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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服2006724 審決 特許
不服200519657 審決 特許
不服20045852 審決 特許
不服200628853 審決 特許
無効2007800236 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1224046
審判番号 不服2006-11048  
総通号数 131 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-11-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-05-29 
確定日 2010-09-22 
事件の表示 特願2005- 11481「ウィルス増殖のための不死化細胞系」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 5月12日出願公開、特開2005-118053〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成9年8月13日を国際出願日とする特願平10-510053号(パリ条約による優先権主張1996年8月13日、米国)の一部を,特許法第44条第1項の規定に基づき平成17年1月19日に新たな特許出願としたものであって,「ウイルス増殖のための不死化細胞系」に関するものと認められる。
そして,本願については,平成17年6月14日付(6月21日発送)で拒絶理由が通知され,同年12月21日に意見書が提出されると共に特許請求の範囲について補正がなされ,平成18年2月21日付(2月28日発送)で拒絶査定がなされ,同年5月29日に拒絶査定不服審判が請求され,平成21年12月10日付(12月15日発送)で当審において拒絶理由が通知され,平成22年3月1日に意見書が提出された。

第2 原査定の理由
一方、原査定の拒絶の理由のうち,理由2は、次のとおりである。

1.平成17年6月14日付拒絶理由通知書
「(理由2)
この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。…
上記請求項には、一次ニワトリ胚繊維芽細胞に由来する自発性不死化細胞系に係る発明が記載されている。しかしながら、発明の詳細な説明には、具体的に一次ニワトリ胚繊維芽細胞に由来する自発性不死化細胞系として、ATCC受託番号CRL-12203の特定の細胞株を得たことが記載されているのみである。そして、本願出願時の技術常識を参酌しても、一次ニワトリ胚繊維芽細胞に由来する細胞から、同様の不死化能、増殖能を有する細胞株を得ることは、当業者に過度の実験を有するものであると認められる。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1-15、17、19-23、25-27、29-31に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」

2.平成18年2月21日付拒絶査定
「2)理由2(特許法第36条第4項)について
出願人は意見書において、本発明の細胞系を獲得するには、試行錯誤は不要であり、忍耐だけが必要であることがわかること、宣誓書には、1日当たり平均0.54の集団倍化速度である細胞が存在するようになるまでに少なくとも950日、1日当たり平均0.6という集団倍化速度の細胞を得るのに少なくとも800日かかったことが示唆されていることから、たとえ長時間を要したとしても、試行錯誤なしに不死化鳥類細胞を確実に得ることができるものであると主張している。
しかしながら、本願意見書に、鳥類細胞は組織培養条件下で不死化するのが最も難しい細胞であり、本願出願人が2年以上を費やして特定速度で倍化する細胞系を得た(しかも、本願出願日以前ではない)ことが記載されていることから、本願出願日(優先日当時も)以前に、本願請求項に係る不死化細胞株を当業者が試行錯誤なしに実施できるとは認められないことから、本願請求項1-27に係る発明の詳細な説明の記載は、本願発明を当業者が実施できる程度のものとは認められない。」

第3 本願の特許請求の範囲の記載
本願の特許請求の範囲の請求項1及び8の記載は,平成17年12月21日付で補正された請求項1及び8に記載された以下のとおりのものである。

「【請求項1】 一次ニワトリ胚繊維芽細胞に由来する自発性不死化細胞系であって、ここで当該細胞系は一日当たり約0.6 ?約1.2 の集団倍化速度で培養物の中で増殖でき、そして不死化される前にウィルス又は突然変異を誘発する因子に暴露されていない、細胞系。」
「【請求項8】 ニワトリ胚繊維芽細胞から不死化細胞系を生産する方法であって、下記の工程:
一次ニワトリ胚繊維芽細胞を培養物の中で増殖させ;
この培養物中の繊維芽細胞をそれらが細胞老衰を開始するまで継代し;
細胞老衰中の細胞を約30%?約60%の培養集密度が維持されるまで濃縮し;
この培養物中の非老衰細胞のフォーカスを同定し;
この非老衰細胞を単離し;そして
この非老衰細胞を30回超の継代にわたり増殖させる;
を含んで成り、ここで当該細胞系は不死化される前にウィルス又は突然変異を誘発する
因子に暴露されていないものである、方法。」

