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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2007800042 審決 特許

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審決分類 審判 一部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備  C07H
審判 一部無効 1項3号刊行物記載  C07H
審判 一部無効 2項進歩性  C07H
審判 一部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備  C07H
管理番号 1176918
審判番号 無効2006-80058  
総通号数 102 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-06-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2006-04-07 
確定日 2008-05-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第1903527号発明「結晶性アジスロマイシン2水和物及びその製法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯

本件特許第1903527号の請求項1?3に係る発明についての出願は、昭和63年7月6日に被請求人ファイザー・インコーポレーテッドより特許出願され、平成7年2月8日にその発明について特許権の設定登録がされた。
これに対して、平成18年4月7日に請求人藤川株式会社より請求項1に係る発明に対して本件特許無効審判が請求され、平成19年2月2日に口頭審理が行われたものである。

2.本件発明

本件特許の請求項1に係る発明は、本件明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認められる。

「結晶性アジスロマイシン2水和物」

3.請求人の主張

請求人は、「特許第1903527号の請求項1に係る発明の特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、下記甲第1?14号証及び参考文献を提出し、本件特許は、理由1?3により特許法第123条第1項第4号に、理由4?5により同法同項第2号の規定に該当するので、無効とされるべきであると主張している。

理由1
本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施できる程度に請求項1の発明の目的、構成、効果が記載されていないから、本件明細書は特許法第36条第3項(昭和62年改正特許法)に規定する要件を満たしていない。

理由2
請求項1の発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本件明細書は特許法第36第4項第1号(昭和62年改正特許法)に規定する要件を満たしていない。

理由3
本件明細書の特許請求の範囲(請求項1)には、結晶物質の「2水和物」が、技術的且つ正確に特定されていないから、本件明細書は特許法第36条第4項第2号(昭和62年改正特許法)に規定する要件を満たしていない。

理由4
請求項1の発明は、甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

理由5
請求項1の発明は、甲第2号証又は甲第2号証及び甲第7号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

証拠方法
甲第1号証:特公平6-31300号公報(本件公告特許公報)
甲第2号証:第10回クロアチア化学者会議発表論文要旨集(1987年2月16-18日) クロアチア化学者・科学技術者連盟クロアチア化学協会
甲第3号証:J. Chem. Research(S), 1988, 152-153
甲第4号証:国際公開第03/77830号パンフレット
甲第5号証:株式会社三菱化学科学技術研究センター作成の実験報告書
甲第5号証の1:「分析結果報告書[件名]FJ一001の単結晶作製および単結晶X線構造解析」(日付:2005年10月7日)
甲第5号証の2:「分析結果報告書[件名]FJ-001 XRD測定」(日付:2005年10月7日)
甲第5号証の3:「分析結果報告書[件名]FJ-001 水分測定」(日付:2005年8月9日)
甲第5号証の4:「分析結果報告書[件名]FJ-001 IR測定」(日付:2005年8月10日)
甲第5号証の5:「分析結果報告書[件名]FJ-001 TG-DTA測定」(日付:2005年8月17日)
甲第5号証の6:「分析結果報告書FJ-001 CHN測定」(日付:2005年10月11日
甲第6号証:東京工業大学大学院理工学研究科植草秀裕助教授作成の意見書(日付:平成18年3月30日)
甲第7号証:米国特許第4474768号明細書
甲第8号証:第十一改正日本薬局方解説書(1986)C-246頁?C-252頁
甲第9号証:J. Chem. Research(M), 1988, 1239-1261
甲第10号証:化学大辞典3縮刷版(共立出版(株))、昭和38年、352?353頁
甲第11号証:化学大辞典6縮刷版(共立出版(株))、昭和38年、877頁
甲第12号証:第十五改正日本薬局方解説書(2006)B-305頁?B-306頁
甲第13号証:神戸博太郎編「新版熱分析」、(株)講談社発行)、1992年、94頁?96頁
甲第14号証:Official Monographs/Azithromycin USP 29
参考文献:欧州特許第984020号明細書

