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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200580195 審決 特許
無効2007800226 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C08L
管理番号 1189892
審判番号 無効2007-800104  
総通号数 110 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-02-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-05-25 
確定日 2009-01-05 
事件の表示 上記当事者間の特許第3885150号発明「吸湿性成形体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3885150号の請求項1?6に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3885150号は、平成13年5月17日を国際出願日(優先権主張 平成12年5月17日、平成12年10月20日、 日本(JP))とした出願であって、平成18年12月1日に設定登録がなされ、その後、当審において以下の手続を経たものである。
無効審判請求書 平成19年 5月25日
答弁書(被請求人) 平成19年 8月20日
口頭審理陳述要領書(請求人) 平成19年10月11日
口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成19年10月11日
第2口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成19年10月11日
上申書(被請求人) 平成19年10月11日
口頭審理 平成19年10月11日
上申書(請求人) 平成19年10月25日
上申書(被請求人) 平成19年10月25日
上申書(被請求人) 平成19年12月 3日

第2 本件発明
特許第3885150号の請求項1?6に係る発明(以下、順次これらを「本件発明1」?「本件発明6」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲請求項1?6に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】
電子デバイス用吸湿材料であって、CaO、BaO及びSrOの少なくとも1種の吸湿剤、並びに樹脂成分を含有し、
吸湿剤及び樹脂成分の合計量を100重量%として吸湿剤30?85重量%及び樹脂成分70?15重量%含有され、
前記樹脂成分がフッ素系樹脂であり、かつ、フィブリル化されている、
吸湿性成形体。
【請求項2】
吸湿剤として、比表面積10m^(2)/g以上の粉末が用いられている請求項1記載の吸湿性成形体。
【請求項3】
吸湿剤として、比表面積40m^(2)/g以上の粉末が用いられている請求項1記載の吸湿性成形体。
【請求項4】
さらにガス吸着剤を含有する請求項1記載の吸湿性成形体。
【請求項5】
ガス吸着剤が、無機多孔質材料からなる請求項4記載の吸湿性成形体、
【請求項6】
吸湿性成形体表面の一部又は全部に樹脂被覆層が形成されている請求項1記載の吸湿性成形体。」

第3 審判請求人の主張および証拠方法
1.請求人の主張の概要
請求人は、「特許第3885150号の請求項1乃至6に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」と主張し、その証拠方法として、下記の甲第1?9,12?26号証,参考資料1?3を提出しているところ、その理由の概略は以下のとおりである。
(1)無効理由1(根拠1)
本件発明1?6は、甲第1号証の1乃至3及び甲第2乃至4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。よって、本件発明1?6は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。
(2)無効理由2(根拠2)
本件発明1?6は、甲第1号証の3及び甲第2乃至4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。よって、本件発明1?6は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。
(3)無効理由3(根拠3)
本件発明1?6は、甲第1号証の3乃至5及び甲第2乃至4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって、本件発明1?6は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。

なお、請求人は、本件発明1?6は、特許法第36条第4項並びに6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていないので同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきである、との主張もしていたが、該主張は口頭審理において撤回された〔第1回口頭審理調書 請求人1.の項参照〕。

2.証拠方法
甲第1号証の1:特開平6-211994号公報
甲第1号証の2:特開平8-24637号公報
甲第1号証の3:米国特許第5593482号明細書
甲第1号証の4:特開昭63-28428号公報
甲第1号証の5:特開平4-323007号公報
甲第2号証 :特開平9-148066号公報
甲第3号証の1:J.Am.Cerm.Soc., 1981,Vol.64,No.2,pp74-80
甲第3号証の2:特表2000-502029号公報
甲第3号証の3:実験成績証明書(2007年5月21日,ジャパンゴアテ
ックス株式会社 植木拓也作成)
甲第4号証 :特開平7-323209号公報
甲第5号証の1:米国特許第3953566号明細書
甲第5号証の2:米国特許第4187390号明細書
甲第6号証の1:清水博監修「吸着技術ハンドブック」,株式会社NTS,
1993年2月2日発行,第873?875頁
甲第6号証の2:C.L.Mantell著「吸着および吸着剤」,株式会社技報堂,
昭和44年10月5日発行,第342?349頁
甲第6号証の3:特開平11-329719号公報
甲第6号証の4:特公昭46-26569号公報
甲第6号証の5:特開昭63-213289号公報
甲第7号証の1:特開平5-4247号公報
甲第7号証の2:特開昭63-36836号公報
甲第7号証の3:「機能性含ふっ素高分子」,日刊工業新聞社,
昭和57年2月28日発行,第31?34頁
甲第8号証 :実験成績証明書(2007年5月21日,ジャパンゴアテ
ックス株式会社 植木拓也作成)
甲第9号証 :「化学便覧 基礎編II 改訂第5版」,丸善株式会社,
平成16年2月20日発行,第287頁
甲第12号証 :「プラスチック読本」改定第18版,(株)プラスチック
ス・エージ,1992年8月15日発行,第436頁?4
37頁の間に綴じ込まれた8枚の表の中の第4枚目
甲第13号証 :国際公開第97/27042号パンフレット
甲第14号証 :特開平3-109916号公報
甲第15号証 :実願昭50-166029号
(実開昭52-77956号)のマイクロフィルム
甲第16号証 :特開平7-153570号公報
甲第17号証 :特開平9-48645号公報
甲第18号証 :特開平9-48646号公報
甲第19号証 :特開平3-122008号公報
甲第20号証 :特開平3-228813号公報
甲第21号証 :特開平3-228814号公報
甲第22号証 :実験成績証明書(2007年10月1日,ジャパンゴアテ
ックス株式会社 植木拓也作成)
甲第23号証 :「石灰ハンドブック」,日本石灰協会,
1992年8月31日発行,第673頁
甲第24号証 :日本石灰協会会長 吉沢慎太郎作成の証明書
(2007年10月23日)
甲第25号証 :「実用プラスチック用語辞典第三版」,プラスチックス・
エージ,1989年9月10日発行,第48頁,第142
頁,第270頁,第464頁,第506頁,第579頁
甲第26号証 :実験成績証明書(2007年10月11日,ジャパンゴア
テックス株式会社 植木拓也作成)
参考資料1 :富士ゲル産業株式会社のホームページの一部を印字したも
の(2007年9月14日付け)
参考資料2 :「石灰ハンドブック CD-ROM版」,日本石灰協会,
1992年8月31日初版2002年11月12日増刷発
行,第673頁
参考資料3 :参考資料1の写真部分の拡大

