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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20056282 審決 特許
不服200627219 審決 特許

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審決分類 審判 訂正 出願日、優先日、請求日 訂正しない C12P
審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正しない C12P
審判 訂正 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正 訂正しない C12P
審判 訂正 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 訂正しない C12P
審判 訂正 2項進歩性 訂正しない C12P
管理番号 1224612
審判番号 訂正2008-390097  
総通号数 131 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-11-26 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2008-08-29 
確定日 2010-10-14 
事件の表示 特許第2135885号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.審判請求の要旨
本件審判請求の要旨は,昭和55年3月14日に出願した特願昭55-32938号(以下,「原出願」という。)の一部を昭和62年9月26日に新たに特許出願した特願昭62-241768号について,平成10年4月17日に特許権の設定の登録がなされた特許2135885号の願書に添付した明細書(以下,「訂正前の特許明細書」という。)を,平成20年8月29日付審判請求書に添付した全文訂正明細書(以下,「訂正明細書」という。)のとおりに訂正することを求めるものである。



第2.訂正の内容
訂正明細書は,審判請求書を対象とする平成20年12月19日付手続補正書「6 請求の理由」の「6-3 訂正事項」において(1)-(11)で示される訂正事項を含むものであり,その(1)で示される訂正事項(以下,「訂正事項1」という。)は,訂正前の【特許請求の範囲】の【請求項1】の

「水または水及び低級アルコールを排出する系においてアルコール及び脂肪酸または脂肪酸の低級アルコールエステルを含有する基質にエステル交換活性を有する脂質分解酵素を作用させることを特徴とするアルコールのエステル化方法。」

という記載を

「水を減圧留去により排出する系において,グリセリン及び脂肪酸を含有する基質に,低水分系でエステル交換活性を有する,脂質分解酵素が担体に分散または吸着された酵素剤を40?75℃で作用させることを特徴とするアルコールのエステル化方法。」

という記載に訂正するものである。また,その(6)で示される訂正事項(以下,「訂正事項6」という。)は,訂正前の【発明の詳細な説明】の

「実施例1 リゾープス・ニベウス起原の市販酵素60g(水分4%)を水250gに5℃前後で溶解し,これをゼオライト250gと混合し,次いで15mmHgで4日間乾燥して水分約1.4%として酵素剤を調製した(但しKa=28.5,Kr×10^(3)=24.8)。」

という記載を

「例1 リゾープス・ニベウス起原の市販酵素60g(水分4%)を水250gに5℃前後で溶解し,これをセライト250gと混合し,次いで15mmHgで4日間乾燥して水分約1.4%として酵素剤を調製した(但しKa=28.5,Kr×10^(3)=24.8)。」

という記載に訂正するものである。



第3.訂正拒絶の理由
平成20年11月17日付で通知した訂正の拒絶の理由(以下,「訂正拒絶理由」という。)の概要は次のとおりである。

「訂正事項1は特許請求の範囲の減縮を目的とするものに相当する。
しかし,本件は適法な分割出願であるということはできないため,本件特許の出願日はその現実の出願日である昭和62年9月26日であるといえる。そして,該現実の出願日より前に頒布された刊行物である特開昭57-8787号公報の記載及び該現実の出願日前の技術常識に基づいて,訂正後の請求項1に係る発明は当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。
よって,訂正事項1は平成6年改正前特許法第126条第3項の規定に違反するものであり,訂正事項1を含む本件訂正は認められない。」

及び

「訂正事項6の『ゼオライト』を『セライト』とする訂正は『誤記の訂正』には該当しない。また,『ゼオライト』を『セライト』とすることは,訂正前の特許明細書の記載から当業者に自明なものであるともいえない。
したがって,かかる訂正を含む訂正事項6は,平成6年改正前特許法第126条第1項ただし書き各号のいずれにも該当せず,かつ,平成6年改正前特許法第126条第1項ただし書きの規定にも適合しないから,本件訂正は認められない。」



第4.訂正事項1が特許請求の範囲の減縮に相当するか否かについて
上記訂正事項1は,訂正前の特許明細書の請求項1の記載において,
・排出されるものが「水」である点,
・排出を「減圧留去により」行う点,
・基質が「グリセリン」及び「脂肪酸」である点,
・脂質分解酵素が「担体に分散または吸着された酵素剤」である点,
・該「酵素剤」が「低水分系」でエステル交換活性を有する点,
・該酵素剤を作用させる温度が「40?75℃」である点,
が特定されたものである。
ここで,これらの特定事項は,訂正前の請求項1に記載された発明の構成に欠くことができない事項を更に限定するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに相当する。
そこで,訂正後の請求項1に係る発明(以下,「本件訂正後発明」という。)が,独立して特許を受けることができるものであるか否かを,訂正拒絶理由に対して提出された平成20年12月19日付意見書(以下,「意見書」という。)での請求人の主張も踏まえ,以下の「第5」及び「第6」で検討することとする。



第5.分割が適法か否かについて
1.本件訂正後発明
本件訂正後発明は,訂正明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】に記載されるように,以下のとおりのものである。

「【請求項1】 水を減圧留去により排出する系において,グリセリン及び脂肪酸を含有する基質に,低水分系でエステル交換活性を有する,脂質分解酵素が担体に分散または吸着された酵素剤を40?75℃で作用させることを特徴とするアルコールのエステル化方法。」


