末をボールミルローラー等で機械的に扁平化して得られたフレーク・・・などを用いることが好ましい。」との記載がある。

(4-6)【0016】には、「電磁遮蔽板13の電気抵抗率は1×106Ω・cm以上である。電気抵抗率を1×106Ω・cm以上に限定したのは、1×106Ω・cm未満では、渦電流損失の増大によりアンテナを含む共振回路の共振が小さくなり、事実上動作不能となるからである。・・・」との記載がある。

(4-7)【0017】には、「一方、ICチップ16は図4に示すように、・・・CPU16fと、・・・を有する。・・・CPU16fの制御の下で後述するリーダライタ23(図4)からの電波のデータ通信による読出しコマンドに応じて記憶されたデータの読出しを行う・・・」との記載がある。

(4-8)【0018】には、「・・・リーダライタ用アンテナ24は自動車12に取付けられたタグ10のタグ用アンテナ17に電波を発信しかつそのタグ用アンテナ17からの電波を受信可能に構成される。・・・更に上記タグ10(電磁遮蔽板13を含む。)は図示しないが接着剤等によりフレーム12aの表面に取付けられる。」との記載がある。

(4-9)【0021】には、「・・・具体的には、リーダライタ用アンテナ24からタグ用アンテナ17に向けて2値化されたデジタル信号の質問信号を特定周波数の電波により送信する。・・・送信された質問信号の電波はタグ用アンテナ17に受信される。・・・」との記載がある。

(4-10)【0022】には、「・・・CPU16fはこの質問信号に基づいてメモリ16aに書込まれていたその自動車12に関する情報を送信する。この情報の送信は2値化されたデータ信号を・・・タグ用アンテナ17から送出することにより行われる。送信されたデータはリーダライタ用アンテナ24が受信し・・・」との記載がある。

5.甲第5号証:特開2002-290131号公報

(5-1)【0006】には、「【課題を解決するための手段】請求項1に係る発明は、図1及び図2に示すように、ICチップ13又はコンデンサに電気的に接続され物品11に取付けられるトランスポンダ用アンテナの改良である。その特徴ある構成は、平板状に形成され裏面が物品11に取付けられる導電部材14aと、導電部材14aの表面に絶縁材16を介して渦巻き状に巻回されて固着され巻回された状態で所定の特性値を得るように巻数又は渦巻き径が調整されたコイル本体14bとを備えたところにある。」との記載がある。

6.甲第6号証:特開2003-327831号公報

(6-1)【0004】には、「【発明が解決しようとする課題】・・・本発明の目的は、電磁波吸収特性が優れる複合軟磁性体を得るため軟磁性粉を高充填しても、前記複合軟磁性体を成形性良く形成することができる硬化性シリコーン組成物、および電磁波吸収特性が優れ、かつ難燃性および熱伝導性が優れる複合軟磁性体を提供することにある。」との記載がある。

7.甲第7号証:特開2003-332784号公報

(7-1)【要約】には、「【解決手段】本発明の軟磁性体組成物は、熱可塑性樹脂または熱硬化製樹脂である結合材40?70体積%と、軟磁性粉末30?60体積%とを混合して、体積抵抗率を105Ω・cm以上の低導電性または非導電性としたものである。・・・」との記載がある。

8.甲第8号証:特開2004-18003号公報

(8-1)【0021】には、「非接触ICタグラベルの交信周波数としては、一般的には125kHz、13.56MHz、2.45GHz、5.8GHz(マイクロ波)の周波数帯から選択して使用される。非接触ICタグラベルでは、13.56MHzを利用する場合が多く、各種のリーダやリーダライタが使用されている。・・・」との記載がある。

9.甲第9号証:特開2004-111956号公報

(9-1)【0001】には、「本発明は、高周波での磁気損失特性に優れた磁気損失体及びその製造方法に関する。」との記載がある。

(9-2)【0005】には、「・・・このような磁気損失を利用した不要輻射減衰の作用機構については、最近の研究から、不要輻射源となっている電子回路に対して等価的な抵抗成分が付与されることによることが分かっている。ここで、等価的な抵抗成分の大きさは、虚部透磁率μ″の大きさに依存し、ノイズ抑制効果が現われる周波数領域は、虚部透磁率μ″の周波数分散に依存する。したがって、より大きな不要輻射の減衰を得るためには、大きなμ″と不要輻射の周波数に見合ったμ″の周波数分散が必要になってくる。」との記載がある。

