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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2007800265 審決 特許
無効2007800261 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B01D
管理番号 1184847
審判番号 無効2007-800128  
総通号数 107 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-11-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-07-06 
確定日 2008-09-16 
事件の表示 上記当事者間の特許第3764894号発明「水溶性有機物の濃縮方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3764894号の請求項1乃至9に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
優先日 平成15年2月21日(特願2003-44711号)
出願 平成16年2月20日(PCT/JP2004/001966)
審査請求日 平成17年8月26日
拒絶理由通知日 平成17年10月25日(発送日)
意見書提出日 平成17年12月9日
特許査定日 平成18年1月10日(発送日)
登録日 平成18年1月27日
(特許第3764894号)
無効審判請求日 平成19年7月6日
答弁書提出日 平成19年9月25日
口頭審理陳述要領書 平成20年6月6日(請求人)
口頭審理 平成20年6月6日
口頭審理調書 平成20年6月6日

II.本件特許発明
本件特許の請求項1乃至9に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1乃至9に記載された次のとおりのものである(以下、それぞれを「本件特許発明1」乃至「本件特許発明9」という。)。
「【請求項1】
i)水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、
ii)前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を膜分離器に導入し、
iii):前記膜分離器により前記混合物から水を分離する前記水溶性有機物の濃縮方法において、
iv)前記蒸留塔と前記分離器との間に設置された蒸発器に前記留分を導入し、
v)前記蒸発器内で前記留分を加熱することにより前記蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、前記高圧力の蒸気を前記膜分離器に導入することを特徴とする方法。(注:発明特定事項を審判請求人の方法に従いi)?v)に分説した。)
【請求項2】
請求項1に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記膜分離器の分離膜を透過した蒸気と透過しない蒸気の少なくとも一方を前記蒸留塔の加熱源及び/又はストリッピング蒸気とすることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流し、残部を前記蒸発器に導入することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1?3のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記非透過蒸気の凝縮熱により前記蒸留塔のリボイラを加熱することを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1?4のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1?5のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記膜分離器の分離膜が無機物からなることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項6に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記無機物がゼオライトであることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1?7のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記水溶性有機物がアルコールであることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであることを特徴とする方法。」

III.請求人の主張
III-1.審判請求書における主張
III-1-1.無効審判請求の根拠
本件特許発明1乃至9は、甲第1?8号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
III-1-2.証拠の説明
III-1-2-1.甲第1号証(Journal of Membrane Science,61(1991) 113-129)
甲第1号証は、“Industrial application of vapour permeation”(蒸気透過法の工業的応用)と題する論文であって、第121頁下から第11行?第123頁には“Industrial vapour permeation plant”(工業的な蒸気透過プラント)と題するサブタイトルで下記の記載がある。
「Fig.9は、30,000L/dの94vol%エタノールを最終濃度99.9vol%まで脱水するように設計された最初の実用サイズのVPプラントの簡略化した概要図を示す。
このプラントは、1基の蒸発器と3段蒸気透過システム(VP)とを備えている。亜共沸組成の原料アルコールは、まず膜透過システムを出た脱水後のアルコール蒸気で予熱される。
これは次いで蒸留装置のボイラに供給され、蒸発させられる。圧力2.2バール、温度100℃の飽和蒸気が、この装置の頂部から出て、第一の透過ユニットに直接通される(第121頁、下から第11?1行)。」
III-1-2-2.甲第2号証(Sulzer Technical Review, Issue3,1998,p12-15)
甲第2号証は、“Separating Azeotropic Mixtures”(共沸混合物の分離)と題する論文であって、その第14頁のFig.4は、Evaporator(蒸発器)とこれに続くVapor Permeation module(VP)とからなる共沸混合物の分離フローを示し、同フローについての第15頁の左欄、第5?18行に「溶媒混合物中の水分含有量によっては、蒸留塔を使用し、溶解固形分を除くと共に共沸まで溶媒の予備脱水を行ってもよいし、または蒸発器を1基設置し、溶解固形分を除いてもよい。いずれの場合も、溶媒は次いでVPで脱水され、製造工程で再使用できる。」と記載されている。この溶媒は例えばアルコールである(第14頁右欄、下から第3?2行)
また、第15頁中央欄、第9?17行、およびFig.5は、蒸留とVPを組み合わせたイソプロピルアルコール共沸混合物の分離フローを示している。
III-1-2-3.甲第3号証(Desalination,148(2002)315-319)
