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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20061033 審決 特許
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不服200517013 審決 特許
不服200524083 審決 特許
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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1185673
審判番号 不服2005-12789  
総通号数 107 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-11-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-07-06 
確定日 2008-10-09 
事件の表示 平成 6年特許願第264544号「有機溶媒耐性微生物の取得方法及び該方法により取得した有機溶媒耐性微生物」拒絶査定不服審判事件〔平成 7年10月 9日出願公開、特開平 7-255462〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成6年10月4日(優先日、平成6年2月2日)の出願であって、平成17年5月30日付で拒絶査定がなされ、平成17年7月6日にこれを不服とする審判請求がなされるとともに、同年8月3日付で願書に添付した明細書について手続補正がなされたものである。

第2 平成17年8月3日付の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成17年8月3日付の手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の請求項に係る発明
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、次のとおりに補正された。
【請求項1】親水性親株微生物に変異処理を施し、有機溶媒を加えて選択培養することを特徴とする、該微生物が資化し得ない有機溶媒に対して耐性を有する微生物の取得方法。

2.新規事項の追加について
本件補正は、補正前の請求項1に記載された発明の構成に欠くことのできない事項である「有機溶媒耐性微生物」について、「該微生物が資化し得ない有機溶媒に対して耐性を有する微生物」と限定するものである。
一般に、補正について、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができ、特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲に限定を付加する補正を行う場合において、付加される補正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である事項である場合には、そのような補正は、特段の事情のない限り、新たな技術的事項を導入しないものであると認められ、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができる。
これを本件補正についてみると、本願の出願当初の明細書及び図面には、段落番号【0026】に、「親株微生物としてはいかなる微生物をも使用し得るが、各種の油・有機溶媒での耐性を獲得したほうが生産性や反応速度の向上などが期待され、且つ有機溶媒耐性微生物に変換する効果がより鮮明になるので有機溶媒感受性微生物を使用することが好ましい。その代表的な例としてシュウドモナス属細菌が挙げられるが、この限りではない。」旨、また、段落番号【0032】に、「本発明において使用される有機溶媒は、微生物に耐性を付与しようとする有機溶媒であればどのようなものでも使用可能である。」と記載されているだけであり、明細書の他の記載をみても、「親水性親株微生物が資化し得ない有機溶媒に対して耐性を有する」微生物を取得するという発明概念は記載されていない。また、本願の実施例においても、親株微生物が「シュウドモナス・プチダNo.69」であり、有機溶媒が「1-へプタノール」等である例が記載されているが、当該親株微生物及び取得される微生物が当該1-へプタノール等を資化し得ない点については、何ら記載がない。
審判請求人は、平成19年9月7日付回答書において、「上記補正は、先行技術と技術的思想としては顕著に異なる本願発明が、たまたま先行技術と文言上重複するため、引用文献1の発明のみを本願特許請求の範囲から除外することを明示したものであり、当該補正は新規事項の追加に該当するとして拒絶されるべきものではない」旨主張する。
一般に、明細書等についての補正が、引用例に記載された発明と技術思想としての方向性を同一とする本願発明を、さらに技術的特徴を追加することにより限定して、引用発明との相違点を明確にしようとする補正である場合には、その技術的特徴が発明の詳細な説明に記載されておらず、その記載から自明であるともいえない場合には、その補正は、新たな技術的特徴を導入する補正であって、当初明細書等に記載した事項の範囲内でなされた補正であるとはいえない。
それに対して、補正が、本願発明が引用例に記載された発明と技術思想として顕著に異なるが、たまたま先行技術と文言上重複するために、引用例に記載された発明のみを、本願の特許請求の範囲から除く補正である場合であって、除かれる部分が本願発明のうちのごく一部分、例えば具体例に相当するようなものであり、本願発明が実質的に補正の前後で技術的に変更されないと認められる場合には、そのような部分を除くことが、たとえ当初明細書等に記載されていない事項であったとしても、補正後の技術的事項は補正前と比較して実質的に変更されているとまではいうことができず、該補正は、明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を導入するものでないということができる。
なお、このような本願発明のうち引用発明と重複するごく一部分のみを除く補正である場合には、通常の特定の仕方により重複部分を除くことは困難であるから、通常は、いわゆる「除くクレーム」という形式による発明事項の特定が行われることになると考えられている。
そこで、補正前の本願発明がたまたま引用発明と重複するようなものであるのかについて検討する。
請求人は、上記回答書において、「本願発明の方法は細菌を有機溶媒耐性に変異させて有機溶媒存在下で生存し得る細胞を提供するものであるのに対し、引用文献1の方法は、細菌によって有機溶媒を分解させることによって細菌が生存し得る環境に雰囲気を改変させるものであり、両者は本質的に相違するものであります。」と主張する。しかし、本願発明も引用発明も、いずれも、微生物に変異処理を施して有機溶媒に耐性を有する微生物を取得するという点で共通するものであり、「微生物の取得方法」の発明として請求人が主張するような「本質的相違」を有するものとはいえない。したがって、補正前の本願発明がたまたま引用発明と重複するようなものであるということはできず、本件補正は、先行技術と技術思想として方向性が同一である発明において、先行技術との技術的相違を明確にするためになされたものであるというべきである。
また、本件補正前の「有機溶媒耐性微生物」が「微生物が資化し得ない有機溶媒に対して耐性を有する微生物」と補正されているが、これは「有機溶媒耐性微生物」という概念に含まれるもののうちのごく一部分の態様を除くものではなく、「有機溶媒」には微生物が資化できるものと資化できないものとの2種類しかないところ、そのうちの一方に対して耐性の微生物に限定するものであり、補正前の発明を技術的に大きく変更するものである。
以上のことから、出願当初の明細書又は図面に記載された事項でも、それから自明の事項ともいえない「微生物が資化し得ない有機溶媒に対して耐性を有する微生物」を発明の構成に欠くことができない事項とする本件補正は、出願当初の明細書又は図面の記載からは自明とはいえない新たな技術的事項を導入するものである。
したがって、平成17年8月3日付の手続補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない。

