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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1217091
審判番号 不服2006-7939  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-04-26 
確定日 2010-05-17 
事件の表示 特願2001-575962「局所微量栄養素送達システムおよびその用途」拒絶査定不服審判事件〔平成13年10月25日国際公開、WO01/78660、平成16年 7月 2日国内公表、特表2004-519413〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成13年4月12日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2000年4月14日、米国)を国際出願日とする出願であって、拒絶理由通知に応答して平成17年11月21日付けで手続補正がなされたが、平成18年1月23日付けで拒絶査定がなされたところ、平成18年4月26日に拒絶査定不服審判が請求され、平成18年5月24日付けで手続補正がなされた、その後、当審において、前記平成18年5月24日付け手続補正について平成20年6月11日付けで補正却下の決定がなされ、同日付けで当審で拒絶理由が通知され、平成20年12月12日付けで手続補正がなされるとともに意見書が提出されたものである。

2.当審の拒絶理由
当審の拒絶理由の概要は、以下のとおりである(一部省略している。)。
拒絶理由として、
「2.本件出願は、特許請求の範囲の記載が、下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
3.本件出願は、発明の詳細な説明の記載が、下記の点で、平成14年改正前の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
4.本件出願は、特許請求の範囲の記載が、下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。」が通知され、
記<4>?<9>に、次のことが記載されている。
「 <4>
・理由 2
・請求項 1?10
・備考
請求項1に記載の「補助エステル」という用語は、当業者に一般に用いられているものではなく、「前記補助エステルと前記ニコチン酸アルキルエステルとが親油性logP値において互いに0.5?1.5異なる」という機能・特性と、「前記対象の細胞への前記栄養素の送達を促進する」という機能・特性によって特定されている物である。
ところで、機能・特性による物の特定を含む請求項において、当業者が、出願時の技術常識を考慮して、請求項に記載されている当該物を特定するための事項から、当該機能を有する具体的な物を想定できない場合には、新規性進歩性等の特許要件の判断や特許発明の技術的範囲を理解する上で手がかりとなる、発明に属する具体的な事物を理解することができないから、通常、発明の範囲は明確とはいえない。
このことを、請求項1及び同項を引用する請求項2?10について検討する。
ニコチン酸アルキルエステルの親油性logP値については、本願明細書中の段落【0026】【表1】において、ニコチン酸の炭素数1?18アルキルエステルのうち一部のものについて値が示されており、それ以外のものについても、実測するか化学構造から推算することによって値を求めることができると認められる。
そして、個々のニコチン酸アルキルエステルの親油性logP値が定まれば、これに対応する補助エステルが有すべき親油性logP値は、請求項1に記載の規定に基づいて、当該ニコチン酸アルキルエステルの親油性logP値よりも、0.5?1.5小さい(又は0.5?1.5大きい)値の範囲として自ずと特定される。
しかし、そのような親油性logP値の範囲の条件を満たすエステル化合物としては、分子量も構造も異なる種々の膨大な数の化合物が存在するところ、そのうちの如何なる化合物であれば、「前記対象の細胞への前記栄養素の送達を促進する」という条件(なお、上記<2>で指摘したように、この条件自体そもそも不明確である)も満たすものであるかは、本願出願前に知られていないし、本願明細書中においても、具体的に記載されている「安息香酸ブチル」以外は、その例示すら記載されていないため、当業者が、上記条件を満たす具体的な化合物を想定することはできず、請求項1?10に係る発明の製造方法の対象となる具体的な事物を理解することができない。
したがって、請求項1?10に係る発明は明確でない。
<5>
・理由 3
・請求項 1?10
・備考
請求項1に記載の「前記補助エステルと前記ニコチン酸アルキルエステルとが親油性logP値において互いに0.5?1.5異なる」という親油性logP値の条件を満たす、分子量も構造も異なる種々の膨大な化合物群の中から、本願明細書中に具体的に記載されている「安息香酸ブチル」以外に、請求項1に記載の「前記対象の細胞への前記栄養素の送達を促進する」という条件(なお、上記<2>で指摘したように、この条件自体そもそも不明確である)を満たすような具体的な「補助エステル」を特定することは、当業者にとって過度の試行錯誤を要するものである。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、請求項1に係る発明、及び同項を引用する請求項2?10に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
<6>
・理由 3
・請求項 1?18
・備考
本願明細書の段落【0028】には、次の事項が記載されている。
・・・略(後記「3.(viii)参照)・・・
また、本願明細書の段落【0020】には、次の(a)?(e)の事項が記載されている。
・・・略(後記「3.(v)参照)・・・
上記段落【0028】の記載、及び上記段落【0020】の(a)?(c)の記載によれば、本願発明における「補助エステル」は、皮膚内の特定細胞(真皮の皮膚線維芽細胞、及び皮膚中の毛細血管内皮細胞)への「プロ栄養素」(エステル型の栄養素)の送達を増進(促進)させるものであるとされていると認められる。
また、上記段落【0020】の(d)の記載によれば、栄養素がナイアシンである場合には、「補助エステル」により、毛細管内皮細胞へのナイアシンの送達が増進すると、ナイアシンの血管拡張作用に基づいて、真皮における血流の増加し、真皮における酸素含量が増加すると予測されることが示されていると認められる。
しかしながら、同段落の(e)及び参照されている図3には、実際に、「プロ栄養素」として「ニコチン酸オクチル」を用い、「補助エステル」として「安息香酸ブチル」を用いて、これらを含んだローションを皮膚に局所適用した場合、「ニコチン酸オクチル」を単独で適用した場合よりも、逆に、皮膚における酸素濃度の増加が極めて少なかったという実験結果が示されている。
上記段落【0020】の(e)及び図3に記載の実験結果は、上記段落【0028】及び段落【0020】の(a)?(d)に記載の説明とは矛盾するものである。また、図3においては、「ニコチン酸オクチル」も「安息香酸ブチル」も含まない「対照」のほうが、「ニコチン酸オクチル」及び「安息香酸ブチル」を含んだローションを投与した場合よりも、皮膚における酸素濃度の増加が大きいことが示されており、この点でも矛盾している。
