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審決分類 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 B41N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41N
管理番号 1175533
審判番号 不服2005-21383  
総通号数 101 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-05-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-11-04 
確定日 2008-04-03 
事件の表示 特願2001-312403「平版印刷版用支持体および平版印刷版原版」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 2月18日出願公開、特開2003- 48379〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成13年10月10日(優先日:平成13年5月30日、出願番号:特願2001-162399)の特許出願であって、拒絶理由通知に応答して平成17年9月5日付けで手続補正がされたが、平成17年9月28日付けで拒絶査定がされ、これを不服として平成17年11月4日付けで審判請求がされるとともに、平成17年12月5日付けで明細書についての手続補正がされたものである。

第2 平成17年12月5日付け明細書についての手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成17年12月5日付け明細書についての手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正の内容
本件補正における特許請求の範囲についての補正は、
補正前(平成17年9月5日付け手続補正書参照)に
「【請求項1】
アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を含む粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
該アルミニウム板が、Feを0.1?0.5質量%、Siを0.02?0.10質量%、Cuを0?0.005質量%、Tiを0?0.05質量%含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、
表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であることを特徴とする平版印刷版用支持体。
【請求項2】
アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を含む粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
該アルミニウム板が、Feを0.1?0.5質量%、Siを0.02?0.10質量%、Cuを0?0.005質量%、Tiを0?0.05質量%含有し、かつ、NiおよびVのうち少なくとも1種をNi:0.002?0.005質量%、V:0.01?0.05質量%の範囲で含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、
表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であることを特徴とする平版印刷版用支持体。
【請求項3】
前記アルミニウム板におけるFe含有量が0.2?0.5質量%であり、
支持体の引張強度が150MPa以上、支持体の180度折り曲げ強度が5回以上、支持体の疲労破断強度が1万回以上である請求項1または2に記載の平版印刷版用支持体。
【請求項4】
アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を含む粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
該アルミニウム板が、Feを0.1?0.5質量%、Siを0.02?0.10質量%、Cuを0?0.005質量%、Tiを0?0.05質量%、Mgを0.1?1.0質量%含有し、かつ、NiおよびVのうち少なくとも1種をNi:0.002?0.005質量%、V:0.01?0.05質量%の範囲で含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、
表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であり、
支持体の引張強度が170MPa以上、支持体の180度折り曲げ強度が10回以上、支持体の疲労破断強度が2万回以上である請求項1?4のいずれかに記載の平版印刷版用支持体。
【請求項5】
表面のピットの平均径が0.6μm以下であり、かつ、ピットの径に対する深さの比の平均が0.15?1.0である請求項1?4のいずれかに記載の平版印刷版用支持体。
【請求項6】
表面のSi原子付着量が0.1?8mg/m^(2) である請求項1?5のいずれかに記載の平版印刷版用支持体。
【請求項7】
請求項1?6のいずれかに記載の平版印刷版用支持体上に記録層を設けた平版印刷版原版。
【請求項8】
レーザ刷版用の平版印刷版原版である請求項7に記載の平版印刷版原版。
【請求項9】
請求項7または8に記載の平版印刷版原版に露光した後、実質的にアルカリ金属ケイ酸塩を含有せず、かつ、糖類を含有する現像液を用いて現像することを特徴とする平版印刷版の処理方法。
【請求項10】
露光後、インキおよび/または湿し水による現像が可能な請求項8に記載の平版印刷版原版。
【請求項11】
露光後の現像が不要な請求項8に記載の平版印刷版原版。」
とあったものを、
「【請求項1】
アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を含む粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
該アルミニウム板が、Feを0.1?0.5質量%、Siを0.02?0.10質量%、Cuを0?0.005質量%、Tiを0?0.05質量%含有し、かつ、Vを0.01?0.05質量%含有し、残部がAlと不可避不純物または0.002?0.005質量%のNiとAlと不可避不純物からなり、
表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であることを特徴とする平版印刷版用支持体。
【請求項2】
前記アルミニウム板におけるFe含有量が0.2?0.5質量%であり、
支持体の引張強度が150MPa以上、支持体の180度折り曲げ強度が5回以上、支持体の疲労破断強度が1万回以上である請求項1に記載の平版印刷版用支持体。
【請求項3】
アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を含む粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
該アルミニウム板が、Feを0.1?0.5質量%、Siを0.02?0.10質量%、Cuを0?0.005質量%、Tiを0?0.05質量%、Mgを0.1?1.0質量%含有し、かつ、NiおよびVのうち少なくとも1種をNi:0.002?0.005質量%、V:0.01?0.05質量%の範囲で含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、
表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であり、
支持体の引張強度が170MPa以上、支持体の180度折り曲げ強度が10回以上、支持体の疲労破断強度が2万回以上である平版印刷版用支持体。
【請求項4】
前記アルミニウム板におけるFe含有量が0.2?0.5質量%である請求項3に記載の平版印刷版用支持体。
【請求項5】
表面のピットの平均径が0.6μm以下であり、かつ、ピットの径に対する深さの比の平均が0.15?1.0である請求項1?4のいずれかに記載の平版印刷版用支持体。
【請求項6】
表面のSi原子付着量が0.1?8mg/m^(2) である請求項1?5のいずれかに記載の平版印刷版用支持体。
【請求項7】
請求項1?6のいずれかに記載の平版印刷版用支持体上に記録層を設けた平版印刷版原版。
【請求項8】
レーザ刷版用の平版印刷版原版である請求項7に記載の平版印刷版原版。
【請求項9】
請求項7または8に記載の平版印刷版原版に露光した後、実質的にアルカリ金属ケイ酸塩を含有せず、かつ、糖類を含有する現像液を用いて現像することを特徴とする平版印刷版の処理方法。
【請求項10】
露光後、インキおよび/または湿し水による現像が可能な請求項8に記載の平版印刷版原版。
【請求項11】
露光後の現像が不要な請求項8に記載の平版印刷版原版。」
と補正するものである。