(9-3)【0009】には、「本発明の他の目的は、信号成分に影響を与えることなくノイズ成分を効果的に抑制することを可能にする磁気損失体を提供することにある。」との記載がある。

(9-4)【0036】には、「図3Aに示すように、信号周波数領域(信号)では線路に付与される抵抗Rがほぼ零であり、ノイズ周波数領域(雑音)では線路に付与される抵抗Rが大きいことが好ましい。」との記載がある。
(9-5)【0038】には、「したがって、図3Bに示すように、周波数の上昇に対して急峻に立ち上がり、その後緩やかに減少する分散を示すものが虚部透磁率μ″の理想的な分散プロファイルであるといえる。また、特に図示しないが、前述のように立ち上がりが急峻で、その後、急激に減少するプロファイルにおいては、広い帯域に渡って分散する特性のまた、優れたプロファイルであるといえる。」との記載がある。

(9-6)【0084】には、「・・・
【図3A】雑音分離に必要な等価抵抗成分Rの理想周波数特性を示す図である。
【図3B】磁気損失体の虚部透磁率μ″の周波数特性の理想プロファイルを示す図である。
・・・
【図9】本発明の実施例3の試料のμ"-f特性図である。
・・・」との記載がある。

10.甲第10号証:特開2004-140322号公報

(10-1)【0001】には、「【発明の属する技術分野】
本発明は、電波吸収体及びその製造方法に関するものであり、特に、100MHz?数GHz帯域における電波の遮蔽に有効な電波吸収体に関するものである。」との記載がある。

(10-2)【0008】には、「本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、数百MHz?数GHzの周波数帯域の広い範囲で複素透磁率の虚数部μ”が高く、高周波帯域での電磁波抑制効果に優れた電波吸収体を提供することを目的とする。
また、本発明は、1GHz?10GHzの高周波帯域での複素透磁率の虚数部μ”が高く、このような高周波帯域での電磁波抑制効果に優れた電波吸収体を提供することを目的とする。」との記載がある。

(10-3)【0010】には、「・・・更に、樹脂がフッ素系熱可塑性エラストマー、フッ素化ポリオレフィン樹脂、パーフルオロアルコキシ樹脂またはフッ化エチレンプロピレン共重合体のいずれかよりなる場合、電波吸収体として軟質のものを得ることができる。・・・これにより、シート状の電波吸収体として利用する場合、貼り付け場所を選ぶ必要が無く、貼り付け箇所の形状に合わせて簡単に添わせることができ、貼り付け作業が容易となり、貼り付け作業自体も容易になる特徴を有する。」との記載がある。

(10-4)【表2】には、実施例4の1GHzにおける実効透磁率μ’、虚数透磁率μ”は、それぞれ「17.2」、「14.6」と記載されている。

(10-5)【図面の簡単な説明】には、「・・・
【図10】図10は実施例4の実効透磁率μ’及び虚数透磁率μ”の周波数特性を示すグラフである。
・・・」との記載がある。

(10-6)図10に記載された、実施例4の実効透磁率μ’及び虚数透磁率μ”の周波数特性を示すグラフによれば、13.56MHzにおけるμ’、μ”は、それぞれ「ほぼ60」、「ほぼ0」であり、100MHz?1GHzにおけるμ’、μ”は、それぞれ「ほぼ17ないし35」、「ほぼ10ないし15」であると認められる。

11.甲第11号証:清水康敬、杉浦行著、「電磁妨害波の基本と対策」、初版第1刷、社団法人電子情報通信学会、平成7年9月20日、p.78-79

(11-1)第79ページ第3?11行には、「導電性材料において単位体積当たりの電波吸収エネルギーP(W/m3)は,抵抗率ρ(Ω・m),あるいは導電率σ(S/m)を用いて,次のように表される.
P=|E|2/2ρ=(1/2)σ|E|2 (W/m3) (5.1)
一般に,電波吸収体内部の電界は,場所によって異なる.電波吸収体全体の電波吸収エネルギーは,この式のPの体積積分で示される.
2.4.2項で説明したように,一般の材料は,複素比誘電率εr(=ε'r-jε"r)で示される.導電性損失材料の場合には,抵抗率ρ(Ω・m)を用いて,
ε"r=1/(ωε0ρ) (5.2)
の関係がある.」との記載がある。

