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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 B23C
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 B23C
管理番号 1229593
審判番号 不服2007-7364  
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-03-12 
確定日 2011-01-04 
事件の表示 特願2000-511927「保護層システムを有する工具」拒絶査定不服審判事件〔平成11年 3月25日国際公開、WO99/14391、平成13年10月 2日国内公表、特表2001-516654〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
国際出願 平成 9年 9月12日
特許協力条約第34条補正の翻訳文提出 平成12年 3月10日
拒絶理由通知 平成18年 3月 1日
意見書・手続補正書 平成18年 9月 6日
拒絶査定 平成18年12月 6日
審判請求書 平成19年 3月12日
手続補正書 平成19年 4月10日
審尋 平成20年 4月23日
回答書 平成20年11月 6日
拒絶理由通知(29条36条) 平成21年 2月20日
意見書・手続補正書 平成21年 8月24日
上申書 平成21年10月 2日
拒絶理由通知(29条36条) 平成21年12月17日
面接 平成22年 5月19日
意見書・手続補正書 平成22年 6月21日

第2.当審で通知した拒絶理由
平成21年12月17日付けで通知した拒絶理由は以下のとおりである。

「1)本件出願の請求項1?9に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
2)本件出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項及び第6項に規定する要件を満たしていない。


(第36条)
1.請求項1の「強度平均ノイズ値」は、不明確である。
(略)
2.請求項1の「Q_(I)(以下「QI」と表記する)≧5のQI値を有する」「MeX」層の成膜方法、必要な条件が不明確である。
後記刊行物3には、第4頁右下欄17行目?第5頁左上欄3行目に、「-70Vのバイアス電圧を印加すると共に、装置内に高純度N2ガスを5×10^(-2)Torrまで導入し、アーク放電を開始し、基板表面に…(Al_(y)Ti_(1-y))(N_(x)C_(1-x))系皮膜層…を形成した。」と記載されており、第2表のNo.20-22および第3表のNo.35-37は(Ti_(0.6)Al_(0.4))N膜に近似した組成の皮膜層が形成されている。これら皮膜層の条件を本願明細書の記載(特に図1)に照らし合わせるとQI≧5となる成膜条件の領域に該当する。
ゆえに、本願発明のMeX層と刊行物3の第2表のNo.20-22および第3表のNo.35-37の(Al_(y)Ti_(1-y))(N_(x)C_(1-x))系皮膜層との製法上の差異が明確でない。

1)請求人は、意見書で、「刊行物3はバイアス電圧が変化することを述べているものの、上述の分圧の利用については何も述べていません。以下に述べるように、バイアス電圧を変えるだけで、クレームされている5という値よりもおそらく高いQI値が達成されるかもしれませんが、これはおそらく、1つの層内の応力値をクレームされている範囲外に同時に設定することにつながり、具体的に本願の請求項1に記載されている種類の工具にとって満足のいかない切削結果につながるでしょう。」と主張しているが、本願発明のQI値と同様のQI値となる刊行物3の層の応力値が、本願発明の範囲外になるとする根拠が不明確である。刊行物3のものとの製法上の差違が、依然として明確でない。

2)他方、本願発明が属するイオンプレーティング技術において、得られる層の物性は、雰囲気圧力P、イオン衝撃電力W、堆積速度R、サブストレート(基板)温度Tの各プロセスパラメータに依存して変移することは周知の事実である。これに対して、本願明細書には、層の物性に大きな影響を及ぼすサブストレート(基板)温度T等について記載されていない。
本願明細書を見ると、層の製造条件として、層の物性を決定する周知のプロセスパラメータ(当業者であれば当然ながら考慮する条件)である雰囲気圧力Pとイオン衝撃電力W(バイアス電圧)とを調節して所望の層の物性を得ようとしているのみであって、サブストレート(基板)温度T等のQI値にとって重要であるパラメータにつきその開示を欠き、その記載に係る製造条件のみでは層のQI値を決定または特定することができず、所定のQI値を保有する層を製造することができないと解される。
基板温度、バイアス電圧等、成膜条件の特定が必要ではないか。

3)請求人は、意見書で、「応力考慮事項との関係における上述のQI値は、温度、放電電流、放電電圧といった特定の追加のプロセスパラメータに関わらず、上述の種類の工具の切削能力の向上を達成する何らかの普遍的な値として認識されているということが、本発明にしたがった認識の一部として言えるかもしれません。」と主張しているが、QI値と応力との両方を、本願発明の範囲内に制御する方法について、具体的に記載されておらず、不明確である。

