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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16J
管理番号 1187940
審判番号 不服2007-31908  
総通号数 109 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-01-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-11-26 
確定日 2008-11-14 
事件の表示 平成10年特許願第334321号「メカニカルシール」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 6月16日出願公開、特開2000-161501〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成10年11月25日の出願であって、平成19年10月16日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して平成19年11月26日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

2.本願発明1
本願の請求項1及び2に係る発明は、平成19年9月10日付けの手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は次のとおりのものである。

「純水の揚液に用いられる羽根車を有するポンプにおけるポンプ本体と羽根車の回転軸との間に適用された純水用のメカニカルシールであって、
アルミナ材で形成された固定側摺動リングと、
アルミナ材で形成され固定側摺動リングに対し押圧されるとともに摺動自在に設けられた回転側摺動リングとを具備し、
固定側摺動リングおよび回転側摺動リングの少なくとも一方は、相互に対向する摺動面にて液側の周縁から液系外側の周縁に向かって切込み形成された溝を有する
ことを特徴とするメカニカルシール。」

3.刊行物及びその記載事項
本願の出願前に国内で頒布された以下の刊行物に記載された事項は次の通りである。

(1)刊行物1
原査定の拒絶の理由に引用された特開平8-61515号公報(以下、「刊行物1」という。)には、「ポンプ用メカニカルシール」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

イ.「本発明は、前記パーティクルがシールの内部に滞留し高濃度化していくことを積極的にさける溝構造をもつメカニカルシールを採用して前記問題を解決しようとするものである。なお、メカニカルシールの摺動面に溝を施したものは従来よりあるが、ドライ摺動(乾式接触)用や高PV(pressure・velocity)値用・耐磨耗対策のため摺動面間の液体膜形成促進を目的とするものである。すなわち摺動面の保護を目的とするもので、後述する本発明のようなメカニカルシールの構造とは本質を異にするものである。本発明の目的は、超純水,清浄溶剤などのポンプの揚液中にメカニカルシールの摺動部分などからの微細粒子など不純物の混入を極力少なくすることができるポンプ用メカニカルシールを提供することにある。」(2ページ1欄26-39行;段落番号【0003】参照)

ロ.「前記目的を達成するために、本発明によるポンプ用のメカニカルシールは、メカニカルシール部品の摺動端面の一方または両面に放射方向成分をもつ放散用溝を設け、ポンプ運転中にシール部の摺動などにより生ずるパーティクルやメカニカルシール内部に溜まるパーティクルなどを摺動面部から前記放散用溝により揚液空間とは隔離された外周空間に放出し、本体側に放出するように構成されている。前記放散用の溝はメカニカルシールの摺動面の片端面または両端面の接面中央部に数本の放射状,渦巻き状や螺旋状の溝で、接面の内外周側面は二つの面同志が面接触を保つ形状のものとして構成することができる。」(2ページ1欄41行-2欄2行;段落番号【0004】参照)

ハ.「羽根車4はモータ軸3に固定され、ポンプの本体5とカバー6間で回転させられる。モータ軸3は図示しないモータにより駆動され、シャフトカバー9に設けられたベアリング7により回転可能に軸支持されている。ポンプ本体5側にメカニカルシールの固定側摺動リング1が固定されており、固定側摺動リング1の内周とモータ軸3間に揚液空間に連通するポンプ内液Aの空間が形成されている。
モータ軸3にはメカニカルシール基部10を介してメカニカルシール回転側摺動リング2が設けられている。なおこの回転側摺動リング2はばね8により固定側摺動リング1方向に付勢されており、回転側摺動リング2はモータ軸3と一体に回転する。回転側摺動リング2と固定側摺動リング1間にメカニカルシールの摺動面Xが形成されている。メカニカルシールの摺動面Xに、放散用の溝はメカニカルシールの摺動面の片端面、または両端面の接面中央部に数本の放射状(図2A)の溝15,渦巻き状または螺旋状(同図B,C)の溝16,17、接面の内外周側面は二つの面同志が面接触を保つ形状のものとすることができる。通常、ポンプ内液(A)は固定側摺動リング1と回転側摺動リング2との摺動面Xにおいて機外に漏出するのを封止されている。なお、運転時においては適度な液漏れ量は使用条件などに応じて溝の形状や寸法などによりコントロールされる。摺動面の内周および外周に囲まれた環状の領域に前述のような浅い溝15,16,17等を設ける。」(2ページ2欄22-47行;段落番号【0006】、【0007】参照)

