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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 G01N
管理番号 1225248
審判番号 不服2009-19959  
総通号数 132 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-12-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-10-19 
確定日 2010-10-12 
事件の表示 特願2003-555171「ナノ結晶」拒絶査定不服審判事件〔平成15年7月3日国際公開、WO03/54507、平成17年5月12日国内公表、特表2005-513471〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯・本願発明
本願は、平成14年9月17日(パリ条約による優先権主張 平成13年9月13日 平成14年5月9日 米国)を国際出願日とする出願であって、その請求項1ないし40に係る発明は、平成20年8月12日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし40に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、その請求項14に係る発明は次のとおりのものである。
「【請求項14】
コーティングされたナノ結晶であって、
金属カチオンを含む蛍光ナノ結晶と、
該蛍光ナノ結晶に施されたコーティングとを含み、
該コーティングがイミダゾールを含む化合物を含有しており、該イミダゾールを含む化合物が金属カチオンに有効に結合している、コーティングされたナノ結晶。」
(以下、「本願発明」という。)

そして、請求項14は、補正前の請求項10を限定したものであり、同項に対しては、引用文献2に記載された発明と同一であるとして特許法第29条第1項第3号の拒絶理由が通知され、拒絶査定の理由となっている。

2 引用刊行物とその記載事項、及び引用刊行物記載の発明
(1)原査定の拒絶の理由に引用された、本願優先日前に頒布された刊行物1(原査定の引用文献2)には以下の事項が記載されている。
刊行物1:Proceedings of SPIE,2000年,Vol.3924, Molecular Imaging:Reporters,Dyes,Markers,and Instrumentation,p.2-9
の記載事項の日本語訳、下線は当審で付加した。
「発光性ナノ結晶に対する生物分子の一段階での結合」と題する論文であって、
(1a)「要約
光学的プローブの開発は、生物学的、化学的複合体の問題の解明に極めて重要である。現存する蛍光標識は、退色する蛍光があり、発光が低く、環境に敏感である。これらの問題は、半導体量子ドットの使用により、克服されることができる。これらのZnS被覆CdSe量子ドットは、有機溶媒中で合成される。生物学的標識にこれらを用いるためには、量子ドットは、表面に2官能性分子を吸着させて水溶性にされる。この工程は、表面に生物分子を成功裏に結合させるために極めて重要である。この論文では、量子ドットの表面上に対する生物分子の直接的吸着のための新しい方法を示す。グルタチオン、メルカプトコハク酸、ヒスチジンのような生物分子が、発光性量子ドットにS-ZnまたはN-Zn結合により直接結合される。」
(第2頁ABSTRACT欄)

(1b)「2.1 材料
ジメチルカドミウム(Cd(CH_(3))_(2))とトリブチルホスフィン(TBP)は、Strem(Newburyport,MA)から購入された。アセトン、メタノール(MeOH)、ヘキサン、ジメチルスルスルホキシド(MeOH)、クロロホルム、セレン(Se)、トリオクチルホスフィンオキサイド(TOPO)、ジメチル亜鉛(Zn(CH_(3))_(2)、ヘキサメチルジシラザラン(TMS)_(2)Sは、Aldrich(Milwaukee,WI)から購入された。メタノール、クロロホルム、塩酸はEM Sciences(Gibbstown,NJ)から購入された。グルタチオン、メルカプトコハク酸、イミダゾール、ヒスチジン、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、リン酸生理的食塩水(PBS)は、Sigma(St.Louis,MO)から購入された。水酸化ナトリウムはJ.T.Bakers(Phillipsburg,NJ)から購入された。全ての実験は、ultrapureMillipore Water(Millipore,Bedfore,MA)で行われた。