4)また、「QI≧5」とQI値を限定し、「QIが5から無限大までの値で請求項1に記載されている」と、請求人は、意見書で主張しているが、「QIが無限大までの値」についての実施例の記載はなく、本願発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるのか(サポート要件)、不明である。

3.請求項1の「応力σは、1GPa≦σ≦4GPa」とするために必要な条件が、十分に記載されていない。
バイアス電圧及び反応ガスの分圧を適切に選択することにより、QI値の調節が可能であっても、明細書の記載からは、バイアス電圧及び反応ガスの分圧によって、いかに応力σの調節を行うかが、十分に記載されていない。

4.実施例と各請求項との対応関係が不明確である。
上申書を踏まえ、補正されたい。
また、本願発明は「硬質炭化物エンドミルおよび硬質炭化物ボールノーズミルではなく」とされているところ、発明の詳細な説明の「例1?7」には、本願発明でないものが含まれていると解される。

(第29条)
1.近藤、薬師寺、小池等,「AIP法による(Ti,Al)N膜の作製とその特性」,第34回日本熱処理技術協会講演大会講演概要集,平成4年6月,p65?66
2.特開平8-199338号公報
3.特開平3-17251号公報
4.特開平4-26756号公報
5.玉垣、吉川、辻,「アークイオンプレーティング(AIP)法によるTiAlN皮膜の形成」,第82回講演大会講演要旨集,平成2年9月,社団法人表面技術協会,p128?129
6.特開平8-209335号公報
7.金属表面技術協会編「金属表面技術便覧〔改訂新版〕」,3版,昭和54年12月20日,p566?569

請求項1について
1)刊行物1には、ドリルやバイトなどの工具に用いられる(Ti、Al)Nのコーティングについて開示され、高速度工具鋼SKH51の表面にAIP(アークイオンプレーティング)法によりN_(2)ガスを25mTorr(3.3×10^(-2)mbar)導入し、バイアス電圧を0V、-100V、…の条件で成膜した(Ti、Al)N膜の特性について記載されている(3.実験方法および4.実験結果参照)。
すなわち、刊行物1記載のものは、「バイアス電圧」と「反応ガスの分圧」を考慮したものである。

2)また、イオンプレーティング膜の形成に際して、「バイアス電圧を調整し、さらに反応ガスの分圧をもパラメータとして」コーティングされる層の調整を図ることは、刊行物7の567頁の「ガス圧力の効果」及び「膜の評価とイオンプレーティングの条件」における「イオンプレーティングのFOMは、圧力P、イオン衝撃電力W、堆積速度R、サブストレート温度Tの関数である」の記載、刊行物6の段落0009の記載から、当然考慮すべき設計的事項である。

3)刊行物1には(Ti、Al)N膜の詳細な組成について明確な記載はないが、「蒸発源(陰極)には、…TiAlおよびTi_(3)Alを使用した。」との記載があり、チタンの含有量xは50原子%程度、アルミニウムの含有量yは50原子%程度で、かつ窒素を含有するものと解されるから、刊行物1に記載された(Ti、Al)N膜は、本願の請求項1の組成を満たしている。

4)また、刊行物1の図2にはX線回折試験の結果に基づく皮膜の結晶配向性であるWillsonの方法により求めた配向指数(orientation index)が開示されている。

5)平成21年2月20日付け拒絶理由通知書に記した計算式によると、図2のバイアス電圧-100Vの試料はQI≧5を満たしており、本願の請求項1のQIの要件を具備している。

6)ここで、本願の請求項1の「I(200)および強度平均ノイズ値をいずれもMSに従って測定した場合、I(200)の値は強度平均ノイズ値の少なくとも20倍である」は、記載自体が明確ではないが、X線回折にて膜の特性を評価する際に、各ピークのピーク強度がノイズに埋もれて測定値の誤差が生じるような状態ではなくて、各ピークのピーク強度がはっきりと測定できる状態で評価することは当業者なら必然的に行う程度のものであって、特別な要件ではない。 このことは、(Ti1-xAlx)N膜のX線回折結果が記載された参考資料3の図5における(TiAl)N膜のピーク強度とノイズ強度との関係から見ても明白である。つまり、刊行物1は当然ながら平均ノイズ値の要件も具備するものと解される。