なお、請求人の提出した甲第10号証、甲第11号証は、それぞれ参考資料1、参考資料2とした〔第1回口頭審理調書 請求人1.の項参照〕。

第4 被請求人の主張及び証拠方法
1.被請求人の主張
被請求人は、「本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」と主張し、乙第1?2,4?27号証、参考資料1を提出している。

2.証拠方法
乙第1号証 :製品安全データシート(酸化カルシウム),宇部マテリア
ルズ株式会社作成,2003年3月1日改訂
乙第2号証 :製品安全データシート(酸化バリウム),堺化学工業株式
会社作成 平成13年12月1日改定4版
乙第4号証 :特開2002-280166号公報
乙第5号証 :「月刊ディスプレイ」,2002,Vol.8,No.9,p52-57
乙第6号証 :実験成績証明書(2007年7月27日,ダイニック株式
会社電子特材技術グループ 内堀輝男作成)
乙第7号証 :実験成績証明書(2007年8月16日,国立大学法人群
馬大学大学院工学研究科環境プロセス工学専攻 中堀勉,
ダイニック株式会社電子特材技術グループ内堀輝男作成)
乙第8号証 :宇部マテリアルズ株式会社千葉工場品質管理課 福光邦夫 作成の乙第1号証の頒布確認の確認書及び製品安全データ シート
乙第9号証 :堺化学株式会社作成の乙第2号証の頒布確認の確認書
乙第10号証 :製品安全データシート(酸化バリウム),堺化学工業株式
会社作成,平成10年6月25日
乙第11号証 :「危険物ハンドブック1」,シュプリンガー・フェアラー
ク東京株式会社,1996年9月17日発行,
カード244
乙第12号証 :「国際化学物質安全性カード(ICSC)日本語版 第3
集」,化学工業日報社,1997年11月28日発行,
第336頁
乙第13号証 :「-汚染防止対策のための- 化学物質セーフティデータ
シート(MSDS)」,財団法人 未来工学研究所,
平成4年10月発行,第168?169頁
乙第14号証 :特開昭61-11144号公報
乙第15号証 :「建築防災」,昭和59年12月1日発行,84号,
第2-4頁
乙第16号証 :「化学大辞典」,株式会社東京化学同人,1989年10
月20日初版第7刷2005年7月1日発行,第873頁
乙第17号証 :「危険物ハンドブック」,丸善株式会社,昭和62年3月
5日発行,第346頁
乙第18号証 :「理科年表」平成11年,丸善株式会社,平成10年11
月30日発行,第481頁
乙第19号証 :実験成績証明書(2007年10月1日,ダイニック株式
会社電子特材技術グループ 内堀輝男作成)
乙第20号証 :実験成績証明書(2007年10月10日,ダイニック株
式会社電子特材技術グループ 内堀輝男作成)
乙第21号証 :特開平6-277507号公報
乙第22号証 :特開平5-227930号公報
乙第23号証 :「高分子材料大百科」,日刊工業新聞社,
1999年7月30日発行,第224?226頁
乙第24号証の1:「化学大辞典3」,共立出版株式会社,
1993年6月1日発行,第901?902頁
乙第24号証の2:「化学大辞典3」,共立出版株式会社,
1993年6月1日発行,第934頁
乙第24号証の3:「化学大辞典3」,共立出版株式会社,
1993年6月1日発行,第915頁
乙第25号証 :「マグローヒル 科学技術用語大辞典 改訂第3版」,
日刊工業新聞社,2000年3月15日発行,第806頁
乙第26号証 :小川伸著「英和 プラスチック工業辞典」,株式会社 工
業調査会,1992年5月25日発行,第186頁,
第485頁
乙第27号証 :「プラスチック大辞典」,株式会社 工業調査会,199
4年10月20日発行,第319頁
参考資料1 :製品安全データシート(酸化ストロンチウム),堺化学工
業株式会社作成,平成16年4月1日改定5版