してみると、刊行物1には、以下の発明(以下、「刊行物1記載の発明」という。)が記載されているものと認められる。

「羽根車4はモータ軸3に固定され、ポンプ本体5側にメカニカルシールの固定側摺動リング1が固定され、モータ軸3には、ばね8により固定側摺動リング1方向に付勢されてモータ軸3と一体に回転するメカニカルシール回転側摺動リング2が設けられ、回転側摺動リング2と固定側摺動リング1間に形成されたメカニカルシールの摺動面Xに、メカニカルシールの摺動面の片端面、または両端面の接面中央部に数本の放射状,渦巻き状または螺旋状の溝を設けるポンプ用メカニカルシール」

(2)刊行物2
原査定の拒絶の理由に引用された実願昭63-72940号(実開平1-176270号)のマイクロフィルム(以下、「刊行物2」という。)には、「メカニカルシール」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

ニ.「従動リング3とシートリング2とのうちの回転側に配置された一方のリングの密封端面5に放出溝7を形成し、放出溝7はリング周方向の複数箇所でリング外周縁8からリング肉壁途中部にかけて設けた放射溝7aと、当該各放射溝7aの最奥部と連通するようにリング肉壁途中部の周方向に沿って設けた周溝7bとから構成されて、密封端面5に侵入した流体中の異物を放出溝7から遠心力でリング外部に放出するように構成したことを特徴とするものである。」(4ページ20行-5ページ9行)

ホ.「上記第1考案においては、流体中の金属粉や小砂等の異物が密封端面5に侵入すると、この異物は密封端面5の相対回転によって主に周方向に移動して放出溝7の放射溝7aに落ち込み、当該放出溝7aから遠心力により外部に放出される。
・・・・・・
従って、異物は密封端面5に侵入しても速やかに外部に放出されるので、異物によって密封端面5が摩耗することを抑制できる。」(6ページ3-13行)

(3)刊行物3
原査定の拒絶の理由に引用された特開平1-100059号公報(以下、「刊行物3」という。)には、「高密封性能メカニカルシール」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

ヘ.「本発明では上記問題点を克服するために硬度、靭性、熱衝撃性に優れた硬質材として、Al_(2)O_(3)-ZrO_(2)混合組成物を開発し、常圧焼結およびホットプレス法により製造した当該組成物により高密封性能メカニカルシールを構成する。
A1_(2)O_(3)-ZrO_(2)質メカニカルシール硬質材は、上記三点の物理的特性に優れているため、従来材質の問題点を克服し、高温で酸、アルカリいずれの雰囲気に於いても摺動部の摩耗量が少なく、増大した耐衝撃性により安定に使用し得る高密封性能を示す。
A1_(2)O_(3)-ZrO_(2)質組成物の成分の組み合わせ範囲は、Al_(2)O_(3)95?60 wt%、ZrO_(2)5?40wt%である。」(2ページ右上欄1-14行)

ト.「上記Al_(2)O_(3)-ZrO_(2)組成物硬質材を第1図に示すメカニカルシールの回転環(2)に使用した例では、・・・・・第1図メカニカルシールの構成概略は、(1)固定環、(2)回転環、(3)リテーナ-、(4)Oリング、(5)スプリング、(6)スプリングリテーナ-、(7)フランジ、および(8)ケーシングである。
また、第1図メカニカルシールの固定環(1)と回転環(2)の材質は可換である。」(3ページ左上欄1行-左下欄7行)

(4)刊行物4
原査定の拒絶の理由に引用された特開平4-282078号公報(以下、「刊行物4」という。)には、「Al2 O3 系摺動材の製造方法」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

チ.「一般にAl_(2)O_(3)系摺動材は,耐腐食性、耐摩耗性、耐熱性等に優れているため、寿命が長く、過酷な条件下で使用されるメカニカルシールや軸受等には不可欠なものとなっている。」(2ページ1欄29-32行;段落番号【0002】参照)

リ.「【作用】本発明は上記の手段を採用したことにより、イオン注入部のAl_(2)O_(3)が軟化しているため、摺動面に微細なスパイラル状のスパイラル溝を容易に形成することができる。また、本発明によって製造されたAl_(2)O_(3)系摺動材がメカニカルシール、軸受等に使用されると所定の摺動特性を発揮することとなる。」(2ページ2欄22-27行;段落番号【0008】参照)

