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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G01N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G01N
管理番号 1212051
審判番号 不服2007-33677  
総通号数 124 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-04-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-12-13 
確定日 2010-02-18 
事件の表示 特願2002-378975「水素化物導入法による形態別分析試料前処理方法及び装置」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 7月29日出願公開,特開2004-212075〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成14年12月27日の特許出願であって,平成19年10月31日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成19年12月13日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに,同日付けで手続補正(以下,「本件補正」という。)がなされたものである。

第2 本件補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。
[理由]
1 補正後の請求項1に係る発明
本件補正により,補正前の特許請求の範囲(平成19年10月1日付けで補正されたもの。以下,同様。)の請求項1は,次のとおりに補正された。(下線は補正箇所を示す。)
「【請求項1】
試料溶液が供給される試料用配管、試薬が供給される試薬用配管、キャリアガスが供給されるキャリアガス配管及び生成した揮発性水素化物を前記キャリアガスとともに取り出す生成ガス配管が少なくとも接続された反応槽と、前記試料用配管に接続され、所定量の試料溶液を量り取って前記反応槽に供給するサンプリング機構と、
前記試薬用配管に接続され、所定量の試薬を前記反応槽に供給する試薬供給機構と、
前記キャリアガス配管に接続され、前記反応槽にキャリアガスを供給するキャリアガス供給機構と、
前記生成ガス配管に接続され、キャリアガスとともに送り出されてきた前記水素化物を冷却して捕集するとともに、その捕集用の冷却温度から捕集した水素化物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度の間で温度を変化させるための、冷媒に浸した第1の位置と、冷媒から引き上げた位置第2の位置とに切り換える手段を備えた冷却トラップと、
制御装置とを備え、
前記制御装置は以下のステップ(A)から(D)により試料の前処理を行なわせるとともに、前記冷却トラップの乾燥を促進するために前記キャリアガス供給機構を制御して前記冷却トラップの使用前から使用中にわたって常にキャリアガスを前記冷却トラップへ流すように制御するものである試料前処理装置。
(A)前記サンプリング機構を制御して所定量の試料溶液を量り取り、前記反応槽内に導入するステップ、
(B)前記試薬供給機構を制御して所定量の水素化用反応試薬を前記反応槽内に供給するステップ、
(C)前記冷却トラップを前記第1の位置に移動し、前記反応槽内で試料溶液と水素化用反応試薬とが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき、前記反応槽での反応により発生した揮発性水素化物を前記キャリアガス供給機構からのキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する捕集ステップ、及び
(D)前記捕集ステップの後、前記冷却トラップを前記第2の位置に移動し、前記冷却トラップの温度を上げていくことにより、捕集されていた水素化物を低沸点の形態のものから順次脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」
なお,上記記載のステップ(C)の末尾は「・・・捕集する捕集捕集ステップ」と記載されていたが,「・・・捕集する捕集ステップ」の誤記と認められるので,上記のとおり認定した。

上記補正は,補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「その捕集用の冷却温度から捕集した水素化物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度の間で温度を変化させることのできる冷却トラップ」を「その捕集用の冷却温度から捕集した水素化物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度の間で温度を変化させるための、冷媒に浸した第1の位置と、冷媒から引き上げた位置第2の位置とに切り換える手段を備えた冷却トラップ」と限定し,それに伴い,同「(C)前記反応槽内で試料溶液と水素化用反応試薬とが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき、前記反応槽での反応により発生した揮発性水素化物を前記キャリアガス供給機構からのキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する捕集ステップ」を「(C)前記冷却トラップを前記第1の位置に移動し、前記反応槽内で試料溶液と水素化用反応試薬とが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき、前記反応槽での反応により発生した揮発性水素化物を前記キャリアガス供給機構からのキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する捕集ステップ」と,さらに,同「(D)前記捕集ステップの後、前記冷却トラップの温度を上げていくことにより、捕集されていた水素化物を低沸点の形態のものから順次脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」を「(D)前記捕集ステップの後、前記冷却トラップを前記第2の位置に移動し、前記冷却トラップの温度を上げていくことにより、捕集されていた水素化物を低沸点の形態のものから順次脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」と限定するものであるから,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前(以下,「平成18年法改正前」という。)の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで,補正後の請求項1に記載された発明(以下,「補正発明」という。)が特許出願の際に独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2 引用刊行物の記載事項

本願出願前に頒布され,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である「川上正,外5名,還元気化-超低温捕集-原子吸光法によるヒ素の形態別分析における基本条件の検討と実試料への適用,日本分析化学会第51年会講演要旨集,社団法人日本分析学会,2002年9月5日,p. 279」(以下,「刊行物1」という。)には,次の事項が記載されている。

(1-ア)
「[緒言]ヒ素は自然環境中に広く分布しており、土壌、海水・淡水、生体試料、食品中などから検出され、特に、海産物の砒素濃度は高値である。また、半導体やガラス産業などにおいては重要な素材として使われている。
ヒ素の存在形態は大別すると無機ヒ素化合物とメチル化ヒ素化合物にあり、その毒性はメチル化ヒ素化合物より無機ヒ素化合物が高い傾向にある。環境水中のヒ素は、その多くが無機ヒ素として存在しているのに対して、食品や生体中のヒ素は無機ヒ素としてだけでなく、メチル化ヒ素化合物としても存在している。ヒ素の毒性はその形態に依存しており、その毒性を評価するためには総砒素だけでなく形態別にモニターすることが求められている。
ヒ素の形態別分析方法のひとつとして、還元気化-超低温捕集-原子吸光法がある。本分析方法では、無機ヒ素と3種類のメチル化ヒ素化合物(モノメチル化ヒ素、ジメチル化ヒ素、トリメチル化ヒ素)の形態別分析が短時間で可能である。本報ではこの方法によるヒ素の形態別分析における基本条件の検討結果と実試料への適用例を報告する。」