甲第3号証は、“Separation of methanol from methylesters by vapour permeation: experiences of industrial application”(VP法によるメチルエステルからのメタノールの分離:工業的応用例)と題する論文であって、その第316頁、右欄、第21?25行には、「処理される混合物は、脱水の場合と同様に、中間バッファータンクから抜き出してから別置蒸発器で蒸発させて供給してもよいし、蒸留塔或いは反応器からの蒸気を膜システムへ直接供給してもよい。」と記載されている。
III-1-2-4.甲第4号証(「IPA再生装置」、関東化学(株)のパンフレット、(1999)12月発行)
甲第4号証には、使用済みイソプロピルアルコール(IPA)の回収に関するパンフレットであって、その特徴として、1頁目には、
1.使用済みIPAを純度99.8wt%以上に精製すること。
2.蒸留工程により不純物を除去することが可能であること。
3.耐久性のよいセラミックの分離膜を用いてVP法によって脱水することが記載され、2頁目には、分離モジュールの上流にベーパライザすなわち蒸発器が設置されたフローが示されている。
III-1-2-5.甲第5号証(Sulzer Chemtec technical pamphlet,2001年頒布)
甲第5号証は“Membrane Systems Pervaporarion and Vapor Permeation”(膜システム-浸透気化法および蒸気透過法)と題するSulzer社の技術パンフレットであり、その第6頁最下段には、“VP-Vapor permeation: For impure feeds or coupled with distillation”(VP-蒸気透過法:不純物を含む供給物または蒸留との組み合わせ)というサブタイトルの基にフローシートが示され、同頁の下から第9?8行に“Vapor feed can be from an evaporaror”(蒸気の供給は蒸発器から行ってよい)という記載がある。
また、第11頁には、“Evaporation and vapor permeation for dehydration and purification of spent solvents”(使用済み溶媒の脱水及び精製のための蒸発及び蒸気透過)というサブタイトルの基にフローシートが示され、同頁第4?9行に“The feed of spent solvent is evaporated and the resulting vaor is fed directly to a vapor permeation unit”(使用済み溶媒の供給物は蒸発され、そして、生じた蒸気は蒸気透過装置へ直接供給される)と記載されている。
なお、甲第5号証が本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物であることは、スルザーメテコジャパン株式会社の亘理和夫の証明書(第9号証)から明らかである。
III-1-2-6.甲第6号証(Separation Science and Technology,36(15),3287-3304(2001))
甲第6号証は“Design methodology for the optimization of membrane separation properties for hybrid vapor permeation-distillation processes”(蒸気透過法-蒸留法の組み合わせのための、膜分離特性最大化のための設計方法論)と題する論文であって、その第3295頁下部のフロー図には、膜分離器の分離膜を透過した蒸気を蒸留塔の加熱源として用いるように移送することが示されている。
III-1-2-7.甲第7号証(Journal of Membrane Science, 68(1992)229-239)
甲第7号証は“Methods to improve flux during alcohol/water azeotrope separation by vapor permeation”(VP法によるアルコール/水共沸物分離での流束(単位面積当たりの等加速度)をよくする方法)と題する論文であって、その第232頁、下部には、高圧での測定のVP試験装置を示すFig.3があり、第233頁、左欄、第10行には「レテンテート圧力:100-500kPa(±0.1kPa)」と記載されている。
さらに、第232頁、右欄、第25行?第233頁、左欄、第4行には、「蒸留プロセスで生じている条件(圧力、温度)において平膜及び中空糸モジュールの特性把握を行うために、特別なテスト装置が設計・建設された」とあり、蒸留塔流出液(ベーパーを凝縮させたもの)が蒸発器に供給されることを念頭においてテストが計画されたことが示唆されている。
III-1-2-8.甲第8号証(ECN-C--01-073,July 2001)
甲第8号証は“Reduction of Energy Consumption in the Process Industry by Pervaporation with Inorganic Membranes: Techno-Economical Feasibility Study”(無機質の膜を用いるPV法による、プロセス工業におけるエネルギー消費量の削減:技術的・経済的な実施可能性の研究)と題する論文であって、その第3頁、第7?11号には、蒸留とPV法の組み合わせによりイソプロピルアルコールを、通常の蒸留より安価にかつ少ないエネルギーで脱水できることが記載されている。
III-1-2-9.甲第9号証は、スルザーメテコジャパン(株)の亘理和夫の証明書であって、甲第5号証が本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物であることを証明することを目的とするものである。
III-1-3.本件特許発明との対比
III-1-3-1.本件特許発明1について
イ)本件特許発明1は、PCT段階の答弁書から、上記6つの発明特定事項の内iv)とv)を特徴とするものと認められる。
ロ)甲第1号証の第122頁Fig.9には、膜分離器の上流にevaporator(蒸発器)が設置され、これに供給原料アルコールを導入すること及びこれによって、2.2barの蒸気が生成され、これが膜分離器へ供給されることが示されている。
すなわち、同証の第121?123頁には、
Fig.9が30,000L/dの94vol%エタノールを最終濃度99.9vol%まで脱水するよう設計されたVPシステムを示すこと、
このプラントは、1基の蒸発器と3段の蒸気透過システム(VP)を備えてなること、
亜共沸組成の原料アルコールが蒸発器で蒸発させられること、及び第一の透過ユニットに直接通されることが記載されている。
甲第1号証には、水溶性有機物と水との混合物を得る蒸留塔に関する説明がないが、低濃度のエタノールを94vol%まで濃縮するには、工業的には、蒸留法しかなく、蒸留設備を完備しているBruggemann社で既設蒸留プラントの後付としてVP膜分離器を設けたのであるから、VPへ供給する含水エタノール溶液は蒸留法で製造された後、凝縮液化されたものであることは間違いない。
また、含水エタノールを製造する蒸留塔の圧力は、蒸留塔のエネルギー節減及びコスト低減のために通常は、1気圧(約1.013バール)乃至はこれを若干上回る程度である。また、不純物を抑制することなどのために減圧下で蒸留を行うケースもある。