3.独立特許要件についての判断
本件補正は、上述のとおり、補正前の請求項1における、発明の構成に欠くことのできない事項である「有機溶媒耐性微生物」について、「該微生物が資化し得ない有機溶媒に対して耐性を有する微生物」と限定するものであり、また、当該補正前の発明と補正後の発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるといえるから、特許法第第17条の2第3項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに形式上該当する。
そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際、独立して特許を受けることができるのものであるかどうかについて以下に検討する。

3-1 進歩性について
(1)引用例
原査定の拒絶の理由に引用された、特開平3-67581号(以下、「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。
(1-1)「本発明は、シュードモナス・プチーダ(Pseudomonas putida)に属し、精油所の活性汚泥中より純粋分離した新規の細胞株及びその人工変異株に関する。更に詳しくは、高濃度フェノールに耐性であり、且つフェノールを含有する廃水中に生育し、これを資化または分解することを特徴とする細菌シュードモナス・プチーダWAS-2及びシュードモナス・プチーダWAS-2Dに関する。」(第1頁右欄第4?12行)
(1-2)「フェノール分解能を有する従来公知の上記シュードモナス属細菌にあっては、無機塩培地中において分解し得るフェノール濃度は最高1000?1300mg/lである、誘導期(lag phase)が長い、分解を完結するまでに長時間を要する、フェノールに対する培養期間を長くとる必要があるなどの欠点を有していた。このことは、前記シュードモナス属細菌がフェノールに対する耐性能の低いことを意味している。そのために、培養及びフェノール分解に多大の時間を費やさねばならず、工業的実施に際しては、フェノール分解能及び耐性能の高い微生物が望まれていた。」(第2頁右上欄第7行?左下欄第1行)
(1-3)「更に、本発明者は、フェノールに対するシュードモナス・プチーダWAS-2の耐性能を改善する目的で、WAS-2株に紫外線を照射し、突然変異誘発により、2000mg/lの濃度のフェノールを含む無機塩培地中での生育が可能である突然変異株を単一コロニーとして分離し、この変異株をシュードモナス・プチーダWAS-2D(平成元年8月3日付寄託、微工研菌寄第10925号、FERMP-10925)と命名した。WAS-2D株は、親株であるWAS-2株と同じ菌学的性質を有しているが、フェノールを資化又は分解する能力はWAS-2株より高く、フェノールを唯一の炭素源とする無機塩培地中、バッチ式振盪通気培養によって、約48時間で2000mg/lの濃度のフェノールをほぼ完全に分解する。」(第4頁左上欄第2?16行)
(1-4)「実施例1 紫外線による突然変異誘発(シュードモナス・プチーダWAS-2Dの創製):
親株であるシュードモナス・プチーダWAS-2を4mlのニュートリエント・ブロス(Difco社,♯ 0003-01-6)中、28℃で2×10^(8)個/mlの菌密度となるまで振盪培養を行った後、菌体を遠心沈殿し、2mlの0.1MMgSO_(4)水溶液に懸濁する。この懸濁液に、紫外線源として15W殺菌灯を用いて35cmの距離から15秒間紫外線を照射する。このとき、菌体の生存率は1?5%であった。紫外線照射後、菌体を遠心沈殿し、28℃で24時間振盪培養する。次に、0.1mlの培養液を採取して500?1500mg/lの濃度のフェノールを含むニュートリエント・アガー培地(Difco社,♯ 0001-01-8)上に接種し、28℃で24時間培養する。1000mg/lの濃度のフェノールを含む前記培地上での増殖が、紫外線未照射のコントロールに比べて最も良いものを突然変異株として分離し、これをシュードモナス・プチーダWAS-2Dと命名した。」(第5頁左上欄第4行?右上欄第6行)