(1-イ)
「[実験および結果]試薬添加、試料注入、超低温捕集には島津形態別ヒ素分析前処理装置 ASA-2spを、原子吸光測定には島津原子吸光分光光度計 AA-6800を、データ処理には島津データ処理装置 クロマトパックC-R8Aを用いた。試薬は和光純薬工業(株)製の原子吸光分析用グレードまたは特級グレードのものを用いた。標準液については、無ヒ素は和光純薬工業製(株)の原子吸光分析用のものを用い、メチル化ヒ素は(株)トリケミカル研究所製のものを用いた。
測定に影響を与える要因としては、還元剤である水素化ホウ素ナトリウムの濃度、還元反応液である塩酸の濃度、キャリアガス流量などが考えられる。今回は無機ヒ素と3種類のメチル化ヒ素化合物(モノメチルアルソン酸、ジメチルアルソン酸、トリメチルアルシンオキサイド)の標準液を用いてこれらの要因が信号値にどのような影響を与えるかについて検討を行った。さらに、一定条件下で尿中ヒ素の形態別分析を行い、形態別とトータル量について回収率を評価した。
キャリアガス流量と還元剤の水素化ホウ素ナトリウム濃度は各形態のヒ素の信号値に影響を与えた。還元反応液濃度は今回の実験結果においては有意ではなかった。尿中ヒ素の分析における添加回収率は、各形態別のヒ素では88?102%、総ヒ素では95%だった。」

同じく,本願出願前に頒布され,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物2である特開昭55-013840号公報(以下,「刊行物2」という。)には,「原子吸光分析用試料ガス発生装置」について,図面と共に次の事項が記載されている。

(2-ア)
「本発明は原子吸光分析用試料ガス発生装置に関し、特にひ素、アンチモン、セレン等の元素を還元気化法により原子吸光分析する場合の試料ガス採取を連続的に行えるようにすることを目的とするものである。
ひ素の分析は環境分析の分野で多く行われ、吸光光度法が一般に用いられたが、近年還元気化法による原子吸光分析が盛んになるに伴ない、ひ素分析にも高感度で精度のよいこの方法が研究され、多くの報告がなされるようになった。
還元気化法による、ひ素の吸光分析用のひ化水素発生装置も種々工夫されているが、そのほとんどはバッチシステムであるため連続分析に応用できない不利がある。連続分析は、材料の特性試験に必要であり、特にルーチンワークにはその迅速性が要求されることから本発明者等は種々検討の結果、バッチシステムによらない装置をうることができ、本発明に到達した。」(1頁左下欄下から4行?同頁右下欄下から5行)

(2-イ)
「すなわち、本発明は、試料液注入口と水素化ホウ素ナトリウム(NaBH_(4))溶液注入口を有し、頂部にはキャリアガス送入管と発生ガス送出管を、底部には、排水口を設けた密閉反応容器からなり、反応により発生する試料ガスをキャリアガスにて原子吸光装置へ送出し、試料ガス測定毎にキャリアガス管に通水して該容器内を水洗し、連続分析を行えるようにしたことを特徴とする原子吸光分析用試料ガス発生装置に係るものである。」(1頁右下欄下から4行?2頁左上欄5行)

(2-ウ)
「以下本発明の実施例を第1図に示す原子吸光分析の例として、ひ化水素発生装置について説明する。この装置は反応びん1を主体とし、その側壁には還元試薬注入口2と試料注入口3が設けられている。びん中にはあらかじめ前記注入口2から水素化ホウ素ナトリウム溶液4が注入されている。酸性のひ素試料溶液が前記注入口3から注入され、これと接触すると還元反応が起こり、ひ化水素(AsH_(3))が発生する。発生ガスはキャリアガス管5からびん中に入るキャリアガスによって送出管6から原子吸光分析装置の原子化部(図示していない)へ送出される。
試料1個の測定が終わると、キャリアガス管5の支管7から水を流して、びん中を水洗し、反応溶液を排水口8から系外に排出した後、前記手順をくり返す。」(2頁左上欄6行?同頁右上欄3行)

(2-エ)
「試料、試薬溶液の各注入口に分注器10を接続させ注入量のコントロールを容易にすると共に、溶液などの給排出はポンプを使用して自動化するのがよい。さらに、かくはん効果をあげるため、マグネチックスターラ9を常時回転させる。」(2頁右上欄4?8行)

(2-オ)
「本発明の装置は上記構成であるから、反応容器1個で原子吸光分析装置へ試料ガスを供給し、連続測定ができるので、迅速性が要求されるルーチンワークには最適である。たゞ1個のびんでよいため、作業性がよく、保守管理も容易であること、反応系が一定であるためデータの再現性がよいことなど本発明の装置は従来よりもすぐれた利点を有している。」(2頁右上欄9?16行)

