• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F04C
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F04C
管理番号 1217920
審判番号 不服2008-3423  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-02-14 
確定日 2010-06-10 
事件の表示 特願2002-267536「スクロール圧縮機」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 4月 2日出願公開、特開2004-100660〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成14年9月13日の出願であって、平成20年1月8日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年2月14日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、さらに、平成21年12月7日付けで当審における拒絶理由が通知され、これに対し、平成22年2月8日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。


2.拒絶の理由1(特許法第29条第2項の規定に基づく拒絶の理由)について
2-1.本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成22年2月8日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載によれば、特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。

「固定スクロールと噛み合って圧縮室を形成する旋回スクロールと、
前記固定スクロールとで、前記旋回スクロールを挟むように配置される固定部材と、
前記旋回スクロールと前記固定部材との間に配設され、前記旋回スクロールに形成されたキー溝を摺動する一対のキー部である第1のキー部と、前記固定部材に形成されたキー溝を摺動する一対のキー部である第2のキー部とを有するオルダムリングと、を備えたスクロール圧縮機であって、
型を用いて粉末から前記オルダムリングを製作する際に、
前記オルダムリングのリング部から垂直に配設される前記第1のキー部は、前記リング部の内周面を一端とし、前記リング部の外周面から外径方向へ延びる延出部の径方向端部を他端として、前記リング部に対して突設して、下型によって形成され、
前記リング部から垂直に配設される前記第2のキー部は、前記リング部の内周面を一端とし、前記リング部の外周面から外径方向へ延びる延出部の径方向端部を他端として、前記リング部に対して突設して、上型によって形成され、前記第2のキー部の両側に、前記第2のキー部の摺動面と平行であって、前記リング部の外周面から外径方向へ延びる前記第2のキー部のキー幅方向の拡張部が形成され、
前記オルダムリングは焼結によって形成された鉄系焼結合金からなるスクロール圧縮機。」

2-2.引用例
(1)引用例1
当審における拒絶の理由に引用された特開2000-97169号公報(以下「引用例1」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。

・「【請求項1】インボリュートなどの渦巻き状の壁面を鏡板に突設し、お互いの渦巻き状の壁面を組み合わせることにより圧縮室を形成する固定スクロールおよび旋回スクロール、および該旋回スクロールの旋回スクロール軸の回りでの自転を防止して前記旋回スクロールを旋回運動させる自転防止機構であるオルダム継ぎ手を有するスクロール圧縮機において、前記オルダム継ぎ手がリング状部と該リング状部の上面と下面に一対づつ設けられた計4個の爪部とを有し、該爪部の各対の2個の各々前記リング状部の中心に対して対称な位置にあり、更に2つの対がリング直径方向においてお互いに直行するような位置において、前記各爪部のリング状部中心に面する面がリング状部の内周面と同一面上になるようにリング厚さ方向に突出しており、一対の爪部はリング状部と同一幅でリング厚さ方向に突出しており、他一対の爪部はリング状部の周囲方向にも突出しており、外周方向に突出した面と同一面上になるようにリング状部を爪部の両側で幅が広い形状に成形したことを特徴とするスクロール圧縮機。」