7)よって、刊行物1には、実質的に請求項1の層のすべての要件について記載されている。

8)なお、刊行物1においては工具本体が高速度鋼であって、本願発明の工具本体である超硬合金とは異なっている。しかしながら、本願明細書の実施例1-3、6、7、8に使用された超硬合金(硬質炭化物)と、実施例4、5に使用されたHSS(ハイス鋼)との実験結果に格別な差は認められないことから、「超硬合金」とすることは、当業者が容易に置換できた程度のものである。

9)本願発明の実施例に使用されている「バイアス電圧」と「反応ガスの分圧」は、従来から採用されている条件の範囲内にあって、特別なものではなく、既知の技術の寄せ集めにすぎない。
すなわち、刊行物1(バイアス電圧-100V、反応ガスの分圧3.3Pa(25mTorr)、刊行物3(バイアス電圧-70V、反応ガスの分圧6.6Pa(5×10^(-2)Torr)、刊行物4(バイアス電圧-70V、反応ガスの分圧6.6Pa(5×10^(-2)Torr)であるから、いずれも本願の上記図1のQI≧1(QI≧5とも推測される。)を満たしている。
本願発明は、従来から周知の成膜条件の範囲内で、工具本体のバイアス電圧と反応ガスの分圧を調整しているにすぎず、しかも具体的調整手法は明らかでなく、その際、コーティングされる層のQI値を確認したにすぎない。
例えば、刊行物3の皮膜が「Q≧5」に該当することは上申書にて請求人も自認しており、また、刊行物1のバイアス電圧100Vの試料についてはQ≧5であることが実質的に明記されていて、請求人の反論もない。
既知の各刊行物記載のものを、同様に測定した場合に、本願発明の範囲に含まれる蓋然性が高いと解され、特許性を主張する部分が不明確である。

したがって、本願請求項1に係る発明は、刊行物1に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(略)

本件は、ほぼ同趣旨の拒絶理由を既に通知し、その際、「請求人(代理人弁理士)が希望するなら、積極的に面接に応じる」と付記した。
これに対し、請求人の上申書による回答は以下のとおりであった。
「審判請求人としても、技術説明のための面接を特許庁にて行なって頂くことが好ましいと存じております。しかしながら、日本の代理人と致しましては、面接の場において、書面にて説明した内容の趣旨説明を行なえるにとどまり、技術的に踏み込んだ審判官殿のご質問、ご指摘に対して即座に、書面に記載した事項以上の内容をご説明申し上げることは困難であると考えております。また、出願人の本拠地はリヒテンシュタイン、発明者および現地代理人はスイス在住ということもあり、出願人、発明者、あるいは現地代理人が面接に同席することにも無理があります。したがいまして、もし可能であれば、特許庁での面接に代えて、電話にて口頭で、書面の記載内容等における疑問点、あるいはご指摘事項をお伝え頂き、その場で回答可能な事項については口頭にてご説明申し上げ、その他の事項については、数週間のご猶予を賜って、現地代理人に問合せ、その結果を書面にて回答させて頂く機会を賜れば、大変有難く存じます。」
そこで、迅速、的確、公平の観点から、本通知に対する応答によっても、十分な説明がなされない場合、不成立(拒絶)審決をすることがある。
請求人(代理人弁理士)が希望するなら、積極的に口頭審理、又は面接に応じる。

以上、特許法第159条第2項で準用する同法第50条の規定により、通知する。」

なお、上記理由のうち、第36条に係る理由2「請求項1の「QI≧5のQI値を有する」「MeX」層の成膜方法、必要な条件が不明確」という点は、平成21年2月20日付け拒絶理由においても、理由2として指摘している(以下、当審決においても「Q_(I)」を「QI」と表記する)。
また、第29条に係る理由の根拠とした刊行物のうち、刊行物1?4は、平成21年2月20日付け拒絶理由においても、理由の根拠としている。

第3.請求人の主張
請求人は、平成22年6月21日付けで、意見書、補正書を提出し、以下のとおり主張している。

「明細書の補正の趣旨は、次のとおりです。
(i)特許請求の範囲の補正
請求項1におけるノイズに関する記載を削除致しました。さらに、QIの上限値を、22.5としました。

