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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  E04G
審判 全部無効 特174条1項  E04G
管理番号 1192897
審判番号 無効2008-800023  
総通号数 112 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-04-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-02-08 
確定日 2009-02-16 
事件の表示 上記当事者間の特許第3935562号コンクリート構造物の補修方法および補修構造の特許無効審判事件について,審理の併合のうえ,次のとおり審決する。 
結論 特許第3935562号の請求項1乃至3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は,被請求人の負担とする。 
理由
第1 手続きの経緯

特許第3935562号(以下,「本件特許」という。)の請求項1乃至3に係る発明は,平成9年7月25日に特許出願され,平成19年3月30日にその特許権の設定登録がなされ,その後,有限会社井▲崎▼工業より無効審判請求がなされたものである。そして,本件無効審判における経緯は,以下のとおりである。(注:▲崎▼は異体字)

平成20年2月 8日 無効審判請求(1)(無効2008-800022号)
2月 8日 無効審判請求(2)(無効2008-800023号,
甲第1?3号証の提出)

4月24日 答弁書(1)(乙第1?9号証の提出)
4月24日 答弁書(2)

6月 5日 併合審理通知(無効2008-800022号,
無効2008-800023号)

9月12日 口頭審理陳述要領書(請求人)

9月12日 口頭審理陳述要領書(被請求人)

9月12日 第1回口頭審理

9月12日 職権審理による無効理由通知

10月14日 訂正請求書

10月14日 意見書(被請求人)

10月28日 上申書(請求人)

11月 7日 上申書副本送付
(訂正拒絶理由通知に代わる答弁指令)

12月 8日 答弁書


第2 職権審理による無効理由(第17条の2第3項)

平成20年 9月12日に開催された第1回口頭審理において告知した無効理由は,以下のとおりである。

「被請求人に対して,次の理由により無効理由を通知する。
これに対して意見があれば,意見書(正本1通,副本2通)を平成20年10月14日(火)までに特許庁に提出するとともに,請求人に対してファクシミリで送信する。

理 由
平成18年8月31日付け及び平成19年1月9日付けでした手続補正は,下記の点で願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから,特許法第17条の2第3項に規定する要件に違反してなされたものである。
したがって,本件特許は,特許法第123条第1項第1号に該当し,無効とすべきものである。



上記手続補正によって,請求項1の記載は,「ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具」の埋設位置に関して,
「注入用具を前記コンクリート部分内に埋設し,」から,
「注入用具を前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上に埋設し,」
又は「注入用具を前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内に埋設し,」
に補正された。
「ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具」の埋設位置に関して,当初明細書には,「各ひび割れ誘発部材13の各突出部分13aが互いに対向しており,これらの間にひび割れ誘発領域14が形成されている。」(段落【0019】),「本実施形態においては,図1,図4に示すように,注入管1は,底版17の表面17aの上方に位置する露出部分1aと,底版17内に埋設されている底版埋設部分1bとを備えている。底版埋設部分1bから更に上方へと向かって,側壁32のコンクリート部分2内に注入部1cが埋設されている。この注入部1cの埋設位置は,図1に示すひび割れ誘発領域14の中から選択できるが,突出部分13aを結ぶ直線上にあることが特に好ましい。」(段落【0020】)と記載されているとおり,
「注入部1cの埋設位置は,図1に示すひび割れ誘発領域14の中から選択」されるものであり,かつ,「突出部分13aを結ぶ直線上」は,「内側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上」であって,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上」ではない。
「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上(平面内)」には,当初明細書に開示された「ひび割れ誘発領域14」の中ではない範囲も含まれるから,当該補正は,明細書又は図面に記載した事項の範囲を越えるものである。
また,「内側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上」を,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上(平面内)」とすることは,当初明細書等の記載から自明な事項でもない。


第3 訂正の適否

1 訂正の内容

上記職権審理による無効理由通知に対して,被請求人が平成20年10月14日付けで行った訂正請求(以下,「本件訂正請求」という。)による訂正内容は,つぎのとおりのものである。

(1)訂正事項a(訂正事項1及び2)
請求項1において,「少なくとも1部分」とあるのを,「前記突出部分と前記フランジ部分の一部分とのコンクリート構造物表面側」と,「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」とあるのを,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」と,訂正する。

したがって,訂正事項aは,特許第3935562号の特許請求の範囲の請求項1を次のように訂正するものである。(下線部は,訂正箇所。)

「少なくとも一対の構造用鉄筋と,前記構造用鉄筋に打設されているコンクリート部分とを備えているコンクリート構造物を補修する方法であって,前記コンクリート部分のうち前記各構造用鉄筋の外側にそれぞれ外側ひび割れ誘発部材を埋設し,前記外側ひび割れ誘発部材が突出部分とフランジ部分とを有し,前記外側ひび割れ誘発部材の前記突出部分と前記フランジ部分の一部分とのコンクリート構造物表面側がコンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層によって被覆されており,前記コンクリート部分のうち前記構造用鉄筋の内側に打設されている内側部分内に一対の内側ひび割れ誘発部材を埋設し,前記の各内側ひび割れ誘発部材を互いに対向させ,相対向する前記内側ひび割れ誘発部材の間にひび割れ誘発領域を形成し,前記ひび割れを補修するための流動性の補修材を少なくとも前記ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具を当該ひび割れ誘発領域のいずこかに埋設し,前記ひび割れ誘発領域内に誘発されたひび割れに対して前記注入用具の前記注入孔から前記補修材を注入し,前記外側ひび割れ誘発部材を前記補修材のストッパーとして使用することを特徴とする,コンクリート構造物の補修方法。」

(2)訂正事項b(訂正事項3及び4)
請求項3において,「少なくとも1部分」とあるのを,「前記突出部分と前記フランジ部分の一部分とのコンクリート構造物表面側」と,「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」とあるのを,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」と,訂正する。

したがって,訂正事項bは,特許第3935562号の特許請求の範囲の請求項3を次のように訂正するものである。(下線部は,訂正箇所。)

