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審判番号(事件番号) データベース 権利
審判199223900 審決 特許
無効2009800179 審決 特許
無効200480218 審決 特許
無効200335505 審決 特許
無効2010800182 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 出願日、優先日、請求日  C12N
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C12N
審判 全部無効 2項進歩性  C12N
管理番号 1188185
審判番号 無効2007-800105  
総通号数 109 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-01-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-05-25 
確定日 2008-09-05 
事件の表示 上記当事者間の特許第3288384号発明「ケモカイン受容体88-2B[CKR-3]及び88Cならびにそれらの抗体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3288384号の請求項1-14に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3288384号の請求項1-14に係る発明についての出願(特願平9-523092号)は、1996年12月20日(パリ条約による優先権主張、1995年12月20日、米国(以下、「基礎出願1」という。)、1996年6月7日、米国(以下、「基礎出願2」という。))に国際出願されたものであり、平成14年3月15日に特許権の設定登録がなされ、この特許に対して平成19年5月25日付で小野薬品工業株式会社より本件特許無効審判が請求され、これに対して平成19年9月18日付で被請求人から答弁書が提出され、これを受けて平成19年10月5日付で合議体から両当事者に対し審尋がなされ、これに対し、平成19年11月5日付けで被請求人から回答書が提出され、一方、請求人からは平成19年11月8日付けで弁駁書が提出された。口頭審理を開催するにあたり、平成19年11月22日付けで合議体から両当事者に対してFaxで質問がなされ、当該質問をふまえて、平成19年11月29日付けで被請求人から口頭審理陳述要領書(1)(以下、「陳述要領書(1)」という。)および、同要領書(2)(以下、「陳述要領書(2)」という。)が提出され、平成19年11月29日に口頭審理を行い、論点整理を行った。平成19年11月28日付けで被請求人から乙第38号証の外国語部分の翻訳が補正書として提出され、請求人からは平成19年12月13日付けで口頭審理で主張した点を補充する上申書(2)が提出され、両当事者から本件特許に関する特許権侵害訴訟関連書類が(被請求人からは平成19年12月13日付け上申書として)提出され、平成20年1月31日付けで被請求人から口頭審理を踏まえた上申書が、請求人から口頭審理を踏まえた上申書(3)が提出され、平成20年2月15日付けで被請求人から上申書が提出された。


第2 当事者の主張
I 請求人の主張
請求人は、平成19年5月25日付審判請求書において、請求項1?14に係る各特許発明は、以下の無効理由を有するものであるから、特許法第29条第1項または第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきであると主張し、その証拠方法として下記の甲第1号証-甲第11号証を提出している。
無効理由1-3:本件特許発明は、本件特許の第1優先日(すなわち、基礎出願1の出願日)前に頒布された刊行物である甲第3号証により、新規性進歩性を欠如している。
無効理由4:本件特許発明は、本件特許の第1優先日前に頒布された刊行物である甲第3、4および5号証に対して進歩性を欠如している。
無効理由5:本件特許発明は、本件特許の第2優先日(すなわち、基礎出願2の出願日)前に公然知られた発明(甲第10号証)に対して新規性進歩性を欠如している。
無効理由6:本件特許発明は、本件特許の第2優先日前に頒布された刊行物である甲第11号証により、新規性進歩性を欠如している。


甲第1号証:米国特許出願第08/575,967号の優先権証明書
甲第2号証:GenBankに受入番号U54994として登録したデーター
甲第3号証:The Journal of Biological Chemistry Vol.270, No.27, pp.16491-16494, 1995(発行日:1995年7月14日)
甲第4号証:The Journal of Biological Chemistry Vol.270, No.50, p.30235, 1995(発行日:1995年12月15日)
甲第5号証:Science, Vol.270, pp.1811-1815(発行日:1995年12月15日)
甲第6号証:国際公開WO94/11504号パンフレット(公開日:1994年5月26日)
甲第7号証:国際公開WO95/19436号パンフレット(公開日:1995年7月20日)
甲第8号証:国際公開WO94/12635号パンフレット(公開日:1994年6月9日)
甲第9号証:本件特許の審査時に提出された平成12年12月29日付け意見書
甲第10号証の1:GenBankに受入番号X91492として登録したデータ甲第10号証の2:X91492の改定履歴
甲第11号証:Biochemistry 1996, 35, 3362-3367(発行日:1996年3月19日)

請求人はまた、平成19年11月8日付弁駁書、平成19年12月13日付上申書(2)、平成20年1月31日付上申書(3)に添付して、以下の甲第12号証-甲第88号証を提出している。
甲第12号証:ケモカインハンドブック、2000年11月20日、株式会社秀潤社発行、10?14頁
甲第13号証:米国特許出願第08/661,393号の優先権証明書
甲第14号証:医学のあゆみ vol.212, No.1, pp35-40, 2005(発行日:2005年1月1日)
甲第15号証:Cytokine and Growth Factor Review Vol.12, pp313-335, 2001(発行日:2001年12月)
甲第16号証:生化学データブックI、1979年11月26日、社団法人日本生化学会発行、1715頁
甲第17号証:Blood, Vol.94, No.9, pp2990-2998, 1999(発行日:1999年11月1日)
甲第18号証:Proc. Nati. Acad. Sci. USA., Vol.91, pp2752-2756 1994(発行日:1994年3月)
甲第19号証:Proc. Nati. Acad. Sci. USA., Vol.88, pp5252-5256 1991(発行日:1991年6月)
甲第20号証:生化学辞典、1990年11月22日、株式会社東京化学同人発行、945?946頁
甲第21号証:乙第1号証抄訳文
甲第22号証:GenBankにアクセッション番号U57840として登録されているところ(乙第1号証の図1脚注)、この登録データの改訂履歴
甲第23号証:J. Exp. Med., 176(2), 587-92, 1992(発行日:1992年8月1日)
甲第24号証:Am. J. Obstet. Gynecol., 169(6), 1545-9, 1993(発行年月:1993年12月)
甲第25号証:J. Immunol., 153(10), 4721-32(1994)(発行日:1994年11月15日)
甲第26号証:Lancet, 343(8891), 209-11(1994)(発行日:1994年1月22日)
甲第27号証:Clin. Exp. Immunol., 101(3), 398-407(1995)(発行年月:1995年9月)
甲第28号証:Nature, 344(6265), 442-4(1990)(発行日:1990年3月29日)
甲第29号証:J. Exp. Med., 176(3), 781-6(1992)(発行日:1992年9月1日)
甲第30号証:J. Immunol., 151(5), 2852-63(1993)(発行日:1993年9月1日)
甲第31号証:J. Clin. Invest., 93(3), 921-8(1994)(発行年月:1994年3月)
甲第32号証:Leukemia, 8(5), 798-805(1994)(発行年月:1994年5月)
甲第33号証:Clin. Exp. Immunol., 97(3), 451-7(1994)(発行年月:1994年9月)
甲第34号証:J. Neurol. Sci., 129(2), 223-7(1995)(発行年月:1995年4月)
甲第35号証:J. Immunol., 154(9), 4793-802(1995)(発行日:1995年5月1日)
甲第36号証:J. Leukoc. Biol., 57(5), 782-7(1995)(発行年月:1995年5月)
甲第37号証:J. Immunol., 155(10), 5003-10(1995)(発行日:1995年11月15日)
甲第38号証:Am. J. Respir. Cell. Mol. Biol., 13(6), 738-47(1995)(発行年月:1995年12月)
甲第39号証:Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 85(24), 9704-8(1988)(発行年月:1988年12月)
甲第40号証:Clin. Immunol. Immunopathol., 77(3), 307-14(1995)(発行年月:1995年12月)
甲第41号証:Mol. Cell. Biol., 11(6), 3125-31(1991)(発行年月:1991年6月)
甲第42号証:Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 88(12), 5252-6(1991)(発行日:1991年6月15日)
甲第43号証:J. Clin. Invest., 88(4), 1121-7(1991)(発行年月:1991年10月)
甲第44号証:J. Immunol., 148(7), 2148-53(1992)(発行日:1992年4月1日)
甲第45号証:J. Immunol., 148(8), 2423-8(1992)(発行日:1992年4月15日)
甲第46号証:J. Exp. Med., 175(5), 1271-5(1992)(発行日:1992年5月1日)
甲第47号証:J. Immunol., 149(2), 722-7(1992)(発行日:1992年7月15日)
甲第48号証:Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 89(12), 5371-5(1992)(発行日:1992年6月15日)
甲第49号証:J. Clin. Invest., 90(3), 772-9(1992)(発行年月:1992年9月)
甲第50号証:Biochem. Biophys. Res. Commun., 196(1), 274-9(1993)(発行日:1993年10月15日)
甲第51号証:J. Leukoc. Biol., 55(1), 120-6(1994)(発行年月:1994年1月)
甲第52号証:Am. J. Respir. Cell. Mol. Biol., 10(2), 142-7(1994)(発行年月:1994年2月)
甲第53号証:Infect. Immun., 62(2), 377-83(1994)(発行年月:1994年2月)
甲第54号証:Lab. Invest., 71(2), 226-35(1994)(発行年月:1994年10月)
甲第55号証:Cancer. Immunol. Immunother., 39(4), 231-8(1994)(発行年月:1994年10月)
甲第56号証:Eur. J. Immunol., 24(12), 3233-6(1994)(発行年月:1994年12月)
甲第57号証:Gastroenterology, 108(1), 40-50(1995)(発行年月:1995年1月)
甲第58号証:J. Neuroimmunol., 56(2), 127-34(1995)(発行年月:1995年2月)
甲第59号証:Am. J. Physiol., 268(3 Pt 2), H1021-6(1995)(発行年月:1995年3月)
甲第60号証:Stroke, 26(4), 661-6(1995)(発行年月:1995年4月)
甲第61号証:Exp. Hematol., 23(9), 1035-9(1995)(発行年月:1995年8月)
甲第62号証:J. Immunol., 155(10), 4790-7(1995)(発行日:1995年11月15日)
甲第63号証:Curr. Eye. Res., 14(11), 1045-53(1995)(発行年月:1995年11月)
甲第64号証:Blood, 86(10), 3841-7(1995)(発行日:1995年11月15日)
甲第65号証:Immunology, 86(3), 434-40(1995)(発行年月:1995年11月)
甲第66号証:J. Exp. Med., 176, 59-65 (1992)(発行年月:1992年7月)
甲第67号証:Biochem. Biophys. Res. Commun., 200(3), 1470-6(1994)(発行日:1994年5月16日)
甲第68号証:J. Immunol., 153(7), 3155-9(1994)(発行日:1994年10月1日)
甲第69号証:FASEB. J., 8(13), 1055-60(1994)(発行年月:1994年10月)
甲第70号証:J. Immunol., 143(9), 2907-16(1989)(発行日:1989年11月1日)
甲第71号証:Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 89(7), 2950-4(1992) (発行日:1992年4月1日)
甲第72号証:口頭審理当日持参書面
甲第73号証:甲第17号証の抄訳文
甲第74号証:Cancer Research 50, pp.4315-4321, July 15, 1990
甲第75号証:Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.86. pp.9717-9721, December 1989
甲第76号証:The Journal of Biological Chemistry, Vol.268, Vol.30, Issue of October 25,1993 pp.22299-22304
甲第77号証:The Journal of Biological Chemistry, Vol.270, Vol.50, Issue of December 15,1995 pp.29819-29824
甲第78号証:The Journal of Biological Chemistry, Vol.270, Vol.37, Issue of September 15,1995 pp.21966-21974
甲第79号証:The Journal of Immunology, Vol.153, pp.3267-3275(1994)
甲第80号証:J. Recept Res. Vol.12(1), pp59-70(1992)
甲第81号証:医学のあゆみ Vol.175, No.2, pp.168-170(1995.10.14)
甲第82号証:現代医療 Vol.26, No.9, pp.115-119(1994)
甲第83号証:医学のあゆみ Vol.168, No.4, pp.245-248(1994.1.22)
甲第84号証:乙第47号証抄訳文(679頁左欄下から2行?右欄2行)
甲第85号証:乙第55号証抄訳文(438頁右欄下から11?8行)
甲第86号証:免疫学辞典、株式会社東京化学同人、第1版第1刷、391頁、1993年11月15日発行
甲第87号証:免疫学辞典、株式会社東京化学同人、第1版第1刷、140?142頁、1993年11月15日発行
甲第88号証:特許庁の審査基準抜粋

II 被請求人の主張
これに対して、被請求人は、平成19年9月18日付け答弁書において、以下のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がないと主張して、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の乙第1号証-乙第20号証の4を提出している。
無効理由1-3:本件特許発明は、本件特許の第1優先日前に頒布された刊行物である甲第3号証により、新規性進歩性を欠如しているものではない。
無効理由4:本件特許発明は、本件特許の第1優先日前に頒布された刊行物である甲第3、4および5号証に対して進歩性を欠如しているものではない。
無効理由5:本件特許の第2優先日前に公然知られた発明(甲第10号証)は、引用発明とはならない。
無効理由6:本件特許の第2優先日前に頒布された刊行物である甲第11号証は、引用発明とはならない。


乙第1号証:「Cloning and functional expression of CC CKR5, a human monocyte CC chemokine receptor selective for MIP-1α, MIP-1β, and RANTES」 Christophe Combariereら (Journal of Leukocyte Biology Volume 60, July 1996)
乙第2号証:「Molecular Cloning and Functional Expression of a New Human CC-Chemokine Receptor Gene」 Michel Samsonら(Biochemistry 1996, 35, 3362-3367)
乙第3号証:「Molecular Cloning and Functional Characterization of a Novel Human CC Chemokine Receptor (CCR5) for RANTES, MIP-1β, and MIP-1α」 キャロル ジェイ.レイポート、ジェニファ ゴスリン、ヴィッキー エル.シュウェイッカート、パトリック ダブリュ.ギャリー、及び、イスラエル エフ.チャロ アイコス コーポレイション
乙第4号証:「HUMAN CHEMOKINES: An Update」 Marco Baggioliniら(Annu. Rev. Immunol. 1997. 15: 675-705)
乙第5号証:「GATA-4/5/6, a Subfamily of Three Transcription Factors Transcribed in Developing Heart and Gut」 Anne C. Laverriere, Colin MacNeill, Christine Mueller, Robert E. Poelmann, John B. E. Burch及びTodd Evans (The Journal of Biological Chemistry Vol. 269, No. 37, Issue of Sptember 16, pp. 23177-23184, 1994)
乙第6号証:National Center for Biotechnology InformationによるGenBankと称するデータベースの受入番号X91492のプリントアウト
乙第7号証の1:「Expression of Human Immunodeficiency Virus Coreceptors CXC Chemokine Receptor 4 and CC Chemokine Receptor 5 on Monocytes Is Down-regulated during Human Endotoxemia」 Juffermansら (The Journal of Infectious Diseases 2002;185:986?9)
乙第7号証の2:「Bacterial Lipopolysaccharide Rapidly Inhibits Expression of C-C Chemokine Receptors in Human Monocytes」 Sicaら (Journal of Experimental Medicine, Vol. 185, No. 5, March 3, 1997, pp.969-974)
乙第7号証の3:「Regulation of CC Chemokine Receptor 5 and CD4 Expression and Human Immunodeficiency Virus Type 1 Replication in Human Macrophages and Microglia by T Helper Type 2 Cytokines」 Wang ら(JID 202; 185 (1 April) 885-897)
乙第8号証:米国特許出願08/661,393
乙第9号証の1:「Effect of Glucan on Granulopoiesis and Macrophage Genesis in Mice」 Carmen Burgaleta および David W. GoIde (CANCER RESEARCH 37, 1739-1742, June 1977)
乙第9号証の2:免疫学イラストレイテッド 37?38頁、210頁
乙第10号証:「Ontogeny of rat thymic macrophages. Phenotypic characterization and possible relationships between different cell subsets」 Vicente ら (Immunology 1995 85 99-105)
乙第11号証:「Macrophages of the Mammalian Small Intestine: A Review」 M. E. LeFevreら (JOURNAL OF THE RETICULOENDOTHELIAL SOCIETY Vol.26, No.5, 1979年11月)
乙第12号証:生化学辞典 第2版 103頁、1294?1295頁
乙第13号証:「Atherosclerosis and Macrophages」 Watanabe ら(Acta Pathologica Japonica 39(8): 1989 473-486)
乙第14号証:「Synovial tissue macrophages and joint erosion in theumatoid arthritis」 Yanniら(Annals of the Rheumatic Diseases 1994; 53: 39-44)
乙第15号証:「The role of the macrophage in asthma」 Laneら (Allergy 1994: 49: 201-209)
乙第16号証:「Effect of antigen dose on the recruitment of inflammatory cells to the lung by segmental antigen challenge」 Richard Dupuisら (J ALLERGY CLIN IMMUNOL 1992;89:850-7)
乙第17号証:「Ccr5 But Not Ccr1 Deficiency Reduces Development of Diet-Induced Atherosclerosis in Mice」 Braunersreutherら (Arterioscler.Thromb.Vasc.Biol.2007;27;373-379)
乙第18号証:「Depletion of CCR5-Expressing Cells with Bispecific Antibodies and Chemokine Toxins: A New Strategy in the Treatment of Chronic Inflammatory Diseases and HIV」 Hilke Bruhlら(The Journal of Immunology, 2001, 166: 2420-2426)
乙第19号証:「Chemokines, inflammation and the immune system」
D.D Taub および J.J. Oppenheim (Chemokines, inflammation and the immune system, Therapeutic Immunology 1994,1,229-246)
乙第20号証の1:再公表特許公報WO2004/054616
乙第20号証の2:再公表特許公報WO2004/098638
乙第20号証の3:再公表特許公報WO2005/023771
乙第20号証の4:再公表特許公報WO2006/030925