(ii)発明の詳細な説明の補正
「添付資料A」に関する記載を復活させました。

上記各補正により、特許法第36条第4項および第6項に基づくご指摘事項1から4の問題点は、いずれも解消したものと考えます。

(3)特許法第36条第4項および第6項に基づく拒絶理由について
(i)ご指摘事項1について
まず、QI値のノイズに関する記載を請求項1から削除しているため、ご指摘の拒絶理由は解消しています。

(ii)ご指摘事項2から3について
この点に関して、出願当初の明細書に従えば、例えば表1で開示されている工具は、国際公開WO97/34315号に記載した方法で製造されます。そして、上記国際公開WO97/34315号は日本で特許されて、その特許番号は4208258です。
刊行物に記載の発明では、本件請求項1に規定するQIの値および応力の値は達成できません。その理由を以下に示します。
すなわち、出願当初の明細書の「添付資料A」によれば、アーク放電(18)を発生させるためのプラズマ供給源配置から窒素プラズマが供給されて、TiAlN膜内に窒素が導入されます。これに対して、刊行物1(第34回日本熱処理技術協会講演大会講演概要集)では、図1で示されるように、プラズマ化されることなくN2ガスがチャンバに導入されます。刊行物2(特開平8-199338)では詳細な製造方法は開示されていません。刊行物3(特開平3-17251)および刊行物4(特開平4-26756)では、「装置内に高純度N2ガスを導入し」と記載されているため、プラズマ化されることなくN2ガスがチャンバに導入されます。刊行物5(「アークイオンプレーティング(AIP)法によるTiAlN皮膜の形成」)でも、反応ガスとしてN2をプラズマ化させることなくチャンバ内に導入しています。刊行物6(特開平8-209335)では成膜方法が詳細に記載されていません。刊行物7(金属表面技術協会編「金属表面技術便覧」)には成膜方法が明確に記載されていません。
このように、本願発明に係る工具と、刊行物記載の工具とは、膜内への窒素の供給方法が異なります。本発明に係る工具では窒素がプラズマ化された後にチャンバへ供給されてその窒素が膜内に導入されるのに対して、刊行物に記載の工具では、窒素がガスの形態でチャンバ内に導入されてその窒素が膜内に導入されます。このような窒素の導入方法の違いに基づいて、本願発明ではTiAlNでは、切削工具として好ましい特性が発揮されています。
先行技術から一般的に公知の方法は、以下の場合にのみ、請求項に係るコーティングを有する工具をもたらすと言えるように思います。
a) そのような一般的な方法の文脈に、結果として生じるコーティングが請求項に係る特徴を有するように処理パラメータを設定するという、当業者への明らかな教示がある場合。したがって、その方法の教示には、請求項に係る値に関して達成すべき特定の目標の表示がなければなりません。たとえば切削動作についての特性が改良されたコーティングを達成するために、一般的な目標を単に教示することは、十分ではありません。なぜなら、そのような一般的な目標を達成する異なるコーティングがたくさんあるためです。
b) また、それに代えて、そのような一般的に公知の方法は、そのような公知の方法の文脈に、処理パラメータが特定の値に設定され、それがクレームされているようなパラメータを有する工具のコーティングを必ずもたらすという教示があるならば、請求項に係るコーティングを有する工具をもたらすと言えるでしょう。さもなければ、請求項に係る工具を達成するために使用され得る方法の一般的な教示は、どの目標コーティングを達成すべきかが本発明により(事後に)わかったのであれば、本発明に悪影響を与えないでしょう。なぜなら、多数の異なるコーティングを、それぞれ選択された処理パラメータに依存して実現するのに、1つの同じ一般的な方法を用いてもよいためです。
さらに、製造条件における基板の温度に関しては、刊行物3および4におけるヒーター付の基板では基板の温度が示されているものの、ヒーターの無い基板を開示している刊行物1,2,5では基板の温度が特定されていません。従って、ヒーターが無い場合には基板の温度はチャンバ内の温度と同じになるため、記載する必要はありません。加えて、大抵の場合、記載された温度に関係なく、バイアス電圧および反応ガスの分圧を適切に選択することによってクレームされている値を実現し得ることにご留意下さい。明らかに異なる処理温度は、同じQI値を達成するために、異なる設定を必要とするでしょう。
また、QIと応力値とを本発明の範囲に制御する方法に関しては、表1のサンプル4、6、7、表4のサンプル36、表5のサンプル40、表7のサンプル44、表8のサンプル46が本発明の範囲であり、バイアス電圧は40,30,20V N2圧力は3.0×10^(-2)、2.0×10^(-2)、2.0×10^(-2)mbarであり、具体的に製造条件が開示されています。
さらに、QIの上限値は、表1に開示の22.5とされています。

