• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F02F
管理番号 1189660
審判番号 不服2007-16184  
総通号数 110 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-02-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-06-11 
確定日 2008-12-11 
事件の表示 特願2003-167441「エンジン用ピストン」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 1月 6日出願公開、特開2005- 2889〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成15年6月12日の出願であって、平成18年12月28日付けで拒絶理由が通知され、平成19年3月5日付けで手続補正がなされると共に意見書が提出されたが、平成19年5月9日付けで拒絶査定がなされ、平成19年6月11日に拒絶査定に対する審判請求がなされたものであり、その請求項1ないし10に係る発明は、上記平成19年3月5日付け手続補正によって補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりである。

「【請求項1】 スカート部の外周面にピッチが15?30μmで深さが5?15μmの条痕を有すると共に、潤滑油の存在下でシリンダブロックボア部に対して摺動する自動車のエンジン用ピストンであって、潤滑油が、脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含有していると共に、組成物全量基準且つリン元素換算量で、0.1%以下のジチオリン酸亜鉛を含有しており、スカート部の摺動面を硬質炭素薄膜で被覆したことを特徴とするエンジン用ピストン。」


第2.引用文献
第2-1.引用文献1
(1)原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開平3-260362号公報(以下、「引用文献1」という。)には、図面と共に、次の事項が記載されている。

ア.「2 特許請求の範囲
1 内燃機関の運転中に高温の燃焼ガスが作用する頂面が形成され、前記頂面は自体に付着されて一体に結合された人造ダイヤモンド材の薄い被膜を含んでいる、内燃機関のためのピストン。
2 円筒形側壁部分を有し、前記人造ダイヤモンド材の被膜がピストンの前記頂面から前記側壁の少なくとも一部分に延在している、請求項1記載の内燃機関のためのピストン。
3 アルミニウム又はアルミニウム合金から形成され、側壁に少なくとも1個の円形くぼみを有し、前記くぼみの壁がそれを被膜する前記人造ダイヤモンド材を含んでいる、請求項2記載の内燃機関のためのピストン。
(中略)
10 円筒形側壁を持つ少なくとも1個の燃焼室と、内燃機関の運転中に前記室内で往復運動するようにされ、燃焼による変化する力及び高温にさらされるピストンと、を有し、前記ピストンは端壁と円筒形側壁の部分を有し、前記端壁と前記ピストン側壁の少なくとも前記ピストン端壁に隣接する部分とを人造ダイヤモンド材の第1の層が被膜し、前記燃焼室の前記円筒形側壁の、少なくとも内燃機関の運転中に燃焼ガスにさらされる部分を人造ダイヤモンド材の第2の層が被膜する、内燃機関。
11 前記ピストンは、その側壁に形成されるみぞと該みぞ内に支持されて前記燃焼室の前記円筒形側壁に滑動係合するピストンリングと、を有し、前記人造ダイヤモンド材は前記みぞの壁を被膜する、請求項10記載の内燃機関。
(中略)
16 機関の運転中に前記ピストンにそれぞれ整合するか又は整合しないで、運転中の燃焼による熱、力及び腐食作用を受ける端壁及び側壁部分を前記燃焼室が有し、燃焼の熱、腐食及び圧力による劣化及び破損から保護するように作用自在の人造ダイヤモンド材の層が前記燃焼室の前記端壁及び側壁部分の全表面に被膜されている、請求項10記載の内燃機関。」(特許請求の範囲の請求項1ないし請求項16)

イ.「本発明は、エンジンのピストン、ピストンリング、ピストン棒、軸受及びクランク軸のような内燃機関の構成要素の構造改良に関し、殊に変形のみならず摩損及び熱腐食を受けるそれら要素の全表面又は選択表面部分に、それら要素に近接して配設される炭素原子含有ガスその他の流体にマイクロ波エネルギをビーム照射することによりそれらの流体から遊離された炭素原子から析出した人造ダイヤモンド材の薄膜を被膜することに関する。
よって、運転中の熱腐食及び浸食作用に耐える、内燃機関要素の新しい、改良された構造を与えることが本発明の第一の目的である。
表面浸食及び表面き裂による破損に耐える内燃機関要素の改良された構造を与えることが本発明のいま一つの目的である。
(中略)
腐食、浸食及び摩損に対して保護するために、全体表面に硬質人造ダイヤモンドが被膜された、内燃機関の改良されたピストンを与えることがいま一つの目的である。」(公報第3ページ左上欄第9行ないし左下欄第17行)

