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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61F
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61F
管理番号 1218781
審判番号 不服2008-902  
総通号数 128 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-08-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-01-10 
確定日 2010-06-14 
事件の表示 特願2002-222360号「視覚再生補助装置」拒絶査定不服審判事件〔平成16年2月26日出願公開、特開2004-57628号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 I.手続の経緯
本願は、平成14年7月31日の出願であって平成19年12月3日付けで拒絶査定がなされたところ、同査定を不服として平成20年1月10日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、平成20年2月12日付けで明細書についての手続補正がなされたものである。

II.平成20年2月12日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成20年2月12日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、次のように補正された。
「患者に認知させる被写体を撮影する撮影手段と、前記撮影手段に接続され撮影された撮影情報を電気刺激パルス用のデータに変換して体内に向けて電磁波として送信する信号変換・送信手段と、患者の側頭部の皮膚下に埋め込まれる受信手段であって、該信号変換・送信手段にて電磁波信号で送信された前記データを受信する受信手段と、該受信手段にて受信された前記データに基づいて前記電気刺激パルス信号を形成する電気刺激パルス信号形成手段と網膜を構成する細胞に電気刺激を与える複数の電極とを有し,患者眼の強膜の一部を切開することにより形成される強膜フラップ内に前記電極を設置する構成とされる電気刺激発生手段であって、前記電気刺激パルス信号形成手段により形成された電気刺激パルス信号を前記電極から出力させ脈絡膜を介して網膜を構成する細胞に電気刺激を与える電気刺激発生手段と、前記電気刺激発生手段にケーブルで接続され網膜を挟んで前記電極と向き合うように眼内に置かれるとともに前記電極の極性と反対の極性を持つ不関電極と、を備えることを特徴とする視覚再生補助装置。」(下線部は補正個所を示す。)

2.補正の目的、新規事項の追加の有無
本件補正は、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「信号変換手段」に「・送信」との限定を付加して特定し、「送信する」に「体内に向けて電磁波として」との限定を付加するとともに、「受信手段」に、「患者の側頭部の皮膚下に埋め込まれる」との限定を付加し、さらに、「電気刺激発生手段」と「不関電極」との「接続」に対して「ケーブルで」との限定を付加するものであり、かつ、補正後の請求項1に記載された発明は、補正前の請求項1に記載された発明と、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、本件補正は、平成14年法律第24号改正附則第2条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、本件補正は新規事項を追加するものではない。

3.独立特許要件
そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)、以下に検討する。

3-1.引用例の記載事項
原査定の拒絶の理由には、「田野保雄,感覚器障害の臨床 update 人工視覚,日本医師会雑誌,日本,2002年 5月 1日,vol.127 no.9,p.1505-1509」(以下、「引用例1」という。)及び「国際公開第01/083026号」(以下、「引用例2」という。)が引用され、これらは本願の出願前に頒布された刊行物である。

3-1-1.引用例1
引用例1には下記の事項が図面とともに記載されている。
(1)「現在開発中の人工視覚システムを刺激部位によって分類すると,・・・網膜下刺激電極によるもの,網膜上刺激電極によるものの4つがある。」(1506頁左欄18?22行)

(2)「網膜上刺激電極による方式は,眼鏡に取り付けられた撮像装置,画像処理システム,送信装置からなる眼外装置と受信装置,パルス発生装置,刺激電極からなる眼内装置からなる。すなわち,超小型CCDカメラで得た画像をもとにして,眼内に埋植した電極に対応する信号として画像処理を行い,電磁誘導の原理で眼内の受信装置に変調した信号と電力を供給する。眼内装置は,信号に応じた電気パルスを発生させて網膜表面を電気刺激する仕組みである(図2)。」(1507頁左欄3行?右欄6行)

(3)「眼内装置が受信装置,ケーブル,刺激電極からなっているために,刺激電極埋植の手術手技が複雑となることや,技術的課題として各要素を十分にパッケージし,結線することが問題となっている」(1508頁左欄4?8行)