12.甲第12号証:橋本修著、「電波吸収体のはなし」、初版、日刊工業新聞社、2001年6月29日、p.67-75

(12-1)電波吸収体に使用する吸収材料の電気特性を測定する方法について記載されている。

第5.当審の判断(特許法第29条第2項違反について)

1.引用発明の認定

(1)甲第4号証に記載された発明(引用発明1)

上記記載事項(4-1)?(4-10)及び図1?4の記載からみて、甲第4号証には、

「 特定周波数の電磁波の信号を送受信するためのタグ用アンテナ17のコイル14と、コイル14に電気的に接続され、コイル14で受信される信号に応答して、コイル14から信号を送信させるICチップ16とを備えるRFID用タグ10を、金属製のフレーム12aの近傍で用いるにあたって、コイル14と金属製のフレーム12aとの間に設けられる電磁遮蔽板13であって、
耐熱性プラスチックに扁平化した軟磁性フレークが混合される軟磁性材料から成るシールド層を含み、電気抵抗率が1×106Ω・cm以上である電磁遮蔽板13。 」

の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されているものと認められる。

(2)甲第10号証に記載された発明(引用発明2)

上記記載事項(10-1)(10-2)(10-4)?(10-6)からみて、甲第10号証には、

「 周波数が13.56MHzの電磁波における実効透磁率μ’がほぼ60でありかつ虚数透磁率μ”がほぼ0であり、
周波数が100MHz?1GHzの電磁波における実効透磁率μ’がほぼ17ないし35でありかつ虚数透磁率μ”がほぼ10ないし15である電波吸収体。 」

の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されているものと認められる。

2.本件発明1について

(1)対比

本件発明1と引用発明1を対比すると、引用発明1の「タグ用アンテナ17のコイル14」又は「コイル14」、「ICチップ16」、「RFID用タグ10」、「金属製のフレーム12a」、「電磁遮蔽板13」は、それぞれ、本件発明1の「アンテナ素子」、「集積回路」、「タグ」、「金属製の部材」、「タグ用磁気シールドシート」に相当する。

また、引用発明1の「耐熱性プラスチックに扁平化した軟磁性フレークが混合される軟磁性材料から成るシールド層」は、「軟磁性材料から成るシールド層」の限りにおいて、本件発明1の「周波数が13.56MHzの電磁波における複素比透磁率μの実部μ’が30以上でありかつ複素比透磁率μの虚部μ”が6以下であり、周波数が13.56MHzの電磁波における複素比誘電率εの虚部ε”が500以下であり、周波数が100MHz?1GHzの電磁波における複素比透磁率μの実部μ’が7以上でありかつ複素比透磁率μの虚部μ”が7以上であるシールド層」と共通する。

したがって、本件発明1と引用発明1は、

「 特定周波数の電磁波の信号を送受信するためのアンテナ素子と、アンテナ素子に電気的に接続され、アンテナ素子で受信される信号に応答して、アンテナ素子から信号を送信させる集積回路とを備えるタグを、金属製の部材の近傍で用いるにあたって、アンテナ素子と金属製の部材との間に設けられるタグ用磁気シールドシートであって、
軟磁性材料から成るシールド層を含むタグ用磁気シールドシート。 」

の点で一致し、以下の点で相違するものと認められる。

[相違点A]
送受信周波数に関して、本件発明1では、「13.56MHz」であるのに対して、引用発明1では、具体的な数値は特定されていない点。

[相違点B-1]
シールド層に関して、本件発明1では、「周波数が13.56MHzの電磁波における複素比透磁率μの実部μ’が30以上でありかつ複素比透磁率μの虚部μ”が6以下であり」「周波数が100MHz?1GHzの電磁波における複素比透磁率μの実部μ’が7以上でありかつ複素比透磁率μの虚部μ”が7以上である」のに対して、引用発明1では、複素比透磁率の数値は特定されていない点。

[相違点B-2]
シールド層に関して、本件発明1では、「周波数が13.56MHzの電磁波における複素比誘電率εの虚部ε”が500以下であ」るのに対して、引用発明1では、複素比誘電率の数値は特定されていない点。

(2)判断(相違点についての検討)

ア.相違点Aについて

本件発明1の属するRFIDタグないしは非接触ICタグの技術分野においては、送受信周波数として、限られた複数の周波数の中から選択して使用するのが一般的であって、その中でも13.56MHzを利用する場合が通常である(上記記載事項(8-1)参照)から、引用発明1において、送受信周波数として、通常利用される13.56MHzを選択することに格別の困難性は認められない。

