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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1203338
審判番号 不服2006-25766  
総通号数 118 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-10-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-11-15 
確定日 2009-09-10 
事件の表示 特願2002- 78636「液滴吐出装置およびインクジェット記録ヘッド」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 9月30日出願公開、特開2003-276189〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成14年3月20日の出願であって、平成16年5月11日及び平成17年11月14日に手続補正がなされ、平成18年10月5日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年11月15日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同年12月15日に手続補正(以下「本件補正」という。)がなされたものである。

第2 本件補正についての補正却下の決定

〔補正却下の決定の結論〕
本件補正を却下する。

〔理由〕
1 本件補正の内容・目的
(1)補正の内容
ア 本件補正は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明についてするもので、特許請求の範囲については、本件補正前に、
「 【請求項1】
一方向に配列されたノズルと、
前記ノズルから液滴を吐出する、前記ノズルの個々に対応して形成された吐出手段と、
前記吐出手段の個々に対応して形成された個別流路と、
前記吐出手段を挟むようにして個別流路の両端に形成された、複数の個別流路に共通の共通流路と、
前記液滴をノズルから吐出する際に、一方の共通流路から他方の共通流路に向かって、
前記個別流路に吐出液体の流れを形成する液体流形成手段とを有することを特徴とする液滴吐出装置。
【請求項2】
前記個別流路における吐出液体の流れが0.8m/s以上である請求項1に記載の液滴吐出装置。
【請求項3】
上流側の共通流路における吐出液体の圧力が大気圧近傍である請求項1または2に記載の液滴吐出装置。
【請求項4】
吐出手段から下流側の共通流路までの距離が、上流側の共通流路から吐出手段までの距離の3倍以上である請求項1?3のいずれかに記載の液滴吐出装置。
【請求項5】
請求項1?4のいずれかに記載の液滴吐出装置によって、インク液滴を吐出することを特徴とするインクジェット記録ヘッド。」
とあったものを、

「 【請求項1】
一方向に配列されたノズルと、
前記ノズルから液滴を吐出する、前記ノズルの個々に対応して形成された吐出手段と、
前記吐出手段の個々に対応して形成された個別流路と、
前記吐出手段を挟むようにして個別流路の両端に形成された、複数の個別流路に共通の共通流路と、
前記吐出手段によって、前記液滴をノズルから吐出する際に、一方の共通流路から他方の共通流路に向かって、前記個別流路に、流速0.8m/s?4.0m/sの吐出液体の流れを形成する液体流形成手段とを有することを特徴とする液滴吐出装置。
【請求項2】
上流側の共通流路における吐出液体の圧力が大気圧近傍である請求項1に記載の液滴吐出装置。
【請求項3】
吐出手段から下流側の共通流路までの距離が、上流側の共通流路から吐出手段までの距離の3倍以上である請求項1または2に記載の液滴吐出装置。
【請求項4】
請求項1?3のいずれかに記載の液滴吐出装置によって、画像データに応じて前記吐出手段を駆動してインク液滴を吐出することを特徴とするインクジェット記録ヘッド。」
と補正するものである。(下線は審決で付した。以下同じ。)

イ 上記アの補正後の請求項1に係る補正内容は、補正前の請求項2を独立形式の記載とし、吐出液体の流れが「0.8m/s以上である」との発明特定事項を「流速0.8m/s?4.0m/s」としてその流速の範囲の上限を限定するとともに、「前記液滴をノズルから吐出する際に、」との発明特定事項に「前記吐出手段によって、」との限定を付加する内容を含んでいる。

(2)補正の目的
上記(1)アの補正後の請求項1に係る補正内容は、上記(1)イのとおり、本件補正前の請求項2の発明特定事項に限定を付加するものであるから、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(旧特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2 刊行物の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された本願の出願前に頒布された刊行物である特開平7-164640号公報(以下「引用例」という。)には、図とともに次の事項が記載されている。