同じく,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である特開平01-170841号公報(以下,「刊行物3」という。)には,「ICP分析装置における水素化物導入装置」について,図面と共に次の事項が記載されている。

(3-ア)
「従来ICP分析において試料を水素化して分析する場合、水素化物発生装置はプラズマトーチと離れていて、長い管で両者を接続しており、かつ途中に水冷部を設けている。水冷部を設けているのは、水素化物発生装置は試料溶液に還元剤を加えて水素化物を発生させるものであるが、水素化物の発生と共に水素も発生し、また温度が上るので水蒸気の蒸発も多く、プラズマトーチに過剰な容積のガスが供給されることになり、そのまゝではプラズマ炎が消えるので、途中で水冷して水蒸気を除くようにしているのである。」(1頁左下欄下から4行?同頁右下欄7行)

(3-イ)
「図は本発明の一実施例を示す。図でTはプラズマトーチで三重管構成であり、一番外側の管aには冷却ガス、中間の管bにはプラズマ炎を形成するガス、中心管lにはキャリヤガスの流れに乗せて試料が供給されるようになっている。Cはプラズマ炎を発生維持する高周波誘導電界を形成するための結合コイルである。Hは水素化物発生器で、2は容器である。プラズマトーチの中心管1の下部はプラズマトーチから突出しており、摺合せ3によって容器2の上部開口4に接続されている。容器2には最下部に排液管5が突設され、排液管5は第1の排液ポンプ6に接続されている。容器2にはもう一つの排液管7が容器下端から挿入されており、この排液管も第2の排液ポンプ8に接続してある。容器2内には試料供給管9を通して試料溶液が供給されると共に、還元剤供給管10を通して還元剤溶液が供給されるようになっている。また11は容器2の側面に設けられたキャリヤガス供給口でキャリヤガスが容器2に供給される。還元剤としてはNaBH_(4)が用いられる。
今第1の排液ポンプ6を停止させておき、容器2内に試料溶液と還元剤溶液を供給すると、両液は混合して、排液管7の上端高さまで液面が上昇し、余った液は排液管7に流入する。そこで第2の排液ポンプ8を動かしておくと、試料溶液および還元剤溶液が供給されている間容器2内の液面は排液管7の上端の高さに保持されている。この状態で容器2の下部に溜まっている溶液では試料の還元反応が行われて試料内で水素化物を生じる元素の水素化物が発生する。またこの反応により水素ガスも発生し、水蒸気も上がって来る。このようにして容器2内に発生した水素化物、水素、水蒸気等の混合ガスは開口11を通して供給されるキャリヤガスと共にプラズマトーチの中心管1を通してプラズマ炎Fの中心部に吹き出し、プラズマ炎の中心にガスの吹抜け孔を形成する。」(2頁右上欄8行?同頁右下欄4行)

同様に,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である登録実用新案第3019157号公報(以下,「刊行物4」という。)には,「水素化物発生装置」について,図面と共に次の事項が記載されている。

(4-ア)
「【0002】
【従来の技術】
従来、この種の水素化物発生装置は冷却水内を通るミキシングコイルの上端に、酸や助剤と混合された試料の入口と、還元剤の入口及びキャリヤーガス供給口を設け、試料と還元剤をキャリヤーガスで搬送しながらこのミキシングコイル内で混合及び反応させ、さらにコンデンサを通して気液分離したのち生成ガス(水素化物)を取り出すようにしていた。
【0003】
【考案が解決しようとする課題】
しかしながら、上記のようなミキシングコイル流下方式では、試料と還元剤との接触が悪く、水素化反応の効率が低くいため満足すべき精度の分析を行うことができなかった。このことは、特に試料等が少量の場合に顕著であった。
【0004】
本考案の目的は、試料と還元剤との接触を良くし、試料や酸、還元剤等が少量の場合でも水素化反応の効率が十分高くなるようにした水素化物発生装置を提供することである。」

(4-イ)
「【0007】
【実施例】
図1は本考案の実施例における反応塔を備えた水素化物発生装置の構成を示す線図である。同図において、1は試料液、2は酸溶液、3は緩衝機能を有する補助液、4A、4B、及び4Cはこれらの液をそれぞれ吸引するためのペリスタルチックポンプ、5はこれらのペリスタルチックポンプの出口から供給される各液を混合するための予混合器、6は予備還元炉、7は切替えコックであって前記予混合器5を出た混合液を選択的に予備還元炉6に供給して後又は直接下流側に導くためのものであり、本考案の反応塔8の試料入口はこの切替えコック7の出口に接続される。
【0008】
反応塔8は直立した筒状反応室9を有し、この内部に例えばガラス製の多孔質筒状体10を嵌入するか、又は直径が、例えば0.5?1mm程度の小粒子を充填し、下端に前記反応室9への調整試料注入口a、還元剤注入口b、及びキャリヤーガス供給口cを設けるとともに、上端に排出口dを設けてなる倒立型バブリング式還元反応塔を構成したものである。
【0009】
還元剤注入口bには、ペリスタルチックポンプ11を介して還元剤12、例えばNaBH_(4)が供給され、キャリヤーガス供給口cにはキャリヤーフローメーター13及びキャリヤーコントロールバルブ14を介してキャリヤーガス、例えばArが供給されるようになっている。
【0010】
反応塔8上端の排出口dは冷却水容器15内に配置されたコイル状の気液分離管16の入口に連絡され、その管15の出口はバッファタンク17の一端接続口に導かれる。
【0011】
バッファタンク17の他端接続口にはペリスタルチックポンプ18及びドレイン容器19を挿入した吸引及びドレインラインが接続される。バッファタンク17の図における中間側壁に設けられた接続口は適当な接続ライン20を介して、例えば、ICPプラズマトーチ21又は原子吸光分析装置における試料原子化部22に接続される。
【0012】
以上の通りに構成された本考案の実施例において、試料1は酸溶液2及び補助液3と予混合されるとともに、予備還元炉6において元素ごとの正確な測定(例えば、3価及び5価砒素の全量の正確な測定)のために予備還元されたのち、反応塔8に供給される。この調整試料は還元剤12及びキャリヤーガス、例えばArとともに同時連続的にこの反応塔に導入され、多孔質筒状体10又は小粒子充填相を通過する。調整試料及び還元剤(液相)は押し上げられながら効果的に混合され、十分な還元反応を生じ、これにキャリヤーガスが吹きつけられてバブリング攪拌される。」

