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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16H
管理番号 1209712
審判番号 不服2008-13184  
総通号数 122 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-02-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-05-23 
確定日 2010-01-07 
事件の表示 特願2001-390120「油圧機械式伝動装置」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 8月14日出願公開、特開2002-227965〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
1.手続の経緯

本願は、平成13年12月21日(パリ条約による優先権主張 2000年12月21日,(US)アメリカ合衆国)の特許出願であって、平成20年2月18日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成20年5月23日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

2.本願発明

本願の請求項1ないし4に係る発明は、平成19年9月3日付けの手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】(1)プラネタリギヤ部を有するハウジングと、
(2)プラネタリギヤ部に動力を入力する手段と、
(3)プラネタリギヤ部に結合されている単一のクラッチであって、別のクラッチを使用せずに、可変容量モードまたは固定容量モードでプラネタリギヤ部から動力出力を供給するためのものである単一のクラッチを備えているプラネタリギヤ部を動作する手段とを備えた油圧機械式伝動装置。」

3.引用刊行物とその記載事項

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物及びその記載事項は次のとおりである。

刊行物1:特開平9-242845号公報

(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、バス、トラック、各種建設機械、もしくは、各種産業機械等に用いられる無段変速機に関し、特に、ハイドロメカニカルトランスミッション(Hydro Mechanical Transmission ;以下、「HMT」という)といわれる無段変速機に関する。このHMTは、流体の静圧エネルギーを利用するハイドロスタティックトランスミッション(Hydro Static Transmission ;以下、「HST」という)と、メカニカルトランスミッション(以下、「MT」という)とを、遊星機構等を介して組み合わせることにより、無段階で連続した変速を行うようにしたものである。」

(イ)「【0030】<第1実施形態>図4及び図5は本発明の第1実施形態に係る無段変速機であるHMTを示し、同図中、1は動力源としてのエンジン(図示省略)に接続されてエンジンからの一定回転数の回転が入力される入力軸(1)、2は最終減速機(図示省略)を経て駆動輪(図示省略)等に接続される出力軸、3は上記入力軸(1)と出力軸(2)との間に介装された機械式トランスミッションとしてのMTである。また、4は上記入力軸(1)、MT(3)、及び、出力軸(2)に対し並列に配設された静液圧式トランスミッションとしてのHSTであって、このHST(4)は可変斜板(51)を有する入力側の液圧ポンプ(5)と、最大斜板角度に固定された斜板(61)を有する出力側の液圧モータ(6)とを備えている。さらに、10は上記入力軸(1)の回転数を減速してMT(3)の入力側に伝達する減速機構(21)としての第3遊星歯車機構、12,13はこの第3遊星歯車機構(10)による減速機能を作動状態にする第2,第3クラッチ機構、14は上記第3遊星歯車機構(10)による減速機能をバイパスして非作動状態にする第4クラッチ機構であり、第2,第3及び第4クラッチ機構(12,13,14)によって上記第3遊星歯車機構(10)による減速機能を作動状態と非作動状態とに切換える作動切換機構(22)が構成されている。そして、上記減速機構(21)と作動切換機構(22)とによって入力回転数切換機構(20)が構成されている。加えて、19は増減変更制御手段(18)及びクラッチ作動制御手段(17)を備えたコントローラである。」

