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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
判定2008600023 審決 特許
判定2008600014 審決 特許

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審決分類 審判 判定 同一 属さない(申立て不成立) E04H
管理番号 1180845
判定請求番号 判定2008-600021  
総通号数 104 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許判定公報 
発行日 2008-08-29 
種別 判定 
判定請求日 2008-04-01 
確定日 2008-07-01 
事件の表示 上記当事者間の特許第3350802号の判定請求事件について、次のとおり判定する。 
結論 イ号の「玉川高島屋S・C新南館」の増築工事は、特許第3350802号発明の技術的範囲に属しない。 
理由 第1.請求の趣旨
本件判定請求人である株式会社ライト建築事務所は、平成20年3月31日付け判定請求書において、「(イ)号の説明」及び判定請求書に添付された「玉川高島屋S・C新南館」(証拠-1:「日経アーキテクチュア」、2003-11-10号、009?014頁に掲載の「玉川高島屋S・C新南館」の記事の写し、証拠-2:インターネット地図の写し)の増築工事(以下、「イ号手法」という。)が、特許第3350802号の請求項1に係る発明の技術的範囲に属するとの判定を求めるものである。


第2.本件特許発明
本件特許第3350802号は、平成9年2月12日の出願に係り、平成14年9月20日に設定登録されたものであり、その請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであって、その構成、目的及び作用効果は、以下のとおりである。

【1】本件特許発明の構成
本件特許発明の構成は、
「既存建物の諸権利に空中権を加えて権利調整し、既存建物を跨ぐ建築の柱と作業スペースを適応させるために空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ、既存建物を跨いで空中に建築を造るための柱により頭上に建築を進行させて拡張していき、権利調整の進展に合わせて立ち退きと建設を同時にできるようにしたことを特徴とする建替え手法。」であり、
これを構成要件ごとに分説すると、次のとおりである。

「A 既存建物の諸権利に空中権を加えて権利調整し、
B 既存建物を跨ぐ建築の柱と作業スペースを適応させるために空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ、
C 既存建物を跨いで空中に建築を造るための柱により頭上に建築を進行させて拡張していき、
D 権利調整の進展に合わせて立ち退きと建設を同時にできるようにしたことを特徴とする建替え手法。」(以下、「構成要件A」などという。)


【2】本件特許発明の目的及び作用効果
本件特許発明は、特許明細書の記載によれば、
「【0001】
【発明の属する技術分野】・・・木造密集市街地の建て替えを進めて安全で快適な都市の再開発が望まれているが、道路が狭く、間口の狭い長屋が多い地域の、複雑な権利関係や個別計画の困難さ、経済効果の低さ、等から建て替えが進まず、災害対策や生活環境の改善、国土利用の有効利用に大きな問題を残している。
【0003】
【従来の技術】これ迄の再開発は対象地域の全面立ち退きによる建て替えの方であり、既存のコミュニティが守り続けられない、接地型のライフスタイルや路地的空間の良さが再現しにくい等、権利調整がまとまらない現実が有る。」という従来の問題点に鑑み、
「【0004】
【発明が解決しようとする課題】・・・建て替え地域内の多様な権利関係の種類を整理して、合意のできる範囲から順次建設を進められる、権利の調整手法と建設工法の組み合わせを新しく創造して、好ましい街づくりが進まない現状を打破する処にある。」ことを目的とし、
「【0006】この建替え手法は、既存建物の諸権利に空中権を加えて権利調整し、既存建物を跨ぐ建築の柱と作業スペースを適応させるために空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ、既存建物を跨いで空中に建築を造るための柱により頭上に建築を進行させて拡張していき、権利調整の進展に合わせて立ち退きと建設を同時にできるようにしたことを特徴とする。」ものであって、
「【0017】
【発明の効果】・・・
【0018】建て替え地域内の多様な権利関係の種類を整理して合意のできる範囲から順次建設を進められ、好ましい街づくりが進まない現状を打破することができる。」という作用効果を奏するものである。


