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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1220776
審判番号 不服2007-23286  
総通号数 129 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-09-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-08-23 
確定日 2010-07-29 
事件の表示 特願2004-296456「磁気抵抗効果素子及び磁気記録装置」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 4月20日出願公開、特開2006-108565〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成16年10月8日の出願であって,平成19年2月14日付けの拒絶理由通知に対して,同年4月23日に手続補正書及び意見書が提出されたが,同年7月18日付けで拒絶査定がされ,これに対し,同年8月23日に審判請求がされるとともに,同年9月25日に手続補正書が提出されたものである。

第2 平成19年9月25日に提出された手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
本件補正は,特許請求の範囲を補正するものであり,そのうち,請求項1についての補正内容は,次のとおりである。

・ 補正前の請求項1の記載
「磁化の向きが固定された第1の固定層と,
磁化の向きが変化する記録層と,
前記第1の固定層及び前記記録層間に設けられた第1の非磁性層と
を具備する磁気抵抗効果素子であって,
前記記録層は,第1の方向に延在する延在部と,前記延在部の一方の側面の中央部から前記第1の方向に対して垂直な第2の方向に突出する第1の突出部と,前記延在部の他方の側面の中央部から前記第2の方向に突出する第2の突出部とを有し,
前記記録層の平面形状は,十字型であり,
前記延在部の平面形状は,平行四辺形である
ことを特徴とする磁気抵抗効果素子。」

・補正後の請求項1の記載(下線は補正箇所)
「磁化の向きが固定された第1の固定層と,
磁化の向きが変化する記録層と,
前記第1の固定層及び前記記録層間に設けられた第1の非磁性層と
を具備する磁気抵抗効果素子であって,
前記記録層は,第1の方向に延在する延在部と,前記延在部の一方の側面の中央部から前記第1の方向に対して垂直な第2の方向に突出する第1の突出部と,前記延在部の他方の側面の中央部から前記第2の方向に突出する第2の突出部とを有し,
前記記録層の平面形状は,十字型であり,
前記延在部の平面形状は,平行四辺形であり,
前記記録層の前記第1の方向における最大の長さを第1の長さと規定し,前記記録層の前記第2の方向における最大の長さを第2の長さと規定した場合,前記第1の長さ/前記第2の長さは1.5乃至2.2であり,
前記記録層の膜厚は,5nm乃至20nmであり,
原点から45度傾いた直線とアステロイド曲線とが交わる点における磁化反転に必要な書き込み磁場をHswとし,磁化容易軸方向のみの磁場による磁化反転に必要な書き込み磁場をHcとした場合,書き込み磁場の比であるHsw/Hcは0.41以下である
ことを特徴とする磁気抵抗効果素子。」

2 補正目的の適否
(1)請求項1についての上記補正事項は,要するに,補正前の
「平行四辺形である」との記載を,
「平行四辺形であり,
前記記録層の前記第1の方向における最大の長さを第1の長さと規定し,前記記録層の前記第2の方向における最大の長さを第2の長さと規定した場合,前記第1の長さ/前記第2の長さは1.5乃至2.2であり,
前記記録層の膜厚は,5nm乃至20nmであり,
原点から45度傾いた直線とアステロイド曲線とが交わる点における磁化反転に必要な書き込み磁場をHswとし,磁化容易軸方向のみの磁場による磁化反転に必要な書き込み磁場をHcとした場合,書き込み磁場の比であるHsw/Hcは0.41以下である」
とするものである。

(2)上記の補正内容は,記録層の形状が平行四辺形であることを前提に,その第1の方向における最大の長さと第2の方向における長さの比の範囲と記録層の膜厚の範囲を規定し,同時に,HswとHcの比の範囲を規定するものである。
補正前の請求項1には,第1の方向における最大の長さと第2の方向における長さの比と膜厚についての記載はないが,補正前の請求項3と請求項5(いずれも補正前の請求項1を引用している。)には,これに相当する記載があるから,補正後の請求項1は,補正前の下位の請求項の内容を取り込んで減縮したものといえる。
HswとHcの比については,補正前の請求項1にも補正前の下位の請求項にも記載がないが,記録層の形状が平行四辺形であることを前提に,「誤書きこみを低減し,かつ熱安定性を向上させる」という発明の目的を達成するために,明細書に記載された範囲内で,記録層に必要な書き込み特性を規定したものと理解できる。
そうすると,請求項1についての補正は,特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものといえる。