つまり、本件補正は、特許請求の範囲についての以下の補正事項を含む。
〈補正1〉補正前の請求項1を削除するとともに、補正前の請求項2乃至請求項4をそれぞれ補正後の請求項1乃至3に繰り上げる補正。
〈補正2〉補正前の請求項2における「NiおよびVのうち少なくとも1種をNi:0.002?0.005質量%、V:0.01?0.05質量%の範囲で含有し、残部がAlと不可避不純物からなり」を、補正後の請求項1において「Vを0.01?0.05質量%含有し、残部がAlと不可避不純物または0.002?0.005質量%のNiとAlと不可避不純物からなり」とする補正。
〈補正3〉補正前の請求項4における「請求項1?4のいずれかに記載の」を、対応する補正後の請求項3においては削除して他請求項を引用しないものとする補正。
〈補正4〉補正後の請求項4を新たに設ける補正。

2.本件補正の目的
〈補正1〉について
補正1は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第1号に掲げる請求項の削除を目的としたものと認める。

〈補正2〉について
補正前の「NiおよびVのうち少なくとも1種をNi:0.002?0.005質量%、V:0.01?0.05質量%の範囲で含有し、残部がAlと不可避不純物からなり」は、
[1]「Ni:0.002?0.005質量%」を含有する態様、
[2]「V:0.01?0.05質量%」を含有する態様、
[3]そして「Ni:0.002?0.005質量%」及び「V:0.01?0.05質量%」を含有する態様
が選択肢として表現されているものと解される。
これに対して補正後の「Vを0.01?0.05質量%含有し、残部がAlと不可避不純物または0.002?0.005質量%のNiとAlと不可避不純物からなり」は、
[a]「V:0.01?0.05質量%」を含有する態様(補正前の[2]に対応)、
[b]「Ni:0.002?0.005質量%」及び「V:0.01?0.05質量%」を含有する態様(補正前の[3]に対応)、
が選択肢として表現されているものと解される。
すなわち、補正2は、補正前において選択肢として記載されていた上記[1]を削除するものであり、発明を特定するための事項が選択肢として表現されていた請求項において、その選択肢の一部を削除する補正であるから、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的としたものと認める。

〈補正3〉について
補正3は、拒絶査定の備考欄における
「・[理由2]について
補正後の請求項4は請求項1を引用するものであるが、当該補正後の請求項4には、アルミニウム板がNi及びVの少なくとも一方を含有するとの規定が加えられている。このため、アルミニウム板がFe、Si、Cu及びTiを含み、残部がAlからなるものであって、その他の成分を含有しないものである請求項1の規定と矛盾することとなる。
よって、補正後の請求項4に係る発明は、依然として不明確である。」
との指摘に対応して、
「請求項1?4のいずれかに記載の」との記載を削除することで、請求項の記載を明確にしようとするものである。
よって、補正3は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)を目的としたものと認める。

〈補正4〉について
補正後の請求項4に対応する請求項は補正前の特許請求の範囲に存在しないものであるから、補正後の請求項4は本件補正において新たに設けられたものである。したがって、補正後の請求項4を新たに設ける補正4は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第1号に掲げる請求項の削除、同条第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮、同条第4項第3号に掲げる誤記の訂正、同条第4項第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明のいずれにも該当しない。