ウ.「第1図及び第2図に内燃機関ピストン組立体(10)の一部の詳細が示され、ピストンの円筒形側壁(13)の対向部分の間に延在するピストンピン(15)であって、1個以上の他の類似構造のピストンと協働するシリンダ内腔内のピストンの縦運動によって回転させられるクランク軸(23)をピストン組立体に連接する連接棒(18)を支持するピストンピン(15)、を有するピストン(11)をピストン組立体(10)が含んでいる。
(中略)
第3図において、各ピストンリング組立体(25)は中央の油かきリング(26)と、それに組みつけられる上方及び下方の鋼レール又はリング(27,28)と、を含む。
使用中の摩損、熱腐食、ピッチング(微孔発生)及びき裂破損に対する抵抗性を高めるために、ピストン(11)、ピストンピン(15)、連接棒(18)、油かきリング(26)、鋼レール又はリング(27,28)の全体外面部分、或いはそれらの要素の各々の選択部分に、本出願人の米国特許第4,859,493号に開示される装置等により形成される硬質人造ダイヤモンド材が被膜され、このような被膜の厚さは約100万分のl0in?十分のlin以上(0.25μ?25.4μ以上)と変化する。(中略)
ピストンリング組立体を形成する油かきリング(26)及び/又は綱レール(27,28)には人造ダイヤモンド材を被膜することができるが、そのような材料はシリンダ内のピストンの往復運動中にシリンダ壁の内面に係合するリング(26,27,28)の表面に限定することもできる。そのようなシリンダ壁が金属鋳物の中に挿入される円筒形スリーブによって画成されるならば、そのインサートにも滑動摩擦による摩損及び熱腐食に耐えるように人造ダイヤモンド材を被膜することができる。
(中略)
数字(30A)はピストン(11)の頂面に付着され被膜される人造ダイヤモンド材の部分を意味するが、そのようなダイヤモンド材の他の部分(30B,30C,30D)が、表面を強化して、究極的にピストンの破損を生ずることのある熱腐食並びに表面欠陥及びき裂の拡大又は伸長から表面を保護するために、それぞれピストンの側壁(13S)の円筒外面、ピストンリング組立体が保持されるピストンの外接みぞ(13A,13B,13C)の内面、及びピストンピンボス(14A,14B)の内面を含むピストン内面、に施されていることが図示される。」(公報第3ページ右下欄第5行ないし第4ページ左下欄第17行)