原査定の拒絶の理由に引用された、特開平4-112786号(以下、「引用文献3」という。)には、以下の事項が記載されている。
(3-1)「1、ジベンゾフラン、ジベンゾチオフェン、カルバゾール、ナフタレン、フルオレン、フェノキサチイン、フェノチアジン、フェナントレン及びアントラセンの群から選ばれる多環式化合物の1種又は2種以上を含有する培地中で、当該多環式化合物を酸化する能力を有するシュードモナス属に属する微生物を好気的に培養することを特徴とするジベンゾフラン、ジベンゾチオフェン、カルバゾール、ナフタレン、フルオレンフェノキサチイン、フェノチアジン、フェナントレン及びアントラセンの群から選ばれる多環式化合物の酸化方法。
2、微生物がシュードモナス・SP・DBF63(微工研菌寄第11649号)であることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の酸化方法。」(請求項1?2)
(3-2)「本発明に利用する微生物としては、ジベンゾフラン等の酸化しようとする多環式化合物を酸化する能力のあるシュードモナス属に属する微生物てあれば特に限定しないが、例えばシュードモナス・SP -DBF63(微工研菌寄第11649号)か好適に利用される。
シュードモナス・SP -DBF63株は本発明者が日本各地より採取した多種類の土壌からのスクリーニングによって見出したもので、以下の菌学的性質を有するものである。
a)形態
・細胞の形および大きさ 桿菌、約15X0.8μm・細胞の多形性の有無 無
・運動性の有無 有、極上
(ある場合は鞭毛の着性状態)
・胞子の有無 (無)
・ダラム染色性 陰性
b)次の各培地における成育状態
・肉汁寒天平板培養 生育良好、円形、台状、金縁、平滑、光沢あり
・肉汁寒天斜面培養 生育良好、台状、金縁、平滑、光沢あり
・肉汁液体培養 良好
・肉汁ゼラチン穿刺培養 上部によく成育(深部でもやや生育)
C)生理学的性質
・オキシダーゼ +
・=-カタラーゼ +
・酸素に対する態度 好気性
(好気性、嫌気性の区別など)
・O-Fテスト 酸化的
・・・ 本発明によって酸化することの出来る多環式化合物としてジベンゾフラン、ジベンゾチオフェン、カルバゾール、ナフタレン、フルオレン、フェノキサチイン、フェノチアジン、フェナントレン及びアントラセンを挙げることが出来る。
これらの多環式化合物が培養過程で酸化分解消滅することは、それら個々の化合物を単独でM培地に2g/fの濃度で添加して、30°C,3日間、シュードモナス・SP -DBF63株を培養し、その間の培養液中の多環式化合物をシリカゲル薄層クロマトグラフィーで追跡して多環式化合物に相当するスポットが培養進行と共に次第に消滅することによって確認することが出来る。」(第2頁左上欄第9行?右下欄第4行)
(3-3)「 実施例2 ジベンゾチオフェンの酸化
1%コハク酸ナトリウムを添加したM培地Ion/にDBF63株を1白金耳植菌し、試験管中で30’C13日間振とうして前培養した。1%コハク酸ナトリウムおよびジベンゾチオフェン(東京化成)2gを添加したM培地11に、前培養液5-を加え、へそつきフラスコで30℃、3日間培養した。培養液を6000rpm 、 10分間遠心して基質と菌体を除き、上溝を塩酸酸性にしてエーテル抽出、乾固し、得られた物質をクロロホルムを溶媒としたシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画した。
分画後の主要フラクションをTMs(トリメチルシリル)化してガスクロマトグラフィーマススペクトル測定を行った結果、分子量200であり、この物質をジベンゾチオフェン-5-オキサイドと推定した。含硫化合物であることはヨードアジド試薬または塩化パラジウム試薬による定色で確認した。」(第3頁左下欄第6行?右下欄第3行)

