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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200580025 審決 特許
無効2007800043 審決 特許
無効2007800191 審決 特許
審判199935756 審決 特許
無効200480238 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  F16F
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  F16F
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16F
審判 全部無効 2項進歩性  F16F
管理番号 1154952
審判番号 無効2005-80026  
総通号数 89 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-05-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-01-27 
確定日 2007-04-12 
事件の表示 上記当事者間の特許第3114624号発明「免震装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯の概要
本件特許第3114624号に係る発明についての出願は、平成8年7月30日(優先権主張 平成7年8月4日)に特許出願され、平成12年9月29日に特許の設定登録がなされたものであって、これに対し平成17年1月27日に請求人より本件無効審判の請求がされ、平成17年4月15日に被請求人より審判事件答弁書が提出された。
その後、請求人から、平成17年6月20日付けで口頭審理陳述要領書が提出され、被請求人から平成17年7月20日付け及び平成17年8月4日付けで口頭審理陳述要領書が提出され、平成17年8月4日に口頭審理が実施された。
さらに、請求人から平成17年8月26日付けで上申書が提出され、被請求人から平成17年9月16日付けで上申書の提出がなされたものである。

2.本件特許発明
本件特許第3114624号の請求項1ないし6に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明6」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。
「 【請求項1】 柱状鉛と、弾性材料層及び剛性材料層が交互に積層されてなる弾性体と、少なくともこの弾性体の内周面で規定された中空部とを具備している免震装置であって、柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02?1.12であるようにして柱状鉛が中空部に密に配されてなり、前記積層方向の荷重を支持するようにした免震装置。
【請求項2】 前記比Vp/Veが、1.02?1.07である請求項1に記載の免震装置。
【請求項3】 前記中空部を規定する弾性体の内周面は、柱状鉛が弾性体の弾性材料層に食い込んで、当該弾性材料層の位置で凹面になっている請求項1又は2に記載の免震装置。
【請求項4】 前記中空部を規定する弾性体の内周面は、柱状鉛が弾性体の弾性材料層に食い込んで、剛性材料層の位置で凸面になっている請求項1から3のいずれか一項に記載の免震装置。
【請求項5】 前記剛性材料層は、弾性体におけるその各端面側にそれぞれ配された厚肉剛性板を具備しており、前記柱状鉛の一端部は、一方の厚肉剛性板の内周面によって規定された中空部の一端部に密に配されており、前記柱状鉛の他端部は、他方の厚肉剛性板の内周面によって規定された中空部の他端部に密に配されている請求項1から4のいずれか一項に記載の免震装置。
【請求項6】 前記弾性材料層は弾性板からなり、前記剛性材料層は鋼板からなり、当該鋼板の内周面は、弾性板の内周側の一部が流動して形成された極めて薄い円筒状被覆層によって覆われている請求項1から5のいずれか一項に記載の免震装置。」

3.請求人の主張
請求人は、本件特許第3114624号の請求項1ないし6に係る特許を無効にするとの審決を求め、その理由として概ね次のように主張するとともに、証拠方法として甲第1号証?甲第8号証を提出している。
(1)無効理由1
(1-1)本件特許明細書の特許請求の範囲には、本件特許発明1ないし6について、特許を受ける発明が明確に記載されていないから、本件特許は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。
よって、本件特許発明1ないし6の特許は特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきである。
(1-2)本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明1ないし6を当業者が実施をすることができる程度に記載されておらず、本件特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。
よって、本件特許発明1ないし6の特許は特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきである。

(2)無効理由2
(2-1)本件特許発明1、3、4は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の発明に該当する。
よって、本件特許発明1、3、4の特許は特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるから、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである。
(2-2)本件特許発明1ないし4及び6は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件特許発明5及び6は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証及び甲第5号証又は甲第6号証に記載された発明に基づいて、あるいは本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって、本件特許発明1ないし6の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特許第3114624号特許掲載公報
甲第2号証:UNIVERSITY OF AUCKLAND, SCHOOL OF ENGINEERING, DEPARTMENT OF CIVIL ENGINEERING 「REPORT No.289, LEAD RUBBER DISSIPATORS FOR THE BASE ISOLASION OF BRIDGE STRUCTURES」BY S.M.Built, August,1982 前書、目次、1?12頁、82、83頁
甲第3号証:”BULLETIN OF THE NEW ZEALAND NATIONAL SOCIETY FOR EARTHQUAKE ENGINEERING,Vol.17,NO.2 JUNE 1984”90-104頁の”HIGH-STRAIN TESTS ON LEAD-RUBBER BEARINGS FOR ERTHQUAKE LOADINGS”
甲第4号証:特公平4-19407号公報
甲第5号証:平成3年度「土木研究所講演会講演集」77?80頁,平成4年2月7日,建設省土木研究所発行
甲第6号証:実公平4-42363号公報
(後略)

4.被請求人の主張
被請求人は、本件無効審判請求は成り立たない、審判費用は、請求人の負担とする、との審決を求め、概ね次のように主張するとともに、証拠方法として乙第1号証?乙第16号証を提出している。
(1)本件特許は、特許法第36条第4項又は同条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願についてされたものでない。
(2)本件特許は、特許法第29条第1項又は同条第2項の規定に違反してされたものでない。
[証拠方法](略)