そして、このような矛盾した実験結果によっては、「補助エステル」が皮膚内の特定の細胞への「プロ栄養素」の送達を促進させることを、当業者が認識することはできない。また、本願明細書中には、上記段落【0020】の(e)以外に、「補助エステル」についての具体的な試験結果等を含む記載はない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、請求項1?18に記載された事項により、請求項に係る発明が解決しようとする課題(特定の細胞への「プロ栄養素」の送達の促進)が、どのように解決されたかについての説明を明確かつ十分に記載していないため、当業者が請求項1?18に係る発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載したものではない。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明は、経済産業省令(特許法施行規則第24条の2)で定めるところにより記載したものでない。
なお、請求人は、審判請求書の請求の理由において、ニコチン酸オクチルを単独で皮膚に適用した場合には、ニコチン酸からの余りにも急速な酸素の送達に起因して紅斑反応(即ち、血管拡張)が生じるが、安息香酸ブチルと共に適用された場合には酸素の増加が抑制(即ち、紅斑反応が抑制)されたことが確認された旨を主張している。
しかしながら、本願明細書には、「補助エステル」の併用と「ニコチン酸アルキルエステル」に起因する紅斑反応の抑制との関係については、直接的には記載されていないため、請求人の上記主張は、本願明細書の記載に基づかない新たな課題とその解決手段を示すものである。
しかも、そのような課題が実際に存在したとしても、本願明細書の段落【0016】及び段落【0026】の【表1】には、6未満のlogP値を有するニコチン酸エステルは局所適用部位で血管拡張を引き起すのに対して、6より大きいlogP値を有するニコチン酸エステルは該血管拡張を引き起さないことが記載されている。
そうすると、logP値が6より大きいニコチン酸エステルについては、そもそも「補助エステル」を併用する前提となる、技術的な課題が存在しないことになる。
また、本願明細書の段落【0026】【表2】に記載された実験結果おいて、「腹部の皮膚NAD含量」が、ローションのみを適用した場合よりも、NADに変換され得るニコチン酸アルキルエステル(12炭素、14炭素、16炭素)を適用した場合のほうが少なくなっていることが示されており、矛盾している。
先に指摘した、本願明細書の段落【0020】の(e)及び図3に記載の実験結果の矛盾も含め、このような技術的な矛盾を多く含んでいる本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、信頼性に欠けるものである。
<7>
・理由 4
・請求項 1?18
・備考
上記<6>にて指摘したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、請求項1?18に係る発明が解決しようとする課題(特定の細胞への「プロ栄養素」の送達の促進)が解決できることを、当業者が認識できるように記載された部分が全く存在しない。本願明細書の上記段落【0028】及び上記段落【0020】の(a)?(d)には、「補助エステル」による皮膚中の特定の細胞への「プロ栄養素」の送達促進の作用機序について理論的な説明が縷々記載されているが、あくまで仮説に過ぎないものであって、先に<6>で指摘したように、上記段落【0020】の(e)に記載されている実験結果は、上記の理論的説明とは矛盾しており、本願明細書には、他に「補助エステル」の作用効果を実証した具体的な裏付けは全く記載されていない。そして、本願発明にいう「補助エステル」が特定の細胞への「プロ栄養素」の送達を促進することについては、本願出願時の技術常識から推認することもできない。
また、上記段落【0020】の(e)に記載の実験結果は、「プロ栄養素」として「ニコチン酸オクチル」を、「補助エステル」として「安息香酸ブチル」を用いて、これらを含んだローションを皮膚に局所適用した場合に、「ニコチン酸オクチル」を単独で適用した場合よりも、皮膚における酸素濃度の増加が極めて少なかったことを示すものであるが、この一つの実験結果のみを根拠としては、「前記補助エステルと前記ニコチン酸アルキルエステルとが親油性logP値において互いに0.5?1.5異なる」なる条件を満たす、構造が大きく異なった種々の「補助エステル」と「ニコチン酸アルキルエステル」の組み合わせにおいても、同様の結果が得られるものと拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、請求項1?18に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
<8>
・理由 3?4
・請求項 12?14、16?18
・備考
請求項12に係る発明の組成物における「補助エステル」については、「前記補助エステルと前記ニコチン酸アルキルエステルとが親油性logP値において互いに0.5?1.5異なる」という機能・特性による条件を満たせば、分子量や構造が大きく異なる種々の膨大な数のエステル化合物が包含されるものと認められるところ、そのようなエステル化合物の中には、分子量の違いや芳香族基の有無、エステル基付近の立体障害等の様々な要因のため、「プロ栄養素」であるニコチン酸アルキルエステルと皮膚エステラーゼによる生物変換に関して効果的に競合せず、皮膚内の特定の細胞への栄養素の送達の促進ができないものが含まれることになる。
そうすると、もし仮に、ニコチン酸オクチルに対して、安息香酸ブチルを併用した場合に、皮膚における特定の細胞への「プロ栄養素」の送達が促進されるとしても、そのことを、請求項12に記載の「補助エステル」全体に対して、拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、請求項12に係る発明及び同項を引用する請求項13?14、16?18に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
また、請求項12?14、16?18に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
<9>
・理由 3?4
・請求項 1?18
・備考
請求項1?11に係る発明における「対象の細胞」については、如何なる動物の如何なる組織の細胞であるかは何ら特定されておらず、請求項7に係る発明における組成物の形態としても、「クリーム、ローション、シャンプー、点眼剤、香膏、スティック、洗口剤、胃管栄養、セッケン、坐剤、包帯、縫合糸または植込み型装置」が列記されている。また、請求項12?18に係る発明においても「外用投与に適した剤形」は、特に皮膚用に限定されていない。
しかしながら、皮膚組織と、目等の粘膜組織や内臓組織では、例えば角質層の有無など、その組織の構造も性質も大きく異なっているから、もし仮に、「前記補助エステルと前記ニコチン酸アルキルエステルとが親油性logP値において互いに0.5?1.5異なる」という条件が、皮膚内の特定の細胞への栄養素の送達を促進するには適していたとしても、皮膚以外の組織の細胞に対して直ちに適用できるとは認められない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、請求項1?18に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
また、請求項1?18に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」