さらに被請求人は、平成19年11月5日付け回答書、平成19年11月29日付け口頭審理陳述要領書(1)、同日付口頭審理陳述要領書(2)、同日付補正書、平成19年12月13日付け上申書、平成20年1月31日付け上申書において、平成20年2月15日付け上申書において、以下の乙第21号証-乙第88証を提出している。
乙第21号証:「Alveolar macrophages lack CCR2 expression and do not migrate to CCL2」 Opalekら(Journal of Inflammation 2007, 4:19)
乙第22号証:免疫学イラストレイテッド 19頁
乙第23号証:「RANTES and related chemokines activate human basophil granulocytes through different G protein-coupled receptors」 Bischoffら(Eur. J. Immunol. 1993 Mar;23(3):761-767)
乙第24号証:「Interleukin-8 and Related Chemotactic Cytokines - CXC and CC Chemokines」 Baggioliniら(Advances in Immunol.55巻、97?179頁(1994))
乙第25号証:「Active Proliferation of Different Cell Types, Including Lymphocytes, in Human Atherosclerotic Plaques」 Rekhter and Gordon(Am. J. Pathol. 1995, September 147(3)668?677)
乙第26号証:「Macrophages and angiogenesis」 Sunderkotterら(Journal of Leukocyte Biology Volume 55, March 1994, pp. 410-422)
乙第27号証:「Inhibition of Interleukin 8 Attenuates Angiogenesis in Bronchogenic Carcinoma」 Smithら(J. Exp. Med., Volume 179, May 1994, 1409-1415)
乙第28号証:「LEUCOCYTES IN ASTHMA」 Kay(IMMUNOLOGICAL INVESTIGATIONS, 17(8&9), 679-705 (1988))
乙第29号証:「Induction of Chemokine Secretion and Enhancement of Contact-Dependent Macrophage Cytotoxicity by Engineered Expression of Granulocyte-Macrophage Colony-Stimulating Factor in Human Colon Cancer Cells」 Shinoharaら(The Journal of Immunology 2000 164:2728-2737)
乙第30号証:「A Chemokine Receptor Antagonist Inhibits Experimental Breast Tumor Growth」 Robinsonら(CANCER RESEARCH 63, 8360?8365, December 1, 2003)
乙第31号証:「The role of CC chemokine receptor 5 (CCR5) and
RANTES/CCL5 during chronic fungal asthma in mice」 Schuhら(The FASEB Journal, 2002, Feb 16 (2):228-30)
乙第32号証:生化学辞典 第2版 213頁
乙第33号証:「Traffic Signals for Lymphocyte Recirculation and Leukocyte Emigration: The Multistep Paradigm」 Springer(Cell, Vol. 76, 301-314, January 28, 1994)
乙第34号証:「Peritoneal fluid concentrations of the cytokine RANTES correlate with the severity of endometriosis」 Khorramら(Am. J. Obstet. Gynecol., Volume 169, Number 6, 1545-1549, December 1993)
乙第35号証:「Macrophage Inflammatory Protein-1α」 Kochら(The Journal of Clinical Investigation, Volume 93, March 1994, 921-928)
乙第36号証:「Macrophage Inflammatory Protein-1β: A C-C Chemokine in Osteoarthritis」 Kochら(CLINICAL IMMUNOLOGY AND IMMUNOPATHOLOGY, Vol. 77, No. 3, December 1995, pp.307-314)
乙第37号証:「Protection against Lethal Bacterial Infection in Mice by Monocyte-Chmotactic and -Activating Factor」 Nakanoら(Infection and Immunity, Vol. 62, No. 2, Feb. 1994, p. 377-383)
乙第38号証:村松 繁 京都大学名誉教授 鑑定書

乙第39号証:Horuk、TiPS May 1994 Vol.15, 159-165,
乙第40号証:FUMAGALLIら、Cytotechnology 5: S99-102, 1991
乙第41号証:Hungら、The Journal of Cell Biology, Volume 116,
Number 3, February 1992 827-832
乙第42号証:特願平4-169991号の審判手続(不服2001-19032号)において、請求人が提出した平成15年5月1日付け上申書
乙第43号証:BrogdenおよびPhillips、Electron Microsc Rev.
1988;1(2):261-78
乙第44号証:LehrerおよびNowotny、Infect Immun. 1972 Dec;
6(6):928-33
乙第45号証:J Endotoxin Res. 2006;12(3):171-80
乙第46号証:特許第3454275号公報
乙第47号証:Combadiereら、DNA AND CELL BIOLOGY, Vol. 14,
No. 8, 1995 Aug
乙第48号証:Mollereauaら、FEBS Letters 341 (1994) 33-38
乙第49号証:Meunierら、Nature. 1995 Oct 12;377(6549):
532-535
乙第50号証:WitmerおよびSteinman、THE AMERICAN JOURNAL OF
ANATOMY 170:465-481 (1984)
乙第51号証:生化学辞典、表紙、奥付け、653頁、758頁
および987頁
乙第52号証:免疫学辞典、表紙、奥付け、308頁

乙第54号証:生化学辞典 第2版
乙第55号証:"CHANGES IN THE EXPRESSION OF MCP-1 RECEPTORS ON MONOCYTIC THP-1 CELLS FOLLOWING DIFFERENTIATION TO MACROPHAGES
WITH PHORBOL MYRISTATE ACETATE", Elizabeth M. Denholm, Gerald P. Stankus, CYTOKINE, Vol. 7, No. 5 (July), 1995: pp 436?440
乙第56号証:研究社 新英和大辞典
乙第57号証:乙第47号証の追加抄訳文
乙第58号証:乙第17号証の追加抄訳文
乙第59号証:"Chemokine receptors and molecular mimicry",
Ahuja et al., Immunology Today, Vol.15, No.6, 1994, pp. 281-287

乙第60号証:侵害訴訟における訴状
乙第61号証の1 平成18年(ワ)第7760号 原告第1準備書面
乙第61号証の2 平成18年(ワ)第7760号 原告第2準備書面
乙第61号証の3 平成18年(ワ)第7760号 原告第3準備書面
乙第62号証の1 証拠説明書(1)
乙第62号証の2 証拠説明書(2)
乙第63号証 平成18年(ワ)第7760号 訴訟記録閲覧等制限申立書
乙第64号証の1-59 侵害訴訟における甲第1号証-甲第59号証
乙第65号証:"Abnormal Differentiation of Tissue Macrophage Populations in 'Osteopetrosis' (op) Mice Defective in the Production of Macrophage Colony-stimulating Factor", Naitoら、American Journal of Pathology, Vol. 139, No. 3, September 1991, pp.657-667
乙第66号証:"Kupffer Cell Proliferation and Glucan-Induced Granuloma Formation in Mice Depleted of Blood Monocytes by Strontium-89", Yamadaら、Journal of Leukocyte Biology 47:195-205 (1990)
乙第67号証:"Differential Expression of Chemokines and Chemokine Receptors Shapes the Inflammatory Response in Rejecting Human Liver Transplants.", Goddardら、Transplantation, Vol. 72, No. 12, 2001, pp. 1957-1967
乙第68号証:"Increase of CCR1 and CCR5 expression and enhanced functional response to MIP-1α during differentiation of human monocytes to macrophages", Kaufmannら、Journal of Leukocyte Biology Volume 69, February 2001, pp.248-252
乙第69号証:"A Textbook of HISTOLOGY", Ninth Edition, Bloom and Fawcett ed., W. B. SAUNDERS COMPANY, 1968, pp.147-148, 403-407
乙第70号証:村松 繁 京都大学名誉教授 鑑定書(平成20年1月31日付け)
乙第71号証:"The Role of Mononuclear Phagocytes in HTLV-III/LAV Infection"、Gartnerら、Science. 1986 Jul 11;233(4760):215-9
乙第72号証:"Low copy number and limited variability of proviral DNA in alveolar macrophages from HIV-1-infected patients: evidence for genetic differences in HIV-1 between lung and blood macrophage populations"、Nakataら、Mol Med. 1995 Nov;1(7):744-57
乙第73号証:"THE MOLECULAR BIOLOGY OF LEUKOCYTE CHEMO-ATTRACTANT RECEPTORS"、Murphy、Annu. Rev. Immunol. 1994. 12:593-633
乙第74号証:"Molecular cloning and functional expression of two monocyte chemoattractant protein 1 receptors reveals alternative splicing of the carboxyl-terminal tails"、Charoら、Proc. Nati. Acad. Sci. USA, Vol. 91, pp. 2752-2756, March 1994
乙第75号証:"Local Expression of Inflammatory Cytokines in Human Atherosclerotic Plaques"、Wilcoxら、J Atheroscler Thromb. 1994;1 Suppl 1:S10-3
乙第76号証:"Chemokine expression in rheumatoid arthritis (RA): evidence of RANTES and macrophage inflammatory protein (MIP)-1β production by synovial T cells"、Robinsonら、Clin. Exp. Immunol 1995; 101:398-407
乙第77号証:"A role for C-C chemokines in fibrotic lung disease"、Smithら、The Journal of Leukocyte Biology Vol.57, May 1995, pp.782-787
乙第78号証:再公表公報(A1) WO2004/092169
乙第79号証:乙第70号証に添付された文献の抄訳文
乙第80号証:"FUNDAMENTAL IMMUNOLOGY", SECOND EDITION,
William E. Paul 編, Raven Press, New York 1989, p.728
乙第81号証:"Cellular Localization of the Chemokine Receptor CCR5, Correlation to Cellular Targets of HIV-1 Infection", Rottmanら、American Journal of Pathology, Vol. 151, No. 5, November 1997, pp.1341-1351
乙第82号証:"Monocyte chemoattractant protein-1 stimulates tumor necrosis and recruitment of macrophages into tumors in tumor-bearing nude mice: increased granulocyte and macrophage progenitors in murine bone marrow", Hoshinoら、Experimental Hematology, Vol. 23, 1995, pp. 1035-1039
乙第83号証:"Molecular cloning and characterization of the rat NMDA receptor.", Moriyoshiら、Nature, Vol. 354, 7 November 1991, pp.31-37
乙第84号証:"IL-1 and Tumor Necrosis Factor-α Each Up-Regulate Both the Expression of IFN-γ Receptors and Enhance IFN-γ-Induced HLA-DR Expression on Human Monocytes and a Human Monocytic Cell Line (THP-1)", Krakauerら、 The Journal of Immunology, Vol. 150, pp.1205-1211, No. 4, February 15, 1993

乙第85号証:"ENHANCED CHEMOTAXIS OF MONOCYTES IN RHEUMATOID ARTHRITIS", Simmonsら、British Journal of Rheumatology 1987;26:245-250
乙第86号証:"Modulation of monocyte chemotactic function in inflammatory lesions. Role of inflammatory mediators.", Katonaら、J. Immunol. 1991 Jan 15; 146 (2) 708-714
乙第87号証:"Broad-Spectrum CC-Chemokine Blockade by Gene Transfer Inhibits Macrophage Recruitment and Atherosclerotic Plaque Formation in Apolipo-protein E-Knockout Mice", Bursillら、 Circulation 2004:110:2460-2466
乙第88号証:"Macrophage inflammatory protein-1α. A novel chemotactic cytokine for macrophages in rheumatoid arthritis.", Kochら、J. Clin. Invest. 1994 March; 93(3): 921-928


第3 当審の判断
I 本件特許発明
本件請求項1-14に係る発明は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1-14に記載された、以下のとおりのものである。
「【請求項1】配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列をコードする、精製及び単離されたポリヌクレオチド。
【請求項2】前記ポリヌクレオチドがDNAである請求項1記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】前記ポリヌクレオチドがゲノミックDNAである請求項2記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】前記ポリヌクレオチドがcDNAである請求項2記載のポリヌクレオチド。
【請求項5】前記cDNAが配列番号:1に示されるDNAを含む、請求項4記載のポリヌクレオチド。
【請求項6】前記ポリヌクレオチドが、全体または部分的に化学合成されたDNAである請求項1記載のポリヌクレオチド。
【請求項7】請求項2記載のDNAのRNA転写物。
【請求項8】請求項2記載のDNAを含む、生物学的機能を有するDNAベクター。
【請求項9】前記DNAが、DNA発現制御配列と作動可能に連結されている請求項8記載のベクター。
【請求項10】前記DNAの発現を許容するように、請求項2記載のDNAを用いて安定に形質転換またはトランスフェクトされた宿主細胞。
【請求項11】88Cポリペプチドを製造するための方法であって、以下の工程すなわち、請求項10記載の宿主細胞を好適な普通培地中で生育し、そして該細胞または培地から前記ポリペプチドを単離する工程を含む方法。
【請求項12】配列番号:1に示されるポリヌクレオチドの相補体とストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズし、且つ配列番号:2に示される88Cのアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項13】配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列を含み、ケモカイン受容体88Cとして作用する、精製及び単離されたポリペプチド。
【請求項14】請求項1または12記載のポリヌクレオチドによってコードされる、精製及び単離されたポリペプチド。」

II 請求人の主張する無効理由6
請求人の主張する無効理由6に関する主張は以下の通りである。
本件特許発明は、基礎出願1および基礎出願2に基づくパリ条約に基づく優先権主張を伴う、ケモカイン受容体88Cについてのものである。
基礎出願1の明細書では、ケモカイン受容体88CがMIP-1αおよびMIP-1βに応答しなかったとしてこれらケモカインの関与が積極的に否定されている(甲第1号証第18頁5?8行参照)ことから、ケモカイン受容体88Cのリガンドが何か確認されておらず、同受容体がどのような情報伝達に関わっている受容体なのかを推察する情報は全く示されていない。換言すれば、ケモカイン受容体88Cをコードする遺伝子の機能が全く明らかにされていなかったのである。したがって、基礎出願1の明細書には、ケモカイン受容体88Cやそれをコードするポリヌクレオチドなどに係わる本件特許発明について、基礎出願1の出願時点では、実施可能であったとは認められない。
しかるに、基礎出願1の出願日である1995年12月20日以降に、ケモカイン受容体88CのリガンドがRANTES、MIP-1α、及びMIP-1βであることを確認した実験結果が追加され(実施例5)、かつ、HIVに対する共受容体としてのケモカイン受容体88Cの役割を確認した実験結果が追加され(実施例6、7)、さらに抗体を用いるHIV感染阻害の実験結果が追加され(実施例8)、これらの実験結果の追加によって始めてケモカイン受容体88Cおよびそれをコードするポリヌクレオチドの機能が明らかにされ、本件特許発明が実施可能になったのである。
すると、本件特許発明は、基礎出願1に記載した事項の範囲内ではないことが明らかであり、基礎出願1に基づく優先権主張の効果は認められないから、本件特許の新規性進歩性の判断基準日は、日本出願日である1996年12月20日であるか、早くても基礎出願2の出願日である1996年6月7日である。
そして、本件特許の請求項1-14に係る発明は、基礎出願2の出願日(1996年6月7日)の前に公知である甲第11号証に記載された発明であるか、または甲第11号証により公知となった発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号または第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

III パリ条約に基づく優先権主張の効果について
請求人が主張する無効理由6は、基礎出願1に基づく優先権主張が認められないことを前提としていることから、まず本件特許に関するパリ条約に基づく優先権主張の効果について検討する。
優先権の本来の趣旨は、第一国出願の出願書類を翻訳して第二国出願をした場合に、新規性進歩性などの判断においては、第二国出願についても第一国出願日に出願したのと同様の効果を与えようというものである。そして、上記の趣旨及び先願主義の原則からみれば、優先権の主張が認められるためには、我が国に出願された第二国出願に係る発明が、第一国出願の時点でその明細書を我が国に出願した場合に、我が国における特許のための要件である実施可能要件等を満たす程度に十分な開示がなされている必要がある。
また、日本国特許庁の審査基準(優先権:第1章 パリ条約による優先権、4.1)には、優先権主張を伴う日本出願の請求項に係る発明が、第一国出願の出願書類の全体により明らかにされているといえるためには、日本出願の出願書類の全体の記載を考慮して把握される日本出願の請求項に係る発明が、第一国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲内のものである必要があると記載され、さらに、日本出願の請求項に係る発明が第一国の出願書類の全体に記載した事項の範囲内のものとされない類型として、次の例が示されている。
「第一国出願の出願書類の全体には実施可能な程度に記載されていないが、実施の形態の追加等により、日本出願の請求項に係る発明が実施可能となり、第一国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲内のものでなくなる場合。」

すなわち、本件特許発明について基礎出願1に基づくパリ条約に基づく優先権が認められるためには、基礎出願1の出願書類全体に、本件特許発明が実施可能に開示されている必要があるといえる。

IV 基礎出願1の出願書類の記載について
そこで、以下、基礎出願1の出願書類に、本件特許発明が実施可能に開示されていたか否かについて検討する。
本件特許発明は、ポリヌクレオチド、ポリペプチド等の化学物質に関する発明であるところ、これらの化学物質発明については、平成17年10月19日に言い渡された知財高裁平成17年(行ケ)第10013号判決においても、下記のように判示されている。
「一般に,化学物質の発明は,新規で,産業上利用できる化学物質(すなわち有用性のある化学物質)を提供することにその本質があると解され、その化学物質が遺伝子等の,元来,自然界に存在する物質である場合には,単に存在を明らかにした,確認したというだけでは発見にとどまるものであり,自然界に存在した状態から分離し,一定の加工を加えたとしても,物の発明としては,いまだ産業上利用できる化学物質を提供したとはいえないものというべきであり,その有用性が明らかにされ,従来技術にない新たな技術的視点が加えられることで,初めて産業上利用できる発明として成立したものと認められるものと解すべきである。
そして,遺伝子関連の化学物質発明においてその有用性が明らかにされる必要があることは,明細書の発明の詳細な説明の記載要領を規定した特許法旧36条4項実施可能要件についても同様である。なぜならば,当業者が,当該化学物質の発明を実施するためには,出願当時の技術常識に基づいて,その発明に係る物質を製造することができ,かつ,これを使用することができなければならないところ,発明の詳細な説明中に有用性が明らかにされていなければ,当該発明に係る物質を使用することはできず,したがって,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載する必要があるからである。」
上記判例によれば、本件の場合、基礎出願1に基づく優先権主張が認められるためには、基礎出願1の出願書類中に、本件特許発明のポリヌクレオチドを使用することができる程度に、その有用性が開示されていることが必要であるといえる。
また、ポリヌクレオチド等の化学物質に係る発明に関する日本国特許庁の生物関連発明に関する審査基準においても、その化学物質について技術的に意味のある特定の用途が推認できる機能が発明の詳細な説明に記載されていることが必要であるとされている(審査基準 第VII部 第2章 生物関連発明 1.1.2.1(1)参照)。

すなわち、本件においては基礎出願1の出願書類に、本件特許発明に係るポリヌクレオチド等について、その有用性、あるいは、技術的に意味のある特定の用途が推認できる機能が開示されていない限り、本件特許発明についてパリ条約による基礎出願1に基づく優先権主張を認めることはできない。
V 無効理由6に対する被請求人の反論について
被請求人は、請求人の主張する無効理由6に対し、
(A)本件特許の基礎出願1の明細書(甲第1号証)には、88Cと結合するリガンドが実質的に開示されており、
(B)たとえ、該リガンドの具体的種類が特定されていなかったとしても、本件特許の基礎出願1の明細書に接した本件特許の第1優先日前の当業者は、(1)本件特許に係る88CがCCケモカインと結合することにより、マクロファージの走化が誘引されること、(2)88Cが、免疫システムに関する多くの疾患に関連すること、および、(3)88Cに対するアンタゴニストが、マクロファージ機能の異常に起因する疾患に対する有効な治療薬となること を理解することから、
本件特許の基礎出願1の明細書(甲第1号証)には、「技術的に意味のある特定の用途が推認できる機能」が開示されている、
旨主張している。
そこで、基礎出願1の出願書類の各記載に基づき、これらの点について以下検討を加える。