4.被請求人の主張

被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、上記請求人の主張する無効の理由1、2は、いずれも理由がない旨主張し、下記乙第1?12号証を提出している。

証拠方法
乙第1号証:特開昭57一158798号公報
乙第2号証:特開昭59一31794号公報
乙第3号証:第15改正日本薬局方 C-59頁?C-64頁
乙第4号証:本件特許の明細書の第9頁及び第10頁の写し
乙第5号証:The Merck Index 13th Edition(Internet Edition) フロントページ及びMonograph Number 00917の項
乙第6号証:ファイザー社品質管理部のアルコキシ定量試験方法のマニュアル(1967年11月27日)
乙第7号証:カール・フィッシャー法による含水分量測定結果
乙第8号証:カール・フィッシャー法による含水分量測定結果
乙第9号証:本件公告特許公報(特公平6-31300号)の訂正公報
乙第10号証:米国特許第4517359号公報
乙第11号証:日本工業規格「ジエチルエーテル(試薬)」 JIS K8103-1994
乙第12号証:吉村徳重編「注釈民事訴訟法(7)証拠(2)・簡易裁判所手続」、有斐閣、平成7年、§311-359、39頁?40頁

5.当審の判断

5-1 理由1について

5-1-1 本件明細書の発明の詳細な説明の記載事項

本件明細書の発明の詳細な説明(以下、その記載事項については甲第1号証の本件特許公報の対応箇所を示すこととする。)には、請求項1の発明(以下、「本件発明」という。)に関し以下の記載がある。

(課題を解決するための手段)(甲第1号証4欄3行?5欄3行)
「本発明は、少なくとも2モル当量の水の存在化でテトラヒドロフラン及び脂肪族(C_(5)-C_(7))炭化水素から結晶化することによって製造されるアジスロマイシンの有用な新しい形、すなわち結晶性で非吸湿性の2水和物に関する。・・・・
本発明は実施が容易である。・・・アモルファス形であるいは1水和物(これは吸湿性であるため1モル当量を超す水を含んでいるかもしれない)として製造したアジスロマイシンをテトラヒドロフラン中に溶解する。・・・・入ってくる水の容積が1モル当量をはるかに越える、たとえば2モル当量に近づくならば、混合物を短時間の間MgSO_(4)のような乾燥剤上で乾燥するのが好ましい。・・・
結晶性2水和物を得るには、全体の水含有量が少なくとも2モル当量に相当するレベルとなるかつ一般に約3?4モル当量のレベルを越えない十分な量の水を、生じる透明な溶液へ加える。系の中に存在する水のレベルは、標準のカール・フィッシャー滴定によって容易にモニターされる。・・・生成物は通常真空乾燥して有機溶剤を除く・・・。水和水の減少を避けるために、揮発分及び水含有量を一般に乾燥させている間調節し、テトラヒドロフラン及び炭化水素のレベルが通常0.25%未満に下がり、水含有率が理論値(4.6%)の0.3%以内となるようにする。」

(作用)(5欄4行?11行)
「本発明の2水和物を含めたアジスロマイシンは人を含む哺乳動物における感染しやすい細菌性伝染病の治療に有用な広い範囲の抗細菌活性を有する。アジスロマイシン2水和物は、前記ブライトの米国特許第4474768号で記述されている方法及び量に従って、人間の感染しやすい細菌性感染病の治療の際に処方および投与される。」