同様に,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である特開平5-052753号公報(以下,「刊行物5」という。)には,「硫黄の高感度分析法」について,図面と共に次の事項が記載されている。

(5-ア)
「【0009】この分析法では、発生する硫化水素は適当な気液分離手段により液相から分離したのち、前記の分光分析装置に導かれる。このとき、硫化水素ガスは連続的に分光分析装置に導いてもよいが、冷却トラップで一定時間、一旦捕集したのち再度気化させて誘導結合プラズマ発光分光分析装置に導入してもよい。後者の冷却トラップの使用によれば、一定時間に発生した硫化水素が累積されたのちに比較的短時間の間に分光分析装置に導かれるので硫黄のスペクトルが幅の狭いシャープなものとなり、より高い測定精度が得られる。硫化水素の冷却トラップは-70℃以下に冷却できるものである必要があり、例えば液体酸素、液体チッ素、液体アルゴン等が適する。なお、硫化水素用の冷却トラップを設ける場合には、その前段に硫化水素ガス中の水分を除去するための水分トラップを設けるのが好ましい。水分トラップの冷却材は例えば食塩と氷の混合物などでよい。」

(5-イ)
「【0011】実施例1
図1に示すように、硫化ナトリウムを含有する0.25N水酸化ナトリウム水溶液を配管1aから、そして1N塩酸水溶液を配管1bから、ペリスタルティックポンプによりそれぞれ 1.0ml/minの流速で供給し、T字管2で合流させた。配管3からアルゴンガスを50ml/minの流速で供給して、混合液を直径50mmのコイル状に三回巻かれたテフロン製反応コイル4で40℃に保持されたものに導き、攪拌下で硫化水素を発生させた。こうして生じた気液混合物を気液分離器5に導いた。配管6からアルゴンガスを流速 400ml/minで供給して分離された硫化水素ガスを配管7を介して誘導結合プラズマ発光分光分析装置8に導き、硫黄の発光線により硫黄の定量を行った。」

(5-ウ)
「【0013】実施例2
図3に示す装置を使用した。図3において、図1と同一要素は同一の番号で示す。
【0014】硫化ナトリウムを含有する0.25N水酸化ナトリウム水溶液を配管1aから、そして1N塩酸水溶液を配管1bから供給するところから始まって、発生した硫化水素ガスを気液分離器5から配管7により導出するところまでは、実施例1と同様に行った。配管7を冷却材として氷と食塩の混合物を充填した水分トラップ9に導いてガス中の水分を捕捉した。その後硫化水素ガスを配管10を介して硫化水素用冷却トラップ11に導いた。このトラップは液体酸素12に浸漬されたユー字管内に石英ウールが緩く詰められたものである。こうして硫化水素ガスを30秒間トラップ11に導入して含まれる硫化水素を液化して捕集した。次に、該ユー字管を液体酸素中から取り出し、40℃の温水に浸漬し硫化水素を再気化させ、配管13を介して誘導結合プラズマ発光分光分析装置8に導き、硫黄の発光線により硫黄の定量を行った。」

(5-エ)
図3には図1と同様にアルゴンガスを供給する配管3が図示されている。

同様に,原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である特開平10-239223号公報(以下,「刊行物6」という。)には,「珪素化合物ガス中のシロキサンの分析方法とその装置」について,図面と共に次の事項が記載されている。