4.対比
本願発明1と刊行物1記載の発明とを対比すると、刊行物1記載の発明の「固定側摺動リング1」と本願発明1の「アルミナ材で形成された固定側摺動リング」とは、少なくとも「固定側摺動リング」である点では共通し、同様に「ばね8により固定側摺動リング1方向に付勢されてモータ軸3と一体に回転するメカニカルシール回転側摺動リング2」と「アルミナ材で形成され固定側摺動リングに対し押圧されるとともに摺動自在に設けられた回転側摺動リング」とは、少なくとも「固定側摺動リングに対し押圧されるとともに摺動自在に設けられた回転側摺動リング」である点で共通する。そして、刊行物1記載の発明の「回転側摺動リング2と固定側摺動リング1間に形成されたメカニカルシールの摺動面Xに、メカニカルシールの摺動面の片端面、または両端面の接面中央部に数本の放射状,渦巻き状または螺旋状の溝を設ける」と本願発明1の「固定側摺動リングおよび回転側摺動リングの少なくとも一方は、相互に対向する摺動面にて液側の周縁から液系外側の周縁に向かって切込み形成された溝を有する」とは、少なくとも「固定側摺動リングおよび回転側摺動リングの少なくとも一方は、相互に対向する摺動面にて液系外側の周縁に向かって切込み形成された溝を有する」点では共通する。また、刊行物1記載の発明の「ポンプ用メカニカルシール」は、「羽根車4」を有しており、また、刊行物1の摘記事項イ.からみて、超純水などのポンプの揚液に使われることが明らかであることに鑑みれば、本願発明1の「純水の揚液に用いられる羽根車を有するポンプにおけるポンプ本体と羽根車の回転軸との間に適用された純水用のメカニカルシール」及び「メカニカルシール」に相当する。
そうすると、本願発明1と刊行物1記載の発明とは、本願発明1の用語に倣えば、

「純水の揚液に用いられる羽根車を有するポンプにおけるポンプ本体と羽根車の回転軸との間に適用された純水用のメカニカルシールであって、
固定側摺動リングと、
固定側摺動リングに対し押圧されるとともに摺動自在に設けられた回転側摺動リングとを具備し、
固定側摺動リングおよび回転側摺動リングの少なくとも一方は、相互に対向する摺動面にて液系外側の周縁に向かって切込み形成された溝を有する
ことを特徴とするメカニカルシール。」

である点で一致し、次の2点で相違する。
(相違点A)
本願発明1は、固定側摺動リングと回転側摺動リングとが「アルミナ材で形成され」るものであるのに対し、刊行物1記載の発明では、固定側摺動リングと回転側摺動リングの材質に関し特段規定されていない点

(相違点B)
本願発明1の溝は、液側の周縁から液系外側の周縁に向かって切込み形成されたものであるが、刊行物1記載の発明の溝は、液系外側の周縁に向かって切込み形成されたものではあるが、「液側の周縁から液系外側の周縁に向かって」いるかは明らかではない点。

5.判断
上記相違点について判断すると、
はじめに相違点Aについて検討するに、メカニカルシールの摺動材を耐腐食性に優れたアルミナ材で形成することは、刊行物3及び4に記載されているように周知技術にすぎない。また、刊行物3の摘記事項ト.にも記載されているように、アルミナ材を固定側摺動リング、回転側摺動リングに用いることに格別な困難性があるともいえない。そうすると、刊行物1記載の発明の固定側摺動リング、回転側摺動リングの材質としてこの周知技術を採用し、相違点Aに係る本願発明の構成とすることは、当業者であれば容易になしうるものである。

つぎに相違点Bについて検討するに、刊行物1記載の発明の溝は、図2からみて液側の周縁側から液系外側の周縁に向かっていることは明らかであり、これを液側の周縁とすることは、パーティクル放出の効率等を踏まえて当業者が日常の設計活動の範囲内で適宜設定しうる事項と理解できる。また、異物を外部に放出するために形成される溝を液側の周縁から液系外側の周縁に向かって設けることは、刊行物2にも記載されているように周知技術であり、これを踏まえて刊行物1記載の発明の溝に対して所要の設計変更を行い、液側の周縁から液系外側の周縁に向かう溝とすることは当業者であれば容易になしうるものとも理解できるものである。
そうすると、刊行物1記載の発明の溝に対し、当業者が日常の設計活動の範囲内で適宜設計変更を行い、あるいは、刊行物1記載の発明及び周知技術を踏まえてその溝に対し所要の設計変更を行うことにより、相違点Bに係る刊行物1記載の発明の構成とすることは当業者であれば容易になしうるものである。