拒絶査定において、周知技術として引用された、特開平6-80号(以下、「周知引例A」という。)には、以下の事項が記載されている。
(A-1)「【0003】海上に流出した汚染石油等を分解するためには、ケロシン、重油等の石油製品を効率よく分解できることが要求されるとともに、これらの製品に含まれている有機溶媒の一つであるヘキサンの毒性に対する耐性、海水中に高濃度で含まれる食塩に対する耐性、さらに、圧力に対する耐性も要求される。このような耐性をすべて備えた微生物は、これまでに発見されていない。」(第2頁左欄第31?37行)

同じく、拒絶査定において、周知技術として引用された、特開平1-124394号(以下、「周知引例B」という。)には、以下の事項が記載されている。
(B-1)「しかし、炭化水素類は一般に微生物に対して強い毒性を示すため、微生物をこれら化合物と接触させる場合、これら化合物が微生物と直接接触しないように蒸気で供給するか、あるいは毒性を示さない程度の低い濃度(0,2%以下)に維持して行われる。そのため、炭化水素類を基質として用いる醗酵においては、生産性が低く、しかもこの基質を低濃度に制御することも容易でないため、操作上も問題があった。さらに、水難溶性物質を用いる場合は、その物質の溶解度が低いために、微生物による反応において生産性が低くなる欠点があった。
[発明が解決しようとする問題点]
そこで本発明者らは、炭化水素類等の有機溶媒を高濃度に含む培地においても生育可能な微生物、すなわち炭化水素類等の有機溶媒に対して耐性を有する微生物を有機化合物と接触させて有用物質を生産させる方法について検討を重ね、本発明を完成するに至った。」(第2頁左上欄第3行?右上欄第1行)