したがって、上記相違点Aに係る本件発明1の構成は、引用発明1及び甲第8号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に想到し得たことである。

イ.相違点Bについて

(ア) 相違点B-1(複素比透磁率に関する構成)について

上記相違点B-1に係る本件発明1の構成(以下、「本件構成B-1」という。)と、引用発明2とを対比するに、引用発明2の「実効透磁率μ’」、「虚数透磁率μ”」は、電波吸収体の技術分野において「透磁率」という用語が比透磁率(真空の透磁率に対する比)の意味で使用されることが一般的であること、及び甲第10号証の図10に示されたμ’及びμ”の値(上記記載事項(10-6)参照)に照らすと、それぞれ本件構成B-1の「複素比透磁率μの実部μ’」、「複素比透磁率μの虚部μ”」に相当するものと認められる(被請求人はかかる相当関係の認定を認めている点を付言する。答弁書第8ページ第20?25行参照。)。また、引用発明2の「電波吸収体」は、その限りにおいて、本件構成B-1の「シールド層」と共通するものである。

そうすると、引用発明2の「周波数が13.56MHzの電磁波における実効透磁率μ’がほぼ60でありかつ虚数透磁率μ”がほぼ0であり」は、本件構成B-1のうち、13.56MHzにおける複素比透磁率の実部μ’及び虚部μ”の数値範囲(それぞれ「30以上」、「6以下」)を充足することは明らかであり、かつ、引用発明2の「周波数が100MHz?1GHzの電磁波における実効透磁率μ’がほぼ17ないし35でありかつ虚数透磁率μ”がほぼ10ないし15である」は、本件構成B1のうち、100MHz?1GHzにおける複素比透磁率の実部μ’及び虚部μ”の数値範囲(ともに「7以上」)を充足することは明らかであるから、結局のところ、電波吸収体の限りにおいて、引用発明2は、実質的に、本件構成B-1と一致するものと認められる。

そして、引用発明2の引用発明1への適用容易性について検討するに、引用発明2と同じ電波吸収体(磁気損失体)の技術分野に属する甲第9号証には、信号成分に影響を与えることなくノイズ成分を効果的に抑制するために、信号周波数領域(信号)では、虚部透磁率μ”をほぼ零として、ノイズ周波数領域(雑音)では、虚部透磁率μ”を大きくする点が記載(上記記載事項(9-2)?(9-6),図3A,3B)されているものと認められる。また、甲9号証には、13.56MHzにおける虚部透磁率μ”が1に近い値を示すμ”-f特性図も記載(上記記載事項(9-6),図9参照)されている。

してみれば、引用発明2を、引用発明1における、タグ用アンテナ17の送受信周波数の領域に適用することについて、十分な動機付けがあるというべきであって、引用発明2を引用発明1に適用するにあたり、送受信周波数を虚数透磁率μ”がほぼ0である周波数領域(13.56MHz)に設定して、タグ用アンテナ17の送受信信号に影響を与えないようにすることも、甲第9号証の上記記載事項、及び13.56MHzの送受信周波数が通常利用されることに照らして、当業者が容易に想到し得たことである。

したがって、本件構成B-1は、引用発明1及び2並びに甲第9号証の記載事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(イ) 相違点B-2(複素比誘電率に関する構成)について

まず、上記相違点B-2に係る本件発明1の構成(以下、「本件構成B-2」という。)の臨界的意義について検討する。

本件特許明細書には、本件構成B-2について、「13.56MHzの電磁波に対しては、複素比誘電率εの虚部ε”が500以下と小さい。・・・虚部ε”が大きい場合は、導電性が発現することになる。導電性が発現した場合、磁束がシールド層を通過する際に渦電流が発生してしまう。このように渦電流が発生すると、・・・磁束を減衰させることにより無線通信の障害となる。」(【0013】)、「しかも複素比誘電率εの虚部ε”が小さく、磁束がシールド層を通過する際に渦電流が発生してしまい、・・・無線通信の障害になることを防止して、好適な無線通信環境を実現することができる。」(【0037】)、「シールド層11は、複素比誘電率εの虚部ε”が小さい材料から成る。具体的には、シールド層11の複素比誘電率εの虚部ε”は、500以下である。複素比誘電率εの虚部ε”は、小さいほど好ましく、まさに下限はないが、0以下の値となり得ることがない。」(【0054】)、及び「また本件材料の複素比誘電率εの虚部ε”は、従来材料の複素比誘電率の実部と同程度またはそれ以下である小さい値であり、導電性を発現することのない十分に低い値である。」(【0055】)と記載されているところ、かかる記載は、複素比誘電率の虚部ε”の大きさと導電性の発現ないしは渦電流の発生との関係についての定性的な説明にとどまるものであり、「500以下」という数値範囲について定量的に説明するものとは認められず、かかる具体的な上限値をいかにして導出したのかが不明確であるから、かかる記載に「500以下」という数値範囲の臨界的意義を見いだすことはできない。

