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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  C22C
管理番号 1187798
審判番号 無効2007-800082  
総通号数 109 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-01-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-04-19 
確定日 2008-10-29 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3771512号発明「温度ヒューズ用可溶性合金および温度ヒューズ用線材および温度ヒューズ」の特許無効審判事件についてされた、「特許第3771512号の請求項1、3及び4に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」とした平成19年11月27日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において、平成20年4月11日に「特許庁が無効2007-800082号事件について平成19年11月27日にした審決を取り消す。訴訟費用は原告らの負担とする。」との決定(平成19年(行ケ)第10427号)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第3771512号の請求項1、3及び4に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3771512号に係る出願(特願2002-101448号)は、平成14年4月3日に出願され、その特許権の設定登録は平成18年2月17日にされ、その後、請求人三宅正博から無効審判が請求されたものである。以下に、請求以後の経緯を整理して示す。

平成19年 4月19日付け 審判請求書の提出
平成19年 5月23日付け 上申書の提出(請求人より)
平成19年 7月13日付け 審判事件答弁書の提出
平成19年 9月29日付け 口頭審理陳述要領書の提出(請求人より)
平成19年10月23日付け 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人より)
平成19年10月23日付け 口頭審理陳述要領書(2)の提出(請求人より)
平成19年10月23日 口頭審理の実施
平成19年10月31日付け 上申書の提出(請求人より)
平成19年10月31日付け 証拠説明書の提出(請求人より)
平成19年10月31日付け 証拠物件提出書の提出(請求人より)
平成19年10月31日付け 上申書の提出(被請求人より)
平成19年11月 7日付け 上申書の提出(請求人より)
平成19年11月 7日付け 上申書(2)の提出(被請求人より)
平成20年 4月11日 決定(平成19年(行ケ)第10427号)
(平成18年3月17日付け審判請求書)
特許法134条の3第5項の規定によりみなされる訂正の請求
平成20年 6月 3日付け 審判事件弁駁書の提出
平成20年 6月10日付け 審尋の送付
平成20年 6月19日付け 審判事件回答書の提出(請求人より)
平成20年 7月 3日付け 回答書の提出(被請求人より)

2.請求の趣旨と、請求人の主張する無効理由
請求人は、審判請求書によれば、「本件特許の、特許請求の範囲請求項1、3及び4に係る発明の特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めている。
そして、主張する無効理由は、下記のとおりであり、特許法134条の3第5項の規定によりみなされる訂正の請求が認められているとしても、同無効理由を主張していると認める。

A;本件特許の、特許請求の範囲請求項1に係る発明、及び、請求項3又は4に係る発明(請求項1に係る発明を引用している部分に限る。)は、特許出願前に当業者が甲第1?3号証又は甲第4号証の1に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるから、これら発明の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、これら発明の請求項に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。(以下、「無効理由A」という)

甲第1号証;特開2001-266723号公報
甲第2号証;特許第2819408号公報
甲第3号証;特開2000-90792号公報
甲第4号証の1;欧州特許出願公開第845324号明細書
甲第4号証の2;甲第4号証の1の抄訳
甲第4号証の3;甲第4号証の1の抄訳

B;本件特許の、特許請求の範囲請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、また、上記発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないのであるから、請求項1を引用して記載している部分の、請求項3又は4に係る発明も、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合せず同第6項が規定する要件を満たさない特許出願についてなされたものである。
したがって、これら発明の請求項に係る特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。(以下、「無効理由B」という)
そして、具体的には、以下の点を理由として主張しているものと認める。
請求項1に係る発明は、「50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる」と記載した合金組成を、所謂、発明特定事項とするものであるが、本件の発明の詳細な説明には、該発明の、所謂、実施例として、合金組成が「56.5質量%のビスマスと1質量%のインジウムと1質量%の銅とを含み、残部41.5質量%がスズからなる」実施例2-1しか記載がないから、上記発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない点。

なお、請求人は、以下の甲第5及び7号証を提出している。また、更に、平成19年10月31日付け証拠説明書と共に、甲第6号証の1?2も提出しており、該証拠説明書によれば、甲第6号証の1?2は、以下のものとしている。

甲第5号証;特許第3771512号公報(審決注;本件特許に係る特許公報)
甲第6号証の1;56.5重量%Bi-1重量%In-37.5重量%Sn-5重量%Cuの組成の材料をるつぼに入れ加熱して完全に溶融した後、攪拌し、この溶融合金を棒状型に流し込んで冷却し、これを型から外す際に途中で2つに割れて取り出された一方の破断片と、その破断片の角をニッパで切ろうとしたときに破断片が破断して生じたかけら。
甲第6号証の2;56.5重量%Bi-1重量%In-残部Snの組成の材料をるつぼに入れ加熱して完全に溶融した後、攪拌し、この溶融合金を棒状型に流し込んで冷却して成形して得た合金棒をニッパで切ろうとした際に、ニッパによる塑性変形の切り込み跡が付いた合金棒。
甲第7号証;安全電具株式会社カタログRoHS対応型セメント抵抗器

3.答弁の趣旨と、被請求人の主張
被請求人は、「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めている。
そして、請求人の主張する無効理由に理由はない、と主張すると共に、乙第1?5号証を提出している。

乙第1号証;欧州特許出願公開第845324号明細書(甲第4号証の1)の抄訳
乙第2号証;2007年10月15日付けの、安全電具株式会社 技術部 加藤伸一作成の評価報告書
乙第3号証;2007年10月29日付けの、安全電具株式会社 技術部 加藤伸一作成の評価報告書
乙第4号証;平成19年(行ケ)第10427号事件における、原告提出の平成20年3月18日付け上申書
乙第5号証;平成19年(行ケ)第10427号事件における、被告提出の平成20年4月7日付け意見書(副本)

4.当審の判断

4-1.特許法134条の3第5項の規定によりみなされる訂正の請求について

4-1-1.本件訂正の内容
本件訂正は、平成18年3月17日付け審判請求書及びこれに添付した明細書の記載から見て、明細書の段落【0018】の記載につき、「(3)好ましくは、BiおよびCuの含有割合を変えずに、Inの含有割合を0.5質量%以上10質量%以下とする方がよい。すなわち、50質量%以上60質量%以下のBiと0.5質量%以上10質量%以下のInと0.1質量%以上5質量%以下のCuとを含み、残部がSnと不可避不純物とからなるように各構成元素の含有割合を調整するのが好ましい。このように各構成元素の含有割合を調整すると、125℃から140℃程度の温度域、すなわち高温域において迅速に溶融する可溶性合金を容易に得ることができる。」とあるのを、「(3)好ましくは、BiおよびCuの含有割合を変えずに、Inの含有割合を0.5質量%以上10質量%以下とする方がよい。すなわち、50質量%以上60質量%以下のBiと0.5質量%以上10質量%以下のInと0.1質量%以上5質量%以下のCuとを含み、残部がSnと不可避不純物とからなるように各構成元素の含有割合を調整するのが好ましい。このように各構成元素の含有割合を調整すると、125℃から140℃の温度域、すなわち高温域において迅速に溶融する可溶性合金を容易に得ることができる。」と訂正するものと認める。

4-1-2.本件訂正の適否

1)甲第5号証によれば、本件訂正前の、願書に添付した明細書又は図面(以下、「本件訂正前明細書等」という。)の段落【0018】は、同じく段落【0012】に「(2)次に、本発明の可溶性合金の組成範囲を、上記範囲に決定した理由について説明する。」と記載されていることなどから、特許請求の範囲請求項1に係る発明の組成範囲を決定した理由について記載するものであることは、明らかで、本件訂正は、その理由につき、125℃から140℃程度の高温域において迅速に溶融する可溶性合金を容易に得ることができるとの理由を、125℃から140℃の高温域において迅速に溶融する可溶性合金を容易に得ることができるとの理由に訂正するものといえる。

2)そこで、検討すると、本件訂正前明細書等においては、段落【0018】に記載の高温域について、その上限値が「140℃程度」とされているために曖昧で、その限りにおいて、記載が不明りようであったものを、本件訂正は、この上限値を「140℃」と曖昧さを排除するもので、明りようでない記載の釈明を目的とする明細書の訂正ということができる。
また、本件訂正前明細書等には、「本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、Biを50質量%以上60質量%以下、Inを0.5質量%以上10質量%以下、Cuを0.1質量%以上5質量%以下含んでいる。また残部は実質的にSnからなる。このような組成範囲を有する本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、従来の鉛を含有する可溶性合金と同様に、125℃から140℃に亘る温度域における所望の温度で迅速に溶融することができる。」(段落【0008】)との記載が認められ、本件訂正は、この記載を根拠にするもので、本件訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものということができる。
更に、本件訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるとする理由は見当たらない。

4-1-3.まとめ
本件訂正は、特許法第134条の2第1項の規定に適合し、同条第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項に規定する要件に適合する。
よって、本件訂正は、認められるものである。

4-2.本件特許の訂正発明
本件訂正は、先に「4-1」で述べたように、認められるもので、本件訂正後の、本件願書に添付した明細書又は図面(以下、「本件明細書等」という。)の特許請求の範囲の記載は、下記のとおりのものと認める。

【請求項1】
50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金。
【請求項2】
50質量%以上60質量%以下のビスマスと30質量%以上33.9質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の温度ヒューズ用可溶性合金により形成された温度ヒューズ用線材。
【請求項4】
請求項3に記載の温度ヒューズ用線材により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズ。

そして、「本件特許の請求項1に係る発明」(以下、「本件特許発明1」という。)、「本件特許の請求項3に係る発明(請求項1に係る発明を引用している部分に限る。)」(以下、「本件特許発明3」という。)又は、「本件特許の請求項4に係る発明(請求項1に係る発明を引用している部分に限る。)」(以下、「本件特許発明4」という。)は、下記のとおりのものと認める。