(ウ)「【0031】(MT及び入力回転数切換機構の構成)上記MT(3)は、第1遊星歯車機構(7)と、第2遊星歯車機構(8)と、中間軸(9)と、第1?第3の3つのクラッチ機構(11,12,13)とを備えたものであり、このMT(3)の入力側に上記第3遊星歯車機構(10)と第4クラッチ機構(14)とが付設されている。以下、各機構(7,8,10,11,12,13,14)について詳細に説明する。
【0032】上記第1遊星歯車機構(7)は、第1太陽歯車(71)と、この第1太陽歯車(71)と噛み合う第1遊星歯車(72)と、この第1遊星歯車(72)と噛み合う第1内歯歯車(73)と、上記第1遊星歯車(72)を保持する第1キャリア(74)とを備えている。また、上記第2遊星歯車機構(8)は、上記中間軸(9)に形成された第2太陽歯車(81)と、この第2太陽歯車(81)と噛み合う第2遊星歯車(82)と、この第2遊星歯車(82)と噛み合う第1内歯歯車(83)と、上記第2遊星歯車(82)を保持する第2キャリア(84)とを備えている。」
【0033】そして、上記第1太陽歯車(71)は、出力軸(2)に対し相対回転可能に外挿された環状の接続軸(75)を介して歯車(76)と一体的に形成されており、この歯車(76)と、後述の歯車(66)とを介して上記液圧モータ(6)と接続されている。また、上記第1キャリア(74)は管状部材(77)に取付けられており、この管状部材(77)の内周面には上記第2内歯車(83)が形成され、これにより、第1遊星歯車(72)と第2内歯歯車(83)とが互いに同期して回転するようになっている。さらに、上記第1内歯歯車(73)は鍔状部材(78)の外周側に形成され、この鍔状部材(78)には上記第2キャリア(84)が取付けられている。この鍔状部材(78)は上記出力軸(2)に一体的に取付けられており、これにより、上記第2遊星歯車(82)は上記第1内歯歯車(73)と同期して回転し、かつ、上記第1内歯歯車(73)及び第2遊星歯車(82)が出力軸(2)と結合されるようになっている。
【0034】上記第1クラッチ機構(11)は、複数のクラッチプレート(111)と、この各クラッチプレート(111)を間に挟む複数のプレッシャープレート(112)とを備えている。各プレッシャープレート(112)は本HMTのケーシング(110)(図5にのみ示す)である非回転部(100)に相対回転が阻止された状態で固定されており、これにより、上記第1クラッチ機構(11)は接続状態にすることによりブレーキ力を付与するようになっている。上記各クラッチプレート(111)は上記管状部材(77)の周囲に取付けられており、これにより、上記第1クラッチ機構(11)は、第1遊星歯車(72)と第2内歯歯車(83)とを上記非回転部(100)に対し断続切換可能に連結するようになっている。」

(エ)「【0046】(コントローラによるMT及びHSTの運転制御)MT(3)とHST(4)とは変速比に応じて区分された4つの運転モード、すなわち、発進から低変速比域(低速域)の第1モードと、中低変速比域(中低速域)の第2モードと、中高変速比域(中高速域)の第3モードと、高変速比域(高速域)の第4モードとの4つの運転モードに分けて作動制御されるようになっている。」

(オ)「【0047】以下、上記MT(3)における各運転モードにおける第1?第4クラッチ機構(11?14)のクラッチ制御手段(17)による断続切換制御を図9を基本にしつつ図10?図13を参照しながら説明する。」

(カ)「【0048】上記第1モードでは、第1クラッチ機構(11)のみが接続状態にされ、これにより、入力軸(1)からの回転入力は、図10に太線の経路で示すように、HST(4)側にのみ入力軸回転数Niが伝達され、出力軸(2)はHST(4)からの伝達力のみによって回転されることになる。一方、MT(3)においては、第2及び第3クラッチ機構(12,13)が遮断状態にされて筒状部材(123)が空転状態にされる一方、第1遊星歯車(72)が一体に取付けられた管状部材(77)が第1クラッチ機構(11)により非回転部(100)と連結されて非回転状態に固定されることになる。」

(キ)「【0049】上記第2モードでは、第2クラッチ機構(12)のみが接続状態にされ、これにより、入力軸(1)からの回転入力は、図11に太線の経路で示すように、HST(4)に対し入力軸回転数Niが伝達される一方、第2太陽歯車(81)に対し第3遊星歯車機構(10),第2クラッチ機構(12)及び中間軸(9)を介して減速回転数Nirが伝達される。そして、出力軸(2)は第2遊星歯車機構(8)を介した中間軸(9)からの伝達力と、第1遊星歯車機構(7)を介したHST(4)からの伝達力との合成回転力によって回転される。」

