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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1189309
審判番号 不服2005-24728  
総通号数 110 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-02-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-12-22 
確定日 2008-12-18 
事件の表示 特願2004-329603「インク噴射記録ヘッド、これを用いる記録方法および記録装置」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 2月17日出願公開、特開2005- 41238〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は、平成7年6月1日(優先権主張 平成6年7月14日、平成6年8月26日、平成6年12月9日)に出願した特願平7-135185号の一部を平成15年10月6日(優先権主張 平成6年7月14日、平成6年8月26日、平成6年12月9日)に新たな特許出願(特願2003-347179号)とし、さらに、その一部を平成16年11月12日(優先権主張 平成6年7月14日、平成6年8月26日、平成6年12月9日)に新たな特許出願(特願2004-329603号)としたものであって、 平成17年11月17日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年12月22日付けで拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、平成18年1月13日付けで特許請求の範囲及び明細書についての手続補正がなされたものである。

第2.本願発明
平成18年1月13日付け手続補正の特許請求の範囲についての補正は、請求項の削除を目的とする補正であるから、本願の請求項1?13に係る発明は、平成18年1月13日付けの手続補正書で補正された特許請求の範囲の請求項1?13に記載された事項により特定されるものであり、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。

「Si基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記薄膜発熱抵抗体列に沿って前記Si基板の前記一方の面に形成され、前記複数の薄膜発熱抵抗体の各々と配線接続された駆動用集積回路と、
前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレームと、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記Si基板に形成された前記共通インク溝に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔とを有し、
前記共通インク溝および前記複数の連結用インク孔は、前記駆動用集積回路、これに配線接続される前記薄膜発熱抵抗体列および前記複数の個別インク通路の各々を構成する隔壁層が形成された前記Si基板に形成されたものであることを特徴とするインク噴射記録ヘッド。」

第3.引用刊行物
原査定の拒絶の理由に引用され、本願優先権主張日前に頒布された刊行物である特開平6-115075号公報(以下、「引用文献1」という。)には、以下の記載が図示とともにある。

・記載事項(ア)
「薄膜熱インクジェットプリントヘッドは普通、薄膜インク発射抵抗体を形成する種々の層が形成されているシリコンのような基板、インク発射抵抗体とプリントヘッドの外部接点との間の相互結線、インク発射抵抗体上に設置されているインク収容室を含むインク収容領域を形成するように構成されているインク障壁、およびインク障壁に取付けられたノズルを備えているノズル板から構成されている。」(段落【0002】の1?8行)

・記載事項(イ)
「前述の熱インクジェットプリントヘッドは下記ステップを含む工程に従って有利に製作される。シリコン基板の上部に活性素子領域および溝領域を形成し、酸化物領域を活性素子領域および溝領域を除く基板の上面に形成する。次にパターン抵抗層およびパターンメタリゼーション層とをフィールド酸化物層の上に形成する。パッシベーション層を基板上に設けられたすべての露出層および基板の露出域の上に形成する。次にパッシベーション層をマスクしてエッチし、(a)下層のメタリゼーション層まで開口を形成し、(b)パッシベーション層を溝領域から除去し、(c)溝領域に溝を形成する。代わりに、パッシベーション層をマスクし、そして2回エッチしてもよい。すなはち、まず上記(a)を行い、続いて、すべての薄膜を付着させエッチしてから、上記(b)および(c)を行う。第2の代案は溝シリコンエッチの反応生成物が精密ヴァイア(via)を形成するのに使用されるパッシベーションエッチ用機器に適合していないとき、および溝がパッシベーション層の上層となるレベルの高い薄膜を形成するのに使用されるフォトレジストのパターニングの邪魔になるとき望ましい。」(段落【0006】)

・記載事項(ウ)
「本発明によれば、狭い(たとえば、25?100μm)溝15が薄膜基台11の基板の上部に形成されており、それは薄膜基台11の長さの方向に延びている。溝15は溝15から基台11を通してその下まで延びているスロット17と連絡しており、これにより溝15およびスロット17は協同して複合インク供給スロットを形成している。使用中、薄膜基台11の下にあるスロット開口は、プリントヘッドを含むペン本体内部のインク溜めと連絡し、インクは、本書で更に説明するように、インク障壁に形成されたインク室に導かれる。」(段落【0007】の8?17行)