(実施例)(5欄12行?6欄21行)
「本発明を以下の実施例によって説明する。・・・
実施例1
非吸湿性アジスロマイシン2水和物
方法A
製造1の吸湿性1水和物、・・・テトラヒドロフラン・・および珪藻土・・を・・一緒にし、30分間攪拌し、濾過し、・・・テトラヒドロフランで洗浄した。・・・この溶液を激しく撹拌し、H_(2)O・・・を加えた。5分後に・・・ヘキサン・・・を5分間にわたって加えた。18時間の粒状化期間の後、濾過し、・・・生成物を回収し、真空乾燥したところ、カール・フィッシャーによるとH_(2)Oが4.6±0.2%の表題の生成物89.5gが得られた。
方法B
製造1の吸湿性1水和物、・・・およびテトラヒドロフラン・・・を反応器に入れ、この混合物を攪拌して乳白色の溶液を得た。これに活性炭・・・および珪藻土・・・を加え、・・・攪拌し、次いで・・・ヘキサンで希釈し、・・・吸引濾過した。・・・攪拌しながら・・・H_(2)Oを加えた。この混合物を室温に冷却し、5時間粒状化し、方法Aと同様に生成物を回収および乾燥したところ、177.8gの表題の生成物が得られた。
2水和物は126℃・・・で急に溶融する。差動走査熱量計・・・から、127℃で吸熱性であることが分かる。熱重量分析(加熱速度、30℃/分)からは、100℃で1.8%の、150℃で4.3%の重量減少であることが分かる。IR(KBr)3953、3553、・・・・321および207cm^(-1);
▲〔α〕^(26)_(D)▼±41.4°(c=1、CHCl_(3))。
C_(38)H_(72)N_(2)O_(12)・2H_(2)Oとして計算値:
C58.14;H9.77;N3.57;OCH_(3)3.95;H_(2)O4.59
実測値:
C58.62;H9.66;N3.56;OCH_(3)4.11;H_(2)O4.49
中和当量(1:1CH_(3)CN:H_(2)O中0.5NHCl):
計算値:374.5 実測値393.4
水含有量4.1%(論理値より下)よりさらに少し乾燥した2水和物の試料は相対湿度33%、75%または100%で水をすみやかに捕えて2水和物に対する論理的水含有量(4.6%)となった。相対湿度33%および75%では、水含有量は少なくとも4日間、本質的に一定のままであった。相対湿度100%では、水含有量はさらに約5.2%まで上昇し、次の3日間は本質的に- 一定のままであった。
18%の相対湿度に保った同じ2水和物の試料は徐々に水を失っていた。水含有量は4日で2.5%、12日で1.1%となった。」

5-1-2 記載不備の有無について

請求人が、本件明細書の不備として指摘する点は、

(ア)測定回数の記載もないのに「4.6土0.2%」との記載があり不自然である。

(イ)熱重量分析における加熱速度は通常は5℃/分(甲第12号証)或いは約5?約10℃/分(甲第13号証)であるのに、本件明細書では「加熱速度、30℃/分」という速い加熱速度で分析が行われている。