となると、本件特許発明1の特徴点であるiv)「前記蒸留塔と前記分離器との間に設置された蒸発器に前記留分を導入すること」及びv)「前記蒸発器内で前記留分を加熱することにより前記蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、前記高圧力の蒸気を前記膜分離器に導入すること」は、甲第1号証に記載されているか、少なくとも同証から容易に推考できるものである。
本件特許発明1のその他の特定事項i)?iii)は、甲第1号証に記載されているか、そうでなくとも自明なものである。
また、本件特許発明1の作用効果として主張されている点も甲第1号証の記載から容易に推測できる。
従って、本件特許発明1は、甲第1号証の記載及び自明事項から容易に推考でき、進歩性を欠くものであり、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
甲第2号証には、水溶性有機物と水との混合物を得る蒸留塔に関する説明はないが、共沸混合物(Azeotrope)という定義自体が蒸留塔によって、精製された物質を一般に示すものであり、実際、低濃度のエタノールやイソプロピルアルコールを濃縮するには工業的には、蒸留法しかなく、また、第15頁Fig.5には、蒸留とVPを組み合わせてなるイソプロピルアルコール共沸混合物の分離フローが示されているから、VPへ供給する含水エタノールやイソプロパノールは、蒸留法で製造されていることは自明である。
そうすると、甲第2号証には、本件特許発明1の特徴点であるiv)「前記蒸留塔と前記分離器との間に設置された蒸発器に前記留分を導入すること」が記載もしくは教示されている。
甲第3号証は、VP法によるメチルエステルからのメタノールの分離において工業的応用例)と題する論文であって、処理される混合物は、脱水の場合と同様に、中間バッファータンクから抜き出してから別置蒸発器で蒸発させて供給してもよいし、蒸留塔或いは反応器からの蒸気を膜システムへ直接供給してもよい、と記載されている(第316頁、右欄、第21?25行)。
すなわち、同証には、共沸混合物の分離プロセスにおいて、蒸留塔とVPの間に蒸発器を設置することが記載されている。
そうすると、甲第3号証には、本件特許発明1の特徴点の1つであるiv)が記載もしくは教示されている。
従って、本件特許発明1は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証の記載及び自明事項から容易に推考でき、進歩性を欠くものであり、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
ホ)甲第4号証には、使用済みイソプロピルアルコールの回収にあたり、蒸留工程により不純物を除去すること、耐久性のよいセラミックの分離膜を用いてVP法によって脱水処理すること、分離モジュールの上流にベーパライザすなわち蒸発器が設置すること、および、使用済みIPAを純度99.8wt%以上に精製することが開示されている。
すなわち、同証には、共沸混合物の分離プロセスにおいて、VPの上流に蒸発器を設置することが記載されている。
甲第4号証のフロー図には蒸留塔が示されていないが、上述のとおり蒸留工程により不純物を除去するのであるから、VPへ供給する回収IPAは蒸留法で得られたものに間違いない。
そうすると甲第4号証にも、本件特許発明1の特徴点の1つであるiv)が記載もしくは教示されている。
従って、本件特許発明1は、甲第1号証、甲第2号証の記載、甲第4号証の記載及び自明事項から容易に推考でき、進歩性を欠くものであり、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
へ)甲第5号証には、「蒸気の供給は蒸発器から行ってよい」と記載されている。
すなわち、同証第6頁最下段には、本件特許発明1の特徴点iv)が教示されている。
従って、本件特許発明1は、甲第5号証の記載及び自明事項から容易に推考でき、進歩性を欠くものであり、加えて甲第1号証の1または2以上の組み合わせの記載及び自明事項からも容易に推考でき、進歩性を欠くものであり、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
III-1-3-2.本件特許発明2について
本件特許発明2は、本件特許発明1に記載された水溶性有機物の濃縮方法の実施態様であって、膜分離器の分離膜を透過した蒸気と透過しない蒸気の少なくとも一方を蒸留塔の加熱源及び/又はストリッピング蒸気とするというものである。
しかし、分離膜から出た蒸気の熱エネルギーを蒸留塔の熱源に利用する程度のことは当業者が容易に想到することで、従来技術に比べ格別の効果が認められない。よって、本件特許発明2は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
III-1-3-3.本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明1又は2に記載された水溶性有機物の濃縮方法の実施態様であって、蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の10?90%を蒸留塔に還流し、残部を蒸発器に導入する発明である。本件特許発明3と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、甲第1号証に記載の発明は、還流比に関して記載のない点で両者は相違する(相違点2)。
しかし、この還流操作は、蒸留塔で濃縮を行うために必要な、非常に一般的な操作であり、例えば、甲第5号証の第6頁最下段、或いは、甲第2号証Fig5にも記載されるように操作自体に新規性はなく、凝縮液を蒸発器で高圧で蒸発させるのに外部加熱源が必要であり、省エネルギー性が損なわれ、従来技術に比して格別の効果が認められない。
従って、上記相違点2に係わる還流比の数値範囲は、当業者に適宜決定可能な設計事項であると共に、イソプロピルアルコール等の蒸留を行う甲第1号証に記載の発明に対して、甲第2号証の上記記載を適用することによって、当業者に容易に想到できる発明である。このため、本件特許発明3は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
III-1-3-4.本件特許発明4について
本件特許発明4は、非透過蒸気の凝縮熱により蒸留塔のリボイラを加熱するという発明特定事項を本件特許発明1?3に追加限定した発明である。
しかしながら、非透過蒸気の凝縮熱により蒸留塔のリボイラを加熱する程度のことは、プロセスにおけるエネルギー節減の技術常識として当業者が容易に思い付くことで、従来技術に比べ格別の効果が認められない。
したがって、本件特許発明4は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
III-1-3-5.本件特許発明5について
本件特許発明5は、蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであることという発明特定事項を本件特許発明1?4に追加限定した発明である。
しかし、上記圧力範囲の上限及び下限に臨界的意義があるとは全く主張も立証もされていない。
含水エタノールを蒸留法で得る場合、蒸留塔の操作圧力は、通常1気圧(約1.013バール)乃至はこれを若干上回る程度であり、減圧操作される場合もあり、蒸気圧力範囲に含まれる。
したがって、当業者は、上記範囲内の圧力を選んで蒸留操作を行うことに何らの困難を伴うことがなく、又上記圧力範囲による格別の効果が認められない。
よって、本件特許発明5は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