(2)対比・判断
本願補正発明の「親水性親株微生物」は、明細書の段落番号【0026】及び【0029】の記載からみて、難除去性の有機硫黄化合物を分解除去する親水性のバイオ脱硫菌であるシュードモナス・プチダNO.69を、明らかに含むものである。
引用文献3には、上記摘記事項(3-1)?(3-3)に示されるように、ジベンゾチオフェンなどの多環式化合物を含有する培地中で、当該多環式化合物を酸化分解消滅する能力を有するシュードモナス属に属する微生物が記載されている。そして、当該微生物は、上記摘記事項(3-2)に示される菌学的性質からみて、親水性であると認められる。
本願補正発明に含まれる「親水性親株微生物」が「難除去性の有機硫黄化合物を分解除去する」ものである態様に係る場合と引用文献3に記載の事項とを対比すると、後者のジベンゾチオフェンが、難除去性の有機硫黄化合物であることは、当業者の技術常識から明らかであり、また、本願明細書においても段落番号【0011】、【0012】、及び【0044】に示されるように難除去性有機化合物の代表例としてジベンゾチオフェンが挙げられているから、両者は難除去性の有機硫黄化合物を分解除去することができる親水性微生物に係るものである点で一致し、本願補正発明は、当該親水性微生物を親株として、これに変異処理を施し、有機溶媒を加えて選択培養することを特徴とする、該微生物が資化し得ない有機溶媒に対して耐性を有する微生物の取得方法であるのに対し、引用文献3にはこの点について記載されていない点で相違する。
そこで、上記相違点について検討する。
周知引例A及びBに示されるように、有機溶媒と接触させて用いる微生物において、炭化水素類は一般に微生物に対して強い毒性を示すため、炭化水素類等の有機溶媒を高濃度に含む培地においても生育可能な微生物、すなわち炭化水素類等の有機溶媒に対して耐性を有する微生物を得ようとすることは、本願出願前、当業者に周知の技術的課題であり、これらの毒性を示す有機溶媒の中には、当該微生物が資化し得ないものも当然含まれているといえる。
そして、引用文献1には、上記摘記事項(1-1)に示されるシュードモナス属の微生物に関し、(1-2)に示されるように、フェノール、即ち、微生物に対して毒性を示す有機溶媒に対して耐性の高い微生物を得るという課題を解決するため、(1-3)及び(1-4)に示されるように、親株微生物に対して変異処理を施し、有機溶媒を加えて選択培養することにより、有機溶媒に対して耐性の高い微生物を取得する方法が記載されているから、引用文献3に記載されているような親水性親株微生物に対しても、同様の課題を解決するため、引用文献1に記載の上記方法を採用して、本願補正発明とすることは当業者が容易に想到し得たことである。
そして、その効果も格別なものとは認められない。
したがって、本願補正発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

3-2 新規性について
(1)引用例
平成19年7月3日付の審尋において示した、特開平3-266976号(以下、「引用文献7」という。)には、以下の事項が記載されている。
(7-1)「[従来の技術、発明が解決しようとする課題]微生物を用いて有用物質の生産等を行う場合、微生物は通常、水溶液中で培養される。この培養液に有機溶媒を添加すると、溶媒の持つ毒性により生育阻害あるいは死滅することがある。このような現象は溶媒の分配係数が小さい場合ほど顕著である。
しかし、微生物により非水溶性物質の生産乃至分解を行うにあたり、培養液に水に難溶性の化合物を均一に加えるために該化合物を有機溶媒に溶解した後に加えることや培養液中の化合物を有機溶媒を用いて抽出することなどは従来より知られている。これらの場合、使用する溶媒が微生物に与える毒性を回避するために、溶媒の量を制限したり、ヘキサン、オクタン等の低極性で必ずしも溶解力の充分でない溶媒を用いることが必要である。
微生物の中には、シュードモナス属の少数の細菌のようにトルエン、キシレン等の比較的毒性の高い溶媒に耐性を持っているものがあるが、これらの細菌は物質生産乃至分解に用いる微生物として必ずしも有用ではない。
そこで本発明者らは、物質生産および分解の手段として有用な微生物に、プロセス上好適な有機溶媒に対する耐性を付与する方法を確立すべく鋭意検討を重ねた結果、本発明に到達した。」(第2頁右上欄第19行?右下欄第4行)
(7-2)「具体的には、寒天培地に微生物を植菌し、有機溶媒S_(l+m)を表面に加えて培養するか、液体培地に有機溶媒を加えたものに変異処理した微生物を植菌して培養することにより生育する菌株を取得する。
なお、微生物を該有機溶媒S_(l+m)に接触させる際にあらかじめ変異処理しておくことが望ましい。
変異処理の方法は制限がなく、N-メチル-N-ニトロソ-N′-二トログアニジン(NTG)、エチルメタンスルホン酸(EMS)等の変異剤を用いる方法:紫外線、放射線等を変異原とする方法;トランスボゾン ムタゲネシス(transposon mutagenesis)、サイトーディレクテッド ムタゲネシス(site-directed mutagenesis)等の遺伝子工学的な変異処理方法などを適用できる。変異剤を使用して変異処理を行う場合、適当なバッファー中に変異剤を10?500μg/mlの濃度となるように加えたのち、この溶液に微生物を入れ、pH5?8、温度15?42℃の条件にて1分?10時間程度処理する。
また、有機溶媒S_(l+m)はP_(l+m)≧log P_(l-0.8)の条件を満たすことが必要である。つまり、S_(l)の分配係数に比較的接近している有機溶媒を選択する。
この条件を満足しないと、効率よく有機溶媒S_(l+1)に耐性を有する微生物を取得することができない。
上記のようにして溶媒耐性微生物を取得できるが、分配係数Plの有機溶媒S_(l)中で生育する微生物から分配係数P_(l+(m+k))(ただし、kは1以上の整数である。)の有機溶媒_(l+(m+k))中で生育する微生物を取得するには、上記操作を下記の如く所定回数だけ繰返すことが必要である。」(第5頁右下欄第6行?第3頁左上欄第17行)