3.本願明細書の記載
平成17年11月21日付け手続補正及び平成20年12月12日付け手続補正で補正された本願明細書には、次の技術事項が記載されている。(なお、これらの手続補正は、いずれも特許請求の範囲を対象とするもので、発明の詳細な説明を対象とするものではない。また、平成18年5月24日付け手続補正は、補正却下の決定がなされている。)

(i)「【請求項1】 栄養素をヒトに送達するための組成物の製造方法であって、前記組成物は、炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル型の前記栄養素と、前記ヒトの皮膚細胞への前記栄養素の送達を促進するのに十分な量の補助エステルとを、前記補助エステルが、前記ニコチン酸エステルに対して、親油性LogP値が小さく、その差がLogP値において0.5?1.5であり、前記ニコチン酸アルキルエステル型の栄養素と前記補助エステルを混合する工程を含む、組成物の製造方法。」(特許請求の範囲の請求項1)
(ii)「【請求項11】 栄養素をヒトに送達するのに役立つ外用投与に適した剤形の組成物であって、
(i)炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチンアルキルエステル型の前記栄養素、および
(ii)補助エステルとを含み、前記補助エステルが、前記ニコチン酸エステルに対して、親油性LogP値が小さく、その差がLogP値において0.5?1.5である、組成物。」(特許請求の範囲の請求項11)
(iii)「【0012】 (好ましい態様の詳細な説明)
本発明の局所送達システムでは、皮膚への微量栄養素の送達に影響する2種類の障壁、すなわち角質層の親油性と、皮膚の代謝活性とを考慮する。本発明の微量栄養素送達システムの概要を図1に示す。簡単に述べると、角質層の内外での微量栄養素の分配は、かかる分配にとって最適な親油性を持つ栄養素エステルによって制御される。これらについて以下に説明する。これらの化合物を記述するために「プロ栄養素(pronutrient )」という用語を使用する。さらにプロ栄養素の代謝変換の速度および部位は、後述する不活性な随伴補助エステル(co-ester)を使って制御される。この送達システムが最適に機能するにはいくつかの特徴が必要である。これらの基準の開発に枠組みとして役立った多コンパートメントモデルを図2に示す。使用したモデル微量栄養素はナイアシンであるが、ここに開示する知見が以下に詳述するように多種多様な微量栄養素にも関係することは、当業者には理解されるだろう。」(段落【0012】)
(iv)「【0015】 プロ栄養素は、全身送達を最小限に抑えつつ皮膚の細胞成分への持続送達を達成するために、表皮には比較的遅い速度で分配しなければならない(図2の#3)。薬物の皮膚透過性(P_(B))とオクタノール/ 水分配係数(Poct/w)などの物理化学的性質との相関関係は皮膚を横切る薬物輸送を予測する際に有用である。多くの化合物の皮膚透過性(LogP_(B))とそれらのPoct/wの対数との線形相関が立証されており、当技術分野ではよく知られている。著しく親水性の化合物および極めて親油性の化合物では、この関係からの逸脱がみられる。皮膚の細胞成分への微量栄養素の送達にとって最適な親油性を持つ化合物を本明細書に開示する。例えばナイアシンをモデル微量栄養素として、ナイアシンの一連のアルキルエステルを製造し、それらの相対的親油性を決定した。次に、皮膚の細胞成分へのナイアシンの送達に関するこれらプロ栄養素の効力を、確立したモデルを使って、その局所適用後に生物活性型のナイアシン(NAD)を測定することによって決定した。
【0016】 短鎖エステルは皮膚への持続送達には速すぎる角質層からの固有フラックスを持つ、すなわち全身送達が有利になると考えられる。また、極めて長鎖の誘導体は、効果的な送達には遅すぎる固有フラックスを持つ親油性を示すと予測される。特許出願第09/452,617号に開示されているいくつかの新規ナイアシンエステルおよび一部の市販エステルの親油性を、未修飾の2分子、すなわちニコチン酸およびニコチンアミドに関する値と共に、下記の表1に示す。親油性をlogP値として報告する。ここにPは上述のオクタノール/水分配係数を表す。表1は、6未満のlogP値を持つニコチン酸およびナイアシンエステルが局所適用部位で血管拡張を引き起すことも示している。これは、これらのニコチン酸およびナイアシンエステルが毛細血管の内皮細胞の血管拡張を引き起すのに必要な最低濃度を超える速度でナイアシンを送達していることを証明している。6より大きいlogP値を持つナイアシンエステルは拡張を引き起さない。ニコチンアミドは血管拡張を引き起さないが、そのlogP値から、ニコチンアミドでは栄養素の送達が速すぎるので、皮膚の細胞成分はそれを吸収してその生物活性型NADに変換することができないことも予測される。皮膚の細胞への局所送達にとって最適なプロ栄養素の物理的性質を決定するために、ローションの適用後に皮膚内の活性型ナイアシンNADを決定することによって、6.6?9.2の範囲のlogP値を持つナイアシンエステルを調べた。典型的な実験の結果を表2に示す。この実験では1%に処方したナイアシンプロ栄養素をヘアレスマウスの背部に毎日1回、3日間にわたって局所適用した。3日後に、各動物の適用部位および腹部から皮膚を採取し、NAD濃度を分析した。動物の背部から採取した皮膚の分析により、12、14および16炭素のナイアシンエステルがNAD含量の増加をもたらし、なかでも14炭素エステルは最も有効であることが証明された。さらなる実験では、18炭素の側鎖および9.7のlogP値を持つナイアシンエステルが16炭素の側鎖を持つエステルほど効果的でないこともわかった。さらに、-0.34のlogP値を持つニコチンアミドの局所適用は、皮膚細胞NAD含量に影響しないことが明らかになった。表2の結果は、プロ栄養素を適用していない腹部ではNAD含量の増加が見られなかったことから、14炭素エステルおよび16炭素エステルの場合は送達が局所的であることも示している。12炭素エステルの局所適用は腹部への送達をいくらか示した。このことは、この化合物がこの実験で比較した化合物のなかで最も速い送達速度を持つはずであるという上記の示唆と合致する。」(段落【0015】?【0016】)
(v)「【0020】 (a)上記のエステルは不活性な補助エステルと併用することが好ましい。というのも、これらの不活性補助エステルにより、皮膚内の特定位置への栄養素送達の調節が可能になるからである。表皮のエステラーゼ含量が高いことは、局所適用したプロ栄養素の、表皮中に存在する細胞への送達に有利である。表皮中の細胞への送達は局所送達システムの重要な目標であるが、皮膚線維芽細胞および皮膚中の毛細血管の内皮細胞への送達を達成することも大いに望ましい。真皮および毛細血管への送達の増進は、表皮におけるプロ栄養素の生物変換の程度を調節するために使用することができる不活性補助エステルの使用によって達成することができる。