(1)「【請求項1】 互いに間隔をあけて配設された複数の加圧液室と、該加圧液室の各々に接続されてインク滴を吐出する記録吐出口と、前記加圧液室の各々に配置された液滴を吐出させるエネルギー発生手段と、前記加圧液室各々の双方向に接続し、インクを供給する各々独立した共通液室と、該共通液室に接続し、インクを供給する供給路とを有するインクジェット記録装置において、前記各々の共通液室間のインクに圧力差を与える圧力発生手段を備えたことを特徴とするインクジェット記録装置。
…略…
【請求項5】 インクを貯溜するインクタンクから記録ヘッドへのインク供給および記録ヘッドからインクタンクへのインク流入のインク循環系を形成し、インクタンクにはインクを所定のインク物性に維持させるために、検出器の信号に応じ調整液を添加するインク特性維持機構を有することを特徴とする請求項1記載のインクジェット記録装置。」

(2)「【0004】
【発明が解決しようとする課題】前述のように、従来のインクジェット記録装置における印字ヘッドは、ともにインク圧の変化によってインク滴を飛翔させるため、加圧液室内に気泡が侵入すると、発生するインク圧の変化を生じることとなり、正常な印字動作が不能となる。そこで、印字ヘッド内に気泡が侵入したり、あるいはヘッド内で気泡が発生したりする場合には、これを除去する動作が必要となる。通常、これらの手段としては、ノズル開口部にキャップを当接し、吸引ポンプ等によりキャップ内に負圧を作用させて、インクとともに吸引排出する方法がとられる。また、供給側より加圧することにより、同様に、ノズル開口よりインクとともに加圧排出する方法も知られている。」

(3)「【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は、上記目的を達成するために、(1)互いに間隔をあけて配設された複数の加圧液室と、該加圧液室の各々に接続されてインク滴を吐出する記録吐出口と、前記加圧液室の各々に配置された液滴を吐出させるエネルギー発生手段と、前記加圧液室各々の双方向に接続し、インクを供給する各々独立した共通液室と、該共通液室に接続し、インクを供給する供給路とを有するインクジェット記録装置において、前記各々の共通液室間のインクに圧力差を与える圧力発生手段を備えたこと…略…を特徴としたものである。
【0008】
【作用】複数の加圧液室は、互いに間隔をあけて配設されており、該加圧液室の各々にインク滴を吐出する記録吐出口が接続されている。エネルギー発生手段は、前記加圧液室の各々に配置された液滴を吐出させるためのもので、積層型圧電素子が用いられている。共通液室は、前記加圧液室の各々と双方向に接続され、各々独立してインクを供給する。前記共通液室間のインクに圧力差を与えるために、圧力発生手段を設けることにより、ヘッド内に侵入又は発生した気泡の排出や初期インク充填等の動作において、インクの無駄な廃棄をすることがなくなる。」