2.2 ZnS被覆量子ドットの合成
ZnS被覆CdSeドットは、HimesとGuyot-SionnestとPeng等により記述されるとおりに調製された。簡単にいえば、12.5gのTOPOが量り分けられ、窒素を充填した乾燥ボックス内で360℃まで加熱された。次に、CdSe(TBP中0.23MのCd^(2+)、0.16MのSe)溶液4mLが加熱したTOPO中に注入され、熱はすぐに除去された。溶液の色は、注入してすぐに透明から暗いオレンジ色に変化した。温度が300℃になったら、ZnS(TBS中0.23MのZn^(2+)と0.16MのSe)2mLのアリコートが5単位注入された。ZnSはCdSe量子ドットの表面を被覆した。被覆した証拠としては、蛍光と紫外線スペクトルのストークシフトが挙げられる。最後の注入の後、温度は100℃を下まわり、そして、溶液は4時間撹拌された。これらのドットは、MeOHの添加により沈殿され、遠心分離された。クロロホルムが添加され、ドットが再び溶かされた。

2.3 表面への生物学的分子の吸着
クロロホルム溶解ドットは、MeOHの添加により沈殿され、遠心分離された。ドットは無水ピリジンに再溶解され、60℃で一晩環流された。そして、無水ヘキサン(10:1ヘキサン/ピリジン)の添加により沈殿された。ピリジン環流は2回繰り返され、表面のTOPO分子が完全に除去された。沈殿物に対して、10^(-2)Mグルタチオン溶液(0.2M炭酸ナトリウム、pH=9.6)が直接添加され、量子ドットは、溶液中に分散された。ヒスチジンやメルカプトコハク酸のような生物学的分子も同様に、表面に吸着された。」(第3頁下から6行?第5頁2行)

(1c)「3.2 生物学的分子の吸着
量子ドットの表面の金属原子は、TOPO分子を除去した後、結合のために接近しやすくなる。ピリジン環流量子ドットは、ヘキサンで沈殿され、遠心分離された。生物分子の活性は、有機溶媒の中では妨害され、また多くの生物分子はピリジンに不溶性であるので、ピリジンは除去された。沈殿物に対して、1級イオウ、1級アミン、または複素環アミンが直接添加することができる。表面上への生物分子の吸着は、量子ドットの脱凝集により証明される。類似した電荷の極性分子は、互いに反発し、ドットが凝集するのを妨げる。この論文では、2種類の生物分子の表面上への吸着が示されて記述される。
グルタチオン(図3の構造式を参照)は、植物やイーストから重金属を解毒するのに関与し、酸化又は還元型1として存在する。また、グルタチオンは、1つの1級アミンと2つのカルボン酸官能基を有する。図3aは、グルタチオンが量子ドットの表面上に吸着されたものを示す。この図は、ドットは、単分散であり、単一である。さらに、これらのドットは、オン/オフの間欠的振る舞いを示し、これは、単一ドットの証拠である。表面上にグルタチオンがなければ、量子ドットは、大きな凝集を形成する(図3b)。イオウは、1分以下の反応時間で亜鉛原子に直接結合する。1級イオウは、重金属に対して、窒素より高い親和性を有し、それゆえ、グルタチオンは表面のピリジンと置き換わる。これらの量子ドットは、大きな凝集(図3)を形成し水溶性となる。イオウは、1分以下の反応時間で亜鉛原子に直接結合する。1級イオウは、重金属に対して、窒素より高い親和性を有し、それゆえ、グルタチオンは表面のピリジンと置き換わる。これらの量子ドットは、グルタチオンの極性により水溶性となる。この反応を行うとき、2つの重要な要素がある。第1は、溶媒のpH。この実験では、グルタチオンは、0.2M炭酸ナトリウム緩衝液中で、pH=9.6で溶解された。R-SH官能基は塩基性のpHでは、脱プロトン化される。
システインのチオール基のpKaは8.3である。pH=9.6では、R-SHの約90%が脱プロトン化され、R-S^(-)イオンを形成している。R-S^(-)は電気的に引きつけ、量子ドットのZn^(2+)に結合する。いったん表面に吸着されると、量子ドットは、10mMPBS(pH=7.4)のような生物学的緩衝液中に再溶解される。
グルタチオン固定化量子ドットは、1?3週間安定である。これらの量子ドットは、分子はより重く、そのため脱離速度は減少されるため、メルカプト酢酸より長く安定である。加えて、グルタチオンの酸素原子、窒素原子も、量子ドットの亜鉛原子と相互作用することができ、量子ドットをより安定にするよう作用する。表面に吸着される他のメルカプト分子には、システイン、チオクト酸、メルカプト酪酸、メルカプトブチル酸が含まれる。そのため、この方法は、表面に吸着されるメルカプト分子の融通性を提供する。
表面上へのメルカプト化合物の吸着の他に、ピリジン、イミダゾール、ヒスチジンのような複素環芳香族アミンが、量子ドットの表面に、N-Zn結合により結合することができる。この結合のメカニズムは、蛋白を検出し精製する一般的な方法であるヒスチジンタグに対するニッケルの結合と類似すると信じられている。芳香族アミンの窒素原子は、電子の不足した金属原子と結合する不対電子を有している。
この反応もpH依存性である。pH>5.5では、ヒスチジンのイミダゾール側鎖は量子ドット上に結合する(図4a参照)。pH<5.5では、ドットは凝集している(図4b参照)。イミダゾールの窒素のpKaは、pH6.0で7.0、イミダゾールの窒素の90%がプロトン化され、pH=5.0では99%がプロトン化される。窒素原子のプロトン化は、カチオンを形成し、亜鉛原子に対して反発する(図4参照)。pH>7.0では、常に、少なくとも一つのプロトン化されていない窒素原子が存在し、それゆえ、吸着は影響されない。
量子ドットの蛍光が表面へのヒスチジンの吸着により減少することは興味深い。現在のところ、なぜ蛍光が減少するかは明らかでない。」(第5頁下から16行?第7頁下から5行)