・記載事項(エ)
「図2Aの詳細図は薄膜基台11の上に設けられているインク障壁層12に形成されたインク室19を示しており、また破線の円でノズル板13に形成された上層のノズル21の位置を示している。既知のプリントヘッド構造によれば、それぞれのインク発射抵抗体は、図3および図3Aに図示し且つ下に更に説明するように、インク室19の下に設置されている。インク障壁層内に全般に中心に設けられた開口14は一般に溝15と整合しており、溝からインク室19へのインクの流れを作っている。」(段落【0008】の3?11行)

・記載事項(オ)
「プリントヘッドは溝15が形成されているシリコン基板51を備えている。フィールド酸化物層53がシリコン基板の上に設けられており、パターン化燐ドープ酸化物層54がフィールド酸化物層53の上に設けられている。タンタル・アルミニウムから成る抵抗層55が、インク発射抵抗体を含む薄膜抵抗器をインク収容室の下に形成することになっている領域上に広がっている酸化燐層54の上に形成されている。わずかな割合の銅および/またはシリコンがドープされたアルミニウムから成るパターン化メタリゼーション層57が、たとえば、抵抗層55の上に設けられている。抵抗層55およびメタリゼーション層57は、溝の縁までは広がっていない。その領域には必要でないからである。
【0010】メタリゼーション層57は適切なマスキングおよびエッチングにより形成されたメタリゼーション線路を備えている。メタリゼーション層57のマスキングおよびエッチングは抵抗体領域をも形成している。特に、抵抗層55およびメタリゼーション層57は抵抗体が形成されている区域にメタリゼーション層57の線路の部分が除かれている点を除いて、一般に互いに整合している。このような仕方で、導電径路はメタリゼーション層内の線路内の開口に導電線路内の開口または隙間に設けられた抵抗層55の一部を備えている。換言すれば、抵抗体区域は、その周辺上の異なる位置に終結する第1および第2の金属線路を設けることにより形成される。第1および第2の線路は第1の線路の終端と第2の線路の終端との間にある抵抗層の一部を効果的に備えている抵抗体の端子または導線から構成されている。抵抗体を形成するこの方法によれば、抵抗体層55およびメタリゼーション層を同時にエッチして互いに整合したパターン層を形成することができる。次に、開口をメタリゼーション層57の中にエッチして抵抗体を形成する。」(段落【0009】の4行?段落【0010】の末行)

・記載事項(カ)
「薄膜基台11を、上述のように形成してから、インク障壁層12を、たとえば、デラウェア州ウィルミントンのデュポン社から入手できるVacrelのような既知のポリマー材を使用して薄膜基台11の上に写真平版で形成する。次にスロット17を形成し、ノズル板13をインク障壁12に取付ける。」(段落【0021】)

・記載事項(キ)
図1、図2から、複数のスロット17がシリコン基板51に形成された溝15に間歇的に設けられることが看取できる。

・記載事項(ク)
図2から、インク室19が列状に配列されることが看取できるとともに、溝15がインク発射抵抗体列の近傍にあることが看取できる。

・記載事項(ケ)
図2Aから、インク室19とノズル21とが1対1で対応することが看取できる。

・記載事項(コ)
図4A?図4Hから、溝15がシリコン基板51の一方の面に形成されることが看取できる。

1.インク発射抵抗体56について
前記記載事項(エ)には、「インク発射抵抗体」が、「インク室19」の下に設置されることが記載されており、前記記載事項(ク)には、「インク室19」が、列状に配列されたものが記載されている。
したがって、引用文献1に記載の列状の「インク発射抵抗体56」を、「インク発射抵抗体列」ということができる。
また、前記記載事項(オ)から、パターン化メタリゼーション層57と抵抗層55とはほぼ同じ領域に形成されており、パターン化メタリゼーション層57が形成されていない抵抗層55の領域では、抵抗層55のみが導電路となるので抵抗値が高い領域となり、それにより発熱していると解することができる。そして、その領域の発熱を利用してインクを発射していることからして、引用文献1に記載される「インク発射抵抗体56」とは、その領域を指していることが把握できる。
ここで、シリコン基板51上には、下からフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54、抵抗層55が順に積層されているので、「インク発射抵抗体56」は、シリコン基板51上でフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54を介して形成されているといえる。