さらに、本件特許の図2ないし7には、実施例1ないし3、及び比較例1ないし3の材料定数の測定結果を示すグラフが記載されているところ、かかる測定結果によれば、13.56MHzにおける複素比誘電率の虚部ε”の値は、実施例1では概ね500、実施例2及び3では概ね80ないし90、比較例1及び2では測定範囲外のため不明、比較例3では概ね50であると認められ、測定結果が明らかな唯一の比較例(比較例3)が「500以下」という数値範囲を充足することに加えて、かかる測定結果と導電性の発現ないし渦電流の発生との関係については記載も示唆もなく不明確であるから、かかる測定結果からも、「500以下」という数値範囲の臨界的意義を見いだすことはできない。

この点、被請求人は、無線通信環境を改善するためには、タグ用磁気シールドシートにおいて、電磁波が金属面に侵入する深さ(表皮深さδ)を厚くすることにより、シートの厚み分電磁波を取り込むようにして、シート内に磁束を集中させて磁界の遮蔽効果を高めることが必要である一方で、表皮深さδと導電率σの関係式(答弁書第13ページ,式(1))を示しつつ、表皮深さδを厚くするために導電率σを小さくすることが必要であり、導電率σと複素比誘電率の虚部ε”の関係式(答弁書第14ページ,式(3))を示しつつ、導電率σを小さくするために複素比誘電率の虚部ε”に「500」という上限値を設けている旨主張する(答弁書第13ページ第11行?第14ページ第28行)。

さらに、被請求人は、本件発明1のような結合材(ポリマー)と導電性粒子(軟磁性金属粉)からなる複合系材料においては、導電性粒子が点接触して導通パスが形成されるまでは、導電性粒子の添加量、形状、分散状態等によって、抵抗率ρ(導電率σの逆数)の制御が可能(1014[Ω・cm]から102[Ω・cm]に急激に低下する。)であるのに対して、導通パスが形成された状態で、更に抵抗率ρを低下させる制御は困難であって、制御可能な13.56MHzの抵抗率が約102[Ω・cm]以上であり、それに対応する13.56MHzの複素比誘電率の虚部ε”が500以下である旨主張する(答弁書第18ページ第19行?第19ページ第8行)。

しかしながら、本件発明1のような複合系材料(誘電性材料)においては、導電性材料とは異なり、上記の導電率σと複素比誘電率の虚部ε”の関係式は成立しないのであり(乙第1号証第89ページ左欄第3?17行参照)、この点は被請求人も認めるところである(答弁書第17ページ第9?24行)。そうであるならば、仮に、表皮深さδ及び導電率σの数値が特定されていても、複素比誘電率の虚部ε”の具体的な数値を導出する式が明らかではないことになるから、「500」という上限値を導出した根拠が不明確であるといわざるを得ない。

また、抵抗率ρの制御の困難性については、本件特許明細書には記載も示唆もないから、そもそも、抵抗率の制御の困難性をもって、複素比誘電率の虚部ε”の臨界的意義を主張すること自体失当であるものの、一応、被請求人の主張を検討するに、被請求人は、制御可能な13.56MHzの抵抗率の下限値が102[Ω・cm]である旨主張して、その証拠方法として、乙第1号証の第233ページ図3.1-20並びに第237ページ図3.1-28及び図3.1-29を挙げる。しかしながら、これらの図によれば、材料の種類によっては、抵抗率は101[Ω・cm]程度まで急激に低下しているもの(例えば、「Vulcan XC-72」「Vulcan SC」)も見られ、また、測定周波数も明記されておらず、これらの図の記載から、制御可能な13.56MHzの抵抗率の下限値が102[Ω・cm]であると認定することは困難である。