(b)補助エステルが皮膚におけるプロ栄養素の変換速度を調節するには、2つの基準を満たさなければならない。第1に、補助エステルは、プロ栄養素および補助エステルの角質層からのフラックスが類似するように、プロ栄養素の親油性と類似する親油性を持たなければならない。第2に、補助エステルは、皮膚エステラーゼによる生物変換に関してプロ栄養素と効果的に競合しなければならない。
(c)酵素飽和未満のプロ栄養素濃度では、補助エステルは表皮における代謝変換(図2の#4)を競合的に阻害し、プロ栄養素が無傷のまま真皮に移動して変換および送達を受けること(図2の#5)を可能にするだろう。この方法により、プロ栄養素の必要量は最小限に抑えられ、真皮への優れた標的指向型送達システムが得られる。真皮における送達の標的には、皮膚線維芽細胞および毛細管内皮細胞がどちらも含まれる。
(d)皮膚線維芽細胞の場合、目的はナイアシンを送達してNADに変換させることである。毛細管内皮細胞の場合は、ナイアシンの持つ既知の血管拡張性が、真皮における血流の増加、酸素および他の必須栄養素の供給量の増加、ならびに二酸化炭素および他の最終代謝産物の除去効率の向上に役立つだろう。
(e)補助エステルの使用による送達の調節を証明する実験を図3に示す。この実験には、皮膚の酸素含量を増加させる目的で毛細血管の内皮細胞にナイアシンを送達するために、ナイアシンの8炭素エステル(ニコチン酸オクチル)を使用した。この実験では、経皮酸素モニターを使って皮膚内の酸素含量を決定した。試験化合物を含むローションを30分間局所適用した。次にローションを除去し、経皮酸素モニターを皮膚表面に設置した。対照実験では、皮膚の酸素含量(PO_(2))は4mmの値を示すことがわかった。これは比較的低い酸素含量が増加したことを示している。酸素測定を行うためにローションを除去しなければならないので、増加の持続時間は長くはない。安息香酸ブチルを補助エステルとして選択した。ニコチン酸オクチルのlogP値が4.8であるのに対して、安息香酸ブチルは3.5のlogP値を持つ。図3は、ニコチン酸オクチルおよび安息香酸ブチルをどちらも含有する製剤がニコチン酸オクチルのみによって誘発される皮膚酸素濃度の増加を遮断したことを示している。これは補助エステルによるプロ栄養素の送達の調節を証明している。」(段落【0020】;なお、記号(a)?(e)と改行は、便宜的に当審で付したものである。)
(vi)「【0024】 実施例2
動物実験では、市販の「Vanicream 」ローション200mgを使って、濃度1.0%(重量/ 重量)のニコチン酸エステルを、雌ヘアレスマウス(HRS-J 、6 ?8 週齢)に3日間、毎日局所適用した。対照動物にはVanicream だけを適用した。ローションは毎日1週間塗布した。
【0025】 動物を安楽死させた後、背側および腹側皮膚試料を液体窒素で凍結し、-80℃で保存した。NADおよびタンパク質含量を分析するために、組織試料を0.5M氷冷HClO_(4)中でホモジナイズした後、3000rpmで15分間遠心分離した。NAD量を決定するために、得られた上清を氷冷2M KOH/0.66M KH_(2)PO_(4)で中和した。NAD量は、参照により本明細書に組み込まれるJacobsonら,Meth.Enzymol.280:221-230(1997)に従って決定した。一方、タンパク質量の決定には市販のBCA 法を使用した。」(段落【0024】?【0025】)
(vii)「【0026】
【表1】 ナイアシンプロ栄養素の性質
─────────────────────────────
アルキル炭素鎖長 LogP値 紅斑反応
─────────────────────────────
ニコチンアミド(側鎖なし) -0 .34 無
ニコチン酸(側鎖なし) -0 .46 有
1 炭素 0 .84 有
2 炭素 1 .3 有
4 炭素 2 .4 有
6 炭素 3 .5 有
8 炭素 4 .8 有
10炭素 5 .8 わずか
12炭素 6 .6 無
13炭素 7 .5 無
14炭素 7 .6 無
15炭素 8 .3 無
16炭素 9 .2 無
18炭素 9 .7 無
─────────────────────────────
【表2】 ナイアシンプロ栄養素の局所適用後の皮膚NAD 含量
─────────────────────────────
背部の皮膚NAD含量 腹部の皮膚NAD含量
──────────────────────
アルキル基 LogP pmolNAD/mg組織 % pmolNAD/mg組織 %
─────────────────────────────────
ローションのみ - 91.4 +/- 18.4 100 60.4 +/- 15.2 100
12炭素 6.6 129.4 +/- 15.4 141 82.6 +/- 14.8 13
7
14炭素 7.6 165.7 +/- 12.0 181 55.8 +/- 13.8 92
16炭素 9.2 109.5 +/- 8.3 120 52.1 +/- 10.4 86
─────────────────────────────────
【表3】 プロ栄養素エステルを作製するための微量栄養素候補
・・表3略・・
上記は、とりわけ微量栄養素などの栄養素を対象に送達するためのシステムおよび方法に関する本発明の特徴を説明したものである。これらは、他の局所製剤と同じ方法で投与するために処方されるという点で、局所送達システムであることが好ましい。クリームおよびローションの他に、シャンプー、点眼剤などの液体、リップクリームおよびデオドラントスティックなどの香膏およびスティック、洗口剤および胃管栄養、セッケン、坐剤、貼剤、包帯、縫合糸、被覆植込み型装置などの局所製剤、ならびに局所適用のために設計された他の任意のタイプのシステムも、本発明の一部である。製剤は例えば皮膚または肝臓、肺、胃などの他の器官、頭皮、眼、血管などに適用するために設計されることが好ましい。」(段落【0026】)
(viii)「【0028】 上記のように、興味ある微量栄養素は「補助エステル」と組み合わせることが好ましい。この補助エステルという用語は、本明細書においては、例えば角質層からわずかに速く移動して、皮膚エステラーゼなどのエステラーゼを占有し、よって微量栄養素が皮膚の下層に拡散することを可能にするように、微量栄養素よりも親油性の低いエステルである化合物を指す。定量的に述べると、補助エステルの親油性は約20倍以内にあるべき、すなわち同時投与されるまたは同時処方される微量栄養素のlogP値との差が約0.5?約1.5、好ましくは約1.0?約1.5であるようなlogP値を持つべきである。」(段落【0028】)
(ix)「【図3】 活性化合物の送達の調節に関する補助エステルの効力を決定する
ために計画した実験の結果を概説する図である。」(【図面の簡単な説明】を参照)、そして、図3を次に示す。