なお、請求人は補正後の請求項4に関して、審判請求書の【請求の理由】(平成17年12月5日付けで方式補正されている)において、
「請求項4は、多数項引用形式であった補正前の請求項4を独立請求項として請求項3としたのに伴い、補正前の請求項3に従属していた発明を追加したものである。」(「【請求の理由】5.補正の根拠(3)その他」を参照)
と主張しており、これは「多数項引用形式であった補正前の請求項4」のうち「補正前の請求項3に従属していた発明」を補正後の請求項4としたという趣旨であると解される。
しかしながら、原審における審査経緯をみると、原審で発した平成17年6月30日付け拒絶理由通知における、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないとする理由2では、出願当初の請求項5に対して
「・請求項5
請求項5は請求項1及び2を引用するものであるが、請求項1及び2のアルミニウム板は、特定の元素を含み、残部がAl及び不可避不純物からなるものであり、これら以外の成分は含有しない規定とされている。したがって、さらにMgを含む請求項5のようなアルミニウム板はその範囲外のものである。よって請求項5に係る発明は不明確である。」
との指摘があり、これに対応した平成17年9月5日付け意見書には、
「なお、特許請求の範囲の補正は、……請求項5を独立請求項の形式で記載して請求項4とし……」(「【意見の内容】(2)」を参照)
「補正により、補正前の請求項5は……独立請求項となった(補正後の請求項4)。したがって、補正後の請求項4に係る発明は明確である。」(「【意見の内容】(4)<理由2>について」を参照)
と記載されているにもかかわらず、同日付け手続補正書においては、
「【請求項4】
アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を含む粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
該アルミニウム板が、Feを0.1?0.5質量%、Siを0.02?0.10質量%、Cuを0?0.005質量%、Tiを0?0.05質量%、Mgを0.1?1.0質量%含有し、かつ、NiおよびVのうち少なくとも1種をNi:0.002?0.005質量%、V:0.01?0.05質量%の範囲で含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、
表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であり、
支持体の引張強度が170MPa以上、支持体の180度折り曲げ強度が10回以上、支持体の疲労破断強度が2万回以上である請求項1?4のいずれかに記載の平版印刷版用支持体。」
と、依然として引用形式で記載されているために、拒絶の理由が解消していないとして原査定の備考欄において、
「・[理由2]について
補正後の請求項4は請求項1を引用するものであるが、当該補正後の請求項4には、アルミニウム板がNi及びVの少なくとも一方を含有するとの規定が加えられている。このため、アルミニウム板がFe、Si、Cu及びTiを含み、残部がAlからなるものであって、その他の成分を含有しないものである請求項1の規定と矛盾することとなる。
よって、補正後の請求項4に係る発明は、依然として不明確である。」
と指摘されたものである。
このような審査経緯を鑑みるに、請求人が平成17年9月5日付けの手続補正によって本件補正前の請求項4を独立請求項とすることを意図していたことは、同日付け意見書の上記記載からみて明らかである。そして、本件補正前の請求項4は実際には形式的に「多数項引用形式」で記載されているものの、この引用形式での記載には上記平成17年6月30日付け拒絶理由通知及び原査定の備考欄において指摘されているように明らかな不備があり、また請求人が、原査定の備考欄の上記指摘に承服した結果として上記補正3のように対応したこともまた明らかである。
ここで、上記原査定の備考欄においては本件補正前の請求項4が請求項1を引用する点に関する不備が指摘されているものであるが、上記平成17年6月30日付け拒絶理由通知において、本件補正前の請求項4に対応する出願当初の請求項5が請求項1及び請求項2を引用する点に関する不備が指摘されているように、本件補正前の請求項4が請求項2を引用する点にも不備があることは明らかである。そして、本件補正前の請求項3は請求項1または請求項2を引用するものであるから、本件補正前の請求項4において請求項3を引用することで不備が生じることもまた明白である。
したがって、本件補正前の請求項4に請求項3を引用した発明が明確に記載されていたと解する余地はなく、請求人の上記主張は採用できない。

以上のとおり、上記補正4を含む本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たしていない。

3.独立特許要件について
上記のとおり、本件補正は平成18年改正前特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たしていないものの、同条第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とした補正を含んでいるので、全体として同条第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的としたものと仮に認め、同法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項に規定する要件を満たすか否かについて検討する。

(3-1)本願補正発明の認定
本件補正後の請求項3に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)は、本件補正により補正された特許請求の範囲【請求項3】に記載された事項によって特定される次のとおりのものと認める。
「アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を含む粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
該アルミニウム板が、Feを0.1?0.5質量%、Siを0.02?0.10質量%、Cuを0?0.005質量%、Tiを0?0.05質量%、Mgを0.1?1.0質量%含有し、かつ、NiおよびVのうち少なくとも1種をNi:0.002?0.005質量%、V:0.01?0.05質量%の範囲で含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、
表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であり、
支持体の引張強度が170MPa以上、支持体の180度折り曲げ強度が10回以上、支持体の疲労破断強度が2万回以上である平版印刷版用支持体。」