さらに、被請求人は、13.56MHzにおいて、抵抗率が約102[Ω・cm]以上に対応する複素比誘電率の虚部ε”が500以下である旨主張するが、本件発明1のような複合系材料(誘電性材料)において、抵抗率ρ(導電率σの逆数)と複素比誘電率の虚部ε”の関係式(上記記載事項(11-1)参照。)が成立しないのは、上記導電率σと複素比誘電率の虚部ε”の関係式と同じであるから、抵抗率が102[Ω・cm]以上という値から、いかにして「500」という上限値を導出したのかが不明確であるといわざるを得ない。結局のところ、複素比誘電率の虚部ε”を「500以下」とした数値範囲の臨界的意義についての被請求人の主張はいずれも採用することはできない。

してみれば、本件構成B-2については、複素比誘電率εの虚部ε”を「500以下」とした数値範囲の臨界的意義はないというべきである。

次に、甲第4号証の記載事項について検討するに、甲第4号証には、電磁遮蔽版13の電気絶縁性に関して、「電気抵抗率は1×106Ω・cm以上である」と記載(上記記載事項(4-1))されており、その理由について「1×106Ω・cm未満では、渦電流損失の増大によりアンテナを含む共振回路の共振が小さくなり、事実上動作不能となるからである。」と記載(上記記載事項(4-6))されている。

そして、複素比誘電率の虚部ε”の値が大きくなると、シールド層の導電性が発現して渦電流が発生し、無線通信に障害が生ずることは、電磁遮蔽の技術分野において当業者に良く知られた技術常識であること(被請求人も、導電率σと虚部ε”の関係式を提示して、実質的にこの点を認めている。答弁書第14ページ第17?24行参照。)に照らせば、「電気抵抗率ρの値を大きくすること」と「複素比誘電率の虚部ε”の値を小さくすること」は、導電性の発現ないしは渦電流の発生を抑制する観点から、実質的に同一の技術的意義を有するものであって、甲第4号証の当該記載事項には、電気抵抗率ρの下限値を設定する、すなわち複素比誘電率の虚部ε”の上限値を設定することにより、電磁遮蔽板13における導電性の発現を抑制して、渦電流の発生を防止し、無線通信環境の改善を図るという技術的思想が記載されているものと認められる。

してみれば、引用発明1において、無線通信環境の改善を図るために、送受信周波数として13.56MHzを選択するにあたり、かかる周波数における複素比誘電率の虚部ε”の上限値を設定することは、甲第4号証の記載事項及び上記技術常識に照らして、当業者ならば容易に想到し得たことであって、当該上限値を「500」とした点についても、上記のとおり臨界的意義が認められない以上、格別の困難性はないというべきである。したがって、本件構成B-2は、引用発明1に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

ウ.本件発明1の効果について

本件発明1の奏する効果は、本件特許明細書及び答弁書の記載からみて、「タグの通信環境改善にあたって、複素比透磁率μの観点から、近傍の金属製の部材の影響を無くし、かつ電磁波のタグ用磁気シールドシート自体による減衰を防止する。」(答弁書第5ページ第18?20行。以下、「効果a」という。)、「タグの通信環境改善にあたって、複素比誘電率εの観点から、電磁波のタグ用磁気シールドシート自体による減衰を防止することができる。」(答弁書第5ページ第22?23行。以下、「効果b」という。)、及び「通信に用いない100MHz?1GHzは吸収して、不要放射ノイズ等を防止することができる。」(答弁書第5ページ第24?25行。以下、「効果c」という。)であると認められる。

そして、上記効果aについては、タグ用磁気シールドシートを高透磁率材料ないしは軟磁性材料(複素比透磁率の実部μ’が高い材料)で構成することにより、電磁波の遮蔽効果を高めて、近傍の金属製の部材の影響を無くし、タグの通信環境改善を図ることは、電磁遮蔽の技術分野において従来周知の事項(例えば、上記記載事項(1-1)?(1-7)、(4-1)?(4-3)参照)であること、甲第9号証には、信号成分に影響を与えることない電波吸収体を提供するために、信号周波数領域(信号)では、虚部透磁率μ”をほぼ零とする点が記載(上記記載事項(9-2)?(9-6),図3A,3B)されていること、及び、甲第10号証には、13.56MHzにおける実効透磁率μ’がほぼ60でありかつ虚数透磁率μ”がほぼ0である電波吸収体が記載されており、μ’が60という値は、電磁波の遮蔽効果が得られる大きな値であると認められること(上記記載事項(1-4)(1-7)参照)からみて、上記効果aは、引用発明1及び2並びに甲第9号証の記載事項から予測できるものであって、格別顕著な効果ということはできない。