第3.イ号手法
【1】イ号手法の構成を特定するための証拠
請求人は、イ号手法の構成を特定するために、次の証拠を挙げている。
証拠-1:「日経アーキテクチュア」、2003-11-10号、
009?014頁に掲載の「玉川高島屋S・C新南館」
の記事の写し
証拠-2:インターネット地図の写し

1.証拠-1(「日経アーキテクチュア」、2003-11-10号、009?014頁に掲載の「玉川高島屋S・C新南館」の記事の写し)(別添参照。)に記載されている事項
証拠-1には、請求人が判定請求書において一部摘記しているように、次の記載がある。(但し、下線部分が判定請求書において摘記している部分である。)
(1)009頁左欄18?23行に、「道路を挟んで複数の建物が並ぶなか、既存の南館を約35m分拡幅したのが新南館だ。地下1階に食料品、地上1階から6階までに衣料や生活雑貨、文具などの物販店が入り、7階から11階はレストラン階となっている。」との記載がある。
(2)010頁右欄4?9行に、「プロジェクトの節目となったのは、13階だった当初案を11階建てに変更した際だ。最初はあきらめていた区分地上権の設定に改めて乗り出し、8階以上を片持ちで張り出して面積を広げ、レストラン階の回遊性を高める計画が可能になった。」との記載がある。
(3)010頁上段に、既存部分(既存の南館、以下同様。)からみた増築部分(新南館、以下同様。)の外観を撮影した写真が掲載されるとともに、その説明として、「既存部分の屋上に設けられた庭園から片持ち状に張り出したレストラン階部分を見る。突き出した部分は、既存部分の土地の区分地上権を利用している」との記載があり、また、同頁左下段に、既存部分と増築部分の「7階平面図(1/800)」が記載されている。
(4)011頁下段中欄1行?右欄最下行に、「フロア計画 空中の利用権を得て隣接地に張り出させる」との標題のもと、
「当初の設計案では、増築部分の階数は現在よりも2層多い13階で、下階からほぼ同じ面積を積み上げていた。
しかし、既存部分とつながる低層部はともかく、増築部分だけで構成されるレストラン階はワンフロアの面積が小さくなってしまう。小さなフロアを積み上げる構成だと上の階まで客を誘引するのが難しく、テナント獲得も厳しい。そう判断した東神開発の意向を受ける形で、設計者は、階数を11階に減らし、その分の面積を既存建物の上に張り出させる現状案へと方向を転換させた。ほぼ設計が固まっていた2000年末のことだ。構造計算を含め、設計者側は大幅な変更作業に追われる格好になった。
大変なのは技術的な側面だけではなかった。実は、既存部と増築部の土地所有者が異なるため、増築部を既存部側に張り出させると、他者の土地の上に建物を配することになってしまう。空中の利用権を得る必要があった。
東神開発は、日本不動産研究所に鑑定を依頼して現状の地価を出し、それを基に空中利用の価格を設定。条件を明示したうえで、関係者の合意形成を図った。結果、建物が存在する期間の区分地上権を設定し、これを委譲してもらうという難問をクリアできた。『作業は大変だったが、レストラン階の面積が増え、回遊性を持つフロアとして機能するようにできたのは大きなメリット』と東神開発の・・・担当課長は振り返る。」との記載がある。
(5)011頁左下段に、8階以上のレストラン階の外観を撮影した写真が掲載されるとともに、その説明として、「8階以上のレストラン階が、既存建物につくられた屋上庭園の上に片持ち梁で張り出している」との記載がある。
(6)012頁右下段に、既存部分の南側に増築部分が配置されている状態を示す「配置図(1/4,000)」が記載されている。
(7)013頁左上段に、既存部分と増築部分の「3階平面図」が記載され、また、同頁左下段に、既存部分と増築部分の「1階平面図(1/800)」が記載されている。
(8)014頁左上段に、既存部分と増築部分の「8階平面図(1/1,000)」、及び、増築部分の「10階平面図」が記載され、また、同頁左中段に、既存部分と増築部分の「断面図(1/1,000)」が記載されている。