2.複数のノズル21について
前記記載事項(ケ)には、インク室19とノズル21とが1対1で対応しているものが記載されており、また、前記記載事項(エ)には、「それぞれのインク発射抵抗体は、・・・インク室19の下に設置されている。」と記載されている。
したがって、複数のノズル21は、シリコン基板51の一方の面の上方に設けられている上、複数のインク発射抵抗体56と1対1に対応している。

3.複数のインク室19について
前記記載事項(ケ)には、インク室19とノズル21とが対応しているものが記載されており、また、前記「(2)複数のノズル21について」で示したように、複数のノズル21は、複数のインク発射抵抗体56と1対1に対応している。
したがって、複数のインク室19は、複数のノズルの各々に対応してシリコン基板51の一方の面上に設けられている上、その各々は、インク発射抵抗体56およびこれと1対1に対応するノズル21に連通している。

4.溝15について
前記記載事項(エ)には、「インク障壁層内に全般に中心に設けられた開口14は一般に溝15と整合しており、溝からインク室19へのインクの流れを作っている。」と記載されており、溝15は、複数のインク室19の各々と連通している。
前記記載事項(コ)には、溝15がシリコン基板51の一方の面に形成されることが記載されており、また、前記記載事項(ク)から、溝15が「インク発射抵抗体列」の近傍にあるといえる。

5.複数のスロット17について
前記記載事項(ウ)には、「溝15は溝15から基台11を通してその下まで延びているスロット17と連絡しており、これにより溝15およびスロット17は協同して複合インク供給スロットを形成している。使用中、薄膜基台11の下にあるスロット開口は、プリントヘッドを含むペン本体内部のインク溜めと連絡し」と記載されており、複数のスロット17は、シリコン基板51の一方の面側の溝15と、シリコン基板51の他方の面側とを連通している。
また、前記記載事項(キ)には、複数のスロット17がシリコン基板51に形成された溝15に間歇的に設けられたものが記載されており、また、前記記載事項(カ)には、「薄膜基台11を、上述のように形成してから、インク障壁層12を、たとえば、デラウェア州ウィルミントンのデュポン社から入手できるVacrelのような既知のポリマー材を使用して薄膜基台11の上に写真平版で形成する。次にスロット17を形成し」と記載されているから、孔形状のスロット17は、シリコン基板51に「あけられた」ということができる。

6.溝15と複数のスロット17とシリコン基板との関係、インク発射抵抗体列とインク障壁層12とシリコン基板との位置関係について
前記「(4)溝15について」及び前記「(5)複数のスロット17について」で示したように、溝15および複数のスロット17は、シリコン基板51に形成されたものである。
また、インク発射抵抗体列とシリコン基板51との位置関係については、前記「(1)インク発射抵抗体56について」で示したとおりであり、インク発射抵抗体列は、シリコン基板51上でフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54を介して形成されているといえる。
また、前記記載事項(エ)から、インク障壁層12は、インク室19の各々を構成するものである。さらに、前記記載事項(カ)から、インク障壁層12は、シリコン基板51上で、フィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54、その他のパッシベーション層等を介して形成されていることが把握できるので、インク障壁層12は、シリコン基板51上でフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54、その他のパッシベーション層等を介して形成されているといえる。
よって、インク発射抵抗体列および複数のインク室19の各々を構成するインク障壁層12は、フィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54等を介してシリコン基板51に形成されているということができる。