本件特許発明1;
50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金。
本件特許発明3;
本件特許発明1により形成された温度ヒューズ用線材。
本件特許発明4;
本件特許発明3により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズ。

4-3.本件特許発明の技術的意義
まず、本件特許発明1、3又は4の技術的意義について、以下に、見ていくことにする。

1)本件明細書等の発明の詳細な説明(以下、「本件詳細な説明」という。)には、以下の記載ア?キが認められる。

ア;「【0002】
【従来の技術】
テレビやビデオあるいはトランスや二次電池といった電気機器は、例えば電気回路の短絡などにより内部温度が上昇すると、過熱により破損してしまうおそれがある。過熱による破損を抑制するため、電気機器には温度ヒューズが組み込まれる場合がある。温度ヒューズは、可溶性合金からなる温度ヒューズ素子を備えている。電気機器の周囲温度が温度ヒューズの動作温度に到達すると、可溶性合金が溶融し、温度ヒューズ素子が溶断する。温度ヒューズは、この溶断により導通を遮断し電気機器の温度上昇を抑制する。
【0003】
このように、可溶性合金の溶融温度は、温度ヒューズの動作温度を左右する重要な因子である。ここで温度ヒューズの動作温度は、ほぼ60℃から140℃に亘る温度域に含まれるいずれかの温度に設定される場合が多い。このため可溶性合金は、この温度域に含まれるいずれかの所望温度において、迅速に溶融することが要求される。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら従来においては、上記要求を満たす可溶性合金は、いずれも鉛を含有するものであった。近年、廃棄された電気機器の温度ヒューズから自然環境中に鉛が溶出することが問題となっている。このため、鉛の代替材料の検討が業界において重要な課題の一つとなっている。
【0005】
本発明の温度ヒューズ用可溶性合金および温度ヒューズ用線材および温度ヒューズは、上記知見に基づいてなされたものである。したがって、本発明は、鉛を含有せず、かつ60℃から140℃に亘る温度域に含まれるいずれかの所望温度において、迅速に溶融する温度ヒューズ用可溶性合金(以下、適宜「可溶性合金」と略称する。)、およびこの可溶性合金からなる温度ヒューズ用線材(以下、適宜「線材」と略称する。)、およびこの線材からなる温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズを提供することを目的とする。」(段落【0002】?【0005】)

イ;「【0007】
本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、実質的にビスマス(Bi)とインジウム(In)と銅(Cu)とスズ(Sn)とから形成されている。すなわち本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は鉛を含有しない。したがって、この可溶性合金を用いた温度ヒューズが廃棄されても、自然環境に与える影響は極めて小さい。
【0008】
また、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、Biを50質量%以上60質量%以下、Inを0.5質量%以上10質量%以下、Cuを0.1質量%以上5質量%以下含んでいる。また残部は実質的にSnからなる。このような組成範囲を有する本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、従来の鉛を含有する可溶性合金と同様に、125℃から140℃に亘る温度域における所望の温度で迅速に溶融することができる。・・・(審決注;「・・・」は記載の省略を示す。以下、同様。)」(段落【0007】?【0008】)

ウ;「【0011】
(1)まず、可溶性合金をBiとInとCuとSnとから構成した理由について説明する。Biを構成元素としたのは以下の理由による。すなわち、Biは、他の金属と比較して、可溶性合金の溶融温度を低下させる効果が著しく大きい。このため、Biを構成元素とする可溶性合金は、60℃から140℃という比較的低い温度域において、所望の溶融温度を容易に確保することができる。またBiは硬度が高い。このため、Biの含有割合を大きくすることによって、可溶性合金の硬度を上げることができる。また、Inを構成元素としたのは以下の理由による。すなわち、InもBi同様に、可溶性合金の溶融温度を低下させる効果が大きい。このため、Inを構成元素とする可溶性合金は、60℃から140℃に亘る温度域において、所望の溶融温度を容易に確保することができる。またInは、Biとは対称的に硬度が低い。このため、Inの含有割合を大きくすることによって、可溶性合金の硬度を下げることができる。また、Cuを構成元素としたのは以下の理由による。すなわち、Cuも、In同様に硬度が低い。このため、Cuの含有割合を大きくすることによって、可溶性合金の硬度を下げることができる。またCuは電気抵抗が小さい。このため、Cuの含有割合を大きくすることによって、可溶性合金の電気抵抗を小さくすることができる。そして、導通時に温度ヒューズに発生するジュール熱を小さくし、温度ヒューズの精度を上げることができる。また、Snを構成元素とした理由は、Snを含有させると可溶性合金の濡れ性が向上し、温度ヒューズ素子をリード線に接合する際の接合性が向上するからである。」(段落【0011】)

エ;「【0014】
Biの含有割合を50質量%以上としたのは、50質量%未満だと可溶性合金の溶融温度が140℃を超えるおそれがあるからである。また50質量%未満だと硬度が高いというBiの性質が可溶性合金全体に充分に発現せず、可溶性合金が軟化するからである。そして、例えば可溶性合金を線材に加工する際に、形状保持が困難になるからである。一方、Biの含有割合を60質量%以下としたのは、60質量%を超えると可溶性合金の溶融温度が60℃未満となるおそれがあるからである。また60質量%を超えると、脆いというBiの性質が可溶性合金に過度に発現し、可溶性合金が脆化するからである。
【0015】
また、Inの含有割合を0.1質量%以上としたのは、0.1質量%未満だと可溶性合金の溶融温度が140℃を超えるおそれがあるからである。また0.1質量%未満だと硬度が低く柔らかいというInの性質が可溶性合金全体に充分に発現せず、可溶性合金が脆化するからである。そして例えば、可溶性合金を線材加工する際、断線しやすくなるからである。一方、Inの含有割合を45質量%以下としたのは、45質量%を超えると可溶性合金の溶融温度が60℃未満となるおそれがあるからである。また45質量%を超えると柔らかいというInの性質が可溶性合金に過度に発現し、可溶性合金が軟化するからである。」(段落【0014】?【0015】)

オ;「【0016】
また、Cuの含有割合を0.1質量%以上としたのは、0.1質量%未満だと電気抵抗が小さいというCuの性質が可溶性合金に充分発現せず、可溶性合金の電気抵抗が大きくなるからである。また0.1質量%未満だと硬度が低く柔らかいというCuの性質が可溶性合金全体に充分に発現せず、可溶性合金が脆化するからである。一方、Cuの含有割合を5質量%以下としたのは、5質量%を超えると柔らかいというCuの性質が可溶性合金に過度に発現し、可溶性合金が軟化するからである。」(段落【0016】)

カ;「【0018】
(3)好ましくは、BiおよびCuの含有割合を変えずに、Inの含有割合を0.5質量%以上10質量%以下とする方がよい。すなわち、50質量%以上60質量%以下のBiと0.5質量%以上10質量%以下のInと0.1質量%以上5質量%以下のCuとを含み、残部がSnと不可避不純物とからなるように各構成元素の含有割合を調整するのが好ましい。このように各構成元素の含有割合を調整すると、125℃から140℃の温度域、すなわち高温域において迅速に溶融する可溶性合金を容易に得ることができる。」(段落【0018】)

キ;「【0020】
近年、特に、125℃から140℃の高温域および60℃から70℃の低温域に動作温度が設定されている温度ヒューズのニーズが増加している。・・・」(段落【0020】)

2)記載アには、可溶性合金からなる温度ヒューズ素子を備えている温度ヒューズにおいて、温度ヒューズの動作温度は、ほぼ60℃から140℃に亘る温度域に含まれるいずれかの温度に設定される場合が多く、このため上記可溶性合金は、この温度域の所望温度において迅速に溶融すること、しかも、自然環境中への溶出が問題となっている鉛を含有しないものであることが要求されていたとの認識の下、本件詳細な説明において開示しようとする発明は、鉛を含有せず、かつ60℃から140℃に亘る温度域の所望温度において、迅速に溶融する温度ヒューズ用可溶性合金、この可溶性合金からなる温度ヒューズ用線材、及びこの線材からなる温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズを提供することを主要な目的としていることが記載されている。そして、この温度ヒューズ用可溶性合金が溶融する温度である60℃から140℃の温度域については、特に、125℃から140℃の高温域に温度ヒューズの動作温度が設定されるとのニーズが増加している旨が記載されている記載キを併せ見ると、上記溶融する温度である60℃から140℃の温度域のうち、125℃から140℃の高温域で溶融する温度ヒューズ用可溶性合金を得ることが要望されていたことが記載されているということができる。
そして、記載イによれば、上記開示しようとする発明の1つとして、50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部が実質的にスズ、即ち、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金の発明、即ち、本件特許発明1が記載され、該発明は、上述した、鉛を含有しないとの目的を達成し、併せて、125℃から140℃の高温域で溶融する温度ヒューズ用可溶性合金を得るという要望に応えているものであることが窺える。