エ.「摩擦損失、風化、高温又は科学的腐食作用、及び製作中に形成される表面き裂のような表面欠陥の拡大による破壊、を受ける製品の全体又は選択部分に施される硬質人造ダイヤモンド材又はダイヤモンド状材料の被膜は、製品又は組立体がさらされる腐食性及び浸食性雰囲気を含む予想される用途によって異なる100万分の数in?1000分の1in以上(2.5μ?25.4μ以上)と変化する厚さに、本出願人の特願第32,307号(米国特許第4,859,493号)に図示され記載される装置により、炭素原子含有流体にマイクロ波放射線等のような強力放射線を通した結果、炭素原子を含むガス、蒸気又は液体の分子から析出された炭素原子から形成されることができる。.0001in?.001in以上(2.5μ?25.4μ以上)のより厚い薄膜を、製品又は要素の引張り及び圧縮強さを大幅に高めるために、設けることもできる。使用中に運動して摩擦摩損を受け、その摩滅又は摩損がダイヤモンドの薄膜つまり被膜に致命的結果を及ぼす恐れのある製品又は要素の場合、基材上、又は基材外面の選択部分にダイヤモンド被膜を形成した後で、その上にクロム、クロム合金等のような固体潤滑保護材の薄膜を施すことができる。そのようなクロムは、炭素原子とクロム原子の複合層か、又は1層以上のクロム原子層、つまり被膜の間に介在する1層以上の炭素原子層か、の何れかを与えるように、製品外面に隣接するガス、蒸気又は液体の中に存在するクロム原子を、炭素原子と同時に付着させるか、又は炭素原子を付着させたあとに続いて付着させることもできる。
運用上の要求に従って、前記保護被膜材は以下の教示及び制限に基づき施すことができる:
a) 外面及び内面を含む全体ピストン(11)に人造ダイヤモンドだけを被膜するか、又は前記もう一つの適当な保護固体潤滑剤としてのクロムを重ね被膜した人造ダイヤモンドの複合多層被膜を含むことができる。
b) 燃焼の直接熱及び衝撃圧力を受けるピストンの頂面だけに人造ダイヤモンド又は前記の重ね被膜材を被膜することができる。
c) ピストン頂面(30A)と隣接するピストンの円筒状側壁の部分をそのように被膜保護することができる。隣接する側壁部分はピストンに組みつけられるピストンリングを保持する1個以上のみぞ、つまり円形くぼみ(13)、その下方の側壁部分、つまりピストンの内面を除去した全体側壁を含むことができる。」(公報第5ページ右上欄第19行ないし第6ページ左上欄第5行)

オ.「或る用途において、人造ダイヤモンド被膜は製品を電気絶縁するのに役立つ。他の用途において、被膜される表面を熱及び/又は化学腐食から保護する、他の用途では、表面被膜は摩損及び摩滅に対する抵抗性を高める。使用中の衝撃力及び荷重による表面摩耗も、それだけの単数又は複数層として施される硬質人造ダイヤモンド被膜、或いは人造ダイヤモンド被膜の表面を潤滑し保護するために、前記金属及び/又は合金の1個以上の層を組合せ又は重ね被膜される硬質人造ダイヤモンド被膜によって軽減又は排除することができる。」(公報第7ページ左上欄第14行ないし右上欄第5行)

カ.「7 本明細書に使用される人造ダイヤモンド材という語は、ダイヤモンドの化学特性及び物理特性(例えば強度)を示す炭素の強力被膜、フィラメント又は粒子を言う。前記の製品及び用途の成るものにおいて、マイクロ波エネルギによってメタンのような炭化水素ガスの分子から抜きとられた炭素原子は、ダイヤモンドの硬さをそっくり示すことはないが多くの用途には充分な硬質強力被膜を形成することができる。」(公報第7ページ右下欄第8行ないし第16行)

キ.「4 図面の簡単な説明
第1図は、ピストン、連接ピン、連接棒、及び連接棒が枢動連結されるクランク軸の部分を示す、内燃機関のピストン組立体の側面図、
第2図は、内燃機関ピストン及び円筒形連接ビンによってピストンに連結される連接棒の部分の側断面図、
第3図は、シリンダ壁の一部及びシリンダ壁を滑動するピストンリング組立体の一部の斜視図、
第4図は、第1図及び第2図のピストン又は連接棒、或いは第3図の組立体の一部の基材表面の一部の側断面図である。

10…ピストン組立体
11…ピストン
12…端壁
13…ピストン側壁
13A,B,C…みぞ
15…ピストンピン
18…連接棒
21…軸受
23…クランク軸
25…ピストンリング組立体
29…シリンダ側壁 」(公報第7ページ右下欄第17行ないし第8ページ左上欄第19行)

(2)ここで、上記記載事項ア.ないしキ.及び図面から、次のことが分かる。

上記記載事項ア.ないしキ.及び図面から、引用文献1には、ピストンリングを保持する溝の下方の側壁部分を硬質の人造ダイヤモンド材により被膜されている、エンジンのためのピストンが記載されていることが分かる。

上記記載事項ウ.から、引用文献1に記載されたピストンは、シリンダ内で縦運動するものであることが分かる。また、縦運動の際にピストンがシリンダに対して摺動することは技術常識である。