III-1-3-6.本件特許発明6及び7について
本件特許発明6は、膜分離器の分離膜が無機物からなることという発明特定事項を本件特許発明1?5に追加限定した発明であり、本件特許発明7は、無機物がゼオライトであることという発明特定事項を本件特許発明6に追加限定した発明である。
VP法によるアルコール/水共沸混合物からの濃縮に無機物からなる分離膜を用いることは、当業者が実施に当たって発明努力を要せずに日常的に行う選択であり、このような膜の選択による予想外の効果も認められない。
従って、このため、本件特許発明6及び7は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
III-1-3-7.本件特許発明8及び9について
本件特許発明8は、本件特許発明1?7の実施態様であり、水溶性有機物がアルコールであるというものであり、本件特許発明9は、本件特許発明8の実施態様であって、水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであるというものである。
甲第1号証には、94vol%エタノールをVP法により最終濃度99.9vol%までの脱水する方法が記載され、甲第4号証には、使用済みイソプロピルアルコールをVP法により最終濃度99.9vol%まで脱水方法が記載されている。
従って、本件特許発明8及び9も、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
III-1-3-8.むすび
本件特許発明1?9は、甲第1?8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
III-2.口頭審理陳述要領書における主張
III-2-1.被請求人は、請求人の主張は、甲第1号証を曲解したもので、同号証に記載されているのは、「既存の精製プラント(精留塔+共沸蒸留塔システムたる構成、すなわち、精留塔(蒸留塔)により共沸化合物程度に濃縮した後に、さらに精製するために第三成分(共沸化合物)を加えて共沸蒸留を行う構成)を改造する計画に代えて、独立した精製プラントであるVPプラントを新設したことを示しているに過ぎない」と主張している。
しかしながら、工業的に、低濃度のエタノールを94vol%まで濃縮するには蒸留法しかあり得ない。
この事を裏付けるために参考資料1を提出する。「通常のエタノールの蒸留法はいずれも常圧蒸留法であり、かつ常圧下のエタノール-水共沸塑性に近い95?96vol%の含水エタノールを目的製品とするものである。」
III-2-2.被請求人は、甲第1号証のFig.9は、単純にVPプラントの構成を示している。換言すれば、VPプラント単独でエタノールを濃縮する例を示すのみであると主張する。
そもそも、甲第1号証のFig.9に示されるエタノール濃縮工程(蒸発器+VPシステム)が単独で存在するわけがなく、この被濃縮物は蒸留法で得られたもの以外にはあり得ない。
III-2-3.答弁書第7頁第15?17行の甲第1号証の記載について、「既存の精製プラントが(精留塔+共沸蒸留塔システムたる構成、すなわち、精留塔(蒸留塔)により共沸化合物程度に濃縮した後に、さらに精製するための第三成分(共沸添加物)を加えて共沸蒸留を行う構成)を改造する・・・」と説明を加えているが、原文に記載のない事項であり、被請求人の曲解した見解である。
したがって、被請求人の主張では、精留システムの後にVPプラントを後付けしたことが、否定できていない。
III-2-4.被請求人は、甲第1号証のFig.9に示されるプラントが単独のものであるとの見解の基に縷々反論しているが、上記見解が誤りである以上、これらは容認できない。
III-2-5.請求項1記載の発明が進歩性欠如による無効理由を孕むことは免れない。
III-2-6.被請求人は、請求項1の水溶性有機物の濃縮方法の実施態様である請求項2?9の発明について縷々述べているが、これらは、請求人の挙げた甲各号証によりまたはそれら自体公知の事実であり、当業者が適宜採用する程度のものであるから、請求項2?9の発明も進歩性欠如により無効である。
請求項3についての答弁書第15?16頁の第(8)の議論は請求項3と請求4とを混同又は取り違えたものである。

IV.被請求人の主張
被請求人は、平成19年9月25日付け答弁書において、以下のように反論をしている。
IV-1.甲第1号証について
(a)審判請求人は、「甲第1号証Fig.9には膜分離器の上流に蒸発器が設置され、これによって、2.2barの蒸気は生成されることが示されている。・・・VPへ供給する含水エタノールは蒸留法で製造された後、凝縮液化されたものであることは間違いない。」と主張するが、甲第1号証の記載内容を曲解した上でのものであり、容認できない。
(b)Fig.9は、単純にVPプラントの構成を示している、換言すればVPプラント単独でエタノールを濃縮する例を示すのみであって蒸発器が含まれるのは当然のことである。
ここで、蒸気透過プロセスにおいては、分離膜への非処理物(水溶性有機物の水溶液)を液で行うのではなく、被処理物を気化させて供給する。従って、蒸気透過プロセスを単独で水溶性有機物の濃縮に適用する場合は必ず膜分離器の前段に蒸発器が設けられるもので、Fig.9はこれを示しているにすぎない。審判請求人の主張は不当である。すなわち、同号証においてFig.9の構成(VPプラント)を、既設蒸留プラントの後付として設けたことは何も記載されておらず、かつ、その点を示唆する記載もないのである。
既存の精製プラント(精留塔+共沸蒸留塔システムたる構成、すなわち、精留塔(蒸留塔)により共沸化合物程度に濃縮した後に、さらに精製するために第三成分(共沸化合物)を加えて共沸蒸留を行う構成)を改造する計画に代えて独立した精製プラントであるVPプラントを新設したことを示しているに過ぎないのであり、蒸留塔+蒸発器+VPシステムという点を示唆するものではない。常圧蒸留とVPを組み合わせるには、Fig.12のような既存のプラントの構成とは違って、Fig.11に明確に示される通り、蒸留塔に接続されるのは、VPシステムであって、その間には蒸発器は存在しない。
Fig.9に図示される構成のみに着目したとしても、これが仮に蒸留と組み合わされるのであれば、蒸発器の供給液は70℃程度の温度に保たれているから、膜分離器を出たエタノール蒸気の凝縮潜熱は、蒸発器供給液の予熱に使うのではなく蒸留塔の加熱のために利用するはずであり、Fig.9に示されるシステム構成は、この点でも矛盾を生じ、明らかに、蒸留塔と組み合わせることが何ら前提とされていないことがわかる。
さらに、VPシステム内にわざわざコンプレッサーを設置して蒸気を昇圧していることから、蒸気の圧力を十分に高めるために蒸発器の温度を高めようという意図もないこともわかる。
審判請求人のiv)及びv)が甲第号証に記載されているか、少なくとも同証から容易に推考できるものであるという主張は、甲第1号証のFig.9全体に示されるような構成が蒸留塔の後付構成として用いられることが開示乃至示唆されているという、前提に立つものであるから、審判請求人の主張は容認され得ない。
さらに、「蒸発器で高圧力とするのは至極当然」という主張も間に蒸発器を配する前提がない以上、審判請求人の主張は、論理の大きな飛躍がある。
IV-2.甲第2号証について
甲第2号証には、VPシステムと蒸留塔との間に蒸発器を配する構成となる「その共沸混合物の分離プロセスにおいて、蒸発器を用いて気化原料とし、」という構成は、何ら示されていないものである。
甲第2号証において示されるFig.5は、蒸留塔とVPシステムとを組み合わせた構成を示しているので、蒸留塔からの蒸気がVPに直接供給されているだけで、本件特許発明1の特徴点である要件iv)は何ら記載も教示もされていない。