第3 本願明細書の記載
本願の請求項1及び8に関して,本願の明細書には以下の記載がある。

1.「いくつかの一次細胞は老衰を逃避し、そして不死となる能力を獲得する。げっ歯類細胞はかなり簡単に自発性不死化するが (Curatoloら、in vitro 20 : 597-601, 1984)、正常ヒト及び鳥類細胞が自発性不死化できることはめったにない (Harveyら、Genes and Development 5 : 2375-2385, 1991 ; Pereira-Smith, J. Cell Physiol 144 : 546-9, 1990 ; SmithらScience 273 : 63-67, 1996)。」(段落【0007】)
2.「本発明は自発性不死化ニワトリ繊維芽細胞の同定及び当該細胞系を得るための方法に関する。詳しくは、本発明はブダペスト条約の規則及び条件下でATCCに寄託した自発性不死化細胞系UMNSAH-DF1の特徴を有する一次ニワトリ胚繊維芽細胞に由来する自発性不死化細胞に関する。更に、本発明はこのような細胞の培養物及びウィルス複製を支持する不死化細胞系の不死化サブクローンに関する。」(段落【0010】)
3.「本発明の別の観点において、下記の工程を含んで成るニワトリ胚繊維芽細胞から不死化細胞系を製造するための方法を開示する:培養物の中で一次ニワトリ胚繊維芽細胞を増殖させる;この繊維芽細胞をそれらが細胞老衰するまで培養物の中で継代する;当該細胞を細胞老衰中に約30%?約60%の培養物集密度となるまで濃縮する;非老衰細胞のフォーカスを同定する;そして非老衰細胞を30継代より多くにわたり増殖させる。」(段落【0012】)
4.「現在、本質的に非ウィルス、非ウィルスタンパク質、又は非化学変換鳥類細胞系は入手できない。一次細胞系はウィルスストック製品を連続生産するにはめんどうであり、そしてウィルス増殖のための非汚染リザーバーとして個別に確認されなければならない。本発明はイースト・ランシング・ライン (East Lansing Line)(ELL-O)ニワトリ胚に由来する細胞を含むニワトリ胚繊維芽(CEF) 細胞の不死化を開示する。」(段落【0014】)
5.「ヒト及び鳥類細胞は組織培養条件下で最も不死化しにくい細胞の一部として知られる。げっ歯類細胞とは異なり、正常ドナーからヒト又はヒヨコ繊維芽細胞を不死化するための明確な報告はない(Smithら、Science 273 : 63-67, 1996)。鳥類繊維芽細胞において、未処理細胞は典型的には20?25継代しか続かない。即ち、30回の継代により、これらの鳥類細胞の一次培養物は死んでいる又は死ぬ。本発明において開示のように、20継代に達するには、細胞を継代し、そして約12継代目?約20継代目で小さめのプレートに必要なだけ濃縮させる(実施例1参照)。より急速に増殖する細胞のフォーカスが観察され、そしてこれらのフォーカスをクローニングリング (Bellco Glass, Inc. Vineland, N. J.) を用いて単離し、そして培地の中で増殖させる。」(段落【0017】)
6.「実施例1 自発性ニワトリ繊維芽細胞系の樹立
2ダースの ELL-O卵をイースト・ランシングUSDA家禽ストックから注文した。卵を無菌隔離インキュベーターの中で10日間インキュベーションし、そして一次培養のために処理した。胚組織をトリプシン/EDTA溶液を用いて解離し、そして10%の胎児牛血清(Gibco) 、1%の抗生物質/抗真菌物質(Gibco)及び2mMのL-グルタミン(Gibco)を含むDMEM培地(GIBCO)の中にプレーティングした。この解離細胞懸濁物を10%の胎児牛血清を含む50mLの遠沈管に集め、トリプシンを不活性させ、そして 700×gで10分遠心分離した。
細胞を36μg/mlのインスリン(Sigma) 、 1.6μg/mlのトランスフェリン (Sigma, St. Louis, MO) 、2mMのL-グルタミン、10%の胎児牛血清、1%の抗生物質/抗真菌物質溶液の入った10mlのダルベッコ改良イーグル培地の中に再懸濁し、そして25cm2 コーニング組織培養フラスコに分注し、そして5%の CO2、95%の大気の中で40.5℃でインキュベーションした。24時間のインキュベーション後、培地を交換した。この一次培養物は上皮様細胞の中心及び放射状の繊維芽細胞を有する莫大な外植片を含んだ。
培養物を集密となるまで増殖させ(5日)、そしてプレートからトリプシン/EDTA溶液(PBS中の0.05%のトリプシン及び0.02%のエチレンジアミン四酢酸(EDTA))を用いて除去し、そして2回目の継代のために再プレーティングした。第二継代目において、一部の細胞を50%のDMEM培地、12%のDMSO及び38%の胎児牛血清を含むコンディショニング培地の中で凍結した。これらの細胞を気相液体窒素の中で24hr凍結し、次いで水性液体窒素に長期保存のため移し入れた。
第2継代(P2)の細胞を 2.7×10^(4) 細胞/mlの播種密度で再プレーティングした。これらの細胞を数ケ月継代培養した。培養した繊維芽細胞は8?9継代にわたり急速増殖し、次いで多量の細胞死を伴って遅くなり始めた。クリーゼ (crises) の際、細胞を ATV溶液 (1000ml中、8g/lのNaCl、 0.4gの KCl、1gのデキストロース、0.58gのNaHCO_(3)、 0.5gのトリプシン (Difco 1:250)、 0.2gのベルセン(二ナトリウム塩))を用いて継代した。細胞を36μg/mlのインスリン(Sigma) 、 1.6μg/mlのトランスフェリン(Sigma) 、2mMのL-グルタミン、10%の胎児牛血清及び1%の抗生物質/抗真菌物質溶液の入ったダルベッコ改良イーグル培地の中で増殖させた。大半の細胞が継代11(P11)で死んでいる又は死ぬことに注目すべきである;しかしながら、わずかな細胞は健康な繊維芽細胞であった。P11細胞を皿の上に4週間、3日毎に新鮮な培地を再供給しながら維持した。一部の細胞を凍結し、そして残りの細胞は小面積にまで濃縮し、そして2回目の継代培養のために十分に集密となるまで更に2週間増殖させた。P15では、細胞は細胞形態学において一層均一なようであり、そして1日当り0.32集団倍化速度で増殖した。P20では、集団倍化は1日当り約 0.7?約 0.8集団倍化にまで増大した。この時点で細胞は非常に均一な形態を有すようである。細胞をUMNSAH/DF#1とし、そして19ケ月にわたり連続培養されたものである。これらの細胞は現在継代 160である。P5由来の細胞を凍結し(上記の通り)、そして融解した。サブクローニングした細胞を増殖させ、そしてこの方法の再現性を他のクローンの同定を介して確認した。いくつかの更なるクローンがP11より得られた。」(段落【0032】?【0035】)