(3)他の請求項についての補正は,請求項の削除と,請求項の削除に伴う請求項の項番の繰り上げ等であるから,請求項の削除及びそれに伴って生じる明りょうでない記載の釈明を目的とする補正に該当する。

(4)したがって,本件補正は,平成18年法律55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項の規定に適合する。

(5)そこで,以下,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)について,特許出願の際独立して特許を受けることができるものか(平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項に規定する独立特許要件を満たすか)について検討する。

3 独立特許要件についての検討
(1)本願補正発明
本件補正発明を再掲すると,次のとおりである。
【請求項1】
「磁化の向きが固定された第1の固定層と,
磁化の向きが変化する記録層と,
前記第1の固定層及び前記記録層間に設けられた第1の非磁性層と
を具備する磁気抵抗効果素子であって,
前記記録層は,第1の方向に延在する延在部と,前記延在部の一方の側面の中央部から前記第1の方向に対して垂直な第2の方向に突出する第1の突出部と,前記延在部の他方の側面の中央部から前記第2の方向に突出する第2の突出部とを有し,
前記記録層の平面形状は,十字型であり,
前記延在部の平面形状は,平行四辺形であり,
前記記録層の前記第1の方向における最大の長さを第1の長さと規定し,前記記録層の前記第2の方向における最大の長さを第2の長さと規定した場合,前記第1の長さ/前記第2の長さは1.5乃至2.2であり,
前記記録層の膜厚は,5nm乃至20nmであり,
原点から45度傾いた直線とアステロイド曲線とが交わる点における磁化反転に必要な書き込み磁場をHswとし,磁化容易軸方向のみの磁場による磁化反転に必要な書き込み磁場をHcとした場合,書き込み磁場の比であるHsw/Hcは0.41以下である
ことを特徴とする磁気抵抗効果素子。」

