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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1187830
審判番号 不服2007-16485  
総通号数 109 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-01-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-06-13 
確定日 2008-11-13 
事件の表示 特願2001-305498「絶縁軸受」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 4月18日出願公開、特開2003-113842〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
1.手続の経緯

本願は、平成13年10月1日の特許出願であって、平成19年5月7日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成19年6月13日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同年7月11日付けで明細書に対する手続補正がなされたものである。

2.平成19年7月11日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成19年7月11日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]

2-1.本件補正の内容

本件補正は、平成19年3月6日付けの手続補正にて補正された特許請求の範囲の請求項1に記載の
「【請求項1】軌道輪の表面に絶縁被膜を有する絶縁軸受であって、前記絶縁被膜を、強化繊維と、前記強化繊維より高い熱伝導度を有する熱伝導材とを添加したシンジオタクチックポリスチレン樹脂により形成し、前記絶縁被膜中の前記強化繊維及び前記熱伝導材の各含有量をそれぞれ10重量%以上とし、前記強化繊維及び前記熱伝導材の総含有量を75重量%以下としたことを特徴とする絶縁軸受。」
を、
「【請求項1】内周面端部に当該内周面を拡径させて形成した段部を有する外輪の表面に当該外輪の段部に係合する突起部を設けた絶縁被膜を有する絶縁軸受であって、前記絶縁被膜を、強化繊維と、前記強化繊維より高い熱伝導度を有する熱伝導材とを添加したシンジオタクチックポリスチレン樹脂により形成し、前記絶縁被膜中の前記強化繊維及び前記熱伝導材の各含有量をそれぞれ10重量%以上とし、前記強化繊維及び前記熱伝導材の総含有量を75重量%以下としたことを特徴とする絶縁軸受。」
とする補正を含むものである。(なお、下線部は、対比の便のため当審において付したものである。)

2-2.補正の適否

本件補正による補正後の請求項1は、本件補正前の請求項1に記載されていた「軌道輪」及び「絶縁被膜」の構成を願書に最初に添付した明細書の段落番号【0008】及び【図1】に基づいて、「内周面端部に当該内周面を拡径させて形成した段部を有する外輪」及び「当該外輪の段部に係合する突起部を設けた絶縁被膜」に限定するものである。なお、上記願書に最初に添付した明細書には「段部」が「内周面を拡径させて形成した」点については何ら記載がない。しかしながら、上記段部は、一般的には切削して作成するか、拡径して塑性加工して作成することから、どのように作成するかは単なる設計的事項であるとすると、段落【0008】における「内周面側に設けられた円周状の段部3b」及び【図1】を参酌することにより、上記願書に最初に添付した明細書に記載されているに等しい自明の事項として捉えることができる。してみると、「内周面端部に当該内周面を拡径させて形成した段部を有する外輪」は「軌道輪」を一応限定したものといえる。
そうすると、上記請求項1に係る補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとして一応認めることができ、かつ、補正前の請求項1に記載した発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題を変更することのない範囲内において、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「軌道輪」及び「絶縁被膜」について、それぞれ「内周面端部に当該内周面を拡径させて形成した段部を有する外輪」である点及び「当該外輪の段部に係合する突起部を設けた絶縁被膜」である点を限定するものであるから、平成15年改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成15年改正前の特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第4項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(1)本願補正発明

本願補正発明は、本件補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、上記「2-1.本件補正の内容」に示した本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。

(2)引用刊行物とその記載事項

1.特開平07-310748号公報
2.特開2001-141064号公報
3.特開平09-089021号公報
4.特開平01-110122号公報
5.特開平03-277818号公報
6.特開2000-145796号公報

(刊行物1)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された刊行物1には、「電食防止転がり軸受」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ア)「【産業上の利用分野】本発明は、鉄道車両用電動機等に使用される電食防止転がり軸受に係り、特に、車両の高速化による軸受の発熱量の増大でグリースの劣化が促進されて軸受寿命が低下する現象を防止するのに有効な電食防止転がり軸受に関する。」(段落【0001】)