「少なくとも一対の構造用鉄筋と,前記構造用鉄筋に打設されているコンクリート部分とを備えているコンクリート構造物を補修する方法であって,前記コンクリート部分のうち前記各構造用鉄筋の外側にそれぞれ外側ひび割れ誘発部材を埋設し,前記外側ひび割れ誘発部材が突出部分とフランジ部分とを有し,前記外側ひび割れ誘発部材の前記突出部分と前記フランジ部分の一部分とのコンクリート構造物表面側がコンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層によって被覆されており,前記コンクリート部分のうち前記構造用鉄筋の内側に打設されている内側部分内に一対の内側ひび割れ誘発部材を埋設し,前記の各内側ひび割れ誘発部材を互いに対向させ,相対向する前記内側ひび割れ誘発部材の間にひび割れ誘発領域を形成し,前記ひび割れを補修するための流動性の補修材を少なくとも前記ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具を当該ひび割れ誘発領域のいずこかに埋設し,前記ひび割れ誘発領域内に誘発されたひび割れに対して前記注入用具の前記注入孔から前記補修材を注入し,前記外側ひび割れ誘発部材を前記補修材のストッパーとして使用することを特徴とする,コンクリート構造物の補修構造。」

(3)訂正事項c(訂正事項5?8)

上記訂正事項a,bに合わせて,明細書の段落【0007】及び【0008】の記載を,「少なくとも1部分」とあるのを,「前記突出部分と前記フランジ部分の一部分とのコンクリート構造物表面側」と,「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」とあるのを,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」と,訂正する。

2 訂正の適否に関する当事者の主張

(1) 被請求人の主張(平成20年10月14日付け訂正請求書)
被請求人は,「少なくとも1部分」を,「前記突出部分と前記フランジ部分の一部分とのコンクリート構造物表面側」とする訂正は,明細書の段落【0013】及び図1等の記載に基づき,外側ひび割れ誘発部材に関して粘着層で被覆する部分を減縮するものであり,「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」を,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」とする訂正は,明細書の段落【0019】等の記載に基づき,注入用具の埋設位置を減縮するものであると主張する。

(2) 請求人の主張(平成20年10月28日付け上申書)
「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」を,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」とする訂正に対して,下記の2点から,請求人は,実質上特許請求の範囲を拡張し,変更するものであると主張する。
(a)「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」という二次元の平面であったものが,訂正によって,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」という,楕円柱のような三次元の立体的範囲まで拡大されるから,特許請求の範囲を拡張するものである。

(b)「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」は,領域が不明確であり,発明の外延も不明確となる結果,権利範囲も不明確となる。

(3) 被請求人の反論(平成20年12月8日付け答弁書)
これに対して,被請求人は,下記のとおり,請求人の主張は失当であると主張する。
(a)訂正前の「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」とは,「外側ひび割れ誘発部材」の山形をなす突出部分の任意の位置を結んで形成される複数の平面が集合したものであり,三次元の立体的範囲を有するものであるから,当該訂正は拡張には当たらない。
(b)明細書の記載を参酌すれば,当業者にとってひび割れ領域の範囲は明確である。

3 訂正の適否に関する当審の判断

(1)訂正事項aについて
まず,「少なくとも1部分」を,「前記突出部分と前記フランジ部分の一部分とのコンクリート構造物表面側」とする訂正については,請求人は何ら主張していないが,明細書及び図面の記載から,粘着層による被覆が,「前記突出部分と前記フランジ部分の一部分とのコンクリート構造物表面側」であることは明らかであるから,当該訂正は,外側ひび割れ誘発部材に関して粘着層で被覆する部分を減縮するものであり,特許請求の範囲の減縮に該当する。

つぎに,「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」を,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」とする訂正について検討する。
請求人は,「訂正前の「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」とは,「外側ひび割れ誘発部材」の山形をなす突出部分の任意の位置を結んで形成される複数の平面が集合したものであり,三次元の立体的範囲を有するものである」と主張する。
しかしながら,職権審理による無効理由で指摘したとおり,
本件特許の出願当初の明細書には,
「ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具」の埋設位置に関して,「各ひび割れ誘発部材13の各突出部分13aが互いに対向しており,これらの間にひび割れ誘発領域14が形成されている。」(段落【0019】),「本実施形態においては,図1,図4に示すように,注入管1は,底版17の表面17aの上方に位置する露出部分1aと,底版17内に埋設されている底版埋設部分1bとを備えている。底版埋設部分1bから更に上方へと向かって,側壁32のコンクリート部分2内に注入部1cが埋設されている。この注入部1cの埋設位置は,図1に示すひび割れ誘発領域14の中から選択できるが,突出部分13aを結ぶ直線上にあることが特に好ましい。」(段落【0020】)と記載されているとおり,
「注入部1cの埋設位置は,図1に示すひび割れ誘発領域14の中から選択」されるものであり,かつ,「突出部分13aを結ぶ直線上」は,「内側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上」であって,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上」ではない。
してみると,訂正前の「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」とは,「外側ひび割れ誘発部材」の山形をなす突出部分の任意の位置を結んで形成される複数の平面が集合したものであるとの主張は,当初明細書の記載に基づかないものであり,かつ,被請求人が,答弁書にて提示した図面(第3頁)の「六角形Xの範囲」は,出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲を越えるものである。
したがって,「平面内」を立体的に拡張する「六角形Xの範囲」に係る主張を採用することはできない。
また,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」との記載は,当初明細書及び図面の記載から,本来「内側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」と記載すべきものであったことは,上記のように,職権審理による無効理由で指摘し,請求人も主張しているとおりである。
そして,「内側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」は,「ひび割れ誘発領域」の一部であるから,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」は,「内側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」の範囲を超え,かつ,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」に含まれない領域を含むものである。
以上のとおり,被請求人の主張が根拠を欠くことは明らかであり,「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」を,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」とする訂正は,特許請求の範囲を拡張,又は変更するものであると言わざるをえない。

(2)訂正事項b?cについて
訂正事項bは,訂正事項aに関する判断と同様に,「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」を,「当該ひび割れ誘発領域のいずこか」とする訂正は特許請求の範囲を拡張するものであり,また,訂正事項cは,発明の詳細な説明の記載に係るものであるが,訂正事項a,bに対応したものであるから,特許請求の範囲の拡張に該当するものである。

4 むすび

以上のとおり,上記訂正事項a?cは,特許請求の範囲を拡張するものであるから,本件訂正請求は,特許法第134条の2第5項で読み替えて準用する同法第126条第3項の規定に適合せず,当該訂正は認められない。


第4 当事者の主張 (訂正の適否,新規事項を除く)

1 請求人

(無効理由1) (第36条第6項第1号)
本件発明が,課題を解決するための技術的思想の創作である発明として発明の詳細な説明に記載されていないから特許法第36条第6項第1号の要件を満たしておらず,特許を受けることができないものであり,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。
主張の主な点は以下のとおり。
・注入用具の埋設位置について
注入用具の埋設位置を,ひび割れ誘発領域の外である,ひび割れ誘発領域の末端から,外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内にまで,拡張ないし一般化できない。

