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審決分類 審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B60R
審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B60R
審判 一部無効 2項進歩性  B60R
管理番号 1219446
審判番号 無効2009-800019  
総通号数 128 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-08-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-02-02 
確定日 2010-07-13 
事件の表示 上記当事者間の特許第4033379号発明「シートベルト用ガイドアンカー」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
本件特許第4033379号(請求項の数[8]、以下、「本件特許」という。)の出願は、平成13年 7月11日に特許出願された特願2001-21614号を国内優先権主張の基礎として平成14年 1月11日に特許出願された特願2002-4815号(以下「本願特許出願」という。)であって、その請求項1ないし請求項8に係る発明についての特許が平成19年11月 2日に設定登録された。

これに対して、平成21年 2月 2日に、前記本件特許の請求項1、請求項2、請求項3及び請求項7に係る発明の特許に対して、本件無効審判請求人(以下「請求人」という。)により本件無効審判〔無効2009-800019号〕が請求されたものであり、本件無効審判被請求人(以下「被請求人」という。)により指定期間内の平成21年 4月27日付けで審判事件答弁書が提出されたものである。
また、平成21年 6月30日に請求人・被請求人より口頭審理陳述要領書が提出されたもので、同日に口頭審理が行われ、7月17日付けで被請求人から上申書が提出されたものである。

第2.本件特許発明
本件特許発明は、本件特許明細書における特許請求の範囲の請求項1?8のそれぞれに記載された事項によって特定されるとおりのものであるが、そのうちの、本件審判事件の対象となる請求項1、請求項2、請求項3及び請求項7に係る発明は次の通りである。

「【請求項1】 車体ピラー等の車体に揺動自在に支持され、ベルトガイド孔にシートベルトをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトを案内するシートベルト用ガイドアンカーにおいて、
前記シートベルトの摺動部に凸部または凹部が形成されており、
前記シートベルト用ガイドアンカーの車体取付状態で、前記凸部の車両後方側縁または前記凹部を形成する前記摺動部の車両後方側縁が、前記シートベルトの摺動部に位置する前記ベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているとともに、その傾斜角が前記シートベルトの前記ベルトガイド孔挿通方向の、前記直交方向に対する傾斜角より大きく設定されていることを特徴とするシートベルト用ガイドアンカー。」(以下「本件特許発明1」という。)
「【請求項2】 車体ピラー等の車体に揺動自在に支持され、ベルトガイド孔にシートベルトをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトを案内するシートベルト用ガイドアンカーにおいて、
前記シートベルトの摺動部に凸部または凹部が形成されており、
前記シートベルト用ガイドアンカーの車体取付状態で、前記凸部の車両後方側縁または前記凹部を形成する前記摺動部の車両後方側縁が、前記シートベルトの摺動部に位置する前記ベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているとともに、その傾斜角が前記シートベルトの前記ベルトガイド孔挿通方向の、前記直交方向に対する傾斜角より小さく設定されているか、または前記直交方向に対して反対側に傾斜していることを特徴とするシートベルト用ガイドアンカー。」(以下「本件特許発明2」という。)
「【請求項3】 前記凸部は突条に形成され、または前記凹部は凹溝に形成されていることを特徴とする請求項1または2記載のシートベルト用ガイドアンカー。」(以下「本件特許発明3」という。)
「【請求項7】 前記凸部の車両前方側縁または前記凹部を形成する前記摺動部の車両前方側縁が前記シートベルトの前記ベルトガイド孔挿通方向とされていることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1記載のシートベルト用ガイドアンカー。」(以下「本件特許発明7」という。)

第3.当事者の主張
1.請求人が提出した証拠と、その主張の概要
請求人は、平成20年 2月 2日付けの審判請求書において、本件の特許出願前に頒布された刊行物である下記の甲第1号証ないし甲第5号証を提示し、次の無効理由1及び2を主張した。

無効理由1:本件請求項1、2、3、7に係る発明は、下記甲第1号証、甲第2号証に記載された発明、及び周知技術(甲第3?5号証参照)に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

甲第1号証:実願平3-96565号(実開平5-44719号)のマイクロフィルム
甲第2号証:特公昭58-32995号公報
甲第3号証:特開平8-34313号公報
甲第4号証:特開2000-85526号公報
甲第5号証:特開平11-170970号公報

無効理由2:本件請求項1及び2に係る発明は、特許法第36条第4項第1号または同条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、その特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

2.被請求人の主張
無効理由1に対して、被請求人は、平成21年 4月27日付けの審判事件答弁書において、請求人が審判請求書において主張している、甲第1号証に記載の発明に対する本件請求項1に係る発明の「相違点C」、請求項2に係る発明の「相違点D1」及び「相違点D2」は、甲第2号証には記載も示唆もされておらず、本件請求項1、請求項2に係る発明は、甲第1号証及び甲第2号証から容易に発明することは到底できないと主張し、
本件請求項3及び請求項7に係る発明は、いずれも「相違点C」、又は「相違点D1」及び「相違点D2」を備えるものであるから、甲第1号証及び甲第2号証から容易に発明することは到底できないと主張している。

また、無効理由2に対して、被請求人は、本件請求項1及び請求項2に係る発明は、いずれも発明の詳細な説明に記載したものであるから特許法第36条第6項第1号の規定を満たすものであり、さらに、本件特許の発明の詳細な説明の記載内容は特許法第36条第4項第1号の規定を満たすものであるから、特許法第123条第1項第4項の規定を満たすものであると主張している。

3.口頭審理及び口頭審理陳述要領書における請求人、被請求人の主張
(1) 請求人の主張
(a) 本件発明1は、シートベルトの偏りを、より一層効果的に、且つ、より一層確実に防止することにある。そのためには、「突条形成要件A」および「突条形成要件B」がその構成の要件となるが、本件発明1に係る発明は、凸部または凹部については、凸部または凹部が形成されていることのみを要件とし、また、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁の傾斜角については、当該傾斜角が、ベルトガイド孔に直交する直交方向に対するシートベルトの傾斜角より大きく設定されていることのみを要件として、具体的な反力を生じさせる事項を限定していないので、特許法第36条第6項第1号の規定に違反し、無効とすべきである。

(b) 本件発明2は、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁の傾斜角が、シートベルトのベルトガイド孔挿通方向に対して、本件発明1と比較して逆方向に傾斜していることのみに基づいているので、上記(a)における理由を考慮すれば、特許法第36条第6項第1号の規定に違反し、無効とすべきである。