(イ)「従来の電食防止転がり軸受の絶縁被膜として、例えば特開平3-277818号公報に、ガラス繊維を含有したポリフェニレンサルファイド樹脂(以下PPS樹脂という)により形成したものが開示されている。(以下、略)」(段落【0003】)

(ウ)「以下、更に本発明を詳細に説明すると、本発明の絶縁被膜の形成に使用する樹脂材料としては、PPS樹脂や芳香族ナイロン(芳香族ポリアミド樹脂)や脂肪族ポリアミド樹脂の4.6ナイロンなどを好適に用いることができる。PPS樹脂は吸水性が低く、また成形性が良好であることから、吸水特性に優れた絶縁被膜を射出成形により低コストで形成することができる。また、・・・(中略)・・・一方、4.6ナイロン等の脂肪族ポリアミド樹脂も良好な電気絶縁性を有し、絶縁被膜に適する。」(段落【0012】)

(エ)「但し、上記樹脂は単味で電食防止転がり軸受用の絶縁被膜に要求される複数の機能を同時に満たすことはできず、次に述べる添加材料と併用する。その樹脂材料の強化に用いる本発明の繊維材〔A〕は、主としてマトリックス樹脂の耐クリープ性を向上させるために用いられ、特にグラスファイバ(GF)繊維が有効である・・・(中略)・・・。これらの主として耐クリープ性向上のための繊維材〔A〕の添加量は、樹脂量の10?60重量%であり、好ましくは30?50重量%である。50重量%を越えると成形性が悪くなり、10重量%未満では耐クリープ性が悪くなる。」(段落【0013】)

(オ)「本発明の充填材〔B〕は、絶縁被膜の電気絶縁性の向上と伝熱性の向上とを同時に満たすために用いられ、その熱伝導率は高い程好ましいが、少なくともガラス繊維よりも高い10W/m・K以上が必要である。一方、電気絶縁性についても高いことが必要で、比抵抗値で1010Ω・cm以上、より好ましくは1013Ω・cm以上である。このような条件を満たし得る充填材は、例えばSiC(炭化ケイ素),AlN(窒化アルミニウム),BeO(ベリリア),BN(窒化ホウ素),Al(アルミニウム)などの粉体,繊維またはホイスカ等から選定される。(以下、略)」(段落【0014】)

(カ)「一般に無機材料は、比抵抗の大きいものは熱伝導性が小さくて放熱性が劣り、反対に、熱伝導性の大きいものは比抵抗が小さくて電気絶縁性が劣るものが多いが、上記充填材〔B〕は、比抵抗と熱伝導性との両条件を満たしている。充填材〔B〕の添加量は、樹脂量の10?40重量%であり、好ましくは20?40重量%の範囲で選定される。40重量%を越えると耐クリープ性,成形性を満たすことが困難となり、一方、10重量%未満では伝熱性の向上が期待できず、そのため本願発明の電気絶縁性,伝熱性,耐クリープ性の3拍子そろった向上という効果が期待できなくなる。」(段落【0016】)

(キ)「上記繊維材〔A〕と充填材〔B〕との合計添加量〔A〕+〔B〕は、30?50重量%が好ましい。50重量%を越えるとマトリックス樹脂が不足して成形時の流動性低下をまねき、その結果、形成された絶縁被膜の表面粗さが悪くなると共にウエルド強度が低下する。一方、30重量%未満では、繊維材〔A〕,充填材〔B〕が共に最低必要量に近づくか、又は両者の必要量が確保できずに伝熱性,耐クリープ性の両立が困難になる。」(段落【0017】)

(ク)「なお、各被試験体の転がり軸受1Aは、外輪11の外周及び左右両端面にそれぞれ溝11a,11bを形成し、所定厚さの絶縁被膜2を射出成形により外輪11の外周(ハウジングが嵌合される面)から両端面に連続して付着させることで製作した。(以下、略)」(段落【0024】)

そうすると、上記記載事項(ア)?(ク)及び図面の記載からみて、上記刊行物1には次の発明(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されているものと認められる。