(無効理由2) (第36条第4項又は第6項第1号,第2号)
本件特許の発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものがその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されておらず,本件特許が「発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるもの」であるか,または,「請求項から発明を明確に把握する」ことができないので,特許法第36条第4項又は第6項第1号,第2号の要件を満たしておらず,特許を受けることができないものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。
主張の主な点は以下のとおり。
(1)注入用具の埋設時期について
本件発明に記載された「埋設」は,コンクリート打設前後のいずれのときをもって埋設するのか特定していないため,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
(2)外側ひび割れ誘発部材及び内側ひび割れ誘発部材について
ひび割れ誘発部材の具体的構成が開示されていないため,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではなく,かつ,本件特許が「発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるもの」であるか,または,「請求項から発明を明確に把握する」ことができないものである。

(無効理由3) (第29条第2項)
本件特許の請求項1乃至3に係る発明は,甲第1?3号証に記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものであり,本件発明についての特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。
証拠方法として,以下の甲第1号証乃至甲第3号証を提出した。

甲第1号証:特開平 7-207774号公報

甲第2号証:特開平 5-306529号公報

甲第3号証:特開平 8-151795号公報

2 被請求人

一方,被請求人は,本件発明は,甲第1?3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,本件特許の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確であり,かつ,発明の詳細な説明に記載したものであり,さらに,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものがその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている旨主張し,証拠方法として,以下の乙第1号証乃至乙第9号証を提出した。

乙第1号証:特開平 9-177330号公報

乙第2号証:特開平 5-302434号公報

乙第3号証:特開平10- 37320号公報

乙第4号証:土木学会論文集,No.550/V-33,1996年11月発行,
森本博昭,小柳洽,有限要素法による3次元温度ひび割れ解析,
P95-104
乙第5号証:土木学会コンクリート委員会コンクリート標準示方書
改定小委員会編,コンクリート標準示方書[平成8年制定]施工編, 平成8年4月,土木学会,P104-105,P181

乙第6号証:土木学会コンクリート委員会コンクリート標準示方書改定
小委員会マスコンクリート・温度部会編,最新のマスコンクリート 技術,平成8年11月12日,土木学会,P94-98

乙第7号証:特開平 8-151795号公報

乙第8号証:特表平 6-506275号公報

乙第9号証:特開昭63- 63842号公報


第5 各甲号証およびその内容

1 甲第1号証について

甲第1号証は,本件特許明細書に従来技術として記載され,原審の拒絶理由通知にも引用された,特開平7-207774号公報であって,「コンクリートの目地構造」について,図面とともに以下の事項が記載されている。
(甲1-イ)
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 構造用鉄筋と,この構造用鉄筋を包含するように打設されたコンクリートからなる構造体と,この構造体の表面側に設けられている溝と,この溝と前記構造用鉄筋との間に配置された断面欠損用部材とを備えており,この断面欠損用部材が,芯材と,コンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層とからなることを特徴とする,コンクリートの目地構造。
【請求項2】 前記断面欠損用部材に貫通孔が設けられており,この貫通孔に対して結束線が挿通されており,この結束線によって前記断面欠損用部材が前記構造用鉄筋に対して縛りつけられている,請求項1記載のコンクリートの目地構造。
【請求項3】 前記断面欠損用部材を前記構造体の幅方向に切ってみたときの断面において,前記断面欠損用部材に突出部分が設けられており,この突出部分が前記溝に対向している,請求項1記載のコンクリートの目地構造。」

(甲1-ロ)
「【0003】こうしたひび割れ16の発生自体を防止することは困難である。このため,最近は,ひび割れ16自体を防止するよりも,耐久性を低下させないようにひび割れ16を発生させる技術が,有望であると考えられている。この観点から,側壁2内に所定の間隔で断面欠損部分を設けておき,ひび割れ16を,予め決められた場所に集中させる技術が採用されており,いわゆるひび割れ誘発目地と呼ばれている。なお,水密構造物の場合には,コンクリート中に予め止水板を埋設しておくなど,適当な止水対策を施さなければならない。」

