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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服200520859 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A01N
管理番号 1224121
審判番号 無効2009-800232  
総通号数 131 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-11-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-11-10 
確定日 2010-09-24 
事件の表示 上記当事者間の特許第2006210号発明「粘稠状殺菌剤組成物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第2006210号の請求項1?3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯・本件発明
本件特許第2006210号の請求項1?3に係る発明の出願は、平成3年3月30日に特許出願され、平成8年1月11日に特許権の設定の登録がされたものである。
これに対して、平成21年11月10日に請求人岡橋武彦より無効審判請求がされ、平成22年3月2日に、被請求人より、「答弁書を提出しない」旨の上申書が提出されたものであって、その請求項1?3に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明3」という。)は、願書に添付した明細書(特公平7-29884号公報に記載のとおり。以下、「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1?3に記載された次のとおりのものである。

【請求項1】 エチルアルコール50?95容量%、カルボキシビニルポリマー0.1?3.0重量%、アルカノールアミン0.01?2.0重量%及び水5?50容量%からなる手指殺菌用粘稠状殺菌剤組成物。
【請求項2】 カルボキシビニルポリマーとして分子量100万?400万のものを使用する特許請求の範囲第1項記載の手指殺菌用粘稠状殺菌剤組成物。
【請求項3】 手指殺菌用粘稠状殺菌剤には、第4級アンモニウム塩または脂肪酸エステル類から選ばれた少なくとも1種が含まれている特許請求の範囲第1項記載の手指殺菌用粘稠状殺菌剤組成物。

第2 請求人の主張
1 請求人の主張の概要
請求人は、本件発明1?3についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠として甲第1?5号証を提出して、次の無効理由を主張する。
本件発明1?3は、本件出願前に頒布された刊行物である甲第1?5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、上記発明についての特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

(証拠方法)
甲第1号証:特開昭62-106012号公報
甲第2号証:一番ヶ瀬尚外2名編、「医薬品の開発 12巻 製剤素材〔I〕」、平成2年10月15日初版発行、株式会社廣川書店、235?236頁、257頁
甲第3号証:特開昭60-61518号公報
甲第4号証:特公昭62-41645号公報
甲第5号証:薬科学大辞典編集委員会編、「廣川 薬科学大辞典 縮刷版」、昭和58年4月5日第1刷発行、株式会社廣川書店、「ベンザルコニウム・塩化」の項、1202頁