上記記載事項ウ.に「油かきリング(26)」が記載されていることからも分かるように、引用文献1に記載されたピストンが潤滑油の存在下で使用されるものであることは、技術常識である。

上記記載事項エ.には、「c) ピストン頂面(30A)と隣接するピストンの円筒状側壁の部分をそのように被膜保護することができる。隣接する側壁部分はピストンに組みつけられるピストンリングを保持する1個以上のみぞ、つまり円形くぼみ(13)、その下方の側壁部分、つまりピストンの内面を除去した全体側壁を含むことができる。」と記載されていることから、引用文献1には、「ピストンリングを保持する1個以上のみぞの下方の側壁部分」を硬質の人造ダイヤモンド材の被膜で保護することも記載されているといえる。

上記記載事項エ.及びオ.から、人造ダイヤモンド材被膜は、摩損及び摩滅に対する抵抗性を高めるものであることが分かる。

上記記載事項カ.から、引用文献1に記載された人造ダイヤモンド材は、炭素の硬質強力被膜であることが分かる。

(3)引用文献1記載の発明
上記記載事項(1)、(2)より、引用文献1には次の発明(以下、「引用文献1記載の発明」という。)が記載されていると認められる。

「潤滑油の存在下でシリンダに対して摺動するエンジン用ピストンであって、
ピストンリングを保持する1個以上のみぞの下方の側壁部分を硬質炭素被膜で被膜したエンジン用ピストン。」

第2-2.引用文献2
(1)原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である実願昭63-126701号(実開平2-50044号)のマイクロフィルム(以下、「引用文献2」という。)には、図面と共に、次の事項が記載されている。

ア.「2.実用新案登録請求の範囲
(1) 内燃機関用ピストンにおいて、該ピストンのスカート部外周面にバイトで加工される条痕形状の先端をR形状としたことを特徴とする内燃機関用ピストン。
(2) 内燃機関用ピストンにおいて、該ピストンのスカート部外周面にバイトで加工される条痕形状の先端を台形形状としたことを特徴とする内燃機関用ピストン。」(実用新案登録請求の範囲)

イ.「(従来の技術)
一般に内燃機関用ピストンのスカート部1の外周面は、第6図の如くオイル保持と云う目的で加工縞を故意に残した条痕形状10’となっている。この場合従来の一般的な加工時のバイトの刃先形状は単純なR形状であったので、ピストンのスカート部1の外周面の加工形状は、第6図の如く条痕形状10’の先端11は尖った形状となり、先端11,11間の谷間12の円弧はバイトのR形状と同一の円弧となる。なお、13はシリンダである。
(考案が解決しようとする課題)
前記従来のスカート部1の外周面の条痕形状10’は先端11が尖った形状であったので、シリンダ13の内壁面との間が滑らかでないことにより摩擦損失が大きく、かつシリンダ内壁面14との面圧が大きいので、該内壁面との間において油膜切れを起こし易かった。
本考案は前記従来の課題を解決するために提案されたもので、摩擦損失の低減及び耐焼付性の向上を図ることができる内燃機関用ピストンを提供せんとするものである。」(明細書第1ページ第17行ないし第2ページ第19行)

ウ.「(作用)
ピストンスカート部外周面のバイト加工による条痕形状をR形状又は台形形状とすることにより、シリンダ内壁面との摩擦損失が低減でき、かつシリンダ内壁面との間の油膜切れを防ぐことができる。」(明細書第3ページ第7行ないし第12行)

エ.「〔考案の効果〕
以上詳細に説明した如く本考案は、ピストンスカート部外周面のバイト加工による条痕形状をR形状又は台形形状にしたので、シリンダ内壁面との摩擦損失を低減することができ、かつシリンダ内壁面との間の油膜切れを防止でき、耐焼付性を向上することができる。」(明細書第4ページ第18行ないし第5ページ第4行)