なお、被請求人の提出した乙第3号証は参考資料1とした〔第1回口頭審理調書 被請求人2.の項参照〕。

第5 主な刊行物の記載事項
請求人が提出した証拠方法のうち、甲1号証の3、甲第2号証、甲第3号証の1、第5号証の1?2には、次のような記載がある。

1.甲1号証の3の記載事項〔摘記は当審による和訳で示す。〕
(A-1) 「この発明は、薄型コンパクトな自己接着剤型の吸着剤組立品(assembly)に関するものであり、この吸着剤組立品は、接着剤層、1以上の吸着剤または反応性物質の層、および吸着剤物質を保持し、ガスと選択された液体を透過し得るが、大きなサイズの物質は透過し得ないフィルター材層を有するものである。この吸着剤組立品は、汚染物質除去のために筐体(enclosure)内部に取り付けることを目的として設計されている。あるいは、吸着剤組立品は、筐体の外側に取り付けるためにも提供される。」〔第1欄第12?20行〕
(A-2) 「吸着剤の空間を最小限に抑え、また、敏感な機器を収容している筐体内の最も重要な領域の近くに簡単に取り付けられ、長時間使用できる吸着剤を備えている装置が長く望まれていた。」〔第2欄第47?50行〕
(A-3) 「本発明は、コンピューターディスクドライブの筐体内での使用される、筐体内の汚染物を除去可能な、自己接着できる非常に薄い吸着剤フィルター組立品を提供する。」〔第3欄第61?64行〕
(A-4) 「懸念されるガス状汚染物質には、フタル酸ジオクチル、塩素、硫化水素、一酸化窒素、無機酸ガス、シリコーン、炭化水素主体の切削油及び他の炭化水素汚染物に起因する蒸気が含まれるが、これらに限定されることはない。」〔第4欄第12?16行〕
(A-5) 「吸着剤としては、粒状活性炭のような100%吸着剤物質の1以上の層からなるものでもよく、または多孔質高分子材料骨格を有し、そのボイド空間が吸着剤で充填されたような充填製品でもよい。他に可能なものとしては、ラテックスあるいは他のバインダー樹脂を含んでもよいセルロースあるいは高分子不織布のような不織布に充填された(impregnated)吸着剤が含まれるが、同様に、吸着剤と高分子又はセラミックのフィルターとの多孔質成形体でもよい。吸着剤は、特定の吸着剤が100%でもよく、あるいは異なるタイプの吸着剤の混合物でも構わず、特定の用途に応じて選択する。好ましい態様は、米国特許第3,953,566号および4,187,390号に開示の方法で得られる延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の使用であり、加えて、特定の吸着剤物質が充填された延伸多孔質PTFEである。充填PTFEは、吸着剤物質が外部へ移動せず、汚染の問題が生じないことから、特に好ましい。充填PTFE層は、約0.005インチを下まわる厚みの如く、極めて薄い寸法とすることができ、それ故、低縦断面の装置類(applications)に適合できる点も好ましい。
吸着剤物質としては、シリカゲル、活性炭、活性アルミナ、またはモレキュラーシーブスのような物理吸着剤や、過マンガン酸カリウム、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、粉末金属、または除去が要求される既知の汚染物に応じてガス状の汚染物を排除するための他の反応性物質のような化学吸着剤が含まれる。加えて、吸着剤物質は、上述の物質の混合物でもよい。さらに、吸着剤物質の層を複数層としてもよく、その場合、それぞれの層は異なる吸着剤物質を含み、異なる層を通過して選択的に除去される。
表面フィルター層は、ガス透過性を有し、蒸気汚染物が吸着剤層まで拡散し得る微粒子ろ過手段からなる。表面フィルター層は、組立品において、吸着剤物質(または層)の保持手段も提供する。フィルター層には、高分子膜、開口を持たない濾紙、あるいはラミネートフィルター材が含まれる。高い蒸気透過性と高い微粒子保持性を有する好ましい材料として、延伸多孔質PTFE膜またはそのラミネートが挙げられる。」〔第4欄第32行?第5欄第7行〕
(A-6) 「吸着剤層は、ほぼ0.5インチの径と0.022インチ(0.5589mm)の厚みを有していた。この吸着剤層は、炭素量で60重量%の活性炭を充填した延伸PTFEから構成されており、活性炭の全炭素含量は0.0257gであった。」〔第6欄第67行?第7欄第3行〕
(A-7) 「吸着剤層は、延伸PTFE膜を充填する炭素量で70重量%の活性炭から構成されており、活性炭の全炭素含量は0.0468gであった。」〔第7欄第38?41行〕
(A-8) 「例3
図8や図8aに類似し、次の特徴を有する自己接着型組立品を製造した。この組立品は、長さ0.75インチ(19.05mm)、幅0.375インチ(9.525mm)、厚み0.050インチ(1.27mm)の直方体である。最上層は厚み約0.04インチ(0.1016mm)、透過率7.0ガーレー秒、水蒸気透過率70,000gH_(2)O/m^(2)・24hrの延伸PTFE膜の層である。このフィルタ層は、吸着剤層に積層された。
吸着剤層は厚み約0.043インチ(1.0922mm)、長さ0.625インチ(15.875mm)、幅0.156インチ(3.9624mm)である。この吸着剤層は、延伸多孔質PTFEにシリカゲル+指示薬で40重量%充填した青の指示色を示すシリカゲルから構成されており、全シリカゲル量は、相対湿度20%でのシリカゲルで0.021gであった。
接着剤層は、厚み0.002インチ(0.0508mm)の透明ポリエステルフィルムの基材上に設けられた厚み0.001インチ(0.0254mm)の高温除去性アクリル型感圧接着剤である。この層は吸着剤層と共に筐体の外側に接着される。透明なポリエステルフィルムを用いているので、シリカゲルは湿気を吸ったときにゲルの青色指示がピンクに変わるのを視認できる。接着剤が除去可能であるため、必要に応じて吸着剤を容易に交換できる。」〔第8欄第1行?33行〕
(A-9) 「1.コンピューターの筐体内に発生する未処理のガス状汚染物を除くための、低縦断面容器を有する吸着剤組立品であって、接着剤層、薄い吸着剤層、延伸多孔質テトラフルオロエチレン膜からなるフィルター層の3層からなり、吸着剤層は接着剤層とフィルター層の間に存在する吸着剤組立品。
4.吸着剤層は、吸着剤で充填された多孔質高分子材料の骨格からなる、請求項1の吸着剤組立品。
5.多孔質高分子材料の骨格が、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンである、請求項4記載の吸着剤組立品。
7.吸着剤物質が、シリカゲル、活性炭、活性アルミナ、モレキュラーシーブのような物理的吸着剤から選ばれる請求項1記載の吸着剤組立品。」〔第8?9欄特許請求の範囲請求項1,4,5,7〕