2 甲号証に記載された事項
(1)甲第1号証
(1-1)「1.全処方重量を基礎として約0.1ないし約10パーセントの少なくとも一つのアルコール可溶性増粘剤をアルコールを基剤とした殺菌剤に添加し、それにより、前記アルコールを基剤とした殺菌剤の蒸発を遅らせその抗菌効果を増加することから成るアルコールを基剤とする皮膚殺菌剤の効果を増強する方法。」(特許請求の範囲第1項)
(1-2)「6.(a)全組成物重量の約30ないし約90パーセントのアルコール、
(b)全組成物重量の約0.1ないし約10パーセントのアルコール可溶性増粘剤、
および
(c)調整用水
から成るアルコールを基剤とする皮膚殺菌剤組成物。」(特許請求の範囲第6項)
(1-3)「7.アルコールが、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール及びエチルアルコールより成る群より選ばれる特許請求の範囲第6項に記載の組成物。」(特許請求の範囲第7項)
(1-4)「アルコールを基剤とした皮膚殺菌剤は、その高い蒸気圧のために速やかに蒸発する。そのためそれらを皮膚に塗るとき、細菌および他の微生物に対するアルコール濃度および接触時間は、蒸発損失のため最小になる。発明者は、これらの殺菌剤にアルコール可溶性増粘剤を添加することによりアルコール皮膚殺菌剤の蒸発を減少し、それによって皮膚上の殺菌剤の露出時間とアルコール濃度を増加する方法を発見した。」(2頁左上欄19行?右上欄8行)
(1-5)「本発明は、アルコール蒸発を遅らせるため増粘剤を使用し、それによって皮膚殺菌剤または防腐剤としてアルコールのより効果的な使用を可能にする。
ここで使用する”増粘剤”という用語はアルコール/水組成物の粘度を増加し、それによってアルコールの蒸発速度を減少させる傾向のあるいずれかの化学的化合物を指す。いずれのアルコール可溶性増粘剤でも使用することができる。」(2頁左下欄14行?右下欄3行)
(1-6)「最も好ましい増粘剤は、ヒドロキシプロピルセルロースポリマーである。例えば、それぞれ約1,000,000及び60,000の分子量のヒドロキシプロピルセルロースであるクルーセル(Klucel)HF及びクルーセルEFがある。」(3頁左上欄3?8行)
(1-7)「アルコールを基剤とする殺菌剤及び防腐剤は、当該技術分野で公知である。ここで使用する”殺菌剤”及び”防腐剤”の用語は皮膚上の細菌及び微生物を殺すために皮膚に塗る混合物に関する。そのような混合物は外科手術前の手の洗浄、患者の手術前の準備及び一般の保健のための手の洗浄に使用される。」(3頁左上欄14?末行)
(1-8)「処方3
95%エチルアルコール 40?80g
ヒドロキシプロピルセルロース 0.25?5.0g
着色剤及び香料、必要に応じ添加
脱イオン水又は蒸留水 5?50ml」(3頁左下欄15?末行)
(1-9)「処方4
・・・
パラ-クロロ-メタ-キシレノール* 0.1?0.2%
・・・
脱イオン水又は蒸留水 10?60ml
処方5
・・・
クロルヘキシジングルコネート 0.1?0.5%
・・・
脱イオン水又は蒸留水 10?60ml」(3頁右下欄1行?4頁左上欄3行)
(1-10)「* パラ-クロロ-メタ-キシレノール及びクロルヘキシジングルコネートはアルコールが蒸発した後、皮膚上に残留抗菌剤として残る。」(4頁左上欄12?15行)
(1-11)「第I表(続き)

」(6頁上欄)
(1-12)「クルーセル=別にクルーセルEFと表示せぬ限りクルーセルHF(ヒドロキシプロピルセルロース)を表わす。」(6頁下から6行)

(2)甲第2号証
(2-1)「2.2 分散系製剤用素材」(頁番号235の左)
(2-2)「b)水性ゲル
適当な溶剤を含む水をゲル化剤でゲル化したもので,ゲル化剤としてはカルボキシビニルポリマー,ポリビニルアルコールなどの親水性高分子及び水酸化アルミニウム,ベントナイトなどの無機物質がある.一般的には親水性高分子の利用が多く,現在,市販製品の大部分はカルボキシビニルポリマーを用いたゲルである.
1)カルボキシビニルポリマー
グッドリッチ社が1957年に開発し,カーボポールの名で発売したアクリル系の水溶性高分子で,現在,数社の製品が市販されている.カルボキシビニルポリマーは他の水溶性高分子に比し,小量の添加で十分な粘性を持つゲルを形成する.また側鎖のカルボキシル基の中和により,粘性を変化させることが可能で,通常,水酸化ナトリウム,エタノールアミン類などで中和して使用する.」(235頁24行?236頁3行)
(2-3)「カルボキシビニルポリマー(粧原基二)
本品は酸性高分子化合物で,カルボキシル基を57.7?63.4%含む水溶性のビニルポリマーである.アクリル酸を主として,これに少量のアリルショ糖等を配した共重合体である.攪拌しながら水に徐々に加えて行くと,均一に分散して低粘度の酸性溶液となる.これを中和すると所要のpHを持った高粘度溶液が得られる.以下に示すその優れた特性^(8))から最も繁用される素材の一つである.
○1(審決注:「○1」は「丸付き数字の1」のこと。以下、同様) 高純度,均一な品質を有している,○2 流動性を失わずに高い増粘作用を示す,○3 10?70℃の範囲で,温度の変化によって粘度はほとんど変わらない,○4 エタノール,グリセリンへの良好な親和性,○5 耐微生物性が優れている,○6 適当な中和剤が用いられた場合,広いpH範囲で一定の粘度を示す,○7 多くの医薬品製剤,化粧品に用いられる素材との高度の親和性.
中和してpH7にした本品(カーボポール)と各種増粘剤との水溶液の粘度の比較を図2.42^(9))に示す.他の増粘剤に比べ増粘効果が優れている.」(257頁8?19行)