オ.「4.図面の簡単な説明
第1図は内燃機関用ピストンの正面図、第2図及び第3図は夫々本考案の実施例を示すスカート部外周面の条痕形状の側断面図で、第1図のA部詳細図、第4図及び第5図は夫々第2図及び第3図の形状を加工するバイトの側面図、第6図は従来のスカート部外周面の条痕形状を示す側断面図である。
図の主要部分の説明
1……スカート部 2……ランド部
3……R形状 4……台形形状
5,6……刃先形状 7,7′……バイト
8……円弧 9……直線部
10a,10b……条痕形状」(明細書第5ページ第15行ないし第6ページ第8行)

(2)ここで、上記記載事項ア.ないしオ.及び図面から、次のことが分かる。

上記記載事項ア.ないしオ.及び図面から、引用文献2に記載された内燃機関用ピストンのスカート部には、従来から、オイル保持という目的で条痕形状が加工されており、該条痕形状の先端をR形状又は台形形状とすることにより、シリンダ内壁面との摩擦損失を低減することができ、かつシリンダ内壁面との間の油膜切れを防止でき、耐焼付性を向上することができることが分かる。

(3)引用文献2記載の技術的事項
上記記載事項(1)、(2)及び図面より、引用文献2には次の技術的事項(以下、「引用文献2記載の技術的事項」という。)が記載されていると認められる。

「スカートの外周面に条痕を有すると共に、潤滑油の存在下でシリンダ内壁面と摩擦する内燃機関用ピストン。」

第2-3.引用文献3
(1)原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2003-73685号公報(平成15年3月12日公開。以下、「引用文献3」という。)には、化学式及び表と共に、次の事項が記載されている。

ア.「【特許請求の範囲】
【請求項1】 潤滑油基油に(A)ホウ素含有量Bと窒素含有量Nとの質量比(B/N)が0.15以上のホウ素含有コハク酸イミドを組成物全量基準でホウ素含有量として100質量ppm以上、及び(B)無灰系摩擦調整剤を0.1?2質量%含有してなることを特徴とする内燃機関用潤滑油組成物。
【請求項2】 さらに(C)分散型及び/または非分散型粘度指数向上剤を組成物全量基準で0.1?10質量%含有してなることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関用潤滑油組成物。
【請求項3】 前記(B)成分が炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基を有する脂肪酸エステルである請求項1又は2に記載の内燃機関用潤滑油組成物。
【請求項4】 前記(B)成分が炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基を有する脂肪酸アミドである請求項1又は2に記載の内燃機関用潤滑油組成物。」(特許請求の範囲)

イ.「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は内燃機関用潤滑油組成物に関し、詳しくは、排ガス後処理装置装着エンジンに好適な、優れた摩耗防止性能、高温清浄性能を有する内燃機関用潤滑油組成物に関する。
【0002】
【従来の技術】ZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)は摩耗防止性能の向上を目的として内燃機関用潤滑油に一般的に用いられる添加剤であるが、ZnDTPに含まれるリンは排気ガス浄化触媒である酸化触媒、三元触媒、NOx吸蔵還元触媒に対して被毒作用がある他、亜鉛は排気ガス中のPM(粒状性物質:パティキュレート)を補足して燃焼除去させるDPF(ディーゼルパティキューレートフィルター)に対し、灰分として堆積することでDPFの性能を損なう恐れがあることから、その添加量は少量もしくは添加しないことが本来は望ましい。しかしながら、ZnDTPの減量は動弁系摩耗の増大につながることからその減量による低灰化には限界がある。」(段落【0001】ないし【0002】)

ウ.「【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、排気ガス浄化触媒のリンなどによる被毒が殆どなく、またDPFへの灰分堆積量も減少させることができ、かつ優れた摩耗防止性及び高温清浄性を有する内燃機関用潤滑油組成物を提供することである。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者は、ZnDTPや上記のような金属系清浄剤の使用量を低減しても、あるいは全く使用しなくても優れた摩耗防止性及び高温清浄性が得られる潤滑油を求めて研究を重ねた結果、特定のコハク酸イミド及び無灰系摩擦調整剤を特定量配合することで目的の内燃機関用潤滑油組成物が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は、潤滑油基油に、(A)ホウ素含有量Bと窒素含有量Nとの質量比(B/N)が0.15以上のホウ素含有コハク酸イミドを組成物全量基準でホウ素含有量として100質量ppm以上、及び(B)無灰系摩擦調整剤を0.1?2質量%含有してなる内燃機関用潤滑油組成物にある。
【0006】本発明の内燃機関用潤滑油組成物は、前記(A)成分、(B)成分に加え、さらに(C)分散型及び/または非分散型粘度指数向上剤が組成物全量基準で0.1?10質量%含有してなる。本発明の内燃機関用潤滑油組成物は、前記(B)成分が炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基を有する脂肪酸エステルであることが好ましい。本発明の内燃機関用潤滑油組成物は、前記(B)成分が炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基を有する脂肪酸アミドであることが好ましい。」(段落【0004】ないし【0006】)