したがって、前記記載及び図面を含む引用文献1全体の記載から、引用文献1には、以下の発明が開示されていると認める。
「シリコン基板51の一方の面上でフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54を介して形成されたインク発射抵抗体列と、
このインク発射抵抗体列の複数のインク発射抵抗体56の各々と1対1に対応して、前記シリコン基板51の一方の面の上方に設けられた複数のノズル21と、
前記複数のノズルの各々に対応して前記シリコン基板51の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記インク発射抵抗体56およびこれと1対1に対応する前記ノズル21に連通する複数のインク室19と、
前記インク発射抵抗体列の近傍において前記シリコン基板51の前記一方の面に形成され、前記複数のインク室19の各々と連通する溝15と、
前記シリコン基板51の前記一方の面側の前記溝15と前記シリコン基板51の前記他方の面側とを連通するために、前記シリコン基板51に形成された前記溝15に間歇的にあけられた複数のスロット17とを有し、
前記溝15および前記複数のスロット17は、前記インク発射抵抗体列および前記複数のインク室19の各々を構成するインク障壁層12がフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54等を介して形成された前記シリコン基板51に形成されたものであるインクジェットプリントヘッド。」(以下、「引用文献1記載の発明」という。)

第4.本願発明と引用文献1記載の発明との対比
a.引用文献1記載の発明の「シリコン基板51」、「ノズル21」、「スロット17」及び「インク障壁層12」は、それぞれ、本願発明の「Si基板」、「オリフィス」、「連結用インク孔」及び「隔壁層」に相当する。

b.前記記載事項(ア)から、引用文献1に記載される「インク発射抵抗体56」は、薄膜の発熱抵抗体である。したがって、引用文献1記載の発明の「インク発射抵抗体56」及び「インク発射抵抗体列」は、それぞれ、本願発明の「薄膜発熱抵抗体」及び「薄膜発熱抵抗体列」に相当する。

c.引用文献1に記載のインクジェットプリントヘッドは、インク室19と開口14との間に細い通路を有し、この細い通路を通過したインクがインク室19に供給されるものであるから、この細い通路と個別のインク室19とを総称して、本願発明に倣って「個別インク通路」ということができる。

d.引用文献1記載の発明の「溝15」は、複数のインク室19の各々に共通して連通しているので、本願発明に倣って「共通インク溝」ということができる。

e.引用文献1記載の発明の「インクジェットプリントヘッド」は、発熱する抵抗体を用いた熱インクジェットヘッドであるから、本願発明の「インク噴射記録ヘッド」に相当する。

f.本願発明における「Si基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列」について、「形成された」というのがどのような意味で用いられているのか不明確であるので、以下で検討する。
本願明細書の発明の詳細な説明には、Siウエハに薄膜抵抗体を形成する工程として「(2)の工程」が記載されており、(2)の工程が記載されている段落【0050】には、「尚、これらのヒータとSiウエハの間には、上に述べたLSIの製造中に形成されている約2μm厚さのSiO_(2)層があり」と記載されている。
したがって、本願発明の「Si基板の一方の面に形成された」との記載は、Si基板に接するように、Si基板上に、直接、薄膜発熱抵抗体列が形成されていることを意味しているのではなく、Si基板上のLSI製造中に形成される膜を介して形成されているものであると解釈できる。
一方、引用文献1記載の発明の「フィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54」は、薄膜集積回路処理を行ったときに形成される薄層である。
してみれば、本願発明の「Si基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列」と、引用文献1記載の発明の「シリコン基板51の一方の面上でフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54を介して形成されたインク発射抵抗体列」とは実質的な差異はない。