なお、
(1)「ナイアシン」とは、本願明細書には定義はないが、一般にニコチン酸の別称、またはニコチン酸とニコチンアミドの総称であり、その解釈で本願明細書の記載と齟齬しない。
(2)当審の拒絶理由の対象となった平成17年11月21日付け手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1?18のうち、請求項1,2,12,13は、次の通りである。
「【請求項1】 栄養素を対象に送達するための組成物の製造方法であって、前記組成物は、ニコチン酸アルキルエステル型の前記栄養素と、前記対象の細胞への前記栄養素の送達を促進するのに十分な量の補助エステルとを、前記補助エステルと前記ニコチン酸アルキルエステルとが親油性logP値において互いに0.5?1.5異なるように含む、組成物の製造方法。
【請求項2】 前記ニコチン酸アルキルエステルが炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つエステルである、請求項1に記載の方法。」
「【請求項12】 栄養素を対象に送達するのに役立つ外用投与に適した剤型の組成物であって、
(i)ニコチン酸アルキルエステル型の前記栄養素、および
(ii)補助エステル、とを含み、前記補助エステルと前記ニコチン酸アルキルエステルとが親油性logP値において互いに0.5?1.5異なる、組成物。
【請求項13】 前記ニコチン酸アルキルエステルが炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つエステルである請求項12に記載の組成物。」

4.当審の判断
本願特許請求の範囲の請求項1と請求項11には、上記「3.」の摘示(i)と(ii)に記載された事項により特定されるとおりの発明が記載されている。なお、前記請求項1と11は、それぞれ拒絶理由の対象となった補正前の請求項2と13を更に限定したものである(平成20年12月12日付け意見書の「〔2〕(2)補正箇所の説明」を参照)。

(4-1)そこで、本願請求項1,11に係る発明(以下、単に「本願発明」ともいう。)の特定事項である「炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル」と「補助エステル」について検討する。(当審拒絶理由の記<4>?<8>の点)

(α)「炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル」のLogP値は、6.6?9.7(摘示(vii)の【表1】参照)であるのに対し、補助エステルとしての唯一の具体例である安息香酸ブチルのLogP値が3.5であって、その差が3.1?6.2であるから、前記補助エステルが安息香酸ブチルである場合、請求項1,11で特定される「前記ニコチン酸エステルに対して、親油性LogP値が小さく、その差がLogP値において0.5?1.5で」の条件を満たさないものである。(なお、当初の請求項29に補助エステルとして「安息香酸ベンジル」が挙げられているが、発明の詳細な説明にその説明はなく、その後の補正で「安息香酸ブチル」と訂正されている。)
そのため、
(α-1)「前記ニコチン酸エステルに対して、親油性LogP値が小さく、その差がLogP値において0.5?1.5で」の条件を満たす補助エステルとして、どのようなものが具体的に挙げられるかが不明であり、
(α-2)請求人がその作用効果を明らかにすると主張する図3のニコチン酸オクチル(炭素原子数8の側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル)と安息香酸ブチルの組合せ例は、本願発明の実施例に該当しなくなったから、本願発明の根拠とならないものである。