(甲1-ハ)
「【0014】
【実施例】本発明では,好ましくは,断面欠損用部材に貫通孔が設けられており,この貫通孔に対して結束線が挿通されており,この結束線によって断面欠損用部材が構造用鉄筋に対して縛りつけられている。これにより,断面欠損用部材を溶接する場合とは異なり,短時間で容易に断面欠損用部材を固定することができる。
【0015】更に,好ましくは,断面欠損用部材を構造体の幅方向に切ってみたときの断面において,断面欠損用部材に突出部分が設けられており,この突出部分が溝に対向している。これにより,溝と断面欠損用部材との間隔が一層短くなるし,かつ,突出部分の形状に沿って内部応力が加わるので,この突出部分から溝へと向かって亀裂が入りやすくなる。
【0016】コンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層としては,特に,ブチルゴム製の粘着剤を芯材に対して張りつけたものが好ましい。ブチルゴム系粘着剤は,コンクリートとの接着性が高いからである。
【0017】断面欠損用部材の芯材は,コンクリートを打設する際に,流動するコンクリートによって変形しない剛性を有していなければならない。具体的には,金属,硬質ゴム,硬質プラスチック等の剛性材料を例示することができる。
【0018】
構造体の厚さに対して,断面欠損用部材と溝との長さの合計は,20%?30%以上必要であると言われている。この点で,もし溝4及び上記の断面欠損用部材の長さの合計が不足している場合には,更に,構造用鉄筋の内側に内側断面欠損用部材を埋設することができる。
【0019】この内側断面欠損用部材は,断面欠損に必要な長さを確保するという観点からは,異物として埋設されていれば十分なので,上記した芯材のみからなっていてもよい。しかし,ひび割れが内側断面欠損用部材に沿っても発生するので,このひび割れからの漏水等を一層完全に防止するという観点からは,内側断面欠損用部材のうち少なくとも幅方向に延びる突出部分には,上記した粘着層を形成し,芯材を被覆することが好ましい。
【0020】内側断面欠損用部材にも貫通孔を設け,この貫通孔に対して結束線を挿通し,この結束線によって内側断面欠損用部材を構造用鉄筋に対して縛りつけることができ,これにより,内側断面欠損用部材を短時間で容易に固定することができる。
【0021】上記した断面欠損用部材及び内側断面欠損用部材には,一対のフランジ部分を設け,各フランジ部分をそれぞれ構造用鉄筋に対して固定することが好ましい。これにより,内側断面欠損用部材及び断面欠損用部材が,それぞれ2箇所で確実に構造用鉄筋に対して固定されるので,コンクリートを流し込んだ時に,一層,断面欠損用部材が移動,変形しにくくなる。
【0022】図1は,本発明の実施例に係る目地構造を示す断面図であり,図2(a)は,断面欠損用部材5を示す斜視図であり,図2(b)は,内側断面欠損用部材6を示す斜視図である。
【0023】断面欠損用部材5においては,突出部分5bが略三角形の山形をなしており,突出部分5bの両側に,それぞれ細長い平板形状のフランジ部分5a,5cが形成されている。突出部分5b及びフランジ部分5a,5cの全体は,芯材9によって形成されており,芯材9のうち,山形の突出部分5bとフランジ部分5a,5cの一部分とが,粘着層10によって被覆されている。
【0024】内側断面欠損用部材6においては,突出部分6bが平板形状をなしており,突出部分6bの両側に,それぞれ細長い平板形状のフランジ部分6a,6cが形成されている。突出部分6b及びフランジ部分6a,6cの全体は,芯材13によって形成されており,芯材13のうち,平板形状の突出部分6bが,粘着層12によって被覆されている。
【0025】断面欠損用部材5の各フランジ部分5a,5cには,それぞれ複数の貫通孔11が設けられており,これらの貫通孔11に対して結束線7が挿通されており,結束線7によって断面欠損用部材5が構造用鉄筋3に対して縛りつけられている。内側断面欠損用部材6の各フランジ部分6a,6cには,それぞれ複数の貫通孔11が設けられており,これらの貫通孔11に対して結束線7が挿通されており,結束線7によって断面欠損用部材5が取り付け用鉄筋8に対して縛りつけられている。
【0026】側壁2の表面側に設けられている溝4と構造用鉄筋3との間に,即ち,構造用鉄筋3の被覆部2bに,断面欠損用部材5が配置されている。断面欠損用部材5の突出部分5bが溝4に対向している。この結果,断面欠損用部材5は,構造用鉄筋3の被覆領域1内に存在する。
【0027】内側断面欠損用部材6は,断面欠損用部材5の反対側に取り付けられており,この結果,構造用鉄筋3の内側部分2a内に存在する。内側断面欠損用部材6の突出部分6bが,図1においてほぼ水平方向へと向かって延びている。突出部分6bを粘着層で被覆することによって,この部分をコンクリートに対して密着させる。
【0028】図3は,他の断面欠損用部材14を示す断面図である。断面欠損用部材14は,1つの直線形状のフランジ部分14aと,直線形状の突出部分14bとからなっている。フランジ部分14aと突出部分14bとは,互いにほぼ直角をなしている。突出部分14bで,芯材21が,粘着層20によって被覆されている。
【0029】
【発明の効果】本発明によれば,前記したひび割れ誘発型のコンクリートの目地構造において,ひび割れが確実に溝から断面欠損用部材へと向かって発生するようになった。従って,ひび割れによって構造体の美観が損なわれることがない。しかも,ひび割れから外気及び水が侵入しても,外気及び水が,構造用鉄筋が外気及び水にさらされないので,構造用鉄筋の寿命を長くすることができる。」

(甲1-ニ)図1として



(甲1-ホ)図2として,



2 甲第2号証について

甲第2号証は,特開平5-306529号公報であって,「コンクリート壁体構造」について図面とともに,以下の事項が記載されている。

(甲2-イ)
「【0004】
【課題を解決するための手段】即ち本発明は,コンクリート壁体(2),(12)の表と裏の面(2a,2a),(12a,12b)を挾む形でクラック誘発領域(20)を設け,前記クラック誘発領域(20)にクラック誘発メジ(21),(121)を,前記コンクリート壁体(2),(12)の表と裏の面(2a,2a),(12a,12b)の少なくとも一方側から切欠き形成する形で設け,前記クラック誘発領域(20)に,内部に補修材(9)が充填され得る形で補修材充填空間(5)が形成されたモルタル管(3)を,前記クラック誘発メジ(21),(121)に沿って前記コンクリート壁体中(2),(12)に埋め込む形で設けて,構成される。・・・(略)」
(甲2-ロ)
「【0011】ところで,壁体2を構成しているコンクリートは,こうしてこれが経時硬化するまでの間に乾燥収縮することにより,当該コンクリート中に壁体2の引張方向に作用する形の内部応力が生じる。すると,壁体2は,クラック誘発領域20において,その矢印E,F方向横断面積がメジ21,21に加えてモルタル管3の空隙5の分だけ,該クラック誘発領域20以外の部分より少なくなる形で断面欠損が生じていることから,該壁体2のコンクリートに生じた内部応力は,壁体2において強度の弱い部分に集中する形で,断面欠損部分であるクラック誘発領域20に的確に集中する。すると,クラック誘発領域20の壁体2には図2一点鎖線で示すようにクラック7が,該誘発領域20にのみ限定された形で強制的に形成される。この際,クラック誘発領域20のメジ21,21間に配置されているモルタル管3は,モルタル押し出し成型によりその強度が壁体2のコンクリート強度と同等に形成されたものであるところから,各々のクラック7が発生してからそのひび割れ形状が徐々に伸延していく形でこれが形成される間に,該クラック7が空隙5に誘引される形で該モルタル管3にもまた,クラック7が図2紙面と交差方向に形成される。そして,モルタル管3にクラックが形成されることにより,該モルタル管3の空隙5と,クラック7が連通する。
【0012】そこで,壁体2を構成しているコンクリートが経時硬化により所定の強度に到達して,その乾燥収縮が収束したところで,各メジ21の表面部分を適宜シールしておいてから,各モルタル管3の空隙5にセメントミルク,レジンモルタル等の適宜な補修材9を,該空隙5の一方の開口部である一方の端部3bから所定の圧力で注入する。すると,補修材9は空隙5に充填されると共に該空隙5と連通しているクラック7にも進入する形で充填される。そして,さらに端部3bにおいて空隙5への補修材9の注入を継続すると,空隙5とクラック7に注入充填された補修材9の余剰分が,該空隙5の他方の開口部であるもう一方の端部3bから押し出される形で流出するので,これにより,該空隙5及びクラック7への注入が確実に補修材9で満たされたことになり,即ち充填完了が確認される。こうして,すべてのモルタル管3の空隙5に補修材9を注入すると,壁体2中の空隙5と該空隙5と連通しているクラック7の全部に補修材9が充填完了される。また,そこで,各々のメジ21を壁体2の前後の面2aに面一に揃えた形で,適宜な時期に必要に応じてコーキング等を施す。こうして壁体2は,クラック誘発領域20にのみ限定形成されたコンクリートの乾燥収縮によるクラック7が,ここに埋設されたモルタル管3の端部3bから空隙5を介して簡単に補修されて,該壁体2内の全ての空隙が封鎖閉塞された形で,密実且つ堅固に構築完了される。」
(甲2-ハ)
図1として,