g.本願発明における「前記薄膜発熱抵抗体列および前記複数の個別インク通路の各々を構成する隔壁層が形成された前記Si基板」について、「形成された」というのがどのような意味で用いられているのか不明確であるので、以下で検討する。
まず、薄膜発熱抵抗体列がSi基板に形成される点については、上記「f.」で検討したように、Si基板上に、直接、薄膜発熱抵抗体列が形成されていることを意味しているのではなく、Si基板上のLSI製造中に形成される膜を介して形成されているものであると解釈できる。
次に、隔壁層がSi基板に形成される点については、本願明細書の発明の詳細な説明に、「(3)の工程」として記載されており、(3)の工程は、(1)、(2)の工程の後に行われることから、(3)の工程で形成される隔壁層は、(1)の工程で形成されるLSI製造中に形成される膜や駆動用LSIデバイスや、(2)の工程で形成される個別薄膜導体及び共通薄膜導体の上に形成されるものであると解釈できるものであって、Si基板上に、直接、隔壁層が形成されていることを意味しているとは解釈できない。
一方、引用文献1記載の発明の「隔壁層12」は、薄膜集積回路処理を行ったときに形成される薄層である「フィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54」や、抵抗層55、パターン化メタリゼーション層57、各パッシベーション層を形成した上に形成されるものである。
してみれば、本願発明の「前記薄膜発熱抵抗体列および前記複数の個別インク通路の各々を構成する隔壁層が形成された前記Si基板」と、引用文献1記載の発明の「前記インク発射抵抗体列および前記複数のインク室19の各々を構成するインク障壁層12がフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54等を介して形成された前記シリコン基板51」とに、実質的な差異はない。
よって、本願発明の「前記駆動用集積回路、これに配線接続される前記薄膜発熱抵抗体列および前記複数の個別インク通路の各々を構成する隔壁層が形成された前記Si基板」と、引用文献1記載の発明の「前記インク発射抵抗体列および前記複数のインク室19の各々を構成するインク障壁層12がフィールド酸化物層53、パターン化燐ドープ酸化物層54等を介して形成された前記シリコン基板51」とは、「前記薄膜発熱抵抗体列および前記複数の個別インク通路の各々を構成する隔壁層が形成された前記Si基板」との点で共通する。

h.本願発明の「複数の連結用インク孔」は、Si基板に形成されるものであって、Si基板の一方の面側の共通インク溝とSi基板の他方の面側との間をインクが通過できるように連通するものである。
したがって、本願発明の「前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために、前記Si基板に形成された前記共通インク溝に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」と、引用文献1記載の発明の「前記シリコン基板51の前記一方の面側の前記溝15と前記シリコン基板51の前記他方の面側とを連通するために、前記シリコン基板51に形成された前記溝15に間歇的にあけられた複数のスロット17」とは、いずれも「前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側とを連通するために、前記Si基板に形成された前記共通インク溝に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔」である点で共通する。

よって、本願発明と引用文献1記載の発明とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「Si基板の一方の面に形成された薄膜発熱抵抗体列と、
この薄膜発熱抵抗体列の複数の薄膜発熱抵抗体の各々と1対1に対応して、前記Si基板の前記一方の面の上方に設けられた複数のオリフィスと、
前記複数のオリフィスの各々に対応して前記Si基板の前記一方の面上に設けられ、その各々が前記薄膜発熱抵抗体およびこれと1対1に対応する前記オリフィスに連通する複数の個別インク通路と、
前記薄膜発熱抵抗体列の近傍において前記Si基板の前記一方の面に形成され、前記複数の個別インク通路の各々と連通する共通インク溝と、
前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側とを連通するために、前記Si基板に形成された前記共通インク溝に間歇的にあけられた複数の連結用インク孔とを有し、
前記共通インク溝および前記複数の連結用インク孔は、前記薄膜発熱抵抗体列および前記複数の個別インク通路の各々を構成する隔壁層が形成された前記Si基板に形成されたものであるインク噴射記録ヘッド。」

また、本願発明と引用文献1記載の発明とは、以下の点で相違する。
<相違点1>
本願発明では、インク噴射記録ヘッドは、「前記薄膜発熱抵抗体列に沿って前記Si基板の前記一方の面に形成され、前記複数の薄膜発熱抵抗体の各々と配線接続された駆動用集積回路」を有することが特定されるとともに、「前記駆動用集積回路、これに配線接続される前記薄膜発熱抵抗体列・・・が形成された前記Si基板」との特定を有するのに対して、引用文献1記載の発明では、駆動集積回路が記載されておらず、それらの特定を有しない点。