(ウ)通常の元素分析では酸素が検出できないにも関わらず「OCH_(3)」、「H_(2)O」の実測値が記載されている。

(エ)結晶の水分含量が湿度条件や乾燥条件で変動するにも拘わらず実験によらずとも単に計算で算出できる理論的水含有量を唯一の拠として結晶物質が2水和物としている。

というものである。

そこで検討するに、
(ア)の「土0.2%」の記載は、カール・フィッシャー法による水分測定値の変動範囲或いは測定誤差の範囲と解され、測定値が4.6%付近であることの理解を妨げるものではないし、(イ)の点にしても30℃/分の加熱条件の下、100℃で1.8%、150℃で4.3%という重量減少があったとの具体的結果が示されていることからみて、直ちに分析が不可能な条件とはいえない。
また、(ウ)については、本件明細書でC、H、N、OCH_(3)、H_(2)Oの値が全て通常の燃焼法による元素分析法によって得られたと説明されているわけではなく、これらについてはそれ以外の手法で得られた測定値であることは当業者が容易に理解しうるものであり、OCH_(3)の値はアルコキシ定量法(乙第6号証)、H_(2)Oの値はカール・フィッシャー法という通常の測定方法によって測定可能であることからも、測定手法の具体的記載が本件明細書にない点を格別の瑕疵ということはできない。
(エ)については、本件明細書の(課題を解決するための手段)の記載によれば、本件発明の物質の製造方法が、原料としてアジスロマイシン1水和物が使用され、これに2モル当量に相当するレベルでかつ約3?4モル当量のレベルを越えない十分な量の水を加えて結晶化させ、水和水の減少を避けるために、揮発分及び水分含有量を一般に乾燥させている間調節し、テトラヒドロフラン及び炭化水素のレベルが通常0.25%未満に下がり、水含有率が理論値4.6%の0.3%以内とする乾燥条件が採用されるというアジスロマイシンの2水和物の生成を明確に意図した方法となっていること、(実施例)の記載によれば、生成物の真空乾燥後の水分が4.6±0.2%(方法A)、4.49%(方法B)と明記されていること、C、H、N、OCH_(3)、H_(2)Oについての2水和物の論理計算値と生成物の実測値が近似していること、差動走査熱量計による分析で127℃で吸熱的であり、熱重量分析により150℃では4.3%の重量減少がみられ、これは2水和物の論理的水含有量と近似すること、更に生成物の水含有量(4.6%)が相対湿度33%、75%で少なくとも4日間一定に維持され、この水含有量の状態が安定であること等を総合すると、本件明細書は、本件発明の物質が「アジスロマイシン2水和物」であると当業者が十分理解できる程度に記載されているものと認められ、単に理論的に算出できる水含有量の値に依拠して2水和物とされているのではないことは明らかである。

ところで、本件明細書では、水含有量4.1%よりさらに少し乾燥した2水和物の試料について、相対湿度33%、75%、100%、18%での水含有量の変化を測定し、相対湿度33%及び77%では、水含有量は少なくとも4日間、本質的に一定のままであるが、18%の相対湿度では徐々に水を失い、12日で1.1%となったとされ、相対湿度100%では、水含有量は更に約5.2%まで上昇するとされているので、確かに環境湿度により2水和物の水含有量は変動すると考えられる。
しかし、このような各種の相対湿度における2水和物の水含有量の変動についての分析結果は、原料である1水和物が相対湿度18%では論理的水分含有量を維持し安定であるが、相対湿度33%、75%で水含有量が急上昇し吸湿性であるのとは対照的に、2水和物は相対湿度33%、75%の状態で論理的水含有量(4.6%)を維持し、本質的に非吸湿性であり安定であること、すなわちアジスロマイシン製剤の製造時の環境湿度において非吸湿性という有利な性質を持つことを示すものである。
2水和物は、乾燥や加熱により結晶水を失い水和物でなくなったり、環境湿度100%の条件では、水含有量が理論値を超えるが、これは2水和物が示す性質であって、このような現象が見られることが、本件発明の物質を「2水和物」として同定することを妨げるものではない。

したがって、(ア)?(エ)は、いずれも本件明細書の記載不備の理由となるものではない。

5-2 理由2について

本件発明である「結晶性アジスロマイシン2水和物」が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていないとする理由として請求人は以下の2点を指摘している。

(ア)結晶物質が2水和物であることを示す客観的データが示されていないだけでなく、水含有量は湿度により大きく変動する。

(イ)結晶性水和物の評価・確認はX線回折による分析が必須であり、赤外線吸収スペクトル、示差走査熱量計(DSC)などの熱分析データやカール・フィッシャー法による水分量の測定は補助的に行われる分析手段であるし、有機溶媒から再結晶すると溶媒和物を形成する場合があり、このような溶媒和物を熱分析しても、重量減少や吸熱ピークが水由来か、有機溶媒由来かを区別することは不可能である。