「外周及び左右両端面にそれぞれ溝11a,11bを形成した外輪11の表面に、当該外輪11の溝11a,11bに連続して付着させた絶縁被膜2を有する電食防止転がり軸受であって、
前記絶縁被膜2を、繊維材〔A〕と、前記繊維材〔A〕より高い熱伝導率を有する充填材〔B〕とを添加したポリフェニレンサルファイド樹脂により形成し、前記絶縁被膜中の前記繊維材〔A〕及び前記充填材〔B〕の各添加量を、樹脂量のそれぞれ10?60重量%、10?40重量%とし、前記繊維材〔A〕及び前記充填材〔B〕の合計添加量〔A〕+〔B〕を30?50重量%とした電食防止転がり軸受。」

(刊行物2)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された上記刊行物2には、「ガスケット」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ケ)「有底状のケース(2)と、前記ケース(2)の開口部にかしめ固定される封口板(4)との間に装着される電子部品(1)用のガスケット(5)において、かしめ時の寸法出しの基準となる部分に、絶縁性を有する耐熱性樹脂材からなるガスケット要素(6)を使用するとともに、かしめ部の密封性を要求される部分に、耐熱・耐薬品性を有するエラストマーからなるガスケット要素(7)を使用し、前記両ガスケット要素(6)(7)を一体成形してなることを特徴とするガスケット。」(【特許請求の範囲】【請求項1】)

(コ)「また、ガスケット5は、かしめ時の寸法出しの基準となる部分に、絶縁性を有する耐熱性樹脂材からなる第一ガスケット要素(耐熱樹脂ベースとも称する)6を有するとともに、かしめ部の密封性を要求される部分に、耐熱・耐薬品性を有するエラストマーからなる第二ガスケット要素7を有しており、両ガスケット要素6,7が予め一体成形されている。
このうち、第一ガスケット要素6は、具体的にはポリフェニレンスルフィド樹脂などの耐熱性樹脂によって環状に成形されており、(以下、略)」(段落【0018】及び【0019】)

(刊行物3)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された上記刊行物3には、「ブレーキステータ」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(サ)「【課題を解決する手段】上記目的を達成するため、本発明は、ステータボディの溝にコイルを遊嵌配置し、裏面に回り止め溝及び、封止剤給入口を有する摩擦材を、前記溝の開口部に嵌合配置し、前記摩擦材の封止剤給入口より溝内に熱可塑性樹脂であるSPSを射出成形によって充填し、該SPSによって前記コイルを前記溝内に絶縁固定するとともに、摩擦材を回転方向及び軸方向に対して固定し、または前記SPSに摩擦材を接着し、該摩擦材によって、前記溝の開口側に摩擦平面を形成したものである。」(段落【0004】)

(シ)「前記溝6のコイル・・・(中略)・・・このシンジオタクチックポリスチレン即ち(SPS)12は、耐熱性に優れ、エポキシ材に比し、熱膨張係数が2.5×(1/105)cm/cm/dと小さく、且つ、硬化時間も短いという特性を有する。」(段落【0006】)

(刊行物4)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された上記刊行物4には、「シンジオタクチックポリスチレン系フィルムの製造方法」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ス)「本発明方法で得られたシンジオタクチックポリスチレン系フィルムは、特に耐熱性、耐薬品性などに優れたフィルムとして各種包装材料や絶縁材料などとして好適に用いられる。」(第4ページ左上欄第15?18行)

(刊行物5)
当審において新たに発見された、本願出願前に頒布された上記刊行物5には、「電食防止転がり軸受」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(セ)「第1図は実施例の転がり軸受を示している。
この転がり軸受1は、内輪2と外輪3の表面に複数の円周溝4、5を形成し、その上に絶縁被膜6、7を被せて形成されている。
上記絶縁被膜6、7は、ガラス繊維を体積比で40%含有したプリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)により形成され、周面に内外輪2、3の円周溝4、5に入り込む複数の突条8、9を設けている。」(第2ページ左下欄第16行?同右下欄第4行)