(4)図2には、「網膜上刺激電極の模式図(体外撮像型人工視覚)」について、「カメラ」との文字の下に「外界画像を取り込む。」と記載され、「画像処理装置」との文字の下に「カメラからの画像情報の最適な処理を行う。」と記載され、「送信装置」との文字の下に「処理した画像情報を受信装置に送信する。」と記載され、「受信装置,パルス発生回路」との文字の下に「体外装置からの画像処理信号を受信し,電気刺激のパルスを発生させるための回路。また,外部装置からの電力供給も行う。」と記載され、「刺激電極」との文字の下に「網膜細胞を電気的に刺激することによって視覚を再生する。」と記載され、「外界画像」との文字が記入された矢印の下に「処理した画像信号の体内装置への送信・電力の供給。」と記載されている。

(5)上記(2)、(4)の記載事項から、カメラが撮像装置であって、撮像装置が取り込む画像情報が患者に認知させる被写体を含むことは明らかである。

(6)上記(4)に記載のように、刺激電極は、網膜細胞を電気的に刺激することによって視覚を再生するものであって、複数の刺激電極相互の網膜細胞への電気的刺激の差異により像を認識させるようにするものと解されるから、刺激電極は複数の電極からなるものといえる。
なお、図2にも、刺激電極が複数の電極からなる態様が示されている。

(7)上記(2)、(4)、(6)の記載事項から、引用例1には、受信装置にて受信された画像処理信号に応じた電気刺激パルスを発生するパルス発生回路と網膜細胞に電気刺激を与える複数の電極を有する刺激電極とを有し、患者眼の網膜上に前記電極を設置する構成とされる電気刺激発生手段であって、パルス発生回路で発生した電気刺激パルスを刺激電極の複数の電極から出力させて網膜細胞に電気刺激を与える電気刺激発生手段が記載されているといえる。

これら記載事項及び図示内容を総合すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されている。

「患者に認知させる被写体を撮影する撮像装置と、
撮像装置に接続され撮像された画像情報を眼内に埋植した刺激電極に対応する信号として画像処理を行う画像処理装置と、
画像処理装置により画像処理された画像処理信号を電磁誘導の原理で眼内の受信装置に送信する送信装置と
送信装置から送信された前記信号を受信する眼内の受信装置と、
受信装置にて受信された前記信号に応じた電気刺激パルスを発生するパルス発生回路と網膜細胞に電気刺激を与える複数の電極からなる刺激電極とを有し、患者眼の網膜上に前記電極を設置する構成とされる電気刺激発生手段であって、パルス発生回路で発生した電気刺激パルスを前記電極から出力させて網膜細胞に電気刺激を与える電気刺激発生手段と、
を備えるとともに、
撮像装置、画像処理装置、送信装置は眼鏡に取り付けられている、
人工視覚装置。」

3-1-2.引用例2
引用例2には下記の事項が図面とともに記載されている。(なお、翻訳文として、引用例2に対応する日本語文献である特表2003-531697号公報を援用した。)

(1)「The present invention is generally directed to medical devices. More particularly, the present invention is directed to an artificial retina medical device and method to more efficiently stimulate electrically and with higher resolution, neuroretinal cells in partially damaged retinas to produce artificial vision. The invention provides improved efficiency and resolution of the device by using transretinal electrical current stimulation provided by stimulation and ground return electrodes that are disposed on opposite sides of the neuroretina.」(1頁5?12行)
「本発明は一般に医療装置を目的としている。特に、本発明は、部分的に損傷を受けている網膜の神経網膜細胞を電気的により高い解像度で効率良く刺激して人工視力を生じるようにした人工網膜医療装置とその方法を目的としている。本発明は、神経網膜の両側に配置された刺激電極と接地帰路電極とにより供与される経網膜電流刺激を利用することにより、効率と解像度とを向上させる。」(【0001】)

(2)「The microphotodiodes 23a or other electrical source preferably provides stimulation to the neuroretina from the subretinal and vitreous cavity sides of the eye.
Alternatively, The electrical source could provide stimulation from outside the eye in response to incident light. For example, the electrical source could send signals proportional to sensed incident light via hardwiring into the subretinal space and vitreous cavity of the eye. In another embodiment, the electrical source could transmit a signal in a wireless fashion to the eye using, for example, radio frequency (RF) to send signals to a coil located in the eye that is in communication with the stimulation and ground electrodes. Other known mechanisms may also be used for providing electrical energy to the eye in response to incident light. 」(5頁29行?6頁8行)
「マイクロフォトダイオード23aまたはこれ以外の電源が眼の網膜下側および硝子体腔側から神経網膜に刺激を与えるのが好ましい。これに代わるものとして、入射光に反応して、眼の外側から刺激を与えることができる。例えば、電源は、検知された入射光に比例する信号を配線通信により眼の網膜下空間および硝子体腔の中へ送信することができる。別な実施形態では、電源は、例えば、高周波(RF)を利用して刺激電極と接地電極とに連絡状態である眼内に設置されたコイルに信号を送信することにより、眼に無線形式で信号を送信することができる。これ以外の公知の機構を利用して、入射光に反応して眼に電気エネルギーを与えるようにしてもよい。」(【0006】)