(ア)については、本件明細書に、本件発明の化合物の製造方法と共にそれがアジスロマイシン2水和物であると当業者が理解するに足りる十分な同定資料の記載があることはすでに5-1で述べたとおりである。
(イ)については、本件明細書(甲第1号証第2頁4欄49行?5欄3行)では、生成物の乾燥条件として、水和水の減少を避け、テトラヒドロフランおよび炭化水素のレベルが通常0.25%未満に下がり、水含有量が理論値4.6%に近い範囲となるような乾燥条件が採用されているのであるから、溶媒和物の形成の可能性はないと考えられ、また、カール・フィッシャー法による「水含有量」及び熱重量分析法の「重量減少」は、結晶水の測定に有効な分析手段であって、特に上記の厳密な乾燥条件下で得られた生成物の「水含有量」及び「重量減少」の測定値が、結晶水の量を知る上で重要な情報となることは当業者が容易に理解しうることである。
なお、請求人が提出した東京工業大学の植草秀裕助教授の意見書においても、「FJ-001結晶」について、そのCHN測定結果、水分測定結果、TG-DTA(示差熱重量同時分析)の測定結果を総合し、その結果から「FJ-001結晶がC_(38)H_(72)N_(2)O_(12)・2H_(2)Oの組成式を持ち、化合物を(C_(38)H_(72)N_(2)O_(12))の二水和物であることが示されたと理解できる。・・FJ-001結晶はアジスロマイシン二水和物結晶と考えて矛盾しない。」(甲第6号証第5頁?第6頁第1行)としており、結晶のX線構造解析の分析データを参照する前に2水和物であるとの同定が行われている。
また、本件発明はアジスロマイシンの2水和物という新規な化合物を提供し、その非吸湿性という医薬品製造における有用性を見いだしたものであって、結晶構造を分析しその構造自体に何らかの有用性を見いだした発明ではなく、請求項1の「結晶性」の文言も、単にアジスロマイシン2水和物が結晶であることを特定しているにすぎないものである。
そして、本件明細書には、「結晶性2水和物を得るには、全体の水含有量が少なくとも2モル当量に相当するレベルとなるかつ一般に約3?4モル当量のレベルを越えない十分な量の水を、生じる透明な溶液へ加える。・・・水を加えた後、炭化水素溶剤を・・・加え、所望の2水和生成物を結晶化させる。・・・いったん結晶化が完了したら、通常周囲温度での粒状化期間(たとえば3?24時間)の後、生成物を濾過により回収する。生成物は通常真空乾燥して有機溶剤を除く(20℃?40℃にて、周囲温度が都合よい)。水和水の減少を避けるために、揮発分および水含有量を一般に乾燥させている間調節し、テトラヒドロフランおよび炭化水素のレベルが通常0.25%未満に下がり、水含有率が理論値(4.6%)の0.3%以内となるようにする。」(甲第1号証の2頁4欄31行?3頁5欄3行)と記載され、本件発明の2水和物が結晶として分離されることが明示されている。
そうすると、本件明細書は、2水和物が結晶形態をとることについて当業者が理解できる程度に記載されており、その結晶構造についてX線回折の分析データが必須とされるものではない。

したがって、本件発明が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていないとすることはできない。

5-3 理由3について

請求人は、水含有量は湿度により大きく変動するから、請求項1には「結晶性」「2水和物」であるための必須の要件が記載されておらず、結晶物質の「2水和物」が技術的且つ正確に特定されていないとする。
しかし、上記のとおり、本件明細書には、本件明細書に開示された製造方法によって得られた生成物が結晶性であり、アジスロマイシンの2水和物と同定される物質であることが客観的に理解し得る程度に記載された上で、当該物質の構成要件、すなわち、本件明細書に記載の物性を有する化学物質の構成に欠くことのできない事項として、「結晶性」、「アジスロマイシン」、「2水和物」という用語が使用されている。これらの用語は、当業界において、物質の性状、化学構造、水和状態を特定する技術用語として確立したものであるから、本件発明の物質を特定するに十分足りるものである。
また、2水和物は、湿度条件によっては吸湿乃至脱水することがあるが、このような現象のあることが、2水和物の理解、特定を妨げるものではないことは既に述べたとおりである。
したがって、請求項1の記載が、特許法第36条第4項第2号の規定を満たさないとすることはできない。

5-4 理由4について

5-4-1 甲第2号証の記載内容

請求人が提出した甲第2号証はクロアチア語で記載された文書であるため、特許法施行規則第61条にしたがい、その文書の翻訳文が添付されている。当該翻訳文の記載内容は以下のとおりである。

「11-メチルアザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンA(DCH_(3))の構造研究・・・