(3)甲第3号証
(3-1)「(1) 低級アルコール30?50重量%、グリコール類5?30重量%、安定化剤2?10重量%、ゲル化剤0.1?3重量%および中和剤並びに残余が水よりなる基剤にクロトリマゾール0.1?3重量%を含有せしめ、pH値が7?9に調整されたことを特徴とするゲル状外用組成物。
(2) 低級アルコールがエタノール、プロパノールよりなる群より選ばれる特許請求の範囲第1項記載のゲル状外用組成物。
(3) グリコール類がプロピレングリコール、ブチレングリコールまたはポリエチレングリコールよりなる群より選ばれる特許請求の範囲第1項記載のゲル状外用組成物。
(4) 安定化剤がジイソプロピルアジペートよりなる特許請求の範囲第1項記載のゲル状外用組成物。
(5) ゲル化剤がカルボキシビニルポリマー、ハイドロキシエチレンセルロース、ハイドロキシプロピルセルロースまたはメチルセルロースよりなる群より選ばれる特許請求の範囲第1項記載のゲル状外用組成物。
(6) 中和剤がメタノールアミン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリエタノールアミンまたはトリイソプロパノールアミンの有機アミンよりなる群より選ばれる特許請求の範囲第1項記載のゲル状外用組成物。」(特許請求の範囲)
(3-2)「本発明者らは、市販のクリーム、液剤および公知のゲル製剤よりも使用方法が簡便で、使用感がよく、しかも皮膚への親和性が高く、更には製剤上安定性が良いうえ治療効果を高めるクロトリマゾール製剤の開発を目論み、上記の条件を十分に満足しうる新規な処方におけるクロトリマゾールを有効成分とする溶解型ゲル状組成物を見い出し本発明を完成するに至った。」(2頁右上欄4?11行)
(3-3)「実施例1
クロトリマゾール1gをエチルアルコール40gに溶解しこの溶液にプロピレングリコール15gおよび精製水23.8gを加え5分間攪拌した。一方、ジイソプロピルアジペート8gにカルボキシビニルポリマー1gを加え分散させ、この分散液を先のクロトリマゾール溶液に加え50分間攪拌した。これにジイソプロパノールアミン1.2gを精製水10gに溶かした溶液を加え5分間攪拌して透明なクロトリマゾール含有のゲル製剤を得た。 pH8.2
実施例2
クロトリマゾール1gをエチルアルコール・・・カルボキシビニルポリマー・・・トリエタノールアミン・・・透明なクロトリマゾール含有のゲル製剤を得た。 pH8.8
実施例3
クロトリマゾール1gをエチルアルコール・・・カルボキシビニルポリマー・・・ジイソプロパノールアミン・・・透明なクロトリマゾール含有のゲル製剤を得た。 pH7.0」(3頁左下欄5行?右下欄末行)

(4)甲第4号証
(4-1)「本発明組成物で用いられるカルボキシビニルポリマーは分子量が、1000000?3000000程度のものが好ましく、その配合量は0.5?5wt%が適当である。カルボキシビニルポリマーの配合量が0.5wt%未満の場合は、ゼリー状を保つことが困難であり、とくに高温に保存したときに流動性の高い液状となり好ましくない。一方配合量が5wt%を越えると、ゼリー状態が固くなりすぎるため好ましくない。」(2頁4欄6?14行)
(4-2)「本発明組成物において、pHを5.5?7.5に調整するためのpH調整剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどのアルカノールアミン、リジン、アルギニン、オルチニンなどの塩基性アミノ酸およびアンモニウアなどの塩基性化合物があげられる。」(2頁4欄15?22行)
(4-3)「参考例1
ハンドゼリーの調製
第4表に示す組成のA群を約80℃に加熱混合し、カルボキシビニルポリマーを均一に溶解させた後、60℃に温度を下げB群の尿素と香料を加え、最後にトリエタノールアミンを加えてpHを調整して冷却した。こうして得たハンドゼリーは、使用感にすぐれたエモリエント効果の高いものであつた。」(5頁9欄14?22行)