2.甲第2号証の記載事項
(B-1) 「【請求項1】 有機化合物からなる有機発光材料層が互いに対向する一対の電極間に挟持された構造を有する積層体と、この積層体を収納して外気を遮断する気密性容器と、この気密性容器内に前記積層体から隔離して配置された乾燥手段とを有する有機EL素子において、前記乾燥手段が化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持する化合物により形成されていることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】 前記乾燥手段を形成する化合物がアルカリ金属酸化物または
アルカリ土類金属酸化物である請求項1記載の有機EL素子。」〔特許請求の範囲請求項1,2〕
(B-2) 「【0003】一方、有機EL素子は、一定期間駆動すると、発光輝度、発光の均一性等の発光特性が初期に比べて著しく劣化するという欠点を有している。このような発光特性の劣化を招く原因の一つとしては、有機EL素子の構成部品の表面に吸着している水分や有機EL素子内に侵入した水分が、一対の電極とこれらにより挟持された有機発光材料層との積層体中に陰極表面の欠陥等から侵入して有機発光材料層と陰極との間の剥離を招き、その結果、通電しなくなることに起因して発光しない部位、いわゆる黒点が発生することが知られている。
【0004】そこで、この黒点の発生を防止するためには有機EL素子の内部の湿度を下げる必要がある。・・・」〔段落【0003】?【0004】〕
(B-3) 「【0009】本発明の有機EL素子は、有機化合物からなる有機発光材料層が互いに対向する一対の電極間に挟持された構造を有する積層体と、この積層体を収納して外気を遮断する気密性容器と、この気密性容器内に前記積層体から隔離して配置された乾燥手段とを有する有機EL素子において、化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持する化合物を用いて乾燥手段とする。このような化合物を乾燥手段に用いるのは、物理的に水分を吸着する化合物は、一旦吸着した水分を高い温度で再び放出してしまうため、黒点の成長を十分に防止することができないからである。また、吸湿しても固体状態を維持する化合物を乾燥手段に用いるのは、吸湿により液化してしまう化合物であると、素子に悪影響を及ぼすとともに封入の際の取扱が容易ではなく、封入方法が著しく制限されて実用的ではないからである。このように、本発明の有機EL素子では、化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持する化合物を用いて乾燥手段とし、この乾燥手段を、有機化合物からなる有機発光材料層が互いに対向する一対の電極間に挟持された構造を有する積層体から隔離して気密性容器内に配置し、封止しているので、リーク電流やクロストークの発生を招くことがない。したがって、本発明の有機EL素子においては、一定期間駆動した後も黒点の発生が確実に防止され、長期にわたって安定した発光特性が維持される。」〔段落【0009】〕
(B-4) 「【0013】乾燥手段8を形成する化合物としては、化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持するものであればいずれも使用可能である。このような化合物としては、例えば、アルカリ金属酸化物、アルカリ土類金属酸化物、硫酸塩、金属ハロゲン化物、過塩素酸塩、有機物が挙げられる。
【0014】前記アルカリ金属酸化物としては、酸化ナトリウム(Na_(2)O)、酸化カリウム(K_(2)O)が挙げられ、前記アルカリ土類金属酸化物としては、酸化カルシウム(CaO)、酸化バリウム(BaO)、酸化マグネシウム(MgO)が挙げられる。」〔段落【0013】?【0014】〕
(B-5) 「【0019】乾燥手段8の封入方法としては、例えば、上記の化合物を固形化して成形体とし、この成形体をガラス封止缶7に固定する方法、上記の化合物を通気性を有する袋に入れてガラス封止缶7に固定する方法、ガラス封止缶7に仕切りを設け、この仕切りの中に上記の化合物を入れる方法、さらには真空蒸着法、スパッタ法あるいはスピンコート法等を用いてガラス封止缶7内に成膜する方法など種々の方法を採用することができる。
【0020】このように、この有機EL素子は、化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持する化合物を用いて乾燥手段8とするので、封入の際の取扱が容易であり、より簡便なあるいは機能的な封入方法の採用が可能である。」〔段落【0019】?【0020】〕
(B-6) 「【0021】
【実施例】次に本発明の実施例および比較例を挙げ、本発明についてさらに具体的に説明する。
実施例1
酸化バリウム(BaO)を乾燥手段8とし、この乾燥手段8を用いて図1に示す構造の有機EL素子を作成した。なお、この乾燥手段8は粘着材を用いてガラス封止缶7に固定することにより封入した。
【0022】この有機EL素子の発光部について封入直後に50倍の拡大写真を撮影した。次に、この有機EL素子を温度85℃の条件で500時間保存した後、発光部について封入直後と同様にして拡大写真を撮影した。
【0023】 これらの拡大写真を比較観察したところ、黒点(ダークスポット)の成長は殆ど見られなかった。
実施例2
前記実施例1において、酸化バリウム(BaO)に代えて酸化カルシウム(CaO)を用いて乾燥手段8としたほかは、前記実施例1と同様にして有機EL素子を作成するとともに、封入直後および温度85℃にて500時間保存した後の発光部の拡大写真を比較観察した。
【0024】その結果、黒点(ダークスポット)の成長は殆ど見られなかった。
・・・
【0026】
・・・
比較例1
前記実施例1において、酸化バリウム(BaO)に代えてシリカゲルを用いて乾燥手段8としたほかは、前記実施例1と同様にして有機EL素子を作成するとともに、封入直後および温度85℃にて500時間保存した後の発光部の拡大写真を比較観察した。
【0027】その結果、黒点(ダークスポット)の成長が著しいことが確認された。」〔段落【0021】?【0024】,【0026】?【0027】〕

3.甲3号証の1の記載事項〔摘記は和訳で示す。〕
(C-1) 「

」〔第75頁Table IIおよびその和訳〕
(C-2) 「水和剤として水蒸気を使用した場合、sr-CaOおよびh-CaOはその50%超が2分未満でCa(OH)_(2)に変換された。表面積が小さいCaOのサンプルはそれよりはるかにゆっくりと反応した。」〔第76頁右欄第6?8行〕

4.甲5号証の1の記載事項〔摘記は和訳で示す。〕
(D-1) 「本発明は、非晶質率が5%を超え、ノードがフィブリルで相互結合されている点に特徴があるミクロ構造を有する多孔質のテトラフルオロエチレンポリマーを提供する。」〔要約〕

5.甲第5号証の2の記載事項〔摘記は和訳で示す。〕
(E-1) 「本発明は、非晶質率が5%を超え、ノードがフィブリルで相互結合されている点に特徴があるミクロ構造を有する多孔質のテトラフルオロエチレンポリマーを提供する。」〔要約〕

第6 合議体の判断
上記第3の1.(2)の無効理由2(根拠2)の請求人の主張、すなわち、本件特許発明が甲第1号証の3,甲第2ないし4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの主張について検討する。

1.甲第1号証の3に記載された発明
甲第1号証の3には、特許請求の範囲に「1.コンピューターの筐体内に発生する未処理のガス状汚染物を除くための、低縦断面容器を有する吸着剤組立品であって、接着剤層、薄い吸着剤層、延伸多孔質テトラフルオロエチレン膜からなるフィルター層の3層からなり、吸着剤層は接着剤層とフィルター層の間に存在する吸着剤組立品。
4.吸着剤層は、吸着剤で充填された多孔質高分子材料の骨格からなる、請求項1の吸着剤組立品。
5.多孔質高分子材料の骨格が、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンである、請求項4記載の吸着剤組立品。
7.吸着剤物質が、シリカゲル、活性炭、活性アルミナ、モレキュラーシーブのような物理的吸着剤から選ばれる請求項1記載の吸着剤組立品。」の発明が記載されており〔摘示事項(A-9)〕、該吸着剤組立品は、コンピューターディスクドライブの筐体内に使用されること〔摘示事項(A-1),(A-3)〕も記載されている。
吸着剤層としては、多孔質高分子材料の骨格を有し、そのボイド空間が吸着剤で充填されたような充填製品でもよいこと、多孔質高分子材料の骨格は延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンであること〔摘示事項(A-9),(A-5)〕も開示されている。
また、懸念されるガス状汚染物質には、フタル酸ジオクチル、塩素、硫化水素、一酸化窒素、無機酸ガス、切削剤に用いるシリコンや炭化水素及び炭化水素汚染物に起因する蒸気が含まれるが、これらに限定されないこと〔摘示事項(A-4)〕、吸着剤物質としては、シリカゲルなどの物理吸着剤や化学吸着剤が含まれること〔摘示事項(A-5)〕が記載されている。そして、実施例では、指示薬を含んだシリカゲルを吸着剤とし、これを延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン〔以下、ポリテトラフルオロエチレンを「PTFE」ということがある。〕に充填した吸着剤層を有する吸着剤組立品が示され、シリカゲルが湿気を吸ったときに青色の指示薬ゲルの色がピンクへ変化することにより視認できることが記載されていることから〔摘示事項(A-8)〕、当該実施例におけるシリカゲルは実質的に吸湿剤として使用されており、吸着剤で吸着すべきガス状汚染物質には、湿気が包含されるものと認められる。
そうすると、甲第1号証の3には、「コンピューターディスクドライブの筐体内に使用され、湿気を包含するガス状汚染物質を除くための吸着剤組立品の吸着剤層であって、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン内にシリカゲルが充填された吸着剤層」の発明〔以下、「引用発明」という。〕が記載されているということができる。