5.当審の判断
(i)無効理由1について
(1)特許法第36条第6項第2号の要件に関して
請求人は、審判請求書第5頁下から7行?4行において、「『積層方向の荷重』とは、何の荷重であるかが特定されおらず、荷重の大きさによって中空部の容積は変化するから、特許請求の範囲の請求項1に記載された事項のみでは、請求項1に係る発明を特定することができない。」と主張し、上申書第2頁10行?16行において、この主張は、「積層方向の荷重」は、大きさが特定されておらず、かつこの大きさが特定されないと、物の発明である請求項1の構成が特定されないという趣旨であるとしている。
また、「一つの免震装置であっても、その免震装置が支承する荷重が定まらない場合には、その免震装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かが定まらないから、そのような免震装置を生産、譲渡することは、本件特許を侵害する行為であるか否かが特定できない。」(上申書第4頁14行?17行)とし、そのことを理由として「使用態様によって変化するパラメータを含む数値限定は、物の発明の特定としては不適当である。」(上申書第4頁22行?23行)と主張している。
しかしながら、本件特許発明1ないし6は、その発明を特定する事項のうち、特に「柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02?1.12であるようにして柱状鉛が中空部に密に配されてなり、」との構成(被請求人の分節による事項C)により、少なくとも、「小さな振動入力では、高い剛性を示し、大きな振動入力では、低い剛性を示す機能、いわゆるトリガ機能を有して大振幅の地震動に好ましく対応できる」及び「弾性板の劣化をなくして、耐久性を向上でき、製造においては、鉛を弾性体を損壊させないで中空部に圧入できる」という格別の効果を奏するものである(審判事件答弁書第8頁8行?10行、第10頁11行?12行、特許明細書段落【0013】、【0014】及び【0021】参照)。
そして、この効果は特許明細書段落【0020】に、「図5に示すような無負荷状態における・・・免震装置5に対して、鉛直荷重57tonf(面圧30kgf/cm2 )?342tonf(面圧180kgf/cm2 )を加えて、水平方向の変位と水平方向力との関係を実験により求めた。これを図6?図9に示す。」と記載されているように、免震装置5が支承する鉛直荷重の値にかかわらず、Vp/Veが1.02?1.12であることによって生じる効果であることが理解できる(特許明細書段落【0021】参照)。
そうすると、本件特許においては、積層方向の荷重の値にかかわらず、Vp/Veの値を所定範囲とすれば免震効果、耐久性、製造性に優れる免震装置とすることができるとの知見を得、その内容を含んだ技術的思想として表現したものが本件特許発明1ないし6であるということができるから、積層方向の荷重の大きさを特定することは本件特許発明1ないし6の技術思想を表現する上では必要なものではなく、該特定がないと特許を受けようとする発明が明確でないとは言えない。
なお、「一つの免震装置であっても、その免震装置が支承する荷重が定まらない場合には、その免震装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かが定まらないから、そのような免震装置を生産、譲渡することは、本件特許を侵害する行為であるか否かが特定できない」(上申書第4頁14行?17行)ことは特許法第36条第6項第2号に規定された特許請求の範囲の記載の明確性の要件を直接阻害するものではない。
したがって、本件特許明細書の特許請求の範囲は、本件特許発明1ないし6について、特許を受ける発明が明確に記載されていないものではないから、本件特許は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるとすることはできない。

(2)特許法第36条第4項の要件に関して
請求人は、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲に記載された「弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Ve」を求める手段が記載されていないから、本件特許発明を当業者が実施できる程度に記載されていないと主張している(審判請求書第3頁5行?8行)。
一方被請求人は、乙第1?5号証を示して種々の形状をもったものの体積(容積)を求めるために水を用いることが一般常識となっているから、本件特許明細書に記載の事項に基づいて斯かる水を用いる技術常識を採用すると共に適宜工夫して「弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積」を求めることは自明なことであると主張し(審判事件答弁書第17頁末行?第18頁5行)、例として参考図4の測定治具を記載し、かつ口頭審理において明細書の測定結果を得た測定治具は、具体的な差異があっても概念的には参考図4のような測定治具であると述べている。
これに対し請求人は、乙第1?5号証には、参考図4のように、容器とこれに接続された測定部に、所定の水を入れ、容器の容積を求めるような方法は何等開示されていないとし、本件特許発明が対象とする「弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積」を十分な精度で測定する方法が当業者において明らかでないと主張している(口頭審理陳述要領書第5頁11行?15行、第4頁23行?25行)。
また、参考図4の測定装置のガラス計測管には強度上の問題があること、及びこの測定装置で本件特許明細書に記載された免震装置の中空部の容積を測定するためには、972mmの測定管の長さが必要となり、このような1m近い測定管を用いることは不自然と主張している。さらに、参考図4の測定装置は、当業者が容易に思いつくものとは言えないと主張している(上申書第5頁?第7頁)。
そこで、判断するに、参考図4の測定装置のガラス計測管の強度上の問題に対しては、適宜支持板等で補強できることであり、測定管の長さについては、1m近い測定管が実現不可能なものと言える根拠はない上に、目視に用いる測定管よりも直径が大きい測定管を連結配置して長さを短縮することも可能であることなどから、これらの点に関する請求人の主張には根拠がない。また、乙第1?5号証に、参考図4のように、容器とこれに接続された測定部に、所定の水を入れ、容器の容積を求めるような方法自体は開示されていないとしても、種々の形状をもったものの体積(容積)を求めるために水を用いることは例示するまでもなく一般常識と言え、本件特許発明が対象とする「弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積」を測定するに際して該一般常識を適用すると共に適宜工夫すれば、参考図4のような測定方法に想到することが当業者にとって容易かどうかはさておき、なし得ないことではない。してみると、本件特許明細書に基づき、「弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Ve」を求めることも当業者にとってなし得ないこととまでは言えない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明1ないし6を当業者が実施をすることができる程度に記載されていないものではないから、本件特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものとすることはできない。