(4)「【0009】
【実施例】実施例について、図面を参照して以下に説明する。図1(a),(b)は、本発明によるインクジェット記録装置の一実施例を説明するための構成図で、図(a)は流路長手方向の断面図で、図(b)は流路配設(ピッチ)方向の断面図である。図中、1a,1bは共通液室、2a,2bは流体ダイオード、3(3a?3c)は加圧液室、4はノズル、5は流路板、6は振動板、7は圧電素子(PZT)、8は基板、9は接着剤層、10は噴射滴(インク滴)である。なお、図中の矢印は、共通液室1a,1bから加圧液室3への液供給を示している。
【0010】インク滴10を吐出させるためのエネルギー発生手段としては、積層型の圧電素子7を用いている。該圧電素子は、複数の加圧液室3の各々に対応して独立に駆動可能である。加圧液室3は、その双方向が各々別に独立している共通液室1a,1bと連通している。また、加圧液室3のほぼ中央部にはノズル4が設けられていて、インク滴10を吐出する。印写動作時では、加圧液室3は、駆動信号に応じて電圧印加された圧電素子7の変位によって加圧され、記録吐出口(ノズル4)よりインク滴10を吐出する。インク滴10の吐出後は、圧電素子7の初期状態への変位の復帰と、ノズル4のメニスカスによる表面張力により、加圧液室3内は、吐出したインクに見合った量のインクが供給される。
【0011】このインク供給は、共通液室1a,1bから複数の加圧液室3へ行うが、各々の加圧液室3の双方向に接続している。共通液室1a,1bにより双方向よりインクの供給が行われる。各共通液室1a,1bは、それぞれインク連通路を介してインクタンクに接続されている。したがって、各加圧液室3a?3cへのインク供給は、双方向の共通液室1a,1bから行われる。これは、インク滴吐出後のインクのリフィルが双方向より行われることから、リフィルタイムの短縮化を可能とする。これにより、滴吐出の駆動周波数の高周波対応が可能となる。
【0012】このヘッドにおいて、ヘッド内に気泡が侵入したり発生した場合は、従来と同様に、ノズル面にインク吸引用のキャップを当接して、キャップに連通した吸引ポンプ装置によりキャップ内に負圧を作用させて、インクとともに気泡を吸引排出することもできる。しかし、インクの初期充填時や重大なトラブルの発生時には、ノズルからインクを排出・廃棄することなくヘッド内の気泡を排除し、ヘッドの液室内をインクで完全に満たすことができる。
【0013】図2は、本発明における加圧液室の構成図で、図中、3(3a?3e)は加圧液室、11,12はインク供給口、13はダミー流路で、その他、図1と同じ作用をする部分は同一の符号を付してある。各々の加圧液室3の双方向に接続している共通液室1a,1bは、共にインク供給口11,12を介してインク連通路に接続している。ここで、少くとも一方のインク連通路中には圧力発生器が配設されている。例えば、インク供給口12側のインク連通路中にはインク加圧供給源があって、共通液室1b側のインク圧を上昇させることにより、共通液室1b→加圧液室3→共通液室1aへと矢印で示すインクの流れができる。これにより、ヘッド内、すなわち加圧液室3や共通液室1a,1b内に滞在している気泡は、インクの流れとともにインク供給口11より排出される。
【0014】これと同様に、インク供給口11側のインク連通路中にインク吸引源を配置させ、共通液室1a側のインク圧を降下させることにより、前述と同様のインク流を生じさせて気泡排出を行うこともできる。このように、各々の共通液室1a,1b間に圧力差を与えることで、記録ヘッド内にインク流を生じさせることができる。
【0015】インク供給口11より気泡とともに排出されたインクは、インク連通路を通過してインクタンク内に導かれる。したがって、この動作によって多量のインク流出を行っても、インクはヘッドからインクタンクへの循環系が形成されているため、廃棄されずにすむ。…略…。」

(5)「【0024】そこで、インクタンク内には、粘度検出器等のセンサ33を配置し、その検出データに応じてコントローラ34により調整液31(バルブ32の開閉動作)を設けることにより、長期に渡っての安定したインク品質の確保を可能とすることもできる。また、このヘッドとインクタンク間のインク循環により、ヘッド内のインク品質の維持に関しても効果的になる。さらに、圧力発生器の動作によるインク流の発生時に、インク滴吐出のためのエネルギー発生手段の駆動を併用して、より気泡の流動を容易化する手段等との組合わせによる効力を発揮できる。
【0025】また、ヘッド形態としては、前述したように、フルマルチタイプ等、非常に多数のノズルを配置したヘッドやホットメルトタイプのヘッド等への適応が特に効果的となる。また、滴吐出のためのエネルギー発生手段としては、圧電素子以外にも熱発生素子、磁界や電界による吐出エネルギー発生素子等の応用も可能である。
【0026】
【発明の効果】以上の説明から明らかなように、本発明によると、以下のような効果がある。
(1)請求項1,2に対応する効果:ヘッド内に侵入または発生した気泡の排出や初期インク充填等の動作において、インクの無駄な廃棄をすることがなくなる。また、インク充填が困難なヘッド形状でも、確実にインクの供給が可能である。
…略…
(4)請求項5に対応する効果:インク品質が長期間に渡って維持できるようになり、安定したインク滴吐出が可能である」

(6)インクジェット記録装置の構成図である図1(a)(b)、すなわち流路長手方向の断面図である(a)と、流路配設(ピッチ)方向の断面図である(b)及び加圧液室の構成図である図2から、次のアないしウのことが見て取れる。
ア 加圧液室3(3a?3c)、ノズル4及び圧電素子(PZT)7は、流路配設(ピッチ)方向に一列に配設されていること。
イ 加圧液室3(3a?3c)、ノズル4及び圧電素子(PZT)7のぞれぞれは、個々に対応して形成されていること。
ウ 2つの共通液室1a及び1bは、流路配設(ピッチ)方向に一列に配設された加圧液室3(3a?3c)の前記流路配設(ピッチ)方向に直交する流路長手方向両端に形成され、前記共通液室1bにはインク供給口12を介してインクが供給され、前記共通液室1aからはインク供給口11を介してインクが排出されていること。