(2)対比、判断
引用文献7には、上記摘記事項(7-1)に示されるように、物質生産および分解の手段として有用な微生物に、有機溶媒に対する耐性を付与する方法が記載されており、具体的には、上記摘記事項(7-2)に示されるように、寒天培地に微生物を植菌し、有機溶媒S_(l+m)を表面に加えて培養するか、液体培地に有機溶媒を加えたものに変異処理した微生物を植菌して培養することにより生育する菌株を取得することが記載されている。
そして、上記「変異処理」の対象とされた「微生物」とは、「親株微生物」を意味することは当業者の技術常識から明らかであり、また、(7-1)の「微生物を用いて有用物質の生産等を行う場合、微生物は通常、水溶液中で培養される。この培養液に有機溶媒を添加すると、溶媒の持つ毒性により生育阻害あるいは死滅することがある。このような現象は溶媒の分配係数が小さい場合ほど顕著である。」との記載からみて、当該親株微生物は親水性であると認められる。
さらに、引用文献7に記載された各種有機溶媒に対して耐性の微生物の中には、該有機溶媒を資化し得えないものも当然含まれるといえる。
してみれば、引用文献7には、「親水性親株微生物に変異処理を施し、有機溶媒を加えて選択培養することを特徴とする、該微生物が資化し得ない有機溶媒に対して耐性を有する微生物の取得方法。」が記載されているといえ、本願発明1と引用文献7に記載の発明に差異はない。
したがって、本願発明1は、引用文献7に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当する。

3-3 小括
以上のとおりであるから、本願発明1は、特許法第29条第1項第3号に該当し、また特許法第29条第2項の規定により、独立して特許を受けることができない。

4.むすび
以上のとおりであるから、本件補正は、平成6年改正前特許法第17条の2第2項で準用する同法第17条第2項の規定に違反し、また、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであり、特許法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本願発明について
1.本願発明
平成17年8月3日付の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、これを「本願発明」という。)は、当該補正前の平成17年4月8日付手続補正書により補正された本願明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された、以下のとおりのものであると認められる。

「親水性親株微生物に変異処理を施し、有機溶媒を加えて選択培養することを特徴とする、有機溶媒に対して耐性を有する微生物の取得方法。」

2.本件優先日前に頒布された刊行物に記載された事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用例、周知引例、及び、これらの記載事項は、前記「第2」に記載したとおりである。

3.新規性についての対比・判断
引用文献1には、摘記事項(1-1)に示されるように、高濃度フェノールに耐性であり、且つフェノールを含有する廃水中に生育し、これを資化または分解することを特徴とする細菌シュードモナス・プチーダWAS-2及びシュードモナス・プチーダWAS-2Dに関し、上記摘記事項(1-2)?(1-4)に示されるように、フェノールに対するシュードモナス・プチーダWAS-2の耐性能を改善する目的で、WAS-2株に紫外線を照射し、突然変異誘発により、2000mg/lの濃度のフェノールを含む無機塩培地中での生育が可能である突然変異株を単一コロニーとして分離し、この変異株をシュードモナス・プチーダWAS-2D(平成元年8月3日付寄託、微工研菌寄第10925号、FERMP-10925)と命名したことが記載されている。
本願発明と引用文献1に記載の発明とを対比すると、引用文献1に記載の、廃水中に生育する「シュードモナス・プチダWAS-2」は、本願発明1における「親水性親株微生物」に該当し、また、引用文献1に記載の、「シュードモナス・プチーダWAS-2D」
は、「有機溶媒に対して耐性を有する微生物」に該当するので、両者は、「親水性親株微生物に変異処理を施し、有機溶媒を加えて選択培養することを特徴とする、有機溶媒に対して耐性を有する微生物の取得方法。」である点で差異はない。
したがって、本願発明は、引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