(甲2-ニ)
図2として,



3 甲第3号証について

甲第3号証は,特開平8-151795号公報であって,「コンクリート構造物のひび割れ誘発装置およびひび割れ誘発方法」について図面とともに,以下の事項が記載されている。

(甲3-イ)
「【0005】
【問題点を解決するための手段】即ち本発明は,コンクリート構造物構築の際,その内部に配設され,構造物にひび割れを誘発する装置であって,筒状を呈する断面減少体と,その断面減少体外周面に取り付けた止水板とにより構成した,コンクリート構造物のひび割れ誘発装置である。また本発明は,コンクリート構造物構築の際,その内部に配設され,構造物にひび割れを誘発する装置であって,筒状を呈する断面減少体と,その断面減少体内に挿通され,その一端が断面減少体外周面で開口した注入管とにより構成した,コンクリート構造物のひび割れ誘発装置である。・・・・(略)」

(甲3-ロ)
「【0010】<ニ>注入管(図1,図3)
前記断面減少体20内には注入管30が挿通されている。注入管30は,断面減少体20周囲に生じたひび割れ内へ補修材60を注入するための注入路を形成する部材であり,断面減少体20の軸方向に向けて配される主管31と,その主管31より分岐して断面減少体20の外周面に開口する枝管32とにより構成されている。その枝管32の開口位置は,前記止水板40,40が連接するほぼ中間位置と
するのが好ましい。この主管31および枝管32の管径は,補修材60の注入量を節減するためにできるだけ小さいものを採用する。この注入管30に複数の枝管32を設けることにより,補修材60の注入を枝管32上部ごとに数段に分けて施工でき,補修材60が確実に注入できる。・・・(略)」

(甲3-ハ)
図1として,


(甲3-ニ)
図2として,



(甲3-ホ)
図3として,




第6 当審の判断

1 本件発明について

上記「第3 訂正の適否 」において述べたように,平成20年10月14日付けの訂正請求が認められないから,本件特許第3935562号の請求項1に係る発明は,本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。(以下,「本件発明」という。)

「 少なくとも一対の構造用鉄筋と,前記構造用鉄筋に打設されているコンクリート部分とを備えているコンクリート構造物を補修する方法であって,前記コンクリート部分のうち前記各構造用鉄筋の外側にそれぞれ外側ひび割れ誘発部材を埋設し,前記外側ひび割れ誘発部材が突出部分とフランジ部分とを有し,前記外側ひび割れ誘発部材の少なくとも1部分がコンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層によって被覆されており,前記コンクリート部分のうち前記構造用鉄筋の内側に打設されている内側部分内に一対の内側ひび割れ誘発部材を埋設し,前記の各内側ひび割れ誘発部材を互いに対向させ,相対向する前記内側ひび割れ誘発部材の間にひび割れ誘発領域を形成し,前記ひび割れを補修するための流動性の補修材を少なくとも前記ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具を前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内に埋設し,前記ひび割れ誘発領域内に誘発されたひび割れに対して前記注入用具の前記注入孔から前記補修材を注入し,前記外側ひび割れ誘発部材を前記補修材のストッパーとして使用することを特徴とする,コンクリート構造物の補修方法。」

2 職権審理による無効理由について

上記のとおり,訂正は認められないため,当然のことながら,職権審理による無効理由は,解消していない。
被請求人は,第1回口頭審理において,新規事項ではない旨の主張を行ったので,被請求人の当該主張について以下に検討しておく。
なお,被請求人は,職権審理による無効理由に対して,訂正請求を行い,意見書及び答弁書で同様の主張を行っていないことから,当該主張は取り下げたものとみなされる。

被請求人が,新規事項ではない旨の主張の根拠としたのは,当初明細書の段落【0007】の「本発明は,少なくとも一対の構造用鉄筋と,構造用鉄筋に打設されているコンクリート部分とを備えているコンクリート構造物を補修する方法であって,コンクリート部分のうち構造用鉄筋の内側に打設されている内側部分内に一対のひび割れ誘発部材を埋設し,各ひび割れ誘発部材を互いに対向させ,相対向するひび割れ誘発部材の間にひび割れ誘発領域を形成し,ひび割れを補修するための流動性の補修材を少なくともひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具をコンクリート部分内に埋設し,ひび割れ誘発領域内に誘発されたひび割れに対して注入用具の注入孔から補修材を注入することを特徴とする。」との,当初明細書の特許請求の範囲の記載に対応した「課題を解決するための手段」に関する記載であって,「発明の実施形態」(段落【0011】?【0022】)を根拠とするものではない。
そして,請求人は,「少なくともひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具をコンクリート部分内に埋設し」とあるように,「コンクリート部分内」であって,「ひび割れ誘発領域」に限定されるものではなく,「コンクリート部分内」という広い概念に「ひび割れ誘発領域」以外のものが含まれる旨,主張した。
しかしながら,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上(平面内)」には,当初明細書に記載の「突出部分13aを結ぶ直線上」以外のものが含まれるのであり,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上(平面内)」についての明示的な記載や示唆がなく,「コンクリート部分内」や「突出部分13aを結ぶ直線上」から自明な事項でもないから,段落【0020】に記載の「突出部分13aを結ぶ直線上」を,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上(平面内)」とすることは,当初明細書等に記載されているのと同然であると理解できる事項ではない。

したがって,平成18年8月31日付け及び平成19年1月9日付けでした手続補正は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから,特許法第17条の2第3項に規定する要件に違反してなされたものである。
よって,本件の請求項1乃至3に係る発明についての特許は,特許法第123条第1項第1号に該当し,無効とすべきものである。

3 無効理由1について

争点となっている「注入用具の埋設位置」である,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」については,上記「2 職権審理による無効理由について」で検討したとおり,新規事項であって,本来補正が認められるべき事項ではなかったものである。
ここでは,仮に新規事項ではなかったものとして,本件特許の特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号の要件に適合するか否かについて検討する。