(3)「34. The device of claims 32 wherein the stimulating electrode is disposed between the sclera and the choroid.」(16頁9?10行)
「【請求項34】 前記刺激電極は鞏膜と脈絡膜の間に配置される、請求項32に記載の装置。」(特許請求の範囲)

(4)上記(3)に記載のように、刺激電極が鞏(強)膜と脈絡膜の間に配置される場合、刺激電極と神経網膜との間に脈絡膜が介在することは明らかであるから、上記(1)?(3)の記載事項から、引用例2には、強膜と脈絡膜の間に刺激電極を設置する構成とされる電気刺激発生手段であって、刺激電極から電気刺激を出力させ脈絡膜を介して神経網膜に電気刺激を与える電気刺激発生手段が記載されているとえる。

(5)上記(3)に記載のように、刺激電極が鞏(強)膜と脈絡膜の間に配置される場合、上記(1)?(4)の記載事項から、接地帰路電極は、刺激電極と神経網膜を挟んだ逆側である眼内に置かれるといえる。さらに、この場合、接地帰路電極は、電気刺激発生手段と接続されるとともに刺激電極の極性と反対の極性を持つことは明らかである。

(6)「A purpose of the loop electrode of the tail extension 30a is to electrically extend the location of the ground return electrode further into the vitreous cavity 54 and in an even manner. An evenly disposed ground electrode in the vitreous cavity relative to the subretinal stimulating electrode array aids the maintenance of a tranretinal stimulating electrical field in a perpendicular direction relative to the neuroretinal surface. Such an alignment of the electrical field relative to the neuroretinal surface efficiently stimulates the neuroretina, as compared to, for example, a transretinal electrical field that is skewed to the neuroretinal surface. 」(10頁22?30行)
「テール拡張部30aのループ電極の目的は接地帰路電極の位置を更に硝子体腔54内へと、一様な態様で電気的に拡張することである。網膜下刺激電極配列に相関する、硝子体腔内の一様に配置された接地電極は、経網膜刺激電界を神経網膜面に対して直交方向に維持するのを支援する。神経網膜面に相対する電界のこのような整合は、例えば、神経網膜面に対して斜曲状態にある経網膜電界に比べて、神経網膜を効率良く刺激する。」(【0012】)

これら記載事項及び図示内容を総合すると、引用例2には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されている。
「神経網膜の両側に配置された刺激電極と接地帰路電極とにより神経網膜を電流刺激して人工視力を生じるようにした人工網膜医療装置において、
強膜と脈絡膜の間に刺激電極を設置する構成とされる電気刺激発生手段であって、
刺激電極から電気刺激を出力させ脈絡膜を介して神経網膜に電気刺激を与える電気刺激発生手段と、
電気刺激発生手段に接続され、神経網膜を挟んで刺激電極と逆側の眼内に置かれるとともに刺激電極の極性と反対の極性を持つ接地帰路電極と、
を備える人工網膜医療装置。」