(c) 本件発明1、2は、「突条形成要件A」および「突条形成要件B」をその構成要件としていないため、一般的な摩擦によりシートベルトのベルトガイド孔内の偏りを防止するものに過ぎないから、甲第1号証と同一の発明、または甲第1号証に記載の発明から容易に発明することができたものである。

(d) 請求の理由に記載の特許法36条第4項違反に係る主張については、主張しないこととする。

(2) 被請求人の主張
(a) 請求人が陳述した主張は、審判請求書における請求の理由と異なっているため、反論の対象となる請求の理由を明確に特定できない。よって、まともな反論が出来ない。そのような請求人の陳述に基づいた審理は、被請求人にとって著しく不利益である。もし、当該主張を採用するのであれば、請求書を補正させるべきである。そして、請求の理由の補正を認めるならば、当該補正に応じて答弁の機会を与えるべきである。

(b) 本件特許発明1、2は、プリテンショナー又はエネルギー吸収機構がもたらす問題点を解決しようとするものであるが、審判請求書や口頭審理陳述要領書にその旨が何ら主張されていない。さらに、甲第1?5号証のいずれにも、前記問題点に関する記載内容を認めることはできない。

(c) 特許法第36条関係に対しての必須の構成要件とベストモードの構成要件とは、明細書に明確に区別して記載されている。よって、本件特許明細書において、本件特許発明1、2に係る記載要件(サポート要件)は満たされている。

第4 無効理由についての当審の判断
1.無効理由1について
(1)甲号各証の記載事項
(a) 甲第1号証の記載事項
本件の特許出願前に頒布された甲第1号証の刊行物には、「シートベルト用ショルダアンカ」に関し、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
(イ) 「【請求項1】 車室の内壁に回動可能に支持され、シートベルトが挿通される神通孔を備えたシートベルト用ショルダアンカにおいて、
前記アンカのうち前記シートベルトが摺動する部位に、前記シートベルトを挿通方向に案内し、かつ、前記挿通孔内における前記シートベルトの片寄りを規制する凸部又は凹部を前記シートベルトの挿通方向に配向するように設けたことを特徴とするシートベルト用ショルダアンカ。」
(ロ) 「【0004】
そこで、上記の問題を解決するために、挿通孔に直交する方向に溝を形成し、この溝とシートベルトとの間に生ずる摩擦により、シートベルトの挿通孔内での片寄りを防止するようにしたアンカが提案されている。」
(ハ) 「【0008】
【作用】
上記の構成によれば、アンカのうちシートベルトが摺動する部位には、凸部又は凹部がシートベルトの挿通方向に配向するように設けられているので、シートベルト装着時等において、シートベルトが引っ張られた際には、シートベルトは挿通方向に滑らかに案内される。また、シートベルトが通常の神通方向とは異なる方向に急激に引っ張られたとしても、凸部又は凹部により摩擦力が生じ、神通孔内での長さ方向への移動、すなわち、片寄りは規制される。」
(ニ) 「【0013】
このガイドピース12には、前記挿通孔11の長さ方向に対して斜めに凹部としての溝13が形成されている。この溝13は通常装着時における前記シートベルトSの挿通方向とほぼ平行になるよう、前記ガイドピース12の背面、頂面及び表面に形成されている。」
(ホ) 「【0015】
また、シートベルトSが通常の挿通方向とは異なる方向に急激に引っ張られた際には、シートベルトSの当接部には溝13が形成されているので、
この溝13とシートベルトSとの間に摩擦力が生じる。このとき、前記アンカ1はこの摩擦力も手伝って引っ張り方向へ即座に回動されるとともに、シートベルトSの挿通孔111内での長さ方向への移動、すなわち、片寄りは規制される。」
(ヘ) 「【0021】
また、シートベルトSが通常の挿通方向とは異なる方向に急激に引っ張られた際には、シートベルトSの当接部の両側の基板22には、突起24が神通方向に配列形成されているので、シートベルトSの側部が該突起24に当接する。そのため、これら突起24がシートベルトSの左右方向への移動の抵抗となり、同シートベルトSの左右方向への動きが規制される。
そして、前記アンカ21は引っ張り方向へ即座に回動される。従って、前記同様、シートベルトSの挿通孔23内での長さ方向への移動、すなわち、片寄りは規制される。」

上記甲第1号証の刊行物の摘記事項及び添付図面に図示された技術事項を総合すると、甲第1号証の刊行物には、次の発明(以下、これを「引用発明」という。)の記載が認められる。
「サッシュピラー5からなる車体の内壁に回転可能に支持され、挿通孔11にシートベルトSをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトSを案内するシートベルト用ショルダアンカにおいて、
シートベルトSとの当接部に、溝13同士の間のガイドピース12によって形成される凸部、または溝13からなる凹部が形成されており、
シートベルト用ショルダアンカの車体取付状態で、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する当接部の車両後方側縁が、シートベルトSの当接部に位置する挿通孔11に直交する直交方向に対して傾斜しているとともに、その傾斜角がシートベルトSの挿通方向とほぼ平行となるよう設定されたシートベルト用ショルダアンカ。」

(b) 甲第2号証の記載事項
本件の特許出願前に頒布された甲第2号証の刊行物には、「安全ベルト用の転向装置」に関し、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
(イ) 「安全ベルト2と転向ウエブ1との間の接触面を接触範囲で減少させることによつて、ベルト摩擦効果が少なくとも著しく取り除かれ得ることである。接触面を減少させることは、孔5を介して自動車の車体フレームに取り付け可能な一体の転向金具の転向ウエブ1に、第2図により、ベルト引き出し若しくは巻き取り方向に対して横方向に延びる溝状の凹所による中断箇所6を備えることによつて行われ、この中断箇所6はベルト引き出し若しくは巻き戻し方向に対して鋭角を成して延びていてこの方向で互いに重なり合つている。」(第3頁左欄第13?23行)