(ii)無効理由2について
(1)甲第2号証の出願前頒布刊行物性について
まず甲第2号証が特許法第29条第1項第3号に規定の刊行物に該当するか否かについて当事者間に争いがあるので、この点について検討する。
特許法第29条第1項第3号にいう刊行物とは、公衆に対し頒布により公開を目的として、複製された文書・図画その他これに類する情報伝達媒体であって、頒布されたものを指すとされるが、必ずしも公衆の閲覧を期待してあらかじめ公衆の要求を満たすことができるとみられる相当程度の部数が原本から複製されて広く公衆に提供されているようなものに限られるとしなければならないものではなく、(a)右原本自体が公開されて(b)公衆の自由な閲覧に供され、かつ、(c)その複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整っているならば、公衆からの要求をまってその都度原本から複写して交付されるものであっても差し支えないと解される。(最高裁昭和53(行ツ)69昭和55年7月4日判決参照)
この点に関連して甲第2号証には以下の記載がある。
(A)「August,1982」(第1頁及び第3頁)
(B)「オークランド大学学位(または卒業証書)のために提出された論文の本コピーは、貴方の要求に応じて、1994年の著作権法第56条に基づき、貴方に提供される。」(第2頁抄訳)
また、甲第3号証の文献には、1984年6月の日付があり、参考文献として甲第2号証の論文が引用されている。(請求人提出の抄訳には1984年10月との記載があるが、甲第3号証には「JUNE 1984」と記載されているので上記のように認定した。)
さらに、甲第4号証である特公平4-19407号公報には平成4年(1992)3月30日の日付があり、同じく参考文献として甲第2号証の論文が引用されている。
甲第2号証の記載(A)からは、甲第2号証の論文原本が1982年8月に作成されたことを推定できるが、論文原本は通常公衆に対し頒布により公開を目的として作成されたものではないから、特許法第29条第1項第3号にいうところの刊行物ということはできない。また同記載(B)からは、複製物である甲第2号証自体が少なくとも1994年以降に作成されたことを推定できるが、本件特許の出願日(本件特許の場合は優先日である平成7年(1995)8月4日、以下同様。)以前に作成されたことを示す記載はない。そして、甲第2号証のその他の記載からも、本件特許の出願日以前に、甲第2号証の論文原本自体が公開されて公衆の自由な閲覧に供されていたことを示す記載もなく、かつその複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整っていたことを示す記載もない。
次に請求人は、「甲第2号証をもって、オークランド工科大学の土木工学科におけるレポートの存在と、その内容を立証し、甲第3号証及び甲第4号証をもって、当該レポートの複製物が不特定のものに交付された事実を立証しようとするものである。」(口頭審理陳述要領書第10頁21行?23行)と主張しているので、この点について検討する。
甲第3号証及び甲第4号証には参考文献として甲第2号証の論文が引用されているが、このことから甲第2号証の論文の複製物が交付されたとは必ずしも言えず、その論文が収蔵されている図書館でそれを閲覧して引用する場合やその論文の著作者から直接聞き取って論文を引用する場合等も考えられる。請求人は、「研究者が技術的な文献に他の文献を引用する際には、他の文献を十分に理解して引用することが普通である。甲第2号証は、その目次に示されたページ数から判るように100頁にも及ぶ技術文献である。甲第2号証の論文は、希望するものには、写しが提供されていたのであるから、甲第3号証及び甲第4号証の文献の著者は、その論文の作成前に写しを入手していたとするのが自然である。」等主張するが、上記のとおり甲第2号証には本件特許の出願日以前に希望するものには写しが提供されていたことを示す記載はない。
また、甲第3号証の文献で甲第2号証の論文を引用するところは、導入部(甲第3号証第1頁「INTRODUCTION」参照)の一箇所のみであって、導入部における単なる紹介程度の引用では、他の文献を十分に理解することが普通とも言い切れないから、これによって甲第3号証の文献の著者は、その論文の作成前に写しを入手していたとは必ずしも言えない。
さらに、甲第4号証の特公平4-19407号公報には、発明者としてイアン・ジョージ・バックル及びステイーブン・メアデイテイ・ビルトと記載されているが、この両名は甲第2号証の論文の著者であるS.M.Built及び指導者であるIan G.Buckleと同一人と認められる。そうすると、甲第4号証に自分自身の甲第2号証の論文を引用したこととなり、その際にはわざわざ写しを入手する必要はなかったとするのが自然である。
よって、甲第3号証及び甲第4号証には本件特許の出願日以前に甲第2号証の論文の複製物が不特定のものに交付されたとする根拠はないと言わざるを得ない。
以上の点から見て、甲第2号証の論文原本は特許法第29条第1項第3号に規定する刊行物に該当せず、その複製物も本件特許出願前に頒布された刊行物とはいえないのであるから、結局甲第2号証は特許法第29条第1項第3号に規定する刊行物に該当しない。