(5)甲第5号証
(5-1)「ベンザルコニウム・塩化・・・殺菌,消毒薬.・・・陽イオン界面活性剤で,水溶液・・・として外用,器具の消毒に用いる.」(1202頁右欄、「ベンザルコニウム・塩化」の項)

第3 被請求人の答弁
「第1」にも概略を示したように、被請求人は、平成22年3月2日に上申書を提出し、「本件に関しましては、請求人より平成21年11月10日付けで審判請求書が提出され、同年12月24日に被請求人にその副本が送付されました。被請求人は、かかる審判請求書に対し、答弁書を提出しない旨ここに上申致します。」と述べた。
すなわち、被請求人は、何ら実質的な答弁をしていない。

第4 当審の判断
1 甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には、「(a)全組成物重量の約30ないし約90パーセントのアルコール、
(b)全組成物重量の約0.1ないし約10パーセントのアルコール可溶性増粘剤、
および
(c)調整用水
から成るアルコールを基剤とする皮膚殺菌剤組成物。」が記載されるところ(摘記(1-2))、これは、「アルコール可溶性増粘剤を添加することによりアルコール皮膚殺菌剤の蒸発を減少し」、「アルコールを基剤とした殺菌剤の蒸発を遅らせその抗菌効果を増加する」もの(摘記(1-1)、(1-4))であり、増粘剤により「アルコール/水組成物の粘度を増加」する(摘記(1-5))から、粘稠状のものである。
ここで使用するアルコールは、摘記(1-3)に挙げられるようにエチルアルコール等であり、また増粘剤は、摘記(1-6)に挙げられるように、ヒドロキシプロピルセルロースポリマーが最も好ましい。さらに、「処方3」として、アルコールとしてエチルアルコールを用い、増粘剤としてヒドロキシプロピルセルロースを用いた例が記載され(摘記(1-8))、「第I表(続き)」(摘記(1-11))の「試験区番号24」(「クルーセル」については摘記(1-12))にも、エタノールとヒドロキシプロピルセルロースを用いた例が記載されている。
そうすると、甲第1号証には、
「(a)全組成物重量の約30ないし約90パーセントのエチルアルコール、
(b)全組成物重量の約0.1ないし約10パーセントのヒドロキシプロピルセルロース、
および
(c)調整用水
から成るアルコールを基剤とする粘稠状皮膚殺菌剤組成物。」
の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

2 本件発明1についての判断
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比するにあたり、本件発明1は、エチルアルコールと水は容量%で、他は重量%で表されているので、甲1発明についても同様に表してみる。

本件明細書には、各成分の配合割合について次の記載がされている。
(あ)「エチルアルコール50?95容量%、カルボキシビニルポリマー0.1?3.0重量%、アルカノールアミン0.01?2.0重量%及び水5?50容量%からなる手指殺菌用粘稠状殺菌剤組成物。」(特許請求の範囲の請求項1)
(い)「エチルアルコール(日本薬局方)は殺菌剤として機能する。」(段落【0008】)
(う)「カルボキシビニルポリマーの配合量は、・・・核組成物100ml 中に対して0.1?3.0 重量、好ましくは0.5 ?1.0 重量% の範囲で選ばれる。」(段落【0010】)
(え)「アルカノールアミンの配合量はカルボキシビニルポリマーの配合量、並びにこの設定pH値に基づき組成物100ml 中に対して0.01?2.0 重量% 、好ましくは0.1 ?0.5 重量% の範囲で選ばれる。」(段落【0013】)
(お)「表1」(段落【0022】)、「表2」(段落【0024】)の欄外には、「(殺菌剤100ml中の組成)」と記載され、表中には、「精製水 残部」と記載されている。
本件明細書の記載の仕方によれば、本件発明1は、エチルアルコールと水の合計量を100容量%とし(上記(あ))、これを殺菌剤あるいは核組成物と称して(上記(い)、(う)、(お))、この殺菌剤あるいは核組成物100ml中に、他の成分が重量%で示される量、配合されている(上記(え))、というものである。
そこで、甲1発明においても、同様に、エチルアルコールと水の合計量を100容量%とし、このもの100ml中に、他の成分が重量%で示される量、配合されている、という形で表す。