(2)引用例の表示
引用例:特開2004-128067号公報

(3)引用例の記載と引用発明
(3-1)引用例の記載
原査定の拒絶の理由に引用され,本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である,特開2004-128067号公報(以下「引用例」という。)には,「磁気抵抗効果素子および磁気メモリ」(発明の名称)に関して,図1?図5,図14とともに,次の記載がある(下線は当審で付加,以下同じ。)。
ア 発明の背景等
・「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は,磁気抵抗効果素子および磁気メモリに関する。
【0002】
【従来の技術】
固体磁気メモリは,従来から様々のタイプのものが提案されている。近年,巨大磁気抵抗効果を示す磁気抵抗効果素子を,記憶素子として用いた磁気ランダムアクセスメモリの提案が行われており,特に,磁気抵抗効果素子として強磁性トンネル接合素子を用いた磁気メモリに注目が集まっている。」
・「【0006】
さて,強磁性トンネル接合をメモリセルに有する磁気メモリの高集積化を考えると,メモリセルの大きさは小さくなり,強磁性トンネル結合を構成する強磁性層の大きさも必然的に小さくなる。一般に,強磁性層が小さくなると,その保磁力は大きくなる。保磁力の大きさは磁化を反転するために必要なスイッチング磁界の大きさの目安となるので,これはスイッチング磁界の増大を意味する。
【0007】
よって,情報を書き込む際にはより大きな電流を書き込み配線に流さなければならなくなり,消費電力の増加という好ましくない結果をもたらす。したがって,磁気メモリのメモリセルに用いられる強磁性層の保磁力を低減することは高集積化される磁気メモリの実用化において重要な課題である。
【0008】
一方,磁気メモリは不揮発メモリとして動作するため,安定に記録情報を保持できなければならない。安定に長時間記録するための目安として,熱揺らぎ定数といわれるパラメータが存在し,このパラメータが強磁性層のボリュームと保磁力に比例することが一般的に言われている。したがって,消費電力低減のために保磁力を低減すると,その分熱安定性も同様に低減し,長期間情報を保持することができなくなってしまう。熱安定性が高く,長期間情報を保持することができる強磁性トンネル接合素子を考えることも高集積化磁気メモリの実用化において重要な課題となる。
【0009】
また,磁気メモリのメモリセルとして用いる場合,長方形をした強磁性体を用いることが一般に考えられている。しかし,長方形の微小強磁性体の場合には,端部にエッジドメインと呼ばれる特殊な磁区が生じることが知られている(例えば,非特許文献2参照)。これは,長方形の短辺では反磁界エネルギーを低減するために,磁化が辺に沿うようにして
渦状に回転するパターンを形成するからである。このような磁気構造の一例を図14に示す。この図14から分かるように,磁化領域の中央部分においては磁気異方性に従った方向に磁化が生じるが,両端部においては,中央部分と異なる方向に磁化が生じる。
【0010】
この長方形の強磁性体に対して磁化反転を行う場合を考えると,エッジドメインが成長してエッジドメインの領域が大きくなるように進行することが知られている。ここで,長方形の両端部のエッジドメインを考えると,互いに平行方向に向いている場合と反平行方向に向いている場合がある。平行方向を向いている場合,360度磁壁が形成されるため,保磁力が大きくなる。
【0011】
この課題を解決するために,記憶層として楕円形の強磁性体を用いることが提案されている(例えば,特許文献3参照)。この文献に記載された技術は,エッジドメインが強磁性体の形状に対し大変敏感であるという性質を利用して,長方形等の場合の端部に生じるエッジドメインの発生をおさえ,単磁区を実現することで,強磁性体全体にわたって一様に反転させることができ,反転磁界を小さくするものである。
【0012】
また,記憶層として平行四辺形のように,その隅に直角でない角度を持つ形状の強磁性体を用いることが提案されている(例えば,特許文献4参照)。この場合,エッジドメインは存在するが,長方形の場合ほど大きな領域を占めず,さらに磁化反転の過程で複雑な微小ドメインを生成することなく,磁化がほぼ一様に反転することができる。その結果として反転磁界の低減がはかれる。」
・「【0015】
上記のように,記録層の磁化を反転する磁界(スイッチング磁界)を低減し,熱安定性を向上させることは,磁気メモリにおいて必要不可欠な要素である。このため,いくつかの形状や,反強磁性結合を含む多層膜を用いることが提案されている。しかしながら,高集積化磁気メモリに用いられるような小さな磁気メモリセル内におかれる微小な強磁性体においては,例えばその短軸の幅が数ミクロンからサブミクロン程度以下になると,磁化領域の端部においては反磁界の影響により,磁性体の中央部分の磁気的構造とは異なる磁気的構造(エッジドメイン)が生じることが知られている。
【0016】
高集積化磁気メモリのセルに用いられるような微小な磁性体においては,上記のように,その端部に生じるエッジドメインの影響が大きく,磁化反転における磁気的構造パターンの変化が複雑になる。その結果,保磁力が大きくなり,またスイッチング磁界が増大する。
【0017】
このような複雑な磁気的構造の変化が生じることをできるだけ防ぐ方法として,エッジドメインを固定することが考えられている(例えば,特許文献8,特許文献9参照)。」
・「【0018】
・・・
【特許文献6】
特願平11-263741号公報」
・「【0019】
【発明が解決しようとする課題】
エッジドメインを固定することにより,磁化反転の際の挙動が制御できるが,実質的にスイッチング磁界の低減ははかれない。また,エッジドメインを固定するために別の構造を付加する必要があり,高密度化には適さない。
【0020】
本発明は,上記事情を考慮してなされたものであって,熱的に安定な磁気的構造を有するとともに情報を書き込む際に必要なスイッチング磁界を低減することのできる磁気抵抗効果素子および磁気メモリを提供することを目的とする。」
イ 第1実施形態