(刊行物6)
当審において新たに発見された、本願出願前に頒布された上記刊行物6には、「電食防止転がり軸受」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ソ)「【発明の実施の形態】以下、この発明の具体的な実施の形態について図面を参照しながら説明する。図1において、転がり軸受はNU形式であり、鍔なしの内輪1と、両鍔5,6付きの外輪2と、内外輪1,2間に外輪2両鍔5,6に案内されて転動可能に介装されかつ保持器4に保持された転動体3とを有している。上記外輪2の外周面には2条の円周溝7,8が形成されるとともに、外輪2両鍔5,6の外側面の端部には段付き部5a,6aが形成されている。そして、上記外輪2の外周面の全面に亘って、絶縁被膜9が後述する樹脂の射出成型にて被覆されている。この絶縁被膜9は、上記円周溝7,8内に充填されることにより軸方向のずれが防止され、また上記段付き部5a,6a内面にまで被覆させることにより、絶縁被覆9の端部からの剥がれが防止される。
つぎに、上記絶縁被膜9の樹脂は以下の構成を有している。すなわち、ガラス繊維を含有するポリフェニレンサルファイド樹脂からなり、さらに、この樹脂にシリカ粉末が含有されている。このシリカ粉末は、体積固有抵抗2×1016Ω・cm、熱伝導率4.5W/m・Kであり、非常に高い絶縁性と熱伝導性を有している。」(段落【0007】及び【0008】)

(3)対比・判断

本願補正発明と刊行物1発明を対比する。
刊行物1発明の「外輪11の表面」は本願補正発明の「外輪の表面」に相当し、以下同様に、「絶縁被膜2」」は「絶縁被膜」に、「電食防止転がり軸受」は「絶縁軸受」に、「繊維材〔A〕」は「強化繊維」に、それぞれ相当する。
さらに、「熱伝導率」と「熱伝導度」は表現が異なるだけで技術的には同義であるから、刊行物1発明の「前記繊維材〔A〕より高い熱伝導率を有する充填材〔B〕」は本願補正発明の「前記強化繊維より高い熱伝導度を有する熱伝導材」に相当する。
また、刊行物1発明の「前記絶縁被膜中の前記繊維材〔A〕及び前記充填材〔B〕の各添加量」を「樹脂量のそれぞれ10?60重量%、10?40重量%」とした点は、本願補正発明の「前記絶縁被膜中の前記強化繊維及び前記熱伝導材の各含有量をそれぞれ10重量%以上とし」た範囲に含まれるものであり、同様に、刊行物1発明が「前記繊維材〔A〕及び前記充填材〔B〕の合計添加量〔A〕+〔B〕を30?50重量%とした」点も本願補正発明の「前記強化繊維及び前記熱伝導材の総含有量を75重量%以下とした」範囲に含まれるものである。加えて、刊行物1発明の上記添加量と本願補正発明の上記含有量は、絶縁被膜の耐クリープ性及び熱伝導性の向上をねらいつつ絶縁被膜の強度等の機械特性や混練等の成形性を確保する観点から配合する量のバランスを適宜定めるという技術的思想においても軌を一にするものである。
そして、刊行物1発明の「PPS樹脂」は、本願補正発明の「シンジオタクチックポリスチレン樹脂」と、少なくとも絶縁被膜を構成する「樹脂」である点で共通している。

したがって、本願補正発明の用語に倣ってまとめると、両者は、
「外輪の表面に絶縁被膜を有する絶縁軸受であって、前記絶縁被膜を、強化繊維と、前記強化繊維より高い熱伝導度を有する熱伝導材とを添加した樹脂により形成し、前記絶縁被膜中の前記強化繊維及び前記熱伝導材の各含有量をそれぞれ10重量%以上とし、前記強化繊維及び前記熱伝導材の総含有量を75重量%以下とした絶縁軸受。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点1]
外輪の表面に絶縁被膜を設けるために、本願補正発明が、外輪の「内周面端部に当該内周面を拡径させて形成した段部を有する」ようにし、絶縁被膜には「当該外輪の段部に係合する突起部を設けた」のに対し、刊行物1発明では外輪の「外周及び左右両端面にそれぞれ溝11a,11bを形成」し、絶縁被膜は「当該外輪11の溝11a,11bに連続して付着させた」点。