甲1発明において、「調整用水」は、全組成物重量とするための量であって、全組成物重量からエチルアルコールとヒドロキシプロピルセルロースを除いた量であるから「約69.9?0重量%」であるところ、エチルアルコールと水との関係を容量%で表すためには、まず、「エチルアルコール30?90g、水69.9?0g」とし、エチルアルコールの比重0.79から「エチルアルコール38?115ml、水69.9?0ml」と求め、本件発明1の記載の仕方に合わせるには、この合計量を100容量%とすることになり、これから「エチルアルコール35?100容量%、水65?0容量%」が求められる。すると、甲1発明は、
「エチルアルコール約35?100容量%、ヒドロキシプロピルセルロース約0.1ないし約10重量%、水約65?0容量%からなる粘稠状皮膚殺菌剤組成物」
と書き換えられる。

そこで、本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明における「ヒドロキシプロピルセルロース」は(1-6)に摘記されるように増粘剤であるところ、本件発明1における「カルボキシビニルポリマー」も、エチルアルコール-水系の増粘剤(ゲル化剤)として機能するものであり(本件明細書段落【0009】)、また、「アルカノールアミンはカルボキシビニルポリマーの中和剤として使用されるもので、この中和剤を使用する場合には適度の粘稠性を保ちながら中和することができる」(本件明細書段落【0011】)のであるから、本件発明1において、カルボキシビニルポリマーとアルカノールアミンとで、適度な粘稠性を得ている、すなわち、増粘剤としての機能を果たすものといえる。
また、甲1発明も、(1-7)に摘記したように、手の洗浄、すなわち手指を殺菌することを意図しているから、手指殺菌用といえる。
そうすると、両者は、
「エチルアルコール50?95容量%、増粘剤0.11?5.0重量%、水5?50容量%からなる手指殺菌用粘稠状殺菌剤組成物」
である点で一致し、
i)増粘剤が、本件発明1においては、「特定の重量割合のカルボキシビニルポリマーとアルカノールアミン」であるのに対し、甲1発明においては、「ヒドロキシプロピルセルロース」である点、
で相違する。

(2)相違点i)についての検討
まず、カルボキシビニルポリマーの性質、作用、用い方等についてみると、甲第2号証の記載から、「分散系製剤用素材」(摘記(2-1))である水性ゲルを得るために、ゲル化剤として用いられること、市販製品の大部分はカルボキシビニルポリマーを用いたゲルであること、側鎖のカルボキシル基の中和により、粘性を変化させることが可能であることがわかる(摘記(2-2))。また、カルボキシビニルポリマーは、カルボキシル基を57.7?63.4%含む水溶性のビニルポリマーであって、流動性を失わずに高い増粘作用を示し、エタノールや多くの医薬品製剤、化粧品に用いられる素材との高度の親和性がある等の優れた性質を有することがわかる(摘記(2-3))。
一方、甲第3号証の記載からは、カルボキシビニルポリマーがゲル状外用組成物のゲル化剤として適するものであるところ、ハイドロキシ(審決注:「ヒドロキシ」に同じ)プロピルセルロースと同じように用いられることや中和剤としてトリエタノールアミン等の有機アミンが用いられることがわかる(摘記(3-1))。そして甲第3号証に記載された3の実施例のすべてにおいて、ヒドロキシプロピルセルロースではなくカルボキシビニルポリマーが用いられていることからすると、カルボキシビニルポリマーの優れた性質が、甲第3号証をして実施例で使用せしめているものと推認される。
そうしてみると、手指殺菌用等の外用の組成物とするに際して、ゲル化剤としてヒドロキシプロピルセルロースと同じように用いられるものの、寧ろ、ヒドロキシプロピルセルロースよりも数々の優れた特性を有するカルボキシビニルポリマーを、その粘性を調整すべくトリエタノールアミン等の有機アミンである中和剤とともに用いることは、当業者が普通になし得るところといえる。そして、手指殺菌用に適したpH範囲や粘性を与えるように中和剤の割合を適宜選定することも、普通に行うところである。
したがって、甲1発明において、「ヒドロキシプロピルセルロース」を「特定の重量割合のカルボキシビニルポリマーとアルカノールアミン」に代えることは、当業者にとって容易である。