(iii)ご指摘事項4について
請求項に係る発明から硬質炭化物エンドミルおよび硬質炭化物ボールノーズミルを除外した理由は、出願当初の明細書のたとえば段落番号0009および0010に完全に開示されているように、本発明に従った工具にとっては、高い密着性の方が得られ得る最大の硬度よりもむしろより重要であるためです。したがって、出願当初の開示は、動作時に得られ得る最大の硬度よりもむしろ高い密着性を必要とする工具に対してのみ、本発明が適用できることを明らかに教示しています。本発明による1つの認識は、動作条件の下でそれぞれの工具がどのように機械的におよび熱的に装填されるかが、著しい違いをもたらすことです。耐摩耗層は一般に、あらゆる工具にとって改良であるとは考えられてきませんでした。加えて、動作時の工具の装填特性を考慮しなければなりません。これは本発明の重要な部分であり、実施例6は、間違った種類の工具に本発明を適用することは逆に何の改良ももたらさないことを明らかに立証しています。そのような選択のこの局面は、それぞれの技術に対する本発明の重要な寄与です。
段落番号0009および0010には、下記の記載が存在します。
「当業者には知られているように、層の硬度とその応力との間には相互関係がある。応力が高くなるほど、硬度が増す。
にもかかわらず、応力が増すにつれて、工具本体への密着性は減少する傾向にある。本発明に従った工具については、密着性の高さの方が、得られ得る最高の硬度よりも、より重要である。したがって、MeX層における応力は、下に述べる応力範囲の下方側で有利に選択される。」
この記載から、本発明において硬質炭化物エンドミルおよび硬質炭化物ボールノーズミルを除外した理由が明らかとなったと思料します。

(4)特許法第29条第2項に基づく拒絶理由について
上記のように補正された請求項1では、工具としての最適の特性を発揮するようなQI値と応力値を特定しています。この2つの値に注目したことが本発明の特徴であり、実施例における表1のサンプル4、6、7、表4のサンプル36、表5のサンプル40、表7のサンプル44、表8のサンプル46で示されるように、本発明の範囲に従えば、優れた効果を奏することができます。
これに対して、刊行物では、QI値と応力値の双方に着目する点に関しては、何ら開示も示唆もされていません。
近年、進歩性に関して、知財高裁は平成20年(行ケ)第10261号審決取消請求事件において下記のように判示しています。
(略)
上記判決文に従えば、刊行物を用いて本願発明の進歩性を否定するためには、「当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等の存在すること」が必要とされますが、現段階では、そのような示唆は何ら示されていません。つまり、いずれの刊行物であっても、QI値と応力値の双方に着目して、これらの相乗効果により工具特性を向上させることに関しては何ら開示も示唆もされていません。その結果、刊行物1から7を根拠として補正後の請求項1から5に係る発明の進歩性が否定されるものではありません。」

第4.当審の判断
1.第36条の理由1について
第36条の拒絶理由1として指摘した「請求項1の強度平均ノイズ値は不明確」である点については、補正により「強度平均ノイズ値」が請求項1から削除された。
よって、拒絶理由1は、かかる対応が適切か否かはともかく、根拠を欠くものとなった。

2.第36条の理由2、理由3について
第36条の拒絶理由2として指摘した「請求項1の「QI≧5のQI値を有する」「MeX」層の成膜方法、必要な条件が不明確」である点、拒絶理由3として指摘した「請求項1の「応力σは、1GPa≦σ≦4GPa」とするために必要な条件が、十分に記載されていない」点について検討する。

補正により追加された「添付資料A」の段落0072には「30ボルトDCから200ボルトDCの動作範囲」なる記載がある。
また、本発明の範囲である表1のサンプル4、6、7、表3のサンプル36、表5のサンプル40、表7のサンプル44には、バイアス電圧、窒素圧力、アーク電流が、記載されている。
そして、意見書で、「本発明に係る工具では窒素がプラズマ化された後にチャンバへ供給されてその窒素が膜内に導入される」、「ヒーターが無い場合には基板の温度はチャンバ内の温度と同じになるため、記載する必要はありません」としている。