(7)上記(1)ないし(6)からみて、引用例には、
「互いに間隔をあけて一方向に一列に配設された複数の加圧液室と、該加圧液室の各々に接続されて前記一方向に一列に配設されインク滴を吐出する複数の記録吐出口と、前記加圧液室の各々に配置された液滴を吐出させるエネルギー発生手段と、前記一列に配設された複数の加圧液室の前記一方向に直交する方向の両端にそれぞれ形成され、該加圧液室各々の双方向に接続しインクを供給する第1共通液室(1b)及び第2共通液室(1a)と、第1共通液室に第1インク供給口(12)を介して接続しインクを供給する第1インク連通路と、前記第2共通液室に第2インク供給口(11)を介して接続しインクを排出する第2インク連通路とを有した記録ヘッドと、
前記第1共通液室及び第2共通液室間のインクに圧力差を与える圧力発生手段と、
インクを貯溜するインクタンクとを備え、
前記エネルギー発生手段として熱発生素子の応用も可能であり、
前記インクタンクから前記記録ヘッドへのインク供給及び前記記録ヘッドから前記インクタンクへのインク流入のインク循環系を形成し、第1インク連通路中に前記圧力発生手段を配設して第1共通液室側のインク圧を上昇させることにより、前記第1共通液室に第1インク供給口を介してインクを供給し、前記第2共通液室から第2インク供給口を介してインクを排出し、第1共通液室→加圧液室→第2共通液室の順に流れるインク流を生じさせることによって、ヘッド内で発生した気泡の排出を行うことができ、該気泡の排出動作においてインクの無駄な廃棄をすることがないインクジェット記録装置。」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

3 対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
(1)引用発明の「記録吐出口」、「前記一方向に一列に配設され」、「液滴を吐出させるエネルギー発生手段」、「加圧液室」、「第1共通液室及び第2共通液室」、「圧力発生手段」、「インク滴」、「吐出」、「インク流」及び「『記録ヘッド』を備えた『インクジェット記録装置』」は、それぞれ、本願補正発明の「ノズル」、「一方向に配列され」、「吐出手段」、「個別流路」、「共通流路」、「液体流形成手段」、「液滴」、「吐出」、「吐出液体の流れ」及び「液滴吐出装置」に相当する。
(2)引用発明において、「複数の加圧液室」は「互いに間隔をあけて一方向に一列に配設された」ものであり、「複数の記録吐出口」は「加圧液室の各々に接続されて」配設され「インク滴を吐出する」ものであるから、上記(1)に照らせば、引用発明の「液滴を吐出させるエネルギー発生手段」は、「ノズルから液滴を吐出する」ための「吐出手段」であるといえ、引用発明の「前記加圧液室の各々に配置された」から、「『(加圧液室の各々に接続された)ノズル』の個々に対応して形成された」ことがいえる。
よって、引用発明の「吐出手段(液滴を吐出させるエネルギー発生手段)」と本願補正発明の「吐出手段」とは「ノズルから液滴を吐出する」ためのものである点及び「前記ノズルの個々に対応して形成された」ものである点で一致する。
(3)引用発明の「吐出手段(液滴を吐出させるエネルギー発生手段)」は「前記加圧液室の各々に配置された」ものであるから、引用発明の「個別流路(加圧液室)」は「吐出手段の個々に対応して形成された」ものであるといえる。よって、引用発明の「個別流路」と本願補正発明の「個別流路」とは「吐出手段の個々に対応して形成された」ものである点で一致する。
(4)引用発明において、「吐出手段(液滴を吐出させるエネルギー発生手段)」は、「個別流路(加圧液室)」の各々に配置されたものであるから、引用発明の「共通流路(第1共通液室及び第2共通液室)」は、一方向に一列に配設された複数の個別流路の前記一方向に直交する方向の両端にそれぞれ形成され、該個別流路各々の双方向に接続しインクを供給するものであって、複数の個別流路及びその各々に配置された吐出手段を挟むようにして個別流路の両端に形成されたものであって、かつ複数の個別流路に共通のものであるといえる。よって、引用発明の「共通流路」と本願補正発明の「共通流路」とは「吐出手段を挟むようにして個別流路の両端に形成された」ものである点及び「複数の個別流路に共通の」ものである点で一致する。
(5)引用発明の「液滴吐出装置(記録ヘッドを備えたインクジェット記録装置)」は、「第1インク連通路中に液体流形成手段(前記圧力発生手段)を配設して一方の共通流路(第1共通液室)側のインク圧を上昇させることにより、前記一方の共通流路に第1インク供給口を介してインクを供給し、前記他方の共通流路(第2共通液室)から第2インク供給口を介してインクを排出し、一方の共通流路→個別流路(加圧液室)→他方の共通流路の順に流れる吐出液体の流れ(インク流)を生じさせることによって、ヘッド内で発生した気泡の排出を行うことができ、該気泡の排出動作においてインクの無駄な廃棄をすることがない」ようにしたものであるから、引用発明の「液体流形成手段(圧力発生手段)」と本願補正発明の「液体流形成手段」とは、「一方の共通流路から他方の共通流路に向かって、個別流路に、吐出液体の流れを形成する」ものである点で一致する。
(6)上記(1)ないし(5)から、本願補正発明と引用発明とは、
「一方向に配列されたノズルと、
前記ノズルから液滴を吐出する、前記ノズルの個々に対応して形成された吐出手段と、
前記吐出手段の個々に対応して形成された個別流路と、
前記吐出手段を挟むようにして個別流路の両端に形成された、複数の個別流路に共通の共通流路と、
一方の共通流路から他方の共通流路に向かって、前記個別流路に、吐出液体の流れを形成する液体流形成手段とを有する液滴吐出装置。」の点で一致し、次の点で相違する。