(3-2)刊行物記載の発明
本願の出願前に頒布された刊行物である特開昭62-230946号公報(以下、「刊行物1」という。)には、以下の〈ア〉?〈コ〉の記載がある。
〈ア〉「Fe 0.05 ?0.5 重量%、Mg 0.1?0.9 重量%、Zr,VおよびNiから選ばれた少なくとも1種 0.01 ?0.3 重量%、Si0.2重量%以下、Cu 0.05 重量%以下を含有し、残部Alと不可避の不純物からなることを特徴とする平版印刷版用アルミニウム合金支持体。」(第1頁左欄第5行?第10行参照)
〈イ〉「従って本発明の目的は印刷版として充分な強度(具体的には引張強度と疲労強度)と耐熱軟化特性を有し、粗面化処理特に電気化学的粗面化処理により均一な粗面と適切な表面粗さが得られ、印刷中に非画像部の汚れを生じにくい平版印刷版用支持体を提供することである。」(第2頁右下欄第19行?第3頁左上欄第4行参照)
〈ウ〉「Zr,V,Niは耐熱軟化特性を顕著に向上させる効果を有し、いずれも同等の効果を有するが、0.01%では効果が少なく、0.3%を越えると再結晶粒が不均一となり、電解粗面化面の均一性も劣る。」(第3頁右上欄第19行?左下欄第3行参照)
〈エ〉「Cuは 0.05 %以下とする。Cuは通常の不純物として含まれ、 0.05 %を越えると粗面の均一性が害され、非画像部の汚れも発生しやすい。」(第3頁左下欄第18行?第20行参照)
〈オ〉「第1表に示す組成のアルミニウム合金No.1?No.17を溶解鋳造し……平版印刷版用アルミニウム合金板を製造した。」(第6頁右上欄第20行?左下欄第10行参照)
〈カ〉「このように用意した基板を特開昭54-146234号公報に記載されているように、硝酸1.5%を含む電解浴中で電流密度20A/dm^(2)で交流電解した。」(第7頁左下欄第10行?第13行参照)
〈キ〉「(3)疲労強度
それぞれの試料から幅20mm、長さ100mmの試験片を切り出し、一端を治具に固定し、他端を上方に30°の角度に曲げ、これを元の位置に戻し、これを1回として破断までの回数を測定した。」(第8頁左上欄第12行?第17行参照)
〈ク〉「JIS 5号試験片を作成して引張試験を行ない、引張強さと0.2%耐力値を測定した。」(第8頁右上欄第2行?第4行参照)
〈ケ〉第7頁に記載の第1表には、No.3としてFeを0.22重量%、Siを0.09重量%、Cuを0.02重量%、Tiを0.01重量%、Mgを0.73重量%、Vを0.09重量%の範囲で含有し、残部をAlとしたアルミニウム合金が記載されていることが看取できる。
〈コ〉第8頁に記載の第2表には、No.3の測定値として「引張強さ」22.9kg/mm^(2)、「疲労強度」740×10^(2)回という数値(いずれも「バーニング加熱の前」)が記載されていることが看取できる。

上記〈ア〉には「……を含有し、残部Alと不可避の不純物からなる」と記載されていることから、上記〈ケ〉における「Al」には不可避不純物が含まれているものと解される。
上記〈カ〉には「特開昭54-146234号公報に記載されているように、硝酸1.5%を含む電解浴中で電流密度20A/dm^(2)で交流電解した。」と記載されている。ここで、上記〈カ〉において引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開昭54-146234号公報には、「アルミニウム板を硝酸を主体とする電解浴中で電解粗面化する方法において、純度99.5%以上のアルミニウム板を硝酸0.5?2.5%を含む電解浴中で電流密度20A/dm^(2)以上で交流電解した後、リン酸を含む溶液で後処理することを特徴とするアルミニウム板の電解粗面化法。」(第1頁左欄第5行?第11行参照)と記載されていることから、刊行物1における上記〈カ〉に記載の処理はアルミニウム板の電解粗面化処理であると解される。また、「硝酸1.5%を含む電解浴」には硝酸1.5%水溶液が用いられるものと解される。
上記〈キ〉には「疲労強度」として「破断までの回数を測定した」と記載されていることから、刊行物1に記載された「疲労強度」は「疲労破断強度」と称することができる。
上記〈コ〉には引張強さとして22.9kg/mm^(2)という数値が記載されているが、これを単位変換すると約225Mpaに相当する。また、同じく上記〈コ〉には疲労強度として740×10^(2)回という数値が記載されているが、これは74000回と解される。

以上のことから、上記〈ア〉?〈コ〉の記載を含む刊行物1には、次の発明が記載されていると認めることができる。
「アルミニウム合金板に硝酸1.5%を含む水溶液を用いた電解粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、アルミニウム合金板が、Feを0.22重量%、Siを0.09重量%、Cuを0.02重量%、Tiを0.01重量%、Mgを0.73重量%、Vを0.09重量%含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、支持体の引張強度が約225Mpa、支持体の疲労破断強度が74000回である平版印刷版用支持体。」(以下、「刊行物1記載の発明」という。)