しかし、「ヒーターが無い場合には基板の温度はチャンバ内の温度と同じになる」点については請求項1、発明の詳細な説明に、その旨明記されておらず、根拠を欠く。
また、拒絶理由で指摘したとおり、「得られる層の物性は、雰囲気圧力P、イオン衝撃電力W、堆積速度R、サブストレート(基板)温度Tの各プロセスパラメータに依存して変移」する。
発明の詳細な説明には、いくつかの実施例の条件は記載されているものの、各プロセスパラメータの増減と得られる層の物性との関係、複数のパラメータの相関、傾向等については、説明がない。
よって、「QI≧5のQI値を有する」「MeX」層の成膜方法、必要な条件、「応力σを1GPa≦σ≦4GPaとするために必要な条件」について、発明の詳細な説明、図面に具体的に記載されていると認めることはできないから、拒絶理由2、理由3は、依然として解消していない。

3.第36条の理由4について
「上申書を踏まえ、補正されたい」と指摘した点が、何ら補正されていない。
しかし、上申書、意見書の主張を勘案すると、望ましい対応であるかはともかく、第36条違反とするほどの不備が、依然として存するものではない。

4.第29条の理由について
(1)本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「請求項1発明」という。)は、平成22年6月21日付けで補正された以下のとおりと認める。

「工具本体および耐摩耗性層システムを備える、超硬合金インサート、超硬合金ドリルおよび超硬合金歯切工具のうちの1つの工具であり、前記層システムはMeXの少なくとも1つの層を含み、
Meはチタンおよびアルミニウムからなり、Me内のチタンの含有量xは、
70原子%≧x≧40原子%であり、
前記Me内のアルミニウムの含有量yは、
30原子%≦y≦60原子%であり、
Xは窒素であり、
前記層は、
5≦QI≦22.5
のQI値を有し、
前記少なくとも1つの層内の応力σは、1GPa≦σ≦4GPaであり、
前記工具は、硬質炭化物エンドミルおよび硬質炭化物ボールノーズミルではない、工具。」

(2)刊行物記載事項
これに対し、当審の拒絶理由で刊行物1として引用された「近藤、薬師寺、小池等,「AIP法による(Ti,Al)N膜の作製とその特性」,第34回日本熱処理技術協会講演大会講演概要集,平成4年6月,p65?66」には、以下のとおり記載されている。

ア.第65ページ第5行?第66ページ第21行
「1.緒言
最近、ドリルやバイトなどの工具による加工の効率化およびこれら工具の高寿命化が、コスト低減および省資源の観点から要求されている。この要求にこたえる皮膜として従来のTiNコーティングに代わって、TiNより高硬度で耐高温酸化性に優れている(Ti,Al)N膜のコーティングが注目されるようになってきた。
AIP(アークイオンブレーティング)法では、蒸発手段としてアーク放電を利用しているので、蒸発物質のイオン化率が高く、緻密で密着性のよい皮膜が得られる。
本研究では、蒸発源としてTiAl合金およびTi_(3)Al合金を用い、AIP法により基板材の表面にコーティングを施し、バイアス電圧、アーク電流などのプロセスパラメターと、生成した(Ti,Al)N膜の特性との関係について調査した。
2.試料
基板材としては所定の熱処理をした高速度工具鋼SKH51(30mmφ×3mmt)を、また、蒸発源(陰極)には、円柱状(直径:76mmφ)のTiAlおよびTi_(3)Alを使用した。基板材および蒸発源の組成をそれぞれ表1および表2に示す。
3.実験方法
(略)
その後、真空槽内にN_(2)ガスを25mTorr導入し、プロセスパラメーターとしてバイアス電圧およびアーク電流をそれぞれ0?-400Vおよび40?80Aの範囲で種々変化させて成膜を行った。
(略)
4.実験結果
皮膜の結晶配向性は、TiNの(111)、(200)、(220)および(222)面についてWilsonの方法により求めた配向指数(orientation index)で評価した。図2は、アーク電流を60Aとして作製した皮膜の配向性に及ぼすバイアス電圧の影響を示したものである。バイアス電圧0Vの時は、(222)面に著しく配向しているが、この面への配向性はバイアス電圧の印加によって急激に減少した。バイアス電圧-100Vでは(200)面配向に変化するが、バイアス電圧-200V以上では、(200)面に代わって急激に(111)面に配向するという結果が得られた。このように、バイアス電圧-100Vの場合にのみ(200)面に配向するという現象は、アーク電流を40Aおよび80Aとしたときにもみられた。」