・「【0002】
【従来の技術】従来、この種の圧縮機は図7に示すように、密閉容器1の内部に圧縮機構2を駆動する電動機3の固定子4が固定され、この電動機3の回転子5に圧縮機構2を駆動するクランク軸6が固定されている。また密閉容器1の下部が潤滑油溜7となっている。
【0003】圧縮機構2は、固定枠体8に固定渦巻羽根9を一体に形成した固定渦巻羽根部材10と、この固定渦巻羽根9と噛み合って複数個の圧縮作業空間14を形成する旋回渦巻羽根11を旋回鏡板12の上に形成した旋回渦巻羽根部材13と、この旋回渦巻羽根13の自転を防止して旋回のみをさせるオルダム継ぎ手15とを有し、この旋回鏡板12の旋回渦巻羽根11とは反対側に設けた旋回駆動軸16は、クランク軸6の一端に形成した主軸17の内方の偏芯軸受け18に挿入され、このクランク軸6はその主軸17を支承する主軸受け19を有する主軸受け部材20と、主軸とは反対側のクランク軸6の軸部を支承する副軸受け21で支持されている。旋回鏡板12と旋回駆動軸16の内側には穴8が連通して配設されている。これら主軸受け19と副軸受け21は各々主軸受け部材20と副軸受支持部材24により密閉容器1に溶接等により固定されている。また副軸受け21にはクランク軸6の端部に給油機構22を設けるためケーシング23が形成されている。ケーシング23には油吸い込み管27が接続され、この油吸い込み管27の下端は潤滑油溜7に没入している。
【0004】一方、クランク軸6内には送油路28が形成されており、一方がケーシング内部の空間に連結し、他方が圧縮機構2の各摺動部に連結されている。旋回鏡板12と旋回駆動軸16の内側に明けられた連通した穴69により、旋回鏡板12の外周の吸入圧力で引かれた潤滑油は油吸い込み管27より吸い込まれ、送油路28を通して各摺動部を潤滑した後密閉容器1内に排出され、電動機3と密閉容器1の隙間を通して油吸い込み管27に戻る。また、圧縮機の吸入管29から吸入した冷媒は、圧縮機構2内の圧縮作業空間14で圧縮され吐出口30を経て、給油経路22近傍の密閉容器1に設けられた吐出管31を通り、圧縮機の外へ吐出される。
【0005】オルダム継ぎ手15は図7および図8に示すように主軸受け部材20に配設された一対のキー溝32と旋回渦巻き羽根部材13を旋回鏡板12に配設された一対のキー溝33に各々摺動勘合する爪部41と爪部40が構成されており、爪部40は爪部40と爪部41を連結するリング状部34より外側に突出した形状となっている。」

・「【0017】(実施例1)図1において、オルダム継ぎ手15のリング状部34と上面に一対設けられた2個の爪40と下面の一対設けられた2個の爪41から構成されており、各対の爪は直行する位置に配設されている。各爪のリング中心に面する面はリング状部34の内周面42と同一面に構成されており、下面の爪41はリング状部34と同一幅であり、上面の爪40はリング状部34から外周側に突出して構成されている。さらに、上面の爪40の両側は各爪の外周方向の突出した面43と同一面上になるように、リング状部34が爪の両側で幅が広く構成されている。
【0018】上記実施例において、爪部40をキー溝との勘合寸法に加工した場合、バリは外形との内周側交差部44および外周側交差部45の爪部34の厚さ方向とリング形状部34に沿った部分に発生するが、いずれもオルダム継ぎ手の外形形状に沿った箇所であるので、バリ取り作業が容易で、かつ爪部加工面に傷が付くといった2次災害が発生することもなく安価なスクロール圧縮機を提供することが出来る。
【0019】なお、図2のようにリング状部34の爪の両側での幅は爪部40の端から一定幅の間、直線的に広げることでも同様の効果を得ることが出来る。また、爪部厚さ方向のリング状部との交差部に面取りを設置すれば爪部厚さ方向のバリの発生が抑制され、より安価なスクロール圧縮機とする事が出来る。また、爪部厚さ方向のリング形状部との交差部に微小な平面部を持つ面取り形状を配設すれば、焼結合金で素材を成形することができ、さらに安価なスクロール圧縮機を得ることが出来る。」

これらの記載事項及び図示内容を総合すると、引用例1には、次の事項からなる発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認めることができる。
「固定スクロールとお互いの渦巻き状の壁面が組み合わさって圧縮室を形成する旋回スクロールと、
前記固定スクロールとで、前記旋回スクロールを挟むように配置される主軸受け部材20と、
前記旋回スクロールと前記主軸受け部材20との間に配設され、前記主軸受け部材20に配設されたキー溝32に摺動勘合する一対の爪部41と、前記旋回スクロールに配設されたキー溝33に摺動勘合する一対の爪部40とを有するオルダム継ぎ手15と、を備えたスクロール圧縮機であって、
前記オルダム継ぎ手15のリング状部34に設けられた前記爪部41は、前記リング状部34の内周面42を一端とし、前記リング状部34の外周面を他端として、前記リング状部34に対して突出して形成され、
前記リング状部34に設けられた前記爪部40は、前記リング状部34の内周面42を一端とし、前記リング状部34の外周方向に突出した面43を他端として、前記リング状部34に対して突出して形成され、前記爪部40の両側に、前記リング状部34を幅が広い形状に成形した部分を有し、
前記オルダム継ぎ手15は焼結合金からなるスクロール圧縮機。」