(3-3)対比
a.刊行物1記載の発明の「重量%」と本願補正発明の「質量%」とは、いずれも「平版印刷版用支持体」中に存在する成分の占める相対的な比率を表すものであるから、刊行物1記載の発明において「重量%」で表された数値は本願補正発明の「質量%」で表された数値と実質的に同等であると解することができる。
してみれば、刊行物1記載の発明の「Feを0.22重量%」、「Siを0.09重量%」、「Tiを0.01重量%」、及び「Mgを0.73重量%」は、それぞれ本願補正発明の「Feを0.1?0.5質量%」、「Siを0.02?0.10質量%」、「Tiを0?0.05質量%」、及び「Mgを0.1?1.0質量%」の範囲内である。
b.本願補正発明の「アルミニウム板」が、アルミニウムのみからなるものではなく他の成分を含んだ合金であることは明らかであるから、刊行物1記載の発明の「アルミニウム合金板」は本願補正発明の「アルミニウム板」と相違しない。
c.刊行物1記載の発明の「硝酸1.5%を含む水溶液」は、本願補正発明の「硝酸水溶液」と相違しない。
d.刊行物1記載の発明の「電解粗面化処理」は、本願補正発明の「電気化学的粗面化処理」と相違しない。
e.刊行物1記載の発明と本願補正発明とは、アルミニウム板(「アルミニウム合金板」)が「Cu」及び「V」をそれぞれ所定量含有する点で共通する。
f.刊行物1記載の発明の「平版印刷版用支持体」と本願補正発明の「平版印刷版用支持体」とは、所定の「引張強度」及び「疲労破断強度」を有する点で共通する。ただし、上記〈キ〉及び〈ク〉の記載と本願明細書【0625】及び【0627】の記載を比較すると、両者において測定方法及び条件が相違すると解されるので、刊行物1記載の発明における数値と本願補正発明における数値を直ちに比較することはできない。

してみれば、本願補正発明と刊行物1記載の発明とは、
「アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、アルミニウム板が、Feを0.22質量%、Siを0.09質量%、Tiを0.01質量%、Mgを0.73質量%含有し、さらにCu及びVをそれぞれ所定量含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、所定の引張強度及び疲労破断強度を有する平版印刷版用支持体。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
〈相違点1〉
本願補正発明が「Cuを0?0.005質量%」と特定されているのに対し、刊行物1記載の発明では「Cuを0.02重量%」であって、前記特定とは異なる点。
〈相違点2〉
Vの含有率について、本願補正発明が「0.01?0.05質量%」と特定されているのに対し、刊行物1記載の発明では「0.09重量%」であって、前記特定とは異なる点。
〈相違点3〉
本願補正発明が「表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であり」と特定されているのに対し、刊行物1記載の発明ではそのような特定がなされていない点。
〈相違点4〉
本願補正発明が「支持体の引張強度が170MPa以上、支持体の180度折り曲げ強度が10回以上、支持体の疲労破断強度が2万回以上である」と特定されているのに対し、刊行物1記載の発明ではそのような特定がなされていない点。

(3-4)判断
〈相違点1〉について
刊行物1には、上記〈ア〉に「Cu 0.05 重量%以下」と上限値をもって記載され、上記〈エ〉に「Cuは 0.05 %以下とする。Cuは通常の不純物として含まれ、 0.05 %を越えると粗面の均一性が害され、非画像部の汚れも発生しやすい。」と記載されている。これらの記載から、刊行物1には、粗面の均一性を向上させるとともに非画像部の汚れの発生を防止すべく、Cuの含有量を少なくせしめることが記載されているといえる。
してみれば、刊行物1記載の発明において、アルミニウム板におけるCuの含有量がさらに少なくなるよう構成し、その含有量を本願補正発明の範囲内となる所定の数値とすることは、当業者が容易になし得ることである。
このように、相違点1に係る本願補正発明の発明特定事項は、刊行物1記載の発明及び刊行物1に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得る程度の事項であるといえる。

〈相違点2〉について
前記(3-2)において刊行物1に記載の発明を認定するにあたり、アルミニウム板の組成に関しては第7頁の第1表にNo.3として記載された(上記〈ケ〉を参照)実施例中の一例をもとにしたが、刊行物1には上記〈ア〉に「Zr,VおよびNiから選ばれた少なくとも1種 0.01 ?0.3 重量%」と記載され、また上記〈ウ〉に「Zr,V,Niは耐熱軟化特性を顕著に向上させる効果を有し、……0.01%では効果が少なく、0.3%を越えると再結晶粒が不均一となり、電解粗面化面の均一性も劣る。」と記載されているように、Vの含有率として本願補正発明における「0.01?0.05質量%」の範囲内の数値とすることも示唆されていると認めることができる。さらに刊行物1には、第7頁の第1表に記載のNo.1(V:0.01重量%)及びNo.2(V:0.04重量%)のように、Vの含有率を本願補正発明における「0.01?0.05質量%」の範囲内の数値とした具体例も開示されている。
一方、本願明細書中には、平版印刷版用支持体中のVの含有率の上限を0.05質量%とすることの臨界的意義を裏付ける具体的な根拠となる記載は見出せず、したがってその上限となる数値の臨界的意義は定かでない。
してみれば、刊行物1記載の発明においてVの含有率を本願補正発明の範囲内となる所定の数値とすることは、当業者が通常の試行錯誤の範囲内においてなし得る設計事項にすぎないものである。
このように、相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項は、刊行物1記載の発明及び刊行物1に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得る程度の事項であるといえる。