イ.第65ページ表2
蒸発源であるTi_(3)Alの化学組成として、Tiが65.11wt%、Alが34.49wt%と記載されている。

ウ.第66ページ図2
X線回折試験の結果に基づく皮膜の結晶配向性であるWilsonの方法により求めた配向指数(orientation index)に及ぼすバイアス電圧の影響が開示されている。

すなわち、刊行物1には、ドリルやバイトなどの工具に用いられる(Ti、Al)Nのコーティングについて開示され、高速度工具鋼SKH51の表面にAIP(アークイオンプレーティング)法によりN_(2)ガスを25mTorr(3.3Pa)導入し、バイアス電圧を0V、-100V、・・・の条件で成膜した(Ti、Al)N膜の特性について記載されている(3.実験方法および4.実験結果参照)。
刊行物1には(Ti、Al)N膜の組成について明確な記載はないが、「蒸発源(陰極)には、・・・TiAlおよびTi_(3)Alを使用した。」との記載があり、表2には、Tiが65.11wt%、Alが34.49wt%の例が示されている。

これら事項を、技術常識を踏まえ、請求項1発明に照らして整理すると、刊行物1には以下の発明(以下「刊行物1発明」という。)が記載されていると認める。

「高速度工具鋼の基板材およびコーティングを備える、ドリルやバイトなどの工具であり、前記コーティングは(Ti、Al)N膜であり、
(Ti、Al)中の
Tiの含有量は、65.11wt%であり、
Alの含有量は、34.49wt%である、
工具。」

(3)対比
請求項1発明と刊行物1発明を対比する。
刊行物1発明の「基板材」は請求項1発明の「工具本体」に相当し、同様に、「コーティング」は「耐摩耗性層システム」に、「ドリルやバイトなどの工具」は「インサート、ドリルおよび歯切工具のうちの1つの工具」に、相当する。
刊行物1発明の「高速度工具鋼」と請求項1発明の「超硬合金」とは、「硬質材料」である限りにおいて一致する。
刊行物1発明のTi、Al、Nが、それぞれ、チタン、アルミニウム、窒素であることは明らかであり、刊行物1発明の(Ti、Al)Nを、請求項1発明のごとくMeXで表現すれば、Meはチタンおよびアルミニウムからなり、Xは窒素であるといえる。
刊行物1発明における「チタン、アルミニウム」中におけるそれぞれの含有量は、65.11wt%、34.49wt%であるから、請求項1発明の「Me内のチタンの含有量xは、70原子%≧x≧40原子%であり、前記Me内のアルミニウムの含有量yは、30原子%≦y≦60原子%」に含まれる。
また、刊行物1発明は「ドリルやバイトなどの工具」であるから、「ドリルやバイト」であるなら、「硬質炭化物エンドミルおよび硬質炭化物ボールノーズミルではない」ことは明らかである。

したがって、両者は以下の点で一致する。
「工具本体および耐摩耗性層システムを備える、インサート、ドリルおよび歯切工具のうちの1つの硬質材料工具であり、前記層システムはMeXの少なくとも1つの層を含み、
Meはチタンおよびアルミニウムからなり、Me内のチタンの含有量xは、
70原子%≧x≧40原子%であり、
前記Me内のアルミニウムの含有量yは、
30原子%≦y≦60原子%であり、
Xは窒素であり、
前記工具は、硬質炭化物エンドミルおよび硬質炭化物ボールノーズミルではない、工具。」

そして、以下の点で相違する。
相違点1:硬質材料が、請求項1発明では「超硬合金」であるが、刊行物1発明では「高速度工具鋼」である点。
相違点2:請求項1発明では「コーティングは、5≦QI≦22.5 のQI値」であるが、刊行物1発明では明らかでない点。
相違点3:請求項1発明では「1つの層内の応力σは、1GPa≦σ≦4GPa」であるが、刊行物1発明では明らかでない点。