(1d)「図4 0.1Mヒスチジン中に溶解した、また、ヒスチジンのない(b)、ピリジン環流ドットの蛍光画像。(A)の積分時間は300ms、(B)は100ms。」(第7頁図4の説明欄)

(2)引用刊行物記載の発明
上記の記載事項(特に上記(1c))から、刊行物1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「発光性ZnS被覆CdSe量子ドットの表面上に、ヒスチジンのイミダゾール側鎖の窒素原子の不対電子が、前記量子ドット表面の電子の不足したZn原子とZn-N結合により結合した発光性量子ドット。」(以下、「刊行物1発明」という。)

3 対比・判断
本願発明と刊行物1発明とを比較する。
(ア)刊行物1発明の「発光性ZnS被覆CdSe量子ドット」は、蛍光標識に用いることが記載され(上記(1a))、図4に蛍光画像を形成することが示されている(上記(1e))ことから、「発光性」とは蛍光を発するといえる。
また、「発光性ZnS被覆CdSe量子ドット」は、刊行物1のタイトルには、「発光性ナノ結晶」と記載され、その合成法(上記(1b))からみて、CdSeのコアをZnSのシェルで被覆したものであり、ZnとCdといった金属原子を含有している。
そして、本願発明の「金属ナノ結晶」は、本願明細書の【請求項19】、【0024】、【0060】に「コア/シェルナノ結晶」、具体的には、「CdSe/ZnS」も含むものであることが記載されている。
そうすると、刊行物1発明の「発光性ZnS被覆CdSe量子ドット」と、本願発明の「金属カチオンを含む蛍光ナノ結晶」とは、金属原子を含む蛍光ナノ結晶である点で共通している。
(イ)刊行物1発明の「ヒスチジン」は、イミダゾール側鎖を有するアミノ酸であるから、本願発明の「イミダゾールを含む化合物」に相当する。
(ウ)刊行物1発明は、発光性ZnS被覆CdSe量子ドットの表面上に、ヒスチジンが、そのイミダゾール側鎖の窒素原子により結合したものであり、ドット表面上にイミダゾールを含む化合物を含有したコーティングが施されているといえる。
(エ)刊行物1発明の「ヒスチジンのイミダゾール側鎖の窒素原子の不対電子」が、発光性ZnS被覆CdSe量子ドットの表面上に「Zn-N結合により結合」してることと、本願発明の「イミダゾールを含む化合物」が、蛍光ナノ結晶に含まれる「金属カチオンに有効に結合している」こととは、イミダゾールを含む化合物が蛍光ナノ結晶に含まれる金属原子に結合している点で共通している。

