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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
管理番号 1176456
審判番号 不服2006-18390  
総通号数 102 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-06-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-08-24 
確定日 2008-04-14 
事件の表示 平成10年特許願第361121号「被覆組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 6月27日出願公開、特開2000-178470〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成10年12月18日の出願であって、平成18年7月20日付けで拒絶査定がされ、同年8月24日に拒絶査定に対する審判請求がされたものであり、これに対して、平成19年6月11日付けで当審で拒絶理由を通知したところ、同年8月20日付けで意見書及び手続補足書が提出されたものであって、その請求項1に係る発明は、平成17年4月8日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりの次のものである。(以下、「本願発明」という。)

「合成樹脂エマルジョン、ゴムラテックス、および瀝青質乳剤からなる群から選ばれた一種または二種以上と、略球状で中空構造のものからなるかまたは中空構造のものを含んでいる電気炉酸化スラグ粒状物とからなることを特徴とする被覆組成物。」

2.当審で通知した拒絶理由
当審で通知した拒絶の理由は、本願発明は、本願出願前に頒布された下記の刊行物ア?エに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができず、また、本願は、明細書の記載が不備のため、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができない、というものである。


刊行物ア:特開平9-151335号公報(原査定における引用例3)
刊行物イ:特開昭62-227966号公報(同引用例4)
刊行物ウ:特開平10-15523号公報
刊行物エ:コンクリート工学年次論文報告集、Vol.16、No.1、
1994、p.319?324(請求人提出の参考文献2)

3.刊行物に記載された事項
上記の刊行物ア、ウ、エ、また、周知例として示す、刊行物オ(鐵鋼スラグ協会編、「鉄鋼のスラグ」、鐵鋼スラグ協会発行、昭和60年9月、1頁:請求人提出の参考文献1)には、次の事項が記載されている。

刊行物ア
(ア-1)「【請求項1】 ガラス転移温度が-50℃?5℃の合成樹脂を主成分とする合成樹脂エマルションの固形分100質量部に対し、無機充填材を250?550質量部、増粘剤と分散剤の双方またはいずれか一方を0.1?35質量部含有してなることを特徴とする水系制振塗料。」(特許請求の範囲の請求項1)
(ア-2)「【請求項3】 無機充填材が、炭酸カルシウム、転炉スラグ粉末であることを特徴とする請求項1,2記載の水系制振塗料。」(特許請求の範囲の請求項3)
(ア-3)「本発明は、自動車、精密機器、家電製品、建設機械、建築構造物、その他各種の機器や構造物等の振動または振動による騒音の低減のために使用される制振塗料に関する。」(段落0001)
(ア-4)「この-50?5℃の範囲にガラス転移温度を有する合成樹脂としては、アクリル酸エステル共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、酢酸ビニル重合体、アクリル-酢酸ビニル共重合体、塩化ビニル重合体、塩化ビニル-アクリル共重合体、塩化ビニリデン重合体、ブタジエン重合体、スチレン-ブタジエン共重合体、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体等が挙げられ、これらは単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。ただし、基材に対する密着性、あるいは塗膜の耐薬品性や耐水性および制振性の面からは、アクリル酸エステル共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体を、単独でまたは2種以上を混合して使用することが好ましい。」(段落0012)
(ア-5)「また、本発明に使用し得る無機充填材は、制振性、塗料の貯蔵安定性の面から真比重が2?5のものが好ましく、例えば、・・・転炉スラグ粉末、ガラス粉末等が挙げられ、これらは単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。ただし、制振性、原料のコスト、塗料の安定性、塗膜の密着性等の面からは、炭酸カルシウム、転炉スラグ粉末等を、単独でまたは2種以上を混合して使用することが好ましい。」(段落0014)
(ア-6)「また、本発明の水系制振塗料は、当業者には周知の手法、例えば、エアスプレー、エアレススプレー、刷毛塗り、へら塗り、ローラー塗り等の通常の手法で塗装することができる。その場合の塗膜厚は、薄すぎると、塗膜の乾燥は速くなるが、十分な制振性が得られず、逆に厚すぎると、制振性は向上するが、塗膜の乾燥に時間がかかるばかりでなく、垂れやひび割れが発生する等、良好な塗膜は得られないため、約0.1?5mm、好ましくは約0.5?3mmとすることが適している。」(段落0022)