2.分割が適法であるか否かの判断
「第1.審判請求の要旨」で述べたように,本件特許に係る出願は,原出願の一部を昭和62年9月26日に特願昭62-241768号として新たに特許出願したものであり,昭和62年改正前特許法(以下,「旧法」という。)第44条第1項の規定に基づく分割出願としてなされたものである。
ここで,特許出願の分割について定めた旧法第44条第1項は,「特許出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる」と規定していたから,分割出願が適法であるための実体的な要件としては,もとの出願の明細書又は図面に二以上の発明が包含されていたこと,新たな出願に係る発明はもとの出願の明細書又は図面に記載された発明の一部であることが必要である(「特許庁編『一般審査基準 改訂 出願の分割』(昭和58年5月)5.2 実体的要件」参照)。さらに,新たな出願がもとの出願の時にしたものとみなされるという効果を有する(旧法第44条第2項本文)ことからすれば,新たな出願に係る発明は,分割直前のもとの出願の明細書又は図面に記載されているだけでは足りず,もとの出願の出願当初の明細書又は図面に記載された事項の範囲内であることを要すると解される。
以上を考慮すれば,新たな出願に係る発明は,もとの出願の出願当初の明細書又は図面に記載された事項に基づいて補正が可能な範囲のものでなければならないとすべきである(そのような考え方の参考として「特許庁編『特許・実用新案審査基準』(平成12年)第V部 第1章 第1節 2.2」を参照されたい)。
また,原出願がなされた昭和55年3月14日当時の出願,つまり,旧法が適用される出願について補正可能な範囲は「明細書の要旨変更」に該当しない範囲であり,「明細書の要旨」とは「特許請求の範囲に記載された技術的事項」をいい,該「特許請求の範囲に記載された技術的事項」の解釈にあたっては,「その裏付けをなす発明の詳細な説明の欄の記載や図面などを考慮する」(昭和40年5月21日の討議会において審議され審査基準として最終決定された「明細書の要旨変更」(以下,この基準を「旧基準」という。)第1頁)ものであった。そして,旧基準においては,例えば,特許請求の範囲が補正されない場合において,「補正前の明細書からみて当業者に自明でない事項の補正をしても,その補正により特許請求の範囲に記載した技術的事項が何ら実質的変化を受けないときは,特許請求の範囲に記載した技術的事項は,依然として補正前の明細書に『記載した事項の範囲内』のものであるから,そのような補正は要旨変更とはみない。」(第5頁)とされる一方で,「特許請求の範囲の記載がそのままであっても,明細書の発明の詳細な説明または図面を補正し,その補正事項が補正前の明細書に記載した事項からみて当業者にとって自明でないものであり,かつその補正によって特許請求の範囲に記載した技術的事項が実質的に変わるものであるときは,上記技術的事項は,補正前の明細書に『記載した事項の範囲内』でないものとなるから,そのような補正は要旨変更となる。」(第5頁)とされていた。また,後者の例として挙げられた〔例2〕-〔例6〕(第34-43頁)では,特許請求の範囲に記載された技術的事項の裏付けをなす部分についての補正であって,しかも補正前の明細書に記載された事項からでは当業者に自明でない補正によって,特許請求の範囲に記載した技術的事項が補正前の明細書に「記載した事項の範囲内」でないものとなったとして,該補正を要旨変更とする判断がなされている。

これらの点を踏まえ,本件について検討すると,訂正明細書における「特許請求の範囲に記載された技術的事項」は,訂正明細書の【特許請求の範囲】の請求項1の記載,つまり,

「水を減圧留去により排出する系において,グリセリン及び脂肪酸を含有する基質に,低水分系でエステル交換活性を有する,脂質分解酵素が担体に分散または吸着された酵素剤を40?75℃で作用させることを特徴とするアルコールのエステル化方法。」

という記載で表される技術的事項(以下,「本件技術的事項」という。)であるから,本件技術的事項が,原出願の願書に最初に添付した明細書(以下,「原出願当初明細書」という。)に記載した事項の範囲内であるか否かを以下で検討することとする。

(1)原出願当初明細書及び訂正明細書の記載
原出願当初明細書には,以下の事項が記載されている(下線は当審による。また,これ以降,「・・・」で示した部分は当審で摘記を省略したことを意味する。さらに,各摘記事項の原出願当初明細書における該当箇所は,参照の便を考慮して,特開昭57-8787号公報(以下,「原出願公開公報」という。)での位置で示した)。

(原-ア)「この発明で『エステル化』とは,アルコールと酸から脱水してエステルを生成する反応をいうだけでなく,広くエステルを生成する反応のすべてをいう。すなわち,本発明の基質は酸とアルコールのみに限らず・・・多価アルコールの部分エステル,その他を包含する。・・・例えば基質がグリセリン・・・と,脂肪酸または脂肪酸の低級アルコールとのエステルとの混合物であるときは,脂肪酸または脂肪酸の低級アルコールエステルを過剰量存在させるようにするのがよい。」
(第3頁左上欄第10行-右上欄第4行)

(原-イ)「この発明で酵素を作用させる系は,可及的乾燥した系であり・・・乾燥した系で作用させることによって反応率を著しく高めることができ,また,多価アルコールのエステル化物を得るにあたって完全なエステル化物を高純度で得ることができるのである。この発明は,従って,エステル化度の完全なエステルと部分エステルの混融物に対して実施するとき特に有用である。」
(第3頁右上欄第14行-左下欄第10行)