エリスロマイシンAの誘導体についての我々の構造研究の続きにおいて、新たな15員環エリスロマイシンAシリーズのサンプルDCH_(3)(開発研究所“プリバPLIVA”で調製)を、室内の条件下でエーテルから再結晶した。得られた結晶は、透明で無色、プリズム状で高硬度であった。フィルム法によって単位セル(格子)のパラメータを、また浮揚法によって化合物の密度を測定した。

結晶学的データ:C_(38)H_(72)0_(12)N_(2)、Mr=748gmol^(‐1)、斜方晶系、空間群P2_(1)2_(1)2_(1)、a=17,860(4)Å、b=16,889(3)Å、c=14,752Å、D。=1,174gcm^(-3)、Dx=1,177gcm^(-3)、Z=4。単位セルの強度測定および精度向上は、CuKα線を用いたコンピュータ制御の回析計Philips社製PW1100で行われた。直接法(Multan‐プログラム)により構造決定した。先に得られたデータとの結果の比較は進行中である。」

被請求人は、甲第2号証の上記翻訳文の正確性を不知としながら、その正確性についての意見をなんら述べていない。
しかし、甲第2号証の記載は上記のとおり、化合物名や化学処理操作、結晶の物性値(組成式、分子量、X線回析結果、密度)等の化学分野特有の技術用語によるものが殆どであって、原文との対照が可能であり、翻訳文は原文をほぼ正確に表したものと認めることができる。
したがって、以下、上記翻訳文を原文の記載内容として検討する。

5-4-2 本件発明が甲第2号証に記載された発明であるか

一般に、ある発明を特許法第29条第1項第3号に掲げる刊行物に記載された発明というためには、その発明が記載された刊行物において、当業者が、当該刊行物の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、その発明に係る物を製造することができる程度の記載がされていることが必要であり、特に新規な化学物質の発明の場合には、刊行物中で化学物質が十分特定され、刊行物の記載からその化学物質の製造方法を当業者が理解できる程度に発明が開示されていることが必要である。

そこで甲第2号証についてみるに、開示されている11-メチルアザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンAの結晶(以下、「結晶A」という。)は、「透明」、「無色」、「プリズム状」、「高硬度」を呈し、組成式、分子量、結晶学的データによって化学物質としての特定がされているが、かかる結晶が、2水和物であるとの明記はなく、当業者といえども上記物性データから直ちに2水和物であると理解することはできない。
しかしながら、格子定数は結晶性物質の固有の値であるところ、結晶Aの格子定数が、本件優先日後の文献である甲第3号証、甲第4号証、甲第9号証に記載のアジスロマイシン2水和物の結晶の格子定数と一致することからすると、組成式、分子量は無水物に相当するとはいえ、甲第2号証において結晶Aとして得られた物質は実質的には本件発明のアジスロマイシン2水和物であったと推定できる。
したがって、結晶Aがアジスロマイシン2水和物であると認識されていなくとも、結晶Aが製造できることが明らかであるように甲第2号証に記載されているならば、甲第2号証には実質的に本件発明が記載されていることとなる。

そこで検討するに、甲第2号証には、結晶Aの製造方法として、「サンプルDCH_(3)(開発研究所“PLIVA”で調製)」を室内の条件下でエーテルで再結晶すること」が記載されているにすぎず、原料である「サンプルDCH_(3)」の製造方法や入手方法については何等記載がない。
また、「サンプルDCH_(3)(開発研究所“PLIVA”で調製)」が「11-メチルアザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンA」の結晶であってそれをエーテルで再結晶させて結晶Aを製造することが甲第2号証の記載から理解できるとしても、本件優先日当時、「サンプルDCH_(3)(開発研究所“PLIVA”で調製)」と同等なアジスロマイシンの結晶の製造方法や入手方法を技術常識として当業者が知悉していたとするに足る証拠はない。
そうすると、甲第2号証には、「結晶A」の発明が記載されているとはいえず、したがって、結晶Aと実質的に同一である「結晶性アジスロマイシン2水和物」の発明が甲第2号証に記載されていたとすることはできない。