〈相違点3〉について
本願の出願前に頒布された刊行物であって、原査定の拒絶の理由に引用された特開平8-310146号公報(以下、「引用例1」という)には、「通常、アルミニウム平版印刷版表面は、印刷性能の向上を目的として砂目立てといわれる粗面化処理が施されている。粗面化処理は……また塩酸、硝酸等の酸性電解液中で交流あるいは直流によって支持体表面を電解処理する電気化学的粗面化法等が知られている。……本発明者等は機械的、電気化学的、及び化学的粗面化法によって生じる凹凸(以下、「ピット」という。)とブランケット汚れとの関係を詳細に調べた。その結果、……ピットの平均開口径が160?300nmの範囲内、更にピット密度が1.5×10^(7)個/mm^(2)以上の範囲内である粗面化アルミニウム平版印刷版は、ブランケット汚れに優れることを見出した。」(【0011】参照)と記載されている。
この記載から、引用例1には、「アルミニウム平版印刷版」(「アルミニウム板」からなる「平版印刷版用支持体」)において表面の「ピットの平均径」(「ピットの平均開口径」)を「160?300nmの範囲内」と、また「ピット密度」(「ピットの平均密度」)を「1.5×10^(7)個/mm^(2)以上の範囲内」とする点が記載されているといえる。ここで、「160?300nmの範囲内」は本願補正発明のピットの平均開口径「1.2μm以下」の範囲内であり、また「1.5×10^(7)個/mm^(2)以上の範囲内」は本願補正発明のピットの平均密度「1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) 」と重複する。
そして、本願明細書中には、平版印刷版用支持体のピットの平均密度の上限を125×10^(6) 個/mm^(2)とすることの臨界的意義を裏付ける具体的な根拠となる記載は見出せず、したがってその上限となる数値の臨界的意義は定かでない。よって、ピットの平均密度の上限値は、当業者が通常の試行錯誤の範囲内において適宜決定し得る設計事項にすぎないものである。
してみれば、刊行物1記載の発明において引用例1に記載の技術事項を採用し、ピットの平均開口径及び平均密度を本願補正発明の範囲内となる所定の数値とすることは、当業者が容易になし得ることである。
このように、相違点3に係る本願補正発明の発明特定事項は、刊行物1記載の発明及び引用例1に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得る程度の事項であるといえる。

〈相違点4〉について
前記(3-3)f.に記載のように、刊行物1記載の発明では支持体の引張強度及び疲労破断強度を所定の数値であることが特定されているものの、測定方法及び条件が相違すると解されるので、本願補正発明において特定された数値と直ちに比較することはできない。
しかしながら、本願補正発明における支持体の引張強度が「170Mpa以上」であるのに対して刊行物1記載の発明における支持体の引張強度は「約225Mpa」であり、また本願補正発明における支持体の疲労破断強度が「2万回以上」であるのに対して刊行物1記載の発明における支持体の疲労破断強度が「74000回」である点をみると、測定方法及び条件が相違するとしても、両者における各数値の桁数は一致している。
してみれば、刊行物1記載の発明における「平版印刷版用支持体」について、本願明細書【0625】及び【0627】に記載の方法及び条件で引張強度及び疲労破断強度を測定した場合に、得られる数値が少なくとも本願補正発明と大きく異なるものではないと解することができる。
よって、刊行物1記載の発明における「平版印刷版用支持体」は、本願補正発明と略同等の引張強度及び疲労破断強度を有すると解することができ、またその数値が相違するとしても当業者が通常の試行錯誤の範囲内においてなし得る設計事項でしかないものであるといえる。

また、本願の出願前に頒布された刊行物であって、原査定の拒絶の理由に引用された特開平9-310140号公報(以下、「引用例2」という。)には、「【発明が解決しようとする課題】このように、材質の均質性とともに、曲げ強度、特に180°曲げ強度に優れた平版印刷版用支持体は従来得られておらず、しかもそのような支持体を安価に製造する方法に関する知見も得られていない。
本発明の目的は、材質が均質で、電解粗面化性のばらつきを抑えるとともに、曲げ強度、特に180°曲げ強度を著しく向上させた平版印刷版用支持体、並びにその製造方法を提供することにある。」(【0011】参照)と、また「本発明の平版印刷版用アルミニウム合金支持体は……曲げ応力を吸収する能力が高く、破断に到るまでの折り曲げ回数が格段に増大する。」(【0014】参照)と、さらに「また、アルミニウム支持体A?Dについて180°折り曲げテストを行い、破断に至るまでの折り曲げ回数を調べた。折り曲げテストの結果を表2に示す。」(【0039】参照)と記載されている。そして【表2】(【0040】)には、「実施例-1」及び「実施例-2」の180°折り曲げ強度がそれぞれ「12回」及び「10回」と記載されていることが看取できる。
これらの記載等から、引用例2には「アルミニウム合金」からなる「平版印刷版用支持体」の「180°曲げ強度」(「180度折り曲げ強度」)を10回以上とすることが記載されていると認めることができる。
ここで、刊行物1には、上記〈イ〉に「従って本発明の目的は印刷版として充分な強度(具体的には引張強度と疲労強度)と耐熱軟化特性を有し……平版印刷版用支持体を提供することである。」と記載されていることから、「平版印刷版用支持体」に各種の強度が求められることが示唆されていると認めることができる。そして、引用例2に記載の「180度折り曲げ強度」も「平版印刷版用支持体」に求められる強度の一種であるから、刊行物1記載の発明において引用例2の記載事項をもとに「180度折り曲げ強度」を「平版印刷版用支持体」強度の指標の一つとして採用することは、当業者が容易に想到し得る事項である。また、「180度折り曲げ強度が10回以上」との数値は、上記のように引用例2に記載されているので格別なものと認めることができず、当業者が通常の試行錯誤の範囲内においてなし得る設計事項にすぎないものである。