[相違点2]
本願補正発明が絶縁被膜を構成する樹脂として「シンジオタクチックポリスチレン樹脂」を用いたのに対し、刊行物1発明が「PPS樹脂」を用いた点。

上記相違点1について検討する。
外輪の表面に絶縁被膜を設けた絶縁軸受において、上記絶縁被膜を設ける目的は第一義的には外輪とその取り付け対象となる部材の間の電食を防止することであり、そのために上記取り付け対象となる部材との関連で外輪に対してどのように絶縁被膜を取り付けるか(絶縁被膜で被覆する外輪の範囲、外輪に対する絶縁被膜の係合手段など)は、基本的には上記絶縁軸受の取り付け場所、使用環境などに応じて当業者が適宜考慮すべき設計的事項である。
そこで、まず、絶縁被膜が外輪を被覆している範囲をみると、刊行物1発明では絶縁被膜2は外輪11の外周及び左右両端面に溝11a、11bを形成して付着させ、上記絶縁被膜2の端部が外輪の左右両端面の内周縁近傍まで延在しているのに対し、本願補正発明では絶縁被膜は実質的に外輪の内周面まで延在していることになるが、上記外輪の表面に絶縁被膜を形成する場合に外輪の内周面まで延在して形成することは周知事項であって適宜実施されていることである(例えば、上記刊行物5の第1図及び上記刊行物6の図1参照)。
次に、上記外輪に対する上記絶縁被膜の係合手段について検討するに、一般的な固着技術として一方の部材に段部を形成し、他方の部材に突起部を形成して二つの部材を係合することは広く実施されていることであり、絶縁軸受においてもこのような段部と突起部をそれぞれ外輪と絶縁被膜に形成して係合することは周知事項(上記刊行物6の絶縁被膜9も段部と突起部によって係合されている。上記記載事項(ソ)及び図1参照。)であり、本願補正発明において「段部」と「突起部」によって係合する手段を特定した点は、他に構成を特定する事項がない以上、上記周知事項を適用したにすぎないものである。
なお、本願補正発明は、外輪の内周面端部に「当該内周面を拡径させて形成した」点を特定しているが、内周面を拡径させて形成することは加工方法であって、その結果としての係合手段の構造に影響を与えるものではないから、この点は単なる設計的事項にすぎない。
したがって、上記刊行物1発明に上記周知事項を適用して上記相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得るものである。

上記相違点2について検討する。
シンジオタクチックポリスチレン樹脂は、絶縁材料である点においてPPS樹脂と共通するものであり、絶縁材料としてシンジオタクチックポリスチレン樹脂を用いることは刊行物2ないし刊行物4に記載されていることを考慮すると、当業者が絶縁軸受の絶縁材料として上記PPS樹脂に替えてシンジオタクチックポリスチレン樹脂の適用を試みることは十分な動機付けがあったというべきであり、シンジオタクチックポリスチレン樹脂がすでに広く利用されていた(例えば、上記刊行物2及び上記刊行物3参照)ことを考慮すると、上記刊行物1発明にこれを適用することを阻害する要因は見あたらない。

したがって、上記刊行物1発明に上記刊行物2ないし刊行物4に記載された発明を適用して上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは、当業者が格別困難なく想到し得るものである。

そして、本願補正発明が奏する「位置ずれするのを防ぐ」ことや「被膜5の剥離や浮き上がりを防止する」などといった効果は、刊行物1ないし刊行物4に記載された発明及び上記周知事項から当業者が予測できるものである。