V-1 基礎出願1には、88Cと結合するリガンドが実質的に開示されているという主張(A)について
被請求人は、答弁書において、基礎出願1の明細書には、1)88Cと結合するリガンドはCCケモカインと特定されており、2)そのリガンドの候補として、CCケモカインであるMCP-1、MCP-2、MCP-3、MIP-1α、MIP-1β及びRANTESが挙げられている旨主張している。さらに、答弁書および陳述要領書(1)において、基礎出願1の明細書には、3)88Cのリガンドの同定法が開示されていると主張している。
被請求人は、さらに回答書において、上記2)の主張に加え、88Cがマクロファージに影響を与えるものであるから、そのリガンドはMCP-1、MIP-1α、MIP-1β及びRANTESのいずれかであることが明らかであると主張している。

1.基礎出願1には、88Cと結合するリガンドはCCケモカインと特定されているという主張1)について
(1)被請求人は下記の基礎出願1の記載を指摘しつつ、本件特許の第1優先日前において既に、二つのタンパク質の間でアミノ酸配列の同一性が高い場合、これら二つのタンパク質は互いに類似した機能を有する蓋然性が高いとの技術常識が存在していたものであり、当業者であれば、当該記載中の54%?72%という高い同一性に鑑みれば、本件発明に係る88C(CCR5)は、新規のCCケモカイン受容体、すなわちCC CKR5(CCR5)であり、CCケモカイン受容体としての機能を有することが認識できたものであるから、当業者は、88Cが、そのリガンドであるCCケモカインの全てまたはその一部と特異的に結合することが認識できることにも鑑みると、本件特許の基礎出願1の明細書は、本件発明に係る88Cと結合するリガンドを実質的に開示するものというべきであると主張している。

(2)被請求人がその主張の根拠として指摘している基礎出願1の記載は、以下のとおりである。
「意義深いことに、88-2B及び88Cの双方の導き出されたアミノ酸配列は、ケモカイン受容体の配列と最も高い同一性を有していた。表1に、これらのアミノ酸配列の比較の結果を表す。
表1
ケモカイン受容体 88-2B 88C
IL-8RA 30% 30%
IL-8RB 31% 30%
CC CKR1 62% 54%
CC CKR2A 46% 66%
CC CKR2B 50% 72%
88-2B 100% 50%
88-C 50% 100%
表1により、88-2BはCCCKR1に最も類似しており(アミノ酸レベルで62%同一)、そして88Cは、CCCKR2に最も類似している(アミノ酸レベルで72%同一)ことが示される。」(甲第1号証第14頁第31行-第15頁第12行)

(3)上記主張について検討する。
被請求人の指摘する箇所は上述のとおりであり、基礎出願1には88CがCCケモカイン受容体であると明記した記載はない。
そして、第1優先日前の技術常識を勘案しても、72%程度のアミノ酸の同一性を有するペプチド同士が同一の機能を有するものであることが明らかであるということはできないため、88Cが、列挙されるケモカイン受容体の中で最も類似しているCC CKR2Bと同一の機能を有するものであることが、基礎出願1から明らかであったということはできない。
なるほど、基礎出願1の表1のアミノ酸の同一性に関する記載に基づいて、当業者は88CがCCケモカイン受容体と関連するタンパク質であるかもしれないと認識できた可能性があったということは認められる。
しかしながら、1)基礎出願1には、上述のとおり、88CがCCケモカイン受容体であるという具体的な記載が一切ないばかりでなく、後に詳述するように、2)基礎出願1の実施例5では、88Cのリガンド同定試験において、CCケモカインのみならず、CXCケモカインも何ら区別することなくリガンドの候補として用いていること(下記V-1 2.参照)、3)基礎出願1の実施例5では、CCケモカインであるRANTESについては結合試験が行われていないこと(下記V-1 2.参照)、4)基礎出願1に本件特許発明に関連するものとして記載される疾患には、CCケモカインのみならずCXCケモカインによって誘発されることが第1優先日前の技術常識であるものが列挙されていること(下記V-2-2参照)、5)基礎出願1の実施例5では、88CはCXCケモカインのみならずCCケモカインのいずれとも結合していないこと(下記V-1 2.参照)を考慮すれば、基礎出願1全体の記載からみて、88CがCCケモカイン受容体であることを当業者が認識できたということはできない。
してみれば、基礎出願1の記載に基づいて、88CがCCケモカイン受容体としての機能を有するものであることを当業者が認識できたとはいえない。

2.基礎出願1には、88Cのリガンドの候補として特定のCCケモカインが挙げられているという主張2)について
(1) ア)被請求人は、答弁書において、上記1.(2)で指摘の基礎出願1の表1から、88Cはケモカイン受容体であるとの上記1)の主張を前提として、基礎出願1の下記の記載に基づいて、基礎出願1には、88Cのリガンドの候補として「MCP-2、MCP-3、MIP-1α、MIP-1β及びRANTES」が挙げられていると主張するものである。
イ)さらに被請求人は、回答書において、88Cがマクロファージの走化を誘引するものであるという下記V-2-1で検討する(B-1)の主張を前提として、基礎出願1には88Cのリガンドの候補としてマクロファージの走化に関連していることが公知の「MCP-1、MIP-1α、MIP-1β及びRANTES」が挙げられていたと主張するものである。

(2)被請求人が上記主張の根拠として指摘している基礎出願1の記載は以下の通りである。
「実施例5
従って、トランスフェクトされたHEK-293細胞での細胞内Ca^(++)濃度をアッセイし、88-2Bまたは88C受容体が既知のケモカインのいずれかのものに応答するか否かを調べた。
88-2B、88C、または対照のコード領域(IL8RまたはCCCKR2をコードするもの、下記参照のこと)で前記のごとくに安定に形質転換されたHEK-293細胞を、MEM+10%血清中でおよそ90%の周密度までT75フラスコにて生育した。次いで細胞を洗浄し、バーセン(versene)(0.6 mM EDTA、10 mM Na2HPO_(4)、0.14 M NaCl、3 mM KCl、及び1 mMグルコース)を用いて回収し、そしてMEM+10%血清+1μM Fura-2 AM(Molecular Probes,Inc.、Eugene、オレゴン)中で、室温にて30分間インキュベートした。Fura-2 AMは、Ca^(++)に感受性を有する染料である。細胞は、0.9mM CaCl_(2)及び0.5 mM MgCl_(2)を含有するダルベッコのリン酸緩衝性生理食塩水(D-PBS)におよそ10^(7)細胞/mlの濃度で再度懸濁し、蛍光分光光度計(Hitachi Model F-4010)を用いて蛍光の変化をモニターした。およそ10^(6)の細胞を、キュベット中で1.8 mlのD-PBSに懸濁し、37℃に維持した。励起波長を4秒間隔で340から380 nmの間で変化させ、検出波長は510 nmとした。供試化合物は、投入口を介してキュベットに加え、イオノマイシン添加に伴うCa^(++)流出の最高値を測定した。
IL-8RAを発現している細胞でIL-8を用いて刺激した際に、及びMCP-1またはMCP-3を用いてCCCKR2を刺激した際には、陽性の応答が観察された。しかしながら、88-2Bまたは88Cのいずれかを発現しているHEK-293細胞は、以下のケモカイン:MCP-1、MCP-2、MCP-3、MIP-1α、MIP-1β、IL8、NAP-2、gro/MGSA、IP-10、ENA-78、またはPF-4のいずれに曝された場合においても細胞内Ca++濃度の流出が示されることはなかった。(Peprotech,Inc.、Rocky Hill、ニュージャージー)。
さらに感度の高いアッセイを使用して、RANTESに対するCa^(++)流出の応答を、88-2Bを発現している、Fura-2 AMを付した細胞で顕微鏡によって観察した。アッセイには、前記の通りに調製した細胞及び試薬が包含されていた。RANTES(活性化調節、正常T発現及び分泌(Regulated on Activati-on,Normal T Expressed and Secreted))は、好酸球の化学誘引物質及び活性化物質として同定されているケモカインである。Neoteら、前出を参照されたい。このケモカインは、好塩基球によるヒスタミンの遊離も媒介し、in vitroで記憶T細胞に対する化学誘引物質として機能することも示されている。88-2B受容体活性のモジュレーションは、従って、白血球活性化をモジュレートする上で有用であることが含意される。」(第17頁第15行-第18頁第17行)

(3)上記基礎出願1の記載に基づいて、被請求人の上記主張について検討する。
基礎出願1の実施例5には、上記のとおり、「IL-8RAを発現している細胞でIL-8を用いて刺激した際に、及びMCP-1またはMCP-3を用いてCCCKR2を刺激した際には、陽性の応答が観察された」実験系において、「88-2Bまたは88Cのいずれかを発現しているHEK-293細胞は、以下のケモカイン:MCP-1、MCP-2、MCP-3、MIP-1α、MIP-1β、IL8、NAP-2、gro/MGSA、IP-10、ENA-78、またはPF-4のいずれに曝された場合においても細胞内Ca^(++)濃度の流出が示されることはなかった」こと、また、「RANTESに対するCa^(++)流出の応答を、88-2Bを発現している、Fura-2 AMを付した細胞で顕微鏡によって観察した」ことは記載されているが、88Cの既知のケモカインに対する応答性を調べる際に、被請求人が指摘する「MCP-1、MCP-2、MCP-3、MIP-1α、MIP-1β」あるいは「MCP-1、MIP-1α、MIP-1β」のみを用いること、また、「RANTES」を用いることは記載されていない。

(3)-1 上記主張ア)について
基礎出願1の上記1.(2)で指摘の表1の記載から、被請求人が主張するように88CがCCケモカイン受容体であることが明らかであるとすれば、リガンドとの結合実験においても、基礎出願1の出願日前にCCケモカイン(=βケモカイン)として知られているMCP-1、MIP-1α、RANTES等(乙第19号証第230頁 図2参照)についてまず検討することが考えられるところ、基礎出願1の実施例5では、上述のとおり、CCケモカインであるMCP-1、MCP-2、MCP-3、MIP-1α、MIP-1βとCXCケモカインであるIL8、NAP-2、gro/MGSA、IP-10、ENA-78、PF-4(乙第19号証第230頁 図1参照)とについて何ら区別することなく結合アッセイが行われており、しかもCCケモカインであるRANTESとの結合実験は行われていない。加えて、その結果、88CはCXCケモカインのみならずCCケモカインによってもCa^(++)流出を起こさないことが確認されているのである。
被請求人は、これにつき、答弁書において、「IL8、NAP-2、gro/MGSA、IP-10、ENA-78及びPF-4はCXCケモカインであることから、CCケモカイン受容体であると推測された88Cにおいては、結合する候補というよりもむしろ、結合しない候補である」と主張するが、もしそうであれば、基礎出願1の明細書において本件特許発明に関連する疾患として、下記V-2-2で指摘するような、CXCケモカインにより誘導される疾患が記載されるはずはなく、このような主張には格別の根拠がないうえ、いずれにしても、88CがこれらCXCケモカインのみならずCCケモカインに対しても応答しなかったという実施例5の結果から、当業者は、88CがCCケモカイン受容体であると理解するはずがない。
してみれば、88Cのリガンドの候補として、実施例5に列挙されるもののなかでも、MCP-1、MCP-2、MCP-3、MIP-1α、MIP-1β及びRANTESという特定のCCケモカインのみが基礎出願1に開示されていたということはできない。

(3)-2 上記主張イ)について
下記V-2-1で指摘するとおり、基礎出願1の記載に基づいて88Cがマクロファージの走化を誘引するものであることが明らかであるとはいえないうえ、基礎出願の実施例5の応答実験においては、88Cは、マクロファージの走化誘引に関与することが知られているリガンドも含めて、いずれのリガンドにも応答しなかったのであるから、回答書で被請求人が主張するように、88Cのリガンドが、実施例5に記載されているもののうち、特にマクロファージの走化誘引に関与することが知られている特定種類のものであることが基礎出願1の記載から明らかであるということはできない。

3.基礎出願1には88Cのリガンドの同定方法が開示されているから、88Cのリガンドが実質的に開示されているという主張3)について
(1)ア)被請求人は、答弁書において、「基礎出願1には、ケモカイン受容体のリガンドを同定する方法が記載されており、当該方法を用いることにより、88Cのリガンドを同定することができるから、基礎出願1には、88Cのリガンドが実質的に開示されている」旨、主張する。
被請求人は、また、イ)基礎出願1の実施例5の記載について、「感度が低いアッセイにおいては、その感度の低さのためにケモカインの関与を有意なデータとして確認できなかったことが説明されているに過ぎず、ケモカインの関与を否定するデータが得られた訳でもなく、ケモカインの関与が積極的に否定されているわけでもない。そして、感度の高いアッセイ法を用いた場合には、88-2Bを発現している細胞に関するRANTESに対するCa++濃度の流出が記載されており、感度の高いアッセイを実施した場合にはケモカインの関与を肯定する結果が生じうることがむしろ示唆されているのである」と主張している。
被請求人は、さらに、ウ)陳述要領書(1)第11頁において、「この感度の低いアッセイを88C(CCR5)に用いた場合、リガンド結合によるCa^(++)流出は検出できなかったが、蛍光顕微鏡を用いた場合(感度の高いアッセイ)、RANTES、MIP-1αおよびMIP-1βによるCa^(++)流出を検出している(甲第13号証 21頁16行?20行)」と述べている。

(2)被請求人が上記ア)の主張の根拠として指摘する基礎出願1に記載されたリガンドの同定方法は以下の通りである。
a.Ca^(++)流出の応答をモニターする方法(実施例5)
b.ホスフォリパーゼC活性をモニターする方法(実施例6)
c.リガンド結合を直接アッセイする方法(実施例6)
d.GTP分解活性をモニターする方法(実施例6)
a.についての基礎出願1の記載は、上記2.(2)で指摘のとおりである。
b.-d.に対応する基礎出願1の実施例6の記載の抜粋は以下の通りである。
「本発明のケモカイン受容体のリガンド及びモジュレーターを同定するために、さらなる方法を使用してもよい。
1つの実施態様において、本発明はリガンドのための直接アッセイを企図する。
(略)
別の実施態様において、本発明は、Gタンパク質へのケモカイン受容体のカップリングを利用する受容体リガンドを同定するための間接アッセイを企図する。(略)
Gタンパク質エフェクター分子(例えば、アデニル酸シクラーゼ、ホスフォリパーゼC、イオンチャンネル、及びホスフォジエステラーゼ)の活性もまた、アッセイに適用できる。(略)
リガンドまたはモジュレーターのための別のアッセイとして、Hungら、J.Biol.Chem.、116巻、827?832頁(1992)に記載されるように、ホスフォリパーゼC活性をモニターすることが挙げられる。(略)」(甲第1号証第18頁第24行-第21頁第20行)

(3)はじめに、上記被請求人の主張ア)について検討する。
基礎出願1には、a.-d.の様々なケモカイン受容体リガンドの同定方法が記載されている。しかしながら、a.については、2.(3)で上述のとおり、この方法により、88Cについてリガンドの同定はできなかったことが記載されており(実施例5)、b.-d.については、単に方法が説明されているだけであり、これらの方法で88Cについてリガンドが同定できたことは記載されていない(実施例6)。
そして、V-1の1.および2.で検討したとおり、基礎出願1の記載から、88Cがケモカイン受容体であることが自明であるとはいえないのであるから、基礎出願1にa.-d.の方法が記載されていることをもって、当該方法を用いることにより、88Cのリガンドを同定することができることが自明であるとはいえず、基礎出願1には、88Cのリガンドが実質的に開示されているとはいえないことは明らかである。

(4)次に、上記被請求人の主張イ)について、検討する。
基礎出願1の実施例5は、IL-8RAやCCCKR2に関しては陽性応答が観察されたという、結合アッセイ系のポジティブコントロールを伴うものであるから、当該アッセイが感度の低い全く信頼性のないものであるということはできず、むしろ結合アッセイとして信頼できるものであることが基礎出願1に開示されていたといえる。そして、そのようなアッセイにおいて、88Cがいずれのリガンドに対しても応答しなかったことは、88CがCCケモカイン受容体でもCXCケモカイン受容体でもない可能性を、まず第1に示唆するものであるといえる。
これにつき、実施例5には、882Bについては、「感度の高いアッセイを使用して、RANTESに対するCa^(++)流出の応答を、88-2Bを発現している、Fura-2 AMを付した細胞で顕微鏡によって観察した。」と、感度の高いアッセイを使用することにより、RANTESに対する応答が観察できたことが記載されている。被請求人の主張は、要するに、882Bに関する当該記載に基づき、88Cについても同様にすることにより、CCケモカインに対する応答が観察できることは、基礎出願1の記載から自明であるというものと解される。
しかしながら、基礎出願1の実施例5に、感度の高いアッセイを使用してリガンドに対する応答が観察されたことが記載されているのは、882Bについてのみであり、当業者は、このことから、88Cについては、同様にしても何も観察できなかったのであろうと理解することも十分あり得ることであって、被請求人の主張するように、このことから、88Cについても感度を高めることによりCCケモカインリガンドに対する応答が観察できることが、当業者にとって自明であるとはいえない。

(5)次に、上記被請求人の主張ウ)について検討する。
被請求人の指摘する甲第13号証、すなわち、基礎出願2の当該箇所の記載は以下の通りである(甲第13号証は乙第8号証と同一の証拠である。)。
「FLAGでタグを付けた88C受容体をHEK-293細胞において発現させ、そしてCa^(++)流出アッセイにて、ケモカイン相互作用について試験した。88Cの細胞表面での発現は、M1抗体を使用して、ELISAによって、及びFACScan分析によって確認した。ケモカインであるRANTES、MIP-1α、及びMIP-1βがすべて100 nMの濃度で添加された場合に、88Cがトランスフェクトされた細胞におけるCa^(++)流出を誘導した。」(第21頁第16-20行)

このように、本件特許発明の基礎出願2には、蛍光顕微鏡ではなく、FLAG標識された88Cを用いて88Cのリガンドを同定したことが記載されているのみである。そして「FLAG」については、被請求人が陳述要領書(1)第12頁において、「なお、甲第13号証において使用される「FLAG」とは、目的の88C(CCR5)の末端に連結する配列であるが、この「FLAG」の有無は、検出方法の感度に影響しない。」と述べていることから、「甲第13号証においては、検出感度を上げることにより88Cのリガンドが検出できた」旨の上記被請求人の主張ウ)は全く裏付けを欠くものである。
検出感度において格別差異のない方法により88Cのリガンドが同定できたという、基礎出願1の後の甲第13号証の知見をもって、それらのリガンドが検出感度を上げることにより88Cのリガンドとして同定できるということが自明であるとはいえないし、基礎出願1においてリガンドとして同定できなかったものが、実はリガンドであったことが後に分かっても、そのことをもって、当該事項が基礎出願1の記載から自明であったとは当然いえない。

したがって、基礎出願1には、88Cについて感度の高いアッセイを実施した場合にはケモカインの関与を肯定する結果が生じうることがむしろ示唆されていたとの、被請求人の主張を認めることはできず、基礎出願1に88Cのリガンド同定方法が開示されていることから、そのリガンドは実質的に開示されていたに等しいという主張は採用できない。