3-1-2-1.請求人の主張について
請求人は、引用例2に関し、審判請求書の請求の理由についての平成20年2月12日付け手続補正書において、「引用文献2は、複数のマイクロフォトダイオードと刺激電極とを持つ人工網膜装置を開示します。この人工網膜装置は眼の網膜下(網膜と脈絡膜との間)に置き、透明な網膜組織を透過してきた光をマイクロフォトダイオードで受光し、受光した光に対して電極から網膜に電気刺激を与えるものであり、引用文献2が開示する装置は引用文献1の図1に開示される技術と同じものであり、本願発明との関係に即して言えば引用文献1と同程度の技術を開示するのみであります。」(2頁末行?3頁5行)と主張するとともに、このことに関連して、平成22年3月24日の面接時に、引用例2の(刺激電極は鞏膜と脈絡膜の間に配置される)請求項34に係る発明は、脈絡膜が不透明であるから実施不能である旨主張する。
そこで、請求人の上記主張について検討する。
引用例2には、確かに、網膜に電気的刺激を与えるための電源としてマイクロフォトダイオードを用いたものが中心的に記載されているが、上記(2)に記載されているように、「マイクロフォトダイオード以外の電源」を利用することも示唆されており、引用発明2は必ずしもマイクロフォトダイオードの使用を前提としたものではなく、「これ以外の公知の機構を利用して、入射光に反応して眼に電気エネルギーを与えるようにしてもよい」ものである。
そして、この場合、仮に脈絡膜が不透明であるとしても、神経網膜の両側に配置された刺激電極と接地帰路電極とにより供与される経網膜電流刺激を利用した人工網膜医療装置において、刺激電極が鞏(強)膜と脈絡膜の間に配置される構成のものを実施不能であると解すべき根拠も見出せない。
してみると、引用発明2がマイクロフォトダイオードの使用を前提としたものであることをいう請求人の主張や、このことに関連して、引用例2の(刺激電極は鞏膜と脈絡膜の間に配置される)請求項34に係る発明が実施不能であることをいう請求人の主張は、採用することができず、引用例2に接した当業者は引用発明2を理解するといえる。

3-2.対比
本願補正発明と引用発明1とを対比する。
引用発明1の「撮像装置」、「撮像された画像情報」は、本願補正発明の「撮影手段」、「撮影された撮影情報」にそれぞれ相当する。
そして、引用発明1の「眼内に埋植した刺激電極に対応する信号」及び「画像処理装置により画像処理された画像処理信号」は、本願補正発明の「電気刺激パルス用のデータ」に相当するから、引用発明1において「撮像された画像情報」を「眼内に埋植した刺激電極に対応する信号」として「画像処理を行う」ことは、本願補正発明において「撮影された撮影情報」を「電気刺激パルス用のデータ」に「変換」することに相当する。

引用発明1の「眼鏡に取り付けられた送信装置」から「電磁誘導の原理で眼内の受信装置に送信する」ことは、本願補正発明の「体内に向けて電磁波で送信する」ことに相当するから、引用発明1の「画像処理装置」及び「送信装置」は、本願補正発明の「信号変換・送信手段」を構成する。

引用発明1の「送信装置から送信された前記信号を受信する眼内の受信装置」は、本願補正発明の「該信号変換・送信手段にて電磁波信号で送信された前記データを受信する受信手段」に相当する。
そして、本願補正発明の「患者の側頭部の皮膚下に埋め込まれる」「受信手段」と引用発明1の「眼内の受信装置」とは、「患者の頭部に埋め込まれる」「受信手段」である点で一致する。

引用発明1の「受信装置にて受信された前記信号に応じた電気刺激パルスを発生するパルス発生回路」は、本願補正発明の「該受信手段にて受信された前記データに基づいて前記電気刺激パルス信号を形成する電気刺激パルス信号形成手段」に相当する。

引用発明1の「網膜細胞に電気刺激を与える複数の電極からなる刺激電極」は、本願補正発明の「網膜を構成する細胞に電気刺激を与える複数の電極」に相当する。

本願補正発明の「電気刺激発生手段」と引用発明1の「電気刺激発生手段」とは、「該受信手段にて受信された前記データに基づいて前記電気刺激パルス信号を形成する電気刺激パルス信号形成手段と網膜を構成する細胞に電気刺激を与える複数の電極とを有し、前記電気刺激パルス信号形成手段により形成された電気刺激パルス信号を前記電極から出力させ網膜を構成する細胞に電気刺激を与える電気刺激発生手段」である点で一致する。

引用発明1の「人工視覚装置」は、視覚再生の補助をするものといえるから、本願補正発明の「視覚再生補助装置」に相当する。

そこで、本願補正発明の用語を用いて表現すると、本願補正発明と引用発明1とは次の点で一致する。
(一致点)
「患者に認知させる被写体を撮影する撮影手段と、前記撮影手段に接続され撮影された撮影情報を電気刺激パルス用のデータに変換して体内に向けて電磁波として送信する信号変換・送信手段と、患者の頭部に埋め込まれる受信手段であって、該信号変換・送信手段にて電磁波信号で送信された前記データを受信する受信手段と、該受信手段にて受信された前記データに基づいて前記電気刺激パルス信号を形成する電気刺激パルス信号形成手段と網膜を構成する細胞に電気刺激を与える複数の電極とを有し、前記電気刺激パルス信号形成手段により形成された電気刺激パルス信号を前記電極から出力させ網膜を構成する細胞に電気刺激を与える電気刺激発生手段と、を備えることを特徴とする視覚再生補助装置。」