このように、相違点4に係る本願補正発明の発明特定事項は、刊行物1記載の発明及び引用例2の記載事項に基づいて当業者が容易に想到し得る程度の事項であるといえる。

以上のように、上記相違点1乃至相違点4に係る本願補正発明の発明特定事項は、刊行物1記載の発明、刊行物1及び引用例1に記載の技術事項、引用例2の記載事項、並びに周知の技術事項に基づいて当業者が想到容易な事項であり、かかる発明特定事項を採用したことによる本願補正発明の効果も当業者が容易に予測し得る程度のものである。
したがって、本願補正発明は、刊行物1記載の発明、刊行物1及び引用例1に記載の技術事項、引用例2の記載事項、並びに周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

以上のとおり、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、仮に本件補正が平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮に該当するとしても、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項に規定する要件を満たさない。

4.本件補正についてのむすび
前記「第2 2.」に記載のとおり、本件補正は平成18年改正前特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たしていないものであるから、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
また、前記「第2 3.」に記載のとおり、仮に本件補正が平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的としたものとしても、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項に規定する要件を満たさないものであるから、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本願発明について
1.本願発明の認定
平成17年12月5日付け明細書についての手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、平成17年9月5日付けで補正された特許請求の範囲【請求項1】に記載された事項によって特定される次のとおりのものと認める。
「アルミニウム板に硝酸水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を含む粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
該アルミニウム板が、Feを0.1?0.5質量%、Siを0.02?0.10質量%、Cuを0?0.005質量%、Tiを0?0.05質量%含有し、残部がAlと不可避不純物からなり、
表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であることを特徴とする平版印刷版用支持体。」(以下、「本願発明」という。)

2.引用例
本願の出願前に頒布された刊行物であって、原査定の拒絶の理由に引用された特開平8-269599号公報(以下、「引用例3」という。)には、以下の〈あ〉?〈か〉の記載がある。
〈あ〉「Fe:0.20?0.60重量%、Si:0.02?0.08重量%、Cu:0.004?0.04重量%、Ti:0.005?0.040重量%を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金板と、前記合金板の表面に陽極酸化処理により厚さ0.2?1.5μmに形成され表面硬度(Hk)が100を超える陽極酸化皮膜とを有することを特徴とする印刷版用アルミニウム合金支持体。」(【請求項1】参照)
〈い〉「【産業上の利用分野】本発明は、耐刷性に優れた平版印刷版用アルミニウム合金支持体及びその製造方法に関する。」(【0001】参照)
〈う〉「なお、粗面化の条件は特に規制するものではないが、電解粗面化において塩酸0.3?3.0重量%又は硝酸0.1?4.0重量%、温度10?40℃で10?120秒の条件、又は、機械的な粗面化を行った後に上記電解粗面化を行うことにより好適に実施される。」(【0024】参照)
〈え〉「以下、本発明の実施例について、その比較例と比較して具体的に説明する。下記表1に示す化学成分を有するAl合金鋳塊について、表1に示す均質化処理、熱間圧延開始前保持を行い、その直後に熱間圧延を開始し、厚さ5mmの厚板とした後、冷間圧延を行ってlmm厚とし、連続焼鈍炉にて400℃(保持なし)で中間焼鈍を行い、更に冷間圧延を施し、0.3mm厚の最終合金板を得た。」(【0025】参照)
〈お〉「次いで、1重量%塩酸中で電流密度50A/dm^(2)、周波数50Hz、温度25℃で30秒間電解粗面化処理し、更に、15重量%硫酸浴を使用して下記表2に示す条件で陽極酸化処理を行い、表2に示す表面硬度を有するアルミニウム合金支持体を得た。」(【0027】参照)
〈か〉第5頁(【0026】)に記載の表1(その1)には、番号14としてFeを0.29重量%、Siを0.04重量%、Cuを0.005重量%、Tiを0.01重量%の範囲で含有し、残部をAlとしたアルミニウム合金が記載されていることが看取できる。

上記〈あ〉には「……を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金板」と記載されていることから、上記〈か〉における「Al」には不可避不純物が含まれているものと解される。

以上のことから、上記〈あ〉?〈か〉の記載を含む引用例3には、次の発明が記載されていると認めることができる。
「アルミニウム合金板に1重量%塩酸を用いた電解粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、アルミニウム板が、Feを0.29重量%、Siを0.04重量%、Cuを0.005重量%、Tiを0.01重量%含有し、残部がAlと不可避不純物からなる平版印刷版用支持体。」(以下、「引用発明」という。)