(2)(1)の結論を前提とする検討
【無効理由(2-1)について】
上記のとおり、甲第2号証は特許法第29条第1項第3号に規定する刊行物ではない、すなわち本件特許の出願前に頒布された刊行物ではないので、請求人の主張する無効理由2のうち、(2-1)「本件特許発明1、3、4は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の発明に該当する」との主張は採用できない。

【無効理由(2-2)について】
【本件特許発明1について】
次に、無効理由2のうち(2-2)の「本件特許発明1は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」との主張について検討する。
上記のとおり、甲第2号証は本件特許の出願前に頒布された刊行物ではない。

(2-1)甲第5号証の記載内容
甲第5号証には「鉛プラグ入り積層ゴム支承」に関し、下記の技術的事項が図面とともに記載されている。
(ア)「2.3鉛入り積層ゴム支承
近代的な免震装置及び免震設計法の開発には、ニュージーランドの貢献が大きい。ニュージーランドにおける免震装置の開発は、科学工学研究所の物理工学研究所において1970年頃から開始された。免震装置の開発では、エネルギー吸収をどのような原理で行うかが重要である。一般には、金属の塑性エネルギー吸収を利用するため、ダンパー材料として何を用いるかが重要である。ニュージーランドでは、軟鋼の曲げ変形やねじり変形を利用する各種のダンパーが開発されたが、なんといっても最高の傑作は鉛を用いた積層ゴムタイプの支承の開発であった。これが開発されたために、世界的に免震設計が急速に普及したといっても過言ではない。これは図-3に示すように、鋼板とゴムを加硫接着した積層ゴム支承の中央に鉛の棒(鉛プラグ)を圧入したものである。穴の体積よりも1%程度大きめの鉛プラグを積層ゴム支承に圧入し、両者を一体化させる。適当な上載荷重が作用すると、鉛プラグと鋼板およびゴムの一体化がさらに促進され、支承に水平地震力が作用した場合に鉛プラグの全長にわたり一様にひずみが生じる。」(第78頁1-12行目)
(イ)図-3に、上板と下板に挟まれ、内部に鋼板が積層された積層ゴムに鉛プラグが配置されている鉛プラグ入り積層ゴム支承が示されている。(第78頁)

(2-2)甲第6号証の記載内容
甲第6号証には「積層ゴム支承構造」に関し、柱状鉛プラグと、薄肉補強板とゴム弾性体が交互に積層されその中央部に円孔を備えた積層ゴム支承体、さらにはその支承体を上部構造と下部構造に固定するために配された厚肉補強板と取付プレートを備える点が図面とともに記載されている。

(2-3)対比・判断
上記摘記事項(ア)及び(イ)の記載からみて、甲第5号証の鉛プラグ入り積層ゴム支承も、鉛プラグと、鋼板とゴムが交互に積層された積層ゴム支承と、積層ゴム支承の内周面で規定された穴とを備え、穴の体積よりも1%程度大きめの鉛プラグを積層ゴム支承に圧入し、上載荷重を支持する鉛プラグ入り積層ゴム支承であるから、本件特許発明1の用語を使用して記載すれば、本件特許発明1と甲第5号証に記載された発明は、「柱状鉛と、弾性材料層及び剛性材料層が交互に積層されてなる弾性体と、少なくともこの弾性体の内周面で規定された中空部とを具備している免震装置であって、(柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02?1.12であるようにして)柱状鉛が中空部に密に配されてなり、前記積層方向の荷重を支持するようにした免震装置。」である点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点)
本件特許発明1が、「柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02?1.12であるようにして」いるのに対し、甲第5号証に記載された発明では、柱状鉛の体積が中空部の体積よりも1%程度大きめであるものの、柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veの値は不明である点。

上記相違点について検討すると、本件特許発明1は先に指摘したとおり、該相違点を含む構成により、「小さな振動入力では、高い剛性を示し、大きな振動入力では、低い剛性を示す機能、いわゆるトリガ機能を有して大振幅の地震動に好ましく対応できる」及び「弾性板の劣化をなくして、耐久性を向上でき、製造においては、鉛を弾性体を損壊させないで中空部に圧入できる」という格別の効果を奏するものである(審判事件答弁書第8頁8行?10行、第10頁11行?12行、特許明細書段落【0013】、【0014】及び【0021】参照)のに対し、甲第5号証及び甲第6号証には該相違点に係る本件特許発明1の構成を示唆するような記載がないし、そもそも弾性体の中空部に柱状鉛を挿入するタイプの免震装置において、柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veの値を考慮することが本件特許の出願前に当業者に知られた技術事項であったものでもない。
そうすると、上記相違点に係る本件特許発明1の構成が甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明から容易に想到できたものとはいえない。
よって、本件特許発明1は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの請求人の主張は採用できない。
さらには本件特許発明1は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

