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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07D
管理番号 1191359
審判番号 不服2007-3391  
総通号数 111 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-03-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-02-05 
確定日 2009-01-14 
事件の表示 特願2001-399022「[R-(R*,R*)]-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-[(フェニルアミノ)カルボニル]-1H-ピロール-1-ヘプタン酸の塩又は錯体」拒絶査定不服審判事件〔平成14年8月23日出願公開、特開2002-234871〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明

本願は、平成2年7月20日(パリ条約による優先権主張1989年7月21日 米国)の出願である特願平2-190935号の一部を、平成13年12月28日に新たに特許出願したものであって、その請求項1に係る発明は、平成20年7月15日付け手続補正書によって補正された明細書の記載からみて、本願の特許請求の範囲に記載されたとおりの以下のものである。
「【請求項1】[R-(R*,R*)]-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-[(フェニルアミノ)カルボニル]-1H-ピロール-1-ヘプタン酸のナトリウム塩。」

2.引用刊行物

当審で通知した、平成20年1月4日付け拒絶理由通知書で引用した、本願優先権主張の日前に頒布されたことが明らかな刊行物A?Dには、それぞれ次の事項が記載されている。

A.特開昭62-289577号公報
B.特開昭56-45470号公報
C.特開平1-34959号公報
D.月刊薬事,1987年,Vol.29,No.10,p.23-26

(1)刊行物Aの記載事項
(A-1)特許請求の範囲第1項
「1)構造式 I

〔ただし式中、Xは…、-CH_(2)CH_(2)-…、R_(1)は…、弗素、…で置換されたフェニル、…であり、
R_(2)またはR_(3)のいずれか一方は-CONR_(5)R_(6)(ただし式中、R_(5)およびR_(6)は独立して水素、…、フェニルまたは…である)であり、
R_(2)またはR_(3)のもう一方は…、フェニルまたは…であり、
R_(4)は…1?6個の炭素原子を有するアルキル、…である〕を有する化合物または上記の構造式 I を有する化合物のラクトン環を開くことにより誘導されたヒドロキシ酸またはその薬学的に許容しうる塩。」
(A-2)公報第3頁右下欄第15行?同第4頁左上欄第10行
「本発明は血中コレステロール減少剤および血中脂質減少剤として有用な化合物および薬学的組成物に関する。さらに詳しくは本発明は酵素である3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-補酵素Aレダクターゼ(HMG CoAレダクターゼ)の有効な阻害剤であるある種のトランス-6-[2-(3-または4-カルボキサミド置換ピロール-1-イル)アルキル]-4-ヒドロキシピラン-2-オンおよびそれから誘導された対応する開環された酸、そのような化合物を含有する薬学的組成物およびそのような薬学的組成物を使用してコレステロールの生合成を抑制する方法に関する。」
(A-3)公報第5頁左上欄第1?9行
「本発明によりある種のトランス-6-[2-(3-または4-カルボキサミド置換ピロール-1-イル)アルキル]-4-ヒドロキシピラン-2-オンおよびそれから誘導された対応する開環されたヒドロキシ酸が提供され、それらは酵素である3-ヒドロキシ-6-メチルグルタリル補酵素Aレダクターゼ(HMG-CoAレダクターゼ)を阻害する能力を有するために有効なコレステロール生合成阻害剤である。」
(A-4)公報第6頁左下欄第1?11行
「上記の構造式Iを有する化合物は2個の炭素不斉中心を有する、すなわち1個はピラン-2-オン環の4-ヒドロキシの位置に、そしてもう1個はアルキルピロール基が結合しているピラン-2-オン環の6位に不斉中心を有する。この不斉により4種の可能な異性体が生じる。すなわちそれらのうちの2種はR-シスおよびS-シス異性体であり、他の2種はR-トランスおよびS-トランス異性体である。本発明においては上記の式Iを有する化合物のトランス形のみが考慮される。」
(A-5)公報第8頁右下欄第3行?同第9頁左上欄第13行
「この反応により7-(置換されたピロリル)-3,5-ジヒドロキシヘプタン酸…が生成され、その場合生成物はヒドロキシ基を有する3位および5位の炭素原子において所望のR^(*)R^(*)配置を主に含む。
上記の酸は通常の方法により対応する薬学的に許容しうる塩に変換せしめられるか、または所望により不活性溶媒たとえば還流しているトルエン中で共沸により水を除去しながら脱水することにより環化されてトランス-6-[2-(置換されたピロール-1-イル)アルキル]ピラン-2-オン…を生成する。この環化段階ではピラン-2-オンラクトン環の6-(置換されたピロール-1-イル)アルキル基に対して4-ヒドロキシ基が所望のトランス配置であるものを85?90%含む物質を生成することがわかった。
上記の構造式IIを有する開環したヒドロキシ酸は式Iのラクトン化合物を合成する際の中間体であり、本発明の薬学的方法においてそれらの遊離酸の形態でか、または薬学的に許容しうる金属塩…の形態で使用することができる。これらの酸は反応して薬学的に許容しうる金属塩…を生成する。「薬学的に許容しうる金属塩」という用語としてはナトリウム、…イオンで生成される塩が考えられる。」
(A-6)公報第10頁上欄