そして、両発明は次の点で相違する。
(相違点1)
本願補正発明は、「電気刺激発生手段」が「患者眼の強膜の一部を切開することにより形成される強膜フラップ内に前記電極を設置する構成とされる」とともに、「脈絡膜を介して網膜を構成する細胞に電気刺激を与える」ものであり、「電気刺激発生手段にケーブルで接続され網膜を挟んで前記電極と向き合うように眼内に置かれるとともに前記電極の極性と反対の極性を持つ不関電極を備える」のに対し、引用発明1は、電気刺激発生手段が患者眼の網膜上に刺激電極の複数の電極を設置する構成とされ、網膜細胞に電気刺激を与えるものであるものの、脈絡膜を介して電気刺激を与えるものではなく、不関電極を備えていない点。

(相違点2)
本願補正発明の「受信手段」が「患者の側頭部の皮膚下に埋め込まれる」のに対し、引用発明1の受信装置は患者の眼内に備えられている点。

3-3.相違点の判断
上記相違点について検討する。

(相違点1について)
引用発明2の「人工網膜医療装置」、「接地帰路電極」、「神経網膜」は、それぞれ「人工視覚装置」、「不関電極」、「網膜」といえるから、引用発明2は、
「網膜の両側に配置された刺激電極と不関電極とにより網膜を電流刺激して人工視力を生じるようにした人工視覚装置において、
強膜と脈絡膜の間に刺激電極を設置する構成とされる電気刺激発生手段であって、
刺激電極の電極から電気刺激を出力させ脈絡膜を介して網膜に電気刺激を与える電気刺激発生手段と、
電気刺激発生手段と接続され、網膜を挟んで刺激電極と逆側の眼内に置かれるとともに刺激電極の極性と反対の極性を持つ不関電極と、
を備える人工視覚装置。」といえる。
してみると、引用発明2は、「網膜の両側に配置された刺激電極と不関電極とにより網膜を電流刺激して人工視力を生じるようにした人工視覚装置」であるから、引用発明1の「人工視覚装置」において、刺激電極の電極から電気刺激を出力させ網膜細胞に電気刺激を与えて人工視覚を実現するに当たり、引用発明2の「刺激電極」、「電気刺激発生手段」、「不関電極」を備える上記構成を採用することに格別の困難性は見出せない。
そして、「患者眼の強膜の一部を切開することにより形成される強膜フラップ内に前記電極を設置する構成」とすることは、強膜と脈絡膜の間に刺激電極を設置する際の手術手技を特定したにすぎないことや、例えば、本願の出願前に頒布された刊行物である特表平11-506662号公報の「発明の背景」の欄に従来技術として、網膜を電気的に刺激する素子の配置に関し、「他の素子としては、セレン等の感光材料をコーティングした支持ベースからなるユニットを用いるものがある。この素子は、後部極で外強膜切開を行なって挿入し、強膜と脈絡膜または脈絡膜と網膜の間に載置するように考案されたものである。」(8頁25?28行)と記載されているように、網膜を電気的に刺激する素子を強膜と脈絡膜の間に配置する際に強膜を切開して挿入することが本願の出願前に周知であったことからして、引用発明1に引用発明2の上記構成を採用して強膜と脈絡膜の間に刺激電極を設置する際に、「患者眼の強膜の一部を切開することにより形成される強膜フラップ内に前記電極を設置する構成」とすることは、当業者が必要に応じて適宜成し得る設計事項にすぎない。
加えて、引用例2には、「経網膜刺激電界を神経網膜面に対して直交方向に維持する」ことにより「神経網膜を効率良く刺激する」ことが示唆されている(引用例2の記載事項(6))から、引用発明1に引用発明2の上記構成を採用するに当たり、「経網膜刺激電界を神経網膜面に対して直交方向に維持する」ために「不関電極」を「網膜を挟んで前記電極と向き合うように眼内に置」く配置とすることは、当業者が必要に応じて適宜成し得る設計事項にすぎない。
しかも、電気部品等の接続においてケーブルにより接続することは、例えば引用例1(引用例1の記載事項(3))に記載されているように周知であるから、引用発明1に引用発明2の上記構成を採用するに当たり、「電気刺激発生手段」と「不関電極」とを「ケーブル」で「接続」することも、当業者が必要に応じて適宜成し得る設計事項にすぎない。
以上によれば、本願補正発明の相違点1に係る発明特定事項は、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基いて当業者が容易に想到し得たものである。