(ク)「【0050】また、上記第3モードでは、第3クラッチ機構(13)のみが接続状態にされ、これにより、入力軸(1)からの回転入力は、図12に太線の経路で示すように、HST(4)に対し入力軸回転数Niが伝達される一方、管状部材(77)に対し第3遊星歯車機構(10)及び第3クラッチ機構(13)を介して減速回転数Nirが伝達される。そして、出力軸(2)は第1遊星歯車機構(7)の第1遊星歯車(72)を介した管状部材(77)からの伝達力と、上記第1遊星歯車機構(7)の第1太陽歯車(71)を介したHST(4)からの伝達力との合成回転力によって回転される。」

(ケ)「【0051】さらに、上記第4モードでは、第4クラッチ機構(14)のみが接続状態にされ、これにより、入力軸(1)からの回転入力は、図13に太線の経路で示すように、HST(4)に対し入力軸回転数Niが伝達される一方、第2太陽歯車(81)に対し第4クラッチ機構(14)及び中間軸(9)を介して入力軸回転数Niがそのまま伝達される。そして、出力軸(2)は第2遊星遊星歯車機構(8)の第2太陽歯車(81)からの伝達力と、第1遊星歯車機構(7)の第1太陽歯車(71)を介したHST(4)からの伝達力との合成回転力によって回転される。」

上記刊行物1のハイドロメカニカルトランスミッション(HMT)は、MT(3)とHST(4)とは変速比に応じて区分された4つの運転モード、すなわち、発進から低変速比域(低速域)の第1モードと、中低変速比域(中低速域)の第2モードと、中高変速比域(中高速域)の第3モードと、高変速比域(高速域)の第4モードとの4つの運転モードに分けて作動制御されるものである(上記記載事項(エ))。そして、上記第1モードでは、第1クラッチ機構(11)のみが接続状態にされ(上記記載事項(カ))、上記第2モードでは、第2クラッチ機構(12)のみが接続状態にされ(上記記載事項(キ))、上記第3モードでは、第3クラッチ機構(13)のみが接続状態にされ(上記記載事項(ク))、上記第4モードでは、第4クラッチ機構(14)のみが接続状態にされる(上記記載事項(ケ))。すなわち、第1?4の各モードは、第1?4のクラッチ機構(11)?(14)のうちから、1つのクラッチを選択的に接続することにより伝達力が伝達されており、第1?4のクラッチ機構(11)?(14)は、それぞれ、他のクラッチの有無にかかわらず、かつ、別のクラッチを使用せずに、独立して上記各モードの伝達力を伝達することができるようになっていることから、各モードは、その構成上、独立して個別に利用可能なものである。
そうすると、上記記載事項(ア)?(ケ)及び図面(特に、図5,図9?図13)の記載からみて、上記刊行物1には次の発明(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されているものと認められる。

「第1,第2遊星歯車機構(7)(8)を有するケーシング(110)と、第1,第2遊星歯車機構(7)(8)に回転入力を伝達する入力軸(1)と、第1,第2遊星歯車機構(7)(8)に結合されている第1?4のクラッチ機構(11)?(14)であって、第1?4のクラッチ機構(11)?(14)のうちから、1つのクラッチを選択的に接続することにより、発進から低変速比域(低速域)の第1モードと、中低変速比域(中低速域)の第2モードと、中高変速比域(中高速域)の第3モードと、高変速比域(高速域)の第4モードとの4つの運転モードに分けて作動制御される、ハイドロメカニカルトランスミッション(HMT)。」