したがって、本願発明と刊行物1発明との間には、以下のような一致点及び相違点がある。
(一致点)
コーティングされたナノ結晶であって、
金属原子含む蛍光ナノ結晶と、
該蛍光ナノ結晶に施されたコーティングとを含み、
該コーティングがイミダゾールを含む化合物を含有しており、該イミダゾールを含む化合物が金属原子に結合している、コーティングされたナノ結晶である点。

(相違点1)
金属原子を含む蛍光ナノ結晶が、本願発明では、金属カチオンを含むものであるのに対して、刊行物1発明では、電子の不足したZn原子を含むものである点。

(相違点2)
蛍光ナノ結晶とイミダゾールを含む化合物との結合が、本願発明では、イミダゾールを含む化合物が金属カチオンに有効に結合したものであるのに対して、刊行物1発明では、ヒスチジンのイミダゾール側鎖の窒素原子の不対電子が、電子の不足したZn原子とZn-N結合により結合したものである点。

そこで、上記各相違点について検討する。
(相違点1について)
本願明細書には、「蛍光ナノ結晶」について、
段落【0024】に「「蛍光ナノ結晶」という用語は、本明細書と請求項の目的で、イミダゾールとホスホニウムを含む化合物と有効な結合を持つことができる、半導体ナノ結晶あるいはドープ金属酸化物ナノ結晶を有するナノ結晶を指す。「半導体ナノ結晶」は、本明細書と請求項の目的で、グループII-VIの半導体素材(そのZnSとCdSeは説明に役立つ実例である)またはグループIII-Vの半導体素材(そのGaAsは説明に役立つ実例である)、あるいはグループIVの半導体素材の少なくとも1つ、またはその組み合わせを有するコアを有する量子ドット(微結晶半導体としても知られる)を指す。半導体ナノ結晶は、さらに本明細書に詳細を示したように、シェルを有する半導体素材を有することができる。」と記載され、
段落【0026】に「好適な実施例では、連続した流れプロセスとシステムにより、上記半導体ナノ結晶が生産され(米国特許出願第6,179,912号)」と記載されている。
上記記載からみて、蛍光ナノ結晶が金属カチオンを含むようにするために、通常とは異なる半導体ナノ結晶の製造方法を採用している訳ではない。
また、具体的には、金属カチオンがコーティング剤中に含有されていない実施例である、例5?7において用いる蛍光ナノ結晶の製造方法として、
段落【0056】に「 例5 この例では、本発明の機能的蛍光ナノ結晶を作成する方法の実施例を説明する。本例とこれに続く例では、コアとなるナノ結晶を有する半導体ナノ結晶を、米国特許出願第6,179,912号に報告された連続した流れプロセスにより作成した。セレン化カドミウム(CdSe)ナノ結晶の生成に用いたパラメータは、10gのTOPO、18.9μlのMe_(2)Cd(ジメチルカドミウム、2.63×10-4モルのCdなど)、198.9μlのTOPSe(Seの1M TOP溶液、1.989×10-4モルのSeなど)、4.5mlのTOP、核形成温度(Tn)300℃、成長温度(Tg)280℃、流速0.1ml/minであった。得られたCdSeナノ結晶は波長578nmで蛍光を示し、励起波長410nm、幅の狭い高さ1/2のバンド幅が約29nmであった。」と記載されている。(以上、下線は当審で付加した。)
そして、これは、刊行物1(上記(1b))に記載されたZnSで被覆する前のCdSeと同様の作り方である。そして、本願明細書には、ZnSのシェル形成方法について記載がないが、例1には、コアとなるナノ結晶(CdSeなど)に、ヒスチジン(イミダゾール化合物)、ZnSO_(4)、Na_(2)Sを添加してコーテイングを形成する方法が記載され、ZnSシェルをヒスチジンなしで同様にして形成するとしても、ZnSでコーティングしたCdSeナノ結晶に金属カチオンを含ませるための通常とは異なる方法は記載されていない。
そうすると、本願発明の「蛍光ナノ結晶」は、刊行物1発明の「発光性ZnS被覆CdSe量子ドット」と、金属原子の状態について、特段異なるものではないといえ、刊行物1発明の「電子の不足したZn原子」を有する「発光性ZnS被覆CdSe量子ドット」は、本願発明の「金属カチオンを含む蛍光ナノ結晶」に相当するといえる。
したがって、相違点1は実質的な相違点ではない。