・【0033】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態による磁気抵抗効果素子を,図1乃至図4を参照して説明する。図2に示すように,この実施形態の磁気抵抗効果素子2は,磁気メモリのメモリセルとして用いられるものであって,ワード線10とビット線12が交差する点に設けられ,下部電極2aと,反強磁性層2bと,基準層となる強磁性層2cと,トンネル障壁となる絶縁層2dと,記憶層となる強磁性層2eと,上部電極2fとを備えている。基準層となる強磁性層2cは,反強磁性層2bとの交換結合力により,磁化の方向が固定されている。記憶層となる強磁性層2eは外部磁界によって磁化の方向が変化する。そして,強磁性層2cと強磁性層2eの磁化の相対的角度によりトンネルコンダクタンスが変化する。
【0034】
この実施形態の磁気抵抗効果素子2の記憶層となる強磁性層2eの膜面形状を図1に示す。記憶層となる強磁性層2eは,図1に示すように,磁化容易軸方向5が磁化困難軸方向に比べて長い長方形状の本体部3と,ほぼ中央部に設けられた突出部4とを有している。すなわち,記憶層2eは,本体部3の端部の幅(磁化困難軸方向の長さ)よりも中央部の幅が広い形状となっている。また,この実施形態の形状は十字形状でもある。例えば,本体部3の端部の幅が0.24μm,記憶層2eの中央部の幅が0.36μm,記憶層2eの磁化容易軸方向の長さが0.48μmである。なお,記憶層2eの膜厚は2nmである。また,本実施形態においては,磁気抵抗効果素子2の製造上の理由から,図2に示すように,反強磁性層2b,強磁性層2c,および絶縁層2dも,記録層となる強磁性層2eと同じ形状となっている。電極2a,2fも同様に同じ形状となっても良い。
【0035】
強磁性層の材料として,本実施形態においては,CoFeを用いたが,強磁性材料としては 例えばFe,Co,Ni やこれらの合金等,通常用いられる磁性材料であっても良い。また,強磁性層は,これらの磁性材料からなる層と,例えばCu,Au,Ru,Al 等の,金属非磁性材料からなる層との積層構造を有する膜であっても良い。
【0036】
この実施形態による磁気抵抗効果素子2のヒステリシスについて,シミュレーション計算した結果を図3に示す。図3において,横軸は外部磁界を示し,縦軸は,磁化Mを飽和磁化Msによって正規化した値を示している。図3の実線で表したグラフg1は記録層2eの容易軸方向の磁化曲線を示し,破線で表したグラフg2は残留磁化曲線,すなわち,外部磁界を印加した後の外部磁界を零としたときの磁化状態を示す曲線である。この図3から分かるように,磁化容易軸方向の保磁力は95Oeと求められる。また,この図3から分かるよう,本実施形態による磁気抵抗効果素子においては,スイッチングがシャープに行われることを示しており,“1”,“0”以外の中間的な磁化状態を取らないことを示している。即ち,磁化反転過程において,微小な磁気ドメインが複雑な形で発生していないことを意味している。
【0037】
次に,本実施形態による磁気抵抗効果素子のスイッチング磁界のアステロイド曲線を,シミュレーション計算で求めた場合を図4(a)に示す。なお,図4(b)は磁化容易軸方向の保磁力で規格化した場合のアステロイド曲線を示している。図4(a),(b)において,横軸は磁化容易軸方向の磁界を示し,横軸は磁化困難軸方向の磁界を示す。また,図4(b)に示す実線はスイッチング磁界の理想的なアステロイド曲線を示している。また,比較のため,記録層の膜面形状が,すなわち,磁気抵抗効果素子の膜面形状が図14に示す長方形である場合(長方形セル)のスイッチング磁界のアステロイド曲線を,シミュレーション計算で求めた場合を図5(a)に示し,図5(b)は磁化容易軸方向の保磁力で規格化した場合のアステロイド曲線を示している。
【0038】
これらの図4および図5から分かるように,長方形セルでは理想的なアステロイド曲線とはかなり離れたところにシミュレーション計算結果が存在していたが,本実施形態のセル形状を用いることによりある特定の方向で理想的なアステロイド曲線より内側にシミュレーション計算結果が存在している。実際,本実施形態による磁気抵抗効果素子のスイッチング磁界は長方形セルの磁気抵抗効果素子より約半分に減少し,小さいスイッチング磁界で反転することが可能となる。したがって,情報を書き込む際に要する電流を小さくすることができる。また,本実施形態における磁化容易軸方向の保磁力は,長方形セルの保磁力とほぼ同じであり,熱的安定性は劣化しない。
【0039】
なお,本実施形態では図3に示すように,飽和磁化Msに対する残留磁化の割合が0.92となり,図示していない長方形セルのそれとほとんど同じとなる。これは,エッジドメインが存在しているためである。一般に,強磁性体の磁化方向にずれや乱れた部分があり,飽和磁化に対する残留磁化の割合が1より小さくなっているとき,その強磁性体を用いた強磁性トンネル接合では,ずれや乱れのない場合に比べて,トンネル磁気抵抗比が減少する。しかし,本実施形態では絶縁層2dを含め上下の強磁性層2c,2eが同じ形状になっているため,上下の強磁性層2c,2eはほぼ同様の磁気ドメイン構造を持っている。従って,この割合は1より小さくなっているにもかかわらず,磁化方向のトンネル磁気抵抗の減少はほとんどない。
【0040】
なお,本実施形態においては,従来技術とは異なり,エッジドメインの領域を縮小するものではなく,むしろエッジドメインに,ある大きさの領域を与え,端部にバイアス磁界をかけてエッジドメインを固定することなく磁化反転の核として作用させるものである。
【0041】
以上説明したように,本実施形態によれば,熱的に安定な磁気的構造を有するとともに情報を書き込む際に必要なスイッチング磁界を低減することができる。
【0042】
本実施形態においては,膜面形状は,各頂点が90度の角度をもつ多角形であったが,これに限定されるものではなく,特に,各頂点は90度に限定するものではない。また,各辺も直線である必要はなく,一般に曲線で構成されていてよい。また,サイズも限定されるものではない。最大幅が1μm程度より小さいものが好ましく,長さも最大幅の約1.3倍以上で10倍以内であることが好ましい。強磁性体の厚さは10nm以下が良く,5nm以下がより好ましい。特に,高集積化のためには,素子サイズは小さいことが好ましい。」
ウ 発明の効果
・「【0083】
【発明の効果】
以上述べたように,本発明によれば,熱的に安定な磁気的構造を有するとともに情報を書き込む際に必要なスイッチング磁界を低減することができる。」
エ 図面について
・図1によれば,長方形の本体部3のほぼ中央部に設けられた突出部4は,2つあり,前記長方形の本体部3の上下にそれぞれ設けられていることが分かる。