第4 当審の判断

1.本願の出願当時の技術水準

(1)本願明細書の明細書には,鳥類細胞を自発的に不死化できることはめったにないこと,及び正常ドナーからヒト又はヒヨコ繊維芽細胞を不死化するための明確な報告はないことが記載されている(前記第3の1.及び5.)。

(2)また,ニワトリ繊維芽細胞を不死化することの困難性については,以下のように本願出願前の各種の刊行物に記載されている。

ア 請求人が提出した参考資料1(Freshney RI "Culture of Animal Cells, A Manual of Basic Technique, 2nd ed." Alan R. Liss, New York (1987) pp.7?13)
「ほとんどの細胞系は、限られた数の細胞世代にわたって不変の形態で増殖することができ、それを超えると死滅するか、連続細胞系を生み出す(図2.1)。…(ほとんどとは言えないにしても)多くの正常な細胞は、連続細胞系を生み出さない。古典的な具体例では、…正常なヒト繊維芽細胞は、一生を通じて正倍数体に留まり、危機のとき(通常は約50世代)に分化を停止するが、その後18ヶ月までは生きた状態を維持する。ヒト・グリア細胞…とニワトリ繊維芽細胞は、同じように振る舞う。」(第9頁左欄22行?10頁左欄3行)

イ 社団法人日本生化学会編「細胞培養技術」株式会社東京化学同人,1990年10月20日,236?238頁
「ヒトの体細胞についても自然の株化の報告がある。しかし非常にまれである。細胞培養の栄養条件が株化の頻度に関わっているということを示唆する報告もあるので,今後,より適切な培地が見つかるかもしれない。ニワトリの体細胞については筆者の知る限り現在まで自然の株化の成功例はない。」(238頁2?5行)