IV-3.甲第3号証について
同号証において開示される内容は、甲第2号証と同様で「その共沸混合物の分離プロセスにおいて、蒸発器を用いて気化原料とし、」という構成は、何ら示されていない。
IV-4.甲第4号証について
同号証は、単にVPシステムへ蒸気を供給するための蒸発器が含まれていることを示したものにすぎず、本件特許発明1の特徴点である要件iv)は何ら記載も教示もされていない。同号証で「蒸留工程により不純物を除去することが可能です。」といっているのは、単にこの蒸発器と蒸留を比べているにすぎず、蒸発器に代えて蒸留塔を配する点は示唆されているとしても、上記の要件を示唆するものではない。
IV-5.甲第5号証について
甲第5号証も甲第2?3号証と同様に「共沸混合物の分離プロセスにおいて、蒸発器を用いて気化原料とし、」という構成は、何ら示されていない。
従って、無効審判請求人が、甲第1?5号証を証拠とする主張も何ら根拠がない。
IV-6.甲第6号証について
甲第6号証には、「分離膜を透過した蒸気を蒸留塔の加熱源にする」ことは記載されておらず、しかも、本件特許発明2は本件特許発明1に従属するから、進歩性が否定されるものでない。
IV-7.本件特許発明4について
無効審判請求人は、本件特許発明4において省エネルギー性が損なわれ、格別の効果が認められないと主張するが、蒸発器の操作圧力を300kPaとすれば蒸留塔底のリボイラの加熱が可能であり、省エネルギー性を保ちつつ、蒸留塔の設計圧を低くし、かつ、膜分離の推進力を稼ぐことができるものであり、該主張は不当である。
IV-8.本件特許発明5について
無効審判請求人は、本件特許発明5において蒸留塔の操作圧力範囲の上限及び下限に臨界的意味があるとは主張も立証もされていないと主張するが、本件特許の明細書にはその臨界的意義が明示されている。
さらに、無効審判請求人は、このような操作圧力は含水エタノールを蒸留法で得る場合の通常の範囲内であり、甲第7号証には、同様の範囲が示されていると主張するが、通常の範囲とする根拠は薄く、同号証には、本件特許発明の構成において蒸留塔の操作圧力を上記所定範囲にすることを開示又は示唆するものではない。
しかも、本件特許発明5は本件特許発明1?4の従属項であるから、甲第1?6号証によって本件特許発明1?4がその進歩性を否定されるものでない以上、本件特許発明5もこれらによって、進歩性が否定されるものではない。
IV-9.本件特許発明6?9について
無効審判請求人は、本件特許発明6?9も甲第1?5号証、甲第8号証により進歩性を欠くと主張するが、本件特許発明6?9も本件特許発明1に従属するから、前述のように甲第1?6号証によって本件特許発明1がその進歩性を否定されるものでない以上、本件特許発明6?9もこれらによって、進歩性が否定されるものではない。
IV-10.むすび
本件特許発明1?9は甲第1?8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず、本件特許発明1?9は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではないから、本件特許無効審判は成り立たないものである。

V.審判請求書とともに提出された証拠の記載事項について
V-1.甲第1号証は、Industrial application of vapour permeation(蒸気透過法の工業的応用)(Journal of Membrane Science, 61(1991) 113-129)
であって、記載事項は、以下のとおりである。
V-1-1.「Industrial vapour permeation plant
Figure 9 shows a simplified scheme of the first commercial-size vapour permeation plant designed for the dehydration of 30,000l/d of 94 vol.% ethanol to a final concentration of 99.9vol.%.
The plant consists of an evaporator and a three-stage vapour permeation system with two integral vapour compressors. The feed alcohol of subazeo-tropic concentration is first preheated with the dehydrated alcohol vapour leaving the membrane permeation system.
It is then fed to the boiler of the distillation unit where it is evaporated. The saturated vapour of 2.2 bar and 100℃ leaving the top of this unit passes directly through the first permeation unit. The slight pressure drop of about 0.5 bar corresponding to a temperature drop of about 95℃ is compensated for by recompression with a single-stage vapour compressor of the Roots blower type.
The vapour enters the second permeation stage as saturated vapour at a temperature of 100℃ and is recompressed by a second compressor before passing through the third permeation unit.
All the auxiliary units such as the permeate condenser with an attached cooling system, vacuum pump, permeate pump and the retentate vapour condenser are standard equipment.
The control system consists of only a few automated temperature and pressure control devices. Thus the design and operation of the vapour permeation plant is extremely simple.
Figure 10 shows a photo of the installed vapour permeation units before fitting of their thermal insulation. Each of the units is equipped with 150 double membrane cells of 1.6m height. The membranes are the same type of composite membranes as used for pervaporation and have been manufactured by GFT.