(相違点2について)
本願発明の「イミダゾールを含む化合物が金属カチオンに有効に結合した」について、
本願明細書段落【0020】に「「有効な結合を持つ(operably bind)」「有効な結合を持った(operably bound)」という用語は、本明細書と請求項の目的で、コーティング化合物と蛍光ナノ結晶、コーティングと分子プローブ、異なる分子プローブ、分子プローブと標的分子の間など、これだけには限らないが、異なる分子の組み合わせの間で形成され、本明細書で示したとおり、検出装置に利用する目的および当技術分野で周知の関連した標準的条件で十分に安定な融合、結合、あるいは関連性を指すこととする。当業者に周知のとおり、また以下の実施例でより明らかとなるだろうが、2つ以上の分子に反応性官能基を用いて有効な結合を持たせる、いくつかの方法と組成がある。反応性官能基には、二官能性試薬(ホモ二官能性あるいはヘテロ二官能性など)、ビオチン、アビジン、遊離化学基(チオール、またはカルボキシ、ヒドロキシ、アミノ、アミン、スルホなど)、反応性化学基(遊離化学基と反応する)などがあるが、これだけに限らない。当業者に周知のとおり、上記の結合は、共有結合、イオン結合、水素結合、ファンデルワールス結合などを有すると考えられるが、これだけに限らない。」、
段落【0021】には、「「イミダゾールを含む化合物」という用語は、本明細書と請求項の目的で、亜鉛あるいは他の金属カチオン、またはそのようなカチオンを含む基質と結合することができるイミダゾール基(例えばイミダゾール環)を少なくとも1つ持つ分子を指すこととする。その点について、少なくとも1つのイミダゾール部分が分子構造の末端部分にある。一般に、イミダゾール環の窒素は、亜鉛あるいはカドミウムなどの金属イオンと有効な結合を持つ配位リガンドとして機能することが多い。」(下線は当審で付加した。)と記載されている。(下線は当審で付加した。)
上記記載から、本願発明の「有効な結合」には、イミダゾール環の窒素が、亜鉛イオン等の金属カチオンに配位結合した状態が含まれているといえる。
一方、刊行物1発明の「ヒスチジンのイミダゾール側鎖の非プロトン化窒素原子がZn-N結合により結合」したものは、イミダゾールの窒素の不対電子が、電子の不足したZn原子と結合したものであり、窒素原子の電子が、Zn原子に配位結合したものといえる。
そうすると、刊行物1発明の「ヒスチジンのイミダゾール側鎖の非プロトン化窒素原子がZn-N結合により結合」したものは、本願発明の「イミダゾールを含む化合物が金属カチオンに有効に結合」したものに相当するといえる。
したがって、上記相違点2は実質的な相違点ではない。