また、上記効果bについては、甲第4号証に、複素比誘電率の虚部の上限値を設定することにより、電磁遮蔽板13における導電性の発現を抑制して、渦電流の発生を防止し、無線通信環境の改善を図るという技術的思想が記載されていると認められることは上記のとおりであるから、甲第4号証の記載事項から予測できるものであって、格別顕著な効果ということはできない。

さらに、上記効果cについては、電波吸収体の技術分野において、高周波帯における複素比透磁率の虚部μ”を大きな値とすることで、高周波帯における電波吸収性能を高めることが従来周知の事項(例えば、上記記載事項(3-1)参照)であって、甲第9及び10号証にも記載ないし示唆(上記記載事項(9-1)?(9-2),(10-1)(10?2))されている効果であるから、格別顕著な効果ということはできない。

なお、被請求人は、本件発明1の効果について、上記効果aないしcに加えて、「これら効果a?cが相乗的に働いて、タグにおける通信環境を改善することができる。」という格別の効果がある旨主張(答弁書第5ページ第26?27行)するが、上記効果aないしcが「相乗的に働いた」ことによる格別の効果について具体的な説明はなく、被請求人の主張は具体性を欠くものであって、採用することはできない。

エ.むすび

したがって、本件発明1は、引用発明1及び2並びに甲第4,8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3.本件発明2について

(1)対比

本件発明2は、本件発明1に「前記シールド層は、ポリマーに偏平な軟磁性金属紛が混合される材料から成り、軟磁性金属紛は、歪みおよび折れを含む形状変形を生じることなく、配向された状態で密に分散されている」という発明特定事項を付加するものである。

そうすると、本件発明2と引用発明1を対比すると、上記第5.2.(1)に記載した相当関係に加えて、引用発明1の「耐熱性プラスチック」、「扁平化した軟磁性フレーク」、「軟磁性材料」は、それぞれ本件発明2の「ポリマー」、「偏平な軟磁性金属粉」、「(ポリマーに偏平な軟磁性金属粉が混合される)材料」に相当するから、本件発明2と引用発明1は、

「 特定周波数の電磁波の信号を送受信するためのアンテナ素子と、アンテナ素子に電気的に接続され、アンテナ素子で受信される信号に応答して、アンテナ素子から信号を送信させる集積回路とを備えるタグを、金属製の部材の近傍で用いるにあたって、アンテナ素子と金属製の部材との間に設けられるタグ用磁気シールドシートであって、
ポリマーに偏平な軟磁性金属紛が混合される材料から成るシールド層を含むタグ用磁気シールドシート。 」

の点で一致し、上記第5.2.(1)に記載した相違点A、B-1及びB-2に加えて、以下の点で相違するものと認められる。

[相違点C]
シールド層に関して、本件発明2では、「軟磁性金属紛は、歪みおよび折れを含む形状変形を生じることなく、配向された状態で密に分散されている」のに対して、引用発明1では、軟磁性フレークにつき「歪みおよび折れを含む形状変形を生じること」のないものか否か不明であり、軟磁性フレークの分散状態も不明である点。

(2)判断

まず、上記相違点A、B-1及びB-2に係る本件発明2の構成については、上記第5.2.(2)ア.及びイ.に記載したとおり、格別の困難性は認められない。

また、上記相違点Cについて検討するに、本件発明2のようなポリマー及び軟磁性金属粉からなる複合系材料においては、ポリマーに混合された軟磁性金属粉の形状や分散状態が、タグ用磁気シールドシートの導電性に影響を及ぼすことは、電磁遮蔽の技術分野において従来周知の事項であるから、軟磁性金属粉の形状や分散状態を好適化して、タグ用磁気シールドシートの導電性について所望の性能を得ることは、当該技術分野における当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎないものである。してみれば、上記相違点Cに係る本件発明2の構成に格別の困難性は認められない。

なお、被請求人は、本件特許に係るタグ用磁気シールドシートにつき、ポリマーと軟磁性金属粉の配合方法、及びシート形成方法は「技術常識」ないしは「当業者にとって容易に想到し得る」ものである旨主張(答弁書第25ページ第1行?第27ページ第20行)し、タグ用磁気シールドシートのシールド層における軟磁性金属粉の形状や分散状態を好適化することについて、実質的に、格別の困難性はないことを認めている点を付言する。