(c) 甲第3号証の記載事項
本件の特許出願前に頒布された甲第3号証の刊行物には、「シートベルト吊持具」に関し、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
(イ) 「【0013】
【作用】本発明のシートベルト吊持具によれば、自動車用3点式シートベルトのたすき掛けする部分を、折り返した状態で自動車に吊持するシートベルト吊持具において、鋼板製のベース部材にこのシートベルト吊持具を取り付けるボルトを挿通するためのボルト挿通孔と、前記シートベルトを挿通するためのシートベルト挿通孔とが備えられ、このベース部材の少なくとも前記シートベルト挿通孔の周囲が合成樹脂製の被覆部材によって被覆され、前記被覆部材の前記シートベルト挿通孔の内周部分のうち、前記シートベルトの折り返し部に当接する部位の周辺が、前記シートベルトとの接触面積が少なくなるように凹凸状に形成されているので、シートベルト装着時にウェービングベルトと被覆部材間の摩擦が小さくなり、シートベルトからの芳香剤等の滑剤の剥離が抑えられる。また、自動車の衝突時等のように大きな加速度がウェービングベルトに印加された場合でも、前記凹凸部によってウェービングベルトが挿通孔内の一側に片寄ることが防止される。」
(ロ) 「【0017】被覆部材30は、この実施例ではベース部材20のシートベルト保持部20Bのシートベルト挿通孔22の周囲に、モールド成形によって鋼板材を覆うように設けられる。図8(b) において説明した従来のシートベルト吊持具70では、被覆部材90の表面は平坦であったが、この実施例では、長穴であるシートベルト挿通孔22の対向する平行な縁の部分(ベース部材20のボルト挿通孔21に近い方の縁を上縁部、挿通穴21から遠い方の縁を下縁部とする)、およびその周辺の被覆部材30が、シートベルトの挿通方向に沿って多数の凸条31,32が平行に並んだ状態に凹凸に形成されている。この実施例では、シートベルト挿通孔22の下縁部には11条程度の凸条31が形成されており、上縁部には9条程度の凸条32が形成されている。」
(ハ) 「【0020】図2(a) は、図1(a) に示した凸条31,32の断面形状の一例を示すものである。この実施例では凸条31,32の断面は、同じ向きの円弧が隣接する形状であり、凸状の幅W1は4mm程度、高さH1は0.8mm程度、円弧の半径R1は2mm程度となっている。図2(b) は図1(a) に示した凸条31,32の断面形状の別の例を示すものである。この実施例では凸条31,32の断面は、交互に反対向きの円弧が隣接する形状であり、下向きの円弧によって形成される溝と溝との幅W2は4mm程度、高さH2は0.8mm程度、円弧の半径R2,R3は共に1mm程度となっている。図2(c) は図1(a) に示した凸条31,32の断面形状の更に別の例を示すものである。この実施例では凸条31,32の断面は、同じ向きの台形が隣接する形状であり、凸状の幅W3は4mm程度、高さH1は0.8mm程度となっている。図2(c) の実施例の凸状31,32は、平坦な被覆部材30にV溝37を刻むことによっても形成することができる。」

(d) 甲第4号証の記載事項
本件の特許出願前に頒布された甲第4号証の刊行物には、「シートベルト用スルーリング」に関し、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
(イ) 「【0016】前記樹脂被覆材31を構成する樹脂は、ウェビング4の滑りが良く、かつ、汚れが付着し難い特性のものがよく、例えば、ポリエチレン、POM、PBT、PA6、PA66などの樹脂材料を使用することが好ましい。本実施形態の場合、前記樹脂被覆材31のウェビング接触部には、図1に示すように、リング体22の表面まで達する溝33が装備されている。更に、この溝33は、リング体22を構成している丸棒の外周を回る略螺旋状に設けられ、かつ、溝33がウェビング挿通スロット21におけるウェビング4の挿通方向に沿って延在するように、螺旋のピッチ等が設定されている。」
(ロ) 「【0027】図8は本発明に係るシートベルト用スルーリングの第4実施形態を示したもので、スルーリング51の正面図である。第4実施形態のスルーリング81も、第3実施形態の場合と同様に、シートベルト装置においてスルーアンカーとして使用されるものである。なお、第4実施形態において、第3実施形態と同じ部材には同じ符号を付してその説明を省略する。
【0028】第4実施形態のスルーリング81が第3実施形態と異なるのは、樹脂被覆材61のウェビング接触面に溝73が形成されていることに加えて、取付孔52側にも溝83が形成されている点にある。この場合、溝73,83は、第2実施形態のように断面視でインサート金具まで直線状に延びてもよく、第3実施形態のように断面視でインサート金具53までクランク状に延びてもよい。第4実施形態によれば、上記各実施形態と同じ効果があり、更に、樹脂被覆材61の取付孔52側の部分においても、使用環境の温度変化による膨張・収縮時に樹脂被覆材61に大きな応力が作用せず、熱膨張差を吸収できるという効果がある。なお、取付孔52側の溝83はカバー85によりボルトとともに覆い隠して車室内側から見えないようにすることができ、美観を損なうことはない。」

(e) 甲第5号証の記載事項
本件の特許出願前に頒布された甲第5号証の刊行物には、「スルーリング」に関し、図面の図示とともに次の技術事項が記載されている。
(イ) 「【0019】リング部材9は、支持溝15に、その内径側半分が収容された状態で支持されており、これによって、リング部材9の外径側半分が、ローラ本体8の表面から突出した状態となっている。このリング部材9は、支持溝15に嵌まった状態となっているため、このままでもローラ本体8から外れることはないが、接着剤等によってローラ本体8に、リング部材9をさらに強固に固定してもよい。
【0020】なお、このリング部材9はゴム製であるため、ここを摺動しながら通過するベルト50との接触抵抗が大きくなる。したがって、乗員がベルト50を所望の方向に引出す際に、ベルト50が横滑りし難くなり、ベルト50が一方側に片寄って引出されることを防止できる。」
(ロ) また、図1には、実施の形態1に係るスルーリングが図示され、図5には、図1に図示されたスルーリングにベルトを挿入した状態が図示されている。

(2)本件特許発明1について
(a)引用発明との対比及び一致点・相違点
本件特許発明1と甲第1号証の刊行物に記載された引用発明とを対比すると、引用発明の「サッシュピラー5」は本願特許発明1の「車体ピラー」に相当している。以下、同様に、「挿通孔11」は「ベルトガイド孔」に、「シートベルトS」は「シートベルト」に、「シートベルト用ショルダアンカ」は「シートベルト用ガイドアンカー」に、「当接部」は「摺動部」にそれぞれ相当している。

・引用発明における「サッシュピラー5からなる車体の内壁に回転可能に支持され、挿通孔11にシートベルトSをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトSを案内するシートベルト用ショルダアンカ」は、「回転」運動も「揺動」運動の一部分を構成していると認められるから、本件特許発明1における「車体ピラー等の車体に揺動自在に支持され、ベルトガイド孔にシートベルトをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトを案内するシートベルト用ガイドアンカー」に相当する構成である。