2.証拠-2(インターネット地図の写し)(別添参照。)に記載されている事項
(9)地図上に、新南館が建築される以前の商業地域の状態が示されており、既存の南館の南側に隣接し新南館が建築される土地上に、それに対して、「商業系・他建築物の賃借叉は売買等の諸権利調整」(下記第4.【1】2.を参照。)が行われるのか否か定かでないが、新南館の建築に際して取毀される既存の建造物が存在していることが、一応看て取れる。


【2】イ号手法の構成
請求人は、イ号手法の構成を明確に特定していないので、上記各証拠の記載から導き出せる範囲で、イ号手法の構成を特定することとする。

1.既存の南館を拡幅するために増築する新南館
上記【1】(1)の「既存の南館を約35m分拡幅したのが新南館だ。地下1階に食料品、地上1階から6階までに衣料や生活雑貨、文具などの物販店が入り、7階から11階はレストラン階となっている。」との記載、同、(2)の「プロジェクトの節目となったのは、13階だった当初案を11階建てに変更した際だ。最初はあきらめていた区分地上権の設定に改めて乗り出し、8階以上を片持ちで張り出して面積を広げ、レストラン階の回遊性を高める計画が可能になった。」との記載、同、(3)の「既存部分の屋上に設けられた庭園から片持ち状に張り出したレストラン階部分を見る。突き出した部分は、既存部分の土地の区分地上権を利用している」(010頁上段に掲載の写真を参照。)との記載、同、(4)の「当初の設計案では、増築部分の階数は現在よりも2層多い13階で、下階からほぼ同じ面積を積み上げていた。しかし、・・・小さなフロアを積み上げる構成だと上の階まで客を誘引するのが難しく、テナント獲得も厳しい。・・・設計者は、階数を11階に減らし、その分の面積を既存建物の上に張り出させる現状案へと方向を転換させた。・・・構造計算を含め、設計者側は大幅な変更作業に追われる格好になった。」、「増築部を既存部側に張り出させる」との記載、及び、同、(5)の「8階以上のレストラン階が、既存建物につくられた屋上庭園の上に片持ち梁で張り出している」(011頁下段に掲載の写真を参照。)との記載、並びに、同、(6)の既存部分の南側に増築部分が配置されている状態を示す配置図(012頁右下段の「配置図(1/4,000)」を参照。)の記載、同、(8)の既存部分と増築部分の断面図(014頁左中段の「断面図(1/1,000)」を参照。)の記載、及び、同、(9)の新南館が建築される以前の商業地域の状態が示されている地図の記載(既存の南館の南側に隣接し新南館が建てられる土地上に、新南館の建築に際して取毀される既存の建造物が存在している。)によれば、既存の南館を拡幅するために建築される新南館は、次のようなものと認められる。

既存の南館を拡幅するために、その南側に隣接する土地上に建築されるものであって、上記土地上には、既存の建造物が存在するも、新南館の建築に際して、これは取毀され、既存の建造物が取毀された上記土地上に、下階からほぼ同じ面積を積み上げた13階建てであった当初案を、その後の、既存の南館側の土地への区分地上権の設定と設計変更とにより、階数を減らし、その減らした分の面積を既存の南館の上に張り出させる現状案へと変更して、地上11階建てで建築計画され、地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を、既存の南館の上に片持ち状に張り出させて面積を広げ、レストラン階の回遊性を高めるようにしたもの。