そして、本願発明1が奏する作用効果も、刊行物1記載の発明及び周知技術から、当業者が予測できる範囲内のものである。

なお、請求人は、平成19年12月26日付けの手続補正(方式)により補正した審判請求書の【請求の理由】欄において、
(A)「このアルミナ材は、引用文献4、5に記載されているように摺動材としては一般的ですが、アルミナ材どうしを摺動させると、直ぐに磨耗してしまうため、通常は、アルミナ材どうしを摺動させるメカニカルシールは存在しません。
すなわち、アルミナ材を使用する場合は、引用文献4にて硬質材と軟質材との組み合わせに言及しているように、アルミナ材と、カーボン材のようにアルミナ材よりも柔らかい材料とを摺動させることが一般的です。
これに対して、本願の請求項1に係る発明は、アルミナ材の固定側摺動リングと、アルミナ材の回転側摺動リングと、摺動面にて液側の周縁から液系外側の周縁に向かって切込み形成された摺動面の潤滑用および冷却用かつパーティクル排出用の溝と、ポンプ揚液を純水としたことの組み合わせに限定することで、一般的でない固定側摺動リングと回転側摺動リングの両方の材質をアルミナ材にした際の長寿命化を図り、純水用のメカニカルシールとして完成させたものです。
このように、本願の請求項1に係る発明は、耐食性と安価であることを考えて純水用で使用するために、両方の摺動材にアルミナ材を選定していますが、引用文献4、5の摺動材は、純水に対しては、どれも摺動材として適さないか、または非常に高価であります。なお、引用文献5にはアルミナ材は耐食性があると有りますが、純水に対しての記載がありません。」と主張し、
(B)「次に、拒絶査定では、「各請求項に係る発明と引用文献6に記載されている発明とを比較すると、前者が固定側摺動リング及び回転側摺動リングにアルミナ材で形成するのに対して後者が材料が不明である点で相違するが、引用文献5には、アルミナが耐腐食性を有する知見が示され、引用文献6には、溝の効果として液体膜による耐摩耗性について言及されているので、引用文献6の固定側摺動リング及び回転側摺動リングにアルミナ材で形成することは当業者であれば容易に想到し得る範囲のものである。」との判断が示されております。
しかしながら、固定側摺動リングおよび回転側摺動リングを共にアルミナ材で形成することは、当業者であれば容易に想到し得るものではありません。以下に、その説明をします。
(i) 文献より(セラミックスのトライボロジー(社団法人日本トライボロジー学会セラミックスのトライボロジー研究会編)
上記文献には、「磨耗材としてのセラミックスの特性として、アルミナやジルコニアではイオン結合が、窒化ケイ素や炭化ケイ素では共有結合が支配的である。イオン結合が支配的なセラミックスでは、原子間の結合に方向性も存在せず、わずかではあるが塑性変形も期待できるため比較的凝着力は大きい。一方、共有結合性のセラミックスでは、原子間の結合に異方性が存在し、塑性変形は全くといってよいほど期待できない。このため接触部で相対変位が発生しても新生面の生成は期待しにくく結合力の強い結晶面が出会う確率も極めて小さい。したがって、窒化ケイ素や炭化ケイ素の方が摩擦材料として有望である。」また「SiC同士とアルミナ同士の摩擦係数の差は、水中で約10倍ある。」とあります。
したがって、アルミナ材とアルミナ材の摺動は、摩擦係数が高く凝着しやすい組み合わせであるため、当業者であれば使用しない組み合わせです。当業者においてアルミナ材を使用した一般的な組み合わせは、自己潤滑性のあるカーボンとアルミナの組み合わせです。
(ii) 出願人の社内実験より
固定側摺動リングおよび回転側摺動リングを共に溝を付けずにアルミナ材で形成して、これらを純水中で摺動させた場合は、1000時間で30μmの磨耗量となり、この磨耗量は、メカニカルシールとしては実用的ではありませんが、固定側摺動リングおよび回転側摺動リングを共にアルミナ材で形成して、それらの一方に溝を付け、かつ、これらを純水中で摺動させた場合は、1000時間での磨耗量が1μmに減少し、実用に耐えることが確認されました。」と主張している。
そこで、これら主張についても検討する。