(β)本願明細書段落【0026】の表1に示されている如く、「炭素原子数10以下(例えば炭素原子数8)」のものはLogP値が6より小さく紅斑反応を示すのに対し、本願発明で特定する「炭素原子数12?18」のものはLogP値が6より大きく紅斑反応を示さないもので、その挙動が大きく異なるものであり、また本願明細書の段落【0016】には、同じ表1を引用して、6未満のlogP値を有するニコチン酸エステルは局所適用部位で血管拡張を引き起すのに対して、6より大きいlogP値を有するニコチン酸エステルは該血管拡張を引き起さないことが記載されているから、logP値が6より大きいニコチン酸エステルについては、そもそも「補助エステル」を併用する前提となる、技術的な課題が存在するか不明である。
そうすると、ニコチン酸オクチル(炭素原子数8のアルキル側鎖)を用いる図3の結果がどうであれ、その結果を、炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステルを用いる本願発明の作用効果を釈明するデータとして勘案すべき理由がない。

(γ)「補助エステルが、前記ニコチン酸エステルに対して、親油性LogP値が小さく、その差がLogP値において0.5?1.5であり」という機能・特性による条件を満たすエステル化合物として、分子量や構造が大きく異なる種々の膨大な数のエステル化合物が包含されるものと認められるところ、そのようなエステル化合物の中には、分子量の違いや芳香族基の有無、エステル基付近の立体障害等の様々な要因のため、「プロ栄養素」であるニコチン酸アルキルエステルと皮膚エステラーゼによる生物変換に関して効果的に競合せず(本願明細書段落【0020】の(b)に示された、2つの基準のうち第2の基準を満たさない)、皮膚内の特定の細胞への栄養素の送達の促進ができないものが含まれることになる。
そのため、
(γ-1)補助エステルに関し、如何なる化合物であれば、特定の細胞への栄養素の送達の促進ができるものであるかは、本願出願前に知られていないし、本願明細書中においても、安息香酸ブチル以外の例示すらされておらず、その安息香酸ブチルですら本願発明で特定する条件を満たさない(前記(α)参照)ものであるから、本願発明で特定する条件を満たす具体的な化合物を想定することはできないし、また、そのような具体的な化合物を過度の試行錯誤なく特定することはできない。
(γ-2)仮に、図3によって、ニコチン酸オクチルに対して安息香酸ブチルを併用した場合に、皮膚における特定の細胞への「プロ栄養素」の送達が促進されるとしても、その例は本願発明の例ではなく、また前記(β)で指摘した点もあり、この一つの実験結果のみを根拠としては、「前記補助エステルが、前記ニコチン酸アルキルエステルに対して、親油性LogP値が小さく、その差がLogP値において0.5?1.5である」なる条件を満たす、構造が大きく異なった種々の「補助エステル」との組み合わせにおいても、同様の結果が得られるものと拡張ないし一般化できるとはいえない。

(δ)段落【0028】の記載、及び段落【0020】の(a)?(c)の記載によれば、本願発明における「補助エステル」は、皮膚内の特定細胞(真皮の皮膚線維芽細胞、及び皮膚中の毛細血管内皮細胞)への「プロ栄養素」(エステル型の栄養素)の送達を増進(促進)させるものであるとされていると認められる。そして、上記段落【0020】の(d)の記載によれば、栄養素がナイアシンである場合には、「補助エステル」により、毛細管内皮細胞へのナイアシンの送達が増進すると、ナイアシンの血管拡張作用に基づいて、真皮における血流の増加し、真皮における酸素含量が増加すると予測されることが示されていると認められる。
しかしながら、段落【0020】の(e)及び参照されている図3には、「プロ栄養素」として「ニコチン酸オクチル」を用い、「補助エステル」として「安息香酸ブチル」を用いて、これらを含んだローションを皮膚に局所適用した場合、「ニコチン酸オクチル」を単独で適用した場合よりも、逆に、皮膚における酸素濃度の増加が極めて少なかったという実験結果が示されている。そして、本願明細書中には、段落【0020】の(e)以外に、「補助エステル」についての具体的な試験結果等を含む記載はない。
してみると、段落【0020】の(e)及び図3に記載の実験結果は、上記段落【0028】及び段落【0020】の(a)?(d)に記載の説明とは矛盾するものである。また、図3においては、「ニコチン酸オクチル」も「安息香酸ブチル」も含まない「対照」のほうが、「ニコチン酸オクチル」及び「安息香酸ブチル」を含んだローションを投与した場合よりも、皮膚における酸素濃度の増加が大きいことが示されており、この点でも矛盾している。

(ε)上記(α)?(δ)からすると、本願明細書の発明の詳細な説明には、補助エステルが、請求項1,11に係る発明が解決しようとする課題(特定の細胞への「プロ栄養素」の送達の促進)を解決できることを明らかにする裏付けは、何ら示されていないといえるし、また、具体的にどのような化合物がそれを解決するのかを当業者が認識できるように記載されていない(具体的裏付けを欠いている)ため、本願明細書に接する当業者は、本願出願時の技術常識を参酌しても、請求項1,11の機能・特性による条件を満たす任意の「補助エステル」が、特定の細胞へのプロ栄養素の「炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル」を、ヒトの皮膚細胞への送達を促進すると理解し、格別の試行錯誤を要せずに選び出すことができないというべきである。