2.既存の南館と新南館との間の権利関係
上記【1】(2)の「最初はあきらめていた区分地上権の設定に改めて乗り出し、8階以上を片持ちで張り出して面積を広げ、」との記載、同、(3)の「既存部分の屋上に設けられた庭園から片持ち状に張り出したレストラン階部分を見る。突き出した部分は、既存部分の土地の区分地上権を利用している」(010頁上段に掲載の写真を参照。)との記載、及び、同、(4)の「フロア計画 空中の利用権を得て隣接地に張り出させる」(標題)、「既存部と増築部の土地所有者が異なるため、増築部を既存部側に張り出させると、他者の土地の上に建物を配することになってしまう。空中の利用権を得る必要があった。」、「現状の地価を出し、それを基に空中利用の価格を設定。条件を明示したうえで、関係者の合意形成を図った。」との記載、並びに、同、(8)の既存部分と増築部分の断面図(014頁左中段の「断面図(1/1,000)」を参照。)の記載、及び、同、(9)の新南館が建築される以前の商業地域の状態が示されている地図の記載(既存の南館の南側に隣接し新南館が建築される土地上に、それに対して、「商業系・他建築物の賃借叉は売買等の諸権利調整」が行われるのか否か定かでないが、新南館の建築に際して取毀される既存の建造物が存在している。)によれば、既存の南館と新南館との間の権利関係は、次のようなものと認められる。

既存の南館の南側に隣接し新南館が建築される土地上には、新南館の建築に際して取毀される既存の建造物が存在しており、また、新南館は、地上11階建てで建築計画されたものであって、地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を、その回遊性を高めるために、既存の南館の上に片持ち状に張り出させて面積を広げるものであるところ、既存の南館側と新南館側とで土地所有者が異なっており、上記のように、新南館の一部を既存の南館の上に片持ち状に張り出させると、他者の土地の上に建物を配することになるから、既存の南館側の土地には、空中利用の価格及び条件の明示を以て予め関係者の合意形成が図られた上で、新南館側の空中利用権としての区分地上権が設定されている。

3.イ号手法の構成
以上検討したところによれば、イ号手法の構成は、次のように特定することができる。

「a 既存の南館の南側に隣接して、地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を既存の南館の上に片持ち状に張り出させて、地上11階建てで新南館を建築するに際して、既存の南館側と新南館側とで土地所有者が異なることから、既存の南館側の土地に、空中利用の価格及び条件の明示を以て予め関係者の合意形成が図られた上で、新南館側の空中利用権としての区分地上権が設定され、
b 既存の南館の南側に隣接し新南館が建築される土地上に、既存の建造物が存在するも、新南館の建築に際して、これは取毀されて、新南館の建築計画に合わせ、
c 既存の建造物が取毀された上記土地上に、新南館を建築するにあたり、その地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を、その回遊性を高めるため、既存の南館の上に片持ち状に張り出して面積を広げ、
d 地上11階建てで建築計画された新南館の建築手法。」(以下、「構成a」などという。)


第4.当事者の主張
【1】請求人の主張
請求人は、「イ号は、特許第3350802号の技術範囲に属するとの判定を求める」旨を請求の趣旨として、判定請求書3?4頁の「【請求項1】の文節と(イ)号、の対比」の項において、本件特許発明を、上記「第2.【1】」で示した構成要件A,B,C,Dのとおりに分説し、これらを、それぞれ(A),(B),(C),(D)として、次のように主張している。

1.「【証拠-1】の、『既存部と増築部の土地所有者が異なるため、他者の土地の上に建物を配してしまう』、『空中利用の価額を設定、関係者の合意形成を図った、と(建築主:発言)。
この、既存部(断面図)には建物も含まれ空中権を加えて権利調整し、に当たり、
(A)に該当する。」

2.「上記(A)に該当する建築主発言を実証する【証拠-1】断面図により『既存建物を跨ぐ建築』が確認され、また、同、平面図より『柱と作業スペースを適応させる』が確認でき、
【証拠-2】インターネット地図上に確認される、増築部の既存建物が取毀される以前の商業系・他建築物の賃借叉は売買等の諸権利調整は移転調整であり、『空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ』に相当し、
(B)に該当する。」