(2)引用例2
当審における拒絶の理由に引用された特開2000-205153号公報(以下「引用例2」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。

・「【0006】材質としては、一般に旋回スクロール32およびフレーム33は鋳鉄で形成され、また、オルダムリング34は省資源化の目的から鉄系焼結合金で形成されている。」

・「【0013】
【課題を解決するための手段】上記目的は、渦巻状のスクロールラップを形成した固定スクロールと旋回スクロールとを噛み合わせて圧縮室を形成し、旋回スクロールの自転防止のため旋回スクロールおよびフレームに摺動自在に係合するオルダムリングを備えるスクロール圧縮機において、前記旋回スクロールとフレームとを鋳鉄で形成し、前記オルダムリングを鉄系焼結合金で形成し、このオルダムリングは焼結成形した後、オルダムリングの摺動部表面を切削もしくは研削加工し、続いてスチーム処理を施し、その後、このスチーム処理層の範囲内で表面加工仕上げをする、ことによって達成される。」

(3)引用例3
当審における拒絶の理由に引用された特開平8-21377号公報(以下「引用例3」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。

・「【0005】
【発明が解決しようとする課題】オルダムリングのキーの摺動面にはキー荷重が作用するが、このキー荷重が大きい場合、キーの摺動面の面圧が大きくなり摺動面の摩耗が増大してキー部損傷の原因となる。このキー摺動面の面圧は、図7に示すキーの長さLに反比例する。
【0006】従来は、前述のように、円形オルダムリングの外側のみにキーを設けているので、キーの長さLを大きくする為には限界があり、キー摺動面の面圧を低減して信頼性を向上されるための妨げとなっていた。
【0007】本発明の目的は、キーの長さを従来より大きくすることができ、さらにキーの摺動面の面圧を低減したスクロール流体機械を提供することにある。」

・「【0010】
【実施例】図1の(a)は本発明の第一の実施例のオルダムリングの平面図、(b)はその側面図である。円形オルダムリング20は、互いに直交する径方向に突出した一対のキー20aと一対のキー20bを有し、夫々のキーがキー先端からオルダムリング内径にわたって、オルダムリング20の面に対して直角方向に突出しているので、キーの長さL1 は図7の従来例におけるキーの長さLに対して大幅に大きくできる。キー中心間距離D1 は、図7の従来例のキー中心間距離Dに対して若干小さくなるだけなので、L1×D1>L×Dとすることができるので、キー摺動面の面圧を低減することができる。上記一対のキー20aは図4に平面図として示すフレーム3に設けた内側突起3aで形成した直径方向の一対の相対向するキー溝3bに摺動自在に挿入され、他方の一対のキー20bは、図5に背面図として示す旋回スクロール2の端板2aの背面に形成した直径方向の一対の相対向するキー溝13bに摺動自在に挿入される。旋回スクロール端板側の一対のキー溝の方向はフレーム側の一対のキー溝3bの方向に対して垂直である。
【0011】図2は図1(a)、(b)に示した第一実施例のオルダムリング20を上述の様に組み込んだスクロール流体機械の要部の縦断側面図である。スクロール流体機械の他の部分の構造は図6と同じである。旋回スクロール2の端板2aに設けた一対のキー溝は図2には現われていない。」

・「【0013】なお、以上述べた実施例は、円形オルダムリングから互いに直交する径方向に突出すキーが二対共、オルダムリングの面に対して直角方向に突出した場合について述べたが、二対のキーの内、一対のキーのみがオルダムリングの面に対して直角方向に突出した場合についても、本発明により同様の効果が得られる。」

・図1には、フレーム3に形成したキー溝3bを摺動する一対のキー20a及び旋回スクロールに形成したキー溝13bを摺動する一対のキー20bの両方に、オルダムリングのリング部の外周面から外径方向に伸びる延出部を設ける態様が示されている。