はじめに主張(A)について検討すると、刊行物3(引用文献4)には、従来の技術として、メカニカルシールは硬質材とカーボングラファイトに代表される軟質材との組み合わせで構成される旨記載されている(1ページ右欄9-14行参照)。しかしながら、刊行物3の摘記事項ト.には、固定環と回転環の材質は可換である、すなわち固定環と回転環をアルミナ材に換えることは可能である旨記載され、固定環と回転環を同時にアルミナ材に換えることはできない旨の記載はない。そして、このような摘記事項を見た当業者であれば、刊行物1に記載された従来技術の存在に関わらず、固定環と回転環を共にアルミナ材で形成することは容易に想起しうるものと理解できる。また、刊行物4(引用文献5)には、「純水に対して耐食性がある」旨明記されてはいないものの、一般に耐食性を強く求められる部位に耐食性が優れた材料を用いることは当業者であれば当然なし得ることである。そうすれば、刊行物1記載の発明の固定側摺動リング及び回転側摺動リングの材料を検討するにあたり、耐食性を向上すべく、摺動材において周知の耐食性に優れた材料であるアルミナ材の採用を試みることに格別な困難性があるとはいえない。
次に主張(B)について検討すると、上記主張(B)では、SiC同士とアルミナ同士の摩擦係数の差についての記載がある文献を指摘し、これに基づく主張がなされている。しかし、該文献の原本の複写物等の添付がなく、原本の著者(若しくは編者)、出版社、出版年、引用個所についての具体的な教示もないことから、この主張の基となる文献が実在するかが明らかでなくさらに実際の記載事項に基づくものかも明らかでない。よって、当該文献の記載に基づく主張を採用することはできない。仮に、当該文献に基づく主張が、実在する文献の実際に記載された事項に基づくものであったとしても、メカニカルシールにおいて、摺動面が直接接触して摺動する所謂ドライ摺動による異常摩耗を防止するべく、摺動面の液側の周縁又は側から液系外側に向かって溝を形成することは、原査定の拒絶の理由に引用された特開平7-224948号公報(段落番号【0003】ないし【0005】参照)、同じく特開平8-277941号公報(段落番号【0007】ないし【0011】参照)に記載されたように従来周知であり、そして、この従来周知の構造と同様の構造である刊行物1記載の発明の溝が、異常摩耗を防止する効果をも奏するであろうこと当業者であれば容易に理解できるものである。そして、このような溝を有する刊行物1記載の発明の固定側摺動リング及び回転側摺動リングの材料として、周知技術を適用することに格別な困難性があるとはいえない。
さらに、請求人の社内実験に基づく主張についても、そもそも当該実験は明細書の記載事項と直接関係するものではなく、その結果に基づく主張を採用できないばかりか、仮に明細書の記載に基づくとしても、実験時の詳細な条件、例えば固定側摺動リング及び回転側摺動リングの寸法形状、溝の形状及び表、グラフ等を用いた実験結果の考察等が明らかでないことから、当該結果が請求人の主張どおりのものと明らかに解することはできず、これに基づく請求人の主張を採用することはできない。さらに当該結果が実質的に請求人の主張どおりのものであったとしても、上述のとおり、摺動面に溝を設けることにより異常摩耗を防止することは従来周知であることに鑑みれば、刊行物1記載の発明及び周知技術に基づきなされた発明が請求人が指摘する社内実験と同様の効果を奏する蓋然性が高いことは、当業者であれば容易に予測しうるものである。
よって、請求人の上記(A)及び(B)の主張は採用できない。

6.むすび
したがって、本願の請求項1に係る発明(本願発明1)は、刊行物1に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであることから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2に係る発明については検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論の通り審決する。
 
審理終結日 2008-09-04 
結審通知日 2008-09-10 
審決日 2008-09-29 
出願番号 特願平10-334321
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 島田 信一  
特許庁審判長 村本 佳史
特許庁審判官 山岸 利治
水野 治彦
発明の名称 メカニカルシール  
代理人 山田 哲也  
代理人 樺澤 襄  
代理人 樺澤 聡  

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