(3-2)引用発明
上記ア?エによれば,引用例には,次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

「基準層となる強磁性層2cと,トンネル障壁となる絶縁層2dと,記憶層となる強磁性層2eとを有する磁気抵抗効果素子であって,
前記記憶層となる強磁性層2eは,磁化容易軸方向5が磁化困難軸方向に比べて長い長方形状の本体部3と,前記長方形状の本体部3のほぼ中央部に設けられた突出部4を有し,
前記突出部4は2つあり,前記長方形状の本体部3の上下にそれぞれ設けられており,
前記記憶層となる強磁性層2eの膜面形状は十字形状であり,
前記記憶層となる強磁性層2eの前記磁化容易軸方向5の長さは,前記記憶層となる強磁性層2eの中央部の幅である,最大幅の約1.3倍以上で10倍以内であり,前記記憶層となる強磁性層2eの厚さは10nm以下であることを特徴とする磁気抵抗効果素子。」

(4)対比
(4-1)次に,本願補正発明と引用発明を対比する。
ア 引用発明の「基準層となる強磁性層2c」,「記憶層となる強磁性層2e」,「トンネル障壁となる絶縁層2d」は,それぞれ,本願補正発明の「磁化の向きが固定された第1の固定層」,「磁化の向きが変化する記録層」,「前記第1の固定層及び前記記録層間に設けられた第1の非磁性層」に対応するから,引用発明の「基準層となる強磁性層2cと,トンネル障壁となる絶縁層2dと,記憶層となる強磁性層2eとを有する磁気抵抗効果素子」は,本願補正発明の「磁化の向きが固定された第1の固定層と,磁化の向きが変化する記録層と,前記第1の固定層及び前記記録層間に設けられた第1の非磁性層とを具備する磁気抵抗効果素子」に相当する。
イ 引用発明の「磁化容易軸方向5」,「本体部3」は,それぞれ,本願補正発明の「第1の方向」,「延在部」に対応するから,引用発明の「磁化容易軸方向5が磁化困難軸方向に比べて長い」「本体部3」は,本願補正発明の「第1の方向に延在する延在部」に対応する。また,引用発明の「突出部4」(2つある)は,本願補正発明の「第1の突出部」及び「第2の突出部」に対応しており,引用発明の「突出部4」が磁化困難軸方向に設けられていることは,明らかであって,この磁化困難軸方向は,本願補正発明の「前記第1の方向に対して垂直な第2の方向」に対応し,かつ,引用発明の「突出部4は2つあり,前記長方形の本体部3の上下にそれぞれ設けられて」いるから,引用発明は,本願補正発明の「前記延在部の一方の側面の中央部から前記第1の方向に対して垂直な第2の方向に突出する第1の突出部と,前記延在部の他方の側面の中央部から前記第2の方向に突出する第2の突出部」に対応する構成を備えている。
そうすると,引用発明における「前記記憶層となる強磁性層2eは,磁化容易軸方向5が磁化困難軸方向に比べて長い」「本体部3と,前記」「本体部3のほぼ中央部に設けられた突出部4を有し,前記突出部4は2つあり,前記長方形の本体部3の上下にそれぞれ設けられ」との構成は,本願補正発明の「前記記録層は,第1の方向に延在する延在部と,前記延在部の一方の側面の中央部から前記第1の方向に対して垂直な第2の方向に突出する第1の突出部と,前記延在部の他方の側面の中央部から前記第2の方向に突出する第2の突出部とを有」するとの構成に相当する。
ウ 引用発明の「前記記憶層となる強磁性層2eの膜面形状」,「十字形状」は,それぞれ,本願補正発明の「前記記録層の平面形状」,「十字型」に対応するから,引用発明の「前記記憶層となる強磁性層2eの膜面形状は十字形状であ」ることは,本願補正発明の「前記記録層の平面形状は,十字型であ」ることに相当する。
エ 引用発明の「前記記憶層となる強磁性層2eの前記磁化容易軸方向5の長さ」,「前記記憶層となる強磁性層2eの中央部の幅である,最大幅」は,それぞれ,本願補正発明の「前記記録層の前記第1の方向における最大の長」(第1の長さ),及び「前記記録層の前記第2の方向における最大の長さ」(第2の長さ)に対応するから,引用発明の「前記記憶層となる強磁性層2eの前記磁化容易軸方向5の長さは,前記記憶層となる強磁性層2eの中央部の幅である,最大幅の約1.3倍以上で10倍以内であ」るとの構成,本願補正発明の「前記記録層の前記第1の方向における最大の長さを第1の長さと規定し,前記記録層の前記第2の方向における最大の長さを第2の長さと規定した場合,前記第1の長さ/前記第2の長さは1.5乃至2.2であ」るとの構成と,数値範囲において重なっている。
オ 引用発明の「前記記憶層となる強磁性層2eの厚さ」は,本願補正発明の「前記記録層の膜厚」に対応するから,引用発明の「前記記憶層となる強磁性層2eの厚さは10nm以下である」との構成は,本願補正発明の「前記記録層の膜厚は,5nm乃至20nmであ」るとの構成と,数値範囲において重なっている。