3)そこで、本件特許発明1が、この125℃から140℃の高温域で溶融する温度ヒューズ用可溶性合金を得るという要望に応えていることについて、詳しく見ていくことにする。
記載ウ及びエには、本件特許発明1において、50質量%以上60質量%以下のビスマスを含むとした技術的意義が記載され、これらの記載によれば、ビスマスは、合金の溶融温度を低下させる効果が著しく大きいため、60℃から140℃という比較的低い温度域においての所望の溶融温度を容易に確保し易く、その含有割合を50質量%以上としたのは、50質量%未満だと可溶性合金の溶融温度が140℃を超えるおそれがあり、また含有割合を60質量%以下としたのは、60質量%を超えると可溶性合金の溶融温度が60℃未満となるおそれがあることが窺え、上記技術的意義は、125℃から140℃の温度域ではなく、60℃から140℃の温度域における所望の溶融温度を容易に確保し易くすることにあることが分かる。
更に、同じく、記載ウ及びエには、上述したビスマスを含むとした技術的意義と並んで、0.1質量%以上45質量%以下のインジウムを含むとした技術的意義が記載され、これらの記載によれば、インジウムは、合金の溶融温度を低下させる効果が大きいため、60℃から140℃という比較的低い温度域においての所望の溶融温度を容易に確保し易く、その含有割合を0.1質量%以上としたのは、0.1質量%未満だと可溶性合金の溶融温度が140℃を超えるおそれがあり、また含有割合を45質量%以下としたのは、45質量%を超えると可溶性合金の溶融温度が60℃未満となるおそれがあることが窺え、このようなものとして、上記技術的意義、即ち、0.1質量%以上45質量%以下のインジウムを含むとした技術的意義が記載されていることが認められる。
また、合金において、その合金組成、即ち、合金を構成する金属成分やその量が、合金の溶融する温度に影響を与えることは技術常識で、上述したビスマスやインジウム以外の、本件特許発明1の合金成分である銅やスズも上記影響を与えるものと認められる。
そして、以上、認定してきたことを踏まえ、「125℃から140℃の温度域、すなわち高温域において迅速に溶融する可溶性合金を容易に得ることができる。(審決注;下線は、当審において付与した。以下、同様。)」との記載部分のある記載カを見れば、合金組成として、本件特許発明1のように、50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物を有するものとすれば、125℃から140℃の高温域で溶融する合金が得やすいことが窺え、その結果として、この合金組成の合金を温度ヒューズ用とした本件特許発明1は、上記要望に応えているということができる。
以上のことを言い換えれば、本件特許発明1であれば、必ず、125℃から140℃の高温域で溶融する温度ヒューズ用可溶性合金を得るという要望に応えている、というものではないということである。

4)これに対し、被請求人は、本件特許発明1の温度ヒューズ用可溶性合金は、125℃から140℃の高温域で溶融するものであると主張するが、該主張は、先に「3)」で述べたことからも、採用できないものであるが、更に、補足する。
本件特許発明1の合金組成は、50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物を有するものであるが、本件明細書等を詳細に検討しても、この合金組成を満たすものの全てが、125℃から140℃の高温域で溶融するとの理由は見当たらないし、仮に、上記合金組成を満たすものの全てが、125℃から140℃の高温域で溶融することが、本件特許に係る出願後に、確認されたとしても、先に「3)」で述べたように、本件詳細な説明には、そのようなことは記載されていないのであって、事後的に確認されたに過ぎないものである。また、更に、本件特許発明1は、先に、「4-2」で認定したとおりのもので、その溶融温度を発明特定事項としている訳でもないから、被請求人の上記主張は採用することはできない。

5)次に、本件特許発明1において、0.1質量%以上5質量%以下の銅を含ませたことの技術的意義について見ていくことにする。
記載ウ及びオには、上記技術的意義が記載され、これらの記載によれば、まず、銅を含ませる目的は、可溶性合金の硬度を下げ、その電気抵抗を小さくすることにあり、その含有量を0.1質量%以上とするのは、これらの目的が十分に発揮されることにあり、また、5質量%以下とするのは、硬度が下がり過ぎるのを防ぐという、合金特性に関しての技術的意義が窺える。そして、この技術的意義は、結果として、温度ヒューズ用に供した際の技術的意義に通じているものということができる。
そこで、この技術的意義について詳しく見ていくと、この技術的意義について、本件詳細な説明には、例えば、所謂、実施例や比較例により具体的に裏付けられたものとしての記載がない。本件詳細な説明には、その段落【0036】?【0054】に、実施例として、実施例1-1及び1-2並びに実施例2-1及び2-2の記載があるものの、ここには、硬度や電気抵抗について触れた記載もないことから、これら実施例が、上記技術的意義を具体的に裏付けるものとなっていないことは明らかである。
また、合金特性は、被請求人の「合金の特性は、添加元素の種類や添加量により、著しく変わるものである。このため、実際に製造せずに、添加元素各々の特性から合金全体の特性を予測することは極めて困難である。」(平成19年7月13日付け審判事件答弁書4頁下から2行?5頁2行)との主張とも符合するものであるが、添加する金属の種類や添加量により著しく変わるものであり、実際に製造せずに合金特性を予測することはきわめて困難であり、そうであるから、やはり、合金特性に関しての技術的意義、更には、温度ヒューズ用に供した際の技術的意義については、それが確認され、そして、確認されたことが、本件詳細な説明の記載から把握されてしかるべきであるが、把握できるような実施例や比較例の記載は見当たらないのである。
してみると、本件特許発明1において、0.1質量%以上5質量%以下の銅を含ませたことの技術的意義は、格別なものということができない。

6)以上述べたように、本件特許発明1であれば、必ず、125℃から140℃の高温域で溶融する温度ヒューズ用可溶性合金を得るという要望に応えられるというものではなく、また、本件特許発明1において、0.1質量%以上5質量%以下の銅を含ませたことの技術的意義は、格別なものということができないのであって、これらのことを勘案すると、本件特許発明1の技術的意義に、予想を超えた格別なものがあるということはできない。
また、本件特許発明1により形成された温度ヒューズ用線材である本件特許発明3や、本件特許発明3により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズである本件特許発明4についても、同様である。

4-4.無効理由Aについて

4-4-1.各甲号証の記載

1)甲第1号証(特開2001-266723号公報)には、以下の記載1a?1fが認められる。

1a;「【特許請求の範囲】
【請求項1】低融点可溶合金をヒュ-ズエレメントとする温度ヒュ-ズにおいて、低融点可溶合金の合金組成が、Sn33?43重量%、In0.5?10重量%、残部Biであることを特徴とする合金型温度ヒュ-ズ。
【請求項2】低融点可溶合金をヒュ-ズエレメントとする温度ヒュ-ズにおいて、低融点可溶合金の合金組成が、Sn33?43重量%、In0.5?10重量%、残部Biの100重量部にAgが0.5?3.5重量部添加された組成であることを特徴とする合金型温度ヒュ-ズ。」

1b;「【産業上の利用分野】
【0001】本発明は、作動温度が125℃?135℃の合金型温度ヒュ-ズに関するものである。」

1c;「【従来の技術】
【0002】合金型温度ヒュ-ズにおいては、フラックスを塗布した低融点可溶合金片をヒュ-ズエレメントとしており、保護すべき電気機器に取り付けて使用される。
【0003】・・・
【0004】上記低融点可溶合金に要求される要件の一つは、固相線と液相線との間の固液共存域が狭いことである。すなわち、通常、合金においては、固相線と液相線との間に固液共存域が存在し、この領域においては、液相中に固相粒体が分散した状態にあり、液相様の性質も備えているために、上記の球状化分断が発生する可能性があり、従って、液相線温度(この温度をTとする)以前に固液共存域に属する温度範囲(ΔTとする)で、低融点可溶合金片が球状化分断される可能性がある。而して、かかる低融点可溶合金片を用いた温度ヒュ-ズにおいては、ヒュ-ズエレメント温度が(T-ΔT)?Tとなる温度範囲で動作するものとして取り扱わなければならず、従って、ΔTが小であるほど、すなわち、固液共存域が狭いほど、温度ヒュ-ズの作動温度範囲のバラツキを小として、温度ヒュ-ズを所定の設定温度で作動させることができる。従って、温度ヒュ-ズのヒュ-ズエレメントとして使用される合金には、まず固液共存域が狭いことが要求される。」

1d;「【0007】従来、上記の有害金属や反応性金属を含有しない合金型温度ヒュ-ズのヒュ-ズエレメントとして、Sn-In-Biの三元合金が知られているが、動作温度が違うばかりでなく、延性が合金強度に比べて大きいため、従来の合金型温度ヒュ-ズで用いているヒュ-ズエレメント径500μmφ以上の加工は可能であっても、前記300μmφといった細線化は難しい。
【0008】かかる現況下、本発明者において、Bi-Sn-Inの三元合金をヒュ-ズエレメント組成とし、作動温度が125℃?135℃の範囲で、ヒュ-ズエレメント径をほぼ300μmφ程度に極細化し得、自己発熱をよく抑えて正確に作動させ得る合金型温度ヒュ-ズを開発すべく鋭意検討したところ、Sn33?43重量%、In0.5?10重量%、残部Biの合金組成によって、その目的を達成できることを知った。
【0009】本発明の目的は、かかる成果を基礎として、作動温度が125℃?135℃の範囲で、環境保全の要請を充足し、ヒュ-ズエレメント径をほぼ300μmφ程度に極細化し得、自己発熱をよく抑えて正確に作動させ得る合金型温度ヒュ-ズを提供することにある。」

1e;「【0010】
【課題を解決するための手段】本発明の請求項1に係る合金型温度ヒュ-ズは、低融点可溶合金をヒュ-ズエレメントとする温度ヒュ-ズにおいて、低融点可溶合金の合金組成が、Sn33?43重量%、In0.5?10重量%、残部Biであることを特徴とする構成である。本発明の請求項2に係る合金型温度ヒュ-ズは、低融点可溶合金をヒュ-ズエレメントとする温度ヒュ-ズにおいて、低融点可溶合金の合金組成が、Sn33?43重量%、In0.5?10重量%、残部Biの100重量部にAgが0.5?3.5重量部添加された組成であることを特徴とする構成であり、Agの添加により、比抵抗を低減できると共に動作温度を殆ど変えずに固液共存領域の巾を狭めて作動温度のバラツキをより一層に抑制できる。」

1f;「【0012】このヒュ-ズエレメントの合金は、Sn33?43重量%、In0.5?10重量%、残部Bi、好ましくはSn38?42重量%、In2?7重量%、残部Biであり、基準組成は、Bi54.8重量%,Sn41.3重量%,In3.9重量%であり,その液相線温度は131℃,固液共存域巾は4℃である。」