4.対比・判断

(1)一致点
本願発明と刊行物1発明とを対比する。
刊行物1発明における「第1,第2遊星歯車機構(7)(8)」は、「第1キャリア(74)は管状部材(77)に取付けられており、この管状部材(77)の内周面には上記第2内歯車(83)が形成され」(上記記載事項(ウ)の段落【0033】)ているものであるから、入力軸(1)からの回転入力を相互に関連して出力軸(2)に伝達する遊星歯車機構ということができる。したがって、刊行物1発明の「第1,第2遊星歯車機構(7)(8)」は、その機能からみて本願発明の「プラネタリギヤ部」に相当するものである。
刊行物1発明の「ケーシング(110)」は、本願発明の「ハウジング」に相当し、刊行物1発明の「第1,第2遊星歯車機構(7)(8)に回転入力を伝達する入力軸(1)」は、その機能からみて、本願発明の「プラネタリギヤ部に動力を入力する手段」に相当するものである。
刊行物1発明の「第1,第2遊星歯車機構(7)(8)に結合されている第1?4のクラッチ機構(11)?(14)」は、単一であるかどうかは別にして、少なくとも「プラネタリギヤ部に結合されているクラッチ」である点において、本願発明の「プラネタリギヤ部に結合されている(単一の)クラッチ」と共通するものである。
刊行物1発明の「第1?4のクラッチ機構(11)?(14)のうちから、1つのクラッチを選択的に接続することにより、発進から低変速比域(低速域)の第1モードと、中低変速比域(中低速域)の第2モードと、中高変速比域(中高速域)の第3モードと、高変速比域(高速域)の第4モードとの4つの運転モードに分けて作動制御される」構成における第1モードは、第1クラッチ機構(11)のみが接続状態にされ、これにより、入力軸(1)からの回転入力は、図10に太線の経路で示すように、HST(4)側にのみ伝達されて出力軸(2)に伝達力を伝える(上記記載事項(カ))ことから、本願発明の「固定容量モード」に相当し、同第2?第4モードは、各モードに対応して、それぞれ第2、第3、第4クラッチ機構(12)、(13)、(14)のみが個別に接続状態にされ、これにより、入力軸(1)からの回転入力は、図11、図12、図13にそれぞれ太線の経路で示すように、MT(3)側と、HST(4)側の双方に伝達されて、出力軸(2)には両者の合成回転力を伝える(上記記載事項(キ)?(ケ))ことから、第2、第3、及び第4のいずれのモードも、本願発明の「可変容量モード」に相当するということができる。
刊行物1発明の「ハイドロメカニカルトランスミッション(HMT)」は、具体的構成の相違を後述の「相違点の判断」において検討することとすると、ひとまず、本願発明の「油圧機械式伝動装置」に相当する。

したがって、両者は、本願発明の表記にならえば、
「プラネタリギヤ部を有するハウジングと、プラネタリギヤ部に動力を入力する手段と、プラネタリギヤ部に結合されているクラッチであって、可変容量モードまたは固定容量モードでプラネタリギヤ部から動力出力を供給するためのものであるクラッチを備えているプラネタリギヤ部を動作する手段とを備えた油圧機械式伝動装置。」である点において一致している。

(2)相違点
一方、両者の相違点は、以下のとおりである。
[相違点1]
本願発明は、プラネタリギヤ部に結合されている「単一の」クラッチであって、「別のクラッチを使用せずに」、可変容量モードまたは固定容量モードでプラネタリギヤ部から動力出力を供給するためのものである「単一の」クラッチを備えているプラネタリギヤ部を動作する手段を備えたのに対し、刊行物1発明は、「第1,第2遊星歯車機構(7)(8)に結合されている第1?4のクラッチ機構(11)?(14)であって、第1?4のクラッチ機構(11)?(14)のうちから、1つのクラッチを選択的に接続することにより、発進から低変速比域(低速域)の第1モードと、中低変速比域(中低速域)の第2モードと、中高変速比域(中高速域)の第3モードと、高変速比域(高速域)の第4モードとの4つの運転モードに分けて作動制御される」ものである点。