・引用発明における「シートベルトSとの当接部に、溝13同士の間のガイドピース12によって形成される凸部、または溝13からなる凹部が形成されており、」という構成は、本件特許発明1における「シートベルトの摺動部に凸部または凹部が形成されており、」という構成に相当する。

・引用発明における「シートベルト用ショルダアンカの車体取付状態で、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する当接部の車両後方側縁が、シートベルトSの当接部に位置する挿通孔11に直交する直交方向に対して傾斜している」という構成は、本件特許発明1における「シートベルト用ガイドアンカーの車体取付状態で、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜している」という構成に相当するものである。

してみれば、本件特許発明1と引用発明の両者は、「車体ピラー等の車体に揺動自在に支持され、ベルトガイド孔にシートベルトをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトを案内するシートベルト用ガイドアンカーにおいて、
シートベルトの摺動部に凸部または凹部が形成されており、
シートベルト用ガイドアンカーの車体取付状態で、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているシートベルト用ガイドアンカー。」である点で一致し、次の相違点1で両者の構成が相違する。

相違点1:本件特許発明1においては、シートベルト用ガイドアンカーの摺動部における凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているとともに、その傾斜角がシートベルトのベルトガイド孔挿通方向の、直交方向に対する傾斜角より大きく設定されているのに対して、引用発明のものは、前記傾斜角がシートベルトSの挿通方向とほぼ平行となるよう設定されており、上記本件特許発明1に対応する構成を有していない点。

(b)相違点1についての検討
請求人は、本件特許発明1の上記相違点1に係る「傾斜角」の構成は、甲第2号証に記載されているので、本件特許発明1は、甲第1号証の発明に甲第2号証の発明を適用して容易に発明できたものであると主張しているが、当審は次の理由により、当該相違点1に対する主張は根拠がないと判断する。

甲第2号証に記載の発明が解決しようとする課題は、安全ベルト用の転向装置において、ベルトに対する制動効果を減少させようとするもの(公報第2頁第3欄第36?38行参照)であって、本件特許発明1が解決しようとする、車両衝突時等の緊急時における、プリテンショナー又はEA機構の作動による、ガイドアンカーに対するシートベルトの偏りを防止する課題は、甲第1?5号証のいずれにも記載も示唆もされていない。

また、甲第2号証には「この中断箇所6はベルト引き出し若しくは巻き戻し方向に対して鋭角を成して延びていてこの方向で互いに重なり合つている。」旨記載されているが、当該記載構成と、相違点1に係る本件特許発明1の「凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているとともに、その傾斜角がシートベルトのベルトガイド孔挿通方向の、直交方向に対する傾斜角より大きく設定されている」とが、互いに一致しているとする根拠は見い出すことができず、また自明であるとも認められない。

よって、引用発明に対して、甲第2号証に記載の技術事項を適用する動機又は起因付けは認められず、また、甲第2号証においては、上記相違点1に相当する構成も見いだすことができない。

なお、本件特許発明1は、上記「凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているとともに、その傾斜角がシートベルトのベルトガイド孔挿通方向の、直交方向に対する傾斜角より大きく設定されている」という構成を採用することにより、本件明細書に記載の「車両衝突時等の緊急時に、例えばプリテンショナーの作動等によりシートベルトが急激に巻き取られる場合、凸部の車両後方側縁または凹部を形成するシートベルト摺動部の車両後方側縁により、シートベルトの車両前方への移動を抑制しているので、シートベルトの車両前方への偏りをより一層効果的にかつより一層確実に防止できるようになる。(段落【0074】)」という作用・効果を奏するものであるといえる。

したがって、本件特許発明1は、甲第1号証及び甲第2号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
さらに、甲第3号証?甲第5号証に記載の各発明を検討したが、いずれの発明においても上記相違点1に相当する構成は見いだすことができない。

(c) まとめ
そうすると、甲第1?5号証のいずれにも上記相違点1に相当する構成が記載されていない以上、本件特許発明1は、甲第1?5号証に記載の各発明と同一であるとは認められず、また、甲第1?5号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(3) 本件特許発明2について
(a)引用発明との対比及び一致点・相違点
本件特許発明2と甲第1号証の刊行物に記載された引用発明とを対比すると、引用発明の「サッシュピラー5」は本願特許発明2の「車体ピラー」に相当している。以下、同様に、「挿通孔11」は「ベルトガイド孔」に、「シートベルトS」は「シートベルト」に、「シートベルト用ショルダアンカ」は「シートベルト用ガイドアンカー」に、「当接部」は「摺動部」にそれぞれ相当している。

・引用発明における「サッシュピラー5からなる車体の内壁に回転可能に支持され、挿通孔11にシートベルトSをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトSを案内するシートベルト用ショルダアンカ」は、「回転」運動も「揺動」運動の一部分を構成していると認められるから、本件特許発明2における「車体ピラー等の車体に揺動自在に支持され、ベルトガイド孔にシートベルトをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトを案内するシートベルト用ガイドアンカー」に相当する構成である。

・引用発明における「シートベルトSとの当接部に、溝13同士の間のガイドピース12によって形成される凸部、または溝13からなる凹部が形成されており、」という構成は、本件特許発明2における「シートベルトの摺動部に凸部または凹部が形成されており、」という構成に相当する。

・引用発明における「シートベルト用ショルダアンカの車体取付状態で、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する当接部の車両後方側縁が、シートベルトSの当接部に位置する挿通孔11に直交する直交方向に対して傾斜している」という構成は、本件特許発明2における「シートベルト用ガイドアンカーの車体取付状態で、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜している」という構成に相当するものである。

してみれば、本件特許発明2と引用発明の両者は、「車体ピラー等の車体に揺動自在に支持され、ベルトガイド孔にシートベルトをその長手方向に摺動自在に挿通して、このシートベルトを案内するシートベルト用ガイドアンカーにおいて、
シートベルトの摺動部に凸部または凹部が形成されており、
シートベルト用ガイドアンカーの車体取付状態で、凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているシートベルト用ガイドアンカー。」である点で一致し、次の相違点2で両者の構成が相違する。

相違点2:本件特許発明2においては、シートベルト用ガイドアンカーの摺動部における凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているとともに、その傾斜角がシートベルトのベルトガイド孔挿通方向の、直交方向に対する傾斜角より小さく設定されているか、または直交方向に対して反対側に傾斜しているのに対して、引用発明のものは、前記傾斜角がシートベルトSの挿通方向とほぼ平行となるよう設定されており、上記本件特許発明2に対応する構成を有していない点。