【本件特許発明2ないし6について】
本件特許発明2ないし6は、本件特許発明1を引用し、さらにその構成を限定し、あるいは他の構成要件を付加したものである。そして、本件特許発明1が本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない以上、本件特許発明1の構成を全て具備した本件特許発明2ないし6は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。
よって、本件特許発明2ないし6について請求人の主張する無効理由2の(2-2)のうち、本件特許発明2ないし4及び6は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの主張、及び本件特許発明5及び6は本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証及び甲第5号証又は甲第6号証に記載された発明に基づいて、あるいは本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの請求人の主張は採用できない。

(3)(1)の結論を前提としない場合の検討
以下、甲第2号証が特許法第29条第1項第3号に規定の刊行物に該当すると仮定した場合について念のため検討する。
【本件特許発明1について】

(3-1)甲第2号証の記載内容
甲第2号証には「橋梁構造物のための鉛・ゴムエネルギー吸収装置」に関し、下記の技術的事項が図面とともに記載されている。
(ア)「2.2弾性支承の特性
鉛ゴムのエネルギー吸収で使った弾性支承の特性と寸法を表2.1に示す。理論的な特性は、Austral1an Standard 1523‐1980をもとに算出した。(付録1)」(第5頁1-4行目(翻訳文第13頁25-27行目))
(イ)表2.1に、支承の特性として以下の事項が記載されている。
「 シムの長さ 0.360
シムの幅 0.280
シムの厚さ 0.003
内側層の数 5
内側層の厚さ 0.011
外側層の厚さ 0.013
サイド層の厚さ 0.010
支承全体の長さ 0.380
支承全体の幅 0.300
支承全体の高さ 0.099
(中略)
圧縮剛性(全体) 142187
(中略)
(単位:kN,m)」
(第5頁、翻訳文第14頁)
(ウ)「2.3.3 圧入プラグ
圧入プラグ入りと鋳込みプラグ入りとの吸収装置の性能の違いを判断するため、2つの弾性支承に圧入プラグを用いた。プラグは鋳型使って外部で鋳造され、直径75mmの穴を持つ支承にきっちりと合わされた
2.3.3.1 小さな圧入プラグ
これは、Ministry of Works and Deve1opmentが推薦する方法である。プラグは直径75mmの円筒状鋳型にて鋳造された。プラグが冷めると、直径はおよそ73mmまで縮小した。そのためプラグを支承に手ではめ込むことができた。プラグを支承にはめ込む前に、長さ113mmまで旋盤で加工し、その支承のそれぞれの側から7mm突起するようにプラグを支承にはめ込み、プラグの先が支承表面と同じ高さになるまでプレスを使って圧縮した。この過程でプラグの底端は少し圧縮されたがまだ約4mm突起していたため、ひっくり返して底の表面も支承表面と同じ高さになるまで作業を繰り返した。」(第6頁15-27行目(翻訳文第15頁22行目-第16頁6行目))
(エ)「2.4 試験手順
2.4.1 最大鉛直圧縮力
弾性支承中の内部鋼板の間隔は試験プログラムの始まる前にはわからなかった。そのため、内部ゴム層が厚さ14mm、被覆層が厚さ6mmと想定した。Australian Standard 1523‐1980によれば50%のせん断ひずみを受けた状態で519kNの定格鉛直荷重となった。
試験が進行すると、鉛プラグ用の穴をカットした後、内部鋼板の間隔を測定することができた。支承ごとに、内部鋼板の間隔が異なっていることが明らかになったが、平均で内部ゴム層の厚さが11mm、被覆ゴム層が13mmであった。これらの内部寸法を使って圧縮荷重計算(付録1)をやり直すと、弾性支承での鉛直荷重は631kNであった。
(中略)
ゴムのみの支承を、最大鉛直圧縮力519kNにて既に試験を行っていたので、この数値をすべての試験プログラムに用いた。
鉛プラグが入るように弾性支承に穴を開けると最大圧縮荷重は減少する。そのため、最大圧縮荷重は次の式で与えられる。」(第6頁36行目-第10頁4行目(翻訳文第16頁14-第17頁1行目))
(オ)図2.2に、75mm円筒プラグを用いた場合の鉛ゴム支承が示されている。(第7頁)
(カ)最大圧縮荷重の概要として、75mm円筒穴のものについて496kNとされている。(表2.2(第10頁、翻訳文第17頁))
(キ)「2.4.5 繰返しせん断試験
鉛プラグの挙動は直前の塑性変形の履歴に強く依存する。プラグが最初の特性を取り戻す程度は生じた再結晶の度合いによる。一貫した結果が得られるように、それぞれの鉛ゴムエネルギー吸収装置を同一の方法で試験する必要があった。次の構成は標準試験の手順を決めるのに使われた25のサブ試験の順序である。
(a)MTS関数発生器でサイン機能と振動数0.5Hzを選ぶ。
(b)50%せん断ひずみにて最大鉛直荷重を適用する(すなわち1. 0W)。最大せん断ひずみ50%までを0.5Hzで25サイクル 繰り返す。
(c)鉛直荷重を取り除いて、次の試験まで30分間待機する。
(d)最大せん断ひずみが10%になるように、MTSでSPAN制御 をセットする。
(e)鉛直荷重を1.0Wにして、最大せん断ひずみが10%になるよ うに0.5Hzで6サイクル行なう。
(f)連続するサブ試験として0.75W、0.5W、0.25W、0 .1Wの鉛直荷重を用い、2分間隔でステップ(e)を繰り返す。
(g)5分間待機する。
(h)最大せん断ひずみ25%、50%、75%で、ステップ(d)? (g)を繰り返す。
(i)MTS関数発生器に振動数0.25Hzのサイン波信号をセット する。
(j)最大せん断ひずみ100%で、ステップ(d)から(f)を繰り 返す。
大量の鉛プラグを用いた場合、試験は通常上記のステップ(j)が完了する前に中断した。これは、支承の滑りと変形が極端に大きくなったためであり、弾性支承に大きな損傷を与えて、再利用が妨げられた。不幸にも鋼の止め輪は支承中の2番目と5番目の内部鋼板とほぼ同じ高さだった。支承がこれらの拘束を乗り上げると、間のゴムはギロチンのように切断される。(図2.14)支承をそれ以上大きく変形させると、内部鋼板が露出する。これを続けると、内部鋼板とゴムとの加硫が損傷を受け、ほぼ最初の損傷部分で2つに別れた。」(第11頁下から20行目-第12頁8行目(翻訳文第18頁下から7行目-第19頁16行目))
(ク)付録1の表1に、ゴムの特性と弾性支承の寸法が示されており、ヤング率は、3.1Mpa、せん断弾性係数は0.77MPaとされている。