(3)相違点の判断
まず、刊行物1発明は、プラネタリギヤ部に結合されている4つのクラッチのうちから、1つのクラッチのみを選択的に接続することにより、固定容量モードである第1モードと、可変容量モードである第2?第4モードの運転モードを作動制御できるものであるが、上記4つのクラッチ(第1?4のクラッチ機構(11)?(14))は、それぞれ、他のクラッチの有無にかかわらず、かつ、「別のクラッチを使用せずに」、独立して上記各モードの伝達力を伝達することができるようになっている。そして、上記第1?第4の4つのモードの中から、1つの固定容量モードと1つの可変容量モードを択一的に作動させるためには、上記第1モードを確立する第1クラッチ機構(11)と、上記第2?第4モードを確立する第2?第4クラッチ機構(12)?(14)の何れか1つのクラッチ機構を作動させればよい。すなわち、刊行物1発明において、可変容量モードまたは固定容量モードでプラネタリギヤ部から動力出力を供給することは、そのためのクラッチが「単一の」クラッチによるか否かを別にすると、固定容量モードである第1モードと、可変容量モードである第2?第4のモードの中から、上記第1と上記第2モード、上記第1モードと上記第3モード、または上記第1モードと上記第4モード、の何れかの動力出力状態の組合せを単に選択することにほかならないことに照らせば、当業者が、刊行物1発明の上記第1?第4のモードの中から伝動装置の用途や負荷条件などを考慮して、本願発明における上記組合せのような2つのモードを適宜選択すること、すなわち可変容量モードまたは固定容量モードでプラネタリギヤ部から動力出力を供給するようにすることに、何らかの困難を要するとは認められない。ただし、刊行物1発明においては、可変容量モードまたは固定容量モードを選択して切り換えるためには、各モード毎に1つのクラッチを使用する必要があることから、固定容量モードを確立するクラッチが1つと、可変容量モードを確立するクラッチが1つ、の合計2つのクラッチが必要である。

そこで、本願発明は、「別のクラッチを使用せずに」プラネタリギヤ部に結合されている「単一の」クラッチによって、可変容量モードまたは固定容量モードでプラネタリギヤ部から動力出力を供給するものである点について検討をすすめると、上記「単一の」クラッチがどのような構成によって上記2つのモードを切り換えているのか、本願の特許請求の範囲の請求項1の記載からはその構成を明確に把握できないから、本願の発明の詳細な説明を参酌すると、次のような記載がある。

(A)『【0012】可変容量モードから固定容量モードへの切り換えは、機械式、油圧式または電磁式で駆動される滑りクラッチまたは摩擦クラッチにより行われる。滑りクラッチ、すなわち、確実に噛合する種類のクラッチの場合には、クラッチ位置を変更する前に、車両を停止させる必要がある。
【0013】オペレータにより、または油圧機械式伝動装置のための電子式制御装置により、自動的に、クラッチを駆動させることができる。また、クラッチを中立位置へ移動させて、(エンジンから)入力される動力を、油圧機械式伝動装置に伝動しないようにすることもできる。』
(B)『【0028】図1?図3に示す機械的入力部(30)を、ギヤ、チェーンまたはベルトにより構成することができる。クラッチまたはシフト機構(31)により、動作モードが設定される。図1?図3に示すクラッチ(31)は、中立位置にある。図1において、クラッチ(31)を左側に移動させると固定容量モードとなり、右側に移動させると可変容量モードとなる。
【0029】中立位置では、プラネタリ部材の1つが非噛合状態(回転自在)となり、トルクが発生しないので、車両は中立位置となる。
【0030】図1及び図2において、クラッチ(31)は、リングギヤを、機械的入力部(可変容量モード)または接地(ロック)部(固定容量モード)のいずれかと選択的に係合させる。
【0031】図3では、クラッチ(31)は、リングギヤ(20)の代わりに、サンギヤ(26)を選択的に係合させる。』
(C)『【0035】図2において、クラッチ(31)が右側に位置し、プラネタリギヤ(25A)を介して、キャリヤ(22)及び機械的出力部に連結される時には、機械的入力部(30)は、出力ギヤ(24)(24A)及びリングギヤ(20)と連結される。』