4.進歩性についての対比・判断
本願発明の「親水性親株微生物」は、明細書の段落番号【0026】及び【0029】の記載からみて、難除去性の有機硫黄化合物を分解除去する親水性のバイオ脱硫菌であるシュードモナス・プチダNO.69を、明らかに含むものである。
引用文献3には、上記摘記事項(3-1)?(3-3)に示されるように、ジベンゾチオフェンなどの多環式化合物を含有する培地中で、当該多環式化合物を酸化分解消滅する能力を有するシュードモナス属に属する微生物が記載されている。そして、当該微生物は、上記摘記事項(3-2)に示される菌学的性質からみて、親水性であると認められる。
本願発明に含まれる「親水性親株微生物」が「難除去性の有機硫黄化合物を分解除去する」ものである態様に係る場合と引用文献3に記載の事項とを対比すると、後者のジベンゾチオフェンが、難除去性の有機硫黄化合物であることは、当業者の技術常識から明らかであり、また、本願明細書においても段落番号【0011】、【0012】、及び【0044】に示されるように難除去性有機化合物の代表例としてジベンゾチオフェンが挙げられているから、両者は難除去性の有機硫黄化合物を分解除去することができる親水性微生物に係るものである点で一致し、本願発明は、当該親水性微生物を親株として、これに変異処理を施し、有機溶媒を加えて選択培養することを特徴とする、有機溶媒に対して耐性を有する微生物の取得方法であるのに対し、引用文献3にはこの点について記載されていない点で相違する。
そこで、上記相違点について検討する。
周知引例A及びBに示されるように、有機溶媒と接触させて用いる微生物において、炭化水素類は一般に微生物に対して強い毒性を示すため、炭化水素類等の有機溶媒を高濃度に含む培地においても生育可能な微生物、すなわち炭化水素類等の有機溶媒に対して耐性を有する微生物を得ようとすることは、本願出願前、当業者に周知の技術的課題であった。
そして、引用文献1には、上記摘記事項(1-1)に示されるシュードモナス属の微生物に関し、(1-2)に示されるように、フェノール、即ち、微生物に対して毒性を示す有機溶媒に対して耐性の高い微生物を得るという課題を解決するため、(1-3)及び(1-4)に示されるように、親株微生物に対して変異処理を施し、有機溶媒を加えて選択培養することにより、有機溶媒に対して耐性の高い微生物を取得する方法が記載されているから、引用文献3に記載されているような親水性親株微生物に対しても、同様の課題を解決するため、引用文献1に記載の上記方法を採用して、本願発明とすることは当業者が容易に想到し得たことである。
そして、その効果も格別なものとは認められない。
したがって、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、本願発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができず、また、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本特許出願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-08-11 
結審通知日 2008-08-12 
審決日 2008-08-27 
出願番号 特願平6-264544
審決分類 P 1 8・ 575- Z (C12N)
P 1 8・ 113- Z (C12N)
P 1 8・ 561- Z (C12N)
P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 左海 匡子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 種村 慈樹
松波 由美子
発明の名称 有機溶媒耐性微生物の取得方法及び該方法により取得した有機溶媒耐性微生物  
代理人 坪倉 道明  
代理人 金山 賢教  
代理人 大崎 勝真  
代理人 小野 誠  
代理人 大崎 勝真  
代理人 川口 義雄  
代理人 坪倉 道明  
代理人 川口 義雄  
代理人 金山 賢教  
代理人 小野 誠  

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