相違点1:
前記液体流形成手段が、一方の共通流路から他方の共通流路に向かって、前記個別流路に、吐出液体の流れを形成することを、本願補正発明においては、「吐出手段によって、液滴をノズルから吐出する際」に行うのに対して、引用発明においては、そのような際に行っていない点。

相違点2:
前記液体流形成手段が、一方の共通流路から他方の共通流路に向かって、個別流路に形成する吐出液体の流れの流速が、本願補正発明では「0.8m/s?4.0m/s」であるのに対して、引用発明では不明である点。

4 判断
上記相違点1及び2について検討する。
(1)相違点1について
引用発明の「吐出手段(液滴を吐出させるエネルギー発生手段)」は「熱発生素子」の応用も可能であるところ、「インクジェットヘッド等の液体吐出ヘッドの液体吐出口から液体を吐出させるエネルギー発生手段として発熱抵抗体等の熱発生素子を用いたのものにおいて、熱発生素子の熱エネルギーによって気泡を発生し液滴を吐出させた後、大部分の気泡が消滅する中、細かな気泡が残っているうちに前記熱発生素子を次に発熱させて新たな気泡を発生させると、その残留気泡が新たな気泡と合体することにより大きな気泡を形成して気泡の大きさにバラツキが生じたりして、液滴の吐出量が不均一になるという欠点」及び「熱発生素子の駆動状態にかかわらず、熱発生素子を駆動して発熱させて液滴を吐出させる液吐出動作中も、液体の流れを形成して熱発生素子と液体吐出口との間の領域から残留気泡を速やかに排除し、次に前記熱発生素子を発熱させて新たな気泡を発生させた際、新たな気泡と残留気泡が合体することにより大きな気泡を形成したりすることをなくして上記欠点を解決すること」は、本願出願前周知である(例.特開2001-310467号公報(段落【0006】、【0029】及び【0030】参照。)、特開平9-66605号公報(段落【0180】?【0182】、【0282】?【0289】参照。))から、引用発明において、上記周知技術とともに、「吐出手段(液滴を吐出させるエネルギー発生手段)」として「熱発生素子」を採用して、吐出手段(熱発生素子)によって、液滴をノズルから吐出する際、一方の共通流路から他方の共通流路に向かって、個別流路に、吐出液体の流れを形成して、ヘッド内で発生した気泡の排出を速やか行い、吐出手段(熱発生素子)の次の発熱を速やかに行っても新たな気泡と残留気泡が合体することにより大きな気泡を形成したりすることのない液滴吐出装置となすことは、上記周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものである。
(2)相違点2について
上記(1)の周知技術において、形成する液体の流れの流速は、熱発生素子を発熱させて気泡を発生させてから、熱発生素子を次に発熱させるまでの時間間隔に応じて、当業者が適宜決定する設計上の事項であるというべきところ、上記相違点2に係る「0.8m/s?4.0m/s」という流速の範囲は、上記特開平9-66605号公報に記載されている事項から把握できる流速の一例の範囲である「2.625m/s?4.375m/s(「通常十数μsec?数十μsec程度を要する」(段落【0180】参照。)と記載されている発泡から消泡までの時間の間に、発生した泡を、その流れの方向の寸法であることが明らかな105μm(段落【0116】参照。)の長さの発熱抵抗体上からちょうど外へ移動させる(段落【0181参照。】)程度の流速の範囲は、泡が発熱抵抗体の中央で発生するとすると、[[105μm÷2]÷十数μsec]?[[105μm÷2]÷数十μsec]である。ここで、仮に十数を12と、数十を20とすると、上記範囲のとおりとなる。)」からみても、設計上の事項以上のものとは認められない。
よって、引用発明において上記相違点2に係る本願補正発明の構成となすことは、引用発明に上記(1)の周知技術を採用する際に、当業者が適宜決定することができた設計上の事項にすぎない。
(3)本願補正発明の奏する効果は、引用発明の奏する効果及び上記(1)の周知技術の奏する効果から当業者が予測することができた程度のものである。