(注入用具の埋設位置について)
「注入用具の埋設位置」について,本件特許は,「前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」と規定されている。
一方,本件特許明細書の発明の詳細な説明において,
「ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具」の埋設位置に関して,当初明細書には,「各ひび割れ誘発部材13の各突出部分13aが互いに対向しており,これらの間にひび割れ誘発領域14が形成されている。」(段落【0019】),
「本実施形態においては,図1,図4に示すように,注入管1は,底版17の表面17aの上方に位置する露出部分1aと,底版17内に埋設されている底版埋設部分1bとを備えている。底版埋設部分1bから更に上方へと向かって,側壁32のコンクリート部分2内に注入部1cが埋設されている。この注入部1cの埋設位置は,図1に示すひび割れ誘発領域14の中から選択できるが,突出部分13aを結ぶ直線上にあることが特に好ましい。」(段落【0020】)と記載されているとおり, 「注入用具の埋設位置」は,「注入部1cの埋設位置は,図1に示すひび割れ誘発領域14の中から選択」されるものであり,かつ,「突出部分13aを結ぶ直線上」は,「内側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上」であって,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ直線上(平面内)」ではないから,特許請求の範囲の記載と,発明の詳細な説明の記載とで齟齬があることは明らかである。
そして,「突出部分13aを結ぶ直線上」ではない「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」に,注入用具を埋設した実施例は記載されておらず,かつ,出願時点での技術常識を参酌しても,例えば,外側ひび割れ誘発部材の山形の突出部に注入用具を埋設した場合に,ひび割れ誘発領域に補修材が容易に注入できるとはいえないから,注入用具の埋設位置を,「突出部分13aを結ぶ直線上」から,「外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」にまで,拡張ないし一般化できない。

したがって,本件の請求項1乃至3に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号の規定に反してなされたものであるから,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

4 無効理由2について

実施可能要件については,例えば,「注入用具の埋設時期」は,明細書の段落【0009】の記載から明らかであり,「ひび割れ誘発部材」の具体的構成や,「注入用具」による補修材の具体的な注入方法などは,当業者が技術常識に基づいて適宜なしえる事項であるように,本件特許に係る明細書の記載は,明確かつ十分であって,当業者がその実施をできる程度に記載されていると判断できる。
また,これらの事項に関して,本件特許が「発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるもの」であるか,または,「請求項から発明を明確に把握する」ことができないものであるということはできない。
したがって,無効理由2には理由がない。
なお,無効理由1及び2については,請求人は第1回口頭審理の場で「注入用具の埋設位置」以外の主張の撤回に同意しており,その後の上申書においても無効理由として主張しておらず,当事者間の争点とはなっていない。

5 無効理由3について

(甲第1号証に記載の発明)
甲第1号証には,「構造用鉄筋3と,取り付け用鉄筋8と,この構造用鉄筋3及び取り付け用鉄筋8を包含するように打設されたコンクリートからなる構造体と,この構造体の表面側に設けられている溝4と,この溝と前記構造用鉄筋との間に配置された断面欠損用部材5と,構造用鉄筋の内側に埋設された内側断面欠損用部材6とを備えており,
この断面欠損用部材5が,突出部分5b及びフランジ部分5a,5cとからなる芯材9と,コンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層10とから構成されるとともに,構造用鉄筋3の被覆部2bに配置され,
この内側断面欠損用部材6が,断面欠損用部材5の反対側に取り付けられ,構造用鉄筋3の内側部分2a内に配置された,コンクリートの目地構造。」が記載されている。

(本件発明との対比)
甲第1号証に記載の発明(前者)と,本件発明(後者)とを対比する。
まず,前者の「構造用鉄筋3と,取り付け用鉄筋8と,この構造用鉄筋3及び取り付け用鉄筋8を包含するように打設されたコンクリートからなる構造体」,「断面欠損用部材5」,「内側断面欠損用部材6」は,それぞれ,後者の「少なくとも一対の構造用鉄筋と,前記構造用鉄筋に打設されているコンクリート部分とを備えているコンクリート構造物」,「外側ひび割れ誘発部材」,「内側ひび割れ誘発部材」に相当する。
また,前者の「この断面欠損用部材5が,突出部分5b及びフランジ部分5a,5cとからなる芯材9と,コンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層10とから構成される」「構造用鉄筋3の被覆部2bに配置され」,「構造用鉄筋3の内側部分2a内に配置され」は,それぞれ,後者の「前記外側ひび割れ誘発部材が突出部分とフランジ部分とを有し,前記外側ひび割れ誘発部材の少なくとも1部分がコンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層によって被覆されており」,「前記各構造用鉄筋の外側に(それぞれ外側ひび割れ誘発部材を)埋設し」,「前記コンクリート部分のうち前記構造用鉄筋の内側に打設されている内側部分内に(一対の内側ひび割れ誘発部材を)埋設し」に相当する。
そして,後者の「前記の各内側ひび割れ誘発部材を互いに対向させ,相対向する前記内側ひび割れ誘発部材の間にひび割れ誘発領域を形成し」に関して,甲第1号証に「ひび割れが内側断面欠損用部材に沿っても発生する」(段落【0019】)と記載されており,図面から「内側断面欠損用部材6」が互いに対向させられていることは明らかなように,前者においても「前記の各内側ひび割れ誘発部材を互いに対向させ,相対向する前記内側ひび割れ誘発部材の間にひび割れ誘発領域を形成」している。
また,前者の「この構造体の表面側に設けられている溝」は,後者においては,発明特定事項ではないものの,実施例では,これに相当する「溝4」を有しているから,この点では相違しない。

したがって,両者の一致点および相違点は,以下のとおりである。

[一致点]:コンクリート構造物に関して,「少なくとも一対の構造用鉄筋と,前記構造用鉄筋に打設されているコンクリート部分とを備えているコンクリート構造物を補修する方法であって,前記コンクリート部分のうち前記各構造用鉄筋の外側にそれぞれ外側ひび割れ誘発部材を埋設し,前記外側ひび割れ誘発部材が突出部分とフランジ部分とを有し,前記外側ひび割れ誘発部材の少なくとも1部分がコンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層によって被覆されており,前記コンクリート部分のうち前記構造用鉄筋の内側に打設されている内側部分内に一対の内側ひび割れ誘発部材を埋設し,前記の各内側ひび割れ誘発部材を互いに対向させ,相対向する前記内側ひび割れ誘発部材の間にひび割れ誘発領域を形成」した点。

[相違点]:コンクリート構造物の補修方法に関して,本件発明は,「前記ひび割れを補修するための流動性の補修材を少なくとも前記ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具を前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内に埋設し,前記ひび割れ誘発領域内に誘発されたひび割れに対して前記注入用具の前記注入孔から前記補修材を注入し,前記外側ひび割れ誘発部材を前記補修材のストッパーとして使用する」のに対して,甲第1号証に記載の発明には,そのような特定がない点。