5-4-3 甲第5号証について

請求人は、甲第5号証を提出し、アジスロマイシンの結晶であるとされる「FJ001粉末」から、甲第2号証に記載される製法に準じる方法によって、結晶Aと同じ格子定数を有する結晶が得られたとするが、以下の(a)(b)の理由から甲第5号証は、甲第2号証に記載された製法を正確に追試したものということはできない。

(a)
原料として使用された「FJ001粉末」について、これが甲第2号証の「サンプルDCH_(3)(開発研究所“PLIVA”で調製)」と同一のものであると推認するに足る証拠は無く、請求人自身、「サンプルDCH_(3)(開発研究所“PLIVA”で調製)」の化学構造を不知としている(平成18年12月28日付け回答書の4頁14行)。
よって、原料の化学構造が何であるかが不明であれば、甲第2号証の追試は不可能である。
また、請求人は、「FJ001粉末」は「エルクロス社製1水和物」であると主張するが、甲第2号証の結晶Aが2水和物であることを知る手がかりは皆無であり、組成式、分子量によればむしろ「無水物」に相当する物性が開示されているのであるから、追試の原料として1水和物を選択する特段の理由はない。
特に、甲第2号証で行われている「再結晶」操作は、「結晶性物質を適当な溶媒を使って精製する一方法」(化学大辞典3縮刷版(共立出版(株))、昭和38年、「再結晶」の項を参照のこと。)であって、その性質上、原料結晶と再結晶後の結晶で異なる物が得られることは通常予定されないものである。
このことは、たとえば甲第9号証において、ジエチルエーテルからの再結晶操作で、アジスロマイシン無水物からは純粋な無水物の白色結晶が(1252頁18行?25行 )、また、粗2水和物からは純粋な2水和物がそれぞれ得られていること(1252頁末10行?1253頁1行)とも符合する。
また、請求人も「再結晶操作は精製し純度などを向上させるために行う操作であることは当業者間で周知乃至慣用の事項である。」(審判請求書の16頁10行?12行)、「一般に、再結晶法により結晶を得る場合、原料を再結晶溶媒に一旦完全に溶解させるため、原料が結晶に影響しないこと(同じ原料であれば同じ結晶が生成すること)は、当業者には周知の事実であると思います。」(平成18年12月28日付け回答書の7頁13行?15行)と述べているとおりである。

したがって、以上の諸点を合わせ考えると、「FJ001粉末」は甲第2号証の追試における適切な原料とはいえない。

(b)
さらに、再結晶条件についてみるに、上記のとおり甲第2号証には、結晶Aについて無水物に相当する組成式、分子量が示されているのであるから、エーテルからの再結晶を行うにあたり、当業者ならば再結晶で得られる結晶Aには極力水分が混入しないような条件を設定するはずである。
甲第5号証においても水の添加は行われていないが、それにもかかわらず1水和物から2水和物が得られたという結果が示されている。これは、水含有量の多い原料の使用、水含有量の多いエーテルの使用、或いは高湿度環境下での再結晶操作など、甲第2号証には記載されていない特殊な条件下で再結晶が行われた結果として偶発的に2水和物が生じたと解さざるを得ず、そのような操作はもはや甲第2号証にいう再結晶操作とはいえない。

したがって、甲第5号証は、甲第2号証の「エーテルからの再結晶」という操作を適切に行った追試実験ということもできない。

5-5 理由5について

当業者が甲第2号証に記載された技術情報や本件優先日当時の技術常識をもとに、思考を働かせることによって、結晶Aを容易に製造できるのであれば、結晶Aと実質的に同じ物質である本件発明は甲第2号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものということができる。
しかしながら、甲第2号証の記載から「サンプルDCH_(3)」が少なくとも、「11-メチルアザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンA」であり再結晶を行う原料であることから結晶構造を伴うものであることが理解可能であっても、本件優先日当時、アジスロマイシンの製造法としては、わずかに米国特許明細書である甲第7号証(乙第2号証はこの対応日本公報である)及び乙第10号証(乙第1号証はこれの対応日本公報である)に記載の方法が知られていたにすぎず、アジスロマイシンの結晶の製造法が、当業者に周知であったと認めることはできない。
そうすると、本件発明は、甲第2号証の記載自体から当業者が容易に発明することができたものということはできない。