4.小括
以上のとおりであるから、基礎出願1には、88Cと結合するリガンドが実質的に開示されているということはできない。
さらに付言すれば、上記検討したとおり、基礎出願1には、88Cが何らかのケモカインと結合する受容体であるということすら開示されていないということができる。

V-2 (B-1)-(B-3)の主張について
これらの主張は、いずれも88CがCCケモカイン受容体であるという前提で述べられているものである。
しかしながら、上記V-1で検討したとおり、基礎出願1の記載からでは88CがCCケモカイン受容体であることが明らかであるとはいえない以上、そのことを前提とする(B-1)-(B-3)の主張から、本件特許発明の有用性は基礎出願1に開示されていたということはできない。
しかし、念のため、以下、被請求人の主張(B-1)から(B-3)についても詳細に検討する。

V-2-1 基礎出願1の記載から、当業者は、88CがCCケモカインと結合し、マクロファージの走化を誘引することを理解するという主張(B-1)について
被請求人は、答弁書において、
a.本件特許の優先日前において、CCケモカイン受容体がCCケモカインと結合することにより、白血球の走化が誘引されることは技術常識であり、b.基礎出願1の明細書の実施例2には、88Cがマクロファージから単離されたことが示されており、
c.基礎出願1の明細書の実施例3には、88Cは、脾臓、胸腺組織、末梢血白血球、小腸および肺組織で発現することが示されているところ、これらの組織には、マクロファージが豊富に含まれることが公知であったこと、さらに
d.本件特許の第1優先日前において、マクロファージは、体内に生じた死細胞や外部から侵入した細菌などの異物を貧食して排除するなどの異物排除機能を有するほか、免疫システムにおいて重要な役割を果たす細胞であって、白血球の一種であることが公知であった(乙第12号証)こと
から、本件特許の基礎出願1の明細書に接した当業者は、88Cがケモカインと結合することにより、マクロファージの走化が誘引されることを理解すると主張している。
しかしながら、基礎出願1には、88Cがマクロファージの走化を誘引するとの具体的な記載は何らなされておらず、他のケモカインまたはケモカイン受容体についても、マクロファージの走化についての記載は一切なされていない。

そこで、以下、a.-d.の各主張について検討し、これらの主張に鑑みれば、基礎出願1の記載に基づき、当業者は、88Cがケモカインと結合することにより、マクロファージの走化が誘引されることを理解するといえるかどうかについて検討する。

1.本件特許の第1優先日前において、マクロファージは白血球の一種であることが公知であったという主張d.について
被請求人が提出する乙第12号証(生化学辞典の「マクロファージ」の項)の第1295頁左欄第7行-9行には、「その起源については諸説あるが、骨髄中の幹細胞に由来する血中の単球が組織に出現したものとする考え方が強い」と記載されていることから、マクロファージが白血球の1種である単球に由来するものであるということはできる。

2.本件特許の優先日前において、CCケモカイン受容体がCCケモカインと結合することにより、白血球の走化が誘引されることは技術常識であったとの主張a.について
(1)a.の主張の根拠として指摘される基礎出願1の記載は以下のとおりである。
「ケモカインと、それらのシグナルに対応する特定の白血球型との間の相関性が、見出されている。Schallら、前出は、CXCケモカインは一般に好中球に影響を及ぼし、そしてCCケモカインは単球、リンパ球、好塩基球、及び好酸球に影響を及ぼす傾向があることを報告している。たとえば、Baggioliniら、前出は、CCケモカインであるRANTESが、単球、リンパ球(すなわち、記憶T細胞)、好塩基球、及び好酸球に対して化学誘引物質として機能するが、好中球に対しては機能せず、一方、好塩基球からのヒスタミン遊離を誘導することを述べている。」(甲第1号証第2頁第16-23行)

また、被請求人は、陳述要領書(1)第18頁で、乙第32号証を指摘して、「走化は、刺激を受ける特定の細胞の細胞膜で特異的受容体(ケモカイン受容体)の発現を前提とし、走化の刺激を与える物質(すなわち、ケモカイン)と特異的な受容体との結合によって開始することもまた、基礎出願1の出願日以前の技術常識であった。」とも主張している。
ここで、乙第32号証の被請求人が指摘する記載は以下のとおりである。 「炎症 生体組織の傷害に対する血管系を中心とする局所反応。組織傷害の原因として細菌感染、外傷、熱・寒冷・放射線・電気などの物理的刺激および化学物質がある。臨床的には発赤・腫脹・発熱・疼痛が炎症の主徴である。炎症の経時的変化をみると、組織傷害直後に一過性の細動脈収縮が起こり、ついで細動脈拡張、毛細血管・細静脈の拡張がみられる。血管内から傷害組織中へ血漿成分の滲出が起こる。拡張した毛細血管で血球成分の濃縮、血流速度の低下により白血球は血管内皮に付着し、血管外へ好中球浸潤が起こる。浸潤した好中球やマクロファージにより細菌や傷害組織の貧食が行われると創傷治癒の修復機転が働く。血管透過性を亢進させ、好中球・単球などの遊走を促進する働きをもつ炎症のメディエーターとして、ヒスタミン、セロトニン、ブラジキニン、プロスタグランジン、アナフィラトキシン、SRS-Aなどがある。」(第213頁左欄第26-43行)

(2)上記主張について検討する。
被請求人が指摘する基礎出願1の上記箇所には、CCケモカインが、単球、リンパ球、好塩基球及び好酸球という様々な白血球に対して化学誘引物質として機能することは記載されているものの、CCケモカイン受容体がCCケモカインと結合することにより、白血球の走化が誘引されることについては具体的に記載されていない。

また、乙第32号証の当該記載には、「走化は、刺激を受ける特定の細胞の細胞膜で特異的受容体(ケモカイン受容体)の発現を前提とし、走化の刺激を与える物質(すなわち、ケモカイン)と特異的な受容体との結合によって開始することもまた、基礎出願1出願日以前の技術常識であった。」ことを直接示す記述は見あたらない。

但し、基礎出願1(甲第1号証)の第3頁22?28行の「CCCKR1は、MIP-1α及びRANTESの双方に結合し、そして双方のリガンドに応答して細胞内カルシウムイオンの流出が惹起こされる。Charoら、Proc.Natl.Acad.Sci.(USA) 91巻、2752?2756頁(1994)は、他のCCケモカイン受容体であるMCP-R1(CCCKR2)が、単一の遺伝子によってコードされ、カルボキシ末端が異なる2つのスプライシング変異体を産生することを報告した。この受容体は、MCP-1に加えてMCP-3に結合及び応答する。」との記載を参酌すれば、CCケモカイン受容体は、特定のCCケモカインと特異的に結合し、その結合の結果、CCケモカイン受容体を発現する細胞が反応することは基礎出願1に開示されていたということはできる。

(3)上記主張a.に関連して、被請求人はさらに回答書第23頁において、「CCケモカインであるRANTES(乙第34号証、要約「研究設計」3?4行)、MIP-1α(乙第35号証、921頁要約下から5?3行目)、MIP-1β(乙第36号証、要約下から3?最下行)、およびMCP-1(乙第37号証、377頁要約下から4?最下行)によってマクロファージの走化が誘引されることは、基礎出願1の出願日以前の技術常識であった。(なお、陳述要領書(2)において乙第36号証にかえて乙第59号証が提出されている。)」と主張している。

(4)上記さらなる主張について検討する。
当該主張の根拠となる各証拠の記載は以下のとおりである。
乙第34号証第1545頁要約第6-7行には、「マクロファージを動員および活性化することが知られている可溶性のサイトカインであるRANTESとインターフェロンγの濃度を、ELISAによって測定した。」と記載されている。
また、乙第35号証第921頁要約下から5?3行には、「これらの結果から、MIP-1αは関節リウマチ関連の滑膜炎において、マクロファージの選択的動員の役割を持つ。」と記載されている。
乙第37号証第377頁要約下から4-1行には、「MCAF(注:これはMCP-1の別称である)はマクロファージで走化性を有し、in vitroで貧食作用および殺菌作用を増強するため、マクロファージの活性化およびその後の腹膜腔内への集積は細胞破壊に関与し、そのために生存率向上に関与する。」と記載されている。
乙第59号証第283頁、左欄下から2-1行には、「MIP-1αおよびMIP-1βはお互い完全に交差-競合した。」と記載されている。

これらの証拠についてみると、乙第59号証は直接的にMIP-1βによるマクロファージの走化誘引を記述するものではないが、少なくともMIP-1αやRANTES、MCP-1等については第1優先日前にマクロファージの走化を誘引することが乙第34,35および37号証に記載されていたということはできる。

(5) 小括
以上から、本件特許の第1優先日前に、CCケモカインの中にはマクロファージの走化を誘引するものがあること、また、CCケモカインがCCケモカイン受容体と結合することにより受容体を発現する細胞が反応することは知られていたということはできる。

3.基礎出願1の明細書の実施例2には、88Cがマクロファージから単離されたことが示されていたとの主張b.について
(1)b.の主張の根拠として指摘される基礎出願1の記載は以下の通りである。
「実施例2
以下の方法によって、マクロファージcDNAライブラリーから全長の88-2B及び88C cDNAを単離した。」(甲第1号証第12頁第4-5行)

(2)上記主張について検討する。
基礎出願1の実施例2の記載から、88CのcDNAがマクロファージcDNAライブラリーから得られたものであることは明らかである。しかしながら、そのことは、88Cがマクロファージにおいてその機能を十分に発揮する程度のmRNAを発現していることを示すものではない。
基礎出願1には、「当該cDNAを、88-2Bまたは88Cに対応する独特なプライマー対を使用したPCRライブラリーはPTK関連配列によって、88-2B及び88CcDNAクローンの存在についてスクリーニングした。」(甲第1号証第12頁第7-9行)と記載されるように、88CのクローニングはPCRを用いて行われている。
請求人が提出する甲第74号証4317頁右欄7?11行には、「図3に示されるデータにより、PCR法の感度とノザンブロッティングの感度との相対的な比較を行うことができる。ノザンブロットハイブリダイゼーションにおいて以前シグナルを示さなかったRNAサンプルにおいてさえ(図1)、P450IA1のmRNAが発現していることは、PCR解析から明らかである(図3A)。」と記載されている。また、甲第75号証9721頁左欄19?25行には、「しかしながら、無刺激のマクロファージにおけるIL-1α mRNAレベルはRNAドットブロット解析の検出限界以下であったが、定量的PCR法では容易に測定できた。図2BおよびCに示されるように、PCR定量技術は10^(4)個の分子を容易に測定でき、ドットブロット法より1000倍以上感度がよい。」と記載されている。ノザンブロットでmRNA発現が確認できない場合には、対応するタンパク質が機能的に発現していないであろうと予測することは、本願第1優先日前の当該分野における技術常識であるから、これらの証拠は、PCRクローニングできる発現レベルであっても細胞機能を発揮できないmRNA発現レベルが存在し得ることを示すものである。
したがって、b.の点をもって、88Cがマクロファージで機能するタンパク質であることが基礎出願1に開示されていたということはできない。

なお、基礎出願1の明細書に記載されている88-2B(CCR3)も同じマクロファージcDNAライブラリーからクローニングされたものであるが、現在に至っては、CCR3はマクロファージを走化するケモカインの受容体というよりも、好酸球に優位に発現し、好酸球の走化を介して疾患の発症や増悪に関与するケモカイン受容体であると認識されている(甲第15号証315頁表1)ことは、88CがマクロファージcDNAライブラリーからクローニングされたことが基礎出願1に開示されていることをもって、88Cがマクロファージで十分に機能するタンパク質とはいえないことをさらに支持するものである。

4.基礎出願1の明細書の実施例3には、88Cは、脾臓、胸腺組織、末梢血白血球、小腸および肺組織で発現することが示されているところ、これらの組織には、マクロファージが豊富に含まれることが公知であったという主張c.について
(1)被請求人は基礎出願1には88Cについてはb.のみならずc.の記載もあることから、88Cがマクロファージの走化を誘引することが開示されている旨主張している。

(2)c.の根拠として指摘される基礎出願1の記載は以下の通りである。
「実施例3
88-2B及び88CのmRNA発現パターンをノザンブロット分析によって調べた。
(略) 詳細には、以下の組織すなわち、心臓、脳、胎盤、肺、肝臓、骨格筋、腎臓、膵臓、脾臓、胸腺、前立腺、精巣、卵巣、小腸、結腸及び末梢血白血球を試験に供した。

88-2Bをプローブとして用いて行ったノザンブロットには、およそ1.8 kbのmRNAが末梢血白血球に現れた。88Cのノザン分析では、様々なヒト組織におよそ4 kbのmRNAが示され、それらのうち、脾臓または胸腺組織をプローブで探索したものは強いシグナルが認められ、そして末梢血白血球及び小腸からのmRNAを分析した場合には、もっと強度の低いシグナルが認められた。肺組織では、88Cに対するシグナルは比較的弱かった。」(甲第1号証第16頁第1-25行)

(3)そこで、c.の根拠とされる基礎出願1の実施例3の記載、特に列挙される組織について検討する。
これらの組織についての被請求人の主張及びそれに対する請求人の反論は、以下の通りである。
ア)末梢血白血球について、被請求人は答弁書第37-38頁において、「基礎出願1の明細書の実施例3には以下の記載(注.4.(2)で示した記載のこと)があり、88Cは、脾臓、胸腺組織、末梢血白血球、小腸及び肺組織で発現することが示されている。(略)この点、本件特許の第1優先日前において、88Cの発現を示したこれらの組織には、マクロファージが豊富に含まれることが公知であった。」と主張している。さらに、被請求人は上申書において、乙70号証には「単球は「血液マクロファージ」とも呼ばれています」と記載されているように、末梢血白血球に存在する単球もマクロファージの一種ということが可能であると主張している。一方、請求人は上申書(3)で甲第86号証を提示し、「末梢血白血球にはマクロファージが存在していない」と主張している。
イ)被請求人は、脾臓、胸腺組織、小腸および肺組織には、マクロファージが含まれていることが第1優先日前公知であったとして、乙第9号証の1、乙第9号証の2、乙第10-12号証を提出し、これに対し、請求人は、甲第16号及び甲第87号証を提示し、「脾臓、胸腺組織、末梢血白血球、小腸及び肺組織には、マクロファージだけが含まれているわけではなく、リンパ球(T細胞、B細胞、NK細胞など)、単球、好中球、好酸球、好塩基球なども含まれている」と主張している。

(3)-1 まず、ア)の点について、検討する。
(3)-1-1 末梢血白血球に関する記載のある、両当事者から提出された証拠には、以下の記載がある。
乙第70号証第6頁第2-10行には、「末梢血に含まれる単球は、特別の刺激をすることなくインビトロで培養するだけで、マクロファージ機能を発現する細胞であり(略)、また、炎症反応の際に、種々の組織に浸潤して組織マクロファージになることから、単球は、血液中で「待機」しているマクロファージといえます。そして、実際には、Nakataら(Mol Med. 1995 Nov;1(7):744-757)の論文において、要約では「末梢血単球」と記載しておきながら、論文のタイトルでは「血液マクロファージ」と記載していることからも明らかなように、単球は、「血液マクロファージ」とも呼ばれています。」と記載されている。
甲第86号証には、白血球について、「生体防御に関与する血液細胞で、好中球、好酸球、好塩基球、単球、マクロファージ、リンパ球、形質細胞が含まれる。末梢白血球数は正常成人で4,000-9,000/μlであり、その画分は上記おのおのが約50-60%、2-4%、0-1%、2-7%、0%、30-40%、0%を占める」(第391頁左欄第15-21行)と記載されている。
また、乙第12号証には、マクロファージについて、「その起源については諸説があるが、骨髄中の幹細胞に由来する血中の単球が組織に出現したものとする考えが強い。」(第1295頁第7-9行)と記載されている。
さらに乙第55号証には、「1.0μMのホルボールミリステートアセテートとともに1-18時間インキュベーションすることにより、ヒト単球細胞THP-1をマクロファージに分化させた。(略)マクロファージ-THP-1によるMCP-1への特異的結合の減少は、受容体の数、および、親和性の両方の減少に起因した。」(第436頁要約第1-12行)と記載されている。さらに乙第55号証には「モルモットでの腹膜マクロファージの研究によって、MCP-1が常在性マクロファージの走化因子ではなく、誘発されたマクロファージの移動を誘導できることが示された。」(第436頁左欄第9-12行)と記載されている。
乙第22号証には、「図2・1 免疫応答に関与する細胞の起源」(ページ数付記なし)として、単球→マクロファージとの図式がされている。

(3)-1-2 上記証拠に基づいて検討する。
乙第70号証に示されるように、単球を「血液マクロファージ」と呼ぶことが第1優先日前にあったとしても、甲第86号証(免疫学辞典)や乙第12号証(生化学辞典)等の第1優先日前に当業者に汎用されていた辞典や、教科書として汎用されていた乙第22号証(免疫学イラストレイテッド)には、マクロファージと単球は別の細胞として記載されており、しかも乙第55号証の記載をみれば、乙第70号証に記載の「インビトロで培養するだけでマクロファージ機能を発現」した単球と、いわゆる組織マクロファージとはその機能が異なることも明らかである。
さらに被請求人自身も、回答書第6頁において「マクロファージは、単球から分化した細胞であることから(乙第22号証第19頁)、マクロファージは好中球よりもむしろ単球に近い特徴を有する。」とのべ、マクロファージと単球が異なる細胞であることを前提に議論している。
すると、第1優先日前において、当業者は一般に、「マクロファージ」とは血中の単球の呼称ではなく、組織に存在する単球から分化したものを示す用語であって、単球とは異なるものとして認識していたと認められる。
すなわち、末梢血白血球に単球が存在することをもって、末梢血白血球にはマクロファージが存在するとの一般的な認識があったということはできない。なお、単球についても、甲第86号証によれば、末梢血白血球に占める割合は2-7%であり、他の細胞に比して有意に存在するものということもできない。
加えて、甲第86号証の末梢血白血球の組成に関する記載を考慮すれば、末梢血白血球は単球とは異なる「マクロファージ」が豊富に含まれる細胞であると第1優先日前に当業者間で認識されていたということもできない。
したがって、末梢血白血球はマクロファージが豊富に含まれる組織として当業者に認識されていたということはできず、ノーザンブロットによりmRNAの発現が確認された組織に末梢血白血球が含まれていることをもって、当業者がそのmRNAがマクロファージで発現していると認識したということはできない。