これに対し、平成20年12月12日付け意見書(「(3)拒絶理由に対する答弁」の<4>?<8>の項参照)において、審判請求人は次の(イ)?(ハ)の点を繰返し主張するが、該主張はいずれも失当であり採用できない。
(イ)請求人は、本願発明の特徴は、栄養素の送達を促進することであって、特定の親油性LogP値の範囲内にあるエステル化合物の皮膚への拡散速度の相違を利用するもので、かかる拡散速度の相違により皮膚エステラーゼによる生物変換に関して、補助エステルがニコチン酸アルキルエステルに対して競合的に阻害することに基づくものであるから、両エステルの関係が、『前記補助エステルが、前記ニコチン酸アルキルエステルに対して、親油性LogP値が小さく、その差がLogP値において0.5?1.5である』との条件を満たす限り、親油性LogP値が小さい補助エステルが、まず、最初に皮膚細胞に拡散し、皮膚エステラーゼ等のエステラーゼを占有することで、ニコチン酸アルキルエステル型のプロ栄養素が無傷のまま皮膚細胞に移動して、栄養素に変換されて、その作用を発揮することができるとの本願発明の効果を奏し得るものと思料され、及び、図3の記載より、補助エステルにより、栄養素の皮膚組織への送達が調整されていることが導ける旨を主張する。
しかし、図3と発明の詳細な説明には、前記(δ)で指摘した矛盾があり、図3のデータを勘案することは適切ではない等、上記主張を裏付けるデータは検討のとおり何も示されていない以上、上記条件は単なる仮説にすぎないものと認められる。仮に、その仮説が正しいとしても、図3のデータは、本願発明で特定する「炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル」を用いたものでもないし、補助エステルとして使用されている安息香酸ブチルも本願発明で特定する条件を満たすものではなく(前記(α)参照)、「炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル」はLogP値が6より大きく、LogP値が6より小さいニコチン酸オクチル(図3の実験で用いられたもの)とは血管拡張性などの挙動が大きく異なり(前記(β)参照)、そして、構造が異なる種々の「補助エステル」にまで、図3の実験で用いられたニコチン酸オクチルと安息香酸ブチルの組合せの場合と同様の結果が得られるとは認められない(前記(γ-2)参照)から、図3のデータをもって一般化できると解することはできない。

(ロ)請求人は、段落【0020】及び図3に記載の実験結果は、酸素は栄養素を分解させるものであることは周知であり、低い酸素レベルは、栄養素の送達を促進するとの本願発明の特徴と何ら矛盾するものではない旨を主張する。
しかし、図3の実験において栄養素が酸素を分解したと解すべき証拠は何も示されていないし、仮に図3で酸素の遮断が示されたとしても、その結果、栄養素の送達が促進されると結論づける理由も不明である。
そもそも、本願明細書の「皮膚の酸素含量を増加させる目的で毛細血管の内皮細胞にナイアシンを送達するために、ナイアシンの8炭素エステル(ニコチン酸オクチル)を使用した。」ことと、「ニコチン酸オクチルおよび安息香酸ブチルをどちらも含有する製剤がニコチン酸オクチルのみによって誘発される皮膚酸素濃度の増加を遮断したことを示している。これは補助エステルによるプロ栄養素の送達の調節を証明している。」(摘示(v)参照)ことは、酸素含量を増加させる目的で使用されるニコチン酸オクチルが、安息香酸ブチルの併用によってその目的が阻害されているのであるから、矛盾しているという他ない。

(ハ)請求人は、補正後の本願発明においてニコチン酸アルキルエステル型の栄養素について、アルキル側鎖の炭素数を12?16のものに限定したことから、親油性LogP値については、本願明細書中の段落【0026】、【表1】において、その値が示されており、そして、上記特定範囲値の、親油性LogP値が小さいエステル化合物である補助エステルについて、どのような化合物が含まれ、また含まれないのかを、当業者は、親油性LogP値について実測するか、化学構造からの推算により容易に理解できる旨を主張する。
なるほど、アルキル側鎖の炭素数が12?16のものに限定されたことから、補助エステルの目的とする親油性LogP値は特定されたものと認められる。しかし、補助エステルとしてどのような化合物を用いるのかが何ら具体的に示されていない(唯一の具体例である安息香酸ブチルは、本願発明で特定するLogP値の条件を満たさない。)のであるから、実測であれ、推算であれ理解できる理由がない。仮に、実測または推算できるとしても、分子量も構造も異なる種々の膨大な数の化合物が存在するところ、特定のLogP値を持つ化合物を選ぶ方向性が示されていないため、過度の試行錯誤が必要であるとせざるを得ない。

したがって、本願明細書には、次のように特許法に違反する記載不備がある。
[1] 補助エステルについて、本願発明で特定する親油性logP値の範囲の条件を満たすエステル化合物としては、分子量も構造も異なる種々の膨大な数の化合物が存在するところ、そのうちの如何なる化合物であれば、「前記ヒトの皮膚細胞への前記栄養素の送達を促進する」という条件も満たすものであるかは、本願出願前に知られていないし、本願明細書中においても、具体的に記載されている「安息香酸ブチル」は本願発明で特定する補助エステルではないし、安息香酸ブチル以外の例示すら記載されていないため、当業者が、上記条件を満たす具体的な化合物を想定することはできず、請求項1に係る発明の製造方法の対象となる具体的な事物を理解することができない。
したがって、請求項1に係る発明は明確でないから、本件出願は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。(当審拒絶理由の記<4>の点は解消していない。)