(b)相違点2についての検討
請求人は、本件特許発明2の上記相違点2に係る「傾斜角」の構成は、引用発明、甲第1、2号証の記載事項、及び甲第3?5号証に記載された各公知技術に基づいて当業者が適宜選択し得た設計事項であると主張しているが、当審は次の理由により、当該相違点2に対する主張は根拠がないと判断する。

(ア) 課題について
本件特許発明2が解決しようとする、車両衝突時等の緊急時における、プリテンショナー又はEA機構の作動による、ガイドアンカーに対するシートベルトの偏りを防止する課題は、甲第1?5号証のいずれにも記載も示唆もされていない。

(イ) 構成について
さらに、本件特許発明2の上記相違点2に係る「その傾斜角がシートベルトのベルトガイド孔挿通方向の、直交方向に対する傾斜角より小さく設定されているか、または直交方向に対して反対側に傾斜している」という構成について以下で甲第1?5号証に記載の事項とを比較する。

・甲第1号証の記載事項との対比
(I) 平行方向についての対比(審判請求書第16頁第23?26行における引用事項)
甲第1号証には、段落【0013】に、「この溝13は通常装着時における前記シートベルトSの挿通方向とほぼ平行となるよう、」という構成が記載されており、該「溝」は、本件特許発明2の「凸部」または「凹部」に相当するものであるが、前記「溝」の形成方向が「シートベルトSの挿通方向とほぼ平行」であるという構成は、ベルトガイド孔に直交する直交方向に対する「溝」の傾斜角がシートベルトの傾斜角と同等である点で、本件特許発明2における「凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対する傾斜角より小さく設定されている」という前提構成とは一致していないものである。
(II) 直交方向について(審判請求書第17頁第1?3行における引用事項)
甲第1号証には、段落【0004】に、「挿通孔に直交する方向に溝を形成し、この溝とシートベルトとの間に生ずる摩擦により、シートベルトの挿通孔内での片寄りを防止する」という構成が記載されており、該「溝」は、本件特許発明2の「凸部」または「凹部」に相当するものであるが、前記「溝」の形成方向が「挿通孔に直交する方向」であるという構成は、「挿通孔に直交」する方向は「ベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜」する方向ではない点で、本件特許発明2における「直交方向に対して傾斜している」という前提構成と一致しないものである。
なお、請求人は審判請求書において、本件特許発明2の「凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁」(いわゆる「溝」)の形成方向について、「上記記載より、傾斜条件Aは、図1に示すθ_(1)がθ_(b)より小さく設定されていることを要件とする。すなわち、突条5,5,…の延設方向が、θ_(b)と平行する方向(シートベルトのベルトガイド孔挿通方向)から、ベルトガイド孔4aと直交する方向(垂直方向)までの間に設定することが条件とされている。」と主張している。しかし、本件特許発明2の相違点2に係る構成は、「ベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜している」という構成が示すように「傾斜」を前提とするものであって、本件特許明細書における発明の詳細な説明に記載の実施構成を参照しても「直交」という構成を含むものとは認められない。
(III) まとめ
よって、上記相違点2に係る構成は甲第1号証には記載されておらず、また自明な事項であるとも認められない。
さらに、甲第1号証における他の記載構成を参照しても、前記相違点2に係る構成は記載されておらず、自明な事項であるとも認められない。

・甲第2号証の記載事項との対比
甲第2号証には「この中断箇所6はベルト引き出し若しくは巻き戻し方向に対して鋭角を成して延びていてこの方向で互いに重なり合つている。」旨記載されているが、当該記載構成と、相違点2に係る構成が、互いに一致しているとする根拠は見い出すことができない。
さらに、甲第2号証における他の記載部分も参照したが、甲第2号証に記載の事項からは、相違点2における「その傾斜角がシートベルトのベルトガイド孔挿通方向の、直交方向に対する傾斜角より小さく設定されているか、または直交方向に対して反対側に傾斜している」に相当する構成を見い出すことはできない。

・甲第3号証の記載事項との対比
甲第3号証の、図1?図4の図示内容及び段落【0017】、【0020】等の記載事項から、甲第3号証には、V溝33がシートベルト挿通孔22に直交する方向に形成された構成が記載されているということができる。
前記甲第3号証のV溝33がシートベルト挿通孔22に直交する方向に形成された構成は、本件特許発明2における「直交方向に対して傾斜している」という前提構成とは一致していないものである。また、甲第3号証における他の記載構成を参照しても、上記相違点2に係る構成は記載されておらず、自明な事項であるとも認められない。

・甲第4号証の記載事項との対比
甲第4号証の、図1?図5の図示内容及び段落【0016】等の記載事項から、甲第4号証には、溝33がウェビング4の挿通方向に沿って存在する構成を備えたシートベルト用スルーリングが記載されており、また、図7、図8の図示内容及び段落【0021】等の記載事項から、甲第4号証には、溝83がウエイビング挿通スロット51の形成方向に対して直交する方向に形成されたシートベルト用スルーリングが記載されているということができる。
上記甲第4号証に記載の各構成を備えたシートベルト用スルーリングは、いずれも、溝33がウェビング4の挿通方向、又は溝83がウエイビング挿通スロット51の形成方向に対して直交する方向に形成されている点で、上記相違点2の構成とは異なるものである。また、甲第4号証における他の記載構成を参照しても、上記相違点2に係る構成は記載されておらず、自明な事項であるとも認められない。

・甲第5号証の記載事項との対比
甲第5号証の、図1、図5の図示内容及び段落【0019】?【0020】等の記載事項から、甲第5号証には、リング部材9が貫通穴6の形成方向に対して直交する方向に形成されたスルーリング1が記載されているということができる。
前記甲第5号証のリング部材9に係る「直交する方向に形成された」という構成は、本件特許発明2における「直交方向に対して傾斜している」という前提構成とは一致していないものである。また、甲第5号証における他の記載構成を参照しても、上記相違点2に係る構成は記載されておらず、自明な事項であるとも認められない。

(ウ) 作用・効果について
そして、本件特許発明2は、上記「凸部の車両後方側縁または凹部を形成する摺動部の車両後方側縁が、シートベルトの摺動部に位置するベルトガイド孔に直交する直交方向に対して傾斜しているとともに、その傾斜角がシートベルトのベルトガイド孔挿通方向の、直交方向に対する傾斜角より小さく設定されているか、または直交方向に対して反対側に傾斜している」という構成を採用することにより、本件明細書に記載の「車両衝突時等の緊急時に、例えばEA機構の作動等により衝撃エネルギが吸収されながらシートベルトが引き出されると、凸部の車両後方側縁または凹部を形成するシートベルト摺動部の車両後方側縁により、シートベルトの車両前方への移動を抑制しているので、シートベルトの車両前方への偏りをより一層効果的にかつより一層確実に防止できるようになる。(段落【0075】)」という作用・効果を奏するものであるといえる。