以上(ア)?(ク)等の記載からすると、甲第2号証には、75mmの円筒穴に小さなプラグを圧入した鉛ゴムエネルギー吸収装置として、長さ360mm、幅280mm、厚さ3mmの6枚の鋼板が、平均厚さ11mmの内部ゴム層を挟み、鋼板上下の被覆ゴム層が13mmであり、全体の圧縮剛性が142187kN/mである弾性支承に、直径75mmの穴が形成され、この穴に直径73mm、長さ113mmの鉛プラグを圧入した長さ380mm、幅300mm、厚さ99mmの鉛ゴムエネルギー吸収装置を作製し、最大圧縮荷重519kN(弾性支承のみについて496kN)を加えて試験し、さらに、最大圧縮加重の0.75倍、0.5倍、0.15倍、0.1倍の荷重を加えて試験をしたことが記載されている。

(3-2)対比・判断
本件特許発明1と、甲第2号証に記載された直径75mmの円筒穴に小さなプラグを圧入した鉛ゴムエネルギー吸収装置(以下、「甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置」という。)に係る発明とを対比すると、甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置の弾性支承は、鋼板が内部ゴム層を挟み込んでいるから、「弾性材料層と剛性材料層が交互に積層されている弾性体」の構成を備え、さらに弾性支承には、直径75mmの穴が形成されているから、弾性体の内周面で規定された中空部」を備えている。また、甲第2号証のエネルギー吸収装置の鉛プラグは、本件特許発明1の「柱状鉛」に相当する。また、鉛プラグは、弾性支承に圧入されているので、本件特許発明1と同様、柱状鉛が中空部に密に配されている。したがって、本件特許発明1と、甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置に係る発明とは、「柱状鉛と、弾性材料層及び剛性材料層が交互に積層されてなる弾性体と、この弾性体の内周面で規定された中空部とを具備している免震装置であって、柱状鉛が中空部に密に配され、前記積層方向の荷重を支持するようにした免震装置。」である点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点)
本件特許発明1が、「柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veが1.02?1.12であるようにし」たのに対し、甲第2号証に係る発明は、柱状鉛の体積Vpと、柱状鉛が未挿入であって、弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態における中空部の容積Veとの関係を具備しているか不明である点。