(6-ア)
「【0014】上記した本発明の装置を使用して、珪素化合物ガス中のシロキサンを分析する方法を説明する。まず6方位置切り替え弁9を図1に示す如く、・・・と係合する。そして、貯蔵容器1ー試料採取管2ー流量計Fー大気放出の流通管路と、キャリアーガス源Heー質量分析計6の流通管路との2つの流通管路が形成される。
【0015】このような状態でキャリアーガス導入管7より質量分析計6にキャリアーガス源Heとしてヘリウムガスを流し、一方試料採取管2を100℃以上の温度に加熱器4で加熱すると共に、管20より弁21を介して試料導入管11にヘリウムガスや窒素ガスの如き不活性ガスを供給し、そしてこの不活性ガスを試料採取管2内に流通せしめて流量計Fを介して大気放出する。このようにして試料採取管2内を充分加熱洗浄した後、加熱を停止しついで冷却器3に管端3Aより弁3Cを介して液体窒素の如き冷媒を流して試料採取管2を冷却する。冷却温度は分析対象であるシロキサンを完全に捕獲することが必要であることから、シロキサンの沸点であるー15℃と融点ー144℃の間の温度が好ましい。-15℃以上の温度ではシロキサンが凝縮せずガス状で試料採取管2を流通して大気に放出され真値が得られない。またー144℃以下の温度ではシロキサンが凝固し、次工程の分析時にこれを気化するのに時間を要するばかりか、冷却のための費用も嵩む等の不都合が生じる。
【0016】ついで弁21を閉じて不活性ガスの供給を停止するとともに、貯蔵容器1の弁を開いて容器1内の珪素化合物ガスSを減圧弁10、試料導入管11、管12を経て試料採取管2に導入し、そして管14、ガス排出管8、流量計Fを経て管端開口8Bより除害筒(図示せず。)を介して大気に放出される。この間試料採取管2は前記冷却温度に継続して保持されている。またこの間に試料採取管2に流通せしめた珪素化合物ガスSの流量を流量計Fにて計量する。
【0017】所定の流量を流した後、6方位置切り替え弁9を回転操作(例えば時計と同方向)して、図2に図示した如く93a-8A、93b-11A、93c-12A、93d-13A、93e-7A、93f-14A等の位置に弁体92の各連結口と弁箱91の各管端開口とを係合せしめる。その結果、貯蔵容器1ー流量計Fー大気放出の流通管路とキャリアガス源Heー試料採取管2ー質量分析計6の流通管路との2つの流通管路を形成するように切り替えられ、試料採取管2に導入されていた珪素化合物ガスは容器1より流量計Fを通り管端開口8Bより除害筒で除害された後大気に放出される。一方キャリアーガス源Heとしてヘリウムガスがキャリアーガス導入管7より管14を経て試料採取管2に導入され、該採取管2を流通して管12、管13を経て質量分析計6に導入される。そして弁3Cを閉じて冷却器3への冷媒の供給を停止して、試料採取管2の冷却を止めるとともに、加熱器4を作動して試料採取管2加熱する。
【0018】この結果、前記冷却工程で試料採取管2で凝縮して液化されていたり、凝固して固化されていた成分が、温度の上昇とともに各成分特有の融点に従い融解したり、各成分特有の沸点に従い気化したりする。なおシロキサン、及び珪素化合物ガスの沸点と融点を表1に示す。
【表1】(略)
【0019】表1に示したようにシロキサンの沸点は-15℃であり、他の珪素化合物ガスの沸点はシロキサンより低温度であったり、高い温度であったりして、その沸点温度にシロキサンと差がある。従って、シロキサンの沸点(-15℃)より低い沸点温度の組成分は先の工程での冷却温度-144℃より加熱して温度を徐々に上昇させて行く間にシロキサンの沸点に達するまでに既に気化し、試料採取管に導入されるキャリアガスHeに同伴されて先んじて質量分析計6に搬送される。また一方、シロキサンの沸点(-15℃)より高い沸点の組成分はシロキサンの気化する-15℃の温度近辺の温度では未だ気化せず液体状態を保持している。従って-10?-15℃の温度に達すると試料採取管2内に保持されているシロキサンの凝縮液のみが気化し始め、この気化したシロキサンは試料採取管2に導入されているキャリアーガスHeに同伴されて質量分析計6に搬送される。
【0020】かくして、珪素化合物ガスとこれに混在しているシロキサンは完全に分離されて質量分析計6に導入され、通常の質量分析計による分析操作でシロキサンの量が測定される。そしてこれで得られたシロキサンの量(m)を試料採取時に試料採取管2に流した珪素化合物ガスSの流量(M)に対する割合m/Mを算出することにより珪素化合物ガスS中のシロキサンの含有濃度が得られる。」

(6-イ)
「【0023】
【実施例】次に本発明の珪素化合物ガス中のシロキサンの分析を上記図1、図2に図示した装置を使用して行った実施例について説明する。
実施例1:試料採取管2としてステンレス鋼製、容積2cc(管内径5mm)に80メッシュのステンレス鋼製のチップを充填して使用した。そして、6方位置切り替え弁9を図1に示す如く試料採取工程の位置にして、試料採取に先だって試料採取管2を150℃に加熱するとともに管20より不活性ガスとしてヘリウムガスを流し30分間加熱処理をして採取管2内の水分を排除した。続いて試料採取管2の加熱を停止して、冷却器3を作動して試料採取管2を-110℃に冷却した。ついでヘリウムガスの供給を停止し、貯蔵容器1より珪素化合物ガスSとしてモノシランガスを導出し試料採取管2に導きこれに1000cc流通せしめた(流量計Fで測定)。
【0024】ついで、6方位置切り替え弁9を操作して図2に示す如く管路を質量分析計6による分析測定工程に切り替えるとともに、冷却器3による冷却を停止し加熱器4を作動せしめて試料採取管2を約10℃/分の昇温速さで徐々に昇温した。この結果、キャリアーガス導入管7より供給されるキャリアーガス源Heとしてヘリウムガスが試料採取管2に導入され、そして前記徐々なる試料採取管2の昇温により、その温度が特定成分の固有の沸点に達するとこれに相当する沸点を有する成分が気化し、しかも低い沸点の成分の順に気化し、ヘリウムガスに同伴されて質量分析計6に搬送される。」