(A-7)公報第11頁右下欄第2?7行
「実施例 1
トランス-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-[2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル]-ピロール-3-カルボキサミドの製造」
(A-8)公報第14頁右下欄第15行?同第15頁右下欄第5行
「段階H.R^(*),R^(*)-2-(4-フルオロフェニル-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-[(フェニルアミノ)カルボニル]-1H-ピロール-1-へプタン酸およびトランス-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-[2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル]-1H-ピロール-3-カルボキサミド

上記の粗製の酸をトルエンに溶解し、そして6時間加熱還流することによりラクトン化する。この混合物をクロマトグラフィーに付すとトランス-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-[2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル]-1H-ピロール-3-カルボキサミド30g(mp90?97℃)が…得られる。

この物質はHPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析により9:1のモル比で生成物のシスおよびトランス異性形を含むことが見い出された。トルエン-酢酸エチルから再結晶すると本質的に純粋なトランス形(mp148?149℃)が得られる。」
(A-9)公報第15頁右下欄第6?同第16頁左上欄第16行
「実施例 2
R^(*),R^(*)-2-(4-フルオロ-フェニル-β、δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-[(フェニルアミノ)カルボニル]-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ナトリウム塩の製造
テトラヒドロフラン-水1:2の混合物90ml中のトランス-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-[2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル]-1H-ピロール-3-カルボキサミド(10g、18.5ミリモル)及び水酸化ナトリウム0.74g(18.5ミリモル)の混合物を0℃に冷却する。この混合物を放置して25℃まで徐々に昇温せしめ、その後それを濃縮し、そして残留した固体分を真空下で乾燥する。
その生成物の赤外線スペクトルは
…に主な吸収ピークを示す。
その生成物のジメチルスルホキシド-d6溶液の90MHzプロトン磁気共鳴スペクトルは…にシグナルを示す。」