3.「『既存部(他者)の上に建物を配し』『8階以上を片持ちで張り出し』は、
『既存建物を跨いで空中に建築を造る』『頭上に建築を進行させて拡張』に当たり
【証拠-1】の平面図・断面図に『柱』の存在が認められ、
(C)に該当する。」

4.「『最初はあきらめていた区分地上権の設定に改めて乗り出し、』
『ほぼ設計が固まっていた2000年末、構造計算を含め大幅な設計変更作業により、現状案へと方向転換させた。』との(建築主:発言)は、
建て替え事業の設計時期に、区分地上権の設定『権利調整の進展』があり、『立退きと建設を同時に』建て替え事業全体が期間内に行った事となり、
(D)に該当する。」

5.「上記の対比内容で、(イ)号は、特許第3350802号【請求項1】の(A)(B)(C)(D)全てに該当するので、判定請求を求める。」


【2】被請求人の主張
被請求人は、平成20年5月14日付け答弁書において、「イ号物件は、特許第3350802号の技術的範囲に属さない、との判定を求める。」旨を答弁の趣旨として、次の理由を主張している。

「6.答弁の理由
一、はじめに
この判定請求は、(イ)号の特定が十分でなく、それに基づいて本件特許発明の各構成要件との対比も十分になされていないので、内容の理解が困難であるが、少なくとも以下の通り答弁の理由を述べる。

二、本件特許発明の構成
・・・

三、本件特許発明の課題
本件特許明細書の段落0004には、本件特許発明が解決しようとする課題として、以下の通り記載されている。
『本発明の課題は、建て替え地域内の多様な権利関係の種類を整理して、合意のできる範囲から順次建設を進められる、権利の調整手法と建築工法の組合せを新しく創造して、好ましい街づくりが進まない現状を打破する処にある。』

四、本件特許発明の骨子
本件特許発明の骨子は、発明の名称『密集木造市街地の建替え手法』および上記本件特許発明の課題から理解できるように、『空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ』、『柱により頭上に建築を進行させて拡張していき』、『立ち退きと建築を同時にできるようにした』点にある。

五、イ号物件と本件特許発明の基本的相違点について
少なくとも以下のような基本的相違点が存在する。
(1)イ号物件は、既存の建物の上に張り出した部分を有するが、既存建物はそのまま存続し、空き家の移転調整を全く行っていない。
(2)イ号物件は既存建物の上に張り出した部分を有するが、これ以上柱を増設して張り出した部分を進行させ拡張する計画は全くない。
(3)イ号物件の建築は、立ち退きを前提としたものではなく、且つ立ち退きと建築を同時にできるようにしたものでもない。

六、結論
上記した理由から、イ号物件は、本件特許発明の技術的範囲に属さない。」


第5.対比・判断
【1】本件特許発明とイ号手法との対比
1.イ号手法の構成aと本件特許発明の構成要件Aとの対比
イ号手法の構成aの「既存の南館の南側に隣接して、地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を既存の南館の上に片持ち状に張り出させて、地上11階建てで新南館を建築するに際して、既存の南館側と新南館側とで土地所有者が異なることから、既存の南館側の土地に、空中利用の価格及び条件の明示を以て予め関係者の合意形成が図られた上で、新南館側の空中利用権としての区分地上権が設定され」と、本件特許発明の構成要件Aの「既存建物の諸権利に空中権を加えて権利調整し」とを対比する。