3 対比・判断
(1)引用発明について
まず,還元剤として水素化ホウ素ナトリウムを使用し,試料液中のヒ素を還元気化し,キャリアガスを流し原子吸光分析装置に送って原子吸光法でヒ素を分析する場合,試料液中のヒ素が水素化試薬である水素化ホウ素ナトリウムにより還元反応して揮発性水素化物を生成することは,上記の刊行物2?4の記載からも明らかなように,ヒ素分析における技術常識である。
また,揮発性化合物の「超低温捕集」を行う手段として,捕集対象の揮発性化合物用の配管を冷却トラップに接続し,キャリアガスとともに送り込まれてくる該揮発性化合物を冷却して捕集する「冷却トラップ」を用い,その後原子吸光分析装置などの分析装置に送り出して分析するために,冷却トラップをその捕集用の冷却温度から捕集した化合物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度,すなわち,捕集した化合物の沸点温度の内で最も高い温度よりも高い温度,の間で温度を変化させることのできるものとすることも分析の前処理としての「超低温捕集」における技術常識である。
そうすると,刊行物1には,試薬添加,試料注入,超低温捕集に使用された「島津形態別ヒ素分析前処理装置 ASA-2sp」なる装置の構造について明記されていないが,分析における技術常識および刊行物1の上記記載事項(1-ア)?(1-イ)を参照すると,該形態別ヒ素分析前処理装置に試薬添加と試料注入が行われているから,還元気化反応も該装置に具備された所定量の試料溶液と所定量の水素化ホウ素ナトリウムが供給される反応容器で行われ,生成した揮発性水素化物は配管を通してキャリアガスで,超低温捕集を行う冷却トラップに送り込まれて捕集された後,再び気化して原子吸光分析装置にキャリアガスで送り込まれるものといえるとともに,1つの装置でそのように試薬添加,試料注入,キャリアガスの供給を行い,超低温捕集や捕集後の分析装置への揮発性水素化物の導入などを行うためには,該形態別ヒ素分析前処理装置には,それらの多数のステップを行わせるための制御装置が当然備えられているものといえる。

そうすると,刊行物1には次の発明が記載されていると認められる。
「試料溶液が供給され、試薬が供給され、キャリアガスが供給され,及び生成した揮発性水素化物を前記キャリアガスとともに取り出す生成ガス配管が少なくとも接続された反応容器と,
前記生成ガス配管に接続され,キャリアガスとともに送り出されてきた前記水素化物を冷却して捕集するとともに,その捕集用の冷却温度から捕集した水素化物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度の間で温度を変化させることのできる冷却トラップと,
制御装置とを備え,
前記制御装置は以下のステップ(a)から(d)により試料の前処理を行なわせるように制御するものである形態別ヒ素分析前処理装置。
(a)所定量の試料溶液を前記反応容器内に導入するステップ,
(b)所定量の水素化ホウ素ナトリウムを前記反応容器内に供給するステップ、
(c)前記反応容器内で試料溶液と水素化ホウ素ナトリウムとが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき、前記反応容器での反応により発生した揮発性水素化物をキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する捕集ステップ、及び
(d)前記捕集ステップの後、前記冷却トラップの温度を上げて、捕集されていた水素化物を脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」(以下,「引用発明」という。)

(2)対比
補正発明と引用発明とを対比すると,引用発明の「反応容器」および「水素化ホウ素ナトリウム」は,それぞれ,補正発明の「反応槽」および「水素化用反応試薬」に相当することは明らかである。そして,引用発明の「反応容器」は「試料溶液が供給され、試薬が供給され、キャリアガスが供給され」るのであるから,該「反応容器」には「試料溶液が供給される試料用配管」,「試薬が供給される試薬用配管」および「キャリアガスが供給されるキャリアガス配管」が接続されていることは明らかである。
そうすると,両者は,
(一致点)
「試料溶液が供給される試料用配管,試薬が供給される試薬用配管,キャリアガスが供給されるキャリアガス配管及び生成した揮発性水素化物を前記キャリアガスとともに取り出す生成ガス配管が少なくとも接続された反応槽と,
前記生成ガス配管に接続され,キャリアガスとともに送り出されてきた前記水素化物を冷却して捕集するとともに,その捕集用の冷却温度から捕集した水素化物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度の間で温度を変化させることのできる冷却トラップと,
制御装置とを備え,
前記制御装置は以下のステップ(a)から(d)により試料の前処理を行なわせるように制御するものである形態別ヒ素分析前処理装置。
(a)所定量の試料溶液を前記反応容器内に導入するステップ,
(b)所定量の水素化ホウ素ナトリウムを前記反応容器内に供給するステップ,
(c)前記反応容器内で試料溶液と水素化ホウ素ナトリウムとが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき,前記反応容器での反応により発生した揮発性水素化物をキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する捕集ステップ,及び
(d)前記捕集ステップの後,前記冷却トラップの温度を上げて,捕集されていた水素化物を脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」
である点で一致し,次の点で相違する。