2)甲第2号証(特許2819408号公報)には、以下の記載2a?2bが認められる。

2a;「【特許請求の範囲】
【請求項1】(I).Sn:61?65重量%、Pb:35?39重量%、
(II).Sn:16?20重量%、Pb:30?34重量%、Bi:48?52重量%、
(III).Sn:46?50重量%、Pb:13?19重量%、In:33?39重量%、
(IV).Sn:48?52重量%、Pb:30?34重量%、Cd:16?20重量%、
(V).Sn:44?48重量%、In:48?52重量%、Bi:2?6重量%、
(VI).Sn:44?48重量%、Pb:28?32重量%、Cd:14?18重量%、In:5?9重量%、
(VII).Sn:11?15重量%、Pb:25?29重量%、Bi:48?52重量%、Cd:8?12重量%、
の何れかの低融点合金に、Cu、Sb、Bi、Cd、InまたはAgの何れか1種または2種以上であって、かつ当該合金の成分以外の金属を1重量%以下添加してなる合金をヒューズエレメントとすることを特徴とする合金型温度ヒューズ。」

2b;「本発明において、Cu、Sb、Bi、Cd、In、Ag等を添加する理由は、各合金において、固相線温度と液相線温度とに差を生じさせるか、または差を拡大することにある。各合金系の添加金属をCu、Sb、Bi、Cd、In、Agで、かつ添加量を1重量%以下に限定した理由は、各合金系の液相線温度を充分に保持して、各合金系ヒューズエレメントの作動温度を維持するためである。」(2頁4欄12?18行)

3)甲第3号証(特開2000-90792号公報)には、以下の記載3a?3bが認められる。

3a;「【特許請求の範囲】
【請求項1】ヒュ-ズエレメントの合金組成をIn30?75重量%、Sn5?50重量%、Cd0.5?25重量%としたことを特徴とする合金型温度ヒュ-ズ。
【請求項2】・・・
【請求項3】合金組成にAu、Ag、Cu、Alのうちの1種または2種以上を合計0.1?5重量%添加した請求項1または2記載の合金型温度ヒュ-ズ。」

3b;「【0011】この比抵抗をさらに低くするために、合金組成にAu、Ag、Cu、Alのうちの1種または2種以上を合計0.1?5重量%添加することができる。」

4)甲第4号証の1(欧州特許845324号明細書)には、以下の記載4aが認められる。なお、訳文は、乙第1号証によった。

4a;「本発明は、Sn、Bi及びInを含むはんだ組成物に関する。より詳しくは、本発明は、(1)37?53%Sn、37?57%Bi、6?10%In(質量%)であって、融点が99?124℃であるはんだ組成物と、(2)48?58%Sn、40?50%Bi、2?5%In(質量%)であって、融点が125?157℃であるはんだ組成物と、に関する。少量(0.1?3質量%)のCu、Ag、Te、Se、Cs、Au及び/またはNi、並びにこれらの組合せを、はんだの機械的、その他の特性の向上のために添加してもよい。」(3頁14?19行)

4-4-2.甲第1号証記載の発明

1)甲第1号証には、記載1aによれば、低融点可溶合金をヒュ-ズエレメントとする温度ヒュ-ズにおいて、該低融点可溶合金の合金組成がSn33?43重量%、In0.5?10重量%、残部Biである合金型温度ヒュ-ズが記載され、この合金組成として、記載1fによれば、Bi54.8重量%、Sn41.3重量%及びIn3.9重量%のものが基準となるものと記載されていると認められる。そして、ここにおける重量%は、質量%といえるものであり、また、上記残部Biを質量%で表現すれば、47?66.5質量%ということができるものであり、更に、これら合金組成に、ごく微量の不可避不純物が含まれているのは、普通のことである。
また、甲第1号証には、記載1dによれば、上記低融点可溶合金は細線化されたヒュ-ズエレメントとして合金型温度ヒュ-ズに供されることが記載されていると認められる。
以上のことから、甲第1号証には、下記の引用合金発明、引用線材発明及び引用ヒューズ発明が記載されているものということができる。
そして、これらの発明は、記載1dによれば、作動温度が125℃?135℃の範囲で、環境保全の要請を充足し、ヒュ-ズエレメント径をほぼ300μmφ程度に極細化し得、自己発熱をよく抑えて正確に作動させ得る合金型温度ヒュ-ズを提供することを主な目的としているものと認められる。

引用合金発明;3.9質量%のインジウム、41.3質量%のスズ、そして、残部としての54.8質量%のビスマスと不可避不純物とからなるものを基準例とする、0.5?10質量%のインジウム、33?43質量%スズ、そして、残部としての47?66.5質量%のビスマスと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用低融点可溶合金。
引用線材発明;引用合金発明により形成された温度ヒューズ用線材。
引用ヒューズ発明;引用線材発明により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズ。

2)これに対し、被請求人は、要するに、引用合金発明を、より具体化した例が1例しか、甲第1号証に記載がないこと、及び引用合金発明を構成するビスマス、インジウム及びスズについて、その含有量である、ビスマスについては47?66.5質量%、インジウムについては0.5?10質量%、また、スズについて33?43質量%という数値範囲の臨界的意義が、甲第1号証の記載からでは不明であることから、甲第1号証には、実質的に、引用合金発明は記載されていないと主張するので検討する。

2-1)甲第1号証には、先に「4-4-1」の「1)」で摘示した記載1dに加え、以下の記載1gが認められる。

1g;「【0023】
【実施例】〔実施例1〕Bi54.8重量%,Sn41.3重量%,In3.9重量%の合金組成の母材を線引きして直径300μmφの線に加工した。1ダイスについての引落率を6.5%とし、線引き速度を45m/minとしたが、断線は皆無であった。この線の抵抗率を測定したところ、50μΩ・cmであった。この線を長さ4mmに切断してヒュ-ズエレメントとし、テ-プタイプの温度ヒュ-ズを作成した。フラックスには、ロジン80重量部,ステアリン酸20重量部,ジエチルアミン臭化水素酸塩1重量部の組成物を使用し、プラスチックベ-スフィルム及びプラスチックカバ-フィルムには厚み200μmのホリエチレンテレフタレ-トフィルムを使用した。
【0024】この実施例品50箇を、0.1アンペアの電流を通電しつつ、昇温速度1℃/分のオイルバスに浸漬し、溶断による通電遮断時のオイル温度を測定したところ、131℃±1℃の範囲内であった。また、上記した合金組成の範囲内であれば、動作温度を130℃を中心として±5℃の範囲内に納めることができた。
【0025】なお、Inを11重量%以上にして直径300μmφの線引きを試みたが、合金の延性が大きく、至難であった。」

2-2)記載1dには、先に「1)」述べたことから明らかなように、引用合金発明は、作動温度が125℃?135℃の範囲で、環境保全の要請を充足し、ヒュ-ズエレメント径をほぼ300μmφ程度に極細化し得、自己発熱をよく抑えて正確に作動させ得る合金型温度ヒュ-ズを提供することを主な目的としていることが記載され、更に、引用合金発明がこの目的を達成したことが記載され、引用合金発明については、その技術的意義についての一応の記載も認められる。
そして、この技術的意義が、技術常識に反するとの事情も見当たらず、更に、記載1gには、引用合金発明の具体例が記載され、該具体例の母材を線引きして直径300μmφの線に加工し、最終的に、テ-プタイプの温度ヒュ-ズを作成したこと、そして、この温度ヒュ-ズ50箇を、0.1アンペアの電流を通電しつつ、昇温速度1℃/分のオイルバスに浸漬し、溶断による通電遮断時のオイル温度を測定したところ、131℃±1℃の範囲内であったことが記載され、上記目的が、大凡、達せられたことも窺える。
してみると、甲第1号証の記載からは引用合金発明が読み取れるのであって、ここに引用合金発明が記載されていないとまでは、いうことはできない。被請求人の主張する、甲第1号証には、具体化した例が1例しか記載されていないことや、甲第1号証の記載からでは臨界的意義が不明なことは、この判断を左右するものではない。

4-4-3.甲第2?4号証記載の発明
甲第2号証には、記載2aによれば、種々の合金組成からなるベースとなる低融点合金に、該低融点合金の金属成分とは異なる銅や他の金属を付加的に添加する合金技術が記載され、しかも、該合金技術は、温度ヒューズ用合金に係るもので、更に、記載2aにおける「(V).Sn:44?48重量%、In:48?52重量%、Bi:2?6重量%」の記載を併せ見れば、合金組成がビスマス2?6重量%、インジウム48?52重量%、スズ44?48重量%の合金に対して銅や他の金属を添加するものであることが窺える。そして、この銅や他の金属を添加する目的は、記載2bによれば、合金における固相線温度と液相線温度とに差を生じさせるか、又は差を拡大することにあることも窺える。
また、甲第3号証には、記載3aによれば、合金組成をインジウム30?75重量%、スズ5?50重量%、カドミウム0.5?25重量%、としたベースとなる合金に、銅や他の金属を付加的に添加する合金技術が記載され、しかも、該合金技術は、温度ヒューズ用合金に係るものであることが窺える。そして、この銅や他の金属を添加する目的は、記載3bによれば、温度ヒューズ用合金の比抵抗を更に低くすることにあることも窺える。
更に、甲第4号証の1には、記載4aによれば、合金組成をスズ37?53質量%、ビスマス37?57質量%、インジウム6?10質量%や、スズ48?58質量%、ビスマス40?50質量%、インジウム2?5質量%としたベースとなる合金に、銅や他の金属を付加的に添加する合金技術が記載され、該合金技術は、はんだ用合金に係るものであることが窺え、そして、この銅や他の金属を添加する目的は、はんだの機械的、その他の特性の改善にあることが窺える。