この相違点に関して、請求人は以下のように甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置の荷重を加えた状態での中空部の容積Veを近似的に演算によって求め、Vp/Veを算出している。
「ところで甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置において、鉛プラグは、直径73mm、長さ113mmの寸法を持つから、その体積Vpは、472700mm3、となり、積層弾性体の中空穴は、直径が75mmで高さが99mmであるから、その容積Voeは、437150mm3となる。
そうすると、甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置の鉛プラグの体積Vpと、鉛プラグが未挿入であって、弾性体に積層方向の荷重が加えられていない状態における中空部の容積Voeとの比率Vp/Voeは、1.081となる。
「弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Ve」については、前記イ.のとおり、その荷重の大きさも特定されておらず、また、中空部の容積Veの求め方も開示されていないが、近似的に、甲第2号証に記載された鉛ゴムエネルギー吸収装置について、荷重を加えた状態での中空部の容積Veを演算によって求めた。
甲第2号証においては、519kNの荷重のほか、これの0.75倍、0.5倍、0.25倍、0.1倍の荷重を加えた試験を行っているので、荷重519kN及び51.9kNをかけた状態での中空部の容積Veを求めた。甲第2号証に記載された鉛ゴムエネルギー吸収装置に、519kNの荷重を加えた場合、弾性体のみに加わる圧縮荷重は、496kNであるから、弾性体のみの圧縮荷重としては、496kN、49.6kNの荷重について、中空部の容積Veを求める。
[2](原文は○の中に2、以下同様)甲第2号証に記載された弾性支承に荷重をかけた状態での中空部の容積Veの演算
鉛プラグを挿入しない状態で、最大荷重519kN(弾性支承のみに加わる荷重496kN)を加えた場合の積層弾性体の中空部の変化を、参考図に基づいて理論的に求める。
弾性支承に荷重が加えられた場合、弾性支承は、荷重の方向に圧縮されるので、高さが低くなり、その分中空部の容積は減少する(参考A部)。また、弾性支承のゴム層は、上下をシムで拘束されているので、中空部の内部にも膨張する(参考図B部)と考えられる。そこで、中空部の孔径の変化を考慮しない場合の中空部の容積の減少率と、さらに中空部の孔径の変化を考慮した場合の中空部の容積の減少率を求める。
[2]-a.中空部の孔径の変化を考慮しない場合(A部のみが減少)
弾性支承全体の圧縮剛性が1421874kN/mから
496kN÷142187kN/m×103=3.49mm
荷重を加えない場合の弾性支承の高さは、99mmであるから、中空部容積の減少率は、
6.49mm÷99mm=3.52%
となり、弾性支承の鈴プラグ挿入孔の、鉛直荷重無負荷時の容積Voeと496kNの荷重を加えた場合の容積Veとの比Voe/Veの値は、
100/(100-3.52)=1.036となる。
[2]-b.中空部の孔径の変化を考慮した場合(さらにB部が減少)
矩形状断面の弾性支承では、計算が難しいので、弾性支承の上面の面積が等しいリング状の弾性支承を仮想し、ゴム層の部分が均一に上面と平行な面内で膨張するとして近似的にその量を計算する(ゴム層の部分は剛性板に制限されるため均一に膨張するわけではないので、実際よりも大きな値となると考えられる。)。
リング状弾性支承の直径は、
√(380×300×4÷π)=381mm(原文では√はπまで掛かる)
圧縮荷重による弾性支承の変形は、ゴム層のみに生ずると仮定する。リング状弾性支承の幅をB、弾性支承の高さをH、それぞれの変形量を△B、△Hとしたとき、
△B/B=ν×△H/H
の関係となるから、中空部内へのゴム層の膨張量は、ゴム層のポアソン比v=0.5として、
3.49mm×{(381mm-75mm)÷2}÷81mm×0.5÷2
=1.64mm
A部とB部の容積をそれぞれ求め、両者の比率から計算すると、中空部の孔径が変化した部分(B部)による中空部容積の減少率は、6.69%となる。
したがって、中空部の孔径の変化を考慮した場合の中空部容積の減少率は、
3.52+6.69%=10.21%
となり、弾性支承の中空部の、鉛直荷重無負荷時の容積Voeと496kNの荷重を加えた場合の容積Veとの比Voe/Veの値は、
100/(100-10.21)=1.114
となる。
[2]-c.49.6kNの荷重を加えた場合の中空部容積の減少率は、496kNの荷重が加えられた場合の概ね10分の1であるから、
中空部の孔径の変化を考慮しない場合の中空部容積の減少率及び中空部の孔径の変化を考慮した場合の中空部容積の減少率は、それぞれ、
0.352%及び1.021%となり、弾性支承の中空部の、鉛直荷重無負荷時の容積Voeと496kNの荷重を加えた場合の容積Veとの比Voe/Veの値は、それぞれ、
100/(100-0.352)=1.004
100/(100-1.021)=1.01
となる。
上記[2]-a?[2]-cの場合について、甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置の、鉛プラグの体積と、鉛プラグが未挿入であって弾性支承に荷重を加えた状態での中空部の容積Veとの比率Vp/Veを求めると、
最大荷重が加えられた場合、
中空部の孔径の変化を考慮しない場合、 Vp/Ve=1.12
中空部の孔径の変化を考慮した場合、 Vp/Ve=1.204
となり、
0.1Wの荷重が加えられた場合、
中空部の孔径が変化を考慮しない場合、 Vp/Ve=1.085
中空部の孔径が変化を考慮した場合、 Vp/Ve=1.092
となる。
[3]甲第2号証においては、519kNの荷重のほか、これの0.75倍、0.5倍、0.25倍、0.1倍の荷重を加えた試験を行っているから、甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置においても、柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veは1.081?1.12の範囲内のいずれかの値をとるものが含まれることとなる(別表参照)。
この演算の近似の方法によれば、中空部の孔径の変化を考慮しないで求めた場合は、実際の値よりVeは大きく、中空部の孔径の変化を考慮して求めた場合には、実際の値よりVeは小さくなる。そして、0.1Wの荷重が加えられた場合は、中空部の孔径を考慮して求めた場合であっても、考慮しないで求めた場合であってもいずれもVp/Veの値は、請求項1で限定された数値の範囲内にあるから、Veが正確に求められた場合であっても、甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置の弾性体に、積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veは、1.081?1.12の範囲内のいずれかの値をとることとなる」(審判請求書第16頁8行?19頁18行参照)