(4-2)そうすると,本願補正発明と引用発明の一致点と相違点は,次のとおりとなる。

〔一致点〕
「磁化の向きが固定された第1の固定層と,
磁化の向きが変化する記録層と,
前記第1の固定層及び前記記録層間に設けられた第1の非磁性層と
を具備する磁気抵抗効果素子であって,
前記記録層は,第1の方向に延在する延在部と,前記延在部の一方の側面の中央部から前記第1の方向に対して垂直な第2の方向に突出する第1の突出部と,前記延在部の他方の側面の中央部から前記第2の方向に突出する第2の突出部とを有し,
前記記録層の平面形状は,十字型であり,
前記記録層の前記第1の方向における最大の長さを第1の長さと規定し,前記記録層の前記第2の方向における最大の長さを第2の長さと規定した場合,前記第1の長さ/前記第2の長さは1.5乃至2.2であり,
前記記録層の膜厚は,5nm乃至20nmである
ことを特徴とする磁気抵抗効果素子。」

〔相違点〕
〔相違点1〕
本願補正発明は,「前記延在部の平面形状は,平行四辺形であ」るのに対して,引用発明は,本願補正発明の「延在部」に対応する「本体部3」が,「長方形状」である点。

〔相違点2〕
本願補正発明は,「原点から45度傾いた直線とアステロイド曲線とが交わる点における磁化反転に必要な書き込み磁場をHswとし,磁化容易軸方向のみの磁場による磁化反転に必要な書き込み磁場をHcとした場合,書き込み磁場の比であるHsw/Hcは0.41以下である」のに対して,引用発明は,書き込み磁場の比の具体的数値について言及がない点。