4-4-4.本件特許発明1についての判断

1)本件特許発明1は、具体的な数値範囲のものとしてのスズの含有割合を、発明特定事項としてはいないが、不可避不純物の含有割合は無視できる程度のものであるから、他の合金成分であるビスマス、インジウム及び銅の含有割合から上記スズの含有割合を試算すると、大凡、25から49.4質量%となることが分かる。
そして、本件特許発明1と引用合金発明とを対比すると、両者は、同程度の質量%の、ビスマス、インジウム及びスズ、即ち、本件特許発明1は、順に、「50質量%以上60質量%以下」、「0.5質量%以上10質量%以下」及び「25から49.4質量%」であり、引用合金発明は、同様に、「47?66.5質量%」、「0.5?10質量%」及び「33?43質量%」である、これら各金属からなる温度ヒューズ用可溶性合金で一致し、本件特許発明1は、0.1質量%以上5質量%以下の銅を含んでいる点において相違しているということができる。

2)そこで、引用合金発明から本件特許発明1が容易に発明できるかについて検討する。
甲第1号証には、記載1a及び1eが認められ、ここには、引用合金発明に対し、その合金成分として銀を添加することが記載され、また、先に「4-4-3」で認定した甲第2?4号証に記載の発明に見られるよう、ベースとなる合金に銅や他の金属を付加的に添加する技術がこの出願前に知られていることを勘案すれば、甲第1号証には、引用合金発明において、その合金成分として、ビスマス、インジウム及びスズに対し、更に、第4の金属を添加することが示唆されているということができる。
なお、ここで補足しておくと、甲第1号証には、上述したように、引用合金発明に対し、その合金成分として銀を添加することが記載され、具体的には、記載1a及び1eによれば、ビスマス、インジウム及びスズ、100重量部に対し、Agを0.5?3.5重量部という僅かな量を添加することが記載され、この添加する技術的意義について甲第1号証の記載を見ると、該技術的意義は、記載1eによれば、比抵抗を低減できると共に動作温度を殆ど変えずに固液共存領域の巾を狭めて作動温度のバラツキを、より一層、抑制することにあり、この技術的意義のために、Agを、それも、ビスマス、インジウム及びスズ、100重量部に対し0.5?3.5重量部という特定の割合で添加することが記載されているということができる。そして、この銀を添加することの技術的意義を見ると、例えば、銅がこの銀に代え得るかといえば、銅が該技術的意義を果たせるとの技術常識は見当たらず、代えることは容易に為し得ないということができるが、少なくとも、甲第1号証には、何らかの技術的意義を発揮させるために、引用合金発明に対し、上述したように、第4の金属を添加することが示唆されているということはできるのである。
そして、合金技術において、銅を付加的な合金成分とすることは、上述した甲第2?4号証に記載の発明からも、また、これら発明に依らずしても、この出願前の周知技術であると認められる。また、甲第2及び3号証には、甲号証それぞれの目的からではあるものの、引用合金発明と同じ技術分野である温度ヒューズ用合金に係わる技術において、銅を付加的に添加する合金技術が記載され、特に、甲第2号証には、引用合金発明の合金組成を構成する金属と基本的に同じ金属、即ち、ビスマス、インジウム及びスズからなる合金に銅を添加することが記載されている。
してみると、引用合金発明に対して、合金を構成する金属として、銅を付加的に添加し、合金に付加的な特性を持たせてみようと試みる程度のことは、普通に着想できるものということができる。なお、この点については、被請求人の「合金開発においては、新しい合金の構成要素となる金属の種類や、その添加量を、言わば天文学的な組み合わせ数の中から、総当たり的に実験している。」(平成20年7月3日付け回答書9頁13?15行)との主張とも符合するものである。

3)そして、その銅を付加的に添加する量も、引用合金発明の主要な目的、即ち、先に「4-4-2」で述べた、作動温度が125℃?135℃の範囲で、環境保全の要請を充足し、ヒュ-ズエレメント径をほぼ300μmφ程度に極細化し得、自己発熱をよく抑えて正確に作動させ得る合金型温度ヒュ-ズを提供するとの目的の達成を大きく損なわないとの観点から、引用合金発明の主要な合金組成、即ち、ビスマスを47質量%以上66.5質量%以下、インジウムを0.5質量%以上10質量%以下、そして、スズを33から43質量%の合金組成を大幅に変えない程度の少量とすること、更に、甲第1号証には、先に「2)」で述べたように、引用合金発明に対して付加的に添加する金属例であるAgを、ビスマス、インジウム及びスズ、100重量部に対し0.5?3.5重量部という特定の割合、即ち、Agの合金組成割合でいえば、大凡、0.5?3.4質量%で添加することが記載されていることから、まずは、試みとして、この程度の合金組成割合で銅を付加的に添加しようとする程度のことは、普通に着想できるものということができる。
そして、その結果、引用合金発明を、50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金とすることは容易に着想できるものといえる。
即ち、引用合金発明において、銅を上記0.5?3.4質量%の範囲にある、例えば、2.0質量%程度を、残部としての位置付けにある47?66.5質量%のビスマスの2.0質量%と置き換えて添加し、結果として、0.5?10質量%のインジウム、33?43質量%のスズ、2.0質量%程度の銅、そして、45?64.5質量%程度のビスマスと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用低融点可溶合金、即ち、45質量%以上64.5質量%以下程度のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと2.0質量%の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金とすることは、容易に着想できたものである。そして、この容易に着想できたものは、本件特許発明1と重複する内容を持つものである。
また、更に、引用合金発明において、その基準例としている、3.9質量%のインジウム、41.3質量%のスズ、そして、残部としての54.8質量%のビスマスと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金において、銅を、例えば、2.0質量%程度を、残部としての位置付けにある54.8質量%のビスマスの2.0質量%と置き換えて添加し、結果として、3.9質量%のインジウム、41.3質量%のスズ、2.0質量%程度の銅、そして、52.8質量%程度のビスマスと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用低融点可溶合金、即ち、52.8質量%のビスマスと3.9質量%のインジウムと2.0質量%の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金とすることは、容易に着想できるものである。そして、この容易に着想できるものは、本件特許発明1に包含されるものである。

4)これに対し、被請求人は、引用合金発明において、銅を更に加えるには、これを阻害する事情があると主張するが、この主張に理由はない。以下に、詳述する。

4-1)甲第1号証には、記載1cによれば、合金型温度ヒュ-ズのヒュ-ズエレメント材料である低融点可溶合金に要求される要件の一つとして、液相線温度と固相線温度と差が小さいことが記載され、これは、引用合金発明についても、要求されていると認められる。
その一方で、甲第2号証には、先に「4-4-3」で述べたように、種々の合金組成からなる低融点合金に、銅を付加的に添加する合金技術が記載されており、この銅を添加する目的は、低融点合金における固相線温度と液相線温度とに差を生じさせるか、又は差を拡大することであることが窺える。

4-2)そこで、これらに記載の事項について検討する。
合金特性は、先に「4-3」の「5)」で述べたように、添加元素の種類や添加量により著しく変わるものであり、実際に製造せずに合金特性を予測することはきわめて困難である。
また、甲第1号証には、先に「4-4-4」の「2)」で述べたように、引用合金発明に対し、その合金成分として銀を添加することが記載され、記載1eによれば、銀を添加すると、液相線温度と固相線温度との差を小さくすることができるものとして記載されている。
これに対し、甲第2号証には、先に「4-4-3」で述べたように、種々の合金組成からなる低融点合金に銅を付加的に添加する合金技術が記載され、この銅を添加する目的は、合金における固相線温度と液相線温度とに差を生じさせるか、又は差を拡大することであるが、記載2bによれば、銀も、上記の銅と同じ目的で付加的に添加していることが窺え、甲第1号証の上記記載とは、必ずしも、整合がとれていないことが見て取れ、このことは、上述した、合金特性は、添加元素の種類や添加量により著しく変わるものであり、実際に製造せずに合金特性を予測することはきわめて困難であることに符合するものといえる。
以上のことを踏まえると、引用合金発明において、銅を更に加えるには、これを阻害する事情があるとまではいえず、少なくとも、引用合金発明において、銅を更に加えてみようと試みる程度のことは、容易に考え得る範囲内のことといえる。

5)これまで述べてきたように、引用合金発明に基づき、合金を構成する金属として、更に、銅を加え、50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金とすることは容易に着想できるものある。
また、先に「4-3」で述べたように、本件特許発明1に、予想を超えた格別な技術的意義があるということはできず、引用合金発明と対比して、その効果に顕著なものを見出すことはできない。特に、125℃から140℃の高温域で溶融する温度ヒューズ用可溶性合金を得るという要望に応えているという、本件特許発明1の効果については、先に「4-3」の「3)」で述べたように、該合金が得やすいという程度のことでもあり、また、引用合金発明も、先に「4-4-2」の「2-2)」で述べたことから明らかなように、作動温度が125℃?135℃の範囲の合金型温度ヒュ-ズを提供できており、少なくとも、131℃±1℃の範囲内で溶融する合金型温度ヒュ-ズが得られていることから、この点に関し、本件特許発明1の効果に、引用合金発明と変わるところはない。
また、先に「4-3」の「5)」で述べたように、本件特許発明1において、0.1質量%以上5質量%以下の銅を含ませたことの技術的意義は、合金の硬度と電気抵抗に関するものであるが、そのことについて本件詳細な説明には、同じく先に「4-3」の「5)」で述べたように、実施例や比較例により具体的に裏付けられたものとしての記載がないし、また、銅を含ませたことにより、合金としての硬度や電気抵抗に、某かの影響を与えることは明らかで、仮に、硬度や電気抵抗についての効果があったとしても、予測の域を超えているとまではいうことはできない。
以上のことを踏まえると、本件特許発明1は、特許出願前に当業者が引用合金発明に基いて容易に発明をすることができたものといわざるを得ない。