2.対比・判断
(1)本件発明1について
イ.本件発明1と引用発明との対比
本件発明1と引用発明を比較すると、引用発明の「延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン」、「コンピュータディスクドライブの筐体内に使用され」、「シリカゲル」、「湿気を包含するガス状汚染物質を除くための吸着剤組立品」の「吸着剤層」は、それぞれ、本件発明1の「フッ素樹脂」、「電子デバイス用」、「吸湿剤」、「吸湿性成形体」に相当するから、両発明は、
「電子デバイス用吸湿材料であって、吸湿剤と樹脂成分を含有し、前記樹脂成分がフッ素樹脂である吸湿性成形体」
である点で一致し、以下の相違点a?cで相違している。
相違点a:本件発明1では、吸湿剤として、CaO,BaO及びSrOの少なくとも1種〔以下、まとめて「CaO等」あるいは「酸化カルシウム等」ということがある。〕を用いるのに対し、引用発明では、シリカゲルを用いている点。
相違点b:本件発明1が、吸湿剤と樹脂成分の割合を「吸湿剤及び樹脂成分の合計量を100重量%として吸湿剤30?85重量%及び樹脂成分70?15重量%含有され」と規定しているのに対し、引用発明では、樹脂成分に相当するポリテトラフルオロエチレンと吸湿剤に相当するシリカゲルの量について規定がない点。
相違点c:本件発明1ではフッ素樹脂がフィブリル化されているのに対し、引用発明では延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンをフィブリル化することについて規定がない点。

ロ.相違点について
上記相違点について、以下検討する。
(イ)相違点aについて
甲第2号証には、有機EL素子に用いる乾燥手段として化学的に水分を吸着して固体状態を維持する化合物を用いることが記載されており〔摘示記載(B-1)〕、該化合物として、アルカリ土類金属酸化物が開示され、酸化カルシウム(CaO)、酸化バリウム(BaO)などが例示されている〔摘示事項(B-4)〕。また、有機EL素子内に侵入した水分により、通電しなくなることに起因して発光しない部分、いわゆる黒点が発生すること〔摘示事項(B-2)〕、化学的に水分を吸湿して固体状態を維持する化合物を乾燥手段に用いるのは、物理的に水分を吸着する化合物では、一旦吸着した水分を高い温度で再び放出してしまうため、黒点の成長を防止できないからであること〔摘示事項(B-3)〕も記載されている。そして、実施例としては、乾燥手段としてBaO、CaOを用いた例が開示され、比較対象として、物理的に水分を吸着する化合物としてシリカゲルが挙げられている〔摘示事項(B-6)〕。
そうすると、電子デバイスの一つといえる有機EL素子を対象とする甲第2号証において、物理的吸湿剤であるシリカゲルが一旦吸着した水分を高い温度で放出してしまう欠点を有することが指摘され、それに代わる吸湿剤として、化学的に水分を吸着して固体状態を維持するBaO、CaOなどのアルカリ土類金属酸化物が提案されているのであるから、同じ電子デバイスを対象とする引用発明においても、シリカゲルに代えてBaO、CaOなどのアルカリ土類金属酸化物を用いることは当業者が容易に想到し得ることである。
(ロ)相違点bについて
引用発明が記載されている甲第1号証の3には、例3の吸着剤層として、延伸多孔質PTFEに、シリカゲルと指示薬を40重量%で充填したものが記載されているから〔摘示事項(A-8)〕、延伸多孔質PTFEの樹脂の量は100重量%から40重量%を引いた60重量%となる。同様に、他の実施例において、延伸多孔質PTFEに吸着剤である活性炭を炭素量で60重量%あるいは70重量%充填した例、つまり、樹脂の量が40重量%あるいは30重量%の例が開示されている〔摘示事項(A-6)、(A-7)〕。
そうであれば、甲第1号証の3に、延伸多孔質PTFEと吸着剤の重量割合として、60:40,40:60あるいは30:70のものが具体的に開示されているから、これらの割合を参考にして、引用発明における延伸多孔質PTFEと吸着剤との割合を使用する吸着剤の特性に応じて最適化し、本件発明1の配合割合に至ることは、当業者であれば容易になし得ることである。
(ハ)相違点cについて
引用発明の延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンについて、甲第1号証の3には、米国特許第3,953,566号〔甲第5号証の1〕および4,187,390号〔甲第5号証の2〕に開示の方法で得られると記載されている〔摘示事項(A-5)〕。前記米国特許公報をみると、いずれにも、「本発明は、非晶質率が5%を超え、ノードがフィブリルで相互結合されている点に特徴があるミクロ構造を有する多孔質のテトラフルオロエチレンポリマーを提供する。」〔摘示事項(D-1)、(E-1)〕との記載があることから、引用発明で用いられている延伸多孔質PTFEは実質的にフィブリル化したものであると認められる。
してみれば、相違点cは実質的な差異とはいえない。

ハ.効果について
本件発明1の効果は、粉末が脱落しない,優れた吸湿性を発揮する,電子デバイスの小型化・軽量化が図られるという効果をもつものであるが〔特許掲載公報第4頁第34?35行,第5頁第18?21行〕、これらはいずれも格別な効果とはいえない。
すなわち、上記のとおり引用発明ではフィブリル化したPTFEが用いられており、吸着剤が充填されたPTFEは吸着剤が外に移動せず、汚染の問題がないので好ましいことが記載され〔摘示事項(A-5)〕、また、吸着剤の空間を最小限に抑えられることが記載されている〔摘示事項(A-2)、(A-3)〕。
一方、本件発明1に係る実施例4,6,8,10の吸湿剤成形体および吸湿剤単体の60分経過時の吸湿の試験結果と、同条件における、フィブリル化したPTFEと物理的吸湿剤を組み合わせた吸湿剤成形体と物理的吸湿剤単体の吸湿の試験結果〔乙第6号証、甲第22号証〕を比較しても、物理的吸湿剤として活性炭「太閤CB」を用いた結果に比べて、実施例4,6の結果は劣るものであり、また、実施例8,10の結果も格段に優れるものでもないから、その吸湿性能は専らフィブリル化された多孔質のPTFEを用いることで必然的に得られるものと考えられ、CaO等の選択により格別顕著な吸湿効果を奏しているとはいえない。
そうすると、本願発明の上記効果は、甲第1号証の3に明示されたものかあるいはフィブリル化したPTFEを使用したことに基づき必然的に得られ、容易に認識できるものと認められ、格別顕著なものと評価できない。