2-3.対比
そこで、本願発明と引用発明とを、その機能・作用を考慮して対比する。
・後者の「お互いの渦巻き状の壁面が組み合わさって」との態様は前者の「噛み合って」との態様に相当する。
・後者の「主軸受け部材20」は前者の「固定部材」に相当する。
・後者の「主軸受け部材20に配設されたキー溝32」と前者の「旋回スクロールに形成されたキー溝」とは、「旋回スクロール及び固定部材のうちの一方に形成されたキー溝」との概念で共通する。
・後者の「摺動勘合する」態様は前者の「摺動する」態様に相当する。
・後者の「一対の爪部41」は前者の「一対のキー部である第1のキー部」に相当する。
・後者の「旋回スクロールに配設されたキー溝33」と前者の「固定部材に形成されたキー溝」とは、「旋回スクロール及び固定部材のうちの他方に形成されたキー溝」との概念で共通する。
・後者の「一対の爪部40」は前者の「一対のキー部である第2のキー部」に相当する。
・後者の「オルダム継ぎ手15」は前者の「オルダムリング」に相当する。
・後者の「リング状部34」は前者の「リング部」に相当する。
・後者の「リング状部34に設けられた」態様と前者の「リング部から垂直に配設される」態様とは、「リング部に配設される」との概念で共通する。
・後者の「リング状部34の外周面3を他端として」との態様と前者の「リング部の外周面から外径方向へ延びる延出部の径方向端部を他端として」との態様とは、「リング部の外径方向の端部を他端として」との概念で共通する。
・後者の「リング状部34に対して突出して形成され」との態様と前者の「リング部に対して突設して、下型によって形成され」との態様とは、「リング部に対して突設して形成され」との概念で共通する。
・後者の「リング状部34の外周方向に突出した面43」は前者の「リング部の外周面から外径方向へ延びる延出部の径方向端部」に相当する。
・後者の「リング状部34に対して突出して形成され」との態様と前者の「リング部に対して突設して、上型によって形成され」との態様とは、「リング部に対して突設して形成され」との概念で共通する。
・後者の「リング状部34を幅が広い形状に成形した部分を有し」との態様と前者の「第2のキー部の摺動面と平行であって、リング部の外周面から外径方向へ延びる前記第2のキー部のキー幅方向の拡張部が形成され」との態様とは、「リング部の外周面から外径方向へ延びる第2のキー部のキー幅方向の拡張部が形成され」との概念で共通する。

したがって、両者は、
「固定スクロールと噛み合って圧縮室を形成する旋回スクロールと、
前記固定スクロールとで、前記旋回スクロールを挟むように配置される固定部材と、
前記旋回スクロールと前記固定部材との間に配設され、前記旋回スクロール及び前記固定部材のうちの一方に形成されたキー溝を摺動する一対のキー部である第1のキー部と、前記旋回スクロール及び前記固定部材のうちの他方に形成されたキー溝を摺動する一対のキー部である第2のキー部とを有するオルダムリングと、を備えたスクロール圧縮機であって、
前記オルダムリングのリング部に配設される前記第1のキー部は、前記リング部の内周面を一端とし、リング部の外径方向の端部を他端として、前記リング部に対して突設して形成され、
前記リング部に配設される前記第2のキー部は、前記リング部の内周面を一端とし、前記リング部の外周面から外径方向へ延びる延出部の径方向端部を他端として、前記リング部に対して突設して形成され、前記第2のキー部の両側に、前記リング部の外周面から外径方向へ延びる前記第2のキー部のキー幅方向の拡張部が形成され、
前記オルダムリングは焼結によって形成された焼結合金からなるスクロール圧縮機。」
の点で一致し、以下の点で相違している。

[相違点1]
オルダムリングのキー部に関して、本願発明では、第1のキー部が「旋回スクロール」に形成されたキー溝を摺動し、第2のキー部が「固定部材」に形成されたキー溝を摺動するのに対して、引用発明では、第1のキー部が「固定部材」に形成されたキー溝を摺動し、第2のキー部が「旋回スクロール」に形成されたキー溝を摺動する点。

[相違点2]
本願発明では、「型を用いて粉末からオルダムリングを製作する際に、」第1のキー部を「下型によって」形成し、第2のキー部を「上型によって」形成しているのに対して、引用発明では、そのような特定はされていない点。

[相違点3]
第1のキー部及び第2のキー部に関し、本願発明では、オルダムリングのリング部「から垂直」に配設しているのに対して、引用発明では、そのような特定はされていない点。