(原-ウ)「実施例1
リゾープス・ニベウス起原の市販酵素60g(水分4%)を水250gに5℃前後で溶解し,これをセライト250gと混合し,次いで15mmHgで4日間乾燥して水分約1.4%として酵素剤を調製した。 パーム油を分別して得た中融点部(IV33.1,DG含量4.5%)100部及びステアリン酸メチルエステル(C16エステルを約1割含む)10部を混合して真空下に加熱乾燥して水分0.01%にして基質とした。
該乾燥基質に対し,前述の酵素剤7部及び分子ふるい作用を呈するゼオライト(モレキュラーシーブ4Aタイプペレット状)10部を加え,40℃で5日間撹拌し,その後,メチルエステルを分離した。
比較として,加工酵素剤7部にかえて市販の酵素剤1.8部を用い同様に処理した。酵素の交換活性,及びメチルエステル分離後のDG含量は表の通りであった。」
との記載,及び,該記載に続く,本例と比較例の脂質分解活性,エステル交換活性(本例:Ka=28.5,Kr×10^(3)=24.8),及び,DG(ジグリセリド)の含量を示した表。
(第4頁左上欄第4行-右上欄第5行)

(原-エ)「実施例2
リゾープスジャポニカス起源の市販酵素,及び担体としてパーライトを用いる他は実施例1と同様に酵素剤を調製した。市販酵素及び加工酵素剤の活性は下表の通り。」との記載,及び,該記載に続く,市販酵素及び加工酵素の活性を示した表,並びに,
「パーム油は精製(脱色・脱臭)後なおDG含量4.8%であった,該精製パーム油100部をオレイン酸10部,及び上記酵素剤5部または市販酵素のまま14部とともに,40℃で3日間撹拌しながら1乃至2mmHgの減圧下におき,しかる後油脂を回収しDG含量を測定した。
比較として,水0.2部も加え常圧下に撹拌したもの,の結果も求めた。」
との記載,及び,該記載に続く,本例と比較例のDG含量を示した表。
(第4頁右上欄第6行-左下欄第5行)

(原-オ)「実施例3
キャンディダ・シリンドラシエから得た市販酵素を用い実施例1と同様に酵素剤を調製した(Ka:18)。この酵素剤を実施例1と同じ基質に作用させたところ,最終的なDG含量は,0.9%であった。」
(第4頁左下欄第6-10行)

(原-カ)「また多価アルコールのエステル化物を得るに際しては,エステル化度の相違する副生物が並存して共融混合物を形成し,目的物を分離し難い,という欠点がある。」
(第2頁左上欄第2-5行)

一方,訂正明細書には,上述した,訂正明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】の記載に加え,以下の摘記事項(訂-ア)の記載がある(下線は当審による)。

(訂-ア)「例1
リゾープス・ニベウス起原の市販酵素60g(水分4%)を水250gに5℃前後で溶解し,これをセライト250gと混合し,次いで15mmHgで4日間乾燥して水分約1.4%として酵素剤を調製した(但しKa=28.5,Kr×10^(3)=24.8)。
そして,いずれも一級試薬であるグリセリン9部及びオレイン酸91部を混合して,真空加熱乾燥し,これを基質とした。この基質100grを上記酵素剤5grとともに,40℃の常圧下において振盪し,毎日3grのゼオライト(モレキュラーシーブ4Aタイプペレット状)を添加して,13日間反応を行わせた。ゼオラセイトを全く添加しないで反応させることも行った。エステル化の経時的変化は次の通りであった。」
との記載,及び,該記載に続く,経時的にFFA(遊離脂肪酸),MG(モノグリセリド),DG(ジグリセリド)及びTG(トリグリセリド)の組成を示した表。

(2)本件技術的事項が,原出願当初明細書に記載した事項の範囲内であるか否かの判断
訂正明細書には「減圧留去により排出する系」でエステル化を行うことを具体的に記載した例はないが,摘記事項(訂-ア)で示される例には,生成する水を除去する系でグリセリンのエステル化を行うことが具体的に記載されており,この例は,訂正前の特許明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】に記載された発明,つまり,訂正前の本件特許発明についての実施例に相当するものであり,本件技術的事項に対しても,少なくとも「水を排出する系において,グリセリンをエステル化」することに関して裏付けの一部をなしているといえる。
そこで,摘記事項(訂-ア)と摘記事項(原-ウ)-(原-オ)とを対比すると,摘記事項(訂-ア)において下線が施された部分は,摘記事項(原-ウ)において下線が施された部分に相当するが,摘記事項(訂-ア)におけるそれ以外の記載は,原出願当初明細書に記載されておらず,訂正明細書で追加された事項であるから,これらの追加された事項について,原出願当初明細書の記載と訂正明細書の記載とを比較検討してみる。
まず,摘記事項(原-ア)及び(原-イ)からみて,原出願当初明細書には,多価アルコールのエステル化物を得ることが記載されているといえる。しかし,多価アルコールである「グリセリン」を基質として用いることは,摘記事項(原-ア)において「・・・例えば基質がグリセリン・・・と,脂肪酸・・・であるときは,脂肪酸・・・を過剰量存在させるようにするのがよい。」と記載されるように,原出願当初明細書では,反応系において脂肪酸を過剰量存在させることを述べる文脈において例示されているに過ぎない。そして,摘記事項(原-ウ)-(原-オ)からみて,原出願当初明細書には,「パーム油」から分別された成分を基質として用いることが記載されてはいるが,「グリセリン」を基質としてエステル化を行う実施例等の具体的記載はない。
また,脂肪酸を基質として用いる際に,摘記事項(原-エ)から,原出願当初明細書には,エステル化すべき水酸基に対して4.4倍という過剰の脂肪酸を用いることが記載されているが,摘記事項(訂-ア)に記載されるような,エステル化すべき水酸基に対して1.1倍という水酸基と同程度の量で脂肪酸を用いることについては記載されていない(なお,これらの数値は意見書第7頁で請求人も主張するものである)。しかも,摘記事項(原-ア)の「・・・例えば基質がグリセリン・・・と,脂肪酸・・・であるときは,脂肪酸・・・を過剰量存在させるようにするのがよい。」との記載を考慮すると,脂肪酸の添加量を原出願当初明細書記載の「4.4倍」から,訂正明細書記載の「1.1倍」に「減少させる」ことは原出願当初明細書の記載及び原出願時の技術常識から当業者に自明な事項とはいえない。
さらに,摘記事項(訂-ア)に記載されるような毎日3grのゼオライトを添加することも原出願当初明細書の記載及び原出願時の技術常識から当業者に自明な事項とはいえない。
そして,このように摘記事項(訂-ア)において具体化された条件下での反応結果である,摘記事項(訂-ア)で示した表は原出願当初明細書に何ら記載されていない。つまり,「グリセリン」及び「脂肪酸」を基質として用いた場合の具体的な反応結果は原出願当初明細書に何ら記載されていないし,ゼオライトによる水分除去を行いつつ13日間反応させたものでもMGやDGを相当に多く含んだものが得られており,これは摘記事項(原-カ)にあるように,欠点があるものとして原出願当初明細書に記載されていたものに過ぎない。さらに,摘記事項(訂-ア)で示した表における反応時間5日目の場合においてはDGが多く得られるが,13日目においては,水を排出する系でDGからTGへの反応が進むが,水を排出しない系ではTGへの反応があまり進まないというような具体的な反応結果も原出願当初明細書には何ら記載されていない。ここで,化学の分野において,ある化学反応を行った際の定量的な反応結果は実際にその反応を行ってみなければ全く不明であるといえるから,摘記事項(訂-ア)において新たに追加されてた反応結果は,原出願当初明細書の記載及び原出願時の技術常識から当業者に自明な事項とは到底いえない。