(5)相違点についての判断
(5-1)相違点1について
ア 引用例の段落【0012】には,「記憶層として平行四辺形のように,その隅に直角でない角度を持つ形状の強磁性体を用いることが提案されている(例えば,特許文献4参照)。」との記載(特許文献4は,特願平11-263741号公報)が,また,段落【0042】には,「本実施形態においては,膜面形状は,各頂点が90度の角度をもつ多角形であったが,これに限定されるものではなく,特に,各頂点は90度に限定するものではない。」との記載がある。
イ さらに,磁気抵抗効果素子の平面形状には,長方形から変形した種々の形状が可能であることが知られている(例えば,拒絶の理由に引用された特開2004-128015号公報の段落【0038】には,「磁気抵抗効果素子」(発明の名称)に関し,図2,図3とともに,次の記載がある。
「更に,本発明においては,少なくともこの情報記録層すなわち強磁性層7の平面パターン,例えば磁気抵抗効果素子1の積層部の平面パターンを,1軸方向に長軸を有する形状で,長軸方向に沿う両側縁が,外側に膨出する形状,あるいは直線形状を有し,その長軸方向の両端が,外側に膨出するパターン形状とする。このようなパターン形状は,図2および図3の各A1?A6図にパターン形状の例を模式的に示したように,長軸および短軸の中心軸に対して対象性を有する形状とされる。そして,例えば,図2A1の菱形形状のように,長軸方向に沿う両側縁およびその両端縁が外側に屈曲ないしは屈曲に近似する彎曲形状に膨出するパターン形状とすることができる。あるいは,両側縁が外側に彎曲膨出する形状の,例えば図2A2,図3A4のレモン形状,楕円,ないしは長円,あるいは図示しないが紡錘状等のパターン形状とする。または,両外側が直線的なカプセル形状(図3A5),長方形状(図3A6)等に形成することができる。
しかしながら,本発明は,この図2および図3の各A1?A6に示した例に限定されるものではない。そして,本発明においては,パターン形状の選定のみならず,その短軸と長軸の比を1:1.2?1:3.5の範囲に選定する。」(段落【0038】))。
ウ そして,上記アで摘示した引用例の段落【0042】の記載からみて,引用発明は,「特に,各頂点は90度に限定するものではない。」から,引用発明の「本体部3」には,各頂点が90度である長方形のほかに,各頂点が90度ではない四角形,例えば,台形や平行四辺形などの形状が示唆されているといえる。
エ 更に言えば,長方形は,平行四辺形のうち,各頂点が90度のものをいうから,本願補正発明の「平行四辺形」には「長方形」が含まれるとも考えられ(請求項1では,平行四辺形の頂点の角度について規定されていない。),その場合,相違点1は実質的には相違点とならない。
オ 審判請求人は,本願補正発明の「前記延在部の平面形状は,平行四辺形であ」ることによる作用・効果について,平成19年4月23日に提出の意見書,平成19年9月25日に提出の審判請求書の請求の理由を補充する手続補正書,及び平成22年2月22日に提出した回答書において主張する。
しかし,本願の明細書には,本願補正発明の「前記延在部の平面形状」を「平行四辺形」としたことによる作用・効果について何も記載されていない。
また,審判請求人の主張が,どの程度の頂点角を有する「平行四辺形」を前提としたものかも,不明である。
カ したがって,相違点1は,少なくとも,当業者が容易に想到し得たものである。

(5-2)相違点2について
ア 本願の明細書の発明の詳細な説明の段落【0023】には,次の記載がある。
「次に,Hcばらつきを考慮すると,1Mビットの素子アレイを実現するためには,Hsw/Hcは0.41以下が望ましいと考えられる。これは,次の理由からである。図3に示すように,まず,基本アステロイド曲線Abaseを基準として,±10%のHcばらつきを考慮し,最大アステロイド曲線Amax,最小アステロイド曲線Aminをそれぞれ規定する。次に,最小アステロイド曲線Aminから求められるX軸切片とY軸切片からそれぞれ垂直な直線L1,L2を引き,これらの直線L1,L2が交わる交点Aを求める。この交点Aが,最大アステロイド曲線Amax上の点Pmaxよりも外側に位置すれば,書き込み動作が実現できる。つまり,図3中の斜線領域Rの面積が書き込みマージンとなり,書き込み動作を実現するには,この書き込みマージンがゼロよりも大きいことが必要となる。そこで,書き込み磁場の比Hsw/Hcに対する書き込みマージンをそれぞれ調べた。その結果,図4に示すように,書き込み磁場の比Hsw/Hcが0.43になると,書き込みマージン(図3の領域Rの面積)は-0.01,すなわち0以下となることが分かった。さらに,書き込み磁場の比Hsw/Hcが0.42の場合,書き込みマージンは0.01となり,非常にマージンが少なく,誤書き込みの恐れがある。このため,書き込みマージンが0.02以上となる0.41以下が最も望ましい書き込み磁場の比Hsw/Hcであると言える。」 この記載は,本願補正発明において,「原点から45度傾いた直線とアステロイド曲線とが交わる点における磁化反転に必要な書き込み磁場をHswとし,磁化容易軸方向のみの磁場による磁化反転に必要な書き込み磁場をHcとした場合,書き込み磁場の比であるHsw/Hcは0.41以下」としたことの技術的意義について説明したものと理解できる。
イ しかしながら,磁気抵抗効果素子において,「書き込み磁場の比であるHsw/Hc」が小さいほど,書き込みマージンが大きくなることは,技術常識である。(これについては,例えば,特開2004-179183号公報の,「アステロイドの形が良いという意味は,図13に示すアステロイド曲線g1のように,他のアステロイド曲線g2,g3に比べて座標軸側にあり,このため,スピン反転時のスイッチング磁界の値は小さく,スピン反転以外の時のスイッチング磁界の値が大きいことを意味する。このようなアステロイド形状をしていると,セル選択が容易である。」(段落【0050】,図13)との記載を参照。)
ウ そして,引用例の段落【0038】の「これらの図4および図5から分かるように,長方形セルでは理想的なアステロイド曲線とはかなり離れたところにシミュレーション計算結果が存在していたが,本実施形態のセル形状を用いることによりある特定の方向で理想的なアステロイド曲線より内側にシミュレーション計算結果が存在している。実際,本実施形態による磁気抵抗効果素子のスイッチング次回は長方形セルの磁気抵抗効果素子よりも約半分に減少し,小さいスイッチング磁界で反転することが可能となる。」との記載,及び図4(a),(b)に示されたアステロイド曲線の計算結果からすると,引用発明においても,書き込み磁場の比Hsw/Hcは0.3程度以下となっているものと理解でき,本願補正発明と同様,「書き込み磁場の比であるHsw/Hcは0.41以下」となっている。
エ そうすると,本願補正発明において,「原点から45度傾いた直線とアステロイド曲線とが交わる点における磁化反転に必要な書き込み磁場をHswとし,磁化容易軸方向のみの磁場による磁化反転に必要な書き込み磁場をHcとした場合,書き込み磁場の比であるHsw/Hcは0.41以下である」ようにした点には,磁気抵抗効果素子を磁気メモリとして用いるために望まれる範囲を提示したという以上の意義を見いだすことができない。
オ したがって,相違点2は,当業者が容易に想到し得たものである。