(3)本件発明1の奏する効果について
本件発明1の奏する効果は、本件明細書の段落【0025】に記載されるように、「使いやすい適度な粘稠性を有し、かつ使用後の殺菌効力の持続性に優れ、しかも手肌がなめられか(審決注:「なめられか」は「なめらか」の誤記と認める。)である」というものである。
しかしながら、カルボキシビニルポリマーとアルカノールアミンを用いることで適度な粘稠性が得られることは甲第2号証に記載されており(摘記(2-2))、アルコールを基剤とした殺菌剤に粘稠性を持たせることで使用後の殺菌効力の持続性を高めることは、そもそも甲1発明の課題及び効果である(摘記(1-4)、(1-5)、(1-11))から、「使いやすい適度な粘稠性を有し、かつ使用後の殺菌効力の持続性に優れ」ることは、格別の効果とはいえない。
また、「手肌がなめらか」という効果については、市販製品の大部分はカルボキシビニルポリマーを用いたゲルであること(摘記(2-2))、カルボキシビニルポリマーが多くの医薬品製剤、化粧品に用いられる素材との高度の親和性に優れること(摘記(2-3))、「使用感がよく、しかも皮膚への親和性が高」いものとして開発された甲第3号証のゲル状外用組成物において(摘記(3-2)、(3-1))、具体的な実施例はいずれも、エチルアルコール、カルボキシビニルポリマー及びアルカノールアミンをゲル基剤に用いていること(摘記(3-3))、カルボキシビニルポリマーにトリエタノールアミンを加えてpHを調整して得たハンドゼリーは、使用感にすぐれたエモリエント効果の高いものであつたこと(摘記(4-3))等の、甲第2?4号証の記載からすると、カルボキシビニルポリマーを用いたゲルが、皮膚に対して良好な使用感を与え、「手肌がなめらか」という効果を奏するであろうことは、当業者が当然予測することといえる。
そうしてみると、本件発明1の奏する効果は、甲第1?4号証に記載された発明又は事項から当業者が予測しうる範囲内のものといえる。

(4)本件発明1についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件発明1は、本件出願前に頒布された刊行物である甲第1?4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

3 本件発明2についての判断
(1)対比
本件発明2は、本件発明1において、「カルボキシビニルポリマー」の分子量について、「カルボキシビニルポリマーとして分子量100万?400万のものを使用する」としたものであるから、本件発明2と甲1発明とを対比すると、両者は、上記「2(1)」に示した点で一致し、相違点は、上記「2(1)」の「i)」に示したものではなく、次に示す「i’)」となる。
i’)増粘剤が、本件発明2においては、「特定の重量割合の分子量100万?400万のカルボキシビニルポリマーとアルカノールアミン」であるのに対し、甲1発明においては、「ヒドロキシプロピルセルロース」である点