The vapour permeation plant has been installed at the Sprit- und Chemishe Fabrik L.Bruggemann KG in Heilbronn, Germany and was commissioned in September 1989.
Bruggemann is a company which is well experienced in alcohol concentration and purification. It operates one of the most modern alcohol distillation plants in Europe, consisting of 3-stage pressure rectification system.
Instead of choosing a retrofit design of a combined pressure entrainer distillation system, Bruggemann finally decided on the vapour permeation system. Especially for purifying and dehydrating recycling alcohols, the independent grass-root plant based on vapour permeation appeared to be the best option, not only because of its operational simplicity but also with respect to the economics.
Figure 11 demonstrates a retrofit design for a vapour permeation plant for alcohol dehydration to be attached to a normal pressure alcohol rectification column. Upgrading of the saturated vapour leaving the top of the column also may be more economic than installing larger membrane areas in the vapour permeation system.
For comparison Fig.12 shows the schematic diagrams of an entrainer distillation plant and a pervaporation plant for dehydration of alcohol attached to a rectification system. Both technologies still are in strong competition with vapour permeation as discussed in the following comparison.」(第121頁下から第11行?第124頁第25行)(翻訳文:Fig.9は、30,000L/dの94vol%エタノールを最終濃度99.9vol%まで脱水するよう設計された最初の実用サイズのVPプラントの簡略化した概要図を示す。
このプラントは、1基の蒸発器と、2基の組込み蒸気圧縮機付きの3段蒸気透過システム(VP)とから構成されている。94vol%の(亜)共沸組成の原料アルコールは、まず膜透過システムを出た脱水後のアルコール蒸気で予熱される。
これは次いで蒸留装置のボイラに供給され、蒸発させられる。圧力2.2バール、温度100℃の飽和蒸気が、この装置の頂部から出て、第一の透過ユニットに直接通される。約0.5バールの僅かな圧力損失は95℃までの温度降下に対応するが、ルーツブロアタイプの単段蒸気圧縮機での再圧縮で補われる。
この蒸気は100℃の飽和蒸気として第二の透過ユニットへ入り、第三の透過ユニットへ通される前に、第2の圧縮機で再圧縮される。
付帯冷却システム付きの透過流体凝縮器、真空ポンプ、透過ポンプ、リテンテート凝縮器等の補機類は標準品である。
制御システムは、数個の自動温度・圧力制御器のみから構成されている。従って、VPプラントの設計および運転は、極めてシンプルである。
Fig.10に、据付完了後で保温施工前のVP装置の写真を示す。各ユニットには、高さ1.6mの150ダブル膜セルが装備されている。この膜は、PV用の複合膜と同じタイプのもので、GFT製である。
このVPプラントは、the Spirit und Chemishe Fabrik L.Bruggemann KG in Heilbronn, Germanyに建設され、1989年9月に商用運転に入った。
Bruggemannは、アルコール濃縮と精製の経験豊富な会社である。この会社は、3段階の圧力を用いた精留システムからなるヨーロッパで最も近代的なアルコール蒸留プラントを運転している。
Bruggemannは、複合圧力式のエントレーナー蒸留システムの更新設計を選択する代わりに、最終的にVPプラントに決めた。特に、リサイクルアルコールの精製と脱水に対しては、操作のシンプル性のみならず経済性の面からも、VPシステムに基づく独立したグラスルーツプラントが最適な選択であったようである。
Fig.11は、常圧のアルコール精留塔に付帯したアルコール脱水用のVPプラントの更新設計を示している。蒸留塔塔頂から出る飽和蒸気のアップグレードの方が、VPシステムの膜面積を大きくするより経済的であるようである。
比較のために、Fig.12にエントレーナー蒸留プラントと、精留システムに付帯したアルコール脱水用のPVプラントの概略フロー図を示す。両技術は、下記の比較で述べられているように、依然としてVPの強力なコンペティターである。)
V-2.甲第8号証(ECN-C--01-073,July 2001)は、“Reduction of Energy Consumption in the Process Industry by Pervaporation with Inorganic Membranes: Techno-Economical Feasibility Study”(無機質の膜を用いるPV法による、プロセス工業におけるエネルギー消費量の削減:技術的・経済的な実施可能性の研究)と題するECN(Energy research Centre of the Netherlands,29p Appendix A参照) の本件特許出願前に発行された論文であって、記載事項は、以下のとおりである。
V-2-1.「With respect to the membranes, the first focus was on tublar silica membranes, which are available on a sufficient scale , in a high quality and in proper modules. Zeolite(Silicalite) and modified silica have been explored as well. 」(第9頁下から第8?6行)(翻訳文:膜に関しては、最初管状シリカ膜に焦点が置かれ、それは十分な規模で高品質で適当なモジュールで利用が可能である。ゼオライト(シリカライト)と修飾シリカも同様に調査された。)
V-2-2.「3.3.4 Solvent dewatering
The dewatering of isopropanol(IPA) has been chosen as model for the use of inorganic pervaporation membranes in dehydration processes.」(第19頁第1?3行)(翻訳文:3.3.4溶剤脱水