刊行物ウ
(ウ-1)「【請求項1】電気炉酸化スラグに高比重元素および/または高比重元素化合物を添加溶解し、冷却固化そして粒化したことを特徴とする重量骨材」(特許請求の範囲の請求項1)
(ウ-2)「従来、細骨材として川砂、ケイ砂、砕砂等の天然資源が用いられて来たが、上記天然資源の確保が次第に困難となり、それに代えて電気炉酸化スラグ粒化物を細骨材として使用することが検討されている。上記電気炉酸化スラグ粒化物は不安定な遊離石灰、遊離マグネシア、あるいは鉱物を含まず、耐久性および耐蝕性を有し、また重量が大であるから製品に制振遮音性を与える。」(段落0002)
(ウ-3)「最近、制振性、遮音性、放射線シールド性、透磁性等を有するコンクリート製品、プラスチック製品、ゴム製品、粘土製品等が脚光を浴びており、更に大重量高比重の骨材に対するニーズが高まっている。」(段落0003)
(ウ-4)「また該溶解物から重量細骨材を製造するには、通常該溶解物を高速回転する羽根付きドラムに注入し、該溶解物を該羽根付きドラムによって破砕粒状化し、粒状化した該溶融物を水ミスト雰囲気中で急冷処理する方法が採られる。該羽根付きドラムは複数個配置して複数段の破砕粒状化を行なってもよい。このようにして得られる重量細骨材は通常5mm以下の粒径を有し、粒径2.5mm以下のものは略球状であり、表面に微細な凹凸を有する優れた形状のもので粒度分布はJIS-A5005コンクリート用砕砂の規格範囲にある。」(段落0007)

刊行物エ
(エ-1)「1.はじめに
スラグが・・・である。製鋼スラグについては不安定な鉱物相から構成されているので、コンクリート用骨材として不適当とされている。しかし、近年電気炉製鋼法の設備ならびに操業方法の改善が進んだ結果、酸化スラグについては、従来問題視された不安定鉱物相の含有が全体として解消の方向にある。
そこで筆者らは、電気炉酸化スラグをコンクリート用細骨材として利用することを試みた。電気炉製鋼スラグにもいろいろなものがあるが本報告では、その付加価値を高めるために球状化した電気炉酸化スラグについて検討したものである。」(319頁1?9行)
(エ-2)「2.球状化した電気炉酸化スラグについて
2.1 製造方法
・・・このスラグ細骨材の製法は、電気炉より排出される溶融状態の酸化スラグを高速回転する羽根付きドラムに注入し、はじき飛ばされたスラグは表面張力により球状化し、ミストスプレーによって雰囲気温度を下げて球状のまま固化させる方法である。これを10mmのふるいにかけ、ふるい下を製品とする。以下これを粒化スラグと称する。」( 319頁10?17行)
(エ-3)「2.2 粒化スラグの特徴
(1)形状・粒度分布
粒化スラグには・・・ほとんどのものが球形である。その表面にはひびわれは全くみられず、川砂と同等もしくは、それ以上の微細な凹凸が存在し、セメントとの付着性が良い。粒度分布は・・・にある。」(319頁18?25行)
(エ-4)「(2)化学組成
粒化スラグの化学組成の測定結果を表1に示す。またf.CaO(遊離石灰)とf.MgO(遊離マグネシウム)については、製造直後の粒化スラグについて3ロット分析したが、その他はこれよりf.CaO、f.MgOが残存しやすい酸化徐冷スラグについて分析を行い、その結果を表2に示す。表では、エージングを全く行っていないにかかわらずf.CaO、f.MgOはほとんどのものが0.1%以下である。」(319頁26行?320頁1行)
(エ-5)「



」(320頁表1)
(エ-6)「(4)比重・吸水率
粒化スラグの比重・吸水率などの測定結果を表4に示す。粒化スラグの比重は含有鉄分に支配され、一般骨材よりかない大きい[2]。・・・
(5)溶出試験
有害物質の溶出試験を・・・で行ったが、いずれの値も規制基準値よりはるかに小さい値となっており問題ない[2]。
(6)硬さ試験
ビッカーズ硬さの測定結果は755(方解石109、正長石795)であった。モース硬さでは6程度で正長石と同じ硬さであり、様々な鉱物によって構成される天然の骨材より硬めである[2]。
(7)水浸膨張試験
製造1週間後の粒化スラグを用いて80℃水浸膨張試験・・・を行った。その結果、膨張は全く観察されなかった。このことは化学組成や鉱物組成からもわかるように不安定鉱物をほとんど含んでいないためであろう。
(8)アルカリシリカ反応性試験
アルカリシリカ反応性の有無を確認するため、・・・比較した。試験結果は材齢1年で膨張率0.01%程度であり、非反応性の天然骨材とほぼ同じ挙動を示し、アルカリ反応性のない骨材であると認められた。」(321頁1?22行)
(エ-7)「