(本件発明の進歩性に関する判断)
一方,甲第2号証及び甲第3号証に示されるように,「ひび割れ誘発領域を形成するとともに,当該ひび割れ誘発領域に注入用具を埋設し,ひび割れ誘発領域内のひび割れに補修材を注入する,コンクリート構造物の補修方法」は,本件発明の出願日前に公知の技術である。
そして,被請求人が提出した乙第5号証には,「ひび割れ誘発目地に発生したひび割れが耐久性等から有害と判断される場合には,補修を行わなければならない。・・・ひび割れ誘発後,ひび割れ誘発部からの漏水,鉄筋の腐食等を防止する場合には,適切な補修を行う必要がある」(181頁)と記載されており,甲第1号証にも,「ひび割れ16を,予め決められた場所に集中させる技術が採用されており,いわゆるひび割れ誘発目地と呼ばれている。なお,水密構造物の場合には,コンクリート中に予め止水板を埋設しておくなど,適当な止水対策を施さなければならない。」(段落【0003】)と記載されているとおり,ひび割れに対して補修を行うことは,当業者にとって自明の手段といえる。
してみると,甲第1号証に記載の発明において,止水性,耐久性を確保するべく補修を行うこととし,甲第2号証及び甲第3号証に示されるような「ひび割れ誘発領域を形成するとともに,当該ひび割れ誘発領域に注入用具を埋設し,ひび割れ誘発領域内のひび割れに補修材を注入する,コンクリート構造物の補修方法」を採用することは,当業者が容易に為し得たことであるというべきである。
そして,被請求人が,無効理由に反論するべく提出した乙第1?2号証にも示され,被請求人自身が認めているとおり,「コンクリート構造物内の任意の位置に注入管(注入用具)を埋設する技術は出願時に周知」である。(答弁書(1)第5頁下から10?9行)
したがって,甲第1号証に記載の発明においても,「ひび割れが内側断面欠損用部材(内側ひび割れ誘発部材)に沿っても発生する」のであるから,補修材を注入する際に,「注入用具の埋設位置」を,「ひび割れ誘発領域内のいずこか」とするか,若しくは「各内側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」又は「各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内」とする程度のことは,当業者が適宜決定できる設計的事項に過ぎない。
さらに,「前記外側ひび割れ誘発部材を前記補修材のストッパーとして使用する」との本件発明の特定事項は,「前記外側ひび割れ誘発部材の少なくとも1部分がコンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層によって被覆されて」いることによってもたらされる機能であるから,甲第1号証に記載の発明に,「ひび割れ誘発領域内のひび割れに補修材を注入する,補修方法」を採用した際にも,当然達成される機能である。
したがって,上記相違点の「前記ひび割れを補修するための流動性の補修材を少なくとも前記ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具を前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内に埋設し,前記ひび割れ誘発領域内に誘発されたひび割れに対して前記注入用具の前記注入孔から前記補修材を注入し,前記外側ひび割れ誘発部材を前記補修材のストッパーとして使用する」ことは,甲第1?3号証に記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に為し得たことである。

(本件発明が奏する効果について)
本件発明が奏する効果について検討しておく。
甲第2,3号証に記載の従来技術においても,予め埋設しておいた注入用具によってひび割れの補修作業を容易かつ確実に行うものであるから,本件発明が奏する,「少なくとも一対の構造用鉄筋と,構造用鉄筋に打設されているコンクリート部分とを備えているコンクリート構造物を補修する方法において,ひび割れの補修作業に必要な時間と労力とを著しく低減できる。」といった効果は,甲第1号証に記載の発明及び甲第2,3号証に記載の事項から予測し得る程度のものであって,格別のものとはいえない。

(請求項1に係る発明について・むすび)
したがって,本件の請求項1に係る発明は,訂正の可否にかからわらず,甲第1?3号証に記載の発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(請求項2に係る発明について)
請求項2に係る発明については,例えば,甲第3号証に記載のものにおいても,「注入用具が注入管であり,注入管の側面に注入孔が複数設けられている」構成を備えているから,請求項1に係る発明と同様に甲第1?3号証に記載の発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(請求項3に係る発明について)
請求項3に係る発明は,請求項1に係る発明のカテゴリーを方法(補修方法)から物(補修構造)に代えたものであるから,請求項1に係る発明と同様に甲第1?3号証に記載の発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(むすび)
以上のとおり,本件の請求項1乃至3に係る発明は,甲第1?3号証に記載の発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって,本件の請求項1乃至3に係る発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に反してなされたものであるから,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。


第7 口頭審理による争点整理後の当事者の主張(特に,効果に関して)
及び当審の判断

1 進歩性に関する当事者間の争点整理

請求人,被請求人の双方は,本件発明を下記のとおり分節した上で,甲第1号証には,構成要件A.?F.が記載されており,構成要件G.?I.について記載がない点で,争いはなく,上記の対比判断と一致している。

<本件発明(請求項1)を分説した構成要件A.?I.>
A.少なくとも一対の構造用鉄筋と,前記構造用鉄筋に打設されているコンクリート部分とを備えているコンクリート構造物を補修する方法であって,
B.前記コンクリート部分のうち前記各構造用鉄筋の外側にそれぞれ外側ひび割れ誘発部材を埋設し,
C.前記外側ひび割れ誘発部材が突出部分とフランジ部分とを有し,
D.前記外側ひび割れ誘発部材の少なくとも1部分がコンクリートに対して密着する高分子材料製の粘着層によって被覆されており,
E.前記コンクリート部分のうち前記構造用鉄筋の内側に打設されている内側部分内に一対の内側ひび割れ誘発部材を埋設し,
F.前記の各内側ひび割れ誘発部材を互いに対向させ,相対向する前記内側ひび割れ誘発部材の間にひび割れ誘発領域を形成し,
G.前記ひび割れを補修するための流動性の補修材を少なくとも前記ひび割れ誘発領域内に注入するための注入孔を備えている注入用具を前記コンクリート部分内の前記各外側ひび割れ誘発部材の突出部分を結ぶ平面内に埋設し,
H.前記ひび割れ誘発領域内に誘発されたひび割れに対して前記注入用具の前記注入孔から前記補修材を注入し,
I.前記外側ひび割れ誘発部材を前記補修材のストッパーとして使用することを特徴とする,コンクリート構造物の補修方法。

したがって,無効理由3についての争点は,下記の2点である。
(1)組み合わせの容易性
組み合わせの容易性については,上記第6 5(本件特許の進歩性に関する判断)で検討したとおりである。
(2)本件発明が奏する効果の顕著性(補修材の漏れ防止のストッパーとしての効果)
効果に関する当事者間の主張について,以下に,補足的に検討しておく。