<相違点2>
本願発明では、インク噴射記録ヘッドは、「前記Si基板の他方の面側に装着され、インク供給用通路を有する実装フレーム」を有することが特定されるとともに、複数の連結用インク孔について、「前記Si基板の前記一方の面側の前記共通インク溝と前記Si基板の前記他方の面側に装着される前記実装フレーム上の前記インク供給用通路とを連通するために」あけられた孔であることが特定されているのに対して、引用文献1記載の発明では、それらの特定事項について定かではない点。

第5.判断
<相違点1について>
記録ヘッド上に駆動用の集積回路を配置することは、原査定の拒絶の理由に示されているように、本願優先権主張日前において周知技術といえる事項である。例えば、特開平2-194961号公報の2頁左下欄19行?同頁右下欄3行に、駆動用ICを基板にのせてもよいし外部よりケーブル接続してもよいことが記載されているように、駆動用の集積回路をチップ形状として基板上に配置することは周知の技術であるし、特開平3-227251号公報の特に第7頁左上欄6?7行に、ドライバーを(シリコン)ウェーハの表面に作成することが記載されているように、駆動用の回路をシリコンからなる基板上に半導体技術を用いて作成することも周知の技術である。
そして、引用文献1記載の発明のインクジェットプリントヘッドに対して、上記周知技術を採用した場合を考えると、引用文献1では、駆動回路で生成された信号は、電気信号として「パターン化メタリゼーション層57」、「抵抗層55」に入力されるのであるから、駆動回路を設ける位置としては、それらの層に接続する必要性から、それらの層と同じ層上とすること、つまり、パターン化燐ドープ酸化物層54,フィールド酸化物層53を介して、駆動回路をシリコン基板51上に形成することは、当業者であれば容易に想到することである。
また、本願発明における「形成された」との記載については、前記「f」で検討したように、直接、Si基板上に形成することを意味するのではなく、Si基板上のLSI製造時に形成される膜を介して形成されることを意味しているのであるから、引用文献1記載の発明に周知の技術を適用した場合の構成と異なるものでもない。
また、引用文献1記載の発明のインクジェットプリントヘッドに対して、上記周知技術を採用した場合には、Si基板には駆動用集積回路や、駆動用集積回路に接続される薄膜発熱抵抗体列が形成されていることになる。
よって、相違点1に係る本願発明の構成は、引用文献1記載の発明及び周知の技術から当業者が容易に想到できたものである。