4-4-5.本件特許発明3及び4について
本件特許発明3及び4は、先に「4-2」で認定したとおりであって、本件特許発明3は、本件特許発明1により形成された温度ヒューズ用線材であり、また、本件特許発明4は、本件特許発明3により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズである。
その一方で、甲第1号証には、先に「4-4-2」で述べたように、引用合金発明の他にも、引用線材発明及び引用ヒューズ発明が記載され、引用線材発明は、引用合金発明により形成された温度ヒューズ用線材であり、引用ヒューズ発明は、引用線材発明により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズである。
そして、本件特許発明1が、先に「4-4-4」で述べたように、特許出願前に当業者が引用合金発明に基いて容易に発明をすることができたものといえることから、本件特許発明1により形成された温度ヒューズ用線材である本件特許発明3も、引用合金発明により形成された温度ヒューズ用線材である引用線材発明に基いて容易に発明をすることができたものである。
また、本件特許発明3が、上述したように、特許出願前に当業者が引用線材発明に基いて容易に発明をすることができたものといえることから、該本件特許発明3により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズである本件特許発明4も、引用線材発明により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズである引用ヒューズ発明に基いて容易に発明をすることができたものである。

4-4-6.まとめ
本件特許発明1、3及び4は、特許出願前に当業者が甲第1?3号証又は甲第4号証の1に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであって、これら発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、本件特許発明の請求項1、3及び4に係る特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきであって、無効理由Aには、理由がある。