(2)刊行物Bの記載事項
(B-1) 公報第4頁左下欄第2行?同第5頁左上欄第17行

「本発明は、式(I):
[式中:AはH又はメチル:
Eは…、-CH_(2)-CH_(2)-、…
R_(1)、R_(2)、R_(3)は各々以下に示すものから選んだもの:
…]の化合物
及びラクトン環を加水分解的に開環した対応するジヒドロキシ酸、…;式Iに示されたトランスラセミ体のテトラヒドロピランにおける4R配置を示すエナンチオマーである上述の全ての化合物、のコレステロール低下性、脂質低下性を持つ新規化合物に関連している。」
(B-2)公報第5頁右下欄第10?12行
「これらの化合物に関して4Rとは、ピラノン環の4位における絶対配置がレクタス(R)である事を示す。」
(B-3)公報第6頁左下欄第3行?同第7頁左上欄第20行
「式IでAがメチルの化合物はベルギー特許の化合物におけるトランスラセミ体の4-Rエナンチオマーであるけれども、本ベルギー特許は、特にフェニル環に2,4,6-トリ置換基を導入した場合シス:トランスラセミ体の分離及び、トランスラセミ体の分割により、活性に関して非常に良好に、改良することが出来る事実は、おろか、これらの化合物の立体化学に関してもその記載がない。しかしながら、式Iに対応するトランスラセミ体の4-Rエナンチオマーは特に、コレステロール生合成の過程において速度調節酵素として知られる3-ヒドロキシ-3-メチル-グルタリルコエンザイムA還元酵素の活性を強く阻害する事をこゝに発見した。
これらの化合物のコレステロール生合成における阻害活性は、二種の方法で測定した。実験法Aは…であり、50パーセントの酵素活性を阻害するのに必要なモル濃度IC_(50)(M)で、その活性表わす。実験法Bは…である。この活性はコレステロール生合成の50パーセント阻害で表される。
二方法で得られた結果はベルギー特許に記載されているように、両検定で10^(-4)-10^(-6)のIC_(50)値を示す。最も少ない50パーセント有効投与量は4×10^(-6)である。阻害活性は、この異性体分離により大きく増加する。…こうして…の(+)トランスエナンチオマー(実施例14)(本発明の良好な化合物)は、A方法によりIC_(50):6.8×10^(-8)の値を与える。さらに有効で良好な本発明の化合物である、…の(+)トランスエナンチオマー(実施例38)はIC_(50)が約2.8×10^(-9)であり…コンパクチンよりも効力が大きい。この場合両化合物は、対応するヒドロキシ酸のナトリウム塩の形で検定した。」
(B-4)公報第11頁左下欄第19行?同頁右下欄第12行
「7.(±)-トランスラクトンをd-(+)又はl-(-)-α-メチルベンジルアミンと反応せしめジヒドロキシアミドのジアステレオマーを与え、これをクロマトグラフィー又は結晶化法により分離するような、トランスラセミ体の各エナンチオマーへの分割。塩基性条件下(エタノール性NaOHのような)、アミドの純ジアステレオマーの加水分解により、対応する純ジヒドロキシ酸のエナンチオマーを得る。次に例えば、トルエン中還流するような方法でラクトン化し、純(+)-トランス又は(-)-トランスエナンチオマーを得る。立体化学は、アミドジアステレオマーの絶対立体化学に依存する。」

(3)刊行物Cの記載事項
(C-1)特許請求の範囲第1項
「1)式 I

を有する7-〔1H-ピロール-3-イル〕置換3,5-ジヒドロキシヘプタン酸誘導体および式II

を有する相当するδ-ラクトン。
上記式中、
A-Bは…エタンジイル基-CH_(2)-CH_(2)-を示…す。」
(C-2)公報第8頁右上欄第7行?同頁右下欄第3行
「本発明は式I…、すなわち、絶対配置

A-B= -CH_(2)-CH_(2)-に対し3R/5Rを有する純粋な対掌体に関するものである。
更に本発明は一般式Iを有する前述した立体異性体開環ジヒドロキシカルボン酸から誘導された一般式IIを有する純粋な対掌体およびラセミ体に関する。これらは、特に絶対配置

A-B =-CH_(2)-CH_(2)-に対し3R/5R
を有する純粋な対掌体である。

式IおよびIIを有する化合物は、HMG-CoA リダクターゼの強力な阻害剤である。
それ故に、本発明は更に、特に高コレステロール血症を治療するためのこれらの化合物の使用および薬学的組成物に関するものである。」
(C-3)公報第13頁左上欄第5?10行
「一般式Iの最終生成物は、例えば米国特許第4,567,289号に記載されているようにd(+)-α-メチルベンジルアミンを使用してラセミ生成物Iをラセミ体分割に付すことによって、所望の絶対配置の光学的に純粋なものを得ることができる。」
(C-4)公報第18頁右下欄第12行?同第19頁右上欄末行
「一般式IおよびIIの化合物によるHMG-CoA リダクターゼ活性の阻害を、ラット肝臓ミクロソームからの可溶化酵素標品で測定した。

前述した方法を使用して、例えば本発明の化合物によるHMG-CoAリダクターゼの阻害値(IC_(50)値M=50%阻止に必要な化合物のモル濃度)を以下のとおり測定した。それぞれ、好適な絶対配置における光学的に純粋な化合物Iに関するIC_(50)値を示す。