以上から,原出願当初明細書に記載されておらず摘記事項(訂-ア)において新たに追加された事項には,具体的な配合割合等の反応条件,その反応結果等,原出願当初明細書の記載及び原出願時の技術常識からでは当業者に自明でない事項が含まれている。しかも,それらは本件技術的事項の裏付けをなす部分に該当するものである。
そして,例えば,本件技術的事項について,原出願当初明細書の記載からでは,そのような反応系を構築し得ること,及び,該反応を行うことによりグリセリンのエステル化反応が起こり得ることを当業者は概念的に把握するまでに留まっていたものを,摘記事項(訂-ア)において新たに追加された事項によって,具体的な反応条件やその定量的な反応結果までをも当業者は把握できるようになったといえる。つまり,当業者にとって,原出願当初明細書の記載からでは不可能であった本件技術的事項に関する定量的な予測が訂正明細書の記載からは可能となったといる。また,例えば,摘記事項(訂-ア)の毎日3grのゼオライトを添加するとの記載は,グリセリンと脂肪酸のエステル化反応のような多量の水が生成するときの水分除去の条件を示すもので,減圧留去の条件を定める指針となるべきものともいえるから,該記載自体は減圧留去に関するものではなくとも,該記載によって減圧留去における水分除去の具体的条件を当業者は認識することができるようになったといえる。
したがって,それらの,原出願当初明細書の記載及び原出願時の技術常識からでは当業者に自明でない事項であるとともに,本件技術的事項の裏付けをなす部分に該当する事項の追加により,本件技術的事項は訂正明細書においてより具体的かつ定量的になったといえ,これは,原出願当初明細書と比べて訂正明細書において本件技術的事項についての裏付けが増加あるいは強化され,実質的に変化したことに他ならない。
よって,訂正明細書において,本件技術的事項は,原出願当初明細書に記載した事項の範囲内のものではなくなったといえる。

(3)意見書での主張について
意見書における請求人の主な主張を踏まえて上述したが,それ以外の主張については以下で検討する。

ア.「・・・当時の審査プラクティスに鑑みても・・・技術的事項の裏付けのある完成発明において,技術的事項の裏付けを補充する補正は,特許法第70条に規定する特許発明の技術的範囲を変更するものではなく,技術的事項を実質的に変更するものではありません。」との主張(第3頁)について

特許法第70条第1項は「特許発明の技術的範囲は,願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない」と規定してはいるが,これは,発明の詳細な説明の欄には記載されているが特許請求の範囲の欄には記載されていないような発明の内容が「特許発明の技術的範囲」に包含されないことを明確にしたものであり,特許発明の技術的範囲を解釈するにあたって発明の詳細な説明の記載を参酌することを禁ずるものではない。また,特許法第70条第2項の規定によれば,「特許発明の技術的範囲」を定めるにあたり「願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈する」ことになる。してみると,(2)で述べたように,摘記事項(訂-ア)において新たに追加された事項により,本件技術的事項の解釈が原出願当初明細書の記載に基づく場合とは異なるものとなることは明らかである。そして,このような本件技術的事項が,原出願にその一部として包含されていたということはできない。

イ.「仮に,新追加事項による本件技術的事項の裏付けの補充を,本件が適用されない,いわゆる明細書の“サポート要件”に違背していることを理由として,本件技術的事項が実質的に変化したと判断しているのであれば,適用する法律を誤った判断といわざるを得ません。」との主張(第3-4頁)について

分割出願の適法性を検討するにあたり,訂正明細書で追加された事項が原出願の出願日当時の補正要件を満足するか否かを当審で検討しているのであって,本件技術的事項が原出願当初明細書の記載や訂正明細書の記載でサポートされているか否かを検討しているのではないから,上記主張は失当である。