5.むすび
無効理由Aには、理由がある。
そして、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、無効理由Bについて検討するまでもなく、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
温度ヒューズ用可溶性合金および温度ヒューズ用線材および温度ヒューズ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金。
【請求項2】
50質量%以上60質量%以下のビスマスと30質量%以上33.9質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなる温度ヒューズ用可溶性合金。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の温度ヒューズ用可溶性合金により形成された温度ヒューズ用線材。
【請求項4】
請求項3に記載の温度ヒューズ用線材により形成された温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズ。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は過度の温度上昇による電気機器の熱破損を防止する温度ヒューズ、およびこの温度ヒューズの温度ヒューズ素子を形成する温度ヒューズ用線材、およびこの温度ヒューズ用線材を形成する温度ヒューズ用可溶性合金に関する。
【0002】
【従来の技術】
テレビやビデオあるいはトランスや二次電池といった電気機器は、例えば電気回路の短絡などにより内部温度が上昇すると、過熱により破損してしまうおそれがある。過熱による破損を抑制するため、電気機器には温度ヒューズが組み込まれる場合がある。温度ヒューズは、可溶性合金からなる温度ヒューズ素子を備えている。電気機器の周囲温度が温度ヒューズの動作温度に到達すると、可溶性合金が溶融し、温度ヒューズ素子が溶断する。温度ヒューズは、この溶断により導通を遮断し電気機器の温度上昇を抑制する。
【0003】
このように、可溶性合金の溶融温度は、温度ヒューズの動作温度を左右する重要な因子である。ここで温度ヒューズの動作温度は、ほぼ60℃から140℃に亘る温度域に含まれるいずれかの温度に設定される場合が多い。このため可溶性合金は、この温度域に含まれるいずれかの所望温度において、迅速に溶融することが要求される。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら従来においては、上記要求を満たす可溶性合金は、いずれも鉛を含有するものであった。近年、廃棄された電気機器の温度ヒューズから自然環境中に鉛が溶出することが問題となっている。このため、鉛の代替材料の検討が業界において重要な課題の一つとなっている。
【0005】
本発明の温度ヒューズ用可溶性合金および温度ヒューズ用線材および温度ヒューズは、上記知見に基づいてなされたものである。したがって、本発明は、鉛を含有せず、かつ60℃から140℃に亘る温度域に含まれるいずれかの所望温度において、迅速に溶融する温度ヒューズ用可溶性合金(以下、適宜「可溶性合金」と略称する。)、およびこの可溶性合金からなる温度ヒューズ用線材(以下、適宜「線材」と略称する。)、およびこの線材からなる温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズを提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するため、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、50質量%以上60質量%以下のビスマスと0.5質量%以上10質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなることを特徴とする。また、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、50質量%以上60質量%以下のビスマスと30質量%以上33.9質量%以下のインジウムと0.1質量%以上5質量%以下の銅とを含み、残部がスズと不可避不純物とからなることを特徴とする。
【0007】
本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、実質的にビスマス(Bi)とインジウム(In)と銅(Cu)とスズ(Sn)とから形成されている。すなわち本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は鉛を含有しない。したがって、この可溶性合金を用いた温度ヒューズが廃棄されても、自然環境に与える影響は極めて小さい。
【0008】
また、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、Biを50質量%以上60質量%以下、Inを0.5質量%以上10質量%以下、Cuを0.1質量%以上5質量%以下含んでいる。また残部は実質的にSnからなる。このような組成範囲を有する本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、従来の鉛を含有する可溶性合金と同様に、125℃から140℃に亘る温度域における所望の温度で迅速に溶融することができる。また、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、Biを50質量%以上60質量%以下、Inを30質量%以上33.9質量%以下、Cuを0.1質量%以上5質量%以下含んでいる。また残部は実質的にSnからなる。このような組成範囲を有する本発明の温度ヒューズ用可溶性合金は、従来の鉛を含有する可溶性合金と同様に、60℃から70℃に亘る温度域における所望の温度で迅速に溶融することができる。
【0009】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金および温度ヒューズ用線材および温度ヒューズの実施の形態について説明する。
【0010】
〈温度ヒューズ用可溶性合金〉
第一に、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金について説明する。本発明の可溶性合金は、不可避不純物を除外すれば、BiとInとCuとSnとから構成されている。
【0011】
(1)まず、可溶性合金をBiとInとCuとSnとから構成した理由について説明する。Biを構成元素としたのは以下の理由による。すなわち、Biは、他の金属と比較して、可溶性合金の溶融温度を低下させる効果が著しく大きい。このため、Biを構成元素とする可溶性合金は、60℃から140℃という比較的低い温度域において、所望の溶融温度を容易に確保することができる。またBiは硬度が高い。このため、Biの含有割合を大きくすることによって、可溶性合金の硬度を上げることができる。また、Inを構成元素としたのは以下の理由による。すなわち、InもBi同様に、可溶性合金の溶融温度を低下させる効果が大きい。このため、Inを構成元素とする可溶性合金は、60℃から140℃に亘る温度域において、所望の溶融温度を容易に確保することができる。またInは、Biとは対称的に硬度が低い。このため、Inの含有割合を大きくすることによって、可溶性合金の硬度を下げることができる。また、Cuを構成元素としたのは以下の理由による。すなわち、Cuも、In同様に硬度が低い。このため、Cuの含有割合を大きくすることによって、可溶性合金の硬度を下げることができる。またCuは電気抵抗が小さい。このため、Cuの含有割合を大きくすることによって、可溶性合金の電気抵抗を小さくすることができる。そして、導通時に温度ヒューズに発生するジュール熱を小さくし、温度ヒューズの精度を上げることができる。また、Snを構成元素とした理由は、Snを含有させると可溶性合金の濡れ性が向上し、温度ヒューズ素子をリード線に接合する際の接合性が向上するからである。
【0012】
(2)次に、本発明の可溶性合金の組成範囲を、上記範囲に決定した理由について説明する。
【0013】
まず、Biの含有割合を50質量%以上60質量%以下とし、Inの含有割合を0.1質量%以上45質量%以下とし、Cuの含有割合を0.1質量%以上5質量%以下とし、残部を実質的にSnとした理由について説明する。
【0014】
Biの含有割合を50質量%以上としたのは、50質量%未満だと可溶性合金の溶融温度が140℃を超えるおそれがあるからである。また50質量%未満だと硬度が高いというBiの性質が可溶性合金全体に充分に発現せず、可溶性合金が軟化するからである。そして、例えば可溶性合金を線材に加工する際に、形状保持が困難になるからである。一方、Biの含有割合を60質量%以下としたのは、60質量%を超えると可溶性合金の溶融温度が60℃未満となるおそれがあるからである。また60質量%を超えると、脆いというBiの性質が可溶性合金に過度に発現し、可溶性合金が脆化するからである。
【0015】
また、Inの含有割合を0.1質量%以上としたのは、0.1質量%未満だと可溶性合金の溶融温度が140℃を超えるおそれがあるからである。また0.1質量%未満だと硬度が低く柔らかいというInの性質が可溶性合金全体に充分に発現せず、可溶性合金が脆化するからである。そして例えば、可溶性合金を線材加工する際、断線しやすくなるからである。一方、Inの含有割合を45質量%以下としたのは、45質量%を超えると可溶性合金の溶融温度が60℃未満となるおそれがあるからである。また45質量%を超えると柔らかいというInの性質が可溶性合金に過度に発現し、可溶性合金が軟化するからである。
【0016】
また、Cuの含有割合を0.1質量%以上としたのは、0.1質量%未満だと電気抵抗が小さいというCuの性質が可溶性合金に充分発現せず、可溶性合金の電気抵抗が大きくなるからである。また0.1質量%未満だと硬度が低く柔らかいというCuの性質が可溶性合金全体に充分に発現せず、可溶性合金が脆化するからである。一方、Cuの含有割合を5質量%以下としたのは、5質量%を超えると柔らかいというCuの性質が可溶性合金に過度に発現し、可溶性合金が軟化するからである。
【0017】
なお、残部をSnとしたのは、上述したように、Snにより可溶性合金の濡れ性が向上するからである。
【0018】
(3)好ましくは、BiおよびCuの含有割合を変えずに、Inの含有割合を0.5質量%以上10質量%以下とする方がよい。すなわち、50質量%以上60質量%以下のBiと0.5質量%以上10質量%以下のInと0.1質量%以上5質量%以下のCuとを含み、残部がSnと不可避不純物とからなるように各構成元素の含有割合を調整するのが好ましい。このように各構成元素の含有割合を調整すると、125℃から140℃の温度域、すなわち高温域において迅速に溶融する可溶性合金を容易に得ることができる。
【0019】
また、好ましくは、BiおよびCuの含有割合を変えずに、Inの含有割合を30質量%以上33.9質量%以下とする方がよい。すなわち、50質量%以上60質量%以下のBiと30質量%以上33.9質量%以下のInと0.1質量%以上5質量%以下のCuとを含み、残部がSnと不可避不純物とからなるように各構成元素の含有割合を調整するのが好ましい。このように各構成元素の含有割合を調整すると、60℃から70℃程度の温度域、すなわち低温域において迅速に溶融する可溶性合金を容易に得ることができる。
【0020】
近年、特に、125℃から140℃の高温域および60℃から70℃の低温域に動作温度が設定されている温度ヒューズのニーズが増加している。従来は可溶性合金の構成元素の種類を変えることにより、高温域用の線材、低温域用の線材を作り分けていた。したがって、製造ラインが単一の場合、線材の使用温度域に応じて、構成元素の種類を変える必要があった。しかしながら線材の使用温度域に応じて構成元素の種類を逐一変えるのは煩雑である。この煩雑さを回避するためには、製造ラインを複数設ければよい。しかしながら、製造ラインを複数設けると設備コストが高くなる。したがって、高温域用の線材と低温域用の線材とを、同じ構成元素からなる可溶性合金により作製できることが望ましい。この点、本発明によると、高温域用の可溶性合金および低温域用の可溶性合金を、BiとInとCuとSnという同じ構成元素から調製することができる。しかも、高温域用の可溶性合金および低温域用の可溶性合金の、BiおよびCuの含有割合は同一である。すなわちInおよびSnの含有割合を変えることにより、高温域用の可溶性合金と低温域用の可溶性合金とを調製することができる。したがって本発明の可溶性合金によると、高温域用の線材と低温域用の線材とを、単一の製造ラインで簡単に作り分けることができる。
【0021】
(4)以上、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金について説明した。本発明の温度ヒューズ用可溶性合金によると、上記いずれかの組成範囲内において、Bi、In、Cu、Snの含有割合を調整することにより、可溶性合金の溶融温度を自在にコントロールすることができる。そして60℃以上70℃以下、125℃以上140℃以下の任意の動作温度を有する温度ヒューズ用線材および温度ヒューズを提供することができる。
【0022】
〈温度ヒューズ用線材〉
第二に、本発明の温度ヒューズ用線材について説明する。本発明の温度ヒューズ用線材は、上記組成範囲を有する温度ヒューズ用可溶性合金により形成されている。本発明の線材は、従来から線材の製造に用いられてきた種々の方法により製造することができる。線材の製造方法の一例として、線引き法について説明する。
【0023】
(1)線引き法は、線材を形成する可溶性合金の原料を溶融炉に配合する原料配合工程と、配合した原料を溶融させ可溶性合金を調製し型に流し込みビレットを作るビレット作製工程と、ビレットから粗線材を作製する粗線材作製工程と、粗線材を細線化し線材を作製する細線化工程とを有する。
【0024】
まず、原料配合工程では、線材の原料であるBi、In、Cu、Snの地金を所望の組成となるように秤量、配合し溶融炉に投入する。次に、ビレット作製工程では、配合原料を420℃?450℃の温度下で溶融させBi-In-Cu-Sn合金を調製する。そしてこの溶融状態の調製合金を型に流し込み、柱状のビレットを作製する。次に、粗線材作製工程では、型からビレットを取り出し、押出し成形機により押し出し成形することで線径の大きい粗線材を作製する。最後に、細線化工程では、この粗線材を引抜き成形機にかけ、成形機の型に設けられたダイス隙間から引き抜くことにより粗線材の線径の小径化、つまり細線化を行う。この細線化は、具体的には粗線材を直列に並んだ複数のダイス隙間に通すことにより行う。ダイス隙間は下流側ほど小径に設定されている。このため、粗線材は複数のダイス隙間を通る間に徐々に細線化される。したがって、粗線材を通過させるダイス隙間の数を増減することで、線材の線径を調整することができる。
【0025】
(2)線引き法では、押し出し成形工程の後に、引抜き成形を行う細線化工程が設定されている。この引き抜き法のように、引抜き成形を行う工程を持つ製造方法の利点は、他の製造方法、例えば押し出し成形工程のみを有する製造方法と比較して、より線径の細い線材を作製できる点である。ここで、可溶性合金、すなわち粗線材中のBi含有割合が高く、かつInおよびCuの含有割合が低いと、引抜き成形を行う工程において、脆性により粗線材が断線するおそれがある。この点、本発明の温度ヒューズ用線材は、BiとInとCuの含有割合が適切であり、適度の延性を有する。このため、本発明の温度ヒューズ用線材は断線のおそれが小さく、引抜き成形を行う工程を有する製造方法により作製することができる。したがって、本発明の温度ヒューズ用線材は、線径の細線化が容易である。
【0026】
また本発明の線材は収納性にも優れている。線材の収納方法の一つに、線材をボビンに巻回して収納する方法がある。図1に本発明の温度ヒューズ用線材が巻回されたボビンの部分断面図を示す。図に示すように、ボビン2は、第一円板22と第二円板23とからなる。第一円板22は、樹脂製であって中央部に小径ボス220を持つ鍋蓋状を呈している。第二円板23は、樹脂製であって中央部に大径ボス230を持つ鍋蓋状を呈している。大径ボス230の外周面には、周方向に120°ずつ離間して、ねじ231が合計三本配置されている。ねじ231は、大径ボス230を径方向に貫通している。第一円板22の小径ボス220は、第二円板23の大径ボス230の内周側に挿入されている。そして、小径ボス220は、ねじ231により大径ボス230に固定されている。温度ヒューズ用線材20は、小径ボス220の外周面に巻回されて収納されている。ここで、上述したように、本発明の温度ヒューズ用線材20は適度の延性を有している。このため、ある程度張力をかけながら温度ヒューズ用線材20を小径ボス220に巻回しても、温度ヒューズ用線材20が断線するおそれが小さい。したがって、本発明の温度ヒューズ用線材20によるとボビン2に対する巻回数を多くすることができる。このように本発明の温度ヒューズ用線材は収納性に優れている。
【0027】
また、本発明の温度ヒューズ用線材の溶断温度は、60℃以上70℃以下、125℃以上140℃以下である。この温度域で溶断する線材を用いた温度ヒューズは、例えばノート型パソコンやビデオカメラなどの電気機器の二次電池に用いられる。これらの電気機器は、利用の便から小型である方が好ましい。したがって二次電池も小型である方が好ましい。ここで二次電池を小型化するためには、その部品である温度ヒューズを小型化すればよい。このため温度ヒューズに用いる線材もより細い方が好ましく、具体的には断面積が0.3mm^(2)以下である方が好ましい。この点、本発明の温度ヒューズ用線材は細線化が容易である。このため、特別な成形装置などを用いることなく、線材の断面積を0.3mm^(2)以下にすることができる。ここで断面積が小さくなると、線材の電気抵抗は大きくなりジュール熱も大きくなる。しかしながら本発明の温度ヒューズ用線材は、Cuを所定含有割合だけ含んでいる。このため、線材のジュール熱が過度に大きくなるおそれが小さい。したがって、本発明の温度ヒューズ用線材を用いると、温度ヒューズの精度が高くなる。
【0028】
なお、本発明の線材の断面形状は特に限定するものではない。すなわち断面が真円状のものは勿論、楕円状、あるいは三角形や四角形などの多角形状など従来から用いられている様々の形状とすることができる。ここで、例えば平らな四角形状、つまりテープ状の線材を作製する場合は、上記細線化工程の後に線材を径方向に圧縮し変形させる圧縮成形行程を追加すればよい。
【0029】
〈温度ヒューズ〉
第三に、本発明の温度ヒューズについて説明する。図2に本発明の温度ヒューズを具現化した一例として筒型温度ヒューズの断面図を示す。
【0030】
(1)まず、温度ヒューズ1の構成について説明する。温度ヒューズ1は、温度ヒューズ素子10とリード線13とフラックス11とセラミックケース12とからなる。温度ヒューズ素子10は、長手方向両端にこぶのある棒状、すなわちダンベル状を呈している。この温度ヒューズ素子10は本発明の温度ヒューズ用可溶性合金からなる。リード線13は、温度ヒューズ素子10の長手方向両端に接合されている。リード線13は銅製である。フラックス11は、ヒューズ素子10の表面を覆って配置されている。フラックス11は、松脂を主成分とし、これに活性剤やチキソ剤などを添加したものである。このフラックス11は、活性の高い温度ヒューズ素子10の表面に酸化膜が形成されるのを抑制する役割を有する。またフラックス11は、温度ヒューズ素子10が溶断したとき溶断面を包み込み、再び溶断面同士がつながるのを防止する役割を有する。セラミックケース12は円筒状を呈しており、上記温度ヒューズ素子10、リード線13、フラックス11を密閉収納して設置されている。セラミックケース12は、これらの部材を保護する役割を有する。またセラミックケース12は、温度ヒューズ素子10が溶断し、可溶性合金が液化した際、この液状の可溶性合金が電気回路に漏出するのを防止する役割を有する。
【0031】
次に、温度ヒューズ1の動作について説明する。何らかの事情により、温度ヒューズ1の周辺温度が上昇し温度ヒューズ1の動作温度に達すると、温度ヒューズ素子10は溶断する。そして溶断した温度ヒューズ素子10の溶断面をフラックス11が覆う。これにより温度ヒューズ10両端に接合されたリード線13間の電気的導通を遮断する。
【0032】
(2)次に、温度ヒューズ1の製造方法について説明する。温度ヒューズ1は、従来からヒューズの製造に用いられている種々の方法により製造することができる。例えば、まず上記温度ヒューズ用線材を切断し温度ヒューズ素子10を作製する。次に、作製した温度ヒューズ素子10の両端をレーザにより半溶融状態とし、この両端にリード線13を接合する。それから、温度ヒューズ素子10の表面にフラックス11を塗布する。そして最後に、この温度ヒューズ素子10とリード線13とフラックス11との接合体を、セラミックケース12内に封入する。以上のような方法により製造することができる。
【0033】
本発明の温度ヒューズに組み込まれる温度ヒューズ素子は、適度な延性を持っている。このため機械的衝撃などにより断線したりあるいは変形したりするおそれが小さい。また、この温度ヒューズ素子は濡れ性が高い。したがってリード線との接合性が良好で、機械的衝撃などにより温度ヒューズ素子がリード線から外れるおそれが小さい。また、この温度ヒューズ素子は電気抵抗が小さい。したがって導通時のジュール熱が小さい。このため作動温度誤差が小さく精度が高い。
【0034】
(3)なお、本発明の温度ヒューズは、図に示す筒型ヒューズの他、例えば温度ヒューズ素子とリード線とフラックスとの接合体を、二枚の絶縁板で挟持したカード型温度ヒューズとして具現化してもよい。また、ケース型温度ヒューズ、基板型温度ヒューズなど、従来から用いられている様々のタイプの温度ヒューズとして具現化してもよい。
【0035】
〈その他〉
以上、本発明の温度ヒューズ用可溶性合金、温度ヒューズ用線材、温度ヒューズの実施形態について説明した。しかしながら、実施形態は上記形態に限定されるものではない。当業者が行いうる種々の変形的形態あるいは改良的形態で実施することもできる。
【0036】
【実施例】
上記実施形態に基づいて、所定の組成を有する可溶性合金からなるインゴットを作製した。そしてこのインゴットから粉末サンプルと線材サンプルを採取した。これら二つのサンプルのうち、粉末サンプルにより可溶性合金の溶融温度特性を測定した。また、線材サンプルにより可溶性合金からなる線材の溶断温度特性を測定した。
【0037】
〈サンプルの作製方法〉
(1)実施例1-1、実施例1-2
実施例1-1および実施例1-2のサンプルは、55質量%のBi、33.9質量%のIn、0.2質量%のCu、10.9質量%のSnという組成を有する可溶性合金からなる。これらのサンプルは以下の方法により作製した。まず、純度99.99%のBi、純度99.99%のIn、純度99.99%のCu、純度99.99%のSnを所定量秤量し、溶融炉に投入した。次に、投入したBi、In、Cu、Snを300℃の温度下で溶融攪拌し合金の調製を行った。そして調製後の合金を型に流し込み放冷および脱型することでインゴットを作製した。
【0038】
このようにして作製したインゴットから、質量1gの粉末サンプルを採取した。このサンプルを実施例1-1とした。また同様に、インゴットから断面積0.12mm^(2)の線材サンプルを作製した。なお線材サンプルの作製は、前述した線引き法により行った。そして、このサンプルを実施例1-2とした。なお、調整後の合金を型に流し込む際、化学分析にて合金組成の確認を行った。
【0039】
(2)実施例2-1、実施例2-2
実施例2-1および実施例2-2のサンプルは、56.5質量%のBi、1質量%のIn、1質量%のCu、41.5質量%のSnという組成を有する可溶性合金からなる。実施例2-1および実施例2-2のサンプルも、実施例1-1および実施例1-2のサンプルと同様の方法により作製した。
【0040】
実施例2-1のサンプルの質量は、実施例1-1のサンプルの質量と同量とした。また、実施例2-2のサンプルの断面積は、実施例1-2のサンプルの断面積と同面積とした。なお、実施例2-1および実施例2-2のサンプルも、実施例1-1および実施例1-2のサンプルと同様に、化学分析により合金組成の確認を行った。
【0041】
〈測定方法〉
(1)可溶性合金の溶融温度特性の測定
溶融温度特性の測定に用いたサンプルは、実施例1-1、2-1の粉末サンプルである。測定は、これらのサンプルを、加熱炉にて徐々に加熱し、熱分析計(以下、「TA」と称す。)、示差走査熱量計(以下、「DSC」と称す。)を用いて温度特性を調べることにより行った。また加熱炉の昇温パターンは、測定前の温度を40℃、昇温速度を毎分10℃とした。
【0042】
(2)線材の溶断温度特性の測定
測定に用いたサンプルは、実施例1-2、2-2の線材サンプルである。測定は、電流を流すことによりこれらのサンプルを加熱し、サンプルが完全に溶断したときの温度を測定することにより行った。なお溶断温度のばらつきを調べるため、サンプルは複数本作製した。そして測定も複数回行った。
【0043】
〈測定結果〉
(1)可溶性合金の溶融温度特性の測定結果
実施例1-1のサンプルを昇温したときの、TAによる測定結果を図3に示す。図中、測定曲線において昇温してもサンプルの温度が上昇しない部分、すなわち測定曲線の傾きが平らになっている部分は、サンプルを形成する可溶性合金が、固相から固液共存相に、または固液共存相から液相に相変化している部分である。したがって、このときの温度が固相化温度または液相化温度に相当する。図から、温度が約60℃および64℃のとき測定曲線の傾きが平らになっているのが判る。
【0044】
また、DSCによる測定結果を図4に示す。図中、測定曲線は下方に突出するピークを示している。このピーク開始点は、サンプルを形成する可溶性合金が、固相から固液共存相に相変化する点に相当する。したがって、このときの温度が固相化温度に相当する。図から、温度が約60℃のときに測定曲線にピーク開始点があることが判る。
【0045】
これらのことから、実施例1-1のサンプルを形成する可溶性合金は、約60℃で固相から固液共存相へ相変化することが判る。また約64℃で固液共存相から液相へ相変化することが判る。すなわち、実施例1-1の固相化温度は約60℃であり、また液相化温度は約64℃であり、△Tは約4℃であることが判る。
【0046】
同様に実施例2-1のサンプルを昇温したときの、TAによる測定結果を図5に示す。図から、温度が約133℃のとき測定曲線の傾きが平らになっているのが判る。また、DSCによる測定結果を図6に示す。図から、温度が約133℃のときに測定曲線にピーク開始点があることが判る。すなわち、実施例2-1においては約133℃が固相化温度であるとともに液相化温度であり、△Tは約0℃であることが判る。
【0047】
以上の測定結果から各サンプルの組成、固相化温度、液相化温度、△Tをまとめて表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
実施例1-1の固相化温度は約60℃である。また実施例1-1の液相化温度は約64℃である。したがって実施例1-1は、60℃から70℃の低温域において溶融できる可溶性合金であることが判る。また実施例1-1の△Tは約4℃であり、極めて小さい。このため実施例1-1は迅速に溶融することができる可溶性合金であることが判る。
【0050】
実施例2-1の固相化温度および液相化温度は、133℃である。したがって実施例2-1は、125℃から140℃の高温域において溶融できる可溶性合金であることが判る。また実施例2-1の△Tは約0℃である。このため実施例2-1は極めて迅速に溶融することができる可溶性合金であることが判る。
【0051】
(2)線材の溶断温度特性の測定結果
実施例1-2、2-2の各サンプルに電流を流し、各サンプルが完全に溶断したときの温度を溶断温度とした。溶断温度の測定は、上述したように各サンプルにつき複数回行った。そして、各サンプルごとに溶断温度の平均値を算出した。各サンプルの組成、溶断温度をまとめて表2に示す。
【0052】
【表2】