上記(A)?(C)の記載及び図1?3からみて、上記クラッチ(31)は、中立位置から左側に移動させるとプラネタリ部材の1つが接地(ロック)部に係合されて固定容量モードとなり、中立位置から右側に移動させると機械的入力部(30)がプラネタリ部材の1つに係合されて可変容量モードとなる機能を有する(上記記載事項(B)の段落【0028】及び上記記載事項(C)の段落【0035】)ものであることが理解できる。すなわち、上記固定容量モードで動力を出力する場合、クラッチを上記中立位置から単に左側に移動させるだけでなく、プラネタリ部材の1つ(例えば、「リングギヤ(20)」)をクラッチの係合によって固定(例えば、「ハウジング」に固定(上記(B)段落【0030】では「接地(ロック)」と表記している。))しない限り、プラネタリギヤ部が空転して固定容量モードは実現できないことから、結局、上記クラッチを上記中立位置から左側に移動させた場合にもクラッチとしての係合を行っているにほかならない。したがって、上記クラッチは、「機械式、油圧式または電磁式で駆動される滑りクラッチまたは摩擦クラッチ」(上記(A)の段落【0012】)など、クラッチの型式が例示されているだけで具体的構成は特定されていないものの、その機能からみると、中立位置から、左に移動してプラネタリ部材の1つをハウジング等に係合固定して固定容量モードを実現し、右に移動して機械的入力部(30)をプラネタリ部材の1つに係合連結して可変容量モードを実現するものと解さない限り、本願発明の所期の作用を奏し得ない。
そうだとすると、上記クラッチは、ドグクラッチなどに代表される周知の切換クラッチの機能を伝達力の経路の切換に用いて固定容量モードと可変容量モードを切り換えたものにすぎなく、上記のような切換クラッチを「単一」のものと称するか否かは別として、刊行物1発明の固定容量モードと可変容量モードを切り換えて択一的に作動させるクラッチをどのような型式のものとするかは、伝動装置の構成、配置、制御手段(油圧か、電動か、手動か)などに応じて、当業者が適宜実施できる設計的事項であるというべきところ、伝動装置の複数の動力出力を切換クラッチを用いて切り換えることは周知事項(例えば、特開平10-291430号公報の図2に記載された切換手段10は、単一のクラッチであって、中立位置から左右に移動させて動力出力の切り換えをするものであり、左側に係合連結すると「発進アシスト」として機能し、右側に係合固定すると「旋回アシスト」として機能する。また、特開平8-240255号公報の図1,図2の「3位置制御装置(KS1,KS2)」は、それぞれ単一のクラッチであって、中立位置から左右に移動させて第1のクラッチ対(K1,K3)または第2のクラッチ対(K2,K4)のいずれか1つのクラッチに切り換えて係合連結することによって該K1?K4に対応した変速段を実現するものである。)である以上、別々に配置した2つのクラッチを切り換えて固定容量モードと可変容量モードを切り換えて択一的に作動させることができる刊行物1発明について、上記周知事項に例示した単一のクラッチを適用して上記相違点1に係る本願発明の構成とすることは、当業者が上記設計的事項の範ちゅうにおいて容易に想到できたものといわざるを得ない。

さらに、本願発明が奏する効果についてみても、本願の発明の詳細な説明に記載された効果は、いずれも油圧機械式伝動装置における固定容量モードと可変容量モードを上記周知事項に例示した単一のクラッチによって切り換えて作動させたことに付随する一般的な効果にすぎなく、本願発明において刊行物1発明及び上記周知事項から当業者が予測できないような効果があるものとは認められない。