本件特許発明は、特許明細書の記載によれば、上記「第2.」で説示したとおり、
「これ迄の再開発は対象地域の全面立ち退きによる建て替えの方であり、既存のコミュニティが守り続けられない、接地型のライフスタイルや路地的空間の良さが再現しにくい等、権利調整がまとまらない現実が有る。」(段落【0003】)という従来の問題点に鑑み、
「建て替え地域内の多様な権利関係の種類を整理して、合意のできる範囲から順次建設を進められる、権利の調整手法と建設工法の組み合わせを新しく創造して、好ましい街づくりが進まない現状を打破する処にある。」(段落【0004】)ことを目的とし、
「この建替え手法は、既存建物の諸権利に空中権を加えて権利調整し、既存建物を跨ぐ建築の柱と作業スペースを適応させるために空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ、既存建物を跨いで空中に建築を造るための柱により頭上に建築を進行させて拡張していき、権利調整の進展に合わせて立ち退きと建設を同時にできるようにした」(段落【0006】(請求項1))ものであって、
「建て替え地域内の多様な権利関係の種類を整理して合意のできる範囲から順次建設を進められ、好ましい街づくりが進まない現状を打破することができる。」(段落【0017】?【0018】)という作用効果を奏する建替え手法に係るものであり、
その具体化手段として、特許明細書には、
「この建て替えを推進する手法は、密集木造市街地建替地域内の20%程度の空き家を確保して、所有権、借地借家権、居住権、地上権などに空中権を加えて権利調整して、既存建物を跨いで空中に建築を先行させる。既存建物を跨ぐ建築の柱と作業スペースに適応させるために、空き家の移転調整を加えて、建設計画に合わせた。
また建て替えの為の架構法は、既存建物を跨ぐ建築の柱は自立と安定が容易で強度が高く、建設の為の作業動線やクレーンタワー、設備の幹線ともなれる様に4本の柱からなる正方形の合成柱とする。梁は、合成柱の対角線の方向に合成柱間を結んで、その架構特性から建築の拡張性を縦、横、斜の多方向に可能になり、権利調整の進展に合わせて平行着手し、立ち退きと建設を同時にできる。
これまでの権利調整は、所有権、地上権、借地借家権、居住権が主であるが、これらの地域に共通した空中権をそれぞれの権利に重ねて、矛盾の整理を容易にして、権利合意済の地域毎に建設できる建設工法を組み合わせることで建て替えを随時推進させる。
空中権は借地借家権、居住権の頭上を活用できるので権利関係の整理が容易になり、空中の建築を可能にできる工法との組み合わせは、建て替え合意の範囲を拡張しつつ、住民参加による建設が同時に進行させられる利点がある。
大都市の密集木造市街地が長屋を中心に細い道路に間口の狭い各戸の権利関係が複雑で、高齢化率も高く、災害の対策が為されていない処が多数在り、又、こうした地域は住民間の心の暖かい結び付きのある街としての特徴も在り、これら諸々の必要用件を残しつつ、地上から空中に街を移して再開発すれば、国土の有効利用と共に、安全で快適な街創りが住民参加で可能になる。」(段落【0012】?【0016】)と記載されている。
このような記載によれば、本件特許発明の構成要件Aにおいて、
「既存建物」については、再開発を予定している密集木造市街地建替地域内の既存の建物であって、本件特許発明が、その末尾を、「権利調整の進展に合わせて立ち退きと建設を同時にできるようにしたことを特徴とする建替え手法」(構成要件Dを参照。)としていることからも解るように、上記建替地域内において、移転或いは立ち退きすることを前提とする既存の建物を意味するものであることは明らかであり、
また、「権利調整」については、再開発に際し全面立ち退きによる建て替えではなしに合意のできる範囲から順次建て替えを進めるため、即ち、既存建物を跨いで空中に建築を先行させ、空き家(既存建物と同義、以下同様。)の移転調整を加えて建設計画に合わせようとするために、上記建替地域内において、20%程度の空き家を確保して、所有権、借地借家権、居住権、地上権などの多様な権利関係に加えて、この地域に共通した空中権をその頭上に重ね、権利関係の種類を整理することを意味し、これにより、その後に行われる既存建物の移転或いは立ち退きと新たな建物の建設に資するようにしたものであることは明らかである。