(相違点1)
補正発明では「前記試料用配管に接続され、所定量の試料溶液を量り取って前記反応槽に供給するサンプリング機構と、前記試薬用配管に接続され、所定量の試薬を前記反応槽に供給する試薬供給機構と、前記キャリアガス配管に接続され、前記反応槽にキャリアガスを供給するキャリアガス供給機構と」を備えたものであって,「制御装置」が,補正発明では「(A)前記サンプリング機構を制御して所定量の試料溶液を量り取り、前記反応槽内に導入するステップ、
(B)前記試薬供給機構を制御して所定量の水素化用反応試薬を前記反応槽内に供給するステップ」を行わせるものであるのに対し,引用発明ではそのような「サンプリング機構」,「試薬供給機構」および「キャリアガス供給機構」を備えておらず,引用発明の「制御装置」がこれらの機構を制御するものでない点。

(相違点2)
「冷却トラップにおいて揮発性水素化物を捕集、脱離させるために温度変化させ得る手段」が,補正発明では「冷媒に浸した第1の位置と、冷媒から引き上げた位置第2の位置とに切り換える手段を備えた冷却トラップ」であって,補正発明の「制御装置」が「(C)前記冷却トラップを前記第1の位置に移動し、前記反応槽内で試料溶液と水素化用反応試薬とが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき、前記反応槽での反応により発生した揮発性水素化物を前記キャリアガス供給機構からのキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する捕集捕集ステップ、及び(D)前記捕集ステップの後、前記冷却トラップを前記第2の位置に移動し、前記冷却トラップの温度を上げていくことにより、捕集されていた水素化物を低沸点の形態のものから順次脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」を行わせるものであるのに対し,引用発明ではそのような手段ではなく,したがって引用発明の「制御装置」がそのようなステップを備えていない点。

(相違点3)
キャリアガスに関して「制御装置」が,補正発明では「前記冷却トラップの乾燥を促進するために前記キャリアガス供給機構を制御して前記冷却トラップの使用前から使用中にわたって常にキャリアガスを前記冷却トラップへ流すように制御するものである」のに対し,引用発明ではそのような構成ではない点。

(3)判断
ア 相違点1について
原子吸光分析用試料ガス発生装置において,試料溶液や試薬溶液の反応容器への注入量,すなわち供給量をコントロールするために分注器を接続したり,ポンプを使用し自動化することが刊行物2に教示されている(前記記載事項(2-エ)参照)。しかも,所定量の試料と所定量の試薬を供給して分析に必要な反応を反応容器で行わせる際に,前記試料用配管に接続され,所定量の試料溶液を量り取って前記反応槽に供給するサンプリング機構と,前記試薬用配管に接続され,所定量の試薬を前記反応槽に供給する試薬供給機構を設け,「制御装置」に「(A)前記サンプリング機構を制御して所定量の試料溶液を量り取り、前記反応槽内に導入するステップ」,と「(B)前記試薬供給機構を制御して所定量の水素化用反応試薬を前記反応槽内に供給するステップ」を行わせることも,各種の自動分析装置の分野における慣用手段にすぎないといえる。
また,キャリアガスの供給のための構成として,引用発明に前記キャリアガス配管に接続され,前記反応槽にキャリアガスを供給するキャリアガス供給機構を具備させることは,当業者ならば適宜選択し得る設計事項であるといえる。
してみると,引用発明においても、刊行物2記載の上記技術的事項および慣用手段を適用して,相違点1における補正発明の構成とすることは,当業者が容易になし得る事項であるといえる。

イ 相違点2について
上記記載事項(5-イ)および(5-ウ)によれば,刊行物5には,冷却トラップにおいて揮発性水素化物を捕集、脱離させるために温度変化させる手法として,「冷却トラップを液体酸素(冷媒)に浸した位置と、冷媒から取り出した別の位置とに切り換えるようにし、冷却トラップを冷媒に浸した位置でアルゴンガス(キャリアガス)により冷却トラップに導いた揮発性水素化物を捕集するステップと、捕集するステップの後、冷却トラップを冷媒から取り出した別の位置に移動し、冷却トラップの温度を上げて、捕集された水素化物を再気化させ冷却トラップから脱離させて、分析装置に導く」ことが記載されているといえる。
そして,脱離の際,温度が上げられていく冷却トラップから,捕集されていた水素化物のうちの低沸点の形態のものから順次脱離することは,刊行物6を挙げるまでもなく,物理化学的に周知あるいは自明の事項にすぎない。
そうすると,引用発明において,刊行物5記載の上記技術的事項および上記周知あるいは自明の事項を適用して,相違点2における補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る範囲内の事項であるといえる。

ウ 相違点3について
刊行物3?5の上記記載事項(3-ア),(4-イ)および(5-ア)によれば,「還元気化法で用いられる原子吸光分析装置や誘導結合プラズマ発光分析装置においては,分析装置に水素化物に伴い水蒸気が存在することが望ましくないため,分析装置に導入される前に水蒸気を除去しておく」ことは,技術常識であるといえる。
また,上記記載事項(6-ア)中の段落【0015】?【0016】および(6-イ)によれば,刊行物6には「参照キャリアガスを使用前に流し,使用前に試料採取管2(冷却トラップ)の水分除去をしておく」ことが記載されているといえる。そして,冷却トラップを分析装置の上流に前置する場合,気相中に水蒸気が存在すれば直ちに該水分も凝固,捕集される超低温の捕集ステップに冷却トラップが曝されるものである以上,分析装置へ水素化物を移送する際に,水分が伴わないように,冷却トラップについても水分が常に除去されている状態,すなわち乾燥した状態となるように配慮することに,格別の困難性はないといえる。そして,例えば,前置報告書で引用された刊行物である特開昭61-213655号公報にも記載されている(特に3頁右下欄7?9行参照。)ように,冷却トラップにおいて不使用時にもキャリアガスを流しておくこと,すなわち,常にキャリアガスを流すことは普通に行われていることである。
してみると,引用発明の制御装置において,刊行物6記載の上記技術的事項および上記技術常識ならびに一般常識を適用して,相違点3における補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る範囲内の事項であるといえる。