ウ.「審査基準『明細書の要旨変更』・・・には,『補正前の明細書からみて当業者に自明でない事項の補正をしても,その補正により特許請求の範囲に記載した技術的事項が何ら実質的変化を受けないときは,・・・要旨変更とみない。』・・・と記載されていますが,かかる『明細書の要旨変更』における審査基準と,自明な事項とはいえない具体的な反応条件及び具体的な反応結果との関係について,拒絶理由では何ら言及されていません。」との主張(第4-5頁,下線は当審による。)及び「・・・拒絶理由通知書では,『具体的な反応結果も原出願当初明細書に何ら記載されていない。』と述べていますが,原出願当初明細書の記載と公知技術から,エステル化反応が起きることは明らかであり,その効果も原出願当初明細書に明確に記載されていますので,具体的な反応結果が新たに追加されたからといって,本件技術的事項に変化があったことにはならないものと思料します。具体的な反応の結果が新たに加われば,要旨変更となるというのであれば,いかなる実施例の追加も要旨変更とされることとなり,これは審査基準の考え方からでも,現実のプラクティスからも外れた判断であることは明らかです。」との主張(第7-8頁),つまり,「当時の審査プラクティス」に関する主張について

「当時の審査プラクティス」として本件の状況に対応する審査基準,運用等の明文化された規定はなく,請求人の主張によっても,本件のような場合に分割要件を満たすとした「当時の審査プラクティス」があったということはできない。また,例えあったとしても,それが正しいということにはならない。そして,訂正明細書において,本件技術的事項は,原出願当初明細書に記載した事項の範囲内のものではなくなったことは(2)で述べたとおりである。

エ.「・・・本件発明が属する技術分野の審査基準『応用微生物工業(改訂2版)』・・・には,『3項目の理化学的性質が,出願当初の明細書に記載されていて,物質の確認が一応可能であると推定されるときは前記の10項目の理化学的性質のうち未記載の性質の補充は要旨変更としない。』と明確に記載され,実施例の補充に関する本拒絶理由における考え方が,当時の審査プラクティスと如何にかけ離れたものであることがわかります。」との主張(第5頁)について

本件技術的事項は「脂質分解酵素」を利用するものであり,「微生物」の利用に特徴がある発明ではないので,そもそも,「審査基準『応用微生物工業(改訂2版)』」は本件に適用されない。また,「審査基準『応用微生物工業(改訂2版)』」の「3項目の理化学的性質が,出願当初の明細書に記載されていて,物質の確認が一応可能であると推定されるときは前記の10項目の理化学的性質のうち未記載の性質の補充は要旨変更としない。」との規定は,出願当初の明細書において物質として既に十分に特定されている場合の「生産される物質」に対して適用されるものであり,生産される物質を明確に特定しておらず,しかも,「生産される物質」に係るものではなくて「エステル化方法」に係るものである本件技術的事項に該規定を適用することはできない。

オ.「・・・基質の配合割合については・・・本件技術的事項ではありません。基質の配合割合を構成要件とした発明であれば,基質の配合割合を問題とすることは理解できますが,本件特許発明において,基質の配合割合を構成要件としておらず,審判合議体のかかる判断は当を得たものではないものと思料します。」との主張(第6-7頁)について

「第5.2.分割が適法であるか否かの判断」で述べたように,本件技術的事項の解釈にあたっては,「その裏付けをなす発明の詳細な説明の欄の記載や図面などを考慮する」ものであるから,本件技術的事項を表現する文言中に「基質の配合割合」を新たに追加しなかったからといって,発明の詳細な説明の欄に「基質の配合割合」等の具体的な反応条件,反応結果等を新たに追加することを許容する理由にはならない。

カ.旧法第40条,第44条第2項又は旧法第53条第4項に基づいた,本件分割出願の出願日を,原出願において手続補正書が提出された日である昭和56年6月8日とすべきとの主張(第8-10頁)について

原出願が旧法第40条に該当するものではなく,また,旧法第53条第4項の規定が適用された事実もないから,本件の出願日が昭和56年6月8日となる法的根拠は存在しない。

キ.本件分割出願の出願日を「昭和56年6月8日」としないと,「原出願と分割出願の内容を現状と反対にした場合」等で特許となるか否かの結論が異なることとなり,不条理であるとの主張(第9-10頁)について

どのような手続を行うかは本件の出願人(請求人)の裁量に任されており,異なる手続を行った場合に異なる結果となるからといって,それが直ちに不条理であると断言することはできない。また,「原出願と分割出願の内容を現状と反対にした場合」なる仮定は,本件が旧法第44条第1項に規定する適法な分割出願であるか否かの判断を行うに当たって何ら関係がないものである。さらに,「カ」で述べたように,本件の出願日を昭和56年6月8日となる法的根拠は存在しない。

ク.昭和48(行ケ)50号に基づく主張(第10-11頁)について

該判決「第四 当裁判所の判断」で「本件における問題点は,特許無効の審決(未確定)において要旨変更と認められた手続補正部分が後の訂正審判の審決の確定により削除された場合,特許法40条との関係で,出願日がどうなるかということである」と判示されている。つまり,該判決は,「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定の登録があつた後に認められた」場合において,その後に,要旨を変更する補正部分を削除した場合の出願日について判示しているといえる。
本件は,そもそもそのような場合に該当せず,かつ,依然として,上述したように「要旨を変更する補正」が訂正明細書中に存在するのであるから,該判決を当てはめることはできない。

ケ.平成13年(行ケ)第593号において,「原出願(子出願)の補正Aについての適否を判断し,補正Aが要旨変更であることを理由として,孫出願に係る特許について出願日は原出願の補正Aの日まで繰り下げられるという取り扱いをしているが,この際に,分割時及びそれ以降に行われた原出願についての2度の補正については何ら考慮されていません。すなわち,本件分割出願と原出願とは別個の出願であり,要旨変更の判断は出願の案件ごとになされるべきであって,分割出願に対しては,分割出願前に行われた原出願の補正のみを考慮し,分割出願以後に原出願について行われた補正については考慮せず,旧法第40条の規定を適用すべきであると思料します。」との主張(第11頁)について