エ.「【0007】
【発明の実施の形態】本発明で使用する潤滑油基油は通常潤滑油基油として使用されているものであれば鉱油系、合成系を問わず使用できる。鉱油系基油としては、具体的には、原油を常圧蒸留及び減圧蒸留して得られた潤滑油留分を溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、水素化精製、ワックス異性化等の処理を1つ以上行って精製したもの等が挙げられる。特に水素化分解処理や水素化精製処理あるいはワックス異性化処理が施されたものを用いることが好ましい。また、合成系潤滑油基油としては、具体的には、アルキルナフタレン、アルキルベンゼン、ポリブテン又はその水素化物;1-オクテンオリゴマー、1-デセンオリゴマー等のポリ-α-オレフィン又はその水素化物;ジトリデシルグルタレート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、及びジオクチルセバケート等のジエステル;トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール-2-エチルヘキサノエート、及びペンタエリスリトールペラルゴネート等のポリオールエステル又はこれらの混合物等を例示することができる。これらの中では、1-オクテンオリゴマー、1-デセンオリゴマー等のポリ-α-オレフィン又はその水素化物が好ましい。」(段落【0007】)

オ.「【0015】(A)成分におけるホウ素含有量Bと窒素含有量Nの質量比(B/N比)は0.15以上であり、0.16以上であることが好ましい。B/N比が0.15未満の場合、(B)成分を併用した場合に優れた摩耗防止性能が得られないため好ましくない。また、B/N比の上限は特に制限はないが、安定性を確保するために好ましくは2以下、更に好ましくは1以下、特に好ましくは0.9以下である。本発明においては、B/N比が0.15以上、好ましくは0.16?0.9でポリブテニル基の数平均分子量が1500?2500のビスタイプのホウ素含有ポリブテニルコハク酸イミドを用いることが特に好ましい。
【0016】本発明の内燃機関用潤滑油組成物において、(A)成分は、組成物全量基準でホウ素含有量としてその下限値は100質量ppmであり、好ましくは120質量ppm以上である。一方、その上限値は、特に制限はないが、組成物全量基準でホウ素含有量として2000質量ppm以下であることが好ましく、1000質量ppm以下であることが更に好ましく、400質量ppm以下であることが特に好ましい。(A)成分のホウ素含有量が100質量ppmに満たない場合は充分な高温清浄性を得ることができず、また(B)成分を添加しても良好な摩耗防止性が得られず、一方、(A)成分のホウ素含有量が2000質量ppmを超える場合、組成物の貯蔵安定性が低下しやすくなる。」(段落【0015】ないし【0016】)