したがって、本願補正発明は、刊行物1ないし刊行物4に記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお、請求人は、平成19年7月11日付けの手続補正書(方式)により補正された審判請求書において、「引用文献1の転がり軸受は同明細書の〔図2〕に記載されたような形状をしており、PPS樹脂の代わりに引用文献2?4に記載されたSPS樹脂を用いて絶縁被膜を形成し、強化繊維及び熱伝導剤の添加量に設計変更を加えたとしても、外輪11の側面部の内周面の内径が、絶縁被膜2の側面部の内周面の内径よりも小さいことに変わりありません。この形状では、外輪が熱膨張すると、外輪の径方向内方において絶縁被膜の側面部よりも小径である部分が、絶縁被膜の内周端部を軸方向外方に押すので絶縁被膜の側面部の内周側が外輪から剥離し易くなります。そして、このような剥離を防止するためには、絶縁被膜の側面部の膜厚を厚くしておく必要があるのです。要するに、引用文献1の軸受の形状では、絶縁性を有するSPS樹脂で絶縁被膜を形成したとしても、その側面部の膜厚を薄くすることができないのです。
それに対し、請求項1発明に係る絶縁軸受は、絶縁被膜の突起部を外輪の内周部に形成した段部に係合させた形状をしているので、外輪が熱膨張したとしても、外輪の内周部が絶縁被膜を軸方向外方に押さないために剥離が起こりにくく、よって剥離を抑えるために絶縁被膜の側面部の膜厚を厚くしておく必要がありません。これにより、絶縁被膜の側面部の膜厚を引用文献1に記載の絶縁被膜よりも薄くすることが可能となります。これに加えて、請求項1発明ではPPS樹脂よりも衝撃強度及び絶縁特性に優れたSPS樹脂で絶縁被膜を形成しているので、さらに側面部の膜厚を薄くすることができます。」などと主張している。
確かに、請求人が主張するとおり、上記刊行物1発明は、外輪11の側面部の内周縁近傍で絶縁被膜2を係合させた点においては、絶縁被膜を外輪の内周部で係合させた本願補正発明と同一視することはできないが、両者は軸受の外輪の表面に絶縁被膜を形成するという基本的構想において軌を一にするものであるから、結局、請求人が主張する相違は絶縁被膜で被覆する外輪の範囲とその係合手段の差異に帰着するものである。そして、この差異は、刊行物1発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に想到し得るものであることは上記相違点1の判断で述べたとおりである。
よって、請求人の主張は採用できない。

(4)むすび

以上のとおり、本願補正発明、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、刊行物1ないし刊行物4に記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
よって、本願補正発明、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、平成15年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第4項の規定に適合しない。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について

(1)本願発明

平成19年7月11日付け手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成19年3月6日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】軌道輪の表面に絶縁被膜を有する絶縁軸受であって、前記絶縁被膜を、強化繊維と、前記強化繊維より高い熱伝導度を有する熱伝導材とを添加したシンジオタクチックポリスチレン樹脂により形成し、前記絶縁被膜中の前記強化繊維及び前記熱伝導材の各含有量をそれぞれ10重量%以上とし、前記強化繊維及び前記熱伝導材の総含有量を75重量%以下としたことを特徴とする絶縁軸受。」

(2)引用刊行物とその記載事項

1.特開平07-310748号公報
2.特開2001-141064号公報
3.特開平09-089021号公報
4.特開平01-110122号公報

刊行物1ないし刊行物4の記載事項は、上記2-2.(2)(ア)?(ス)のとおり。

(3)対比・判断

本願発明は、上記本願補正発明から「軌道輪」及び「絶縁被膜」に関する限定事項である「内周面端部に当該内周面を拡径させて形成した段部を有する外輪」である点、及び、「当該外輪の段部に係合する突起部を設けた絶縁被膜」である点の限定をそれぞれ省いたものに相当する。

そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、審判請求時の手続補正によってさらに構成を限定した本願補正発明が、上記「2-2.(3)対比・判断」に示したとおり、刊行物1ないし刊行物4に記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記限定を省いた(すなわち、2-2.(3)における相違点1を有さない)本願発明は、刊行物1ないし刊行物4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)むすび

以上のとおり、本願発明、すなわち、本願の請求項1に係る発明は、刊行物1ないし刊行物4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。



 
審理終結日 2008-09-03 
結審通知日 2008-09-09 
審決日 2008-09-29 
出願番号 特願2001-305498(P2001-305498)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16C)
P 1 8・ 121- Z (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 冨岡 和人  
特許庁審判長 川上 益喜
特許庁審判官 水野 治彦
山岸 利治
発明の名称 絶縁軸受  
代理人 特許業務法人サンクレスト国際特許事務所  

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