そもそも,「この際に,分割時及びそれ以降に行われた原出願についての2度の補正については何ら考慮されていません。」との主張は事実誤認である。該判決で考慮しないのは「本件出願(孫出願)」のその後の補正についてである。そして,該判決は,「原分割出願(子出願)」の出願日が「補正Aの日」まで繰り下げられる結果,その分割である「孫出願」の出願日も「補正Aの日」となることを示したものである。
一方,本件では,原出願の出願日が昭和56年6月8日まで繰り下げられたわけではないので,該判決を本件に当てはめることはできない。

コ.平成15年(行ケ)第580号において,「原出願の補正後の明細書を基準にして分割出願の適否を判断する手法が示されている」との主張(第12頁)について

該判決では,原出願の補正後の明細書を基準にして分割出願の適否を判断すべきとする原告の主張を,「本件分割出願後にされた本件訂正により・・・RAM5であることが初めて記載され・・・当該技術的事項は,原出願・・・補正明細書・・・に記載されていたとは認められないから,原告の上記主張は『前提において誤り』」と判示しているに過ぎず,「原出願の補正後の明細書を基準にして分割出願の適否を判断する手法」が示されているわけではない。

(4)まとめ
以上から,原出願当初明細書に記載されておらず,摘記事項(訂-ア)において訂正明細書で新たに追加された記載は,原出願当初明細書の記載及び原出願時の技術常識からでは当業者に自明でない事項であるとともに,本件技術的事項の裏付けをなす部分に該当するものである。そして,それらの事項の追加により,本件技術的事項は訂正明細書においてより具体的かつ定量的になったといえ,これは,原出願当初明細書と比べて訂正明細書において本件技術的事項についての裏付けが増加あるいは強化され,実質的に変化したことに他ならない。してみると,訂正明細書において,本件技術的事項は,原出願当初明細書に記載した事項の範囲内のものではなくなったといえる。
したがって,本件は,原出願において補正可能な範囲で分割出願をしたものではなく,二以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願としたものではないから,特許法第44条第1項に規定する適法な分割出願であるということはできない。
よって,本件は原出願の時にしたものとみなすことはできず,本件特許の出願日はその現実の出願日である昭和62年9月26日(以下,「本件現実の出願日」という。)であるといえる。



第6.進歩性について
1.本件訂正後発明
本件訂正後発明は,「第5.1.本件訂正後発明」で述べたように,以下のとおりのものである。

「【請求項1】 水を減圧留去により排出する系において,グリセリン及び脂肪酸を含有する基質に,低水分系でエステル交換活性を有する,脂質分解酵素が担体に分散または吸着された酵素剤を40?75℃で作用させることを特徴とするアルコールのエステル化方法。」


2.引用例
本件現実の出願日より前に頒布された刊行物である特開昭57-8787号公報つまり原出願公開公報には,以下の事項が記載されている。

(刊-1)「(1)可及的乾燥した系において基質にエステル交換活性を有する酵素を作用させることを特徴とするエステル化方法。
・・・
(3)反応生成物の一を系外に排出する第(1)項記載の方法。
(4)反応生成物が水または低級アルコールである第(3)項記載の方法。
(5)系外への排出を減圧留去により行う第(3)項及び第(4)項記載の方法。
(6)系外への排出を吸収剤を用いて行う第(3)項及び第(4)項記載の方法。」
(特許請求の範囲)

(刊-2)「吸収剤としては,ゼオライト・・・を用いることができる。この中で,水及び低級アルコールのいずれに対しても除去効果の高いものとしては・・・合成ゼオライトが・・・好ましい。」
(第3頁右下欄第12-18行)

(刊-3)「実施例1
リゾープス・ニベウス起原の市販酵素60g(水分4%)を水250gに5℃前後で溶解し,これをセライト250gと混合し,次いで15mmHgで4日間乾燥して水分約1.4%として酵素剤を調製した。
パーム油を分別して得た中融点部・・・100部及びステアリン酸メチルエステル・・・10部を混合して真空下に加熱乾燥して水分0.01%にして基質とした。
該乾燥基質に対し,前述の酵素剤7部及び分子ふるい作用を呈するゼオライト・・・10部を加え,40℃で5日間撹拌し,その後メチルエステルを分離した。」
(第4頁左上欄第4-17行)

(刊-4)「実施例4
いずれも一級試薬であるグリセリン9部及びオレイン酸91部を混合して,真空加熱乾燥し,これを基質とした。この基質100grを実施例1の方法によって調製した酵素剤5grとともに,40℃の常圧下において振とうし,毎日3grのゼオライト(実施例1と同じ)を添加して,13日間反応を行わせた。ゼオラセイトを全く添加しないで反応させることも行った。エステル化の経時的変化は次の通りであった。」
との記載,及び,該記載に続く,経時的にFFA(遊離脂肪酸),MG(モノグリセリド),DG(ジグリセリド)及びTG(トリグリセリド)の組成を示した表。
(第5頁左欄第11行-右欄)


3.対比・判断
摘記事項(刊-3)及び(刊-4)から,原出願公開公報には,グリセリン及びオレイン酸を基質とし,「リゾープス・ニベウス起原の市販酵素60g(水分4%)を水250gに5℃前後で溶解し,これをセライト250gと混合し,次いで15mmHgで4日間乾燥して水分約1.4%として」調製した酵素剤とともに,40℃の常圧下において振とうし,毎日3grのゼオライトを添加して,13日間反応を行わせ,TG等を得たことが記載されている。