そして,これらの相違点1?3の構成を採用することによる効果も,刊行物1?6記載の事項から予測し得る範囲内のものであり,格別の顕著なものとはいえない。

したがって,補正発明は,引用発明および刊行物2?6に記載された技術的事項ならびに技術常識等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4 まとめ
以上のとおりであるから,本件補正は,平成18年法改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,特許法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により,却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されることとなったので,本願の請求項1?10に係る発明は,平成19年10月1日付けの手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定されるものであって,その請求項1は次のとおりである。(以下,「本願発明」という。)

「【請求項1】
試料溶液が供給される試料用配管、試薬が供給される試薬用配管、キャリアガスが供給されるキャリアガス配管及び生成した揮発性水素化物を前記キャリアガスとともに取り出す生成ガス配管が少なくとも接続された反応槽と、
前記試料用配管に接続され、所定量の試料溶液を量り取って前記反応槽に供給するサンプリング機構と、
前記試薬用配管に接続され、所定量の試薬を前記反応槽に供給する試薬供給機構と、
前記キャリアガス配管に接続され、前記反応槽にキャリアガスを供給するキャリアガス供給機構と、
前記生成ガス配管に接続され、キャリアガスとともに送り出されてきた前記水素化物を冷却して捕集するとともに、その捕集用の冷却温度から捕集した水素化物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度の間で温度を変化させることのできる冷却トラップと、
制御装置とを備え、
前記制御装置は以下のステップ(A)から(D)により試料の前処理を行なわせるとともに、前記冷却トラップの乾燥を促進するために前記キャリアガス供給機構を制御して前記冷却トラップの使用前から使用中にわたって常にキャリアガスを前記冷却トラップへ流すように制御するものである試料前処理装置。
(A)前記サンプリング機構を制御して所定量の試料溶液を量り取り、前記反応槽内に導入するステップ、
(B)前記試薬供給機構を制御して所定量の水素化用反応試薬を前記反応槽内に供給するステップ、
(C)前記反応槽内で試料溶液と水素化用反応試薬とが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき、前記反応槽での反応により発生した揮発性水素化物を前記キャリアガス供給機構からのキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する捕集ステップ、及び
(D)前記捕集ステップの後、前記冷却トラップの温度を上げていくことにより、捕集されていた水素化物を低沸点の形態のものから順次脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」

2 引用刊行物の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用した刊行物1?6およびその記載事項は,前記「第2 2」に記載したとおりである。

3 判断
本願発明は,補正発明における,「その捕集用の冷却温度から捕集した水素化物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度の間で温度を変化させることのできる冷却トラップ」を「その捕集用の冷却温度から捕集した水素化物の最も高沸点の形態の沸点よりも高い温度の間で温度を変化させるための、冷媒に浸した第1の位置と、冷媒から引き上げた位置第2の位置とに切り換える手段を備えた冷却トラップ」とする限定,および「(C)前記反応槽内で試料溶液と水素化用反応試薬とが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき、前記反応槽での反応により発生した揮発性水素化物を前記キャリアガス供給機構からのキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する捕集ステップ」を「前記冷却トラップを前記第1の位置に移動し、前記反応槽内で試料溶液と水素化用反応試薬とが反応して発生した揮発性水素化物を捕集する温度まで前記冷却トラップの温度を下げておき、前記反応槽での反応により発生した揮発性水素化物を前記キャリアガス供給機構からのキャリアガスにより前記冷却トラップに導いて捕集する」とする限定,および「(D)前記捕集ステップの後、前記冷却トラップの温度を上げていくことにより、捕集されていた水素化物を低沸点の形態のものから順次脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」を「(D)前記捕集ステップの後、前記冷却トラップを前記第2の位置に移動し、前記冷却トラップの温度を上げていくことにより、捕集されていた水素化物を低沸点の形態のものから順次脱離させて分析装置に導く形態別分離ステップ。」とする限定がないものである。
そうすると,本願発明の構成要件を全て含み,さらに限定された補正発明が前記「第2 3」において検討したとおり,引用発明および刊行物2?6に記載された技術的事項ならびに技術常識等に基づいて当業者が容易に発明をできたものであるから,本願発明も,同様の理由により,引用発明および刊行物2?6に記載された技術的事項ならびに技術常識等に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるというべきである。

4 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,その余の請求項に係る発明について言及するまでもなく,本願は拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-12-21 
結審通知日 2009-12-22 
審決日 2010-01-06 
出願番号 特願2002-378975(P2002-378975)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G01N)
P 1 8・ 575- Z (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 野村 伸雄榎本 吉孝  
特許庁審判長 岡田 孝博
特許庁審判官 竹中 靖典
秋月 美紀子
発明の名称 水素化物導入法による形態別分析試料前処理方法及び装置  
代理人 喜多 俊文  
代理人 江口 裕之  

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