ここで、請求人が近似的に求めたVeに基づくVp/Veの値の正当性について当事者間に争いがあるので、この点について検討する。
(a)請求人は、中空部の孔径の変化を考慮した場合、「矩形状断面の弾性支承では、計算が難しいので、弾性支承の上面の面積が等しいリング状の弾性支承を仮想し、ゴム層の部分が均一に上面と平行な面内で膨張するとして近似的にその量を計算する」としている(審判請求書第17頁19行?21行)が、この仮想による誤差がどの程度か不明である。
(b)請求人は、「49.6kNの荷重を加えた場合の中空部容積の減少率は、496kNの荷重が加えられた場合の概ね10分の1である」としている(審判請求書第18頁11行?12行)。この場合甲第2号証に記載される試験体の平面寸法が360mm×280mmであって孔径が75mmであるから、面圧に置き換えると49.6kNは5.25kgf/cm2、496kNは52.5kgf/cm2となる。
乙第7号証「免震用積層ゴムの利用技術に関する研究報告書」第160頁7?8行によれば、「圧縮剛性は面圧の増加とともに大きくなる傾向を示すが、通常の使用範囲(20?100kgf/cm2)では線形な復元力特性を示すので、面圧の影響は少ない。」との記載があり、面圧20kgf/cm2未満では圧縮剛性は線形でないことが理解できるので、「49.6kN(5.25kgf/cm2)の荷重を加えた場合の中空部容積の減少率は、496kN(52.5kgf/cm2)の荷重が加えられた場合の概ね10分の1である」とは言えず、このように仮定した場合の誤差がどの程度か不明である。

請求人は種々の仮定を用いている点に関連して、孔径変化を考慮しない場合はVp/Veの下限値を求め、孔径変化を考慮する場合はVp/Veの上限値を求めることとなり、甲第2号証に記載された鉛ゴムエネルギ吸収装置のVp/Veの値がどの範囲内にあるかを求める手段として無意味なものではない旨の主張をしている(口頭審理陳述要領書第14頁28行?第15頁5行)。しかし、上記(a)、(b)における誤差が不明である以上、Vp/Veの上限値、下限値自体もその誤差の程度が不明であることとなるから、「甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置の弾性体に、積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veは、1.081?1.12の範囲内のいずれかの値をとることとなる」とは言えない。

そうすると、上記相違点に係る本件特許発明1の構成を甲第2号証の鉛ゴムエネルギー吸収装置に係る発明も備えているとは言えないから、請求人の「本件特許発明1は甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の発明に該当する」との主張は採用できない。

また、上記相違点は、(2)(2-3)で検討した相違点と等しいが、本件特許発明1は先に指摘したとおり、該相違点を含む構成により、「小さな振動入力では、高い剛性を示し、大きな振動入力では、低い剛性を示す機能、いわゆるトリガ機能を有して大振幅の地震動に好ましく対応できる」及び「弾性板の劣化をなくして、耐久性を向上でき、製造においては、鉛を弾性体を損壊させないで中空部に圧入できる」という格別の効果を奏するものである(審判事件答弁書第8頁8行?10行、第10頁11行?12行、特許明細書段落【0013】、【0014】及び【0021】参照)のに対し、甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証には該相違点に係る本件特許発明1の構成を示唆するような記載がないし、そもそも弾性体の中空部に柱状鉛を挿入するタイプの免震装置において、柱状鉛の体積Vpと、前記柱状鉛が未挿入であって、前記弾性体に積層方向の荷重が加えられた状態での中空部の容積Veとの比Vp/Veの値を考慮することが本件特許の出願前に当業者に知られた技術事項であったものでもない。
そうすると、上記相違点に係る本件特許発明1の構成が甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明から容易に想到できたものとはいえない。
よって、本件特許発明1は甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの請求人の主張は採用できない。
さらには本件特許発明1は甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

【本件特許発明2ないし6について】
本件特許発明2ないし6は、本件特許発明1を引用し、さらにその構成を限定し、あるいは他の構成要件を付加したものである。そして、本件特許発明1が甲第2号証に記載された発明でなく、甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない以上、本件特許発明1の構成を全て具備した本件特許発明2ないし6は甲第2号証に記載された発明でなく、甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。
よって、本件特許発明2ないし6について請求人の主張する無効理由2のうち、本件特許発明3、4が甲第2号証に記載された発明であるとの主張、本件特許発明2ないし4及び6は甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの主張、及び本件特許発明5及び6は甲第2号証及び甲第5号証又は甲第6号証に記載された発明に基づいて、あるいは甲第2号証、甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの請求人の主張は採用できない。

7.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2005-10-04 
結審通知日 2005-10-07 
審決日 2005-10-21 
出願番号 特願平8-216604
審決分類 P 1 113・ 121- Y (F16F)
P 1 113・ 113- Y (F16F)
P 1 113・ 537- Y (F16F)
P 1 113・ 536- Y (F16F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小谷 一郎  
特許庁審判長 亀丸 広司
特許庁審判官 村本 佳史
常盤 務
登録日 2000-09-29 
登録番号 特許第3114624号(P3114624)
発明の名称 免震装置  
代理人 高田 武志  

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