ところで、甲第7号証(乙第2号証)の例3には、
「N-メチル-11-アザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンA
実施例2の粗生成物を[N-メチル-11-アザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンAデソサミニルN-オキシド及びN-メチル-11-アザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンAビスN-オキシドから成る(4.36g)]150mlの無水エタノールに溶解し、・・・1.25時間水素添加する。・・・3つの有機抽出液を合わせ、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、蒸発乾固して無色あわ状物を得る(3.0g)。すべての試料を11mlの暖かいエタノールに溶解し、溶液がわずかに濁るまで水を加える。一夜放置すると1.6gの表題生成物が溶液から結晶化する;m.p.136℃(分解)。同じ方法で再結晶すると融点が142℃(分解)に上がる。・・・MS:m/e590、432、158.」との記載がある。

甲第2号証には、N-メチル-11-アザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンAの結晶をエーテルで再結晶することが示されているから、上記甲第7号証に記載のN-メチル-11-アザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンAの製造法によって得られる結晶の精製手段として、これを利用してみること自体は当業者が想起可能な範囲と考えられる。
しかしながら、以下の理由により、甲第7号証の製造方法によって得られる結晶から結晶Aを得ることは不可能と言わざるをえない。
すなわち、参考文献である欧州特許第984020号明細書(第2頁)に甲第7号証に対応するカナダ特許1202620号、1202619号が、アジスロマイシンの1水和物の製造方法を教示するものと記載され、本件明細書においても製造例1に記載されているアジスロマイシン1水和物の製法は米国特許4474768号(甲第7号証に対応)の結晶化方法に従ったものとされ、当該化合物は甲第7号証の実施例3の化合物の融点と一致する。
そうすると、甲第7号証に記載される製造方法によって得られる結晶は、1水和物であると推定できる。
しかし、上記のとおり通常の再結晶操作の前後で異なる水和物の結晶が得られることは想定し難いし、甲第2号証には、単に「室内の条件下でエーテルからの再結晶」と記載されているのみで、その結果得られる結晶の組成式、分子量から結晶が無水物であることが示唆されるのであるから、当業者は水が混入するような条件を採用し得ないものと考えられる。
そうであれば、甲第7号証の製造方法によって得られるN-メチル-11-アザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンAの結晶に対し甲第2号証に記載の精製方法であるエーテルからの再結晶を行っても1水和物の結晶しか得られず、結晶A(アジスロマイシンの2水和物)と同一の結晶を得ることは困難というべきである。

したがって、本件発明は甲第2号証又は甲第2号証及び甲第7号証の記載から当業者が容易に発明することができたということはできない

そして、請求人が提出したその他の証拠方法をみても、上記5-1?5-5の当審の判断を左右するものではない。

6.むすび

以上のとおりであるから、請求人の上記主張及び証拠によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-02-13 
結審通知日 2007-02-15 
審決日 2007-03-05 
出願番号 特願昭63-168637
審決分類 P 1 123・ 121- Y (C07H)
P 1 123・ 531- Y (C07H)
P 1 123・ 532- Y (C07H)
P 1 123・ 113- Y (C07H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 横尾 俊一  
特許庁審判長 森田 ひとみ
特許庁審判官 谷口 博
福井 悟
登録日 1995-02-08 
登録番号 特許第1903527号(P1903527)
発明の名称 結晶性アジスロマイシン2水和物及びその製法  
代理人 鍬田 充生  
代理人 寺地 拓己  
代理人 小野 新次郎  
代理人 江尻 ひろ子  
代理人 牧野 利秋  
代理人 野▲崎▼ 久子  

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