(C-5)公報第25頁左上欄第13行?同頁右上欄第9行
「実施例 4 方法工程A8(スキーム1)
ナトリウム3(RS)、5(RS)-ジヒドロキシ-7-〔1-フェニル-2,5-ジメチル-4-(4-フルオロフェニル)-1H-ピロール-3-イル〕ヘプタノエート
[AB=CH_(2)CH_(2)(R^(1)=Na、R^(2)=CH_(3)、R^(3)=フェニル、R^(4)=CH_(3)、R^(5)=p-フルオロフェニルである式I]
0.1N水酸化ナトリウム水溶液0.93ml(0.096ミリモル)を、0℃のメタノール10ml中の実施例3のエステル41mg(0.093ミリモル)の溶液に加える。90分後に、混合物を蒸発乾涸し、そして粉末を更に高真空下で乾燥して、無定形固形物42mgを得た。」
(C-6)公報第28頁右上欄第13行?同頁左下欄第5行
「実施例 8 方法工程A8(スキーム1)
ナトリウム3(RS)、5(RS)-ジヒドロキシ-7-〔1-フェニル-2-イソプロピル-4-(4-フルオロフェニル)-5-メチル-1H-ピロール-3-イル〕ヘプタノエート
[AB=CH_(2)-CH_(2)、R^(1)=Na、R^(2)=イソプロピル、R^(3)=フェニル、R^(4)=CH_(3)、R^(5)=p-フルオロフェニルである式I〕
この化合物は実施例4と同様にして実施例7の生成物から得られる。」

(4)刊行物Dの記載事項
(D-1)第23頁左欄第8?16行
「生体(酵素や受容体)はこれら光学異性体を識別する能力を持っており、異性体にはまったく生理活性をもたないもの、弱い同類の生理活性をもつもの、拮抗的な生理活性をもつものがある。
それゆえ、医薬品として用いるときにはラセミ体としてではなく、目的にあったエナンチオマーのみを用いることが好ましいと考えられる…」
(D-2)第23頁左欄第26行?同頁右欄第9行
「…最近の薬物分析技術の進歩、特に高速液体クロマトグラフィーにおけるキラルカラムの開発などにより、光学異性体の分離・定量の技術が進歩し、その結果合成キラル医薬品の生体内動態、特に代謝に関して異性体間に著しい差があることが明らかになったことがあげられよう。
それゆえ、ラセミ体中の他の半分の化学物質が、それ自体明らかな薬理活性が欠ける場合でも、全く無関係なものではなく、ラセミ体というものは50%不純物…を含んでいる化合物であるという考えも提出されてきた。」
(D-3)第23頁右欄第20?12行
「1.光学異性体間で薬理作用を異にするもの
Thalidomideの催奇形作用で見られたような、異性体間で薬効・毒性を異にするものの代表的なものにつき述べる。たとえば、DOPAではl-体はlevodopaとして抗パーキンソン病薬として用いられているが、d-体は薬理作用がなく、顆粒急減少作用を起こす。Barbituratesは(-)-体は鎮静作用を示すが、(+)-体はむしろ興奮作用を示す。Ketamineの(+)-体は強い麻酔作用を持つが、(-)-体は弱い麻酔作用と不安・興奮作用、心拍増加作用を持つ。Pentazocinは(-)-体はより強い鎮痛作用をもつが、(+)-体はむしろ強い不安誘起作用を持つ。…
また、興味深い例としては、propoxypheneのd-体は強い鎮痛作用を持ち、「Darvon」という商品名で鎮痛薬として市販されているが、一方、l-体には鎮痛作用がなく、鎮咳作用のみがあり、「Darvon」の鏡像文字の「Novrad」という商品名で市販されている。」

3.対比

刊行物Aの実施例2には、「R^(*),R^(*)-2-(4-フルオロ-フェニル-β、δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-[(フェニルアミノ)カルボニル]-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ナトリウム塩の製造」と題して、該ナトリウム塩の製造方法とともにその赤外線スペクトル及びプロトン磁気共鳴スペクトルのデータが記載されている(A-9)。
したがって、該刊行物Aには「R^(*),R^(*)-2-(4-フルオロ-フェニル-β、δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-[(フェニルアミノ)カルボニル]-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ナトリウム塩の製造」(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