なお、審判請求人は、平成20年5月23日付けの審判請求書において、「(2)クラッチは動力伝達機構の入口にある回転部品で、ギヤシステム内で、他の回転部品を契合-解除するものである。クラッチに対する適当な日本語はないが、敢えて言えば「断続器」である。本願発明において、ギヤシステム内で、他の回転部品を契合-解除する単一の部品はクラッチ31である。クラッチ31は、第1位置では、第1ギヤ要素を契合して、固定容量モードで動力伝達を行う。次いで、クラッチがギヤから離脱することにより、第1ギヤ要素を解除するが、この際、クラッチはギヤ要素に契合していないで、システムは中立位置にある。最後に、くらっち31は、第2ギヤと契合して、可変容量モードで動力伝達を行う。然しながら、本願発明では、クラッチ31は、単一の回転要素で、他の要素と契合-解除を行うものである。本願のギヤシステムは、固定容量モード及び可変容量モードの両方のモードで、付加的な他のクラッチを必要とせずに駆動することができることを最大の特徴とし、それが従来技術との相違を明確にする改良点である。この特徴により、ギヤシステム内のクラッチと部品の数を減らし、従来技術を凌駕する動力伝達を簡素化することができたものである。」(【本願発明が特許されるべき理由】9-1.(2)の項を参照)、
「(2)本願発明で使用するクラッチは、左右の両方向で契合するクラッチではなく、プラネタリギヤ部に結合されている単一のクラッチであって、別のクラッチを使用せずに、可変容量モードまたは固定容量モードでプラネタリギヤ部から動力出力を供給するためのものである単一のクラッチである。
しがたって、拒絶査定謄本に記載された審査官殿の第2の見解は誤りである。」(【本願発明が特許されるべき理由】9-2.(2)の項を参照)、などと、本願発明は特許されるべき旨を主張している。

確かに、本願発明のクラッチが、ドグクラッチなどに代表される上記周知事項に例示したような切換クラッチであるとすると「単一」ということもできるが、その機能は、上記に説示したとおり、中立位置から、左に移動してプラネタリ部材の1つをハウジング等に係合固定して固定容量モードを実現し、右に移動して機械的入力部(30)をプラネタリ部材の1つに係合連結して可変容量モードを実現するものである以上、本願発明の「単一」のクラッチは、一般にいわれるような「1つ」の伝達力を係合、離脱することができるクラッチではなく、「2つ」の伝達力を切り換えて用いる(ハウジングなどに回転不能に係合固定することを含む。)型式のクラッチであるものと解される。そうすると、刊行物1発明において、上記周知事項に例示したような切換クラッチを適用して2つの動力出力のモードを伝達する機能を実現することは当業者が容易に想到できることであることは、上記に説示したとおりであり、上記切換クラッチの適用を困難とするような構成は本願発明に特定されていないばかりか、上記適用が困難であることを伺わせる事情も見あたらない。
さらに、ギヤシステム内の部品の数を減らすようなことは、伝動装置一般に存在する普遍的な課題であるところ、当該伝動装置に用いるクラッチは、上述のとおり、伝動装置の構成、配置、制御手段などに応じて当業者が最適なものを選択するのであって、伝動装置に求められる条件が、2つのモード、例えば、可変容量モードまたは固定容量モード、を切り換えるのみであれば、上記周知事項に例示したような単一のクラッチを採用することも当然考慮される動機付けがあるということができる。
よって、審判請求人の主張は採用できない。

5.むすび

以上のとおり、本願発明、すなわち、本願の請求項1に係る発明は、刊行物1に記載された発明及び上記周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2ないし請求項4に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。



 
審理終結日 2009-07-30 
結審通知日 2009-08-04 
審決日 2009-08-18 
出願番号 特願2001-390120(P2001-390120)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 北村 亮  
特許庁審判長 川上 益喜
特許庁審判官 山岸 利治
岩谷 一臣
発明の名称 油圧機械式伝動装置  
代理人 竹沢 荘一  
代理人 森 浩之  
代理人 中馬 典嗣  

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