(3)-2 次にイ)の点について検討する。
(3)-2-1 両当事者から提出された証拠には、これらの組織に関し、以下の記載がある。

脾臓について
乙第9号証の1の要約第11-12行には、「骨髄および脾臓由来の純粋なマクロファージコロニー数において、相対的かつ絶対的な増加があった。」と記載されている。
乙第9号証の2の第37頁右欄の図3・8には、「脾臓小葉の構造」との表題の下、「赤脾髄は細網繊維から成る網目構造、マクロファージがおおっている脾索、および小葉静脈に注ぐ静脈洞を含んでいる。」と記載されている。
本出願日後に公開された文献である乙第81号証の第1345頁左欄23-26行にも「リンパ球および単球/マクロファージと形態学的に一致する、広範に散在したCCR5免疫反応性細胞が、脾臓の赤色脾臓内に観察された。」と記載されている。
乙第9号証の2には、脾臓の赤脾髄に貧食性マクロファージと並んでリンパ球が存在することが記載され(第37頁右欄の図3・8)、
甲第16号証第1715頁の表14・284にはヒト脾臓の細胞成分が記載されており、「単球が1.2-2.4%」および「幼弱(リンパ球)が1.0-10.5%、成熟(リンパ球)が57.0-84.5%」であったことが記載されている。

胸腺について
乙第10号証の要約第1-3行には、「本研究では、我々は、電子顕微鏡、免疫組織学および一次間質細胞を組み合わせて、成体のラット胸腺における記載された様々なマクロファージ細胞サブセット間の関係の解明を試みて、ラット胸腺マクロファージの個体発生を分析した。」と記載されている。 甲第87号証第141頁右欄下から2行-第142頁左欄第4行には、「胸腺中に存在する細胞の大多数は分化過程にあるT細胞で、これらの細胞は胸腺細胞または胸腺リンパ球とよばれる。胸腺中にはマクロファージ、樹状細胞、B細胞、上皮細胞なども存在するが、これらは胸腺細胞とは呼ばれない。」と記載されている。

小腸について
乙第11号証の第553頁のイントロダクション第9-13行には、「粘膜バリアを透過する微粒子汚染物質の多くが粘膜固有層中に存在するマクロファージによって貧食されること、そして、腸壁内の微粒子分解の研究が小腸マクロファージについての研究を開始したことは、明白である。」と記載されている。
乙第50号証第456頁要約第7-15行には、「この論文において、この抗体は、マウスの脾臓、リンパ節およびパイエル板の凍結切片においてアクセサリー細胞を染色するために使用されている。(略)(1)マクロファージに富む領域:抗原送達の部位(脾臓の辺縁帯、節の輸入リンパ管の周囲およびパイエル板の上皮の下)に存在するマクロファージは、M1/70で染まったが、F4/80では染まらなかった。」と記載されている。
乙第51号証第653頁右欄第4-6行には、「小腸」について、「胃と大腸の間を占める消化管の一部、十二指腸、空腸、回腸に分けられる。」と記載されている。また、提出された証拠内に頁数の記載はないが、「ハ」の頁右欄第8-15行には、「パイエル板」について、「哺乳動物のおもに回腸に見られる数十?数百のリンパ小節のかたまりで、間膜付着部の反対側の粘膜下に存在する。(略)リンパ球(T細胞・B細胞を含む)、形質細胞(多くはIgA産生細胞)を含み、腸内細菌に対する生体防御に関与する。」と記載されている。

肺について
乙第12号証第1294頁右欄下から4行-第1205頁左欄第12行は、生化学辞典のマクロファージに関する項であり、「肝のクッパー細胞、肺の肺胞マクロファージ、リンパ節の遊離または固着のマクロファージなどはすべて、血中単球由来と考えられている。」と記載されている。

(3)-2-2 上記証拠の記載に基づいて検討する。
証拠乙第9の1号証、乙第9の2号証、および乙第10-12号証から、第1優先日前に、脾臓、胸腺、小腸および肺にマクロファージが存在していたことは知られていたということはできる。
一方、乙第51号証から、小腸に存在するパイエル板にはリンパ球(T細胞・B細胞を含む)が含まれていることも明らかである。また、甲第16号証から、脾臓にはリンパ球が58.0-95.0%含まれていることも明らかである。さらに甲第87号証から胸腺に存在する細胞の大多数は、胸腺リンパ球と呼ばれる分化過程にあるT細胞であることも明らかである。
そして、乙第51号証(生化学辞典)、甲第16号証(生化学データブックI)、および、甲第87号証(免疫学辞典)は、それぞれ第1優先日前に当業者に汎用されている辞典であることから、これらの文献に記載されていたことは、第1優先日前の技術常識であったということもできる。
さらに末梢血白血球にはリンパ球が豊富に存在することは、上記(3)-1で指摘の甲第86号証(免疫学辞典)にも記載されるように、本件特許の第1優先日前の技術常識である。そして、末梢血白血球はマクロファージが豊富な組織として認識されていたものではないことも、上記(3)-1で指摘したとおりである。
また、肺にはリンパ球が存在することも、第1優先日前の技術常識である(要すれば、田村尚亮ら、「気管支肺胞洗浄液中リンパ球の特徴-末梢血リンパ球サブセットの対比を中心として-」、細胞、第19巻第5号 p.179-184(1987)、特に、第179頁左欄第1-5行、杉本峯晴「臨床医学の進歩ABC 肺細胞シリーズ 9.肺組織中のリンパ球とBronchus-associated lymphoid tissue(BALT)」、臨床化学、第30巻第7号、第875-881頁、(1987)、特に第875頁第9-12行等参照。)。
そしてさらに、基礎出願1には「Schallら、前出は、CXCケモカインは一般に好中球に影響を及ぼし、そしてCCケモカインは単球、リンパ球、好塩基球、および好酸球に影響を及ぼす傾向があることを報告している。」(甲第1号証第2頁第18-20行)と記載されている。

すると、基礎出願1の記載および第1優先日前の技術常識に照らせば、実施例3に記載の組織でmRNA発現がノーザン解析により検出されたという結果は、マクロファージでの88CのmRNAの十分な発現を強く示唆するものであるということはできず、当該結果は、たとえばリンパ球における該mRNAの発現によるものとも想定でき、マクロファージでの発現によるものというのは想定し得る可能性の一つにすぎない。

さらに、被請求人は、平成18年7月31日に提起した特許権侵害訴訟(平成18年(ワ)第7760号)における、平成19年4月27日付原告第2準備書面(乙第61号証の2)においては、本願明細書の実施例3のノーザンブロット分析の結果に基づいて、本件特許の基礎出願1は、本件発明に係る88Cが免疫機構に重要な関与をすることを明らかにしているとのべている。
具体的には、以下のように記載されている。
「本件特許の基礎出願1の明細書(当該訴訟における乙1)の実施例3では、本件発明にかかる88C遺伝子の発現パターンをノザンブロット分析によって調べている。
その結果、様々なヒト組織におよそ4kbのmRNAが示され、それらのうち、脾臓または胸腺組織をプローブで探索したものは強いシグナルが認められ、そして末梢血白血球及び小腸からのmRNAを分析した場合には、もっと強度の低いシグナルが認められた。肺組織及び卵巣組織では、本件発明に係る88Cに対するシグナルは比較的弱かった。
ここに、脾臓はリンパ球の増殖と機能発現にあずかる器官であり、胸腺はT細胞が作られる器官であって(当該訴訟における甲31)、リンパ球やT細胞は免疫機構に重要な役割を果たす。
よって、かかる記載は、本件発明にかかる88Cが免疫機構に重要な関与をすることを明らかにするものである。そのため、本件特許の基礎出願1の明細書の記載は、本件発明にかかる88C遺伝子が免疫機構の異常に関連する疾患を診断するためのマーカーおよびそのような疾患の治療対象として有用であることを開示するものである。」

被請求人の上記主張では、実施例3のノザンブロット分析の結果について「マクロファージの走化誘引」なることは一切主張されておらず、むしろリンパ球やT細胞と免疫機構との関連が指摘されているのみであることからすれば、88Cはマクロファージで発現する遺伝子であって、マクロファージの走化を誘引するものであるとは、被請求人自身も第1優先日から11年以上経ったこの時点においても考えていなかったということになり、このことは、88Cがマクロファージの走化を誘引することが、基礎出願1の明細書の記載に基づき、第1優先日に当業者にとって明らかであるとはいえないことを裏付けるものである。

したがって、仮に実施例2および3の記載から88Cがマクロファージ上で発現し、機能するという可能性が認識できたとしても、それは認識しえる可能性の一つにすぎず、しかも、V-1で検討したとおり、基礎出願1の記載から88Cがケモカイン受容体であることが明らかであるとはいえない以上、88Cがマクロファージ上でいかなる機能を果たすものであるかも明らかとはいえないから、実施例2および3の記載から、88Cがマクロファージ上で発現し、マクロファージの走化を誘引するものであることが、当業者にとって明らかであるとはいえない。

5.小括
以上のとおりであるから、基礎出願1には、88CはCCケモカインと結合し、マクロファージの走化を誘引するものであることが開示されていたということはできない。

V-2-2 基礎出願1の記載から、当業者は、88Cが免疫システムに関する多くの疾患に関連することを理解するという主張(B-2)について
1.被請求人は答弁書において、基礎出願1の明細書には、マクロファージの過剰な走化に起因することが第1優先日前において公知であった、アテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、腫瘍生長抑制および喘息という特定の疾患が挙げられ、その処置のための療法の開発に88Cが利用可能であることが開示されている旨主張している。被請求人は、回答書においても、「免疫システムに関する多くの疾患」とは、マクロファージの走化が過剰に誘引されることにより生じるアテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、腫瘍生長抑制および喘息という特定の疾患である旨主張している。

2.被請求人が上記主張の根拠として指摘する箇所には、以下のように記載されている。
「ケモカイン及びその活性の広範なる多様性のゆえに、ケモカインに対して数多くの受容体が存在する。その特徴が明らかにされている受容体は、ケモカイン受容体の全体的な補集合の一画分のみを表しているにすぎない。かくして、当該技術分野においてさらなるケモカイン受容体の同定が希求され続けている。これら新規受容体の有用性により、ケモカインまたはケモカイン受容体機能の治療用モジュレーターの開発のための手段が提供されよう。アテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、腫瘍生長抑制、喘息、及び他の炎症性病態の処置のための療法における、かかるモジュレーターの有用性が本発明によって企図される。」(甲第1号証第4頁第10-20行)

また、被請求人は指摘しないが、基礎出願1には疾病についてさらに以下の記載がある。
「発明の要約
ケモカインは、乾癬、関節炎、肺線維症及びアテローム性動脈硬化症などの多くの炎症性疾患に関わっている。Baggioliniら、前出を参照されたい。ケモカイン作用の阻害物質は、これらの病態を処置する上でも有用かもしれない。」(甲第1号証第9頁第4-7行 以下、「要約における記載」という。)

3.上記基礎出願1の記載について検討する。
(1)基礎出願1には、上記のとおり、ケモカインないしその受容体が関わっている様々な疾患や病態が列挙されているが、本件特許に係る88Cについて、これをアテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、腫瘍生長抑制および喘息という特定の疾患に直接関連づける記載はない。すなわち、基礎出願1の被請求人指摘の箇所には、これらに加えて、更に、「他の炎症性病態」が「本発明によって企図される」処置の対象として挙げられている。
また、要約における記載には、アテローム性動脈硬化症に加えて、更に、乾癬、関節炎、肺線維症などの炎症性疾患が挙げられている。
さらにまた、これらの記載は、ケモカインないしその受容体が関わっている疾患や病態を列挙するものであって、基礎出願1の発明に係る882Bと88Cの一方である、特定の88Cというタンパク質が関連する疾患等を列挙するものではない。

(2)これにつき、被請求人は、回答書において、上記発明の要約における記載の「乾癬、関節炎、肺線維症及びアテローム性動脈硬化症などの多くの炎症性疾患」という記載は、当該文章の主語が「CCケモカイン」でなく「ケモカイン」であり、また、当該記載において引用している「Baggioliniら、前出」(乙第24号証)は、CCケモカインのみならずCXCケモカインについて記載されたものであるから、当該箇所には、CCケモカインに限定することなく、むしろケモカインの中でも主にCXCケモカインが関連する、第1優先日前に知られていた疾患が列挙されたにすぎない旨、主張している。
被請求人の上記主張は、上記要約における記載は基礎出願1の発明に係るものではなく、従来技術を述べたものであり、そこで取り上げられた、乾癬、関節炎、肺線維症による炎症はCXCケモカインが関与するものであることからみても、当該記載は基礎出願の発明とは関連しないものであると主張するかのごとき主張である。
しかしながら、そもそも「発明の要約」とは一般的に当該出願に係る発明を要約する部分であると広く認識されていることから、当該部分の記載は単なる背景技術等の記載ではなく、本願発明に関する記載であると解することが自然である。
したがって、仮に上記要約における記載が直接的には従来技術について説明したものであったとしても、このことから直ちに、当該記載が基礎出願1の発明とは関連しないことにはならない。被請求人の上記主張が上述のとおりのことを意図するものであるとするなら、それは、基礎出願1の発明がCCケモカイン受容体であることが自明であることを前提とした主張であるといえるところ、基礎出願1において88CがCCケモカイン受容体であることが自明とはいえないことは先にV-1において検討したとおりであるから、たとえ仮に被請求人が指摘するとおり、乾癬、関節炎、肺線維症による炎症がCXCケモカインが関与するものであることが周知であったとしても、このことをもって、これらの疾患は基礎出願1の発明とは関連しないものであり、88Cとは関連しないと当業者が理解するとはいえない。

(3)また、仮に当業者が被請求人指摘の上記箇所における「新規受容体の有用性」という記載に着目し、当該箇所のみが基礎出願1の発明についての説明であると理解したとしても、当該記載は882Bと88Cの両者に関するものであり、更に「他の炎症性病態」についても記載されているのであるから、当該記載に基づき、88Cが上述の特定の疾患にのみ関連があることを当業者が理解するとはいえない。

(4)以上のとおりであるから、当業者は、基礎出願1の記載に基づき、88Cがアテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、腫瘍生長抑制および喘息という特定の疾患にのみ関連することを理解するとはいえない。
したがって、仮にこれらの疾患がマクロファージの走化が過剰に誘引されることにより生じうるものであったとしても、このことに基づき、88Cがマクロファージの走化に関連することを当業者が理解することにもならない。

(5)-1 ところで、被請求人が(2)-2において「基礎出願1の発明の要約の記載は従来技術について述べたものに過ぎない」旨主張する際に引用した乙第24号証の第147頁表7には、「疾患におけるCXCとCCの発現」との記載のもと、関節ではリウマチ関節炎がIL-8またはMCP-1により生じること、皮膚では乾癬がIL-8により生じること、肺では喘息がIL-8により生じ、肺線維症がMCP-1またはIL-8により生じること、さらにアテローム性動脈硬化症がMCP-1により生じることが記載されているところ、ここに記載されるIL-8はCXCケモカインであり、MCP-1はCCケモカインである。
そうすると、基礎出願1の被請求人が指摘する箇所に列挙され、被請求人が88Cの関与する特定の疾患であると主張する関節リウマチについて、乙第24号証には、原因となるケモカインとしてCCケモカインの他CXCケモカインであるIL-8が挙げられており、また、同じく被請求人が88Cの関与する特定の疾患であると主張する喘息の原因としては、CXCケモカインであるIL-8のみが挙げられていることになる。すなわち、被請求人が88Cのアミノ酸配列が関与する疾病として列挙されたものであるとする慢性関節リウマチや喘息については、基礎出願1で引用される乙第24号証の記載に基づけば、これらの疾病はIL-8というCXCケモカインによっても発症する疾病であること、さらにいえば喘息は主にCXCケモカインであるIL-8により発症する疾病であると、基礎出願1の明細書の記載に触れた当業者が認識したこととなり、これは被請求人の「基礎出願1の明細書には88Cと結合するリガンドはCCケモカインと特定されて」いるという主張と相反するものである。

(5)-2 この点につき被請求人は、乙第24号証の関節リウマチおよび喘息に関する記載について、回答書において以下のように主張し、関節リウマチや喘息についてはIL-8の関与が低いことが第1優先日前の技術常識であった旨主張している。
「関節リウマチの悪性度と最も高い相関関係および有意性を示す細胞がマクロファージであることが基礎出願1出願日前の技術常識であったことは、すでに被請求人が回答書14頁で述べたとおりである。そのため、関節リウマチに対して、マクロファージの走化を誘因するCCケモカインとは異なるCXCケモカインであるIL-8の関与が低いことが基礎出願1の出願時の技術常識であった。」
「喘息の病原において、単球/マクロファージが中心的役割を有することが、基礎出願1出願日前の技術常識であったことは、被請求人が、回答書15頁において述べたとおりである。そのため、喘息において、マクロファージの走化を誘因するCCケモカインとは異なるCXCケモカインであるIL-8の関与が低いことが基礎出願1の出願時の技術常識であった。」

(5)-3 回答書において被請求人が指摘する証拠等の記載は以下の通りである。
上記指摘の回答書第14頁には、「乙第14号証の表3には、滑膜内にある種々の細胞の数および慢性関節リウマチの悪性度との関係が示されている。
この表3に示されるように、滑膜中の細胞としては、マクロファージ、T細胞、B細胞、および、プラズマ細胞が挙げられているが、慢性関節リウマチの悪性度と最も高い相関関係および高い有意性を示す細胞はマクロファージであった。」と記載されている。
乙第14号証第39頁要約第17-21行には、「滑膜組織のマクロファージの数と1年間にわたる関節びらんの程度との間に有意な相関が存在することが観察された。(r=0・66;p=0・04)」と記載されている。
また、回答書15頁でその論拠として引用される乙第15号証要約第3-10行には以下の記載がなされている。
「喘息の病因における末梢血単球および肺胞マクロファージの関与の証拠は、末梢血単球の機能研究、ならびに、気管支肺胞洗浄サンプルの液体および細胞相の分析によって、そして、より最近では、生体の気管支内生検から得られた組織学的材料によってもたらされた。」

(5)-4 上記証拠に基づいて検討する。
確かに乙第14号証および乙第15号証には、関節リウマチ及び喘息についてマクロファージの関与が記載されている。
しかしながら、一般に疾患の発症には複数の機序があることは、第1優先日前の技術常識であるから、これらの文献は関節リウマチ及び喘息の一要因としてのマクロファージの関連を示すものであって、IL-8と関節リウマチ及び喘息の関連性を何ら否定するものではない。
さらに喘息についていえば、乙第28号証第680頁下から11-7行には、「したがって、気道炎症を引き起こす血管から走化する細胞としては、好中球、好酸球、リンパ球、マクロファージおよび血小板が挙げられ、好塩基球の役割は不確かなままである。」と記載されているように、そもそも、「喘息の病原において、単球/マクロファージが中心的役割を有することが、基礎出願1出願日前の技術常識であった」ということもできない。

すると、基礎出願1において引用される乙第24号証の記載は技術的に裏付けがないということはできず、被請求人の上記回答書における関節リウマチや喘息についてはIL-8の関与が低いことが第1優先日前の技術常識であったという主張は認められない。
そして、基礎出願1で引用される乙第24号証の記載に接した当業者であればむしろ、喘息やリウマチについても、CCケモカインのみならずCXCケモカインが関与していると認識するものと認められる。