」(321頁表4)

刊行物オ
(オ-1)「スラグは鉄鋼生産に伴って副生するもので、銑鉄1t当り約300kg生成する高炉スラグ及び粗鋼1t当り約130kg生成する製鋼スラグとをあわせて、年間の生成量は約3700万tにものぼっている。
高炉スラグは、・・・ほぼ100%活用されている。
一方、製鋼スラグの利用率は約70%程度で、主として土木工事用に利用されている。
今後は、高炉スラグについてはさらに需要家の要請に沿った品質の向上と新製品の開発が重要であり、また製鋼スラグについてはその特性を活かした新用途の開発に努め有効利用を進めていくことが大きな課題であると考えている。」(1頁左欄5行?右欄6行)

4.当審の判断
(1)刊行物アに記載された発明
刊行物アには、「ガラス転移温度が-50℃?5℃の合成樹脂を主成分とする合成樹脂エマルションの固形分100質量部に対し、無機充填材を250?550質量部、増粘剤と分散剤の双方またはいずれか一方を0.1?35質量部含有してなることを特徴とする水系制振塗料。」(記載事項ア-1)が記載されるところ、「無機充填材」として「転炉スラグ粉末」が挙げられ(記載事項ア-2)、増粘剤と分散剤はどちらか一方を含有すればよい(記載事項ア-1)のであるから、刊行物アには、
「特定の合成樹脂エマルションの固形分100質量部、転炉スラグ粉末250?550質量部、増粘剤0.1?35質量部を含有する水系制振塗料」の発明(以下、「刊行物ア発明」という。)が記載されているといえる。

(2)対比
本願発明と、刊行物ア発明とを対比する。
刊行物ア発明における特定の合成樹脂エマルションは、記載事項ア-4に示されるようにアクリル酸エステル共重合体等を包含するところ、本願発明においても、合成樹脂エマルジョンはアクリル酸エステル系樹脂を包含する(本願明細書段落0005)から、これらの樹脂に差異はなく、本願発明においても増粘剤を含んでよく(本願明細書段落0010)、本願発明においては各成分の配合比は特に規定されておらず、本願発明の電気炉酸化スラグも刊行物ア発明の転炉スラグも製鋼スラグに包含されるスラグであるから、両者は、
「合成樹脂エマルジョン、製鋼スラグ、増粘剤を含有する組成物」
である点で一致し、
(i)製鋼スラグが、本願発明においては、「略球状で中空構造のものからなるかまたは中空構造のものを含んでいる電気炉酸化スラグ粒状物」であるのに対し、刊行物ア発明においては、「転炉スラグ粉末」である点、
(ii)組成物が、本願発明においては、「被覆組成物」であるのに対し、刊行物ア発明においては、「水系制振塗料」である点、
で、相違する。