そこで、該引用発明と本願発明とを対比する。

刊行物Aの実施例2では、該刊行物Aの実施例1で製造されたトランスラクトン(すなわちシス体を含まない;以下単に「トランスラクトン」という。)を原料として使用し、NaOHで開環・加水分解させることにより標題のナトリウム塩を製造している((A-8)及び(A-9))。
これに対して、本願発明は、同じトランスラクトンから出発するが、該トランスラクトンをまず光学活性アミンである(+)-α-メチルベンジルアミンと反応させつつ、開環と同時にアミド化させて2種類のジアステレオマーアミドとすることにより、光学分割して一方のみの光学対掌体とし、その後、刊行物Aの実施例2と同様に再び開環・加水分解してナトリウム塩としている。(本願明細書の実施例6,7及び10)
ここで、上記トランスラクトンが不斉炭素を二つもつ化合物であって、互いに立体配置の異なる合計4種類のエナンチオマーが存在するものであることは刊行物Aにも記載されている(A-4)ことであり、さらに「…2種はR-シスおよびS-シス異性体であり、他の2種はR-トランスおよびS-トランス異性体である。本発明においては上記の式Iを有する化合物のトランス形のみが考慮される。」と記載(A-4)された上で、その実施例1における精製段階でシスラクトンをトランスラクトンから分離し、その結果、互いに対掌体の関係にあるR-トランスおよびS-トランスの2種類の異性体からなるトランスラクトンを得ているものである(A-8)。すなわち、刊行物Aの実施例1で製造され、かつ、同2で原料として使用されるトランスラクトンは以下の2種類のエナンチオマーからなるラセミ混合物となっている。

刊行物Aの「トランスラクトン」
┌-----------------------┐
Rトランス体 Sトランス体


そして、これらラセミ混合物を加水分解して開環してナトリウム塩としたものが、上記引用発明である。
これに対して、本願発明では、上記トランスラクトンを光学分割してRトランス体のみとした後、これをNaOHによる加水分解で、対応するヒドロキシ酸のナトリウム塩としたものである。
すなわち、引用発明では、互いに対掌体の関係にある以下の二つのエナンチオマーからなるラセミ混合物であるのに対して、本願発明は、これらのうちのR体のみのエナンチオマーとなっているものである。

引用発明
┌-----------------------┐

R体(3R/5R体) S体(3S/5S体)
└----------┘
本願発明
(以下、上記二つのエナンチオマーを単に「R体」、「S体」ということもある。)

以上のことから、本願発明と引用発明との一致点、相違点はそれぞれ以下のとおりとなる。

[一致点]両者は、ともに「R^(*),R^(*)-2-(4-フルオロ-フェニル-β、δ-ジヒドロキシー5-(1-メチルエチル)-6-フェニル-4-C(フェニルアミノ)カルボニル)-1H-ピロール-1-へプタン酸のナトリウム塩」である点
[相違点]引用発明は下記R体及びS体からなるラセミ混合物の塩であるのに対して、本願発明はR体のみの塩である点。