無機パーベーパレーション膜の脱水方法の使用の例として、イソプロパノール(IPA)の脱水が選ばれた。)

VI.当審の判断
VI-1.甲第1号証に記載された発明の認定
VI-1-1.記載事項V-1-1.は、「工業的な蒸気透過プラント」と題し、「図9は、30,000L/dの94vol%エタノールを最終濃度99.9vol%まで脱水するよう設計された最初の実用サイズの蒸気透過(VP)プラントの簡略化した概要図」であることが記載され、さらに、「94vol%の(亜)共沸組成の原料アルコールは、まず膜透過システムを出た脱水後のアルコール蒸気で予熱され」、「蒸留装置のボイラに供給され、蒸発させられる。圧力2.2バール、温度100℃の飽和蒸気が、この装置の頂部から出て、第一の透過ユニットに直接通される」ことが記載されている。これらを本件特許発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には、「エタノールの脱水のため蒸気透過を用いる方法であって、94vol%の亜共沸組成の原料アルコールを蒸発装置のボイラに供給し、蒸発させ、圧力2.2バールの飽和蒸気として、膜透過システムの透過ユニットに直接通し最終濃度99.9vol%まで脱水する方法」の発明(以下、「甲1発明」という)が記載されているということができる。
VI-1-2.記載事項V-1-1.に「亜共沸組成の原料アルコールは、まず膜透過システムを出た脱水後のアルコール蒸気で予熱される」ことが記載されているから、「甲1発明において脱水後のアルコール蒸気を亜共沸組成の原料アルコールの予熱に用いる方法」の発明(以下、「甲1発明2」という)が記載されているということができる。
VI-1-3.記載事項V-1-1.に「PV用の複合膜と同じタイプのもの」を用いることが記載されているから、「甲1発明においてPV用の複合膜と同じタイプのものを用いる方法」の発明(以下、「甲1発明3」という)が記載されているということができる。
VI-2.対比・検討
VI-2-1.本件特許発明1と甲1発明を対比すると、本件特許発明1の「水溶性有機物」の下位概念は、「エタノール」(本件特許発明9)であるから、甲1発明の「エタノール」は、本件特許発明1における「水溶性有機物」に相当することは明らかであり、甲1発明の「エタノールの脱水」は、「最終濃度99.9vol%まで脱水する」から、本件特許発明1の「水溶性有機物の濃縮」と同義であると認められ、甲1発明の「原料アルコールを蒸発装置のボイラに供給し、蒸発させ、圧力2.2バールの飽和蒸気として、膜透過システムの透過ユニットに直接通」すことは、通常の蒸留装置が大気圧(1バール)で運転され、「気液平衡の関係で、加圧の蒸留ではエタノール濃度を90%以上にすることは難しい」(答弁書第7頁第1?2行)ことを考慮すれば「圧力2.2バール」は「蒸留塔の操作圧力より高圧力」といえるから、本件特許発明1の「蒸発器に水溶性有機物と水との混合物を導入し、蒸発器内で水溶性有機物と水との混合物を加熱することにより蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、高圧力の蒸気を膜分離器に導入すること」に相当するといえるから、両発明は、「膜分離器により水溶性有機物と水との混合物から水を分離する前記水溶性有機物の濃縮方法において、蒸発器に水溶性有機物と水との混合物を導入し、前記蒸発器内で前記水溶性有機物と水との混合物を加熱することにより蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、前記高圧力の蒸気を前記膜分離器に導入することを特徴とする方法。」の点で一致し、両発明は以下の点で相違するものと認められる。
相違点<1>本件特許発明1は、「水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を膜分離器に導入し」ているのに対して、甲1発明では、「94vol%の亜共沸組成の原料アルコール」が膜透過システムに供給される点。
相違点<2>本件特許発明1は、蒸発器が「前記蒸留塔と前記分離器との間に設置され」るのに対して、甲1発明では、「蒸発器」が膜分離システムの前段に設けられるものの、蒸留塔を設けること及びその設置場所については記載のない点。
これら相違点について検討する。
相違点<1>については、口頭審理において被請求人にも確認したように「30,000L/dの94vol%の亜共沸組成の原料アルコール」を得るには、蒸留法による他なく、本件特許と同一の特許について同一の審判請求人が申し立てた無効2007-800261号審判事件の口頭審理調書に記載されているように、本件特許発明1の「留分」は、「蒸留塔から取り出した留分であれば、一旦、タンク等に貯蔵した後、これを取り出したものまで含まれる。」と広義に解釈され、直接接続されているか否かは任意に選択し得ることであるから、当業者であれば直接接続を選択し、図9に示される工業的な蒸気透過プラントの前段階に蒸留塔を設け、甲1発明において原料アルコールを「水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分」とすることは容易に想到し得ることにすぎない。
相違点<2>については、相違点<1>が任意に選択し得る事項であり、蒸留塔を直接接続するとした以上、蒸留塔は、留分を導入する蒸発器の前段に設けられることになるので、結局、甲1発明において蒸発器が「前記蒸留塔と前記分離器との間に設置され」るということになり、相違点<2>については実質的なものでない。
したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであり、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-2.本件特許発明2は、本件特許発明1に発明特定事項「前記膜分離器の分離膜を透過した蒸気と透過しない蒸気の少なくとも一方を前記蒸留塔の加熱源及び/又はストリッピング蒸気とすること」を付加するものである。本件特許発明2と甲1発明2を対比すると、本件特許発明2が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明2は、脱水後のアルコール蒸気を亜共沸組成の原料アルコールの予熱に用いる点において相違する(以下、「相違点<3>」という)。
相違点<3>について検討すると、甲1発明2では脱水後のアルコール蒸気すなわち非透過蒸気が蒸留塔から来る原料の予熱に用いられており、蒸留塔側の熱源として利用されたものということができる。したがって、当業者であれば、この蒸気をさらに前段の蒸留塔の加熱に利用することを想起することは格別の困難がないというべきである。
したがって、本件特許発明2は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-3.本件特許発明3は、本件特許発明1又は2に発明特定事項「前記蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流し、残部を前記蒸発器に導入すること」を付加するものである。本件特許発明3と甲1発明2を対比すると、本件特許発明3が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明には、還流については記載がない点において相違する(以下、「相違点<4>」という)。