【0053】
実施例1-2の溶断温度は64℃である。したがって実施例1-2は、60℃から70℃の低温域において溶断できる線材であることが判る。また溶断温度のばらつきは±3℃である。したがって実施例1-2は速断性を有する線材であることが判る。
【0054】
実施例2-2の溶断温度は137℃である。したがって実施例2-2は、125℃から140℃の高温域において溶断できる線材であることが判る。また溶断温度のばらつきは±2℃である。したがって実施例2-2は速断性を有する線材であることが判る。
【0055】
【発明の効果】
本発明によると、鉛を含有せず、かつ所望温度において迅速に溶融する温度ヒューズ用可溶性合金、およびこの可溶性合金からなる温度ヒューズ用線材、およびこの線材からなる温度ヒューズ素子を有する温度ヒューズを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】線材が巻回されたボビンの部分断面図である。
【図2】温度ヒューズの断面図である。
【図3】実施例1-1のTAによる測定結果を示すグラフである。
【図4】実施例1-1のDSCによる測定結果を示すグラフである。
【図5】実施例2-1のTAによる測定結果を示すグラフである。
【図6】実施例2-1のDSCによる測定結果を示すグラフである。
【符号の説明】
1:温度ヒューズ、10:ヒューズ素子、11:フラックス、12:セラミックケース、13:リード線、2:ボビン、20:温度ヒューズ用線材、22:第一円板、220:小径ボス、23:第二円板、230:大径ボス、231:ねじ。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2007-11-12 
結審通知日 2007-11-15 
審決日 2007-11-27 
出願番号 特願2002-101448(P2002-101448)
審決分類 P 1 123・ 121- ZA (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 河野 一夫  
特許庁審判長 鈴木 由紀夫
特許庁審判官 近野 光知
山田 靖
登録日 2006-02-17 
登録番号 特許第3771512号(P3771512)
発明の名称 温度ヒューズ用可溶性合金および温度ヒューズ用線材および温度ヒューズ  
代理人 松月 美勝  
代理人 東口 倫昭  
代理人 東口 倫昭  
代理人 進藤 素子  
代理人 進藤 素子  
代理人 進藤 素子  
代理人 東口 倫昭  

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