4.判断
上記相違点について検討する。
引用発明に係る化合物の用途に関して、刊行物Aにおいて「本発明によりある種のトランス-6-[2-(3-または4-カルボキサミド置換ピロール-1-イル)アルキル]-4-ヒドロキシピラン-2-オンおよびそれから誘導された対応する開環されたヒドロキシ酸が提供され、それらは酵素である3-ヒドロキシ-6-メチルグルタリル補酵素Aレダクターゼ(HMG-CoAレダクターゼ)を阻害する能力を有するために有効なコレステロール生合成阻害剤である。」(A-3)と記載されていて、開環されたヒドロキシ酸についてもラクトン形態の化合物と同様な薬理活性が示される旨の記載がなされているほか、HMG-CoAリダクターゼ阻害剤として使用される類似の骨格をもつ他の化合物についても、ラクトン形態及びヒドロキシ酸形態とも同等なものとして当業者に認識されていた(例えば、(B-1)、(C-2)参照)ものであることから、引用発明に係る化合物も、対応するラクトン形態の化合物と同様に、血中コレステロール減少剤および血中脂質減少剤といった医薬組成物の有効成分として使用される化合物であると当業者には容易に理解されるところである。
そして、このように医薬の有効成分として使用される化合物については、ラセミ混合物を構成する各々のエナンチオマーは生理活性や作用が異なるものであることから、目的にあったエナンチオマーのみを使用することが好ましいことは、刊行物Dに記載されている((D-1)?(D-3))とおりである。
さらに加えて、引用発明に関連して、同様にHMG-CoAリダクターゼ阻害剤として使用される化合物であって引用発明と類似の骨格をもつ化合物について、刊行物B及びCには、以下のような事項が示されている。
すなわち、刊行物Bにおいては、「式Iに対応するトランスラセミ体の4-Rエナンチオマーは特に、…3-ヒドロキシ-3-メチル-グルタリルコエンザイムA還元酵素の活性を強く阻害する…。…ベルギー特許に記載されている…最も少い50パーセント有効投与量は4×10^(-6)であ…る。阻害活性は、…異性体分離により大きく増加する。…こうして…(+)トランスエナンチオマー(実施例14)…は、…IC_(50):6.8×10^(-8)の値を与える。さらに…(+)トランスエナンチオマー(実施例38)はIC_(50)が約2.8×10^(-9)…。この場合両化合物は、対応するヒドロキシ酸のナトリウム塩の形で検定した。」(B-3)と記載されていて、4Rトランス体に対応する光学活性ヒドロキシ酸は、対応するラセミ混合物より強い活性をもつことが示されている。
また、刊行物Cにおいても、式Iのヒドロキシ酸での好適な絶対配置は「3R/5R」とされていて(C-2)、その第2表には「好適な絶対配置における光学的に純粋な化合物Iに関するIC_(50)値を示す。」として、多数の化合物が10^(-9)オーダーの活性値をもつことが示されている。
そして、刊行物Aにおける「4-Rエナンチオマー」に対応する立体配置と、刊行物Cにおける「3R/5R」に対応する立体配置とは、同じ立体配置であって、かつ、該立体配置が引用発明における「R体」に相当することは、当業者にとって容易に理解可能なものであるので、上記したような刊行物B及びCの記載に触れた当業者ならば、引用発明においても、二つのエナンチオマーのうちのR体のみを分離すれば、対応するラセミ混合物と比べてより一層活性が高められるであろうと期待することはごく自然なことと解される。
してみれば、刊行物Dに記載の一般論に加えて、HMG-CoAリダクターゼ阻害剤として使用される化合物であって、引用発明と類似の骨格を有する化合物に関する刊行物B及びCに記載の事項を考慮すると、二つのエナンチオマーからなる引用発明において、これを光学分割して、所望のエナンチオマーのみを選択しようとすることは、当業者ならば容易に想到することである。
さらに、引用発明における二つのエナチオマーの一方のみを得るに際して、刊行物B及びCに記載の、d-(+)又はl-(-)-α-メチルベンジルアミンを使用した光学分割法((C-3)及び(B-4))が適用可能であろうことも当業者ならば容易に理解するところであるので、かかる手法を引用発明に係るラセミ混合物に対して適用し、所望のエナンチオマーのみを分離することも、当業者が格別の創意工夫を要することなく、なし得ることである。
また、刊行物Dにも記載されているように、一方のエナンチオマーが、他のエナンチオマーと比較して、通常は、活性の強さが異なるものであることはもちろんのこと、場合によっては、全く活性を示さなかったり、或いは逆の活性を示したりするといったこともあり得ることも、当業者に知られた事項である((D-1)及び(D-3)など)し、上記刊行物Bの記載からは純粋な光学活性体とすることにより場合によっては10^(3)倍程度活性が高められる可能性があること(B-3)、また、刊行物Cからは最大10^(-9)オーダーの活性が得られうること(C-4)が、それぞれ示唆されていると解することができるので、エナンチオマーの一方を分離することにより、本願明細書の表1に示されているように、他方のエナンチオマーやラセミ混合物と比較して、それぞれ100倍程度或いは10倍程度高い活性が得られたとしても、このことを以て格別予想外の効果が奏されたものとすることはできない。

なお、請求人は、
(a)刊行物Aにおいては、
(a-1)ヒドロキシ酸形の化合物の薬理効果が不明であって、また
(a-2)薬理試験結果が示されている化合物の中には本願発明に係る化合物に対応するラクトンよりもさらに高い活性を示す化合物があること、
から、刊行物Aに接した当業者が、本願発明に係る化合物に着目する動機付けを受けることがあり得ないこと、
(b)刊行物B及びCでは、単にラクトン形化合物とヒドロキシ酸形化合物とが同程度であることを示すに止まり、ヒドロキシ酸形の化合物に注目する動機付けにはなり得ないこと、
(c)本願発明は特定のナトリウム塩に関するものであること、及び、
(d)本願発明に係る化合物は、他のエナンチオマーと比較して100倍強、ラセミ体と比較して10倍強の薬理効果を有していること、
を挙げ、本願発明の進歩性は肯定されるべき旨主張しているので、以下この点について付言する。