そうすると、仮に、被請求人が主張するように、基礎出願1の被請求人の上記指摘箇所のみが、88Cに関連する疾患を記載したものであると当業者が理解したとしても、そのことをもって、基礎出願1の記載から、88CがCCケモカイン受容体であることが明らかであるとも、また、88Cがマクロファージ関連のものであることが明らかであるとも、いえない。

4.以上のように、基礎出願1には、ケモカインないしその受容体が関わっている様々な疾患や病態が列挙されており、当業者は、基礎出願1の記載に基づいて、88Cが、これらのうち、アテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、腫瘍生長抑制および喘息という特定の疾患にのみ関連することを理解するとはいえない。また、これら4種を含め、更に多数の、そもそも88Cとの関係が明らかでない、様々なケモカインないしその受容体が関わっている様々な疾患や病態が単に列挙されているというだけでは、88Cの有用性が基礎出願1の記載から明らかであるとはいえない。

しかしながら、被請求人は基礎出願1に列挙されたうち、特に上述の4種の疾患が88Cと関連する旨主張するので、これら4種の疾患については、本件特許の第1優先日当時の技術常識によれば、当業者は、88Cと関連することを理解することができたかどうかを、念のため、以下に検討する。

(1)腫瘍生長について
(1)-1 腫瘍生長抑制との関係について、被請求人は乙9号証の2を提示して、マクロファージの走化は腫瘍生長抑制作用を有することから、そのアゴニストの開発が治療につながるという主張をする一方、乙第26号証を提示して、腫瘍生長にマクロファージが関与していることから、そのアンタゴニストの開発が治療につながるという主張をしている。

(1)-2 被請求人の指摘する証拠には以下の記載がある。
乙第9号証の2の第210頁左欄下から7-3行には、「活性化マクロファージは、接触阻止能を失った細胞株に対してしばしば非特異的細胞傷害性を示す。マクロファージが腫瘍細胞に結合し、またそれらを接触阻止性をもった正常細胞から見分けるための腫瘍細胞上のレセプターの性質は不明である。」と記載されている。
一方、乙第26号証第410頁左欄第1-2行には、「マクロファージは、炎症および腫瘍の新脈管形成において重要な役割を果たすと考えられる。」と記載されている。
第1優先日後に公開された文献である乙第30号証左欄第17-20行には、「著者らの結果は、マクロファージが腫瘍の発達に寄与するという直接的な証拠を提供し、ケモカインレセプターアンタゴニストが癌の予防および処置における新規のストラテジーを提供し得るという最初の知見である。」と記載されている。
また同じく第1優先日後に公開された文献である乙第29号証第2728頁要約第1行には、「本研究者らは、組織マクロファージの補充および殺腫瘍性の活性化における腫瘍由来GM-CSFの役割を調査した。」と記載されている。

(1)-3 上記証拠等に基づいて検討する。
はじめに、基礎出願1の「腫瘍生長抑制の処置」とはその記載自体不明瞭である。
第1優先日前に公知である乙第9号証の2および乙第26号証について、これらの文献はマクロファージと腫瘍について相反する作用を示唆するものであるから、第1優先日前にマクロファージが腫瘍生長とどのように関連しているかが明らかであったとはいえず、まして、具体的にマクロファージとの関係すら確認されていない88Cについては、これが腫瘍生長と関係を有するのかどうか、また仮に関係を有するとしても、どのような関係を有するものか、すなわち腫瘍生長を抑制するものであるか、促進するものであるかも全く不明である。
すると、第1優先日前の技術常識を勘案しても、基礎出願1の腫瘍生長抑制という上記記載をもって、基礎出願1に88Cの技術的に意味のある特定の用途を推認できる機能が開示されていたということはできない。

なお、第1優先日後に公開された乙第30号証と乙第29号証もマクロファージと腫瘍生長の相反する関係を示すものであるから、第1優先日以降であってもマクロファージと腫瘍生長との関連は一義的に理解されないことも明らかである。
乙第30号証と乙第29号証の記載について、被請求人は、回答書第17頁において、以下のように主張している。

上記より理解される抗腫瘍剤は、一方がアゴニストであり、もう一方がアンタゴニストというものである。アゴニストとアンタゴニストとの作用は、正反対のものではあるが、その双方が抗腫瘍効果を奏するということは、相互に矛盾しない。その理由は、以下のとおりである。
アゴニストは、マクロファージを腫瘍と接触した位置(腫瘍内部ではない)に動員し、腫瘍を殺傷することにより抗腫瘍効果を発揮する物質である。その一方で、アンタゴニストは、マクロファージの腫瘍内部への浸潤を阻害する物質であるが、その浸潤の阻害によって、腫瘍内部でのマクロファージによる血管新生が阻害され、その結果、腫瘍生長が阻害されるからである。
しかしながら、請求人の主張によれば、逆に、アゴニストは腫瘍内部での血管新生を促進し、アンタゴニストはマクロファージの腫瘍部位への動員を阻害し、いずれも腫瘍を悪化させるということも考えられることになる。腫瘍生長について相反する作用を有することが第1優先日前に知られていたマクロファージについては、各作用のいずれか優先するのかが不明であり、ましてや被請求人が主張するようにマクロファージに対して個別の異なる作用を奏するアゴニストやアンタゴニストを取得することが、第1優先日前の技術常識であるということはできず、そのように個別の作用を有するアゴニストやアンタゴニストなるものを基礎出願1の明細書の記載に基づいて当業者が88Cを用いて容易に取得できたということはできない。
したがって、基礎出願1の腫瘍生長に関する上記記載をもって、基礎出願1に88Cの技術的に意味のある特定の用途を推認できる機能が開示されていたということはできない。

(2)アテローム性動脈硬化症について
(2)-1 被請求人は、ア)乙第13証から、アテローム性動脈硬化症がマクロファージの過剰な走化と関連する疾患であることは、第1優先日前の技術常識であったと主張するとともに、イ)88Cがこれら疾患と関連することは、本件特許の出願日以後に確認されているとして、乙第17号証および乙第87号証を提出している。

(2)-2 上記主張に関して被請求人が提出した証拠には、以下の記載がなされている。
乙第13号証は「アテローム性動脈硬化症とマクロファージ」という表題の文献であるが、その第480頁右欄第19-25行には、
「したがって、どのような因子が血管壁への単球の移動を開始するにせよ、一旦、マクロファージが存在すると、さらなる方向付けられた単球の移動およびマクロファージの局所的蓄積についての増幅ループを開始できると考えられる。」と記載されている。

本件特許の出願日以降である2007年に公開された刊行物である乙第17号証第373頁要約第1-3行には、「ケモカインおよびそれらのレセプターは、単球およびT細胞の補充を指示することによりアテローム性動脈硬化症の病変の発達に決定的に関与する。これらの細胞上に発現されるCCケモカインレセプター-1(CCR1)およびCCケモカインレセプター5(CCR5)は、アテローム性動脈硬化症に関与するケモカイン、すなわちCCL5/RANTESに結合する。」と記載されている。

また、同じく本件特許の出願日以降である2004年に公開された刊行物である乙第87号証第2460頁右欄第6-12行には、「たとえば、MCP-1/CCR2シグナル伝達経路を遮断するMCP-1のN末端欠損突然変異体、およびRANTES/CCR5シグナル伝達経路を遮断する修飾されたRANTESペプチド(Met-RANTES)は、アポ酵素ノックアウトマウスにおいて病変部位のサイズを減少させた。この研究は、アテローム性動脈硬化症において個々のCCケモカインが重要であるという原則の説得的な証拠を実証するものである。」と記載されている。

(2)-3 はじめにア)の主張について検討する。
乙第13号証の記載から、基礎出願1の優先日前に、アテローム性動脈硬化症が生じる一つの機構としてマクロファージの走化が想定し得たとしても、上記V-2-1で指摘したとおり、基礎出願1の記載から88Cがマクロファージの走化を誘引することが明らかであるといえない以上、当該疾患とマクロファージの関連が第1優先日前に知られていたことをもって、88Cが当該疾患と関連するものであるということはできない。

次に、イ)の主張について検討する。
乙第17号証および乙第87号証には、CCR5とアテローム性動脈硬化症の関連が記載されているということはできるが、当該発症の原因が88CすなわちCCR5によるマクロファージの関与であることは具体的に記載されていない。
したがって、第1優先日後の文献をもっても、88CすなわちCCR5によるマクロファージの過剰走化によりアテローム性動脈硬化症が発症することが、被請求人の提出した証拠により明らかであるということはできない。
(3)慢性関節リウマチについて
(3)-1 被請求人は、ア)乙第14証から、慢性関節リウマチがマクロファージの過剰な走化と関連する疾患であることは、第1優先日前の技術常識であったと主張するともに、イ)88Cが当該疾患と関連することは、本件特許の出願日以後に確認されているとして、乙第18号証を提出している。そして回答書第16頁には、88Cを発現するT細胞およびマクロファージが慢性関節リウマチなどの疾患の炎症部位に蓄積することが見出されていた」と記載されている。

(3)-2 上記主張に関して被請求人が提出した証拠には、以下の記載がなされている。
乙第14号証には、「滑膜組織のマクロファージの数と1年間にわたる関節びらんの程度との間に有意な相関が存在することが観察された(r=0・66、p=0・04)。」(第39頁左欄要約第17-21行)と記載されている。
第1優先日後に公開された文献である乙第18号証には、「ケモカインレセプターCCR5は、慢性関節リウマチ、腎疾患、および多発性硬化症のような疾患の炎症性浸潤における、大多数のT細胞および単球において発現される。」(第2420頁要約第1-2行)と記載されている。

(3)-3 上記主張について検討する。

まずア)の主張について検討する。
乙第14号証の記載から、基礎出願1の優先日前に、慢性関節リウマチが生じる一つの機構としてマクロファージの走化が考えられ得たとしても、上記V-2-1で指摘したとおり、基礎出願1の記載から88Cがマクロファージの走化を誘引することが明らかであるといえない以上、当該疾患とマクロファージの関連が第1優先日前に知られていたことをもって、88Cが当該疾患と関連するものであるということはできない。

さらにイ)の主張について検討する。乙第18号証には88CすなわちCCR5と慢性関節リウマチとの関連は記載されており、さらに88CすなわちCCR5の単球での発現については記載されているものの、マクロファージの関与については具体的に記載されていない。
(なお、マクロファージと単球との関係については、上記V-2-1で検討した通りである。)
したがって、第1優先日後の文献をもっても、88CすなわちCCR5によるマクロファージの過剰走化により慢性関節リウマチが発症することが、被請求人の提出した証拠により明らかであるということはできない。

(4)喘息について
(4)-1 被請求人は、ア)乙第15証から、喘息がマクロファージの過剰な走化と関連する疾患であることは、第1優先日前の技術常識であったと主張するともに、イ)88Cが喘息と関連することは、本件特許の出願日以後に確認されているとして、乙第31号証を提出している。

(4)-2 上記主張に関して両当事者が提出した証拠には、以下の記載がなされている。
乙第15号証には、
「喘息の病因における末梢血単球および肺胞マクロファージの関与の証拠は、末梢血単球の機能研究、ならびに、気管支肺胞洗浄サンプルの液体および細胞相の分析によって、そして、より最近では、生体の気管支内生検から得られた組織学的材料によってもたらされた。」(第201頁左欄第3-10行)と記載されている。
また、第1優先日後に公開された文献である乙第31号証にも、「総合すると、これらのデータは、CCR5およびRANTES/CCL5は、マウスモデルでの慢性の真菌による喘息の発症および維持に重要な寄与をする」(第230頁右欄下から4-1行)と記載されている。また、乙第31号証第228頁右欄下から14-13行には「肺T細胞は豊富にCCR5を発現する」と記載されている。

(4)-3 上記主張について検討する。
まずア)の主張について検討する。
乙第15号証の記載から、基礎出願1の優先日前に、喘息が生じる一つの機構としてマクロファージの走化が考えられ得たとしても、上記V-2-1で指摘したとおり、基礎出願1の記載から88Cがマクロファージの走化を誘引することが明らかであるといえない以上、当該疾患とマクロファージの関連が第1優先日前に知られていたことをもって、88Cが当該疾患と関連するものであるということはできない。

さらにイ)の主張について検討する。
上記指摘のとおり、第1優先日後に公開された文献である乙第31号証には、マクロファージなる記載はなく、むしろCCR5の発現部位としてT細胞が記載されていることから、第1優先日後の文献をもっても、CCR5によるマクロファージの過剰走化により喘息が発症することが、被請求人の提出した証拠により明らかであるということはできない。

5.小括
以上のとおりであるから、基礎出願1には、88Cがアテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、腫瘍生長抑制および喘息という特定の疾患の処置のための療法の開発に利用可能であることが開示されていたということはできない。
なお、被請求人の提出した本件出願日以後の文献によっても、88Cによるマクロファージ過剰走化誘引によって、アテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、または、喘息が発症することが裏付けられているということもできない。

V-2-3 基礎出願1の記載から、当業者は、88Cのアンタゴニストがマクロファージ機能の異常に起因する疾患に対する有効な治療薬となることを理解するという主張(B-3)について
1.被請求人は答弁書第42頁において、たとえCCケモカインのうちどの種類のものがリガンドとなるかが具体的に特定されていなかったとしても、本件特許の基礎出願1の明細書に接した本件第1優先日前の当業者は、本件発明に係る88C(CCR5)のみを用いて、88C(CCR5)に対するアンタゴニストを調製することができ、これが上記のマクロファージ機能の異常に起因して生じる多くの疾患に対する有効な治療薬となることを理解することができた旨主張している。
具体的には、被請求人は陳述要領書(1)第15-17頁において、以下のように主張している。
ア)そもそも本件特許発明の88C(CCR5)はオーファンレセプターではなく、そのリガンドがCCケモカイン、特に「RANTES、MIP-1α、MIP-1β、およびMCP-1の全て、または、これらのいくつか」であることを、第1優先日前の技術常識を参酌して基礎出願1の明細書を読むことによって理解できるため、当業者は、これらをリガンド候補として実験することが可能であり、88Cのアゴニストおよびアンタゴニストをスクリーニングするためには、請求人が最近開発されたというオーファンレセプターのアゴニストおよびアンタゴニストをスクリーニングする方法を適用する必要がない。
また、請求人は、リガンドの同定をすることなくアゴニスト・アンタゴニストを同定する方法が最近開発されたと主張しているが、ORL1受容体のアゴニストおよびアンタゴニストは、リガンドが発表される以前に同定されているから(乙第49号証)、請求人の主張は誤りである。

イ)第1優先日前の技術常識を斟酌して基礎出願1の明細書を読むことによって本件特許発明の88C(CCR5)が走化(特にマクロファージの走化)に関与することが理解できたうえに、マクロファージの走化を測定する実験系が第1優先日当時に確立していたのであるから、そのような第1位優先日に技術常識として確立していた実験系を用いて、アゴニストやアンタゴニストをスクリーニングすることが可能である。

ウ)基礎出願1の明細書には、「これらの新規受容体の利用可能性により、ケモカインまたはケモカイン受容体機能の治療用モジュレーターの開発のための手段が提供されよう。アテローム性動脈硬化症、慢性関節リウマチ、腫瘍生長抑制、喘息、及び他の炎症性病態の処置のための療法における、かかるモジュレーターの有用性が本発明によって企図される。あるいは、ケモカイン受容体の断片もしくは変異体、またはそれら受容体を認識する抗体が、前記療法に関わるものとして企図される。」(甲第1号証第4頁第16-20行)と記載され、また、「本発明において企図される特異的受容体へのケモカインの結合のモジュレーターは、ケモカインもしくは受容体に対して作製された抗体、生物学的もしくは化学的小分子、またはケモカインもしくは受容体の断片に対応する合成ペプチドが包含されうる。」(甲第1号証第9頁第10-13行)と記載されるように、ケモカインの受容体への結合に影響を与える物質である「モジュレーター」の代表例として受容体に対する抗体が記載されている。そして、基礎出願1の明細書では、88Cのクローニングおよび発現に成功している以上、その抗体を取得することも容易である。

2.上記V-2-1およびV-2-2で検討した通り、基礎出願1の記載に基づき、当業者は、88Cがマクロファージの走化を誘導するものであるとも、88Cがマクロファージの異常に起因する疾患に関与するものであるとも理解するとはいえないため、主張(B-3)による88Cの有用性を認めることはそもそもできないが、以下、仮に88Cはマクロファージを過剰に走化するものであることが明らかであったという前提で、上記主張について検討する。

(1)上記主張ア)について
受容体にリガンドが結合して、Ca^(++)流出が起こりマクロファージの走化が誘引されるという被請求人の説示する機構において、受容体に対するアンタゴニストを同定するためには、受容体にリガンドが結合してもたらされるCa^(++)流出等に対するアンタゴニスト候補物質の影響の検討が必要である。
被請求人の上記主張ア)は、まず88Cのリガンドを候補から同定し、その上でさらにアンタゴニストのスクリーニングを行うという二段階の作業を強いるものである。そもそも上記V-1で検討したように、88Cのリガンドが「RANTES、MIP-1α、MIP-1β、およびMCP-1の全て、または、これらのいくつか」であることが基礎出願1に開示されていたと認めることもできず、基礎出願1には、当業者が88Cを使用して、容易にアンタゴニストを調製することができる程度に開示されていたということはできない。

また、ORL1受容体のリガンドは、1995年10月に最初に発表されているが、そのアゴニストおよびアンタゴニストは、それ以前の1994年に同定されているとの主張については、乙第49号証には、「ORLは、κ-オピオイド受容体においてダイノルフィンの高親和性結合のために必要とされる特に酸性細胞外ループ2において、オピオイド受容体と構造的に相同であり、これは、そのリガンドがダイノルフィンと類似しているペプチドであろうことを示唆している。」(第532頁右欄第18-22行)と記載されるように、そもそも乙第49号証はリガンドの構造が全く不明な場合にアンタゴニストやアゴニストをスクリーニングすることが可能であることを示す文献ではない。上記V-1で述べたとおり、そもそも基礎出願1にはいずれのリガンドによっても88CによるCa^(++)流出が確認されておらず、88Cのリガンドが明らかであったということはできないから、いかなる化合物をアゴニストやアンタゴニストの候補とすべきか不明であり、当該文献の記載をもって、本件特許発明においてリガンドが不明である88Cのアゴニストおよびアンタゴニストを第1優先日前の技術常識に基づいて当業者が容易に取得できたということはできない。