一方、イ号手法の構成aにおいて、
「新南館」が建築される土地の所有者と異なる所有者の土地に建てられている「既存の南館」には、種々の権利が既に設定済みであることに照らすならば、「既存の南館の南側に隣接して」、「地上11階建てで新南館を建築するに際して」、その「地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を既存の南館の上に片持ち状に張り出させ」るように建築するため、「既存の南館側の土地に、空中利用の価格及び条件の明示を以て予め関係者の合意形成が図られた上で、新南館側の空中利用権としての区分地上権が設定され」る場合においては、「既存の南館」に既に設定済みの上記種々の権利に対して、上記「区分地上権」を付加した形での、何らかの権利調整が行われているものとみることができる。
ここにおいて、上記構成aの「(既存の南館側の土地に設定される)新南館側の空中利用権としての区分地上権」が、上記構成要件Aの「空中権」に相当し、また、該「区分地上権」の設定対象となる上記構成aの「既存の南館」が、上記構成要件Aの「既存建物」と共通するものということができる。
しかしながら、上記構成aの「既存の南館」は、「新南館」の増築に伴って解体されるものではなく、「新南館」とともに商業施設としての機能が存続するものであって、被請求人が主張するように、「既存建物(当審注:「既存の南館」のこと。以下同様。)はそのまま存続し、空き家の移転調整を全く行っていない。」ものである。
そうすると、上記構成aの「既存の南館側の土地に、空中利用の価格及び条件の明示を以て予め関係者の合意形成が図られた上で、新南館側の空中利用権としての区分地上権が設定され」る際においては、「既存の南館側の土地」に、単に、上記「区分地上権」(空中権)を付加することによる権利調整を行っているにとどまるものであって、「既存の南館」に既に設定済みの上記種々の権利、及び、上記「区分地上権」の総合的な調整はなされておらず、したがって、「既存の南館」の「移転或いは立ち退き」に係る権利関係を含めての権利関係の種類を整理する権利調整は行っていない。

したがって、イ号手法の構成aは、本件特許発明の構成要件Aを充足していない。

2.イ号手法の構成bと本件特許発明の構成要件Bとの対比
イ号手法の構成bの「既存の南館の南側に隣接し新南館が建築される土地上に、既存の建造物が存在するも、新南館の建築に際して、これは取毀されて、新南館の建築計画に合わせ」と、本件特許発明の構成要件Bの「既存建物を跨ぐ建築の柱と作業スペースを適応させるために空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ」とを対比する。

上記「1.」で説示したように、本件特許発明の「既存建物」は、再開発を予定している密集木造市街地建替地域内の既存の建物であって、その建替地域内において、移転或いは立ち退きすることを前提とする既存の建物を意味しているものであるのに対して、イ号手法の「既存の南館」は、そのまま存続し、空き家の移転調整を行わないものである。

一方、イ号手法の構成bにおいて、
「既存の南館の南側」に建築される「新南館」は、その「地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を既存の南館の上に片持ち状に張り出させて、地上11階建て」で建築されるものである(構成a,cを参照。)ところ、該「新南館」は、【証拠-1】の断面図(014頁左中段の「断面図(1/1,000)」を参照。)、その他の記載をみても、「既存の南館」(既存建物)を跨ぐように建築されてはおらず、
また、「既存の南館の南側に隣接し新南館が建築される土地上に」存在し、「新南館の建築に際して」取毀される「既存の建造物」についても、「新南館」の建築計画に合わせて取毀される「空き家」ということができて、上記構成bが、上記構成要件Bの「空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ」に相当する事項を含んでいるということができるとしても、「新南館」は、「既存の建造物」(既存建物)が取毀された上記土地上に建築されるもの(構成cを参照。)であり、上記「既存の建造物」を跨ぐように建築されるものではない。
そうすると、上記構成bにおいて、「既存の南館」に隣接する土地上に「新南館」を建築する際には、上記構成要件Bの「既存建物を跨ぐ建築の柱と作業スペースを適応させるために空き家の移転調整を加えて建築計画に合わせ」ることを行っていないものである。