(3)判断
そこで、これらの相違点について検討する。
相違点(i)
(i-1)電気炉酸化スラグについて
相違点(i)は電気炉酸化スラグに関するものであるところ、電気炉酸化スラグについて、本願明細書には、「本発明に言う電気炉酸化スラグは、通常Ca O10?26重量%、・・・程度含み、更に微量成分としてTi O_(2) 0.25?0.70重量%、・・・程度含み、安定な鉱物組成を得るためのFe を20?45重量%程度含むものであり、天然骨材成分に含まれる粘土、有機不純物、塩分を全く含まず、不安定な遊離石灰、遊離マグネシアあるいは鉱物も殆ど含まない。」(本願明細書の段落0008)と、その化学組成は説明されているものの、これがどのような性状を示すものであるのか、他のスラグとどのような関係を有するものであるのか等については、特に説明されていない。
そこで、相違点(i)を検討するにあたり、電気炉酸化スラグが、周知文献ともいえる刊行物エ、オに、どのように記載されているかについてみる。
スラグは鉄鋼生産に伴って副生するものであって、高炉スラグと製鋼スラグがあること(記載事項オ-1)、製鋼スラグについては不安定な鉱物相から構成されているが、近年電気炉製鋼法の設備ならびに操業方法の改善が進んだ結果、酸化スラグ、すなわち、電気炉酸化スラグは不安定な鉱物相が減少されていること(記載事項エ-1)、また、製鋼スラグが転炉スラグと電気炉スラグに大別され、電気炉スラグは酸化スラグと還元スラグに分けられることは、技術常識といえる。
そして、刊行物エは、電気炉酸化スラグの中でも、付加価値を高めるために球状化した電気炉酸化スラグについて検討したものであって(記載事項エ-1)、球状化するには、「電気炉より排出される溶融状態の酸化スラグを高速回転する羽根付きドラムに注入し、はじき飛ばされたスラグは表面張力により球状化し、ミストスプレーによって雰囲気温度を下げて球状のまま固化させ、これを10mmのふるいにかける」のであり、このふるい下のものを「粒化スラグ」と称している(記載事項エ-2)。
この「粒化スラグ」について、刊行物エには、ほとんどのものが球形で、表面にはひび割れは見られず、微細な凹凸が存在し、セメントとの付着性がよく(記載事項エ-3)、f.CaO(遊離石灰)は非常に少なく(記載事項エ-4)、比重は一般骨材よりかなり大きく、有害物質の溶出は問題なく、天然の骨材より硬く、水浸膨張試験によっても膨張は全く観察されず、非反応性の天然骨材とほぼ同じ挙動を示すものである(記載事項エ-6)、と記載されており、このような「粒化スラグ」の性状は当業者に周知といえる。
(i-2)本願発明の「電気炉酸化スラグ粒状物」と刊行物エに記載の「粒化スラグ」との異同
ところで、本願発明における「電気炉酸化スラグ粒状物」とは、本願明細書の段落0008に化学組成が記載され、同段落0009にその製造方法が記載されるところ、これは、刊行物エの記載事項エ-5に示された化学組成、記載事項エ-2に示された製造方法と変わるところはない。
なお、本願発明の「電気炉酸化スラグ粒状物」は、「中空構造のものからなるかまたは中空構造のものを含んでいる」との特定がされているが、両者は、化学組成及び製造方法に違いがないのであるから、刊行物エに記載の「粒化スラグ」も、本願発明におけるのと同様の中空構造を有しているとするのが自然である。
したがって、本願発明における「略球状で中空構造のものからなるかまたは中空構造のものを含んでいる電気炉酸化スラグ粒状物」と刊行物エに記載された「粒化スラグ」とは差異のないものといえる。
(i-3)相違点(i)についての判断
電気炉酸化スラグも刊行物ア発明における転炉スラグも、製鋼スラグに該当するものであって、その用途の開発が進められているものであるところ(記載事項オ-1)、電気炉酸化スラグ粒化物が、不安定な遊離石灰、遊離マグネシア、あるいは鉱物を含まず、耐久性および耐蝕性を有し、また重量が大であるから製品に制振遮音性を与えるものであることは公知の事項である(記載事項ウ-2、ウ-3)。
そうしてみると、刊行物ア発明における制振性の無機充填材として、刊行物アに記載の「転炉スラグ粉末」に代えて、用途の開発が進められているところの、転炉スラグと同様に制振遮音性を有し、かつ、表面性状、有害物質の溶出、非膨張性等の優れた性質を有する、刊行物エに記載の「粒化スラグ」、すなわち、「略球状で中空構造のものからなるかまたは中空構造のものを含んでいる電気炉酸化スラグ粒状物」を用いることに、格別の創意を要するものではない。
したがって、この点は当業者が容易になし得るところである。

相違点(ii)
刊行物ア発明における「水系制振塗料」は、「当業者には周知の手法、例えば、エアスプレー、エアレススプレー、刷毛塗り、へら塗り、ローラー塗り等の通常の手法で塗装することができ、その場合の塗膜厚は約0.1?5mm」とされており(記載事項ア-6)、一方、本願発明においても、本願発明の「被覆組成物」は、「建物の壁や床等の躯体や自動車の車体の床に直接塗布される」ものを包含し(本願明細書の段落0012)、具体的には、「厚さ5mmに塗布」するものを包含する(同明細書の段落0017)から、両者は塗装の仕方及び塗装の厚さについて差異はなく、本願発明も有機溶剤は使用せず合成樹脂エマルジョンを用いているから「水系」であり、本願発明も制振作用を有するものであるから(同明細書の段落0001)、本願発明における「被覆組成物」と刊行物ア発明における「水系制振塗料」との間に実質的差異はない。
したがって、相違点(ii)は実質的な相違点ではない。