(2)上記主張イ)について
被請求人が88Cについて主張するマクロファージ上のケモカイン受容体に対するリガンド結合によるマクロファージの走化という機構については、例えば甲第18号証には、「MCP-1受容体(注.これは88Cとは異なるものである)が、単球/マクロファージ浸潤が重要な役割を果たす疾患の治療における重要な標的となる可能性がある」(第2756頁左欄下から11-8行)と記載されているように、88Cが唯一のマクロファージ走化に関与するCCケモカイン受容体であるということもできないため、マクロファージの走化に対する88Cのアゴニストやアンタゴニストをスクリーニングするためには、実験に用いるマクロファージ上に存在し得る88C以外のケモカイン受容体によるCa^(++)流出を抑える等の処置を施すという、詳細な実験系が必要なことは明らかである。
したがって、たとえマクロファージの走化を測定する実験系が第1優先日前に確立していたとしても、基礎出願1の記載及び第1優先日前の技術常識に基づいて、当業者が88Cのアンタゴニスト及びアゴニストを容易に取得できたということはできない。
また仮に基礎出願1の記載に基づき88Cが唯一のマクロファージ走化に関与する受容体であるような実験系を構築することができたとしても、上記V-1で述べたとおり、そもそも基礎出願1にはいずれのリガンドによっても88CによるCa^(++)流出が確認されておらず、88Cのリガンドが明らかであったということはできないから、いかなる化合物をアゴニストやアンタゴニストの候補とすべきか不明であり、基礎出願1の記載に基づき、当業者は、当該実験系を用いることにより、容易に88Cのアゴニストやアンタゴニストをスクリーニングすることができるとはいえない。

(3)上記主張ウ)について検討する。
被請求人は、ケモカイン受容体に対する抗体は基礎出願1明細書の実施例4に記載の細胞系を用いて調製可能であり、得られた抗体の中から、88Cに対する抗体の中で、馴化培地によるマクロファージの走化性を阻害する抗体や、候補リガンド(例えば、RANTES,MIP-1α、MIP-1β、およびMCP-1の全て)による作用(Ca^(++)流出やホスファチジルイノシトール加水分解)を阻害する抗体を選択することは容易であると主張している。
なるほど、基礎出願1の記載に基づいて当業者が88Cに対する抗体を取得すること自体は容易になしえたであろうということはできる。
しかしながら、アンタゴニスト抗体については、乙第38号第6頁に「マクロファージの走化性は、CCR5とCCケモカインとの結合によって開始する事象ですが、マクロファージに対してCCRのアンタゴニスト(例えば、中和抗体)を適用することによって、その走化性は抑制されます。」と記載されるように、その抗体がアンタゴニスト活性を有するか否かを決定するためには、まず88Cに対するリガンドを決定した上で、当該リガンドが結合することにより生じるCa^(++)流出やマクロファージの走化に対して抗体が与える影響を調べる必要があることは明らかである。
また、アゴニスト抗体なるものについては、仮に88Cがマクロファージの走化誘引という機能を有することが知られていることを前提とすれば、理論的にはスクリーニングが可能であるということもできようが、一般的にアゴニスト抗体なるものは単にリガンドの結合を阻害するものではなく、リガンドが結合した場合と同様のシグナル伝達を生じさせるものであるから、通常様々な受容体に対して過度な実験を要することなく取得できるようなものではないため、アゴニスト抗体なるものを基礎出願1の記載に基づいて当業者が容易に取得できたということはできない。

3.小括
以上のとおりであるから、基礎出願1の記載から、88Cのアンタゴニストがマクロファージ機能の異常に起因する疾患に対する有効な治療薬となることは明らかであり、基礎出願1には、88Cのリガンドが具体的に特定されていなくともそのような治療薬のスクリーニングに88Cを使用できるような開示がされていたということはできない。

V-3 被請求人が主張する以外の88Cの有用性について
さらに、被請求人が主張する以外の88Cの有用性、すなわち技術的に意味のある特定の用途が推認できる機能が、基礎出願1に開示されていたということができるかという点について検討する。

1.88CがCCケモカイン受容体である可能性があるという点について
仮に被請求人が主張するように、基礎出願1に基づき88CがCCケモカイン受容体である可能性が示唆されていたという場合、「CCケモカイン受容体である可能性がある」というのみで、88Cについて技術的に意味のある特定の用途が開示されていたかという点について検討する。

基礎出願1には、既知のケモカインはアミノ酸配列の比較によって、CXCとCCに分けられており、CCケモカインは単球、リンパ球、好塩基球、及び好酸球に影響を及ぼす傾向があることが報告されていること(甲第1号証第2頁第12-17行)、および、「ケモカイン及びその活性の広範なる多様性のゆえに、ケモカインに対して多くの受容体が存在する」(甲第1号証第4頁第10-11行)ことが記載されている。

乙第19号証第5頁表4には、「ヒトβケモカインファミリーメンバーのin vitro効果」が記載されており、例えば、βケモカイン(すなわちCCケモカイン)であるMCP-1およびMIP-1αについては以下のように記載されている。

MCP-1
標的が単球:走化性、スーパーオキシドアニオン放出の増加、細胞質Ca^(++)の増加、内皮細胞および細胞外マトリクスタンパク質への付着の増加、N-アセチル-β-グルクロナミニダーゼの増加、細胞増殖抑制増強活性の増加、細胞内カルシウムの増加、アラキドン酸放出の誘発
標的がT細胞:走化性
標的が肥満細胞:走化性、ヒスタミン放出
標的が好塩基球:走化性、ヒスタミン放出の増加、細胞内カルシウムの増加、ロイコトリエン放出の増加
標的が幹細胞:未熟骨髄系前駆細胞のコロニー形成の抑制

MIP-1α
標的が単球:走化性、呼吸性バーストの増加、細胞内カルシウムの増加
標的がT細胞:走化性、細胞外マトリクスタンパク質およびサイトカインで活性化された内皮細胞単層への付着の増加、コラゲナーゼ放出の増加、腫瘍細胞標的のCTL殺傷の増加、抗-CD3媒介性増殖の阻害
標的がB細胞:走化性
標的がNK細胞:走化性、腫瘍標的の殺傷の増加、細胞外マトリクスタンパク質への付着の増加
標的が肥満細胞:走化性、ヒスタミン放出
標的が好酸球:走化性、カチオン性タンパク質の放出の増加、細胞内カルシウムの増加
標的が好塩基球:走化性、ヒスタミン放出
標的が幹細胞:未熟骨髄系前駆細胞のコロニー形成の抑制
標的が好中球:細胞内カルシウムの少量の増加、形態変化の促進

このように、CCケモカインは一般的に白血球の走化性を有するものであるということができたとしても、白血球の走化により奏される効果は多岐にわたるものであることもまた、第1優先日前の技術常識である。また、上記乙第19号証によれば、CCケモカインの種類によって走化性を与える細胞の種類は異なり、同じ細胞であってもケモカインの種類によって効果は様々なものであろうことが、第1優先日前の技術常識であったといえる。

すると、88Cが単にCCケモカイン受容体である可能性があるというのみでは、当該受容体にどのようなCCケモカインが結合して、どのような細胞にどのような効果が奏されるかが不明なため、88Cについて技術的に意味のある特定の用途が開示されていたということはできない。

2.88Cは炎症性疾患に関連するタンパク質であるという点について
基礎出願1の疾病に関する記載から、88Cは炎症性疾患に関連するタンパク質である可能性があると認識できたとして、「炎症性疾患に関連する」というのみで、88Cについて技術的に意味のある特定の用途が開示されていたかという点について検討する。

請求人が弁駁書において主張するように、一般的にケモカインが白血球の遊走にかかわるものである以上、「ケモカイン受容体が、その全般的作用として、免疫システム、炎症反応に関与している」と概括的に言えるのは、当然のことである。

しかしながら、免疫システムや炎症反応は基本的かつ広範な概念であるので、ある免疫システムや炎症反応が、体内のどこかの段階で何らかの関与をしている可能性があるとしても、88Cが広範な免疫・炎症反応のうち、どのような段階のどのような作用を有するのかが全く不明である。してみれば、このような免疫・炎症反応への関与をもってして、何らかの疾患あるいは治療法、治療薬への結びつきが認識されるものではなく、技術的に意味のある特定の用途が示されているとはいえない。

すると、88Cが炎症性疾患に関連するタンパク質である可能性が認識できたとしても、そのことのみで、技術的に意味のある特定の用途に使用可能であるとはいえない。

3.小括
したがって、基礎出願1には88Cについて被請求人が主張する以外の技術的に意味のある特定の用途が推認できる機能が開示されていたということもできない。

V-4 総括
以上のとおりであるから、基礎出願1には88Cについて技術的に意味のある特定の用途が推認できる機能が開示されていたとはいえないため、88Cに関する本件特許の請求項1-14に係る発明について基礎出願1に基づくパリ条約による優先権主張の効果を認めることはできない。
したがって、本件特許の請求項1-14に係る発明について、新規性進歩性の判断の基準日は、早くとも基礎出願2の出願日である1996年6月7日である。


VI 引用例に記載された発明との対比・判断
1.引用例
第2基礎米国出願の出願日(1996年6月7日)の前に頒布された刊行物であるBiochemistry 1996, 35, 3362-3367(発行日:1996年3月19日)(甲第11号証)には、以下の記載がなされている。

(ア)3362頁の要約の2?18行
本稿ではChemR13と命名された新規CC-ケモカイン受容体をコードするヒト遺伝子のクローニングについて説明する。この遺伝子は352個のアミノ酸からなるタンパク質をコードしているが、その分子量の計算値は40600Daであり、N結合型糖鎖付加を受ける可能性のある部位を1箇所有している。(略)
CHO-K1細胞株に安定的にトランスフェクトし、ヒトChemR13を機能的に発現させた。ケモカインに対する生理学的反応はマイクロフィジオメーターを用いてモニターした。マクロファージ炎症性タンパク質-1α(MIP-1α)が最も強力なアゴニストであった。MIP-1βとRANTESもまた生理学的条件下でアゴニスト活性があった。(略)
従ってChemR13は増加しつつあるケモカイン受容体ファミリーの新しい一員であり、免疫ならびに炎症のプロセスに関わる細胞の動員を媒介するものである。この分類中で5番目に機能が判明した受容体であることから、この新規CC-ケモカイン受容体(CC-CKR)を暫定的にCC-CKR5と命名した。

(イ)3363頁 左欄下から27行?右欄6行
クローニングおよび配列決定。(略)ラムダDASHベクター内に構築されたヒトゲノムDNAライブラリ(Stratagene, La Jolla, CA)についてはMOP020(511bp)プローブを用いて厳しくない条件でスクリーニングした(Sambrook et al., 1989)。陽性クローンを均一になるまで精製し、サザンブロッティングで分析した。遺伝子座の制限酵素地図を決定し、関連する4400bpのXbaI断片をpBluescript SK+(Stratagene)中にサブクローニングした。(略)
細胞株における発現。それぞれBamHIならびにXbaI認識配列を含むプライマーを用いて、コード領域全体を1056塩基断片としてPCRにより増幅し、真核細胞発現ベクターpcDNA3(Invitrogen, San Diego, CA)の対応する部位にクローニングした。・・・(中略)・・・CHO-K1細胞はHam‘sF12培地を用いて培養したが、これは既報に従った(略)。・・・(中略)・・・ChemR13受容体発現レベルの評価は、細胞から調製した総RNAに対するノーザーンブロッティングによって対応する転写産物を検出することにより行った。

(ウ)3364頁左欄第9-21行
第二のハイブリダイゼーション領域を含む代表的クローンの4.4kbのXbaI断片を、pBluescript SK+中にサブクローニングした。配列を決定することにより新しい遺伝子であることが判明し、ChemR13と命名されたが、これはMOP020プローブと84%同一性を共有することから、MOP020はChemR13のマウス相同分子種であると考えられる。(略) ChemR13の配列から、352コドンから成り40600Daのタンパク質をコードする単一のオープンリーディングフレーム(図1)が判明した。

(エ)3364頁右欄第5-8行
関係するCC-CKR1やIL-8受容体と同じく(Holmes et al., 1991; Murphy & Tiffany 1991; Neote et al., 1993; Gao et al., 1993)、ChemR13のコード領域はイントロンを保有しないようである。

(オ)3364頁上段
図1.新しいヒトケモカイン受容体ChemR13の一次構造。・・・・・・・・・
・・・・・・新規受容体をコードするヌクレオチド配列は、Genbank/EMBLデータライブラリーに受入番号X91492で登録されている。

なお、参照として甲第11号証に包含される、第2優先権主張日前に登録され、アクセス可能となった、1996年7月15日のリバイス以前のX91492(甲第10号証の1と同一である)の情報は以下のとおりである。
LOCUS HSCCCKR4G 1376 bp DNA linear PRI 12-APR-1996
DEFINITION H.sapiens CC-CKR4 gene.
ACCESSION X91492
VERSION X91492 GI:1262810
KEYWORDS cc-chemokine receptor type 4; Ccckr-4 gene.
SOURCE Homo sapiens (human)
ORGANISM Homo sapiens
Eukaryotae; mitochondrial eukaryotes; Metazoa; Chordata;
Vertebrata; Eutheria; Primates; Catarrhini; Hominidae; Homo.
REFERENCE 1 (bases 1 to 1376)
AUTHORS Samson,M., Labbe,O., Mollereau,C., Vassart,G. and Parmentier,M.
TITLE Molecular cloning and functional expression of a new CC-chemokine
receptor gene, CC-CKR5
JOURNAL Biochemistry 11, 3362-3367 (1996)
REFERENCE 2 (bases 1 to 1376)
AUTHORS Parmentier,M.
TITLE Direct Submission
JOURNAL Submitted (14-SEP-1995) M. Parmentier, Universite Libre de
Bruxelles, I R I B H N ULB Campus Erasme, 808 Route de Lennik, 1070
Bruxelles, BELGIUM
FEATURES Location/Qualifiers
source 1..1376
/organism="Homo sapiens"
/mol_type="unassigned DNA"
/db_xref="taxon:9606"
/clone="CC-CKR4"
/clone_lib="lambda DASHII"
gene 240..1298
/gene="CC-CKR4"
CDS 240..1298
/gene="CC-CKR4"
/codon_start=1
/product="CC-chemokine receptor 4"
/protein_id="1262811"
/db_xref="GI:1262811"
/translation="MDYQVSSPIYDINYYTSEPCQKINVKQIAARLLPPLYSLVFIFG
FVGNMLVILILINCKRLKSMTDIYLLNLAISDLFFLLTVPFWAHYAAAQWDFGNTMCQ
LLTGLYFIGFFSGIFFIILLTIDRYLAVVHAVFALKARTVTFGVVTSVITWVVAVFAS
LPGIIFTRSQKEGLHYTCSSHFPYSQYQFWKNFQTLKIVILGLVLPLLVMVICYSGIL
KTLLRCRNEKKRHRAVRLIFTIMIVYFLFWAPYNIVLLLNTFQEFFGLNNCSSSNRLD
QAMQVTETLGMTHCCINPIIYAFVGEKFRNYLLVFFQKHIAKRFCKCCSIFQQEAPER
ASSVYTRSTGEQEISVGL"
ORIGIN
1 gaattccccc aacagagcca agctctccat ctagtggaca gggaagctag cagcaaacct
61 tcccttcact acaaaacttc attgcttggc caaaaagaga gttaattcaa tgtagacatc
121 tatgtaggca attaaaaacc tattgatgta taaaacagtt tgcattcatg gagggcaact
181 aaatacattc taggacttta taaaagatca ctttttattt atgcacaggg tggaacaaga
241 tggattatca agtgtcaagt ccaatctatg acatcaatta ttatacatcg gagccctgcc
301 aaaaaatcaa tgtgaagcaa atcgcagccc gcctcctgcc tccgctctac tcactggtgt
361 tcatctttgg ttttgtgggc aacatgctgg tcatcctcat cctgataaac tgcaaaaggc
421 tgaagagcat gactgacatc tacctgctca acctggccat ctctgacctg tttttccttc
481 ttactgtccc cttctgggct cactatgctg ccgcccagtg ggactttgga aatacaatgt
541 gtcaactctt gacagggctc tattttatag gcttcttctc tggaatcttc ttcatcatcc
601 tcctgacaat cgataggtac ctggctgtcg tccatgctgt gtttgcttta aaagccagga
661 cggtcacctt tggggtggtg acaagtgtga tcacttgggt ggtggctgtg tttgcgtctc
721 tcccaggaat catctttacc agatctcaaa aagaaggtct tcattacacc tgcagctctc
781 attttccata cagtcagtat caattctgga agaatttcca gacattaaag atagtcatct
841 tggggctggt cctgccgctg cttgtcatgg tcatctgcta ctcgggaatc ctaaaaactc
901 tgcttcggtg tcgaaatgag aagaagaggc acagggctgt gaggcttatc ttcaccatca
961 tgattgttta ttttctcttc tgggctccct acaacattgt ccttctcctg aacaccttcc
1021 aggaattctt tggcctgaat aattgcagta gctctaacag gttggaccaa gctatgcagg
1081 tgacagagac tcttgggatg acgcactgct gcatcaaccc catcatctat gcctttgtcg
1141 gggagaagtt cagaaactac ctcttagtct tcttccaaaa gcacattgcc aaacgcttct
1201 gcaaatgctg ttctattttc cagcaagagg ctcccgagcg agcaagctca gtttacaccc
1261 gatccactgg ggagcaggaa atatctgtgg gcttgtgaca cggactcaag tgggctggtg
1321 acccagtcag agttgtgcac atggcttagt tttcatacac agcctgggct gggggt

CDS:240..1298との記載から、X91492には、cc-chemokine receptor type 4; Ccckr-4 geneと表記される、上記塩基配列の240位-1298位の塩基配列で表される遺伝子を含むポリヌクレオチドが開示されているといえる。

(カ)第3366頁右欄下から11行-第3367頁左欄第7行
ノーザンブロット分析。(略)ChemR13トランスクリプト(4.4kb)が検出されたのはKG-1A前骨髄芽球細胞株だけであり、前骨髄性細胞株のHL-60、PBMC、その他試験を行った細胞株においては検出されなかった。

2.本件特許発明と先行技術発明との対比
(1)本件請求項1-14に係る発明は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1-14に記載された、以下のとおりのものである。
「【請求項1】配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列をコードする、精製及び単離されたポリヌクレオチド。
【請求項2】前記ポリヌクレオチドがDNAである請求項1記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】前記ポリヌクレオチドがゲノミックDNAである請求項2記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】前記ポリヌクレオチドがcDNAである請求項2記載のポリヌクレオチド。
【請求項5】前記cDNAが配列番号:1に示されるDNAを含む、請求項4記載のポリヌクレオチド。
【請求項6】前記ポリヌクレオチドが、全体または部分的に化学合成されたDNAである請求項1記載のポリヌクレオチド。
【請求項7】請求項2記載のDNAのRNA転写物。
【請求項8】請求項2記載のDNAを含む、生物学的機能を有するDNAベクター。
【請求項9】前記DNAが、DNA発現制御配列と作動可能に連結されている請求項8記載のベクター。
【請求項10】前記DNAの発現を許容するように、請求項2記載のDNAを用いて安定に形質転換またはトランスフェクトされた宿主細胞。
【請求項11】88Cポリペプチドを製造するための方法であって、以下の工程すなわち、請求項10記載の宿主細胞を好適な普通培地中で生育し、そして該細胞または培地から前記ポリペプチドを単離する工程を含む方法。
【請求項12】配列番号:1に示されるポリヌクレオチドの相補体とストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズし、且つ配列番号:2に示される88Cのアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項13】配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列を含み、ケモカイン受容体88Cとして作用する、精製及び単離されたポリペプチド。
【請求項14】請求項1または12記載のポリヌクレオチドによってコードされる、精製及び単離されたポリペプチド。」