ニ.被請求人の主張について
(イ)被請求人の主張
被請求人は、上記刊行物の組み合わせについて、「酸化カルシウム等を粉末のまま樹脂と共に使用すると水と接触したときに発火の危険性があるから、避けるべきこととされていたのである。この技術常識を破って、甲1号証の1?5と甲2号証とを組み合わせることを動機づけるものは何もなく、しかも組み合わせには避けるべき要因(組み合わせることの阻害要因)がある」との主張を繰り返し行っている〔以下、「主張1」とする〕。
さらに、被請求人は、甲第2号証には酸化カルシウム等の粉末表面を粘着剤で覆って吸湿剤として用いることが記載されているが、酸化カルシウム等を粉末状態のまま用いる事は記載されていないと主張している〔以下、「主張2」という。〕。
(ロ)被請求人の主張1の検討
主張1については、被請求人が提出した平成19年10月25日付け上申書〔以下、「上申書1」という。〕の「6.上申の内容(1)被請求人主張の要点」にア.?ウ.〔以下、「要点ア.」?「要点ウ.」という。〕に加え、平成19年12月3日付け上申書〔以下、「上申書2」という。〕の1.?2.に記載されており、その内容の概略は、「酸化カルシウム等を粉末のまま樹脂と共に使用すると水と接触したときに発火の危険性がある」との技術常識に基づき阻害要因を主張しているというものであり、具体的には下記の内容を包含するものである。
阻害1:粉末のCaO等と樹脂を混合する目的は、CaO等の発火の回避にあり、フィブリル化したPTFEではこの目的を達成できない。
阻害2:粉末のCaO等をフィブリル化したPTFEと組み合わせた吸湿剤は発火の危険性がある。
以下、上記阻害1?2について検討する。
ここで、被請求人の主張における、「酸化カルシウム等を粉末のまま使用する」との部分における「粉末のまま」は、「酸化カルシウム等の粉末が樹脂に被覆されることなく、酸化カルシウム粉末単体と同等レベルの吸湿性能が発揮されている状態」を意味し〔被請求人の上申書1の第5?6頁(2)釈明事項○2(丸付き数字の2を示す。以下、他の数字についても同様。)〕、また、「発火の危険性」については、「廃棄時だけではなく、水と接触する状態に置かれる状態であれば、運搬時、保管時等にも発火の危険性があること」を意味するものである〔上申書1第4頁(2)○1発火の問題〕。
a.阻害1についての検討:粉末のCaO等と樹脂を混合する目的が、専らCaO等の発火の回避にあるか
被請求人は、「当業者は酸化カルシウム等を粉末のままの状態で樹脂と共に用いると、水との接触したときに発火の危険性を伴うために、樹脂と混練し成形する等して酸化カルシウムをコーティングし、且つ樹脂中に混入するなどにより、その危険性を低減して使用してきており、酸化カルシウム等を粉末状体のままで樹脂と共に用いることを回避してきた。」と主張する〔上申書1の要点ア〕。
この主張について検討するに、吸湿性成形体における、酸化カルシウム等と樹脂との混合目的について、乙第22号証の段落【0014】には、「熱可塑性樹脂シート内の酸化カルシウムは、ポリマーを介して外気や水分と接触する結果、多量の水が存在しても急激な水和反応は起こさず、発熱発火の危険性は全くなくなる」ことが記載されており、乙第21号証にも類似の記載があるものの、甲第6号証の4では、粉末状のアルカリ土類酸化物の取り扱い性の向上と、電子装置内への密封前の取り扱い時における乾燥能力の低下を抑えるためとされ〔第2欄第35行?第3欄第10行、第3欄第26行?第4欄第8行〕、甲第14号証では、飛散性などの欠点を抑え、加工成型の容易性を目的とし〔第2頁左上欄第3行?同頁右上欄第4行〕、甲第15号証では、酸化カルシウムの吸湿・膨張により袋やケースの破損による飛散・汚染の防止を図るために行われているから〔第1頁下から第8行目?第2頁第12行〕、専ら粉末の酸化カルシウム等の発火を防止するために樹脂が使用されていたと解することはできない。
よって、酸化カルシウム等と樹脂との混合目的が「酸化カルシウム等を粉末のまま樹脂と共に使用すると水と接触したときに発火の危険性がある」ことを回避することにあるとする被請求人の主張は理由がない。
b.阻害2についての検討:粉末のCaO等をフィブリル化したPTFEを組み合わせた吸湿剤は発火の危険性があるか
(a)CaO等とPTFEの組合せが必然的に発火を招くか
被請求人は、「乙17号証にあるように、生石灰は水と接触すると激しく発熱し、最高発熱温度が800?900℃にまで達するから、発火温度492℃のPTFE(乙第18号証)がCaO等と共存すると、PTFEは当然に燃焼する。この事実は、乙第19号証及び乙第20号証の実験結果から明らかである。」と主張する〔上申書1の要点イ.、上申書2の1.イ〕。
しかし、乙第17号証は、「生石灰は1/3の重量の水と混合すると150?300℃(量による)に達し、可燃性物質に着火することが可能となる。場合によっては800?900℃にまで達する。」〔下線は当審で付した。〕と記載されているところ、乙第18号証に記載されたPTFEの発火温度492℃からすれば、PTFEは150?300℃の範囲では発火せず、800?900℃に達した場合に発火するものであり、水の量及びCaO等の周囲環境に関わらず、CaO等と共存しさえすればPTFEは当然に発火する、つまり当然に燃焼するとはいえない。
一方、乙第19?20号証の実験結果では、本件発明1の実施例8の酸化カルシウム等の配合量(60重量%)よりも多い量(70重量%)で作成したシートを数枚重ねたものが水により発火しているが、類似の実験を行っている乙第4号証の段落【0041】の実施例1の結果では、重量比で酸化バリウム:PTFE=6:4の多孔質吸着シート一枚に水を滴下しても発煙すらしていないから、これらの実験結果からみても、酸化カルシウム等とPTFEの組み合わせが必然的に発火を招くと解することはできない。
よって、酸化カルシウム等の最高発熱温度とPTFEの発熱温度の関係および乙第19?20号証の実験結果からみて、「酸化カルシウム等を粉末のまま樹脂と共に使用すると水と接触したときに発火の危険性がある」と断じることはできない。
(b)PTFEは一義的に可燃物といえるか
CaOが水と接触すると可燃物(可燃性物質)を発火させるのに十分な熱を発生することがある旨は、乙第1号証、乙第8号証、乙第11号証、乙第17号証に記載され、乙第12号証にも「水と反応し、可燃物を発火させるのに十分な熱を発生する」と記載されているから、PTFEを可燃物と解せれば発火の危険性があることになる。