なお、請求人は請求の理由(平成19年1月24日付けで補正されたもの)の「3.(a)(ハ)」において、「本願発明は…液滴吐出後のリフィルを迅速に行うことができ…」と効果を主張しているが、引用発明は第1インク連通路中に前記圧力発生手段を配設して第1共通液室側のインク圧を上昇させることにより、前記第1共通液室に第1インク供給口を介してインクを供給するようにしているから、上記(1)のとおり、上記(1)の周知技術に基づいて、吐出手段(熱発生素子)によって、液滴をノズルから吐出する際、一方の共通流路から他方の共通流路に向かって、個別流路に、吐出液体の流れを形成して、ヘッド内で発生した気泡の排出を速やか行い、吐出手段(熱発生素子)の次の発熱を速やかに行っても新たな気泡と残留気泡が合体することにより大きな気泡を形成したりすることのない液滴吐出装置となせば、上昇した第1共通液室側のインク圧によって、液滴吐出後のリフィルが迅速に行われることは明らかであり、また、発泡した泡がたとえ消泡せずに残ったとしても、上記(1)の周知技術と同様に、吐出手段(熱発生素子)を駆動して発熱させて液滴を吐出させる液吐出動作中も、液体の流れを形成して熱発生素子と液体吐出口との間の領域から残留気泡が速やかに排除されるのであるから、吐出手段(熱発生素子)の上には新しい吐出液体が速やかに供給(リフィル)されることになる。したがって、請求人が主張する上記効果も、引用発明の奏する効果及び上記(1)の周知技術の奏する効果から当業者が予測することができた程度のものである。
(4)したがって、本願補正発明は、引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって、本願補正発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

5 小括
上記4のとおり、本願補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、上記1(1)アの補正後の請求項1に係る補正内容は、旧特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものである。
よって、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、平成17年11月14日付けの手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項によって特定されるものであるところ、請求項2に係る発明(以下「本願発明」という。)は、上記「第2〔理由〕1(1)ア」で、本件補正前の請求項2として記載したとおりのものである。

2 引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例及びその記載事項は、前記「第2〔理由〕2」に記載したとおりである。

3.対比・判断
本願発明は、前記第2で検討した本願補正発明から、その発明特定事項である「前記吐出手段によって、前記液滴をノズルから吐出する際に、」から「前記吐出手段によって、」との限定を省き、同じく発明特定事項である「個別流路における吐出液体の流れ」の流速の範囲である「0.8m/s?4.0m/s」から、その流速の範囲の上限「4.0m/s」の限定を省いたものに相当する。
そうすると、本願発明の構成要件をすべて含み、さらに減縮したものに相当する本願補正発明が、前記「第2〔理由〕4」に記載したとおり、引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も同様の理由により、引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-07-08 
結審通知日 2009-07-14 
審決日 2009-07-27 
出願番号 特願2002-78636(P2002-78636)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B41J)
P 1 8・ 575- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大仲 雅人  
特許庁審判長 小牧 修
特許庁審判官 長島 和子
藏田 敦之
発明の名称 液滴吐出装置およびインクジェット記録ヘッド  
代理人 三和 晴子  
代理人 渡辺 望稔  

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