してみれば、本件発明2についても、本件発明1と同様に、引用発明1及び2並びに甲第4、8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.本件発明3について

本件発明3は、本件発明1又は2に「体積固有抵抗値が106Ωcm以上である」との発明特定事項を付加するものであるところ、かかる発明特定事項は引用発明1が具備(引用発明1の「電気抵抗率」、「1×106Ω・cm」は、それぞれ本件発明3の「体積固有抵抗値」、「106Ωcm」に相当する。)するものである。

してみれば、本件発明3は、引用発明1及び2並びに甲第4、8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお、本件発明3は、体積固有抵抗値の測定周波数について何ら限定するものではないが、仮に「13.56MHzにおける体積固有抵抗値が106Ωcm以上である」と限定解釈したとしても、上記のとおり、甲第4号証に、電気抵抗率(体積固有抵抗値)の下限値を設定することにより、電磁遮蔽板13における導電性の発現を抑制して、渦電流の発生を防止し、無線通信環境の改善を図るという技術的思想が記載されている以上、送受信周波数として通常用いられる13.56MHzを選択して、かかる周波数における電気抵抗率の下限値を好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないものである。よって、かかる限定解釈に格別の困難性を見いだすことはできないことを付言する。

5.本件発明4について

本件発明4は、本件発明1ないし3のいずれかに「可撓性を有すること」との発明特定事項を付加するものであるところ、ポリマーをマトリックスとしてシート状のものを形成すれば、多くの場合に可撓性を有することは明らかであり、かつ、一般的に、電波吸収体に可撓性を付与することは、従来周知の事項(例えば、上記記載事項(2-2)(10-3)参照)であるから、かかる従来周知の発明特定事項を付加することに格別の困難性を見いだすことはできない。

してみれば、本件発明4は、引用発明1及び2並びに甲第4、8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

6.本件発明5について

本件発明5は、本件発明1ないし4のいずれかに「熱伝導性が付与されていること」との発明特定事項を付加するものであるところ、一般的に、電波吸収体に熱伝導性を付与することは、従来周知の事項(例えば、上記記載事項(6-1)参照)であるから、かかる従来周知の発明特定事項を付加することに格別の困難性を見いだすことはできない。

してみれば、本件発明5は、引用発明1及び2並びに甲第4、8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

7.本件発明6について

本件発明6は、本件発明1ないし5のいずれかに「難燃性が付与されていること」との発明特定事項を付加するものであるところ、一般的に、電波吸収体に難燃性を付与することは、従来周知の事項(例えば、上記記載事項(2-2)(6-1)参照)であるから、かかる従来周知の発明特定事項を付加することに格別の困難性を見いだすことはできない。

してみれば、本件発明6は、引用発明1及び2並びに甲第4、8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

8.本件発明7について

本件発明7は、本件発明1ないし6のいずれかに「少なくとも一表面部に粘着性が付与されていること」との発明特定事項を付加するものであるところ、本件特許に係るタグを物品の被着面に配置するに当たり、粘着剤を使用することは常套手段(例えば、上記記載事項(1-4)(4-8)参照)であるから、かかる発明特定事項を付加することに格別の困難性を見いだすことはできない。

してみれば、本件発明7は、引用発明1及び2並びに甲第4、8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

9.本件発明8について

本件発明8は、本件発明1ないし7のいずれかについて「タグ用磁気シールドシート」の発明から「タグ」の発明へ形式を変更したものであるから、本件発明8についても、本件発明1ないし7と同様に、引用発明1及び2並びに甲第4、8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6.むすび

以上のとおり、本件発明1ないし8は、引用発明1及び2並びに甲第4、8及び9号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、請求人が主張する他の理由について判断するまでもなく、無効とすべきものである。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-09-28 
結審通知日 2006-10-02 
審決日 2006-10-17 
出願番号 特願2004-145556(P2004-145556)
審決分類 P 1 113・ 121- Z (H05K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 川内野 真介  
特許庁審判長 鈴木 久雄
特許庁審判官 前田 仁
平瀬 知明
登録日 2005-02-18 
登録番号 特許第3647446号(P3647446)
発明の名称 タグ用磁気シールドシートおよびタグ  
代理人 杉山 毅至  
代理人 石田 祥二  
代理人 須賀 総夫  
代理人 西教 圭一郎  

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