(6)以上のとおり,上記相違点1,2は,当業者が容易に想到できたものであるから,本願補正発明は,周知技術を参酌することにより,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4 したがって,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により,却下すべきものである。

第3 本願発明
1 以上のとおり,本件補正(平成19年9月25日に提出された手続補正書による補正)は却下されたので,本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,本件補正前の請求項1(平成19年4月23日に提出された手続補正書により補正された請求項1)に記載されたとおりのものであり,以下に再掲する。

【請求項1】
「磁化の向きが固定された第1の固定層と,
磁化の向きが変化する記録層と,
前記第1の固定層及び前記記録層間に設けられた第1の非磁性層と
を具備する磁気抵抗効果素子であって,
前記記録層は,第1の方向に延在する延在部と,前記延在部の一方の側面の中央部から前記第1の方向に対して垂直な第2の方向に突出する第1の突出部と,前記延在部の他方の側面の中央部から前記第2の方向に突出する第2の突出部とを有し,
前記記録層の平面形状は,十字型であり,
前記延在部の平面形状は,平行四辺形である
ことを特徴とする磁気抵抗効果素子。」

2 引用例の記載と引用発明については,前記第2,3の(3-1),(3-2)において認定したとおりである。

3 対比・判断
前記第2の1,2で検討したように,本願補正発明は,本件補正前の発明の「平行四辺形である」を,「平行四辺形であり,
前記記録層の前記第1の方向における最大の長さを第1の長さと規定し,前記記録層の前記第2の方向における最大の長さを第2の長さと規定した場合,前記第1の長さ/前記第2の長さは1.5乃至2.2であり,
前記記録層の膜厚は,5nm乃至20nmであり,
原点から45度傾いた直線とアステロイド曲線とが交わる点における磁化反転に必要な書き込み磁場をHswとし,磁化容易軸方向のみの磁場による磁化反転に必要な書き込み磁場をHcとした場合,書き込み磁場の比であるHsw/Hcは0.41以下である」と限定したものである。逆にいえば,本件補正前の発明(本願発明)は,本願補正発明から,このような限定をなくしたものである。
そうすると,本願発明の構成要件をすべて含み,これをより限定したものである本願補正発明が,前記第2,3において検討したとおり,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 結言
以上のとおり,本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。
したがって,本願は,その余の請求項について検討するまでもなく,拒絶をすべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-05-28 
結審通知日 2010-06-01 
審決日 2010-06-15 
出願番号 特願2004-296456(P2004-296456)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01L)
P 1 8・ 575- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 川村 裕二  
特許庁審判長 相田 義明
特許庁審判官 小川 将之
近藤 幸浩
発明の名称 磁気抵抗効果素子及び磁気記録装置  
代理人 鈴江 武彦  
代理人 橋本 良郎  
代理人 福原 淑弘  
代理人 峰 隆司  
代理人 中村 誠  
代理人 村松 貞男  
代理人 河野 哲  
代理人 蔵田 昌俊  

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