ここで、PTFEが可燃性を有する物質(可燃物・可燃性物質)である点について、被請求人は、上申書2とともに乙第26?27号証を提出し、上申書2の「1.可燃物・不燃物について」において、甲第25号証は可燃性と不燃性とを判断するひとつの基準を示しているにすぎず、一般に可燃性、不燃性は、もっと広い意味を有する用語と使用されていること、本件において可燃性/不燃性は、炎に関係なく、単純に酸素の存在下に熱によって燃えるか燃えないかで区別されるべきもので、一般に使用されている広い用法に従って解するのが相当であると主張し、さらに、PTFEの発火温度は乙第26号証の不燃性で定義する温度、「高温(例えば650℃)」よりも低いのであるから、PTFEは不燃物とはいえず、可燃性を有する物質であると主張している。
しかし、乙第26?27号証をみると、乙第26号証の「英和 プラスチック工業辞典」には、「combustible 可燃[性]の 材料が燃えることを表す。一般に有機材料に可燃性で、無機材料は不燃性である。」、「imcombustibility 不燃性 高温度(例えば650℃)に加熱しても発火せず且つ赤熱しただけでは発火しない性質」と記載されており、乙第27号証の「プラスチック大辞典」には、「flammability=combustibility 燃焼性、可燃性 可燃性物質が酸化反応によって発熱と光を発生する現象を生じる性質をいう。プラスチックの燃焼試験法として,JIS K 6911,JIS K 7201,JIS A1321等がある。」との記載がある。一方、甲第25号証の「プラスチック用語辞典」には、「可燃性 flammability,combustibility 空気中で点火した材料の燃焼しやすさ。JIS K 6911によれば、短冊形試験片に30秒間炎に接触させた後炎を取去り、試験片が180秒以上燃え続ける場合を可燃性を定義されている。その他にJISやASTMなどで同様の規格がある。」と記載されている。以上の事実からすると、素材の評価手法によって、可燃性あるいは不燃性とされる対象が異なるものと認められる。つまり、乙第27号証および甲第25号証において、共通してJIS K 6911の試験法が例示されているように、プラスチックにおける可燃性・不燃性の定義が存在し、かたや乙第26号証では、有機物は可燃性で無機物は不燃性、あるいは不燃物は高温度(例えば650℃)で発火しない、との一般的な定義があり、両者の定義は素材の評価手法により異なることが理解できる。
そうすると、PTFEはプラスチックにおける定義によれば不燃物であるから、PTFEが可燃物であると一義的に解することはできない。
(c)PTFEを可燃物と解した場合、CaO等とPTFEの組合せは阻害されるか
PTFEは有機材料であり、発火温度が492℃であることから〔乙第18号証〕、一般的な定義に従えば可燃物(可燃性物質)と善解することができる。そうすると、乙第1号証等における「可燃物(あるいは可燃性物質)」にPTFEが相当し、乙第1号証によれば、酸化カルシウムを用いた場合に「水分にあうと激しく発熱し、可燃物のPTFEを発火させるのに十分な熱を発生することがある。」と解されることとなる。そこで、上記解釈が酸化カルシウム等を粉末のままPTFEと組み合わせることの阻害要因となり得るかについて、以下検討する。
被請求人は発火の危険性について、「廃棄時、運搬時、保管時等における水と接触したとき」〔上申書1第4頁(2)○1 発火の問題の項参照〕とし、「水が存在しなければCaOは発熱も発火もせず、樹脂と混在できることは当然である。」とも第2口頭陳述要領書の第6頁「○2 甲第6号証の3 イ.」で述べている
また、被請求人は、「厳重な管理体制下に行われる吸湿性成形体の製造及び電子デバイスの組立過程ではこのような危険性は回避できるとしても、その管理体制を離れたとき、たとえば、運搬、保管、廃棄等のとき、管理がルーズとなり、時として水と接触して発熱発火し、火傷や火災を引き起こす事がある。」〔上申書2の2.ア.〕とし、「このような危険性が予知できていた製品を製造販売し、ひとたび事故が発生すると、吸湿性成形体の製造業者自らの信用はもとより、その購買者である電子デバイスの製造業者の信用をも大きく失墜させ、事後の取引の継続を困難にし、企業の将来を危うくすることになりかねない。そうすると、当業者はこのような危険を冒してまで危険な製品を製造しようとは考えない筈であり、危険な製品を製造しようとする意図は阻害されてしまう。」〔上申書2の2.イ.〕と主張し、さらに、「2つの異なる技術を組合せるとき、その組合せにより得られる製品が火災等を招く危険な物となることが当業者に明らかであるときは、発明の目的の達成のいかんにかかわらず、当業者は当該2つの技術を組合せようとしないのが普通であるから、その組合せに阻害要因が発生する。」〔上申書2の2.イ.〕とも主張する。
しかるところ、発火の危険が生じるのは、廃棄時等の水を接触した場合であって、通常の吸湿過程、つまり、通常の電子デバイス内の吸湿を行うような水のない雰囲気下では発火の危険が存在しない。一方、酸化カルシウム等は、廃棄時等において水分と接した場合に発火の危険性があるとの技術常識が存在するものであるが、このような技術常識があるにもかかわらず、依然として粉末乾燥剤として広く使用されており〔甲第23号証、参考資料1(甲第10号証)〕、発火の危険性という一事をもってその使用が妨げられているものではない。また、一般に、危険性のある製品であっても、法律により使用が禁止されているものを除き、製品に注意書きを付すなどの手段によりその危険性の低減・回避は可能であり、事実、酸化カルシウム等の粉末乾燥剤においては製造者により注意書きが付され製品の製造・販売がなされている〔請求人の参考資料3参照〕。加えて、乾燥剤の運搬時、保管時、廃棄時等においても、運搬・保管時の外箱等に同様の手段を講じ、乾燥剤あるいは電子デバイス製造関係者以外へ注意喚起を行うことで、発火の危険を低減させることが可能である。
そうすると、PTFEを可燃物とし、「水と接触したときに発火の危険性がある」と解したとしても、酸化カルシウム等の粉末乾燥剤の場合と同様に、製品や外箱等に注意書きを付すなどの危険性回避手段を講じれば発火の危険は回避できるというべきである。
したがって、いずれにしてもCaO等とPTFEを組み合わせることに阻害要因があると解することはできない。
なお、被請求人は、発火の危険性は技術常識と主張しているが、仮にそうであるならば、本件発明においても何らかの対策が検討されるべきであるところ、本件特許明細書には発火の危険性およびその対策について何ら言及がないから、本願特許明細書は発火の危険性を認識することなく作成されたものというべきである。
c.まとめ
以上のとおり、酸化カルシウムと樹脂との混合目的が酸化カルシウムの発火防止にあるとする被請求人の主張〔阻害1〕は失当であり、PTFEは可燃物とは一義的に解せず、酸化カルシウムとPTFEを混合した場合に必然的に発火を招くものとはいえない上、仮に、この混合物が発火する可能性のあった場合でも、酸化カルシウム自体の粉末乾燥剤の場合と同様に注意書きを付す手段によって発火は防止できるから、酸化カルシウムとフィブリル化PTFEとの組合せを阻害する要因があったもの〔阻害2〕と解することはできない。