カ.「【0017】本発明の内燃機関用潤滑油組成物における(B)成分の摩擦調整剤の例としては、炭素数6?30、好ましくは、炭素数8?24、特に好ましくは炭素数10?20の直鎖状又は分枝状炭化水素基を有する脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、アミン化合物及びこれらの任意混合物を挙げることができる。炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基としては、具体的には、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基、ヘンイコシル基、ドコシル基、トリコシル基、テトラコシル基、ペンタコシル基、ヘキサコシル基、ヘプタコシル基、オクタコシル基、ノナコシル基、トリアコンチル基等のアルキル基(これらアルキル基は直鎖状でも分枝状でもよい);ヘキセニル基、ヘプテニル基、オクテニル基、ノネニル基、デセニル基、ウンデセニル基、ドデセニル基、トリデセニル基、テトラデセニル基、ペンタデセニル基、ヘキサデセニル基、ヘプタデセニル基、オクタデセニル基、ノナデセニル基、イコセニル基、ヘンイコセニル基、ドコセニル基、トリコセニル基、テトラコセニル基、ペンタコセニル基、ヘキサコセニル基、ヘプタコセニル基、オクタコセニル基、ノナコセニル基、トリアコンテニル基等のアルケニル基(これらアルケニル基は直鎖状でも分枝状でもよく、また二重結合の位置も任意である);等が例示できる。
【0018】上記脂肪酸エステルとしては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸と脂肪族1価アルコール又は脂肪族多価アルコールとのエステル等が例示でき、具体的には、グリセリンモノオレートやソルビタンモノオレート等が好ましい例として挙げられる。上記脂肪酸アミドとしては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸と脂肪族モノアミン又は脂肪族ポリアミンとのアミド等が例示でき、具体的にはオレイルアミド等が好ましい例として挙げられる。上記アミン化合物としては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪族モノアミン、脂肪族ポリアミン、又はこれらの脂肪族アミンのアルキレンオキシド付加物等が例示できる。」(段落【0017】ないし【0018】)

キ.「【0057】
【発明の効果】本発明の内燃機関用潤滑油組成物は優れた摩耗防止性及び高温清浄性を有するものであるが、特に、排気ガス後処理装置(酸化触媒、三元触媒、NOx吸蔵還元触媒、あるいはDPF)に悪影響を与えるZnDTPや金属系清浄剤等に起因するリン分、灰分、硫黄分が少量あるいは実質的に全く含まれていなくても優れた摩耗防止性及び高温清浄性が発揮されるものである。従って本発明の潤滑油組成物は、特に上記のような排ガス後処理装置装着エンジンに好適である。」(段落【0057】)

(2)ここで、上記記載事項ア.ないしキ.から、次のことが分かる。

上記記載事項ア.ないしキ.から、引用文献3に記載された内燃機関用潤滑油組成物は、無灰系摩擦調整剤として、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、アミン化合物及びこれらの任意混合物を含むものであり、上記脂肪酸アミドとしては、炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸と脂肪族モノアミン又は脂肪族ポリアミンとのアミド等が例示でき、上記アミン化合物としては、炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪族モノアミン、脂肪族ポリアミン、又はこれらの脂肪族アミンのアルキレンオキシド付加物等が例示できることが分かる。

上記記載事項イ.、ウ.、及びキ.から、ZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)は摩耗防止性能の向上を目的として内燃機関用潤滑油に一般的に用いられる添加剤であるが、ZnDTPは排気ガス後処理装置に悪影響を与えるため、その添加量は少量もしくは添加しないことが本来は望ましいこと、及び、引用文献3に記載された内燃機関用潤滑油組成物は、ZnDTPや金属系清浄剤が実質的に全く含まれていなくても優れた摩耗防止性及び高温清浄性が発揮されるものであることが分かる。

(3)引用文献3記載の技術的事項
上記記載事項(1)、(2)より、引用文献3には次の技術的事項が記載されていると認められる。

「内燃機関用潤滑油組成物が、脂肪酸エステル系無灰系摩擦調整剤、脂肪族アミン系無灰系摩擦調整剤及びこれらの任意混合物を含むものであること」(以下、「引用文献3記載の技術的事項1」という。)

「内燃機関用潤滑油組成物がジチオリン酸亜鉛を含むことは排気ガス後処理装置に悪影響を与えるため、内燃機関用潤滑油組成物を、ジチオリン酸亜鉛が実質的に全く含まれていなくても優れた摩耗防止性及び高温清浄性が発揮されるものとしたこと」(以下、「引用文献3記載の技術的事項2」という。)