したがって、イ号手法の構成bは、本件特許発明の構成要件Bを充足していない。

3.イ号手法の構成cと本件特許発明の構成要件Cとの対比
イ号手法の構成cの「既存の建造物が取毀された上記土地上に、新南館を建築するにあたり、その地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を、その回遊性を高めるため、既存の南館の上に片持ち状に張り出して面積を広げ」と、本件特許発明の構成要件Cの「既存建物を跨いで空中に建築を造るための柱により頭上に建築を進行させて拡張していき」とを対比する。

イ号手法の構成cにおいて、
「地上7階から11階のレストラン階のうちの8階以上を、その回遊性を高めるため、既存の南館の上に片持ち状に張り出して面積を広げ」て建築される「新南館」は、上記「2.」でも説示しているように、【証拠-1】の断面図(014頁左中段の「断面図(1/1,000)」を参照。)、その他の記載をみても、「既存の南館」(既存建物)を跨ぐように建築されてはおらず、したがって、これと同義の、「既存建物を跨いで空中に建築を造る」ものではないものであり、また、【証拠-1】の断面図(014頁左中段の「断面図(1/1,000)」、同、平面図(010頁の「7階平面図(1/800)」、013頁の「3階平面図」及び「1階平面図(1/800)」、014頁の「8階平面図(1/1,000)」及び「10階平面図」を参照。)、その他の記載をみても、「柱」の存在により、張り出し部分が、今後拡張される予定のものではなく、したがって、「頭上に建築を進行させて拡張」するものではない。
そうすると、上記構成cにおいて、「既存の南館」に隣接する土地上に「新南館」を建築するにあたり、上記構成要件Cの「既存建物を跨いで空中に建築を造るための柱により頭上に建築を進行させて拡張していき」というようなことを行っていないものである。

したがって、イ号手法の構成cは、本件特許発明の構成要件Cを充足していない。

4.イ号手法の構成dと本件特許発明の構成要件Dとの対比
イ号手法の構成dの「地上11階建てで建築計画された新南館の建築手法」と、本件特許発明の構成要件Dの「権利調整の進展に合わせて立ち退きと建設を同時にできるようにしたことを特徴とする建替え手法」とを対比する。

上記「1.」で説示したように、本件特許発明の「既存建物」は、再開発を予定している密集木造市街地建替地域内の既存の建物であって、その建替地域内において、移転或いは立ち退きすることを前提とする既存の建物を意味しているものであるのに対して、イ号手法の「既存の南館」は、そのまま存続し、空き家の移転調整を行わないものであり、また、イ号手法において、「新南館」の建築の際に、「既存の南館側の土地」に「新南館側の空中利用権としての区分地上権」を付加することによる権利調整は、「既存の南館」の「移転或いは立ち退き」に係る権利関係を含めての権利関係の種類を整理するものではない。

そうすると、イ号手法の構成dにおいて、
「新南館の建築手法」は、「新南館」を「既存の南館」に替えて建築するという意味での建替え手法に係るものではないから、「既存の南館」に隣接する土地上に「新南館」を建築する際には、上記構成要件Dの「権利調整の進展に合わせて立ち退きと建設を同時にできるようにした・・・建替え手法」を行っていないものである。

したがって、イ号手法の構成dは、本件特許発明の構成要件Dを充足していない。

5.まとめ
上記「1.」?「4.」で説示したように、イ号手法の構成a?dは、それぞれ、本件特許発明の構成要件A?Dを充足していない。


第6.むすび
以上のとおりであり、イ号手法は、本件特許発明の技術的範囲に属さない。
 
別掲
 
判定日 2008-06-19 
出願番号 特願平9-65267
審決分類 P 1 2・ 1- ZB (E04H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 長島 和子土屋 真理子  
特許庁審判長 伊波 猛
特許庁審判官 五十幡 直子
岡田 孝博
登録日 2002-09-20 
登録番号 特許第3350802号(P3350802)
発明の名称 密集木造市街地の建替え手法  
代理人 河野 哲  
代理人 鈴江 武彦  
代理人 蔵田 昌俊  

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