(ハ)被請求人の主張2の検討:甲第2号証の記載内容について
被請求人は、甲第2号証の記載について、「甲第2号証の実施例1,2には、BaO、CaOを粘着剤を用いて固定したことが記載されており、BaO,CaOを粘着剤を用いて固定しようとすると粉末を粘着剤と混合し、粉末表面を粘着剤で覆わなければならない。甲第2号証にはこの解釈を妨げる記載はない。」と主張する。
しかし、甲第2号証には、CaO等の固定方法として、前記粘着剤による方法以外にも通気性を有する袋に入れて固定する方法など、粉末のまま使用される手段が開示されているから〔摘示事項(B-5)〕、必ずしも粉末表面を粘着剤で覆われなければ使用できないとはいえない。
したがって、甲第2号証に教示するCaO等が粉末状のもの(吸湿性を維持したもの)を包含することは明らかであり、上記被請求人の主張は理由がない。

ホ.小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証の3,甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることはできない。

(2)本件発明2?3について
本件発明2,3は、本件発明1を引用し、吸湿剤の比表面積を10m^(2)/g以上,40m^(2)/g以上と限定したものであり、引用発明ではシリカゲルの比表面積を特定しておらず、吸湿剤の比表面積の限定についても、本件発明2,3と引用発明は相違している。
当該相違点について検討するに、甲第3号証の1には、表IIに、CaCO_(3)粉末の真空分解により産出したCaOをsr-CaO、Ca(OH)_(2)の分解により形成されるCaOをh-CaOとし、その比表面積が、sr-CaOとして78-81m^(2)/g、h-CaOとして133m^(2)/g、110m^(2)/gのものが開示されている〔摘示事項(C-1)〕。そして、このsr-CaO、h-CaOは、水和剤として水蒸気を使用した場合にその50%超が2分未満でCa(OH)_(2)に変換され、表面積が小さいCaOのサンプルはそれよりはるかにゆっくりと反応した旨の記載がなされている〔摘示事項(C-2)〕。これらの記載から、甲第3号証の1には、表面積が大きいCaOは、表面積が小さいCaOよりも、水蒸気に対する反応が速い、つまり吸湿能力が高いことが開示されているといえる。
そうすると、引用発明の吸湿剤であるシリカゲルに代えて、甲第2号証の記載に基いてCaO等を用いる際に、甲第3号証の1の記載を参考にして、水蒸気との反応速度の速い、すなわち、比表面積の大きいものを採用することは当業者であれば容易になし得ることである。
その他の点は、上記(1)に記載したとおりである。
よって、本件発明2?3は、甲第1号証の3,甲第2号証,甲第3号証の1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることはできない。

(3)本件発明4、5について
本件発明4は、本件発明1を引用し、さらにガス吸着剤を含有することを限定するものであり、本件発明5は、本件発明4を引用し、ガス吸着剤が無機多孔質材料からなることを限定するものである。
一方、引用発明が記載されている甲第1号証の3には、電子デバイス用吸着剤としてガス吸着剤を複数混合して使用できることが記載されている〔摘示事項(A-5)〕。また、該ガス吸着剤として具体的にシリカゲル、活性アルミナ、モレキュラーシーブなどが開示され〔摘示事項(A-5)〕、これらは技術常識からみて無機多孔質材料に相当するものである。
してみれば、引用発明において、電子デバイス内の除去すべき汚染対象に応じて、ガス吸着剤の1種である吸湿剤とともに、無機多孔質材料などの他のガス吸着剤を併用することは、当業者であれば容易になし得ることである。
その他の点は、上記(1)に記載したとおりである。
よって、本件発明4?5は、甲第1号証の3,甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることはできない。

(4)本件発明6について
本件発明6は、本件発明1を引用し、吸湿性形態の表面の一部又は全部に樹脂被複層が形成されていることを限定するものであるが、甲第1号証の3には、引用発明の吸着剤層の上に延伸多孔質PTFE膜などのフィルター層を設けた組立品も開示されているから〔摘示事項(A-5)、(A-9)〕、吸湿性成形体の表面に樹脂被覆層を設ける点は当業者が容易になし得ることである。
その他の点は上記(1)に記載したとおりである。
よって、本件発明6は、甲第1号証の3,甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることはできない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1?6についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効にすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-12-13 
結審通知日 2007-12-18 
審決日 2008-01-10 
出願番号 特願2001-585252(P2001-585252)
審決分類 P 1 113・ 121- Z (C08L)
最終処分 成立  
前審関与審査官 冨士 良宏中川 淳子佐々木 秀次  
特許庁審判長 井出 隆一
特許庁審判官 野村 康秀
福井 美穂
登録日 2006-12-01 
登録番号 特許第3885150号(P3885150)
発明の名称 吸湿性成形体  
代理人 田中 順也  
代理人 岡田 春夫  
代理人 植木 久一  
代理人 藤井 淳  
代理人 菱田 高弘  
代理人 得丸 大輔  
代理人 三枝 英二  
代理人 菅河 忠志  
代理人 植木 久彦  
代理人 田代 宏樹  
代理人 林 雅仁  
代理人 安藤 信彦  
代理人 小池 眞一  

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