(2)相違点i’)についての検討
適度なゼリー状態を保つには、分子量が100万?300万程度のものが好ましいことは当業者に知られていることであるから(摘記(4-1))、カルボキシビニルポリマーをゲル化剤として使用するときは、当然にこの範囲あるいはその近くの分子量範囲のものと用いるといえ、そうすると、上記「2(2)」に示したのと同様、甲1発明において、「ヒドロキシプロピルセルロース」を、上記分子量範囲100万?300万程度を包含するところの、「特定の重量割合の分子量100万?400万カルボキシビニルポリマーとアルカノールアミン」に代えることは、当業者にとって容易である。

(3)本件発明2の奏する効果について
本件発明2の奏する効果は、本件発明1の奏する効果と同じであるから、上記「2(3)」に示したとおり、甲第1?4号証に記載された発明又は事項から当業者が予測しうる範囲内のものといえる。

(4)本件発明2についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件発明2は、本件出願前に頒布された刊行物である甲第1?4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 本件発明3についての判断
(1)対比
本件発明3は、本件発明1に、さらに「第4級アンモニウム塩または脂肪酸エステル類から選ばれた少なくとも1種が含まれている」ものであるから、本件発明3と甲1発明とを対比すると、両者は、上記「2(1)」に示した点で一致し、相違点は、上記「2(1)」に示した「i)」及び次に示す「ii)」となる。
ii)殺菌剤には、本件発明1においては、さらに「第4級アンモニウム塩または脂肪酸エステル類から選ばれた少なくとも1種が含まれている」ものであるのに対し、甲1発明においては、そのようなものは含まれていない点

(2)相違点i)、ii)についての判断
相違点i)については、上記「2(2)」に示したとおりである。
そこで、相違点ii)について検討する。
本件発明3における「第4級アンモニウム塩」には具体的には、本件明細書の段落【0014】に記載されるように「例えば塩化ベンザルコニウム等」が含まれるところ、塩化ベンザルコニウムは甲第5号証にも記載されるように(摘記(5-1))、外用に用いられる周知の殺菌剤である。そして、甲1発明においても、(1-9)、(1-10)に摘記したように、他の殺菌剤を包含してよいのであるから、外用に用いられる周知の殺菌剤をさらに含むことは当業者が普通になしうるところといえる。
したがって、甲1発明において、例えば塩化ベンザルコニウム等の「第4級アンモニウム塩」が含まれているもの、すなわち、「第4級アンモニウム塩または脂肪酸エステル類から選ばれた少なくとも1種が含まれている」ものとするのは当業者にとって容易である。

(3)本件発明3の奏する効果について
「第4級アンモニウム塩または脂肪酸エステル類から選ばれた少なくとも1種が含まれている」とすることで特に相乗効果を発揮することは本件明細書には記載されていないから、本件発明3の奏する効果は、本件発明1の奏する効果に周知の殺菌剤の効果が加算されたものといえる。
本件発明1の奏する効果は上記「2(3)」で検討したように当業者の予測の範囲内のものであるから、これに、周知の殺菌剤の効果が加算されたものも、当業者が予測する範囲内のものといえる。
したがって、本件発明3の奏する効果は、甲第1?5号証に記載された事項から当業者が予測しうる範囲内のものである。

(4)本件発明3についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件発明3は、本件出願前に頒布された刊行物である甲第1?5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5 結論
したがって、本件発明1?3は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明1?3についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

第5 むすび
以上のとおり、請求人の主張する無効理由には理由があり、本件発明1?3についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当するから、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-04-16 
結審通知日 2010-04-22 
審決日 2010-05-17 
出願番号 特願平3-90995
審決分類 P 1 113・ 121- Z (A01N)
最終処分 成立  
前審関与審査官 藤原 浩子一色 由美子  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 原 健司
井上 千弥子
登録日 1996-01-11 
登録番号 特許第2006210号(P2006210)
発明の名称 粘稠状殺菌剤組成物  
代理人 伊藤 奈月  
代理人 森田 耕司  
代理人 田中 玲子  
代理人 松任谷 優子  
代理人 野河 信太郎  
代理人 北野 健  

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