なお、請求人は、審判請求書(平成18年3月9日付け補正書による)において、「しかしながら、引用文献3は、上述したように、確かにシリコンウェーハ36に穿孔され、シリコンウェーハ36を貫通し、その表面側と裏面側とを連通させているが、単なる貫通孔に過ぎない供給溝孔20を用いるものであり、引用文献1は、溝15およびスロット17の両者からなる複合インク供給スロットによって、シリコン基板51の表裏面側を連通するもので、全く異なる構造を持つものであるので、同一構造のインクジェットヘッドであれば、「インク発射抵抗体が形成されたシリコン基板に駆動用集積回路を設けることは、周知な技術である」と言えても、異なる構造を持つインクジェットヘッドにおいては、「インク発射抵抗体が形成されたシリコン基板に駆動用集積回路を設けることは、周知な技術である」とは言えない。したがって、引用文献1と引用文献3とを単純に組み合わせることはできない。」との主張をしている。
しかしながら、前記したように、記録ヘッドに駆動回路を設けること(記録ヘッドの構造に関わらず、記録ヘッドに駆動回路を設けることを言っているに過ぎない。)が周知であるのであって、引用文献1記載の構造のインクジェットヘッドにそのような周知技術を採用することに何ら技術的困難性が認められるものでもない。また、引用文献1記載の構造のインクジェットヘッドにそのような周知技術を採用しようとしたときに、その構造に合わせて設計変更を行うことは当業者が容易になし得ることであって、異なる構造だから適用できないとする請求人の主張は採用できない。
また、請求人は、「また、引用文献3では、上述したように、確かにシリコンウェーハ36の穿孔による貫通孔の穿孔が行われるのは、シリコンウェーハ36の固体表面30上のマスク膜に、複数組の気泡発生用発熱体34とその関連する電極32をパターニングした後、能動ドライバーマトリックス15,25,35,45をウェーハの表面に製作した後であって、発熱体34を有するシリコン発熱体板28の表面に隔壁層となる空洞壁22およびチャンネル壁17を形成する前であるのに対し、引用文献1では、複合インク供給スロットの溝15およびスロット17の形成は、いずれも駆動用集積回路が形成されていないシリコン基板51に行われるものであり、複合インク供給スロットのうちの溝15の形成は、インク障壁層12が形成される前に、インク発射抵抗体56が形成されたシリコン基板51に行われるが、複合インク供給スロットの内のスロット17の形成は、インク発射抵抗体56およびインク障壁層12が形成されたシリコン基板51に行われるのである。
すなわち、引用文献1は、元々、シリコン基板51に外部接続用金層62を形成しており、駆動用集積回路を別の基板に設けることが前提で、複合インク供給スロットの溝15およびスロット17も、インク障壁層12も形成されているのであり、その結果、ヘッドが構成されているので、引用文献3に開示の能動ドライバーマトリックスがそのままシリコン基板51に形成できるわけではない。」との主張をしている。
しかしながら、前記したように、引用文献1に周知技術を採用したときに、その構造に合わせた設計変更を行うことは当業者であれば当然考えることであって、引用文献1記載の発明において、周知技術である「記録ヘッドに駆動回路を設ける」ことを採用した場合に、引用文献1に記載されている「外部接続用金層62」が不要となり、その代わりに基板上に駆動回路を形成することになるのであって、その程度のことは当業者が当然に思い至る設計変更であるのだから、請求人の前記主張は採用できない。
また、請求人は、「なお、仮に、引用文献1と引用文献3とを組み合わせることができたとしても、引用文献3の開示が、供給溝孔20を部分的に形成し、電極32および発熱体34、次いで能動ドライバーマトリックス15等を形成した後、供給溝孔20を貫通させて形成し、続いて、発熱体34を有するシリコン発熱体板28の表面に隔壁層となる空洞壁22およびチャンネル壁17を形成するものであるので、本願第1発明のように、引用文献1の溝15およびスロット17からなる複合インク供給スロットが、インク障壁層12が形成されたシリコン基板51に形成されることはないし、能動ドライバーマトリックス等の駆動用集積回路、インク発射抵抗体56およびインク障壁層12が形成されたシリコン基板51に形成されたものであることはありえない。」との主張をしている。
しかしながら、本願発明の「前記共通インク溝および前記複数の連結用インク孔は、前記駆動用集積回路、これに配線接続される前記薄膜発熱抵抗体列および前記複数の個別インク通路の各々を構成する隔壁層が形成された前記Si基板に形成されたものである」との記載が製造順序を明確に示しているとはいえない(共通インク溝と複数の連結用インク孔がSi基板に形成されていることと、Si基板には駆動用集積回路と薄膜発熱抵抗体列と隔壁層が形成されていることを特定しているに過ぎない。)上に、仮に、製造順序を特定しているとしても、特定された製造順序で製造された物であるインク噴射記録ヘッドと、引用文献1記載の発明から当業者が容易に想到し得るインクジェットプリントヘッドとの間に特段の差異があるともいえない。つまり、本願発明は製造方法の発明でなく物の発明であるから、製造方法が記載されていても、その製造方法によって製造された物の構成と引用文献1記載の発明の物との間に差異がない限り、実質的に相違するとはいえないのである。(請求人が主張するように本願発明を解釈して、集積回路等をSi基板に形成した後に、共通インク溝および複数の連結用インク孔を設けていると解釈したとしても、そのような工程を経たインク噴射記録ヘッドと、引用文献1に記載される工程を経たインクジェットヘッドとの間で、構成上の差異が認められるものではない。)
したがって、請求人の前記主張は採用できない。
また、前記したように周知の技術として示されているのは、記録ヘッド上に駆動用の集積回路を配置することに過ぎないのであって、周知で示した文献に記載される構成を殊更に引用文献1に組み合わせようとする請求人の前記主張は採用できない。