[2] 補助エステルについて、本願明細書中に唯一具体的に記載されている「安息香酸ブチル」すら本願発明で特定する親油性logP値の範囲の条件を満たさないものとなっていることに鑑みると、本願発明で特定する親油性logP値の範囲の条件を満たす、分子量も構造も異なる種々の膨大な化合物群の中から、請求項1に記載の「前記ヒトの皮膚細胞への前記栄養素の送達を促進する」という条件を満たすような具体的な「補助エステル」を特定することは、当業者にとって過度の試行錯誤を要するものである。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、請求項1に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、本件出願は平成14年改正前(平成14年法律第24号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前;以下、単に「平成14年改正前」ともいう。)の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。(当審拒絶理由の記<5>の点は解消していない。)

[3] 前記(δ)で指摘したような矛盾した実験結果によっては、「補助エステル」が皮膚内の特定の細胞への「プロ栄養素」の送達を促進させることを、当業者が認識することはできないし、また、本願明細書中には、上記段落【0020】の(e)以外に、「補助エステル」の使用についての具体的な試験結果等を含む記載はない。また、前記(α-2),(β),(γ-2)で指摘したように、図3のデータを勘案することはできない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、請求項1,11に記載された事項により、該請求項に係る発明が解決しようとする課題(特定の細胞への「プロ栄養素」の送達の促進)が、どのように解決されたかについての説明を明確かつ十分に記載していないため、当業者が請求項1,11に係る発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載したものではないから、本願明細書の発明の詳細な説明は、経済産業省令(特許法施行規則第24条の2)で定めるところにより記載したものでなく、本件出願は平成14年改正前の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。(当審拒絶理由の記<6>の点は解消していない。)

[4] 本願明細書の発明の詳細な説明には、請求項1,11に係る発明が解決しようとする課題(特定の細胞への「プロ栄養素」の送達の促進)が解決できることを、当業者が認識できるような記載がなく、本願明細書の上記段落【0028】及び上記段落【0020】の(a)?(d)には、「補助エステル」による皮膚中の特定の細胞への「プロ栄養素」の送達促進の作用機序について理論的な説明が縷々記載されているが、あくまで仮説に過ぎないものであって、上記段落【0020】の(e)に記載されている実験結果は、上記の理論的説明とは矛盾しており(前記(δ)参照)、本願明細書には、他に「補助エステル」の作用効果を実証した具体的な裏付けは全く記載されていない。そして、本願発明にいう「補助エステル」が特定の細胞への「プロ栄養素」の送達を促進することについては、本願出願時の技術常識から推認することもできない。
そして、請求項1,11に係る発明の組成物における「補助エステル」については、前記記(γ)で指摘するように、特定の細胞への栄養素の送達の促進ができないものが含まれることになる。そうすると、もし仮に、ニコチン酸オクチルに対して安息香酸ブチルを併用した場合に、皮膚における特定の細胞への「プロ栄養素」の送達が促進されるとしても、そのことを、請求項1,11に記載の「補助エステル」全てに対して、拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、請求項1,11に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、本件出願は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 (当審拒絶理由の記<7>の点は解消していない。)

[5] 請求項11に係る発明の組成物における「補助エステル」については、前記記(γ)で指摘するように、特定の細胞への栄養素の送達の促進ができないものが含まれることになる。そうすると、もし仮に、ニコチン酸オクチルに対して安息香酸ブチルを併用した場合(図3)に皮膚における特定の細胞への「プロ栄養素」の送達が促進されるとしても、そのことを、請求項11に記載の「補助エステル」全てについて皮膚以外の特定もされない種々の細胞への「プロ栄養素」の送達が促進されるように、拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、請求項11に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、また、請求項11に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものといえないから、本件出願は平成14年改正前の特許法第36条第4項または特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。(当審拒絶理由の記<8>の点は解消していない。)

(4-2)次に、請求項11の「栄養素をヒトに送達するのに役立つ外用投与に適した剤形」について検討する。(当審拒絶理由の記<9>の点)

「外用投与に適した剤形」は、特に皮膚用に限定されておらず、本願明細書では、「クリームおよびローションの他に、シャンプー、点眼剤などの液体、リップクリームおよびデオドラントスティックなどの香膏およびスティック、洗口剤および胃管栄養、セッケン、坐剤、貼剤、包帯、縫合糸、被覆植込み型装置などの局所製剤、ならびに局所適用のために設計された他の任意のタイプのシステムも、本発明の一部である。製剤は例えば皮膚または肝臓、肺、胃などの他の器官、頭皮、眼、血管などに適用するために設計されることが好ましい。」(摘示(vii)参照)とされている。
しかしながら、皮膚組織と、目等の粘膜組織や内臓組織では、例えば角質層の有無など、その組織の構造も性質も大きく異なっているから、もし仮に、「前記補助エステルが、前記ニコチン酸エステルに対して、親油性LogP値が小さく、その差がLogP値において0.5?1.5である」という条件が、ニコチン酸エステルが「炭素原子数12?16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル」である場合に、皮膚内の特定の細胞への栄養素の送達を促進するには適していたとしても、皮膚以外の組織の細胞に対して直ちに適用できるとは認められない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、請求項11に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、また、請求項11に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、本件出願は平成14年改正前の特許法第36条第4項または特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。


5.むすび
以上のとおり、本件出願は、明細書の記載が平成14年改正前特許法第36条第4項及び特許法第6項第1号と第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-01-28 
結審通知日 2009-01-29 
審決日 2009-02-10 
出願番号 特願2001-575962(P2001-575962)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (A61K)
P 1 8・ 537- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山田 靖福井 美穂  
特許庁審判長 川上 美秀
特許庁審判官 弘實 謙二
穴吹 智子
発明の名称 局所微量栄養素送達システムおよびその用途  
代理人 北村 修一郎  
代理人 北村 修一郎  

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