(3)また,請求人は,進歩性の拒絶理由に対する反論として,審判請求書の「【本願発明が特許されるべき理由】(1)理由1について」において,
「その証拠として、審判請求人は鳥類生物学の専門家であるMahesh Kumar博士並びに老化過程の細胞学及び分子生物学の専門家であるJudith Campisi博士の宣誓書およびそれらの部分翻訳文をそれぞれ参考資料4及び5として添付する。
これらの宣誓書から、当業者であればニワトリ胚繊維芽細胞を発癌物質の不在下で長期間培養することで不死化細胞が得られるとは考えないことが明らかである。正常鳥類細胞はそもそも連続継代により自発的に不死化することができないことがよく知られており、そのような自発的に不死化しにくいニワトリ胚繊維芽細胞がウィルス又は発癌物質の不在下で連続継代することにより自発的に不死化することは、専門知識を有する当業者であればあるほど、考えないものである。」,及び
「従って、発癌物質やウィルスを使用することなく不死化鳥類細胞を獲得することはワクチン業界では長年のニーズであったが、上述のとおり鳥類細胞は基本的に不死化しにくいことが当業者にとっての技術常識であり、そのような細胞を敢えて発癌物質やウィルスの不在下で長期連続継代培養して不死化細胞を得ようと当業者が試みるものではなかったのである。しかるに、本発明者は、具体的には請求項8に記載の方法でニワトリ胚繊維芽細胞を継代培養することで、所定の集団倍化速度で増殖できる不死化細胞系を確立できたのである。」
と主張している。

(4)これらのことからみて,動物の細胞培養自体は,1900年代の初めの頃から行われているところ,それから100年近くを経た本願の優先日当時においても,ニワトリ繊維芽細胞の自発的不死化についての明確な報告はなく,ほとんど不可能に近いという技術常識があったものと認められる。

2.本願の請求項1及び8に係る発明の実施可能要件

ア 前記の「第3」に摘記したように,本願明細書においては,請求項8に記載の方法により得られた請求項1に係る自発的不死化細胞株として具体的に記載されているのは「UMNSAH-DF1」という1系統のみである。
上記1.のように,ニワトリ繊維芽細胞の自発的不死化の例が報告されておらず,ほとんど不可能に近いという技術常識の下では,当業者は,本願明細書に記載された,通常の経代培養により,ただ一つ得られた細胞系であるFD-1は,天文学的な確率で起こった全くの偶然の結果,幸運にも得られたものと解するのが自然である。すなわち,同様の方法で,ニワトリ繊維芽細胞の自発的不死化細胞系が過度の困難なく得られるとはいえない。

イ しかも,本願発明の「ニワトリ胚繊維芽細胞に由来する自発性不死化細胞系」は,本願明細書の
「更に、多くの培養細胞系は感染性因子、例えばマイクロプラズマ、低レベルの細菌夾雑物、内因性ウィルス等を担持する。ウィルス複製を支持するのに最も効率的であるいくつかの細胞タイプは、その細胞が内因性ウィルスを含む点でウィルスストック製造に関する問題を抱えている。内因性ウィルスは低レベルで複製するか、又は細胞が第二ウィルス株で感染されたときに活性化されうる。例えば、げっ歯類細胞は内因性ウィルスを担持することで知られ、そして培養物中のげっ歯類細胞の電子顕微鏡観察は往々にして細胞内での同定可能なウィルス粒子の存在を示している。汚染された細胞系は商業的な生きた又は不活性ワクチンのための基材として利用することができない。」(【0004】),及び,
「不死化細胞は形質転換細胞とは異なり、それが密度依存性及び/又は増殖阻止(例えば接触阻害)される点で形質転換細胞と区別される。形質転換細胞はソフトアガーの中で増殖でき、そして通常は実験動物に注射されたときに腫瘍を形成できる。」(【0015】)という記載を参酌すれば,単なる「自発性不死化細胞系」ではなく,「接触阻害され、逆転写酵素陰性であり、密度依存式に休止する」という性質を当然有していなければならないものであり,しかも,請求項1に係る「自発性不死化細胞系」は,さらに「一日当たり約0.6 ?約1.2 の集団倍化速度で培養物の中で増殖でき」るという性質を有しているものである。
単なる「自発性不死化細胞系」ですら,上記のように過度の困難なく再現できるとはいえない上に,さらに,「接触阻害され、逆転写酵素陰性であり、密度依存式に休止する」及び「一日当たり約0.6 ?約1.2 の集団倍化速度で培養物の中で増殖でき」るという性質を有する請求項1に係る「自発性不死化細胞系」を,請求項8に係る方法で得ることは更に困難であるというべきである。特に,本願明細に記載されたDF-1の集団倍化速度は0.6?0.7であるところ,本願の請求項1の「一日当たり約0.6 ?約1.2 の集団倍化速度」の範囲の内,その上限である一日当たり約1.2 の集団倍化速度の自発性不死化細胞系を得ることはなお困難である。