(4)判断
相違点1について検討する。
工具に用いる硬質材料として、超硬合金は周知であるから、刊行物1発明の「高速度工具鋼」を「超硬合金」とすることは、適宜なしうる設計的事項にすぎない。
しかも、本願明細書の実施例1-3、6、7、8に使用された超硬合金(硬質炭化物)と、実施例4、5に使用されたHSS(ハイス鋼)との実験結果に格別な差は認められないから、これにより格別な効果が生じるとも認められない。

相違点2について検討する。
刊行物1の図2のバイアス電圧-100Vの試料に着目すると、平成21年2月20日付け拒絶理由通知書に記した計算式によれば、QIは12.8となり、請求項1発明の「5≦QI≦22.5」に含まれる。

念のため付言すると、請求項1発明として、明確に特定されているものではないが、請求項1発明の「5≦QI≦22.5」を得るため、その実施例に使用されている「バイアス電圧」と「反応ガスの分圧」は、従来から採用されている条件の範囲内にあって、特別なものではなく、既知の技術の寄せ集めにすぎない。
すなわち、刊行物1(バイアス電圧-100V、反応ガスの分圧3.3Pa(25mTorr)、当審の拒絶理由で引用した刊行物3(特開平3-17251号公報)(バイアス電圧-70V、反応ガスの分圧6.7Pa(5×10^(-2)Torr)、同じく刊行物4(特開平4-26756号公報)(バイアス電圧-70V、反応ガスの分圧6.7Pa(5×10^(-2)Torr)であるから、いずれも本願の上記図1のQI≧1(QI≧5とも推測される。)を満たしている。
請求項1発明は、従来から周知の成膜条件の範囲内で、工具本体のバイアス電圧と反応ガスの分圧を調整しているにすぎず、しかも具体的調整手法は明らかでなく、その際、コーティングされる層のQI値を確認したにすぎない。
例えば、刊行物3の皮膜が「Q≧5」に該当することは上申書にて請求人も自認しており、また、刊行物1のバイアス電圧100Vの試料についてはQ≧5であることが実質的に明記されていて、請求人の反論もない。
既知の各刊行物記載のものを、同様に測定した場合に、本願発明の範囲に含まれる蓋然性が高いと解される。
また、請求人が意見書で主張する「窒素がプラズマ化された後にチャンバへ供給」される点については、請求項1において特定されていないから根拠を欠く。さらに、AIP(アークイオンブレーティング)法において周知である。
よって、この点は、実質的相違点ではない。

相違点3について検討する。
層内の応力が、工具の切削性に影響を及ぼすことは、前記刊行物3の第2ページ右上欄第9?19行、刊行物4の第2ページ左上欄第2?9行にみられるごとく周知である。
また、「1GPa≦σ≦4GPa」としてことによる臨界的意義を見出すこともできない。
したがって、適切な圧力となるよう具体的範囲を選択することは、当然考慮すべき設計的事項にすぎない。
なお、この点については、上記第4.の2.のとおり、具体的手段が明確でないから、単に希望を示したものにすぎないとも解される。

請求人は、意見書において、「いずれの刊行物であっても、QI値と応力値の双方に着目して、これらの相乗効果により工具特性を向上させることに関しては何ら開示も示唆もされていません」と主張する。
しかし、QI値は、相違点2として検討したとおり、刊行物1に実質的に記載されており、応力値が工具の切削性に影響を及ぼすことは周知であるから、両者に着目することに困難性は認められず、請求人の主張は根拠がない。

また、これら相違点を総合勘案しても、格別な技術的意義が生じるとは認められない。

以上、請求項1発明は、刊行物1発明、周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。

第5.まとめ
本件出願は、上記第4.2.のとおり、明細書の記載が不備のため、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、さらに、上記第4.4.のとおり、請求項1発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、本願は拒絶されるべきものであるから、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-07-30 
結審通知日 2010-08-03 
審決日 2010-08-16 
出願番号 特願2000-511927(P2000-511927)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (B23C)
P 1 8・ 537- Z (B23C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田村 嘉章  
特許庁審判長 千葉 成就
特許庁審判官 菅澤 洋二
遠藤 秀明
発明の名称 保護層システムを有する工具  
代理人 森田 俊雄  
代理人 佐々木 眞人  
代理人 深見 久郎  
代理人 堀井 豊  
代理人 仲村 義平  
代理人 酒井 將行  
代理人 荒川 伸夫  

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