第3.対比
本願発明と引用文献1記載の発明を対比すると、引用文献1記載の発明における「シリンダ」、「ピストン(11)」、「ピストンリングを保持する1個以上の溝の下方の側壁部分」、「硬質炭素被膜」及び「被膜した」は、その機能及び作用からみて、それぞれ、本願発明の「シリンダブロックボア部」、「ピストン」、「スカート部の摺動面」、「硬質炭素被膜」及び「被覆した」に相当する。
また、引用文献1に記載されたような「エンジン用ピストン」が自動車用エンジンに用いられることは技術常識であるから、引用文献1記載の発明における「エンジン用ピストン」は、本願発明の「自動車のエンジン用ピストン」に相当する。
そうすると、本願発明と引用文献1記載の発明とは、
「潤滑油の存在下でシリンダブロックボア部に対して摺動する自動車のエンジン用ピストンであって、
スカート部の摺動面を硬質炭素被膜で被覆した被膜したエンジン用ピストン。」
である点で一致し、以下の点で相違している。
<相違点>
(1)本願発明においては、スカート部の外周面にピッチが15?30μmで深さが5?15μmの条痕を有するのに対して、引用文献1記載の発明においては、その点が特定されていない点(以下、「相違点1」という。)
(2)本願発明においては、潤滑油が、脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含有していると共に、組成物全量基準且つリン元素換算量で、0.1%以下のジチオリン酸亜鉛を含有しているのに対して、引用文献1記載の発明においては、その点が特定されていない点(以下、「相違点2」という。)。


第4.当審の判断
上記相違点1及び2について検討する。
(1)相違点1について
引用文献2には、「スカートの外周面に条痕を有すると共に、潤滑油の存在下でシリンダ内壁面と摩擦する内燃機関用ピストン」(「引用文献2記載の技術的事項」)が記載されており、また、条痕の深さを本願発明と同程度にすることは周知(以下、「周知技術1」という。例、特開平10-115370号公報の段落【0018】及び図面、特開昭53-67052号公報の第2ページ左上欄第16行ないし右上欄第20行及び図面、実願昭59-76070号(実開昭60-188851号)のマイクロフィルムの明細書第5ページ第3行ないし第15行及び図面、実願昭59-76067号(実開昭60-188849号)のマイクロフィルムの明細書第4ページ第12行ないし第5ページ第1行及び図面参照。)であり、ピッチを適度な値にすることは、当業者が適宜設定する設計的事項に過ぎない。
そうすると、相違点1に係る本願発明のように特定することは、当業者が容易に推考しうるものである。

(2)相違点2について
引用文献3には、「内燃機関用潤滑油組成物が、脂肪酸エステル系無灰系摩擦調整剤、脂肪族アミン系無灰系摩擦調整剤及びこれらの任意混合物を含むものであること」(「引用文献3記載の技術的事項1」参照。)及び「内燃機関用潤滑油組成物がジチオリン酸亜鉛を含むことは排気ガス後処理装置に悪影響を与えるため、内燃機関用潤滑油組成物を、ジチオリン酸亜鉛が実質的に全く含まれていなくても優れた摩耗防止性及び高温清浄性が発揮されるものとしたこと」(「引用文献3記載の技術的事項2」参照。)が記載されており、また、ジチオリン酸亜鉛の含有量を、0.1%未満とすることは周知技術(以下、「周知技術2」という。例、特開2002-309275号公報の請求項4、段落【0005】及び【0060】、国際公開第01/72759号の明細書第2ページ第20行ないし第3ページ第10行参照。)であるから、相違点2に係る本願発明のように特定することは、当業者が容易に推考しうるものである。

なお、本願発明を全体として検討しても、引用文献1記載の発明、引用文献2記載の技術的事項及び引用文献3記載の技術的事項並びに周知技術1及び2から予測される以上の格別の効果を奏するとも認められない。

第5.むすび
したがって、本願発明は、引用文献1記載の発明、引用文献2記載の技術的事項及び引用文献3記載の技術的事項並びに周知技術1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-10-09 
結審通知日 2008-10-14 
審決日 2008-10-27 
出願番号 特願2003-167441(P2003-167441)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F02F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 二之湯 正俊  
特許庁審判長 小谷 一郎
特許庁審判官 荘司 英史
金澤 俊郎
発明の名称 エンジン用ピストン  
代理人 的場 基憲  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