[相違点4]
第1のキー部に関し、本願発明では、リング部の外周面「から外径方向へ延びる延出部を有し、その径方向端部」を他端としているのに対して、引用発明ではリング部の外周面を他端としている点。

[相違点5]
拡張部に関し、本願発明では、「第2のキー部の摺動面と平行であ」るのに対して、引用発明では、そのような特定はされていない点。

[相違点6]
焼結合金に関し、本願発明では、「鉄系」焼結合金であるのに対して、引用発明では、そのような特定はされていない点。

2-4.判断
上記相違点について検討する。
[相違点1について]
第1のキー部と第2のキー部とは、オルダムリングによって旋回スクロールの旋回スクロール軸の周りでの自転を防止して前記旋回スクロールを旋回運動させるために、一方が旋回スクロールのキー溝を摺動し、他方が固定部材のキー溝を摺動するものであって、両者の構造及び機能に格別な相違はなく、いずれを旋回スクロールのキー溝又は固定部材のキー溝に摺動させるかは当業者が適宜なし得る任意選択事項と認められる。
そして、本願発明おいて、第1のキー部が旋回スクロールに形成されたキー溝を摺動し、第2のキー部が固定部材に形成されたキー溝を摺動することに格別な技術的意義を認めることができない。
そうすると、引用発明において、上記相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者が適宜なし得たものと認められる。

[相違点2について]
型を用いて粉末からオルダムリングを製作すること、及び、その際に、一対のキー部を上型又は下型によって形成することは、本願の出願前に常套手段である。
上記常套手段については、例えば、特開平11-192596号公報(特に、段落【0002】?【0005】及び図8?12)、特開平8-144966号公報(特に、段落【0020】?【0023】及び図1?4)及び実願昭62-101056号(実開昭64-6383号)のマイクロフィルム(特に、明細書9頁6行?10頁12行、同明細書15頁5?17行及び第1?4図)等に開示されている。
そして、両側に拡張部が形成される第2のキー部が上型によって形成されること(すなわち、上型によって形成される第2のキー部の両側に拡張部が形成されること)について、本願明細書の段落【0025】には「つまり、拡張部21を形成するための領域を下型に設けておくと、上型側キー部の周辺に金属粉末の供給量を増やすことができるので、キー部の粉末密度が均一となる。」との効果が記載されているが、本願明細書の段落【0024】?【0025】及び図9の記載を参酌しても、格別な技術的意義を認めることができない。
なお、本願明細書の段落【0024】?【0025】における「仮に供給粉末量をうまく調整できても、焼結時に重力に逆らって下型側から上型側のキー部へと粉末を供給するため、上側となるキー部に加圧によるひびや割れが発生してしまう。 そのため、一対のキー部18の近傍にキー幅方向に出っ張った拡張部21を設けることによって、キー延出部22を含めたキー部を有するオルダムリング6を焼結させて形成することができる。」との記載によれば、上記効果を奏するためには、オルダムリングの製作において、焼結時に重力に逆らって下型側から上型側のキー部へと粉末を供給するための工程を備えることが前提であると認められるところ、そのような工程は本願発明の発明特定事項とはなっていない。
そうすると、引用発明において、上記常套手段を適用し、上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは、当業者が適宜なし得たものと認めざるをえない。

[相違点3及び4について]
引用例3には、キー部(「キー」が相当。)の摺動面の面圧を低減し、摺動面の摩擦を小さくすることが可能な構成として、固定部材(「フレーム3」が相当。)に形成したキー溝(「キー溝3b」が相当。)を摺動する一対のキー部(「キー20a」が相当。)及び旋回スクロールに形成したキー溝(「キー溝13b」が相当。)を摺動する一対のキー部(「キー20b」が相当。)の両方に、オルダムリングのリング部の外周面から外径方向に伸びる延出部を設けると共に、両方のキー部をオルダムリングのリング部から垂直に配設(「オルダムリングの面に対して直角方向に突出」が相当。)する技術事項が記載されている。
そして、引用発明においても、第1のキー部及び第2のキー部の摺動面の面圧を低減し、摺動面の摩擦を小さくすることは望ましいのであるから、上記引用例3に記載された技術事項を適用し、上記相違点3及び4に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到することができたものと認められる。
なお、上記引用例3に記載されたオルダムリングが焼結合金でないとしても、それが上記適用を困難とする要因になるとは認められない。