3.対比
a.引用発明の「重量%」と本願発明の「質量%」とは、いずれも「平版印刷版用支持体」中に存在する成分の占める相対的な比率を表すものであるから、引用発明において「重量%」で表された数値は本願発明の「質量%」で表された数値と実質的に同等であると解することができる。
してみれば、引用発明の「Feを0.29重量%」、「Siを0.04重量%」、「Cuを0.005重量%」、及び「Tiを0.01重量%」は、それぞれ本願発明の「Feを0.1?0.5質量%」、「Siを0.02?0.10質量%」、「Cuを0?0.005質量%」、及び「Tiを0?0.05質量%」の範囲内である。
b.本願発明の「アルミニウム板」が、アルミニウムのみからなるものではなく他の成分を含んだ合金であることは明らかであるから、引用発明の「アルミニウム合金板」は本願発明の「アルミニウム板」と相違しない。
c.引用発明の「1重量%塩酸」は塩酸1重量%を含む水溶液であり、酸を含む水溶液である点で本願発明の「硝酸水溶液」と共通する。
d.引用発明の「電解粗面化処理」は、本願発明の「電気化学的粗面化処理」と相違しない。

してみれば、本願発明と引用発明とは、
「アルミニウム板に酸を含む水溶液を用いた電気化学的粗面化処理を施して得られる平版印刷版用支持体であって、
アルミニウム板が、Feを0.29質量%、Siを0.04質量%、Cuを0.005質量%、Tiを0.01質量%含有し、残部がAlと不可避不純物からなる平版印刷版用支持体。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
〈相違点A〉
本願発明では電気化学的粗面化処理に「硝酸水溶液」を用いたと特定されているのに対し、引用発明では「1重量%塩酸」を用いたと特定されており、前記特定とは異なる点。
〈相違点B〉
本願発明では「表面のピットの平均径が1.2μm以下であり、ピットの平均密度が1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) であり」と特定されているのに対し、引用発明ではそのような特定がなされていない点。

4.判断
〈相違点A〉について
引用例3には、上記〈う〉に「電解粗面化において塩酸0.3?3.0重量%又は硝酸0.1?4.0重量%、温度10?40℃で10?120秒の条件」と記載されていることから、電解粗面化(「電気化学的粗面化処理」)に「硝酸0.1?4.0重量%」(「硝酸水溶液」)を用いることが記載されているといえる。
してみれば、引用発明において電気化学的粗面化処理に硝酸水溶液を用いるよう構成することは、当業者が容易になし得ることである。
このように、相違点Aに係る本願発明の発明特定事項は、引用発明及び引用例3に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得る程度の事項であるといえる。

〈相違点B〉について
前記「第2 3.(3-4)〈相違点3〉について」に記載のように、本願の出願前に頒布され、原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である引用例1には、「アルミニウム平版印刷版」(「アルミニウム板」からなる「平版印刷版用支持体」)において表面の「ピットの平均径」(「ピットの平均開口径」)を「160?300nmの範囲内」と、また「ピット密度」(「ピットの平均密度」)を「1.5×10^(7)個/mm^(2)以上の範囲内」とする点が記載されているといえる。ここで、「160?300nmの範囲内」は本願発明のピットの平均開口径「1.2μm以下」の範囲内であり、また「1.5×10^(7)個/mm^(2)以上の範囲内」は本願発明のピットの平均密度「1×10^(6) ?125×10^(6) 個/mm^(2) 」と重複する。
そして、本願明細書中には、平版印刷版用支持体のピットの平均密度の上限を125×10^(6) 個/mm^(2)とすることの臨界的意義を裏付ける具体的な根拠となる記載は見出せず、したがってその上限となる数値の臨界的意義は定かでない。よって、ピットの平均密度の上限値は、当業者が通常の試行錯誤の範囲内において適宜決定し得る設計事項にすぎないものである。
してみれば、引用発明において引用例1に記載の技術事項を採用し、ピットの平均開口径及び平均密度を本願発明の範囲内となる所定の数値とすることは、当業者が容易になし得ることである。
このように、相違点Bに係る本願発明の発明特定事項は、引用発明及び引用例1に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得る程度の事項であるといえる。

以上のように、上記相違点A及び相違点Bに係る本願発明の発明特定事項は、引用発明、並びに引用例3及び1に記載の技術事項に基づいて当業者が想到容易な事項であり、かかる発明特定事項を採用したことによる本願発明の効果も当業者が容易に予測し得る程度のものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明、並びに引用例3及び1に記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願出願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-02-04 
結審通知日 2008-02-05 
審決日 2008-02-18 
出願番号 特願2001-312403(P2001-312403)
審決分類 P 1 8・ 572- Z (B41N)
P 1 8・ 121- Z (B41N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 石井 裕美子亀田 宏之  
特許庁審判長 酒井 進
特許庁審判官 菅藤 政明
坂田 誠
発明の名称 平版印刷版用支持体および平版印刷版原版  
代理人 福島 弘薫  
代理人 渡辺 望稔  
代理人 三和 晴子  

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