まず(a-1)については、上でも述べたように、刊行物A?Cにおいて、HMG-CoAリダクターゼ阻害剤としては、ラクトン形態の化合物であっても、ヒドロキシ酸形態の化合物であっても、何れも使用されうるものとして記載しているように、両形態の化合物は、HMG-CoAリダクターゼ阻害剤としては同等なものとして当業者に認識されていたものであることから、仮にヒドロキシ酸の薬理試験結果が具体的に示されていなくとも、対応するラクトン形態の化合物の活性が示されていれば、それから容易に類推可能であるので、そのことを以てヒドロキシ酸形態の化合物のHMG-CoAリダクターゼ阻害活性が不明であったとすることができない。
なお、例えば、刊行物Bの(B-3)においては、「(+)トランスエナンチオマー(実施例14)…は、…IC_(50):6.8×10^(-8)の値を与える。さらに…(+)トランスエナンチオマー(実施例38)はIC_(50)が約2.8×10^(-9)であり…。この場合両化合物は、対応するヒドロキシ酸のナトリウム塩の形で検定した。」として、ヒドロキシ酸のナトリウム塩の形で検定した数値を以て、対応するラクトンの活性とみなして記載しており、かかる刊行物Bの記載は、当業者にとって両形態の化合物の活性の間には実質的な差異がない、或いは強い相関関係があると認識されていたことを示すものである。
次に(a-2)については、ラセミ混合物の活性と対応する光学異性体の活性とが必ずしも正確に比例するものではないことは技術常識であるし、また医薬化合物としての適性は、活性の大きさのみならず、毒性や製剤化のしやすさといった他の性質も求められることから、当業者ならば、専らラセミ混合物の活性の大小のみに着目して対象化合物を狭く限定することはしないものであると解せられるので、刊行物AにおけるIC_(50)(μmol/l)における数値が「0.035」(化合物1)と「0.018」(化合物3)といった程度の差であれば、何れの化合物も排除することなく対象化合物として、医薬の有効成分としてより適切な化合物を探索するものと解せられる。
さらに(b)については、(a-1)に関して記載したように、当業者はラクトン形態の化合物もヒドロキシ酸形態の化合物も同等物として認識していたものであり、そのどちらかを選択することは、当業者が必要に応じて適宜なし得ることであって、そのことを格別困難なこととすることはできない。
そして(c)については、ナトリウム塩は、カルボン酸の塩としては汎用のものであるばかりでなく、刊行物Aにおいても「薬学的に許容しうる金属塩」の1つとして例示されていた(A-5)ものであって、その実施例2においてもナトリウム塩とされている(A-9)し、また刊行物Bにおいても(a-1)に関して述べたように、「この場合両化合物は、対応するヒドロキシ酸のナトリウム塩の形で検定した。」(B-3)とされているし、さらに刊行物Cでも第2表に薬理試験データが記載されている化合物のうち例えば実施例4及び8などはナトリウム塩の形で得られている((C-4)?(C-6))ように、HMG-CoAリダクターゼ阻害活性のあるヒドロキシ酸においてもナトリウム塩は適宜使用されていたものであるので、引用発明において、ナトリウム塩と特定すること自体、何ら特異なことではない。
最後に(d)については、本願発明のエナンチオマーが、他のエナンチオマーと比較して100倍強、ラセミ体と比較して10倍強の薬理効果を有していることが、刊行物B?Dに記載された従来技術と比較して格別予想外のことではないことは、上述したとおりである。
以上、要するに請求人の主張は、何れも進歩性の根拠たり得ないものであり、採用することができない。

なお、請求人が、公知文献にラセミ混合物が記載されているにもかかわらずそのエナンチオマーに関する特許が成立している事例として指摘する特許第1642597号については、本件と内容を異にする事案である上、本件より9年以上前の出願に係るものであるので、本件の特許性の判断に際して、これを参酌しなければならないものと解することはできない。

5.むすび

以上のとおり、本願発明は、刊行物A?Dの記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

以上
 
審理終結日 2008-08-07 
結審通知日 2008-08-12 
審決日 2008-08-26 
出願番号 特願2001-399022(P2001-399022)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 榎本 佳予子  
特許庁審判長 星野 紹英
特許庁審判官 穴吹 智子
塚中 哲雄
発明の名称 [R-(R*,R*)]-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-[(フェニルアミノ)カルボニル]-1H-ピロール-1-ヘプタン酸の塩又は錯体  
代理人 高木 千嘉  

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