以上のとおり、本願発明と刊行物1発明との間には、実質的な相違点がなく、本願発明は、刊行物1発明と同一であるといえる。

(請求人の主張について)
請求人は審判請求の理由で、本願発明に係る蛍光ナノ結晶は、「金属カチオンに有効に結合したイミダゾールを含む化合物を含む錯体を含有するコーティング」を含むことを特徴としている(請求項1、2、14、15および29)ことを主張しているが、請求項14には、「金属カチオンを含む蛍光ナノ結晶と、該ナノ結晶に施されたコーティングとを含み、該コーティングはイミダゾールを含む化合物を含有しており」と記載され、金属カチオンは蛍光ナノ結晶に含まれており、コーテイングに金属カチオンが含有されてることを規定していない。そして、本願明細書には、請求項1、2及び29とその従属項に対応する例1?例4(段落【0038】?【0055】)、及び請求項14及び15とその従属項に対応する例5?例8(段落【0056】?【0069】)の記載があり、前者については、「金属カチオンに有効に結合したイミダゾールを含む化合物を含む錯体を含有するコーティング」について記載されているものの、後者については、コーテイングに、イミダゾール化合物であるカルシノン、架橋化合物であるTHPP、ポリアミンであるプトレッシンを用いることが記載されており、金属カチオンを含有させることは記載されていないため、請求人の主張は、請求項1、2及び29に関するものであり、請求項14に係る発明である本願発明の構成に対応した主張ではない。
また、請求人は、刊行物1(原査定の引用例2)に記載の蛍光ナノ結晶では、ZnSでキャップされたCdSe量子ドットのZn原子にヒスチジンが吸着しているに過ぎないこと、ZnSは共有結合性の化合物であることを主張しているが、刊行物1には、「表面上へのメルカプト化合物の吸着に加え、ピリジン、イミダゾール、ヒスチジンのような複素環芳香族アミンが、量子ドットの表面に、N-Zn結合により結合することができる。」、「芳香族アミンの窒素原子は、電子の不足した金属原子と結合する不対電子を有している。」、「窒素原子のプロトン化は、カチオンを形成し、亜鉛原子に対して反発する(図4参照)。pH>7.0では、常に、少なくとも一つのプロトン化されていない窒素原子が存在し、それゆえ、吸着は影響されない。」(上記(1c)、下線は当審で付加した。)と記載されており、イミダゾールの不対電子が、電子の不足した金属原子と結合することが記載され、このような結合を「吸着(adsorption)」という用語で表現しているといえる。そして、一般に、「吸着」とは、ファンデルワールス力等による物理吸着だけでなく、イオン結合や共有結合等の化学結合による化学吸着も包含するものである(東京化学同人発行「化学大事典」1998年第1版第5刷第565頁?566頁参照。)。
また、ZnSは共有結合性の化合物であるとしても、本願明細書には、CdSeナノ結晶のコアに、ZnSのシェルを有するコア/シェルナノ結晶を用いることが記載されており、これは、刊行物1発明の発光性ZnS被覆CdSe量子ドットと同様のものであり、ZnSが共有結合性であることは、本願発明と刊行物1発明との差異にはならない。
さらに、請求人は、引用例2の蛍光ナノ結晶は、表面にヒスチジンが吸着したことにより、蛍光が減少しているのに対して、本発明のナノ結晶は、本願明細書の実施例1?7ならびに図1?3および図5に示されるように、蛍光強度が大幅に向上していることを主張しているが、本願発明に対応する、コーテイングに金属カチオンを含有しない例5?例8では、コーテイングに、イミダゾール化合物であるカルシノンだけでなく、架橋化合物であるTHPP、ポリアミンであるプトレッシンを用いたことが記載されており、これらの例で奏される効果は、コーテイングに含有される化合物として、イミダゾール化合物だけを規定した本願発明の構成により奏させるものとはいえない。そして、上記のとおり、本願発明と刊行物1発明とは構成上差異がない以上、効果に格別の差異があるということはできない。
したがって、請求人の主張はいずれも採用できない。

4 むすび
以上のとおり、本願請求項14に係る発明は、刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない。
したがって、その他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-05-19 
結審通知日 2010-05-20 
審決日 2010-06-01 
出願番号 特願2003-555171(P2003-555171)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山村 祥子吉田 佳代子  
特許庁審判長 秋月 美紀子
特許庁審判官 居島 一仁
郡山 順
発明の名称 ナノ結晶  
代理人 小林 智彦  
代理人 新見 浩一  
代理人 春名 雅夫  
代理人 清水 初志  
代理人 佐藤 利光  
代理人 刑部 俊  
代理人 川本 和弥  
代理人 山口 裕孝  
代理人 渡邉 伸一  
代理人 井上 隆一  
代理人 大関 雅人  

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