[相違点5について]
本願発明において、拡張部がキー部の摺動面と平行であることについては、拡張部の形状を特定したものであるところ、当該形状の特定による作用・効果は本願明細書に何ら記載されていないため、格別な技術的意義を認めることができない。
よって、引用発明において、上記相違点5に係る本願発明の構成とすることは当業者が適宜なし得たものと認められる。

[相違点6について]
オルダムリングを鉄系焼結合金で形成するようなことは、例えば、引用例2に開示されているように、本願出願前に周知の技術(以下、「周知技術」という。)である。
よって、引用発明において、上記周知技術を適用することにより、上記相違点6に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得たものといえる。

そして、本願発明の全体構成により奏される作用効果は、引用発明、引用例3に記載された技術事項、上記常套手段及び上記周知技術から当業者が予測し得る範囲内のものである。
したがって、本願発明は、引用発明、引用例3に記載された技術事項、上記常套手段及び上記周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

2-5.小括
以上のとおり、本願発明は、引用発明、引用例3に記載された技術事項、上記常套手段及び上記周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


3.拒絶の理由3(特許法第36条第4項第1号の規定に基づく拒絶の理由)について
3-1.拒絶の理由3の概要
当審において通知した拒絶の理由3は、「請求項1及び3に記載された拡張部に関し、明細書の段落【0025】において『そのため、一対のキー部18の近傍にキー幅方向に出っ張った拡張部21を設けることによって、キー延出部22を含めたキー部を有するオルダムリング6を焼結させて形成することができる。つまり、拡張部21を形成するための領域を下型に設けておくと、上型側キー部の周辺に金属粉末の供給量を増やすことができるので、キー部の粉末密度が均一となる。』との記載があるが、明細書の段落【0024】及び図9の記載からはオルダムリングの具体的な製造方法が不明であって、何故、拡張部21を形成するための領域を下型に設けておくと、上型側キー部の周辺に金属粉末の供給量を増やすことができ、キー部の粉末密度を均一とすることができるのか理解できない。 ・・・ したがって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1ないし4に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。」として、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないとするものである。

3-2.審判請求人の主張
審判請求人は、平成22年2月8日付けの手続補足書に記載された推定当業者の意見をもとに、平成22年2月8日付けの意見書において次の主張をする。
(1)「文言上、物を作ることができるとは直接記載されている訳ではありませんが、製造方法が開示されているのですから物を作ることができます。」(5頁49?50行)
(2)「審査基準(3.2.1 実施可能要件の具体的運用)によれば、「 ・・・ 他方、実施例として示された構造などについての記載や出願時の技術常識から当業者がその物を製造できる場合には、製造方法の記載がなくても本項違反とはしない。」とのことですが、本願はこの運用が適用されるべき案件であると考えられます。」(6頁2?17行)
(3)「拡張部との関係を明らかにする記載については、前述したように、「 図9右側図では上側の棒よりも下側の棒の方が太く示されており、主にこの太い部分により拡張部を形成すべく加圧することになります(但しこの内容は、例え当業者であっても明細書・図面から把握することはできないものと思量いたします)。」ということで、図9右側図には、拡張部そのものについては開示が無く、また、拡張部の作用も明確には記載されておりません。辛うじて【0024】【0025】の開示があるだけであり、推定当業者コメント3.3の通り、「拡張部21を設けることで、ひびや割れが発生しないように、延出部22を作ることができる。また、密度を均一にすることができる。」ということが理解されるだけであって、つまり原因と結果が開示されているのみであります。拡張部を有することによる作用や原理については記載がありません。 ・・・ しかし、前述したように物を作ることは可能です。 従って、 ・・・ 発明に係るオルダムリングを製造するに当たっては、拡張部について理解できなくてもオルダムリングという物が製造できるため、つまり、拡張部は物を製造する/作るために必要とは認められないため、拡張部に関する詳細な記載が無くても、実施可能要件違反とはならないものと思量いたします。」(6頁19?43行)
(4)「拡張部について詳細が分からなくても物を作ることができる理由の一つは、「 実際、拡張部は、上下の型によって粉末が加圧され、また、オルダムリングの径方向、つまり、図9右側図が表された紙面と直角方向、に粉末が押し出されるようにして周面の型に押し付けられることにより形成されるものであります。当業者であれば、図5も参照することによって、拡張部21の形状を理解するとともに、周面の型はそれに対応する形状になっていると理解します。」と記載した通りであります。 単なる読み物として明細書・図面に接している間は周面の型などには気が回らないとしても、物を作ろうと思って明細書・図面に接した当業者であれば図5等をも参照することによって物を作ることを考えます。そして、前述したように物を作ることは可能です。」(6頁47行?7頁8行)
(5)「また、審査基準(3.発明の詳細な説明の記載要件/3.2 実施可能要件)には、「(2)…(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)には、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないこととなる。」とあります。 これを本願に当てはめて考えてみると、物を作る際には、明細書・図面に記載していない内容を当業者に期待しなければなりませんが、今回は「期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき」には該当しません。何故ならば、明細書・図面に接した推定当業者が、本願の明細書・図面および出願時の技術常識のみから、物を作ることは可能と考えているからであり、推定当業者は当業者に該当すると考えられる者であるからです。以上の通りであり、新請求項1に係る発明は、実施可能要件を満たすものであると愚考いたします。」(7頁9?22行)