ウ また,本願の優先日から約9年を経た後に頒布された刊行物であるFEBS Lett, 579(30), 2005, p.6705-6715は,本願発明の発明者を著者に含む学術文献であるが,「我々は,自発的に不死化したニワトリ胚繊維芽(CEF)細胞系(SC-1)を,3年以上の継続培養により確立した。これは自発的に不死化した逆転写酵素(RT)活性陰性のニワトリ細胞系のわずか2例目の報告である。」(要約1?5行)と記載されているように,本願の優先日後9年を経て,やっと2例目の自発的に不死化したニワトリ胚繊維芽細胞系が得られたことが報告されており, このことからも,本願の請求項1に係る発明の細胞系を製造するため,及び請求項8に係る方法で自発的不死化細胞系を得るためには,過度の実験が必要であることが裏付けられている。

エ 付言
なお,上記イで述べた通り,本願の請求項8に係る方法により得る不死化細胞系は,請求項に明記はされていないものの本願明細書の記載を参酌すれば,当然に,「接触阻害され、逆転写酵素陰性であり、密度依存式に休止する」ものであると解されるところ,本願の分割出願である特願2006-178683号の現在の請求項8に係る発明と比較すると,分割出願での請求項8に係る発明では,得られる不死化細胞系が異数性である点が特定されている点でのみ相違している。
ここで,本願明細書に記載された不死化細胞系DF-1の異数性については,本願明細書には,「これらの細胞の接触阻害され、逆転写酵素陰性であり( 実施例2参照)、密度依存式に休止し、異数性であり(油浸漬顕微鏡での染色体拡布分析により観察すると、カリオタイプはジプロイド/テトラプロイドの混合物であり、一部の細胞は染色体1の見かけ上の転移を示した)、そして 1.1?1.9 ×10^(5) 細胞/cm^(2 )の高プレーティング密度にまで増殖した。」(段落【0019】)と記載されている。
しかし,本願の出願後に頒布され,本願発明の発明者が著者に含まれている学術文献であるFEBS Letters 579, (2005) 6705-6715には,
「SC-17及びDF-1の双方が正常なカリオタイプを有するにもかかわらず,SC-1細胞の成長率は,自発的不死化細胞CEF細胞系DF-1よりも,正常な初期CEF細胞により類似している。」(6713頁右欄21?25行)
とDF-1が異数性ではないことが記載されている。
また,Chromosome Research 17 (2009), p.947-964には,
「DF-1細胞系は,3レベルの倍数性の細胞を含んでいることが明らかとなった。すなわち,ハプロイド(14%),ディプロイド(78%)及びテトラプロイド(8%)。」(955頁左欄下から15?13行)
と,本願明細書には記載のないハプロイドが,本願明細書に記載のあるテトラプロイドよりも多いことが記載されている。
以上のように,DF-1の異数性については,本願明細書の記載とは矛盾することが記載された文献が本願の出願後に頒布されており,明確なことは不明である。したがって,この点は分割出願の請求項8に係る発明との明確な相違点であるとはいいがたく,本願の請求項8に係る発明は,分割出願の請求項8に係る発明と実質的に同一の発明である可能性がある点を付言する。

3.請求人の主張について

(1)請求人は,平成17年12月21日付意見書及び平成18年5月19日付審判請求書(平成18年8月17日付で補正)において,概略以下のように反論している。

ア 明細書【0035】には、「サブクローニングした細胞を増殖させ、そしてこの方法の再現性を他のクローンの同定を介して確認した。いくつかの更なるクローンがP11により得られた。」と記載してあり,他の細胞系もこの明細書に記載した指針とガイドを利用して作成したことが記載されている。