なお、仮に引用発明1の刺激電極が複数の電極からなるものではないとしても、網膜細胞を刺激して像を認識させる際に、刺激電極を複数として、複数の刺激電極相互の網膜細胞への電気的刺激の差異により像を認識させるようにすることは、当業者が必要に応じて適宜成し得る設計事項にすぎない。

(相違点2について)
引用発明1の「人工視覚装置」における構成要素の配置について確認すると、「刺激電極」は網膜細胞に電気刺激を与えるため眼内に配置する必要性があるものの、「受信装置」は、「刺激電極」と接続可能な範囲内で、かつ「送信装置」から電磁誘導の原理で送信された信号を受信できる位置であれば配置可能であるといえる。
そして、引用発明1の「送信装置」が取り付けられている眼鏡は患者の側頭部に接する部位を有するから、引用発明1の「人工視覚装置」の設計に当たり、眼鏡の患者側頭部に接する部位近傍に「送信装置」を取り付けるとともに、この「送信装置」に対応した頭部の部位に「受信装置」を配置することに格別の技術的困難性は見出せない。
以上によれば、引用発明1において「受信装置」を「患者の側頭部の皮膚下」に「埋め込む」ようにして、本願補正発明の相違点2に係る発明特定事項とすることは、引用発明1に基いて当業者が容易に想到し得たものである。

そして、本願補正発明による効果は、引用発明1、引用発明2及び周知技術から当業者が予測し得た程度のものであって、格別のものとはいえない。

したがって、本願補正発明は、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3-4.むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

III.本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を、「本願発明」という。)は、拒絶査定時の平成19年10月22日付けの手続補正により補正された明細書の、特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「患者に認知させる被写体を撮影する撮影手段と、前記撮影手段に接続され撮影された撮影情報を電気刺激パルス用のデータに変換して送信する信号変換手段と、該信号変換手段にて送信された前記データを受信する受信手段と、該受信手段にて受信された前記データに基づいて前記電気刺激パルス信号を形成する電気刺激パルス信号形成手段と網膜を構成する細胞に電気刺激を与える複数の電極とを有し,患者眼の強膜の一部を切開することにより形成される強膜フラップ内に前記電極を設置する構成とされる電気刺激発生手段であって、前記電気刺激パルス信号形成手段により形成された電気刺激パルス信号を前記電極から出力させ脈絡膜を介して網膜を構成する細胞に電気刺激を与える電気刺激発生手段と、前記電気刺激発生手段に接続され網膜を挟んで前記電極と向き合うように眼内に置かれるとともに前記電極の極性と反対の極性を持つ不関電極と、を備えることを特徴とする視覚再生補助装置。」

IV.引用例の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された各引用例、及び、その記載事項は、前記II.3-1-1,2に記載したとおりである。

V.対比・判断
本願発明は、前記II.1の本願補正発明から、「信号変換・送信手段」との特定事項から「・送信」との限定を省き、「体内に向けて電磁波として送信する」との特定事項から「体内に向けて電磁波として」との限定を省き、「受信手段」の限定事項である「患者の側頭部の皮膚下に埋め込まれる」との特定を省き、「電気刺激発生手段」と「不関電極」の「接続」を限定する「ケーブルで」との特定を省いたものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、さらに、他の発明特定事項を付加したものに相当する本願補正発明が、前記II.3-3に記載したとおり、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様に、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

VI.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-04-13 
結審通知日 2010-04-14 
審決日 2010-04-27 
出願番号 特願2002-222360(P2002-222360)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A61F)
P 1 8・ 121- Z (A61F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 土田 嘉一宮部 愛子  
特許庁審判長 横林 秀治郎
特許庁審判官 岩田 洋一
蓮井 雅之
発明の名称 視覚再生補助装置  

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