3-3.当審の判断
審判請求人の各主張によれば、本願の明細書及び図面にオルダムリングの具体的な製造方法が記載されていなくても、本願の明細書及び図面、並びに、出願時の技術常識からオルダムリングという物が製造できるのであるから、「発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」という要件(以下、「実施可能要件」という。)の違反とはならないとするものである。
これについて、当業者が型を用いて粉末からオルダムリングを製作する際に、第1のキー部を下型によって形成し、両側に拡張部が形成される第2のキー部を上型によって形成しさえすれば、具体的な製造方法を問わず、本願明細書の段落【0025】に記載された「つまり、拡張部21を形成するための領域を下型に設けておくと、上型側キー部の周辺に金属粉末の供給量を増やすことができるので、キー部の粉末密度が均一となる。」との効果を奏することできるというのであれば、本願の明細書及び図面にオルダムリングの具体的な製造方法が記載されることを要するものではない。
しかしながら、本願の段落【0024】?【0025】及び図9の記載を参酌しても、型を用いて粉末からオルダムリングを製作する際に、第1のキー部が下型によって形成され、両側に拡張部が形成される第2のキー部が上型によって形成されること(すなわち、上型によって形成される第2のキー部の両側に拡張部が形成されること)によって、何故上記効果を奏することができるのか理解できず、拡張部を設けることの技術的意義が理解できないのであるから、具体的な製造方法を問わず、上記効果を奏することができる場合には該当しない。
よって、本願の明細書及び図面には、上記効果を奏するために必要なオルダムリングの具体的な製造方法の記載が求められるというべきである。
なお、本願明細書の段落【0024】?【0025】における「仮に供給粉末量をうまく調整できても、焼結時に重力に逆らって下型側から上型側のキー部へと粉末を供給するため、上側となるキー部に加圧によるひびや割れが発生してしまう。 そのため、一対のキー部18の近傍にキー幅方向に出っ張った拡張部21を設けることによって、キー延出部22を含めたキー部を有するオルダムリング6を焼結させて形成することができる。」との記載によれば、上記効果を奏するためには、オルダムリングの製作において、焼結時に重力に逆らって下型側から上型側のキー部へと粉末を供給するための工程を備えることが前提であると認められるところ、そのような前提となる工程を備えたオルダムリングの製作について、具体的な製造方法は発明の詳細な説明には記載されていない。
そうすると、本願は、発明の詳細な説明において、上記効果を奏するために必要なオルダムリングの具体的な製造方法を記載したものではないから、実施可能要件を満たしているとはいえない。

3-3.小括
以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。


4.むすび
本願は、特許法第49条第第2号及び同法第49条第4号に該当するから、同法第49条本文の規定により拒絶をすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-03-30 
結審通知日 2010-04-06 
審決日 2010-04-19 
出願番号 特願2002-267536(P2002-267536)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (F04C)
P 1 8・ 121- WZ (F04C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田谷 宗隆  
特許庁審判長 大河原 裕
特許庁審判官 槙原 進
小川 恭司
発明の名称 スクロール圧縮機  
代理人 井上 学  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