(2)請求項1、2、3に係る発明について
上記(イ)、(ウ)、(オ)で指摘のとおり、甲第11号証には、ヒトゲノムDNA由来のChemR13のコード領域を含む4400bpのXbaI断片、および、当該断片によりコードされるChemR13のアミノ酸配列(図1)が記載されており、甲第11号証の4400bpのXbaI断片は、図1に記載されるアミノ酸配列を有するChemR13をコードするポリヌクレオチドであるといえる。
また、上記(ア)で指摘のとおり、甲11号証には、MIP-1α、MIP-1βおよびRANTESが、ChemR13に対してアゴニスト活性を有するもの、すなわちリガンドであることも記載されている。
そして、甲第11号証の図1に記載されるアミノ酸配列は、本件特許の配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列と同一である。
本件特許の請求項1に記載される発明と、甲第11号証に記載された発明を対比すると、リガンドへの結合能およびアミノ酸配列からみて、甲第11号証の「ケモカイン受容体ChemR13」は、本件特許の請求項13に記載の「ケモカイン受容体88C」に相当し、
両者は、「配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド」である点で一致するものである。
ここで、本件特許の請求項1に係る発明は、「精製及び単離された」ポリヌクレオチドに関するものであるが、甲第1号証に記載されているように4400bpのXbaI断片をクローニングしたことは、当該ポリヌクレオチドが精製および単離されたことに他ならない。なお、仮に上記クローニングがポリヌクレオチドの精製および単離にあたらないとしても、ポリヌクレオチドを単離・精製することは、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことを要するものではなく、常法により適宜なしえたことと認められる。
したがって、本件特許の請求項1に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

また、上述のとおり、4400bpのXbaI断片はゲノムDNA由来のポリヌクレオチドであるから、本件特許の請求項2に係る発明と甲第11号証に記載された発明とは、さらにポリヌクレオチドがDNAである点で一致するものである。また、本件特許の請求項3に係る発明と甲第11号証に記載された発明とは、さらにポリヌクレオチドがゲノミックDNAである点で一致するものである。
したがって、本件特許の請求項2および3に係る発明も同様の理由により、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(3)請求項4に係る発明について
本件特許の請求項4に係る発明は、ポリヌクレオチドがcDNAである請求項2記載のポリヌクレオチドに関するものである。

上記(イ)および(エ)で指摘のとおり、甲第11号証には、BamHIおよびXbaI認識配列を含むプライマーを用いてPCRによりゲノムから増幅された1056bpの断片が、ChemR13のすなわち88Cのイントロンを含まないコード領域全体に対応するものであることが記載されている。
また、上記(オ)で指摘の甲第11号証に参照として含まれるGenBank/EMBLデータライブラリー受入番号X91492には、甲第11号証の図1に記載されるアミノ酸配列を翻訳配列とするポリヌクレオチド、すなわち、88Cをコードするポリヌクレオチドの具体的な塩基配列が開示されている。当該塩基配列においてCDSとして表記される領域内の1296-1298位は、アミノ酸配列との対応およびその塩基配列(TGA)からストップコドンであって、ポリペプチドとして翻訳されないものであることも明らかであるから、X91492に開示される塩基配列のCDSと表記される240-1298の領域中の240-1295位の塩基配列が、ChemR13すなわち88Cのコード領域の配列であるということができる。
すると、甲第11号証には、Genbank/EMBLデータライブラリーのアクセション番号X91492に開示される240-1295位の塩基配列を有する、図1のアミノ酸配列を翻訳配列とする、88Cをコードする1056bpのポリヌクレオチド断片が記載されているといえる。

本件特許の請求項4に係る発明と、甲第11号証の88Cをコードする1056bpのDNAに関する発明を対比すると、
両者は、「配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列をコードする、ポリヌクレオチド」である点で一致するものであり、
本件特許の請求項4に係る発明はポリヌクレオチドがcDNAであるのに対して、甲第11号証に記載された発明ではポリヌクレオチドがDNAである点で、また、本件特許の請求項4に係る発明は、ポリヌクレオチドが精製及び単離されたものであるのに対し、甲第11号証に記載された発明ではポリヌクレオチドが精製及び単離されたものであることは明記されていない点で、一応相違するものである。

しかしながら、cDNAはDNAと化学物質として何ら異なるものではない。
また、上記(イ)で指摘のとおり、甲第11号証に記載の1056塩基のDNA断片は、発現ベクターにクローニングされたものであり、これは、当該DNAは精製および単離されたものであることに他ならない。なお、仮に上記クローニングがDNAの精製及び単離にあたらないとしても、DNAを単離・精製することは、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことを要するものではなく、常法により適宜なしえたことと認められる。
したがって、本件特許の請求項4に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(4)請求項5に係る発明について
本件特許の請求項5に係る発明は、cDNAが配列番号:1に示されるDNAを含む、請求項4に記載のポリヌクレオチドに係る発明である。
上記2.(3)での検討、および、甲第11号証に開示の1056塩基断片に対応する塩基配列と、本件特許の配列番号:1の55-1110位の塩基配列が同じであることをふまえると、両者は、「配列番号:1の55-1110位の塩基配列を有する」ものである点でさらに一致するものであり、 本件特許の請求項5に係る発明は、ポリヌクレオチドが3383塩基からなる配列番号:1の全長DNAを含むものであるのに対して、甲第11号証に記載された発明は、全長が1056塩基からなるDNAである点で相違するものである。

上記(カ)で指摘のとおり、甲第11号証には、ノーザンブロット分析の結果、前骨髄芽細胞(KG-1A)において、ChemR13すなわち88Cのトランスクリプトが検出されたことが記載されている。
タンパク質をコードするポリヌクレオチドを取得しようとする際に、イントロンを含まないcDNAを取得しようとすることは、当該分野において広く行われていることである。また、タンパク質をコードするポリヌクレオチドの部分配列等に基づいて、プローブを作製し、cDNAライブラリーから取得することも、第1優先日前の当該分野における技術常識である。

これを本件についてみると、甲第11号証に記載のゲノミックDNAには、上記(エ)で指摘のとおり、イントロンを保有しない88Cのコード領域が含まれていることから、88Cについてあえてコード領域に対応するcDNAを取得しなければならない必然性が高いとはいえないとしても、コード領域を含むcDNAを取得しようとすることは当業者が適宜なしえる範囲内の事項であるから、甲第11号証に記載のDNAの塩基配列に基づくプローブを作成して、甲第11号証に記載される前骨髄芽細胞(KG-1A)由来等のcDNAライブラリーに対するハイブリダイゼーションを行うことにより、88CをコードするcDNA、すなわち配列番号:1に示される塩基配列を含むcDNAを精製・単離することは、当業者が適宜なしえる範囲内の事項である。
そして、本件特許の配列番号:1に示されるDNAを含むcDNAが、当該具体的な配列を含むことにより、88Cのコード領域を包含しているということ以上の予測しえない有利な効果を奏するものであるということもできない。
したがって、本件特許の請求項5に係る発明は、甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が適宜なし得たものである。

(5)請求項6に係る発明について
本件特許の請求項6に係る発明はポリヌクレオチドが、全体または部分的に化学合成されたDNAである請求項1に記載のポリヌクレオチドに係る発明であるから、本件特許の請求項6に係る発明は甲第11号証に記載された発明と、上記2.(2)で検討した点に加え、本件特許の請求項6に係る発明は、ポリヌクレオチドが全体または部分的に化学合成されたDNAであるのに対して、甲第11号証に記載された発明ではポリヌクレオチドがゲノミックDNAである点で相違するものである。
しかしながら、化学合成されたDNAとゲノミックDNAとは化学物質として何ら異なるものではない。
したがって、上記2.(2)と同様の理由により、本件特許の請求項6に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。

また、DNAを化学合成することも当業者が適宜なしえる範囲内の事項であるから、甲第11号証に開示されるChemR13すなわち88Cのアミノ酸配列、または、それをコードするポリヌクレオチドの塩基配列に対応するDNAを化学合成することも、当業者が適宜なしえる範囲内の事項である。
したがって、本件特許の請求項6に係る発明は、甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。

(6)請求項7に係る発明について
甲第11号証には、上記(ア)および(イ)で指摘のとおり、ヒトゲノムDNA由来のChemR13のコード領域を含む1056塩基断片をPCRにより増幅し、真核細胞発現ベクターpcDNA3(Invitrogen, San Diego, CA)の対応する部位にクローニングして、CHO?K1細胞株を安定にトランスフェクトし、ヒトChemR13を機能的に発現したことが記載されている。
本件特許の請求項7に係る発明は、請求項2に記載のDNAのRNA転写物に係る発明である。RNA転写物は、DNAでトランスフェクトされた細胞内に存在するものであり、また、RNA転写物を取得しようとすることも、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことを要するものではなく、適宜なしえたことであると認められるから、上記2.(2)と同様の理由により、本件特許の請求項7に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。

なお、本件特許の明細書中には実施例として、88C cDNAを組み換え法によって哺乳動物細胞にて発現させたことは記載されているものの、RNA転写物を単離したことについては実施例等の具体的な記載がなされておらず、この点で甲第11号証と異なるものではない。仮に甲第11号証の記載から、RNA転写物を取得できないというのであれば、本件特許の請求項7に係る発明は、実施可能要件を満たしていないものとなる。

(7)請求項8、9、10、11に係る発明について
(7-1)本件特許の請求項8に係る発明は、請求項2記載のDNAを含む、生物学的機能を有するDNAベクターに関するものである。
甲第11号証には、上記(ア)および(イ)で指摘のとおり、ヒトゲノムDNA由来のChemR13のコード領域を含む1056塩基断片をPCRにより増幅し、真核細胞発現ベクターpcDNA3(Invitrogen, San Diego, CA)の対応する部位にクローニングして、CHO?K1細胞株を安定にトランスフェクトし、ヒトChemR13を機能的に発現したことが記載されている。
なお、発現ベクターpcDNA3(Invitrogen)は、挿入されたDNAを発現させるベクターとして用いられるものであり、CMVプロモーター、T7プロモーター、Sp6プロモーター等のプロモーターを含むベクターである。

本件特許の請求項8に係る発明と、甲第11号証に記載された発明を対比すると、甲第11号証の「発現ベクター」は、請求項8に記載の「生物学的機能を有するDNAベクター」に相当し、
両者は、「配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列のアミノ酸配列をコードするDNAを含む、生物学的機能を有するDNAベクター」である点で一致するものである。
ここで、本件特許の請求項8に記載のDNAは「精製及び単離された」ものであるが、上記2.(2)及び2.(3)で指摘のとおり、クローニングされたDNAなるものは、単離・精製されたものに他ならず、なお、仮に該クローニングがDNAの精製および単離にあたらないとしても、DNAを単離・精製することは、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことを要するものではなく、適宜なしえたことと認められる。
したがって、本件特許の請求項8に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(7-2)本件特許の請求項9に係る発明は、前記DNAがDNA発現制御配列と作動可能に連結されている請求項8に記載のベクターに係る発明である。
甲第11号証の記載からでは、pcDNA3(Invitrogen)発現ベクターの構造が不明であるとしても、当該ベクターが発現ベクターである以上、ベクター内に挿入DNAを作動可能に連結し得る発現制御配列が存在することは明らかであるから、本件特許の請求項9に係る発明と、甲第11号証に記載された発明を対比すると、
両者は、「配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列のアミノ酸配列をコードするDNAが、DNA発現制御配列と作動可能に連結されている、生物学的機能を有するDNAベクター」である点で一致するものである。
ここで、本件特許の請求項9に記載のDNAは「精製及び単離された」ものであるが、上記(7-1)と同様の理由により、本件特許の請求項9に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(7-3)本件特許の請求項10に係る発明は、請求項2記載のDNAを用いて安定に形質転換またはトランスフェクトされた宿主細胞に関するものである。
本件特許の請求項10に係る発明と甲第11号証に記載された発明を対比すると、甲第11号証の「安定にトランスフェクトされ、機能的に発現したCHO細胞株」は、「安定に形質転換またはトランスフェクトされた宿主細胞」に相当し、
両者は、「配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列のアミノ酸配列をコードするDNAの発現を許容するように、該DNAを用いて安定に形質転換またはトランスフェクトされた宿主細胞」である点で一致するものである。
ここで、本件特許の請求項10に記載のDNAは「精製及び単離された」ものであるが、上記(7-1)と同様の理由により、本件特許の請求項10に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

(7-4)本件特許の請求項11に係る発明は、請求項10記載の宿主細胞を用いて88Cポリペプチドを製造するための方法に関するものである。
甲第11号証には、上記(ア)および(イ)で指摘のとおり、ヒトゲノムDNA由来のChemR13のコード領域を含む1056塩基断片をPCRにより増幅し、真核細胞発現ベクターpcDNA3(Invitrogen, San Diego, CA)の対応する部位にクローニングして、CHO?K1細胞株を安定にトランスフェクトし、ヒトChemR13を機能的に発現したこと、および、CHO-K1細胞はHam‘sF12培地を用いて培養したことが記載されている。

本件特許の請求項11に係る発明と甲第11号証に記載された発明を対比すると、甲第11号証の「Ham‘sF12培地を用いて培養」は、本件特許の請求項11に係る発明の「好適な普通培地中で生育」に相当し、
両者は、「DNAの発現を許容するように、配列番号2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列をコードするDNAの発現を許容するように、該DNAを用いて安定に形質転換またはトランスフェクトされた宿主細胞を好適な普通培地中で生育し、ポリペプチドを製造する方法」である点で一致するものであり、
本件特許の請求項11に係る発明は、細胞又は培地からポリペプチドを単離する工程を含む方法であるのに対して、甲第11号証には発現したポリペプチドを細胞又は培地から単離することは記載されていない点で一応相違する。
しかし、ポリペプチドをコードするDNAの発現産物を単離することは、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことを要するものではなく、常法により適宜なしえたことであると認められる。
したがって、本件特許の請求項11に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に記載された発明から当業者が容易に想到し得たものである。

なお、本件特許の明細書中には実施例として、88C cDNAを組み換え法によって哺乳動物細胞にて発現させたこと、および、形質転換細胞を用いてケモカイン受容体活性について機能性アッセイを行ったことは記載されているものの、88C自体を精製および単離したことについては実施例等の具体的な記載がなされておらず、この点で甲第11号証と異なるものではない。仮に甲第11号証の記載から、88Cを容易に単離できないというのであれば、本件特許の請求項11に係る発明は、実施可能要件を満たしていないものとなる。

(8)請求項12に係る発明について
本件特許の請求項12に係る発明は、「配列番号:1に示されるポリヌクレオチドの相補体とストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズし、且つ配列番号:2に示される88Cのアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド」に係る発明である。
ここで、配列番号:1に示されるDNAを含むcDNAは、当然「配列番号:1に示されるポリヌクレオチドの相補体とストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズし、且つ配列番号:2に示される88Cのアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド」であり、本件特許の請求項12に係る発明に含まれるから、本件特許の請求項12に係る発明は、上記2.(4)と同様の理由により、甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。

また、あるタンパク質に対応するアミノ酸配列が既知の場合、当該アミノ酸配列を変異させることなくコドンの変更を行うことも、当該分野において広く行われていることであるから、甲第11号証に記載される発明において、配列番号:2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列をコードするものであって、配列番号:1に示されるポリヌクレオチドの相補体とストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズするものを取得することは、当業者が甲第11号証に記載された発明に基づいて容易に想到し得たものである。

(9)請求項13および14に係る発明について
(9-1)請求項13に係る発明は、配列番号:2に示される88Cのアミノ酸配列を含み、88Cとして作用するポリペプチドに関する発明であり、本件特許の請求項13に係る発明は、甲第11号証に記載された発明と、
「配列番号2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列を含み、ケモカイン受容体88Cとして作用するポリペプチド」である点で一致するものである。

ここで、本件特許の請求項13に係る発明は「精製および単離された」ポリペプチドに関するものであるのに対し、甲第11号証にはChemR13遺伝子の発現産物を単離・精製したことは記載されていないが、発現産物を単離・精製することは、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことを要するものではなく、常法により適宜なしえたことであると認められる。
したがって、本件特許の請求項13に係る発明は、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。

なお、本件特許の明細書中には実施例として、88C cDNAを組み換え法によって哺乳動物細胞にて発現させたこと、および、形質転換細胞を用いてケモカイン受容体活性について機能性アッセイを行ったことは記載されているものの、88C自体を精製および単離したことについては実施例等の具体的な記載がなされておらず、この点で甲第11号証と異なるものではない。仮に甲第11号証の記載から、精製及び単離した88Cを容易に得ることができないというのであれば、本件特許の請求項13に係る発明は、実施可能要件を満たしていないものとなる。

(9-2)本件特許の請求項14に係る発明は、配列番号2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列をコードする精製及び単離されたポリヌクレオチド、または、配列番号1に示されるポリヌクレオチドの相補体とストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズし、且つ配列番号2に示される88Cのアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドによってコードされる、精製及び単離されたポリペプチドに係る発明である。
ここで、配列番号2に示されるケモカイン受容体88Cのアミノ酸配列をコードする精製及び単離されたポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチドのアミノ酸配列は、配列番号2に示されるアミノ酸配列に他ならない。
したがって、本件特許の請求項14に係る発明も、(9-1)と同様の理由により、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、甲第11号証に記載された発明から当業者が容易に想到し得たものである。

3.総括
よって、本件特許の請求項1-14に係る発明は、無効理由6に示された理由のとおり、甲第11号証に実質的に記載された発明であり、または、当該発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、または、同法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。


第4 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する他の無効理由について検討するまでもなく、本件特許の請求項1-14についての特許は、特許法第29条に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-03-31 
結審通知日 2008-04-11 
審決日 2008-04-24 
出願番号 特願平9-523092
審決分類 P 1 113・ 121- Z (C12N)
P 1 113・ 113- Z (C12N)
P 1 113・ 03- Z (C12N)
最終処分 成立  
前審関与審査官 高堀 栄二  
特許庁審判長 種村 慈樹
特許庁審判官 光本 美奈子
鵜飼 健
登録日 2002-03-15 
登録番号 特許第3288384号(P3288384)
発明の名称 ケモカイン受容体88-2B[CKR-3]及び88Cならびにそれらの抗体  
代理人 箕浦 繁夫  
代理人 長谷部 真久  
代理人 森下 夏樹  
代理人 多田 央子  
代理人 岩谷 龍  
代理人 山本 秀策  

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