(c) まとめ
そうすると、甲第1?5号証のいずれにも上記相違点2に相当する構成が記載されていない以上、本件特許発明2は、甲第1?5号証に記載の各発明と同一であるとは認められず、また、甲第1?5号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(4) 本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明1又は2に対して「凸部は突条に形成され、または凹部は凹溝に形成されている」という限定を加えるものである。
そして、上記(2)、及び(3)において示したとおり、本件特許発明1、2は、共に甲第1?5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないので、そのような、本件特許発明1又は2に対してさらに上記限定を加えた本件特許発明3も、本件特許発明1及び2と同様に、甲第1?5号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5) 本件特許発明7について
本件特許発明7は、本件特許発明1、2又は3に対して「凸部の車両前方側縁または凹部を形成する摺動部の車両前方側縁がシートベルトのベルトガイド孔挿通方向とされている」という限定を加えるものである。
上記(2)?(4)において示したとおり、本件特許発明1、2及び3は、共に甲第1?5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
よって、本件特許発明1、2又は3に対してさらに上記限定を加えた本件特許発明7も、本件特許発明1、2及び3と同様に、甲第1?5号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6) 口頭審理及び口頭審理陳述要領書で主張した事項についての当審の判断
上記「第4 1.(1)?(5)」に示した通り、甲第1号証には、上記相違点1、2に相当する構成はそれぞれ記載されておらず、また甲第1号証の記載内容からは、上記相違点1、2に係る構成が自明であるとも認められない。
したがって、本件特許発明1及び本件特許発明2は、甲第1号証に記載の発明と同一であるとは認められず、また、甲第1号証に記載の発明から容易になし得たものとも認められない。

さらに、口頭審理陳述要領書における請求人の主張を加味しても、本件特許発明1、2、3又は7に係る発明を、甲第1?5号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2.無効理由2について
(1)本件特許発明1について
(a) 請求人は、審判請求書において、
「(2)本件発明1について
(i)プリテンショナーを備えたシートベルト装置の場合(【0018】参照)
シートベルト3をベルトガイド孔の車両前方(図12参照)させない大きさの反力F_(2)が確実にシートベルト3に作用することが必要である。【0032】
そのためには、シートベルトと突状との間の摩擦力と反力の大きさを要件とする突条形成要件Aおよび突条形成要件Bを具備することが必要である。
ところが、本件発明1は、突条形成要件Aを構成要件としていない。また、明細書には、突条形成要件Aを具備しなくとも本件発明の目的を達することに関する技術的説明は全くなされていない。
したがって、突条形成要件Aを欠如する本件発明1は、特許法で規定する明細書の記載要件に違反している。
(ii)プリテンショナーとEA機構とを備えたシートベルト装置の場合(【0028】参照)
この場合は、前記(i)の要件に加えて、EA機構作動状態でのベルト引出時に、シートベルト3と突条5,5,...の車両前方側縁5b,5b,...との間の摩擦がほとんど発生しないことが必要である。
つまり、突条形成要件Aおよび突条形成要件Bに加えて、突条形成要件Cを具備することが必要である。
この点に関し、明細書に次のとおり記載されている。
『緊急時にプリテンショナーが作動した後、EA機構が作動するように
なっているシートベルト装置の場合、種々に実験結果、プリテンショナー
作動時にシートベルト3の偏りが発生しないと、EA機構の作動時にはシ
ートベルト3の偏りはほとんど発生しないことが判明している。』【00
28】
しかし、明細書には実験結果が開示されていない。『・・・判明している。』といっても、実験結果が明細書に開示されていない以上、反復実施して当業者が技術効果を確認することはできない。
したがって、この記載によって突条形成要件Cに代えることはできない。
以上(i)(ii)のとおりであるから、請求項1記載の発明は、特許法第36条第4項第1号または同法第36条第6項第1号に違反し、同法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。」と主張している(審判請求書第20頁第22行?第21頁第25行)。

なお、請求人が主張する「突条形成要件A」は、審判請求書第19頁に記載の「突条5,5,...の車両後方側縁5a,5a,...は、微小径R_(1)のR部(丸状部)またはエッジ部(尖端)に形成されている。(図1(b)、【0032】参照)」である。

同様に、請求人が主張する「突条形成要件B」は、同じく審判請求書第19頁に記載の「各突条5,5,…は、摺動部4b_(1)側に設けられた部分が上方から下方に向かって車両前方に延びるように傾斜している。(図1(a)、【0028】参照)傾斜角θ_(1)は、シートベルト3の乗員側部分3aのベルトガイド孔4aへの挿通方向の上下方向に対する傾斜角θ_(b)(シートベルト3の乗員側部分3a長手方向の上下方向に対する傾斜角)よりも、所定角大きく設定されている。(図1(a)、【0029】参照)」である。

さらに、「突条形成要件C」は、同じく審判請求書第20頁に記載の「突条5,5,...の車両前方側縁5b,5b,...は、比較的大きな径R_(2)のR部(丸状部)又は面取り部に形成されている。(図1(b)、(c)、【0032】参照)」である。

(b) しかし、本件特許公報の段落【0030】、【0031】には、
「【0030】
同様に、摺動部4b_(2)側に設けられた突条5,5,…の図1(a)において上下方向に対する傾斜角θ_(1)は、いずれも、シートベルト3のリトラクタ側部分3bのベルトガイド孔4aへの挿通方向(同図に点線の矢印で図示)の同図において上下方向に対する傾斜角θ_(b)(シートベルト3のリトラクタ側部分3b長手方向の同図において上下方向に対する傾斜角)よりも、所定角大きく設定されている。なお、角度θ_(1),θ_(b)はいずれも絶対値で表されている。以後の他の例で示されているすべての角度も同様である。
【0031】
これらの所定角は、例えば摺動部4b_(1)側で説明すると、図2(a)に示すようにプリテンショナー作動によるシートベルト巻取時にシートベルト3の乗員側部分3aと突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…との間の摩擦でシートベルト3の乗員側部分3aが突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…に作用する力F_(1)で発生し、かつシートベルト3の乗員側部分3aに作用してこのシートベルト3を車両前方(図において左方)に移動させない大きさの反力F_(2)が発生する角度に設定されている。摺動部4b_(2)側においても同様である。なお、図2(a)において、力F_(1),F_(2)の矢印は力F_(1),F_(2)の方向を示すだけのものであって力F_(1),F_(2)の大きさを示すものではない。」と記載されている。