イ 参考資料2及び3として提出された発明者Douglas N. Foster博士の宣誓書には、本発明の方法により、(ATCCに寄託されてCRL-12203と名づけられた)細胞系UMNSAH-DF1と似た性質を持つ他の細胞系が得られた証拠が示されており,この宣誓書から、本発明の細胞系を獲得するには、試行錯誤は不要であり、忍耐だけが必要であることがわかる。

ウ 本発明に係る不死化細胞系は請求項8に記載の方法(より具体的には本願明細書の実施例1に記載の方法)を実施することで、長期間要するにしても、ある程度の確率で確実に獲得できるものであり、試行錯誤を要しないものである。

(2)主張アについて
確かに,本願明細書には請求人が主張するとおりの記載があるが,その直前には,
「大半の細胞が継代11(P11)で死んでいる又は死ぬことに注目すべきである;しかしながら、わずかな細胞は健康な繊維芽細胞であった。P11細胞を皿の上に4週間、3日毎に新鮮な培地を再供給しながら維持した。一部の細胞を凍結し、そして残りの細胞は…。これらの細胞は現在継代 160である。P5由来の細胞を凍結し(上記の通り)、そして融解した。」(【0035】)
との記載があり,この記載を見ればいくつかの更なるクローンが得られたP11は,FD-1細胞系が含まれていた培養物であることは明らかである。すなわち,「いくつかの更なるクローン」は,通常のニワトリ細胞を出発材料として請求項8に係る方法を繰り返して得たものではないから,この様な記載があるからといって,請求項1及び8に係る発明が再現できるということにはならない。
また,該記載は極めて簡潔な記載であって,どのような不死化細胞が得られたのか,すなわち,その接触阻害、逆転写酵素活性,密度依存式休止,及び集団倍化速度に関しては全く記載されておらず,請求項1に係る不死化細胞系に該当するものであるか否かも不明である。
さらに,前記のように,正常鳥類細胞はそもそも連続継代により自発的に不死化することができないのが技術常識であるのであるから,本願明細書において具体的に記載されているDF-1が,全くの偶然により再現性なく得られたものではなく,同様の不死化細胞が同様の方法により確実に得られることが当業者に理解できるように記載されていなければ,このような技術常識を覆すことはできないというべきであるが,請求人の主張する本願明細書の記載はそのようなものにはほど遠いといわざるを得ない。

(3)主張イ及びウについて
参考資料2及び3は,本願の優先日後に行った実験結果を示すものである。これらは,本願の優先日時点又は出願時の技術常識又は技術水準を示すものではないから,それにより本願発明の実施可能要件が満たされることを示すものにはなり得ない。また,仮に忍耐だけが必要だとした場合であっても,その程度によっては,当業者にとって過度の実験が必要となることは当然のことである。
さらに,参考資料2及び3の内容について見ても,実験により得られたニワトリの自発的不死化細胞系として記載されているSC-2の集団倍化速度は1日当り平均0.60であって,本願の請求項1で特定された集団倍化速度の最低値であり,SC-1に至っては,その集団倍化速度は1日当り平均0.54であって,本願の請求項1で特定された数値範囲に至っていないものである。
このような結果を以て,本願の請求項1の「一日当たり約0.6 ?約1.2 の集団倍化速度」という範囲の全体について,本願発明1に係る発明か実施可能であるということはできない。

(4)以上のように,請求人の主張は採用することができない。

4.小活
以上の通りであるから,DF-1以外の自発的不死化細胞を含む本願の請求項1に係る発明,及びその製法に係る請求項8に係る発明については,出願時の技術常識を参酌すれば,本願の明細書に,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているものとはいえない。

第5 むすび
したがって、原査定の、その他の拒絶の理由を検討するまでもなく、本願は、平成14年改正前特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-04-26 
結審通知日 2010-04-27 
審決日 2010-05-10 
出願番号 特願2005-11481(P2005-11481)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 ▲高▼ 美葉子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 引地 進
平田 和男
発明の名称 ウィルス増殖のための不死化細胞系  
代理人 青木 篤  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 福本 積  
代理人 石田 敬  
代理人 古賀 哲次  

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