<相違点2について>
まず、本願発明における「実装フレーム」がどのようなものを指しているのか検討する。
発明の詳細な説明の段落【0036】に、「(8)こうして製造されたインク噴射記録ヘッドチップを前記実装フレームにダイボンディングし、配線実装して組み立てる工程によって達成される。」と記載され、【図1】及び【図3】に、実装フレーム17上にシリコン基板を配置するものが記載されていることから、「実装フレーム」は、ヘッドチップを保持するとともに、インクをヘッドチップまで送り込むための通路をもった部材であると解することができる。
一方、引用文献1についてみるに、引用文献1には、フレームに相当する部材が明記されていないものの、引用文献1の前記記載事項(ウ)には、「使用中、薄膜基台11の下にあるスロット開口は、プリントヘッドを含むペン本体内部のインク溜めと連絡し」と記載されており、インクジェットプリントヘッドがインクを供給する部材を備えた記録装置本体に固定されて使用されることが示唆されている。そして、引用文献1に記載されるようなチップ状のインクジェットプリントヘッドを記録装置本体に固定するときに、インクジェットプリントヘッドを保持する部材が必要となることは当然であり、その保持する部材からインクが供給されることも当然行われることである。
そして、保持する部材は、引用文献1のスロット17側に接続する必要があるのだから、シリコン基板の他方の面側に装着されるようにすること、また、その保持する部材にインク供給用の通路を設けることは、当業者が容易に想到することである。また、「インクジェットプリントヘッドを保持する部材」、「インク供給用の通路」を、それぞれ、「実装フレーム」、「インク供給用通路」と称することも何ら困難性はないし、保持する部材とインクジェットプリントヘッドとを総称したものを「インク噴射記録ヘッド」と称することも何ら困難性はない。
さらに、引用文献1記載の発明のインクジェットプリントヘッドをそのような保持する部材に固定する場合を想定すると、引用文献1記載の発明の「複数のスロット17」は、シリコン基板の一方の面側の溝15とシリコン基板の他方の面側に装着される保持する部材上のインク供給用通路とを連通することになる。
よって、相違点2に係る本願発明の構成は、引用文献1記載の発明及び技術常識から当業者が容易に想到できたものである。

<その他>
請求人は、審判請求書(平成18年3月9日付け補正書による)において、「引用文献1は、強度が増した薄膜熱インクジェットプリントヘッドや、強度を犠牲にせずに小さくすることができる薄膜インクジェットプリントヘッドを提供することを目的とするものであるのに対し、本願第1発明は、上述のように、ノズル配列密度を従来技術の3倍以上として、数千ノズル以上/ヘッドという大規模な高集積ヘッド、例えば、1600dpiのヘッドを実現するとともに、その製造と組み立て実装方法についても容易に量産化できるインク噴射記録ヘッドを提供することを目的としているので、その目的においても、両者は明確に相違する。
また、引用文献1は、強度の増大した薄膜熱インクジェットプリントヘッド構造が提供され、また、より小さい薄膜シリコン基板を用いることができ、そして製造コストを下げることができるという効果を奏する発明であるのに対し、本願第1発明は、上記目的を達成することができるという効果を奏するものである点でも、両者は相違する。」との主張をしている。
しかしながら、請求人が主張する効果は、特定の製造方法によって得られる効果であって、製造方法を特定しない本願発明から得られる効果とはいえないのであって、請求人の当該主張は採用できない。

そして、本願発明の作用効果も、引用文献1の記載事項、周知の技術、技術常識から当業者が予測できる程度のものである。

したがって、本願発明は、本願出願前に頒布された引用文献1の記載事項、周知の技術、技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

第6.むすび
以上のとおり、本願発明は、その出願前に頒布された引用文献1の記載事項、周知の技術、技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明を検討するまでもなく、本願は、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-10-15 
結審通知日 2008-10-21 
審決日 2008-11-04 
出願番号 特願2004-329603(P2004-329603)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 門 良成塚本 丈二  
特許庁審判長 酒井 進
特許庁審判官 江成 克己
菅藤 政明
発明の名称 インク噴射記録ヘッド、これを用いる記録方法および記録装置  
代理人 渡辺 望稔  
代理人 三和 晴子  

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