本件訂正後発明と原出願公開公報に記載された発明(以下,「原出願記載発明」という。)とを対比する。
摘記事項(刊-1)及び(刊-2)から,原出願公開公報には吸収剤であるゼオライトにより水を系外へ排出することが記載されているので,原出願記載発明の系は,毎日添加される「ゼオライト」により水を排出する系であることが理解できる。また,原出願記載発明の「リゾープス・ニベウス起原の市販酵素60g(水分4%)を水250gに5℃前後で溶解し,これをセライト250gと混合し,次いで15mmHgで4日間乾燥して水分約1.4%として調製した酵素剤」は「エステル交換活性を有する,脂質分解酵素が担体に分散または吸着された酵素剤」に相当する。さらに,摘記事項(刊-3)から,該酵素剤が「水分0.01%」でエステル交換活性を有する,つまり,低水分系でエステル交換活性を有するものであることが理解できる。
してみると,両者は,「水を排出する系において,グリセリン及び脂肪酸を含有する基質に,低水分系でエステル交換活性を有する,脂質分解酵素が担体に分散または吸着された酵素剤を40℃で作用させることを特徴とするアルコールのエステル化方法。」である点で一致するものの,水を排出する手段が,本件訂正後発明は「減圧留去」であるのに対し,原出願記載発明は「ゼオライト」なる吸収剤である点で相違する。

そこで,この相違点について以下で検討すると,摘記事項(刊-1)から,原出願公開公報には,水を排出する手段として「吸収剤」を用いることと並置して「減圧留去」で行うことが記載されている。してみると,「吸収剤」であるゼオライトにかえて,「減圧留去」により水を排出することは,当業者が容易に想到し得ることである。
そして,本件訂正後発明が奏する効果は,原出願公開公報の特に摘記事項(刊-4)の表の記載,つまり,FFA,MG,DG及びTGの組成の経時的な値から,当業者が容易に予測できたものである。

したがって,本件訂正後発明は,原出願公開公報の記載及び本件現実の出願日前の技術常識に基づいて,当業者が容易になし得たものである。


4.小括
よって,本件訂正後発明は特許法第29条第2項の規定により独立して特許を受けることができないものであり,上記訂正事項1は,平成6年改正前特許法第126条第3項の規定に違反するものであるので,上記訂正事項1を含む本件訂正は認められない。



第7.訂正事項6について
訂正事項6は,「第2.訂正の内容」で述べたとおりであるが,その中の「ゼオライト」を「セライト」とする訂正について検討する。
審判請求書を対象とする平成20年12月19日付手続補正書「6 請求の理由」の「6-4 請求の原因 (7)訂正事項6」において,請求人はかかる訂正について,

「・・・明りょうでない記載の釈明又は誤記の訂正に該当するものです。『ゼオライト』が明りょうでない記載又は誤記であることは,本件特許の例1に対応する原出願公開公報・・・の実施例4において,『実施例1の方法によって調製した酵素剤5grとともに,』と記載されると共に,その実施例1には,『実施例1 リゾープス・ニベウス起原の市販酵素60g(水分4%)を水250gに5℃前後で溶解し,これをセライト250gと混合し,次いで15mmHgで4日間乾燥して水分約1.4%として酵素剤を調製した。』と記載されていることから明らかです。また,本件特許明細書には,『本発明者は,脂質分解酵素の従来の使用形態の概念を越えた低水分の系において使用することの重要性と同時にそれによる反応速度の低下をカバーする方途の研究が必要であることとの認識から,脂質分解酵素の低水分の系における機能を研究して来た。その中で,ある種の菌体内酵素のように弱いエステル交換活性を示すものが一部あるものの,他の脂質分解酵素は単独ではほとんどエステル交換活性を示さないこと,一般に脂質分解活性と低水分におけるエステル交換活性とは相応しないこと等の現象を見出し,遂には既存の酵素には認められないような低水分でのエステル交換高活性の製剤を調製できることを見出した(特願昭55-29707号)。』・・・及び『この発明で使用する酵素のエステル交換活性の値は高い程好ましい。前述特願昭55-29707号に開示した,一旦水素下で担体に分散または吸着させたものを緩慢に減圧乾燥する方法は高活性酵素剤を得る有用な方法であり,且つ繰返し使用によく耐える酵素が得られるが,低水分系において一定のエステル交換活性を有するものであれば,その調製方法はもとより限定されるものでない。』・・・と記載されており,『ゼオライト』が明りょうでない記載又は誤記であることは,この特願昭55-29707号(特開昭56-127087号公報)の記載内容からも明らかです。かかる訂正は,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内における訂正であって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではありません。」(第12-13頁)

と主張する。そこで,まず,かかる訂正が「明りょうでない記載の釈明」に該当するかを検討し,その後,「誤記の訂正」に該当するかを検討する。そして,その余の点いついてはその後に検討することとする。