本願発明の効果について
本願発明の効果は、本願明細書の段落0020に記載されているように「遮音性や制振性に優れている被覆層が安価に得られる。」というものであるところ、これは刊行物ア発明の奏する効果と同種のものであって(記載事項ア-3)、当業者の予測の範囲内である。

(4)まとめ
以上のとおりであるから、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物ア、ウ、エに記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。

5.請求人の主張
請求人は、当審の通知した拒絶理由に対し、平成19年8月20日付け意見書において、次の主張をしている。
(i)刊行物アには、転炉スラグ粉末が例示されるが、本発明の電気炉酸化スラグに比べると化学的に不安定であって合成樹脂エマルジョン、ゴムラテックス、瀝青質乳剤のような水性のビヒクルに添加した場合には、膨張、崩壊を起こすおそれがあり、
刊行物ウ、エには、電気炉酸化スラグを合成樹脂エマルジョン、ゴムラテックス、瀝青質乳剤等ビヒクルに添加することは開示されていない。
(ii)本願発明の被覆組成物は、遮音層や制振層を形成するために使用され、該遮音層や制振層は例えば建物の壁や床等の躯体、自動車の車体に上記被覆組成物を塗布することによって形成されるから、このような対象物に上記被覆組成物を塗布する場合、上記被覆は毒性、引火性のある油性のものよりも水性のものにすることが望ましいところ、水性のビヒクルを使用すると化学的安定性に乏しい充填材(例えば転炉スラグ)では、組成物で充填材が膨張崩壊を起すおそれがあるうえ、高炉スラグは、天然砂よりも比重が小さい。
そこで本願発明は充填材として、高比重で化学的に安定な、かつ水と接触しても膨張崩壊を起すことがない電気炉酸化スラグを選択したのである。
(iii)電気炉酸化スラグは略球状で表面には微細な凹凸が存在しているから、合成樹脂、ゴム、瀝青質とのなじみがよく、高強度なかつ耐耗せいのある被覆層が得られ、このような被覆層は特に震度が及ぼされる自動車車体の床に使用されて特に有用である。

これを検討するに、
(i)については、当審は、刊行物ア、ウ、エに記載された発明と本願発明とが同一であると判断しているのではなく、刊行物アに記載された発明と本願発明との発明特定事項の差異を列挙したうえで、その差異について判断しているのであるから、各刊行物に記載された事項と本願発明との差異を主張しても、当審の判断に影響を与えるものではない。
(ii)については、刊行物アには、「特定の合成樹脂エマルションの固形分100質量部、転炉スラグ250?550質量部、増粘剤0.1?35質量部を含有する水系制振塗料」の発明が記載されているといえるのであり(上記4.(1))、これは「水性のビヒクル」を用いたものであるから、刊行物ア発明との相違点にはならない。
そして、当審では、刊行物ア発明における転炉スラグに代えて、水浸試験においても膨張が観察されない(記載事項エ-6)、刊行物エに記載の電気炉酸化スラグを用いることを容易である、と判断しているのであるから、この主張も当審の判断に影響を与えるものではない。
(iii)については、電気炉酸化スラグが、表面に凹凸が存在するために、セメントとの付着性がよいこと(記載事項エ-3)が刊行物エに記載され、コンクリート製品、プラスチック製品、ゴム製品、粘土製品等に用いられることも刊行物ウに示唆されている(記載事項ウ-2、ウ-3)ことであるから、「表面には微細な凹凸が存在しているから、合成樹脂、ゴム、瀝青質とのなじみがよい」という効果は、刊行物ウ、エに記載された事項から当業者が予測をしうる範囲のものである。

以上のとおりであるから、請求人の主張は当審の判断を左右しない。

6.むすび
以上のとおりであって、本願発明は、本願の出願前に頒布された刊行物ア、ウ、エに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、その余のことを検討するまでもなく、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-02-14 
結審通知日 2008-02-19 
審決日 2008-03-03 
出願番号 特願平10-361121
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 守安 智寺坂 真貴子  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 鈴木 紀子
鴨野 研一
発明の名称 被覆組成物  
代理人 宇佐見 忠男  

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