2 請求人の主張

補修材の漏れ防止のストッパーとしての効果に関して,平成20年10月28日付け上申書における,請求人の主張は以下の3点である。
(1)甲第1号証のものにおける「水の侵入防止」と,「補修材の漏れ防止」とは,流体としての性質が同じであるから,当業者であれば容易に予期できる程度の効果である。
(2)補修材の漏れ防止のストッパーとしての効果については,粘着層としての構成,設置位置等が,甲第1号証のものと何ら変わるものではなく,被請求人が新たな効果を発見したわけではない。
(3)被請求人が平成20年10月14日付け意見書にて主張する「粘着層についての技術思想」は,本件特許明細書に全く記載も示唆もされておらず,失当である。

3 被請求人の主張

これに対する,被請求人の平成20年12月8日付け答弁書による反論は以下のとおりである。
(a)水と補修材との違い
粘度,流れる方向および圧力が全く異なる流体である侵入水と補修材とを,単に両者が液状であるからという理由だけで同じ流体とする請求人の主張は失当である。
(b)ストッパーとしての効果
本件発明は,外側ひび割れ誘発部材の芯材が補修材の高い圧力を受け止めて,粘着層が補修材により押し出されることを防止することで,コンクリートの内側から外側へと向かう高圧の補修材を止水するものである。
当業者は,甲第1号証の外側ひび割れ誘発部材を補修材の止水(漏れ防止)に用いることは想到し得ない。
(c)止水機構の思想
本件特許の明細書の「各外側ひび割れ誘発部材5が流動性の補修材のグラウトストッパーとして作用する。」(段落【0022】)との記載から,「外側ひび割れ誘発部材の芯材が補修材の高い圧力を受け止めて,粘着層が補修材により押し出されることを防止することで,コンクリートの内側から外側へと向かう高圧の補修材を止水する」という止水機構に基づく止水効果の存在を推論できる。
甲第1号証には注入用具が記載されていないから,甲第1号証の記載から本件特許の止水機構を推論することはできない。

4 当審の判断

両当事者の上記主張について検討する。
(a)水と補修材との違いについて
まず,被請求人は粘度,流れる方向および圧力が全く異なる流体である点で水と補修材との違いを主張するが,粘度,流れる方向および圧力が全く異なる流体である点については,本件特許は「外側ひび割れ誘発部材」の構成をそのために改良したものでもなく,かつ,水と補修材とが,粘度,流れる方向および圧力で異なることは,当業者の技術常識ともいえる事項であるから,効果が予測できないとする根拠となるものではない。
(b)ストッパーとしての効果について
前述のとおり,甲第1号証に記載の発明において,止水性,耐久性を確保するために,甲第2号証及び甲第3号証に示されるような「ひび割れ誘発領域を形成するとともに,当該ひび割れ誘発領域に注入用具を埋設し,ひび割れ誘発領域内のひび割れに補修材を注入する,コンクリート構造物の補修方法」を採用することは,容易に為し得たことである。
甲第1号証には,「補修材のグラウトストッパー」としての作用や効果について何ら記載はないが,「外側ひび割れ誘発部材」の構成に関して,甲第1号証に記載のものと,本件発明とに差異はないから,「補修材のグラウトストッパー」としての効果は,甲第1号証に記載のものに,ひび割れに補修材を注入する補修方法を適用するという,技術の適用に伴って結果的に実現されるものであって,ひび割れ補修以外の新たな創意工夫に伴うものでも,何らかの阻害要因を解決した結果によるものでもない。
したがって,「補修材のグラウトストッパー」としての効果は,「外部からの止水」とは異質な効果とはいえるものの,技術の適用に伴って生じた有利な効果を被請求人が見いだしたに過ぎないというべきであり,ひび割れ補修方法を適用することの容易性自体に何ら影響するものではなく,また,予測できない優れた効果ということもできない。
(c)止水機構の思想について
止水機構の技術思想について,被請求人は,本件特許明細書の記載から止水機構に基づく止水効果の存在を推論できると主張するが,この止水機構,すなわち,「外側ひび割れ誘発部材の芯材が補修材の高い圧力を受け止めて,粘着層が補修材により押し出されることを防止する」ことは,何ら記載も示唆もされておらず,かつ,本件特許明細書及び図面の記載から自明な事項でもない。
そして,本件特許においても,甲第1号証に記載の発明においても,粘着層はコンクリートに対する密着性を高めることによって止水性(漏れ防止性)を有するのであるから,本件特許明細書等に何ら記載のない「止水機構の思想」を提示しても,ストッパーとしての効果の顕著性を立証することはできない。
また,「甲第1号証には注入用具が記載されていないから,甲第1号証の記載から本件特許の止水機構を推論することはできない」とも主張するが,粘着層を有する外側ひび割れ誘発部材が,外部からの水の侵入を防止する以上,ひび割れ補修方法を適用した際に,当業者であれば,粘着層を有する外側ひび割れ誘発部材が補修材のストッパーとなり得ることは十分予測できることであるから,甲第1号証の記載から止水機構が推論できるか否かは「効果の予測性」に何ら影響しない。

以上のとおり,ストッパーとしての効果に関する被請求人の主張を採用することはできない。


第8 むすび

以上のとおり,本件の請求項1乃至3に係る発明(以下,本件発明という。)は,新規事項を含むものであり,本件発明についての特許は,特許法第17条の2第3項の規定に反してなされたものであるから,同法第123条第1項第1号に該当し,無効とすべきものである。
また,本件発明は,かりに,特許法第17条の2第3項の規定に違反していなかったとしても,本件発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号の規定に反してなされたものであるから,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。
さらに,本件発明は,かりに,特許法第17条の2第3項又は第36条第6項第1号の規定に違反していなかったとしても,本件発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に反してなされたものであるから,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定において準用する民事訴訟法61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-12-19 
結審通知日 2008-12-24 
審決日 2009-01-06 
出願番号 特願平9-200031
審決分類 P 1 113・ 55- ZB (E04G)
P 1 113・ 121- ZB (E04G)
最終処分 成立  
前審関与審査官 渋谷 知子  
特許庁審判長 赤木 啓二
特許庁審判官 木村 史郎
淺野 美奈
登録日 2007-03-30 
登録番号 特許第3935562号(P3935562)
発明の名称 コンクリート構造物の補修方法および補修構造  
代理人 藤谷 史朗  
代理人 朝日奈 宗太  
代理人 澤田 達也  
代理人 杉村 憲司  
復代理人 谷 征史  
復代理人 藤森 洋介  
代理人 寺嶋 勇太  

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