相違点<4>について検討すると、本件特許の審査段階における拒絶理由において引用された特開平4-63110号公報に「また、前記の反応生成物分離用蒸留塔1およびアルコール回収用蒸留塔2における蒸留操作は、各蒸留塔へ供給される反応液、軽質留分などの各組成又は各供給量によって、缶液温度、塔頂温度、塔頂部減圧度、還流比などをそれぞれ適宜変えることによって行うことができる。」(第3頁右上欄第11?16行)と記載されるように、アルコール回収用蒸留塔の蒸留操作において還流は、慣用手段にすぎず、還流比の設定は、当業者が適宜設定ができる量であるということができる。本件特許発明3の還流の数値限定の技術的意義については特許公報第3頁第27?29行に「蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を凝縮した液の10?90質量%を蒸留塔に還流し、残部を加熱及び加圧するのが好ましい。」とあるだけで、臨界的意義を有するものとすることはできないから、相違点<4>の還流についても、当業者が適宜採用しうる慣用手段であり、「凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流」することも単なる操業条件の設定にすぎないものである。
したがって、本件特許発明3は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-4.本件特許発明4は、本件特許発明1?3に発明特定事項「前記非透過蒸気の凝縮熱により前記蒸留塔のリボイラを加熱すること」を付加するものである。本件特許発明4と甲1発明2を対比すると、本件特許発明4が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明2は、脱水後のアルコール蒸気を亜共沸組成の原料アルコールの予熱に用いる点において相違する(以下、「相違点<5>」という)。
相違点<5>について検討すると、甲1発明2では脱水後のアルコール蒸気すなわち非透過蒸気が蒸留塔から来る原料の予熱に用いられており、蒸留塔側の熱源として利用されたものということができる。したがって、当業者であれば、この蒸気をさらに前段の蒸留塔のリボイラを加熱することに利用することを想起することは格別の困難がないというべきである。
したがって、本件特許発明4は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-5.本件特許発明5は、本件特許発明1?4に発明特定事項「前記蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであること」を付加するものである。本件特許発明5と甲1発明2を対比すると、本件特許発明5が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明は、蒸留塔を設けること及びその操作圧力については記載のない点において相違する(以下、「相違点<6>」という)。
しかしながら、V-2-1.において記載したように甲1発明において蒸留塔を設けることは記載されているに等しい事項であり、通常の蒸留装置が大気圧(1バール、約100kPa)で運転され、「気液平衡の関係で、加圧の蒸留ではエタノール濃度を90%以上にすることは難しい」(答弁書第7頁第1?2行)ことを考慮すれば、「30,000L/dの94vol%の亜共沸組成の原料アルコール」を得るために蒸留塔を大気圧前後すなわち50?150kPaで操作することは、任意に設定し得る操業条件と認められ、相違点<6>は、当業者が容易に想到し得る事項にすぎない。
したがって、本件特許発明5は、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであり、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-6.本件特許発明6は、本件特許発明1?5に発明特定事項「前記膜分離器の分離膜が無機物からなること」を付加するものである。本件特許発明6と甲1発明3を対比すると、本件特許発明6が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明3は、PV用の複合膜と同じタイプのもの用いる点において相違する(以下、「相違点<7>」という)。
しかしながら、甲第8号証の、記載事項V-2-1.には、「無機パーベーパレーション膜の脱水方法の使用の例として、イソプロパノール(IPA)の脱水が選ばれた」ことが記載されている。そして、「パーベーパレーション」が「PV」と記載されることは周知である。
してみれば、相違点<7>に係る「PV用の複合膜と同じタイプのもの」を甲第8号証に記載されるような「無機パーベーパレーション膜」とすることは当業者であれば容易に想到しうる材料変更にすぎないものということができる。
したがって、本件特許発明6は、甲第1号証及び甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-7.本件特許発明7は、本件特許発明6に発明特定事項「前記無機物がゼオライトであること」を付加するものである。甲第8号証の記載事項V-2-2.には、「膜に関しては、・・・ゼオライト(シリカライト)・・・も同様に調査された」ことも記載されているから、甲1発明3における「PV用の複合膜と同じタイプのもの」として甲第8号証に記載された「ゼオライト」を選択することは、当業者であれば容易に想到し得る材料変更にすぎないものである。
したがって、本件特許発明7は、甲第1号証及び甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-8.本件特許発明8は、本件特許発明1?7に発明特定事項「前記水溶性有機物がアルコールであること」を付加するものである。
しかしながら、VI-1-1.に記載したように甲1発明は「原料アルコールを蒸発装置のボイラに供給」するものであるから、本件特許発明8は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到できたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-9.本件特許発明9は、本件特許発明8に発明特定事項「前記水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであること」を付加するものである。
しかしながら、VI-1-1.に記載したように甲1発明は「エタノールの脱水のため蒸気透過を用いる方法」であるから、本件特許発明9は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到できたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
(なお、記載事項V-1-7.にも記載されるように、甲1発明がイソプロピルアルコールすなわちi-プロピルアルコールにも適用可能であることは自明である。)

VII.むすび
以上のとおり、本件特許発明1乃至9は、甲第1号証に記載された発明、甲第8号証に記載された発明及び慣用手段に基づいて当業者が容易に発明をすることできたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
したがって、本件特許発明1乃至9についての特許は、特許法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-07-03 
結審通知日 2008-07-08 
審決日 2008-08-04 
出願番号 特願2005-502781(P2005-502781)
審決分類 P 1 113・ 121- Z (B01D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 加藤 幹  
特許庁審判長 板橋 一隆
特許庁審判官 松本 貢
森 健一
登録日 2006-01-27 
登録番号 特許第3764894号(P3764894)
発明の名称 水溶性有機物の濃縮方法  
代理人 石川 泰男  
代理人 日比 紀彦  
代理人 渡邊 彰  
代理人 岸本 瑛之助  

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