(1)明りょうでない記載の釈明
「明りょうでない記載」とは,「それ自体意味の明らかでない記載など,記載上の不備を生じている記載」のことであって,「明りょうでない記載の釈明」とは,そのような記載の不明りょうさを正して,「その記載本来の意味内容」を明らかにすることである。
ここで,請求人は意見書で,「セライトは担体として汎用されることに対して,ゼオライトは吸収剤やそれ自体での触媒作用などの機能が利用されており,当業者からみれば,本発明においてゼオライトを酵素の担体とすることは考えられない」(第15頁)と主張する。
しかし,「ゼオライト」はアルミノ珪酸塩の総称であって,吸着剤として用いられることは原出願の出願日前から当業者に周知のことである。また,原出願の出願日前に頒布された特開昭52-114090号公報及び特開昭52-151788号公報には,酵素を固定化する担体として「ゼオライト」が記載されている。さらに,原出願の出願日前に頒布された刊行物である「BIOTECHNOLOGY AND BIOENGINEERING,19[9](1977)P.1259-1268」に「先の研究において,モレキュラー・シーブが酵素の固定に適した担体であることが見出された」(要約)と記載されるとともに,該「モレキュラー・シーブ」が「4Aタイプ」であることが記載(第1259頁下から2行目)されており,該「4Aタイプ」がゼオライトに相当するものである(訂正前の特許明細書の実施例1においても「ゼオライト(モレキュラーシーブ4Aタイプペレット状)」と記載されている。)ことを考慮すると,該刊行物にも,ゼオライトを酵素の担体とすることが記載されているといえる。してみると,少なくとも原出願の出願日当時,請求人の「当業者からみれば・・・ゼオライトを酵素の担体とすることは考えられない」という主張には根拠がないといえる。
したがって,訂正前の特許明細書の実施例1で「ゼオライト」が担体であると記載されていることに技術的な矛盾を直ちに見出すことはできず,記載上の不備を見出すことはできないから,かかる訂正は「明りょうでない記載の釈明」に該当しない。

(2)誤記の訂正
ア.原出願公開公報の記載に基づく主張について
訂正前の特許明細書に原出願公開公報は引用されていないから,訂正前の特許明細書を解釈するに当たって原出願公開公報を参酌することはない。したがって,原出願公開公報の記載に基づく主張は失当である。

イ.特開昭56-127087号公報の記載に基づく主張について
「誤記の訂正」とは,「本来その意であることが明細書又は図面の記載などから明らかな字句・語句の誤りを,その意味内容の字句・語句に正す」ことである。
そこで,訂正前の特許明細書の記載を検討することとする。かかる訂正における「ゼオライト」及び「セライト」は,脂質分解酵素を分散または吸着する「担体」に該当するが,該担体として訂正前の特許明細書に具体的に記載されているのは,「ゼオライト」(実施例1)及び「パーライト」(実施例3)のみであり,「セライト」という文言は全く記載されていない。また,(1)で述べたように,訂正前の特許明細書の実施例1で「ゼオライト」が担体であると記載されていることに技術的な矛盾を直ちに見出すことはできず,該記載が「誤記」であると当業者が認識することはできない。
また,訂正前の特許明細書の実施例1で調製される酵素剤のリパーゼ,水及びゼオライトの当初混合比(重量比)と,訂正前の特許明細書が引用する特開昭56-127087号公報の実施例2で調製される酵素剤のリパーゼ,水及びセライトの当初混合比(重量比)は,前者は6:25:25であるのに対し,後者は6:15:15と異なっている。さらに,前者はゼオライトと「混合」して調製されるものであるのに対し,後者は「セライト」を「徐々に加えて」調製されるものであり,調製方法も異なっている。したがって,例え,最終的に得られた酵素剤のエステル交換活性が一致していたとしても,それだけで,訂正前の特許明細書の「ゼオライト」が,特開昭56-127087号公報記載の「セライト」の誤記であると当業者が直ちに認識することはできない。
さらに,分散や吸着に用いることのできる担体が無数に存在することを考慮すれば,訂正前の特許明細書の実施例1に記載の「ゼオライト」が本来「セライト」であることが明らかとは到底いえない。
したがって,かかる訂正は「誤記の訂正」には該当しない。

(3)自明か否か
上述したように,訂正前の特許明細書には「セライト」という文言は全く記載されておらず,また,訂正前の特許明細書が引用する特開昭56-127087号公報の記載をみても,訂正前の特許明細書の「ゼオライト」が,本来は,特開昭56-127087号公報記載の「セライト」であると当業者が直ちに認識することはできない。
そして,分散や吸着に用いることのできる担体が無数に存在すること,及び,アルミノ珪酸塩である「ゼオライト」と珪藻土に由来する「セライト」が物質として全く異なるものであることをも考慮すれば,「ゼオライト」を「セライト」とすることは,訂正前の特許明細書の記載から当業者に自明なものであるとは到底いえない。
したがって,かかる訂正は,訂正前の特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえない。

(4)小括
よって,かかる訂正を含む訂正事項6は,平成6年改正前特許法第126条第1項ただし書き各号のいずれにも該当せず,かつ,平成6年改正前特許法第126条第1項ただし書きの規定にも適合しないから,本件訂正は認められない。



第8.むすび
以上のとおりであるから,訂正事項1は,平成6年改正前特許法第126条第3項の規定に違反するものである。
また,訂正事項6は,平成6年改正前特許法第126条第1項ただし書き各号のいずれにも該当せず,かつ,平成6年改正前特許法第126条第1項ただし書きの規定にも適合しない。
したがって,訂正事項1及び6を含む本件訂正は認められない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-01-22 
結審通知日 2009-01-26 
審決日 2009-02-09 
出願番号 特願昭62-241768
審決分類 P 1 41・ 03- Z (C12P)
P 1 41・ 856- Z (C12P)
P 1 41・ 852- Z (C12P)
P 1 41・ 853- Z (C12P)
P 1 41・ 121- Z (C12P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 谷口 博渡辺 仁  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 上條 肇
小暮 道明
平田 和男
鈴木 恵理子
登録日 1998-04-17 
登録番号 特許第2135885号(P2135885)
発明の名称 酵素によるエステル化方法  
代理人 大和 信也  
代理人 廣田 雅紀  
代理人 高津 一也  

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