そして、前記段落【0030】、【0031】に記載の構成は、その記載の通り、図1(a)及び図2(a)に図示された構成、すなわち、本件特許発明1の構成要件に対応した実施構成であって、図1(b)に図示された「微小径R_(1)」又は「比較的大きな径R_(2)」に係る構成、すなわち、請求人が主張する突条形成要件A又は突条形成要件Cを構成要件とはしていない。

また、前記段落【0030】、【0031】における実施構成によれば、シートベルト3の乗員側部分3aと突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…との間に発生する摩擦により、図2(a)に示すような力F_(1)を発生させるものであるということができる。当該力F_(1)が発生することにより、シートベルト3の車両前方への移動を抑制可能な反力F_(2)が発生することは自明な作用であると認められる。

(c) 一方、本件特許発明1が奏する作用効果は次の通りである。
「【0074】
【発明の効果】
以上の説明から明らかなように、請求項1の発明のシートベルト用ガイドアンカーによれば、車両衝突時等の緊急時に、例えばプリテンショナーの作動等によりシートベルトが急激に巻き取られる場合、凸部の車両後方側縁または凹部を形成するシートベルト摺動部の車両後方側縁により、シートベルトの車両前方への移動を抑制しているので、シートベルトの車両前方への偏りをより一層効果的にかつより一層確実に防止できるようになる。この請求項1の発明によれば、特に、プリテンショナーを備えたシートベルト装置のシートベルト用ガイドアンカーにおけるシートベルトの偏りを最適に防止できる。」

したがって、上記「発明の効果」の記載から、少なくとも「シートベルトの車両前方への移動を抑制」する作用が発生することが、本件特許発明1の「発明の効果」であると認められる。

(d) そして、上記の通り、本件特許発明1に対応する、突条形成要件A又は突条形成要件Cに係る構成を有しない実施構成(段落【0030】、【0031】)が、シートベルト3の車両前方への移動を抑制可能な反力F_(2)を発生させていることは明らかである。
よって、本件特許発明1に係る発明は、突条形成要件A又は突条形成要件Cを欠如したものであったとしても前記「発明の効果」を奏するものであり、かつ、実施構成が本件特許明細書における「発明の詳細な説明」に記載されたものであるので、本件特許発明1は、「発明の詳細な説明」に記載された発明であるということができる。

(e) したがって、本件特許発明1は、特許法第36条第6項第1号の規定要件に違反するものとはいえない。

(2)本件特許発明2について
(a) 請求人は、審判請求書において、
「(2)本件発明2について
本件発明2は、図3に示されているように、ベルトガイド孔に直交する傾斜角が、シートベルトのガイド孔挿通方向の、直交方向に対する傾斜角より小さく設定されているか、または直交方向に対して反対側に傾斜していることを特徴としている。【0014】
明細書には、次のとおりの記載がある。
【0040】
このように構成された第2例のガイドアンカー1においては、EA作動状態でのシートベルト3の引出時に、前述の第1例のプリテンショナー作動時の場合と同様に、突条5,5,...の車両後方側縁5a,5a,...とシートベルト3との間の摩擦でシートベルト3が突条5,5,...の車両後方側縁5a,5a,...に力(前述の力F_(1)に相当)を作用し、その反力(前述の力F_(2)に相当)がシートベルト3を車両前方に移動させないようになる。
ここでいう第2例は本件発明2であり、第1例は本件発明1である。
上記作用効果を奏するためには、上記記載において『・・・前述の第1例のプリテンショナー作動時の場合と同様に、・・・』とあるように、前記『(2)本件発明1について」と同様に、突状形成要件Aを具備することが必要である。』と主張している(審判請求書第21頁第26行?第22頁第17行)。

(b) しかし、本件特許公報の段落【0040】、【0041】には、
「【0040】
このように構成された第2例のガイドアンカー1においては、EA作動状態でのシートベルト3の引出時に、前述の第1例のプリテンショナー作動時の場合と同様に、突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…とシートベルト3との間の摩擦でシートベルト3が突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…に力(前述の力F_(1)に相当)を作用し、その反力(前述の反力F_(2)に相当)がシートベルト3を車両前方に移動させないようになる。
【0041】
また、シートベルト3の巻取時、突条5,5,…の車両前方側縁5b,5b,…とシートベルト3との間に摩擦がほとんど生じないので、前述の第1例の緊急時のEA機構作動状態の場合と同様に、突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…とシートベルト3との間に摩擦がほとんど生じないことから、摩擦でシートベルト3が突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…に力(前述の力F_(3)に相当)をほとんど作用しなく、その反力(前述の反力F_(4)に相当)、つまりシートベルト3を車両前方に移動させる力は発生しない。
第2例のガイドアンカー1の他の作用効果は前述の第1例と実質的に同じである。」と記載されている。

そして、前記段落【0040】、【0041】に記載の構成は、その記載の通り、図3に図示された構成、すなわち、本件特許発明2の構成要件に対応した実施構成であって、図1(b)に例示されているような「微小径R_(1)」に係る構成、すなわち、請求人が主張する突条形成要件Aを構成要件とはしていない。

また、前記段落【0040】、【0041】における実施構成によれば、突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…とシートベルト3の間に発生する摩擦により、図2(a)に示すような力F_(1)を発生させるということができる。当該力F_(1)が発生することにより、シートベルト3の車両前方への移動を抑制可能な反力F_(2)が発生することは自明な作用であると認められる。

(c) 一方、本件特許発明2が奏する作用効果は次の通りである。
「【0075】
また、請求項2の発明によれば、車両衝突時等の緊急時に、例えばEA機構の作動等により衝撃エネルギが吸収されながらシートベルトが引き出されると、凸部の車両後方側縁または凹部を形成するシートベルト摺動部の車両後方側縁により、シートベルトの車両前方への移動を抑制しているので、シートベルトの車両前方への偏りをより一層効果的にかつより一層確実に防止できるようになる。この請求項2の発明によれば、特に、プリテンショナーを備えなく、EA機構を備えたシートベルト装置のシートベルト用ガイドアンカーにおけるシートベルトの偏りを最適に防止できる。」

したがって、上記「発明の効果」の記載から、少なくとも「シートベルトの車両前方への移動を抑制」する作用が発生することが、本件特許発明2の「発明の効果」であると認められる。

(d) そして、上記の通り、本件特許発明2に対応する、突条形成要件Aに係る構成を有しない実施構成(段落【0040】、【0041】)が、シートベルト3の車両前方への移動を抑制可能な反力F_(2)を発生させていることは明らかである。
よって、本件特許発明2に係る発明は、突条形成要件Aを欠如したものであったとしても前記「発明の効果」を奏するものであり、かつ、実施構成が本件特許明細書における「発明の詳細な説明」に記載されたものであるので、本件特許発明1は、「発明の詳細な説明」に記載された発明であるということができる。

(e) したがって、本件特許発明2は、特許法第36条第6項第1号の規定要件に違反するものとはいえない。

(3) 「発明の詳細な説明」の記載要件について
本件特許明細書において、「発明の詳細な説明」には、本件特許発明1、2を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に説明されていることが明らかである。
したがって、本件特許明細書は、「発明の詳細な説明」の記載において、特許法第36条第4項第1号の記載要件に違反しているものとは言えない。

(4) 口頭審理及び口頭審理陳述要領書で主張した事項についての当審の判断
請求人は口頭審理において、本件特許発明1及び本件特許発明2は、「突条形成要件A」に加えて「突条形成要件B」が必須の構成要件である旨主張している。
(a) 突条形成要件Aについて
本件特許発明1および本件特許発明2において、「突条形成要件A」又は「突条形成要件C」が発明の必須の構成要件でないことは、上記(2),(3)に示した通りである。

(b) 突条形成要件Bについて
[本件特許発明1に関して]
本件特許公報の段落【0029】?【0031】に記載の実施構成を参照すれば、本件特許発明1は、当該実施構成において傾斜角θ_(1)は傾斜角θ_(b)に対して大きな角度となっており、それにより、シートベルト3の乗員側部分3aと突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…との間に発生する摩擦により、図2(a)に示すような力F_(1)を発生させるものであるということができる。当該力F_(1)が発生することにより、シートベルト3を車両前方への移動を抑制する反力F_(2)が発生することは自明な作用であると認められる。
すなわち、「突条形成要件B」の「所定角」に係る構成がなくとも、本件特許発明1において前記「反力F_(2)」が発生することは明らかである。

一方、本件特許発明1が奏する作用・効果は、段落【0074】に記載されており、当該段落【0074】の記載から、少なくとも「シートベルトの車両前方への移動を抑制」する作用が発生することが、本件特許発明1の「発明の効果」であると認められる。

そして、上記の通り、本件特許発明1に対応する、実施構成(段落【0029】?【0031】)が、「突条形成要件B」に係る構成を有していなくともシートベルト3の車両前方への移動を抑制する反力F_(2)を発生させていることは明らかである。

よって、本件特許発明1に係る発明は、少なくとも「シートベルトの車両前方への移動を抑制」するという「発明の効果」を奏するための必要な実施構成が本件特許明細書における「発明の詳細な説明」において明らかにされており、本件特許発明1は、「発明の詳細な説明」に記載された発明であるということができる。

したがって、本件特許発明1は、特許法第36条第6項第1号の規定要件に違反しているものとはいえない。

[本件特許発明2に関して]
本件特許明細書の段落【0038】?【0042】に記載の実施構成を参照すれば、本件特許発明2は、当該実施構成において傾斜角θ_(1)は傾斜角θ_(b)に対して小さな角度となっており、それにより、シートベルト3の乗員側部分3aと突条5,5,…の車両後方側縁5a,5a,…との間に発生する摩擦により、上記本件特許発明1において発生する力F_(2)と反対側の力F_(2)が発生することは自明な作用であると認められる。

すなわち、「突条形成要件B」の「所定角」に係る構成がなくとも、本件特許発明2において前記「反力F_(2)」が発生することは明らかである。

一方、本件特許発明2が奏する作用・効果は、段落【0075】に記載されており、上記段落【0075】の記載から、少なくとも「シートベルトの車両前方への移動を抑制」する作用が発生することが、本件特許発明2の「発明の効果」であると認められる。

そして、上記の通り、本件特許発明2に対応する、実施構成(段落【0038】?【0042】)が、「突条形成要件B」に係る構成を有していなくともシートベルト3の車両前方への移動を抑制する反力F_(2)を発生させていることは明らかである。

よって、本件特許発明2に係る発明は、少なくとも「シートベルトの車両前方への移動を抑制」するという「発明の効果」を奏するための必要な実施構成が本件特許明細書における「発明の詳細な説明」において明らかにされており、本件特許発明2は、「発明の詳細な説明」に記載された発明であるということができる。

したがって、本件特許発明2は、特許法第36条第6項第1号の規定要件に違反しているものとはいえない。

3.まとめ
以上のとおりであり、請求人が主張する無効理由1又は無効理由2によっては、本件特許発明1、本件特許発明2、本件特許発明3及び本件特許発明7に係る本件特許を無効とすることができない。

第5 むすび
請求人の主張する無効理由についての当審の判断は、以上のとおりであり、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明1、本件特許発明2、本件特許発明3及び本件特許発明7の各発明を、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとすることができないから、本件特許発明1、本件特許発明2、本件特許発明3及び本件特許発明7に係る本件特許は、同法第123条第1項第2号の規定に該当せず、また、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明1、本件特許発明2の各発明を、特許法第36条第6項第1号、又は同法第36条第4項第1号の規定により、特許を受けることができないとすることができないから、同法第123条第1項第4号に該当せず、無効とすることができない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定において準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-09-30 
結審通知日 2009-10-05 
審決日 2009-10-21 
出願番号 特願2002-4815(P2002-4815)
審決分類 P 1 123・ 536- Y (B60R)
P 1 123・ 537- Y (B60R)
P 1 123・ 121- Y (B60R)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 関 裕治朗  
特許庁審判長 川向 和実
特許庁審判官 渡邉 洋
中川 真一
登録日 2007-11-02 
登録番号 特許第4033379号(P4033379)
発明の名称 シートベルト用ガイドアンカー  
代理人 工藤 理恵  
代理人 小山 卓志  
代理人 田中 貞嗣  
代理人 阿部 龍吉  
代理人 青木 健二  
代理人 岩崎 幸邦  
代理人 三好 秀和  
代理人 米澤 明  
代理人 片寄 武彦  

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